真冬に原付で京都〜東京を往復した1週間:ノージョブフドウが語る「人生で一番しんどかったこと」
ノージョブフドウch. 【nojob.fudou.ch】約10か月ぶりに動画を撮ったというノージョブフドウは、Twitterのフォロワーから「これまでで一番体力的にしんどかったことは何か」と質問を受け、写真を見ながら当時を振り返っている。30年近い人生でつらい経験はいくつもあったという。アルゼンチンで言葉が通じないまま約3,000キロをヒッチハイクで旅したこともあるし、最近も京都から東京へ移動している。それでも話者が「ダントツで一番」と挙げるのは、真冬に原付で京都と東京を往復した旅である。
旅の概要と目的
旅の期間は2013年2月6日から12日までの約1週間で、往復の走行距離はおよそ1,250キロだったと話者は振り返る。1年で最も寒い2月初旬に東京へ向かった理由は、池袋にある風俗店(ピンサロ)に行きたかったからだという。
その証拠として、話者は店でもらったメッセージカードを見せている。名刺とポイントカードが一体になったようなもので、「今日はわざわざ原付で京都から来てくれてありがとう」といった趣旨の言葉が書かれていた。
思いつきで10分後に出発
きっかけは、現在YouTuberとして活動している大学の友人ロビンの家でゲームをしていたときに、先輩から「いい風俗がある」とメールが届いたことだった。話者自身は特に乗り気だったわけではない。それでも「じゃあ行くか」という流れになり、夜行バスや新幹線で行っても面白くないので原付にしようと決めた。10分後にはもう出発していたといい、話者はこれを「バカすぎる」と振り返っている。
2人は翌日の昼ごろには東京に着くと考えていた。そこで旅に縛りを加え、原付のガソリン代以外には一切お金を使わないと決めた。
装備は「最弱」だった
出発時の写真には、京都から東京までの約600キロを甘く見ていた2人が写っている。話者の服装は、大学入学時に皆が買うような2,000円ほどの薄い靴、チノパン、シャツ、薄いセーター、パーカー、それに上下のウインドブレーカーだった。話者はこれを「最弱の装備」と呼ぶ。ヒートテックも持っていなかったはずだという。この時点では、これから1週間続く「地獄」を想像していなかった。
「原付より自転車のほうがしんどいのでは」と思う人もいるだろう、と話者は先回りして否定する。自転車は全身運動なので体が熱を持って温かい。一方、原付で動かすのは手元くらいで、その状態で寒風に当たり続けるので、とにかく寒いのだという。
1日目は名古屋、2日目の静岡が「地獄」
昼12時ごろに京都を出発し、夜8時ごろに名古屋に着いた。1日目の夜はロビンの実家に泊めてもらい、カレーを食べたことを覚えているという。
話者が「地獄」と呼ぶのは2日目の静岡である。地図で見ても静岡は東西に長く、新幹線でひと眠りしてもまだ静岡、というほどだと話者は説明する。
「お金を使わない」縛りが生んだ空腹
もう一つのしんどさは、自分たちで課した「お金を使わない」という縛りだった。2日目の昼はロビンの母親が握ってくれたおにぎりがあった。しかし夜には空腹に耐えられず、通行人に「ご飯をもらえませんか」と頼んで回ったという。話者によれば1,000人ほどに声をかけ、ようやくコーンポタージュを1本もらえた。見ず知らずの2人に食べ物をくれる理由は誰にもなく、それがつらかったと振り返っている。
当時マクドナルドは、毎週月曜の朝マックの時間帯に1人1個ソーセージマフィンをプレゼントするキャンペーンをしていた。2人は静岡中のマクドナルドを回ってソーセージマフィンをもらい、空腹をしのいだ。旅の間はずっと腹が減っている状態だったという。
コーンポタージュを2人で分けて飲んだ夜、2人は外で眠ろうとした。しかし寒さで全然眠れず、2時間ほどの浅い睡眠をとっただけで再び東京を目指した。
富士山、スマブラ、手袋なしの罰ゲーム
朝6時ごろに富士山が近づき、気分が上がって何枚か写真を撮った。その後、24時間営業のゲーム店でスマブラをプレイし、負けた方は東京まで手袋なしで走るというルールを作った。話者は、しんどすぎて妙なテンションになっていたと説明している。結果は話者の負けで、東京まで手袋なしで走ることになった。
小田原の温泉での休息
まともな睡眠も食事もとれていなかったため、神奈川県の小田原あたりで限界が来た。2人は温泉施設で「少し寝させてほしい」と頼んだ。お金を払っていないにもかかわらず、疲れ切った2人を見た施設の女性が好意で風呂に入れてくれ、せんべいまで分けてくれた。2人は畳の上で眠らせてもらったという。
体力を回復した2人は再び東京へ向かい、夕方ごろに到着した。目的の店に行ったのは翌朝である。
なぜ原付が一番つらかったのか
話者は京都から東京まで、ママチャリ、ヒッチハイク、青春18きっぷ、車などさまざまな方法で移動したことがある。真冬という条件付きではあるが、その中で原付が一番しんどかったと話者は言う。
第一の理由は、とにかく寒かったことだ。往復の旅で布団に入れたのは2回だけで、それ以外は駅か24時間営業のスーパーで寝るしかなかった。真冬に原付を運転すること自体もつらかったが、夜もかなりつらかったという。
第二の理由は、事故への緊張感である。原付は、自転車では入れないバイパス(話者の言葉では「無料の高速道路のようなもの」)を走ることができる。そこを原付で走るのが一番怖かったという。片側一車線の道を周囲の車が高速で走る中、2人は原付のフルパワーで走っても全然スピードが出ず、恐怖を感じたと話者は振り返る。
語られなかった帰り道
話者は、このしんどさがどれだけ伝わったかは分からないとしつつ、これが人生で一番しんどかったエピソードだと締めくくる。実は帰りの道中にもかなりの事件があったというが、長くなるため動画では語られていない。
どうも、お久しぶりです。ノージョブフドウです。約10か月ぶりの撮影なんですが、今回はTwitterのフォロワーさんから「フドウさんがこれまでで一番体力的にしんどかったことは何ですか」というふうな質問が来たので、これについて写真を見ながら振り返ってみようかなと思います。
これまで約30年近く生きてきてるんで、しんどいことは多々あったんですけど、例えばアルゼンチンで言葉が通じない中、約3000キロぐらいのヒッチハイクの旅をしたりだとか、この前の京都から東京にママチャリで行ったこととかもそうですし。その中でも一番しんどかったのが、真冬に原付で京都から東京を往復したことですね。これはダントツで一番しんどかったです。
期間は2013年の2月6日から2月12日までの約1週間ぐらいで、総走行距離がだいたい1250キロぐらい。なんで2月の初旬という一番寒い時期に東京に行ったかというと、東京の池袋に行きたい風俗があったからです。ピンサロっていう風俗の一種なんですけど、知りたい方は詳しくはGoogleで調べてもらったらいいんですけど。
その時の証拠じゃないですけど、メッセージカードっていう、名刺と店のポイントカードみたいなのが一緒になったようなものがここにあるんですけど。はい、こちらですね。これ、中身がかなり、なかなか変なこと書いてあって。「今日ありがと。わざわざ原付で京都から来てくれてっていうのが嬉しい。初めてのピンサロでつみれが相手できてよかったよん」って書いてあるんですね。かなりね、「京都から来てくれてありがとう」という、かなりパワーワードが書いてあるんですけど、これに行くためでした。
なんで東京まで原付で行ったかというと、今YouTuberをやっているロビンという自分の大学の友達がいるんですが、彼の家でゲームをして遊んでたら先輩からメールが来て、「いい風俗があるぞ」と。別に僕ら、全然風俗狂でも何でもなかったんですけど、「じゃあ行くか」ってなって。夜行バスとか新幹線で行くのも面白くないから、原付で行こうかというふうな軽いノリで行きました。10分後ぐらいにはもう出発してましたね。
バカすぎる僕らは明日のお昼ぐらいには着いてると思ってたんで、何か縛りをつけようということで、原付のガソリン以外のお金は絶対に使わないというふうな縛りも追加した所存です。
この写真は出発する時の写真なんですけど、東京までは約600キロ。明日の昼ぐらいには着いているだろうということで、余裕をぶっこいてる時の写真ですね。服装を見てもらったら分かるんですけど、ダサいのは置いといて、特にこの靴ね。大学生の入学する時にみんな買うようなペラペラの靴で、2000円くらいのペラペラの靴を履いて。チノパンとシャツとペラペラのセーターとパーカーを着て、それにプラス上下のウィンドブレーカーというような、かなり最弱の装備で向かいました。確かヒートテックとか持ってなかったんじゃないかなと思うんですけど、この時はこれから起きる1週間くらいの地獄は想像してなかったですね。
原付より自転車の方がしんどいんじゃないのって思う人もたくさんいると思うんですけど、全然そんなことなくて、絶対原付がしんどいです。自転車って全身運動なんで、かなり熱を持ってあったかいと思うんですけど、原付ってもう運動がこれしかないんですよ。これしかない状態でずっと風当たるんで、そりゃ寒いですよね。もうずっと寒い、寒い。
昼の12時くらいに出発して、夜の8時ぐらいに名古屋にやっと着いて、1日目の夜はロビンの実家に泊まらせてもらいました。そこでカレー食ったのを覚えてますね。
地獄なのは2日目の静岡なんですよ。静岡ってめっちゃくちゃ長いじゃないですか。新幹線に乗っててもちょっと寝てもまだ静岡みたいな、そういう長い部分ですね。
二つ目のしんどかったポイントが、僕らが勝手に自分らに縛りを与えた、お金を使ってはならないというポイントですね。2日目のお昼はロビンのお母さんが握ってくれたおにぎりがあったんですけど、夜はもうどうしても腹が減ってたので、乞食するしかなかったですね。「すいません、ご飯もらえませんか」というような声かけをしたりとか。1000人くらいに話しかけて、やっとこのコーンポタージュをもらうわけです。なんせみんな見ず知らずの僕らにご飯をくれるような理由もなく、それが辛かったですね。
当時、毎週月曜日の朝マックの時間だけ、1人1個ソーセージマフィンをプレゼントしますというようなキャンペーンをしてたので、静岡中のマクドナルドを回ってソーセージマフィンを乞食してました。それを頂戴して京都までしのいでましたね、空腹を。とにかくずっと腹が減っていたような状態なんで、それが辛かったですね。
話を戻って、コーンポタージュを2人で飲んで、ヘトヘトだった僕らは静岡駅の構内で睡眠を取ろうとするんですけど、寒すぎて全然寝れなくて。2時間くらいの浅い睡眠で、また東京目指すと。
朝の6時くらいになって、やっと富士山に近づいてテンション上がって、何枚かこういう写真を撮りました。テンション上がってたんでね。富士山の写真を撮った後に24時間営業のゲーム屋さんに行ってスマブラをして、負けた方は東京まで手袋なしで向かうというような、また謎の、しんどすぎてね、なんかハイになってそういう縛りをして。僕が負けたんで、もう東京まで手袋もなしで行きました。でも少々Mっ気の強い僕はね、全然それでよかったですね。
また東京に向かうんですけど、ヘロヘロで、睡眠も飯も取ってないような状況だったので限界が来ていて、神奈川の小田原の温泉で「ちょっと寝させろ」って言って寝させてもらいましたね。お金も払ってないのに、ヘロヘロの僕らを見た温泉のおばさんが、ご好意で「お風呂も入っていいよ」ということで、さらにせんべいとかもらって畳の上で寝させてもらいました。
体力を回復した我々はまた東京に向かって、だいたい夕方頃に東京に着きました。その次の朝に念願のピンサロに行ったわけです。
自分は京都から東京へ、ママチャリ、ヒッチハイク、青春18きっぷ、車とか、いろんな方法で東京まで行ってるんですけど、ダントツで、真冬という条件があるんですけど、原付が一番しんどかったですね。
やっぱりしんどかったのは、クソほど寒かったことですね。往復の間、2回しか布団に入ってなかったので、その他は駅で寝るか24時間のスーパーで寝るしかなかったので。真冬に原付運転するのもしんどかったですけど、夜もかなり辛かったり。
二つ目は事故に対する緊張感が半端なかったですね。原付は自転車じゃ入れないバイパス、無料の高速道路みたいなものを通れるんですけど、そこは原付で運転するのが一番恐怖でしたね。片側1車線しかないような道路、みんなキロぐらいで走るんですけど、僕らは原付のフルパワーで走ってるんですけど、それでもやっぱり全然スピードが出なかったので、怖かったですね。
この旅のしんどさ、どれぐらい伝わったか分からないんですけど、人生の中で一番しんどかったエピソードですね。実は帰りの道中、かなり事件だったんですけど、長くなるので割愛させていただきます。じゃあまたよろしく。
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