ゆる言語学ラジオ本大賞2025:「形は失敗に従う」と「生麦事件は交通事故だった」
ゆる言語学ラジオゆる言語学ラジオの堀元見と水野太貴が、2025年に読んだ本からそれぞれ1冊を選んで紹介する回である。対象は刊行から3年以上たった本に限っている。出版業界では新刊ばかりが注目されるので、少し古い良書を掘り起こそうという趣旨だ。前年は発表イベントを開いたが、今年は年末まで全国5大都市での出版記念ツアーが続くため、通常の収録で発表を兼ねたという。堀元はヘンリー・ペトロスキー的な工学者の視点で日用品を論じた『フォークの歯はなぜ四本になったか』を、水野は大山顕の写真集『立体交差/ジャンクション』を選んだ。偶然にも、2冊は「失敗から形が生まれる」という点で重なり合う。
堀元の選書:『フォークの歯はなぜ四本になったか』
堀元が選んだのは平凡社ライブラリーの『フォークの歯はなぜ四本になったか』である。本の存在は2人とも以前から知っていた。水野は大学生の頃から読みたい本リストに入れていたが、まだ読んでいなかったという。堀元は姉妹チャンネル「ゆるコンピュータ科学ラジオ」を続けるうちに、身の回りのものの設計思想に興味を持つようになり、その流れで今年ようやく読んだ。
ところが、堀元の予想とは中身が違った。設計思想の本だと思っていたら、むしろ「設計で大事なのは思想ではない」と主張する本だったという。タイトルは狭い問いだが、本書が扱うのはあらゆる人工物のデザインに共通する原理である。堀元は前書きの一節を引用する。ナイフ、フォーク、スプーンの進化をとことん調べれば、テクノロジーが生んだものすべてがどう進化したのかという理論を導き出せる、という趣旨の文だ。水野は「過言ですね」と返したが、堀元によれば読んでみると結構本当だった。椅子や文字のような別の人工物にも同じ理屈が使え、ファスナーがなぜ生まれたのか、流行に流されたデザインはなぜ格好悪いのか、といった問いにもこの1冊から答えられるという。フォークの話は最初の1〜2割ほどで、残りはナイフやスプーン、ほかのさまざまな道具の話だと堀元は説明する。著者は工学者である。
「形は機能に従う」への異議
堀元はまず、デザインがどう決まるかについての従来の答えを確認する。水野が「機能性を追い求める」と答えると、堀元はそれで合っているという。有名な「Form follows function(形は機能に従う)」である。機能から逆算すれば形は自然に決まるという考え方で、頭韻を踏んでいて響きがよいので広く知られるようになった。堀元によれば、これはデザイナーにとって都合のいい答えでもある。機能を突き詰めれば正解にたどり着くという話は格好がよく、自分がデザイナーなら「これは私ではなく機能がデザインしたのです」と得意げに言いたくなる、と冗談を交えて話した。
本書はこの定説に異を唱える。食べるという機能は同じなのに、なぜ西洋ではナイフとフォーク、東洋では箸なのか。機能に従って最適解にたどり着くなら、どちらか一方に収束していなければおかしい。水野は食文化が違うからだと応じたが、堀元によれば、本書には「文化の違いに逃げるな」という趣旨のことが書いてある。形は機能に従うという原則が本当に成り立つなら、どちらかになるはずだ。文化の差で片付けずに別の説明を試みている点が面白い、と堀元は評価する。
ナイフからフォークへ:歯が4本になるまで
堀元は結論を明かす前に、タイトルの問いをたどる。聞きながら「形は〇〇に従う」の〇〇を考えてほしい、とリスナーにも呼びかけた。
堀元によれば、フォークとナイフでは先に生まれたのはナイフである。初めは片手で肉を押さえ、もう片方の手のナイフで切り、そのまま手づかみで食べていた。それが洗練されていないということでナイフが2本になり、両手のナイフだけで食べるようになった。ただ、この食べ方は口を切りやすく危ない。著者は冗談として、肉を頬張っているときに背後から襲われたら死ぬ、とも書いているそうだ。
さらに、ナイフで肉を押さえると1点で刺しているので、肉がくるくる回ってしまう。そこで先端を2つに分けて刺せば回らないだろうということで、2股のフォークが生まれた。つまりフォークは、押さえる役のナイフを改良したものとして生まれている。
2本歯のフォークは今も鉄板焼き店の調理場などで使われている。堀元の説明では、歯が少ないと刺したり抜いたりを素早く繰り返せるので、プロの道具としては効率がいい。歯を増やすと肉との摩擦が増えて抜きにくくなる。逆に食卓で2本歯を使うと、肉が抜けやすすぎて口に運ぶ前に落ちてしまう。そのストレスから3本歯が生まれ、もう少し増やしてもいいということで4本歯もできた。5本歯や6本歯も作られたが、今度は抜けにくすぎて食べづらく、ある時期から淘汰されたという。
「形は失敗に従う」
ここで堀元は本書の新説を明かす。「Form follows failure(形は失敗に従う)」である。こちらも頭韻を踏んでいる。すべてのプロダクトは失敗から生まれる、というのが著者の主張だ。ナイフ2本で食べると肉が回るという失敗から2本歯のフォークが生まれ、食卓でこぼすという失敗から3本歯、4本歯が生まれた。5本歯、6本歯では抜けないという逆向きの失敗が起き、4本歯に落ち着いた。
本書の副題は「実用品の進化論」である。堀元によれば、実用品は誰かが意図を持って作るのではなく、失敗を繰り返すうちに進化して生まれてくる。水野も、5本歯や6本歯の話はとても進化らしいと感じた。4本歯で環境に適応したあと、過剰な形質を持つものは淘汰され、4本歯だけが残る。ドーキンスを読んでいるような話だという。
堀元が本書を高く評価するのはこの点だ。日用品のデザインは一見いかにも人間の意図の産物に見えるが、本書はそれが生物の進化と並行しているのではないかと提案している。フォーク以外にも驚くほどの数の事例が取り上げられている。たとえばペーパークリップは、細長い針金を二重に巻いた今の形が主流だが、そこに至るまでに三角形を描くような形なども含め大量の失敗と改良があった。初期の状態が少しでも違えば、まったく別の形のクリップになっていただろうと本書は述べているという。
水野は、現代の進化論ではインテリジェントデザイン説、つまり神が意図して生物を設計したという考えが否定されていることに触れた。それは納得できても、工業製品は人間が意図して作っていると思っていた。ところが引いて見ると違う、というのが本書の衝撃だという。堀元は、1人のデザイナーが「これをデザインした」とは言えないのではないかと考えるようになった。デザイナーの仕事は0から作ることではなく、巨人の肩に乗って既存のものを1世代進めることだ、と堀元は受け止めた。水野は、自分がデザイナーなら少し無力感を覚えるかもしれない、と述べ、現役のプロダクトデザイナーからの反論も聞いてみたいとした。
反証はできるのか:ジェルボールの例
水野は、どんな工業製品があれば著者の説は反証されるのかと問うた。堀元によれば、それは本に書かれていなかった。
水野が挙げたのは洗濯用のジェルボールである。液体を詰めたフィルムの袋を丸ごと洗濯機に入れると、中の洗剤と柔軟剤が適量溶け出すので計量の手間がなくなる。計量が面倒だというアンケートが出ていたわけではないのに、発売されると大ヒットした。これは失敗から生まれたと言えるのか、と水野は疑問を示した。
堀元は、著者の立場からすればこれも失敗から生まれている、と答える。少なくとも作った人は計量を面倒だと感じていたはずだからだ。堀元は著者の主張を、デザイナーの仕事とは失敗を見つけること、つまり「このプロダクトはここが失敗しているから直そう」と思うことだ、と言い換えた。水野は、誰かに受け入れられた製品は誰かが不快に感じていたことを解消したものだ、という議論は反証が難しいと指摘した。堀元もそれを認めつつ、そういうものの見方があること自体に感動した、と述べた。
この前提に立てば、冒頭の問いにも答えられる。生物の進化と同じで、出発点が少し違えば、別々に進化したものが途中で合流することはない。恐竜から鳥のようなものが分かれて全く違う姿になったのと、箸とフォークが分かれたのは同じ構図だ、と堀元は驚きを語った。
身の回りの道具を観察する目
水野は、子どもは動物図鑑や動物園に夢中になるのに、カトラリーのバリエーションに夢中になる子どもがいないのはなぜか、と疑問を口にした。本書にはスプーンやフォークを熱心に集める人を指す呼び名も出てくる。フォークの柄の部分の形にちなんだ名前だそうで、堀元は名前の由来に首をかしげつつ、カトラリーマニアと呼べばいいのに、と笑った。
箸にも観察の余地はある。先端が細い箸を見るとなぜ高級感を覚えるのか、と堀元は例を挙げる。水野は、以前に割り箸を大量に割り比べるイベントを開いた堀元に、割り箸にも面白がる余地はあるかと尋ねた。堀元は当時この視点はなかったとしながらも、割り箸には個性があると話す。安い割り箸は割った瞬間に粉が散ったり、ささくれ立ったりする。高級なものはきれいに割れ、粉も出ない。これも粉っぽさを嫌って改良された結果で、失敗に従っていると考えられる。飲食店で割り箸をこすり合わせる人がいるのはささくれで手を怪我したくないからで、それを見て改良が進んだのだろう、というのが堀元の見方である。
堀元がこの本から得たいちばん大きな発見は、身の回りの工業製品は誰かが作ったからあるのではなく、人類が積み重ねてきたからある、という認識だった。突然変異が生まれては消えるのを繰り返した結果、今ここにあるマイクもパソコンも机もある、と堀元は語る。
水野は、「身近なものの見方が変わる」と言われる本について、出会う頻度という尺度があると指摘した。高層建築の面白さを伝える本もあるが、地方に住む人は高層建築をそう頻繁には見ない。一方、プロダクトは日常生活で必ず目にする。堀元の見立てでは人は毎日2000個ほど見ているし、スーパーに行けばその数は膨大だ。1回読むだけで世界の見え方が大きく変わる割のいい本だ、という点で2人は一致した。
水野の選書:大山顕『立体交差/ジャンクション』
水野の選書は、大山顕の写真集『立体交差/ジャンクション』である。堀元は、以前に番組で紹介した話ではないかと反応した。水野によると、以前紹介したのは同じ著者の『ジャンクション』という別の本だった。どちらも高速道路などで道路が交差する立体交差、つまりジャンクションを撮った写真集である。
以前『ジャンクション』を紹介したときは、兜町近くのジャンクションについて「証券の守り神とされているが、自分にはジャンクションの守り神にしか見えない」と書いたような、個々の写真のキャプションの面白さを取り上げた。今回の本で水野がすごいと言うのは写真ではない。巻末に収められた25ページあまりの論考「立体交差論」である。大山にとってジャンクションとは何かをまとめた短い文章で、水野はその魅力を「視点・雑学・構成」の3つに分けた。ただ、どう言葉にしても陳腐になるので、冒頭部分の内容を紹介するという。
生麦事件は交通事故だった
論考は、1862年(文久2年)、現在の横浜市鶴見区で重大な交通事故があった、という書き出しで始まる。薩摩藩の行列と、横浜に滞在していたイギリス人たちが衝突した生麦事件のことである。生麦事件を交通事故と呼ぶこと自体がひとつの視点だ、と水野は言う。
大山の論は次のように進む。島津久光の一行が移動しているところをイギリス人が横切り、無礼だとして斬りつけられた。島津の一行は現代ならグリーン車や新幹線を使っていたはずで、そうであれば事故は起きなかった。この事件はのちに薩英戦争に発展する。大名の前を横切ってはならないという文化・慣習の衝突であると同時に、本来交わるべきでない交通同士の衝突でもあった。堀元は、文化の衝突だとは思っていたが交通の衝突でもあったのか、と驚いた。水野は、グリーン車と歩行者がぶつかった事件だと大山は言っているのだ、とまとめた。
続けて大山は、イギリス人たちが向かっていたのが川崎大師だったのは興味深い、と書く。この寺には自動車交通安全祈祷殿があるからだ。ここまでで、まだ最初の1ページである。
止まれない交通と立体交差
大山はさらに、目的地までの距離によって移動の性質が変わる、と論を進める。遠くへ行くなら飛行機や新幹線のように速く移動し、近くなら歩く。距離が長くなると速度が上がるだけでなく、途中で止まらなくなる。新幹線の停車駅が少ないのもそのためだ。生活道路で車が一時停止せずに事故が起きるのは運転手のマナーの問題ではなく、自動車がもっぱら高速で長距離を移動するために進化した道具で、止まる性能が貧弱だからだ、と大山は書いている。
同じことが大名行列にも当てはまるという。行列の前を横切るのが禁じられたのは無礼だからというだけでなく、長距離を移動する大集団は簡単に止まれないという現実的な理由もあったのではないか。堀元は、ぎっしり詰まった行列を止めるのは確かに大変だと納得した。
ここで堀元は、最近読んだ美食ブログの記事を思い出した。テーブルマナーは人をおとしめるための無意味なものだと思われがちだが、そうではない、という内容だったという。ナイフとフォークをハの字に置けば「まだ食べている」、斜めにそろえれば「下げてよい」という合図になり、会話を中断せずに給仕とやり取りできる。水野は、機能が一人歩きして文化になったという点で大名行列の話と同じ型だと応じた。
大山によれば、立体交差とは、ブレーキの弱い長距離の交通と日常の移動のように、モードの異なる交通が衝突しないよう高さで分けるための仕組みである。その論に従えば、生麦事件が起きたのはジャンクションがなかったからだ、ということになる。
2冊が重なるところ
ここで堀元が気づく。生麦事件という失敗からジャンクションが生まれたのなら、これも形が失敗に従っている例ではないか。2冊を同じ回で紹介する意味があった、と2人は盛り上がった。
水野によれば、ここまでの内容は25ページのうちまだ2ページほどである。大山はジャンクションのほかに工場を好み、「工場萌え」という概念を提唱したことや、ショッピングモールの批評でも知られる。最近はマンションポエムにも関心を向けている。外から見るとばらばらな関心だが、「立体交差論」にはジャンクションも工場もショッピングモールも登場し、なぜそれらに惹かれるのか、共通点はどこにあるのかがはっきり言語化されている。大山の写真集を見てきた人には、これまでの関心が一気につながる伏線回収のような気持ちよさがある、と水野は語る。単純計算で、今紹介した視点と雑学が約13倍詰まっているという。本の大部分はあくまでジャンクションの写真で、そちらも見ていて楽しいと水野は付け加えた。
堀元による「実況プレイ」
この後、堀元が収録中に「立体交差論」を読み、「視点だ」と思ったら「視点」と声に出すという形式の「実況プレイ」が行われた。同時に水野も『フォークの歯はなぜ四本になったか』を読んだ。動画にはその一部だけが収められている。
堀元がまず反応したのはスケールの話だった。高速道路や送電線のような国家インフラは国土全体のスケールを相手にしている。しかし電柱は個人のスケールの中に現れるので、動かない巨大なものがぽつんと立っているように異様に見える。引いて見れば、国土全体に送電するための効率のいい網になっている。水野はPhotoshopのレイヤーを重ねるような感じだと表現し、高速道路にカーブが少ない理由の話にもつながると補足した。堀元は、大山が面白がる場所を自分たちは面白いと思っていなかったからこそ、この言語化が気持ちいいのだと語った。
土木工事は時間を止めようとする行為だ、という一節には2人とも傍線を引いていた。重力をコントロールする話や、タイムマシンの話にも堀元は反応した。発電所、ダム、臨海部のコンビナートといった話から、工場萌えの自分がジャンクションの裏側に惹かれたのは当然だ、と大山の関心がつながる箇所では、その後の文章を「うますぎる」と評した。
一方、水野は『フォークの歯はなぜ四本になったか』を読んで、2股の枝のような道具は先史時代からあったのに、フォークの普及はずっと遅かったという話に興味を示した。堀元によれば、この本は解説もよくできている。解説者は、著者が指摘しそびれた点として、フォークが普及した時期がルネサンスと同じであることを補足しているという。水野は「必要ではなく贅沢こそが発明の母なのである」という一節にも「視点だ」と反応した。
「立体交差論」の結びでは、2017年に生麦ジャンクションが完成したことが語られ、その立体交差の裏を見上げると、高架下に生麦事件碑がひっそりと建っている、という場面で終わる。生麦事件から始まり、その原因はジャンクションがなかったことだと論じ、実際に最近できた生麦ジャンクションで締めくくる構成に、堀元は「ブラボー」と拍手した。水野は、写真集は2500円(税別)だが、この25ページの文章だけでその価格を払ってもいいと思う、と述べた。堀元は総括として「視点の暴力」と表現し、「そんな見方があるのか」と12回ほど思ったと話した。
水野が受けた影響と、写真集としての価値
水野は、大山がどんな作家でどんな文章を書くのかを知りたい人には、この25ページが一番いいと考えている。この文章は立体交差に惹かれる理由を言語化し尽くしているが、説明という感じではなく、レトリックで殴る文章だという。水野はこれを読んで「自分が書きたかった文章はこれだ」と感じ、メモに「言語版の立体交差論」という項目を作った。大山のような文章を言語学で書くなら何がありうるかを試行錯誤したが、まだうまくいっていない。番組を始めて5年ほどの自分が書けるレベルではなく、円熟した人の文章だと水野は語る。それでも、自分が本当に書きたい文章や持ちたい作家性がわかったといい、今年は大山の過去作を含めてほとんどすべての著作を読んだという。水野は、紅茶やウイスキーやコーヒーを用意して、1ページずつじっくり読んでほしいと勧めた。収録中に急いで読まされた堀元は、もっとゆっくり味わいたかったと応じた。
水野は写真そのものも非常に良いと強調する。そのうえで、自分たちのように写真よりテキストのほうが理解しやすいタイプにとって、この本は写真集の入門にちょうどいいという。「立体交差論」を読んだ後は写真の見え方が変わり、立体交差を味わえる体になれる。堀元も、文章の中で、すべての写真を極端なパノラマで撮っているのは自分の心象風景を写真に落とし込みたかったからだ、という趣旨の記述を読み、大山に見えている世界がわかった気がしたという。写真集の見方一般を考えるうえでも役立ちそうだと述べた。水野は、写真家は自分の視点を人に再現してもらうために撮るものだとしたうえで、大山は写真でも言葉でも視点を提示できる珍しい存在だと評した。
同時代に顧みられないものを記録する
最後に水野は、大山が本の中で書いていたエピソードを紹介した。大山は昔から工場の写真を撮り続けてきたが、ずいぶん後になって工場を持つ会社に呼ばれ、御社の工場をたくさん撮ってきたと伝えたところ、とても感謝されたという。当事者は自社の工場を価値あるものとは思わず、記録を残していなかったからだ。立体交差、老朽化した建築、団地、工場、ショッピングモールと、大山は同時代の人に評価されていないものばかりを撮っている。そうした人が視点を持って記録しているからこそ、後の世代が助かることは多いはずだ、と水野は語る。
堀元は、「ゆる民俗学ラジオ」の黒川くんから聞いた話を重ねた。民俗資料は暮らしに密着したものばかりなので、驚くほど残らない。ある時代に米を炊いていた釜のように、当たり前すぎて誰も貴重だと思わないものは捨てられていく。大山はそうした、普通なら捨てられるものを記録してくれている、と2人は評価した。
番組の締めくくりでは、2人はリスナーに対し、自分たちが詳しくなかったり関心を持っていなかったりするジャンルでも「自分たちが読んでも面白い」と感じられる本があれば、コメントで教えてほしいと呼びかけた。
ゆる言語学ラジオ、ゆる言語学ラジオ本大賞2025、イエーイ。それ何ですか?こちらは私たちが今年1年で読んだ中でベストな本、かつ刊行から3年以上を経過した本、つまり新刊とはまあ言わないような本を発表するという、そういった場になっております。
どうしてもね、出版業界がね、新しい本にばっかり光が当たっちゃうから、ちょっと古いもの発掘してきていい本の話しようじゃないかという回ですね。うん。そうですね。去年は結構な発表イベントとかをやったんですけれども、我々年末まで全国5大都市ツアーをやっていてちょっと大変だということですね。今回はこんな感じで収録で発表式も兼ねたいと思います。ちょっと小さめの規模でね、やっていきましょう。
はい。ということで堀元選考委員の方からですね、堀元賞、堀元発表お願いします。私の2025年ベスト本は『フォークの歯はなぜ四本になったか』です。ありがとうございます。おめでとうございます。平凡社ライブラリーのこの本、むちゃくちゃ面白いっす。
これ、有名ではありますよね。そう、なんか本の存在は僕も昔から知ってたの。僕もね、大学生の頃には読みたい本リストに入れていたけどまだ読んでない。俺もだからずっとあるなこの本って思いながら、読む機会ないままここまで来てたんだけど、とうとう今年読みまして。なんかきっかけあったんすか?ゆるコンピュータ科学ラジオやってて、結構身の回りのものの設計思想面白いなと思って。はいはい。設計思想についてちょっと勉強したいなって思ってた時にこれあったから、なるほど、今かもしれないと思って読んでみたのよ。うん。したらね、むちゃくちゃ面白かった。やっぱそうなんだ。
ただ思ってたイメージと違いました。え、あ、そうなの?この本、設計思想の本だと思ったんだけど、設計思想の本じゃなかったっすね。むしろ逆で、設計には思想などない、みたいな本でした。ごめんなさい、これはここまで言うと言いすぎなんだけど、設計で大事なのは思想じゃないって本ですね。へえ。
この本、タイトルこそすごく狭いんだけど、「フォークの歯はなぜ4本になったか」って、でももっと深いことに挑戦してて、ほう。全ての人工物のデザインの本質を解き明かそうとしたのがこの本なんですよ。ありとあらゆる人工物のデザインにはこういう原理が関わっている。机とか?そう。椅子とか?我々人間が作ったもの全てに共通した原理があることを言ってるんですよ。そんなんあんの?
これがね、前書きでしびれたんでちょっと引用しますと、「ナイフ、フォーク、スプーンの進化をとことん調べれば、最終的にテクノロジーによって生み出されたもの全てがどのように進化したのかという理論を導き出せる」。ほう。過言ですね。ほんまかと。嘘つけと思うでしょ、これ。はい。読んだら結構本当で、マジじゃんってなったんすよ。ナイフとフォークとスプーンで。スプーンで。
で、だから「フォークの歯はなぜ4本になったか」を超えて、ありとあらゆる疑問に答えられるようになる。そのフォーク、ナイフ、スプーンの理屈に従って椅子も机も説明できるってこと?できる。へえ。あとね、なぜファスナーは生まれたのかとか、流行に踊らされているデザインはなぜダサいのかとか、いろんな問いがこの1冊から導ける。あれ、なんか密度濃いな。すごいよ、これ。著者は何の人なの?えっとね、著者歴的には工学者。工学者。
この本読むまでは、じゃああらゆるデザインってどうやって決まるのか。それに対する従来のつまんない答えが1個あるんですよ。これ知ってる?うん。わかんないけど、その機能性を追い求めるみたいな。あ、合ってます。合ってます。これ従来の回答とされてきたものは「形は機能に従う」、Form follows functionが有名で。うんうん。あれですよね、エルゴノミクスキーボードとかさ。ああ、そうだね。
ある機能から逆算して作れば自然とその形になるだろうっていうのが、ま、従来の定説で、しかもこれ頭韻踏んでて気持ちいいから、めちゃくちゃ有名なフレーズになったんですよ。Form follows function。はい。うん、確かに。FFFね。これ結構それっぽい回答だからすごく有名になったし、あとデザイナー的に嬉しい回答でもあるんだよね。だって機能を突き詰めればおのずと正解にたどり着くって、なんかかっこよくない?うん。うん。
これ俺デザイナーだったらドヤ顔で言いたいもんね。「いや、これは私がデザインしたのではなく、機能にデザインさせられたんです」とか言いたいもんね。次回からはあの、受注はなかったことにさせてください。え、何?あ、インタビューで滑ったら仕事切られるの?そういうシステムなん?はい。世知辛いな。そうすね。しゃばかったらもう仕事してくれるな。やだ。
ただ本書はこの定説に異を唱えてまして、違うんじゃないかと。これでは説明できない現象が多すぎる。へえ。だってさ、物を食べるっていう機能は一緒なのに、なぜ西洋ではナイフとフォークで、東洋では箸なのか。ああ。最適解にたどり着くんだとしたら、どっちかになってなきゃおかしくない?なるほど。お、なんか踏ん張りしてる。なるほど。でもそれはさ、食文化が違うからっていう説明になりますよね。
そう。あの、文化が違うからに逃げるなよみたいなこと書いてありました。こらこら、来るじゃんか。そんなそれっぽいこと言ってごまかすなよと。だってそういう原則じゃないじゃん、これって。形は機能に従うっていう哲学が本当に通底するもんなんだとしたら、絶対どっちかになるべきじゃん。いや、ま、文化差でしょうよ、そんなん、っていう言い訳に逃げたら面白くないから、そうじゃない説明を本書は試みます。うん。なんかおもろいぞ、その。
これなんか面白いのよ。びっくりしちゃった俺。え、こんな面白いと思ってなかったっていう。もっと早く読めばよかったってなりましたね。いろんなフォーク出てくるだけじゃないんだ。そう。あのね、正直そう思ってた。フォークだらけの本だろうと思ってたら。そんなびっくりフォークもありました。なんとフォークの歯が1本です、みたいな。合ってます。フォークの1本のやつも出てきます。出てくるんかい?
あのね、衝撃の事実言うと、フォークの話ね、最初の1割ぐらいしかしてないっすね。え、そっからは?フォークの話1、2割で、ナイフ、スプーン、他のものの話してます、そっからは。へえ。で、いろんなもののデザイン原則が一緒だよねっていう話をいっぱい見てってるっていう感じだね。
じゃあこれからその定説を覆していくんですが、先に答え言っちゃうと面白くないので、まずはこのタイトルの問いから行きましょう。はい。フォークの歯はなぜ4本になったか。まずさ、フォークの歯が4本ってちゃんと認識してます?皆さん。っていうところからですよね。ね。俺もこの本のタイトル見て脳内に浮かべて、言われてみたら4本だなって思いました。俺もそんな感じ。そうだね。
でもオールスター感謝祭で「フォークの歯、どれが正解でしょう?レディーゴー」って言われて、2、3、4、5とか並んでたらちょっとなるかも。自信ないかもな、あれ。3か4か、みたいになりそう。そう。5もあるかも、みたいになりそうだよね。でもまず皆さんの身の回りにあるフォークは全部4本だと思います。うん。それぐらい支配的なデザイン。
じゃあなぜこれ4本になったかっていう経緯を今から喋るんですが、この経緯の中に著者が提唱する新しい説、つまり形って機能に従うんじゃなくてこれに従うんじゃないか、っていう新しい説が詰まってるんですよ。だから聞きながら予想してほしい。はい、わかりました。形はほにゃららに従う。新しい説、何か考えてくださいね。リスナーの皆さんも考えてみてください、ぜひ。
まずフォークとナイフってどっちが先に生まれたか知ってます?おお、おもろいね。でもフォークだよな、さすがに。外してますね。さすがですね。ナイフです。ええ。2択をすぐ外したね。すごい速さで。「さすがに」とか言いながら。
答えナイフで、昔はね、ナイフ1本だけで食事してたらしいんですよ。え、突き刺すん?じゃあナイフに。あ、そう。えっとね、これややこしいんだけど、1番最初は片手で肉を押さえて片手で切って、そのまま手づかみで食う、みたいなイメージだった。ああ、そっか。そう。でもこれ洗練されてないから、手づかみでなるべく食いたくないなってなってったんだって。で、そしたらナイフ2本になったんだって。あ、まあ、確かに自然な発想か。このナイフ1本じゃなくて、こっちにも持って、ナイフだけで食えばいいじゃん。うん。二刀流。
え、これやった結果、非常に危ないのが口を切る、ですね。ああ、そうだわ。そうか。だから口めっちゃ切ったりとか、あとこの著者はね、冗談も入れてくるんですよ。肉を頬張っている時に背中から「よっ」てやられたら死ぬよねっていう。あ、確かに怖い。で、その怖さがあるから、この食文化はあまり良くないよねと。うん。あ、つまり、だからデザインは怪我しないことに従う、ってことか。ちょっと浅いな。どうナイフすぎるな、それ。早いっす、結論に行くの。この1事例からはまだいかないです。ナイフすぎたね。
で、このナイフ2本になった後に、結局みんな改良したくなるわけですよね。食ってる時危ないっていうのもあるし。突き刺しにくいよな。そう。ステーキ肉とか切る時にさ、今のフォークとナイフの使い方するわけよ。はい。片方で押さえて片方で切るっていうことをやってると、この押さえる方を押さえるのむずいなっていう問題が出てくるわけ。うん。むずいですね。これナイフで刺して押さえると、1点で刺してるからぐるぐる回っちゃうんだって。ああ、そうか、そうか。だから押さえるのが非常に難しいっていう問題が発生します。
ここで生まれたのが、歯を2本に分割させて、突き刺せばくるくる回んなくなるじゃん。来たよ。支点が2個になるからっていうことで、二股のフォークが生まれます。うん。これナイフから生まれてんだよな。うん。そう。押さえるナイフが不便だから、それを改良するためにナイフ二股にすりゃええやんて言って、二股ナイフみたいにできたのがフォーク。うん。
なるほど。デザインはナイフから生まれる。これもあるか、じゃあ。ナイフすぎるな、お前。ナイフから考えすぎ。もうちょっと一般化して考えて。俺ちっちゃい頃から尖ったナイフって呼ばれてたんですよ。違う違う違う。ナイフすぎる。それもっと発想尖ってる時に言うことであって、あなたのはただ貧困なだけ。ナイフの例与えられたからナイフ出力してるだけ。ナイフインナイフアウトなだけ。何にもなってない。あ、そうですか。
で、じゃあこれで解決したのかなと思いきや、この2本歯フォークって実は今でも使われてて、どこで使われてるか分かる?あの、鉄板焼きの店とかで出てくるね、あれ。あるね。ドンピシャです。あの、調理場とかでは今でも使われている。つまり2本歯のフォークって、プロ用の機材としては優れてるんですよ。なぜかわかる?
フォークはさ、突き刺す場所と自分の持ち手が近いというか、短いからさ、熱いよな。なんか長い2本歯のフォークって鉄板から遠いから熱くないというか。うん。ま、でもそれフォークの長さの問題であって、歯の数関係ないっすね。クリティカルですね、それは。はい。「いい質問ですね」みたいに言うのやめて。お前が高みから言うのやめて。低みなんだからお前。
あ、でもね、あの、水野さんいい線いってて、これね、肉を刺したり抜いたり、いっぱい素早く動きたい人にとって2本歯って効率いいんですよ。はあはあ。でもこれ歯を増やすと、1回刺した後抜くの大変になるんだって。お肉の摩擦が増えるから。そう、そう。表面が大きくなって肉にいっぱい刺さるわけじゃん。だから抜きづらくなる。だからプロ用の機材は2本歯が。うん。しかも細いもんね。そう、そう、そう、そう。
ということで、ここからフォークの歯が増えた理由が分かるんですよ。食卓で2本歯のフォーク使うと抜けやすすぎて、はいはい。ステーキを口に運べない。ポロポロ落としてストレスだから、だんだん歯が増えてきた。うん。まず3本歯が生まれて、あ、これ食いやすいねって言って食ってたんだけど、あれ、もうちょい増やしていいんじゃねって言って、4本歯もできた。うん。
え、ちなみに、あ、これ増やせば増やすほどいいんだって言って、5本歯とか6本歯もできたんだって。はい。だからちゃんとそれも残ってるんだけど、5本歯とか6本歯はどうやら逆に抜けづらすぎて食べづらかったっぽくて、ある時期から淘汰されてなくなったらしいです。うん。
なるほど。デザインは不便から生まれる。あのね、ほぼ正解です。あ、じゃなくてあれか。だからもうちょっと言い直すと、デザインは「ポロっと抜けちゃってああ」から生まれる。下手だな。すごい最初いい線行ってたのに急に下手になりましたね。「ポロっと抜けちゃってああ」から生まれる。キレが悪いな。絶対広がらないね、その標語。
え、著者が言ってる新説は、「形は失敗に従う」。何何何?Form follows failure。Fでまた韻踏んじゃった。そう。別のフレーズを提案してんすよ、著者。やだ。腕あるよな、これ。やだ、素敵。かっこよくない?これ。なるほど。失敗に従うんじゃないかと。ほう。これがプロダクトデザインの本質で、全てのプロダクトは失敗から生まれてくる。うん、うん。
だってそうじゃん。ナイフ2本で食ってたところで、ステーキが回るっていう失敗がまずあるわけでしょ。はい。で、この失敗を改善するために2本歯のフォークが生まれるわけよ。で、2本歯のフォークで食ってたんだけど、食卓でこぼしちゃうという失敗から3本歯のフォークが生まれる。うん。同じ理屈で4本歯のフォークが生まれる。で、今度は5本歯、6本歯のフォークも生まれるんだけど、逆に離れなくて食べづらいっていう失敗が生まれて、4本歯のフォークが安定する。形は失敗から生まれるんですよ。なるほどね。これは面白いかも。
だから実はこの本のサブタイトル「実用品の進化論」なんだけど、実用品って誰かが意図を持って作るわけじゃなくて、失敗を繰り返していくうちに進化して生まれてくるんです。確かに、俺聞いてその5本歯、6本歯の話はめっちゃ進化っぽいなと思った。ぽいよね。4本歯で適応したのに、より過剰ななんか形質を持ってしまうとそれは淘汰されるので、結局4本歯のみが残るって、すごいドーキンス読んで出てきたような話。
そうなんですよ。だからこの本の出色なところって、日用品のデザインっていう一見めっちゃ人間の意図っぽいものが、生物の進化とパラレルなんじゃないかということを提案してる本なんです。ほらほら、面白すぎる、それは。やばくない?この本。でフォーク以外にもビビるぐらいのものの量を取り上げてきて、クリップとかね、ペーパークリップ。はい。とかもこんなに大量の失敗があって、それを改善していったから今の形になったんだっていうのを大量に出していきます。
うん。クリップってあの細長い楕円みたいな。ああ、そうそうそうそう。超シンプルな形じゃん。針金をね、細長く2重にしたやつ。そう、そう、そう。あれが今支配的だけど、確かにあの形になるまでむっちゃ迷ったんですよ。なんか違う形のクリップってたまにあるよね。あの、三角形を描いてもう1周回って三角形にするクリップとかありますよね。出てくる。
うん。だからクリップもあの形にたどり着くまでにむちゃくちゃいろんな失敗をして、みんなが改善し続けたからこうなったんだ。うん、うん。初期値がちょっとでも違えば全然違うクリップの形になっていただろう、ということが語られます。
うん。現代の進化論の理解って、神が生物を意図を持ってデザインするっていうのは否定されてるじゃないですか。インテリジェントデザイン説ってやつですかね。で、それ納得いくんだけど、その工業製品はさ、人間が意図して作ってるわけじゃんと思っていたら、引きで見たら違うってわけです。うん。意外と違うっていう衝撃の事実ですよ。それめっちゃおもろいね。これびっくりしましたよ。うん。でも確かに例いっぱい見てくと、言われたらそうかも。
だから1人のデザイナーが本当に何もデザインしたって言えないんじゃないかっていうの、この本読んで思ったんですよね。うん、うん、うん。分かる分かる。自分デザイナーだったらちょっと無力感あるかもな。そうだね。だってみんなが巨人の肩の上に乗っていて、1世代進めるだけなんですよ、デザイナーの仕事って。0から作るんじゃなくて。うわあ。すでにあるものを少し進めるんだって思いましたね。
え、どうすか?聞いてるプロダクトデザイナーさんとか、これどう思うん?確かにこれに対して、いや違うっていう反論とかも聞きたいですけどね。多分そうじゃないと思われるものもあると思うんですけどね。その、失敗から生まれてないとか、人々の潜在的なニーズを汲み取って作った。でも違うな。潜在的なニーズを汲み取って作るものって、要は失敗とか不快があってそこからできてるってこと。そうそう。だから結局何も0から生まれないんじゃないかっていうのを著者は言ってますね。
え、この著者的には何が起きたら自分の論は反証されるんですか?どんな工業製品があったら著者の言ってる論って反証されるんですかね?ああ、それはね、多分書いてなかったっすね。
例えばさ、僕が素晴らしいなと思ったプロダクトデザインで言うと、洗剤のジェルボール。はいはい。っていう、液体が詰まったビニールの袋みたいなのを丸ごと洗濯機にポイって入れて回すと、もうその中に柔軟剤と洗剤が適切な量入っているので、勝手にそのビニールの中が溶けんだよな、確か水に。うん。そう。だから計量の手間がなくなりますよ。
はい。っていう、あれとかは誰も洗濯する時に計量がめんどくさいっていうアンケートとかは出してないんですよね。だけどできたら大ヒットしたみたいなもので、なんか俺それって失敗からできたんだっけ、みたいにちょっと思った。でもね、著者的にはそれは失敗からできている。そうなんですか。なぜならめんどくさいと思ったやつが1人はいただろう。だって1人もいなかったら作らないじゃん、ジェルボール。うん、うん。作ったやつは少なくともめんどくせえなと思ってんでしょ。うん。だからそれは失敗があるんですよ、既に。ふーん。
っていうかね、著者の言ってることかなり意訳すると、デザイナーの仕事って失敗を見つけること。はあはあ。このプロダクトここ失敗してるな、直そうって思うのがデザイナーの仕事。なるほど。だからそれは失敗から生まれてます。ふーん。って考えると反証むずいかもね、これ。確かに。そうだよね。誰かが受け入れたということは、それは誰かが不快だと思ってたことなのだっていう論は、うん、反証むずいというか。そうだね。それはまあそうじゃねっていう気もしてきて。そうかも。
でも僕はね、この語り方に感動した。そういうものの見方があるのか。うん。そうだね。その視点はやっぱ面白いですよね。そう、そうか。プロダクトデザイン進化してるって思ってなかったなと。で、しかもさ、この前提に立てばさ、最初の問い、飯を食うという同じ目的なのに、なぜ箸なのか、ナイフとフォークなのか、分かれちゃった。あ、はいはい。これも説明つくよね。うん。どうしてた?
だってさ、生物の進化と全く同じでさ、初期値がちょっとだけ違ったらさ、合体しないじゃん、それって。うん、うん。独立に生まれた生物たちがなんとなく進化を遂げていって、その2つが合流することはないよね。はい。っていうことが説明できるな。それはクリティカルだよね、君の言ってること。ちょ、違う、上からのやめて。ちゃう、違う。俺が読んできて、俺が紹介してるから感心してくれよ。お前は何をその「いい視点だね」みたいな言い方す。結構いいかも、それは。
いや、だからこれ感動してさ、僕そうか、恐竜からね、ちょっとそこから鳥っぽいやつが出てきて、そしたらもうそっから分岐して全然違うものになったっていうのと、箸一緒なんだっていう衝撃を受けて。うん。
俺今聞いてて思うのは、ちっちゃい頃にさ、動物めっちゃ好きな子っているじゃない?動物園に行って日本にいない生物見るの好きとか、図鑑見てるの好きっていう子いるじゃん。ちびっこのその好奇心があって、プロダクトに興味がいかないのなんでなん?ああ、確かにね。つまりそのカトラリーにすごいはまって、フォークにはこんな変種バリエーションがあるんだとか、ナイフの祖先としてこんなものがあるんだみたいな目の子供はいないのに、動物にだけ目行くのなんか変じゃね?今の話で言うなら。
確かに子供がね、ブドマニアになっても全然おかしくないのにね。ブド、ブドマニア。ブドマニア。あれ?ブドマニア知らないですか?なんすか?スプーンとかフォークなどを好んで異常に集める人たちのことをブドマニアって言うんですよ。え、なんでスプーンマニアにならなかった?俺もそう思った。俺もこの本読みながら、なんでブドマニアってなったんだけど、あのね、言わんとすることは分かったよ。
フォークの柄のここ。はいはい。ここさ、ブドのふっぽく見える。ああ、はい。ブドの蓋を足っていうのが基本だから、ここを取ってブドマニアっていうらしいです。はい。すごく納得感ある説ですよね。確かになってブドっぽいもんな。ここブドマニアだなってなりますよね。あ、ならないですね。不思議ですよね、英語圏の人のセンス。ね。明らかにナイフフォークマニアとかの方がいいよな。それはクリティカルじゃないですね。はい。カトラリーマニアとか言った方がいいよね。絶対不思議ですもん。ですね。うん。ブドウのマニアかと思っちゃうから。
だって箸とかさ、よく見るとさ、おもろいというかさ。あ、分かる、分かる。例えばですよ。例えば、なんで俺は先端が細い箸を見ると高級感を覚えるのかとか言ってさ、不思議じゃん、あれ。面白いね。あと、あの韓国料理屋行った時の銀のあの箸ね。つまめん。あれつまめないし、熱々になってうざくない?あれ。熱伝導な。ビビンバのさ、鉄鍋にうっかり置いてっちゃってさ、で、話に夢中になった後に食おうと思って手に持った時のトラップ感。あっちあっちになるよね、あれ。うん。
これ正直国際問題に発展する可能性あるから大きい声で言えないんですけど、あの冷麺食べづらすぎ。あれで、やめてあれ、って思うよね。そう、ごめんなさいね。本当にあの、国際問題に発展する。発展しないよ。あるあるですよ、ただの。韓国料理あるある。そう。あれだから韓国の方って、あれで冷麺食えるんすか?逆に。そう。確かに。教えてください、それ。不思議だね、あれね。はい。
とにかく生き物となんら遜色ないぐらい多様性があって面白いんじゃないかと、食器にせよ、日用品全てにせよ、ってことを思ったんですよね。ちなみに割り箸割り比べイベントを開催された堀元さんとしては、割り箸はその面白がる余地ありました?俺の黒歴史引っ張り出すのやめてほしいけどな。はい。なんですか。ま、やりましたよ。割り箸をね、大量になんか100種類とか集めて割り比べるみたいな遊びやってましたけど、あの時はこの視点なかったな。あ、そうなんだ。
この視点あれば、で、結構ね、個性あるんすよ、割り箸って。ちょっと詳しく聞いてもいいですか?例えばすっげえ安い割り箸は、割った瞬間粉が散る。うん、うん、うん。だからなんか粉っぽくて安いなとか、あとささくれ立ってたりとかね。めちゃくちゃささくれ立つな、この割り箸、みたいな。あ、あれ。でも高級感あるやつはやっぱ綺麗に割れるし、粉も一切出ないしとか。だからそれもさ、高級感あるやつで、多分割り箸って粉っぽいな、嫌だなって言って直した結果だから、それもやっぱ失敗に従ってるんじゃないですかね。
多分、だからさ、飲食店とかでさ、箸割った後にさ、先端シュシュシュシュってやる人いるじゃん。実は僕はあれ、何でしてんのかあんまよくわかってないんだけど、あれ何、ささくれを消してるってことですか?そうです。手怪我したりとかしたくないから、ってこと。あ、ってことはあれを見て開発したりしたっていうことなんですよね、きっと。ってこと。やっぱり形は失敗に従ってると思いますよ。なるほど。
だから結局この本読んで1番思ったのは、僕、身の回りの工業製品って誰かが作ったからあるんだと思ってたんだけど、どうも違うっぽくて、人類が積み重ねてきたからあるんですよね。うん。すごくない?この発見。そうですね。突然変異ってことでしょ?あ、そうそうそうそう。突然変異がいっぱい生まれては消えてを繰り返した結果、このマイクもこのパソコンも机もここにあるんだなって思いますよ。
そしたらあれだな、あの、動物大好きな鈴木俊貴さんっていうね、あのシジュウカラの研究者の先生とかね、次マイクとか研究されますよね。マイクも文法を持っていたっていう論文出すんですか?マイクに蛇近づける実験とかするかも。ピスピジジジってマイクに近づけよ。マイク喋んねえ。
え、でも本当にそれぐらい実用品を見る目変わる?うん。そうだね。観察したくなるなって思いました。これおもろいね。でしょ?だから俺もこの本読んで以来、身の回りのもの見るたびに、あ、人類の叡智ここに詰まってるなって、形気になるようになっちゃって。
こういうさ、良書って言われるようなものとかって、身近なものの見方が変わるとか、ま、言うじゃない。言うね。で、大体これより先の話みんなしないんだけど、どれぐらい出会う頻度があるのかっていう尺度あると思うんです。例えばですけど、高層建築とかね、面白さを伝えてる本ありますよ。あるけれども、地方に住んでる方とかからすると、そんな頻繁に見ないでしょ。
でも一方でこのプロダクトデザインですね。もうまず日常過ごしてれば必ず見ますし。うん。毎日2000個とか見てんじゃない、みんな。うん、うん。スーパーとか行ったらもう偉いことに。やばいよ。上ホールの香水であんなもん。ってことだよね。って考えると、相当割のいいというか、1回読んでおくだけで見方変わる。だからマジで世界の見え方がすごく変わる本だなっていう意味で、これベスト本。
そうですよね。ま、ちょっと我々の言葉になるわ。めっちゃ世界にプロジェクションできますからね。あ、そうだね。いろんなもの見るたびに、こんなストーリーがここにあるんだろうなって思えるもんね。うん。はい。それはめちゃくちゃいい本だと思いますね。ということでこの読書体験素晴らしかったんで、僕の選ぶ2025年ベスト本、こちらになります。なるほど。素晴らしいです。
次、水野さんのターンお願いします。はい。私が選ぶ2025年ベスト本は、大山顕さんの写真集『立体交差』です。よ。いや、よじゃない。よじゃない。聞いたことある、それ。え。その話やってたよ、前。いや、あのね、前に紹介したやつはこちらなんですよ。大山顕さんで『ジャンクション』。あれですね。あれ?あれ?違う本?これ。で、こちら『立体交差/ジャンクション』。ええ、そんな似た本書いてんの?はい。むず、区別。
なんでこと、そんな似た本紹介しちゃだめですよ。知ってるなってなるから。聞いたことあるな、その話ってなるから。聞いてください。この『立体交差』ですね。うん。凄まじくてね。何が凄まじいかと言うとですね、写真集なんですが、最大の売りは写真ではないということですね。ああ、写真集なのにテキストが面白いんですか?
はい。この本の1番凄まじいのは、巻末に寄せられた「立体交差論」と題された25ページちょっとの論。これがすごすぎるというところなんですね。で、立体交差ってのはジャンクションのこと。うん。あ、だからそこは一緒なんだな。はい。高速道路とかでね、道と道が交差してるあれを集めた写真集ではある。はい、はい。
え、でもさ、前にさ、ジャンクションの話した時もさ、このコラムのテキストがすごいんですよって言ってたよね。はい。兜町の近くにあるジャンクションは証券の守り神とされてるが、僕にとってはジャンクションの守り神にしか見えない、みたいなこと書いてましたよね。そういう個別のジャンクションに対する説明キャプションではなくて、大山さんにとってジャンクションとは何なのかっていうのをまとめたコラムというか、短い文なので。
ここからは写真集の写真の部分ではなくて、最後に寄せられた短い文章の何がすごいのかという話をしていきたいと思います。ほう、ねえ、一部を切り取ってくるね。はい。すごさを分解していくと、視点、雑学、構成の3つになるんですけど、どう言葉にしてもチープになるので、冒頭だけどんな風な構成なのか、何を書いているのか紹介していきますね。
まずスタートがですね、「1862年、文久2年、現在の横浜市鶴見区で重大な交通事故があった」。ほう。薩摩藩の行列と横浜に滞在していたイギリス人らが衝突した、いわゆる生麦事件ですね。であるというところから始まるんですね。はあは。関係ある?ジャンクションと。ね。あと生麦事件のこと交通事故って呼んでるのもちょっと1視点なんですけどね、まず。そうね。確かにあれ、言われてみたら交通事故か。
はい。どういう風に論進めてるかというとですね、島津久光っていう大名格の一家が移動している時に、イギリス人が前を横切ってしまって無礼打ちってので切りつけられたという事件だったんですけど、島津久光の一行は現代ならグリーン車や新幹線を利用していたはずだと。で、だったら交通事故は起きていなかった。ああ、なるほどね。
後にこれ薩英戦争っていう薩摩藩とイギリスの戦争に発展するんですけど、この薩英という衝突に発展する事件は、文化・慣習の衝突、つまり大名が歩いてる前を横切ってはいけないという文化ですよね。この衝突であったと同時に、本来交わるべきではない交通の衝突でもあったのだ。なるほど。2視点目です、ここでも。生麦事件ってそうなんだ。言われたらそうか。文化の衝突だなって元々思ってたけど、交通の衝突なんだ、あれ。
うん。だから交通事故なんです。はあ。グリーン車と歩行者がぶつかった事件だって言ってるんです。視点だね。あれすごいな。うん、視点。すごい。この後ですね、「イギリス人らが向かっていたのが川崎大師だというのは興味深い」。は。「というのも、この寺には交通安全を祈願するための自動車交通安全祈祷殿があるからだ」と、1雑学入れてきます。おもしれえ。すごいね。大山さんペースすごいな。うん。これまだあの、1ページです、まだ。もう最初の。最初の1ページの話なんで続けますね。
ここから論を発展させて、目的地までの距離が異なると移動の性質が違ってくるのだという話をされます。要はさ、遠い場所に行くんだったら早く動きますよね。飛行機とか新幹線とか使うし、近くなら歩いていくっていう風に、目的地とスピードってのはま、関係していますよね。で、これは移動中のスピードが上がるということだけでなくて、一時停止しなくなるということも意味するのだと。うん。新幹線はね、止まる駅めっちゃ少ないですからね。そうですね。
それから生活道路を歩いていて、車が一時停止しないせいで交通事故になるみたいなことあるじゃないですか。それは運転手のマナーの問題ではなくて、自動車がもっぱら高速に長距離移動するために進化した道具だからなのだと。ああ、なるほど。止まるようにできてないんだ。そう。つまり止まるための性能がポンコツなのだと。へえ。考えたことなかったな。
で、それが大名行列にも同様のことが言えるのだと。あ、そうなの。前を横切るのが禁止されたのは無礼だからということと同時に、長距離移動する大名の大集団は容易に止まれないからだという現実的な理由もあったんじゃないかという、3視点目。すげえ。確かに言われたらさ、ギチギチの行列が止まるの大変だよね。ちょ、ストップ、ストップっつって、後ろ気をつけてとかやらないといけないから。そうってなるので、目の前横切らないようにするってのは無礼でもあるんだけれども、大名行列は止まるためのブレーキ機能がないからなのっていう風に言うんですよね。なるほど。
なんかつい最近さ、たマシュランっていう美食ブログにはまってて、はい。その中で高級店で舐められないようにするためのマナー集みたいな記事を読んだんですよ。で、そこで書かれてて感動したのが、テーブルマナーって皆さん無意味な、人を貶めるためのものだと思ってませんか?うん。あれ違いますよと。ナイフとフォークをハの字に置いといたら、まだ食べてるから下げないでください。斜めに揃えておくと、もう下げていいですよ。これをやることによって、会話の邪魔をされずにウェイターとコミュニケーションが取れるんです。
ああ、会話を途切れさせずに、でもウェイターとちゃんとコミュニケーションを取るための手段がマナーなんです、って書かれてて、そうなんってなったんですけど、それに近いよね。その大名行列も実利的な機能が実はちゃんとあって、だからこそ後からマナーとしてつけられて、無礼なんだよっていう説明のためにマナーが生まれた。そう、みたいなイメージかもね。そう。機能性が一人歩きした結果カルチャーになったっていうパターンだという点では一緒ですよね。
でですよ、立体交差、ジャンクションというのは、このような異なるモードの交通、つまり遠くに行きたいのでブレーキ機能が貧弱な大名行列と、民間の普通に移動してる人たちっていうような、モードが違う交通が衝突しないように、高さの違いによって分離しようという、それがジャンクションなのだと言ってるんですね。
え、だから生麦事件の悲劇をもう起こさないようにするためにジャンクションが作られた。はい。あ、そういうことです。そうだね。要は大山さんの論に従うなら、生麦事件がなぜ起きたのかといえば、ジャンクションがなかったからだということになりますね。うん。そういうことだよね。うわあ、面白い。うん。ジャンクションすご。ジャンクションむっちゃおもろいのよ。ジャンクションさえあれば薩英戦争は起きなかったってことだもんね。あ、そうだよ。すげえ。っていうのがまだ2ページぐらいなんですよ。25ページ中。
やば。ほんでその話あれやな。生麦事件という失敗からジャンクションが生まれたな。形は失敗から生まれる。あれだって、工業製品精神。そうだ。あ、重なってきてる。気持ちいい。そうだね。すげえ、失敗に従ってんだよ、形が。そうだわ。うお、嬉しい。嬉しい。今日セットでやる意味あるぞ、これ。
確かに。一旦冒頭の内容でおしまいなんですけど、大山さんってジャンクションの他にも、例えば工場がお好きで「工場萌え」っていう概念を提唱したりだとか、あとはショッピングモール批評などでも知られるんですね。うん。はい。はい。で、その工場が好きとジャンクション好きとショッピングモールが好きと、あとは直近で言うとマンションポエムですね、が好きって、なんか繋がってるように見えないじゃないですか。うん。全然違うもんだね。
バラバラに何かが好きだと外から見ると思えるんだけど、この立体交差論の中では、ジャンクションも出てくるし、工場もショッピングモールも出てきて、なぜこれが好きなのか、どこに惹かれてるのか、そしてどこに共通点があるのかってのもきっちりと大山さん言語化しているんですよね。ええ、共通点あるんだ。はい。だから伏線回収みたいな、大山さんの写真集を見てきた人からすると、これまでの大山さんの関心が一気に繋がってくるっていう気持ちよさもあるんですよ。なるほど。
ここまでわずか2ページ分の情報を話してきたんですけれども、先ほど言った25ページありますんで、ざっくり今のあの視点と雑学が13倍ある計算になります。すげえな。ギチギチの密度じゃん。はい。で、ただそれはわずかなので、ほとんどはこのジャンクション自体の写真集ではあるので、そっちももちろん見てて楽しいと。
で、ここからはですね、堀元さんにこのわずか25ページの立体交差論を読んでもらおうと思います。本の実況プレイってことだ。そうですね。うん、うん。で、全部それをこの後に使うとダラダラしますので、ま、一部ダイジェストでお届けしますけれども、バリューブックスでこの『立体交差』を買ってくださった方には、フルの堀元さんのリアクションを見ていただこうと思います。
基本的にこの『立体交差』はずっと視点なので、読みながら視点だと思ったら「視点」と言ってください。何そのシステム?視点だと思ったら視点という、ということですね。痛かったら手あげてください、みたいな歯医者さんみたいなね。感じ。はい。ということで、ちょっとじゃ、堀元さんにお渡ししたいと思います。
え、じゃあ俺これ読んでる間、水野さん『フォークの歯はなぜ四本になったか』読んでみよう。オッケー。これ視点だから、視点だって思ったら視点って言っていただきましょう。お、じゃあお互いそうしましょうか。オッケー。こちらの『フォークの歯はなぜ四本になったか』もバリューブックスに入荷してもらってますので、こちらバリューブックスで買った方にも同じ特典動画が届きます。はい。じゃ、読んでみましょうか。
はい。いや、これ視点だね。視点ですか?スケールが違うんだ。はあ。高速道路の話とか国家インフラも同じで、うんうん。送電線みたいなものって国土全体のスケールを相手にしているから、個人のスケールを相手にしてないんだけど、でも我々が見る電柱って、パッと見個人のスケールに出現してるから、動かない人間が1人ドンといるかのように見えて異様である。うん。ただこれスケールアウトして引いてみれば、国土全体に送電するための効率のいい網になっている。うん。すごいね。
だからイメージ、あの、Photoshopのレイヤーの重ね合わせみたいな感じですよね。そうだね。だから結局高速道路とかって、狭いスケールで見ると異様に見えるんだけど、大きく引くと効率いいようになっているんだ。そうですね。はあ。だから高速道路カーブが少ないんだ、みたいな話になってくるわけですね。そうね。うわあ、なるほどな。
俺らってやっぱ、大山さんが面白いと思う場所を面白いと思ってないから、この言語化の仕方気持ちいいんですよね。そうだね。うん。なんかいいよね。ジャンクションじゃないんだもんな。あ、そうなんですよ。大山さんってそうなんですよね。うん。レトリックがすごいな、この人。そうなんですよ。すごいね。
ああ、土木工事って時間を止めようとする行為なんだ。そう、俺もそこ車両したから。これするね。書き写しちゃうね。そうなんですよ。そう表現すると途端にやっぱなんかね、説得させられますよね。あとちなみに言うと、その時間を止めようとしてるの後、さらにもう1回来るんで、視点アレルギー発症しないで。いや、重力をコントロールするのとこでしょ。タイムマシンのやつ。いや、ここもすごいわ。そう、すごいよね。
これやばい。あ、ええ、視点だ。そうなの?どこですか?繋がりましたね。下のところと、発電所、ダム、臨海部に配置されたコンビナートと。工場萌えの僕がジャンクションの裏側に惹かれたのは当然だと。繋がってきたんだ、他のやつ。そうなんですよ。その後の文章すごくない?これすごい。「それはつまるところ」、すごくない?俺この後に「文章うますぎ」って書いてます。うますぎて。うますぎるな、この人。うん。すごいよ。なるほどね。
へえ。フォークってその先史時代には二股の枝とかでもあったのに、普及したのってだいぶ遅れたんだ。あ、そうそうそうそう。それ面白いね。しかもね、その本すごいのが、解説の中でその話触れられててさ、あの、著者は素晴らしいってそれ書いてるんだけど、1個指摘しそびれてることがあると。うん。
なぜこのフォークの出現がこんなに遅くなったか。この時期はルネサンスと統一なのであるっていう、
ほう。
補足がね、優れた解説が書いてあるんで、それも結構感動しましたよ。だから解説の人も仕事してて、
[笑い] へえ。
そこ、完成度高いなと思って。
そうですね。本当だ。フォークの補足始めた。
そうなのよ。
うん。この解説者の知識量、何者?[笑い] すごいよね、その人も。
ああ、視点だね。「必要ではなく贅沢こそが発明の母なのである」。すごいね。すごいこと言ってるね。
うん。視点だね、これ。
うわあ、すげえ。ラストも素晴らしいね、これ。
ラストすごいでしょ。
生麦事件の話で始まったけどね。
うん。
2017年に生麦ジャンクションが完成したっていうとこから始まり、云々かんぬん。そして生麦ジャンクションの立体交差の裏を見上げる。その高架下には生麦事件碑がひっそりと建てられている。
素晴らしいラストですね。余韻がしっかり……ブラボー。
ブラボー、ブラボー。[笑い] 余韻がしっかり残るラストですね。
というのがこの立体交差という……
生麦事件の話から始まり、それはジャンクションがなかったからだって言って、実際つい最近できた生麦ジャンクションの話で終わる。すごいわ。そんな構成力。
これすごい。持ってる?君。
ちょっと負けてるわ。持ってないわ。
うん。その生麦事件っていう出来事の面白さ、説明の面白さで来たのかと思いきや、実は最後にどでかい伏線回収してくるっていうのが、このまあ25ページ、たった25ページの文章ですね。
この写真集自体が2500円プラス税なんですけど、僕ぶっちゃけこの文章だけで2500円プラス税払っていいんじゃないかってぐらいのものだと、まあ僕は思いました。
堀元さんに『立体交差論』読んでいただきましたけれども、改めて総括するとどうでした?
これね、視点がすごいわ。
でしょ。
次々出てくるじゃん、視点。
視点の暴力。
「そんな見方あんの」って12回ぐらいなりましたね。
なりますよね。相当練り上げなければこんな文にはならないだろうし、仮に練り上げずに書いたなら、それはそれでもう怖いですよね。
なので僕、大山さんってどんな作家なのとか、大山さんってどういう文章を書くのって言われたら、実は1番いいのってこの立体交差の25ページなんじゃないかと思っているんですね。
うん。これは傑作ですね。
はい。で、このテキストって、なんで立体交差に惹かれるのかってのを言語化し尽くしてるんですけど、説明って感じじゃないんですよね。
うん。うん。
どちらかっていうと僕はこれ、レトリックで殴る、つまり面白説明おじさんすぎる文なんじゃないかと思ったんですよ。
で、僕は実はこの文章を読んでですね、俺が書きたかった文章はこれだって思って、
そうなんだ。
メモの中に「言語版の立体交差」っていうのを作って、もし彼のような文章を言語で書くならどういうものがあり得るのかってのは、ちょっと試行錯誤したことがある。
なるほど。え、行けたんすか?
いや、
あ、無理。
これやっぱ円熟した人の文だもんね。
ああ、まあそうだね。
ゆる言語学ラジオ始めて5年経っただけのやつが書ける文章のレベルじゃない気がすんだよな。
やっぱ13年。
うん。13年やった方がいいかもね。
なので全然まだ見えてないんですけど、僕正直マジで大山さんのおかげで、俺が本当に書きたい文章とか、俺が持ちたい作家性ってこういうことなんだなとはすごい思ったので、今年ほとんど全て、大山さんの著作は過去作含めて全部読んだという感じで。その中でも出色なのは、この『立体交差』の中の写真ではなくて、「立体交差論」という書き下ろしの文章なんだということですね。
感覚としては、僕これゆっくり味わって読んでほしいんで、ぜひお買い上げいただいたらですね、届いたら紅茶とかウイスキーとかコーヒーとか入れましょう。とりあえず
嗜好品と一緒にね、
ゆっくり飲むと。
そう。1ページずつ読みながらじっくり飲んでください、その飲み物も。という風に味わって読んでいただければと思います。
そうですね。ただ僕は水野さんに収録中に読まされたせいで、すごい速さで読みましたけどね。
[笑い] 急ぎで。
これでも本当ゆっくり読みたかったでしょ。
ゆっくり読みたかった。そう。もっと味わいがあるなって思った。
そうだよね。
で、あとまるでね、写真をおまけみたいに語っちゃったんですけど、とんでもなくて、写真もめっちゃいいんです。うん。
で、僕この写真集が僕に刺さった理由って、僕らみたいな、写真で見るよりテキストで読んだ方が理解しやすいって言ってるタイプ、つまり写真をあんまり見ない人にとってはスターターキットとしてめっちゃいいと思うんですね。
ああ、そうか。言葉がいっぱいついてるから見方が分かるんだ。
そう。「立体交差論」をさ、読んだ後ってさ、立体交差の写真って全然多分違って見えると思うんですよね。うん。うん。
単純にこれ、「立体交差論」読まずに見ても綺麗な写真なんですよ。夜景とか、広角レンズで撮ったすごい写真とかもかっこいいんですけど、大山さんのおかげで立体交差を味わう体になれるんですよね。
いや、俺なってるもん。この文章読んだおかげで、なんとなく写真の言わんとすること分かるもんね。
そうですよね。なので、まあ堀元さんとか僕らみたいな、あんま美的センスなくて何でも言語化しちゃうなっていうタイプの人が初めて手に取る写真集としても、めっちゃいいと僕は思って
なるほどね。
います。
でも確かに文章の中にさ、全ての写真を極端なパノラマで撮っているのは、僕の心象風景をなんとか写真に落としたかったからだみたいなこと書いてありましたけど、確かにそれ言われてから見ると、なるほど大山さんに見えてる世界はこうなんだなっていう感じもして、
うん。
一般に写真集の見方というものを考えるのにも役立ちそうな気しますね。
そうですね。陳腐ですけど、写真家さんが写真を撮るのって、言うたら自分の視点を人に再現してもらいたくて撮っているってもちろんあると思うんですね。
で、大山さん多分言語化能力もむっちゃ高いので、写真で視点を提示しつつ、言語でも視点を提示できるっていうような存在なんじゃないかと思いますね。
日本の宝じゃん。
いや、本当そうよ。大山さん、工場の写真をね、昔から撮り続けていらっしゃったんですけど、随分経ってからその工場を持ってる会社に呼ばれたのかな。
で、実はあなたのとこの工場めちゃくちゃ写真撮ったんですよという風に言ったら、すごく感謝されたって話を書いていて。で、それやっぱり自社のね、オフィスとか工場が価値あるとか貴重だって、当時の人はあまり思っていないので、ドキュメントを残してないんですよね。で、大山さんみたいな人が自分の審美眼でこれは素晴らしいって言って撮ってたからこそ、中の人に感謝されたと。
うわあ、いい話だね、それ。
そう。だから大山さんって、ずっと同時代の人からは価値を評価されてないものばかり撮ってるんですよ。立体交差、高架下建築、団地、工場。ショッピングモールも撮ってるんですけど、こういう人が視点を持って写真を撮ってるからこそ、後から後世の人が助かること結構あると思うんですよね。っていう意味でも、同時代にいてくれて良かった人じゃないかと思いますね。
はい。めっちゃそうだね。弊社が作ってるね、
ゆる民俗学ラジオというチャンネルの黒川君に話聞くと、やっぱり民俗資料マジでなくなると。それはその民俗って、あまりに暮らしに密着してるものばっかりだから、みんな取っておかない。
うん。
その時代に米を炊いてた釜とか、当たり前のものすぎて誰も貴重だと思ってないから、全部捨てられていくと。
でもそういうものを大山さんはちゃんと記録して、
普通だったら捨てられていたものを、ちゃんと書き留めておいてくれてるわけですね。
うん。そうですね。
そんなわけで本日は、ゆる言語学ラジオ本大賞2025やってまいりました。
はい。栄えある第2回の大賞に輝いたのは、僕からは『フォークの歯はなぜ四本になったか』。
はい。で、僕からは『立体交差』です。
はい。こちらそれぞれバリューブックスでお買い上げいただけるようになっておりますので、概要欄、固定コメントのリンクから皆さんぜひお買い求めください。
買っていただいた方には、僕らがそれぞれの本を読んだ実況中継ノーカット版をお送りします。
はい。あと引き続き、チャンネル登録、高評価、感想のコメントなどお待ちしております。
はい、皆さんのね、この本読んだ感想もぜひコメント欄に書いていただけると嬉しいです。
あとね、我々がこの手のジャンルに全然詳しくなかったり、関心持ってなかっただけで、リスナーってこの属性の人も結構いると思うんだよね。だから、その先達たちにですね、僕らでも面白いと感じるこの手の本はぜひコメントとかに書いといてください。
ぜひ教えてください。
読みます、僕それ。以上、終わりにしましょう。ありがとうございました。
ありがとうございました。堀元さん、
うまく話せなくて悩むことってありません?
よくあります。
そんな悩みを抱える方にぴったりな本を書きました。
ほう。
タイトルは『会話の0.2秒を言語学する』。会話のわずかな間にフォーカスした1冊です。ぜひ皆さん買ってください。
うん。
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