「山手線に暮らしたい」はなぜ「に」なのか――マンションポエムと広告コピーを言語学で読む
ゆる言語学ラジオゆる言語学ラジオの定期コーナー「広告コピーを読む会」の回である。水野太貴が取り上げたのは、大山顕の新刊『マンションポエム東京論』に収録されたマンションポエムの一つだ。水野は、著者があまり掘り下げていない言語学的な論点、つまり格助詞「に」と「で」の違いにこのポエムの核心があると主張する。後半では、リスナーが投稿した広告コピー、堀元見の地元・札幌市豊平区のコピー、そして尾身茂が書いた型破りな帯コメントが取り上げられた。
350ページ二段組の『マンションポエム東京論』
マンションポエムとは、マンションの販売チラシなどに書かれる、やたらと購買意欲をあおる一文を指す。以前の回でも取り上げた題材だが、今回水野が紹介したのは、この分野の大著『マンションポエム東京論』である。350ページで、しかも上下二段組という文字量の本だ。
水野が最初に読み上げたのは、2017年の「ザ・パークハウス」の物件のコピー「JR山手線に暮らしたい」である。大山はこれについて、立地を誇る勢いが余って電車暮らしになってしまったようだと茶化している。格助詞の「に」にはさまざまな意味があり、ストレートに山手線の車両に住むと受け取るのは野暮だが、それにしてもパンチのある表現だ、というのが大山の評である。大山はそこから別の議論へ進むため、このポエム自体はそれ以上掘り下げていない。水野はここを言語学的に考えてみたいと切り出した。
メトニミーは日常に溢れている
まず水野が堀元に、このコピーを直すならどうするかと尋ねた。堀元は「山手線内に暮らしたい」だろうと答える。実際に言いたいのは山手線圏内に住みたいということで、それを「山手線」の一語に縮めている。この修辞は何かと問われ、堀元は、山手線にアクセスしやすい場所全体を「山手線」という別のもので置き換えているから換喩(メトニミー)ではないかと答え、水野はそのとおりだと認めた。
水野によれば、メトニミーは生活の根底に浸透していて、気を配らないとそもそも気づかないほどよく見られる。例として挙げたのが「お風呂を沸かす」だ。典型的には「お風呂」は浴槽を指すが、実際に沸かしているのはお湯である。堀元は、シャワーを浴びただけなのに「風呂に入った」と言うのは嘘ではないかと昔から気になっていたと応じた。水野は、これも「体を綺麗にする典型的な行動」で置き換えたメトニミーだと説明した。堀元が冗談半分に「狭義の風呂」「広義の風呂」を使い分けて回避していたと言うと、水野はその指摘は鋭いと受ける。一面ではメトニミーを許さないと主張している堀元ですら、「お風呂を沸かす」には違和感を持っていなかったからだ。
ほかにも「やかんが沸騰した」(沸騰しているのは中の水)、「鍋を食べる」(鉄の鍋をかじっているわけではない)といった例が続いた。水野は、メトニミーを言わない日はおそらく一日もないと言う。堀元は学生時代に「太宰治を読んでいた」と言っていたが、これも作品を作者名で置き換えている。水野は、認知言語学の立場からすればメトニミーは人間の認知の一部を反映した、言語の本質的な部分だという言い方になると説明した。
引っかかるのは「頻度の低い」メトニミー
では「JR山手線に暮らしたい」に違和感があるのはなぜか。水野は、メトニミーにも容認できるものとそうでないものがあり、そこには頻度が関わると考える。「太宰治を読んだ」は自然だが、「堀元見を読んだ」は変に聞こえる。すべての人の著作を人名で代替してよいなら、この差は説明できない。つまり、よく使われて気づかれないメトニミーと、「面白い言い方をしたな」と感じるメトニミーがあり、「山手線に暮らしたい」は後者、頻度の低いメトニミーだから引っかかる、というのが水野の見立てである。
水野はさらに、大山の「電車暮らし」という解釈自体もメトニミーだと指摘した。JR山手線は車両ではなく路線の名前だからだ。堀元は、山手線は線路の名前ですらなく、その区間を運行する路線という概念だと付け加えた。厳密に読めば、住人の家そのものがJRから山手線として認可を受けるしかない。二人はそこから、マンションを横倒しにして車輪をつけて走らせればいいという冗談に流れていった。
「で」と「に」はどう違うのか
水野が本題として挙げたのはここからだ。「JR山手線で暮らしたい」ならどうか。堀元は、これも変だが「に」のほうが違和感は強いと答えた。水野は例を出す。平日も休日も品川や上野や東京で飲んでいる人が「JR山手線で暮らしてるんだよね」と言うのは自然である。山手線を日常の交通手段として使い、その沿線を生活圏にしているという意味になる。ところが同じ状況で「JR山手線に暮らしてるんだよね」とは言いにくい。したがってこのコピーは、「で」か「に」かが大きなポイントになる。
水野はまず「この町には公園が多い」「この町では交通事故が多い」という例を出した。堀元が、「には」だと他の町には公園が少なそうに聞こえるが、それは「は」のせいではないかと口を挟んだため、「は」を外した例に切り替えた。「教室( )子供がいる」なら「に」、「教室( )生徒が騒ぐ」なら「で」が自然である。なぜか。
堀元は、「いる」は動きがなく静かなものだから「に」、「騒ぐ」は動きがあるから「で」を使うのだと答えた。水野は、それがこの上ない正解だと言う。水野が参照した『現代日本語文法2 第3部 格と構文 第4部 ヴォイス』の54ページには、「に」は静的状態にある事物の存在する場所を表すのが基本であり、「で」は動作・出来事の成立する場所を表すのが基本である、と書かれている。続けて、そのため「で」は動きのない存在状態のみを表す述語では用いることができず、また状態のない動きのみを表す述語では「に」を用いることができない、とある。水野の言い換えでは、「に」が表すのは存在の場所、「で」が表すのは出来事の場所である。
「に」が生むのは「滞在している」という優越感
この区別をコピーに当てはめると、「山手線に暮らす」はその人がずっとそこにいる静的なイメージになる。一方「山手線で暮らす」は、通勤、飲み歩き、買い物といった出来事の場所を指すので、そのエリアを動き回っている印象になる。
水野はさらに例を重ねた。「埼玉に家があるけど山手線で暮らしてる」は言える。住まいは埼玉だが、山手線沿線で遊んだり働いたりしているという意味になるからだ。しかし「埼玉に家があるけど山手線に暮らしてる」はかなり不自然である。ただし、仕事が忙しすぎて沿線の会社に寝泊まりしていたり、沿線のホテルに泊まり続けていたりする状況なら言える。つまり「に」を使うと、居住地がどんとそこにある、あるいはホテル暮らしのように滞在しているという印象が生まれる。
ここから水野は、このコピーは「で」ではないことがポイントだと結論づける。「で」のコピーは、埼玉に住んで通ってくる人にも当てはまる「活動範囲」の話になってしまい、マンションポエムとして成立しない。「生活圏にしているだけではなく、自分はそこに滞在しているのだ」という優越感を出せるのが「に」であり、水野の見立てでは、マンションポエムにおいては「で」より「に」のほうがいけている。
もっとも水野は、これは独自のアイデアではなく、このポエムの話を言語学者の飲み会でしたところ、島村先生が言っていたことをほぼ受け売りしたものだと明かした。『マンションポエム東京論』でも格助詞は注目されていて、第1章「マンションポエムの文法的特徴」には「マンションポエムの真髄『を』」という節がある。「〜を住む」のような用法はすでに大山が気づいているので、自分は「に」を推したいと水野は言う。大山がこの点に気づいたうえで書かなかった可能性もあるが、書かれてはいなかったので、ここで話したという位置づけである。
「困ったね」という一言の効き目
後半はリスナーから寄せられたコピーを堀元が読んでいく。クリンボーさんが送ってきたのは、二人の著書の版元でもある新潮社のコピー「知性の差が顔に出るらしいよ 困ったね」だった。
堀元は、現代の広告っぽくない、ともすると差別っぽさや嫌なスノッブさもあると認めつつ、投稿者の「『困ったね』を書き加える勇気がすごい」というコメントに同意した。「知性の差が顔に出るらしいよ」だけでもコピーとしては成立する。そこに「困ったね」を足すことで、エゴっぽさが薄れる。水野は、伝聞の「らしい」も興味深いと指摘し、全体として嘆き節の、平熱感のあるコピーになっていると言う。「お前みたいなやつはバカだ」という脅しではなく、「自分の知性がバレたくないな」という側に立っているから好感が持てる、というのが二人の読みだ。出版社なら「知性の差は顔に出ます」と脅すこともできるが、それでは確実に炎上する。敬語にするといちばん感じが悪くなる、と堀元は言う。
堀元は、「困ったね」は常人からは出てこない、異常な量の訓練を積んだ人の言葉の使い方だと評した。水野は本業の雑誌編集で記事タイトルを考えるとき、入れたい要素を棚卸ししてしまうので、そのやり方からは「困ったね」は絶対に出てこないと語った。このコピーは、そうしたアプローチから遠く離れた場所で考えられている感じがするという。
投稿者によれば、こうした要素はコピーライターの間で「エビフライの尻尾論」と呼ばれている。エビフライをエビフライたらしめているのは、食べられない尻尾である。意味は何も付け加えていないのに、それがないと良いコピーにならない、という意味だ。水野が、自分がタイトルの冒頭に勢いで「驚愕」と付けるのもエビフライの尻尾かと尋ねると、堀元は、それはなくても成り立つので違う、観光地のソフトクリームに載っている金箔だと切り捨てた。
「学歴、そして筋肉。」
ヨレさんからの投稿は、何年も前の東京六大学野球のキャッチコピー「学歴、そして筋肉。」である。厳密にはある東大の選手を紹介するコピーで、この選手は東大生ながらベンチプレス140kgを持ち上げ、神宮球場で通算4本塁打を放ったという。投稿者は、甲子園に出てスポーツ推薦で入学した野球エリートの早稲田の選手と対峙し、学歴だけでなく筋肉でも圧倒していくという展開が気に入っていると書いていた。
堀元は、絶対に組み合わせないもの同士の距離が面白いと評した。一方で、「学歴で殴る」という言い方もあるくらいで、意外と相性はいいのかもしれないとも言う。水野は、東大生は筋トレにはまりやすいという話を聞いたことがあると紹介した。やった分だけ返ってくるという点で筋トレと勉強はよく似ていて、そのフィードバックが楽しいのだという。ひょろひょろのガリ勉というステレオタイプとは裏腹に、実は遠いものではないのかもしれない、と二人は話した。ここから水野は、高校のハンドボール部で試合に負けると相手校の偏差値を調べていたという思い出を語り、雑談へ流れていった。
故郷のコピーをこき下ろす
アンコロ餅さんは、札幌の区のコピーを二つ送ってきた。一つは豊平区の「夢ひらく 花ひらく とよひらく」、もう一つは隣の手稲区の「手稲っていいね」である。豊平区で19年間暮らした堀元は、地元のこのコピーを初めて知り、本籍を移したい、実家に帰りたくなくなったと嘆いた。水野も「ダサい」と一言で評した。
水野は、「北海道はでっかいどう」も駄洒落なのに、という比較を持ち出した。堀元によれば、「北海道はでっかいどう」は海の幸や観光地や天然記念物ではなく「でっかい」を選んだところが偉い。それに対し「とよひらく」は、豊平区ならではの良さがどこにあるのかが分からない。
では堀元なら何を盛り込むか。堀元が挙げたのは、鮭が遡上してくる豊平川だった。けっこうな市街地を流れているのに、鮭が戻ってくる川として有名なのだという。最初に出した案は「夢ひらく 鮭ひらく」で、水野に「なんで開きにしたんですか」と突っ込まれた。水野は、鮭が戻ってくるのだから、人口がそれなりに流出する中でも、堀元のような人でも最終的に戻りたくなる場所という方向で攻めるべきだと提案した。堀元がそれを受けて「いつか激流を遡って帰ってくるんだ、この町」と言うと、元のコピーより悪くなったと二人で驚いた。水野が新潮社の要素を混ぜて「いつか激流を遡って戻りたくなる町 困ったね」と締めると、堀元は意味が変わってしまってコピーとして成立していないと返した。
マンションポエムは「マンションを隠す」
締めくくりに水野は再び『マンションポエム東京論』に戻った。水野はこの本の帯に推薦コメントを寄せる機会に恵まれ、「今年のベストはこれになるかもしれない」という趣旨の文を書いた。それは偽りではなく、今年これを超える傑作があるかというくらい刺さった本だという。そのうえで、この本はマンションポエムを分析した本ではない、という点が重要だと水野は言う。
水野が読み上げた導入によると、大山がマンションポエムを収集し始めたのは2004年である。きっかけの一つは、お台場のツインタワーマンション「ザ・タワーズ台場」のコピー「PLANET ODAIBA その惑星に住める日が来る」だった。本文は「都心と絶妙な距離を保ちながら、惑星のような輝きを放つ特別なエリア」と続く。大山はこれに「惑星は輝かない。それは恒星だ」と突っ込んでいる。堀元は、金星は恒星より明るく見えるのだから合っている、大山のほうがクソリプだと混ぜ返した。
大山は当初、このような突拍子もない表現を面白がっていただけだった。しかし他の物件の広告を集め始めてすぐに、マンションポエムは東京や大阪といった大都市に対して我々が抱いているイメージを増幅させていると気づいた。そこで歌われているイメージはもっぱら土地のものであり、マンションポエムはマンションについて語っていない。本書を一貫する主張は「マンションポエムはマンションを隠す」だと水野は言う。したがってこの本は、マンションポエムをきっかけに、我々が都市、特に東京をどのように見ているかを考える「都市論的エッセイ」だと自らを位置づけている。水野の比喩では、マンションポエムに光を当てると都市のイメージが反射して返ってくる。大山はそれをまとめている。
とはいえ、大山は1600以上のマンションポエムを分析しており、ポエムそのものに着目したコラムもある。水野が例に挙げたのは「金沢は『へ』、富山は『が』」というコラムで、ある面について金沢の物件では「へ」が、富山の物件では「が」がやたら出てくるという対比を独自に分析している。見出しそのものも読ませる力が強いと水野は言う。「戸塚はどこへ行こうとしているのか」「東京は田んぼ」「東京の地下にはパリが広がっている」「東京の外は北海道」「武蔵小杉のタワーマンションに住む鴨長明」といった見出しが並ぶ。
大山顕の「世界の受け身の取り方」
水野は、個人的には普段都市論を読まないが、大山が20年ほど研究してきた成果がまとまったと聞いて急いで読み、その結果として都市論を面白いと思うようになったと語る。堀元は、ただ収集しただけならコレクションの展示で終わりそうだが、それを分析に役立てているのだと受けた。水野によれば、本書はマンションポエムの歴史的な変化を追い、我々が都市に対して抱くイメージの違いをみっちり描いている。結論は労力に敬意を表して自分からは言わない、と水野は述べた。
水野は大山の他の仕事にも触れた。工場の写真を撮りまくった写真集『工場萌え』はヒットし、大山は工場見学のムーブメントの旗振り役になった。高速道路が交差する立体交差だけを撮った『ジャンクション』もある。団地をひたすら撮り、左右対称性が微妙に崩れているところや階段の外への張り出し方など、団地ウォッチャーとして面白い箇所を書いた『団地の見究』を読むと、素通りしていた団地が面白かったと気づかされるという。『マンションポエム東京論』も同じで、素通りしていた東京という都市がどれだけ面白いかを思わせてくれる本であり、マンションポエムを変だと馬鹿にする本では決してない、というのが水野の評価だ。
水野はこれを「世界の受け身の取り方がうまい」と表現した。街にあるものに対して「こうしたら面白いかも」というレンズが鋭く、それを言語化する力と、興味のない人にも読ませる筆の力が図抜けている。その集大成を凝縮したのがこの新刊ではないか、と水野は述べた。堀元も、家の周りを散歩していると錆びた古い工場を見つけてテンションが上がることがあると話した。
尾身茂の「まだ読んでいません」
最後に水野は、帯の推薦コメントを業界人としてウォッチしている立場から、驚いた一例を紹介した。感染症の専門家による著書『感染症道場破り シーズン1』の帯に、コロナ禍で連日メディアに登場していた尾身茂が寄せたコメントである。その内容は「まだ読んでいません。尾身茂」だった。
堀元は当初、読んでから書くべきだし、そんな原稿が届いたら編集者はボツにする判断をするのではないかと疑問を呈した。水野は、これは渾身のボケではないかと言う。帯を見た人が「何これ」と思わず手に取ってしまう効果がある。推薦文に「まだ読んでいません」と書くのは前代未聞で、それをやるのが一番面白いのは尾身茂だ。堀元や芸人がやっても悪態かボケにしかならない。官僚のような堅い立場の人がやるほど効く大喜利の中で、尾身は最強クラスだと水野は評した。コロナ禍に寝る間も惜しんで科学コミュニケーションに走り回っていた人だから許されそうな感じもある、と堀元も同意した。
水野は、自分も本当は帯に「まだ読んでいません」と書けたら面白かったが、今のランクではまだやってはいけないと語った。二人は、眼光鋭い人物が腕を組んだ写真付きで「まだ読んでいません」と書いたら面白いと想像し、そのボケをするために偉くなろうと言い合って回を閉じた。
[音楽] ゆる言語学ラジオ。
少し前にさ、マンションポエムについて鑑賞するというか、あれこれ話す回あったじゃないですか。「そこは正常でもありセンカーでもある。そしてそこは正常でもなくセンカーでもない」みたいなコピーの話しましたけど、その時にも少し話しましたが、マンションポエムについてね、350ページ、そして見てください、上下2段組っていう。
すごい文字いっぱいある。
文字まみれのね、大作が出たんですね。『マンションポエム東京論』という本。
マンションポエムってのはあれですよね。マンションの販促チラシとかに書かれる、それっぽい一文みたいなね。
そうですね。やたらと煽ってくるような、例えば「東京を手中にする」「六本木にタワーライフの創造を」とか。
すごいね。ゴリゴリだね。
こういうようなものをマンションポエムと呼んでいます。今日は広告コピーを読む回っていう定期コーナーやりたいんですけど、1個目はこの本を読んで興味深いと思ったマンションポエム。しかも著者の方がそんなに深掘りしてないのに、言語的な観点から面白いと思ったので、その話をしたいと思います。ということで、ラジオネーム大山顕先生からの。
お便り送ってくれてないですけどね、大山先生は。あんたが本から勝手に引用してるだけや。
俺が勝手に熱い思いを向こうに思ってるだけか。
ファンすぎてお便りが来たことにしようとしてるからね。
来たら嬉しいなと思いながら読みますけれども。これはですね、ザ・パークハウス上野プレイスという2017年築のマンションのマンションポエムですね。「JR山手線に暮らしたい。」
ふーん。
以上ですね。
山手線に暮らしたい。なんか気持ち悪。山手線の圏内に暮らしたいみたいなことよね、言いたいのって。
そうですね。大山先生はですね、「立地を誇る勢いが余って電車暮らしになってしまったようだ」といじってます。[笑い]
そうだね。山手線に暮らしたいだもんな。
「格助詞の『に』には様々な意味があるし、ポエムの読み方としてストレートに山手線に住んでしまうと受け取るのは野暮というものだが、それにしたってパンチのある表現だ」と書いているんですね。
そうだね。
で、ここからもう論を展開されているので、このポエムについて深掘りしてないんですけど、僕はやっぱこのポエムめちゃめちゃ興味深いと思ったので、言語学的な観点からちょっと鑑賞してみたいと思うんですけど。まずこのポエム直すならどうすべきですか?
JR山手線に暮らしたい。JR山手線内に暮らしたいとかじゃない?
そうですね。1つは、JR山手線と言っているけれども、実際には山手線圏内に暮らしたいということですね。堀元さん、こういう山手線圏内にっていうのを山手線ってキュッとしちゃう、こういう表現はレトリックで言うと何になりますか?
ああ、えっと、だから山手線にアプローチしやすい場所全体を、山手線っていう代表される別のもので置き換えちゃってるから、これは換喩、メトニミーじゃない?
すごいですね。やっぱ知識ついてきました。
ついてきてますね。まさにこれはメトニミーの一種として分析することが可能ですね。
なるほどね。
このメトニミーというやつはですね、我々の生活の根底に浸透しているので、気を配らないと、そもそも気づかないということもあるぐらい、よく見られるレトリックです。
あ、そうなの。
例えば、お風呂を沸かす。
ああ、沸かしてんの風呂じゃなくてお湯やろ。はいはいはい。
気づきます? お風呂ってバスタブのことを典型的には指すわけですよ。でも「お風呂を沸かす」とか「お風呂がぬるくなった」って言えますよね。
言えるし。それで言うとあれか、俺ずっと昔から気になってんのさ、シャワー浴びたことをさ、風呂入ったって言うじゃん。でも別に浴槽に浸かってないじゃん。だからあれ嘘では、って俺思ってたけど、違うね。お風呂に入るという、体を綺麗にする典型的な行動に置き換えてるんだ。シャワー浴びるのも。
そうですね。シャワー浴びた時にお風呂入ったっていうのはメトニミーですね。
そうだね。へえ。ああ、そうか。僕はね、シャワーしか浴びてないのにお風呂入ったっていうと嘘になっちゃうから、狭義のお風呂入ったと広義のお風呂入ったに分けて、「広義風呂入った」っていうことによって回避しようとしてたんですけど、それ必要なかったですね。
今、堀元さん多分ちょっとふざけてそう言ったと思うんですけど、でもその指摘すごい鋭くて。
そうなの?
はい。鋭いと思います。
ふざけて言ったのに。
堀元さんは、だから一面的にはメトニミーを許さないっていう主張をしたわけじゃないですか。でもそんな堀元さんでも、お風呂を沸かすにはキレてなかったわけでしょ。「お風呂の水を沸かす」じゃないとダメじゃないのかって言わなきゃいけなかったですよね。つまり我々の生活ってメトニミーに支配されてるんですよ。
もう気づかないレベルでいっぱいあるんだね。
他にもさ、「やかんが沸騰した」とかどうすか?
普通に言いますよね。
でもこれさ、沸騰したのはやかんの中の水ですもんね。
ああ、本当だ。やかんが沸騰した、めっちゃ自然に言ってるわ。沸騰しないもんね、やかんは。
だから狭義のやかんと広義のやかんを使い分けるべきなのかとか、そうじゃないじゃないですか。
そうだね。
こんなのどうすか?「鍋を食べる」。
ああ。それはね、鍋に入ってる食い物を食うことだね。確かに。
鉄製の鍋とかガジガジかじってないですもんね。
ね。ガっちゃんだけですよ、それができるの。ガリガリいけないですからね。
だけて考えると、普段生活しててメトニミーを言わない日は1日も多分ないです。
そうかも。ていうかあれだわ、俺結構学生時代、太宰治読んでたんだけどさ、とかもそうだわ。太宰治の作品だわ、読んでるの。
そう、そう、そういうの。ですからメトニミーを使うということ自体はなんらおかしいことではなくて、むしろ認知言語学の立場からすると、メトニミーは人間の本質とか認知の一部分を反映していて、言語の本質的な部分なのだという言い方になると思うんですね。
ということでコピーの方に戻ると、JR山手線に暮らしたいを電車の中に暮らしてるっていうのは野暮だって大山さんは本の中で書いてたけど、野暮です。
メトニミーですもんね。
これはね。メトニミーです。
我々が普段からやってることでしょと。お風呂沸かすって言った時に、いや、沸かすのはお湯でしょ、とは言わないもん。
そう。だからこれをやり出すんだったら、やかんが沸騰したとか、お風呂を沸かすにも目くじら立てなきゃいけなくなってしまうってことですね。
そうだね。ああ、それを白日の下にさらすマンションポエムなんだ。
そう。だからメトニミーの中でも容認できるものとできないものってあると思うんですね。普段よく使って堀元さんが気づかないレベルのメトニミーと、あ、面白い言い方したなっていうメトニミー、あると思うんですよね。太宰治を読んだだったらいいけど、堀元見を読んだは結構変じゃないですか?
ああ、変だわ。文豪にしか使わんな、それ。
そう。全ての人の著作を人の名前で代替していいのだったら、なぜ堀元見を読んだの容認度は低いのかって話になるので、頻度の問題が関わってくると思うんですよ。となった時に、JR山手線に暮らしたいってのは頻度が少ないメトニミーだから引っかかるんだっていうことですよね。
そうだわ。いつの間にか見慣れてるもんな、多分、普通のよく使う表現。
もっと言うと、大山さんはJR山手線に暮らしたいと言ったら電車暮らしになっちゃうと言ったけれども、大山さんのその電車暮らしっていう解釈もメトニミーですからね。JR山手線自体は電車じゃなくて線路の名前なので。
確かに。
電車の中っていうニュアンスにはならないですよね。
確かに。
本当に厳密に取ると、線路の中に寝たら危ないよとかってことになりますよね。
それですらないんじゃない? 山手線って別に線路の名前でもないから。
路線の名前か。
その場所を運行している路線の名前だから、概念ですよね。
そうか。
山手線に暮らすはかなり厳しいんじゃないか。だからあれだよね、そのマンションに住んでいる方が山手線としてJRから認可を受けるしかないですよね。
そうですね。だからその家が走ってればいいですよね。
てことですね。お前んちが山手線だからってJRが認めるってこと。
そういうこと。だからザ・パークハウス上野プレイスは、マンションをまず横に倒して、そのまま車輪をつけて運行してること。そうそうそう。そしたら問題ないですよね。
え、俺乗ってるんですよ、実はザ・パークハウス上野プレイスだったこと。
そうですよ。たまにザ・パークハウス上野プレイスが走ってくる時ありますよね。停車する時。
あ、はあ、だからか。重たいからオーバーランしがちっていうね。これあれあるですよね。遅延しがちとか。[笑い]
あの、ずっと嘘つくのやめましょうか。単なる嘘なんです、それね。
そうね。
ということで1つ、メトニミーという面白い現象があるよっていう話だったんですけど、面白いのはここからだと僕は思うんですね。これさ、JR山手線で暮らしたいだったらどうですか?
山手線で暮らしたいも変だな。でもやっぱ山手線で暮らしたいの方が違和感強いすね。
え、JR山手線で暮らしたいの方が違和感強い? これさ、JR山手線に居住するという事態を指すんだったら違和感あると思うんですけど、こんな状況だったらどうですか? 「俺さ、平日も休日も品川とか上野とか東京とかで飲んでて、JR山手線で暮らしてるんだよね。」
ああ、山手線を日常の交通手段として常に使い続けているっていう意味で、JR山手線で暮らしてる。言えるわ。
言えますよね。
言える。山手線沿線を主に利用しているっていう意味だわ、これ。
ところが「俺、上野とか東京駅とか池袋で飲んでて、JR山手線に暮らしてるんだよね」はどうです?
変だね。言わないね。
変だよね。ということは、このコピーって「に」かっていうのがめっちゃ大きなポイントだと思う。なので今から話したいのは、「で」と「に」はどう違うのかっていう話なんですね。
あ、マンションポエムからそこに行くんだね。
はい。格助詞ですね。これは格助詞がやっぱ面白いなと思って。まずちょっと内省で聞きましょうか。「で」と「に」はどう違いますか?
うわあ、難しい。でも両方場所指すじゃん。
ちょっと例出してあげましょうか。「この町には公園が多い」。ちょっと「は」がついちゃいましたけど無視してください。と、「この町では交通事故が多い」。
これ今、「この町」っていう名詞は一緒で、後ろの述語部分ですね、「公園が多い」と「交通事故が多い」ってのが違うと、「に」と「で」に切り替わり、これ入れ替えられないですよね。「この町では公園が多い」「この町には交通事故が多い」。あんまり言えないですよね。まあ、言えなくもないか。
言ってもおかしくなさそう。
典型的ではないですよね。
てかさ、その例文だと完全に、この町には公園が多いってイメージ、他の町には公園少なそうな気がする。
ああ、そうね。それ多分「は」のせいだな、あれ。これの誤差があると。
ちょっと切り分けといてよ。今俺、「に」の効能知りたいね。
分かった。
ちょっと別の例のコ出てくるの邪魔やわ。内省が効かない。
素人なのにつべこべ言うなよ。一通り読んでから喋れよ。リスナーも聞けなくなっちゃうから、やめてください。[笑い]
別の例行きましょうか。教室っていう場所ありますよね。助詞の部分は消すので自分でやってみてください。「教室、子供がいる」。
教室に子供がいる。教室で子供がいる。教室にだろうな。
じゃこれは、「教室、生徒が騒ぐ」。
教室に生徒が騒ぐ。教室で生徒が騒ぐ。教室でだな。
なんで違うんですか? ミスターホット教えてよ。
なんでだろう?
水野さんは普段文筆業していて、細かな助詞とかだってじっくり考えて選んでるわけですよね。だから説明できますよね。
もちろんできますよ。だから教室に子供がいるはさ、動的じゃないんですよ。動いてないから。ただいるだけだから、静かなもんには「に」を使って、騒ぐっていうのは動きあるから、そういう動的なもんには「で」を使うんですよ。
この上ないほど正解です。
合ってんの? これ。
合ってます。
適当に言ったけど。合ってんだ。
手元にですね、この手のこと調べる時に便利な『現代日本語文法2 第3部 格と構文 第4部 ヴォイス』があるので、これちょっと見てみましょうか。[笑い]
すごい本持ってくるね、あんたね。
便利ですよ、これ。あると。一家に1台。
そうか。使わないと思いますけどね、皆さんね。
この54ページにですね、「に」との比較ってのがあるんですが、ここで書いてあること言いますね。「『に』は静的状態にある事物の存在する場所を表すのが基本であり」
ドンピシャだ。
「一方『で』は動作・出来事の成立する場所を表すのが基本である」。
なんか当てちゃってすいません。このコーナーの時もさ、大外ししてさ、見当違いですねって言われるの慣れてるから、俺それ待ちで言ってたら、めちゃくちゃ合っててビビっちゃった。
びっくりしましたね。
すごいね。こんな当たることある?
加藤あいと5回ぐらい一緒です。
それ一緒じゃないですよ。全然違うすよ。美女とおじさんだから全く違うもんです。
違うか。ごめんなさい。
続きも読むと、「このため『に』は動きのない存在状態のみを表す述語では用いることができず、また状態のない動きのみを表す述語では『に』を用いることができない」と書いてあるんですね。ものすごく噛み砕いて言うと、「に」が表せるのは存在の場所、「で」で表せるのは出来事の場所だということです。
なるほどなるほど。
じゃ戻りましょうか。JR山手線に暮らしたいと、山手線で暮らしたいは、なんで差が出たんですっけ?
えっと、だから「に」だと動きがないもんだから、山手線に暮らすだと全然動いてないイメージになりますよね。その人がずっとそこにいる。山手線で暮らすだと動きあるイメージだから、通勤とかに使ってるイメージなんだ。
通勤とか飲み歩きとか、買い物とか、こういった出来事を想起させるわけですね。
確かに動き回ってる感じしますね。
一方で「に」だと静的なので、定住してるニュアンスが出るわけです。
本当だ。すげえおもろい。
例えばこんな例考えてみましょう。「埼玉に家があるけど山手線で暮らしてる」。これは行けますよね。
行けるんじゃないですか。
埼玉に居住地があるんだけど、山手線の近くで遊んでいる。山手線の中で。
そう。そのエリアを動き回ってるってことだね。
でも「埼玉に家があるけど山手線に暮らしてる」って、かなり不自然ですよね。
埼玉に家があるけど山手線に暮らしてる。あんま言えないっすね。そんな状況なさそう。
言えないです。でもこれさ、仕事が忙しすぎて、山手線沿線の会社で寝泊まりしたり、山手線沿線のホテルに宿泊してれば、埼玉に家があるけど山手線に暮らしてるって言えますよね。
本当だ。
だからホテル暮らししてる印象がこれで生まれるわけですね。
居住地がドーンとあれば、山手線に暮らすって言えるね。
そうなんですよ。つまり、ザ・パークハウス上野プレイスのコピー「JR山手線に暮らしたい」っていうのはどういうことが言えるかというと、「で」じゃないのがポイントなんですよ。
だってそれだと活動範囲になっちゃうからな。
「で」のやつはマンションポエムにならないんですよ。生活してるだけだから。じゃなくて、俺は「に」なんだって優越感なんですよ。
本当だね。だって埼玉に住んでてもさ、山手線のとこまで通ってきて、そこを生活圏に置いてたら、山手線で暮らしてるもんね。本当だ。
つまり僕の見立てでは、マンションポエムにおいて「で」よりも「に」の方がいけてると思うんですよね。それはなぜかって言うと、生活圏にしてるのではなく定住しているのだというニュアンスが出るからです。
面白い。それいいですね。これ大山先生の本読んで水野さんが思ったこと?
そうですね。僕がこのポエム面白いなって思って、言語学者の飲み会で喋って、言語学者が言ってたことをほとんど受け売りしたってことですね。
え、かっこ悪。独自アイデアじゃなくて、島村先生から丸パクリ。[笑い] ちょっと一気に株が下がりました、今。
他にもこの本ではですね、格助詞「を」ですね。これがすごいやっぱフォーカスされていて、典型的には「どこどこを住む」ね。
うんうん。
言語学ラジオでもやりましたけれども、「恵比寿を住む」だっけ、なんかそういうコピーがあるよっていうものとかはもちろん出てくるし、この本の第1章にはマンションポエムの文法的特徴っていうところがあるので、そこの中で「を」はがっつり出てきた。「マンションポエムの真髄『を』」っていう
うんうん。
のが立てられているので、やっぱ格はね面白かろうとは思うんですけど、「を」はもうね、大山さんが気づいてらっしゃったので、僕は推したい、「に」を。
なるほど。逆張り。
まだ大山先生は「に」をそんなに掘ってないから。わかんないですね。ご存知で書かれなかったっていう可能性ももちろんあるんで。僕本当にこの人の文章好きすぎるんで、大山さんだったらこういうことも気づいてらっしゃるかもしれないとは思うんですけど、書かれてなかったので、せっかくなのでここでしたいと思います。
いや、いいですね。これめっちゃ面白い話ですよ。気にしたことなかったもん。
本質は「で」ではなく「に」だっていうことですね。
これは熱いすね。
このコーナー、皆さんから寄せてもらった投稿を読んだりすることもあるので。
ね。投稿も読む回やってますね。
堀元さんの方から気になったこと伺ってもいいですか?
はい。ラジオネーム、クリンボウさん。
クリンボウさん、ありがとうございます。
このコピーは新潮社のコピーです。
出版社の。僕らの本の版元ですね。
そうですね。コピーは「知性の差が顔に出るらしいよ。困ったね。」です。
これ良くない?
現代の広告っぽくないすね。
そうだね。なんかちょっと。
なんかわかんないですけど、糸井重里さんとかそういうようなタッチ。
ね。ちょっとともすると差別っぽさというかね、ちょっと嫌なスノビズム感みたいなのもちょっとあるけど、ただこのクリンボウさんのコメントも良くて、「『困ったね』を書き加える勇気がすごいです」と。前半部分でも成立してると。「知性の差が顔に出るらしいよ」でも成立してるのに、「困ったね」って入れることで嫌味感みたいなものが少なくなってて、すごくないですか?
しかも「よ」も興味深いですよね。「知性の差が顔に出るらしい」でも別にいいですからね。
そう。でもやっぱ嘆きっぽいすよね。「知性の差が顔に出るらしいよ。困ったね」。ひたすら好感持てるんじゃない? トータル。
そうですね。だから並層なを脱収してるようなコピーってことですね。
だからどっちかって言うと、知性の差、顔に出て欲しくないなの意見ですよね。
はい。
知性の差が顔に出るんだぞ、お前みたいなやつはバカだな、みたいな感じじゃなくて、うわあバレたくねえな、俺の知性、っていう感じだから好感持てる。
確かにね。でしょうね。変な話、出版社だったら脅してもいいわけですからね。「知性の差は顔に出る。あなたに知性はあるか」みたいな言い方してもいいわけですけど、こんなの絶対炎上しますから。
感じ悪いよね。敬語の方が感じ悪いわ。「知性の差は顔に出ます」。これ一番感じ悪い。
あ、感じ悪いね。これ炎上しますね。
最初、冒頭を聞いた時はうって思ったんですけど、見事にね、その辺りをクッションみたいに。バランスめっちゃうまくない? このコピー。
そうっすね。これさ、「困ったね」はさ、常人からは出てこないよね。
出てこないね。
異常な研鑽を積んだ人の言葉の使い方って感じするよな。
100案ぐらい出さないと、こんなん出ないでしょうね。
100案出すって言われたら余計にこんなん出ないかもな。
そうかも。凝り固まっちゃってね。
あるよね。コピーでさ、そういうのありません? 本業でね、記事のタイトルとかを考えることあるんですけど、やっぱ入れたい要素を棚卸ししちゃうんですね。で、そうすると絶対「困ったね」なんて出てこなくなっちゃうんで、そういうアプローチからはるか離れた場所から考えてる感じがしますよね。
そうだね。で、これさ、クリンボウさんもう1個コメントくれてて、「ちなみにこれはコピーライターの間でエビフライの尻尾論と呼ばれています」。
ほう。
「エビフライをエビフライたらしめるのは尻尾である」。
なるほど。
食えない部分だから意味ないんだけど。このコピーは意味は何も付け加えてないのに、これを付け加えなければいいコピーにはならないという意味で、エビフライの尻尾っていう理論で呼ばれてるらしいよ。
なるほど。だから例えば僕がタイトルつける時に、意味もなく勢いつけるために冒頭に「驚愕」とか入れるとかがエビフライの尻尾ってことですもんね。
あ、違う。それはなくても成り立つんで違いますね。それあれですね、観光地のソフトクリームの金箔です。
え、
あれいらないからね、別にね。豪華さをなんとなく演出するためだけのやつね。[笑い]
どうしたんですか? 急に。
味には何も寄与してないやつね。高いよ、でも。豪華さを出すためのね。それで1200円とか取るやつね。あれ嫌ですね。俺それ、普通にソフトクリーム出してくればいいのになっていつも思ってます。
え、俺がそのタイトルの頭に勢いのために「驚愕」ってつけるのって金箔?[笑い]
そう、金箔。
あれ? あ、でも俺別のやつもあって、「仰天」ってつける。
一緒だよ。全く同じだよ。驚きアピールしてね。それ金箔ですね。
そうなんだ。
あれやめてほしいんだよね。
ヨレさんからの投稿です。これはですね、もう何年も前の東京六大学のキャッチコピーだということなんですが、コピーですね。「学歴、そして筋肉。」[笑い]
バカのコピー。
これやっぱ距離がありますよね、やっぱ。
あ、面白い。面白いね。
絶対組み合わせないもの。
でも確かに六大学野球ってそうだな。学歴、そして筋肉だね。
おお、面白い。
「厳密には東大のとある選手を紹介するキャッチコピーで、実はこの選手、東大生にしてベンチプレス140kgを持ち上げるという規格外のパワーの持ち主。神宮球場で通算4本のホームランを叩き込んだスラッガーでした」と。
うん。
「甲子園に出てスポーツ推薦で入学する、野球エリートな早稲田の選手と対峙して、学歴だけでなく筋肉でも圧倒していくという、そんなんありかよといった展開が気に入っています」ですね。
面白いね。でもさ、学歴で殴るって表現よく使われるじゃん。
はい。
とかね、アイドルで学歴の暴力って人たちいますけど。意外と、実は無縁そうに見えて相性いいことなのかもしれない。
まあ、東大生って筋トレにはまるって言いますよね。
ああ、その側面もあるか。
筋トレと勉強ってすごく似ていると。やった分だけ自分に返ってくる。そのフィードバックが楽しいから、割と東大生って筋トレにはまりがちだって話を聞いたことあるんですよ。て考えると、実はそんなに離れたものではないのかもしれない。
ステレオタイプだとね、やっぱひょろひょろの勉強ばかりした人みたいなイメージあるかもしんないですけど、意外と遠くないのかもしんないですね。
面白いね。
これ、僕のしょうもない話になるんですけれども、高校時代ですね、ハンドボール部に所属していたんですけれども、僕たちのハンドボール部ってめちゃめちゃ強いわけじゃなかったんですね。で、その時にですね、負けると向こうの高校の偏差値を調べて、よし、勉強では勝ててる。[笑い] なので、僕らも偏差値の高い高校と戦う時だけは闘志が全然違いましたし、そこに負けると本当に全員落ち込みましたね。
そうだね。だって偏差値高いってことはもう勝つしかないわけだからね。ハンドボールで勝てなかったら何もならないから。
で、問題なのはですね、さらにそれで言って、マネージャーさんが可愛かったりするとですね、もうややこしいんですね。
やばい。やばいね。
僕ら、マネージャーさんなんか先生の方針で取らなかったんですよ。だからただでさえ、まずマネージャーさんがいる部活に敵愾心を燃やしてるんですよ。[笑い] いきやがってね、お前、ってことを思っていたんですね。なので、学歴がさらに高くて、ハンドも強くて、マネージャーさんも可愛いとですね、もう僕はやられます。[笑い]
そうだよね。だって行き場のない怒りをどこかにぶつけるしかないもんね。
そう。なんかどっか勝ってるポイントを見つけなきゃいけないんですけど、試合しただけだと見当たらないので、僕はトイレのスリッパを揃えたりします。その頃は。[笑い]
え、どういうこと? トイレのスリッパ、俺は揃えられるからってこと?
そう、そう。もしかしたらそのマネージャーさん、僕がトイレのスリッパ揃えてるシーン見ないかなとか、やっぱありますよね、そういう。
だから、あの人ちゃんとスリッパ揃えてる、素敵ってなることを期待しているってことですよね。
そう。で、もしかしたら大学とかで、俺受験勉強頑張って会わないかなとか、やっぱそういうこと考えたりしてたんですよね。
なんかね、悲しいすね。あなたの高校時代悲しいね。[笑い]
そうなんですよ。
ダメです。そんなしょうもないエピソード披露してたら。
ああ、そうですか。
僕はね、筋肉エピソードで、じゃあしょうもなくないやつ1個披露しますと、僕、家でめちゃくちゃ筋トレをしてるんですよ。で、僕ジム行かない派なんで、家にダンベルがあるんですね。で、そのダンベルをめちゃくちゃ上げてるんですよ。1個10kgのやつを2個、両手で上げ続けてるんですけど、ダンベルって結構高いのよ。
はい。
特にトップブランドのすごくいいダンベルって、1個あたり2万とか3万とか。
ダンベルに良し悪しあるんだね。
ある。安い中国のやつだと2000円とか3000円とかなんだけど、ちゃんとしたやつだと3万とか5万とかするんじゃないかな。
差がわかんないな。
要は安全性とか、途中で外れてゴーンってなったりしませんよみたいなことなんだけど、とはいえね、気をつけますし、常に緩んでないかとか確認するから、中国製のやつでもええやろうと思ってですね。僕は3000円のやつ買ったんすよ。
はい。
で、ちゃんと点検してるから、取れないようにしてて、何の問題もなく使えてるんですよ。ただね、中国の工場で出荷されてるせいで、なんかね、工場の油の匂いがダンベルに染みついてて、筋トレした後、手がくっさくなります。べっとりしてます、油で。
え、以上ですか?
以上ですよ。ていう僕のかっこいい話。[笑い]
確かにね、それ見ててね、女の子が、あれ、手臭いんだけど素敵ってなるかもしれないですよね。[笑い]
そう、そう。あ、素敵、みたいな。
あ、そうね。その、ついた。
そう、そう。3万円のハイブランドのダンベルなんて買わないすよ、僕は。
甲斐性なしだと思われないと。
そう、違う違う。油をね、やっぱりちゃんと手につけて、それで必死に筋トレしている。[笑い] なんかさ、独特の臭みなんだよね、機械油って。普通の油の匂いとまた違ってさ、なんかこう鼻キュってなる匂いがいつもするなっていうのを思いながら、筋トレを毎日してます。
もうそろそろ堀元さん、臭くない箇所探すのが大変なぐらいになってきましたね。[笑い]
確かに。いや、でも言うて別に箇所はそんな増えてないですよ。僕はキーボードにずっとペタって左手をつけてるせいで、蒸れて左手のここ臭くなってますけど、その後ダンベル持って臭くなってるだけなんで、同じとこがオーバーキルしてるだけです。
刃牙シリーズに出てくるですね、柳龍光っていう人がいるんですけど、その人の手が毒手なんですけど。
いや、ほぼそうですよ。だから僕の左手はちゃんとキーボード臭さとダンベル臭さが両方とも染みついてるから、もう毒手と言っても過言ではないです。
柳龍光ってどうやって人倒すかっていうとですね、手のひらをですね、相手の口元にピタッと当てると相手が死ぬ。[笑い] 堀元さんもちょっと試してみたら。
ちょっと俺まだその高みには達してないな。ちょっと今度収録中に急にピトってやってみます、水野さんに。[笑い]
さすがにそれはしないんじゃない?
いや、俺じゃなくて、気になる方とデートした時とかに最後、愛を表現してみたら。
確かに。だから「今日楽しかったよ。ありがとう」つって。「またね」って言って。これどう? 絶対モテると思うの。[笑い]
どうじゃないよ。
絶対モテると思うの。[笑い]
え、どういう理屈でモテるんすか? それ。
ドキドキすると思うの。まずその、何なのって。だって急にさ、そんなんされたら、えっ、みたいになるじゃん。
そうだね。ボディタッチ急にあったら。手繋ぐとかじゃなくて、口元ピトってやられたら。で、しかもその匂いから、堀元さんの甲斐性とか、見栄を張らないところとか、それから筋トレをしているってこととか、全部読めてるわけじゃないですか。だから好きになる、多分そこだと思うんですよ。
あ、もうやってみますわ、次。これはもう激モテ間違いない。
絶対いいと思うんすよね。それが。
左手臭でモテていく。
これ時代来ますね。これからね。
左手臭の見として。[笑い] 二つ名になるかもしれないですね。
はい。
でね、その僕が左手をピトってやった時に、その女性が急に歌い出すんですよね。「ひどい匂いさ」って歌い出してくれますよね。
はい。一応突っ込みたい。
え、ない、ない? あげるから、正しく突っ込んで。
え、「ひどい匂いさ」、なんかの歌?
うわ、やっぱ水野さん、ここのフレーズ知らないのか。
知らないです。
この手前歌いますね。「煙突町は大騒ぎ、ひどい匂いさ」ですよ。
『えんとつ町のプペル』。
そう、プペルのAメロ。
え、Aメロ。[笑い]
プペルのAメロ。
ごめんなさい。ヒント出してくれないと厳しいな。
「ハロハロー、ハロハロウィン、プペプペプペル」の曲の[笑い]Aメロです。これ。
厳しいって。厳しいって。
やっぱりこれ、水野さんなら突っ込んでくれるんじゃないかなって、今一か八か放り込んでみたんすけど。厳しいか?
いや、ちょっと。
さすがに無理か。
ハードル高すぎますね。
そうなんすよ。次臭い話出た時、このボケやろうと思ってメモしてたんですけど、ちょっと無理だったか。
あの、臭いボケをそんな貯めないでください。もし婚活とかしたいんだったら。[笑い]
あ、ごめんなさい。こっちだったか。「臭い臭いと囃されて、君は外に弾かれる」。こっちでしたかね。[笑い]
こっちです。
こっちだった。行けたか。
そっちでもないですけど。
あ、惜しかったな。2択外したの、これ。
もしかしてですけど、堀元さんって、デート終わってバイバイの前にピトってやった後に、その1節向こうに仕掛けたりしないですよね。[笑い]
なんか期待するだけですよ、僕は。「ひどい匂いさ」ってね。
あ、向こうが、ピトってやった時に「ひどい匂いさ」って言ったら。
そう、一緒に肩組んで「ハロハロー、ハロハロ、プペプペプペル」。これでもう完璧ですよね。[笑い]
なるほど。だからルビッチさんとプペルさんみたいな感じになるわけ。
そうになりたいなっていうの思ってますけどね。
あ、なるほどね。
これができる方は是非、僕にDMとかいただければ、恋に落ちると思いますんで、お願いします。
はい。
続きまして、ラジオネーム、あんころ餅さん。ありがとうございます。
ありがとうございます。
この方ね、多分札幌の方だと思うんすけど、札幌のコピーがいいのが2つあるんで、2つ送りますって言って送ってくれました。「まずですね、僕の地元、札幌市豊平区」
うんうん。
「のコピーがですね、『夢ひらく 花ひらく 豊平区』」。
あれ、寒いな。どうした?
あ、ごめんなさい。この豊平区のすぐお隣の手稲区のやつも送ってくれてますんで。札幌市手稲区ですね。「手稲っていいね」。
あれですね。
ダサい。
え、札幌の区のコピー、ダサいでしょ? え、俺初めて聞いたんだけど。俺の地元、豊平区のコピー。「夢ひらく 花ひらく 豊平区」。[笑い] え、本籍移転した方がいいすね。俺のしかこれ、やばいな。[笑い] 出身地をそこじゃないことにしたい。
戸籍変えたいすね。これね、これやばいな。
まずいね。ふるさと納税ゼロでしょうね、それは。[笑い]
そうだね。こんなとこに何にも送りたくないもんね。
うええ。実家帰りたくなくなったな、これ。
しましたね。
ちょっとやっぱ実家売り払いましょう、これ。
ご両親の、堀父ちゃん、堀母ちゃん、まだそこに住んでんでしょ?
住んでる。
で、「夢ひらく 花ひらく 豊平区」とか言ってんでしょ?
でもうちの親も言ってるの聞いたことないから、知らないんじゃないかな。
あ、そう。
言ったらもう引っ越す。
もちろん。だから言ったらもう絶縁ですよね。そう。僕も家と縁切るんで無理ですね、これ。
「この前お父さん面白いこと知ったんだ。豊平区のな、コピーみたいなのあるだろ。『夢ひらく 花ひらく 豊平区』だ」
うん。
「限りこの家には帰らないことにいたします。お世話になりました」。これですよ。
「わしが考えたんだぞ、これ」と言って。[笑い]
ええ、ダサ。うちの親父のセンス、やだ。これ誰が考えたんすかね。[笑い]
確かにね。「北海道はでっかいどう」はいいのにね。
ね。あれとかはいい。だからやっぱ。
え、でもさ、「北海道はでっかいどう」のセンスと近いっちゃ近い。
あれ確かに、北海道はでっかいどうもダジャレだ。
でも北海道はでっかいどうはさ、海の幸美味しいよとかさ、観光地とか天然記念物いるよじゃなくて、でっかいって言ったのが偉いわけじゃん。
そうだね。
豊平区は何だったっけ?
「夢ひらく 花ひらく 豊平区」。
こうやって、豊平区ならではの良さはどこにあるんですか? 堀元さん。
まあ、だからやっぱみんな夢を持ってますよね。豊平区に住んでる人は。
堀元さんだったら令和のザッカーバーグ。
そう、そう。俺、ザッカーバーグになりたいと思って上京してコンピューターサイエンス学んだから。
で、花開いたら村の村長。[笑い]
あ、本当だ。
開いてないな。全然夢開かなかったね。しぼんだね、夢。
しぼみましたね。
ちょっとこれ変えたいっすね。なんとかロビー活動で変えていただくことできないですかね。
ふるさと納税でコピー変える権利っていうのがさ、[笑い] 500万納税したらとかね。
ちょっとね、500万きついすけど、20万ぐらいだったら出せますんで、ちょっとやってほしいですけど。
ちなみに堀元さん、豊平区に19年間、生まれてから住んでましたけど、そんな練り上げなくていいんで、パッと豊平区のコピーを作るとしたらどんな風にするとか、どういう要素を盛り込みたいですか?
でもね、川なんすよ、やっぱり。豊平川っていう川がすごくいい川で、鮭が登ってくる。
鮭釣れるってこと?
そう、釣れる。
あ、すごいね。
ていうすごい自然豊かで。
え、市街地だったよね、結構。
結構市街地よ。
あそこに鮭いるんだ。
そう、その川は鮭が戻ってくる川として有名なんですよ。
ふーん。
なんかそういう要素入れたいですけどね。だからやっぱ「夢ひらく 鮭ひらく 豊平区」。これですよね。[笑い]
なんで調理してんですか? 突然脈絡もなく。なんで開きにしたんですか?
やっぱ調理しないと食えないから。やっぱ鮭の開き作らないといけない。
え、違くない? ここは戻りたくなる街とか、そういうとこじゃないの?
ああ、でもそういうことだ。
鮭なんでしょ? 鮭戻ってくるんでしょ?
そういうことだね。
だからなんかそっちじゃない?
そうだわ。
なんかUターン帰省をやたら推奨してるみたいになってるけど、でも流出しちゃうわけでしょ? 人口はそれなりに。
まあ、それなりに出してんじゃない?
そうだよね。堀元さんみたいな人でも最終的に戻りたくなるような場所みたいなさ、そっちの方で攻めた方がいいよね。
そうだね。「いつか激流を遡って帰ってくるんだ、この町」。[笑い]
あれ? 堀元さん、あの、滑らないでください。
本当だ。え、滑ることあるんだ。え、「夢ひらく 花ひらく 豊平区」より悪くなることあるんだ。[笑い] 長かった。長かったな。いや、俺自分で言ってびっくりしたもんね。自分で引いちゃった。[笑い] 口から出てくるもんじゃないみたいなコピーしたよ。びっくりした。「いつか激流を遡って帰ってくるんだ」。[笑い]
え、そんな激流みたいで大変なの? 交通網とか。
そんなことないわ。めちゃくちゃ都会ですよ。
スムーズに帰れますよね。
すぐ帰れますね。うわ、引いちゃったな。
びっくりしましたね。でもこれとかどうですか? 「いつか激流を遡って戻りたくなる町。困ったね」。[笑い]
あ、混ぜないで。新潮社の要素混ぜないで。
これ、エビの尻尾みたいにぐっと良くなります。締まります。[笑い]
いや、意味がよくわかんないです。
いや、激流に困るなっていう。激流すぎてっていうことじゃないですか、やっぱ。[笑い]
違いますね。「戻りたくなる街、困ったね」。全然話変わったなってのが気になっちゃって、全然成立してないです。コピーとしてダメですね、それ。[笑い]
そっか。
ということで、今回は広告コピーを読む回として、マンションポエムのコピーとか、堀元さんの地元の街のコピーとかを紹介してきました。
はい。
で、冒頭で話したこの『マンションポエム東京論』という本なんですけど、実は縁あって、僕の推薦文みたいな、帯に使ってもらうような機会に恵まれまして、そこで「今年ベストはこれになるかもしれない」みたいな内容のコピーなんですけど、そこに偽りはなくて、マジでこれは今年これを超える傑作あるかなっていうぐらい、僕にとってはぶっ刺さった本なので、是非興味がある方は読んでみて欲しいなと。
で、ポイントは、この本ってマンションポエムを分析した本ではないっていうのがポイントなんですね。
あ、違うんだ。
違うんですよ。この本のコンセプトを初めに紹介しているんですけど、その導入がもうすでにうますぎるので、少し長いんですけど、かいつまみながら読んでもいいですか?
はい。
2004年に著者はマンションポエムを収集し始めたっていう話が出てくるんですね。
20年ぐらいだ。
はい。お台場のツインタワーマンション、ザ・タワーズ台場っていうマンションのコピーなんですけど、「プラネット台場。その惑星に住める日が来る」。
だいぶ大仰に構えてるな。
「美しくも夢のようで、とてもリアル。都心と絶妙な距離を保ちながら、惑星のような輝きを放つ特別なエリア、台場」。
だいぶ言ってるね。
ってコピーが続くんですね。著者のリアクションですね。「惑星のような輝きを放つとあるが、惑星は輝かない。それは恒星だ」。
ああ、ほんまや。
ということでですね、初手から突っ込みます、まず。
なるほど。大山さん突っ込みたいんですね、マンションポエムに。
そうね。まあでも別にね、惑星もね、遠くにある恒星に比べたらめちゃくちゃ明るく見えますからね。金星とかってさ、結構マイナス何等級の明るさみたいな。恒星より明るいですから。別に合ってますよ。
え、そのザ・タワーズ台場の方なんで、その持ってる? いや、いや、やっぱザ・タワーズ台場のことを僕は信頼してるんで、やっぱ合ってますよ。こっちの方がうん。ストリプですよね。やっぱ大山さんの方が。[笑い]
そう。いや、そんなことはないと思うんですけど。[笑い]
ま、ちょっとじゃあもう少しだけ続き行きますね。マンションの広告で立地をプラネットに例えるその突拍子もなさ。当初はこのような独特の語彙と文体を面白がっていただけだったが、他の物件の広告を収集し始めてすぐに気がついた。マンションポエムは東京や大阪といった大都市に対して我々が抱いてるイメージを増幅させている。
うん。
つまりこれはイメージの論なのだと。
ああ、なるほど。
ここで重要なのは、そこで歌われてるイメージはもっぱら土地のものであるという点だ。
うん。ふん。だからマンション自体よりね。
すなわちマンションポエムはマンションについて語っていない。
面白い。
これは奇妙なことではないだろうか。
逆説だね。マンション自体について訴求しないんだ。
はい。大山さんのこの本の主張の中で一貫してるのは、マンションポエムはマンションを隠すって言ってるんですよ。
なるほど。いや、レトリックもうまいな。
すげえんだよ、マジで。
すげえ。
ごめんなさい。のクソリプしちゃって。
本当ですよ。大山さん、でもメトニミーのこと理解するんだったら、電車の中に住むっていうこと自体も変だと思いますけどね、みたいな。わけわかんない喧嘩の売り方したんですけど。あ、リプしてたね。[笑い]
そうですね。あの、僕が喧嘩売れるポイントこれぐらいしかないんで。
うん。
基本的に本がすごすぎてですね。
ということで、この本ではマンションポエムを通して僕らが都市、特に東京をどのように見ているかについて考えている。
なるほど。マンションポエムはメガネに過ぎないんだ。
はい。
それを通して東京を見ると。
はい。なので本書はマンションポエムをきっかけにした都市論的エッセイであると書いてあるんですね。
その表にマンションポエムって光を当てると、都市のイメージを反響して返してくるんですよね。その返ってきた都市のイメージを大山さんがまとめているのが本で、その中でとはいえ大山さん、マンションポエム1600以上ここであの俎上に上げて分析しているので。
さすがですね。
コラムの中でですね、マンションポエム自体に着目するようなものもあったりします。
うん。
このコラムもね、面白いんすよね。タイトルだけ言いますね。
はい。
金沢は「へ」、富山は「が」っていうコラムとかね。
ええ。だから
入ってんすよ。
いとおしい金沢へみたいな。金沢には「へ」が共起しやすくて、富山は「が」が共起しやすい。金沢の後ろに「へ」が来て、富山の後ろに「が」が来るっていう話ではないんですけど、金沢のマンションと富山のマンションを見た時に、ある面については富山はやたら「が」が出て、
ふーん。
金沢ではやたら「へ」が出るみたいな対照を大山さんが自分の独自の分析でしたりしてるんですけど。
もうおもろいこの本。
そうなんですよ。
これやばい。
この本しびれるのはね、小見出しがもうすでに面白いってのがあって、もう見ると一発で分かると思うんで、小見出しだけパラパラ見てもらってもですね、読ませようとするっていう意図がね、すごいんですよね。
戸塚はどこへ行こうとしているのかとか。
うん。うん。
東京は田んぼ。東京の地下にはパリが広がっている。
あ、そう。あ、その話面白かった。
これおもろいな。うん。
東京の外は北海道。
うん。
の敵は神奈川。[笑い]
あ、そうね。
面白いっすね。
すごいですよね。
これいいわ。
小見出しだけでもうとにかく読ませようっていうとか、切り口を作ろうとか面白いことを言おうっていう、もうその前のめりさみたいなのがすごいんですよね。武蔵小杉のタワーマンションに住む鴨長明。
ああ、それね。
これ面白すぎるな。
すごいよね。
すごい。
パンチラインがガンガン出てくるんですけど、もうこれ、これおもろいんですよね。僕個人としては都市論とかって興味ないんですよ、あんまり。
うん。
興味ないというか、読まない普段。ただこのマンションポエムってのに興味を持って、特に大山さんがね、20年ぐらい研究し続けてきたもののまとまった成果がようやくね、本として出るっていうので急いで読んだんですけど、その結果僕は都市論面白いなと思うようにもなったんですよ。
ああ、すごいね。入門になったんだ。
そう。あのね、大山さんのすごいところって視点なんですよね、やっぱ。
あ、そうなの?
うん。注目するところが常人からちょっと違っているんだけど、その面白さを伝えるのがうまい人なんですよ。
ま、でもよく考えたらさ、マンションポエムただ収集しましたよってなったら、ただコレクション公開して終わりそうな気するもんな。それをちゃんと収集して分析に役立ててるってことだよね。
そうです。で、ちゃんとそこの中でマンションポエムの例えば歴史的な変化とかを追って、我々が都市に対して感じてるイメージの違いとかもみっちりと描いているんですよね。
それはその労力に敬意を表して僕が結論を言うことはしないですけど、他にも大山さんの本って『工場萌え』っていう写真集があって、工場ってぐっと来るよねって言って、ただ工場だけ写真撮りまくった写真集がヒットしたと思うんですよね、確か。で、その工場見学に行くみたいなムーブメントを作った旗振り役なんですよ。他にもあの立体交差っていう、ま、いわゆるジャンクションですね。
うん。
高速道路の道が交差してる、あれだけを撮った写真集とかもあって。
あ、どっかで売ってたね。
はい。
これもちょっと近いうちまたどこかで喋るんですけど、あ、街で見てたあれっておもろかったんだって思わせてくれるのが大山さんのすごいところだと思うんですよね。
その辺歩き回るの楽しくなりそうだね。
そうなんですよ。もう1個他にも僕が好きなので言うと、『団地の見究』っていう写真集があるんですけど、それはその団地をとにかく撮って、団地ウォッチャーとして面白いと思う箇所、左右対称性が微妙に崩れているとか、
うん。なあ、面白い。
階段のこう外への張り出し方が素敵とか、
うん。
そういうようなこととかを書いてる本で、それも読むと、あ、俺素通りしてた団地っておもろかったんやって気づくんですよね。はい。
この本も同じで、俺が素通りしてた東京という都市はどんだけ面白いんだってことを思わせてくれたので、そういう意味でもただマンションポエム変だよねって言ってバカにするような本では決してなく、読んだ後に、あ、この分野にも興味あるかもって思わせる説得力とレトリックがあるのがこの本。
いい読書体験したね。
すごいっすね、この本は。
え、でも俺もさ、家の周り散歩するの結構好きでさ。
はい。
んだけど、なんかめっちゃ前からあるだろうみたいな工場が突然出てきたりするんだよ。
お。
もうそのレンガプラス金属で作られてて、もう錆びっさびで、稼働してんのかなみたいな工場とか見つけると結構テンション上がるんですよね。
だから東京おもろいよな。
うん。東京ね。そう。おもろかった。気づかなかった。
せっかく住んでるなら歩き回りたいなって思いますよね。
本当そうだよね。僕はだからね、大山さんのその一連の著作を読んだ時に思うのは、世界の受け身の取り方がうまいと思うんですよね。
うん。そうかもね。
普通に色々街にあるものに対して、こうやったら面白いかもっていうレンズが鋭いし、
うん。
言語化する能力とか、それを面白く読ませる、興味ない人に読ませる筆のスキルとかもすごい図抜けているので、その集大成というか、ものすごい練度で高めて凝縮したのがこの『マンションポエム東京論』っていう新刊なんじゃないかなっていう気がしますね。
なるほど。僕も1個収集してるマンションポエムありまして、これもね、多分大山先生収集できてないと思うんだけど、これ東京論展開できると思うんだよね。
うん。ね、1600個集めてたからね、引っかかってると思いますけどね。
これありますか? 見上げることができない街。
ああ、ちょっと。
これちょっとこの街論ないですよね。もうちょい後ろあって、見上げることができない街で僕はどうだ? 問いかけてくるコピーなんですよ。
はあ。面白いですね。
これめっちゃいいマンションポエムですよね。この手前はですね、夢を持てば笑われて、声をあげれば叩かれる。見上げることができない街で僕はどうだっていう、すごいいい。
それはえんとつ町やな。
この手前はハロハロハロハロ[笑い]
分かったって。
これやっぱいい東京論の展開しやすくなりますね。
いや、えんとつ町論だから。[笑い]
あ、えんとつ町って東京の地名じゃないの?
東京の町じゃないです。
23区の中にあるんじゃない? ○○区えんとつ町みたいな。大山さんが写真撮ってるから、あんな工場。[笑い]
そ、そうか。あれ工場周りとか煙でモックモクですからね。あ、そかそか。大山先生も撮ってない。
すね。
撮ってないす。だってフィクションなんで。
惜しかったな。
うん。さっきも言ったんですけど、僕帯に推薦コメント使ってもらったんですよね。で、そのコメントってXに書いた感想を、向こうがこうこの部分使っていいですか?みたいな形で使ってもらったんで、今年のベストはこれになるかもしれないみたいな、めちゃまっすぐなね。
普通にツイートした内容だよね。
なんですよ。うん。
で、僕その帯の推薦コメントも業界人としてウォッチャーな面がありまして、あ、こういうようなコピーってありなんだっていう推薦コメントあったんで、最後にせっかくなんで紹介しておしまいにしようかなと思います。
え、それがですね、感染症の先生っていうか、コロナの騒動の時とかにも活躍された先生の著書『感染症道場破り シーズン1』っていう本の帯にですね。尾身茂さんって分かりますかね?
コロナの時に。
はい。分科会の会長だったかな?
あ、そうだね。偉い人のポストで、なんか毎日のようにメディア出てたよね。
そうですね。この尾身さんがね、寄せた推薦文っていうのがすごくてですね。多分その尾身さんお忙しいと思うんですよね。で、そんな中でこの帯コメント引き受けて書いたコメントがこれですね。
まだ読んでいません。[笑い]
尾身茂とのことですね。これはやっぱすごいっすね。
ええ。尾身先生、読んでから書いた方が良くないですか?
忙しかったんだと思うんですよね。これでもやっぱ断れない後進が依頼をしてきたなっていう。[笑い]
尾身さんそれ書いたらまずくないすか?
え、てかあの百歩譲ってそれ送ったとしても、編集者載せちゃだめですよ。
え。
いや、編集者がああ、まだ読んでないのに送られてきちゃったつって。これボツだなっていう判断するやつじゃないのこれ?
いやいやいやいや、やっぱ斬新な推薦というかですね。非常に
あ、あの尾身茂もまだ読んでいないっていう。そういう価値がある
そうですね。
てことですかね。なくないですか?それ。[笑い]
何にもなってないですよね。
多分ですけど。
だから渾身のボケなんじゃないですかね。
ああ、そうか。
だってこの帯あったらさ、え、何これってなって。
ああ、確かにちょっと手に取っちゃうかも。
で、これ前人未到じゃないですか? この推薦に、まだ読んでませんって書くので。これをあの尾身さんがやるってのが一番面白いじゃないですか。
そうだね。ボケようとしてないもん。
堀元さんがこれやったら、なんか悪態ついてんなっていう。てか芸人さんとかやってもいまいちですよね。距離出てる方がいいよね。
そう、そう。
だからやっぱ官僚とか政治家とかがやった方がいいっていう時に、尾身さんっていうのはすかし大喜利の中で最強クラスですよね。
確かに。
うん。本当だわ。
あんな一生懸命そのコロナ禍の時にね、サイエンスコミュニケーションしてた人が。
そうね。あんまり寝ないでね、して走り回ってるイメージありましたけどね。
あ、だからそこも手伝ってますよね。まだ読んでませんって書いても許されそうな感じ。[笑い]
確かに。なんかいっぱい寝てるやつが書いてると、いや読んでから書けよってなるけど、まあしょうがないか、尾身先生だったらってなるもんね。ちょうどいいの。
だから僕も本当はそのまま、まだ読んでませんとか書けたら面白かったんでしょうねっていうのを。ちょっと水野さんのランクじゃまだやっちゃだめですよね。[笑い]
うん。いつかそのランクに行きたい。
あ、やっぱだから知の巨人みたいなさ、その迫力ある人になったら、すかしボケできるよ。
でもさ、尾身さんはその物柔らかい感じだったじゃないですか。偉くても。大人になって偉くなった時に感じ悪くなっちゃったりしないかなってのありますよね。
まあ、まあ、まあ。え、でもやっぱあの佐藤正さんとかさ、バッキバキの目でさ、まだ読んでいません。面白いよ、それ。[笑い]
写真ついてたら面白いですね。
佐藤正さんが腕組んだ状態で、キメの顔でまだ読んでません。[笑い]
あ、いいっすね、すかしボケだ。
確かにね。
それやりたいね。
偉くなりましょう、じゃあ。
なりましょう。なりましょう。俺たちボケるために偉くなろうとしてる。
このコピー書いて笑ってもらう人を1人でも増やすために。
だいぶ間違えたような目的な。
はい。
そんなわけで本日は広告コピー読む会やってまいりました。引き続き皆さんからですね、これいい広告コピーだなって思ったもの収集するフォーム概要欄にございますので、こちらから皆さんどしどしお寄せください。
はい。
あとよかったら『マンションポエム東京論』是非読んでみてほしいですね。これは来ましたね。
僕も読もうと思います。
はい、以上終わりにしましょう。ありがとうございました。
ありがとうございました。
堀元さん、うまく話せなくて悩むことってありません?
よくあります。
そんな悩みを抱える方にぴったりな本を書きました。
ほう。
タイトルは『会話の0.2秒を言語学する』。会話のわずかな間にフォーカスした1冊です。是非皆さん買ってください。
うん。
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