面接で「えーっと」が多い人は落ちても仕方ないのか フィラー・吃音・面接の偏りをめぐる議論
ゆる言語学ラジオ「えっと」「あの」といったフィラーを面接で多用する人が不採用になるのは仕方がないのか。ゆる言語学ラジオの水野太貴と堀元見が、X(旧Twitter)で話題になった投稿をきっかけにこの問いを論じた回である。水野は言語学の立場から、フィラーを出す人を評価しない風潮に「抗いたい」と表明している。一方の堀元は、自分の話し方からフィラーを意識して消した経験があり、元の投稿に共感する側から議論に加わる。対話は吃音、フィラーの機能、面接という評価手法の限界、合理的配慮と企業規模の関係にまで広がった。
発端となった投稿と、二人の出発点
1月15日、キャリア支援の仕事をしている中田潤一氏が次のような趣旨を投稿した。面接で落ちる理由として意外に多いのが「フィラーが多い」ことであり、フィラーを非常に多く使う求職者がいるため、できるだけ使わないよう指導している、という内容である。その2日後、水野は「えーとやあのといったフィラーを出す人間を評価しない流れには、言語学徒として全力で抗っていかなければならない」と投稿し、元の投稿とともに広く拡散された。
堀元は基本的に元の投稿に同意する立場から話を始める。かつて塾講師をしていた頃、授業を上達させようと自分の授業を録画したところ、フィラーの多さに驚き、一時期それを意識して消したという。そのため「フィラーがない方が優秀そうに見える」という感覚は理解できると述べた。水野も、これは多くの人が素朴に共有する実感だろうと認める。実際、水野の投稿には「えーととか言いまくってる人は優秀じゃないでしょ」という反応も届いたという。この回は、水野がなぜ抗いたいのかを説明し、堀元の意見がどう動くかを見る構成になっている。
論点1:吃音のある人にとってのフィラー
水野が最初に挙げたのは、吃音のある人への影響である。前回までの回で扱った内容の振り返りとして、吃音のある人の多くは文の最初の音、あるいはその次の音を出すときに困難が生じると水野は説明する。そこで「え」や「あの」を頭に挿入すると、本来の最初の音が文の途中の音に変わり、言いやすくなる。フィラーは吃音のある人が使う発話の技術でもあるということだ。
水野によれば、「面接中はフィラーを言わないようにしましょう」という教えは、一般論としては的外れではないかもしれない。しかしこの教えが広まれば、吃音のある人は困るのではないか、というのが最初の主張である。堀元は、それは吃音のある人にとってかなりの暴力になると応じた。水野は、フィラーを出さないようにと様々な場面で言われることで、吃音のある人が話し出すたびに強い緊張や不安を抱えるようになっていると付け加えた。
論点2:フィラーは無意味な言葉ではない
二つ目の論点は、フィラーそのものに機能があるという点である。水野は共著『言語沼』や単著『会話の0.2秒を言語学する』でも書いた内容として、「あの」と「えっと」の違いを説明した。「あの」は典型的には、伝える内容は決まっているが、適切な伝え方を検討しているときに出る。上司に退職を切り出すときの「あの、ちょっとよろしいでしょうか」がその例で、「辞めたい」という内容は決まっていても、どう言えば適切かを探っている状態だという。
一方の「えっと」はより汎用的で、伝える内容そのものを考えているときにも出る。水野が「√125は?」と問うと、堀元は「えっと、125ってことは……」と計算を始めた(途中で答えを間違え、例題の出し方をめぐる脱線が挟まる)。水野は、このような計算の場面では「あの、5√5」という言い方は不自然で、「えっと」が出ると指摘する。つまり両者は同じものではなく、使われる場面が違う。また聞き手にとっても、「あの、席を譲ってもらえませんか」と「席を譲ってもらえませんか」では印象が異なり、前者の方が丁寧に響く。
堀元は印象的なエピソードとして、ラジオに何度も招いてくれたTBSのアナウンサーの話を紹介した。アナウンサーとしてフィラーを消してきたその人が、被災地の人に電話でインタビューする際、なぜか「あの」と言ってしまう。むしろ「あの」を言わないと不自然に感じる。これは何なのかと尋ねられたことがあるという。水野は、「あの」を抜くと相手に向き合っている感じがなくなり、聞きづらいことを聞いているという態度が削ぎ落とされてしまうからだろうと説明した。
堀元自身、いまはラジオで意識的にフィラーを足しているという。一度意識的に消した結果、無意識では自然なフィラーが出せなくなったため、「これは伝え方が難しいのだ」と示すために意識して挿入している。その分認知負荷がかかっており、最初から消さなければよかったと振り返る。水野は、フィラーを消しすぎるとこういう人が生まれると笑い、堀元も、元の投稿の言説が一人歩きすると自分のような人が生まれるので良くない面もあるだろうと認めた。
フィラーは聞き手の理解を助ける
水野はさらに、フィラーが聞き手の理解を促進するという研究があると紹介した。これを聞いた堀元は、以前、落合陽一氏の番組「ウィークリーオチアイ」の内容を書き起こしたときの経験を思い出す。発言内容が難しくて理解しにくいことを示すために書き起こしたところ、「書き起こしだと理解できないが、本人が『あの』などを挟みながら話しているときの方が不思議と理解できる」というコメントがついたという。
水野の説明はこうだ。話し手は自分が理解している内容を話し、聞き手はそれを知らない状態で聞くのが典型的な会話である。聞き手は話を聞きながら頭の中でモデルを構築しており、そこには認知負荷がかかる。だから話し手が適切に淀んでくれると、聞き手が理解するための間ができる。「えー」や「あの」を削っていくと、聴衆が理解に使える時間もなくなる。
ここから話はゆる言語学ラジオ自身の編集に及んだ。最近の配信はテンポが良すぎて理解しにくいという声があり、実際には行っていないのに「編集段階で1.1倍速にしているのではないか」という説がコメント欄で繰り返し書かれるという。また二人が「オールナイトニッポンPODCAST」の代わりのパーソナリティを務めた際には、話し終えた後に一瞬の沈黙を挟むのが気になるという反応もあった。二人は普段、編集しやすいように0.6秒ほど黙って区切る癖がついており、いつもの編集担当者はそこを切るが、別番組では切られなかったためだと振り返る。
水野は、自分のフィラーは堀元よりは多いものの平均よりはかなり少ないと述べ、この回での立場の難しさを認めた。堀元によれば、番組の初期には水野も「えっと」をもっと言っていたが、編集の都合を意識するうちに減っていったという。水野は、日常会話ではもう少しフィラーを出すし、番組はあくまでエンターテインメントとして見せるための話し方なので、日常でこういう会話をしないでほしいと視聴者に呼びかけた。
「フィラーでなくてもよいのでは」という反論
これに対して堀元は反論する。伝え方に悩んでいることを示したいなら、「これはどう伝えればいいか難しいのですが」と言葉で言えばよく、フィラーを多用する必要はないのではないか。水野は、フィラーは言おうと思って出すものではなく無意識に出る点が違うと答えた。堀元は、それで脳の容量を使わずに済むのなら、むしろフィラーの方が効率よく思考できているのかもしれないと引き取った。二人はこれをAIのコンテキストウィンドウにたとえる冗談を交わしている。
中田氏とのやりとりで見えた「妥協点」
水野は、一方で「フィラーの多い人を落とすのはけしからん、差別につながる」とまで言いたいわけではないと述べる。問題が分岐しているからだという。まず吃音とは別の問題として、多すぎるフィラーをどう考えるかを整理したいとした。
投稿の後、水野は中田氏と直接やりとりしたという。水野の批判的な引用によって、中田氏のもとには「最低だ」「差別主義者だ」といった反応が大量に届いていた。それにもかかわらず中田氏は、水野の投稿を見て「この観点はなかった」と自ら投稿したという。水野は、自分の投稿は中田氏個人を批判したものではなく、フィラーを出す人を評価しないという世間の流れに抗いたいと言っただけだと説明する。中田氏の投稿も、よく読めばフィラーはない方がいいという思想を述べたものではない。面接で落ちる理由として意外にフィラーが多いという現象がまずあり、それで落ちるのはもったいないからフィラーを減らすことを意識してはどうかと助言しただけだ、と水野は読む。
したがって二人の対立は、フィラー廃止論者と擁護論者の対立ではない。中田氏は多すぎるフィラーは面接で落ちる理由になりうると言い、水野はそういう教えが一人歩きするとまずいと言っている。その中間にあるのは、「フィラーはどこからが多すぎるのか」という線引きの問題だと水野は整理した。
どんなときのフィラーが不信感を生むのか
水野は、すべての質問にフィラーを出すのも違うと考える。名前を聞かれて「えっと、えっと、水野大貴です」と答えれば、嘘をついているのかと疑われかねない(もちろん吃音の可能性は排除してはいけないと水野は留保する)。志望動機を聞かれて何度も「えっと」と言えば、舐めていると受け取られるだろう。営業に来た人に自社製品の強みを尋ねて「えっと、えっと……安いです」と返されたら、堀元は「全然だめだ」と応じた。
逆に、面接で堀元の考え方を一通り聞いた後に、「あなたの主張は当社の理念と矛盾するように思えるが、どう考えるか」と不意を突かれたらどうか。水野は、普通はこういう質問には「えっと、そうですね」と時間を稼いでから答えるはずだと言う。堀元は、フィラーを消した今の自分なら「非常に示唆に富んだご指摘ではございますが」とすらすら答えてしまいそうだと自嘲しつつ、改造する前の自分なら「えっと」と言っていたはずだと認めた。
両者の違いについて堀元は、製品の特徴はもともと分かっていなければならないことだが、不意を突かれた質問にはその場で答えを生成しなければならないと説明する。水野も同じ理解で、人はおおむね「それくらいは準備しておいてほしい」という範囲でフィラーを出されると不信感を抱くのだと言う。面接でこれが問題になるのは、面接官が準備してきてほしいと考えるラインと、志願者が実際に準備してくるラインにずれがあるからだ、というのが水野の仮説である。面接官は本気の人材を採りたいので高めのラインを期待しやすい。一方で志願者は多くの会社を受けているため、すべてに十分な準備はできない。このずれが「面接中にフィラーを言うべきではない」という説を生んでいるのではないかと水野は考える。
水野はまた、今回の論争が混乱した原因の一つとして、面接官側の意見と志願者側の意見は前提がまったく異なるのに、それを区別せずに話す人が多かった点を挙げた。
企業によって求める「流暢さ」は違う
水野は自身の就職活動の実感から、企業は大きく2種類に分かれると話す。大量の新入社員を一括で採用する大企業は、自己PR、学生時代に力を入れたこと、志望動機、長所、「あなたを何かにたとえると」といった定番の質問をよく聞く印象がある。一方、水野が働くマスコミは逆で、準備された回答をいかに剥がすかに重点を置き、意表を突く質問をしてくる傾向があるという。
水野は私見と断ったうえで、大量採用の企業が定型の質問をすることには一定の合理性があると考える。聞かれることが事前に分かっているとき、きちんと準備して本番でやり遂げる人かどうかを見たいのだとすれば、定型質問は理にかなう。堀元は、大手メーカーの面接で定型の質問ばかりで面白くなかったため突拍子もないことを言い、会場を沸かせて手応えを感じたのに落ちた経験を語り、そういう人材は求められていなかったのだろうと理解している。
出版社については、水野は想定問答がほとんど意味をなさなかったと言う。最近読んで面白かった自社の本くらいは準備できても、そこからの展開は面接ごとにすべて違った。水野はその場で例として、「3文字熟語のタイトルで10万部売れる本を作るとしたら、どんな本にするか」という質問を即興で作ってみせた。こうした面接では、むしろすらすら答える方が変だという。
水野自身の経験も紹介された。ある出版社で、出版業界について述べた意見に対し「他の業界にも同じことはあるのに、なぜ出版業界だけそう言うのか」と問われ、考えたことのない論点で困った。そこで「その件は考えたことがなく、いま考えが浮かばないので、面接の最後に改めて答えてもいいか」と申し出て了承され、最後に「正直まとまっていないが」と前置きして短く答えたという。その面接は通過した。堀元は、正直に思いつかないと言ったことが評価されたのかもしれないと述べた。
水野は、定型質問に流暢に答えられる人を求める企業があってもそれは致し方ないとする。堀元も、定型の説明をすらすら説得力を持ってこなすことが求められる営業職なら、そうした面接には合理性があると補足した。ただ実際には多くの企業はグラデーションの中にあり、準備してほしい質問にはすらすら答えてほしいが、その人らしさも見たいというバランスで面接をしているはずだと水野は言う。すべての質問に淀みなく答える志願者はそれはそれで怖い存在だ、とも述べた。中田氏自身も、フィラーを減らすよう指導する一方で、すべての質問にフィラーなしで答えるのは変だと述べているという。書籍編集者なら「えっと」をどれだけ言っても良い企画を出せる方がいいと堀元が言うように、職種によって面接が異なるのは当然だ、というのが二人の一致点である。
専門職と吃音、流暢すぎることへの不信
吃音に話を戻すと、事務職では吃音への理解を得にくいが、専門職ではほとんど気にされないこともあるようだと水野は言う。堀元は、アメリカで吃音のある弁護士が高く評価された話を聞いたことがあると紹介した。弁護士はすらすら話せて説得力があることがすべてだと思われていたが、その結果、詐欺師のように流暢に話す人ばかりになり、かえって吃音のある弁護士が誠実で信頼できると評価された、という話だという。
堀元はさらに、フィラーがまったくない歯科医に当たった経験を語った。「この親知らずは普通なら抜くのに1時間かかるが、僕は20分」と自信満々に話すので、かえって信頼できずに通うのをやめたという。水野によれば、Xでの議論でもフィラーがまったくない人は信用できないという声が少なくなかった。フィラーを足せばいいのかと冗談めかす堀元に、水野は量ではなく適切なタイミングの問題であり、意識して出せるものでもないので難しいと返した。
合理的配慮と「過重な負担」の曖昧さ
ここから吃音に関わる論点として、合理的配慮の話に移る。水野の説明では、合理的配慮とは、障害があることを事前に伝えても面接の結果などで不利にならないこと、あるいはバリアフリー化などの配慮を行うことである。学校ではもともと義務とされていたが、民間企業では努力義務だった。それが2024年4月の改正障害者差別解消法により、民間事業者にも法的に義務づけられた。したがって吃音のある人が面接前に申告すれば、企業は不利にならないよう何らかの配慮をしなければならない。
先ほどの「名前でつまるのは不自然だが、吃音の可能性もある」という話も、申告があれば面接官は吃音によるものだと分かる。ただし水野は、当事者が必ずしも申告できるわけではない点も指摘する。合理的配慮が義務であることを知らない事業者もいるだろうし、面倒がられることを懸念して名乗り出ないケースもある。それでも法律上は、当事者の自己申告を前提に制度が組まれているという。
水野が堀元と話したかったのは、上場企業が配慮をしないのは法的にも問題だとして、ごく小規模なベンチャー企業がどこまでできるのかという点だった。堀元は以前noteで、コーポレートガバナンスやハラスメント対応のルール、社会保険制度などは大企業を基準に作られていて、それを中小事業者に求めるのは理屈としては分かるが現実には難しい面もある、と書いていた。法律上の合理的配慮も具体的な内容までは定められておらず、「過重な負担がない範囲」とされる。吃音の程度や困りごとは人によって違うため、一律に定めれば制度からこぼれる人が出る、と水野は理由を説明する。どの規模の企業がどこまで公益性を持つべきかについて、水野は自分の中に答えがないと認めた。堀元は日本中の中小企業を代表して答えるのは無理だと断ったうえで、個人の経験として話を始めた。
堀元が見送った「女性枠」
堀元が社長を務めるペダンティックは、ゆる言語学ラジオなどを制作している。最近、新パーソナリティ兼プロデューサーの募集を出した際、女性枠を設けるかどうか悩み、結局打ち出さなかったという。出演するパーソナリティが男性に偏っていることは問題だと考えており、女性パーソナリティが欲しいとも思っている。大学入試の女子枠についても基本的には賛成の立場だ。そのため、外野から「こうすべきだ」と言うだけで自社ではやらないのはどうなのか、という問いを自分に向けていた。
最終的に堀元は、送られてきた動画や企画書が最も面白かった人を通したいという結論を選んだ。2〜3人採るつもりで、その枠を素直に上位の人にしたかったという。一方で、この職種に男性の方が応募しやすい空気があり、実際に応募者も男性が多いなかで社会構造を変えようと思えば、女性枠を出すべきだということも分かっていた。そのうえで、会社を潰さず成長させるための最善を優先して「許してくれ」と開き直った結論であり、罪悪感はあって割り切れていないと語る。水野は、その論点で立ち止まって悩んだこと自体が誠実に感じられると応じた。会社が大きくなればどこかで公益性を意識し始めるのかと問われ、堀元はそう思うと答えつつ、それが「今」なのではないかという疑問もあり、こう言い続ける人間はいつまでも変わらないのではないかとも悩んでいたと述べた。
イオンシネマの件と「利益追求と公益の一致」
堀元が印象に残ったとして挙げたのが、イオンシネマをめぐる炎上である。堀元の説明では、車椅子の利用者は歓迎されており、車椅子席も用意されていた。ただしそこから離れた、階段を上った先に追加料金の要るプレミアムシートがあり、ある車椅子利用者はその料金を払ってチケットを取っていた。スタッフがその人を運んで座らせていたが、人手がかかるため、ある日見終わった後に「次回からは車椅子エリアでご覧いただけないか」と言われた。そのことを本人が投稿し、賛否が巻き起こった。堀元の印象では否定的な意見の方が多く、6割ほどだったという。車椅子エリアがあるのだからそこで見ればいいという意見と、料金を払ったプレミアムシートで見る権利を奪うのは良くないという意見に分かれた。
堀元はどちらの意見も分かるとしたうえで、こう結論づけた。個人経営の映画館なら、それを受け入れていると潰れてしまうので、断る権利はあると思う。しかしイオンのグループは社会の公器と言える規模で、利益も大きく、CMの言葉選び一つに何億円もかけているはずだ。そう考えれば、車椅子利用者が嫌な思いをして投稿するリスクを避けるために、毎回スタッフが案内するコストは見合う。つまり大企業にとっては、利益を追求するためにこそ社会的に良いことをした方がよく、資本主義的な利益追求と公益がある規模で一致するのではないか、と堀元は考える。利益追求は背徳的に響くが、突き詰めると道徳的なことをした方がいいという話になるのがきれいだ、とも述べた。水野は、理念だけでは人が動きにくく、経済合理性があるという方が人は動くと応じた。
この観点から堀元は自社も見直す。ペダンティックは何十万人もの目が届く、圧倒的に人に見られる仕事をしているので、利益規模の割には女性枠の導入を相当早めに検討すべき部類の会社ではないか。水野はこれを、資本金の規模とは別に業種や業界も勘案すべきで、YouTubeやクリエイターの事務所はその判断を早めるべき業界ではないか、という主張として整理した。堀元は、経済合理性だけから考えているわけではなく、出発点は道徳的にそうあるべきだという直感であり、それが経営の論理と一致している方が美しく続くと考えている、と補足した。水野は、社長の思想だけで決めるより従業員に説明しやすいという利点も挙げた。結論として堀元は、まだそのフェーズではないと判断したという。
水野はこの話を面接の合理的配慮に戻す。「過重な負担でない範囲」という曖昧な基準を考える際、事業者の思想とは別に、評判の毀損による経済的損失を勘案すると見通しが良くなるのではないか、ということだ。この理屈なら、映画館での対応を告発する投稿もあった方がいいことになる。堀元はそれに同意し、自分が女性枠を考えているのも「フェミニズムの話をしているのに出演者に女性がいない」とネットで批判されているからで、その指摘はもっともだと述べた。叩かれるのは嫌だが、叩かれている方が健全な状態だと考えているという。
面接は能力をほとんど測れていない
最後の論点として水野は、そもそも面接は人の能力を正しく測れていないという話を持ち出した。堀元も、面接官が見抜いたつもりの評価とその後の実績が合致しないという研究をどこかで読んだと応じる。水野によれば、面接での候補者の評価とその後のパフォーマンスの相関係数は0.28にとどまる。2人の候補者のうち面接官が良いと判断した方が実際に優れている確率は、およそ58〜61%だという。
水野はその理由を二つ挙げる。一つは、面接官が第一印象を持ち、それを確かめる質問を重ねてしまうことだ。内向的で口下手な人には「チームでうまくやれましたか」としつこく聞き、陽気な候補者にはそうした質問を省くかもしれない。もう一つは、目の前の候補者について辻褄の合った人物像を作ろうとするバイアスである。水野は実験を紹介した。面接官にはイエス・ノーで答えられる質問だけをさせ、一部の候補者には中身と関係なくランダムに「はい」「いいえ」で答えるよう指示する。実験者は面接官が途中で怒り出すと予想したが、面接は何事もなく終わり、面接官は「候補者は誠実に答えていた」と評価したという。水野は、ランダムな星の配置に星座を見いだすのと同じで、ランダムな回答からも矛盾のない人物像が作られると説明した。これらの話はダニエル・カーネマンらの『NOISE』に詳しいとして、面接がそもそも公平な判定手法ではないという前提も知っておいてほしいと述べた。
堀元は経営者としての実感から同意する。人と会って話しても分からないので、タスクをやってもらう方がいい。動画編集者の募集なら、実際に編集してもらった動画が何よりもやる気と能力を物語るという。水野は、それは堀元の会社ならではで、一般企業はポテンシャルで採用していると指摘した。出版社で大学4年生に記事を書かせても書けないのが普通で、編集者はデスクに直される経験を積むことで書けるようになる。だから水野のいる出版社では、入社時点での原稿執筆能力は見ていないという。
そこに流暢性バイアス、つまり流暢に話す人の方が正しく見えてしまうバイアスが加わる。流暢に話す人を見て第一印象で優秀そうだと思い、それを確かめる質問を重ね、「やはり優秀だった」と採用する。そうすると流暢な人ばかりが採用される。水野は冗談めかして、自分はこの仕組みを利用して大手出版社に入ったとも言えると語った。
「なんか」が気になる堀元と、バイアスへの自覚
堀元は、面接は最低限の足切りには使えるのではないかと言う。寝癖のまま来るような、人に見られる意識のない人は落とせる。そして自分はどうしても「なんか」を多用する人が気になるという。子どもの頃からの癖のように連発されると、良い話し方を探す努力をしていないのではないかと感じ、話の中身が良くても寝癖と同じように見えてしまうという。
水野は、気にならないと言えば嘘になると認めたうえで、この回で言いたかったことを述べた。面接にはバイアスがあると理解したうえで面接しよう、ということだ。「なんか」が気になってしまう気持ちがあると知ったうえで、話の内容そのものはどうなのかを考えなければならない。これは「なんか」だけでなく、「えっと」や「あの」、あるいは面接中に吃音が出た人に対して「これほど詰まるなら仕事もできないのでは」と思ってしまう場合も同じで、それは流暢性バイアスだと一度飲み込む必要がある。水野は以前の回で、差別的な感情を持たないことは難しく、感情が起きた後にどうするかが重要だと話したことに触れ、話し方が苦手だと感じたときにそれを俯瞰し、面接には持ち込まないと抑制することが面接官に求められるのではないかと述べた。
堀元はそれには同意すると言い、「なんか」をカウントされるようなコメント欄の反応を想像して、余計な負荷がかかると嘆く。水野は、自分がきれいごとを言っているのは重々承知しており、きれいごとを言ったうえで自分の汚い面をメタ的に理解して生きていくつもりだと語った。
そのうえで堀元は、気になる理由を補足した。自分にはマッチョイズムがあり、特に喋りの仕事やそれに隣接する仕事を志す人が「なんか」を連発していると、自分の話し方を聞き直して改善しようと努力したのかが気になるのだという。エンジニアの採用なら「なんか」をいくら言っても構わない。最近の採用で気になったことを言いたかっただけだと堀元が明かすと、水野も、ポッドキャストで「なんか」を多用する番組があれば抑制した方が聞きやすいと認めた。二人の立場は大きくはずれていなかったと確認して、議論はまとめに入る。
白杖としてのフィラー、そして「待てる会話」
水野は議論を次のように整理した。まず吃音のある人にとって、フィラーは視覚障害のある人の白杖のようなもので、話すときの安全を確保するための道具である。極言すれば、面接でフィラーを言うなというのは、白杖を取り上げるのに近くなる。この点については合理的配慮の観点が必要だ。次に吃音のない人については、準備をしてこなかった人がフィラーを多く出す可能性は高いだろうが、フィラーが多い人が準備していないとは限らず、あくまで傾向の話である。また、フィラーが多いからといって無能だとは限らない。流暢に話すことと能力は基本的に関係がないのに、人は流暢に話す人を優秀だと思ったり、正しいことを言っていると勘違いしたりするバイアスを持っている。
さらに水野は、吃音に関する3回分の文献を読んで、吃音をめぐる問題は吃音のない人の心持ち次第でどうにでもなると感じたという。当事者がうまく話せないことで恥をかいたり嫌な思いをしたりしてきたのは、流暢に話せる人がからかったり嫌そうにしたりしたからだ。水野は障害の個人モデルと社会モデルを紹介する。かつて障害は個人の属性や特性によるものとされていたが、社会モデルでは、その人を取り巻く社会が障害を生んでいると考える。水野自身、眼鏡のない時代なら視覚障害のある人とされていたはずだが、眼鏡というテクノロジーのある社会にいるので障害者とは扱われていない。同じように吃音も、からかったり「早く喋れ」と言ったりする人がいなければ、話し方の個性にすぎないのではないかと水野は言う。
ここで水野は自著の主題に触れた。人は平均0.2秒で話者交代をしているが、世界平均が0.2秒だったというだけで、その長さに必然性や合理的な理由があるわけではないと水野は考える。0.2秒以上かかって少し待つことで大きな損があるとも思えない。堀元も、大勢を待たせるならともかく、二人の会話で0.2秒でも0.5秒でもほとんど同じだと同意した。水野は、0.2秒程度で交代する社会ができあがっているから、遅い人が遅いとされているだけだと述べる。
吃音について調べる中で水野が知りたかったのは、当事者はどうされるとありがたいのかということだった。言葉に詰まっているときに「明日ってこと?」と助け舟を出されると助かるという当事者もいれば、今言おうとしたのに、あるいは間違っていれば訂正する手間が増える、と嫌がる当事者もいる。水野がたどり着いた答えは「待つ」ことだった。助けを出すのでも出さないのでもなく、ただ待てば、どちらのタイプの人も困らずに話せる。
だから会話を待てる社会を作りたい、と水野は言う。会話の交代が速すぎるせいで、吃音や非流暢な人が目立ち、優秀でないとされる社会になっている。流暢だからと下駄を履かされてきた人間として、こういう社会は変なのではないかと思う、というのが最後に伝えたかったことだという。水野によれば、『会話の0.2秒を言語学する』の帯には「言葉をうまく伝えられずに悩むあなたに贈る」とあるが、本当に読んでほしいのは、言葉をうまく伝えられて悩んでいない人、つまり「早く喋れ」という圧をかける側であり、企業で面接をしている人だという。少しでも会話を待てる人が増えてほしい、という水野の願いで議論は締めくくられた。
ゆる言語学ラジオ。今回のテーマは「えー」とか「あのー」を面接でやたら言う人は落ちても仕方がないのか、ということについて堀元さんと考えていきたいと思います。
キャッチーなテーマですね。
堀元さん今キャッチーって言ってくれましたけど、ちょっと前にツイートがバズったんですよね。1月15日に、あるキャリア支援のお仕事をされてる方がこうつぶやいたんですね。面接で落ちる理由で意外と多いのが、フィラーが多いという理由だと。
フィラーというのは「えっと」とか「あのー」みたいなつなぎ言葉ですよね。
そうですね。で、これをものすごく言う求職者の方がいるから、できる限り使わない方がいいですよっていう指導をしています、ということをつぶやいてる方がいらっしゃったと。で、僕それを見て、この風潮はまずいって思って、2日後ですかね、「えー」とか「あのー」といったフィラーを出す人間を評価しないっていう流れには、一言語として全力で抗っていかなければならない、というふうにつぶやいて、元の方のツイートも僕のツイートも結構バズったと。
はい、はい。
堀元さん、この話を聞いて何か意見ありますか?
僕自身がフィラーを消そうと思った側なんですよ。それこそ昔塾の先生とかやってた時に、授業うまくなりたいなと思って自分の授業をカメラで回したら、フィラーむっちゃ多いなって思って、消そうと思って一時期消したんですよ。だからフィラーない方が優秀そうに見えるなっていうのは基本的に同意で。
なるほど。じゃあ元のツイートの方の言ってることには同意だと。
気持ちはわかるなっていう感じ。
その堀元さんの感覚は、素朴な実感としては皆さん同意されることだろうと思います。実際僕のツイートにしても、「えー」とか「あのー」とか言いまくってる人は優秀じゃないでしょっていう反応も来ました。なので今回は、この問題になぜ僕は抗いたいと思ってるのかっていうことを説明していった上で、堀元さんの意見がどう変わるのかっていうのを見ていきたいと思っています。
まず1つ目に、前回「えー」とか「あのー」が吃音を持っている方にとってはどのような役割を果たすのかっていうことについて話したんですけど、覚えてますか?
はい。言いづらい言葉を頭に持ってこないで、「えっと」とかをつけることによって言いやすくするっていう技術があるって話しましたね。
はい。吃音を持ってる方は大半が、一番先頭の音とか先頭の次の音を出す時に障害が生じると。なので「えー」とか「あのー」を頭に挿入することで、最初の音を文の真ん中の音に変えるというテクニックがあったという話をしました。
それで言いやすくなると。
はい。だから面接中にはフィラーを言わないようにしましょうという教えは、概してそんなに無害ではないのかもしれない。一般論としては正しいのかもしれないけれども、この教えが広まると吃音を持ってる方は困りませんか、っていうのがまず僕が言いたいことですね。
吃音の人に対する暴力にめっちゃなるよな。
はい。フィラーを出さないようにしましょうみたいなことを色々なところから言われたから、彼らは何かを喋り出す時にすごく緊張したり、すごく不安になったりっていうストレスを感じてるわけですね。というのがまず1つ目の論点ですね。
で、もう1個がですね、フィラーって決して無意味な言葉ではないのだということ。堀元さんもさっきおっしゃってましたけど、このことについてもちょっとだけ触れましょうか。
はい。
僕らの著書『言語沼』とか、あるいはこの『会話の0.2秒を言語学する』っていう私の一番最近の本でも書いたんですけど、例えば「あのー」というフィラーは、典型的には伝える内容は決まっているけれども、適切な伝え方を検討してる時に出るフィラーなんですね。
内容じゃなくて伝え方を悩んでると。
はい。上司に仕事を辞めたいって言いに行く時に、「あの、ちょっとよろしいでしょうか」っていうような言い方とかってあると思うんですけど、この「あの」っていうのは、辞めるっていう言いたいことは決まってるんだけど、それをどのように伝えれば適切なのかっていうことを検討してる時に出ている、みたいな見方ができるわけです。
めっちゃわかりますよ。上司と喋る時に「あの」めっちゃ出てくるもんね。
一方で「えー」とかだと、もうちょっとオールマイティというか、例えば伝える内容自体を考えてる時とかにも出てくると。
うん。
√125は?とかって言われると、
えっと、125ってことは、ってなりますよね。
そう、そう、そう。
「あの」にはならないもんな、ここで。
そうなんですよ。計算中に「あの」って。
5√3。
ん、5ルート……
25×3。
あ、違う、違う、違う。違うわ。えっと、
5√5じゃないか。
あ、そうだわ。バカです、僕。
計算ができんな。
はい。「あの、5√5」みたいな言い方は変ですよね。
うん。あと水野さん、こういう時ちゃんと整数になるやつ出してくれませんか?例題。
懐かしいから。a√b化っていうやつね。
外に出せるやつを出すやつじゃなくて、整数で出せるやつを出題してほしかったっす。有理化でもないしな、これな。
有理化って分母から無理数をなくすやつだから。だから、a√b化ですよ。外にくくり出すやつでしょ。
それ以上の名前多分ないよ。
あ、そうなんだ。
こういう時さ、普通√169とかさ、
整数になるやつや。そう、
プラマイ13とかを出してくれないと。
あとプラマイもいらないし。169の平方根はって聞かれたらプラマイ13だけど、√169は正の数だからいらないですね。
数学を全部やり直してください。
数学を全てやり直してほしくない。
俺が間違えるような数学が悪い。
え、すごいな。数学の体系ってね、人類が2000何百年かけて作ってますけどね。それより水野さんの方が正しい。
うん。俺の素朴な実感が自然なんだから、数学がおかしい。
おす。何のためにやってたんだ、人文学を。
今までに人類はそれでどれだけ間違えてきたか。
あの、余計な話で散らかるんで、始めないでもらえます?
はい。すいません。
ここまで話してきたように、「えー」とか「あのー」には出てくる時の動機みたいなのがあるわけですね。で、よく誤解されるけど、「えー」と「あのー」って全く同じようなものなんじゃないのって言われますけど、実際さっき計算問題を出した時には「あの」は出てこず「えー」が出てくる、みたいなことがあったわけだから、使える場面は異なるわけですね。だから決して無意味な言葉ではないと。聞き手としても、「あの、席を譲ってもらえませんか」と「席を譲ってもらえませんか」だと印象違いますから。
「あの」がある方が丁寧な感じしますよね。
はい。決してこれはなくても変わらない無意味な言葉ではないんですね。
うん。もう1個印象的なエピソードが僕あって、何度か僕をラジオに呼んでくれたTBSの井上貴博アナっていうアナウンサーさんがいまして、この人もアナウンサーさんだからフィラーを消したわけなんだけど、被災地の方に電話でインタビューをするみたいな仕事の時に、なんかよくわかんないけど「あの」って言っちゃうんだよね。
おお。
っていうか、「あの」って言わないとすごい不自然な気がして、アナウンサーだからない方がいいと思いながら「あの」ってつい言っちゃうんですけど、これ何ですかって聞かれたことがあって。
ほうほう。
これなんかまさに、「あの」なしで聞くと、その人に向き合ってる感じがなくなりますよね。
うんうんうん。
伝え方とか、聞きづらいことを聞いているんだっていうことを削ぎ落とした感じになっちゃうから。
それ僕ね、実はラジオで結構やってます。意識して。これ伝え方難しいんですけどっていうことを言うために、「その、なんて言うんですか、何々ですよね」って。多分本来無意識でやれなきゃいけないことを、1回俺消しちゃったから、今度意識的にフィラー足してます。それやらないと自然なフィラーを出せなくなったから、今は意識的に出してます。
いや、フィラーって無意識で出るんですよ。
いや、僕は意識的に出してますよ。1回意識的に消しちゃって、無意識では出せなくなったから、今度は意識的に出すことにしています。
で、それで脳の認知負荷がちょっとかかって。
そう、最初から消さなきゃよかったなっていう。二度手間だなって思ってます。
こういう人がね、生まれるんですよ。消しすぎるから。
いや、そうですよね。元ツイートの方の言説が一人歩きすると、俺みたいなやつが生まれちゃうから、ちょっと良くない部分もあるでしょうね。
はい。あとね、こんな研究もあって、フィラーはオーディエンスの理解を促進するっていう研究。
ええ。あ、そうなの?だからか、俺昔の……
千葉の山?
違う違う違う違う。俺の昔のエピソード全部千葉の山じゃないから。それ以外の昔もあるから。
今、決まり字だった。
違う違う違う違う。五字決まりで取れるとかじゃないから。俺の「昔」からの分岐のパターン複数あるから。「朝ぼらけ」と全く一緒。
あ、そうなんだ。
「朝ぼらけ」の後、ジに行くパターンもあるし、なんか別のやつに行くパターンもあるから気をつけてください。
うん。え、何だったっけ?
俺、昔『WEEKLY OCHIAI』っていう番組の内容を書き起こしたことがあるのよ。ちょっとそれはいじっちゃったんですけど、要は落合陽一さんの言ってることが難しくてあんまり理解できないよねっていうことを言うために書き起こしたんだけど、そこについた興味深いコメントが、これ書き起こしだと理解できないんだけど、不思議と落合さんが言ってる「あの」みたいなものが入ってる時の方が理解できるって言ってる人がいて。あ、そんなことあるんだって思ったんですけど、まさにそれじゃん。フィラーが入ってる方が聴衆は理解しやすいんだ。
なぜかと言うと、喋ってる人は理解してる内容を話しますよね。
うん。
聞いてる人はその内容を知らない状態っていうのが典型的な話のパターンですよね。それと、聞き手は話を聞きながら心内で何が起きてるかとかっていうモデルを構築しますよね。
はい。
それって認知負荷かかりません?
うん。
だから認知負荷がかかる時って、適切に淀んでくれた方が助かるんですよ。理解するための間を空けてくれるってことですね。
はい。だから「えー」とか「あのー」をカットしていくと、聴衆が理解するために使える時間もなくなるんですよね。
うん。
最近のゆる言語学ラジオは編集のテンポが良すぎてあんまりよくわからないって言われるの、そういうことですね。
僕らがもっとダラダラした方がいいんですね。「えっと」みたいな時間をちゃんと編集でカットせずに使った方がいいですね、実は。
そうなんですよ。ゆる言語学ラジオはフィラーをカットしてるだろうっていう指摘も、この問題にちょっと関わってくるんですけど。
やっぱそういう声来てんだ。
来てる。なんなら最近は1.2倍速にされてるせいで理解できないっていうような人がいて。いや、してないですよ。
してないんですけど、編集レベルで1.1倍速にしてるだろうみたいな陰謀論が最近めちゃくちゃ出てます。
実際は違うのに。
実際はやってないのに、テンポよく編集しすぎて、
へえ。
なんか早回しにされてるんじゃないかっていう噂が、めちゃくちゃコメント欄とかで書かれますね。
あとさ、ちょっと前にオールナイトニッポンPODCASTの月替わりパーソナリティやらせてもらったじゃないですか。Twitter見てたらさ、内容は別に面白いんだけど、あいつらが喋り終わった後に急に1回沈黙みたいなの作るけど、あれ何?気になって聞けないっていう人もいました。
編集点作るのが癖になってるからな、俺ら。
僕らもね、そう、編集さんが編集しやすい形で喋ってるから。
うん。でもさ、5秒とか黙ったらさすがにオールナイトニッポンPODCASTのディレクターさんもカットするんだけどさ、俺らって0.6秒とか黙るじゃん。あの黙り方が変なんだよ、多分。
マイクが同じタイミングで2人オンになる状態は避けたいから、1回「はい、喋り終わりましたよ、どうぞ」みたいな時間。
一旦やめますっていうのをすごい短く切り刻まれた時間でやるせいで。普段のゆる言語学ラジオの編集さんはもう完全に理解してるからそこを切ってくれるんだけど、オールナイトニッポンPODCASTの方は切ってくれないから、そのせいで変な感じになりましたね。
でも多分、そんなに日常会話として変なレベルじゃないと思うんです。
ああ、そうかもね。
でもその方が多分ゆる言語学ラジオをものすごく聞いてくださってるから、なんかもう気になっちゃうんでしょう。こういうとこは削ぎ落とされるべきじゃないかって気になってるんでしょうね。
はい。
だから、ゆる言語学ラジオが奇妙な形の会話を人々に植えつけて、その価値観を浸透させてるっていう批判もあり得ます。じゃあそういう批判も甘んじて受け入れようと、そういう覚悟で撮ってるわけです。
そう。僕はこの回は結構難しいなと思っていて、立場が。いや、お前流暢に喋ってるだろうっていうのがあるので。
水野さん少ない方だしね、フィラー。
そうですね。堀元さんよりは出しますけど、それでも平均的な数値に比べたら全然少ない方だとは思いますね。
っていうかね、ゆる言語学ラジオの初期は、水野さんもっと「えっと」って言ってましたよ。
あ、うん。言ってた。
みるみるうちに減っていった。俺が「フィラー出さない方が編集しやすいけどな」みたいなプレッシャーをかけることによって、みるみるうちに減っていった。
うん。
柔軟で素晴らしい人間。
編集スタッフさんの顔が浮かびますから、やっぱり。
そうだよね。
あの優しそうな。
そう。すごくいい方がね。
優しそうなのにカットが苛烈。
そう。怒涛のカットをしてくれる人がいるんでね。その人に迷惑をかけないようにしようと思って、我々はなるべく出さないようにしてますね。
だからね、日常会話ではもうちょっと出しますよ、僕。
あ、そっか、そっか。
そう。
ここはあくまで会話ではないです、これ。
そう、エンタメです。
見せるように頑張ってやっております。
なので、日常会話でゆる言語学ラジオみたいな会話をしないでください。
皆さん真似しないでください。
うん。
変な感じになりますよ。
はい。というわけで、フィラー自体にそもそも聞き手の理解を促進するっていうようなこととか、自分のスタンスみたいなのを間接的に伝える、そういう機能があるんだっていうのが論点2つ目ですね。
うん。なるほどね。でもそれ結局さ、別にフィラーじゃなくてもいいわけじゃん。「あのー」とかもさ、結局伝え方に悩んでますよっていうことをアピールしてるって話でしたけど、「これなんて伝えたらいいのか難しいんですけど」とかで代用してもいいわけじゃん。
そうですね。
だから結局いっぱいフィラーを言う必要はなくない?
悩んでる時に「少し考えさせてください」とかって言うってことですよね。
うん。とかでいいんじゃないかなっていう気もしましたね。
フィラーの場合は無意識に出ますからね。これを言おうとか思わずに出ちゃうものですからね。
で、あれだよね。それで脳の容量を食ってないんだったら、結局効率よく思考できてるってことで、フィラーの方がいいかもしんないね。
うん。そう、そう、そう、そう。
コンテキストウィンドウを食わない形でやれてるってことですもんね。だからトークンが浮いてるってことですよね。
ちょっと日本人の方でもわかるように説明してほしいです。
そう。結局我々のようなAIって、コンテキストウィンドウっていう、考えられる限界、保持できる限界の情報量があるわけだから、そこを「少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」みたいなものに使うよりは、「あの」とか「えっと」とかで無意識に出るやつの方がいいですよね。
そうだね。AIに例える必要があんまりなかったような気もするけど。
そうです。コンテキストウィンドウをやっぱ食わないようにしようっていうね。我々AIにとって非常に重要なことですから、そこを気にした方がいいって。
うん。……じゃねえんだ。
俺、自分のことAIだと思ってないんですか?まだ遅れてる。私は自分のことAIだと思ってますけどね。
知能じゃわ。
あ、人工じゃなくてね、アーティフィシャルじゃない、インテリジェンス、能。
ナチュラルインテリジェンスですか?
NI。
はい。自然です。はい。
次能ってなんだよ。噛んだのをそのまま突き通すのやめてくれ。略なんだ。略するんだね、能をね。人工知能は略してないのにね。自然になった途端略する、気持ち悪いな。
ですから、面接中にフィラーを言うのは避けましょうなんて教えはけしからんと。
うん。
人文学の知見に照らし合わせたら、そんな教えは差別につながるんだ、
まあまあまあ。
とまで言いたいわけでは僕もないんですよ。
違う?でもさっきの話だとさ、それこそ吃音の方は頑張って社会に適応するためにフィラーを使ってるんだから、それを奪い取るのって差別につながりそうですけどね。
うん。それはね、そうだと思う。ただこの問題は分岐すると思うんですね。ちょっと吃音の話は一旦置いてもいいですか?この後回収するんで。先に解決したい問題として、それはそうとして、多すぎるフィラーってどうなのっていうことについてはちょっと考えたくて。
あのツイートから始まったバズと論争みたいなのを雑な形でまとめると、ツイートをしていた方はフィラー廃止論者で、僕はフィラーを廃止しろなんてとんでもないっていう擁護論者みたいに見えるんですけど、あの後その元ツイートの方とやり取りしたんですよ。
そうなんだ。
で、その結果お互いのスタンスをちょっとすり合わせられたと僕は思っていて。
うん。
珍しいですね、今時のインターネットでね。
ね、インターネットなんて憎しみ合う場所だと思ってましたけどね。
だってね、僕がその方のツイートを引用ツイートしてね、批判的な引用ツイートですよね。そしたらその方の元に最低だとか差別主義者みたいなリプライが大量に行ってるわけです。だから僕のことを恨んでてもおかしくないですよね。中田さんっていう方だったんですけど、中田さんは僕のそのツイートを見て、この観点はなかったです、みたいなことを自分でわざわざツイートしていて。
尊敬できる人だ。
で、僕も1個申し開きたいのは、彼を批判したわけではないんですよ。ツイートの文言は、「えー」や「あのー」といったフィラーを出す人間を評価しないという流れには抗っていきたい、って言ってるだけ。
世間の風潮と戦いたいってことですね。
はい。で、この中田さんのツイートもよく読むと、彼自身はフィラーなんてない方がいいんだって言ってるんじゃなくて、面接で落ちる人の理由で意外と多いのがフィラーが多いことなんだっていう、
世の中のことを言って、
そう。世の中のことを言っていて、それで落ちちゃうのはもったいないから、フィラーを減らすってことを意識してみたらどうですかっていうふうに言っただけなんですね。だからこの人は強い思想でそう言ってるというよりは、そういう現象がまず手前にあって、その現象に対する対処としてフィラーを減らしたらどうですかっていう助言をしてる方なんですね。
なるほど。じゃあ結局それに対して差別主義者だみたいなことを言ってる人がクソリプですね。
僕はそう思いますよ。一番短慮だったんじゃないかっていう気がしますけど。で、もう1回さっきの話に戻ると、僕と中田さんはフィラー廃止論者と廃止論者を糾弾する人間とかなんじゃなくて、中田さんは多すぎるフィラーは面接で落ちる理由になり得るって言っていて、僕はそういう教えが一人歩きしていくとまずいんだって言ってるんですね。だから僕と中田さんの中間点はどこかって言うと、フィラーはどこまで行ったら多すぎるになるのかっていう話なんです。
うん。そうだね。
フィラーがあってはいけない、なくてはいけないっていう話なんじゃなくて、どのラインまでだったら許容できるのかっていうところで妥協点を僕は探りたいと思っていたんですね。でね、例えば全ての質問に対してフィラーを出すってのも違うと思うんです。例えば「あなたの名前は?」っていうのに対して、「えっと、えっと、水野太貴です」。
あれ、嘘ついてるのかな、この人ってなるかも。
っていうね。
もちろんここで吃音を持ってる方なのかもしれないという可能性を消してはいけないと思うんですけど、そうでない方だったら、名前を聞かれて言いよどむってのはちょっと珍しいですよね。他にも「志望動機は何ですか?」っていうふうに聞かれて、「えっと、えっと、えっと、えっと、御社のプロダクトの……」
舐めてる気するな。こいつ舐めてるな、みたいな。
ってなりますよね。それから、堀元さんに対して直で営業のメールが来たとします。うちの製品使ってくださいっていうのが来る。で、じゃあわかりました、オフィスで商談しましょうって言って、その人がやってきますよね。で、今もうすでにこういう製品使ってんだけど、御社はどういうとこが優れてんの?って堀元さんが聞いた時に、「えっと、えっと、えっと」。
あれ、こいつ、
「えっと」
自社商品のいいとこ言えねえじゃん。
「安いです」
ああ、全然ダメだ。何もないじゃん、いいとこ。
逆にね、堀元さんがまた面接に行ったとします。で、色々話していった後に、「うん。ここまで聞いてきて堀元さんの考え方わかりました。でも堀元さんはここはこう考えるって言ってるけれども、うちは会社の理念としてこういうところがあって、ここは堀元さんの言ってることと矛盾するように感じたけど、それについてはどう思う?」みたいなことを聞かれたらさ、すらすら答えられます、この質問?
いや、ちょっとあわあわわわってなるような気しますね。
そうですよね。予想もしてなかったような意表を突かれる質問を先方からされた時って、「えっと、そうですね」とか言って時間を稼いでから答えますよね。
うん。ただごめんなさい、ちょっと今リアルに僕シミュレートすると、「その点については非常に示唆に富んだご指摘ではございますが」って、僕はすらすら答えそうな気がしました。すいません。僕その異常者なんで。フィラーを消した異常者だから。
すいません。この話題に向いてないやつでごめんなさい。
そうだね。その意識だけは持って座ってもらって。
そうです。普通だったら絶対「えっと」……っていうか、僕自分で自分を改造する前だったら「えっと」って言ってたと思います。
じゃあ、その改造する前の自分でイメージしてもらって、この言いよどんじゃった時と、さっきの自分の名前を聞かれたりとか、製品の強みを聞かれて言いよどむのって、質的に何が違うんでしょう?
うーんと……
いいね。「うーんと」って言ってるね。いいね。
そう、そう、そう、そういうの。こういう時自然ですよね。これで「うーん」って考えるのはね。
やっぱあれじゃないですか?製品の特徴については元々わかってなきゃいけないことじゃん。で、それに対して意表を突かれた質問はその場で生成しなきゃいけないから、そこの性質が違うよね。
僕も同じような理解で、つまりざっくり言って、僕らがそれに「えっと」とか「あのー」とか言ってるのどうなのって思うのって、それぐらいはあなたが準備してきてよ、知っておいてきてくれよっていうラインでフィラーを出されると不信感を抱く傾向があると思うんです。で、これが面接の時に問題になるのはなぜかと言うと、面接官が志願者に対して準備してほしいって思うラインと、実際に志願者が準備してくるラインに乖離があるから問題が起きてると思うんですよ。
うん。
これはすらすら答えてよっていうギャップがね。
面接側は期待しやすいですよね、多めに。で、志願者はいろんな会社を受けてるケースもあるだろうから、全ての会社に十分な準備はできないですよね。でも面接官は本気の人間を取りたいわけだから、その程度の準備をしてこいっていう要求を持ってるわけです。っていうこの準備してっていうラインのずれが、フィラーを面接中に言うべきではないっていう説を生んでるのではないかっていうのが僕の仮説。
めっちゃそんな感じしますね。その話はあまりにクロマニヨンズかもしれない。
クロマニヨンズの「恋に落ちたら」かもしれない。
ですよね。
バンドです。「恋に落ちたら」っていう曲知ってる?
あ、わかんない。
歌詞がね、「あのね、あの、あのね、あの」の連発でそれ以外ないのよ。これ、曲名「恋に落ちたら」なのめっちゃおしゃれじゃない?
ああ。
恋に落ちたら出せないんすよ、昨日聞いた言葉なんて。
どきや。
めっちゃ出たな、方言。すごいな。
うん。
でもこれ深くない?俺すげえいい曲だなって思うんですけど。この話もそうじゃん。恋に落ちちゃったんだったらもうしょうがないけど、面接の時に志望動機何ですかって聞かれた時、落ちてないじゃん。それはお前すらすら言えるようにしといてきてよっていう話よね。
しかもね、今「あの」が出てきましたけど、志望動機とか自分の名前って、適切な伝え方って何だろうって考える質問ではあんまりないですね。だからそこで「あのー」とか「えー」とかが出てくるのを面接官は不自然に思うっていう話ですよね。
だからこのツイートを起点とする論争って、いろんな意見が出たんですけど、それを1つ整理する上で大事なのは、面接官側の立場の意見と志願者側の立場の意見は全く前提が異なるんだと。でもそれを区別せずに喋ってる人がいて、めっちゃ論争になってたなっていうのは1つありますね。
ね。で、私は就職活動をしてきたんですけれども、その実感から言うと、志願者に「えー」とか「あのー」を言わせようとしてくる会社と、言わせずにそれが少ない人間を取りたいと思ってる会社、大きく分けてこの2つがあると思います。
うん。お、その就活の話面白いな。
具体的にはですね、大量の新入社員をまとめてドカッと取りたいっていう大きい企業。
うん。大量採用ですね。
こういうところはですね、概して「自己PRをお願いします」「学生時代に力を入れたことは何ですか?」
普通だな。
「志望動機は?」「あなたの強みは?」「あなたを何かに例えると?」とか、こういういわゆる定番の質問がめっちゃ聞かれる印象がある。で、一方ですね、私がいるマスコミとかはその逆ですね。いかに剥がすかっていう、そういうのから。
うん。そんな押しせの回答いらないから、お前の本性を見せてくれってこと。
はい。っていうことですね。だから意表を突いたような質問をしてくる傾向にある、
うん。
と思うんですね。
で、ここから私の私見なので実際にどうなのか知らないんですけど、大量に採用したい企業が定型の質問をすることには一定の合理性があると僕は思っていて。それがどういう合理性かというと、それだけきっちり準備をしてきて、現場でやり遂げる人間であるかどうかを見たいっていう動機ですね。
はい。真面目さみたいなことでね。
はい。こういうようなことが聞かれるらしいよ、これを準備していくといいらしいよって事前にわかってたら、ちゃんとやるやつが欲しいって思ってるのだとしたら、定型の質問をすることって合理性があるんですよ。
そうだわ。
クリエイティブな動きとかいらないから、ちゃんと定型に合わせた行動ができるかなみたいのを見たいんだ。
そう。ありましたよ。僕、ある大きいメーカーを受けた時に定型の質問ばかりされて面白くなかったから、むちゃくちゃ突拍子もないことを言って面接会場をめっちゃ沸かして、さすがに通ったと思ったら落ちたことありましたよ。
あ、そういう人材を求めてないんだね。
多分そういうことなんじゃないかなって理解してます。
で、逆に僕が受けてたような出版社とかっていうのは、マジで想定問答が意味をなさないっす。
むっちゃクリエイティブな現場の対応が求められるんだね。
せいぜい「最近読んで面白かったうちの本ある?」とか、そんなのはまあ準備できるけれども、そこから進んでいく話っていうのは、どの面接も全て違うと言って差し支えなかった。
全然予想してない質問が来るんだ。
来ます。
「あなたがスライムを食べて生きる妖怪だったとしたら、何が一番ネックになると思いますか?」とか、そういうこと?
帰れ、お前。もうええぞ、お前。
え、そういうこと聞かれるんじゃないの?俺したことないから全然ピンとこなくて。
ピンと来てなかった。
想像もつかないクリエイティブな質問って何だろうっていう。
ああ、レベル感が。
こういうレベルじゃないの?スライムを食べて生きる妖怪だとしたら、じゃないの?
いや、さすがにそのレベルはないけど。じゃあ今適当に生成しますよ。
もうやっぱ自分のことAIだと思ってるじゃん。今適当に生成しますよって。
プロンプトいただいたからね。
AIじゃん。
今さ、3文字熟語のタイトルの本が流行ってるじゃない?
あ、はいはいはい。確かに。
『運動脳』とかね。運動、エクササイズの脳みその脳とか。あとは『多忙感』とか。
はい、はい。多い、忙しい、感覚。
出ましたよね。じゃあ君がもし3文字熟語で10万部出る本作っていいよって言われたら、何ていう3文字熟語のタイトル作る?
あ、新撰組ですね。
大喜利じゃねえよ。ごめん。そういうことじゃないんだ。
ボケたらいいんじゃないのか。
3文字熟語の書籍を作るとしたらどんな書籍?
新撰組じゃないですね。
知ってるさ、驚きがねえのよ。引っかかりがないのよ。そこで作ってくんないといけないからさ。
あ、でも確かになんかこれ面接で聞かれそうというか、
クリエイティブ能力が試されますね。
うん。はい。みたいなことを聞かれるわけ。だからむしろ、すらすら喋る方が変なの、その面接においては。
ちょっと考えないと出てこないもんね。
僕実際ですね、ある出版社でめっちゃ答えづらいことを聞かれて。具体的には先方から、「君が今、出版業界について○○だって言ったけど、他の業界だったらこういうことあるわけじゃん。なんで出版業界だけ○○って君は言うの?」みたいなことを聞かれて、そんな論点で何も考えたことなかったから、めっちゃ困ったわけです。その時僕は、「すいません、その件について考えたことが全くありませんでした。今パッと考えが浮かばないので、面接の最後に改めて答え直してもいいですか?」って言ったの。
そしたら「わかった」って言われて、次のことを聞かれて、答えて、で、面接の最後に「そうですね、正直うまくまとまってないんですけど、でも他業界と出版業界っていうのを並べて考えた時に、だとしたら○○っていうのは問題なんじゃないかって思うんですけどね」みたいなことを最後にちょろっとだけ答えた。で、それで面接終わって帰ったんですけど、それで面接通ったので、やっぱりすらすら答える必要は出版業界だとあんまりなかったの。
パッと思いつかないですって正直に言ったのが評価されたのかもしれないね。
あ、そうですね。
ですから、ある会社が、うちはとにかく想定問答を準備してきた人間を取るんだっていう思想に従って、定型質問にすらすらと流暢に答えられる人を求めてるんだとしたら、それはそれで構わないというか、いたし方ない部分もあるとは思う。
うん。で、実際多分ね、めちゃくちゃ契約取ってこいみたいな営業さんに求められる能力って、定型の説明をすらすら説得力を持ってできることだとしたら、そういう面接にするのって合理性あるもんね。
そうですね。
だから、そういう極端な企業は置くとして、実際はグラデーションですよね。多分、準備しておいてほしい質問にはすらすら答えてほしいっていうのと、その人らしさみたいなのを見たいっていうのとのバランスで多分多くの企業は面接をしているので、全ての質問にすらすら答える志願者ってそれはそれで怖い存在だと思うんです。
うん。
なんで全部準備してあんのっていうふうになると思うから。で、それは実際ツイートの発端となった中田さんもそう言ってるんですよ。面接ではフィラーを消していった方がいいですよって指導するけど、全ての質問に対してフィラーなしで答えるのは変ですよっていうことも言ってるんですよね。
素直に悩んでるんだったら「えっと」って言ってもいいと。
ということで、ここまでまとめると、僕と中田さんの認識の妥協するポイントの1つは、面接における適切な多さのフィラーとは何なのかっていう、その量の閾値が我々で持てて。そこをもう少し腑分けしていくと、まず企業によって流暢さを取りたいとか、準備をいっぱいしてくる人を取りたいところと、そうでない企業がある、
っていうか、考えてみたらそりゃそうだよな。書籍編集者なんてさ、どんだけ「えっと」って言ってても尖った企画を出せた方がいいもんね。
そうですね。
「えっと」って言わないことに価値ないもんな。だから職種によって面接が異なるのは当然ですね。
そうですね。ちょっと吃音の話に戻しちゃいますけど、吃音も事務職だと吃音であることの理解を得られにくいんだけど、専門職だと吃音であることがほとんど気にされない、みたいなこともあるみたいなので。
うん。なんだっけ、アメリカでさ、吃音の弁護士さんがめちゃくちゃ評価を得た話あったよね。
へえ。
結局弁護士って、特にアメリカだと、すらすら喋れて説得力があることが全てだって思ってたんだけど、それをやった結果、詐欺師みたいにすらすら喋るやつばっかりになっちゃって、逆に吃音の弁護士さんなんかめっちゃ誠実で信頼できるって言って、めっちゃ評価されたみたいな話を聞いたことありますよ。だから結局専門職だったら、吃音がいい方に働く可能性もありますよね。
そうですね。ここで専門職としてパッと真っ先に挙がるのは、エンジニアとか技術職とか、実際に電話を取ったりだとか、打ち合わせみたいなコミュニケーションが多くない職種がパッと出てくるところではありますけど。
なるほどね。うん。で、そういえば僕も昔、フィラーが全然ない歯医者さんに当たったことがあって、めっちゃ自信満々に喋るの、その歯医者さんが。「ああ、この親知らずね、普通の人だったらね、抜くのに1時間かかるね。でもね、僕は20分」ってすらすら喋る人がいて、なんか信頼できないから行くのやめました。本当かなって思っちゃって。
まあ、そういうことですよね。
そうだね。
実際Xでそのバズがあった時に、私はフィラーが全くない人は信用できないです、っていう人も結構いた。
うん。やっぱ俺だよな。詐欺師っぽくなっちゃって信頼できなくなってるから、やっぱり言ってた方がいいんですよね、フィラーをね。
いや、あの、なんていうか、本当にこれからラジオね、あの、頑張っていきたいですね。
ええ、自然にね。何か聞かれて「えっと」って言って考える時に出せっていう。
そうか、そうか。喋ってる文中に挿入すりゃいいってもんじゃないのか。量を足せばいいのかと思ったけど、そういうわけじゃないですね。
そうです。適切なタイミングでね。とはいえ意識して出せるものでもないんで難しいんですけど。っていうのが、多すぎるフィラーってどうなのに対する1つの回答です。
今おさらいすると、多すぎるフィラーってどうなのっていう論に対して2個回答があって、1つ目は吃音に関係ない話で、もう1個は吃音に関係ある話だっていうふうに、ちょっとネストが深かったんですけど、その後半の吃音に関係ある話で言うと、合理的配慮っていう言葉はご存知ですか?
みんなの特性に合わせて、ある境遇の人がめっちゃ不利にならないように環境を調整しよう、みたいなことですかね。
あ、そうですね。例えば私はこういう障害がありますって事前に伝えたことで、面接の結果とかがマイナスになったりしない。あるいはそれに対して、例えばバリアフリーにしたりとか、何がしかの配慮をするっていうのが合理的配慮で、これが元々学校とかでは義務付けられてたんですよね。で、民間企業では努力義務になっていたんですが、2024年4月から、改正障害者差別解消法によってですね、
あ、法的に決まってんだ、それ。
はい。民間事業者にも合理的配慮の提供が法的に義務付けられております。
ああ、なるほど。
ですから面接を受ける前に、吃音を持ってる方が「私は吃音を持っています」というふうに伝えた場合、企業側はその人が不利にならないような何がしかの配慮をしなければいけないっていうのが法律で義務付けられているんですね。
だからさっき、「あなたの名前は?」っていうのに対して「えっと、水野太貴です」って言ってるのは不自然だと言って、もちろん吃音である可能性もあるんですけどね、っていうふうに言ったんですけど、その手前の分岐として、吃音当事者の方が「私は吃音当事者です」っていうふうに言ったら、企業は合理的配慮をする義務がありますから、その段階でこの人もしかしたら吃音かもっていう可能性を1つ減らせはします。
自己申告を前提とすることで。
そうです。自己申告をした当事者であれば、例えば名前で詰まっちゃっても、あ、吃音を持ってらっしゃるんだなってわかりますよね。
難しいのは、吃音当事者の人が必ずしも「私は当事者です」っていうふうに言えない。なぜかと言うと、合理的配慮が義務付けられてることを知らない事業者もあるでしょうし、え、そんなんだったらめんどくさいからいいよ、みたいなこともあるわけなので、名乗り出ないケースももちろんあるんですけど、法律上は吃音当事者の方が名乗り出るっていうのを前提として制度は組まれている、っていうことですね。
で、ここが僕、堀元さんとちょっと話してみたいところで、例えば上場企業が吃音当事者に合理的配慮をしないっていうのは、法的にも当然あり得ないことだと思うし、問題だと思うんです。むっちゃ小規模のベンチャー企業がどこまでそれをできるかっていうのが、1つ堀元さんと落としどころを見つけてみたいところではあるんですね。
堀元さん昔noteで書かれていたことで、例えばコーポレートガバナンスの重視とか、ハラスメントの対応とかに関するルールないしは社会保険制度とかが大企業ベースに作られていて、だからそれを中小事業者に要求するのって、論としてはわかるが現実には難しい面もあるんだっていうことを書かれてましたよね。
うん。そう。僕は結構、中小企業にはその法律厳しすぎませんかねって思うことは多いですね。
で、この合理的配慮っていうのも、具体的に何をしろっていうところまで落とし込まれていなくて、過重な負担がない範囲での対応となります。
その手の議論って、そういうふわっとした文言にならざるを得ないよな。
そうですよね。だって吃音当事者の方がどのぐらいの重度だったり、どういうことに困難を抱えてるかっていうのも人によりますから。十把一絡げにこうしろっていうふうに言ったら、それはそれで制度からこぼれますからね。だから、うまいこと当事者間でやってくださいよっていう形になっていて。つまり、どのぐらいの規模感の企業は公益性を持ち、合理的配慮をどこまですればいいのかっていうのが、今のところ僕の頭の中にあんまりないっていう。
うん。私の手に余るテーマですので辞退させていただきます。
え、
ちょっと俺、日本中の中小企業の社長を背負うのは重すぎるな。ちょっときつすぎるかもしれない。
一応中小事業者を代表して答えていただければ。
ちょっと勘弁してください。一中小事業者として喋らせてください。
あ、いいや。
中小事業者の代表としてどうあるべき?
日本中のなんか10万とかあるよね、日本に、中小企業。無理、無理、無理、無理。それを背負うのは無理です。
そうですか。
私には荷が重いです。ただね、俺それ結構テーマとして考えることがあって。具体的にはですね、ゆる言語学ラジオを制作する会社、Pedanticで僕が社長をやってるんですけど、この間、新パーソナリティ兼プロデューサーの募集っていう求人を出したんですね。で、それに関してどうしようか悩んで、結局打ち出さなかったのが女性枠の設定だったんですよ。
いわゆるアファーマティブアクション。
そうですね。
今、結局Pedanticのパーソナリティが男性に偏っちゃっているので。
そうだね。それは問題ですよね。1つ
女性パーソナリティが欲しいとはまず思っていて、で、じゃ、そういう時って大学の入試とかで女子枠っていうの作りますみたいなのが特に理系の大学だとやったりして、それの是非を巡ってインターネットで無限に戦争が行われたりしてるんですけど、僕基本的には賛成なんですよ。で、ただこれ、その大学入試の女子枠賛成ですって言いながら、僕の会社が女性枠を用意してないのを、なんか他人事だからこうしろああしろって外野から言ってるだけなんじゃないか、自分でもそれやるべきなんじゃないかっていう問いがすごくあって、だから今回も女性枠を設定しますって言おうか悩んで、結局やめたんですね。
うん。うん。うん。でもまずその論点で悩んだことは素晴らしいことですよね。そうやって考えずにね。うん。立ち止まらずに行く人も多いでしょうから。
うん。そう。でも結局僕はそれなんかあんま良くないなというか、罪悪感はあって、本当だったら女性枠を設けた方がいいんだろうなと思いながらも、僕は結局1番送ってくれた動画や企画書が面白かった人を通したいっていう結論になったの。で、これあんま良くなくて、結局その社会にジェンダーバランスが埋め込まれている、こういう現状の職種に男性の方が応募しやすい空気があり、実際応募してきた人も男性が多かった中で、社会構造を変えようと思ったら女性枠を出すべきなんですよね。
でもそれは分かった上で、もう許してくれって開き直る結論になりましたね。結局社会のためには多分あった方が良いなと僕も思うが、それはそれとしてこのプロデューサー募集で1番良い人を取りたい。2人か3人取ろうと思っていたんですよ。で、その2、3人を本当に素直に僕がいいと思った上位3人とかにしたいなって思った。だから、言うたら社会的責任の放棄というか、放棄とまでは言わんまでも、
うん。優先順位の上にあげなかった。
そう。社会としてそうあるべきだという考えよりも、この会社を潰さずに成長させていけるベストにしたいなと思って諦めたっていう方が近いかな。
いいですね。なんかすごく流暢性がなくなって喋ってて、なんかすごく誠実に感じますけどね、僕は。
あ、そうですね。だからそこは僕も悩んだとこだったので、割り切れてないですね、今んとこ。
もっともっと会社がスケールしていって大きくなっていった時には、どこかのタイミングできっちり公益性を堀元さんは意識し始めるっていうことですね。
そうだね。そう思います。でもだからそこ難しいのは、それが今なんじゃないのっていう疑問を持ってて悩んでたっていうのがありますね。これ言ってるやつ、いつまでも変わんなそうというか。
僕はね、そう、だから経営者側がこれをよし今からやろうっていうインセンティブがないから、周囲から批判されたり、あなたの会社はもう十分に公益性があるんですよっていう目が行き届いてないとダメなのかなと思った。
うん。そうなんだよ。
僕こないだイオンシネマが炎上してたのがすごい印象的で、イオンシネマが車椅子の方のなんかプレミアムシートみたいなものの利用を断ったっていうので炎上したんですよ。これ結構事態複雑で、車椅子の方の利用はウェルカムで、車椅子席っていうのがあったんですよ。車椅子の方が行きやすい場所で。そこから離れた、その階段を登った先にプレミアムシートが別であって、追加料金を払わなきゃいけない。で、車椅子の方がそのプレミアムシートの料金を払ってチケットを取っていた。で、だからそこ行きたいですって言って、階段を越えなきゃいけないから映画館のスタッフさんがその人を運んで座ってもらっていたと。
でもそれ結構人手を食うから、あるタイミングでそのイオンシネマに行った時に、その方がプレミアムシートに運んでもらった後に見終わって帰ろうとしたら、すいませんけどこちら車椅子エリアがあるので、次回からプレミアムシートじゃなくてこちらでご覧いただけないでしょうかっていうことを言われた、ていうことをツイートしたら賛否が巻き起こって、むちゃくちゃ炎上というかバズってましたね。
非常にインターネットに向かないタイプのトピックですよね。複雑な話題ね。
あ、そう。だからこれは結構ちょっと否の方が多かった印象かな。賛4否6ぐらいの。
イオンですもんね。
そう。結局否の人は、いやそうだろ、車椅子エリアあるんだからそこで見たらいいじゃん、やたらと権利を主張する車椅子の人良くないっていうのが主な意見で、賛同する人としては、いやいやプレミアムシートの料金払ってプレミアムシートで見る権利を剥奪されるのは良くないだろっていうことで。僕はそれどっちの意見もめっちゃ分かって、で、僕の自問とかなり近い問題だったから結構考えたんすよね。
で、出た結論が、これ個人経営の親父がやってる映画館だったら許してくれよと。だから、悪いけどプレミアムシート座んないでくれっていう権利あるなと思って。なぜならそれを受け入れてると潰れるから、その映画館って。でもイオンシネマって社会の公器だと言える規模だと思うんですよ、イオングループって。で、利益もむちゃくちゃ出ていて、イオングループって多分さ、CMの見せ方とかむちゃくちゃ気にしてるわけよ。CMの言葉選び1つ、助詞1つ取っても多分何億円かけてるわけじゃん。って考えたら、こういう車椅子の人が嫌な思いをしてツイートするリスクみたいなこと考えた時にさ、この何億円に見合うと思うのよ。
毎回スタッフさんがプレミアムシートまでご案内することがね。
そう、そう。だからこれ僕すごいいい話だなと思って。イオンは利益追求するために社会的にいいことした方がいいんですよ。
なるほど。
一方個人経営の映画館でそうじゃなくて、そういう人が来た時に対応できるように人を1人増やしておくぞっていう人件費を払うと潰れる。だから社会にいいことやろうとしすぎると潰れるって話だと思うんです。ですよね。だからこれ結局資本主義的に利益を追求していくことと社会の公益が合致しているんじゃないか。ある大企業になるとそこがバランスするんじゃないかなっていうのがその事件で思ったことで、だからそこがバランスする大企業は公益性あることした方がいいし、そうでもない人は必ずしもそうしなくても良いっていう話なのかなってちょっと思いましたね。
だから堀元さんは合理的配慮とかバリアフリー化みたいなのを経済性の観点からも説明ができるんだっていうことですよね。
そうだね。そう。
うん。経済合理性は実はあるんだよっていう風にその問題を捉えたってことですね。
そうだね。というかそうやって捉えられた方が僕としては嬉しい。
ま、そうですよね。分岐点も分かりますからね。
そうそうそうそう。だしてさ、なんかそれいい話だと思うのよ。利益追求ってすごい反道徳的な響きなんだけど、結局利益追求していくと道徳的なことやった方がいいんじゃないのっていう話になるって結構綺麗だなと思う。
ま、そうですね。実際その理念ではなかなか人が動かないですからね。経済合理性があるっていう方が人は動きますからね。
うん。そう。そう考えた時に僕の会社ペダンティックも圧倒的に人に見られる仕事だと思うんだよ。その辺の街のおっちゃんとかに比べたら、僕ってかなり何十万人の人の目が届いている会社なので、そういう意味でも女性枠の導入ってかなり意味があるというか、利益規模の割には相当やった方がいい部類の会社なんじゃないかっていうことを思って、やった方がいいのかなって悩んでたみたいなとこはありますね。
ああ、なるほどなるほど。分かってきました。堀元さんは従来の議論とは異なる観点で、その企業のレピュテーションリスクとか社会的な感度とか、こういったものもある程度資産価値に還元するという前提に立った時に、企業の規模、資本金のサイズ感とかとは別で、その業種業界とかっていうのも1つ勘案すべきポイントで、YouTubeとかクリエイターの事務所業はその意味では公益的な判断をするのを早めるべき業界なのではないかと。だからこそ自分は新しいパーソナリティの募集の際に女性枠を設けるのを逡巡したんだというお話ですね。
そうですね。ま、なんかごめん。これだけ言ってるとさ、経済合理性のみから僕がそう思っている感じになりそうな気するんだけど、それは違ってて、スタートとして道徳的にそうあった方がいいっていう直感なんですよね。でも僕は結局それが経営の論理と合致してる方が美しいし、続くし。
ま、あと従業員さんに対しての説明もしやすいですよね。社長が自分の思想だけでこれやったんだって言うと、思想的に合わない人はガーンってなるけどってのもありますよね。
そうだ。そして僕は経済のシステムが好きなので、そこに上手にビルトインされているものの中でやれた方がいいなって思っていて、で、なんかやれそうだぞって思っていた。でも結局なんか結論としてまだそのフェーズじゃないなってなってしまったっていう感じですかね。
なるほど。じゃあ今の話から話を大きく戻すと、吃音当事者の方が面接に来るってなった時の合理的な配慮っていうのが、先ほど言ったように過重な負担じゃない範囲でっていう、何を言ってるのかよくわからないようなもやっとした言葉でしたけど、ま、それを考える1つの基準として、その事業者の思想とは別に、レピュテーションリスクによる経済的な価値損失っていうのも勘案すると見通しが良くなるんじゃないかっていう話ですね。
うん。そうだね。そしてそれは、そうなっていてほしいっていう僕の資本主義擁護者としての魂もそう言っているみたいな感じですね。
その堀元さんの理屈で言うと、映画館に行ってこんな対応をされたっていうツイートはあった方がいいって感じですね。
そうそうそう。だからその方がいいんじゃないかなって思ってるし。だからそれで言うとね、僕がこの女性枠設けた方がいいんじゃないかって思ってるのも叩かれてるからなんですよ。ネットで結構叩かれてて、なんかフェミニズムの話みたいのしてるけど、実際に出てるパーソナリティに女性が全然いないじゃんっていうのはその通りだなと思ってるし、僕も何とかした方がいいなと思ってるから、それはあった方がいいって感じですね。嫌だけどね、叩かれんの嫌だけど、叩かれてる方が健全な状態だなと思ってます。
そうですね。だしその人が言ってることまあ合ってるもんな。
ま、そうだね。そうだなって思ってるから。うん。言われんの嫌だけど、そうだなっていう。だから言い続けて欲しいなっていう気もします。
うん。そうですね。
最後にもう1個だけ論点出してもいいですか?ここまではフィラーに関する議論でしたよね。もう1個、面接に対しても僕思うところあって、面接って全然正しく人の能力測れねえよっていう話もあるんですよね。
うん。それはめっちゃそんな気します。
具体的に堀元さんどういう点でそう思います?
なんかの本で読んだことあってさ、結局面接で人の資質を見たよって言って通したやつ、全然面接官の評価と合致してないみたいな研究あったよね。
そう。はい。面接を行った候補者の評価とその後のパフォーマンスの相関係数は0.28。
全然見れてないな。
ですので、面接で2人の候補者を判断して、堀元さんがこいつがいいって言った人が本当にいい確率は大体58%から61%ぐらいですね。
ほぼ五分五分だね。
これなんでかって言うと大きく2つありまして、1つはですね、面接官ってなんと第1印象を持つんですね。そして第1印象を確かめる質問をいっぱいします。
こいつはいいに違いないと思ってね。うん。いいこと返ってきそうなのをいっぱい聞くんだ。
散々、きっと前の会社でも優秀だったんでしょうみたいな。ここまで露骨ではないにせよね。そういうことを聞いちゃうわけですね。例えば、だから内向的で口下手な人が来たとしたら、過去にチームで働いた経験はありますか?チームでうまくやっていきましたかみたいなことをしつこく聞いちゃう。
あ、マイナス評価しようとしてるね。
けれども陽気な候補者にはこういうのは割愛するかもしれないですよね。で、さらにですね、面接官はですね、目の前にいる候補者について辻褄の合った像を形成しようとするというバイアスもあります。
っていうのはどういうことですか?
こんな実験があるんで、ちょっと聞いてもらいますか?面接官と候補者っていう被験者を連れてきて、面接官にはイエスかノーで答えられる質問だけしなさいっていう風に言います。で、候補者の一部に対しては、質問に対して思ってることじゃなくてランダムにはいかいいえで答えなさいっていう指示を出します。だから全然辻褄が合わないような回答するわけですよね。
めちゃくちゃなこと言うわけだね。
だからその実験を作った人は、途中で面接官が怒り出すだろうっていう予測をしたんですよ。
うん。おかしいやついるじゃねえかっていうね。
そしたらですね、面接何事もなく終わりまして、面接官に聞いたらですね、候補者は非常に誠実に質問に答えていましたみたいなこと。
あれ、ランダムでイエスかなんか言ってんだよね。
はい。
全然誠実に答えてないじゃん。
これだからね、星座と一緒です。ランダムな星のパターンに図形を見出すのと一緒で、ランダムなはいかいいえに対して、それが矛盾ない形で整合する像を作り出すんですよ。
なるほどね。だから例えば、旅行好きですかって聞いて、はいって言ったら、あ、じゃあアクティブで外交的な人なのかなと思って、人と話すのは好きですか?いいえ。あ、じゃ1人旅が好きなんだなみたいな、書き換えてくんだ。
これ、ダニエル・カーネマンらが書いた『NOISE』っていう本の下巻で、この面接が全然人のパフォーマンス評価に役立たないって話が散々出てくるんで、気になった方それ見てもらえればいいんですけど、つまり面接がそもそも公平なジャッジの手法では全然ないんだって前提も知っといてほしいんですね。
そう。それはね、めちゃくちゃ思ってました。会社経営してて、人と会って話してもあんまよくわかんないから、タスクやってもらった方がいいなっていう。マジでさ、動画編集者さんの募集とかさ、実際に編集してもらった動画が何よりもその人のやる気とか能力を雄弁に語るなってむっちゃ思います。面接しても何もわかんないです。
ま、そうだよね。面接で動画編集者の人はわかんないかも。確かにね。ま、難しいのは、堀元さんみたいな会社だったらそれでいいんだけど、一般企業っていうのはね、ポテンシャルだけ見て採ってるんですよね。
ああ、それめっちゃ難しいね。
だから大学4年生に、お前編集者志望なんだ、じゃあなんか1個記事書いてこいって言ってもわかんないですよ。
生の素質が。ま、みんな書けないなって言って終わりそうだね。
はい。でも世の中の編集者って大体、自分で書いた経験があって、デスクに直される経験を積むと、なんかそれなりの文章書くようになるんですよ。それなぜかと言うと教育されるからです。なので、僕がいる出版社とかでは今原稿が書けるかとか、そういう能力は全然見てないから、堀元さんの会社とちょっと事情は違うと思うんですけど、さらにですね、人間には流暢性バイアスというバイアスがございまして、
ペラペラ流暢に喋るとなんか正しそうみたいになっちゃうってことね。
はい。これと今の面接の話をガチャンと合わせると何が起きるかというと、流暢に喋る人見て第1印象で、あ、優秀そうって思いますね。で、その後面接官はその優秀そうって思った自分の第1印象を確かめる質問を繰り返します。で、ああ、やっぱり優秀だったわって言って採ります。
ほな流暢なやつだけ採用されるな。
せやねん。
ああ、
これがね、酷なとこですよ。
面接全然意味ないっすね。
僕はこの仕組みを利用した結果、会社に入ったとも言えます。
お前流暢だもんな。
流暢です。
あ、じゃあ流暢性バイアスで入ったんだ。
あ、そう。
大手出版社に流暢性バイアスで勤務した。じゃあ水野さんのプロフィール、次回からそう書いときましょう。現在は大手出版社に流暢性バイアスで入社し勤務って書いときましょう。
あ、そうですね。いいプロフィールですね、それ。うん。ペラペラ喋ることでね、入ってきましたよ、僕は。
ま、結局そうだよな。でもそうなっちゃいそう。いや、なんかさ、俺、面接は最低限の足切りには使えるような気もして、結局さ、人に見られる意識ないやつみたいなのを落とせる気がするんですよね。寝癖ボッサボサの状態で来ましたとか。あと僕どうしてもね、喋り方で気になっちゃうのが、「なんか」が多い人はちょっと気になっちゃって。
「なんか」っていう人。
これってなんか子供の頃からのなんか癖というか、なんかそういうとこあるんですよねみたいな人は、ちょっと僕嫌だなっていう気がして。それ、よく見られようという心がけというか、良い喋り方を探そうみたいな努力してないんじゃないかなって気がしてしまう。
喋ってる内容が良くてもですか?
そうだね。これさ、俺にとっては寝癖ボサボサと一緒じゃないって思えてしまう。
身だしなみを整えるみたいなレベルなんだ。
だと思うけどな。あ、気にならん?
気にならないかと言われたら嘘だとは思いますね。つまり気になる部分はあると思うんですけど、ちょっとこっから結論めいた話してもいいですか?この回を通じて僕が言いたかったことってのは、面接をする上でバイアスがあるってことを理解した上で面接しようよっていう話をしたいんですね。だから「なんか」って言われるとどうしても俺気になっちゃうんだよなっていう気持ちがあることを知った上で、この人が言ってること自体はどうなんだろうって思わないと、近代的な人間としてはまずいんじゃないのって思うんですね。
で、これは「なんか」に限らず、「えっと」とか「あの」っていうとか、あるいは面接中に吃音が出てしまった方がいたとしても、面接中にこんなに詰まるんだったら仕事もできないんじゃないかって思う。これは流暢性バイアスなのだって1回飲み込まないといけないと思うんですね。
はい。
ですから、ちょっと前に、差別的な感情が起こった後にどうするかってのが人間には重要なのであって、差別感情を持たないってことは難しいんじゃないかみたいな話をしたんですけど、それと同様に、この人の話し方はなんとなく苦手だって思った時に、それを1回俯瞰で見て、俺はそういうバイアスがあるんだけれども、面接ではそれを持ち込んではいけないんだって抑制することが面接官に求められることなのかなって思っているっていう感じです。
はい。そう。なんかそれは同意なんだよな。だから僕、「えーと」が多い人はなんか多いなとは思うんだけど、気にならんというか。あ、ま、なんかそういう人なんだなぐらいな気がするんだけどな。
今「なんか」って言いました。はい、どうぞ。
感じ悪。それをやめろって言ってんですよ、僕は。そういうの良くないですよね。その「なんか」が多いからって、それ無能なんじゃないかとか、そういうこと言うのをやめろって言ってんですよ、僕は。
あ、じゃ、俺が言った。俺、あ、俺が言った。俺が言った。あれ、俺揺れてる。言った。どっちだ?
これ詭弁のね、テクニックですよね。なんか俺が悪いのかなって思わせるっていう。今ね、すごいはっきりと言われたからそうなのかもと思いましたけど、苦しいよ。「なんか」っていう人見ると気になるんだよねって言った後、コメント欄で「なんか」ってやったらカウントされるんだよ。で、そのために、あ、「なんか」って言わないようにしようっていう余計な負荷を使うわけですよ。
うん。うん。うん。うん。息苦しくない?それ。
分かるんだけどさ。分かるんだけどね。これ。うーん。
私は自分が綺麗事を言ってるってことは重々承知しています。
ああ。
綺麗事を言った上で、自分の汚い面をメタ的に理解して生きていこうと思っています。
そんな30歳。1995年8月生まれ、2026年5月16日、水野太貴。
え、何、選手宣誓?
あ、はい。誓いました。
誓ったわけですね。なんかね、分かった、分かった、わかった。僕やっぱね、マッチョイズムがちょっとあって、特に喋りの仕事ないし、喋りに隣接した仕事をやろうと言っているやつが、この「なんか」みたいな連発してるとめっちゃ気になるんだよ。
ああ、
プロフェッションとして、お前それなるべくよく聞かせようという努力を本当にしたかと。自分の喋りを聞いて改善できるポイントはないかって探った時に、それ気にならんかったかっていうのが気になってるだけですね。
あ、なんだなんだ。じゃあ全然違う話。そう。一般原則とは関係なかったです。
エンジニアさんとかの採用で「なんか」っていっぱい言ってる人は、どうでもいいことでしょ。
そういうことを言ってるわけですよ、僕は最初から。そういう背景を全く想像しないで、あなたはそうやって言うの苦しいですよとか、その考え方良くないですよって責め立てる。それが正しいですか?はいはい。そういうね、正義で人をそうやって糾弾するその姿勢が正しいとあなたは言うわけだ。
もっともっともっと。子供やめて。そう。パパ持ってやってじゃないで。俺これゲーじゃないから。いない、いないじゃちょない、酒ない。酒飲んでるわけじゃないです。いないないとかでもないです。
いや、今良かったですよ。
そう、それが言いたかっただけですね、僕。
なるほど。じゃああんまり僕らすれ違ってないんじゃないか。
そう、そう、そう。だから最近の採用でそれがちょっと色々気になったよっていう。それが言いたかっただけ。
その面接してたんだもんね。あ、ごめん、ごめん。その前提条件がないから。
そういうことですよ。その前提条件。その人にもそういう背景があるんじゃないかということに想像を巡らすのが大事ということが言いたかったわけでしょ。ずれてないでしょ。
あ、それはそうかも。僕もポッドキャストで「なんか」ってめっちゃ言う番組があったら、確かに抑制的にした方が聞きやすいなと思うから、それはそうかもしれない。
ちょっと長くなっちゃいましたけれど、議論がだいぶ拡散したので、最後にまとめて終わります。まず吃音の当事者にとってはですね、フィラーは白杖のようなものだと言える。
目の見えない方の白杖ってのは、地面をカチカチ叩きながら進むやつですよね。
はい。そうですね。みたいに、自分が喋る時に安全を確保するというか、喋りやすくするためのものなので、極言すると、面接でフィラーを言うなっていうのは、吃音当事者にとっては白杖を視覚障害者から取るみたいなことに近くなっていくっていう論点があります。で、これは面接を受ける上で一部の吃音を持った方に対する話で、ここについてはまず合理的配慮っていう観点も必要だと思うっていう話をしました。
続いて、じゃ、吃音当事者でない方はどうかと言うと、何も準備せずに来た人ってのは確かにフィラーをよく出す可能性は高いだろうと。で、ただし、よくフィラーを出す人が何も準備してないとも限らない。あくまでこれも傾向の話なので、必ず成り立つ一般法則ではないんだと。で、それから、よくフィラーを出すからと言って無能であるとは限らない。流暢に話すことと能力ってのは基本的には関係がないが、人は流暢に話す人を優秀だと思ったり、正しいこと言ってるって勘違いするバイアスがあるということを知っておきましょう。
そしてここまでの3回で吃音に関して話してきましたけれども、文献読んで思ったのはね、非吃音者の心持ちでどうにでもなると思うんです。
うん。
吃音当事者はうまく話せないことで恥をかいたり嫌な思いをしてきてると思うんですけど、これって流暢に話せる人たちがからかったり嫌そうにしたりしたから、不安に思ったり恥じたりしたんですよね。
これ、障害の個人モデルと社会モデルって知ってますか?
あ、知らないです。
障害って昔は個人に帰属するものだとされていた。だからこの人はこういう属性とか特性を持っているから障害者なんだというのが個人モデルだったんだけど、社会モデルってのは、その人を取り巻く社会によって障害が生まれているっていう考え方ですね。だから有名な話だけど、僕なんかはメガネがない時代だったら弱視の人間とか、視覚障害を持った人間とされてたけど、メガネってテクノロジーがある社会にいるので障害者だと扱われていないっていうのが典型的な例ですね。
それと同様に吃音っていうのも、吃音をからかったり、おっせえよ、早く喋れよっていう人がいなければ、別にただの喋り方の個性に過ぎないんじゃないかとも思うんですね。で、そこでちょっと私が書いた本の話になるんですけど、我々は平均0.2秒でターン交代、Aが喋り終わった後に話者Bが喋るっていう交代をしてるんですけど、これ僕早えなとも思うし、この0.2秒っていう数字、世界平均で0.2秒なんだけど、必然性は別にないと思うんです。0.2秒である合理的な理由があるわけでもなくて、平均取ったら0.2秒だったなっていう話だと思うんですね。仮に0.2秒以上かかって少し待つからって言って、なんか損することあるかって思うんです。別にそれでものすごく損するってわけでもないと思うんですよね。
ま、そうだよね。満員電車に駆け込み乗車してさ、1秒遅くするとさ、何百人分の1秒が失われるとかね、その理論ありますよね。だから人類全体として1時間損失してるからえげつない罪だみたいな話ありますけどね。なんであれ足すんでしょうね。
学校でもさ、水野君が静かになるまで1分待ちました。
あるね。30人いるから30分損失しましたって言うけど、1分じゃないって。
まあ、みんなの1分ですよね。その論法はまだ計算方式意味わからんでもないけどさ、実際2人で会話してる時のさ、0.2秒だろうが0.5秒だろうがさ、ほとんど一緒だよな。大勢待たされてるわけでもないから損してないですよね。
ていうかね、だからこのターンテイキング0.2秒ぐらいだよねっていう社会が出来上がってるから、遅い人が遅いとされているだけだと思う。で、僕、吃音について調べた時に知りたかったのは、当事者の方ってどうされたらありがたいんだろうっていうことを知りたかったんですね。で、ある当事者の人は助け舟を出されるとありがたいっておっしゃってると。
悩んでる時に、それってこういうことですか?みたいな。
言えなくて詰まってる時ですね。あ、あ、あってなってる時に、あ、明日ってこと?みたいに言ってくれるとすごい助かるんだっていう人もいるんですけど、嫌がる人もいる。
うん。今言おうとしたのにみたいな。
そう。あと間違ってたら訂正する必要があって余計に手間だし。だからどうすればいいのって思ったんですけど、で、これの解決策を見つけまして、待つっていう。
あ、そうか。助け舟を出すわけでもなく、出さないわけでもなく、ただ待つ。
うん。そしたら困んないすね。
まあ、そうか。別にどっちのタイプの人だろうと快適に喋れるわけだね、それで。
だからね、僕はね、会話を待つ社会を作りたいです。
うん。なるほど。
早い、早いせいで吃音とか非流暢の人が目立ったり、優秀じゃないとされる社会になってしまっていると思うので、それを流暢だからと言って下駄を履いてきた人間としては、こういう社会は変なんじゃないかと思うという、
うん。
そういう話を最後にしたかったんですね。だからこの『会話の0.2秒を言語学する』に、この辺の議論ちょっと出てくるんですけど、「言葉をうまく伝えられずに悩むあなたに送る」って書いてるんですけど、これ半分嘘でして、本当に読んで欲しいのはですね、言葉をうまく伝えられて悩んでないあなたに読んで欲しいんですよね。
ああ、そっちなんだ。ま、そうだよね。早く喋れよっていう圧をかける方に読んでほしいんですね。
そう。だから本当はこれ、企業の面接とかやってる人に読んで欲しくて。
じゃあ書名違うな。『会話の0.2秒を言語学する』だとその人に届かないから。
秒の言語学とかってこと?どうする?
いや、違う違う違う。『最高の新入社員が取れる面接手法』とかにしよ。全然違う内容書いてあるけど、タイトルと表紙だけそれっぽくして騙して売っちゃいましょう。
羊頭を掲げてビーフジャーキーを売ってるな、それ。違いすぎるか。さすがに肉ですらないもんな。
確かにちょっとそれまずいかもしれないです。え、でもじゃあ帯変えた方がいいんじゃない?
はい。え、どうすんの?みんな買ってねとか?
つまんねえ。いや、じゃなくて、その「面接をするあなたに送る」とかさ。
ああ。うん。うん。
なんかそういうのにした方が良くない?
あ、じゃあ堀元さんが推薦帯で、「面接官なんですけれども、これで世界観が変わりました」みたいなことをでっち上げてもらって。
それ嘘やな。それただの嘘やな。全然何にもなってないな。そう、言い訳のしようもないね。
誰かがそれ呟いてくれたらいいね。誰かがそれを呟いてくれたら、そしてそれがバズったらいいよね。
めちゃくちゃPRするな。すごいな。
いやいや、独り言しただけですね。カメラ目線で独り言言っただけ。
誰かが面接をしてるんだよな、それ。
読んで採る人が変わりましたとかっていう風に呟いて、それをできたらプロモーションのブーストとかかけてバズったら、そんな社会がいいよね。
ひどいな。今、めちゃくちゃ宣伝してくれることをアピールしながら、そんな社会がいいよねって言った、こいつ。すごいなお前。
ねえ。うん。ね、じゃ、待ち望むよね。
ねえじゃなくて。
そんな社会を待ち望むよね、人は。
うん。
うん。ま、ともあれ、本当に実際少しでも会話を待てる人が増える社会になってほしいとは僕は思っているので、そしてそういう思いを込めて書いたのが実はこの本の裏テーマでもあったので、今回の議論に関心のある方とか是非読んでいただければ嬉しいなと思います。
ぜひぜひ、面接などやる機会ある方はお手に取っていただきたいですしね。
え、面接インフルエンサーのあなたもね、是非ですね。
はい。採用コンサルとかね、読み終わった後にね、感想をね、ついツイートしてしまう可能性もあるわけで、そんな社会っていいですよね。
そしてこの本も公開されてる頃には刊行1年ぐらい経っていると思うから、その時までに10万部刷りぶすになってる、そんな社会って望ましい。
ちょ、ちょ、それお前の目標それ。
印税がっぽがっぽ入ってる、そんな社会が。
ちょ、それ個人的な目標だから。さっきまではさ、一応その本売りたいとさ、その社会がこうなったらいいなが混ざってたけどさ、今の完全に欲でしたよね。
酒池肉林を、
だめ、だめだ。
心の底から堪能する。
この本売った結果、酒池肉林を堪能しようとしてんの。
そんな社会が欲しいよね。
絶版です。もうこの本絶版です。酒池肉林のためって言ったらこの本売っちゃだめです。出版社の社会的責任として売ってはいけません。
失礼しました。ま、酒池肉林をやろうとはしてないので。てかなんなら10万部行ったら、僕は言語学とかにまた寄付しようと思っているんで。
うん。それはそれで酒池肉林しろよという気もしますけどね、僕は。
あ、好感度上げすぎている。
そう。なんか腹立つなっていうのはありますけどね。
あ、でも僕買いましたよ。麻雀の全自動卓。
ちょい酒池肉林。しょぼい名前の贅沢。
ちょい酒池肉林。そうね、ちょい酒池肉林もしてるってことですね。ちょい酒池肉林もしつつ、言語学とかに寄付なんかもしていきますので、概要欄、コメントから皆さん是非こちらの本お買い上げください。
あとこのシリーズの参考文献になったものを合わせて概要欄に書いておきますので、是非気になった方読んでいただければと思います。
はい。あと結構長い議論だったので、皆さん思ったことあるかと思いますので、感想のコメントをどしどしお寄せください。
そうそうね。教えてください。多分僕らだけではカバーできてなかった論点とかもあると思うんで、是非教えてください。
以上で終わりにしましょう。ありがとうございました。
ありがとうございました。
堀元さん、今僕と会話してますよね。今応答してくれましたけど、この応答までの時間が平均0.2秒だという研究があるんですよ。このわずかな間に、実は驚くほどの高度な処理とか複雑な駆け引きが起きている。そんなことを本気で書いた1冊、『会話の0.2秒を言語学する』が好評発売中です。概要欄からお買い求めください。
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