日本刀で斬られると人体はどうなるのか――切れ味の伝説と材料の限界
VAIENCE バイエンス時代劇や創作では、達人が抜刀した瞬間に相手の体が真っ二つになる場面がよく描かれる。今では武術や美術品として扱われることの多い日本刀だが、動画はまず、日本刀がもともと戦闘の道具であり、多くの命を奪ってきたことを確認する。そのうえで「もし日本刀で斬られたら体はどうなるのか」を問い、金属組織、皮膚や骨の強度、実際の症例報告をもとに伝説を検証する。動画の結論は、日本刀は人を殺傷できる危険な武器だが物理的な限界は超えられない、というものだ。一方で、日本刀の価値は別のところにあるとも主張している。
日本刀を日本刀たらしめる鍛冶法
日本刀と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、刀身が湾曲した打刀や太刀だろう。ただし動画によれば、形状や大きさ、作られた時代によって種類はさまざまで、脇差、剣、薙刀も日本刀に含まれる。動画は日本刀を「日本に古来から存在する鍛冶法で作られた刀剣」と定義し、日本刀の本質はその鍛冶法にあると述べる。
自然界の鉄は酸素などの元素と結合していて、そのままでは金属の性質を示さない。金属の鉄を取り出す技術が製鉄で、日本ではたたら製鉄がよく知られている。多くの日本刀は、たたら製鉄で得られる玉鋼という鋼から作られる。鋼は鉄と炭素の合金の総称だ。刀鍛冶は玉鋼の炭素量のわずかな違いを感覚で見分け、刀の形になるよう配置する。そこから折り返しなどいくつもの工程を経て、日本刀が完成する。
焼き入れが生む硬い刃:マルテンサイト
刀の目的は人や物を切ることなので、物に触れる刃先は硬くなければならない。刀工は炭素量の調整や不純物の除去に加え、高温から急冷する焼き入れによって、表面に鋼の中でも特に硬い組織を作り出す。
動画の説明はこうだ。熱した刀身を水に入れると表面は急激に冷え、鋼の中の炭素が集まる時間がない。鉄の組織に取り残された炭素が楔のように働き、組織同士が滑らなくなるため、非常に硬い構造ができる。これがマルテンサイトで、動画は現在の鉄鋼でも使われる最も硬い鋼の組織構造だと紹介する。鋼のミクロな組織を調べる手段がなかった時代に、日本の刀工は経験と鍛錬でこの答えにたどり着いた、というのが動画の評価である。
柔らかい芯のパーライトと刃文
ただし、硬いだけの刀剣は脆く、すぐに折れてしまう。日本刀の内部は外側よりゆっくり冷えるため、炭素が鉄の組織から抜け出して集まる時間がある。その結果、鉄の多い組織と炭素の多い組織が層になったパーライトができる。パーライトはマルテンサイトより柔らかいが、しなやかで靭性がある。中身がこの組織でできているので、日本刀は比較的折れにくい。
動画は、この発想自体は日本特有ではなく、他国の刀鍛冶も同様の刀剣を作ったことがあると断っている。日本刀の特徴は、それをこれほど大規模に生産した点にあるという。さらに、硬いマルテンサイトと柔らかいパーライトの境目には、日本刀の特徴である美しい刃文が現れる。数百年にわたる刀工の工夫が、実用性と芸術性の両方を高めてきたと動画は述べる。
正宗と村正
正宗や村正は、多くの名刀を残したとされる刀工だ。動画によれば、正宗については確実に本人の作と断定できる刀は現存しない。一方、村正の刀は何本も現存しており、中には現代科学で刀身を分析されたものもある。後半の検証では、この村正の分析結果が使われる。
最初の防壁としての皮膚
生身で刀を受けるとき、人体でほぼ唯一の防御になるのが皮膚である。動画によれば、皮膚は人体の柔らかい組織の中で最も機械的な力に強い。部位によって違いはあるが、皮膚は一定方向に引っ張られたような状態にある。張力の方向を示すランゲル割線が無数に走っており、それに沿って切るのは簡単だが、横切る方向に裂くのは一気に難しくなる。
動画が紹介する研究では、胸の皮膚を貫通するには最大261Nの力が必要だという。これは27kgの重さを一点に押し付ける力に相当する。動画は、この程度なら日本刀は軽く突破するだろうと見ている。
反りと引き切り、その下の組織と血管
日本刀の多くは刀身が反っていて、まっすぐではない。動画はこれを、刃を押し当てるだけより前後に押したり引いたりする動きを加えたほうが、少ない力で切れるためだと説明する。反った刀身では、皮膚に当たった点を起点に、押し当てる力に加えて押し引き方向の力も自然にかかる。皮膚だけではこれを止められないだろう、と動画は述べる。
皮膚を越えると、内部の組織はほとんど抵抗なく切られるという。皮下脂肪はほぼ無抵抗で、筋肉も鋭い刃の前では簡単に切断される。命の危険はこの段階から生じる。人体には皮膚のすぐ下に重要な血管が通る箇所がある。脳へ血液を送る首の総頸動脈や、太ももの内側の筋肉の下を走る大腿動脈がその例だ。これらが切れると出血性ショックに陥り、何もできないまま死に至るだろう、と動画は説明する。当たりどころが悪ければ、皮膚を貫いた刃物は簡単に命を奪えるということだ。
骨は斬れるのか
では、創作によくある「刃物で骨を断つ」場面は可能なのか。動画の見立てでは、伝説級の日本刀でも骨の切断は難しい。
根拠の一つが、先の村正の分析研究である。刀身の外側がマルテンサイト、つまり鋼の中で最も硬い組織であることは確かめられている。しかしマルテンサイトは脆い。動画によれば、骨を破壊するのに必要な力は最低でも900〜1200Nで、92〜122kgの重さを一点にかける力、大人一人分の体重を一点に集中させるくらいに相当する。振り下ろした日本刀のエネルギーがこの水準に届いてもおかしくはない、と動画は認めている。
問題は刀身の側にある。硬い骨に突然当たった衝撃で刃が欠け、最悪の場合は刀身に亀裂が入る可能性もあると動画は指摘する。伝説とされる刀でも組織構造は他の日本刀と同じマルテンサイトであり、切れ味が鋭くても材料特性の制約が先に来るだろう、というのが動画の考えである。
症例報告が示すもの
動画は実際の症例報告も紹介している。酒に酔った末の喧嘩で、男性が日本刀で襲われて死亡した事件だ。頭部や頸部に少なくとも23か所の傷があり、頭蓋骨は一部欠損していた。僧帽筋、頭板状筋、頭半棘筋など多くの筋肉が完全に切断されるほどの凄惨な状態だった。それでも、何度も刀を打ちつけられたにもかかわらず頸椎は無事だったと報告されている。動画はこれを、日本刀で骨まで切断するのは極めて困難であることの裏付けとして扱っている。
伝説と実像、そして制約の中での最適解
以上から動画は、日本刀は簡単に人命を奪える危険な兵器だが、物理学の限界を超えることはできないと結論づける。脆いマルテンサイトで刀身ができている以上、創作のように次々と人を斬り刻むことはできない。動画はさらに、かつての戦場でも日本刀が主役だったことはなく、敵に近づいたときの攻撃手段であって、何人も斬ることは想定されていなかったと述べる。
では日本刀は、誇張された伝説が独り歩きしただけの骨董品なのか。動画の答えは「否」である。近代的な設備も分析機器もない中で、何百年もかけて積み重ねた経験と知恵がマルテンサイトとパーライトの組み合わせにたどり着いた。この点が特筆に値すると動画は評価する。
動画は、現代の技術を使った現代刀が、組織構造の活用、徹底した不純物の除去、焼き入れや冷却のタイミングなどあらゆる面で当時の日本刀を上回っていてもおかしくないと認めている。ただしそれは現代の材料工学の知識を総動員した結果だ。人の手で実行できる範囲で、現代の工業製品とさほど差がないことのほうが驚くべきだ、と動画は述べる。
日本刀が他の刀剣とどう違うのかという問いに対して、動画は「性能そのものではなく、制約のもとでの性能」と答える。分析機器も材料工学の知識もなかった時代に、人の感覚だけで現代科学と同じ最適解に至った。動画は、その事実こそが日本刀をただの兵器ではなく、人類の知恵の結晶、ひいては芸術品へと押し上げているのではないか、という問いかけで締めくくっている。
時が止まったようにたたずむ達人。殺気が放たれた刹那。すでに事は終わっています。あれ?
人体は真っ二つに切られ、音を立てて地面に横たわります。達人の手には光る日本刀。日本刀といえばこのような光景を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
近年においての日本刀といえば武術や芸術品として扱われることが多くありますが、かつてはそうではありませんでした。忘れてはならないのは、日本刀は間違いなく戦闘のための道具であり、多くの人間の命を奪ってきたものでもあります。もしあなたがその脅威にさらされたとしたらどうなるのでしょうか?日本刀に残る数々の伝説の真偽に迫ります。今回は日本刀で斬られるとどうなるのかについてご紹介したいと思います。
皆さんが日本刀と聞いて真っ先に思い浮かべるのは刀身が湾曲した打刀や太刀でしょう。しかし日本刀にはその形状や大きさ、作られた時代などによって様々なものがあり、脇差、剣、薙刀なども日本刀に分類されます。日本刀とは日本に古来から存在する鍛冶法により作られた刀剣のこと。そしてその鍛冶法が日本刀を日本刀たらしめていると言っても過言ではありません。
現代の文明社会には欠かすことのできない金属である鉄。しかし自然界に存在する鉄は酸素など他の元素と結合しており、金属としての性質を示すことはありません。この状態から金属の鉄を取り出す手段を製錬と呼び、世界各地で発達しました。日本においてはたたら製鉄が有名でしょう。多くの日本刀はたたら製鉄により生産された玉鋼と呼ばれる鋼から作られます。鋼とは鉄と炭素が混ざった合金の総称のことです。その玉鋼から刀鍛冶が炭素量のわずかな違いを感覚で見分け、刀の形になるように配置。折り返しや素延べなどいくつもの複雑な工程を経て日本刀が完成します。
日本刀の目的は人や物を切ること。そしてそのためには物に触れる部分、つまりは刃先が硬くある必要があります。刀を作る職人である刀工は炭素量の調整や不純物の除去だけではなく、高温の状態から急速に冷やす焼き入れにより、鋼の中でも硬い組織を表面に生成させています。数百度に熱した刀身を水の中に入れると表面は急激に冷却され、鋼の中にある炭素が集まる時間がありません。鉄の組織の中に取り残された炭素がまるで楔のような役割を果たすことで組織同士が滑ることがなく、非常に硬い構造が完成します。この構造の名前はマルテンサイト。現在の鉄鋼でも使われる最も硬い鋼の組織構造です。鋼のミクロな組織など調べようがない時代に、日本の刀工は経験と鍛錬によりこの答えにたどり着いたのです。
とは言え硬いだけの刀剣はもろく、すぐに折れてしまいます。それに対し日本刀の中身は外側と比較してゆっくりと冷えるため、鉄の組織の中から炭素が抜け出し、炭素同士で集まる時間があります。鉄が豊富な組織と炭素が豊富な組織の2つが層状になった構造。パーライトと呼ばれる、マルテンサイトと比較すると柔らかいもののしなやかで靭性のある組織が生成します。中身が柔らかい組織でできているため、日本刀は比較的折れにくいのです。これは日本特有のものではなく、他の国の刀鍛冶たちも同じ発想の刀剣を作成したことはありますが、これほどまでに大規模に生産されたのが日本刀の特徴です。さらに硬いマルテンサイトと柔らかいパーライトの境目には、日本刀の特徴の1つである美しい刃文が形成されます。数百年に及ぶ刀工たちの努力と知恵は、日本刀の実用性だけではなく芸術性も高めているのです。
画面の前のあなたも、日本刀には興味がなくとも正宗や村正という名前を聞いたことがあるかもしれません。これらは現在に至るまで歴史に名を残す刀工であり、多くの名刀と呼ばれる日本刀を世に送り出したとされています。正宗に関しては確実に正宗が作ったと断定できる日本刀は現存しませんが、村正に関しては何本も現存します。その中には現代の科学により刀身を分析されたものも存在します。もしこれらの伝説級の日本刀にあなたが斬られたとしたらどうなるのでしょうか?創作でよく見られるように、あなたの体は真っ二つに切れてしまうのでしょうか?切れ味が抜群と言われる日本刀で試し切りをしようではありませんか?
生身で日本刀を受けることとなったあなた。あなたのほぼ唯一の防具はその皮膚です。人体にある柔らかい組織の中で最も機械的な力に強いのが皮膚。人間の皮膚は場所によって異なりますが、一定方向に引っ張られているような状態です。そして実は皮膚にはランゲル割線と呼ばれる張力の方向を示す線が無数に走っており、それに沿って切ることは簡単ですが、ランゲル割線を横切るような形で皮膚を裂くのは一気に難しくなります。ある研究によると、胸の皮膚を貫通するためには最大261Nの力が必要とのこと。これは27kgの重さを1点に押し付ける力ですが、この程度であれば日本刀は軽く突破してくるでしょう。日本刀を観察してみると、多くのものは刀身が反っており直線ではないことがわかります。これは刃物を使って物を切る時には、ただ刃を押し当てるより前後に引いたり押したりする動作を加えた方が必要な力は少なく済むためです。日本刀の場合は刀身が皮膚に当たった場所を起点として、押し当てる力だけではなく押す・引く方向の力も自然にかかります。人間の皮膚だけではこれを止めることはできないでしょう。
皮膚が突破されると内部の組織はほとんど抵抗なく切られてしまいます。皮下脂肪はほぼ無抵抗。筋肉も鋭い刃の前ではいとも簡単に切断されます。この時点からあなたには命の危機が発生する可能性があります。人体は皮膚のすぐ下に重要な血管が配置されている箇所があります。脳へ血液を運ぶ頸部の総頸動脈。太ももの内側の筋肉の下を走る大腿動脈。それらの血管が切断された場合、大量出血による出血性ショックにより、あなたは何もできないまま命を落としていくでしょう。まさに当たりどころが悪ければ、皮膚を貫通した刃物はいとも簡単にあなたの息の根を止めることができるのです。
その一方、骨はどうでしょうか?創作ではしばしば骨を刃物で切断するような場面が描写されます。果たしてそのようなことは可能なのでしょうか?残念ながら伝説級の日本刀であっても骨を切断するのは難しいと考えられます。先ほど紹介した村正を分析した研究においては、刀身の外側の部分はやはりマルテンサイト構造、鋼の中で最も硬い組織であることは間違いないのですが、もろいことには変わりはありません。振り下ろした日本刀のエネルギーは骨を破壊するためのエネルギーに到達してもおかしくはありません。ある研究によると、骨を破壊するのに必要な力は最低で900Nから1200N。分かりやすく表現すると92kgから122kgの重さを1点にかける力であるため、大人1人分の体重を1点に集中させるほどの力でしょうか。しかしそれで刀身が無事かと言うと、それはまた別の話。突然硬い骨に当たった衝撃は骨の代わりに刃を欠けさせ、最悪の場合刀身自体に亀裂が入る可能性もあるでしょう。伝説と謳われる日本刀であっても、組織構造はマルテンサイトと他の日本刀と一緒です。切れ味が鋭くても材料特性上の制約が先に来ることでしょう。
ある症例報告によると、酔った末の喧嘩により男性が日本刀で襲われ命を落としてしまったという悲惨な事件が発生しています。頭部や頸部への少なくとも23箇所の傷、頭蓋骨の骨が一部欠損、僧帽筋、頭板状筋、頭半棘筋など多くの筋肉が完全に切断されるまでに至ったという、酔った勢いとはにわかに信じられないほどの凄惨な状態。しかし、何度も日本刀を打ち付けたにも関わらず、頸椎は無事だったことが報告されています。つまり日本刀を用いて骨まで切断するのは極めて困難なのです。
このように日本刀は簡単に他人の命を奪うことができる危険な兵器です。そして同時に、日本刀であろうとも物理学の限界を超えることはできません。もろいマルテンサイトで刀身が構成されている限り、創作のようにスパスパと人を切り刻むことはできないのです。事実、かつての戦場においても日本刀が主役だったことはありません。日本刀は敵に近づいた時に攻撃するための手段であり、何人も斬ることを想定していなかったのです。
それでは日本刀は誇張した伝説が一人歩きした哀れな骨董品に過ぎないのでしょうか。その答えは否です。日本刀は近代的な設備や分析機器が全くない中、何百年もかけて紡がれた経験と知恵がマルテンサイトとパーライトの組み合わせに至ったという点で特筆に値します。人の感覚で鋼の性質を見抜き、それをどう組み合わせ、どのように熱して冷ませば理想の刀身を得ることができるのか。確かに現代技術を駆使した現代刀の方が、当時は未知だった組織構造の利用や徹底的な不純物の除去、完璧な焼き入れ、冷却のタイミングなど、あらゆる面で当時の日本刀を上回ったとしてもおかしくはありません。しかしこれは現代の材料工学の知識を総動員した結果です。人の手で実行できる中で現代の工業製品とさほど差がないということは驚くべきことでしょう。
日本刀は他の刀剣と何が違うのか。その答えは性能そのものではなく、ある制約のもとでの性能にあります。分析機器も材料工学の知識もなかった時代に、人の感覚だけで現代科学と同じ最適解にたどり着いた。その事実こそが、日本刀をただの兵器ではなく、人類の知識の結晶、ひいては芸術品へと押し上げているのではないでしょうか。
今回のバイエンスはここまで。またお会いしましょう。
記事公開
