保険会社の技師ウォーフは、なぜ「言語が思考を決める」という仮説で名を残したのか

YouTubeで開く ↗
概要

ゆる言語学ラジオのこの回は、「サピア=ウォーフの仮説」の実質的な提唱者ベンジャミン・リー・ウォーフを取り上げる前編である。解説役の水野は、ウォーフがどんな経歴の人物で、何を根拠に言語と思考の関係を論じたのかを紹介する。聞き手の堀元は、ウォーフが有名になった理由を現代のインフルエンサーになぞらえながら話を聞いていく。ウォーフへの批判は次回に回されており、今回はウォーフ自身の主張を中心に扱っている。

12分で読めます

「エンプティ」と書かれたドラム缶

水野は冒頭で、ある火災保険会社の職員が言語学を変え、その流れが現代まで続いているという話を持ち出す。その職員は保険会社の仕事として火災の原因を調べていた。そこで、原因のひとつがドラム缶に書かれた「empty」という文字だと気づいたという。

中身の重いものが入っていないという意味で「エンプティ」と書かれたドラム缶にも、実際には揮発したガスが残っていた。ところが人々は文字を見て「何も入っていない」と受け取り、タバコやマッチを投げ入れてしまい、それが火災につながっていた。この経験から、言葉は人々の思考や認識に大きな影響を与えると考えたのがウォーフである。水野によれば、ウォーフは言語学者とも呼ばれるが博士号は取っておらず、保険会社の職員だった。

仮説の中身と名前の由来

堀元はサピア=ウォーフの仮説を「言語がみんなの思考を決定するだの影響を与えるだの」と説明し、水野はこれを肯定する。この仮説には解釈の幅がある。言語が思考を完全に決定するという「強い立場」と、言語が思考や認識に影響を与えるという「弱い立場」だ。水野は、この仮説を映画『メッセージ』で知った人も多いだろうと述べる。そのうえで、次回以降に映画を見直して言語学の視点から感想を話す回を撮りたいと予告している。

水野によれば、この仮説を実質的に唱えたのはウォーフであり、サピアではない。しかもウォーフ自身は「サピア=ウォーフの仮説」とは呼んでおらず、「言語的相対論」や「言語相対論」と呼んでいた。サピアはウォーフの師匠のような人物で、後世の人が二人に共通する考え方をまとめてこの名前を付けたという。

さらに水野は、サピア自身の書き方も一枚岩ではないと指摘する。サピアにはこの仮説にあたる考えへの言及が4つあり、うち2つは消極的、2つは積極的な書き方をしている。そのため、どちらとも取れる。これに対し、ウォーフははっきり積極的な立場を取っていた。

先駆者は多いのに、なぜウォーフが残ったのか

言語が思考に影響するという考えは、ウォーフやサピアが最初ではない。水野は、カント、フンボルト、サピアの師匠であるボアズ、ドイツ系のヴァイスゲルバーらも同様のことを述べていたと挙げる。

それでもウォーフの名が残った理由を、水野は「バズったから」と説明する。ウォーフは、当時としては先進的な考えを、直感的に面白く理解できる形で、やや過言気味に書いた。その結果、広く受け入れられたという。堀元はこれを聞いて「現代のインフルエンサーと全く一緒」と反応し、同族嫌悪を感じると笑った。水野が「ウォーフに学ぶバズり方」として見れば自分の仕事に生かせると返すと、堀元もそれに同意した。

平凡な学生、評判の高い保険技師

ウォーフは1897年にアメリカで生まれ、1941年に50歳を前にして亡くなった。水野はその経歴を「異例」と表現する。ウォーフはMIT(マサチューセッツ工科大学)で化学工学の学位を取って卒業し、その後は火災保険会社で技術系のポストに就いた。そして亡くなるまでその仕事を続けた。大学教授にはなっていない。MITでの成績は平凡で、英作文やフランス語の授業でも評価は良くなかったと水野は紹介する。

一方で、本業の保険技師としての評判は非常に高かった。コネチカット州にある大規模で複雑な化学工場を検査した際、ウォーフは工程が危険だと判断した。そして、安全にできるようになるまで製造を止めるべきだと経営陣に伝え、改善方法も提示した。経営陣はこれを受け入れて改善を行っただけでなく、改善後も再稼働を遅らせ、ウォーフが現地で「これなら始めて大丈夫」と確認するまで待ったという。化学製品の製造者のあいだでウォーフの評判は高く、営業もできた。ある公立学校から火災予防の検査を頼まれたときには、提出した報告書が学校の運営委員会を感心させた。その結果、それまで取引の少なかった自分の会社が、学校の保険の管理者に任命されたというエピソードも紹介された。

ウォーフは1日8時間働きながら学問上の業績を出した。水野が読んだ本の解説には、その業績が多くの教授に匹敵する時期もあったと書かれているという。研究職のポストを提供する申し出もいくつかあったが、ウォーフは断っている。仕事に就いているほうが生活が楽で、自分の知的関心を好きなように伸ばす機会が多い、というのが理由だった。雑誌編集者を本業とする水野は、自分の関心を追うためには働いていたほうがいいという点に強く共感すると語った。

宗教と科学からヘブライ語、そしてアステカ語へ

ウォーフが言語に向かったきっかけは、言語そのものではなかった。まず科学と宗教の対立に興味を持ち、それを入り口にヘブライ語の研究を始めた。そこからメキシコなどで話される言語の書記体系へと関心が移る。博物館の専門家や考古学者と手紙でやり取りするようになり、1928年にはメキシコ中央部で話されるアステカ語の文献学に関する初めての論文を発表した。

大学の成績が平凡だったことについて、水野は、MITで化学工学を学んでいた当時はそこまで興味がなかったのかもしれないと推測する。ただし、学生時代の様子は自分が調べた範囲では出てこなかったと留保している。関連して水野は、以前番組に来たゲストの研究者が、40代半ばになって初めて主体的に取り組みたい研究テーマ(プロジェクションという概念)に出会ったと話していたことを引き合いに出す。20代でテーマが見つかっていなければならないというのは変だ、という意見である。水野自身も大学時代はあまり勉強せず、卒業後に学び始めた。高校の日本史の先生から「日本史が面白いとわかるほど精神的に成熟していなかった」と言われた経験を明かし、学校の先生には態度の悪い生徒を見捨てないでほしいと話した。

サピアとの出会いと「アマチュア」であること

ウォーフはさらに言語にのめり込み、短い休暇を取って妻と義母を連れてメキシコを訪れた。首都で専門家に助言を求めながら、現地の言葉を研究したという。

転機はアメリカに戻った後の1931年である。イェール大学でサピアがアメリカ先住民の言語に関する講義を開き、ウォーフはこれに参加した。そして1939年にサピアが亡くなるまで参加し続けた。ウォーフは働きながらイェール大学の博士課程に入学したものの、学位を得ようとはしなかったようだと水野は述べる。サピアの体調が悪化した時期には、ウォーフが言語の講義を担当することもあった。それでもウォーフはアマチュアの身分を保つことを好んだ。

堀元は、博士号はあればあるほどいいのに不思議だと反応する。これに対し水野は、二人とも読んだ『在野と独学の近代』を挙げる。日本では博士号や大学教授が憧れの対象とされるが、同書に出てくるヨーロッパでは、むしろアマチュアの方が上だという価値観があった。学問で生計を立てる者が見下された歴史があり、教授は意外と偉くなかったという話である。水野は、「アマチュア」は語源的には「愛する人」を意味すると指摘する。そのうえで、日本語の「素人」の感覚でウォーフを理解するとずれが生じるだろうと述べた。二人はスポーツでも職業選手より愛好家のほうが上とされた話が同書にあったことを思い出し、そこからSNSの「プロ」と「アマ」をめぐる冗談に脱線していく。

ホピ語の調査とMITの雑誌に書いた3本の論考

ウォーフの研究で最も有名なのはホピ語である。ホピ語はアリゾナ州の先住民の言語だ。ウォーフは1930年代初期にニューヨークで、そこに住むホピ語の母語話者を研究対象として、ホピ語に関する論文をいくつか書いた。そこでの発見が、サピア=ウォーフの仮説の基盤になったと水野は説明する。メキシコから戻ってサピアに出会ったこと、そしてニューヨークでホピ語話者を調査したことが、ウォーフにとって非常に大きかったという。

堀元は、この仮説は「日本人は虹を7色と習うから7色に見え、5色とする文化では5色に見える」といった色の例から来たものだと思っていたという。水野によれば、自分が読んだ文献でよく出てくるのは、むしろホピ語の話や、雪を表す言葉が多い言語の話だという。

ウォーフは晩年、MITの科学雑誌『テクノロジー・レビュー』から研究成果を発表するよう依頼を受けた。そして人生最後の2年間で、専門外の読者を対象に3本の小論を書いた。サピア=ウォーフの仮説を説いたものとしてよく引用されるのはこれらの論考である。水野は、広まったのが学術論文ではなく、同窓会誌に書かれた一般向けの文章だという点に注意を促した。堀元は、学術論文はわかりにくいので、噛み砕いた一般向けの文章がバズるのはよくあることだと応じた。

ホピ語には「時間」がない、という主張

ここから水野は、ウォーフの主張の中身に入る。ウォーフはまず、ホピの人々は時間の認識が我々とまったく異なると述べた。英語話者にとって時間とは、ひとつの滑らかな連続体である。それは等しい速度で未来から現在を通って過去へ進む。あるいは観察者が過去から未来へ向かって進んでいく。ウォーフは、こうした捉え方がホピにはないと言う。

ウォーフの記述によれば、ホピの人々は、未来の多くの部分は正確な形ではないにせよ基本的にはすでに前もって準備されていると考えている。堀元はこれを「予定説みたい」と表現した。またウォーフは、ホピの時間は主観的なものから客観的な結果へと、運動を伴わずに次第に進んでいくとも書いている。

ウォーフがそう考えた根拠は、ホピ語の時間の表し方が英語とまったく違うことにあった。ウォーフによれば、ホピ語には「時間」という名詞がない。過去・現在・未来や持続・継続を直接指す語も、文法的な形態も、構文も、表現もない。ホピ語は英語のような時制を持たず、世界を「現れたもの」と「現れつつあるもの」の2つのカテゴリーで捉えている、とウォーフは主張した。

堀元は最初、なぜ主観と客観の話になるのかと疑問を示した。水野は、現れつつあるものは現在や未来にあたり、現れたものは過去にあたると説明する。時間を川にたとえ、川上を未来、川下を過去とすれば、主観的な「現れつつあるもの」がやがて客観的に確定した過去になっていく。堀元はこれを自分の例で言い直した。「今夜は肉じゃがが出てきそうだ」というのは主観で、実際にはカレーが出てくるかもしれない。出てきたカレーはもう客観だから、過去のほうが客観なのだ、と。水野はこれを受けて、不確定な世界から確定した世界へ移っていくのがホピの時間だとウォーフは言っているのだとまとめた。堀元は、もしそうならホピの人々はとても面白い捉え方をしていると感心した。

ショーニー語:枝をよけることと、余分な足の指

水野によれば、ウォーフはアメリカ先住民の言語に興味深い文法的事象を見つけ、そこから話者の世界観を導くということを著作でよく行っている。水野が特に面白いと感じた例は、「私はその枝を脇へやる」と「私は足に余分な指が1本ついている」という2つの文である。

堀元はこの2文はまったく似ていないと答える。しかし北米先住民の言語であるショーニー語では、この2つがきわめてよく似た形になるという。水野は正確な発音がわからないとして表記をテロップで示した。どちらも冒頭の「私は」にあたる部分が一致し、違うのは最後の部分だけである。枝と指というまったく違いそうなものが、ひとつの要素でまとめられている。ウォーフの説明では、その要素は分岐した輪郭のようなイメージを指しており、枝も、足に余分な指が1本ついている状態も、そのように見えるということになる。ウォーフは、仮にショーニー語話者の論理学者や観察者がいれば、この2つの現象を本質的に似たものとして同じ部類に入れるだろうと述べた。

堀元の反応は「そう言われたらそうか、ぐらい」というものだった。枝と余分な指はやはり全然違うし、そもそも足に余分な指が1本ついている状況がピンとこない、と懐疑的な様子も見せた。

ヌートカ語:英語では同じ構造の文が、まったく別の文になる

ショーニー語の例は、日本語や英語では違う文が、ある言語ではほぼ同じになるというものだった。ウォーフは逆向きの例も挙げている。英語の「The boat is grounded on the beach(ボートが岸に乗り上げている)」と、「The boat is manned by picked men(ボートには選りすぐった人が乗り込んでいる)」である。manは乗り込むという意味の動詞、picked menは選り抜きの人々を指す。どちらも「The boat is + 受け身 + 前置詞 + 名詞」という同じ構造をしている。

ところがヌートカ語では、この2文がまったく異なる形になる。両方とも同じ音で終わるが、ウォーフによればそれは3人称直説法の印にすぎない。文全体として重なる部分は何もない。堀元は、両方にボートが出てくるのだから、せめてボートの部分は共通していてほしいと驚いた。

ウォーフの記述によれば、1つ目の文は直訳すると「それは岸にあって、あらゆる点でカヌーの運動のようである」といった意味になる。2つ目の文は「彼らは選ばれた者からなる乗組員としてボートに乗っている」という意味になるという。

水野は、こうした例を通じてウォーフが投げかけているのは次のような問いだと説明する。ある言語で似て見える事象が、別の言語ではまったく違う形で表されるのなら、言語をもとに組み立てた論理や観察は怪しいのではないか。堀元は「バズりそう」と反応し、言われると確かに、人によって見ている景色が違いすぎるのではないかと思えてしまうと述べた。

次回はウォーフへの批判

水野は今回の内容を、ウォーフがどんな生涯を送ったか、何を主張したかの2点だったと振り返った。そして、自分たちとまったく違う言語の例を出されると説得されてしまうと述べた。次回は、ウォーフに向けられた手厳しい批判を扱うと予告している。

堀元も、確かにバズりそうではあるが、その見方が本当に正しいのかという気持ちもあったので、批判の話を聞きたいと応じた。水野は視聴者に対し、ここで「ウォーフの言っていることは正しい」と結論を出さず、次回まで判断を保留してほしいと呼びかけて前編を締めくくった。