弁護士・弁当・花弁の「弁」に共通する意味はあるのか:漢字の合流が生んだ多義性
ゆる言語学ラジオ「ゆる言語学ラジオ」のこの回では、水野太貴さんが「弁」という漢字を取り上げ、堀元見さんと議論する。弁護士、弁当、花弁、調整弁と、「弁」は互いに関係のなさそうな熟語に使われている。多義語には共通する「核のイメージ」があるというのが番組でこれまで扱ってきた説明だが、水野さんは今回、「弁」にはその核のイメージが存在しないと主張する。理由は、もともと別々だった複数の漢字が、戦後の国語政策で一つの字形にまとめられたことにあるという。
多義語を「核のイメージ」で説明してきた前提
水野さんはまず、番組の初期に扱った英語の spring を振り返る。spring には「春」「バネ」「泉」という一見無関係な意味がある。しかし、春は生物や植物が芽吹く時期であり、バネは飛び跳ねるもの、泉は水が噴き上がるものだ。どれも「勢いよく跳ね上がる」という共通のイメージを持っている。多義語は、一つの核となるイメージから連想ゲームのように意味が派生したもので、個々の意味が違って見えるだけだ、という説明である。
今回はこの考え方を漢字に当てはめる。水野さんは複数の意味を持つ漢字の例として「楽」を挙げる。「音楽」「楽団」のような音楽関係の意味と、「楽しい」「楽(らく)」のような意味がある。「音を楽しむから音楽」という俗説もあるが、水野さんの記憶では、「楽しい」から「音楽」の意味が出てきたわけではなかったはずだという。そのうえで本題として取り上げたのが「弁」である。
「弁」を含む熟語を並べてみる
二人は「弁」を含む熟語を挙げていく。堀元さんがまず挙げたのは「弁護士」で、続く「イソ弁」「ボス弁」も弁護士の意味だった。弁護士以外には、物を壊したときの「弁償」、AとBがまったく違うものだと区別する「弁別」、口が達者なことを表す「弁」、花びらを指す「花弁」がある。さらに「調整弁の役割を果たす」のような言い方や、心臓の「弁」、中国の髪型の「弁髪」もある。
核のイメージを問われた堀元さんは、弁護や弁論が「論じる」ものであることから、半ば冗談で「裁判」を核に据える説を組み立てた。調整弁が壊れて損害が出れば裁判になる。社会的な事件では弁護士が「手弁当」で弁護するから弁当も裁判の「弁」だ。ヘーゲルの弁証法も、弁別も、裁判で争える。水野さん自身、この説で納得する人はいないだろうと返し、辞書を引くことになった。
諸橋大漢和を引くと「冠」が出てくる
水野さんが持ち出したのは、漢和辞典のなかでも「大辞典」にあたる『大漢和辞典』(諸橋轍次)の第4巻である。全12巻に補巻などが付く大部の辞典だ。「弁」の項に載っていた意味は、1番目が「冠」、2番目が「早い」、3番目が「恐れる」、4番目が「打つ」、5番目が地名で、6番目は堀元さんには読めなかった。
冠の意味で「弁」を使う例として、水野さんは「武弁」を挙げる。冠をかぶる武士、つまり武人を指す語で、小型の辞典にも載っているため、この意味は現代にもいちおう残っているという。
ただ、この項には弁護士や弁論のように、二人がよく知る熟語が出てこなかった。最初に紹介されていた熟語は「弁纓」で、意味は冠の紐である。堀元さんは「1個目に載せる熟語がこれか」と不満を述べた。水野さんは、漢字に詳しくない人が「弁」の意味を調べようとすると、こういうことが起きるのだと説明する。
漢字ペディアの整理:四つの意味
次に参照したのは、日本漢字能力検定協会がWebで公開している「漢字ペディア」である。こちらの記述はもっと簡潔で、「弁」の意味は大きく四つに分けられていた。
- わきまえる、分ける、処理する(弁別など)
- 花びら。また、液体や気体の出入りを調整するもの(花弁、調整弁など)
- 語る、話す、述べる。また、言葉遣い(弁護士、弁論など。水野さんは「名古屋弁」の「弁」もこれだろうとする)
- 冠(武弁など)
堀元さんは、大漢和でも最初に出てきた「冠」を核とする説を立て直す。花びらは花にとっての冠のようなものだし、物事をわきまえて分けるのは冠をかぶった偉い人の仕事で、弁論も偉い人がするスピーチだ、という理屈である。ここで先ほどの裁判説は捨てた。
しかし水野さんの答えは「核のイメージはない」だった。堀元さんは、いつものように「核はこれだ」と納得する流れを待っていたと抗議する。水野さんは、核のイメージがないのに多義的な字がなぜ存在するのかこそが面白い問いなのだと返し、ここから理由の説明に移る。
新明解国語辞典の「正字は○○」という記述
水野さんが手がかりに選んだのは『新明解国語辞典』の「弁」の項である。そこには意味ごとに「正字は○○」という形で、見慣れない字が添えられていた。一つ目の意味、つまり理屈に合うものとそうでないものを区別する「弁別」などには、ある正字が示されている。別の意味、つまり「こういう事情である、理屈からいえばこうでなければならない」と相手に負けずに言う「弁解」「弁護」などには、また別の正字が示されている。
水野さんによれば、「正字」とは国が定める正しい字体のことである。一般には中国の『康熙字典』に採用された字体を指すとされるが、ここでは国が正しいとした字体とざっくり理解すればよいという。「正字は○○」という書き方は、もともとはその字だったものが、ある時期に国が定めた現在の「弁」に合流した、ということを示している。
合流した元の字は次のとおりである。「辛」を二つ並べ、その間にカタカナの「リ」のような形(刀)を挟んだ「辨」は、わきまえるという意味を持つ。辛の間に「瓜」を挟んだ「瓣」は花びらを意味する。辛の間に「言」を挟んだ「辯」は言うという意味である。「辨」と「瓣」は真ん中の部分が違うだけで、見た目の印象はかなり近い。
堀元さんはここで理解する。核のイメージはもともとなく、まったく違う字が合流したから多義的に見えるのだ。そして「全然違う字をまとめたらまずいのではないか」と疑問を口にする。水野さんは、実際に当時も同じように憤った知識人がいたと述べて、歴史的な経緯の説明に入る。
当用漢字表と漢字廃止論
水野さんによれば、戦前から「漢字は多すぎる」という風潮があった。画数の多い難しい字も多い。漢字廃止論もあり、「郵便の父」とされる前島密もその論者だった。
この流れは戦後に本格化する。水野さんの整理では、識字率を上げたい、教育を効率化したいという目標があり、数が多く複雑な漢字を減らして、最終的には廃止しようという方針だった。その段階として1946年に制定されたのが「当用漢字表」である。「当用」は「当面用いる」という意味で、つまり当面使う漢字のリストだった。
水野さんは当時の論として次のようなものがあったと紹介する。敗戦のタイミングで、こんなに多くの字を覚えているのが悪い。民主化には、アルファベットのように音だけを表す表音文字を使うのがよく、表意文字である漢字を使っていてはいけない。GHQの影響もあり、漢字が多いから民主化しなかったのだという論まであった。
この当用漢字表の制定で、「辨」「瓣」「辯」がすべて、もともと冠を意味していた「弁」に合流させられた。背景には、くだけた場面では冠の「弁」を略字として使う実態がすでにあったことがある。一方、公的な文書ではきちんと字を使い分けていた。それを内閣がまとめてしまったのだと水野さんは説明する。
堀元さんはここで、「完璧」の「璧」が下を「土」ではなく「玉」と書く字で、「壁」とは違う点を持ち出す。多くの人が書き間違えているのだから合流させればいいと、以前から主張しているという。水野さんは、「完璧」は傷のない美しい玉を指すので意味はずれると断ったうえで、堀元さんがこの意見を1940年代に言っていたら実際に合流していた可能性は十分あると応じた。
大漢和の別の巻に載る「辯」と、弁護士・弁理士の違い
こうした経緯を踏まえると、大漢和の記述がおかしいわけではないと水野さんは言う。第4巻に載っていたのは冠の「弁」で、第10巻を引けば他の字も載っている。字そのものが違うため、巻も別になるのである。第10巻の「辯」の項には「説く、語る」といった意味があり、「弁解(辯解)」や「弁護士(辯護士)」も載っていた。堀元さんは、弁護士が本来「辯護士」と書かれていたことに驚き、画数の多いこの字を名刺に書かれたら怖くて弁護を断る、と冗談を言った。
水野さんはさらに、似た職業の「弁理士」を例に挙げる。弁護士は「辯」で書く。弁理士も「辯」で書けるが、「辨」で書くこともある。大漢和の「弁護」には「辨」の形が載っていないため、両者の扱いは完全には同じと言えないという。同じ法律関係の仕事なのに字が違えば混乱する、と堀元さんは話す。
弁髪の「弁」も本来は別の字で、辛を両側に置き、真ん中に「糸」を書いた「辮」である。正確に言えば、「辨」「瓣」「辯」「辮」、そして冠の意味の「弁」がすべて合流したのが、いま学校で習う「弁」だということになる。堀元さんはこれを、平成の大合併で複数の市町村が一つになって、さいたま市ができたようなものだとたとえた。
水野さんは、合流の実態としては手書きの省略があったが、根拠は字形が似ていることだったのだろうと言う。辛で挟んでいる字は全部これでいい、という発想だ。そして、発音が似ているから「猫」も「下戸」も全部「猫」でいい、と言うようなものだとたとえた。堀元さんは、酒が飲めない人とにゃあにゃあ鳴く生き物を混ぜたらまずいと返した。
合流で区別できなくなった「弁言」
正字体を定めたことで、意味を区別できなくなった熟語もあると水野さんは指摘する。例が「弁言」である。冠の「弁」で書く「弁言」は序文、つまり前書きを指した。一方、「辯言」は口が達者であることを意味した。両者が同じ「弁言」になったことで、序文と口達者というまったく違う意味を持つ一つの熟語が生まれ、文字どおり「弁別」できなくなった。
当用漢字から常用漢字へ
水野さんは、漢字廃止を視野に入れた「当用漢字」がその後どうなったかにも触れる。漢字は廃止されず、1981年に「常用漢字」が定められた。小中高で習う字とおおむね重なるものの、そのすべてを習うわけではないようだと水野さんは補足する。名称は「当面用いる」から「常に用いる」へ変わった。当用漢字から常用漢字に至る間に、漢字廃止はさすがに行き過ぎだという方向へ意見が傾き、現在では常用漢字が使われている、というのが水野さんの説明である。当時の知識人が真剣に漢字廃止を論じた経緯も面白いので、別の機会に扱いたいとも述べた。
「芸」と「藝」:芸亭はなぜ「うんてい」と読むのか
「弁」以外にも、無理やり複数の字形を合流させられた漢字がいくつかある。水野さんがまず挙げたのは「芸」である。日本史を選択した人なら「芸亭(うんてい)」という名称を聞いたことがあるはずだという。奈良時代にできた、日本最初の公開図書館とされる施設だ。
「芸」から草冠を外すと「云々」の「云」になり、「うん」と読めそうである。水野さんによれば、「芸」の最も古い読みは「うん」で、ある種の香草を指していた。その香りが虫よけに使われたことから芸亭と呼ばれたらしいという。堀元さんは、その理屈なら虫よけを置いた図書館はみな「虫コナーズ館」になると言い、名付けた石上宅嗣に怒ってみせた。水野さんは、石上宅嗣もおそらく中国の伝統に沿って名付けたのではないか、ただ詳しい経緯は知らない、と付け加えている。
一方、文藝春秋の「藝」は、草冠の下に「埶」を書き、さらにその下に「云」を書く、画数の多い字である。これは「芸(うん)」とは別の字だが、真ん中の部分を取ると「芸」の形になる。この二つが合流したのが現在の「芸」だという。
堀元さんは、「弁」のグループは似た字が三つほどあったからまとめたくなるのもわかるが、「芸」と「藝」はだいぶ違うので、まとめるには腕力が要ったのではないかと疑問を述べた。水野さんは、個々の字体について一つずつ裏を取ったわけではないと断ったうえで、略字として使う習慣があったものを正字体に定めたというのが大筋の経緯であり、世間では楽をしたいときに勝手に「芸」の形で書いていたのかもしれない、と答えた。
「欠」と「缺」:あくびは何が欠けているのか
堀元さんは、「欠如」や「欠損」の「欠」を使って、なぜ「欠伸(あくび)」と書くのかと問う。あくびをして何かが欠けることはない、というわけだ。
水野さんによれば、四画の「欠」の本来の意味は「不足すること」や「伸びをすること」で、大元の意味はむしろ「あくび」の方である。一方、「一部が欠ける」という意味は、「缶」に「決」の右側の部分(夬)を合わせた「缺」が担っていた。水野さんは、「不足する」と「欠ける」は違う意味だと強調する。ガラスが欠けている状態は、何かが不足しているわけではないからだ。この「缺」を四画の「欠」に合流させ、それを正字体としたことで、「欠」があくびも欠損も表すようになった。水野さんは、漢字を見て「意味が多くてややこしい」と感じるとき、それは日本側の歴史的な経緯で生まれた現象である場合がある、とまとめる。
ここで堀元さんは、そもそも「欠」一字のなかに「不足する」と「伸びをする」が同居しているのも変ではないかと指摘する。水野さんは、漢字学を体系的に学んでいないので自信はないと前置きしたうえで、一つの可能性を示した。漢字ができる前には音声言語があり、誰かが字を当てようとしたとき、同じような音で異なる意味を持つ語を一つの字にまとめることが、漢字の成立段階でもあったのではないか。ただ、この点は中国語の歴史に詳しくないと正確には言えないので、ふわっとした言い方にとどめるという。そのうえで水野さんが面白いと感じているのは、漢字を輸入した日本の側で、日本のローカルな事情によって不可解な現象が起きている点である。
「核のイメージ」以外の説明ルート
終盤で水野さんは、漢字の多義性は、英語の多義語ほど理不尽に感じられていないのではないかと述べる。「欠」のように一字に最初から二つの意味があるような例に慣れているため、英語の spring を見て「こんなに違う意味があるのか」と驚くことはあっても、漢字にいちいち目くじらを立てることはない。堀元さんも、漢字とはもともと意味がいっぱいあるものだと思っていたと応じた。
水野さんは自身の経験も語った。中学生のころ、「易」が「い」と読めば「易しい」、「えき」と読めば「交易」のような交換の意味になることに気づき、なぜこの二つが同じ字なのかと考えた。しかし、手の届く文献でよい答えを見つけられず、そのままにしてきたという。この問いはこの回でも解決していない。一方で「弁」については、日本側があるタイミングで字を束ねたという事情があるので、なぜこれほど多様な熟語に使われるのかがある程度説明できる。水野さんは、多義語は本質的な核のイメージによって説明できる場合だけでなく、こうした別のルートで説明される場合もある、ということを持ち帰ってほしいと締めくくった。
堀元さんは、雑学の型はほぼ出尽くしたと思っていたが、今回は新しい型だったと評価した。最後に水野さんは、弁護士・弁当・花弁・勘弁などを束ねる「弁」の意味を、「字形が似ている字をまとめた日本の都合」と言い表した。
ゆる言語学ラジオ。これまでゆる言語学ラジオで多義語について扱う回ありましたね。すごい初期の頃にね、英語のスプリングが春、バネ、泉っていう全然関係なさそうな意味を持ってるの、これ何でなのかって話しましたよね。
ありましたね。その時の説明覚えてます?なんだっけ?なんか生き生きとして飛び跳ねるみたいなイメージじゃなかったっけ?あ、そうですね。おっしゃるように、春ってのは生物だとか植物がそうやって芽吹く時期だし、バネってのもこうビヨンと飛び跳ねるイメージだし、泉ってのもこう吹き上がっていくイメージで。全部一緒だね。
はい。つまり共通の核のイメージがあって、そこからいくつかの意味が派生し、それぞれが違ったように見えるだけであって。連想ゲームみたいなもんだね。はい。っていうような話をしましたね。
その時は英語でしたけれども、今回考えたいのは漢字ですね。うん。漢字って複数の意味を持つものいくつかありますよね。例えば楽しいっていう字って、音楽とか楽典とかね、楽器みたいにこうなんか音楽関係っぽい意味もあれば、楽とか楽しいみたいな全然違う意味。そうですね。持ってますよね。
まあ、でも音を楽しむから音楽なんだとか言いますけどね。うん。まあ、あの楽っていう字っていうような意味があるからなので、やっぱ楽しいとは確か無関係だったはず。楽しいから音楽じゃないんだね。はい。だったはずですけれども、今回考えたいのがですね、お弁当の弁の字ですね。はあはあはあ。こいつすごい多義的なんですよね。はあ。
ちょっと熟語いくつか考えてみましょうか。弁の字が入る熟語どんなのがありますか?はい。弁護士。弁護士。はい。でもお弁当と違うな、これ。お弁当と違うね。本当だね。あとは弁ね。あ、磯辺揚げの入った弁当。あ、磯。あ、それじゃなくて、あの、居候弁護士。なるほど。あ、イソ弁ね。ボス弁とイソ弁って言ったりしますよね。これ全部弁護士です。
弁護士から離れてみましょうか、1回。え、弁護士ばっか出てくるの?小正義官。うん。それ弁論なのだからずっと弁護士なんだよな。例えば物壊しちゃってそれをする時の弁償とか弁とか、それからAとBってものは全く違うものなんだっていう時に、弁。弁別とか言いますね。言いますね。
それからよく口が回るなお前って時に弁とかね、言いますし、あとそれから花びらのことを花弁。本当だ。理科で習うので。調整弁の役割を果たすとかっていう時にも弁って出てきますね。ああ、そうだわ。あるある。心臓の弁が病気になってうまく機能しないとか言いますもんね。
そうですね。はい。では今挙がった熟語の核となるイメージは何ですか?うわ、むずい。え、なんかさ、でも結構法律っぽいやついっぱいあるイメージなのよ。はい。はい。だから法律でいけるなって。弁護とかね。うん。弁論とかね、はいけるんだけど。
であとあれだ、弁償とか弁もさ、なんかその裁判っぽいから、なんかその口論の末にたどり着くものみたいなイメージでくくれるかなって一瞬思ったけど、弁当意味わかんないね。弁当意味わかんないですね。花弁も意味わかんない。花びら。花弁謎ですね。で、あとその調整弁もよくわかんないし。うん。うん。
あとあれもありますよね。弁髪みたいな。中国の髪型のね、弁髪とかもありますけどね。まあ、だから分かりました。裁判です。核となるイメージ。核となるイメージ。はい。裁判です。
そのやっぱさ、バルブのさ、調整弁がさ、壊れてたりしてさ、はい。で、損害が出たらそれ裁判になるじゃないですか。その弁も裁判だし。弁当は?社会的事件なんかはね、弁護士さんが手弁当で弁護したりするから、その手弁当の弁です。弁当の弁。裁判の手弁当である、裁判の弁です。なるほど。そういうこと。そういうこと。
ヘーゲルの弁証法とかのあれは?ああ、あるね。まあ、でもそのヘーゲルの弁証法は正しいのかっていう裁判とかできるから。そう、学級裁判みたいなことできるからさ。学級裁判で。弁別はその裁判みたいなところで分ける。そう。AとBは一緒か違うのか徹底討論みたいなことできるから、裁判ですから。
うん。なるほど。まあ、これで納得した人はね、おそらく日本中に1人もいないだろうと。まあ、そうだね。俺も納得してないからね。はい。辞書で引いてみましょう。あ、そう、そう。そういう引いたらいいんですね。
はい。ということでね、諸橋大漢和の4巻持ってきましたので。そう、そう。なんかすごいの持ってきた。でっか。何それ?はい。むっちゃでかい本だ。え、諸橋大漢和っていうの?それ。え、俺もっとなんかさ、あの気楽な漢和辞典想像してたんだけど、ごっついね。
これがあの漢和辞典の中の大辞典ってやつですね。だから日国に相当する国典っていうもので、全12巻プラス索引っていうものの、まあ4巻に弁の字が載ってるんで、ちょっと見てもらいましょうか。堀元さんにね。
はい。重。この辞典重いっす。取り回しが悪い。取り回しが悪い。取り回し悪い。もっとコンパクトなやつ持ってきてほしかった。諸大、諸大はちょっと重いっすね。はい。俺NGかも。
なんて意味が載ってます?1番、冠。冠。え。2番、早い。早い。3番、恐れる、慄くのく。4番、打つ。5番、地名。うん。6番に至っては読めません。これ何?え?むず。何?
ちなみに言うと弁の字を冠で使う事例は武弁っていう熟語があって、武士の武に冠を指す弁ですね。へえ。これあの小型辞典でもこの武士とか武人を指すっていう風に武弁は載ってるので、一応冠の意味を持つ弁の用法は現代に残ってるものはあるっちゃあるんですが。
え、弁護士とか勘弁とか弁とかのあの弁、全然なんかよくわかんなかったな。そうですよね。一応諸橋大漢和にはこの弁の字を使う熟語も載ってるんですけど、その全然僕らが知ってる熟語載ってないわけです。
うん。本当だ。1番最初に紹介されてる熟語がさ。はい。弁。うん。Aってどういう字ですか?糸偏にあの旧字体の桜の右側。ああ。はいはいはい。見たことない字ですね、僕が。うん。うん。まあ、そうでしょうね。意味としては冠の紐。うん。ピンとこんな。
1個目に載せる熟語、これ。何載せて欲しかった?やばくない?いやだ。弁護とか載せてくれよ。そうだよね。何?弁って。初手弁じゃないだろ、絶対。センスないんじゃないですか。おい。なんて。え、センスないんじゃない?この辞典作った人。諸橋。諸橋さん。諸橋さん、ちょっといまいちかも。ちょっと古いかも、頭がやっぱ。Z覚とか入れてもらった方がいいかも。
でも確かに漢字のこと知らない人が弁ってどういう意味なんだろうって言って調べると、こういうことが起きちゃうわけですね。で、だからこの多義性みたいなの全然うまく説明されないと。じゃあね、別の辞書引いてみましょう。
ちょっと今回はWebでも公開されてる、あの漢検がやってる漢字ペディア。うん。うん。ここの記述見てみるともう少しシンプルでして、1つ目の意味、わきまえるとか分けるとか処理するという意味だと。は、弁別の弁な。そうですね。
2番目の意味は花びらという意味だと。うん。あ、花弁だ。花弁ですね。また液体や気体の出入りを調整するもの。うん。ああ、調整弁の弁ですね。はい。
で、3つ目の意味は語るとか話すとか述べるとか。ああ、弁護士とか弁論の弁だ。はい。とか、また言葉遣いってあるので、例えば名古屋弁とかの弁も多分そういうことですね。あ、あら、なんか結構綺麗だな。はい。で、4つ目が冠。ああ、さっきのですね、武弁のですね。
ということで、大きくこの4つの意味があり、それがそれぞれの熟語に使われてるんだという説明があったんですね。で、ところでわきまえると花びらと語ると冠に共通する、その核となるイメージを考えたいわけです、僕らは。わからん。何ですかね。
え。でもさ、この諸橋大漢和にもさ、冠が1番最初に来てたわけじゃん。冠なんじゃない?核のイメージ。え、行けそうじゃね?だってさ、花びらはめっちゃそうじゃん。花の冠じゃん、花びらって。うん。うん。うん。花にとっての冠みたいなもんでしょ、あれ。はい。
わきまえてたり分けたりするのって、その偉い人の仕事だから。あ。冠かぶったやつができるし。はい。はい。弁論とかもさ、偉い人がスピーチしたりするから、冠で説明できんじゃないか。
うん。さっきのあの裁判所の話どこに?急に精度が上がった。その説は捨てます。あ、捨てました。あれはダメでした。なるほど。冠からスタートして全てのものが派生していったと。うん。行けそうじゃない。
核のイメージは冠だと答えちゃうとですね、違って。あ、違うんだ。はい。核のイメージはなんとありません。あえ。話違うぜ。ん。いつもそうじゃなかったじゃん。核のイメージこれですって言って、あ、確かにそうだねって納得するやつだったじゃん。
湧き上がるってイメージから跳ねるとかバネとか泉とか春が出てくるんだ、気持ちいいっていう。そう。でやろうとしてたのに俺。あ、これだったんだっていう驚き待ちだったのに。うん。はいはいはい。え、全く存在しないですね。ないんすか?はい。やだ。
でもこれ、捉え直すと面白くて、なぜ核のイメージが存在しない字が多義性を持っているのかって、捉え直すと不思議ですよね。確かに。まあ、あれですかね。やたら多角化経営するベンチャー企業って核がないじゃないですか。ああいうことなんですよね。
例えばどこか浮かびます?水野さん。そ、メタプラネット。いやいやいや。メタプラネットはね、主力事業であるビットコインの方。ちゃうちゃうちゃう。それ事業じゃないのよ。ビットコイン買ってるだけだからあれ。美容の会社かなんかだったでしょ、あれ確か。あ、そうだったんだ。
うん。コア事業多分美容かなんかだったけど、それ何もやらないで結局ビットコイン買い続けるだけの会社になりましたけどね。僕そういう実業。その、どこがだよ。虚業すぎるだろ。エッセンシャルだなって思います。
だからそういうことですよね。弁ってメタプラネットってことですよね。核なしで周りのものだけが盛り上がっているっていう。うん。あの法務部の方です。はい。ご覧ください。大丈夫だろ?メタプラネットの法務は忙しすぎて、いろんなものの対応で忙しいから、俺に構ってる場合じゃないだろ。怒られるお前みたいなやつは。
ここからはなぜその弁の字は色々な意味があり、それらの大元となる核のイメージがないのかっていうのを説明するんですけど、ちょっとね、小型辞典、今新明解が手元にあるんで、新明解の弁の字の記述ちょっと見てみましょうか。
はい。1番最初によくわかんないこと書いてあるな。何て書いてあります?正字はこの字みたいなの書いてありますね。なんかやたら見たことない字書いてあります。見たことない字だね。正字はこの字。で、その字の後に何て書いてあるんですか?
1番、良いもの、理屈に合っているものと、そうでないものとを区別する。弁別とかですね。はい。そうですね。2番目には何て書いて?何かのように当てる。弁当、弁償。で、その後2番、正字はこれって言って、また別の字が出てきてる。
はで、こういう事情である、理屈から言うとこれこれでなければならんということを相手に負けずに言う。うん。弁解、弁護など。うん。なんかよくわかんないけど正字はなんとかって書いてあって、うん。書いてあるね。なんかやたら難しい字が書いてあります。
ね。これがね、解決の肝なんですね。ほう。正字。正字っていうのは国が定める正しい字体のことで、まあ一般的には中国のね、康熙字典っていう、まあ漢字の字典に採用された字体とされてるんですけど、まあざっくりその国が正しいとした字体だと思ってください。
で、この正字はまるまるって書いてあるのはどういうこと言ってるかというと、元々はこの字だったんですけど、ある時期に国が、僕らが今知ってる弁の字を定めたので合流しました、ということを言ってるんです。
なるほど。もうだから元々は違う字だったけど、今後はこの弁護士の弁で書きましょうってなったってことです。そうです。まさにそういうことで、正しいか正しくないか分けるみたいな字は、辛いっていう字を書いてカタカナのリ書いて、それをまた辛いで挟むっていう、辛いでダブルパンチみたいな。そう、めっちゃ辛そうなリでしたね。すっごい辛い状態にあるリ。
そうですね。そのつらリのやつはわきまえるって意味を持っていた。で、次に瓜を書いてさらに辛いで挟むっていうつら瓜は、花びらっていう意味を持っていて、で、ポイントはつらリとつら瓜、形ほぼ一緒なんですよね。うん。うん。うん。うん。真ん中の部分がリなのか瓜なのかの違いであったと。パッと見の印象はかなり似てたね。
そうですね。そして最後、辛いを言うっていうね、言偏のあの言で挟むがあって、まあじゃあつら言にしましょうか。はい。意味とって意味を。うん。なるほど。言いたいことが完全に分かりましたね。だから核のイメージなんて元々なくて、全く違う字だったものが合流しちゃったから多義になったってことだ。
そういうことなんですよ。困るね。全然違う字まとめちゃまずくない。そうなんですよ。無能だったってことですよね、まとめたやつが。その歴史的な経緯の話、今からしますからちょっと待っといてください。今堀元さんがおっしゃったように、何してくれてんねんていう知識人もいました。あ、やっぱそうなんだ。
はい。そもそも実は戦前からですね、漢字多すぎねっていう風潮があったんですね。昔の字いっぱいあるよな、なんか。いっぱいありますね。難しい漢字ね。字体とかね、すごい画数多かったりするし。で、それから漢字廃止論っていうね。ああ、はいはい。聞いたことある。漢字なんてなくなってしまえというような風潮もあったんですけど。前島密とか言ってた。そうですね。前島密。郵便の父ですね。はい。が言ってましたね。
で、これがね、戦後になってから本格化するんですね。非常にざっくり言うと、識字率を上げたいっていうことと、教育の効率化をしたいとかっていう目標から、数が多くて複雑だった漢字の数を減らして、最終的には漢字を廃止しようと。おお、段階的に廃止。そう。はあ。
と思って1946年に当用漢字表という、まあ漢字のリストが制定されたんですね。当っていうのは当たるに用いる。なるほど。うん。うん。つまり当面用いる漢字のリストだったんです。廃止に向かっていってるわけだ。
そうです。やっぱり敗戦したタイミングで、こんないっぱい字を覚えてるから悪いんだ、民主化するためには音だけを表現した字、アルファベットがそうですよね、ああいう字、そう、表音文字を使うのが良いのであって、漢字は表語文字っていう風に、まあ語を示すような文字だとか言われますけど、表語文字なんか使ってちゃいかんと。
GHQの影響とかもあって、漢字が多いから民主化しなかったんだみたいな、そういう論もあったんですね。ここで弁の字が、先ほど言ったつらリのやつとつら瓜のやつとつら言のやつが、全部冠の意味を指す弁の字に合流させようと決めたんです。
うん。難しすぎて多いから間引くために全部一緒にしちゃったと。そうですね。あと実際カジュアルな場所とかだと、冠の弁の字で略して使われてたって実態があったんです。で、ただまあ公的な文書とかではちゃんと漢字を分けていたと。それを内閣がもうまとめちゃいましょうと、にしたのがこの当用漢字の誕生だったんですね。
うん。俺それで言うとさ、完璧の璧ってさ、壁じゃないじゃん。はい。玉ですね、下が。下が土じゃなくて玉になってるじゃん。あれ合流させた方が良くないってずっと言ってるんだけど。ああ、はいはい。合流しないの?あれ。
まあ、まず完璧の意味自体は非の打ち所がない綺麗な玉っていう宝石のことですよね。そう。意味としてはずれちゃってるよね。壁にしちゃうとずれるからなってないんだと思うんだけど、もうでも実態としてさ、合流させた方が良くない?はい。みんな結構書き間違えてますもんね。
完璧の璧の字を。イメージとしてはだからそういうことで、人々が完璧の璧の字を岸壁みたいなね、壁の字で書いているので、もう玉の方のへきを壁の方のへきと合流させましょうみたいな感じになった。つまり堀元さんの今の意見が1940年代とかに言ってたら、そうなってた可能性全然あると思います。そう、生まれるのが遅かったな。その運動に参加したかったぜ。
はい。なのでここまでの話まとめると、全然違う由来を持っていたそれぞれの字を、1個のまあ画数の少ない字体に合流させたと。だから諸橋大漢和が書いてることって悪くなくて、これ今4巻には冠の弁が載ってたんですけど、10巻を引けば他の弁も載ってるんですよ。
あ、そうなんだ。え、4巻と10巻にバラバラに弁が出てきてる。そうですね。あ、そうなんだ。部首が違うので。へえ。例えばここに言が辛いに挟まってる弁は載ってるんですかね。で、意味もすっごいいっぱい載ってるんですけど、例えばこの5番に説く、語るとか載っているから。うん。弁護士の弁ってことですかね。
そうですね。だから本来言が挟まってた方の弁の熟語がこの大漢和に載ってるので、弁解とかここに載ってますね。ああ、はあはあは。本当だ。そうか。俺、弁って弁護士の弁の字でしか見たことなかったけど、昔はこうだったんだ。そうそうなんです。昔は言の方で書いていたんですね。なるほどね。
あ、本当だ。弁護士も載ってんじゃん。ちゃんとこれだったんだ、弁護士って。そう。こ、こいつ。え、この字のやつ怖くない?仕事。え、弁護士。名刺にこれ書かれてたら、なんか殺されるんじゃねえかと思うよ。画数多すぎて。いや、マジで怖ってなるよ、俺。こいつに弁護され。断るもん、こいつの弁護。
そうですか。もっと言うと、例えば弁護士に似た職業で弁理士って。うん。あ、はい。はい。特許とかね、知的財産のことをやる人ですよね。はい。ありますけど、弁護士は言で書きますね。うん。で、弁理士も言で書くこともあるんですが、カタカナのリの方で書くこともあって。
いや、弁理士の弁理の方は。弁護士の弁と弁理士の弁、違う字で書くことあんの?言だったら両方いけるんですけど、カタカナのリだと弁理士の方にしか使えないとか。え、はあ。ええ、あんなに似た仕事なのに。そうですね。諸橋大漢和には弁護にはカタカナのリの方は載っていないので、うん。扱いが完全に一緒とは言えないですね。
うん。ちょっとあまりに難しすぎるな。弁護士と弁理士なんていう似たようなさ、法律関係の仕事でさ、弁違ったらパニックになるね。うん。そうなんですよね。みんな書き間違えますよね、多分ね。
あとちょっと説明省いたんですけど、辛いを両サイドに書いて真ん中に糸を書いたやつ。これが弁髪の弁、本来の字。うん。まあだからまた違う字だね。そう。だから正確に言うと、カタカナのリ、瓜、言、糸、そして冠っていう意味の武弁の弁の全部が合流したのが、今我々が学校で習ってる弁の字なんですね。
すごいね。大合併だね。そう。平成の大合併の時の市町村ぐらい合併するじゃん。あ、そうですよ。一斉にね、さいたま市とかね、5個ぐらい合併してできたよな。そういう感じですよね。
そうですね。で、しかもその理由が、手書きの省略っていう実態はあったんだけれども、根拠となったのは多分字形が似てるからってことですよね。ね。辛いで挟んでるやつはもう全部これでええやんっていう風になってたわけだから、言うなれば、猫ってニコとかゲコとかと発音似てるから、全部猫でよくねみたいな。
よくない。良くない。下戸と混ぜたらまずいだろ。酒飲めない人とにゃーにゃー鳴く生き物混ぜたらまずいだろ。まあ、でもね、酒いっぱい飲む人のことうわばみって言ったりしますからね。ああ、確かに。蛇も出てきちゃった。もうパニックだね。
うん。まあ、でもそんなようなことを戦後に一気に推し進めたんですね。うん。そしてそれも市町村の合併の理由と一緒だよね。ははは。役所もさ、いっぱいあってさ、こことここ一緒に担当した方がコスパ良くねってなってまとめたわけじゃん。だから同じようなこと人類は何回もやってますね。
そうですね。あともっと言うと、正字体を定めたせいで意味を区別できなくなっちゃった熟語みたいなのあって、弁言っていう、言は言語の言ですね、っていう熟語があったんですけど、冠の弁で書いた弁言は序文のことを指したんだけど。前書きってことかな。そうですね。冠の言葉だからね。うん。
なんだけど、言で挟む弁の弁言は口が達者。ああ、全然違う意味だ。うん。っていうようなことを全部まとめて弁言にしたせいで、序文と口が達者っていう、また全然違う意味を持った熟語みたいなのが生まれちゃう。それが弁別できなくなってしまったわけですよね。
弁別できなくなりますね。北市と同じ現象だね。市町村って合併させた方がさ、より効率化できるかなと思いきや、北市って巨大な自治体を合併させて、むちゃくちゃ長くなっちゃって、こっちのやつとこっちのやつを同じやつが担当しなきゃいけないって言ってパニックになって、今財政破綻直前らしい。え、パニックになってるらしい。
弁より北市が心配。じゃあ確かに笑い事じゃないな。今財政破綻直前らしいすよ。笑い事じゃないっすよ。じゃないですね。ゴミ袋の値段とんでもなく上がってるらしいよ。弁償して弁明しないといけないけどね。本当勘弁してくださいっていう感じですよね。本当にわきまえてほしい。お前次々出てくるな。弁の熟語。やりますね。
で、先ほど当用漢字、それは漢字廃止ってのも視野に入れての名称だったということ言いましたけど、今漢字って廃止されました?いや、全然。そうですよね。結局これ1981年に常用漢字、これは聞いたことありますよね、多分ね。小学校で習う字。
ざっくり言うと、まあ小中高とかで習う、全ての字を習うわけではないっぽいんですけど、まあ大体そういうものだと思ってます。っていうやつが、まあ常用漢字ってイメージね。はい。今度はね、当用から常用ですから。うん。常は常に、日常用いるっていう。
あ、本当だ。当座使うだけだよ、使わなくなるよっていうニュアンスから、ずっと用いるよって変わったね。そうですね。まあ、これは日常用いる漢字として制定されたわけで、だから当用漢字の時から常用漢字までの間で、漢字廃止はさすがにちょっとっていう風に、まあ少し意見が傾いていって、現代では常用漢字が使われるようになっているってことですね。
この辺りの議論の経緯とかも結構面白くて、まあ当時の知識人が真剣にね、漢字なんかがあるからまずいんだって言ってる、その様子とかも今見るとすごい面白いので、これはこれでちょっとどっかでやろうと思いますけど、今回話したかったこととしては、その当用漢字の制定によって弁の字が巻き込まれ、我々にとってはやたらと意味が多いように感じる字が生まれてると。
弁以外にも無理やりいろんな字形を合流させられたっていう漢字っていくつかあって、例えば芸術の芸の字。はいはい。あれ日本史選択した方だとこんな熟語を聞いたことあると思うんですよね。芸術の芸の字に、亭主関白の亭の字で芸亭っていう。うん。知らないわ、俺。
これはね、日本で最初の公開図書館とされている施設、奈良時代にできたもの。うん。あ、そんな昔からあるんだ、図書館って。はい。日本史の授業ってね、日本最初のまるまるはめっちゃ習うので、ここでその芸亭も習うんですけど、なんで芸でうん?あれ本当だ。うんって読むのっていう。
しかも意味的にもね、図書館だと全然芸やってないですね。そうですね。これもやっぱり字形が2個合流していて、よく考えたら芸の字ってさ、草冠外すとさ、云々の云ですよね。あ、本当だ。だ、なんかうんって読みそう。読みそうなんですよね。
なので芸の1番古い読みはうんで、これは一種の香草、香りがする草を指していて、ほう、全然現代と違う意味。その香草の香りが虫除けに使われるっていうところから芸亭と呼ばれるらしいんですけど、まあその細かい経緯はどうでも良くて。
うん。その理屈で言うとね、現代の図書館とかもね、虫コナーズを置いてるだけでね、虫コナーズ館とかになっちゃいますけどね。そんな、元の名付けが悪すぎませんか?いくらなんでも。それは奈良時代のあの、石上宅嗣に言ってください。あ、石上のやつが決めたの。そいつ許せんな。
あ、でもあれかも。石上のやつもちょっと僕経緯知らないけど、中国の多分伝統に沿って芸亭って付けてるんじゃないかな、さすがに。中国のやつのせいか。最初のやつがセンスないな。うん。え、ぶち切れよ、それは。いやいやいや、美しい名前だと僕思いますけど。
タイムマシンが実用化されたら、まずそいつのとこでしばきます。お前なんだその名付けはつって。虫除けのとこ本質じゃねえだろ、図書館で。そう、ぶち切れできます。そうですか。あのお暇なんだなって思いました。
まあ、ともあれ、芸の字は、まあ、うんと読み、それがまあ香草のことを指していたんだけど、それとは別でですね、文藝春秋の藝の字って、なんか画数多くないですか、あれ?あ、ああ、なんか古い字なのかなって思ったけど、なんか変な字だよね。うん。はい。草冠に執念の執を書いて、その下に云々の云を書くっていうね。うん。ああ、なんか複雑だね。か、すごいな、あれ。
はい。あれ、芸と別字なので。なるほど。だ、それも合流しちゃったんだ。でも真ん中の部分取ると芸になりません?あ、なるね。ということでこの2個は合流した。
ふ、なんかさ、さっきのさ、弁のグループはさ、3つぐらい似た字があったじゃん。だからなんかまとめたいなってなるの分かるんだけど、今のその芸と文藝春秋の藝はさ、だいぶ違う2つだから、それまとめようってなるの結構腕力必要な感じしますね。
はい。そうですね。ちょっとごめんなさい、これ各字体に対して1個1個裏取りしたわけじゃないんですけど、略字として用いる習慣があったからこそ正字体に制定したっていうのが大筋の経緯なので。うん。なるほど。世の中的にも楽したい時に勝手にその芸の方、今の簡単な芸の方を書いてたのかもしれないですね。
そうですね。他にもね、欠乏とか欠如っていう時の欠けるってありますよね。あれさ、なんで欠伸の時もああやって書くの?ああ、欠けるに伸びるって書きますよね、欠伸。うん。欠伸。うん。何も欠けないよな、別に。欠伸してそんなさ、何かが欠けることある?
俺はあの時一度欠伸をしてしまったせいで、その後の人生の成長が全て止まってしまったんだっていうやつがいたらあれだってなりますよね。いないですもんね。そんなこと起こらないもん。起こらないですもんね。怖いね、あの字ね。確かに怖いね。
あれなんでかって言うと、元々この1234、4画のあの欠けるの字の意味って、不足することとか、あるいは伸びをすること。うん。うん。うんうん。ああ、そうなんだ。っていうまあ意味があり、あの欠けるって字の大元の意味って、どっちかっていうと欠伸の方なんです。はあは。欠けるって意味ないんです、あれに。
ちょっといよいよ口で説明するのむずかったんでホワイトボードに書いたんですけど、4画のこの簡単な方の欠けるっていう字。でポイントは、不足すると欠けるって違う意味ですね。そうか。別にガラスが欠けてる時とかって不足してるわけじゃないもんね。そうですね。だからこの簡単なね、4画の欠けるって、どちらかっていうとこいつの本流って欠伸なんです。はあ。欠伸の方がこいつの字体に元々備わってた意味です。
へえ。でも今この字でね、欠伸がメインだと思わないもんね。思わないですよね。じゃあ欠けるは何から来たんかというと、これですね。見たことないし。缶偏の缶に、決めるの右の部分のケツ。見たことねえな。まあ、これが物の一部が欠けることという意味だったと。なるほど。
ですから整理すると、4画の方は欠伸、伸びをするみたいな。で、このやたら難しそうなやつが一部が欠けるって意味で、このやたら難しい方の字体を4画の方に合流させた、これを正字体としたっていう経緯があるので、我々が漢字を見てなんかいろんな意味あってややこしいなって思う時、実はそれが日本側の歴史的な経緯によって生まれた現象なのかもしれない。違う字が合体してたせいですよっていうことね。そうです。
この簡単な方の欠けるにさ、不足するの意味あるんでしょ?はい。不足することと伸びをすることってさ、こいつがもう変じゃない?あ、そうですね。これもちょっと僕は漢字学に関してちゃんと勉強してないから自信ないんですけど、漢字ができ始めた段階で既に、いきなり文字があったわけじゃなくて、まあこう音があったわけですよね。
その音声言語で喋っていて、で誰かがまあ漢字を発明して字当てようってなった時に、似た音とか、まあ同じような音で異なる意味を持つ語を1個の漢字、1個の文字でまとめたみたいなことが、漢字ができた段階でもあった。
そうか。だからもうこの漢字誕生の段階で既に全然違う言葉2つが重ねられてる可能性もあるんだ。あ、そう。それは結局表語文字なので漢字って。銀行みたいだね。合併に次ぐ合併で全然もう元が何かわからんみたいな。
そうですね。だ、この辺は中国語の歴史に詳しくないと正確なことは言えないので、ふわっとした言い方に留めますけど、僕がここで面白いと思うのは、漢字を輸入した日本側で、日本のローカルな事情でわけわからん現象が起きてるってのが面白いと思うんですよね。そうだね。はあ。そうか。だから中国と日本でもまたそれでかなり隔たりがあるわけだ。そうですね。はい。なんでこの字使ってんのみたいなことがたまに起きたりしますね。
うん。ということで今回は弁護士の弁という字について、え、30分以上喋ってまいりました。地味でしたけど面白いっすね。そうなんですよね。漢字ってさっき言ったように、その、もう欠けるのあの字の段階で2個意味あるじゃんみたいなことがあるから、我々が習う時にあんまりもう理不尽だみたいな感覚なくなってると思うんですね。
英語のスプリングの多義語みたいなのとかって、え、こんな違う意味があるのと思うけど、いちいち漢字に対して目くじらを立てたり、そうだね、しないですね。漢字ってそもそも意味いっぱいあるもんだと思ってたわ。そう、そう、そう。
僕も中学生の頃とかに、易しいっていう字、難易度の易の方ですね、が、いって読むと易しいだけど、えきって読むと貿易の易とか交換するみたいな意味だなみたいなこと思ったことがあって、なんでこの2つが同じ字なんだろうとか考えたことあったんですけど、まああんまアクセスできる文献でいい答えが載ってるもの僕はわかんなくて放っておいたんですけど、弁の字に関しては日本側でね、あるタイミングで束ねたっていう事情があるので、どうしてこんな色々な熟語に使われるのかってことがある程度わかると。
ですね。なので多義語はこんな本質的な核のイメージがあるからですよって説明以外にも、こんなルートで説明されることもあるということは、まあ皆さんに覚えて持って帰っていただければと思います。
え、これ面白いよ、水野さん。雑学俺好きだからさ。雑学のフォーマットって大体出尽くしたなって思ってたんだけど、今回新しいフォーマットで、それいい仕事です。うん。そうですね。だから花弁、勘弁、これらを束ねる弁の意味は。うん。字形が似てる字をまとめた日本の都合。なんか綺麗じゃないな。
そうやって言われると綺麗な。でもてっきり俺だから核のイメージがあるんだと思って待っちゃったから、あ、核のイメージないんだっていうその驚きはありましたね。うん。そうですね。
では、引き続き面白かった方はチャンネル登録、高評価、感想のコメントお待ちしております。皆さんの中のね、この字はどうなんだとかね、色々コメント欄集まってくると面白い気がするので、気になることあったらぜひコメントしてください。以上、今回も終わりましょう。ありがとうございました。はい、ありがとうございました。
堀元さん、うまく話せなくて悩むことってありません?よくあります。そんな悩みを抱える方にぴったりな本を書きました。ほう。タイトルは『会話の0.2秒を言語学する』。会話のわずかな間にフォーカスした1冊です。是非皆さん買ってください。うん。
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