弁護士・弁当・花弁の「弁」に共通する意味はあるのか:漢字の合流が生んだ多義性

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概要

「ゆる言語学ラジオ」のこの回では、水野太貴さんが「弁」という漢字を取り上げ、堀元見さんと議論する。弁護士、弁当、花弁、調整弁と、「弁」は互いに関係のなさそうな熟語に使われている。多義語には共通する「核のイメージ」があるというのが番組でこれまで扱ってきた説明だが、水野さんは今回、「弁」にはその核のイメージが存在しないと主張する。理由は、もともと別々だった複数の漢字が、戦後の国語政策で一つの字形にまとめられたことにあるという。

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多義語を「核のイメージ」で説明してきた前提

水野さんはまず、番組の初期に扱った英語の spring を振り返る。spring には「春」「バネ」「泉」という一見無関係な意味がある。しかし、春は生物や植物が芽吹く時期であり、バネは飛び跳ねるもの、泉は水が噴き上がるものだ。どれも「勢いよく跳ね上がる」という共通のイメージを持っている。多義語は、一つの核となるイメージから連想ゲームのように意味が派生したもので、個々の意味が違って見えるだけだ、という説明である。

今回はこの考え方を漢字に当てはめる。水野さんは複数の意味を持つ漢字の例として「楽」を挙げる。「音楽」「楽団」のような音楽関係の意味と、「楽しい」「楽(らく)」のような意味がある。「音を楽しむから音楽」という俗説もあるが、水野さんの記憶では、「楽しい」から「音楽」の意味が出てきたわけではなかったはずだという。そのうえで本題として取り上げたのが「弁」である。

「弁」を含む熟語を並べてみる

二人は「弁」を含む熟語を挙げていく。堀元さんがまず挙げたのは「弁護士」で、続く「イソ弁」「ボス弁」も弁護士の意味だった。弁護士以外には、物を壊したときの「弁償」、AとBがまったく違うものだと区別する「弁別」、口が達者なことを表す「弁」、花びらを指す「花弁」がある。さらに「調整弁の役割を果たす」のような言い方や、心臓の「弁」、中国の髪型の「弁髪」もある。

核のイメージを問われた堀元さんは、弁護や弁論が「論じる」ものであることから、半ば冗談で「裁判」を核に据える説を組み立てた。調整弁が壊れて損害が出れば裁判になる。社会的な事件では弁護士が「手弁当」で弁護するから弁当も裁判の「弁」だ。ヘーゲルの弁証法も、弁別も、裁判で争える。水野さん自身、この説で納得する人はいないだろうと返し、辞書を引くことになった。

諸橋大漢和を引くと「冠」が出てくる

水野さんが持ち出したのは、漢和辞典のなかでも「大辞典」にあたる『大漢和辞典』(諸橋轍次)の第4巻である。全12巻に補巻などが付く大部の辞典だ。「弁」の項に載っていた意味は、1番目が「冠」、2番目が「早い」、3番目が「恐れる」、4番目が「打つ」、5番目が地名で、6番目は堀元さんには読めなかった。

冠の意味で「弁」を使う例として、水野さんは「武弁」を挙げる。冠をかぶる武士、つまり武人を指す語で、小型の辞典にも載っているため、この意味は現代にもいちおう残っているという。

ただ、この項には弁護士や弁論のように、二人がよく知る熟語が出てこなかった。最初に紹介されていた熟語は「弁纓」で、意味は冠の紐である。堀元さんは「1個目に載せる熟語がこれか」と不満を述べた。水野さんは、漢字に詳しくない人が「弁」の意味を調べようとすると、こういうことが起きるのだと説明する。

漢字ペディアの整理:四つの意味

次に参照したのは、日本漢字能力検定協会がWebで公開している「漢字ペディア」である。こちらの記述はもっと簡潔で、「弁」の意味は大きく四つに分けられていた。

  1. わきまえる、分ける、処理する(弁別など)
  2. 花びら。また、液体や気体の出入りを調整するもの(花弁、調整弁など)
  3. 語る、話す、述べる。また、言葉遣い(弁護士、弁論など。水野さんは「名古屋弁」の「弁」もこれだろうとする)
  4. 冠(武弁など)

堀元さんは、大漢和でも最初に出てきた「冠」を核とする説を立て直す。花びらは花にとっての冠のようなものだし、物事をわきまえて分けるのは冠をかぶった偉い人の仕事で、弁論も偉い人がするスピーチだ、という理屈である。ここで先ほどの裁判説は捨てた。

しかし水野さんの答えは「核のイメージはない」だった。堀元さんは、いつものように「核はこれだ」と納得する流れを待っていたと抗議する。水野さんは、核のイメージがないのに多義的な字がなぜ存在するのかこそが面白い問いなのだと返し、ここから理由の説明に移る。

新明解国語辞典の「正字は○○」という記述

水野さんが手がかりに選んだのは『新明解国語辞典』の「弁」の項である。そこには意味ごとに「正字は○○」という形で、見慣れない字が添えられていた。一つ目の意味、つまり理屈に合うものとそうでないものを区別する「弁別」などには、ある正字が示されている。別の意味、つまり「こういう事情である、理屈からいえばこうでなければならない」と相手に負けずに言う「弁解」「弁護」などには、また別の正字が示されている。

水野さんによれば、「正字」とは国が定める正しい字体のことである。一般には中国の『康熙字典』に採用された字体を指すとされるが、ここでは国が正しいとした字体とざっくり理解すればよいという。「正字は○○」という書き方は、もともとはその字だったものが、ある時期に国が定めた現在の「弁」に合流した、ということを示している。

合流した元の字は次のとおりである。「辛」を二つ並べ、その間にカタカナの「リ」のような形(刀)を挟んだ「辨」は、わきまえるという意味を持つ。辛の間に「瓜」を挟んだ「瓣」は花びらを意味する。辛の間に「言」を挟んだ「辯」は言うという意味である。「辨」と「瓣」は真ん中の部分が違うだけで、見た目の印象はかなり近い。

堀元さんはここで理解する。核のイメージはもともとなく、まったく違う字が合流したから多義的に見えるのだ。そして「全然違う字をまとめたらまずいのではないか」と疑問を口にする。水野さんは、実際に当時も同じように憤った知識人がいたと述べて、歴史的な経緯の説明に入る。

当用漢字表と漢字廃止論

水野さんによれば、戦前から「漢字は多すぎる」という風潮があった。画数の多い難しい字も多い。漢字廃止論もあり、「郵便の父」とされる前島密もその論者だった。

この流れは戦後に本格化する。水野さんの整理では、識字率を上げたい、教育を効率化したいという目標があり、数が多く複雑な漢字を減らして、最終的には廃止しようという方針だった。その段階として1946年に制定されたのが「当用漢字表」である。「当用」は「当面用いる」という意味で、つまり当面使う漢字のリストだった。

水野さんは当時の論として次のようなものがあったと紹介する。敗戦のタイミングで、こんなに多くの字を覚えているのが悪い。民主化には、アルファベットのように音だけを表す表音文字を使うのがよく、表意文字である漢字を使っていてはいけない。GHQの影響もあり、漢字が多いから民主化しなかったのだという論まであった。

この当用漢字表の制定で、「辨」「瓣」「辯」がすべて、もともと冠を意味していた「弁」に合流させられた。背景には、くだけた場面では冠の「弁」を略字として使う実態がすでにあったことがある。一方、公的な文書ではきちんと字を使い分けていた。それを内閣がまとめてしまったのだと水野さんは説明する。

堀元さんはここで、「完璧」の「璧」が下を「土」ではなく「玉」と書く字で、「壁」とは違う点を持ち出す。多くの人が書き間違えているのだから合流させればいいと、以前から主張しているという。水野さんは、「完璧」は傷のない美しい玉を指すので意味はずれると断ったうえで、堀元さんがこの意見を1940年代に言っていたら実際に合流していた可能性は十分あると応じた。

大漢和の別の巻に載る「辯」と、弁護士・弁理士の違い

こうした経緯を踏まえると、大漢和の記述がおかしいわけではないと水野さんは言う。第4巻に載っていたのは冠の「弁」で、第10巻を引けば他の字も載っている。字そのものが違うため、巻も別になるのである。第10巻の「辯」の項には「説く、語る」といった意味があり、「弁解(辯解)」や「弁護士(辯護士)」も載っていた。堀元さんは、弁護士が本来「辯護士」と書かれていたことに驚き、画数の多いこの字を名刺に書かれたら怖くて弁護を断る、と冗談を言った。

水野さんはさらに、似た職業の「弁理士」を例に挙げる。弁護士は「辯」で書く。弁理士も「辯」で書けるが、「辨」で書くこともある。大漢和の「弁護」には「辨」の形が載っていないため、両者の扱いは完全には同じと言えないという。同じ法律関係の仕事なのに字が違えば混乱する、と堀元さんは話す。

弁髪の「弁」も本来は別の字で、辛を両側に置き、真ん中に「糸」を書いた「辮」である。正確に言えば、「辨」「瓣」「辯」「辮」、そして冠の意味の「弁」がすべて合流したのが、いま学校で習う「弁」だということになる。堀元さんはこれを、平成の大合併で複数の市町村が一つになって、さいたま市ができたようなものだとたとえた。

水野さんは、合流の実態としては手書きの省略があったが、根拠は字形が似ていることだったのだろうと言う。辛で挟んでいる字は全部これでいい、という発想だ。そして、発音が似ているから「猫」も「下戸」も全部「猫」でいい、と言うようなものだとたとえた。堀元さんは、酒が飲めない人とにゃあにゃあ鳴く生き物を混ぜたらまずいと返した。

合流で区別できなくなった「弁言」

正字体を定めたことで、意味を区別できなくなった熟語もあると水野さんは指摘する。例が「弁言」である。冠の「弁」で書く「弁言」は序文、つまり前書きを指した。一方、「辯言」は口が達者であることを意味した。両者が同じ「弁言」になったことで、序文と口達者というまったく違う意味を持つ一つの熟語が生まれ、文字どおり「弁別」できなくなった。

当用漢字から常用漢字へ

水野さんは、漢字廃止を視野に入れた「当用漢字」がその後どうなったかにも触れる。漢字は廃止されず、1981年に「常用漢字」が定められた。小中高で習う字とおおむね重なるものの、そのすべてを習うわけではないようだと水野さんは補足する。名称は「当面用いる」から「常に用いる」へ変わった。当用漢字から常用漢字に至る間に、漢字廃止はさすがに行き過ぎだという方向へ意見が傾き、現在では常用漢字が使われている、というのが水野さんの説明である。当時の知識人が真剣に漢字廃止を論じた経緯も面白いので、別の機会に扱いたいとも述べた。

「芸」と「藝」:芸亭はなぜ「うんてい」と読むのか

「弁」以外にも、無理やり複数の字形を合流させられた漢字がいくつかある。水野さんがまず挙げたのは「芸」である。日本史を選択した人なら「芸亭(うんてい)」という名称を聞いたことがあるはずだという。奈良時代にできた、日本最初の公開図書館とされる施設だ。

「芸」から草冠を外すと「云々」の「云」になり、「うん」と読めそうである。水野さんによれば、「芸」の最も古い読みは「うん」で、ある種の香草を指していた。その香りが虫よけに使われたことから芸亭と呼ばれたらしいという。堀元さんは、その理屈なら虫よけを置いた図書館はみな「虫コナーズ館」になると言い、名付けた石上宅嗣に怒ってみせた。水野さんは、石上宅嗣もおそらく中国の伝統に沿って名付けたのではないか、ただ詳しい経緯は知らない、と付け加えている。

一方、文藝春秋の「藝」は、草冠の下に「埶」を書き、さらにその下に「云」を書く、画数の多い字である。これは「芸(うん)」とは別の字だが、真ん中の部分を取ると「芸」の形になる。この二つが合流したのが現在の「芸」だという。

堀元さんは、「弁」のグループは似た字が三つほどあったからまとめたくなるのもわかるが、「芸」と「藝」はだいぶ違うので、まとめるには腕力が要ったのではないかと疑問を述べた。水野さんは、個々の字体について一つずつ裏を取ったわけではないと断ったうえで、略字として使う習慣があったものを正字体に定めたというのが大筋の経緯であり、世間では楽をしたいときに勝手に「芸」の形で書いていたのかもしれない、と答えた。

「欠」と「缺」:あくびは何が欠けているのか

堀元さんは、「欠如」や「欠損」の「欠」を使って、なぜ「欠伸(あくび)」と書くのかと問う。あくびをして何かが欠けることはない、というわけだ。

水野さんによれば、四画の「欠」の本来の意味は「不足すること」や「伸びをすること」で、大元の意味はむしろ「あくび」の方である。一方、「一部が欠ける」という意味は、「缶」に「決」の右側の部分(夬)を合わせた「缺」が担っていた。水野さんは、「不足する」と「欠ける」は違う意味だと強調する。ガラスが欠けている状態は、何かが不足しているわけではないからだ。この「缺」を四画の「欠」に合流させ、それを正字体としたことで、「欠」があくびも欠損も表すようになった。水野さんは、漢字を見て「意味が多くてややこしい」と感じるとき、それは日本側の歴史的な経緯で生まれた現象である場合がある、とまとめる。

ここで堀元さんは、そもそも「欠」一字のなかに「不足する」と「伸びをする」が同居しているのも変ではないかと指摘する。水野さんは、漢字学を体系的に学んでいないので自信はないと前置きしたうえで、一つの可能性を示した。漢字ができる前には音声言語があり、誰かが字を当てようとしたとき、同じような音で異なる意味を持つ語を一つの字にまとめることが、漢字の成立段階でもあったのではないか。ただ、この点は中国語の歴史に詳しくないと正確には言えないので、ふわっとした言い方にとどめるという。そのうえで水野さんが面白いと感じているのは、漢字を輸入した日本の側で、日本のローカルな事情によって不可解な現象が起きている点である。

「核のイメージ」以外の説明ルート

終盤で水野さんは、漢字の多義性は、英語の多義語ほど理不尽に感じられていないのではないかと述べる。「欠」のように一字に最初から二つの意味があるような例に慣れているため、英語の spring を見て「こんなに違う意味があるのか」と驚くことはあっても、漢字にいちいち目くじらを立てることはない。堀元さんも、漢字とはもともと意味がいっぱいあるものだと思っていたと応じた。

水野さんは自身の経験も語った。中学生のころ、「易」が「い」と読めば「易しい」、「えき」と読めば「交易」のような交換の意味になることに気づき、なぜこの二つが同じ字なのかと考えた。しかし、手の届く文献でよい答えを見つけられず、そのままにしてきたという。この問いはこの回でも解決していない。一方で「弁」については、日本側があるタイミングで字を束ねたという事情があるので、なぜこれほど多様な熟語に使われるのかがある程度説明できる。水野さんは、多義語は本質的な核のイメージによって説明できる場合だけでなく、こうした別のルートで説明される場合もある、ということを持ち帰ってほしいと締めくくった。

堀元さんは、雑学の型はほぼ出尽くしたと思っていたが、今回は新しい型だったと評価した。最後に水野さんは、弁護士・弁当・花弁・勘弁などを束ねる「弁」の意味を、「字形が似ている字をまとめた日本の都合」と言い表した。