スペースシャトルはなぜ廃止されたのか:費用・安全性・政治、そして1970年代の妥協
VAIENCE バイエンス2011年7月21日、スペースシャトル・アトランティス号がケネディ宇宙センターの滑走路に着陸し、スペースシャトルの運用はすべて終了した。30年間で135回のミッションを行い、総飛行距離はおよそ8億7000万kmに達した。国際宇宙ステーションの建設やハッブル宇宙望遠鏡の打ち上げといった功績を残したにもかかわらず、後継機がないまま廃止された。ソ連との宇宙開発競争に勝ったはずのアメリカが、自国の手段で宇宙飛行士を宇宙へ送れなくなったということでもある。
動画は、アポロ17号の最後の月面着陸から9年後に初飛行し、「月へ人類を送った国」が次の時代の象徴として選んだ宇宙船がなぜ姿を消したのかを問う。直接の理由として費用・安全性・政治の3つを挙げ、そのうえで根本的な原因は1970年代の政治事情のもとで設計に妥協を強いられたことにある、という立場をとる。
「往復する」ための宇宙船とその構成
スペースシャトルは、NASAが1981年から2011年まで運用した有人宇宙船である。動画は、日本語でもシャトルランやシャトルバスという言葉があるように、「シャトル」には同じ場所を何度も往復するという意味があると説明する。スペースシャトルは、地上と宇宙を何度も往復することを目的に開発が始まった。
機体は大きく3つの部分に分かれる。1つ目は、乗組員が搭乗する翼付きの軌道船「オービター」。2つ目は、打ち上げ時の推力の大部分を担う2基の固体燃料補助ロケット。3つ目は、軌道船のロケットエンジンRS-25に液体燃料を供給するオレンジ色の外部燃料タンクである。
打ち上げでは、2基の固体燃料補助ロケットと軌道船の3基のエンジンが点火する。約2分後に補助ロケットが切り離され、軌道船のエンジンはさらに6分半ほど燃焼を続ける。その後、空になった外部燃料タンクが切り離され、軌道船は軌道調整を経て地球周回軌道に入る。ミッションを終えると、軌道船はグライダーのように滑走路へ降りてくる。
実績について、動画はハッブル宇宙望遠鏡を宇宙へ運んだだけでなく、光学系に不具合が見つかった際には修理のための宇宙飛行士を乗せて軌道まで到達したこと、国際宇宙ステーションの巨大なモジュールを何度にも分けて運んだことを挙げる。それでもシャトルは2011年に廃止された。
理由1:想定と大きく異なった費用
最初の理由は費用である。1970年代初頭、NASAは議会に対し、スペースシャトルは年間50回前後飛ばすことができ、1回あたりの打ち上げ費用は1500万ドルになると説明していた。従来の使い捨てロケットに代わる主要な打ち上げ手段として、軍事・民間・科学の幅広い打ち上げをシャトルに集約する。これが当時NASAが描いていた理想の姿だった。
しかし、帰還したシャトルには大規模な修理と整備が必要だった。軌道船を覆う約2万4000枚の耐熱タイルは1枚ずつ形が異なり、損傷したものは手作業で交換しなければならない。軌道船のエンジンは取り外して分解検査する。最初に切り離される固体燃料補助ロケットは海に落下させるため、海水に浸かった状態で回収され、すべてを分解・洗浄してから組み立て直す必要があった。外部燃料タンクは大気圏再突入時にほぼ燃え尽きるため、完全な使い捨てだった。
その結果、飛行回数は計画を大きく下回った。年間飛行回数の最高は1985年の9回で、30年間の平均は年4〜5回程度にとどまり、年50回前後という当初計画のごく一部でしかなかった。飛行回数が少なければ、1回あたりの費用は膨らむ。動画が紹介するある試算では、1982年から2010年のうち実際に稼働していた期間の打ち上げ1回あたりの平均費用は12億ドル、事故などで運用が止まっていた期間も含めると15億ドルに達したという。動画は、当時は宇宙の商用利用がほとんど行われていなかったことを考えると、もともと無理のある計画だったのだろうと述べている。
理由2:2度の死亡事故が示した安全性の問題
2つ目の理由は安全性である。スペースシャトルでは、1986年のチャレンジャー号と2003年のコロンビア号で、2度の重大事故が起きた。
チャレンジャー号の事故の直接の原因は、固体燃料補助ロケットの継ぎ目を密閉するOリングが低温で硬化し、密閉機能が低下したことだった。この問題を懸念したロケット製造側のエンジニアが打ち上げに反対していたにもかかわらず、NASAが打ち上げを強行したことが後に判明している。チャレンジャー号は打ち上げ73秒後に爆発し、乗組員7人全員が亡くなった。
コロンビア号では、打ち上げ時に燃料タンクの断熱材が剥がれ落ちて軌道船に衝突し、軌道船の耐熱材であるRCCパネルが損傷した。その結果、地球への帰還時に空中分解が起き、乗組員7人全員が命を落とした。事故調査委員会は、断熱材が落下する現象はほぼ毎回起きていたにもかかわらず、NASAの管理部門がそれを許容できるリスクとして放置していたと結論づけている。
2度の事故調査の間、シャトルは飛行停止を余儀なくされた。動画は、技術的な対策をすれば済むという話ではなく、NASA内部の組織文化が宇宙飛行の現実と噛み合っていないことが露呈したと指摘する。
理由3:決定打となった政治判断
動画が「決定的な理由」とするのは政治判断である。2004年1月、当時のブッシュ大統領は宇宙探査ビジョンを発表した。国際宇宙ステーションの完成とともにスペースシャトルを退役させ、月や火星への有人飛行に資源を振り向けるという方針である。この時点でシャトルはNASA予算のおよそ4分の1を占めており、シャトルを廃止しなければ新しい計画に取り組めない状況になっていた、と動画は説明する。
根本原因:1970年代の予算削減と「妥協」の設計
では、なぜこうした状況に陥ったのか。動画はここで、「往復する宇宙船」という当初のコンセプトと実際の機体の食い違いを取り上げる。3つの構成要素のうち、補助ロケットは海に落とし、燃料タンクは燃え尽きる。少し考えればコンセプトからの大きなずれに気づく、というわけだ。そして、この問題も含めたすべての根本原因は、シャトル誕生前の1970年代の政治事情にあると言われている、と紹介する。
当時のアメリカは、アポロ11号の月面着陸から数年が経ち、国家の威信をかけて宇宙開発を進める理由をすでに失っていた。加えてベトナム戦争が長引き、財政は急速に悪化していた。
NASAが本来構想していたのは、完全に再利用できる2段式の宇宙船だった。どちらの段もロケットエンジンと翼を備え、打ち上げ後はどちらも滑走路へ戻ってくる。使い捨ての部品がなくなり、最小限の整備で再び宇宙へ向かえるため、高い頻度での飛行が可能になる。これが、安価で日常的な宇宙飛行を実現するための構想だった。
しかし、戦費による財政悪化と国民の宇宙への関心の低下が重なり、政府はシャトルの開発費を大幅に削った。その予算枠では完全再利用型の宇宙船は作れない。NASAは「何も作らない」か「妥協して予算内で作る」かの2択を迫られ、後者を選んだ。その結果生まれたのが実際のスペースシャトルであり、動画はこれを、NASAが開発費を削る代わりに高い運用費を受け入れた選択だったと表現する。
妥協が事故とコストにつながった経緯
動画は、この妥協が具体的な問題に結びついた経緯をたどる。第1段には、再利用可能な液体燃料ロケットではなく、一度点火したら燃え尽きるまで止まらない固体燃料ロケットが採用された。しかし固体燃料ロケットはあまりに巨大で、工場から発射場まで一度に運べなかったため、分割して継ぎ目を設けることになった。その継ぎ目が、チャレンジャー号の事故の原因となった。
コロンビア号の事故の原因となった外部燃料タンクの発泡断熱材の剥がれについても、当初の計画とは異なる形で実装されていたと動画は述べる。
さらに、打ち上げのたびに耐熱タイルの整備が必要になり、それによって打ち上げ頻度が下がると1回あたりのコストが上がり、現場はいっそう逼迫する。スペースシャトル計画はこうした負のスパイラルに陥っていた、というのが動画の見方である。
動画は、当初の設計から妥協を強いられたことがシャトル廃止の根本原因であることは間違いないだろうと結論づける。そのうえで、チャレンジャー号爆発事故の報告書にある「成功する技術のためには、現実が広報に優先しなければならない。自然を騙すことはできないのだから」という一文を引用する。ただし動画はこれに、予算という経済的な側面もまた現実なのだ、と付け加えている。
今も飛び続けるシャトルのエンジン
廃止後、残った4機の軌道船は地上で展示されている。一方で、シャトルの一部はいまも宇宙を飛んでいる、と動画は紹介する。軌道船のエンジンだったRS-25は、21世紀に再び月を目指すアルテミス計画のロケットに搭載されている。日本時間2026年4月2日、アルテミス2のSLSロケットが4人の宇宙飛行士を乗せて月へ向けて打ち上げられ、その4基のRS-25のうち3基はかつてスペースシャトルに搭載されていたものだという。
動画は、スペースシャトルは当初の約束を守れずに廃止されたが、そのエンジンはいまも人々に希望を与えているようだ、と締めくくっている。
2011年7月21日、スペースシャトルアトランティス号がアメリカのケネディ宇宙センターの滑走路に着陸しました。そしてこの着陸をもってスペースシャトルの運用が全て終わりました。30年間で135回のミッション。総飛行距離およそ8億7000万km。
国際宇宙ステーションの構築やハッブル宇宙望遠鏡の打ち上げといった輝かしい功績を残したはずのスペースシャトルでしたが、後継機すらなく廃止となってしまったのです。それはソ連とのスペースレースに勝利したはずのアメリカが宇宙飛行士を宇宙に送る手段を失うことを意味します。
アポロ17号のクルーが最後に月に降り立ってから9年後に初飛行を迎えたスペースシャトル。月へ人類を送った国が次に選んだ新しい時代の象徴とも言える存在が、なぜ姿を消してしまったのでしょうか。今回はスペースシャトルはなぜ廃止されたのかについてご紹介したいと思います。
スペースシャトルとはアメリカのNASAが1981年から2011年まで運用した有人宇宙船です。日本人であればシャトルランやシャトルバスといった単語に耳馴染みがあるように、シャトルという言葉には何度も同じ場所を往復するという意味もあります。スペースシャトルは何度も地上と宇宙を往復することを目的として開発が開始されたのです。
そしてその構成は大きく3つに分かれます。乗組員が搭乗するオービターと呼ばれる翼付きの軌道船、打ち上げ推力の大部分を担う2基の固体燃料補助ロケット、そして軌道船のロケットエンジンであるRS-25に液体燃料を供給するオレンジ色の外部燃料タンク。
打ち上げ時には2つの固体燃料補助ロケットと軌道船の3機のロケットエンジンが点火します。およそ2分後に補助ロケットが切り離され、残された軌道船のロケットエンジンはさらに6分半の燃焼を続けます。すると空になった外部燃料タンクが切り離され、軌道船は軌道調整の後、地球を周回する軌道に入ることとなります。ミッションが終了すると軌道船はグライダーのように滑走路に向かって降りてきます。
冒頭紹介したように、スペースシャトルの功績は目を見張るものがあります。ハッブル宇宙望遠鏡を宇宙に運ぶだけではなく、光学系の不具合が発生した際には修理する宇宙飛行士を乗せて軌道にまでたどり着いています。また国際宇宙ステーションの巨大なモジュールを何度にも分けて宇宙にまで送り届けています。ハッブル宇宙望遠鏡や国際宇宙ステーションによる功績はバイエンスの視聴者であれば説明不要でしょう。
しかしこのような素晴らしい実績があるにも関わらず、スペースシャトルは2011年に廃止されてしまいました。それは一体なぜでしょうか?直接的な理由は大きく3つあると考えられます。
まずは費用の問題。NASAは1970年代初頭、スペースシャトルは年間50回前後飛ばすことができると議会に説明していました。1回あたりの打ち上げ費用は1500万ドル。従来の使い捨てロケットに代わる主要な打ち上げ手段として、軍事、民間、科学といった幅広い打ち上げをスペースシャトルに集約する。それが当時NASAが抱いていた、地上と宇宙を往復するスペースシャトルの理想形でした。
しかし現実はまるで異なりました。ミッションを終えて帰ってきたスペースシャトルには大規模な修理やメンテナンスが必要だったのです。軌道船を覆うおよそ2万4000枚の耐熱タイルは1枚ずつ形が異なり、損傷したものは手作業で交換する必要があります。軌道船のロケットエンジンは取り外して分解検査。さらに最初に切り離された固体燃料補助ロケットは海に落下させるため、海水に浸かった状態で回収されています。全てを分解し洗浄した上で再度組み立てが必要でした。外部燃料タンクに至っては大気圏突入時にほとんどが燃え尽きるため完全な使い捨て。
その結果、飛行回数は計画に対して大幅未達となりました。年間飛行回数は1985年の9回が最高。30年間の平均は4.5回であり、当初の計画のわずか1/11程度という結果に終わっています。その結果、打ち上げ1回あたりにかかる費用が大幅に増加しています。ある試算によると、1982年から2010年において実際に稼働していた時期の打ち上げの平均費用は12億ドル。事故などにより稼働していなかった時期も含めると15億ドルにも到達したと言います。当時宇宙の商用利用がほぼされていなかったことを考えると、元々無理があったのでしょう。
そして2つ目の理由は安全性です。スペースシャトルでは1度のみならず2度も悲惨な事故が発生していることは皆様もご存知でしょう。そう、以前のバイエンスでも紹介した1986年のチャレンジャー号と2003年のコロンビア号で起きた事故です。
チャレンジャー号の事故においては、固体燃料補助ロケットの継ぎ目の部分で密閉するためのOリングが低温で硬化し、密閉機能が低下したことが直接の原因でした。それを懸念したロケット製造のエンジニアが打ち上げに反対したにも関わらず、NASAは打ち上げを強行したことが後に分かっています。結果、打ち上げから73秒後にチャレンジャー号は爆発。乗組員7人全員が帰らぬ人となっています。
一方、コロンビア号の事故においては、打ち上げ時に燃料タンクの断熱材が落下し、軌道船に衝突。軌道船の耐熱材であるRCCパネルが損傷したことにより、地球へ戻る時に空中分解を起こし、7人の乗組員全員が命を落としています。事故の調査委員会は、燃料タンクの断熱材が落下する現象がほぼ毎回発生しているにも関わらず、許容できるリスクだとしてNASAの管理部門が放置していたと結論づけています。
これら2つの事故の調査の間、スペースシャトルは飛行停止を余儀なくされます。しかしただ対策さえすればいいというわけにはいきませんでした。NASA内部の文化が宇宙飛行の現実と噛み合わないことが露呈してしまったのです。
決定的な理由は政治的な判断によるものです。2004年1月、当時のアメリカのブッシュ大統領は宇宙探査ビジョンを発表しました。国際宇宙ステーションの完成と共にスペースシャトルを廃止、月や火星への有人飛行に資源を振り分ける方針です。この時点でスペースシャトルはNASAの予算のおよそ1/4を占めていました。スペースシャトルを廃止しないことには新しい計画に取り組むことなどできなくなっていたのです。
このようにスペースシャトルが廃止となった直接的な原因は費用、安全性、政治に求めることができます。しかし、そもそもなぜこのような事態になってしまったのでしょうか?元々スペースシャトルは何度も地上と宇宙を往復することを目的として開発されたことは先ほども紹介した通りです。しかし蓋を開けてみれば、軌道船、補助ロケット、燃料タンクの3つの構成のうち、補助ロケットは海に落とし、燃料タンクは塵になる。少し考えるだけで当初のコンセプトからの大きなズレを見つけてしまうようなものです。
実はこの問題も含め全ては、スペースシャトルが誕生する前、1970年代の政治事情がスペースシャトル廃止の根本的な原因だと言われています。当時のアメリカはアポロ11号が人類初の有人月面着陸を成し遂げてから数年が経過しており、すでに国家の威信をかけて宇宙開発を進めるための理由を失っていました。さらに1970年代にはベトナム戦争が長引き、財政が急速に悪化していたのです。
NASAが本来想定していたスペースシャトルは、完全に再利用できる2段式の宇宙船でした。どちらの宇宙船もロケットと翼を搭載し、打ち上げ後はどちらも滑走路に戻る。すると使い捨ての部品がなくなるとともに、最小限の整備で再び宇宙に向かうことができ、高い頻度での宇宙飛行が可能になる。それこそが安く日常的な宇宙飛行を実現するための構想だったのです。
しかし、戦下による財政悪化と国民の宇宙に対する熱意が冷めつつあることが相まって、当時のアメリカ政府はスペースシャトルの開発費を大幅に削りました。完全に再利用できるような宇宙船はこの予算枠では作ることができません。NASAは何も作らないか、妥協して予算内で作るかという2択を迫られた結果、後者を選びました。その結果があのスペースシャトルです。NASAは開発費を削る代わりに高い運用費を受け入れる選択をしたと言えます。
第1段階のロケットには再利用可能な液体燃料ではなく、1度点火したら燃え尽きるまで止まらない固体燃料ロケットを採用。しかしあまりにも巨大だったため工場から発射場まで1回で運ぶことができず、継ぎ目を作ることとなってしまいます。そしてその継ぎ目がチャレンジャー号の事故を引き起こす原因となりました。コロンビア号の事故の原因となった外部燃料タンクの発泡断熱材の剥離も、当初の計画とは異なる形で実装されていました。
また打ち上げの度に耐熱タイルの整備が必要となり、そのためにスペースシャトルの打ち上げ頻度が低下すると、1回あたりの打ち上げのコストが上昇し、さらに現場が逼迫する。そういった負のスパイラルにスペースシャトル計画は陥っていたのです。結局のところ、当初の設計から妥協を強いられたことがスペースシャトル廃止の根本的な原因だということは間違いないでしょう。
チャレンジャー号爆発事故の報告書にはこう記されています。「成功する技術のためには、現実が広報に優先しなければならない。自然を騙すことはできないのだから。」しかし、あえて付け加えるのであれば、予算という経済的な一面もまた現実なのです。
スペースシャトルは廃止され、現在では残った4機の軌道船は地上で展示されたままとなっています。とはいえ、スペースシャトルの一部はまだ宇宙を飛んでいることをご存知でしょうか?かつてのスペースシャトルの軌道船のロケットエンジンであるRS-25。これは現在21世紀となり再び月を目指すアルテミス計画のロケットに搭載されています。
日本時間で2026年4月2日、アルテミス2のSLSロケットが4人の宇宙飛行士を乗せて月に向かって打ち上げられました。4機のRS-25のうち3機はかつてスペースシャトルに搭載されていたものです。残念ながらスペースシャトルは当初の約束を守ることはできず廃止されてしまいました。しかしそのエンジンはまだ人々に希望を与えているようです。
今回のバイエンスはここまで。次回はアルテミス2について。またお会いしましょう。
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