AI・半導体市場の次の主役と日本の勝機――技術革新がもたらす構造変化

YouTubeで開く ↗
概要

AIの急速な普及と半導体需要の急増を背景に、市場では巨額の資金が動いている。しかし、目先の株価の乱高下や「AIバブル」の議論の裏では、科学研究のあり方やサプライチェーンの地政学的構造を塗り替える、より根本的な変化が進みつつある。

9分で読めます

本対談では、エンジニアの中島聡氏とエコノミストのエミン・ユルマズ氏が、エンジニアリングと金融という異なる視点から、AIおよび半導体産業の将来像、過熱するハードウェア市場のリスク、そして米中対立下における日本の製造業の役割について議論を展開した。


1:53

逼迫する電力インフラと「特化型エージェントAI」の台頭

AIの普及において、まず物理的な制約として浮上しているのが電力インフラの不足である。エミン氏は、データセンターの新設ラッシュに対して供給電力が全く追いついておらず、株式市場ではまだ十分に評価されていないと指摘する。このボトルネックを解消するため、代替エネルギー関連の産業が再び脚光を浴びる可能性が高いと見ている。

一方、ソフトウェア領域では、汎用型AIから業界特化型のエージェントAIへのシフトが重要な転換点として挙げられた。エミン氏はトムソン・ロイターが中国のオープンソースモデルをベースに約60億円を投じ、自社保有の金融データを取り込んだ独自のエージェントAIを構築した事例を紹介した。医療や金融といった分野では、人類全体のデータを網羅した汎用AIよりも、特定のドメイン知識に絞り込んだモデルの方が実用性が高いという見方である。

中島氏もこの見解に同意し、企業がAPI経由で自社の機密データを外部のAIプラットフォームに送信することへの警戒感を指摘した。トヨタ自動車の製造ノウハウのように、自社内に蓄積されたデータを安全に活用するためには、オープンソースを活用して自社環境でカスタマイズ・運用する動きが自然な流れとなる。両氏は、こうした業界特化型モデルの構築やパッケージ化を支援するSaaS型ビジネスが、今後のソフトウェア業界において有力なモデルになり得ると分析している。

6:18

「中央銀行化」するNVIDIAと供給過剰のリスク

現在の市場を牽引するNVIDIAについて、エミン氏は警戒感を示す。同社が圧倒的な独占状態にあり、旺盛な需要が将来も継続する前提で5兆ドル規模の時価総額が織り込まれているが、この前提には脆弱性が潜んでいると論じる。

エミン氏は、NVIDIAを単なるハードウェア企業ではなく「AI世界の中央銀行」と表現する。自社製チップの購入者に対して間接的に信用を供与・循環させるような構造を抱えている場合、流動性危機に陥りやすい。対比として挙げられたキオクシアなどの伝統的なメモリメーカーは、好不況のサイクルに左右されつつも、製造した製品を販売する純粋な製造業モデルであり、巨額のレバレッジを伴う金融的な無茶はしていない。

もしデータセンター投資に急ブレーキがかかる、CUDAを経由しない代替技術が普及する、あるいは競合他社が安価な半導体を投入して製品がコモディティ化した場合、過去のITバブルにおける光ファイバーの過剰敷設と同様の事態が起こり得ると警告する。原油価格が急落した時のように、現在は1個あたり数万ドルで取引されているGPUであっても、コモディティ化が進めば中古市場で供給過剰に陥るリスクがあるという。

9:53

フィジカルAIがもたらす科学技術の加速と市場の変容

中島氏は、次の大きな波として「フィジカルAI」を挙げる。これは自動運転や人型ロボットにとどまらず、創薬、新素材の研究、数学の未解決問題の解明など、科学技術の進歩そのものをAIが加速させる領域を指す。

人類の歴史において、博士号を取得して基礎研究に携わる人材は全人口の極めて限られた割合に過ぎなかった。しかし、電力を供給するだけで研究者レベルの知能が何万人、何億人分も稼働する環境が整いつつある。さらに、次世代のAI自体をAIが設計・開発する段階に入れば、進化のスピードは人間の理解の及ばない領域に達する。中島氏は、目先のバブル論争よりも、科学技術の進展速度そのものが非連続に跳ね上がる点こそが本質的な変化であると主張する。

こうした知能の爆発的進化は、金融市場の構造にも影響を及ぼす。エミン氏は、かつて人間が行っていた株式売買がアルゴリズム取引に置き換わった歴史に触れつつ、人間を遥かに凌駕する超知能(スーパーインテリジェンス)が台頭した場合、市場の非効率性(インエフィシエンシー)が瞬時に解消され、投資家が得られる超過リターン(アルファ)が消失すると指摘する。価格形成が完全に合理化されれば、現在のような人間による株式市場の存在意義自体が問い直されるため、現代の投資家は「裁量で市場の歪みから利益を得られる最後の世代」になる可能性があると論じた。

15:59

米中対立の激化と日本の製造基盤が持つ優位性

地政学的な分断が進むなか、米国は製造業やサプライチェーンの「脱中国」を推進しているが、国内回帰は容易ではない。中島氏は、米国の労働力や教育水準の課題から、米国内だけで製造業を完結させることは困難であり、信頼できるパートナー国に頼らざるを得ない構造があると分析する。

特に重要となるのがロボットのハードウェアやレアメタルなどの重要部材である。中島氏は、米国が中国製ドローンや中国製部品を含むロボットの排除を検討する動きに触れ、現状では西側諸国の部品だけで高性能ドローンを製造することすら難しい現状を指摘した。また、強力な磁石などに不可欠なネオジムなどのレアアース精錬において、中国が環境負荷を引き受ける形でシェアを独占してきた経緯がある。環境負荷を抑えながら高純度の素材を精錬する技術開発など、緻密な工夫が求められる領域は日本が得意とするところであり、韓国との適切な役割分担も含めて西側諸国のサプライチェーンを支える大きな好機になると述べる。

エミン氏も、米国における造船能力の衰退や防衛用迎撃ミサイルの製造能力不足を例に挙げ、米国が製造業の基盤を大きく損なっている実態を追認する。一方、日本には鉄鋼、機械、非鉄金属、ガラス、土石といった基幹産業の技術が残っている。加えて、足元の為替環境や人民元切り上げへの米国の圧力などを考慮すると、コスト面でも中国での製造優位性が薄れ、日本回帰の条件が整いつつある。

ただし、両氏とも国内の課題を看過しているわけではない。エミン氏は、昭和や平成初期と異なり国内の労働力人口が減少しているため、ロボット活用や労働環境の抜本的な見直しが不可欠であると指摘する。中島氏は、有名大学から大企業へ進む従来のホワイトカラー偏重の教育観を見直し、実際に手を動かしてものづくりを担う高専(高等専門学校)や現場の技術者がより高く評価され、相応の報酬を得られる社会構造への転換が必要であると訴えた。

26:07

海外投資家が注目する日本の隠れた技術と「10倍株」の条件

米国市場では、知名度の高くない日本企業が持つ固有の技術が再評価される現象が起き始めている。中島氏によれば、TOTOのセラミックス技術や味の素の素材技術が、実は最先端の半導体製造プロセスにおいて不可欠な役割を果たしているといった情報が、米国の投資家の間で発掘され話題になっているという。

日本には約4,000社の上場企業が存在するが、エミン氏の指摘では、英語の調査レポートが恒常的に提供されている企業は150社から200社程度にとどまる。市場の大半を占める企業の情報が海外に届いておらず、極めて割安な状態で放置されているケースが多い。米国では優秀な技術者が会社を辞めてベンチャーを立ち上げる傾向が強いのに対し、日本では優れた技術者が既存の大企業内に留まって研究を続ける傾向があり、これが事業の多角化や思わぬ技術的ブレークスルーを生む土壌になっている。

今後10年間で株価が10倍になる「テンバガー」の可能性について、中島氏はAI創薬や新素材開発の領域を挙げる。10年前にNVIDIAのジェンスン・フアンCEOがGPUのAIへの応用を示唆していたのと同様に、現在はAIを用いた創薬や材料開発の有効性を示す状況証拠が揃いつつある。AIによる創薬を実現した企業や、その基盤技術を提供する企業の中から、将来の急成長株が現れる蓋然性は高いと見る。

ただし、エミン氏は日本企業における経営体制の違いに留意する必要があると補足する。数年で交代するサラリーマン社長のもとでは、10年単位の時間を要するAI投資やリスクテイクへの意思決定が先送りされやすい。過去の事例を見ても、思い切った事業変革によって急成長を遂げるのは、創業家や筆頭株主が明確なリーダーシップを握っているオーナー企業であることが多いと分析している。

36:51

半導体産業の多層的な構造と長期投資のアプローチ

半導体市場への投資手法について、対談では個別のリーダー企業だけでなく、製造装置、検査機器、周辺部材などを網羅的に捉える視点が議論された。

一口に半導体といっても、回路設計、ウェハ製造、露光、エッチング、洗浄、パッケージング、検査など工程は多岐にわたり、それぞれに特化したニッチトップ企業が存在する。中島氏は、NVIDIAのような単独の勝者を追い続けるだけでなく、ブロードコムやAMD、メモリ関連企業、あるいは光半導体のような新技術を開発する企業など、複数のレイヤーに分散してエクスポージャーを取ることの合理性を説く。例えば、RFIDタグのように生活に浸透している技術でも、それを支える部材や装置のサプライチェーンを遡ることで、本質的な強みを持つ企業が見えてくる。

エミン氏は、半導体産業が世界的なメガトレンドである以上、目先の市場の過熱や一時的な下落サイクルを過度に恐れる必要はないと述べる。積立投資を前提とするならば、初期段階での相場の下落はより低い価格で口数を買い増す好機となる。個別の技術トレンドをすべて追い切れない投資家にとっては、世界のリーダー企業、ニッチトップ企業、新世代企業などに分散されたファンドを活用し、ドルコスト平均法で長期的に関わっていく手法がリスク管理の観点からも現実的であるとした。


50:56

終わりに:人型ロボットが日常に溶け込む未来へ

対談の締めくくりとして、中島氏は将来のメタトレンドとして「人型ロボット」の普及に言及した。技術開発が進み、月額3万円程度で家事、料理、マッサージ、身の回りのケアなどをこなす人型ロボットがリースされる時代が訪れれば、人々の生活様式や家事労働の概念は一変する。

AIの進化は、単なるデジタル空間内の情報処理にとどまらず、物理世界を動かすフィジカルAIやロボティクスと融合することで、現実社会と産業のあり方を根底から再定義しようとしている。金融市場における短期的な価格変動の背後で、技術と製造基盤の優位性がどこへ移転していくのか。その長期的な潮流を見極める複眼的な視点が、今まさに求められている。