ヤクザの父に家を追い出され公園で暮らした彫り師が、独学で稼いでFIREするまで

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概要

「タトゥー入れてるやつはバカ」という動画で注目を集めた彫り師のしげちが、インタビューで幼少期から現在までを振り返った。自己紹介は「タトゥー入れてるバカです」の一言である。しげちによれば、あの動画には賛否両論というより「よくぞ言ってくれた」という声が多く寄せられたという。世間の不良に対する不満が表に出たのだろう、というのがしげち自身の見立てだ。

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このチャンネルには高学歴の出演者が多い。しげちはその中に自分が並ぶことを「さらし物感」があって嫌だと笑う。ただ、実はメンサの試験には昔合格している。天才に見えるのは鼻につくし、アホの方が可愛いと思っているので、普段は伏せているそうだ。

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反社会的な父と「電気椅子」を売る母

しげちは東京で生まれた。父親はいわゆる闇の世界の人間で、そのころ知り合った若い女性との間に生まれたのがしげちだという。本人も「絵に描いたような育ちの悪さ」と言う。父親はやがてその世界から足を洗い、一家は茨城に移った。茨城での父親は、道路工事の旗振りをする警備員のアルバイトで暮らしていた。

家計を支えていたのは母親である。母親の仕事は、座ると電気が流れてどんな病気も治るという椅子の販売だった。しげちはこれを新興宗教のようなものと表現する。口が達者で営業成績がよく、稼いでいたらしい。椅子にはグレードがあり、リクライニングソファーのような最上位品は100数十万円、パイプ椅子に近い安いものは数万〜10万円ほどだったと記憶している。

中学生のころ、しげちは部活帰りに母親の販売会場へ連れて行かれた。ビルの一室にパイプ椅子を並べ、高齢者を電気椅子に座らせる。母親はホワイトボードに「肩こり治ります」「ガン治ります」と書く。そこでしげちは「喘息でしたが1か月座ったら治りました」と言わされた。実際には座ってなどいない。電気が通っていることを示すために、客に鉄板を触らせて「バチン」と感じさせる場面もあり、それを一人ずつ回ってやらされるのがとても嫌だったという。42歳の今は風邪もインフルエンザもほとんどかからない。そのことを、しげちは「まだ帯電しているのかもしれない」と冗談にしている。

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冷蔵庫が空の家と、ボロボロのバッシュ

家にお金がまったくなかったわけではない。しげちの見方では、食べ物がないのは貧しさよりも育児放棄に近い状態だったからだ。冷蔵庫はいつも空で、しげちと2人の弟妹は各自でその日の食事を作った。最初に料理した者が材料を使い切ると、後の者は何も食べられない。出遅れた日は、片栗粉をお湯で溶いてスライム状にし、砂糖をかけて空腹をしのいだ。学校帰りに畑から白菜を持ち帰って茹でたこともあったと打ち明けている。授業参観や試合に親が来たことは一度もない。

小学校から続けたバスケットボールが、グレずに済んだ理由だとしげちは考えている。ただ、バッシュは1万円ほどするので自分では買えない。部室には先輩が捨てたバッシュが集められていて、しげちはそれを使った。足のサイズが30cmと大きく、指を曲げてきつい靴に押し込むので、足は痛いしプレーにも支障が出た。周りの選手は最新のカラフルなバッシュを買ってもらっている。同じボロを何年も履くうちに靴底がパカパカと剥がれた。高校の大会ではそこをテーピングで巻いて出たが、靴底が滑ってしまい、キュッと止まれずに一人だけ「スーッ」と流れていったという。小学生のころは上履きのような靴でミニバスをしていた。中学では、ボロボロのバッシュに画鋲を入れられたり、隠されたりするいじめも受けた。

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国語だけで高校に滑り込む

勉強は苦手で、学年約300人のうち下から4番以内が定位置だった。テストは1教科5点ほど。茨城で最も入りやすいとされる私立高校の受験にも落ちた。しげちの話では、その高校は霞ヶ浦高校で、当時は男子校だったが今は共学になっている。

高校でもバスケを続けたかったしげちは、近くの偏差値の低い県立高校に電話をかけ、バスケ部があるかを尋ねた。3校のうち2校には、バスケ部どころか野球部すらなかった。残る1校には一応バスケ部があった。ただ部員は5〜6人で、練習している姿はあまり見ないとの返事だった。自転車で2時間ほどかかる距離だが、そこに決めた。

合格の目安は5教科で100点、1教科20点である。しげちの点数では70点ほど足りない。残り1か月で全教科を上げるのは無理だと判断し、1教科で90点取れば残り4教科が数点でも100点に届くと計算した。選んだのは国語で、ポテンシャルで何とかなりそうな気がしたからだという。読書の習慣はなく、読んでいたのは少年ジャンプくらい。それでも1か月の勉強で国語95点ほどを取り、他は2点ずつ程度でぎりぎり合格した。入学した高校には、授業中にベランダでタバコを吸う生徒、バイクで登校する生徒、教師を殴る生徒がいた。しげちは漫画の不良高校のような場所だったと振り返る。

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どのアルバイトも続かなかった

しげちはアルバイトが極端に続かなかった。本人は、きちんと働けない親の気質を受け継いだのだと「親のせいにしている」。

蕎麦屋では皿洗いから始めた。ランチに付くプリンを客がよく残していく。好物なのでもったいないと思い、下げられた器から一口で吸い込んだ。スプーンで食べるのは違うと思ったが、これなら1秒で済むから問題ないと考えたという。音でばれ、ひどく叱られてクビになった。警備員の日払いバイトでは、にやにやしながら急ブレーキで止まる車に腹を立て、誘導灯で窓ガラスを叩いてしまった。運転手に責任者を呼ばれ、これもクビになった。コンビニではタバコを盗んで解雇されている。工場の流れ作業は面接に受かったものの、見学中に働く人たちが辛そうに見えた。辞めると言えば怒られると思い、トイレに行くふりをしてフェンスを登って逃げた。

こうした経験からしげちは、自分は社会不適合者で、一人でやるしかないと考えるようになった。これがタトゥーの店を一人で開いた理由だという。

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家を追い出され、公園で暮らした1年

高校卒業後はふらふらしていた。刺青を入れると言ったところ、タトゥーに厳しい親に蹴り飛ばされ、玄関から放り出された。ポケットにあったのは車の鍵と携帯と財布だけ。以来ほぼ絶縁状態で、実家はもうなく、父親とも年に1度も会わないまま過ごし、その父親もすでに亡くなっている。

行き場を失ったしげちは、1年ほどホームレス生活を送った。最初の3日ほどは車中泊だった。水戸にある湖のある公園がホームレスの集まる場所で、うろうろしているうちに彼らと親しくなった。自分だけ車で寝るのはずるい気がして、ベンチで一緒に寝るようになったという。仲間は皆自転車しか持っていないので、車のあるしげちは「スーパースター」だった。コンビニを車で回って廃棄弁当を集め、公園に持ち帰って配る。本人いわく「サンタクロース」「王様」のような存在になった。この間は建設業の日雇いで食いつないでいた。

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独学で始めたタトゥー

タトゥーに興味を持ったのは、建設現場のバイトで刺青のある人を初めて見たときだ。一目惚れして彫り師になりたいと思った。ただ、弟子入りすればまた師匠と揉めるだろうとも考えていた。

実際、反社と彫り師が半々のような人物と関わりができ、住み込みの弟子にしてやると誘われたことがある。行ってみると軟禁に近い状態だった。無断で家を出るなと刃物をちらつかされ、彫り方は何も教わらないまま掃除ばかりさせられた。1週間ほどで「脱獄」したという。

その後は完全に独学である。初心者セットを買って自分で練習した。誰にも教わっていないので、今でも自分の彫り方が正しいのか分からないとしげちは言う。開業資金は借入なしで貯めた。旗振りのバイトで月20万円ほどを3か月稼ぎ、初心者セットの数万円と衛生器具の数十万円に充てた。店はアパートの一室から始まった。タトゥーの施術に免許は不要で、名刺を作って名乗れば誰でも始められるという。

最初の1年ほどは友人を練習台にした。2年目ごろには、同年代より稼ぐようになっていた。しげちの説明では、20年以上前は若い人がタトゥーを入れることがまだ珍しかった。反社の人が集まり手彫りをしているような店よりも、「アルファベットでタトゥー」と看板を出す若い店の方が、若い客には入りやすかったのではないかという。本人は当時をブルーオーシャンだったと見ている。絵の腕前は「中学の美術部くらい」「普通よりちょっとうまい程度」と自己評価する。全身のタトゥーは最初の1つを別の店で入れた以外、手足を含めてすべて自分で彫った。

みかじめ料と「月100万円」

開業してまもなく、見た目の怖い男たちが5人ほどで店に押しかけ、「誰の許可を取って仕事してるんだ」と迫った。役場には届けを出していると答えても通じず、月いくらという話になった。当時は払っていたという。客層が不良である以上、その上にいる反社の人たちに逆らうのは怖すぎた、というのがしげちの説明だ。頼んでもいない名刺を置いていかれたこともある。

しげちは自分を「月100万円まで稼ぐのが得意」な人間だと言う。タトゥーでも2〜3年目には月100万円ほどに達した。ブリーダーやYouTubeなども含めて、そこまでは割と簡単に稼げるのだという。大金が入って最初にしたのは、コンビニでヨーグルトやプリンを10個買い、一気に食べることだった。片栗粉と盗んだ白菜で育った子どもにとって、忘れられない日だという。一方で散財はしなかった。貧乏が染みついていて、今でも2,000円以上の外食はできないそうだ。

お金を使わないので、あっという間に1,000万、2,000万円と貯まった。周りの同年代はまだ大学生で、貯金は10万円程度。自分だけ大金を持っているのが怖くなり、24歳ごろに家を買った。家具や電気工事込みで5,000万〜6,000万円ほど、ローンを組んだという。会社員ではないのに審査が通った理由を、しげちは稼ぎが多かったからだろうと推測する。売れていない芸人はローンを組めないがダウンタウンなら組める、というのと同じだと例えている。

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仕事ぶりと料金、そして「バカ」発言

料金の目安は、タバコの箱ほどの大きさで3万円前後、手のひらサイズで5万〜10万円ほど。数文字のタトゥーは1万〜3万円ほどで、30分もあれば終わる。時給換算で数万円になり、1日数人を彫ればサラリーマンの月収に届く計算だ。勤務時間は長くても3〜4時間で、「今日は働いた」と思うのが3時間くらいだという。夏は露出が増えてタトゥーを入れたくなる人が増えるので、6〜9月でほぼ1年分を稼ぐ。

しげち自身は、稼ぐことにそれほど熱心ではないと言う。友人に誘われれば予約をずらして遊びに行き、電話を無視することもある。弟子を取って宣伝すればもっと稼げるはずだが、興味がないのでやっていない。客の側も時間を守らない。時間どおりに来るのは3人に1人程度で、残りは遅刻するか、1時間以上早く来るか、来ない。遅刻と早着が重なって、どちらの予約か分からなくなることもある。飲み会を断って待っていても来ないので、そんな客のために待つのは馬鹿らしいとしげちは言う。1時間遅刻してきた相手には最低限の仕事をする。本人にとっては100点でも、しげちの基準では30点くらいだそうだ。

客を「バカ」と呼んで困らないのかという問いには、別に客が来なくてもいいと答えた。後述するように投資で生計が立っているからだ。それでも続けているのは、辞めると家で暇になるし、ヤンキーであっても生身の人と接していたいからだという。打ち合わせでは敬語も使えない客ばかりだが、仕上がりに怒って揉めることはほとんどない。しげちの見立てでは、彼らは「俺は強い」という姿勢を見せつつも、彫り師とは揉めたくないのだろうという。

全身に入れたいという相談も時々ある。何も入っていない状態で来て、しげちのように手首から足首まで真っ黒にしたいと言う客だ。しげちの全身は、数百時間、数百万円がかかる規模になる。痛みがあるので1回2〜3時間が限界で、100回、200回、300回と通う必要がある。週1回でも年50回程度。激痛に耐え、毎回数万円を払い、何年も通い続けるのは相当な精神力がいる。背伸びして大きな話をする人はまず仕上がらないとしげちは言い切る。そういう客には、その日彫るワンポイントの話だけを聞いて帰すという。

彫り師歴は開業からおよそ23年目になると話している。

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フレンチブルドッグとブリーダー業

しげちは途中からブリーダーも始めた。それまで犬を飼ったことはなかったが、フレンチブルドッグを実際に見てみたくて近所のブリーダーを訪ね、最初の1匹を迎えた。犬がこんなに可愛いのかと人生が変わり、バスケもほとんどやめて家でずっと一緒にいたいと思うようになった。こんな素敵なものを作って売る仕事があるのかと思い、自分でも始めたという。今は同じ建物でドッグランとタトゥーの店を営んでいる。中では犬の繁殖が行われ、別の部屋でYouTubeの撮影をしている。玄関は分かれているが、客が間違えて入ってくることもあるそうだ。

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メンサ合格と1年での退会

メンサには20代で受験し、1回で合格した。合格後は1万数千円で会員カードを申請でき、しげちは記念に取得してSNSで自慢したという。ただ年会費も1万円ほどかかったと記憶しており、初年度で退会した。月1回ほど、都内で会員の立食パーティーの案内が届いていた。IQの高い人同士は話が合うので、集まって交流したり仕事につなげたりする人もいるのだろう、としげちは推測する。本人は「運で受かった」ので誰とでも話が合うと言い、会合には一度も参加していない。

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ライブ配信がきっかけのFIRE

FIREしたのは38歳ごろで、現在は42歳。きっかけは、趣味の自分のチャンネルでのライブ配信だった。お金が使えないという話をし、数千万円あると明かしたところ、視聴者から投資をしたらいいと言われた。投資信託とは何かすら知らなかったが、その視聴者とLINEを交換して教わった。S&P500がいいと言われ、3日後ぐらいには貯金のほとんどを一括で投じたという。

しげちには意図的に投資に詳しくならないという方針がある。分散や現金比率、ポートフォリオを考え始めると、自分は結局手が出なくなると思ったからだ。入れた後は値動きを見ない。投資系のYouTubeやテレビも避けている。詳しくなると、自分の資産形成は間違っているのではないかと不安になりかねないからだ。自分のような人間は何も知識を入れずに放っておくのが一番だと考えている。

30:32

結婚と離婚

結婚は1回している。ここ3〜4年のうちに知り合った、もともとYouTubeの視聴者だった女性と結婚し、去年離婚した。自分は何も続かない人間なので、もう結婚はしない方がいいとしげちは言う。彼女がいて一人暮らしをするくらいがちょうどいいそうだ。YouTubeで彼女募集の動画を何本か出したが、応募は来ない。代わりに、コメント欄に書けばいい感想をわざわざDMで送ってくる人は多いという。タトゥーだけは長く続いている。その理由は「楽で儲かる仕事なんか続くに決まっている」からだ。

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母の夜逃げと、その後の家族

しげちが20歳ごろ、母親が夜逃げした。父親が旗振りの夜勤に出ている間に家財のほとんどを運び出し、こたつの上にひらがなだけの手紙を1枚残していった。内容は「私は1人で暮らします」「健康で悩みはありません」、そしてアパート名らしき地名。家族で縦読みや逆読みを試したが意味は分からなかった。

1年ほど経って弟がそのアパートを突き止め、待ち伏せした。母親が持っている服は、大きなイラストの入った真っ赤な上下のスウェット2着だけだった。その格好で自転車をこいで帰ってきた母親は、坊主に近い金髪の短髪になっていた。部屋は引っ越し初日のように物がなく、小さな冷蔵庫にはペットボトルが1本だけ。理由を尋ねると、プロボクサーを目指していて世界チャンピオンになるのだと答えたという。子どものころ近所で噂になる変わった大人が一人はいたが、「それがうちの母ちゃん」だとしげちは語る。

母親はそのまま父親と離婚したとみられる。ローンの残る家を父親の旗振りの収入では支えきれず、自己破産した。そのため実家はない。母親の稼ぎに頼っていたのだろう、としげちは推測する。父親は亡くなるまで生活保護で暮らしていた。父親は寡黙で、いつも下を向いてぼんやりしている人だった。弟は全身にピアスと刺青を入れ、「僕にピアスを足した感じ」。妹は少しグレた時期があり、ギャルのような雰囲気だという。

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20代の視聴者へ

最後に、20〜30代が中心の視聴者へのメッセージを求められると、しげちは「20代で何者かにならないと一生何者にもなれない」と答えた。自分は20代で何度か勝負して今がある。しかし多くの人は、お金が貯まって余裕ができた30代になってから起業しようとする。10代・20代からリスクを負って勉強し、苦労してきた人に、30〜40代で余裕ができたから始めてみるという人が勝てるわけがない、というのがしげちの考えだ。失敗できるのも20代までなので、20代で3つくらい起業すればいい。どれかが当たれば勝ちで、投資をしてFIREすれば勝ちだとも言う。全部外れたらどうするのかと問われると、「才能がなかったと思ってサラリーマンに戻ればいい」と答えた。