There構文は何のためにあるのか:中学・高校・言語学の3段階で読み解く

YouTubeで開く ↗
概要

「どこどこに何々がある」と言いたいなら、be動詞が存在を表すのだから「A book is on the desk」と言えばよい。それなのに、なぜ英語には「There is a book on the desk」という形があるのか。ゆる言語学ラジオの水野太貴は、中学校で丸暗記したこのthere構文の存在意義に決着をつけるとして、「カタルシス英文法」シリーズの一回として解説した。聞き手は堀元見である。

12分で読めます

水野は説明を中学生向け、高校生(大学受験生)向け、言語学に関心のある人向けの3段階に分けた。段階が上がるほど説明は正確になるが、それまでの説明を一部ひっくり返すことになる、と最初に断っている。

中学生向け:動詞は後ろの名詞に一致し、thereは「そこに」ではない

中学生に伝えたいことの一つ目は、動詞の数の一致である。英語では通常、最初に来た名詞(主語)と動詞の数が一致する。しかしthere構文では、先頭のthereは固定されたまま、後ろに来る名詞に合わせて動詞が変わる。3つのリンゴならare、1つのリンゴならisになる。

二つ目は、there構文のthereには「そこに」という意味がないことだ。thereはhereと対をなし、遠いものを指す語というイメージがある。だが水野によれば、テーブルがすぐ近くにあっても「There is an apple on the table」と言える。堀元も、「19世紀のアメリカには〜があった」という文でもthere wereを使うのだから「そこに」とは無関係だと気づいた。

三つ目は発音である。「そこに」の意味のthereは強くはっきり発音されるが、there構文のthereはもっと弱く発音される、と水野は説明した。

高校生向け:意味上の主語には不定名詞しか来ない

高校生向けの第一のポイントとして、水野は高校の英文法参考書『総合英語Forest』の記述を紹介した。there構文でbe動詞の後に来る名詞、つまり意味上の主語には、aのついた名詞や無冠詞の複数形のような不定名詞しか来ない。同書には、the、this、your、固有名詞のように相手が知っているものを表す語がつく場合はthere構文を使わず、「The book is on the table」のように言いなさいと書かれている。練習問題でも「There is (a / the) book on the desk」でaを選ばせている。

堀元は最初、これを試験で点を取るためだけの退屈な知識だと茶化した。これに対して水野は、there構文の本質を見抜けば英語の点数が伸びると応じた。その根拠が、次の節で扱う冠詞の働きである。

theとaの違い:聞き手が特定できるかどうか

堀元はtheとaの違いを「特定のものならthe、なんとなくの本ならa」と説明した。水野はこれを間違いではないが本質的ではないとして、次のように言い直した。theがつくのは、話し手が「聞き手もどれのことか分かるはずだ」と考えているときである。aがつくのは、聞き手がどれを指すか分からないときである。

例として水野はmoonを挙げた。moonには「月」の意味があるが、もともとは「衛星」を表す単語である。私たちがmoonを月だと思っているのは、地球には衛星が一つしかないため、「the moon」と言えば聞き手が「あの衛星ね」と特定できるからだ。辞書には「木星には少なくとも16個の衛星がある」という意味の例文が載っており、ここではtheのない複数形のmoonsが使われている。この場合のmoonsは月を指していない。堀元は、もし木星に住んでいたらmoonは月を意味しなくなるはずだと話を広げ、ガリレオ衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)の話題で脱線した。

there構文は新情報のサイン

聞き手が特定できるものにはthe、特定できないものにはaがつく。この傾向を押さえたうえで水野は、there構文にaがつく名詞が来るのなら、there構文が出てくるときには読み手にとっての新情報が来ると論じた。

長文読解ではこれが役に立つ、と水野は言う。「There is a 〜 theory」のような文が出てきたら、その理論についてはそれより前に書かれていない。多くの場合、there構文で導入した直後に説明が続く。英文を引いて眺めたとき、thereが出てくる箇所は書き手があえて新しい情報として提示している箇所なので注意して読むべきだ、というのが水野の主張である。

水野はthere構文のthereを日本語にするなら「ほら」に近いと述べた。「ほら、〜があります」のように注意を引く形式だという。さらに日本語で似ているものとして、格助詞「が」を挙げた。昔話では「昔あるところに、おじいさんとおばあさんがいました」と初出の時点では「が」が使われ、その後は「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に」と「は」に変わる。「見て、バスが来たよ」「ほら、あそこにお猿さんがいる」のように、新しい情報を出すときに日本語でも「が」が出る。

水野によれば、there構文が語順の変わった奇妙な見た目をしているのには、新しい情報を置くという機能的な理由もある。堀元は、文法的に異様な見た目がかえって注意を引くのに役立っているのかもしれないと応じ、水野もそういう面もあるかもしれないと認めた。水野のまとめでは、there構文は丸暗記するだけの文法事項ではない。長文を読むときや相手の話を聞くときにメリハリをつけるための道具になる。

be動詞以外も使える

高校生向けの補足として、水野はthere構文にbe動詞以外の動詞も来ることを挙げた。水野自身、高校生の頃に「there exist」という文を見て文法がおかしいのではと動揺したという。Forestにも、存在や出現を表す自動詞が使えると書かれている。appear、come、happen、liveなどがその例で、「There lived a very happy prince(昔、とても幸せな王子様が住んでいました)」のように昔話の語り出しにもよく現れる。堀元は、確かに「王子様がいたんですよ」と強調されている感じがすると述べた。

言語学向け:高校の英文法書は「嘘」だらけ

ここから水野は、英語好きの高校生や英語教師に向けたより正確な説明に移った。結論として示したのは、高校の英文法書には誤りが多いということである。Forestを持ってきたのはたまたまで、ほかの英文法を網羅した本にも同様の記述があるという。

一つ目の誤りは、意味上の主語の位置にtheのついた名詞が来られないとする説明である。水野は、先ほどの練習問題「There is ( ) book」ではaでもtheでも文法的に問題ないと述べた。there構文が長文読解に役立つという説明はひっくり返すのかと堀元が尋ねると、水野は、thereが出てきたら注目するという読み方はそのまま使えるし、それは本当だと答えた。

theが来るパターン1:「そこに」の倒置

thereの後にtheのついた名詞が来る文には、大きく2つのパターンがあると水野は整理した。

パターン1では、thereが副詞として「そこに」の意味を持っている。「The book is there」を倒置すると「There is the book」になる、とひとまず考えてほしいと水野は言う。倒置は別の回で説明するつもりだという。そのうえで「そこ」がどこかを後ろで補うと、「There is the book, on the table」のように続けられる。多くの場合はコンマを置くが、コンマがなくても文法的には成り立つ。同様に「There is the girl」も、「The girl is there(そこにその少女がいる)」を倒置しただけの文である。見かけ上there構文に似ているが、there構文ではない。

堀元は「基本的には〜だが、〜の場合もある」という話が続くことに悲鳴を上げた。水野は、高校英語という単純化された世界に守られていたのだと返した。

theが来るパターン2:新情報だが照応性がある

より厄介なのはパターン2である。thereに「そこに」の意味がないのに、「There is the 〜」と言えるケースだ。水野によれば、固有名詞や「There is me」のような代名詞も来られる。

水野はまず、there構文が新情報を提示する構文だという説明自体は正しいと確認した。英語学者や言語学者も皆そう述べているという。問題は反対側の前提、つまり「theのつく名詞や固有名詞は旧情報だ」という前提にある。theがつくものの多くは旧情報になりがちで、aがつくものは新情報になりがちだが、これはあくまで傾向にすぎないと水野は言う。

theが実際に表しているのは、専門的には「照応性」と呼ばれる性質だという。「照らして応じる」という字のとおり、「the 〜」と言われたときに聞き手が照らし合わせて特定できることを指す。机に本が1冊だけあれば「the book」で特定できるが、3冊並んでいると特定できない。照応性はtheとaの選択に関わり、新情報か旧情報かはthere構文に関わる。この2つは強く相関しているが、完全には一致していない、というのが水野の説明の核心である。

堀元は、この2つはほとんど同じ話に聞こえるので2週間後には正しく説明できる気がしないと率直に述べた。水野も、自分も勉強しても何度も覚えられないと認めた。そのうえで、例文を見れば「照応性はあるのに新情報」という状態が分かるはずだとして、2つの例を示した。

例文:食べかけのアップルパイと「まだお前がいる」

一つ目は、「Hungry. Is there anything to eat?(お腹が空いた。何か食べるものない?)」と聞かれて、「There's the leftover apple pie(食べかけのアップルパイがあるよ)」と答える場面である。質問した人は、アップルパイが残っていて今食べられることを知らなかった。だからこれは新情報になる。一方で、食べかけということはその人は前の晩にそれを食べているはずなので、言われれば「あのアップルパイか」と特定できる。つまり照応性があり、しかも新情報である。

二つ目は、「I guess nobody will pick a fight with that guy anymore(もうあんなやつに喧嘩を挑むやつはいないだろう)」と言った人に、「Come on, there's still you. You can take him on(何言ってる、まだお前がいるじゃないか。お前ならやれる)」と返す場面である。話し手は自分が挑むことを想定していなかったので、「お前」は新情報になる。一方で、自分のことなのだから当然特定はできる。だからthere is youと言える、と水野は説明した。

堀元はこの例文を気に入り、『ドラゴンボール』のセル編で悟空が戦いを止め、自分より勝てる可能性が高いのはお前だと息子の悟飯を指名する場面にそっくりだと指摘した。例文の作者は読んでいたに違いないと冗談めかしつつ、この場面で覚えれば照応性と新情報の区別も分かると話した。

他動詞も来る

水野はさらに、Forestが「存在・出現を表す自動詞」なら使えると書いている点も実態とずれていると指摘した。there構文には他動詞も来るという。例として、「Then all of a sudden there reached her ears the sound of 〜 voices(すると突然、〜な声が彼女の耳に届いた)」という趣旨の文を示した。reachが目的語her earsをとっている。どのような動詞が来られるかは話し始めるときりがないため、参考文献を挙げるにとどめると述べた。

実際の漫画ではどれくらい現れるか

水野は実際の英語での使われ方も確かめた。番組のスポンサーである英語多読アプリLangakuの運営側に、学園恋愛漫画『アオハライド』の英訳データを調べてもらった。日常会話が中心の作品を選んだのは、特殊な場面ではない会話での実態を見るためだという。報告された集計によれば、there構文の意味上の主語に定名詞や固有名詞が来る例が約2割あった。水野は、1%の例外ではなく20%が文法書の説明に反していると強調した。

具体例として、第1話の「There's Makita」という心内語が取り上げられた。主人公が初恋の相手らしき人物を探して歩いていると、知り合いの牧田に出くわして驚く場面である。牧田はクラスメイトとして知っている人物だが、こんなところにいるという点は新情報だ、と二人は当初説明した。ところが話しているうちに、堀元はこれは単に「そこに牧田がいる」という倒置文、つまりパターン1ではないかと言い出し、水野もそう思うと同意した。見た目だけでは区別できず、thereの発音を聞けば分かるはずだとしてアプリの読み上げ機能を使ったが、水野は聞き取れなかった。水野は英語のリスニングに自信がないことを認め、冒頭で実演した2種類のthereの発音も正確だったか自信がないので、英語のネイティブに聞いてほしいと述べた。

間違いを教えることは「方便」か

水野はこの回でForestの記述を誤りとして取り上げた。一方で、普段は学校教育をむしろ擁護する立場を取っており、今回の内容に違和感を持った視聴者もいるだろうと述べた。水野の考えでは、中学生向け・高校生向けと断ったうえで単純化した説明をすることは、理解を助ける方便として問題ない。学術的に見て多少誤ったことが英文法書に書かれていても、それはさほど問題ではない。今回の中学生向け・高校生向けの説明も、そうした単純化だったという。

堀元はこの考えに強く共感した。中学校で習う、原子の周りを電子が回るというモデルを例に挙げた。実際には電子は確率的な雲のように存在するほうが正確だが、それを最初に言われてもピンとこない。先にモデルを導入することが、その後の正確な理解につながるという。水野は、教育における方便の是非は次回二人で議論すると予告した。今回の話だけで「だから高校の英語教育はダメだ」とは判断せず、次回まで聞いたうえで考えてほしいと述べて回を締めた。