生成AIガイドラインは作れるか:実効性のある方針をどう作るか

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概要

教育テック大学院大学の学長・教授である竹村治雄氏は、「生成AI利用に関するガイドラインは作成可能か」という問いに対し、作ること自体は可能だと答える。そのうえで竹村氏が問題にするのは、実効性のあるガイドラインをどう作るかである。生成AIが登場した当初の文部科学省の通知は、生成AIの問題点を列挙し、大学側が安全策を取るという内容だった。竹村氏はいろいろ調べた結果、今はもうそういう時代ではないと考えている。ガイドラインは、AI時代の大学の教育・研究・経営を立て直すための基本方針として使えるのではないか、というのが竹村氏の立場である。

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話者の経歴と問題意識

竹村氏の所属する教育テック大学院大学は、前年の4月に開学したばかりである。社会人を対象に、教育DXを起こせる人材を育成する大学院大学だという。竹村氏は、一般の大学でも18歳が成人年齢となった今は大学生のほとんどが成人だと述べる。そのうえで、社会経験のある人に何を教えるかを考える場面でも、生成AIの話題が次々に出てくると語った。

竹村氏は以前、大阪大学サイバーメディアセンターの情報メディア教育研究部門に24〜25年ほど在籍し、教育用計算機の面倒を見ていた。20〜25年前はパソコン教室にパソコンを並べておけば十分だった。しかし、遅かれ早かれ学生が自分のパソコンを持ってくるBYODの時代になる。そこで次に何を提供するかを考え、教育を効率よく届けるための学習管理システム(LMS)や、講義映像を収録していつでもどこでも見返せる仕組みを導入してきた。

竹村氏によれば、コロナ禍の際、大阪大学ではすでにクラウドでLMSと講義映像配信のサービスを始めていたため、ハードウェアや計算能力の確保には問題がなかった。一方で、教員にそれらを効率よく使ってもらうノウハウがまったく伝わっていないことが分かった。そのため当時は、ノウハウの伝達に多くの時間を割き、かなり苦労したという。

この経験を踏まえて、竹村氏は生成AIを、ITで教育を変革する教育DXのなかでも特に影響力の大きい基盤技術と位置づける。そのため、利用を禁止したり制限したりするよりも、使いこなす力を育てる制度設計が求められていると考えている。ガイドラインも同じ方向で設計すべきだ、というのがこの発表の趣旨である。

ガイドラインが求められた経緯と、大学の多様な利用者

ガイドラインが必要になったきっかけについて、竹村氏はChatGPTの登場を挙げる。登場時には誰もが衝撃を受け、これを使えば学生がレポートを簡単に書けてしまうのではないか、という懸念から議論が始まった。文部科学省も「大学・高専における生成AIの教学面の取扱いについて」を出したが、その内容は主に学生の利用に関するガイドラインの設定と必要性についてだった。

しかし竹村氏は、大学の利用者(ステークホルダー)は学生だけではないと指摘する。教員・研究者・職員もいる。大学教員は研究者であると同時に教える立場でもある。それぞれの使い方として、竹村氏は次のような例を挙げた。

  • 学生:レポート作成、要約、翻訳、アイデア出しなどに日常的に活用している。
  • 教員:教材の作成に使える。ルーブリックを決めたうえで、学生のレポートへのフィードバックの仕方をAIに尋ねる場合もあり得る。授業設計や評価の設計にも活用できる。
  • 研究者:文献の整理、分析の補助、文書の構成、関連研究の調査などに、今では多くの研究者が日常的に使っている。
  • 職員:業務効率化に使える。竹村氏は、教学DXの観点では職員に使ってもらうことが非常に重要だと強調する。文書作成や問い合わせ対応がその例である。さまざまな文書を読み込ませたチャットボットで問い合わせに答えさせることもできるようになる。

ただし竹村氏は、どの利用場面でも、生成AIが大規模言語モデルであるがゆえに抱える問題を意識しておかないとトラブルが起こると指摘する。これがガイドラインが必要な理由だという。

当初想定されたリスクと、不正判定の難しさ

竹村氏は、当初意識されたリスクとして次のものを挙げた。個人情報や機密情報が漏洩する可能性、著作権侵害、生成AIサービス側の利用規約への違反、知らないうちに起こる剽窃や不正利用、誤情報への対応、公平性・差別・バイアスへの配慮を欠いた文書が出力される可能性である。

評価の場面では、別の問題も生じる。「生成AIを使ってレポートを提出したら不合格」「それを不正とみなす」と定める大学もある。大学によっては、不正行為をするとその学期の成績が全部不合格になることもある。しかし竹村氏は、本人が「使いました」と認めれば分かるものの、生成AIを使ったかどうかを判定する技術は確立していないと言われていると指摘する。こうした場面で紛争が起こらないよう、予防のために何らかの防衛策が必要だというのが、当初のガイドラインの考え方だった。

積極活用を打ち出すガイドラインの登場

一方で、竹村氏が調べたところ、積極的な活用を打ち出すガイドラインもいくつか出てきている。世の中ではすでにどんどん使われているのだから、大学だけが使わない文化を作っても意味がない、という考え方である。そうしたガイドラインには、学生が社会に出たときに使えるAIリテラシーをどう育てるかが盛り込まれている。ほかにも、教員の教材作成を支援するなど、どうすれば積極的に利用できるかを盛り込む方向があるという。

海外大学の事例:コーネル大学のコースアイコン

国内外の大学のガイドラインの傾向について、竹村氏はいくつかの例を紹介した。なお、ガイドラインについては、この後に九州大学も講演する予定だと前置きしている。

コーネル大学では、課題やシラバスでAIの利用条件を明示している。利用の可否は教員の方針と学術的誠実性(アカデミック・インテグリティ)に結びつけられており、教員の裁量を尊重する設計になっている。竹村氏は、欧米の大学ではこうした支援を「Center for Teaching Innovation」や「Center for Teaching and Learning」といった組織が担っていると説明する。日本の大学では一部で整備されているものの、まだあまり整っていない組織だという。

竹村氏が面白いと紹介したのは、コーネル大学が設計した「コースアイコン」である。その授業でAIをどの程度使ってよいかをアイコンで示す仕組みで、教員は自分の授業でのAIの使い方を必ず表示するよう求められる。アイコンには「All use is permitted unless otherwise specified」(特に指定がない限りすべての利用を認める)、「Instructor-provided AI tools only」(教員が提供したAIツールのみ)などの種類がある。竹村氏は、クリエイティブ・コモンズのアイコンに似たところがあるかもしれないと述べた。

オハイオの大学のAIフルエンシーと、UCLの3分類

竹村氏は、オハイオの大学(字幕上は「おはよ大学」)の取り組みも紹介した。この大学は、ガイドラインを作ると同時に「AIフルエンシー」プログラムを設けている。情報リテラシーを全学生に身につけさせるのと同じように、一種のAIリテラシーであるAIフルエンシーを全学部の学生に身につけさせるプログラムである。竹村氏によれば2025年ごろに始まった比較的新しい取り組みで、ガイドラインを作るだけでなく、教育プログラムと組み合わせる動きになっているという。

UCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)は、成績評価における生成AIの利用を3つのカテゴリーに分けている。「利用不可」「補助的な役割での利用」「不可欠な役割を果たす利用」の3つである。UCLはこの分類を示すだけでなく、各カテゴリーの具体例もウェブページに載せている。UCLでは教育学習センターにあたる「Teaching & Learning」の組織に「Generative AI Hub」が置かれ、学生向けにもさまざまな情報を発信している。竹村氏は、日本の大学なら簡単な文書で済ませてしまうような内容も、UCLでは生成AIで作った動画で示している例を紹介した。

国内の近い事例:大阪大学の教育ガイド

竹村氏によれば、日本の大学でUCLに近いことをしているのは、おそらく大阪大学である。大阪大学の教育学習支援センター(TLSC)は、生成AIの教育ガイドを公開している。ChatGPT登場直後には多くの大学が総長レベルで生成AIの利用についての文書を出したが、大阪大学の教育ガイドはそれより詳しい。基本事項や、教育・学生生活での活用方法などが載っている。さらに大阪大学では、教職員向けのサポート窓口を明確に示しているという。

ガイドラインに必要な定義と基本原則

こうした事例を踏まえ、竹村氏はガイドライン作成でまず必要になるのは生成AIの定義だと述べる。一般的には、大量のデータで学習したAIモデルが、利用者の入力やプロンプトに応じて、文章、画像、音声、動画、プログラムコード、要約、翻訳、分析結果などの新たなコンテンツを生成する技術やサービスを指す。

竹村氏は、定義の難しさも指摘する。以前はサービス名を挙げれば済んだが、今ではパソコンやスマートフォンのアプリに生成AIが組み込まれている。そのため、どれが生成AIか分からず、知らないうちに使っていることもあり得る。こうした状況も含めて、きちんと定義する必要がある。そのうえで、一般的なガイドラインに盛り込むべき内容として、竹村氏は次の点を挙げた。出力は常に検証の対象であること、そして事実性・公平性・著作権・個人情報・機密保持の観点から利用者の確認が必ず必要であることである。

竹村氏はUCLによる生成AIの説明も例に挙げた。LLMはウェブ、ソーシャルメディア、データベースなどあらゆるものから集めたデータセットで学習しているが、そのデータセットが必ずしも公開されているわけではない。そのため、LLMの基本的な仕組みを知ったうえで、ハルシネーションを防ぐさまざまな仕組みがどうなっているかを理解する必要があるという。

基本原則として、竹村氏は多くのガイドラインに共通して次の内容が書かれていると見ている。生成AIは非常に便利な基盤技術・プラットフォームだが、最終責任は人間が負うこと。法令・倫理・学術的誠実性が非常に重要であること。使用したツール、目的、範囲、プロンプトやログを説明できるようにして透明性を確保すること。そして原則そのものを継続的に見直すことである。

教育テック大学院大学で検討中の方針

竹村氏の大学でも現在、学生向け・教員向けなどに分けて、何が重要かをリストアップしているという。竹村氏自身は、その多くは「よくある話」だと述べている。

例として竹村氏は、AI検出ツールだけで不正を認定しないことを挙げた。現状ではAI検出ツールの精度があまりよくないためである。また、学生がツールを使えない状況にも配慮する必要がある。学生が個人で使うツールの場合、課金しているかどうかで使えるツールが変わる。こうした状況を考えると、大学が提供するツールに利用を限定する場合もあり得る。特に、AIツールの利用が評価に直結する場合はそうなるため、教員が配慮しなければならないという。

研究データや研究ツールとして使う場合にも、さまざまな検討が必要だとした。職員の事務・業務改善については、学生情報、人事情報、非公開の経営情報の扱いに注意が要る。クラウドベースのLLMでも、入力を学習に使わないことが契約に含まれていれば、ある程度はよいかもしれない。それでも注意は必要だという。

ガイドラインの標準構成案として、竹村氏らは一般的な注意喚起にとどめず、実際に運用できる文書体系にすることを目指し、その方針で作成を進めている。

作って終わりにしない:運用と組織体制

実装上の課題として、竹村氏はガイドラインは作って終わりではなく、作ったところが出発点だと強調する。作成後には、FD・SD(教職員の研修)を行い、学生向けのQ&Aを作り、シラバスの記載例を示す必要がある。UCLなどはすでにこれを実践している。さらに、相談窓口や事故対応の窓口を明確にする。竹村氏は、こうした取り組みが責任ある積極的活用につながると考えている。

日本と欧米の取り組みの違いとして、竹村氏は組織体制を挙げる。欧米ではCenter for Teaching and Learningのような組織を持つ大学が多く、そこが中心となって取り組んでいる。一方、日本ではまだそこまで至っておらず、教務委員会やFD委員会が担っている大学もある。竹村氏は、この違いが今後の取り組みの差として表れてくるのではないかと見ている。

教育機関としての生成AIの提供方法と残る課題

最後に竹村氏は、教育機関として生成AIサービスをどう提供すべきかを論じた。情報漏洩の防止、個人情報保護、機密保持の観点からは、サービス提供者との個別契約の内容をきちんと確認して締結したうえで利用すべきだという。個人で使う場合には、利用規約などを全部読んでいないこともあり得るが、機関としてそれでは困る、というのが竹村氏の説明である。別の方法として、機関単位でローカルLLMを立ち上げて利用することも挙げた。

ただし竹村氏は、それ以外のサービスの利用を制限したりモニタリングしたりすることは難しいと認める。学内ネットワークでトラフィックを制限しても、学外のネットワークから使えば分からない。この点をどうするかは課題として残るとした。

結論:ガイドラインは作れるし、作るべきである

竹村氏の結論は、生成AIのガイドラインは作成可能であり、作成すべきだというものである。さらに、その中に機関としての生成AI利活用ポリシーを組み込むことで、各大学が特色あるガイドラインを作り、互いに切磋琢磨しながら生成AIを学内で前向きに活用していく必要がある。竹村氏は最近そのことを痛感していると述べて、発表を締めくくった。