風呂に行った一人を残る二人が語る:温泉旅館での「欠席裁判」三本勝負

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概要

ゆる言語学ラジオの堀元見と水野太貴が、VALUE BOOKSの飯田さんを招き、長野県上田市の温泉旅館で収録した回である。企画は「欠席裁判」だ。三人が一人ずつ風呂に行き、その間に残った二人がいない一人について話す。本人に聞かれないので何を話してもよい、という建前で始まった。ところが三回とも話は「友人として心配だが、それを直接言えない」という同じところに行き着き、最後には三人がそろって「もっと仲良くなるにはどうすればいいか」を考えることになった。

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第一の裁判:構造を見つけると従ってしまう水野

最初に風呂へ行ったのは水野である。堀元が最初に挙げた論点は、水野には和辻哲郎『風土』が描く日本人像に近いところがある、というものだった。台風のような自然に対して、日本人は構造そのものを変えられるとは考えずに耐える、という話である。堀元によれば、水野も大きな構造を変えようとはしない。しかも構造を見つけると、すぐにそれに飛びつく。飯田さんはこれを「積極的隷属」と呼び、堀元は、水野が大量に本を読む旅行を自分で「インプット奴隷合宿」と名づけていたことを持ち出した。飯田さんは、足かせを外されたら水野はかえって「ロジックをくれ、構造をくれ」とさまよい出しそうだと言い、二人はサルトルの「自由の刑」になぞらえた。

具体例として堀元が話したのは、最近ゲストとして参加したライアーゲーム形式のイベントである。何をしてもよく、最終得点が高ければ勝ちというルールだった。堀元は、声が大きく賢そうな参加者の言いなりになると不利になると考え、場の流れをずらそうとした。一方で水野は、その参加者の提案に「そうだそうだ」と同意していたという。ただし堀元は、今日は悪口を言いたいのではないと断っている。構造があれば素直に従うのは素直さでもあり、美徳にもつながっている。さらに、ゆる言語学ラジオの面白さは、水野が世の中の構造を見つけていく過程が動画の端々に出ているところにある、とも述べた。

「性善説の貴族」と、没落の始まり

堀元と飯田さんには、フリーランス時代に「せこい仕事」を大量に拾って暮らしていた時期がある。依頼の裏を読み、関わると危なそうなクライアントを避け、ときには危ないと分かっていても金のために受けた。堀元は、月に2時間社長の話を聞くだけで毎月6万円もらう仕事をしていたことまで明かした。水野にはこうした時期がないので、人とピュアに関わっているように見える、と堀元は言う。

その象徴として語られたのが、共著『言語沼』の印税をめぐる出来事である。水野は副業規定の関係で印税しか受け取れない。そこで堀元は印税を全額水野に渡すことにし、VALUE BOOKSが書店として得る利益分も水野に回すため、「二次印税」という言葉を作って社内決済を通した。ところが、堀元の会社とVALUE BOOKS側の処理が遅れ、水野には本来の額が支払われていなかった。堀元なら不足にすぐ気づいて指摘するが、水野は「振り込まれてたけど、そんなもんなのかなと思ってました」という程度で、気づいてもいなかった。堀元はこれを、社会が自分をだましていないという前提に立つ性善説だと評し、自分は性悪説だから振り込みを必ず確認すると語った。飯田さんは、水野のピュアさは精神的な貴族らしさに裏打ちされていると言い、堀元は「しかも没落したことのない貴族」と付け加えた。

堀元は、ある作家が書いていた「いい作家の条件は、本がたくさんある家に生まれ、その家が没落すること」という言葉を紹介し、水野は今まさに没落しつつあると述べた。世の中や人間の裏を読むようになってきた変化こそが、今のゆる言語学ラジオの面白さだ、というのが堀元の見方である。

同じ悩みを「一周目」と「二周目」で抱えている

話題は、以前の回で水野が話した「タメ語でいいよ、は暴力なのではないか」という話に移った。堀元は、自分と水野では同じテーマでも立場が違い、自分は「二周目」だと言う。高校時代の堀元は人間関係に悩み、クラスメイトとの短いやりとりの後で「もっと面白い返しがあった」と反省していた。靴箱で面識のない同級生に「おはよう」と言われて返したら、実は後ろの人に向けた挨拶で、しかも本人から訂正された。訂正されたことでよけいに惨めになったという体験も語られた。飯田さんも、大学最初の授業が休講になった教室で、おしゃれな学生に「先生なかなか来ないね」と話しかけ、相手にされなかった思い出を話した。二人とも飲み会の後は長々と反省する。これに対して水野は、飲み会の後に反省したことが一度もないという。

堀元の場合、二十代でいったんこうした悩みから解放されたが、管理職になってから別の形で戻ってきた。高校時代は傷つけられる側として怯えていたが、今は自分が傷つける側だと感じている。若いスタッフを飲みに誘うこともできない。堀元は、自分はこうした悩みから抜け出したあとに再びはまっているのに対し、水野は何も気にしたことがなかったところから初めて気になり始めた、とその違いを説明した。周回は違うのに、たまたま周期が重なったので同じ悩みに見える、というわけである。堀元は、水野は論理的な能力だけが異常に発達していて、情動的には13歳くらいだと冗談めかしつつ、それでも嫌われないのは水野が本当にいい人で、飲み会でも面白いからだと述べた。

飯田さんは別の角度から、水野は「大人の入り口に立った」と表現した。自分の加害性に気づくのはもう子どもではない。ただ、それを徹底しすぎると、誰とも触れ合わないのが最善という結論になりかねない。見つけたロジックを完璧にインストールしてしまう水野の性質を考えると、友達を作るのがどんどん下手になっていないか心配だ、と堀元も同意した。飯田さんはこれを、2歳半の息子の話につなげた。息子は最初は高さの危険が分からずに飛び降りていたが、学習すると小さな段差も怖がるようになり、今は怖さを理解したうえで跳べるかどうかに挑戦している。これが水野と同じだという。

褒め言葉を受け取らないことと、ソクラテスとプラトン

飯田さんは、水野が反省すること、自分の加害性を自覚することを好むように見えると言う。「君にはいいところがある」と伝えても響かない。堀元もライアーゲームの件を振り返った。水野は場を仕切った人物を「カリスマがある」と褒めていたが、堀元の「カリスマスカウター」で測れば、本気を出した水野のほうがその10倍はカリスマがある。そう伝えても、水野は「そうかな」で終わった。

飯田さんは、自分たちがプラトンになるべきではないかと言い、堀元は、ゆる言語学ラジオで自分はすでにその役を担っていると応じた。ソクラテスが本を書かずに問答だけで終わろうとしているのはもったいないから、コンテンツにしたのだという。ラジオに出してみたら予想以上に受けたので、自分の測定は合っていた、とも述べた。飯田さんは、褒めることは「あなたにはこんなにいいところがあると私は思っている」という愛情の表明なので、否定されるとこちらの気持ちまで受け取ってもらえないように感じる、と付け加えた。

飯田さんの新説:遅いのではなく、振れ幅が大きい

ここで飯田さんが新しい見方を示した。水野は周りの誰よりも、人間として深みを得る可能性があるのではないか、というものである。前提として、飯田さんは「現時点では浅い」とはっきり言った。そのうえで次のように説明した。水野は、何も考えないという極端な位置から出発した。今は加害性をとことん考えるという反対側の極端に振れている。いずれ「こちらばかりもおかしい」とまた戻るだろう。人生は振り子ではなく螺旋であり、この振れ幅は出発点が極端だったぶん誰よりも大きくなる。人は自分が経験した振れ幅を超える人には助言できないので、大きく揺れた人ほど多くの人を包み込めるようになる、というのが飯田さんの考えである。

堀元はこれを『金色のガッシュベル!!』の「誰よりも悲しい人生を送ってきたからこそ、誰よりも優しい王になれる」という言葉に重ねた。飯田さんは「遅いのではなく大回り」と言い換え、自分たちは時計の振り子、水野は単振り子のようなものだとも表現した。ただし、戻ってこずに明後日の方向へ行ってしまうと失敗になる。だから、必要以上に自分を戒める今のモードから、どこかで初めて「戻る」経験をしてほしい、と二人は話した。

堀元は、母親が40代後半になっても「雑談って仕方なくない?」と悩んでいて、中学生だった自分は「まだそこ?」と驚いた、という話をした。今なら、その悩みは何度でも来るものだと分かるという。飯田さんは、子どもが学校に入ると親同士の関係が始まり、大人になって選べるようになったはずの縁が、再びランダムな集団に戻ると話した。堀元は、港区女子との合コンに社会経験として行ったときの話もした。仕事を聞かれて『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』の書名を答えたら、まったく受けなかった。それでも今は落ち込まず、最後は同行した友人とマルクスの話をしていたという。大人になって、気の合わない相手と無理に仲良くしなくてよくなったと思っていたが、子どもができるとまた小学校のような状況に戻るのか、と堀元は嘆いた。

この回の後半では、水野の今後にも話が及んだ。飯田さんは、水野がこの先もずっと会社員でいるとは限らないと見ている。水野が単著を出す際に「自分のボラティリティを閉じたい」、つまり売れなければ作家の道がないと分かるようにしたいと言ったとき、飯田さんは、成功すればむしろ可能性が増えるのだから考え方が逆だと怒ったという。堀元は、水野に年収を提示して自社に誘ったことがあると初めて明かした。水野は「今のままで幸せ」と断ったそうだ。飯田さんは、水野はお金ではなびかないが、自分の才能に気づき始めており、その葛藤から大きな実りが生まれるだろうと話した。堀元は、長く売れなかったミュージシャンが急に売れて調子に乗る例を挙げ、振れ幅がそちらに向かうのは嫌だと冗談を交えて懸念を示した。

第二の裁判:飯田さんを壊しているのではないか

次に風呂へ行ったのは飯田さんである。堀元は開口一番、自分は飯田さんの人生を破壊している気がする、と言った。飯田さんは人生のすべてを「積ん読チャンネル」に捧げている。結婚した頃は少しエモい文章を書く人だったのに、今ではサムネイルで変顔をしている。堀元は、奥さんが「話が違う」と引いているらしいと話した。

以前の堀元は、水野に「会社を辞めて一緒にやろう」と強く言えなかった。水野の人生を台無しにしてはいけないと思っていたからだ。それに対して水野は、「それは俺の主体性を軽視している」と返した。水野がこの考えに至ったのは、飯田さんとのやりとりがきっかけだった。旅行中に水野が「一緒にいると気疲れするよね」と謝ったところ、飯田さんに「なめるな。俺は自分の意思で来て楽しんでいる。そんなことを言うのは信頼がないということだ」と怒られたのだという。堀元はこの考え方に従い、飯田さんを追い込むことになってもそれは飯田さんの選択だと考えてきた。ところが最近、飯田さんは忙しさとストレスで蕁麻疹が止まらないらしい。壊れそうだと思いながら見ているのは、友人としてよくないのではないか。堀元はそう迷っていた。

水野はまず、堀元が「友として」と言ったこと自体を評価した。これまで堀元は冗談めかして「友達じゃなくてビジネスパートナー」と言っていたからである。ビジネスパートナーとして言うことと、友人として心配していることを切り分けて伝えればよい、と水野は提案した。ところが堀元は、飯田さんに「蕁麻疹が止まらない」と言われて「いいね」と返していた。水野は、深刻な内容を軽いテンションで話しているので、そこは内容とトーンを連動させるべきだと指摘した。また、悩みを第三者に相談して重さを分散させるのもよいことだと述べた。

堀元は、飯田さんの難しさとして家庭と「老い」も挙げた。飯田さんは35歳で堀元の2歳上だが、焼肉が食べられなくなり、この宿のビュッフェでも堀元の3分の1ほどしか食べていなかったという。そして堀元は「炭鉱のカナリア」という言い方をした。飯田さんが燃え尽きるところを見れば、自分はその手前までやれると分かる。あくまで人ごととは思えない、という意味だと本人は言い直している。

プロフェッショナルは友人より上なのか

具体的な心配の種として、堀元は積ん読チャンネルの企画を挙げた。日記の本を紹介した際、特典として二人の日記を売ると宣言した。最初は1週間分の予定だったが、面白かったので4か月続けている。しかし飯田さんの日記は20日分ほど遅れている。それなのに先日の収録で、飯田さんは事前相談なしに「特典として二人が書いた短編小説をつける」と言い出した。堀元は、言い出した本人のほうが危ないのではないかと感じたが、そのことを伝えてはいない。

理由を掘り下げると、堀元の中の序列が見えてきた。最近の収録で、堀元は飯田さんの質問の仕方にダメ出しをした。雑学クイズのコーナーで、飯田さんは出題者が答えやすいように「2号連続ですか」と丁寧に確認した。堀元は収録を止め、リスナーには伝わっているのだから、リスナーに向けて短く話してほしいと注意した。空気は悪くなり、堀元は一瞬後悔した。インタビュアーとしての飯田さんのプロ意識だったのかもしれないと思ったからだ。それでも帰り道で、これはプロ同士のぶつかり合いであり、正しいと思ったことを言うのがプロだと考え直したという。一方、日記が遅れているのに小説まで書けるのかと問うのは、友人というアマチュアの立場から飯田さんのプロの判断に干渉することになる。だから言えなかった、と堀元は整理した。

水野は、友人とプロを上下で考えなければよいのではないかと問い、失敗例がないと議論にならないと指摘した。堀元は、恋人に仕事へ口を出されるのが嫌いで何度も揉めたことを挙げた。これに対して水野は、恋人は仕事の当事者ではないが、飯田さんは当事者であり同時に友人でもあるので、事情が違うと整理した。堀元もこれを認めた。そのうえで水野は、互いに相手の合理性を理解しているせいで、かえって距離が遠いのではないか、もっとインファイトしてもよいのではないかと述べた。

議論の最後に、堀元は本音を明かした。心のどこかで、飯田さんに走り切ってほしいと思っている。飯田さんがここで止まれば、自分もそこで止まらなければならなくなるからだ。友人としては止めたほうがいい気がするのに、止めたくない。それは冷酷なのではないか、というのが堀元の悩みだった。水野は、冷酷かどうか悩んでいる段階で本当に冷酷な人ではないと答えた。そして、自分も飯田さんが壊れるのは悲しく、その心配を直接伝えていなかったことに気づいた。

カメラ越しなら言える、という発見とその練習

二人とも、飯田さんの目を見て「心配している」と言うのは気恥ずかしいと認めた。水野は、親への感謝も面と向かっては言えないと言い、カメラに向かって家族に礼を述べた。そこから二人は、YouTubeのせいで生活が狂っていると言いながら、実はYouTubeのおかげで本音が言えているのではないか、と考えた。水野は、ウケることを内面化して話しているという批判にも一定の説得力があると認めつつ、自分はカメラの前でなければ言えないと述べた。

それでも、直接言えたほうがいいという点で二人は一致した。翌日の帰りの車内で伝えることにし、その場で練習してみた。水野は「友達としてカジュアルに受け止めてほしいんですけど」と前置きを重ね、堀元に「ダサい」「キモい」と言われた。その練習の途中で、堀元は数日前の飲み会で飯田さんに「最近どうですか、ご家庭とか大丈夫すか」とさりげなく尋ね、相談に乗っていたことを思い出した。ただ、それは聞き取りのような気遣いで、「心配している」とはっきり伝えるのは押しつけがましいと思って避けていたという。

前置きについては議論が続いた。水野は、センシティブな質問をするとき、親しい相手にも「答えたくなければ答えなくていいんですけど」と言う。堀元は、はたから見ていて距離を感じると指摘した。水野は、自分がこの前置きを使うのは親しい相手に踏み込んだ質問をするときだけで、親密さのシグナルのつもりだったと説明した。それが多数派の感覚と違うことに驚いたという。二人は、これはネガティブ・ポライトネス、つまり距離を取る礼儀なのだと整理した。答えなくてよいと示しながら、距離を縮められる言い方はないか。二人はそれを発明してほしいと視聴者に呼びかけた。ただし、人間関係は結局「空気を読む」ことで回っているのかもしれない、という留保もつけた。

振り返ると、飯田さんについて話すつもりが、二人は自分たちのことばかり話していた。しかも最後に「手紙やビデオメッセージは偉大だ」「もっと仲良くなればいい」という結論に至ったところで、堀元は、それは普通なら16歳くらいでたどり着く話だと自嘲した。

第三の裁判:堀元の理想の相方は誰か

最後に風呂へ行ったのは堀元である。飯田さんが最初に出した論点は、堀元の力を最大限に引き出す相方は誰か、というものだった。堀元は誰と組んでも一定の成果を出せるが、それは相手の素材を生かしているからで、堀元自身が100%出ているとは限らない。

似た者同士がいいのか、正反対がいいのか。飯田さんは、堀元と気質の近い配信者と組めば熱狂的なファンが100人はつくが、なんとなく好きだという1000人には広がらないだろうと見る。水野は、性格は正反対でも世代などの共通点があって話がかみ合うコンビのポッドキャストが伸びやすい、という感触を話した。

飯田さんは、自分は堀元に「はまりすぎている」と言う。飯田さんは相手に合わせる人で、堀元に寄りすぎた。飯田さんの見立てでは、堀元は自由人に見えて、本質的には振り回されたい人、言い換えれば課題解決が好きな人である。広告案件で細かい修正を求められて不満を言っているときも、どこか生き生きしている。そして、振り回すのは水野のほうだという。例として挙がったのが、水野が積ん読チャンネルに代打出演した件である。水野は『スマホ時代の哲学』を紹介することになっていたが、その前にゆる言語学ラジオで『努力は仕組み化できる』を紹介すべきだと譲らなかった。飯田さんは面倒だと思ったが、そのとき堀元は嬉しそうに「僕が水野を振り回しているように見えて、実際は逆だと分かったでしょう」と言ったという。飯田さんは、自分と堀元のコンビは安定してヒットは打つが、三振もホームランもないと表現した。一方、ゆる言語学ラジオには、二人が予想もしなかった結論に達したときの爆発力がある。堀元は人を振り回さないのではなく、振り回せないのだ、とも飯田さんは述べた。

具体的な候補として、飯田さんは原宿さんの名前を挙げた。いい意味で乱暴な人なので、スパークしそうだという。水野は、原宿さんが年下という設定のほうが面白いかもしれないと応じた。ただし、堀元は原宿さんのことが好きすぎる。水野によれば、原宿さんのポッドキャストについて水野が「初回のほうが面白かった」と言ったとき、堀元は原宿さんが楽しそうならなんでもよかったらしい、というくらいである。

水野の「存在論的不安」

この流れで、水野は、飯田さんに存在論的な不安を覚えていると打ち明けた。積ん読チャンネルの直近の動画がどれも10万再生前後だった時期、水野は素直に喜べず、そんな自分が怖かったという。整理してみると、自分がリプレイスされる恐怖があった。言語について知りたい人よりも、読む本を探している人のほうが多いはずなので、このままならいつか抜かれる。水野は負けず嫌いである。さらに、わがままを言わない相方のほうが楽だと堀元に思われて、乗り換えられるのではないか、という不安もある。

水野はその背景として、堀元がゆる言語学ラジオを始める前にやっていた番組を、ゆる言語学ラジオが軌道に乗った段階で畳んだことを挙げた。水野はそれを堀元からではなく、間接的に知った。相談してほしかったわけではなく、言ってほしかった。当時は不満を言わなかったが、今になって蓋が開いたのかもしれない、と水野は話した。

飯田さんが本を書いていることについても、水野は100%のおめでとうを言えるよう、今から心の準備をしていると明かした。飯田さんは、80%だと正直に言われたほうが嬉しいと答えたが、水野は、80%で言った自分を嫌いになるから、それはプライドが許さないと返した。飯田さんは、自分は二人の後から始めたので抜かれる立場になく、そのぶん気が楽なのだろうと述べた。そのうえで、本紹介のYouTuberに猛スピードで抜かれたら自分も血の涙を流すと認めた。

飯田さんは、最近まで堀元を「相方」と呼べなかったとも打ち明けた。霜降り明星のせいやさんが別の番組を始め、その共演者がせいやさんを「相方」と呼んだら、相方は粗品さんだろうと思うのと同じ感覚だという。自分の番組に堀元を「借りている」と感じていた。最初に「相方」と口にしたのは堀元のほうだった。それから2年近く経って、ようやく少し言えるようになってきたという。水野は、堀元が積ん読チャンネルに出続けている理由を本人に聞いたことがあり、「出るのが楽しいんだよね」と答えたと伝えた。

「弱さを見せられない弱さ」と、理害を超えた関係

話はここでも「心配を伝えるかどうか」に戻った。水野は、堀元が自分で忙しくした結果として疲弊するのであれば、それは堀元の自己決定なので干渉すべきではないという立場をとった。飯田さんは、本当に弱ったときに「助けてほしい」と言えないのは、弱さを見せられないという弱さだと指摘した。強さには相手を心配させない強さもあれば、弱さを見せられる強さもある。片方が弱ったときには、弱った側が見せられるか、見せられた側が「あなたが決めたことですよね」から一歩踏み込めるかが試される、と飯田さんは述べた。

飯田さんは堀元の矛盾についても語った。水野は、かつて番組でスピーカーを務めた人物の堀元評を紹介した。堀元は「場所の人」で、大学ではサークルを立ち上げ、卒業後は「村」をつくり、その後もnoteの課金者コミュニティ、うんちくを書き込むDiscordサーバー、ゆる言語学ラジオ、カフェと、常に場をつくってきた。これは、くすぶっていた頃の自分に似た人に手を差し伸べることでもある、と水野は理解している。飯田さんは、稼がなければ食べられない時期を経た堀元は人間関係を利害でしか捉えられなくなっていて、露悪的にそう語りながらも、本当は利害を超えた関係を求めているのではないかと見る。水野は、自分と堀元はもともとコミュニケーションの姿勢が正反対だったが、互いに影響し合って少しずつ中道寄りになっていると話した。

優しさについても議論があった。飯田さんは「優しさと臆病は双子」と言い、堀元が優しくなったのは人を傷つけてきた経験があるからだと述べた。実際、「村」づくりの失敗を書いた昔のブログでは、相手を強く責めていたという。水野と飯田さんは、堀元に身構えて臨んだら拍子抜けした経験をそれぞれ話した。水野は、研究者から本格的な内容を学ぶ長尺企画「ちょいガチ」を提案した際、編集費は自腹で払うと理論武装していったが、説明の途中で「いいっすね、やりましょう」と即答された。飯田さんは、積ん読チャンネルの更新を週2回から週1回に戻したいと覚悟して切り出したとき、「そうしますか」と言われた。

水野は、日本語の「優しい」には「寛容」と「親切」の二つが混ざっており、両者は反比例するのではないかと整理した。堀元は寛容な人であって、踏み込む親切の人ではないという。水野はさらに、知人から聞いた「優しさと誠実さは反比例する」という話も紹介した。責任の取れる範囲でしか言葉を使わない人は誠実だが、そのぶん踏み込まない、という意味である。飯田さんは、堀元にも親切の面があり、見込みのある若手におごって話を聞くのもそうだと指摘した。ただ、本人はそれを「人が株だったらいいのに」と利害の言葉でしか語れないのだという。

飯田さんが最後に示したのは「一緒に嘘を信じられる関係」という考え方である。結婚で「君しかいない」と言うとき、統計的に考えれば他にもっと合う人がいるはずで、それは厳密には嘘だ。それでも、その嘘を嘘と分かったうえで二人で信じ、真実に向けて一歩ずつ積み重ねていく。飯田さんは、三人の関係もすでに利害を超えた関係になっており、互いの人生はもう重なっているのに、重なっていないふりをしているのではないかと言った。それに気づくべきだし、自分たちも「大丈夫だから」と言葉にするべきだ、と。水野は、その話も一時間前に堀元としていたと返した。三人とも、互いに対して「もう少し開示したほうがいい」と言い合っていたのである。

時間がかけた結論の重み

どうすればもっと仲良くなれるのか、明確な答えは出なかった。水野は、三人の間には利害が発生しており、それが単に気が合うだけの友情より関係を難しくしていると認めた。飯田さんは、時間が経てば見える景色は変わると言い、2年経って堀元を相方と呼べるようになった自分の変化を例に挙げた。水野も、堀元との関係は2年目より今のほうが近いと感じているという。そして、社会人になると友達ができにくい理由について、時間が大きいとする研究を紹介する回を構想していると明かした。本をめぐるトラブルのとき、そばに飯田さんがいてくれたことも大きかった、と水野は振り返った。

水野は、美学者の伊藤先生が会議の研究で「凡庸な結論でも、そこに至るまで時間をかけることに意味がある」と述べていることを紹介した。飯田さんは宮本常一『忘れられた日本人』の、村の寄り合いを挙げた。何日もかけて話し合い、結局はおおよそ予想された人が村長に決まるが、全員が言いたいことを言い尽くしたので結束が固まる、という話である。

風呂から戻った堀元は、飯田さんと水野も自分たちとほぼ同じ話をしていたと聞かされた。その場で堀元と水野は、飯田さんに「友人として、壊れていかないか心配している」と伝えた。直後に「家庭がある」「いちばん年上で体力が衰えている」と付け足し、炭鉱のカナリアなら黙って死なずに鳴いてほしいと茶化してもいる。飯田さんは堀元に、利害を超えた関係はもうできていると気づいてほしいと返した。水野は、知人の「理由なく飯に誘えたら友達」という定義を持ち出した。三人とも、理由なく飯に誘うことはできそうだと答えた。しかし、本当にしんどいときに互いに連絡するかと問われると、堀元は「しないかも」と答えた。この問いには答えが出ないまま、収録は終わった。