「分かったつもりだった」 ルポライター鈴木大介が語る、最貧困女子の苦しさと脳の問題
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜ルポライターの鈴木大介は、2000年代から家出少女、売春で生計を立てる女性、不良少年などを取材し、『最貧困女子』を書いた。その後、41歳で脳梗塞を起こし、高次脳機能障害の当事者になった。その経験を『脳が壊れた』『貧困と脳』などの著作にしている。街録chのインタビューで鈴木が繰り返し語ったのは、取材対象の苦しさを自分は分かったつもりでいただけだった、という反省である。
聞き手はこう問いかける。取材してきた女性たちの脳の状態を、自分の身体で体験したのはどういうことだったのか。鈴木の答えは「100%体験できたとは思っていない」というものだった。そのうえで、以前の自分が分かったふりをしていたことを反省していると述べる。本稿では、鈴木がなぜそう考えるようになったのか、何を書き直そうとしているのか、まだ答えが出ていないのは何なのかを、話の流れに沿って整理する。
「最」をつけた理由 貧困支援から数えられていなかった女性たち
鈴木は「学者が嫌いだった」と切り出す。すぐに「1つ正しい側面ではあった」と言い添えてはいる。反発の対象になったのは、90年代の援助交際ブームを社会学的に読み解こうとした一派である。鈴木が取材で出会ったのは、ムーブメントに乗って性的な逸脱をする少女ではなかった。生きるために切迫した状況で体を売らざるを得ない子たちだった。社会学が現象として語るとき、そうした子は「いないこと」にされてしまった、と鈴木は感じていた。
『最貧困女子』は、当初「貧困女子」というテーマで持ち込まれた企画だった。「最」をつけたかったのは、売春で生きる女性たちが貧困支援の枠組みからそもそもカウントされていなかったからだという。彼女たちは自助努力で生きているうえに、支援する側からすると扱いづらいメンタリティを持っている。そのため、存在に気づかれてはいても研究の対象からは外れていた。鈴木によれば、日本の貧困支援は路上生活者の男性への炊き出しなどから可視化されてきた。それが歴史的な経緯だったとしても、体を売って自力でしのいでいる時点で女性の貧困は勘定の外になるのか。鈴木は「ふざけんなやって思って」と語り、これが執筆の動機だったと振り返る。
同書では「3つの無縁」と「3つの障害」をキーワードにした。鈴木は研究のつもりでやっていたわけではない。インタビューを重ねるうちに「なんでこうなっちゃうんだろう」と考え、ただ貧しいだけでなく自力で抜け出せない状態になるには条件が重なっている、と感じた結果だという。当事者に接していれば腑に落ちるはずのことだ、とも話している。
20年前の錦糸町 組織売春の現場
インタビューが行われた場所は、鈴木がかつて取材した土地だった。2006年ごろ、近くにあった昭和風の喫茶店が、未成年を含む売春グループの待機場所になっていた。そこに少女たちが集まり、出会い系サイトで客を取る「打ち子」の男性スタッフがいて、客が付くと「行ってこい」と送り出す。そういう業者があった。
鈴木が覚えている場面がある。金は欲しいが何もできない新しい子に対して、業者は「とりあえず客とトイレで1番軽くやっといで」と指示していた。障害者用トイレで口で済ませてこい、という意味である。ホテルに行けない、本番ができない、密室が怖いという子に、そういう扱いがされていた。
症状としては見ていたが、苦しさは分かっていなかった
「分かっている気になっていた」とはどういうことか、と聞き手が尋ねる。鈴木は取材した少女たちの様子を挙げた。子どもの頃に虐待を受け、家から逃げてきて、自力で生きるために売春を選んだ子が多かった。取材中にパニックになる子、過呼吸の発作を起こす子がいた。夜中に混乱状態になって、何度も電話やメールをしてくる子もいた。
鈴木はそれを「不安で脳が暴走している状況」「症状」として客観的に理解していた。落ち着かせなければとも思っていた。しかし、自分が障害を負ってみると、そうした症状は「地獄のように苦しい」ものだった。パニックや過呼吸の最中には、救急車を呼ばなければ死ぬのではないかという身体的な苦しさと死の恐怖がある。不安が頭から離れず、脳がそこからフォーカスを外してくれない。PTSDを持つ子の、獣に襲われて今何かしなければ死ぬという切迫した状態も、どれほど苦しいのかを自分は全く分かっていなかった、と鈴木は言う。
ただし、その理解も時間とともに薄れているという。発症から12年目に入り、症状は緩和してきた。発症直後にはリアルに分かっていた感覚が、今はまた失われつつある。41年間を健常な脳で生きてきた鈴木にとって、症状が強かった期間は全体のごく一部にすぎない。あれほど分かっていたことが分からなくなっていく。それほど、健常な脳の人間には想像しにくい苦しさなのだろう、と鈴木は考えている。
「セックスワーク」という言葉を肯定したい理由と、見落とした側面
聞き手が「セックスワーカー」という言葉を使ったことを受けて、鈴木はこの言葉についての自分の立場を説明した。性を「ワーク」と呼ぶことは売春を労働として認めてしまうのではないか、という論争がある。それでも鈴木がこの言葉を肯定したいのは、取材した少女たちが「爆発するような自由の中にいた」からだ。
少女たちは、虐待、貧困、施設暮らし、いじめなどで、それまで我慢に我慢を重ね、自由を奪われてきた。そこから、自分の体と自分の意思で現金を得るようになる。その金で何をしてもいい。ホストに行っても、タバコを買っても、酒を飲んでもいい。そういうプライドと自由の感覚が彼女たちにはあふれていた、と鈴木は言う。彼女たちの自助努力を肯定したいし、社会不適合者だとは言いたくない。その意味で「ワーク」だと肯定したい、というのが鈴木の考えである。
一方で、鈴木は自分が「フォーカスするところを間違った」とも述べる。過酷な環境を生き延び、自力でしのいでいる姿を尊重する。本来は救われるべきだった子がノーカウントになっていることに憤る。ここまでは変わらない。しかし自由の裏側で、彼女たちは強い不安と混乱を抱えていた。そのために訳の分からない行動を取ったり、差し伸べられた支援の手を払いのけたりする。『最貧困女子』では、こうした側面を、障害があるために売春以外の場で適応できず支援にもつながらない、という「孤立していく過程」の要素として書いた。被害を受けて生きてきたことで精神的な病や混乱を抱えている、その苦しさそのものにもっと目を向けるべきだった、というのが鈴木の反省である。
貧困は「二次障害」 虐待と脳の発達
鈴木は、脳の認知機能に障害があると貧困に落ちるのはある意味当然の現象であり、「症状の結果の二次障害としての貧困」という観点が必要だと話す。そのうえ、健常な人から見ると「これでは貧困になるのも孤立するのも仕方ない」と誤解されやすい。
取材した少女の中には先天的な問題を抱えた子もいた。知的障害の診断を受けている子や、境界知能よりずっと重い問題がありそうだと感じさせる子が少なくなかったことに、鈴木は驚いたという。発達特性をうかがわせる子も多かった。鈴木はここで、虐待が「第4の発達障害」だという言説があることに触れる。福井大学の友田明美氏らの研究では、暴力やストレスの強い経験の中で育つと発達特性に近い脳の特性になり、画像でもその所見が出ることがエビデンスに基づいて語られている、と紹介した。
鈴木が本当に残酷だと感じているのは、次の点である。ひどい目に遭ってきた子がそれによって不自由な脳になり、ひどい目に遭い続ける。ひどい目に遭う可能性のある世界でしか生きられなくなる。「じゃあこの子たちはずっと苦しむだけじゃん」という残酷さがある、と鈴木は語る。
「肌触りのいい」アンダーグラウンドの経済圏と、その中の格差
一方で鈴木は、過酷な経験をしてきた人たちには、その特性で生きていける経済圏があるとも指摘する。「歌舞伎町経済圏」と呼ばれるものや、不良の周辺、夜の仕事の周辺には、そうした経験をしてきた人たちの常識や脳の状態に合わせた経済圏ができているのではないか、と鈴木は見ている。
支援する側は、この経済圏を「ちゃんとしていない」と見て、普通の仕事や普通の常識の世界に戻そうとしがちだ。しかし戻された先では働きづらく、生きづらい。『最貧困女子』で鈴木は、家を出て携帯も住む場所もない状態でも、名義を貸してくれる人や生活のツールをレンタルしてくれる人がいて、スカウトを通じて夜の仕事やセックスワークに回収されていく仕組みを「セーフティーネット」と呼び、「肌触りがいい」と表現した。聞き手の確認に対して鈴木は、通信手段、仕事と収入を得る手段、屋根の3つが、丸裸で出てきた状態でも受けられるという意味だと説明している。ただし、未成年にとってはそれもハードルが高いと付け加えた。
この経済圏は、単にサービスが充実しているだけではない。脳の状況にとっても居心地がいいのではないか、と鈴木は推測する。とはいえ、そこは努力の世界で、自己責任の感覚が非常に強い。一時的に入れても、結果を出さなければ長くはいられない。組織売春の中でも、頭のいい子はどんどん勝ち上がっていく。打ち子の男性や客と恋人関係になって安定した場所を得る子がいる。容姿に恵まれた子もいる。自分が客付けする側になって独立する子もいる。鈴木が知るある子は、15歳で組織売春のスタッフの下で働き、16歳の誕生日ごろには独立して、女の子を派遣する側に回ったという。能力、ルッキズム、コミュニケーション力による「すごい格差社会」だと鈴木は表現する。
安心すると爆発する 傷口が開くという感覚
抜け出す道について、鈴木は「批判を浴びるところだが」と前置きして語った。最も分かりやすく抜け出すのは、安定したパートナーシップを築き、結婚・出産に至るケースである。長く連絡を取り続けられる、つまり「飛ばない」子の条件もそこにあったという。
しかし安定は綱渡りだ。鈴木は、共著もある友人の表現を借りて「嵐のような危険の中を生き抜いてきた人たちが安全圏に入ると、問題行動が爆発する」と話す。恋人ができ、屋根ができ、安定した生活が始まっても、そこからメンタルが爆発して関係を続けられなくなるケースが多かった。問題行動を起こさずにいられるか、相手がそれを容認できるかに、関係の継続がかかっている。
聞き手が「安定していることがストレスなのか」と尋ねると、鈴木は否定した。安心すると傷口が開いてしまう、というイメージだという。必死に押さえていた傷口が緩むと全部出てしまう。嵐の中ではフォーカスが向かなかった自分のつらい経験を、余裕ができた途端にもう一度見てしまう。「あ、私めっちゃ大怪我負ってんじゃん」という状態である。友人はそれを、体が2つに引き裂かれて血が噴き出るような寂しさ、と表現しているそうだ。
鈴木自身にはそこまでの症状はなかった。ただ、何もしていないのに不安が暴発する、ネガティブなことに注意が向くとカメラがそこからフォーカスを外してくれない、といった症状はあった。だから少しは分かった気がする。それでも、暴力やトラウマ経験のある人のフラッシュバックの話を聞くと「ちょっと桁違いだ」と感じるという。
PTSDのある読者からの共感と、新しい取材
この「桁違い」の感覚が、鈴木の現在の取材につながっている。鈴木は、自分の症状と、さまざまな脳の疾患や障害がある人たちの症状が似ているという本を何冊も書いてきた。発達特性のある人や認知症の人からの共感は予想していた。想定外だったのは、虐待や暴力の経験があり、PTSDや複雑性PTSDの診断を受けている読者から「この症状は自分にもある」という声が多く寄せられたことだった。
なぜPTSDのある人がそれほど共感するのか。もしかすると彼らは、鈴木が思う以上にしんどく劇的な症状を抱えている。鈴木が軽く経験した部分を言語化したものが、それにぴったり重なったのではないか。鈴木はそう考え、改めて取材しようとしている。
鈴木が以前から引っかかっていた取材がある。売春で得た金で子どもを育てるシングルマザーを集中的に取材したとき、21〜22人のうち大多数が精神科に通っていた。売春以外の仕事は何をやっても続かず、その結果として売春を選んでいた。ほとんどがDVを原因とする離婚だった。
鈴木にとって不可解だったのは、そのタイミングである。暴力が終わり、夫から逃れて、ようやく自由になったはずだった。どんな仕事をしてもいいし、男性への恐怖がなければ新しい恋愛もできるかもしれない。社会の多くの人は「やっと自由になったんだから、これからがあなたの人生だ」と思うだろう。ところが、まさにそのタイミングで彼女たちは倒れ、壊れて、働けなくなる。そして一般の仕事ができない中で、なぜか自分を加害した男性と同じ属性の男性に体を売る仕事で子どもを育てている。被害が終わった後に、被害経験が継続している。これをちゃんと言語化し可視化しないと「また俺は間違ったことを言っていることになる」と鈴木は考えた。そこで、『貧困と脳』を出して2年が経った今、PTSDや複雑性PTSDの診断があり、鈴木の本に共感し、働けないでいる人たちを取材しようとしている。
シングルマザーは「ボーリングの球」 亡くなった少女たちのこと
シングルマザーの女性たちに出会ったのは、2000年代に少女たちを取材していた頃だという。同じ出会い系サイトを使い、同じように客を取っている女性の中に、なぜかシングルマザーが多かった。取材した少女の中には、母親も売春をしているという子も少なくなかった。2世代、3世代にわたる売春もあったと鈴木は言う。
鈴木は両者の違いを比喩で説明した。10代の少女たちは、不安を抱えながらも自由が爆発しているようで、スーパーボールのような精神の弾力があった。地面に投げつけても手に戻ってくるように、ひどいピンチにあっても翌日には笑いながら食べている。一方でシングルマザーたちは、落とすと「どすん」と沈むボーリングの球のようだった。年齢は10も20も変わらず、同じツールで同じように客を取っているのに、まるで属性が違った。
このとき鈴木は、少女たちの元気さ、たくましさ、力強さばかりを可視化し、その奥の恐怖や不安、パニックには目を向けてこなかったことに少し気づいた。メンタルの弾力性を完全に失ったシングルマザーたちが、少女たちとは別の人種ではなく、同じ人の「行き先」のように見えたという。実際に同一人物だったわけではない、とも鈴木は断っている。
聞き手が、10代のころ弾力のあった子がそうなったケースもあるのだろうと言うと、鈴木は「もうそれは話したくない。泣いちゃう」と答えた。取材した少女の中には、その後そうなって亡くなった子が何人かいたという。「それがもう俺のトラウマですね。なんで分かってやんなかったんだろう」。何も分かっていなかった自分を強く責め、「何を上から目線で取材していたんだろう」と語った。
それでも書き続けているのはなぜか。鈴木は「自分のことを訂正できないやつは作家として失格だ」と答える。書いたことが間違っていた、解像度の低い状態で書いていた、勘違いして書いていたと分かったなら、表現できる限りそれを正さなければならない。適当なことを書き散らかした以上、自分のケツは自分で拭く。それが書き続ける意味だという。どうしていれば違う結果になったのかと聞かれると、鈴木は「わかんない。それは次の取材で分かるかもしれない」と答えた。
取材の「撮れ高」を問題の大きさで測った後悔
鈴木は、ほかにも取材姿勢の後悔を語った。売春をしている少女たちを取材するとき、鈴木は自腹で謝礼を払っていた。少女にとっては、客を取る代わりに休憩しながら話すだけで金がもらえる。そのため、グループの子から「取材して」とせがまれることが多かった。
その中で、鈴木は抱えている問題の大きさを「撮れ高」とみなしていた時期があった。高校に通いながら夏休みだけ家出してグループにいる子は、高校に行けている時点で大した問題はないだろうと考え、取材から外そうかと思ったことがあるという。少女たちの中にも「高校に行けてるやつが来るな」と言う子がいたし、不良少年の取材でも、中学にもまともに行けなかった子が漫画『クローズ』を「高校に行けてるやつが不良って分からない」と嫌っていた。
しかし鈴木は今、それは違うと考えている。高校に行けているか、親がちゃんとしているか、家庭が崩壊しているかとは別に、本人が抱える苦しさや病や闇はある。本人の苦しさではなく、背景の「高さ」に集中してしまった時期があったことを、鈴木は「すげえ後悔してる」と語る。何に苦しんでいるかは、目に見えることだけでは判断できない、というのが鈴木の結論だ。
生い立ち 他人への理不尽に耐えられない子ども
話は鈴木自身の生い立ちに移る。52歳、千葉県佐倉市の出身。父は会社員、母は自宅で英語塾をしていた。鈴木は「ちゃんとした家」だと言う。一方で自分自身については「箸にも棒にも引っかからない」「熱量は高いが不良品」と表現する。
鈴木は子どもの頃から、自分以外の誰かが理不尽な目に遭っていると強い怒りを感じた。テレビや漫画の中のいじめや意地悪にも耐えられなかった。自分が被害を受ける立場になっても、それほど苛立たなかったという。生まれつきだと本人は考えている。一方的に悪者を決める「正義の味方」ものも嫌いで、流行にも興味がなかった。とにかく自由を制限されることが苦手だった。
地頭は悪いと自分では言うが、家が塾だったので勉強の仕方を知っていて、テストはできた。私立中学を受験し、当時「千葉御三家」と言われた進学校に入る。それでも、同じ場所に毎日同じ時間に通うだけで奴隷のような気分になり、中学生のころには自分に何か障害があるのではないかと考えていた。興味のないことは覚えられない、とも話している。
学校への違和感も強かった。中学1年のとき、学校が配った名簿に親の職業が書かれていた。医者や社長の並ぶ中にブルーカラーの職業があれば、その子が傷つき、からかわれるかもしれない。それを無神経に載せる学校に腹が立った。進学・就職のルートは自分には無理だと考えた鈴木は、アルバイトができる年齢になるとすぐに働き始め、高校時代は「バイトバイトバイト」で、自分が食べていける仕事を探した。
難民支援の現場で聞いた話と、「書く側」に回る決意
鈴木を方向づけたのは1冊の本だった。犬養毅首相の孫である犬養道子の『人間の大地』である。先進国に生きているだけで、開発途上国の人々の犠牲の上に生活が成り立っている、という内容だったと鈴木は説明する。高校2年で読んで「俺ら加害者側じゃん」と強い憤りを覚えた。夏休み明けには、開発途上国支援や難民支援をするボランティアセンターにアポなしで乗り込んだ。
そこで鈴木は、内戦下のカンボジアの難民支援に初期から現地で関わってきた人物に出会う。支援を将来の仕事にしたいと言うと、「これが仕事と言われる時代になったんだ」と返された。現場は仕事どころではなかった、という意味である。その人物は鈴木にこう問いかけた。難民キャンプの最前線には、銃弾や地雷をくぐり抜けて負傷した人が逃げてくる。頭が割れた子と足を失った子の2人が来たら、どちらを助けるか。医療や場所のリソースが限られる中では、助かる見込みのある子を治療し、助からない子には何もできない。その残酷な取捨選択が現場のリアリティだ、と。
鈴木は「俺には無理だ」と思った。現地で支援ができないなら、現地で支援する人が帰国したときにその人の書くものを出版する手伝いをしよう。その人が書けないなら、自分が聞き取って書く側に回ろう。高校2〜3年でそう考え、物書きくらいしかできないと思い定めたという。大学進学をやめて日本ジャーナリスト専門学校に進み、編集とライティングを学んだ。
バイク雑誌、裏稼業、そしてフリーランスへ
卒業後、鈴木はバイク好きが高じて、バイク雑誌の編集部にアポなしで押しかけた。「何でもやらせてください」と応接ソファーに座り込んでいると、出入りしていたライターとカメラマンの事務所の先輩が拾ってくれ、編集プロダクションにつないでくれた。やがてフリーランスになるが、1年もしないうちに主な仕事先だった雑誌が潰れ、借金も抱えて食べる道がなくなった。
そのとき、面倒見はいいが「生きている業界があまりよくない」先輩が、さまざまな裏の仕事を手伝わせてくれた。鈴木は一例として偽造テレホンカードを挙げる。イラン人やトルコ人が10枚1000円で売っているものを、日本人から買いたい日本人に20枚2000円で売れば、1万円で仕入れたものが翌日には2万円になる。質流れのロレックスの買い手を探すような仕事もあった。こうして生活を立て直した時期があったという。
聞き手が「そっちの方が稼げたのでは」と聞くと、鈴木は稼げたと認めた。そのうえで、書く世界で生きたかったのに駄目で、そちらで食いつなぐしかないのは悔しかった、戻りたい気持ちがあったと話す。期間は数か月、長くても1年ほどだったという。その後、編集プロダクションに誘ってくれた先輩から声がかかって編集の仕事に戻り、デザインの仕事のつながりから記事も書くようになった。1999年、27歳ごろにフリーライターとして独立した。
プチ家出の取材で見つけた「ガチ家出」
売春する少女たちの取材は、2000〜2001年ごろに社会現象化した「プチ家出」から始まった。夏休みや春休みに家に帰らず、渋谷や新宿で路上生活のように過ごす少女たちの話題である。社会の裏側の1つとして取材を始めたところ、何か月、半年、1年と家に帰らず、体を売って生きている「ガチ家出」の子が混じっていた。
話を聞くと、みな虐待や貧困など、家にいたら危ないような被害の中で生きてきた子たちだった。緊急避難的に街に出て、生きる手段として売春をし、同じ場に同年代の子がいるからなんとなく混ざっている。鈴木は、これは社会現象やムーブメントではない、こういう子たちは昔からいたのかと衝撃を受けた。自分が食いつなぐために裏の仕事をしていたのとはスケールが違い、彼女たちは生きるためにそれをしていた。反省もし、驚きもし、なぜこの子たちは福祉につながっていないのか、なぜこうなる前に家庭環境を変えられなかったのか、という憤りから取材を続けたという。
2000年代前半は、未成年の逸脱行為がどんどん排除されていく時代だったと鈴木は振り返る。条例で深夜に出歩くだけで補導の対象になった。石原慎太郎都知事(当時)が主導した浄化作戦の流れで、店舗型風俗は新規の届け出が実質的にできなくなり、デリバリーヘルスが急増した。街で生きていた未成年は街にいられなくなる。一方、派遣型の風俗は外から見えにくく、届け出なしでも営業できてしまう。そうした状況の中で、2004〜2005年ごろには未成年を使い、本番行為もある、実質的な組織売春が増えたという。同時期に出会い系サイトも流行し、未成年を含む少女たちが個人で客を取るようになった。
しかし家出してきたばかりの未成年は、携帯も持っておらず、サイトの使い方も分からない。そこで、業界に近い男性たちが用心棒と客付けを担うという需要が、少女側にも男性側にもあった。鈴木はこれを「マッチング」と表現する。2005年末ごろから「援デリ」(援助交際デリヘル)と呼ばれる集団が一気に現れた。実態はデリバリーヘルスではなく、個人で売春する少女の客付けとセキュリティだった、と鈴木は説明する。2006年の初めに鈴木が接点を持った業者の拠点の1つが、冒頭の喫茶店だった。
怒りを燃料に成功する人たち 夜釣りの誘い
聞き手は自分の取材経験から、幼少期の暴力への怒りを燃料にとてつもない力を発揮する人がごく一部いる、と話した。聞き手が会った2人は売春とは無関係の一般的な職業で大成功しているが、失礼ながら幸せそうには見えない。2人とも「どこかでパタッと死にそうだとよく言われる」と語り、そのうち1人はハードワークを「自傷行為」だと言語化していたという。
鈴木は「それ分かるわ」と応じた。自傷的なハードワークをしている間は、自分の中の苦しさや不安、暴れる生存本能や生存の危機の感覚から目をそらせる、という理解である。そのうえで、自分が取材した不良少年の話をした。虐待の経歴があり、詐欺グループで番頭格にまでなった青年がいた。上を見ると金主しかいないような、全身に入れ墨の入ったリーダー格の子である。彼が夜中に電話をかけてきて「鈴木さん、イカ釣りに付き合ってもらえませんか」と誘ったという。道具は夜中でも開いている釣具屋で全部買うから、と。
番頭格は立場上、派手な夜遊びを控えるよう自分が指導している。だから女遊びではなく、得体の知れないルポライターを夜釣りに誘う。鈴木は、そうせざるを得ないほど、彼は不安で苦しい夜を過ごしていたのだろうと今は考えている。当時の自分はそれを全く分かっていなかった。
聞き手は、誘う側からすれば、苦しいんだねと言われながら釣りをするより、気にせず隣にいてくれる方が楽だったのではないか、それだけで役に立っていたのではないか、と返した。鈴木は「そうね」と受けつつも、「それを知ったうえで付き合ってやりたかった」と答えた。生きづらい人のサンプルをたくさん見てきたことで、自分をいろいろなものの理解者だと勝手に勘違いしていた、とも付け加えた。
巻き込まれ型取材と、次の書き手への期待
鈴木の取材スタイルは、取材対象が抱える問題やトラブルに思い切り巻き込まれ、その解消を手伝うことで関係を深めるものだった。売春をしている少女たちは、客に向けた偽りのセルフストーリーを用意していて、取材の最初は基本的に嘘をつく。100回会い、100時間話してようやく本音が出てくる。トラブルを抱えた子が「鈴木さん困っちゃった、どうしよう」と頼ってきたときに初めて本当のことが見え、巻き込まれる中で人間関係が育つ。1〜2時間の取材で分かったように書くのとは違う、と鈴木は言う。
ただ、52歳の今、現役で苦しむ若い子の問題にかつてのように全部巻き込まれる体力はない。だから、きっちり巻き込まれ系のルポライターが育ってほしい、できれば育てたい、と鈴木は話した。死ぬまでに人のことなど分かりきれないのかもしれない、とも述べている。
支援のあり方と、まだ答えの出ていない問い
では結局どうすればいいのか。聞き手の問いに、鈴木はまず、彼らの文化圏を「正しい」とされる側の文化圏に強制的に戻そうとしないでほしいと答えた。自助努力があるなら、いったんそれをリスペクトする。困っているのが健康問題や金銭問題なら、生活圏を一般市民側に戻してから支援するのではなく、今いる世界の中で支援してほしい。一般市民の価値観で見れば、そんな人を支援するのは面倒だ、面倒を見きれないと思う人の方が多いだろう、と鈴木も認める。だからこそ、そう思わせる症状や脳の状況があることを可視化しなければならない。そして、彼らにとってその経済圏や文化圏が生きやすいのであれば、その中での危険を減らす方がいい、というのが鈴木の考えである。
目指すべきは、何をしてでも飯を食っていける状況、たとえアンダーグラウンドの産業であっても継続的に不安なく生きていける状況だという。規制や犯罪化ではなくそこをゴールにすれば、アプローチは変わるはずだ。基本的人権や最低限の生活といった言葉はいろいろあるが、本人を否定せず、明日を不安なく生きられる状況をより広く確保することが理想だろう、と鈴木は語る。
一方で、鈴木自身がまだ答えを出せていない問いもある。なぜ暴力を受けると、暴力が終わった後も普通に楽に生きられなくなるのか。鈴木は「嵐の後を生きるのが、なんでそんなに嵐のままなのか」と表現した。
次の著作で鈴木が取り組もうとしているのは、「トラウマがあるから働けない」ことの可視化である。暴力被害を受けた人がなぜ働けなくなるのかは、しっかりした理解がなければ「働けない」とイコールで結びつかない。鈴木によれば、貧困とは基本的に働けないことだ。明らかに働けないと見て分かれば支援につながるが、働けそうに見えて働けない人は、制度にもつながりにくく、社会から排除され、自己責任と言われて孤立を深める。「暴力被害はもうなくなって、あなたは自由なのに、なぜ働けないのか」。この問いにイコールで答えられなければ貧困の解像度は上がらない、と鈴木は述べた。この取材を終えた後の次のテーマは、まだ考えていないという。
シングルマザーで売春してる人みたいな存在には、いつぐらいから出会うようになるんですか?
俺が取材した女の子の中で、親も売春してるみたいな話も結構あったりして、2世代売春、3世代売春もあったりする。虐待経験があったり暴力経験があって。
PTSDとか複雑性PTSDの診断がある人が。フラッシュバックとかトラウマ経験のある人たちのね。
っていうのを聞くと、ちょっと桁違いだなと思っていて。シングルマザーは、ボーリングの球みたいに落としたらドスン、ずーんみたいな。すっごい苦しさ抱えてる人で。あいつらが本当はすごい恐怖とか不安を抱えてパニックがあったりするっていうところにはあまりフォーカスしないで、元気なところだけ、逞しさや力強さばっかりフォーカスしていたっていうことを、その時に少し気づきはしたんだよね。
あ、確かにメンタル病んでる子多かったけど、あの子らと、このすごいボーリングの球みたいにメンタルの弾力性を完全に失っちゃってるシングルマザーの人たちが、別の人種じゃなくて、同じ人物の行き先みたいに見えた。
でも、そこからそういう風にシングルマザー化した人もいるんでしょうね。きっとね。さっきのその10代の弾力あった子が。
いるんですよ。もうそれはもう話したくない。泣いちゃう。苦しかったんで。それはそうや、死んじゃった子がいたんでね。そう。やっぱいるんだよ。その子らが、その後にそうなって死んじゃうんですよ。何人か。そう。それがもう、もう俺のトラウマですね。
なんで分かってやんなかったんだろう。クソすぎるんだ、俺が。何上から目線で取材したんだろうって思いますよ。すいません。初めまして。鈴木です。
あ、街録チャンネルの三谷と申します。よろしくお願いします。
あ、よろしくお願いします。ちょっと撮っていいですか?あ、これ撮るんですか?あ、すいません。あ、歩きながらいいですか?はい、いいですよ。
グッズ、スポンサー券、BASEにて販売中です。応援よろしくお願いいたします。あの、鈴木さんの著書の『最貧困女子』と、あと『脳が壊れた』をちょっと拝読させていただいて。
全然違うカテゴリーですね。
でも、要はご本人がその実際に脳梗塞、今回復されてるってことですけど、脳が壊れたことによって、自分が取材してた対象者だった、貧困に陥ってしまう女性たちの脳みその状況っていうのを、リアルに体験してるってすごいことだなと思って。それをご自身が身を持って体験するっていう。
まあ100%体験できたとかは思ってないんですけど、どっちかいうと、俺がその分かったふりになっていたことをすごい反省してる。学者が嫌いだったんでね、僕は。
いわゆるその90年代の援助交際ブームとかを社会学的に見ようっていう一派があったじゃないですか。嫌いというか、まあ1つ正しい側面だったと思うんだが、僕が取材した時に、その性的な逸脱行動を取ってる女性、女の子、そのムーブメントじゃなくて、普通に生きるために体売ってるっていうすごい切迫感の中で売らざるを得ないっていう子がいたわけで。それをね、社会学的にそういったムーブメントが見られた時にも、そういうことだっつってずっと言い続けてんですよ。いないことにされちゃった。
で、『最貧困女子』って、元々『貧困女子』ってんでやんねえかって話で来たんですけど、「最」をつけたいって言ってたのは、要するに貧困支援からそもそもカウントされてなかったんですよね。売りやって生きてる女性とか、その私的な売春で凌いでる人たちっていうのが自助努力で。そうやってる中で、あとやっぱ扱いづらいので、社会的に不適切って言われるような自助努力で生きてる上に、メンタリティも非常に扱いづらいっていうことで、気づいてはいるんだけど、研究の分野からなんかはカウントされてないってのがあって。日本の貧困って基本的に路上生活者の男性の支援、炊き出しみたいなところから可視化してってるじゃないですか。
で、それは当然歴史的にそうだったんだろうけど、じゃ、女の貧困って、体売って自助努力でなんとか凌いだ時点でもうカウント外なのっていう。ふざけんなやって思って。っていうのがまあモチベーションとしてあったですかね。
だから、「3つの無縁」と「3つの障害」がキーワードであるとかってのも。
そうでしたね。
僕はこれ別にそういう研究してるつもり全くないですけど、インタビューしてて、なんでこうなっちゃうんだろうなって思うこととかが腑に落ちるんじゃないですか?それがすごい腑に落ちそう。
そう。やっぱり当事者見てるとすげえ腑に落ちるはずなんですよ。可視化しづらい要素ってものが。かつ、ただ貧しいだけじゃなくて、そっから自力で抜け出せない孤の状態になるっていうのは、そういった条件がやっぱり重なってるっていうのは、当事者見てれば確実に腑に落ちることだと僕も思っていて。
放送できないですけど。あそこの障害者トイレが。その当時、俺が2006年ぐらいに、売春してるグループの女の子たちを取材してる中で、本番できねえ、ホテル行けねえ、密室怖いみたいな子に、あそこでやってこいみたいな感じでやった時があって。あそこでやってこいってのは、あそこで口で抜いてこいですね。っていうグループがあったと。
ああ、そうですね。え、鈴木さん、ってことは行ったってこと?
取材を。さっき待ち合わせした、あそこの前のマリーナっていう昭和っぽい喫茶店があって、そこが待機場所になってて、そこで女の子集まって、で、サイトで客を取るための打ち子のキャスティングスタッフがおって、でその場で客取って、じゃあ行ってこいという感じでやってる業者があって。ちょうどジャスト20年前ですね。
新しい女の子が来てですね、お金は欲しいし、なんとか働かしてもらえないかって言っているが、じゃあ何ができるのって言った時に何もできないということで、じゃあとりあえず客付けっからトイレで1番軽くやっといでみたいなっていうのがあったね。
さっき言ってた、そういう風に1回、ああいう最貧困女子っていう、いろんな種類の経歴を持った、まあセックスワーカー、それがお店で働いてる人もいれば、路上で、無所属のフリーでやってるような人たちを取材してて、さっき言った、その分かってる気になってたってのはどういうところで感じたんですか?
例えば、虐待受けてる子多いですよね。子供の頃にね。虐待を受けていて、その家庭環境から逃げてきて、自力で生きるために売春っていう選択肢をした女の子たちが多かったんだが、やっぱ取材中にパニックになったりだとか、過換気の発作を起こすっていう子がいたりして、あとやっぱ夜中にね、すごい混乱状態になって死ぬほど電話してきたりとか、メールしてきたりとかってことがあって。それは多分不安で脳が暴走してる状況だと思うんですけど、なるほどパニックねみたいな感じで、その症状として見るってことはできていたけど、自分で経験してみたら、そういう症状ってこんなに地獄のように苦しいのかと。
パニックになってる時、過換気になってる時って、これで救急車呼ばないと死ぬんじゃないかっていう身体的な苦しさとか、死の恐怖が伴うんですよね。あとその不安で頭がぐるぐるしちゃって、それから頭が離れない。脳の機能として脳が暴走していて、その不安っていうものからフォーカスが外せないであるとか、PTSD持ってる子なんかは、獣に襲われて命が危ない、今何かしなければ死んじゃうみたいな、そういった恐慌状態あるんですけど、そういう状況が実際どういう苦しさを伴うかってのは、俺自身は全然分かってなかった。
症状だというのは分かっていたし、落ち着かしてあげなきゃいけないなとかってのはあったけど、あくまで客観していて、その子がそんなに苦しんでるってことは何も分かってなかったかなっていうのは、自身が障害持ってようやくたどり着いたところでありました。ああ、そっか。その苦しみを理解してるつもりになってたけど、全く理解できてないってことを、なんていうか、自分がなって身にしみたっていうことなんですよね。
そう。なんかね、別のとこに俺フォーカスしてたんですよ。セックスワーカーってさっき言葉使われて、女性の性を理解するところの中で、セックスワークって言葉はそれをワークとして認めちゃうんじゃないかなって論争あるじゃないですか。でも俺がワークって言葉を使うことも肯定したいと思ってるのは、俺が取材してた女の子たちっていうのが、もう爆発するような自由の中にいたんですよ。
っていうのは、それまでの経歴でも我慢して我慢して我慢し尽くしてんですよ。虐待があったり、貧困があったり、施設で暮らしてたり、いじめを受けてたり、もうあらゆるものから我慢して、自由がもう奪われてる状況の中で、自力で体売って金稼いで、何したっていいんですよ。ホスト行ったっていいし、タバコ買ったって、酒飲んだって、何したっていいっていう。私の体で、私の意思で今私はこの現金を得てるんだっていう、すっごいプライドと、自由だみたいなすごいパワーが溢れるようなのが彼女らにはあって、やっぱりそうやって稼いでる自分に対してのすごい矜持があったんですよね。プライドがね。
やっぱり俺はそういった彼女らの自助努力を肯定したいし、社会的に不適切なものだなんてやっぱり言いたくないって気持ちもあるので、彼女にとってのワークだっていう風には、その意味では肯定したいと思っているんですよ。
で、フォーカスするところが違ったって言いましたけど、やっぱり僕は、彼女らがものすごい抑圧された状況で生きてきた、すげえ残酷な環境で生きてきて、自助努力でそうやって凌いだ、その姿はやっぱり尊重したいし、リスペクトしたいし、とはいえ本来だったら救わなきゃいけなかった子じゃないのっていうところでノーカウントになっちゃってるとこは気に食わないってことで、それを可視化しようって思ってきたんだけど、反面ですよね。自由がある反面で、もう本当にものすごい不安、そういった混乱状況にあることで、彼女らってのはすごいわけわかんない行動をしたりだとか、例え支援の手があったりしても払いのけるし、かなり無謀な行動をするわけですよね。で、それがやっぱり僕の中では、あんまりフォーカスしない部分だった。障害があることによって、彼女らが売春のところ以外のところでは適応できないとか、支援にも繋がらないみたいな側面があるっていう風な感じで、「3つの障害」ってこと、孤立していく過程として3つの障害があるっていう風に言ってたんですけど、やっぱり被害を受けて生きてきたってことで、それによってものすごい苦しさを抱えてる、メンタルに病を抱えていたりだとか、混乱状態を持ってるっていうことに、なんでもっと気づいてやれなかったのかっていうところですね。ちょっとフォーカスするとこ間違ったなと思って。
確かに脳梗塞になって、要は物覚え悪くなったなとか、今までできたことができないなとかって体感しないと、思いを寄せられないとこなのかもしんないですね。
ですよね。もうあった、あったし。俺の障害っていうのは高次脳機能障害って言って、今発症12年目入ってるんですけど、症状をどんどん緩和していく中で、発症してしばらくの間はものすごいリアルに分かっていた感覚は、また失われてってますね。で、俺自身、発症するまで41年間健常者の脳みそで生きてきたんで、症状があった期間っていうのは、その後の5年、10年に過ぎないわけですよ。したらやっぱり徐々に徐々に、あんなにも分かっていたものが分からなくなってくるっていうぐらい、やっぱり健脳の人間には分かりづらい苦しさなのかなとは思います。
貧困って、ちょっと脳の認知機能が失調してると、そこに落ちるのが当然の現象みたいなもの。症状のうちの1つみたいな。症状の結果の2次障害としての貧困みたいな観点が必要だと思うんですよね。で、なおかつ、やっぱりその姿が健常者から見ると、なんでこうなの、これで貧困になっちゃうのはしょうがないんじゃないの?これで孤立しちゃうのもしょうがないんじゃないの?っていうような誤解を受けやすいっていうのがね、あって。
それって結構残酷というか、その脳の状態で生まれたら、なるべくしてなってしまうよねっていうこと。
先天の子も当然いました。俺が売春する女の子たちのグループであるとか、私的に売春してる子を取材してる中で驚いたのが、知的障害の診断を受けてる子であるとか、明らかに話して、この子は知的にちょっと問題があるなっていう風に思わせるような、境界知能よりもずっとずっと問題がありそうな子たちが結構いたっていうことだった。それは先天ですよね。
で、発達特性を思わせるような子たちも多かったが、虐待が第四の発達障害みたいな言説ってあるんですね。
で、福井大学の友田明美先生っていう人であるとか、専門で研究されてる方いるんですけれども、すごく過酷な経験、暴力経験であるとかストレス体験の中で育つと、発達特性に近いような脳の特性になってしまう。画像で見てもそういう所見が出てくるっていうことが、エビデンスベースで語られていてですね。
って考えると、本当に残酷なのは、ひどい目に遭ってきた子たちが、それによって不自由な脳になって、ひどい目に遭い続ける。ひどい目に遭う可能性のある世界でしか生きていけないって選択肢になっちゃったりとかっていう。じゃ、この子たちってずっと苦しむだけじゃんみたいな、そういう残酷さありますよね。
ただやっぱり、虐待受けたりとか、そういう過酷な経験がある人たちって、それなりに、そういう特性で生きていく人たちの経済圏ってありますよね。例えば歌舞伎町経済圏って言われてるようなものであるとか、不良周り、夜職周りとかって、意外にそういった経験をしてきた人たちの常識とか、脳のスタンダードな状態に合わせて経済圏ができてるところがあると思います。
やっぱそういうところも含めて不可視化されてるっていうか、支援が届きにくいっていうのは、社会的にあまり適切とされていない、ちゃんとしてない経済圏みたいな風に見られてると、支援する人たちはやっぱりちゃんとした方に戻そうとするんですよね。普通の仕事をやらせてみる。普通の経済圏の普通の常識的な人たちの中に入ると、やっぱり働きづらい、生きづらいってことが出てきてしまう。なんで意外にその経済圏は生きやすいんだろうなっていうのはね。
それは『最貧困女子』なんかでも、私的なセーフティーネット。例えば家を出てきて、もう携帯もない、家もない、住むとこもない、何もないってところで、名義貸しをしてくれる人であるとか、そういった生活のツールをレンタルしてくれる人みたいなのがスカウトにくっついたりだとか、夜とかセックスワークのところに回収していくっていう私的なセーフティーネットは、肌触りがいいって表現を使ったと思うんですけど、やっぱりそれは単にサービスが充実してる、彼女らが持ってるいろんな複雑な問題を解決するためのサービスが充実してるってだけではなくて、その経済圏がやっぱり、その脳の状況にも居心地がいいのもやっぱりあると思うんですよね。
別にそんなのとかもなさそうですもんね、その経済だったら。
ある、ある、ある。やっぱり努力の世界なんで、努力できない子は認められない。
あ、そうか。だから、その中で頑張れる人は認められるけど、頑張れないとそこにも入れない人になっちゃう。
そうです。なんで、やっぱり自己責任が非常に強いんですよ。彼らの世界っていうのはね。すごく彼らにとって肌触りが良くって、いろんな支援もサービスもあるっていう状況なんだけれども、でもやっぱり本人の責任っていう感覚も強かったりするから難しい。
さっき言ったそのセーフティネットってのは、要はその仕事にありつけたりとか、一旦寝床とか住まいが確保されるという意味ですかね。
通信手段と、仕事、お金を得る手段と、あと屋根みたいなものが、丸裸で出てきた状態でも、未成年でもサービスが受けられるっていう。未成年だとそれもハードル高いですけれどね。
そっか。そこには一時は入れても、結果を出さなければ長くいられないっていう、そのボーダーがあるというか。
ありますね。やっぱり援デリスタイルの組織売春でも、頭のいい子はどんどん勝ち上がってくんですよ。で、どう勝ち上がるっつったら、打ち子やってる男の子と彼氏彼女になったりだとか、客と彼氏彼女になって少し安定した場所を得るであるとか。それはコミュニケーション力あるってことですよね。ビジュアルも、ルッキズム的なとこもすごく横行してるところなので、ビジュアルにも恵まれていたりだとかして。で、あとはその自分が客付けする側になって独立して、自分の店舗を持つっていう子も多かった。
有能な子は、ちょうどそいつが15の時に、ここでその組織売春のスタッフとして売春して働いてて、16になった誕生日ぐらいで独立して自分の店を持つようになって、要するに自分が客付けして、自分が女の子たちに客を派遣する側になった子なんですよ。
結論つけると、頭が良ければ勝ち残るし、そこから抜け出すし。そう、地頭で抜け出す子もいたし、すごい格差社会ってことですよ。こっちの世界もね。
だから、最貧困女子の中でも、能力も含めた格差があるってことですね。
めちゃくちゃありますね。能力と、あとルッキズム的なところの格差もあるし、コミュニケーション力ですよね。多くの場合に関しては。もう1つ、安心すると爆発する問題行動みたいなところもあって。
これは俺の友達の石田君っていうやつがよく表現してて、一緒に書いてる本なんかにも表現してるんですけど、すごい被害経験とか過酷な危険の中を生き抜いてきた人たちが安全圏に入ると爆発するんですよね。問題行動が。
俺が取材してきた中で、これは結構批判を浴びるとこなんだが、取材してきた女の子たちが抜け出す道の1番分かりやすいのは、安定したパートナーシップを男性と作って、結婚、出産、この今の子なんかもそうだけど、っていう子が、長く連絡を取れる、飛ばない子の条件だったんです。けど、安定したパートナーシップを形成するためには、その爆発する問題行動を起こさないか、もしくは相手がそれを容認できるかっていうすごい綱渡りで、一瞬安定すんですよ。カレピッピできて、屋根できて、安定した生活ができてってなって、でもそこからもうメンタル爆発して、それを継続できないってケースもすごくあってですね。やっぱりそれが、トラウマ経験があるとか、大きな被害経験があるっていうことが脳に及ぼしてる大きな影響なのかなとは思ってですね。
ああ、だから安定してることがストレスっていうことなんですか?居心地が悪いというか。
いや、違う。安心すると傷口が開いちゃうみたいな。今まで必死にぎゅっと押さえてたんだけど、それがほわってなったら全部出ちゃうとか。自分が傷ついてきたことをもう1回ちゃんと見ちゃう。今まではもう必死に嵐の中に生きてると、自分の辛い経験とかは目をそらす、フォーカスがそこにいかなかったのに、安定したら、あ、私めっちゃ大怪我負ってんじゃんみたいな。
ちょっと余裕ができたり、自分のことを思い返すような時間ができちゃったことで、思い出して精神が不安定になると。
もう不安定というどころではない。石田君が言ってんのは、体がもう2つに引き裂かれて血が吹き出るような寂しさとかいう表現を使うんだけど、俺はそういう症状なかったんですよ。さすがにそこまでは分からなかったのだが、ただ自分自身の症状として、不定愁訴的な、何もしてないのに不安が爆発して暴発してしまうであるとか、ネガティブなことに注意が向くと、脳内の注意が向くと、もうそのカメラがそこからフォーカスを外してくれないみたいな症状があって、こういう辛さなんだろうかなって若干分かった気はするのだが、実際にそういう暴力経験がある人たちのフラッシュバックとか、トラウマ経験のある人たちのね、っていうのを聞くとちょっと桁違いだなと思っていて。
で、実は今それを新たに取材をしていて。何かって言うと、俺がいろんな暴力経験がある人、いろんな脳に疾患がある人、障害がある人と自分の症状が似てるよねっていう本を、まあ何冊か書き散らかしてる中で、読者の中で結構想定外に多かったのが、PTSD診断がある人、虐待経験があったり暴力経験があって、PTSDとか複雑性PTSDの診断がある人が、この症状、俺にも私にもありますみたいなことが多くてですね。なんでっていう、ちょっとそこは想定してなかったんです。発達特性がある人であるとか、認知症の方から共感があるってのは予測してたんだけど、なんでPTSDある人がそんなに共感するのかなって思って。もしかしたら俺が思ってるよりももっとしんどい症状、劇的な症状を彼らが持っていて、僕が軽く経験したところがそれを言語化できていたから、そういう反応が来たのかなっていうことで、ちょっと取材してやろうかなと思っていて。
多分、おかしいと思いません?
これ、売春したお金で子供を育ててるシングルマザーっていう条件で集中した取材があった時に、21人、22人取材した中の大多数が精神科に通っていてですね、売春以外の仕事が続かない。それ以外のいろんなことやっても仕事が続かないっていう状況で、それを選択してるっていう人たちを取材したんですね。
俺その時すごく思ったのが、ほとんどDVが原因の離婚だったんだけど、暴力経験があって、暴力が終わって夫から逃れられたら、やっと自由になって、もうやっと好きなことできるわけじゃないですか。もうどんな仕事したっていいし、今危険がないんだから。今ようやく危険から逃れて好きなことができる状態になって、もしかしたら男性に対する恐怖がなければ新しい恋愛だってできるかもしれないし、ようやくあんた自由になったんじゃないってタイミングで、彼女らはぶっ壊れんですよね。ぶっ倒れて、ぶっ壊れて、働けなくなっちゃう。
一般のワークができない中で、なぜか、なぜか自分に加害した男性と同じ属性の男性に体を売るっていう仕事の中で、その売春で子供を育てるって選択肢になぜかいて、被害経験が終わった後に、なぜか継続的に被害経験が続いてるっていうことが、やっぱり僕の中では。社会的にはやっぱ、やっと自由になったんだったら、これからがあんたの人生じゃんって、みんな思うんじゃないかと思うんですね。なんだけど、そういう被害経験があると、その後に何もできなくなっちゃう。働けなくなっちゃう。適切な自助努力もできなくなっちゃうみたいなことが、まああるのであれば、もうちょっとそれをちゃんと言語化して可視化しないと、また俺、間違ったことを言ってることになっちゃうぞと思ってですね。で、『貧困と脳』っていう、もう最終的な言語化を試みた本を出して2年経った今、新しく、そういう経験がある人たち、PTSD診断とか複雑性PTSD診断があって、自分の書いた本に共感があって、働けない人っていうのをちょっと取材しようってやってるとこなんです。
だから、学者じゃなくてライターとしてやるってのがまたいいですね。
ああ、でも多分俺、三谷さんと基本的にマインドで一緒ですよ。やっぱりその人の人生とか生い立ちとかストーリーって、興味持って聞き出したら、俺以外の人はみんな俺以外の経験持ってるんで、俺以外の人はみんな取材対象で、みんな聞く価値があるじゃないですか。
売春してる女の子たちを取材してる時に、自腹でギャランティー払うんで、女の子からすると、売春で客を取ってる間に俺が入ると、話すだけで、体を消耗しなくても、その時間休憩しながら話して金もらえる。そうすると、やっぱり鈴木さん取材して、取材してってなるじゃないですか。グループの子がね。
なんだけど、やっぱり俺の中で撮れ高とかを考えた時に、その子が持ってる問題が大きいであるとかいうことを、俺の中の撮れ高とした時期があってですね。で、具体的に何かって言うと、高校に行けてる子。高校に行けてて、夏休みだけ家出してて、グループの中で売りしてるような子は、高校行けてる時点でそんな問題抱えてねえじゃんぐらいに思って、ちょっと高校行けてる子は取材から外そうかなみたいなことは、思った時あったんですよ。
でも、高校行けてるか行けないかとか、親がちゃんとしてるかちゃんとしてないか、家庭環境が崩壊してるか崩壊してないかとかは別にして、本人が持ってる苦しさとか病とか闇ってものはあるわけじゃないですか。その本人の持つ苦しさじゃなくて、本人の背景の過酷さに俺も集中しちゃった時期があって、それすげえ後悔してるんですよね。
女の子たちの中で、高校行けてるやつが私らのここに来るんじゃない、みたいな、そんなぬるいやつが来るなみたいなことを言う子がいたりもね。それ、不良の男の子でもそうですよね。高校行けてるやつが不良っていうのがわかんないみたいなことを取材対象の子が言ったことがあって、『クローズ』大嫌いだって言ってて。『クローズ』は『クローズ』で1つのリアルだと思うんだけど、中学もまともに行けなかった不良の男の子からすると一緒にしないで欲しいってあるんだが。だけど違うんですよね。その本人がなんで、何に苦しんでるのか、どういう問題を抱えてるのかっていうのは、目に見えて分かるだけでは判断できない。
そういうアンダーグラウンドっていう言い方がいいですかね。その取材の一応始まり、初期の街ってことなんですよね。錦糸町。
いや、そんなことはない。1番脂が乗り始めた時に取材してた街。
そうですね。思いとしては深いですよね。じゃ、そんなことも含めて。鈴木さん、今何歳なんですか?
52です。52歳。え、出身が千葉県?千葉ですね。育ちがどこですか?千葉の佐倉市。
で、鈴木さんはどういう家庭に生まれるんですか?
一応、父は普通のサラリーマンで、母親は家で英語塾やってて、なんで、ちゃんとした家ですよ。ちゃんとした家ではあるんだが、俺自身は本当に箸にも棒にも引っかかんない人間で、すごい熱量は高いが不良品みたいな感じで、自分以外の誰かが理不尽に遭ってるとすげえ腹立つんですよ。で、非常に感情移入しがちで、テレビの中のいじめとかあると、もうそれが耐えられない。漫画の中のいじめとか意地悪があるとも耐えらんない。なんだけど、自分自身は別に、自分自身が被害的な立場になってもそんなにイラッとはしないみたいな。
これはもう何でそうなったんですか?
あ、生まれつきですね、多分。そういう人間。正義の味方とか大嫌いでね。だって、一方的に悪者に決めてるだけで、勧善懲悪みたいなアニメーションたくさんあったけど大嫌いでした。
例えば漫画どれですか?え、ドラゴンボールとかですか?世代的に。
ドラゴンボール世代なんだけど、俺が箸にも棒にも引っかからないっていうのは、世の中で流行ってるものとか全然興味がなくてですね。
そうか。だから勧善懲悪だから、その雰囲気が出たらもうその興味も持たないから、それについて詳しく知ることもないと。
そう、そんな感じで、世の中の流行りとかに全くついていけないっていうのもあって。で、とにかく何か自由を制限されることがものすごく苦手なんですよ。
鈴木さんはどうなってくんですか?高校とかは普通に行くんですか?
家が塾だから、勉強の仕方を知ってんですよね。地頭はすげえ悪いんだけど、勉強の仕方知ってるからテストはできんですよ。で、そういう状況だったんで勉強は得意で、中高一貫の、千葉県の、千葉県御三家って当時言われていた進学校行ったんですよ。私立の中学受験してるんですね。
そうなんですね。
なんだけど、普通に言われる通りに勉強して進学して、就職してっていうルートで行ったら、もう多分俺使い物にならないぞと思っていてですね。
なんでそういう客観的に思ってんですか?だって進学校、千葉御三家みたいなってエリートじゃないですか?どちらかというと。
そうなんだけど、毎日同じ場所ですよね。同じ場所に毎日同じ時間に通うってだけでも、自由すげえ制限された奴隷みたいな気分になっちゃうので。で、結構中学ぐらいで、俺自身は自分に知的な障害があるんじゃないかってちょっと思っていた時期があって。興味がないことは覚えらんないっつうのもありますしね。あとやっぱ学校そのものも、医大の付属の中で、みんな親がいい仕事してんですよ。
で、ただ中学の時に、これよく言うんですけど、中1で学校から家に配られる名簿みたいなやつに親の職業書いたんですよ。で、親の職業で医者、開業医、勤務医、社長、会社経営者、なんとかなんとかって言って、そこにブルーカラーの仕事の名前があったら、職業に貴賎なしとは言え、子供がやっぱ傷つくじゃないですか。で、もしかしたらいじめする子で、お前のお父ちゃん、なんちゃらじゃないかみたいなやつがいるかもしんない。っていうのを無神経に書く学校っていうのが、やっぱすごい腹が立って。
とにかく僕が思っていたのは、進学、就職は俺には無理やって思っていて、バイト始められる年齢ギリギリ、間に合わないぐらいからバイトを始めたんですよ。もうバイトとにかくやりまくって、職業経験を積んで、これだったら俺飯食ってけるっていうのを探したかったんですよね。なんで、ひたすら高校はもうバイト、バイト、バイトで、そういったバイトをしながら高校時代なんかを過ごしていく中でですね。
やっぱり他者の理不尽に耐えがたいっていうところで、憤りが本を読むことで立ち上がったのが、『人間の大地』っていう、犬養毅首相の孫の犬養道子さんっていう方が書いた、先進国に生きてるだけで、開発途上国の人たちの手の上に成り立って我々は生活してるっていうようなことを書いた作品があったんですよね。高2の時に読んで、バキンと来てしまってですね。俺ら加害者側じゃんっていう。
そういう憤りがすごくあって、で、高2の夏休み終わった時に、開発途上国とか難民支援とかしてるような団体があって、ボランティアセンターにノーアポで突っ込んでですね。そこで出会ったもんですけど、柴久さんという、かなり初期から、カンボジアかな、内戦があったカンボジアの難民支援から現地に入っていた人がいて、俺がこういった支援を将来仕事にしていきたいって言ったら、「これが仕事って言われる時代になったんだ」って久さんが言ったんです。
仕事どころじゃないんですよね。彼らが見てきたものっていうのは。何を言われたかって言うと、内戦があるところの前線で、難民キャンプに逃げてくる人たちがいるところって、もう本当に銃弾とか地雷とかかいくぐって怪我してる人が来るんですよね。で、「大輔君、子供がね、2人来て、頭割れてる子と足がなくなってる子が来て、どっちから助ける?」って言われた時に、頭割れてる子はもうテントに入れられない。医療的なリソースや場所のリソースが限られてる中で、生き残る可能性がある子に医療的な支援をするが、もうその後何したって死んじゃうだろう子には何もできないっていう残酷な取捨選択があって、そういうリアリティがあるのが現場だっていう風に言われて、ちょっと俺それ、俺には無理だなって思ったんですよ。で、俺には無理だったら、じゃあどうするのかって考えた時に、現地支援ができないんだったら、現地で支援してる人たちがこっちに来た時に、その人の書くものを出版する側の手伝いをしようであるとか、もしその人が書けないんだったら、俺が聞き取って書く側に回ろうかみたいなことをちょっとね、考えたのが高校2、3年だったんですよ。
ああ、じゃあもう、そういうちょっとライターみたいな、もう高校2、3年でちょっと志出してるんですか?
もう高校3年で、物書きぐらいしかできないなと思っていた。
じゃあ編集学ぼう、ライティングと編集を学ぼうって言って、大学受験を蹴って、日本ジャーナリスト専門学校っていう、今もう無い学校なんですけど。で、卒業したらどうしようかみたいなところで、当然、どっかでも仕事するしかない、バイトでやってくしかないのかなとか思いつつ、その時、自分はバイクに乗ってたんですよね。バイク好きで。
バイク雑誌の編集部にノーアポで行って、「おはようございます。ここで働かせてください」っていう、きっと何かできると思うんで、何でもやらせてくださいみたいな感じで、そこの会社の接客ソファーにずっと座ってですね、いたらですね、出入りのライターとカメラマンの事務所やっていた先輩が、もうしょうもない子がいるから拾ってあげようかって感じで拾ってくれて。で、すごいレアなバイク雑誌作ってる編プロに、じゃあ行ってみたらって言って繋いでくれたんですよ。
ああ、さっき言った、その錦糸町で面白いように取材ができるようになったっていう。
俺がそのバイク雑誌をやって、1回そこでフリーランスになるんですよ。そしたら1年もしないうちに、主にやっていた雑誌が潰れてしまい、もう食う道ないじゃないですか。っていうところで、面倒見がいいけど、生きてる業界はそこが良くない先輩がいて、いろんな裏の仕事を手伝うことをさせてもらって、それでなんとか、すげえ借金があったりした中で、ちょっと生活再建をさせてもらった時期があったんですよ。
あ、で、そこでちょっとこういうアンダーグラウンドの世界に入ってくんですか?
そうですね。
その当時、テレホンカードの偽造ってあったんですよね。偽造テレホンカード。で、偽造テレホンカードって基本的に10枚1000円でイラン人が売ってる。イラン人とかトルコの人とかが売ってるってのがあって、それを10枚1000円で買って。日本人から買いたいじゃないですか、日本人は。だから日本人だったら10枚2000円でも買ってくれんです。したら1万円で買ったものが翌日に2倍になりますよね。
ってことやったりだとか、あとは質屋さんとかサラ金とかで担保に取ってたものって、金返さなかった時に、その担保に取ったもの流すじゃないですか、市場に。で、例えば質流れのロレックスを買ってくれる人を探すのとかね。なんかそういう謎の仕事を紹介してくれる面倒見のいい先輩がいて、なんとかそういうところで荒稼ぎして、その場を凌いだって時期がありました。
それより、そっちの方がなんか稼げそうじゃないですか?普通の編集プロダクションとか書き手より。
あ、稼げる、稼げる。
よくそれ、書き手の方に戻れましたね。
いやあ、やっぱ。
そっちはそれできついですか?
その犯罪の世界で生きてくっていうか、悔しいですよね。やっぱ書き物の世界、物書きとか出版の世界で生きていきたいって思ったのが結局ダメで、そっちで食い繋いでいかなきゃいけないっていうのは悔しさもあったりだとかして。やっぱりそっちに戻りたいなって気持ちはあったりしましたね。
え、それ何年、その闇社会っていうか、いたんですか?
いや、全然、もう本当数ヶ月ですよ。もう本当に食えなかった時期だけ。
そっか。数ヶ月で抜け出したんですね。そこはね。
まあ、1年ぐらいあったのかな。でも、それ見たおかげで、そういうものをテーマに書くんです。
で、その後に、まあその状況から、「鈴木君、何もしてないんだったら、うちの会社で普通に編集やんない?」みたいな、編プロに誘ってくれた先輩がいたんですよ。じゃあ働かせてくださいって言って、そっちに戻ったっていうのがあったんですけど、そこでデザインの仕事なんか受けていて、そのデザインの繋がりの中で、あ、じゃあ鈴木さん、文字も書くんだったら記事も書かない?みたいな流れもあったりして、会社にいながら記事も書くようなことがあるっていう中で、じゃあ独立しようかなって言って、27かな。1999年ぐらいに、フリーランスのライターとして独立をしたっていうのが、そのフリーの走りですね。1番最初の時ですね。
え、で、その中で、さっきのその女性の、売春する人たちに取材してくようになってくのは、どんな流れなんですか?
最初はね、2000年、2001年ぐらいに社会現象化したプチ家出っていうムーブメントがあって、要するに夏休みとか春休みとかに、女の子が家に帰んないで、渋谷とか新宿とかで路上生活の真似事みたいな、ちょっと社会現象というかムーブメントとしてあったんです。で、それも1つ社会の裏側じゃないですか、というとこで、プチ家出の女の子を取材しようっつって取材始めたらですね、ガチ家出が結構いたんですよ。
プチじゃなくて、ずっと帰んない子。もう何ヶ月も、本当に半年とか1年間家に帰んないで家出生活をしてて、やっぱり体売ってやってるって子が、家出をしてる女の子たちの中に混ざってですね。これはプチじゃねえし何なんだろう、ガチじゃんて。ガチで取材してみたら、みんな虐待、みんな家が貧困みたいな被害体験の中で生きてる子が、家にいたら危ねえから緊急避難的に街に出てきて、生きる手段として売春をし、同じ場に同年代の女の子らがいるから、なんとなく混ざってやってるみたいなっていう状況があってですね。まずびっくりした。すげえびっくりして。あれ、これ社会現象とかムーブメントじゃないぞ。こんな子たち昔からいるんか。こんな子らが存在するんだってことにびっくりしてですね。ぬるい生き方してきたから、びっくりですよね。
で、自分が裏バイトみたいなことをして舐めたことをやっていたのとはスケールが違うんですよ。もう生きるためにそれやってんですよ。反省もしたし、びっくりしたし。で、これはちゃんと社会問題として、社会現象じゃなくて社会問題として、なんでこの子らちゃんと福祉に繋がってねえんだと。なんでこうなる前に、親の状況を、その家庭の環境を変えてあげられなかった、そこに救いの手を差し伸べてあげられなかったんだみたいな、すごい憤りがあって、取材してたってありますね。
あ、で、錦糸町はそれで言うと、どういうテーマの時によく来てた場所なんですか?
えっとね、2000年代の前半って、未成年が逸脱行為をしてることがどんどんどんどん排除されていくっていう時代で、
例えばその条例で、深夜に動いているっていうのが、深夜に歩いてるだけでも補導の対象になる。で、あと店舗型の風俗が規制を受けました。石原慎太郎さんなんかが先導してやった街の浄化作戦の流れの中で、店舗型の風俗がものすごい締め付けを受けて、実質新しい店舗が出せない、届け出が出せないっていう状況になった時に、デリバリーヘルスがすごい増えた時期もあったんですね。
未成年がそうやって、自分たちが街で親から離れて生活するってことが難しくなり、元々街に生きていた彼女らが、売春未満で生きていく、もしくは売春をしながらでも街中で浮浪して生きていくっていうことができなくなっていくってことと、派遣型風俗が台頭していくって中で、派遣風俗って基本的に見えない世界じゃないですか。一応届け出制ではあるけれども、届け出しなくっても案外同じ業態で働けたりもする。同じ業態で開業できたりもするって中で、元々届け出しないんだったら別に未成年使ってもいいじゃないかってところで、2004、5年ぐらいに未成年を使ったデリバリーヘルス、しかも本番行為ありみたいな、それになると組織売春ですよね。みたいなものが4、5年ぐらいですっごい増えた時期があって。
へえ。
同時にあったのが出会い系サイトの流行っていうのがありました。今で言うマッチングアプリのもっともっと怪しいやつねっていうのがものすごく増えてくって中で、女の子自身が個人で出会い系サイトで客を取って売春をするっていう子たちもたくさんいたわけです。未成年も含めてね。
で、ただ未成年者って基本的に家出してきた時って携帯もなかったりだとか、サイトの使い方もわかんなかったりする。ってなったら、別にそのデリヘルっていう体じゃなくって、その業界に近しいところにいる男の人たちが、ケツ持ちっつうかセキュリティをしつつ客付けをするっていう需要が女の子側にもあり、男側にもありっていうようなマッチングフィッティングがあったんでしょうね。2005年末ぐらいだと思うんですけど。
あ、それ援交デリヘルってことですか?
援デリ、援助交際デリヘルっていうあれだったと思うんですけれども、造語だったと思うんだけど、でも実質はデリバリーヘルスではなくて、個人的に元々売春してる子たちとか、個人的に売春したい子の客付けとセキュリティですよね。っていう集団がわーっと出たのがその時期、2005年末ぐらいからで、で、ちょうど2006年の頭ぐらいで援デリやってる業者さんを取材できた。その自分が接点を持った業者さんの拠点の1つがここだった。
へえ。シングルマザーの人みたいな存在にはいつぐらいから出会うようになるんですか?
いや、それはね、10代の女の子を取材する中で、同じツールを使って、そこで同じような仕事をしてる女性っているわけじゃないですか。それがなぜかね、シングルマザーがやたら多かったんですよね。
ほう、ほう。
俺が取材した女の子の中で、母子で売りしてるみたいな話も結構あったりして。2世代の、3世代もあった。10代の女の子ら、売りで食ってる子らって、ものすごい自由で、ものすごい不安もあるけれども、すごい自由が爆発するみたいな人たちだって言ったじゃないですか。スーパーボールみたいですよ。こんちくしょうと投げたらバシって手に戻ってくるような、すごい精神の弾力を感じる。すげえピンチにあっても翌日笑いながら食べる。なんだがシングルマザーは、ボーリングの球みたい。落としたらどすーんみたいな。
はあ。
すっごい苦しさ抱えてる人で。もう全然、同じツール使って同じような形で客取ってる人たち、同じ女性で、そんな年齢も10も20も変わらんにも関わらず、すごい属性が違ってですね。そうっていうところで、やっぱそこにあった障害とかに、俺がその10代の子たちにフォーカスがズレてたって言ってたじゃないですか。彼女らが本当はすごい恐怖とか不安を抱えてパニックがあったりするっていうところにはあまり可視化しないで、元気なところだけ、たくましさや力強さばっかり可視化していたっていうことに、その時に少し気づきはしたんだよ。
あ、確かにメンタル病んでる子多かったけど、あの子らと、このすごいボーリングの球みたいに弾力性を失ってる、メンタルの弾力性完全に失っちゃってるシングルマザーの人たちが、別の人種じゃなくて同じ人物の行き先みたいに見えた。
ああ、それ地続きだぞってことですか?
という風に感じた。実際地続きじゃなかったと思うんだけど。でも、そこからそういう風にシングルマザー化した人もいるんでしょうね、きっとね。さっき言った、その10代で弾力あった子が。
いるんですよ。もうそれはもう話したくない。泣いちゃう。苦しかったんです。そう、やっぱ死んじゃった子がいたんでね。そう、やっぱいるんだよ。その子らが、その後にそうなって死んじゃうんですよ。何人か。
そう。それがもう俺のトラウマですね。なんで分かってやんなかったんだろう。何も分かってなかったっていう。クソすぎるんだ、俺が。助けられなかったっていう。
分かってやれなかった。
分かってやれなかったし、何上から目線で取材してたんだろうって思いますよね。なんかたくさん話してると、そういう話出てきちゃうね。
でもそれって、そういうことがあってもなおずっと続けてこれてるのは何でなんですか?
俺、自分のこと訂正できないやつは書き手として失格だと思ったんですよ。自分が書いたことが間違ってたら間違ってるとか、自分が全然解像度低い状態で書いてたとか、勘違いして書いたってことがあったら、いや間違ってましたって言って、作家として表現ができる限りはやんなきゃいけないと思う。だからそれを書き続けなきゃいけない。俺は勘違いして、その適当なことを書き散らかしたわけなんで。それはちゃんと自分のケツは自分で拭かなきゃいけないって意味で書いてるっていうのはあります。贖罪です。
贖罪。なるほど。色々考えたと思うんですけど、こうしとけばそういう結果にならなかったなとかっていう風に思ったってことなんですか?
わかんない。それは次の取材で分かるかもしんない。その今、暴力被害があった子たちの、俺の解像度が低かった部分を少し解像度上げたいって話したじゃないですか。なんで大人になった瞬間に壊れちゃうの?みたいな。そのクライシスの解像度も多分低いし、それを取材したらなんか多少はマシだったのかな。生まれた時から。
その、最貧困女子に出てくる環境の人たちとかいるわけじゃないですか。それってでも、結局どうすればいいのっていう風に思いますか?
文化圏が違ったりするわけですよね。何とか言いましたけど。こっちの文化圏って、正しいと言われてる方の文化圏に戻して強制しようとかしない。で、やってる事情、努力があるんであれば、それは1回リスペクトした上で、実際にその困るところっていうのは健康問題であるとか金銭問題であるとかなわけじゃないですか。1回その生活圏を一般市民側に戻させてから支援をしようっていうことはしないで欲しい。今いる世界の中で支援してほしい。
一般市民側の価値観で判断しちゃうと、なんでそんな人に支援する必要があるの?みたいな感じにもなりそうですもんね。
なる。明らかになる。もう絶対めんどくさいし、絶対面倒を見きれないっていう風に思う人の方が多いと思う。ただそれもやっぱり、その見きれないって思わせるような症状があるであるとか、脳の状況があるっていうこともやっぱりちゃんと可視化していかなきゃいけないし、逆にそういう彼らにとって、彼らの経済圏、文化圏が生きやすいんであれば、その中での危険性を減らしていく方がいいと思う。
だから結局何が最適かって言うと、あんまり答えはないって感じですか?
いや、生きてけるようにしないとダメなんですよ、多分。その振動者を抱えてる人たちがちゃんと理解されて、で、ちゃんと飯食ってける状況にする。何したって飯を食ってける状況にする。その生きてる産業がアンダーグラウンドだろうとなんだろうと、ある程度継続的に不安なく生きてける状況にするっていうことをゴールにして考えると、多分アプローチ変わってくると思うしね。規制とか犯罪化とかになってない。基本的な人権とか、最低限の生活、安全で最低限の生活、いろんな言葉があるけれども、その明日が不安なく生きていけるっていう状況をより広く確保する。で、その本人の否定をせずにね。っていうのがね、多分理想なんだろうけど、俺がまだ答えが出てない。
なんで暴力を受けたら、その後生きられなくなっちゃうのか。その後普通に楽に生きていけなくなっちゃうのか。暴力が終わったにもかかわらず。嵐の後を生きるのが、なんでそんなに嵐のままなのかっていうところなんかをちゃんと念頭において考えると、もうちょっとマシになってくのかな。
ふーん。
バカなんだよね。あんまりわかんないですよ。
いやいや、そんな。時々、そういった幼少期の暴力みたいなものに対しての怒りを燃料に、とてつもない馬力を発揮する人っていうのが本当にごく一部だけいるなっていうのはなんか実感としてあって。その2人は経済的に成功してるんですよ。別に売春とかしてない。普通に昼職というか、一般的な職業、一般的っていうかなんて言うんですかね。とにかく大成功を収めてるんだけど、本当失礼な話、幸せではなさそう。その2人とも共通点が、その怒りを燃料に常人では信じられないぐらいの熱量で働くから、なんかどっかのタイミングでいつかパタって死にそうだねってよく言われるんですよねって2人とも言ってたんですよ。はあと思って。多分過労っていうか、ハードワークがなんか自傷行為なんですよ、みたいなことを言語化してきて、その人は。
ああ、それ分かるわ。多分ね、自傷的ハードワークをしてる間は、自分自身の中の苦しさとか不安とかを見なくていいんですよね。その暴れる自分の中の生存本能とか、生存の危機みたいな感覚から目をそらすことができるっていうことで、そういう働き方をするのがいますよね。
そうだ。俺の本で、男の子の不良の取材も結構やってんじゃないですか。で、虐待の経歴がある男の子なんかで、結構不良の業界、詐欺の業界とかである程度成り上がって番頭格になったりとかしてる子が取材対象でいてですね、夜中にね、電話かかってくるんですよ。鈴木さん、イカ釣りに行くの付き合ってもらえませんかって。すっげえ詐欺のグループの偉い子ですよ。上脱いだら刺青しかいないような、本当にリーダーの、不良の、刺青びっちりの子が、もうじりじりするから釣り来てみたいな。釣り道具全部、夜中やってる釣具屋で買ってくんで鈴木さん釣りに行きましょうみたいなこと言って誘ってきたりして。彼らなんかもすごい成功者ですよ。
成功者は、すげえその自分の生い立ちから来たバイタリティが暴発してるような子たちなんだけども、本当分かってあげられなかったけど、多分そんな時に、どうでもいい夜中に、どうでもいいルポライターの俺に電話してきて、釣りに行こうとか酒飲みに行こうとか言わざるを得ない、どうしようもない苦しかったんでしょうね。夜釣りをして紛らわしたいことあるんですよ。自分の家に1人でいられない。不良の友達とかだと、結構番頭って色々制限あるんでね。あんまり遊んじゃいけないみたいな。夜遊ぶっつったら、女遊びか、金使って女の子のいるお店じゃないですか。でも基本、しっかりしてる詐欺の店舗の番頭なんかは、そういう派手な遊びやるなっていうのを自分が指導する立場なんで。で、鈴木さん夜釣りですよ。何を稼いでるかわかんねえやつが。多分彼がそれだけ不安で苦しい夜だったってことを、俺が全然分かってなかったってことでしたね。
はあ。なるほどな。
おそらくそうだったと思うんだよね。
え、でもそれって、分かってないぐらいの感じでただ横にいてくれてる方が気が楽なんじゃないですか。誘う側からしたら、苦しんでるんだねって言われながら夜釣りされるより、気にせず横にいてくれるぐらいの方が楽じゃないですか?
そうね。俺もそんな釣りしながら、何も釣れねえで1時間も2時間も
黙って座って取材できますしね。だからそれは別に、分かってあげなくても、なんかリラックスできた時間を提供できたと考えたら、なんかそれだけで役に立ってるような気もしますけどね。その苦しさに関して。
まあでも、それ知った上で付き合ってやりたかったかな。生きづらい人たくさん知ってる俺は、そういうたくさんのサンプルを見てる中で、いろんなものの理解者だっていう風に勝手に勘違いしていたわけですよ。全然そういうことが理解できてなかったなっていうのはね、ありますよね。
より理解できるようになりたいなっていう気持ちは変わらないですか?今。
彼らについて間違ったことを書いたことは訂正したいですよね。そう、半端な結論を出したことに関しては、ちゃんと自分のケツは自分で拭きたい感じはしますよね。
あ、そうか。鈴木さんの場合、ちゃんとその取材後に文章として自分の考察も書いてるし、なんなら、ああやって最貧困女子を自分なりに体系化して一応答え出してるから、確かにそれが間違ってたら、そうやって反省することも多いでしょうし、なんならそれでちょっと自己嫌悪になっちゃうとかもありそうですね。
うん。書きっぱなしだったら本当にカスライターになっちゃうんでね。ちゃんと最後まで書きたいって気持ちはあるし、でも死ぬまでに人のことなんて分かりきんねえのかなと思うしね。
わかんないですけどね。でも、自分の知りたいでよくないですか?別に。
まあ、それがちゃんと本として出してもらえるんであればね。やっぱり自分の取材スタイルとして、その取材対象が抱えてる問題とかトラブルに思いっきり巻き込まれて、その解消を手伝っていくっていうのが、その関係性を深めていくことの大事なポイントだったんですよ。1時間や2時間取材して、その人のこと分かったような感じで書くっていうのは。もう売春してる女の子って基本嘘つくんでね。100回会って100時間話せたらようやく本音が出てくるみたいなところってあるじゃないですか。買う客相手に自分の偽りのセルフストーリーみたいなものをみんな用意して、で、取材の頭ではやっぱ嘘つきますよ。
トラブルを抱えて、鈴木さん困っちゃった、どうしようって言った時に初めてそいつの本当のことが見えてきたりだとか、巻き込まれる中で本当に人間関係が育つから。今、じゃあその本当に今の現役で苦しんでる若い子の問題に全部巻き込まれられるか、かつてみたいにできるかって言ったら、もう52のおっさんなんで、そこまでの体力もないし。なんで、できれば本当はそういう、きっちり巻き込まれ系のルポライターが育ってくれるか、育てたいって気持ちはありましたね。
あ、そういう気持ちあるんですね。鈴木さんは、今取り組んでるそのテーマの先に、なんかまたこんなことできたらなみたいなのはあったりするんですか?
基本は一貫してるんですか?そういう、しんどいのにそれが可視化されてないとか、しんどいのに差別されてるみたいな人の代弁をしたいっていうのは、もうずっと一貫してそのテーマでやってきてると思うんですよ。なんだけど、そのトラウマのある人と働けないっていうことを今可視化しようとしてるけど、それが終わった後に、じゃあ次のテーマ何かってあんま考えてないですね。
そう、それは終わってからじゃないと見つからなさそうですね、確かに。
なのかな。トラウマがある人と働けない。トラウマがあるから働けない。暴力被害を受けた人がなぜ働けなくなるのかっていうのが、働けないにイコールで直結しないと思うんですよね。メカニズムのしっかりした理解がないとイコールにならない。そこはやっぱりちゃんと繋げるようにはしたいっていうのが、次の著作で考えてるところではありますけど。
やっぱ貧困は基本的には働けないことなんで。働けるように見えるのに働けないっていうのが貧困で、なおかつ孤立ですよね。本にも貧困と貧乏は違うって書いて。
そうです、そうです。だって、明らかに働けないのが見て分かるんだったら支援に繋がりますしね。で、実際働けなかったら制度が少しはあるけど、働けそうに見えて働けないから制度にも繋がりづらかったり、社会からも排除されたりして、自己責任だって言われたり、貧困の孤立の方が強くなるんですよね。そっから自力で抜け出せないであったりすると、やっぱりその、なんで暴力被害がもうすでになくなって、あなたは自由なのに、そっから働けないんですかみたいなところが、ちゃんとイコールで繋がらないと、その貧困の解像度上がんないなっていう風に思いますよね。
鈴木さん、ありがとうございました。
ありがとうございました。
すごい面白かったです。なんか楽しかったです、話が聞けて。
役に立つんですか?俺で。
いや、めちゃくちゃ立ちました、本当に。だから、できたら1回送りますので。
はい、よろしくです。わかりました。
はい。ではありがとうございました。ありがとうございました。失礼します。
風のったら変な人な。え、大丈夫ですよ。
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