ほんこんが語る「ごっつええ感じ」の5年間 大阪の芸人が見た松本人志の現場と、その後の違和感
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜130Rのほんこんが、YouTubeチャンネル「街録ch」のインタビューで、自身の芸人人生を振り返った。取材はかつてフジテレビがあった東京・河田町の跡地を歩きながら行われた。話の中心は、1990年代に出演したフジテレビのコント番組「ダウンタウンのごっつええ感じ」の現場である。加えて、大阪での少年時代、NSC入学、今田耕司や板尾創路とのコンビ遍歴、番組終了後の生活、コメンテーターとしての活動、現在のお笑いとコンプライアンスへの考えまで語った。ほんこんは「ごっつ」を最高の現場と評価しながら、「あの時代に戻りたいかと言われたら嫌だ」とも言う。記事では、この二つの感情がどこから来るのかを中心に発言をたどる。
大阪の仕事を止めて「ごっつ」へ
ほんこんによれば、「ごっつええ感じ」のパイロット版に130Rは出演していない。パイロットには今田耕司、東野幸治、吉田ヒロらが出ていたという。レギュラー化が決まった段階で、パイロットのメンバーの1人が入らないことになり、代わりに130Rが呼ばれた。その理由について、ほんこんは浜田雅功が「協調性がない」と言ったと聞いたが、本当かどうかは分からないと断っている。
声がかかったのは28〜29歳のころだった。当時の130Rは大阪でレギュラーこそ多くなかったが、単発の番組や劇場の出番に出ていた。フジテレビの深夜番組にもレギュラーで出ていたので、東京に来ることはあったという。それでも「ごっつ」が決まると、有無を言わさず「ごっつ」最優先になった。京都でやっていたラジオも収録日と重なったため終わった。
呼ばれた場面も本人にとっては突然だった。フジテレビの喫茶店に番組のディレクター2人(ほんこんは山口氏と星野氏と記憶している)から呼び出され、「頼むわね」と言われたという。パイロット版は見ていて、東野たちが東京で頑張っていくのだろうと思いながら、自分は大阪でやっていくつもりだった。ほんこんは東京に来ること自体が「すっごい嫌やった」と話す。本当は漫才だけをやって劇場に立てればいいと考えていたからだ。実際に東京で暮らし始めてからは、仕事だけの生活になり、「ごっつ」のメンバーが家族のような存在になった。フジテレビと他局を行き来する目まぐるしい日々で、ほかのことを考える余裕はなかったという。
3日押さえの収録と、スタジオに組まれた4つのセット
当時の収録スケジュールについて、ほんこんは次のように説明した。実際に稼働するのは2日間で、1日目がコント、2日目が「チームファイト」やロケものの企画だった。このほかに予備として水曜日も押さえられていたが、ほんこんは当時それを知らなかった。水曜は仕事がないと思っていたら、実は押さえられていたのだという。
セットの規模には驚いたそうだ。初めて現場に行ったとき、1つのスタジオにセットが4つほど組まれていて、ドラマのように次々と撮影できるようになっていた。大阪とはまったく違うと感じたという。台本はセリフがある程度書かれているだけで、あとは松本人志を中心にした「口移し」で作っていく。アドリブも許され、その場の空気を大事にしていた。台本にないことを言われたように見えるリアクションについて聞かれると、ほんこんは実際に「また何を言うてんねん」と思っていたと笑った。
言葉にされないルールと「ベタ」の扱い
昔のダウンタウンは怖かったという話について、ほんこんはNGがあったと認める。駄洒落は絶対に駄目で、寒いことは言わない。ただしこれは明文化された規則ではなく、暗黙のうちに共有されていた。ダウンタウンのネタや楽屋での空気に触れているうちに、「これは寒い」「これは言ったらあかん」と分かってくるのだという。
一方で、あえてベタを演じるコントもあった。ほんこんは未来の老いたダウンタウンを演じた「2014」のコントを例に挙げ、ベタの場面ではベタを演じなければならないと話す。ただ、それは単純なベタではなく、「こういうことを言ったらあかんねんで」と見せる意味を持っていたという。聞き手が実際の2014年のダウンタウンはあのコントのような老人にはならなかったと言うと、ほんこんは、自分はDVDをほとんど見返していないと答えた。見るのが「怖い」からだという。東野も同じことを言っていて、芸人を引退してから見ようかと話していたそうだ。
戻りたくない理由と、ツッコミが要らない現場
ほんこんは、甲子園の強豪校出身の選手が高校時代には戻りたくないと語るインタビューとの比較を受け入れた。あの時代がなければ今の自分はないので否定はしないが、戻りたいかと言われれば嫌だという。収録中は楽しかった。しかし常に笑いのことを考え続ける毎日だった。もう一度その時代をやり直すなら、違うやり方をしたいとも話す。
もう一つの理由は、ツッコミとしての居場所がなかったことだ。130Rのネタではほんこんがツッコミを担うが、「ごっつ」には浜田がいるのでツッコミは要らない。ほんこんは「しんどかった」と振り返る。番組終了後、ほかのコントや劇場に出ているときのほうが生き生きしていると言われたこともあったという。
そこでほんこんは、ここは違う世界だと受け止めた。松本や板尾の笑いに今田が合わせていくように、それぞれが自分のポジションを持っていた。自分はチームファイトなどの体を張る企画で頑張ろうと決め、人間ミサイルのように飛ばされて紙風船を割ったこともある。もともと体を張るキャラクターではなかったが、やってみると面白かった。浜田に小声で「次お前やからな」と言われ、「え、俺かいな」と返しつつ、「お前しかおらんやろ」と言われる。ほんこんは、それが自分のポジションだと思うようになったという。
浜田雅功の「飴と鞭」と、いじりの加減
プライベートでは浜田に誘われることが多かった。ゴルフにも連れて行ってもらい、松本とも食事に行ったが、基本的には浜田とよく一緒にいたという。頬骨を当てるような企画では、浜田は指の入れ方からして違ったとほんこんは言う。
ほんこんの説明では、浜田と自分は同い年で、一方の今田と東野は同期でも年下にあたる。浜田が同い年の自分をいじると、その格差を面白がって今田と東野が笑う。浜田はその構図が「好物」だったのだろうという。
嫌な気持ちになったことはないかと聞かれると、ほんこんは「ない」と答えた。浜田のいじりには飴と鞭があるからだ。ロケに行けば土産を買ってくれ、怪我をすれば家まで送ってくれた。家に泊まったときには、CMに出ていたインスタントラーメンを作ってくれたこともあるという。さらに浜田は、人がいちばん痛がって面白く見えるポイントを分かっている。こちらが「これ以上は駄目」という空気を出すと受け取って抑えてくれる。ただ、時々ぐっと本気で来ることもあり、それを見た周囲が「マジや」と驚いて笑いになるのだと話した。
「いらんことをしない」という感覚の共有
今振り返ると天才ばかりの現場だったのではないかという問いに、ほんこんの答えは少し違った。今田や東野とは大阪でずっと一緒にやってきたので、特別すごいとは思わない。ただ、大阪を背負っていたとは思うという。今田については、うまいこと言って大阪に戻ってメインの仕事をしている「詐欺師」だと冗談を交えて評した。
ほんこんが強調したのは、ダウンタウンに任せておけば、暴れたり余計なことをしたりしない限り、全部きちんと「料理」してくれるという点だ。コントでも企画でも自分は「いらんこと」をしなかった。だから長く続いたのだと思う、とほんこんは言う。そういうことをする人はそもそも呼ばれない。メンバーには「これはいらんことをした」と察知するセンサーがあり、全員が同じ方向で笑いを作っているときに違う方向で目立ってはいけない、という感覚を共有していた。今考えるとすごい連中だったとほんこんは話し、女性陣も同じだったと付け加えた。
4年連続のクリスマスと番組の日常
人気番組の出演者なら女性ファンも多かったのではないかと聞かれ、ほんこんは自分と東野は少なかったと答えた。証拠として持ち出したのが、東野と2人きりで4年連続でクリスマスを過ごしたという話だ。本当に同じ居酒屋に行ったという。
いちばん大変だった企画には「たわしサッカー」を挙げた。素足でたわしを蹴るもので、チームに分かれて戦い、浜田が審判を務めた。親指で蹴っていたら浜田が気づき、「何親指で蹴ってんねん、小指で蹴れ」と言ったという。ほんこんは、浜田がそうした小さなエッセンスを加えて笑いを大きくしようとする点をすごいと評した。香港返還の7月1日には番組で香港に行かされ、滞在時間3時間で帰ってきたというエピソードもあった。
ゴレンジャイのような企画では毎回衣装が作られていた。収録後には、次に何をやるかをみんなで朝まで話し合った。松本の楽屋は狭く、全員は入りきらないので、ディレクターやADはドアを開けたまま外に座って参加していたという。収録は夕方5時ごろに始まり、夜12時ごろに終わる。そこから会議が朝方3時ごろまで続き、翌日は朝7時に相模湖集合のロケということもあった。
河田町の夜と27時間テレビ
跡地を歩きながら、ほんこんは当時の街の様子も語った。今は住宅街になっているが、当時はフジテレビを出た先の通りに寿司屋が多く、プロ野球ニュースの出演者として子どものころに見ていた往年の名選手が寿司を食べていた。「ごっつ」の出演者だと声をかけられることもあったという。飲みに行くのはほんこんと東野で、ディレクターやプロデューサーと一緒だった。松本、浜田、今田、板尾は酒を飲まなかったので帰っていたそうだ。
局の駐車場では27時間テレビの企画も行われていた。ほんこんの記憶では、河田町での最後の27時間テレビで、自分たちは外でバスケットボールのシュートを決め続ける企画をやっていた。そこへSMAPの木村拓哉が帰り際に来て、3ポイントシュートを決めて帰っていった。「かっこええな」と言い合ったという。
ライバル意識はあったか
上の世代を倒そうという空気はあったのかという質問に、ほんこんは「倒すというのはまた別問題」と答えた。ビッグ3とは違うことをやっているという感覚だったという。ただ、番組全体としてはとんねるずやウッチャンナンチャンを意識していたのではないかとも推測する。とはいえ「ごっつ」のコントは独特なので、どこかと比べるものではないというのがほんこんの見方だ。
苦情の知らせも出演者に届いていた。PTAが見てはいけない番組だと言っているという話を聞き、みんなで笑っていたという。今のようにSNSがあれば大変だっただろうとほんこんは言う。ただ、当時もタレントのテンションが下がるような話は途中で止められていたのではないか、とも推測した。たけし軍団とのライバル意識について聞かれると、後に話したときに、大阪から勢いよく来たのだから「なんやねん」と思われるのは当然だろうという話になったと振り返った。最初はお互い尖っていたが、仲は良かったのではないかという。
浜田の時間管理と「一発撮り」の緊張感
「ごっつ」でいちばん武闘派は誰かと聞かれ、ほんこんは浜田だと答えた。収録が押していて「押してんねん」と浜田が言うと、現場がピリッとしたという。松本はあまり言わないので、浜田が時間を調整していた。1時間番組なのに、ほぼ1時間で収録が終わったこともあると聞いた、とほんこんは話す。真偽は分からないと付け加えたうえで、生放送のような感覚だったと表現した。浜田は大阪で慣れているので、だらだらカメラを回さずに狙い撃ちで撮っていったという。
その代わり、打ち合わせは長かった。コントには台本があるが、直前まで議論し、カメラリハーサルは1回だけだった。本番ではそれを完璧に撮る。ほんこんはカメラマンの技術にも感心していた。裏まで押さえていて、撮り直しも音声の録り直しもなかった。技術スタッフにも相当な緊張感があったという。
いちばん面白かったのはオリンピックの特番だという。裏番組がオリンピックなので「トカゲのおっさん」をずっとやろうという話になり、1時間トカゲのおっさんだけを放送した回があった。ほんこんは、生放送でもトカゲのおっさんはできたと思うと振り返った。
番組終了は「死活問題」だった
番組が終わった経緯について、ほんこんは、阪神が優勝するかどうかの時期の野球中継で「ごっつ」の放送が飛び、それをきっかけに終わったと説明している。ほんこんにとってそれは「死活問題」で、労働組合があったら立ち上がっていたと冗談も交えた。何とかならないかという声はあったが、本人たちが駄目だと言うのなら仕方がないと受け入れたという。松本のコントの才能が番組の中心だった以上、自分たちだけで続けることは到底無理だと考えていた。
終わってよかったという気持ちはなかった。ほんこんは「これからやなと思っていた」と言う。あと5年、10年続いて、自分たちでも「もうあかん」と思う地点が来るのか、そこを見たかったという。これは他のメンバーではなく自分の関心だと断ったうえで、松本人志という才能が、テレビのコント番組の中でどこまで行くのかに興味があったと語った。ちょうどメンバーの個性が出てきて、スタッフからも「最近みんな味が出てきて面白くなってきた」と言われていた時期だったので、とても残念だったという。今振り返ってタイミングが良かったと言えるかについては、それを言うのはどうかと思うが、そういう流れだったなら仕方ないという立場だ。そして、今見ても面白いと付け加えた。
大阪の荒れた中学と、人前が苦手だった少年時代
話は「ごっつ」以前にさかのぼる。ほんこんは大阪出身で、昭和38年生まれ。中学校は荒れていて、自分たちの学年はいちばん真面目だったらしいが、先輩や後輩はむちゃくちゃだったという。暴走族が流行していた時代で、小銭の音を鳴らさないように気をつけて歩き、後ろをよく確認していた。カツアゲにも遭い、走って逃げたり、「跳べ」と言われて跳んだりしたという。
ほんこん自身は強いほうではなかったので、面白さでごまかしていた。面白いやつは喧嘩の強い人間とも友達になれる。当時は、賢いやつ、足の速いやつ、面白いやつがモテた時代だったとほんこんは振り返る。
父は職人、母は専業主婦で、ほんこんは姉と兄がいる3人きょうだいの末っ子だった。父は放任主義だったという。大阪には寄席番組や漫才番組が多く、吉本新喜劇もあったが、芸人になりたい気持ちはまったくなかった。人前に出るのがすごく嫌なタイプで、4〜5人で喋って盛り上がっているのが好きだった。クラスの中心ではないが、いつの間にか中心になっていることもあったという。
サラリーマン生活とNSC入学
お笑いに惹かれたのは高校時代の漫才ブームの影響だった。ほんこんは阪神・巨人や太平サブロー・シローらを挙げ、漫才師をかっこいいと思ったという。それでも高校卒業後はすぐに芸人にはならず、就職して2年8か月サラリーマンをした。仕事は工場で車の部品を作る作業員で、浜田は「ネジを作ってた」と言うが、それだと格好悪く聞こえると笑った。
高校時代のアルバイト先のお好み焼き屋にはスタジオミュージシャンらが出入りしていて、「お前おもろいな」と言われていた。横山やすしと知り合いなので紹介しようかと言われたこともあったが、弟子は大変だと思って断った。弟子入りしていたら今の自分はいなかったと思う、とほんこんは言う。
会社勤めをしながらNSCの願書を取りに行き、1年経っても気持ちが強ければ会社を辞めて入ろうと決めた。1年後も思いは強かったので、4期生として入学した。ジャズダンスや舞台の専門用語の授業があり、ほんこんは真面目に出席するタイプだったという。月謝も最後まできちんと払っていて、今田はたぶん払っていないと冗談を言った。当時は後払いでゆるく、今は前払いになったと後輩から聞いたそうだ。
今田耕司、そして板尾創路とのコンビ
最初にコンビを組んだのは今田耕司で、コンビ名は「ダブルホルモンズ」。ほんこんは一般の女性にはモテないが、お笑いの世界では声をかけられることが多く、歴代の相方は全員向こうから誘ってきたという。理由を聞かれると、少し絡んだだけで「この人はお笑いが分かっている、人としてもちゃんとしている」と思われたからではないか、と自分で答えて笑いを誘った。
今田と組んでいたころはボケだったが、相方を変えていくうちにツッコミのほうが自分に合うと思うようになった。少しイラチなところがあり、言葉の選び方も含めてツッコミのほうが面白いと感じたという。今田とのコンビが終わった理由は遅刻だった。ほんこんは印刷屋で働いて5時に仕事が終わり、今田は夜の店で働いていたので5時過ぎに起きる。その間にネタ合わせをするはずが、今田は「あと5分」と言って起きなかった。解散というより「1回休憩しよう」という別れ方だったという。
板尾とはNSC時代に出会った。変わったやつだと思い、コンビを組むことはないだろうと考えていたが、話してみると同い年で、センスが面白い。自分がツッコミなら生きるのではないかと思ったという。その間に「香港マカオ」というコンビを組んだが、相方がいなくなった。その後、板尾と組んだ。「受けたら続けよう、滑ったらやめよう」と始めたところ受けた。最初は香港マカオ時代のネタを板尾向けにアレンジしたコントだった。以後は板尾が本筋を話し、ほんこんがメモを取りながら、遊べる部分に「おかず」を足し、ツッコミで笑いを取る形で作っていったという。板尾はそれに何も言わず、うまくいっていたとほんこんは話す。
130Rは心斎橋筋2丁目劇場で結果を出し、テレビの漫才番組では巨人から「めちゃめちゃおもろい」と言われた。ほんこんによれば、それまでも現場では受けていたが、テレビでのその評価は影響が大きく、局のディレクターたちに「あいつらおもろいぞ」と知られるようになった。ダウンタウンとは香港マカオ時代に「2丁目探検隊」で出会っている。「4時ですよーだ」では今田のコーナーでネタをやり、面白いという投書が100通来たらレギュラーという条件で、それを超えてレギュラーになったという。
当時すでに売れていた今田に嫉妬はなかったのかという問いに、ほんこんは、あったが「頑張れ、仲間やと思っていた」と答えた。悔しさは「負けていられない」という良い意味のもので、うちはコンビだから違う形でやっていく、と常に考えていたという。ちなみに今田と板尾は一緒に住んでいた時期がある。今田が「4時ですよーだ」でバイトを辞める際、ほんこんが代わりに入ったところ、今田より仕事が早いと褒められたという。
番組終了後のギャラと、ほかの番組への違和感
「ごっつ」が終わったころ、ほんこんは結婚して長男が生まれていた。大変だったが乗り切らなければと思ったという。ギャラについては「ええことなかった」と言う。最初はとても安く、2回上がり、2回目に上がってから2か月ほどで番組が終わった。東野と「残念でしたね」と言い合ったことを覚えているそうだ。もともと高いギャラで生活していなかったのが今となっては笑い話だ、とほんこんは話す。
番組が終わってからの物足りなさについて聞かれると、ほんこんは、ほかの番組が「ゆるすぎる」と感じてしまうのが弊害だったと語った。「もうちょいちゃんとやれや」「そんなことで笑うな」「MCおもんないのに」と思うこともあったという。誰とは言わないと断ったうえで、そういう場面でも番組が第一なので、自分を殺して「おもろいな」と言っていた。ふてくされても仕方がないからだ。
一方で、たけし、さんま、タモリの番組にも出させてもらったが、それぞれの笑いには違う面白さがあったという。タモリは変わったところを面白がり、それを見ていること自体が面白い。さんまや紳助は喋りでドッカンドッカン受ける。たけしは周りの人を生かしていく。かっこいいと思ったという。
漫才への未練と「THE SECOND」
30代以降のコンビ活動は二の次になっていた。ほんこんは「ごっつ」で押さえられることが多く、イベントがあってもほとんど出られなかったという。単独ライブもほとんどやっていないのではないか、と自分でも曖昧に振り返る。板尾はやがて芝居に力を入れるようになり、ルミネでネタや新喜劇をやっていたものの、次第に出なくなった。ほんこんはそれはそれでいいと思ったという。
東野が話していた、ほんこんが「THE SECOND」出場を誘ったら板尾に断られたというエピソードは事実だと認めた。第1回大会を見て、自分もやりたいと思って誘ったのだという。ほんこんは、テレビに出させてもらえるのは嬉しいが、基本は漫才に出たかった人間だと言う。センターマイクに2人が出ていき、「もうええわ」と言って捌けていく姿がかっこいい。毎年12月のM-1を見るたびにそう思うという。板尾以外と組む気はない。板尾の感覚に「侵されてもうてる」のかもしれず、その切り返しを面白がってしまうからだ。ただし、最近のTHE SECONDはレベルが高く、2〜3年はいろいろな場所でネタをやってからでないと無理だとも述べた。
漫才はもう諦めたのかという問いには、ポテンシャルがなくなってきたのでもういいかと思う、と答えた。それでも、60歳を過ぎた今も劇場でネタやコント、新喜劇はやってみたいという。
「マルコポロリ!」と、いじられることへの考え
関西テレビの「マルコポロリ!」は20年目で、始まったのはほんこんが40〜42歳ごろだという。ほんこんは客観的に見ても今のバラエティのトップ3に入るのではないかと評価し、とくに編集のうまさを挙げた。1時間半ほど収録したものをCMを除いた45分程度にまとめていて、収録中にしんどい時間があってもうまく編集されているという。わさびを鼻に入れる企画も、司会者にやれと言われたらやるしかない、「この人やれへんねん」という扱いをされるのも嫌だ、と話した。
ほんこんは自分がいじられることも気にしていない。知らないところで名前を出されても構わないし、番組上で「怒られている」と言えるのは揉めていない証拠だという。後輩の遅刻についても、呼び出してではなく番組の中で言う。オズワルドの伊藤の件については、自分がそれを言ったのはオンエア以外の場面で、マルコポロリのスタッフが総集編のような形で流したところ炎上し、伊藤が別の番組で「ほんこんさんから逃げてます」と言っていた、という経緯を説明した。
ほんこんは、バラエティは多少話を盛るものなのに、今の社会ではそれが許されない空気になっている、それは「バラエティを殺している」ようで嫌だと語る。芸人が言うことなのだから大目に見ろ、という立場だ。「嫌いな芸人」を言わせる企画が炎上した件については、部分的な場面だけを見て育ったディレクターが番組を作っているのではないかと推測した。人間関係や接点があるうえで言うなら成立するが、絡みのない人から言われれば「なんでこんなこと言われなあかんねん」となる、という理屈である。本人たちがカットを頼んでいたのならピー音を入れればよかったとも述べたが、その番組自体は見ておらず記事を読んだだけだと断っている。
本気で謝りに行ったドッキリ
いちばん大変だったドッキリとして、ほんこんは阪神・巨人への仕掛けを挙げた。台本では、阪神・巨人に対して「最近漫才おもんないすね」とため口で言えという指示が出ていた。ほんこんは、巨人が怒るだろうと思っていたところ、怒ったのは阪神だった。実はほんこん自身がはめられていたのである。
「酒を飲んでパワーアップ」というコーナーの名目で酒を飲んで言ったところ、阪神が激怒した。巨人にも「君あかんで」と言われ、阪神・巨人は楽屋に帰ってしまった。ほんこんはガチだと思い、観客に事情を説明して謝ってから楽屋に向かった。「社会人として間違っていました」と謝り、胸ぐらをつかまれて殴られても仕方ない、吉本を辞めようとまで思っていた。そこで「ドッキリや」と明かされたという。泣いて、怒られて、それが自分へのドッキリだったという話である。
コメンテーターとしての発言と、その影響
後年ほんこんは情報番組のコメンテーターとしても活動するようになった。10年ほど前からだという。本人の感覚では、それも「ごっつ」やお笑いと同じで、調べてネタを作るのと変わらない。専門家から痛いところを突かれたと言われても、それは今までが緩かったからだと考えている。「日本のことを思ってやっているのか」と言われれば、「ごっつ」のときはお笑いのことを思ってやっていた、ただそれだけだと答える。
政治的な発言が増えたのはここ7〜8年で、このままでは日本がやばいと思ったからだという。ロケに行った先で土地が買われていると感じたことも挙げた。政治家になるつもりはないが、出馬の声がかかったことはあった。今は発信するのが楽しく、反応があり、賛成する人も反対する人もいるという。ネトウヨだと言ってくる人もいるが、そういう人は世間にはネトウヨという言葉を使うなと言っている人たちだ、とほんこんは指摘する。仕事への影響はあり、「少し抑えてくれ」と言われることもある。それに対しては、表現の自由を言うならこちらの表現の自由も認めるべきだと反論する。芸能人がもっと言いたいことを言うべきで、そういう人が出てきたのは良いことだという立場だ。
コンプライアンスと中居正広の件について
今のお笑い界については、かつて「いいとも」や「ねるとん」でやっていたような企画の焼き直しが多いと感じているという。コンプライアンスに怯えている様子で、見ていてかわいそうだとほんこんは言う。
中居正広が表舞台に出られなくなった件について聞かれると、実際に何があったかは本人同士にしか分からず、難しいと答えた。そのうえで、会見をしたほうがいいという考えを示す。記者を入れるかどうかは別として、報道は一方通行だったので、1〜2時間でも自分の思いを自分で話せばいい、という意味だ。スキャンダル一般については、海外では大統領の女性問題でも辞任には至らない例があると述べ、奥さんが被害者なら奥さんに謝ればいいのではないかと話した。ただし、今回の件で何があったのかは自分もよく分からないと断っている。
コンプライアンスが緩む日が来るかについて、ほんこんは分からないとしたうえで、世の中が一度大きく崩れでもしない限り難しいのではないかという見方を示した。戦後のむちゃくちゃな状況の中から繁栄があったが、今は何も壊れていない、というのがその理由だ。むしろ、パソコンやネットに残したものをAIが拾うようになり、今後はもっと厳しくなると予想する。法律上は問題がなくても、それに倣っておけば楽だという人間が増え、怖い世の中になるのではないかと話した。
残りの人生でやりたいことと、自分たちの世代
残りの人生について、ほんこんは「あと20年」と言い、人に迷惑をかけなければいいと語った。そのうえで、子どもたちの教育を変えたいという。家族愛があり、人を敬い、人のために自分を犠牲にでき、ちゃんと働く。そういう国になるよう発信していきたいという。日本人が壊れていっているのではないかと感じていて、インバウンドや移民が増える中で、日本の教育を世界に広めたほうがいいとも話した。昔は隣の人に怒られたり可愛がられたりして、作った料理を分け合う地域があった。今それをしたら「パワハラ」と受け取られかねない、それは余裕がないからではないか、とほんこんは言う。笑いについても、コンプライアンスばかりでは、人間だから面白いという部分が失われると考えている。
自分たちの世代がいちばん美味しい時代だったのではないかと聞かれると、ほんこんは否定した。いちばん美味しかったのは、さんま、紳助、のりおら少し上の世代で、バブルを経験しているからだという。自分たちはバブルの終わりかけで、しかも東京ではなく大阪の出身だった。大阪は制作費が安く、ケータリングもなかった。昔の東京の番組が面白かったのは、日本が強かったからではないか、とほんこんは推測している。
松本人志を超える天才は現れるか
最後に、松本人志を超える天才は今後現れるかという質問があった。ほんこんは、現れると思うと答えた。藤山寛美もさんまも天才と言われ、その前には林家三平やエンタツ・アチャコがいた。ただ、形はどうなるか分からず、お笑いの形そのものが変わるかもしれないという。海外ではスタンダップコメディのように1人で笑わせるが、日本ではボケとツッコミの2人で笑わせる形が根づいているのではないか、とも話した。
聞き手が先のことは分からないと言うと、ほんこんも、自分だって目覚めて整形するかもしれないと冗談を返した。整形するか出馬するか、どちらの可能性もゼロではないという笑い話でインタビューは終わった。
ああ、オッケーですね。すいません、ありがとうございます。すいません、あの、お時間作って。いえ、いい。
ありがとうございます。ほんこんさんに出ていただけるってことで、ごっつ時代のフジテレビ、あと河田町でちょっと取材させてもらいたいとお願いしてたんですけど。
いいんですけど、俺あんまりもうこっち全然来てないから分からへんよ。
いや、そう、そうか、もうあの、あ、フジテレビ。そう、そう、そう。ごっつの時が5年しかやってないねんから、2年、1年、ほんでお台場できて、TMCできたから、もうそっちに移ったもんね。
そこって最初、130Rさんは
あ、入ってない。入ってない。あのパイロットで僕らは入ってなかった。今田、東野、
吉田ヒロさん。
お、吉田ヒロ。おったと思うんですよ。男性は。女性は入ってたんかな?
あ、閉まる玉さん。
え、いや、あんま覚えてないんですけどね、パイロット版では。で、いや、入ってなかったかな。ほんで、レギュラーなるってなったら、うちが呼ばれたんですよ。東野、耕司は入らんと。
それなんでなんですか?
聞いたんは、浜田さんが「東野は協調性がない」というのを、ほんまか嘘かわからへんけども、そういう風に聞いて。で、うちが行くことなって。
ああ、そう。それってもう呼ばれたイコール、その大阪での活動を一旦ストップして
そうです。そうです。もう有無を言わさず。ほんで京都でラジオやってたけども、それも、えー、ごっつの撮りがかぶったら、京都のラジオもなくなった。
じゃあもうごっつ最優先の。
そうですね。
へえ。上京してきた時は年齢的に何歳ですか?
え、28か9ぐらい。
130Rさんとしても、そのブレイク中に抜擢って形ですか?
ブレイクっていうか、もう向こうである程度、まあレギュラー、レギュラーは別になかったけども、単発でパッパパッパ入ってたり、なんばグランド花月の出番、それは新喜劇で出てたんですよね。座長で。
そっから大阪でまあ地道にやって、後には東京でもええかなと。
え、東京もたまに来てたんですよ。あの、フジテレビの深夜の番組で、それレギュラーで。笑いのカ払いっていうやつやったかな。で、そんなんがあったけども。
当時ごっつええ感じやってる時の収録のスケジュールってどういう感じですか?
えっとね、実働するのが2日間。ほんで仮で1日抑えられて、3日間抑えられてるんですよ。
あ、3日間抑えられて。1時間番組ですよね。
そう。1時間番組やけども、あの収録、月火やったかな。え、日月やったか、どっちかでしたわ。で、1日目がコントで、2日目がチームファイトとロケもん、企画もんね。
ああ。水曜がまあ、こぼれというか。
そうそう。そこで何があるかわからへんから抑えられた。それ知らんかったのよ。あのスケジュール抑えられてんの。全く。ほんで水曜日とか仕事ないなとか思ったら、そう、抑えられてたみたい。
あ、じゃあ週1の休みが確保されたみたいな状態になってたんですね。
そうですね。
ほんこんさんに出ていただくってことで、あの見返したんですけど、だから今のテレビでは考えられないぐらいお金がかかってますね。この短いコントでセット建てて。
はいはいはい、すごかったですよ。俺が行った時びっくりこいたもんね。あの、4つぐらいセット組んであって、スタジオの中に。全然違うなとか思ったけどね、大阪と。
あ、そうですか。1個のスタジオに4つも。
そう、そう、そう。だからドラマみたいな感じですよね。
パッパパッパ撮れるような形ってことなんですか?
そうそうそうそう。
ああ。どれぐらい台本ってきっちり決まってるもんなんですか?
あ、コントとかはセリフはもうある程度書いてあるだけで、後はもう溜まりで口移し。
へえ。え、それ松本さん、
まあ、松本さん中心に。
口移し通りにやんない時とかもありますか?
だからもうカメラ回したら、もうアドリブもありで、まあその空気感を大事にするみたいな。
明らかにこれなんか台本にないこと言われてそうだなってリアクションしてる時とかもあるじゃないですか。
ええ、また何を言うてんねんとか思うもんね。
昔のダウンタウンさんめっちゃ怖かったみたいな話、皆さんされるじゃないですか。その思ってたような方向のリアクションじゃない時とか。
あれ、あるよ。NGがこっちあるよ。ちゃう、これ言うたらあかんとか、もうダジャレなんか絶対あかんしね。今でこそみんな優しなってるけども、とんがって。
あ、その何かダジャレはダメとか、なんかいくつかルールがあるんですか?
ルールちゅうか、あの暗黙のうちの、そんなこと言えへんでって。そんな寒いことじゃない。
どうやって察してくんですか?最初から分かったもんですか?それ。
いや、あのダウンタウンさんとかのネタとか、その雰囲気、まあ楽屋とか居てるじゃないですか。それ分かるよ。これは寒いな、これ言うとあかんわとか。あ、こんなことしたらあかんと。あえてコントの中でベタすぎることを落とし込むコントもあったけどね。
師匠のコントとか。
ダ師匠。はい。ダウンタウン師匠、2014でしたっけ?
ええ、ベタやったやん。ちゃん2人でわあって。
ベタの時はベタを演じなきゃいけないですもんね。
そう、そう、そう。ベタが、それがベタじゃないのよね。それをこういうことになって言ったらあかんねんでっていうね。
2014のコントのようにはなってないですね。ダウンタウンさんも、まあ、あと他の皆さんも。全くおじいさんになってないっていう。
基本的に俺、あのDVD見てないから。
あ、そうすか。
ええ、封もそのまま、もろたままよ。
見返すタイプじゃないと、ほんこんさん。
怖い。怖い。これ俺だけ?東野もそう言うてたんよね。なんか怖いから引退してから見ようかなとか。
え、芸人自体は。
そう、そう、そう。あの時代、あの時代を思い出すとか。
どういう感覚ですか?なんかあの、PL学園出身の選手とかが、なんか高校時代戻りたくないとかいうインタビュー見て。
あ、それも似てるかもわからへんし。でもそこがなかったら今の自分ないから否定はせえへんよ。せえへんけども、あの時代戻るかって言うたら嫌やって。
え、それは、ほんこんさんとか東野さんたちからすると、やっぱその収録の前日はちょっと憂鬱なわけですか?
いや、憂鬱っちゅうよりかもう、収録中とか収録やってる時は楽しいけども、常にもうずっと笑いのこと考えてる。でもあえてそこにもっぺん戻りたいかって言うたら、違う言い方したいなとは思うけどね。
あ、ちょっとストイックすぎるかってことですか?
そう、そう、そう、そう、そう。
130Rさんのネタとか見ると、もうほんこんさんバリバリツッコミじゃないですか。
でもごっつとかだったら、そこは浜田さんがいるから。
ちゃう、俺はあのごっつの時しんどかったもん。浜田さんおるから、いらんのよね。
役割的に。そう、そう、そう。だからごっつとかよりか、終わってから他のコントとか劇場とかでやってる方が生き生きしてるって言われたよ。
え、そのツッコミとして機能する場面ないなってなった時に、どうしちゃったんです?
いや、ツッコミで機能っていうか、あ、ここは違う世界やと思ったもんね。やっぱりその松本さんの笑いとか板尾の笑いで、今田が合わしていくとか、そういうのでみんなポジションあったから、俺チームファイトとかそういう企画もんで頑張ろうと思ったもん。
だから、めっちゃ体張って。
そう、そう、そう、そう。人間ミサイルかロケットかなんか知らんけど、飛ばされて紙風船割ってたよ。
え、わかんないですけど、ほんこんさん自体は、そのごっつやるまでは別にそういうキャラじゃなさそう。
そう、そう、そう。それみんな、あの、こんなんじゃない笑いをやろうとは思うけども、結局は、まあ楽しんでいただいたらええなと思って。で、自分はおもろかったからね、あれごっつやってて。
あ、それってじゃあ、その何ですか、体当たり系みたいなことになんか慣れてったというか、その面白さを見出してた。
そう、そう、そう。そこが俺のポジションやなって。あの、浜田さん、「次お前やからな」って。ちっちゃい声で。え、俺かいな。またほれんって。「お前しかおらんやろ」って。
遊びに行くのは浜田さんが多かったんですか?
あ、そう。浜田さんとはよう、あのゴルフも連れてってもうたりとか。ご飯も松本さんとかも行ったけども、基本的に俺は浜田さんによう誘われましたね。
それ、結構自然とそうなっちゃった感じなんですか。
そうそう、違うかな。
企画とかで、だからほんこんさんの頬骨を当てるみたいな企画とか。
そう。あんなあんなもんね。俺気づいた瞬間、指の入れ方が違うもん。
力の。そういういじられるみたいになってから身につけて、慣れてった感じなんですか?
いや、あの大阪でもやってた番組もあるし、ほんで2丁目探検隊っていう舞台だけのやつもあって、人間関係で、ほんならそういう風に、あのいじっていこうか。ほんで同い年やし、余計おもろいらしいんですよ。なんか、ほんで今田、東野は後輩じゃないですか。同じ、まあ同期やけども、あいつら若いから。違うけど、浜田さんと俺は同期じゃない。その格差みたいなんで、俺をいじめたら今田、東野笑うから、それが好物やったのよ。
嫌やなって気持ちになったことはあんまないんですか?
ない。ない。あのうまいのよ、やり方も。あの飴と鞭。
あ、鞭だけじゃないですか?
鞭だけ。飴ちゃんとあるよ、ほんまに。いやいやいや。ロケ行ったら土産。「お前も買え」て言うて、怪我とかね。怪我こいて、ほんで家送れとか。ほんで家泊まりに行っても、あの札幌一番、CM今やってはるけど、作ってくれたよ。
あ、ラーメン。
食べるかって。はい、食べますって言うて。こんなん言うたら営業妨害になるけども、加減分かってるからね。人が1番痛がって面白いとこのポイント分かってんのよ。
うん。それは、ほんでこっち側もこれ以上やったらあかんでっていう感じをも出すからね。ほんならそれ受け取ってくれんのよ。分かった、ここで抑えとくわって。たまにグッてきよるけどね。それがまた違う。他のやつが「うわ、マジや」って言うて、ギャラリーが笑うという。
今振り返ると、だから天才だらけなわけじゃないですか。その、まあいろんなジャンルのというか、まあネタ作る天才とかツッコミの天才とか、まあ東野さんとか今田さんも、今もすでになんか唯一の。
そやね、急に放り込まれたらそら違和感あるかもわからへんけども、大阪でずっとやってきたから、今田、東野やから、別に俺らあいつらすごいと思えへんのよ。ただ大阪を背負いよったなとは思うけどね。
そうなんです。
でもうまいこと言うて大阪戻って、え、メインの仕事やってるけど、あいつは詐欺師やからね、あんなもん。
だけど、あの、ほんまに俺思うたんは、やっぱりダウンタウンさんに任してたら、暴れへんかったら、大阪弁答えへんかったら、もう全部ちゃんと料理してくれるよ。
はあ。あ、だから余計なことしないみたいな。
そう、そう、そう、そう。いらんこと。
逆にそのいらんことしちゃったなっていう時ありましたか?
いや、コントとかはないし、ほんで企画もんでもないから続いたと思うんですよ。
そうか。だから、そういうような人は呼ばれないんですね。
そうやと思う。あのセンサーみたいのはすごかったからね。あかん、これいらんことした、あかんて。そう、そう。あの、これこっち側の方向で行ってるのに、違う方向で目立ったらあかんわとかね。
ああ。それとかでも、それはもうみんな共通で感覚できてるんですか?
そうそうそうそう。今考えたらすごい連中やなと思いますよ。女性陣もそうですよ。あれについて。そうそうそう。やよい姉ちゃんね。YOU、篠原涼子。
だってどういう、女性ファンはごっつメンバーみんな多かったんですか?ほんこんさんも含めて。
いや、俺と東野少なかったよ。
あ、そうなんですか。あ、え、あの
はっきり聞いてくれていいよ。
え、そんな?
いや、少ないよ。俺、東野と4年連続クリスマス一緒に過ごしたから。2人きりで。
え、その時彼女いないんですか?あの人気番組出て。
あのさ、俺帰るで。
いやいや、ごめんなさい。いや、だっていいじゃないですか?
そうや。そっち側が思てるだけで。だから4年連続やで。ほんまに一緒の居酒屋行ったもん。
あ、居酒屋なんですか。
そこの大将、「来ると思ってた」って言いよったもんな。
1番大変だった企画何ですか?ごっつだと。
1番大変。ええ、なんやろうな。いや、あのタワシサッカーも嫌いやったけどな。
タワシサッカー。
うん。素足でタワシ蹴って。今ワールドカップやから言うたるけど。
誰と誰が蹴るんですか?
いや、チームでチーム分かれて。浜田さんがあの審判で、ほんで気づくねん浜田さん。俺らがあの親指、1番強い指で蹴ってたら、「お前ら何親指で蹴ってんねん、小指で蹴れ」って。気づくやない、そういうとこすごい。そうそう、そういうちょっとエッセンスを入れて笑いを大きくしようとするのよ。
あ、僕子供の時めっちゃ覚えてるのが、なんかほんこんさんが、なんか香港返還の時、
ああ、いい。「お前香港に行け」って。なんかね、あの、使えるみたいな。なんでかなとか思って行きましたよ。7月1日でしょ、あれ。ええ、滞在時間3時間って言うて帰ってきました。
でもあの時は蔵野さんなんですよね。
そう、そう。ずっと、え、130Rである板尾・蔵野やったのよ。みんなが呼べへんから。
あ、そっか。もうほんこんにしたから。
そう、そう。これがあったんちゃうね。
あ、そうですか。多分これとかが河田町のフジテレビの跡地なんじゃないですか。はあ。え、ゴレンジャイとかも毎回毎回、だからあの衣装作ってたわけですもんね。
そうよ。ゴレンジャイや。ほんで今度収録終わってから、みんなで次ゴレンジャイ何やるってなって、終わってから朝までずっと。
じゃあ収録終わりに会議があるんですか。
そうそうそうそう。楽屋で。
へえ。え、それ
狭い楽屋で、松本さんの部屋に入りきられへんから、DとかADとかは外に座って、ドア開けたまま。そういう風にみんなで。
はあ。え、それさっき言った、まあ1日目と2日目があるじゃないですか。
そう、そう、そう。そう。1日目のコントが2時3時に終わってからとか。
え、何時から撮って2時3時?
5時。夕方5時。5時、12時に終わったりしたら、そっからずっとコントで、大体朝なるかな。
ああ、朝まで会議。
3時ぐらいに終わって、ほんで次の日、え、ロケやったら朝7時とか相模湖集合とか。
え、それって1回帰れるんですか?
帰って、そうそう。
はあ。多分ここの辺みたいですね。
多分今ね、
多分これが跡地でも、普通に住宅街になっちゃって跡形もないですね。
そう。うん。ないよね。
え、当時ってフジテレビがあった頃は、ここら辺がどういう街だったんですか?
あの、フジテレビ出て、そっちのさっきの道路のとこにお寿司屋さんとかいっぱいあったのよ。だからそこ、プロ野球ニュースとかあったから、終わったら俺らがちっちゃい時に見た、もうほんまの往年の名選手が、あの、お寿司食べたり飲んでたりするもん。で、そんな人に「うわ」って言われたり、「あ、ごっつや」なんとか言われて、ほんで見てはったよ。で、俺らも行くし。で、行くのは俺と東野やから、ディレクターとプロデューサーで行って、後の人らは酒飲めへんから、なんか帰ったりとか。
へえ。あ、当時松本さんも浜田さんもお酒飲めない?
全然飲めへん。今田も飲めへんし、板尾も飲めへんかったから。
うーん。そこじゃあ東野さんとほんこんさんペアだったんですね、その飲み行くメンバー。
そう、そう、そう。
そんな雰囲気全くないですね。
そう。建物があって、駐車場があって、だから27時間テレビ、そこの駐車場であれやもんね。さんまさんとか、たけしさんとかが車ぶつけてとかやってて。
で、27時間、河田町のそれが最後の時やったんちゃうかな。俺ら外でやっとったから、バスケのなんかシュートを決めんのをずっとやってたら、当時SMAPのキムタクが、バーって帰るって言われて、で、俺らとこバーって来て、スリーポイントとかやって帰っていったよ。ギャー言うてた。かっこええなって俺ら言うてたけど。
そう、キムタクさんってそういう時決めるんですよね。
そう、そう、そう。
当時ってそのごっつの人たちの、もうモチベーションとかって、なんていうか、もう上の世代を倒すぞみたいな感じはあるんですか?その空気感というか。要はたけしさんとかさんまさんとか、ビッグ3が一応上の世代にいらっしゃるわけじゃないですか。
あ、いや、倒すよりか、また別もんやから、もう違うやろうっていう感じ。ただあのね、どうせとんねるずさんとかウンナンさんとかは意識してたんちゃうかな。番組全体でも。やっぱり、ごっつのコントっていうのはもう独特やから、どこと比べるもんでもないし、全然そういう感じはなかったけどね。基本。次にある。え、こんな苦情入ったわ。ほんまかいなとかね。
あ、そう。苦情のお知らせとかも皆さん来る。
PTAがなんか見たらあかんみたいなこと言うてるとか。
それも一応知らされるんですね、皆さん。
そう、そう。なんかあの、今みたいにSNSとかやったらすごいけども、もう当時なんか、まああったとしても止めてたんちゃいます。タレントとかまで。テンション下がるじゃないですか。なんでやねんって。どっかの番組が、うちよりか見たらあかんみたいなこと言われてるって言って、どんな番組やねんって言うて笑ろとったけどね。
なんか、たけし軍団さんとかライバル意識あったことあったなみたいな、なんかインタビューかなんか見たことあるんですけど。
なんかAさんと喋った時も、そんなあったかな。まあ大阪から来て、バーって来て、勢いあったから、なんやねんってなるわなって。全然みんな、なんか良かったんちゃうかね。
あ、最近そっちと喋ったらね。喋れへんかった、最初。みんなそうじゃないですか。とんがってるじゃないですか。
たけし軍団の枝豆さんとか、すごいこの好戦的そうじゃないですか。ごっつだと誰が1番武闘派なんですか?
言うても浜田さん違う?
あ、なるほど。
ほんまにあの番組、ちょっと押してたら、何押してんねんとか言うたらピリってなるからね。松本さんあんま言えへんから、そんな。浜田さんがやっぱりちゃんと時間調整していく。1時間番組やけども、ほんまか嘘か知らんけど、1時間で終わったって言うもんね。
あ、なるほど。1時間番組なのに1時間。デラックスとかって、本当にもう収録時間イコール放送やみたいな。
そうそうそうそう。あのもう、カパけみたいな感じ。もう生とかが強いから。もう大阪で慣れてはって、だらだらカメラ回せへんもんね。狙い撃ち、狙い撃ち、狙い撃ちで。
そう。それで、だからあの番組が面白くて続いてるってのがすごいです。
そうそうそう。緊張感したから、終わるのは早かったけど、そっから長いのよ。打ち合わせとかが。コントの時はね、長かったけどね。コントに詰まって、台本あんねんけども、すぐああやこうやって言って。でもすごいのが、1回やってカメリハするんですよ。で、それ本番ちゃうよ。おお、ほんでバーって完璧にできて、はい、スタート。カメラさんすごいよな。全部撮ってたもんね。
カメラマンも当時のナンバーワンみたいな人だったんですかね。
そうそうそう、そうやと思うよ。すごかったもん。これ裏取れてる?取れてますって。なんで裏取ってんねんとか思いながらね。
撮り直しとかしてなさそうですもん。
ないです。ないです。あの声もオンリーとかなれへんもんね。
へえ。なるほど。
それを抜くコントやったらオンリーはあるけども、その中であそこが入ってなかったとか、あれへんもん。
技術の方は技術の方でとんでもない緊張感ですね。
そう、そう、そう。
だからあの、ほんまにやってて面白かったのがオリンピックの特番かな。なんかオリンピックが裏やって、だから、とかげのおっさんずっとやろうやってなって。ずっとやってたもんね、とかげのおっさん。
あ、そう。とかげのおっさんで1時間とかやってた回。
そう、そう、そう、そう。
すごいっす。
昔って、『時間ですよ』とかドラマあった、生でやったりもしてたじゃないですか。そしたら生でとかげのおっさんできたと思うけどね、考えたら。
へえ。確かに。ごっつって終わったのは、なんか野球中継がなんか影響してる。
そうそうです。あの阪神が優勝するかせえへんかの時の。で、ごっつが飛んだ。で、終わった。
それってそのほんこんさんたちからすると、どんな感覚なんですか?だってその命かけてやった
そう、そう、そう。それあの死活問題やと思ったもん。労働組合があったら立ち上がってたと思うけどね。なんとかならんかっていう風には言うてはったけど、ご本人がもうあかんって言うんやったら、もうしゃあない。
ああ。まあ、そうか。みんな従うしか他ないよなっていう。
それぐらいやっぱりおんぶに抱っこみたいな。やっぱりコントとか企画もんとか、やっぱりコントのその才能っていうのがすごいから、じゃあほんなら俺抜けてやるわって、もう到底無理やね。
それって、だからその終わるってなった時に、死活問題と思いつつも、その終わって良かったなみたいな気持ちもあったりするんですか?
いや、それはないよ。これからやなと思って。それはどこまで行くねん、行けんねんていう番組やから。だからあと5年、10年続いてくれて、で、あ、もう俺らもあかんなって思うのかっていうね、そこを見たかったね。
ああ、そうか。ごっつの限界みたいなものがいつ来るのかに興味あった。
そう、そう、そう、そう、そう。
それってその他の今田さん、東野さん、板尾さんも同じような感覚なんですか?
いや、それはあれ、みんなちゃうでしょ。俺はただ、あのその松本人志っていう才能はどこまで行くねんや。このコントっていうテレビのコント番組の中でどこまでっていうのは興味あったよね。
へえ。すいません。それ、そういうちょっとそれが分かる前に終わることになっちゃったってのは、ちょっと残念だ。
それはすごい残念やと思ったもん、俺。ええ感じでみんな個性出てきてたのよ。で、スタッフさんとか裏方さんも言うてきて、もう最近あれやな、もうみんななんか味出てきて面白なってきたって言うた時やったから。
はあ。今振り返ると、あのタイミングで終わってよかったなとか思ったりしますか?わかんないけど。
たらればやけども、まあそういう流れやったんやったらそれで、仕方がないんちゃうかなとか思うけどね。まあタイミングが良かったとか言えんのはどうなんかなとはいうのはあるけども、でもそやなとか。今見ても面白い、やっぱり。
あ、ごっつにたどり着く前のほんこんさんの話もちょっと伺いたくて、ちょっとまた歩きながら。
ほんこんさん、ご出身、大阪の何区ですか?
東川区。
え、当時の大阪東川区ってどんな街でしたっけ?
俺ら中学って言うたら荒れてたもんね。でも俺らの学年は1番真面目やったらしいねんけども、先輩後輩はもうもうむちゃくちゃやったもんね。え、ほんでその地域も、暴走族っていうのが流行った時代、全盛ぐらいちゃうかな。
え、じゃあそれ、もう普通にちょっと小学生とか中学生ぐらいだったら、ビクビクしながら街歩いてるって感じですか?
そう、そう、そう、そう、そう。そうだから、あのほんまに音鳴らさんようにね。小銭とかね。
お金持ってるって悟られないようにしてるんですか?
そう、そう、そう。ほんでバって後ろとかよう見てとかよ。カツアゲ来ましたよ。え、あ、来るしって走って逃げたりね。すぐあいつら跳べって言いよるからね。止まって跳べって、跳んで。
そうって言ったら持ってるっていう。
そうそうそう。
え、ほんこんさんはそういう街でどんなキャラクターだったんですか?要は。
そんな、いやもう俺らはあれやん。吠えはするけども、そんな強いないから、もうこれでごまかして。だから強い人間と友達になれるわな。こいつおもろいやつっていうので。
あ、じゃあめちゃ喧嘩強いやつが友達にいて、その周りにいるお笑い担当だと。
そう、そう、そう、そう、そう。あの、なんかそういう言い方されたら、なんかこすいやつみたいな。
いやいやいや。でも、でもそれも生きるで。
へえ。じゃあ、そっか。そうしないと生き残れない。
そう、そう、そう、そう。あ、でも賢いとか速いとか、まあおもろいか速いやつとかの方がモテた時代やもん。
うん。あ、それその大阪で。
大阪で、俺らの時代ね。昭和38年の、昭和の時代は。
ご両親どんなお仕事されてる方ですか?
あ、親父はあの、え、職人系とかの。
お母さんは
ほんでおかんは専業。で、兄弟は上2人。
あ、末っ子なんですか?あ、末っ子なんですね。
見えへん?
長男っぽいって勝手に思ってました。
もうもう60回ってるから、そんなもんわかれへん。
いや、確かに。上にお兄ちゃん2人いるってことは、結構なんていうか、え、可愛がられますか?それとも結構厳しくされますか?
いや、もうバラバラやね。厳しいとか、うちの親父とかはあんまり関係なかったね。放任主義。
あ、そうですか。え、お兄さんたちはどういう感じでしたか?その要は、弟とかってちょっとサンドバッグにされたりするじゃないですか?
いや、全然。あの、姉と兄貴やから、全然別に普通や。普通っちゃ普通やし、でも仲はええことなかったよ。
あ、そうなんすか。
お笑いっぽいことは小学校からやってるんですか?その大阪の。
大阪って言うたら、あの、その寄席番組とか、漫才の番組とか多かったもんね。で、吉本やったら新喜劇。
それもう、じゃあなんか、やりたいって自分の気持ち
いや、全くなかった。
あ、ないんですか?
うん。そんなもんもう、俺人前出んのすごい嫌なタイプやもん。
どっちかだとシャイな人だったんですか?
うん。あの、4、5人で喋って盛り上がってるのが好き。
へえ。クラスのめっちゃ中心って感じでもないんですか?じゃあ。
そう。ただわーって喋っとって。中心でもないけども、知らん間に中心になってることもあったけどね。
ああ。お笑いやろうってなってくるのって何歳ぐらいのことですか?
それ高校。漫才ブームの影響やね。やっぱかっこええなと思って。漫才師さん。阪神・巨人さんとか、サブロー・シローさん。
はあ。サブロー・シローさん。
そうそうそうそう。
やりたいってなって、もうNSCあるんですか?
そう。いや、NSC、俺それから高校卒業して、高校から就職行ったもん。
あ、1回就職してるんですか?
就職して2年と8ヶ月サラリーマンやってましたよ。
それ何のサラリーマンやったんですか?
えっと、浜田さんはネジを作ってたって言うてるけど、俺は車の部品を作っててんけどね。
言い方して、ネジって言うとちょっとダサく聞こえるし。工場の、あの、え、それ工場の、えっと作業員。
そう、作業員、作業員。ほんでやってて、ほんでアルバイトもやってたんすよね。高校の時にバイトやった店が、え、お好み焼き屋さんで、そこでミュージシャンの人とかいっぱいおったんよ。あのスタジオミュージシャンとかで、そんな人らと喋っとったら、お前おもろいなとか言われてたんですけども、横山やすしさん紹介したろか、知り合いやからって。いや、もうそれはいいですとか言うて。
あ、その時からもう、横山さんちょっと怖いなみたいな。
怖いなって。いや、弟子は大変やなとか思ってたから。ひょっとしたら入ってたかも分からへんけど、弟子で。で、弟子で入ってたら今おれへんのんちゃうかなと思いますわ。
そんなんもあって、ほんで会社勤めしたけども、お笑いおもろそうやなと思って、働きながら願書もらいに行ったんですよ、NSCに。1年経って、今の思いよりかまださらに強かったら、ほんまに会社やめて行こうと思って。で、1年経ってさらにその思いが強いから、で、4期で入ったんですよ。
ああ、その時も。おお。その頃、学校としての授業とかちゃんと構築されてるんですか?なんかあんまりみんな、なんかサボってるとかいうお話。
あ、授業あります。ジャズダンスとか、舞台のその何、専門用語とか、そういう講師来てありましたよ。
うん。あ、それ
俺結構真面目に出るタイプやから。そうそうそうそうそう。で、俺最後までちゃんと月謝払ってたもんね。多分今田払ってないと思うよ。
昔って払ってなくても、ちょっとオッケーみたいな。
そう、そう。ほんでそれがあるから、もう今はなんか前払いらしいよ。この間聞いて、後輩たちに。僕らの時代は全部ですよ、先にって。
ほんまか。てか、それぐらいなんか緩かったんですね。その緩かって、決とかに勝ったも。
そう、そう、そう。
ああ、NSC内でコンビとか組んでるんですか?
はいはい。ありましたよ。だから最初、1番最初今田ですよ。
あ、ダブルホルモンズ。
あ、ダブルホルモンズって、どっちから誘ったんですか?一緒に組みました。
俺こう言うてもね、あの、あれですよ。その一般の女性にはモテないけどね。お笑いやったらめちゃめちゃ声かけられたんですよ。全員、今までの相方全員向こうからですよ。
あ、組んでくれって言われるタイプだった。
そう、そう、そう。
どういうところでそんな人気あったと思いますか?
なんか嫌な気が。
いやいやいや。ごめんなさい。僕が勝手に言うのかと思って。
あのさ、あの喋って、ちょっと絡んでからですよ。パッて見て、パッてやった、見た目だけやけども、あ、この人ちゃんとしてるわ、あ、お笑いもん分かってるわと思って、で、人としてもちゃんとしとんなとか思ったからちゃう。
めっちゃ嬉しそうっすね。
え、何なの?ちょっと代わってくれる?
ツッコミやりたいってずっと思ってたんですか?最初から。
今田の時はボケたるけども、ほんで、相方変えていくごとに、やっぱりあ、俺ツッコミの方がええわとか、で、ツッコミのがおもろいわと思い出したんですよ。
うん。あ、そうか。自分に、自分の人に合ってる。
うん。そう、そう。性に合ってるし。ほんであの、ちょっとイラチなとこもあるから、それが生きて。ほんで言葉のチョイスとかも、あ、それの方がええ、あ、こっちの方がええわと。いう風になったかね。
なんで最初今田さんと組んだけど、解散しちゃうことになるんですか?
あ、あいつがあの、時間通り起きへんから。遅刻。ええ、あの遅刻。あいつも夜の仕事やってたから、バーかなんか飲み屋で。俺はあの印刷屋でバイトやってたから、俺は5時に終わって、あいつは5時過ぎぐらいに起きんのよ。ほんでそこでネタ合わせして、ほんであいつ夜仕事行きよるから。それが起きへんねん。あと5分、あと5分って言うて。
その解散の仕方して、その後仲良くやってるってすごいっすね。
そうそう。解散っていうか、ちょっと1回休憩しようって言うて、俺は別れた。
板尾さんってもう、そのNSCの時出会ってるんですか。
あ、出会って。え、まあ、変わったやつやなとか思っとってんけども、コンビ組むことはないやろうとか思ったけど、よう話したら同い年で、こいつのセンス面白いなとか思って、で、これ俺ツッコミやったら生きんのんちゃうかなとか思って。
それ何年目ですか?芸人。
それ卒業して、ほんで香港マカオっていうコンビを組んで、で、そいつ相方が飛んで。で、それからしばらくして板尾と組んだんかね。受けたら続けよう、滑ったらやめようって。これがまた受けて。
へえ。その時漫才ですか?コントですか?
え?コント。
ああ。どういうコントやった?
え、なんやったかな?あ、俺の、え、昔の香港マカオのネタを、ちょっと板尾と一緒にアレンジしてやったら受けて。そっからあいつが大体本筋とか全部考えてきて、で、おかずつけたりしたり、俺がツッコミとかで笑い取ったりするのを自分で勝手に。そういう風になっていったかね。
じゃあ結構2人で作ってったんですね。
そうそうそう。何がええ、こんなんでって言うて、で、あいつが喋んのを俺がメモんのよ。
うん。このほんこんさんがメモっちゃうのよね。
で、で、ここ、あ、ここは遊べんなと思って、俺そこ足したりすんのよ。で、それに対して何も言えへんかったよな、あいつ。そう、そう。だからうまいこと行ってたよ。
はあ。え、でもそれ結成して、その後なんかその劇場とかで、あの結果出し始めるみたいなことになるんですか?
そう、そう、そう。2丁目劇場で結果出て、ほんでテレビでオールザッツ漫才っていうのがあって、そこで巨人さんが「自分らめちゃめちゃおもろいな」って言われて。あの、3分ぐらいのネタやったら。それまで現場とかでもずっと受けてたけども、そういうのってやっぱり影響力あるやん。テレビ局とか、あのディレクターとか、あいつらコントおもろいぞと。で、コント番組とかネタ番組な。
その時にはもうすでにダウンタウンさんと出会って。
あ、出会ってますよ。
え、130Rさんの状態で出会ってるんですか?
いや、俺香港マカオの時に出会ってるんですよ。2丁目探検隊の時に。
そうなんか。
ええ。で、おは子で舞台を2丁目でやった時に、あいつが入ってたんだね。それで松本さんにはおもろいなと思われてたんちゃうかな。
へえ。130Rとして別にその、なんですか、4時ですよ〜だとかで共演してたとかではないんですか。
130Rで、ネタで、ネタでやれって言うて、ほんで今田の、今田のコーナーやったかね。「今田チャンスだ」っていうコーナーで、あいつセーラー服でやっとったかな。そうそうそう。ほんでそこに100通おもろいって来たら、あのレギュラーってなって。ほんなら来た、100通。全然めっちゃ受けて。で、そっからレギュラーにならしてもうたんがね。
あ、その4時ですよ〜だ。
そう、そう、そう。
でもそれで、その時すでに今田さん売れてたんですか?
売れてたよ。あいつ、だからその今田と板尾は一緒に住んでた時あったんだよね。
え、そんな時ある?
ええ。ほんでそこであいつ、え、4時ですよ〜だで入ったからバイトやめるからって言うて、だからじゃあ俺の代わり行ってくれへん?バイト足れへんねんて。ええよって、ほんで俺行って。今田よりか褒められたけどね。仕事が早い。こうちゃんも早かったけど、たかちゃんもっと早いって言われて。
社会人経験じゃ。
え、ほんこんさんは、売れる売れないみたいなことに対しての、当時嫉妬心なかったですか?その
あるよ。あるけども、今田に対しては、頑張れ、仲間やと思って頑張れと思ってたよ。
ちょっとクソっていう気持ちになるとかではなかった。
いや、クソっていうのは、ええ意味で負けてられへんなって。でもあいつとは違う。うちはコンビやし、また違う形でやっていかなあかんていうのを常に考えてた。
ああ。ごっつ来てって、いきなり言われるんですか?
いきなり。その当時のディレクター山口さんっていう人と、ディレクターの星野さんやったかな?呼ばれて。フジテレビの、え、喫茶店で、頼むわねって言われて、ええっていう。
本当に何の予兆もなく突然言われるんですか?
そうよ。
はあ。パイロット見た?
あ、見てた。おお、ええやんて。東野みんな東京行きよんねんなと思って。で、こっちは大阪で頑張ろうと思ってたもん。
大阪で、東京に出ずに大阪で生きるっていう道もあるんですもんね、普通に。
そう、そう、そう。東京もええけど、俺大阪の方が好きやから。もう東京すっごい嫌やったもん、来んの。
あ、嫌だった最初。
いやいやいやいやいや。俺はほんまに漫才だけやれたらええと思っとったもん。劇場に立てたら。
あ、そう。そう、そう、そう。そんな気持ちで東京行けって言われて、実際住んでみて勝手も違うわけじゃないですか。なんていうか。
そうやし、でも仕事だけやから。もうごっつとかそういうメンバーがもう家族みたいなもんやから、それはそれで良かって。ほんで、え、フジテレビとあと他の局行って、それが目まぐるしかったから、他のこと考えられへんかったから。
ああ、そうっすか。ごっつ終わってからは、その後どんな生活になってくんですか?
どう、終わってから、その時あれよ。結婚して子供、長男生まれてやから、大変は大変やけども、なんとか乗り切らなあかんなって思いましたけどね。終わって、でも基本的に、ギャラのこと言うたらないやけど、ええことなかったよ。
ええことない。
うん。ええことないよ。ギャラは安いよ。
大人気番組で単価が上がってる。
そうそう。単価は上がって、上がって終わったんやねん。最初めっちゃ安かって、ほんで1回上がってわーと思って、ほんでもう1回上がって2ヶ月で終わったんかな。
あ、じゃあこれからもう稼げるぞって時に。
そう、そう、そう、そう、そう、そう、そう。それ覚えてるわ。東野と、残念でしたねって。
そっか。それじゃ2ヶ月じゃなくて1年続いてたら結構
まだまだ。そうやし。だから今笑い話なるけど、ほんまに。でも元々ね、そこで生活してなかったから。
序盤が安かったおかげでというか。
そうそうそう。いや、おかげって、そんなん言うたらどっかの会社喜びよるからあかんけどね。そんなもんね。
途中からコメンテーター路線みたいになってくるって
途中で、後半よ。それも10年ぐらい前ぐらいから。
それは『正義のミカタ』っていう番組やらしてもうて、コメンテーター。俺これもね、ごっつとか、基本的にお笑いとかも好きやから、ちょっと調べていったりとか、ネタ作ったりとかすんのんと一緒なんですよ。で、それがピンポイントで、あの専門家の先生とかが痛いとこ突かれたとか言うから、それ仕方がない、あんたら今まで緩いからやん。
ごっつに臨む感覚で、そのワイドショーにも臨んだ。
そうそうそうそうそうそう。ほんだら腫れ物みたいになって、やかましいとかも思うよ、ほんまに。
あ、なるほど。
日本のこと思ってやっとんのか。じゃあ、ごっつの時、コントのこと思ってやってたよ。お笑いのことね。ただそれだけ。
どういうこととか、いじられるのも別にオッケーにしてますもんね、ほんこんさん。
そうよ。俺全然知らんとこで、恥ずかし、知らんとこで名前出たりとかしてたりして。まあいじってもらうの、まあ全然かめへんしね。
怒られてるって表で言えるってことは、別に揉めてないってことですもんね。
そう、そう、そう、そう。後輩とか遅刻のことでも番組で言うからね。呼び出して言うてるのちゃうからね。だから、あの、オズワルドの伊藤君とかでも、たまたま俺が言うたんが、あの、オンエアじゃなかったんよね。それ
なんか知らんけど、カンテレがマルコポロリのスタッフが寝てたやつを出したんですか、総集編かなんかで。それでぶわってなってえらい炎上して、ダウンタウン中でほんこんさんから逃げてますみたいなこと言ってたんで。
そうそうそう。バラエティやからそうやってみんなちょっと盛るやん。うんうん。でも盛ることが今の社会はなんかあかんみたいな感じになってるやん。うんうんうん。じゃ俺はそれはバラエティを殺してるみたいな感じやから嫌やねん、すごい。芸人が言うことやねんから。うん。うん。大目に見ろよって。
うん。最近もうあの、嫌いな芸人言うみたいなことですごい炎上しちゃって、なんか笑えない状況ぐらい。
そう。そう。そう。でもあれも多分その部分だけ見て育ったディレクターが番組作ってると思うね。うーん。その人間関係とかどっかで接触があったとか、ここが保険聞いてるでとか言うんやったら、こないだみたいなこともあってもええと思うけどね。私絡んでないの、なんでこんなこと言われなあかんねんて。それはなるよ。
うん。うん。うん。人の配慮が足りてないってことで合っちゃってると思って。そうそうそう。
ああ。ほんこんさんがやったドッキリで、なんか一番大変だったのがなんか阪神。うん。巨人さんにため口使うみたいな。そうや。それ仕事やから指令が来るやん。
え、最近漫才おもんないなって言えって言われんねんで。で、いや、そう、そう。いや、あの、最近漫才やってはりますと。いや、そんな言い方ちゃう、おもんないって言えてくんねんで。ださ、最近あれ、漫才全然おもんないすね。て、俺がはめられててんけどね。うん。で、巨人さんが切れると思うけど、阪神さんが切れるっていうドッキリやった。余計怖いやん。
じゃ、こらって言うてわってで、お客さんも全部知ってて。あ、そっか。ほんこんさんに仕掛けの。それは仕掛けられそうやねん。そやねん。酒飲んでパワーアップのコーナーって言うて、1本飲んだんかな。
ほんでわって阪神さん切れて、で巨人さんが「君あかんでそんなもん。阪神が切れんねんからそれやろ」って言うて楽屋帰りやって、もうガチやん。嘘やんと思って、ほんでお客さんにバーって説明して、こういう企画で申し訳ないっていう、皆さんちょっと私楽屋行ってきますわて言って。で巨人さんに「お前、いやこんなことやんのか」って言われて、社会人としては間違ってますって言うたら「なんやと」って胸ぐら来て、もうどつかれてもええわ、もうやめようと思って吉本。ガチでガチでガチで。ほんでドーンってドア開いて、いやいやいや、本や、本これやってないやねん、ドッキリや。ドッキリちゃうやん、げに俺泣いてるし怒られてるし。
そういうその刺激的な5年間だったわけじゃないですか。そうよ。終わった10年ぐらいって、なんか虚無感っていうか、そのなかったですか?そういうその刺激の足りなさというか。
あの、刺激の足りなさちゅうか、他の番組がゆるすぎんなとか思ってまうの。うん。ふん。ふん。ごっつですごい番組経験させてもうたから他の番組が緩く感じるっていうのもあるけども、その弊害がちょっとあったよね。なんやね、もうちょいちゃんとやれやとか思うの。無理からそんなことで笑うなやって。MCおもんないのにって。ああ。ははは。誰とは言えへんけどね。
そういう時はほんこんさんどう立ち回ってたんですか?一応盛り上げるように尽力するんですか?それとも。して、そうおもろいなって言うてるよ。あ、なるほど。あ、そこまで。当たり前や。それちょっと自分を殺して。自分を殺してでも番組のことが一番やから、ふてくされててもしゃあないやん。それやったら言うた方がええよ。お前今のおもんない、そんな笑いすぎやでっていう展開もあるやん。うん。ふんふんふん。
慣れた感じなんですか?そういうちょっとその面白くないなと思いつつも、ま、番組のために頑張るかみたいな。
それもあるじゃあります。他の人はどうか知らないけど、俺はいや、あのおもろいかおもんないかって言ったら、やっぱりこの人と。だから俺やっぱりたけしさんとかさんまさんとかタモリさんと、タモリクラブ出させてもうたけども、タモリさんの笑いってまた違うし独特で、やっぱりおもろいなとか思ってまうもんね。うん。うん。この人変わったところ面白がってるわっていうのがまたおもろいし。うんうん。で、さんまさんとか紳助さんなんかもしゃべりでドッカンドッカン。うん。うん。たけしさんは周りの人生かしていくしね。うん。うん。うん。もっとええ、喋ったらええて。俺らはもう今はそんなんちゃうと、かっこええなとか思うもんね。
コンビ活動で言うと、30代とかってどれぐらいの感じでやってたんですか?うちコンビやけども、ほとんど抑えられてた感じやから、コンビ活動の二の次やったの。イベントやってもイベント終わすれとか。うん。なんでやねんとか。あ、そっか。その単独ライブみたいな。そう。単独ライブとかやってたんすか?130さ…俺4年ぐらいしかあれやってないから、やってないんちゃうかな。うん。だからもうその芝居の方がええみたいになってたから。うん。ルミネとかは2人でネタもやったりとか新喜劇もやってたけども。うん。うん。もう出えへんようになったから。うん。うん。もうお芝居の方に力入れて。もうそれはそれでええんちゃうって。
THE SECOND出ようって誘ったら断られたみたいなこと言ってましたね、東野さん。そう、1回目の見て、ええやんと思って、やりたいから番組で出ようやって言ったら、なんでやねんって言われて。ああいう漫才みたいなので戦いたいという気持ちもあるんですか?
ずっとあるよ。だから俺はずっと、テレビとかはそれ出してもうたら嬉しいけども、基本に出たかった人間やから。うん。うん。うん。センターマイクに2人が舞台出ていく。はけんのとか、もうもうええわって言うてはけてくる、あの姿がかっこええと思って。あ、漫才ブームの時の皆さんのね、ああいうの見てええなと。毎年12月M-1見てたら思いますもんね。ああ。うん。
板尾さん以外の人となんか組んで出るみたいなこと。それはないねんな。やっぱりあいつの感覚にも犯されてもうてんのかな。やっぱあいつの、あ、そこを面白がって、あ、そこそういう切り返しするかっていう。うん。うん。うん。
出場資格があるのは確かに、M-1はもう明らかに無理だから。はい。THE SECONDならあるわけですもんね。うん。うん。しかしけども最近のセカンドもレベル高なってきたし、もう2、3年ぶわーって組んでいろんなとこでネタやってじゃないと無理。うん。うん。うん。うん。そうですね。もうあの大会に向けて皆さんもう日々ブラッシュアップしてるとこですもんね。そう、そう。うん。
マルコポロリとかっていつから始まったんですか?マルコポロリが20年目。だから40、42ぐらいの時かな。ああ、僕とかはあのショート動画だったりとかTVerとかで見てるんですけども、あれ20年経ってるんですね。うん。そう、そう、そう。芸人を主体にやり出したんがここ数年。うん。今バラエティやったらトップ3に入んのんちゃう?マルコポロリおもろいなとか思う、見てて。客観的に編集うまいわ。
ふーん。1時間番組、1時間だけど1時間半よ、回してんの?45分ぐらいだから、CM入れたら、足抜いたら。そうそうそう。になってるんですね。そうそうそう。そこで言うとちょっとその盛り上がってない、このしゃがんでる期間もあるわけですか?その収録中は。あのしんどいのやつもあるよ。あ、ほんで。でもあれうまいこと編集してるわとか思うわ。
あの、ほんこんさん、わさび鼻の中に入れたりとかそんなのもされてますよね。うん。あれしゃあないやん。おかしいやん、司会者が。は。うん。やってって言うからやらなしゃあないやろ。うん。あそこやで。もう言うたら違うやん。もうその、あ、この人やれへんねんとか。はい。そういう風なちょっと違う師匠みたいになんのも嫌やし。ずっと一緒やから、ほんならやったるやんけて。
漫才やりたくて入ったじゃないですか。はい。でもできてない期間めちゃくちゃ長いじゃないですか。長いよ、やったしね。うん。じゃから俺はほんまはもうそう、漫才やりたかったな、もう。板尾さんに食われちゃってるんじゃないですか。もう諦めてますか?それともまだなんか。いやいない、やりたい。もう、もうええかなと俺ももう、やっぱりポテンシャルがなくなってくるよね。でも劇場はやってみたいなっていうのはあるわね。うん。ネタは、あとかコントな、新喜劇。そう、そう、そう。ああ。ネタやりたいんですね。それも60歳超えてもまだな。うん。
正義の味方とか、ああいうその、なんつか政治系の熱みたいなのっていつから出てきたもんなんですか?だってやっぱ日本がおかしいなって、このままやったらやばいでって思ったから。それ何歳ぐらいから思ったんですか?ここ7、8年。だからとこロケ行った時には、日本めっちゃ土地買われてるやん。
それって政治家になるとかもあり得るんですか?ない。あ、それはね、正義の味方とか言ったら、それこそ出馬しませんかとかなんか来るじゃないですか。あ、あったけど、あったけども別に。もうそれからお声がけはないけども、これから先どないになるか分からへんけどもね。気持ちが。うん。気やそうそうそう。日本変えなあかんと思うんやったら。でも俺はもっとタレントさんとか表に出てる人がもっと言うて。先に結構言う人出てきたから。うん。うん。うん。ええことやと思うけどね。
ああ、確かにその僕もテレビ、コロナ前までいたんですけど、そういう発言ちらっとでも言ったら、なんか言ったらいけないみたいな空気はありました。そう、そう、そう、そう。今後だってやって。やってる。楽しいで、やってたら。うん。うん。ほんまにただただ言うて反応あるわって思うもん。うん。うん。うん。その通りっていう人多いし。ほんでその通りじゃないっていう人らもいてるよ。うん。そう、そ、その人を探っていったら、あ、そう、そういう方々かって思う。
そっか。だからその誹謗中傷的にネトウヨじゃないかとか言ってくる人もいたりとかするんですよね。そう、おるよ。そういう方々っていうのは、ネトウヨって言うたらあかんって世間には言うてる人やねんで。うーん。なるほどな。うん。
そういうの発信するってからなんか変わったことありますか?その活動的に。そやね。仕事には影響あるわね。ちょっと抑えてくれみたいなのは言われたりもするよ。あは。うん。お前らその前に憲法って分かってんのって思うけどね。お前ら、表現の自由とか言うて、こっち側の表現の自由は無視かえて。うん。うん。うん。うん。日本はもっとね、変わっていかなあかん。うん。お笑いも全て。ほんまにこういうチャンネルがもっともっと言いたいこと言うた方がええと思うよね。ああ。
あ、お笑い界なんか思いますか?その変わった方がいいって。ああ、今、全部笑っていいともでやってたようなこと、やってない番組で。ああ。あのはねるのトびらでやってたようなこととか、ちょっとゲーム的なこととか。うん。あ、ま、昔の企画の焼き回しってことですか?そう、そう、そう、そう。うん。やからもうかわいそやもん、見てたら。そんなことでチョコっとな。もう、もうビビってるやろ、コンプラ。コンプラで。うん。うん。うん。うん。
最近だとそのだからその悪口言わせるみたいな企画めっちゃ多くて、それでなんか嫌なってるみたいなのはありますよね。あのちゃんが番組辞めちゃったりとか。はい。昔やったらその人を呼んで言うてたにしてたや。うん。うん。うん。あれ欠席裁判で、ほんまにそれかわいそやわ。鈴木紗理奈ちゃん。うん。あんななったらで、あのちゃんもここちょっとカットしてくださいねて。ピー入れたったらええやん。うん。うん。そっか。確かにあれピー入れてなかったすもんね。うん。そっか。す、俺見てないけど、あの記事だけ、こたつ記事だけ読んだけど。うん。だけどそれかわいそやわ。ほんでお願いしててんやろ。ここちょっと相手にも悪いんでと。うん。うん。
あれはどう思うんですか?ここ最近って、その要はま、中居正広さんがテレビ出れなくなっちゃったとかっていう、その平成のトップスターが、うん、そういったことで、うん、退場してくみたいな世の中じゃないですか。うん。どうなんかなと思うね、あれ実際問題。うん。あの、その人がほんまなのかっていうのが本人同士しかわからへんことやろ。うん。うん。そこんところは難しいとこと思うけどね。うん。ほんで俺は出て会見した方がええと思うけどな。
え、そっか。記者会見した方が。いや、記者会見は自分らの。うん。あの、もうほんま身内だけでええんちゃう?そんな。うん。記者を入れようが入れまいが、自分の思いの丈だけ言うたら。ああ、なるほど。そのことについて。だって報道とかは一方通行やったやん。うん。うん。うん。うん。うん。組まれ。だから。これ記者を呼ぶんじゃなくて、一応自分で2時間なり1時間なり、自分はこう思ってるんですって喋る。そう。なるほどな。
ほんこんさんは、このそういう状況がもう10年ぐらい経ったじゃないですか。そのそういうなんか1発あったら出れなくなっちゃうみたいな。で、別にそういう風になってないですもんね。まあ、興味ないんちゃう?世の中。ないとは思うんですけど。ほんこんさんスキャンダル強いのあったら。でもスキャンダルって、イタリアとかフランスとか大統領とかが女性好きだっても下ろされへんねんで。うーん。それが仕事せえちゅう話やろ。うん。うん。うん。女性の問題でって、奥さんが被害者やったら奥さんだけに謝ったらええやん。うん。うん。うん。うん。うん。そう。どういうことがあったのかっていうのは俺もようわからへんけど、みんな。うん。大々的なことなったよね、あれ。うん。うん。うん。昔の俳優さんとかもあったけど、構えへんかなって。今こんなん言うたらアウトやけどね。昔はなんか面倒見てたからとかね。ああ、その愛人の方。そう、そう、そう、そう。そんなんもあったり。どうなんかなとか思うけども。
あ、コンプラが緩くなることはなさそうですよね。どうなんですか?窮屈になる一方、逆行することあると思いますか?ごっつぐらい過激なことをしても許される時代がまた戻ってくるかどうか。いや、わからへんね。俺なんか世の中が偉いことならん限り。1回なんかもぺしゃんこになったらあるかもわからへんね。日本があって戦後80年、そん時ってもうむちゃくちゃやったやん。うん。むちゃくちゃでそん中でやってきて繁栄があった。だけど今っていうのはもうそういうむちゃくちゃになった、壊れてないやん、何も。うん。うん。俺壊れてからやったらあるかもわからんなと。1回もう本当に朽ちて復興してかなあかんなったら、また。そうそうそうそうそう。
じゃそう考えて100年とか200年とか経たないと無理かもしれないですね。うん。だからもっと厳しくなるよ。なんかメモなんかパソコンで残したり、ネット上に残したら、それAIが拾いよるから、もっと厳しくなるで。こんなことを計画してたぐらいでアウトになる可能性とか。法律的にはアウトになれへんけども、人の中で、これに倣ってたらええねんて置きに行く人間とかおるやん。は。そっちのが楽やからとか。うん。そんなになっていくんちゃうかなとか。怖い世の中なってくると思うで。はあ。
そんななんか、あの今回残りの人生でなんか叶えたいこととかあったりしますか?あと20年だけど、ほんまに迷惑かけへんかったらええわとは思うけども、ただ子供たちの教育をなんとか変えていきたいよな。教育をどう変えたいです?昔みたいにほんまに家族愛があって、敬うことがあって、ほんで人のために自分を犠牲にできるような感じで行った方がええんちゃうかなとか思うけどね。ほんでちゃんと働いて。うん。うん。そういう国になるように発信活動してきた。そう、そう。まだ日本、まだ今やったら頑張れると思うねんけども。うん。日本人が壊れていってるのちゃうかなとか思うのよね。このインバウンドとか移民ので、外国人のもちゃんと日本の教育って、俺世界に広めた方がええと思うのよ。しつけとか。
うん。ほんこんさんたちが子供の頃ぐらいの時代の日本の教育。そうそうそうそうそう。隣の人に怒られたりな。隣の人に可愛がられたり、隣がおかずを作ったから持ってきたとかな。うん。そういう地域みたいなのもうないやん。今やったらちょっとこれ、あの炊いたから食べてって持ってきたらパワハラやで。うん。うん。うん。うん。うん。そういう風な取り方しよるやん。うん。うん。うん。余裕がないんかな。うん。なんか、それを受け入れる余裕。そう。だから笑いってただ、あの笑えるねんけども、いろんなコンプライアンス、コンプライアンスで。ほんまに人やからおもろいねんでっていうところあんの。
うん。うん。ほんこんさんたちの年代の人が1番美味しい時代なのかもしれないです。あ、あの、それ俺らの時代、俺らのちょっと上、さんまさんとか紳助さんの時代めっちゃ美味しかったと思って。へえ。のりおさんとか、やっぱりバブルの時があったから。そっか。だからほんこんさんって言うとバブルは終わってる。そう、そう。終わりかけの時やって。そっか。で、東京で生まれてないから、大阪やから、大阪の制作費安いし。うん。ケータリングなんかなかった。はあ。バブル期の東京でのテレビを堪能してる人たちが1番美味しいから。そう、そう、そう、そう、そう。はあ。なるほどな。
ライスですよね。絶対日本にバブルが来るとしたら頑張らなあかんのよね。だからえたとかもっと頑張って。だから昔ってAためおもろかったっていうのは、日本が強かったんちゃうかなとか思うんけどね。うん。うん。
松本さんより天才が今後現れると思いますか?お笑い界。現れるの違う。やっぱり学師匠とかも言われてさ、師匠とかも言われた。その前、三平さんとかもそうやったんやろ。で、エンタツ・アチャコさんもせやし。生まれんの違う?形がどうか分からへんけど。ああ、そうです。それがお笑い界じゃない可能性もありますから。うん。ちょっとで違う目というか。うん。そうそう。お笑いが形が変わってくるかもかね。うん。でも日本ぐらいやで、ボケとツッコミあんの。ああ。はは。ツッコミとかボケとかなんかせなさそうですよね。そうやろ。だからスタンダップコメディって1人でやるやん。うん。うん。いや、他んとこて2人で笑う作りでええと思うねんけどな、俺。
つばしてそうですね。普通になんか2年後とかわかんないけど。誰、俺せだってわかんないって言ってたからなんか。ああ、それはあの、先のこと分かれへんやん。ほうほうほう。ね。俺かって、あの目覚めて体いじったりするかもわからんやん。顔とかも。そやろ。整形とかですか?そうやろ。わからへんやん。わからない。いや、そんな人てね、決めたらあかんやん。そう。整形するか出馬するか、可能性はゼロで。ほんまやな。わかんないけど。ま、ゼロではないって。ゼロではないでしょうけど。すいません。ありがとうございました。
はい。ありがとうございました。めっちゃ面白い話をたくさんしていただいて。いやいやいや。最高です。ほんまにあの大丈夫ですか?大丈夫です。じゃあ。はい。ありがとうございました。ありがとうございました。
誰が君を殺した?
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だけじゃ勝ちはないさ。心を殺らすことは
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