なべやかんが語る、たけし軍団の27年と筋肉の世界、そして昭和の芸能界と政治
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜なべやかんは、明治大学替え玉受験事件で「日本一有名な素人大学生」になり、そこから芸能界に入った。「後編」となるこの回では、ビートたけしに引き取られた経緯、たけし軍団での27年間、パワーリフティングで日本一になるまでの道のり、50歳目前で始めたプロレスについて語っている。後半では、父・なべおさみを通じて見た昭和の芸能界と政治家、興行とヤクザの関係にも話が及ぶ。なべやかんは一貫して、自分から望んだ道はほとんどなく、そのつど「導かれて」進んできたと話している。
替え玉受験事件と、ビートたけしの擁護記事
事件が発覚したのは大学1年の4月末、ゴールデンウィークの頃だったという。テレビも週刊誌も一斉に叩き、好きで見ていたワイドショーでも、好きだったタレントに散々に言われる状態だった。なべやかんは、当時SNSがあったら死ぬまで追い込まれていただろうと振り返り、それがなかったのは幸いだったと話す。
そんな中で買った『週刊ポスト』に、ビートたけしが事件について書いていた。裏口入学などどこにでもある世界で、今さら驚くことではない、という趣旨で、なべ家を擁護する内容だった。なべやかんがその記事を父に見せると、父はたけしに礼状を書いた。するとたけしの側からファックスが届き、会わないかという誘いがあった。父が撮影所へ会いに行き、話をするうちに「うちで預かりますよ」という流れになり、なべやかんはたけしのもとに入ることになった。
なべやかんは子どもの頃からたけしが大好きで、漫才ブームの頃もツービートが一番心地よかったという。ただ、たけし軍団は嫌いだった。落ちこぼれや少年院上がりのような雰囲気があって、嫌だったと話す。東京地検で取り調べを受けたとき、検事に「この子はどうするんだ」と聞かれ、喜劇やコメディをやりたいと答えた。すると「たけし軍団にでも入るのか」と言われ、「あそこに入るくらいなら刑務所に入りたい」と返したという。そのたけし軍団に、本当に入ることになった。
たけし軍団の序列と「際物」としてのデビュー
当時のたけし軍団は、上に9人いたとなべやかんは説明する。ダンカン、つまみ枝豆、ガダルカナル・タカ、井手らっきょ、松尾伴内らがいて、そのまんま東はすでに独り立ちしており、大森うたえもんは抜けていた。その下に浅草キッド(玉袋筋太郎、水道橋博士)がいて、さらにその下に、テレビにはあまり出ていない「3軍」がいた。全体で20人を超える大所帯で、なべやかんはその3軍の一番下に入った。
最初の仕事はたけしの付き人だった。たけしの付き人は本来ある程度選別されて付けられるものだが、なべやかんは直接たけしに付く形になったという。しばらくすると自分の仕事も入るようになり、付き人と並行してこなしていった。
芸能界での受け入れられ方について、なべやかんは「際物中の際物」だったと言う。いわゆる2世タレントなら、トーク番組で父や母の話を聞かれる。しかしなべやかんの場合は、ほとんど犯罪者のような立場で入ってきた。それでも実刑判決を受けたわけではなく不起訴だったので、周囲はいじることができた。芸人である以上、どういじられても受け身は取れ、取れないなら出てくるな、という空気だったという。ラジオでは、最初からニッポン放送のレギュラーを持っていた。
『あしたのジョー』のような軍団の空気
なべやかんは当時のたけし軍団を、『あしたのジョー』の少年院の世界にたとえる。初めてたけしに会いに行ったのは、当時あった渋谷ビデオスタジオだった。『北野ファンクラブ』の収録中で、軍団員が全員集まっていた。マネージャーに楽屋で待つよう言われて廊下を通ると、見たことのない軍団員たちが「あれがおさみさんの息子だぞ」とひそひそ話している。ジョーがトラックで少年院に運ばれてきて、先輩の受刑者たちが「新入りが来たぜ」と笑う場面にそっくりだったという。
『あしたのジョー』では、少年院の先輩たちは最初は優しく、それが後の展開への前振りになっている。実際の軍団も同じだった。顔も名前もわからない先輩に「緊張して疲れてるだろう、座りなよ」と勧められ、座ると肩を揉まれ、そのうち「ところでお金を貸してくれないかな」と言われた。なべやかんは、当時のたけし軍団は本当に治安が悪かったと話す。
たけしとの最初の対面は、トイレから響く怒鳴り声から始まった。「誰だこれは」と、映画『アウトレイジ』のような剣幕だったが、出てきたたけしが言ったのは「うんこを流してないやつは誰だ」だった。なべやかんは、トイレも流せない人たちをこれから「さん」付けで呼び、先輩として扱わなければならないのかと思い、とんでもないところに来たと感じたという。
怪我を隠すのが「マナー」だった
体を張る企画について、なべやかんは、骨折したり血が出たりしたら自然とパネルの後ろに隠れるのがマナーだったと説明する。バラエティで血を映すことはできないからだ。『スーパージョッキー』などで頭が割れたり鼻血が出たりすると、セットの板の後ろに隠れてしばらく出てこなかった。
収録後に病院へ行く人もいれば、行かない人もいた。行かなかった理由について、なべやかんはこう説明する。病院に行けば「これは危険だからもうやれない」となり、スタッフが軍団を目立たせるために作ってくれた面白い企画ができなくなってしまう。だから言わずに隠した、という。
具体例として、空手の拳を鍛えるために鉄の棒(バーベル)を殴る企画が挙がった。先輩が思い切り殴ったあと、次にやれと言われたその先輩は「すいません、手がこんなになっちゃいました」と言った。拳はドラえもんの手のように腫れ上がっていて、たけしは笑い転げて「後ろに行ってろ」と言ったという。なべやかんも、あれほど腫れた手は見たことがないと話し、それを面白いと受け取る雰囲気だったと振り返る。
なべやかん本人は、怪我は怖かったと言う。「ジャッキー・チェン映画に挑戦」という企画では、ジャッキーのアクションに軍団が挑んだ。幼い頃から全寮制の学校で鍛えられた人だからこそ、ああいうアクションができるのであって、だらしなく生きている自分たちにできるはずがない。そこへ香港で活躍するアクション監督の谷さんが来て手本を見せたところ、その谷さんが怪我をした。それを見たたけしは「これをやってもらいます」と言ったという。
水槽での脱臼から始まったトレーニング
なべやかんがスポーツジムに通い始めたきっかけも、軍団の企画だった。巨大な水槽に重りをつけて沈み、水中でジェスチャーをする企画がよくあった。苦しくなったら自力で急いで浮上しなければならないが、なべやかんはその浮上の途中で肩を脱臼した。運動をしておらず筋肉がなかったので、それ以前にも脱臼していたという。溺れ死ぬと思い、ある程度は身体能力を高めておかないとまずいと考えてジムに行った。これが、後のパワーリフティング日本一につながっていく。
ジムに通っていたある日、ベンチプレスの関東大会に出たという人が来た。それまでジムで見た誰よりも重い重量を挙げていたので話を聞くと、パワーリフティングという競技があり、ベンチプレスだけの大会もあると教えられた。パワーリフティングはベンチプレス、スクワット、デッドリフトの3種目で競うが、そういう競技があること自体、それまで知らなかったという。その人が関東大会で優勝したと聞き、なべやかんは関東大会がトップだと思い込んで、記念に出場した。そして、いきなり優勝した。
「ランキング9位」で湧いた悔しさ
この優勝を日刊スポーツの記者が記事にしてくれ、そこに52kg級の日本ランキング9位と書かれていた。なべやかんはこのとき「殺意が湧いた」と表現する。身長が低く体重も軽い自分が9位なら、上に8人いる。自分より強い8人がいると思うと悔しくてたまらず、そいつらを倒してやろうと思ったという。
ちょうどその頃、テレビ朝日のスタッフがその記事を見て、笑福亭鶴瓶と草彅剛の番組で、真面目に何かに打ち込む人を追う企画をやりたいと声をかけてきた。撮影が入るため、新宿の区のジムではなく、本格的な設備のあるジム(当時のパワーハウス)に移った。スタッフは「1年は追いかけるので、なんとか世界大会まで行ってください」と言った。まだ日本大会に出たこともないのに、なべやかんは無責任なことを言う人だと思ったという。
世界大会に行けるのは、各階級の1位か2位のうち、体重比で計算するフォーミュラ計算で上位の1〜2人だけという狭き門だった。なべやかんは全日本大会の予選を突破したが、その時点で番組は3カ月もたずに終わってしまった。全日本大会には初出場で階級2位、フォーミュラ計算では全階級の中で上位だったため、世界大会への出場が決まった。「僕は約束を守ったけど、番組は守れなかった」と話している。
17連覇の選手を破り、世界へ
才能があったのかと聞かれると、なべやかんは、同じ階級にいた稲葉さんという選手の話をした。世界大会で17回優勝し、ギネスブックにも載っている選手で、日本では負けたことがなかった。その人を破った唯一の日本人が自分だ、という。勝った大会はワールドゲームズだったと記憶しているようだ。初出場の全日本大会では、52kg級のベンチプレス日本記録も出したという。
世界大会では、3種目総合の最高成績が5位。種目別ではベンチプレスとデッドリフトで表彰台に上がっており、ベンチプレスのアジア大会では優勝している。
なべやかんは、スポーツ選手が芸能人になる例は多いが、芸能人が本格的な競技で優勝やメダルという結果を出したのは自分が先駆者だと思う、と話す。その後の最高峰は、オリンピックに出た猫ひろしだという。
なべやかんが競技の世界で結果を求めた背景には、軍団の運動神経が「芸能界の中だけの話」として扱われてきたことがある。そのまんま東はハンドボールで国体に出ており、井手らっきょは非常に足が速かった。しかし芸能人の運動会では、井手が一番端のレーンを走らされ、ぶっちぎりで1位になっても、レポーターはアイドルのほうへ「おめでとうございます」と駆け寄った。井手はテレビ的にカットされていたのだという。そうしたことがあったから、たけしは「たけしのスポーツ大賞」を作り、井手らっきょの足の速さを日本中に知らせた。それでも結局は芸能界の中での評価にとどまる。自分は芸能界ではなく、スポーツそのものの中でトップになりたかった、となべやかんは語る。
バブル期のタイアップ撮影と、食べられないタレントたち
話は当時のテレビ業界に移る。なべやかんが本に書いたという、制作側と個人的な関係のある女性が番組に出ていた、という話について、インタビュアーが尋ねた。なべやかんによれば、メインの出演者ではなく、ワイプの中で「パフパフ」と盛り上げるような、タレントの卵のような人たちだったという。
バブル期は海外ロケが多く、ホテルや航空会社がタイアップしてくれた。そのためには「今回はこの航空会社がこんな良い席を用意してくれました」「このホテルのプールはこうです」といったイメージ映像を撮る必要がある。そういう映像を、タレント本人ではなくそうした女性たちで撮っていた。担当ディレクターやプロデューサーと関係のある女性であることが多かった、となべやかんは話す。
さらに、あるタレントから、風俗店に行ったら番組で一緒だったアシスタントの子が出てきた、という話を聞いたことがあるという。なべやかん自身も、渋谷で打ち上げ帰りにホテルの前を通ったとき、出てきた男女の女性が、その日一緒に仕事をした子だったことがあった。なべやかんは、タレントの仕事だけでは食べていけないからそうしていた、という理解を示したうえで、まれなケースだと付け加えている。
27年でオフィス北野を離れた理由
たけし軍団には結局27年いた。たけしがオフィス北野を抜けたとき、なべやかんはそれを「ボン・ジョヴィからボンが抜けるようなもの」とたとえ、事務所は崩壊したと話す。このタイミングで辞めたのは、なべやかんとビートきよしの2人だけだった。他の軍団員はその後TAPに移っている。
なべやかんが移籍しなかった理由の一つは、このときマネージャーがごっそり辞め、スタッフがいなかったことだ。もう一つは、同じマネージャーやスタッフと続けていると仕事がマンネリになるので、違う場所で違う刺激が欲しかったことだという。当時の仕事は筋肉系、趣味のコレクション関連、旅番組、Vシネマや映画などで、最後の仕事はドラマだった。辞めたのは47歳頃だった。
入るときにたけしから「刑務所と同じだからな」と言われていたので、辞めるときに懲役27年がどのくらいの罪に当たるかを調べたという。麻薬100kgを密輸した暴力団幹部の刑と同じだった、と笑う。
後半は楽だったのではという質問には、ものすごくきついわけではないと認めつつ、「部活で3年生がずっと辞めない」ような状態だったと説明する。普通は1年ごとに先輩がいなくなり、自分が上がっていく。しかし軍団では先輩が辞めないので、それがずっと続く。先輩たちの面白さもわかり、慣れて居心地は良かった。それでも、このままでは「ぬるま湯」に浸かった状態になると思い、一度外に出たほうがいいと考えたという。
40代半ばでも「若手」だった
体を張る仕事は後半も続いた。熱湯風呂は後期には熱いおしるこに変わり、とろみがあるので熱が逃げず、より熱かったという。たけしが中に落とし物をしたから拾ってこいと言われ、おしるこに顔を突っ込んで目を開けても何も見えない。これを45歳頃にやっていた。先輩たちはすでに体が動かない年齢になっていて、「若手がやってくれよ」と言われる。「若手と言っても45だぞ」と思いながらやっていたと話す。
なべやかんは身体能力の高さを買われ、企画を成功させる役割も背負わされた。「中国雑技団に挑戦」のような企画では、全員が失敗する中で、なべやかんが成功させなければならなかった。子どもの頃から訓練した人ができる技を、40代で求められていた。先輩たちの中では年齢の感覚が止まっているので、40歳を過ぎても若手と呼ばれたという。
だからオフィス北野を辞めたときには、体を張る仕事はもうやめたいと思っていた。ラジオのスタジオで話したり、バラエティ番組のスタジオや旅番組に出たりしたい。スタジオで座って喋っているほうがいい、と強く思ったと語る。
50歳手前で始めたプロレス
ところが、辞めてすぐにプロレスラーになった。きっかけは、ボディコンテストの団体であるベストボディ・ジャパンで、日本大会や東京大会の司会をしていたことだ。なべやかんによれば、国内のこの種のコンテストで6割ほどを占める大きな団体だという。その代表がプロレス団体を作ると言い出し、参加してほしいと頼んできた。最初は無視していたが電話が来て、芸能人なので絶対に怪我はさせない、西口プロレスのような感じでいい、と言われ、仕方なく引き受けた。
ところが連れて行かれたのはDDTの稽古場で、DDTの選手から普通の新人レスラーと同じ練習をさせられた。話が全然違った、となべやかんは言う。当時のDDTの道場は浮間舟渡の倉庫街にあり、工場跡のような大きなプレハブで、エアコンがないので夏は暑く、冬は非常に寒かった。ゴキブリや蜘蛛も多い「虎の穴」のような場所で、50歳手前のなべやかんが、20代や30代の年下のレスラーと練習した。たけし軍団よりきついと話している。
プロレスは先日8周年を迎えた。体が硬くなり、柔軟性がなくなってきたので、みんなが怪我をする理由がわかると言い、引退も見えてきたと話す。本当は大好きなコレクションについて語ったり、ラジオのブースで喋ったり、執筆をしたりしているほうがずっと楽で、本当は嫌なのだという。替え玉受験の罰としては長すぎるのではと言われ、「今のところ終身刑ですね」と答えている。
いま世の中で問題になっているハラスメントについて、なべやかんは、暴力も侮辱もセクハラも、リングの上では全部ありだと話す。殴る、蹴る、唾をかけられる、投げられるのは当たり前で、今の時代に唯一「たけし軍団的なもの」が許されている世界だという見方に同意している。
プロレスのベルトは先日取られてしまったが、ベストボディでもタイトルを取っている。SNSでは趣味や筋トレ、プロレスのことまで「全部お父さんのおかげでしょう」と言われることがあるという。なべやかんは、父のおかげでベンチプレスが150kg挙がるならぜひお願いしたい、と返す。むしろ本当のお坊ちゃんなら、嫌だと言って辞めていたはずだと話す。
では、なぜ続けられたのか。なべやかんは根性ではないと言う。自分は本業のある「二足のわらじ」のレスラーにすぎないのに、DDTにいた大石真翔(現在はフリー)や遠藤哲哉(現在はノアにも参戦)が、親身になって教えてくれた。真剣に教えてくれる人には真剣に向き合わないと申し訳ない。だから続けた、という。
インタビュアーは、たけし軍団も替え玉受験も筋トレもプロレスも、どれも本人が望んで始めたわけではないのに結果を出している、と指摘した。なべやかんは「言われてみればそうですね」と応じている。
なりたかった芸人像と、30年以上続く主催ライブ
本当はどんな芸人になりたかったのかという質問に、なべやかんは「いい加減で、この人どうしようもないなと言われる」芸人を挙げ、例として高田純次の名前を出した。同世代では、吉本の芸人がうらやましいという。ダウンタウン、今田耕司、東野幸治、ナインティナイン、今ならかまいたちのように、お笑いという本道だけで確かな地位を築いている人たちだ。自分の場合は筋トレやプロレスといった「オプション」がついている、と対比している。
お笑いを目指していた時期ももちろんあり、自身が主催するお笑いライブは今年で32年目、300回を超えている。出演者たちがずっと付き合ってくれていることに感謝していると話す。猫ひろしも出ていたほか、のちにM-1で活躍する芸人が出ていたこともあったという。
自分で選んだものはうまくいかない
呼ばれて始めたことのほうがうまくいく、となべやかんは話す。自分からガツガツ行くと、なかなか達成できないという。例として挙げたのが映画だ。脚本が完成し、プロデューサーがつき、出資も決まり、撮影日まで決まっていた。しかし主演に考えていた人たちのスケジュールがどうしても合わず、企画は流れた。小説もずっと書いて出したいと思っているが、実現していない。
著書『クソ芸人からのチャンピオン』も、出すつもりのなかった本だという。当時所属していた事務所の代表に、書き上げた小説を出したいと2年間言い続けた。ようやく出版社の社長をホテルのラウンジで紹介されたが、どんな出版社かを尋ねると「小説以外を出す出版社です」と言われた。なべやかんはその場で「終わった」と思ったが、紅茶を頼んでしまったので、飲み終わるまでは大人として帰れない。仕方なく雑談の中で、以前から出したかった「スポーツジムのインストラクターの言う通りにすると怪我をする」という、喧嘩を売るような本の企画を話した。すると社長が面白いと言い、その場で出版が決まった。
タイトルは当初、出版社側が「クズ芸人からのチャンピオン」を提案した。しかし、ノンフィクションで「クズ芸人」と呼ばれた別の芸人のイメージがあるため断った。次に「カス芸人」を提案されて強く苛立ち、自分から「クソ芸人でお願いします」と言って決まったという。クソ芸人は冗談で使う言葉だが、カス芸人という言葉はない、というのがなべやかんの理屈である。
大物政治家からの電話と、安倍晋太郎との縁
終盤は、父・なべおさみと政治家の関係に話が移る。替え玉受験事件のとき、家の前はマスコミで埋まり、外に出られなかった。そこへ電話がかかってきた。相手は総理大臣になったことがあるような、トップクラスの政治家だった。電話を代わると、「某大学なら入れてあげるぞ」と言われたという。なべやかんは、これだけ話題になっている人間が2学期から教室に現れたら大変なことになる、と言って落ち着いてもらったと振り返る。
なべやかんによれば、父の後援会長は安倍晋三の父・安倍晋太郎だった。その縁で、安倍から選挙の応援を頼まれることもあったという。正月には家族で安倍家を訪ね、お年玉をもらっていた。しかし大臣になると一般人にお金を渡せなくなるらしく、お年玉の代わりにチョコレートをくれた。子どもだったなべやかんは、チョコレートなんかいらない、もう二度と来たくないと思ったという。
父が所属していた渡辺プロダクションについて、なべやかんは、日本のエンターテインメントの始まりのような存在だったと話す。戦後は東京・大阪・九州の興行主が日本を盛り上げ、その後にプロダクションが生まれてきた、という説明である。父はクレイジーキャッツのハナ肇の付き人で、なべやかんとたけしのような関係だった。ところが、応援している政治家は父のほうが強かった。それで居づらくなったことも、渡辺プロを辞めた理由の一つだったという。芸能界では先輩でも、背後の政治家はこちらが強い、というようなことが昭和にはあった、となべやかんは語る。
「同じ図式」だという大手事務所の件
スキャンダルがもみ消せた背景について、なべやかんは、いろいろ問題になった大手芸能事務所の例を挙げた。あの事務所も元総理がいろいろ頑張っていた、という。元総理と警察官僚のつながりは、明治大学の事件で責任をなべ家に押しつけたときと同じ人間、同じ図式だとなべやかんは主張する。この事件はなべ家のせいにしようと決めたのは背後にいた政治家であり、その人物があの事務所を守っていたのと同じだ、と話す。あれだけの問題がずっと表に出なかったのだから、その政治家はとても強い、というのがなべやかんの見方である。
元総理が亡くなったことで抑えが効かなくなったのかという質問には、そういうこともあるのではないかと答えている。なべやかんによれば、両方とも亡くなった後で暴露が出てきたことに対し、なぜ生きているうちにやらなかったのかという声があった。しかし、知り合いの記者たちが記事にしようとすると、編集長に止められていたという。編集長はその政治家の名前を挙げ、圧力があるから駄目だと言っていた、となべやかんは話す。
父はそうした話をもっとたくさん知っているのかと聞かれると、昭和の時代だから「いっぱいありますよ」と答えている。今はコンプライアンスもあり、あとはどう付き合うか次第だという。
興行とヤクザ、そして「本職の人」
芸能界とヤクザの関係について、なべやかんは、もともと興行はヤクザ絡みの人たちが自分たちで出資して日本を盛り上げてきたもので、昭和には切っても切り離せない関係だったと話す。今は暴力団対策法などで駄目になっている、とも付け加えた。
例として挙げたのが、昔のヤクザ映画の賭場の場面だ。札を張るあの手つきは普通の人にはできず、本職の人を使っている。昔の映画の台本を見ると、役とキャストの欄に「本職の人」と書かれている、となべやかんは話している。
裏側を知る立場として
インタビュアーが、亡くなったときに自動的に発売されるような形で全部残してほしいと言うと、なべやかんは、本人が面白いと思っていないことにも、人にとっては驚く話がたくさんあるかもしれないと応じた。アンテナを張っているわけではないが、友人が教えてくれたり、出会う人がそういう人だったりするという。最近はなぜか、公安の人や、裁判で「判事」の役割をしている人など、そうした職業の人とよく知り合い、食事をしては同じような人を紹介されているという。
なべやかんは、替え玉受験というマイナスからのスタートで、世の中の裏側がわかったと話す。最近よく呼ばれるYouTube番組『NO BORDER』のXファイルの企画でも、扱う話題の裏側について「こういうことね」とわかったり、自分の知っているエピソードが出てきたりするという。一方で、わかる範囲とわからない範囲はたくさんあるとも言う。同番組では裁判のことも国税のことも知らなかったことがわかり、面白かったと振り返った。思い出す話はまだまだある、というところで対談は終わっている。
お父さんはかなり政治家と繋がってたんですか?
繋がってた。だって明大事件の時に、もう家の前にマスコミとかいっぱいいるわけですよ。そんな時に電話かかってくるんですよ。超トップ政治家さんですよ。総理になったことあるような政治家さんからも電話がきて、ちょっと代われって言ってるって。代わると、「某ほにょほにょ大学だったら入れてあげるぞ」とかって。
いや、それって総理が、元総理が手引きしたじゃないですか。
やばい。やばいじゃないですか。
だから落ち着いてくださいと。落ち着いてください。今これだけ話題になってる人間が2学期から教室に現れたら大変なことになりますよと。
当時の芸能人は総理と繋がってるんですか?
もういるんじゃないですか?人によってですけどね。それこそ、あの大手の、色々問題になった事務所ありましたよね。あれもだからね、元総理が色々頑張ってましたから。
あ、元総理が守ってたんですか?
元総理が。だからその、警察官僚との繋がりっていうのが、全く明治大学の僕の時の、その鍋に押し付けたのと同じ人間、同じ図式なんですよ。
へえ。
この事件はもう鍋家のせいにしようって決めたのが、バックにいた政治家なんですね。それを守ってたのと同じですよね。だからそれ強いっすよ。
え、守った政治家めっちゃ強いんですか?
強いっすよ。だってあれだけずっと守りきってたじゃないですか。世に出なかったじゃないですか。
すご。
最強じゃないですか?でもそっちの方が良かったかもしれないですね。だって英語とかできるようになるから。
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え、そっからその事件を経て芸人になるって、どういう段取りですぐなるんですか?
で、ゴールデンウィークだったんですね。それがね、ちょうど4月の27とか29とか、そのぐらいの時で。
あ、じゃあ一応1年生の1ヶ月目っていうか。
そう、そう。で、そこで事件発覚して、ニュースになって、まあ要は先ほど言いましたけど、テレビも週刊誌も全部が本当袋叩きな状態で。
SNSあったら大変でしたよね。
確かにネットミームですね。ネットあったらもう大盛り上がりじゃないですか。
多分死ぬまで追い込む、死んで終わり、殺して終わりぐらいに多分追い込むんだと思うんですけど、そういうのがなかったんで幸いだったんですけど、それでもボロクソにされて。で、実際に好きで見てたテレビとか、色々ワイドショーとかあったんですけど、やっぱり好きだったタレントさんにもボロクソ言われるような状態だったんですよ。
で、そんな状態の中で週刊ポストっていう雑誌を買った時に、たけしさんが明大事件のこと書いてたんですね。「裏口入学なんかどこでもある世界なんだからよ、今更驚くことじゃねえ」みたいなことを書いててくれたわけです。すごい擁護してくれてたんですよ。
で、それを買ってきて、父親に見せて、たけしさんがこういうこと書いてますよって。そしたらお礼の手紙を書いたんですよ、父親が。
そしたらたけしさんから、殿からですね、ファックスが入って、会いませんかっていうのがうちの父親のとこに来まして。で、東宝撮影所にうちの父親が会いに行くんですよね。
で、そこで色々話をした中で、じゃあうちで預かりますよみたいな感じになって、たけしさんのとこに行くっていう、そういう流れです。
それもやかんさん的には、もう喜劇人になりたいって気持ちもあるし、そんなの最高じゃんって感じなんですか?
いやね、僕ね、すっごいたけしさん好きだったんですよ。めちゃくちゃ好きで、子供の頃から。漫才ブームの時もツービートが1番心地よかったんですよね。リズムも毒舌も心地よくて大好きで、たけしさんの番組見てすごい好きだったんですけど、たけし軍団が嫌だったんですよ。
え、それなんで嫌だったんですか?
なんかそれこそ、落ちこぼれとか少年院の人たちみたいな、なんか変な感じがあって。なんかやだなこの人たちみたいな。
そっか、たけしさんは好きだけど、別にたけし軍団は好きじゃない。
好きじゃなかったんですよ。
まさにそういう人いそうですよね。当時はね。
それで、僕、東京地検ってとこで取り調べ受けるんですけど、その時に東京地検の検事さんに「この子どうすんだ」って言われて、「いや、喜劇とかコメディやりたいんです」って言ったら、「たけし軍団にでも入るのか」って言われたんですよ。で、その時に「いや、あそこに入るぐらいだったら僕、刑務所に入りたいです」って言ってたんですよ。
へえ。
そしたらまさかまさかの、本当にたけし軍団に入ることになって。
当時のたけし軍団ってどれぐらいまでいる感じですか?
えっとね、上が9人いて。ダンカンさん、義太夫さん、枝豆さん、タカさん、らっきょさんとか、キドカラーさんとか、幽霊さん、ラッシャーさん。東さんはちょっと1人で1本立ちしてたりとかしてたんですよね。あと松尾さんもいたし。で、大森うたえもんさんが抜けて9人だったんですよ。で、東さんは1本立ちしてた。
で、その下に浅草キッドっていうのが、玉袋さんと水道橋博士さんがいて、その下に3軍がいたんですよ。で、これがあんまりテレビとかには出てない方々だったんで、名前も分からない人たちが結構いたんですよ。だから結構大所帯ですよね。20人超えてましたよね。
はあ。で、その3軍のところの1番下に入るんですか?
入るんです。はい。
はあ。3軍は仕事あるんですか?
3軍はえっと、最初入って付き人から。たけしさんの付き人からです、僕は。
当時1番下っ端が付き人やるっていう感じなんですか?
えっと、いや、たけしさんの付き人はそれなりにやっぱり選別されてつけられるんですけど、僕の場合は直でたけしさんにつく感じになりましたね。
そうか。そういうちょっと特別な。
弟子入り志願したわけじゃないし。
はい。でもついてしばらくして、付き人なんですけど自分の仕事も入るようになって。だから自分の仕事と付き人を並行してやるみたいな。
え、それで言うと、その鍋やかんとしてデビューして、芸能界的にどんな受け入れられ方なんですか?
いや、だから際物ですよね。際物中の際物ですよね。
確かに替玉受験で一時日本一有名になってる素人大学生みたいな。
そうそう。だって他は「誰々さんの娘さんなんですか?息子さんですか?」って言われて、芸能界とかでね。
ああ、2世タレントとしてトーク番組とかバラエティとか呼ばれて、「お母さんどうだったの、お父さんどうだったの」とかっていうあれじゃないですか。
じゃないですもんね。普通に犯罪者みたいなのが入ってくるわけですからね。
え、犯罪者としていじられたりするんですか?
そう、そう。だからこれが実刑判決食らってるとかそういうんじゃなくて、不起訴だからいじれるんですよ。
そう。替玉野郎とか。
そう、そう。あと芸人だから、どんな風にいじってもちゃんと受け身は取れよみたいな。受け身取れねえんだったら出てくんなよみたいな感じで。
へえ。それで結構、一周するぐらいの感じで出てたんですか?
そうですね。ラジオやったりとか色々もやってます。ニッポン放送、最初からニッポン放送のラジオのレギュラーだったんですけど。そういうのやったりとかして。
え、その当時のたけし軍団ってどんなノリなんですか?
いや、だから、さっき言いましたけど、少年院ですよ。少年院とか鑑別所、あの『あしたのジョー』の世界の。
1番最初に、渋谷ビデオスタジオっていうのが当時あったんですね。そこにたけしさんに会いに行くんですよ。で、そこで『北野ファンクラブ』っていうのを収録してるんで、軍団全員集まってるわけですよ。
で、行きました。で、たけしさんのマネージャーが来て、たけしさんの楽屋で待っててくださいと。で、そこを通るんですけど、そこに見たことない軍団たちがいるわけですよ。
あ、まだ世に出てない。
世に出てないのとか、軍団のお兄さんとか。それが「あれが、あれがそうだぞ。あれがおさむさんの息子だぞ」みたいな、こそこそしてるわけですよ。
そう。替玉のね。
そう、そう。で、これが本当に『あしたのジョー』で、ジョーがトラックで少年院に運ばれてくるんですよ、受刑者が。その時に周りでその先輩たちの少年院の受刑者が、こうやって見ながら「新入りが入ってきたぜ、へへへ」って笑ってるのと全く被るわけですよ。
え、実際にその入ると少年院みたいな目に遭うんですか?ちなみに。
あの、『あしたのジョー』でね、少年院に入って最初怖いのかなと思うと、みんな優しいんですよ。ところがそれがもうフラグで、その後にガッと来るんですよ。
どんな感じで?
楽屋から出た時に、「いやあ、緊張して疲れてんじゃないの?椅子でも座ったら」とかって言われるわけです。「いや、いいです、いいです」って。「いや、そんなこと言わないでさ、座りなよ」って。顔も名前もわかんない先輩に言われるわけです。
で、言われた通り座るとね、「緊張して肩凝ってるでしょう」って揉んでくるわけです。「あ、やめてください」「いいの、いいの。ところでさ、お金貸してくんないかな」とか、そういうこと言ってます。
へえ。お金持ってるだろうなと思って。
そう、そう。本当にもうそんなことから始まってた。
治安悪いんですね。
治安悪い。
その頃のたけし軍団は。
もう本当治安悪かったです。
え、それお金貸してくれとか、どんな治安の悪さがあるんですか?
えっと、最初にたけしさんに会った時は、その現場で会った時は、たけしさんの怒鳴り声から始まるんですよ。「誰だ!」って。「誰だこれは!」って、もう『アウトレイジ』のテンションで「誰だバカ野郎」みたいな。どこだろうと思ったらトイレから聞こえてきた。で、トイレから出てきて「誰だ、うんこ流してないやつは!」って。
「義太夫か、キドカラーか、誰だ。うんこは流さなきゃだめだろう」って怒鳴ってて。
そんなことで怒られたのです。そうそう。で、うわ、トイレ流せない人たちをこれから「さん」付けで呼ばなきゃいけないんだと。こんな人たちを先輩として扱わなきゃいけないのかっていう、やべえぞ、やばいとこ来たぞっていう感じで。
はあ。え、なんかよく、体張ってみんな骨折してたけど隠して出てたみたいなこと言いますよね。
はいはい。あれはだから、骨折とか血が出ると自然とパネルの後ろに隠れるっていう。
あ、そう。それがもうマナー。
マナー。バラエティってほら、血とかダメじゃないですか。だから、『スーパージョッキー』とかで例えば怪我して頭が割れたとか、鼻血が出たとか、そしたらもう後ろのパネルの後ろに、板の後ろに隠れてしばらく出てこないっていう。
はあ。それで一応収録終わったら病院に行かれるんですか?
収録終わって病院行ったり行かなかったりとかですね。
え、行かない人もいるんですか?
行かない人もいるんですよ。で、なんで病院行かなかったかって言うと、そこで病院行くと「これは危険だからこういうことはやれないよね」ってなって、スタッフが作ってくれた面白い企画で僕らを目立たせようとしてくれたことがやれなくなっちゃうわけですよ。だから言わないっていう。
へえ。そういう美学なんですね。
隠す、隠蔽するっていう。
なるほど。番組潰さないために行かないんですね。
ある時ね、鉄の棒をね、空手のあれでこうやって叩いて鍛えるっていうのがあったんですよ。で、それを先輩がこうやってバーってやったんですよ。
それで「じゃあ次にまたお前やれ」って言われた時に「殿、すいません」って。「なんだ、早くやれ」「殿、すいません。手がこんなになっちゃいました」って。手がこんな腫れてたんですよ。それ見たらたけしさん笑い転げて、「後ろ行ってろ」って。
それは骨折してるってことですかね。
なんかね、本当に俺も見たことないんですけどね。まさにドラえもんみたいになってたんですよ。あんなに膨れた手、俺見たことないんですけど、すごかったですよ。鉄の、だからバーベルをこうやって殴って空手の拳を鍛えるってやつだった。で、ブーンってやったらこんな拳になっちゃって。
すごいっす。
あれ面白かったですけどね。
まあ、そっか。でもそれが面白いねっていう感覚の雰囲気ですもんね。
やかんさんはそれずっとモチベーション高くやれてるんですか?それともどっかで、この体張る感じ卒業したいなみたいに思ってるんですか?
いや、怖い。怖かったですよ。怪我とかも怖いし。例えば格闘技に挑戦っていうのもあるんですけど、映画に挑戦とかあるんですよ。で、ジャッキー・チェン映画に挑戦っていうので、ジャッキー・チェンのやるアクションに軍団が挑戦するっていうのがあるんですよね。
で、ジャッキーって子供の頃から全寮制の京劇の学校通って、それでああいう人間ができるのに、我々みたいにだらしなく生きてるやつがジャッキーのアクションなんかできるわけないじゃないですか。
で、今香港で大活躍してる谷さんっていうアクション監督が来て、で、谷さんがお手本を見せるわけですよ。そしたらお手本見せたら谷さんが怪我したんですよ。で、それ見てたけしさんが「これをやってもらいます」。
プロでも怪我するのに。
それやんなきゃいけないっていうね。
はあ。だからそれに応えるために、さっき言ったジムに通ったわけですもんね。
そう。だからもうこのままだと死んでしまうと。ある程度身体能力を高めとかないとダメだと。肩とかもね、運動とかしてなかったから筋肉つけてないから脱臼になってたんですよ。
あ、またしても。
そう。で、よく軍団であったのが、巨大な水槽の中に潜って、その中でジェスチャーをやるっていうのがあった。で、普通に潜ると浮いてきちゃうから、重りいっぱいつけるんですよ。で、ズブズブって潜って、それでこうやるわけですよ、浮かないように。
苦しくなったらこうやってなんとか自力で上がんなきゃいけないんですけど、この上がろうとした時に僕、脱臼したんですよ。
ええ。
それも死ぬと思ったわけですよ。溺れ死ぬと思って。ちょっと体鍛え直さなきゃいけないかなって、スポーツジムに行ったのが始まり。
それはだから後の、ウェイトリフティングとかパワーリフティングの日本一とかに繋がってくる。
はい。そう、そう。
え、それやってる時はまだたけし軍団?
たけし軍団。バリバリ。
あ、そっか。テレビの企画かなんかで挑戦してみようみたいなことなんでしたっけ?
えっとね、個人的にそこに行ってる時に、関東大会、ベンチプレスの関東大会に出たって人が来たんですよ。今までそのジムにいる人たちとは比べもんになんないような重量でベンチプレス上げてて、すっげえなと思って。で、話聞いたら、パワーリフティングって競技があって、ベンチプレスっていう競技があるんだって言われて。それまで知らなかったですよ。
パワーリフティングって競技は3つやるんですね。ベンチプレス、スクワット、デッドリフトっていう3種目なんですけど、ベンチプレスだけの大会があるっていうのも全く知らなかったんですよ。「え、そんなのあるんですか、教えてください」って教えてもらって、じゃあちょっと面白そうだから出てみようと。
で、その人が関東大会で優勝したって言うから、もう僕の中では関東大会っていうのがトップだ、関東大会に出て記録出せたらもう十分だと思って。で、記念で関東大会に出たんですよ。そしたら優勝したんですよ、いきなり。
で、そしたらそれを日刊スポーツの小野さんっていうのが記事にしてくれて。そしたら日本ランキング9位って出たんですよね。要はその52kg級って中で9番目のランキングに入りますってのが出て。その時にめちゃくちゃ殺意が湧いたんですよ。
殺意?
殺意が。どういう殺意かって言うと、自分は身長低いし体重も軽い、そういう人間で。僕9位だから上に8人いるんだと思ったんですよ。自分より強いのが8人いると思って、こいつらぶっ殺してやりたいって気持ちになったんです。
そんな攻撃的な感じだったんですか。
なんかすっごい悔しくて。で、よし、だったらちょっとこの8人倒そうじゃないかっていう時に、テレビ朝日のスタッフさんから、その新聞を見て、真面目に頑張って何かをやるっていう企画の番組を作るんですと。で、鶴瓶さんと草彅君で頑張ります番組をやるんで、それに出ていただきたいんですよ、と。
で、撮影が入ることになったんで、その新宿区のジムだと撮影できないから、本格的な、当時パワーハウスってとこなんですけど、後にノーリスってジムに変わるんですけど、そこに移ることになったんですよ。本格的な器材があるんですけどね。で、そこでちゃんと鍛える。
それで結果日本一になると。
その時にね、そのスタッフから、鶴瓶さんと草彅君の番組だから1年はやりますから、追っかけますから、なんとか世界大会まで行ってくださいとか、無責任なこと言ってきて。まだ俺、日本大会も出たことないし、何なんだこの人はと思ったんですね。
日本大会から世界大会に行くっていうのは、各階級のトップか、もしくは2位の中で、フォーミュラ計算っていう体重比計算して、その中のトップの1人か2人が行けるみたいな、そんな状態なんですよ。だから狭き門なんですよ。
じゃあ分かりました、頑張りますって、その頑張りますの番組収録やるんですけど、その日本大会に出るには予選を突破しなきゃいけないんです。予選大会をやって突破できたんですけど、その時点で番組が頑張れなくて終わっちゃうんですよ。
その2人の番組なのに。
結構でかい玉だけど。
でかい玉で3ヶ月持たなかったんすよ。で、終わっちゃって。
だけどそこで全日本大会に出れることになって。で、全日本大会に初めて出たら、フォーミュラ計算で2位だったんですね。初めての全日本大会で2位だったんですけど、全階級のフォーミュラ計算でトップの方だったんで、世界大会に行けることになった。
はあ。
僕は約束守ったんですけど、番組は守れなかったっていう。
すごいっすね。だからその才能がめっちゃあったんですよ、筋トレの。
そうっすね。だから中野の富士山のおかげじゃないですかね。
え、でもそれって別に、その中野の富士山でやってたこと、高校の1年間ぐらいなんじゃないですか?
そう、そう。
え、それってその競技人口が少ないから成し得たことなのか、単純にめっちゃ才能あったと思うんですか?自分的に。
その当時僕の階級で稲葉さんていう方がいらっしゃったんですね。で、この方は世界大会17回優勝してて、ギネスブックに出てる方だったんですよ。で、日本で負けたことがなかったんですけど、結果的に唯一その人を破った日本人が僕なんですよ。
17連覇を倒したんですか?
17連覇。それはワールドゲームズって大会かな?それで勝ったんですけどね。
はあ。じゃあ本当とんでもないパワーリフティングの才能があったんですね。
そうっすね。だから最初の全日本大会でベンチプレス日本記録出したのか。日本記録出しましたね。はい。
その体重のってことですか?
はい。52kg級で。
すごい。おさむさんの息子であるっていう、その芸能人の2世が、芸能じゃなくて筋トレの世界で日本一になるって、なんかとんでもないことですね。
だからよくね、スポーツ選手から芸能人になる人っていっぱいいるじゃないですか。で、芸能人から本格的なスポーツでちゃんと結果出す、メダル取る、優勝するっていうのは、多分僕が先駆者だと思うんですよ。その後にほら、オードリーの春日とかね、フィンスイミングとかあるんですけど、そういう意味の。
最高峰は猫ひろしですよね。
あ、オリンピック。
オリンピック行ってるわけですから。
はあ。え、世界だと何位までいきましたか?
世界ですか?世界だとね、3種目で争うんで、最高で5位とかかな。
え、だったらそれと、オリンピックこそないものの、世界5位の方がすごいんじゃないですか?
で、部門別ってあるんですよね。ベンチ部門、デッドリフト部門、スクワット部門。これはね、ベンチとデッドは表彰台立ってますね。
え、3位以内?
はい。2位とか3位とか。
へえ。
はい。アジア大会優勝した。ベンチプレスのアジア大会で優勝しました。
でも、だからそれで言うと、その軍団としてじゃない個人のでも、一応1人で戦えてますもんね。それだと。
結局軍団ってすごい運動神経あるじゃないですか。で、東さんとかはハンドボールで国体行ったとか色々あるんですけど、で、らっきょさんがものすごい足速いじゃないですか。
で、当時その芸能人大運動会とか出ると、らっきょさんが1番端のレーンを走るんですよ。で、こっちにアイドルグループとか色々いるわけですよ。で、ドンとやると、やっぱらっきょさんダントツで1位なんですけど、そのゴール切った後に、レポーターが「おめでとうございます」って行くのはアイドルの方に行くんですよ。だから1番端を走らせて、そこをテレビ的にカットしちゃって。
すごいですね。
そういうことやってたんですよ。で、そういうことがあったんで、たけしさんがスポーツ大賞っていうのを作るわけですよ。たけしのスポーツ大賞で、井手らっきょは足が速いっていうのをもう日本中に認知させるわけですよ。
で、そういうことがあって、軍団っていうのは運動神経があるっていう。でもそれってやっぱり芸能界だけの世界だったんで、僕個人としては、芸能界じゃなくてスポーツの中のトップになりたいなっていうのはありましたよね。
芸能人じゃなくて。運動会とか出てました?
あ、出てました。出てました。なんかそれのこと書いてましたね。なんかその当時は考えられないような、テレビマンが抱いた女性が出てるみたいな。
まあね、今すごいシビアになってると思いますけど。まあまあ、そういう時代ですよね。
え、それってさすがにメインどころじゃないですもんね。
メインどころではないですよね。だからほら、賑やかしの人たちがいるじゃないですか。パフパフって。ああいう人たちですよね。
え、ああいう人たちは芸能人の卵ってことなんですか?要は。
卵でもあり、そうですね。卵ですよね。
え、それとテレビマンがどうやって抱いたと?
例えば当時は海外ロケとか、そういうのが多かったんですよ。そうすると、当時はバブルだったんで、ホテルとか飛行機とかタイアップしてくれるじゃないですか。そうするとタイアップの映像を撮んなきゃいけないじゃないですか。
そうすると例えば、今回はどこどこの航空会社がこんないい席を用意してくれました、お食事はこういうのが出ます、っていうのをタレントじゃなくてそういう子たちで撮ったりとか。
なるほど。イメージ映像。
映像で、ここのホテルはこういうホテルですってホテルのプールで泳いだりとか、そういうイメージカットを撮る。そういうのに使われてくるわけですよ。それがその担当ディレクターとかプロデューサーとか、色々が抱いた女性だったりとか、色々そういうのが多かったですよね。当時はね。
すごいですね。
だからね、驚くのはね、あるタレントさんと話した時に、そのタレントさんが風俗に行ったと。風俗に行ったらさ、出てきた女の子がさ、こないだ番組で一緒だった子だったんだよって。
へえ。
「え、そんなことあるんですか?」「あったよ。アシスタントの子だったよ」と。その子働いてたんだよ。
いや、本当そんなことあるんですか?
なんて言ってたら、俺、渋谷で仕事終わって、打ち上げして帰った時に、ちょっと遅い時間だったんですよ。ホテルのとこを1人で歩いてたら、ホテルから女の人と男の人が出てきて別れるわけですよ。あ、ホテルだなって分かるじゃないですか。で、女の子の顔見たら、一緒だった子だった。おおって。
風俗店で通って、ちょっとスカウトしたというか、仲良くなって?
いや、じゃなくて、食えないからそれやってんですよ。
あ、なるほど。タレントだけじゃ食えないから。
そう。タレントじゃ食えないから、副業やってるみたいな。そうやってお小遣いを稼いでるってこと。
すご。
まあ、稀なケースですけどね。そういうことありましたよ。
たけし軍団、オフィス北野はいつ、何歳で辞めたんですか?
えっと、結局27年いたんですよね。で、たけしさんが辞めるって言った事件がありまして。オフィス北野からたけしさんが抜ける。要はボン・ジョヴィからボン・ジョヴィが抜けるみたいなね。ボン・ジョヴィってバンドからボン・ジョヴィが抜けたらどうなんだみたいな。で、抜けちゃったんで事務所が崩壊するんですよ。このタイミングで辞めるんで、27年ですね。27年いましたね。
あ、そのタイミングって、それこそ間かさんとかマキタスポーツさんとか。
マキタさんの後ですね。その後。
あ、その後。
あのタイミングで辞めたのは、僕とビートきよし師匠の2人ですね。
2人だけなんですか?
その時は、はい。
そっから普通にたけし軍団はTAPになった。
それからTAPになったんですね。
え、それなんでそっちに行かなかったんですか?やかんさんは。
えっとね、結局その時にマネージャーもごっそり辞めたんですよ。スタッフがいないわけですよ。スタッフがいない状態でやるのもあれだし、そろそろ新天地。結局同じマネージャー、同じスタッフでやってると仕事がマンネリになってくるじゃないですか。だから違うところに行って違う刺激が欲しかったですね。
当時のオフィス北野の解散騒動の時のやかんさんは、主にどういう仕事が多かったですか?やっぱ筋肉系ですか?
筋肉系も多かったし、趣味のコレクションのも多かったし、あと普通の旅物だとか色々、もろもろ。あとVシネとか映画とか。最後の仕事はドラマでしたけど。
そうか。でもそれもちょっと、毎回似たような仕事だなっていう気持ちが。
はい。
オフィス北野の抱えてるスタッフさんとの繋がりだから、なんか違う繋がりが欲しいなっていうので、もうそろそろいいかなっていう。
それ年齢にしたら何歳なんですか?
47とか。
そっか。47って確かに絶妙な年齢ですよ。このままずっといるのもなって思いそうだ。
そう。だから辞める時に、そういえば入る時にたけしさんに「刑務所と同じだからな」みたいなこと言われて、27年っていうのを調べたんですよ。そしたら、麻薬を100kg密輸した暴力団幹部の刑期と同じっていうね。27年入ってたんだっていう。
いや、さすがに後半とかそんなにきつくないじゃないですか、たけし軍団。え、後半でもきつかったですか?
結構ね。いや、めちゃくちゃきつくはないですけど、やっぱりね、なんて言うんですかね、部活動で3年生が辞めないみたいなもんなんですよ。
ああ、そっか。確かにちょっとあれですね。ずっと3年生いる。
はい。ずっといるっていう。普通ね、1年ごとに先輩いなくなってどんどん行けるじゃないですか。辞めないんですよ。で、それが続く感じだから、やっぱしんどいんすよね。
そっか。だから別に嫌いとかじゃないけど、やっぱずっと3年生に気を使いながらいるのもきついっすもんね。
あと、居心地もいいんですよ。もう慣れてきてるから。色々先輩たちの面白さとかもいっぱい分かるから、居心地もいいんですけど、なんかやっぱりこのままじゃぬるま湯に浸かった状態になると思ったんで、やっぱ世に出た方がもう1回いいんじゃないかっていう。
前半の刑務所感は分かるんですけど、体張りすぎて、病院には行かない方がいいっていうから行かないって決意してて、痛いとか。後半はどういうことですか?それは。
後半もやっぱりそういうことは続いてましたよ。
あ、まだ体張ることありました?
いっぱいありましたね。だからもう本当、熱湯風呂とかも、熱湯から最後の方はお汁粉に変わってましたね。
ちょっと熱さは変わってるんですか?
変わって、とろみがあるんで、熱が取れないんですよ。より熱いんですよ。で、その中にたけしさんがなんか落とし物したから、それ拾ってこいと言われて。で、お汁粉の中に顔突っ込んで目開けたりするんですけど、何も見えないっていうね。
それを30代半ばぐらいでやって?
いや、もう40代後半ですよね。
45とかぐらいの頃ですか。
その頃の先輩たちっていうのは今の僕ぐらいの年齢になってるから、もう体動かねえから「お前らやってくれよ、若手やってくれよ」って言われるわけですよ。若手って言われても、45だぞとかって思いながら。
そうだから、やかんさんはギリギリその、なんていうか、体を張る方のトップみたいな感じになっちゃってるんですね。
そう。なんか成功させなきゃいけないみたいな部分があったんですよ。中国雑技団に挑戦とか、そういうのもやらされて。要は全員失敗するわけじゃないですか。で、成功させなきゃいけないとか。
そう。身体能力高いから。
しんどいですよね、そんなのね。雑技団なんて子供の頃からやらされて、あれができるわけですから。
運動神経担当で、しかもそれを成功させなきゃいけないですよ。
そう。それを40いくつまで背負わされてるから。
確かにしんどそうですね。
で、「若手の皆さんお願いします」。若手じゃねえよと思って。
運動神経の問題だから、20代で仮に気合いがある軍団員がいたとしてもできないっすもんね、別にね。
そう。で、あの人たちの中で、年齢とかそういうのが時代も止まってるから、やっぱ僕らは若手なんですよ、先輩から見ると。だから40過ぎても若手って言われるっていう。
それをずっと。その感じは確かに、さっき言った刑期27年っていうの、なんか納得ですね。
そうなんですよ。だから軍団とか、オフィス北野を辞める時は、もうそういうのやめたいと思ったんですよ。要は体張るのとか、体のしんどいことはもうやめて、例えばラジオとかでスタジオで喋るとか、バラエティ番組のスタジオとか、あと旅番組とか、そういうのがいいなと。
余生的にちょっと芸能界を過ごしたいみたいな。
そうそう。スタジオで座って喋ってるとかね。そういう方がいいなっていうのはすごい思いましたね。
北野辞めたから脱北者だって。でも体張りたくないって言って辞めたけど、今プロレスラーなんすよね。
そう。だから辞めてすぐぐらいに、ベストボディ・ジャパンっていう体のコンテストをやる競技の団体があるんですけど、日本では結構6割とか占めてる、コンテストでは大きい団体なんですね。で、そこの日本大会とか東京大会とかの司会をやってたんですよ、僕が。
そしたら今度そこの代表がプロレスを始めると、プロレス団体を作るとか言い出しちゃって。で、最初無視してたんですよ。だけど電話かかってきて、参加してもらえないかと。芸能人さんなんで絶対怪我もさせないし、西口プロレスのね、ああいうことやってる、あんな感じでいいんですかって。全然あんな感じでいいんで是非参加してくださいって言われて、で、仕方ないから分かりましたって言ったんですよ。
そしたら、DDTって団体あるじゃないですか。DDTの団体の稽古場に連れてかれて、DDTの選手から、普通の新人のレスラーがやる練習をさせられたっていう。話が全然違うぞっていう。
たけし軍団よりきついんじゃないですか?その練習って。
いや、きついっすよ。で、当時ね、浮間舟渡ってところの倉庫街にDDTの。
あ、埼玉。
ギリギリ東京。
あ、そうなんですね。
そこにあったんですよ。で、周り工場とか倉庫だらけで、DDTのそこも倉庫みたいな工場跡地みたいなとこで、プレハブでデカいんですけど、夏は暑い。もうトタンだから。で、エアコンないから。で、冬はめちゃくちゃ寒い。で、そこにリングがあって、本当に虎の穴みたいなところで、もうゴキブリとか蜘蛛とか、そんなのが多いところで、そこで練習させられて。
50手前で?
50手前で。
相手とかだったら20代とか30代とかじゃないですか。
そうなんですよ。みんなレスラーの方も年下だし。
え、レスラーになって何年経って?
こないだ8周年があったんで、8年。いや、もうさすがにね、ちょっともうそろそろだなって。
あ、ちょっと引退見えてきました?
引退見えてきましたね。やっぱ体がね、硬くなってきますよね。柔軟性が。だから、みんな怪我すんの分かるなと思うぐらい柔軟性がなくなってきます。
すごいですね。そう考えても30年以上も体張って生きてるっていうか。
そうだ。嫌なんですよ、本当は。本当は嫌なんですよ。
大好きなコレクションのこととか語るだけで。
そう、そう。ラジオ局のブースで喋ってる方がどれだけ楽かね。本当に。普通に執筆活動とかやってる方が楽だし。
替玉受験した罰としてはちょっと長すぎますもんね。
いや、長いよ。だから終身刑ですよね、今んとこね。
いろんなハラスメントとかで騒がれてるじゃないですか。ああいう、暴力がいけないとか、罵ったりしちゃいけないとか、セクシャルハラスメントいけないとか、リングの上は全部ありますからね。
男色さんとか普通に犯そうとしてくるし。殴る蹴る、唾かけられる、ぶん殴られる、投げられる、蹴られる、当たり前だし。
そうだ。プロレスだけそれがショーだから、今世の中でコンプラでダメになってるハラスメントが全部オッケー。
全部オッケーですからね。全部ありですからね、普通にね。
本当にたけし軍団的なことが、この令和で唯一許されてるんですね。
そう。本当にそういう世界ですよ。
全部、たけし軍団も替玉受験も、なんならその筋トレ、プロレス全部、自分から志望したわけじゃないですもんね。
そうなんですよね。あ、そう言われるとそうですね。
なんか導かれちゃってですもんね。一応全部。
ああ、全部そうですね。そういえばね。
で、それで全部ちゃんと結果出してるのが。
まあね。そうなるんですかね。わかんないけど。
え、だって普通に、一応プロレスもベルトとか持ってる。
ベルトはこないだ取られちゃいましたけど。ベストボディでも取りましたでしょ。はい。
え、喜劇俳優の息子で、何の変革があったのかわからんけど、別のところでとんでもない才能を発揮してるってことですもんね。遺伝子的に。
そうだけどね、たまにSNSとかで、例えば趣味のこととか筋トレのこととか、プロレスのこととか色々あるじゃないですか。それも全部「お父さんのおかげでしょう」とかって言われるんですよ。いや、親父のおかげでベンチ150kg上がるんだったら、逆にお願いしますって言うけどなとかね。
そうですね。コレクションを子供の頃に買えたとかは、もちろんそのおかげかもしれないけど、ベンチ150とかプロレスとかは、別に父親がどうのこうのじゃどうにもなんない世界ですもんね。
むしろね、ボンボンだったら「嫌です」って言って辞めてると思うんですよね。
え、それってなんでそんな根性あるんですか?
いや、なんだろうな。根性とかじゃないんですよ。プロレスもね、別にね。ベストボディさんにお世話になってるってのはあるんですけど、それよりも、いわゆる言ってみれば二足のわらじみたいなもんじゃないですか。本業があってちょっとプロレスやりますみたいな。
で、こんな人間なのにも、今フリーになっちゃいましたけど、DDTにいた大石真翔さんとか、あと遠藤哲哉さん、今ノアに上がったりしてますけど、この2人がすっごい親身になって教えてくれたんですよ。そうすると、真剣に教えてくれる人に対して真剣に向き合わないと申し訳ないじゃないですか。だからやったみたいな。
はあ。
それと、どんな芸人に本当はなりたかったんですか?
由利徹先生みたいに、いい加減な感じ。
あ、いい加減な感じ。
いい加減な感じで、この人どうしようもないなって言われる。
え、もうちょっと下の世代だとどういうタイプですか?ごめんなさい、由利先生がわからなくて。
あ、由利先生わかんないですね。高田純次さんとか。
ふーん。
そう、そう。
あ、そういう人に憧れたんですね。
え、それってちなみに同世代で、そんな感じを成し得てる人っているんですか?
芸人ですか?
この人羨ましいなって思った人いたんですか?ちなみに。
同世代ですか?
はい。
まあ、たけしさんとか見ちゃってるから、そういう感じですけど、でも吉本の芸人さんとか、やっぱりいいなとか思いますけどね。
え、どこがいいなと思って?
いや、やっぱりお笑いに特化してるのは羨ましいなと思いますけどね。
やかんさんの場合は筋トレとかに特化する
だからなんて言うんですか?その他じゃないですか?本道があって、そのいろんなオプションみたいなもんじゃないですか?じゃなくて、この本道だけでしっかりしてる。例えばダウンタウンさんにしろ、今田さんとか東野さんとか、そういう方々ってちゃんと成し得てるじゃないですか。
うん。うん。
ナインティナインとかね。そういうのもそうだし。みんなそうじゃないですか?今で言えばかまいたちとかね。ああいうの羨ましいですよね。
そこの部分目指してた時期もあるんですか?
もちろん。だから一応そのお笑いライブっていうのはずっと続けてたりとかするんですけど、主催して。今年で32年目ぐらいになるんですかね。300回超えて、そこに出てくれてるみんなもずっと付き合ってくれてるから、ありがたいなと思うんですけどね。
32年やってたら、そっからチャンピオンとか出てますか?
猫ひろしもいたし、小島よしおもいたし。有吉弘行もちょっと出てたことあるし。M-1もう出てた頃ありますね。
へえ。なるほどな。この後ってどんなことしたいとかあるんですか?でもそれは毎回自分で選んだわけじゃないですもんね。また呼ばれるんですかね?
呼ばれるのが一番いいっていうか、自分でこうガツガツ行くとなかなか達成できないみたいなところがあって。
あ、それはあるんですか?自分で選んだものをやってちょっと失敗した経験もあるんですか?
それはなかなかうまくいかなかったりとか。映画とかね、撮りたいと思ったんですよ。で、映画脚本もできて、プロデューサーもいて、出資もあって、それなりの金額出ることになって、で、主演に選んでた人たちがいるんですけど、そのスケジュールがどうしても合わなくて、そのまま流れちゃったとか。撮影日とかも決まったんですよ。で、それが流れたとか。あと、ずっと小説を出したいと思って書いてるんですけど、それもなかなかうまくいかないし。
だけど『クソ芸人からのチャンピオン』って本があるんですけど、これもね、出す気なかったんですよ。どういう流れで出たかって言うと、小説を書きたかったんです。出したかったんです。で、もう書いてあったんです。で、これを出したいと。
当時、島企画室ってとこに所属してたんですけど、その島孝志さんっていう島浩さんの弟さんなんですけど、その人にずっと言ってたんですよ。で、2年間言い続けたら、「じゃ、分かりました、出版社から」って連れてかれて、ホテルのラウンジで会って、「紹介します。こちら桜者の社長さんです」って紹介されて。桜者って聞いたことなかったんで、「すいません、どういう出版社なんですか」って聞いたら、「小説以外を出す出版社です」って。はい、終わりと思って。
それで来ちゃったし、今紅茶とか頼んだから、それ飲み終わるまでは帰れないわけね。大人としてね。で、しょうがないなって雑談してる時に、自分こういうトレーニングとかやってたんですよって話して、そん時に「こういう本を出したくて出せなかったんですよ」って、自分で出したいと思った企画を言ったんですね。
で、どういう企画かって言うと、インストラクターの言うことを聞くと怪我をするっていう。スポーツジムのインストラクターの言う通りやってると怪我しちゃうよっていう、ちょっと喧嘩売ってるような本出したいんですよって言ったら、「面白いですね。それやりましょう」って決まっちゃったんですよ。
出す気なかったんですよ、紅茶が来るまでの。もうしょうがないから話してたら、「書いてください」って、出ることになったんです。
あ、でそれがそのタイトルとか進化して『クソ芸人からの』っていう風になったんですか?
そう。タイトルが最初、向こうが考えましたって『クズ芸人からのチャンピオン』。で、クズ芸人っていうと、『ザ・ノンフィクション』でガッポリ建設の小堀さんがクズ芸人って言われてるから、クズは嫌です、小堀さんのイメージあるからって言ったら、「じゃ、カス芸人で」って言われて、すっげえイラっとしたんですよ。ふざけんなよ、なんだカスって。「じゃ、何がいいんですか」って言うから、「クソ芸人でお願いします」って。で、クソ芸人に変わったっていう。
あ、カスは嫌だけどクソはいいんですか?
クソはいい。カス芸人って言葉ないすもんね。
まあ、確かに。
クソ芸人とかっていうのは冗談で言うことありますけど、カス芸人ってなかなかないんで。
確かに。そうなんですね。すごい、明治大学替玉受験事件っていうすごい経歴スタート。
そうなんですよね。マイナスからでしょ。だから今、本当SNSない時代で良かったですよね。絶対もう本当に自ら命を絶つぐらいまで追い込まれますよね。
確かに今だったらね。もしかしたらその替玉受験スタート芸人っていうインターネットでの生き方もあったかもしれないですけどね。
あ、まあそうですね。
しかもなんかメンタル強そうだから行けそうですよね、やかんさんだったら。
まあだから裏側が分かりましたよね、それでね、世の中のね。今、YouTubeだと、他のYouTubeになっちゃいますけど、『NO BORDER』とか『Xファイル』っていうのによく呼ばれるんですけど、そこで取り扱うことに関していろんな裏側があるわけじゃないですか。そういうのは、ああ、こういうことねとか、僕はこういうエピソード知ってますよっていうのが、人よりは分かるかなっていう。
やかんさん、お父さんはかなり政治家と繋がってたんすか?
だって明治の事件の時に、大きな声じゃ言えないですけど、家で表出れないわけです。もう家の前にマスコミとかすんごいいっぱいいるわけですよ。そんな時、電話代わってくんですよ。超トップの政治家さんですよ。
トップ、どれぐらいトップですか?
日本のトップにもなったことある。
あ、総理。
総理になったことあるような政治家さんからも電話かかってきて、「ちょっと代われって言ってる」って。代わると、「某ほにょほにょ大学だったら入れてあげるぞ」とか。
いや、でもそれって総理が手引きしたって、それはそれでやばいんじゃないですか。
だから落ち着いてくださいと。今これだけ話題になってる人間が2学期から教室に現れたら大変なことになりますよと。
当時の芸能人は総理と繋がってるんですか?
もういるんじゃないですか?人によってですけどね。
お父さんぐらいトップ芸能人だったら、総理とも連絡できるみたいな。
うちの父親の後援会長みたいなのがいたんですね。それが安倍晋太郎さんっていう、安倍晋三さんのお父さんなんですよ。
え、が後援会長だった?ナベさんの?
だからそういう繋がりもあったりとかして、安倍さんから言われて、どこどこの選挙に応援行ってくれとか、そういう色々あったんですよね、当時ね。だから正月とか安倍さんの家に行くんですよ、元旦に家族で。お年玉もらったりとか色々するんですけど、大臣になるとお年玉くれないんですよね。
あ、そうなんですか。なんで?
大臣はダメみたいで。大臣が一般の人にお金あげちゃいけないの。チョコレートに変わっちゃって。もう二度とここは来たくないって。わがままな子供です。チョコレートなんかいらないって。
へえ。すご。あれナベプロでしょ?渡辺。
渡辺プロ。はい。
ナベプロだから芸能界と繋がってたとかさ。だってナベプロとかって日本の芸能の始まりとか言ったりするじゃないですか。
エンターテインメントの始まりみたいなとこありますよね。そのエンターテインメントをちゃんと作ったところ、スターを出したっていう。その昔は、美空ひばりさんとか力道山とか、そういうところで、東京と大阪と九州かあそこの興行主が、日本の戦後のエンターテインメントを支えて日本を盛り上げたってのがあるんですけど、その後プロダクションとかできてくんですよね。
へえ。すご。じゃ、この芸能人にはこの政治家が、みたいな。
あります。あります。当時ね、結構。
なんでお父さんは自民党なんすか?派閥って言うんでしたっけ?どの系と強いみたいな繋がり。
だからその政治家が出世するしないってあるじゃないですか。うちの父親ってクレイジーキャッツっていうところのハナ肇っていう人の弟子だったんですよ。付き人だから、僕とたけしさんみたいな関係ですよね。ところがその応援してる政治家が、うちの父親の方が強かったんですよ。そうすると居づらいっていうのもあるんですよね。それでナベプロ辞めたっていうこともあったりしたんですよ。
あ、そんなこともあるんですか?
そんなこともあるんですよ。
そっか。芸能では先輩だけど、バックについてる政治家こっちの方が強いみたいな。
強いぞみたいな。俺は誰々さん知ってるぞって、ヤンキーじゃないけど、なんかそんなのがあったりとか。当時はね、そういう時代ですよね。昭和。
すご。そっか。だから色々揉み消せたりするんですね、そのスキャンダルみたいな。
昔はね。で、それこそ大手の、色々問題になった事務所ありましたよね。あれもだからね、元総理が色々頑張ってましたから。
あ、あれ元総理ついてたんですか?
元総理が。だからその、警察官僚との繋がりっていうのが、全く明治大学の僕の時の、なべやかんに押し付けたのと同じ人間、同じ図式なんですよ。この事件はもうなべやかんのせいにしようって決めたのがバックにいた政治家なんですね。を守ってたのと同じですよね。だからそれ強いっすよ。
を守った政治家めっちゃ強いんすか?
強いすよ。だってあれだけずっと守り切ってたじゃないですか。世に出なかったじゃないですか。最強じゃないですか?
そういうのってもう10代20代から知ってるなって感じだから、なべさんからすると。
だから、まあ、世の中繋がってんだなっていうのは。
そっか。プラス権力者の匙加減によって色々コントロールされてる世の中でもあるっていうか。
そういうのはすごくいろんなのを見ましたよね。いろんな現場を見ましたよね。昭和、平成初期はね、現場を見ましたよ。
え、それじゃ、その元総理が亡くなったことによって、ちょっとずつ効かなくなってきたってこと?
あ、そういうこともあるんじゃないですか。だから当時、色々それを暴露しようとか思ってた。ほら、両方亡くなったじゃないですか。あのボスも亡くなられたじゃないですか。で、なんで亡くなった後にそういうことをやるんですか、生きてるうちにやれば良かったじゃないですかっていうのがあったんですけど、やっぱり記者の方とも僕知ってる人とかいっぱいいるんですけど、それをやろうとすると編集長に止められるんですよ。で、編集長はなぜ止めるのかって言うと、さっき言った政治家さんの名前を言うんで、あれからの圧力があるからダメだって。
へえ。すご。そっか。じゃ、出版社的にもうそことそこの繋がりはもう周知の事実っていうか。
だから出てこないんですよね。
え、そう考えるとお父さんなんてもっと持ってるってこと?そういう話とか。
いっぱいありますよ。いっぱいありますよ。昔、特に昭和時代ですから。めっちゃありますよ。今はね、コンプライアンスも色々あるだろうから。あとはやっぱりどういうお付き合いするかですよね。
すご。芸能界とヤクザっていう話もありますもんね。
まあ、そういうのもありますよね。でも元々、興行っていうのはヤクザ絡みの人たちが自分たちで出資して日本を盛り上げたわけですから。だからやっぱりそういう意味で切っても切り離せない関係だったですからね、昭和とかね。今はその暴対法とかでダメですけど。
それ言うんだったら、昔の映画とかでヤクザものとかあったじゃないですか。で、賭場でこうやって「じゃあ入ります」って最後にこうやってやるじゃないですか。あれ本物ですからね。本物の人使ってますから。
あ、本物の人。
本物の人。あんなできないですから、普通。あれ本物使ってるんです。っていうか本物のヤクザなのか、反社の出入りしてる人なのか知らないですけど。だから台本って役とキャスティングあるじゃないですか。で、「本職の人」って書いてある。昔の映画の台本とか見ると、本職の人っていう。台本見れば分かりますよね。そうやって書いてあるから。
すごいすね。いや、やかんさん、本当に死んだ時に発売されるような、そういうの残してほしいですけどね。
自動的にね、死んだ瞬間に全部公開するっていうね。
めっちゃ面白いんですけどね、多分きっと。やかんさんが面白いとも思ってないようなことでも、人からしたら「ええ」ってことがいっぱいある。
あ、いっぱいある。あるかもしんないですね。で、また人から聞くじゃないですか、そういうのを。
あ、そっか。
なんかわかんないですけど、アンテナ広げてるわけじゃないですけど、そういう友達が教えてくれたりとか、また出会う人だったりとか。最近やたらと会うのが公安、要は『VIVANT』の阿部さんのやってる役の人とかに会うんですよ。そういう職業の人に。
なんで?なんでですか?
いや、なんかわかんないけど、そういうの知り合ってご飯食べたりとか。で、その人がまた同じ人たちを紹介してくれて、あれってどうなんですかとかって色々。
じゃ、今ちょっと『NO BORDER』的な、都市伝説じゃないけど、社会の裏側みたいなところでブレイクしそうですね。
分かる範囲とわかんない範囲いっぱいありますからね。
いやいや、そりゃそうでしょうけど。
『NO BORDER』とかでも、こんな裏になってたんだとか、裁判のこととかもわかんなかったし、国税のこともわかんなかったし。あれはすげえ番組です。
楽しかったですね。
はい。思い出すと、まだまだあると思うんでね。
はい、わかりました。ありがとうございます。お世話になりました。ありがとうございます。失礼します。
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嘘どしても耐えたいなだけじゃ勝ちはないさ
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