岡田斗司夫が読む『攻殻機動隊』原作第2話のエピローグ:草薙素子の正義感と荒巻の本音

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概要

岡田斗司夫ゼミで続いてきた漫画版『攻殻機動隊』の解説が、第2話「スーパースパルタン」の最後までたどり着いた。元になったのは2019年6月16日配信の第286回の会員限定部分である。アクションシーンの解説は前回で終わっており、今回扱うのは作戦終了後のエピローグだ。岡田は、このエピローグこそ注目すべき箇所が多いと言う。救出した子供への草薙素子の突き放した言葉、荒巻部長の立ち位置、バーでの小さな仕草、そしてラストの工場の風景。岡田はこれらを一つずつ読み解き、第2話が作品全体の見取り図になっていると論じる。

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救出された子供に素子が突きつけたもの

作戦が終わると、捕らえられた相手は「公安が何をしても政府のやり方は変わらない」と負け惜しみを言う。その横で、施設から逃げてきた少年が素子に「僕らを解放しに来てくれたんですね」と喜んで話しかける。素子はそれに対し、「何が望みだ。俗悪メディアに洗脳されながら種を撒かずに実を食べることか。後進国を犠牲にして」と言い返す。さらに「お前にだってゴーストがあるだろう。脳だってついている。電脳にもアクセスできる。未来を作れ」と言い捨てて、すっと姿を消す。少年は「そんなこと言われても」とつぶやくしかない。

岡田によれば、攻殻機動隊は基本的には正義のお巡りさんの話だが、素子は一言多い。そしてそこに作者の心情が出ているという。少年は戦争で生まれた戦災孤児である。収容施設で浄水装置を作らされ、食事は毎回同じものしか出ず、厳しく管理され、仕事ができなければ洗脳される。そういう悪夢のような生活から助けられたと思って礼を言ったのに、素子は悪意とも取れる言葉で応じる。素子は洗脳を犯罪として問題にしているだけで、労働条件にはまったく同情していない、と岡田は読む。

岡田はこれを現代の言葉に置き換えて説明する。技術もないお前たちは言ってしまえばニートで、何がしたいのか、YouTubeで『けものフレンズ』を見ることか。それが見られるのは、親の世代が人件費の安い国を犠牲にして稼いだ金が小遣いとして回ってくるからだろう。岡田はこれを、オタク的な生き方への嫌悪ではなく「自分たちがやっていることを自覚しろ」という意味だと読む。洗脳は犯罪だから介入するが、ブラック企業には関与しない。嫌なら自分で働いて力をつけて出ていけ。ネットにつながっているなら、そこで就活やバイトをしろ。厳しい親父のようなことを言って消えていく人物として素子は描かれている、というのが岡田の説明である。

「そんなこと言われても」を入れる作者の目

岡田がこの場面で評価するのは、素子の説教だけで終わらせず、少年の「そんなこと言われても」を並べて描いた点だ。話としては救出の時点で終わっていてよいのに、作者はもう一歩踏み込んで自分の美意識を出している。お前は確かに被害者だが、被害者という立場で弱者の権利を振り回すな。お前は相対的に弱者なだけで、後進国に比べればまだ強者だ。これが素子の側の論理である。

一方の少年にも言い分がある。戦争で親を失い、生まれた時からここに放り込まれていて、ほかの生き方を知らない。それで何ができるのか。岡田は、作者が素子の論理だけを信じているなら「未来を作れ」で終わるはずだと指摘する。少年のつぶやきを置いたのは、素子の言い方があくまで強者の論理で、弱者の論理ではないという作者自身の考え方の表れだという。両方の立場にそれぞれの理屈を持たせているからこのツッコミが成り立つとして、岡田はこの一連の流れが「すごく好き」だと語っている。

内務大臣と荒巻部長、それぞれの「正義」

場面は変わり、おそらく本部に戻った後になる。あの施設は政府の洗脳施設の一つだったこと、私利私欲のために独走を始めたので見せしめになってもらったこと、辞職した2人の議員はスパイだったことが明かされる。そこへ内務大臣から通信が入る。大臣は「派手にやりすぎた」と不満を示し、素子が求めていた特殊部隊の件は、今回のようなことがあると難しい、君の出方次第だと言う。政府の施設を壊したわけではないが、洗脳が行われていたことを明るみに出してしまったので、素子を隊長とする独立組織の設立は後回しになる、という意味だと岡田は説明する。

岡田によると、この部隊の強さは部長も内務大臣もよく分かっていて、どちらもそれを支配したがっている。大臣の言い分は、素直になるなら部下にしてやるが、そのかわり俺の都合のために動け、というものだ。

岡田はここで三者の「正義」の違いを整理する。素子が求める純粋な正義は、そんな政府の施設があれば壊す、というものだ。内務大臣は、正義のために戦うのはかまわないが、それは自分が決めた悪いやつに向けてくれ、自分たちのグループには介入するな、という立場である。荒巻部長はその中間にいる。洗脳施設のようなものがある程度必要なことは認めるが、それが誰かの私利私欲のために独走を始めたら止めなければならない。岡田はこれを「バランスが取れた判断」と呼び、どこにも純粋な正義はないと述べる。

さらに岡田は、この立場こそ荒巻が公安部長より上に出世できない理由だと言う。後の話に出てくる部長の大学時代の友人や官僚仲間は、みな荒巻より出世している。荒巻だけが止まっているのは、こういう立場を取るからだ。こうしたやり取りを通じて、素子はこの人は信用できるかもしれないと少しずつ思い始める。

素子、内務大臣を殴って決別する

素子はもともと内務大臣に取り入ろうとしていたが、大臣の本性を知って決別を決める。「2秒だけ優先させてください」と言い、首の後ろの最優先チャンネルに次ぐ優先チャンネルで接続する。その瞬間、内務大臣は自分で自分を殴ってしまう。素子が相手の体を操り、ガードマンが持っていた強力な防壁を使って大臣を殴らせたのだ。「さらば我が軍役の日々」と、内務大臣直轄の将校という立場もこれで終わりだと受け入れる。

さらに素子は「公安部の使いになるくらいなら転職するわ」と言う。転属の推薦状は書いてあるから安心しろ、とも。岡田はこの時の素子の気持ちを、内務大臣の下ではもう働けないが、だからといって公安部長の手先になるくらいなら仕事などやめてしまおう、と説明している。

トグサの失敗と新婚家庭

続いて新人のトグサの話になる。石川は、マンホールの蓋に葉っぱが挟まっている様子をマジックでぐりぐり描いた紙をトグサに渡す。見てもらえれば分かるだろう、という意図だ。素子は、そんなものを見せるだけにしないで口で言ってやれ、とたしなめる。石川は「事実は事実、感情は感情。甘やかすとふやける。それを説教するのは年寄りの仕事だ」と返す。トグサはそれを見て気持ちが折れてしまう。素子は自分も失業だからと、石川たちを誘って飲みに行き、バトーには報告書を書けと命じる。

トグサの家は新婚家庭で、子供をあやしていて、奥さんのお腹には2人目がいる。「ドジを踏んでみんなに迷惑をかけて」と落ち込み、転職情報誌を眺めている。作戦中に情報が漏れた原因について、リークか罠かと疑われていたが、実はトグサのドジだった。それを石川に指摘されて自己嫌悪に陥っている、という流れだと岡田は説明する。岡田はここから話全体のまとめに入り、コメディ色が強まっていくと指摘する。また、昼から夜へ移ったことを示すために黒い縁のコマが使われているという、演出上の細部にも触れている。回想シーンなどに使われることの多い暗いコマを、この作者は場面転換にも使うのだという。

バーで漏らす素子の泣き言

バーで酔いつぶれかけた素子は、「この水1杯作るのにさ」とこぼす。洗脳施設は浄水器を作る工場だった。その浄水器で作った水は、こういう高級なバーで飲まれるためのものだ。自分はその水を飲む強者の側にいて、そのためにあの子供たちが犠牲になっている。そのことを素子はここで泣いている、と岡田は読む。子供の前では強気に「頭がついているんだから働け」と言いながら、こういう場では泣き言を言う。岡田はここに素子の人間的な一面が描かれていると見る。

そこへ荒巻部長が現れ、「いいパンチだったな」と言う。素子は「勝者に乾杯」と皮肉で応じる。岡田によれば、素子は内務大臣と公安部の派閥争いに巻き込まれ、結局公安部にいいように使われたと思っている。だからこの乾杯は皮肉なのだ。荒巻が「わしとボスの考え方は違う」と言っても、素子は「それこそ私が突入するかしないか試したりしない」と、まだ皮肉で返す。

「悪い知らせ」と「いい知らせ」、攻殻機動隊の誕生

荒巻は、大臣が怒り狂って部隊の即時解散を決め、国防大臣の署名入りの書類が昨日付で提出されたと告げる。素子の道は断たれた。そのうえで、知らせがあると言う。

悪い知らせは、国際テロ対策機関の予算が出たという話は嘘だということ。いい知らせは、素子の申請額の約3倍の規模で国際救援隊が新設されること。素子は、そんなことは私には関係ないと突き放す。しかし荒巻は続ける。これで民間人を殺した自衛隊などと言われずに済む、というのは建前で、予算の8割は攻殻機動隊の創設資金に回る。ここでようやく作品全体のタイトルが登場する、と岡田は指摘する。上は首相だけ、責任はわしが持つ、階級なしの実力主義、最優先ライン。犯罪の芽を探し出して排除する、お前やわしが心から望んでいた攻性の組織だ。質はお前たち次第だ、と。

素子はここで驚き、荒巻が約束を守ってくれたことにようやく気づく。岡田は、荒巻の本音がここでぽろぽろと出てくると言う。荒巻も素子たちを試していた。政府の組織だからといって突入をためらわず、正義のために戦えるかどうかを見ていたのだ。同時に荒巻は、素子が言っていたことを自分は本当に実行する、と行動で示した。国際テロ対策機関のようなものを作っても、内務大臣の言いなりになり、権力闘争の道具にしかならない。そうではなく、首相直属で、責任は自分だけが持ち、実力主義で動く組織をきちんと用意した。岡田はこの場面をそう読んでいる。

左手の動きに込められた「同じ盃」

荒巻は「こいつらにもう1杯ずつ同じものを」と言い、金を置いて去っていく。岡田は解説しながら、収録中に初めて気づいたという細部を紹介する。荒巻は右手でコインを出すが、そのコマでは右手しか描かれていない。そして左手で紙を出し、同じ左手でバーテンダーに「こいつらにもう1杯ずつ」と金を渡している。右手は自分の飲み物の代金、左手は置いていく紙と、部下たちに飲ませる酒が対になっている、と岡田は説明する。

その紙は、次のコマの台詞で誓約書だと分かる。「明朝6時、その誓約書に目を通してサインして持ってこい」。つまり荒巻は、自分の部下になれという誓約書を渡している。その誓約書と同じ手で酒をおごるのは、同じ仲間になったのだから同じ盃の酒を飲め、という象徴だというのが岡田の解釈である。岡田は「見落とす」「恥ずかしい」と言いつつ、この読みを披露している。

続けて荒巻は「8時からの洗脳装置の回収作業に立ち会え。無駄遣いで予算を切られたんだ。待ってるぞ」と言う。本来なら下の者がやる作業に自分も付き合わなければならない、という言い方だが、岡田はこれを荒巻の照れ隠しだと見る。明日8時の回収作業に立ち会うというのは、自分が責任を持って現場に行くという宣言だ。オフィスから命令するだけの内務大臣とは違い、誰もが嫌がる政府の洗脳施設の立ち入りに自分も入る。それを予算削減のせいにして照れ隠ししている、というわけだ。岡田はこれを「なかなか泣かせる」場面だと評している。

バトーの「花火」と、身軽な荒巻

荒巻が去ると、報告書を書き上げたバトーがすれ違いに入ってくる。石川は「してやられた、ボスも施設も俺たちも」と言い、素子もうれしくなってにこにこしている。事情を知らないバトーは、面白いことがあると得意げに話す。そこで荒巻の車を見つけたので、タイヤに「花火」を仕掛けてやったというのだ。バトーはまだ、自分たちが公安と内務大臣の権力争いに巻き込まれただけだと思っている。

素子が慌てたところで、外で爆発が起きる。荒巻がいい人だと分かって思わず笑みがこぼれるほどうれしかったのに、報告書を書いていてその場にいなかったバトーが余計なことをした。そう思って飛び出すと、車が火を吹いている。ところが荒巻は「ご苦労。パンクした車は回しておけ。明日遅れるな」と言い、さっさと小型の原付バイクで帰ってしまう。

岡田はここで荒巻が一枚上手であることを指摘する。その車が本当に荒巻のものだったかは分からないし、その程度のことはお見通しだったという意味もあるだろうと言う。ただ、それ以上に岡田が重視するのは、荒巻が大きな車を乗り回す権力者タイプではないという点だ。必要に応じて乗り物を切り替え、家に帰るだけならバイクでいい、ヘルメットをかぶればいい、と考える身軽な人物として描かれている。素子たちは真剣に心配した分だけ損をした形になり、最後にもう一言オチがついて、ずっこける動きで話は締めくくられる。

工場の後日談:民主化の代償

ただし物語はもう一場面ある。洗脳施設だった浄水器工場のその後だ。施設から逃げてきたあの少年が、「肉も卵も買えないよ、もっと働いてくれよ」とこぼしている。そして「もう休憩の時間だ」「おやつが出ないのはずるいやつがいるからだ」という台詞が続く。

岡田の読みでは、働かない者が洗脳される恐ろしいブラック企業はなくなった。その結果、自分たちで民主的に工場を管理するようになったが、サボる者が続出している。少年は被害者の立場から抜け出し、管理する側、中間管理職の厳しさを知り始めた。彼にとっては、前に「働け働け」と言われていた頃の方が楽だったかもしれない。岡田は、文明とはこういうものだという作者のメッセージがラストに込められていると見る。

岡田は絵の細部も指摘する。「もう休憩の時間だ」と言っているのに、時計の針はまだ休憩時間を指していない。さっそくサボり始める者や、髪型ばかりいじっている者も描かれている。政府の悪の洗脳組織は一つなくなったが、代わりにダメな工場が一つ生まれた。この工場の生産性はたぶんここから大きく下がる。それでもそれが民主化というものではないか。岡田はこれを作者のメッセージとして受け取っている。

第2話は「実質的な第1話」

岡田は第2話を、攻殻機動隊というシリーズ全体を見通せる非常にいい話だと評価する。優先回線での接続や、通信時のバーコードのような表現は、後になるとほとんど出てこなくなる。しかし、素子と荒巻部長ともう一人の主要人物の3人を追いかければ、話はとても分かりやすい、とも述べる。

補足部分で岡田は、素子の説教を改めて振り返る。「種を撒かずに実を食べる」の「種」には「義務」、「実」には「福祉」というルビが振られている。労働などの義務を果たさず、自分たちはかわいそうだと福祉だけを求めるのか、という意味だ。これだけなら、素子は冷徹で厳しい女性という印象で、子供を助けに来たヒーローの振る舞いでもない。ところが事件後、素子はバーで「この水1杯作るのにさ」と愚痴る。岡田の説明では、この作品世界の日本は何十年か前に核攻撃を受けて国土が荒れ、水1杯作るにも化学設備のようなものが必要になっている。美味しい水を作る機械のために戦災孤児が洗脳施設で働かされる。そういう社会構造がある一方で、自分は政府から給料をもらって酒を飲んでいる。素子はそんな恵まれた側にいる自分に愚痴を言っているのだ、と岡田は解釈する。この二面性が面白いという。

さらに岡田は、この第2話が実質的な第1話だと指摘する。プロローグは単行本化の際に付け足されたもので、世間に最初に公開されたエピソードは、ヤングマガジン海賊版に掲載された「スーパースパルタン」だった。その目線で読み返すと、エピソード全体が主人公・草薙素子の紹介になっている。何が何でも主人公のキャラクターを立てろ、というエンタメの基本を守っている、と岡田は言う。

根底にあるのは昭和の時代劇

岡田によれば、「スーパースパルタン」で分かるのは、素子が戦う理由が結局のところ青臭い正義感だということだ。それはシンプルで、多くの人が共感できる感情として描かれている。一方で素子は、それを恥ずかしいとも思っているし、世の中は正義感だけでは回らないことも知っている。正義感だけに賭ければ、自分が救いたい人を救えなくなる。そうしたさまざまな義務感が素子という人物を形作っている、と岡田は分析する。

そのうえで岡田は、攻殻機動隊のエンタメとしての面白さをこう説明する。複雑で先進的なSF描写でありながら、根底にあるのは、たとえば武士階級ではない町人の目明かしを主人公にした勧善懲悪の物語だ。今回の総理大臣直轄の公安9課の設立は、岡田に言わせれば『大江戸捜査網』と同じである。町の中にいる名もなき者たちが集まって悪を倒す組織ができる。必殺シリーズのような1960年代から70年代の昭和のテレビ時代劇の流れをきちんと汲んでいるところが攻殻機動隊の面白さだ、と岡田は結論づけている。

1か月あまり続いた原作解説はこの回で終わりとなる。今後は月1回ほどゼミの中でアニメ版の解説を行い、その中で原作版にも触れていく予定だと岡田は述べている。