「自分らしく最期まで」は本当に救いか スピリチュアルケア師・玉置妙憂が語る、夫の看取りと死にゆく人の心
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜玉置妙憂氏は看護師で、僧侶でもある。現在は病院で「スピリチュアルケア師」として、余命を告げられた人の話を聞いている。玉置氏がこの道に進んだのは、がんの治療をやめて自宅で亡くなった夫を看取ったことがきっかけだった。インタビューでは、死にゆく人の心で何が起きているのか、家族はなぜ揺れるのか、余命告知は誰のためにあるのかが語られた。玉置氏は経験を重ねるほど「難しい」と感じており、答えが出ていない問いもそのまま話している。
スピリチュアルケアとは「話を聞くこと」
玉置氏によれば、「スピリチュアル」という言葉は誤解されやすい。水晶玉を擦るようなことを想像されがちだが、実際にしているのは「平たく言うと話を聞いている」ことだ。対象は、余命がおおむね3か月ほどと分かっている人たちである。
こうした人たちの多くは、死ぬこと自体はしょうがないと考えていて、特に怖がってはいない。怖いのは、死ぬまでに何が起こるかだという。痛みが出る、呼吸が苦しくなる、家族と別れる、心が乱れる。玉置氏がよく聞くのは、このプロセスへの恐れである。
「自分らしさ」にこだわると苦しくなる
玉置氏は、医療や介護の現場で好まれる「最期まで自分らしく」という言葉に疑問を持っている。自分らしさと簡単に言うが、自分とは何かを人はどれだけ分かっているのか。しかも自分は、出会いや仕事の変化とともに変わっていく。どの時点を切り取って「自分らしい」と呼ぶのか、という問いである。
死にゆく過程は、玉置氏の言い方では「全部を捨てていく」過程だ。最初に健康を失い、次に人付き合いや仕事を手放し、最後には家族とも離れる。そのたびに自分は変わる。だから「自分らしさを最後まで」にこだわると、どんどん自分でなくなっていくプロセスにしか見えず、つらくなる。玉置氏は、自分を固定して考えず「これが今の自分」と受け止められる方が楽だと、多くの人の話を聞いて感じている。
これを玉置氏は「立っている土台を変える」と表現した。自分の足で歩き、自分で判断し、自分で食べられることを自分らしさだと思っていた人は、歩けなくなったとき、かつての自分らしさの上に立ち続ける限り「失った自分」でしかいられない。食べられなくても、歩けなくても、何もできなくても、それが今の自分だと思えるように土台を作り替える。ただ、これは簡単ではないし、作り替えられるのは本人だけで、玉置氏が代わりにやることはできない。本人が思いを話すうちに少しずつ変わっていくが、途中で諦めれば苦しいまま終わってしまう。玉置氏は自分の役割を、その作業を続けるための「周りにあるちょっとしたエネルギー」のようなものだと説明した。
WHOの「4つの苦痛」とスピリチュアルペイン
体ではなく心をケアするという考え方は昔からあったが、医療の世界がはっきり言い出したのは、玉置氏の説明では1998年、WHO(世界保健機関)が緩和ケアを進めようとしたときだった。人の痛みは体の痛みだけではないとして、4つの苦痛が示された。身体的苦痛、心の苦痛、お金がないといった社会的苦痛、そして4つ目がスピリチュアルペインである。ここから医療は、体を治して痛みを取るだけでなく、その人の存在そのものを支えるケアを目指すようになった、と玉置氏は話す。20年あまり前のことだという。
実際の会話は世間話から始まる。違うのは返し方だ。たとえば相手が「今日はいい天気だね。子どもの頃の夏休みを思い出すわ」と言ったとき、「本当に暑いですね」と表面に返せば会話はそこで止まる。相手が短い言葉に込めた、記憶の階段を降りようとしている部分、つまり「子どもの頃の夏休み」にすかさず焦点を当てる。そうするうちに、話がその人の深いところまで及ぶことがある。ただし玉置氏は、深いところまで行かなくてもよいとも言い添えた。
夫が選んだ「自由」
夫はがんで62歳で亡くなった。玉置氏とは16歳離れていて、当時玉置氏は45歳か46歳、すでに看護師だった。がんは一度手術で収まったが、その後再発した。
夫は酒が好きで、入院すると飲めないため病院から帰ってきてしまった。病院からは事実上出入り禁止のような形になり、自宅で看ることになった。最初はまだ歩き回れるほど元気で、体も思い通りに動いた。本人は強気で、治療はしない、抗がん剤は絶対に嫌だと言っていた。
看護師として、玉置氏は「一生懸命治療した方がいい」とはあまり思わなかった。玉置氏の説明では、抗がん剤には効く確率があり、非常によく効く場合でも30%ほど。夫に残された抗がん剤の効果は1〜3%程度だった。治療というより、薬を使ってどれだけ長くこの世にいられるかという段階に入ったと分かった。夫が1分1秒でも長く生きたいと望むなら治療すべきだったと思うが、抗がん剤の副作用はつらく、大好きな晩酌もできない。夫は自由を優先したいと考え、2人で話し合った末に治療をやめた。
治療をやめてから、夫は「すっごく楽しそう」で、途中までは満足していたと玉置氏は振り返る。玉置氏もこれでいいのだと思っていた。この時点では玉置氏は仕事を休職していた。
「病院で治してほしい」と言われたとき
ところが症状が進み、腹水でお腹が大きく腫れ、本人がしんどくなると、夫の考えが変わった。治療はしないと聞いて覚悟を決めていたのに、だいぶ経ってから「そろそろ病院に行って治してもらおうか」と言い出した。玉置氏によれば、最初に医師が示した選択肢はいつまでも残っているわけではなく、時間とともに減っていく。夫がそう言ったとき、治療の道はもう残っていなかった。
玉置氏は絶望し、「どうすんのこれ」と思った。後悔というより「八方ふさがり」の感覚だった。もう少し早ければやりようもあったのに、という気持ちもあった。それでも怒っても仕方がないので、その選択肢はもうないのだと一つずつ夫と話した。玉置氏は、医師から十分に話を聞いて分かっていたはずでも、人は治ると思ってしまうものだと言う。自分で症状をコントロールできていた間は強気でいられたが、それができなくなると誰かに頼りたくなったのだろう、と夫の心境を推し量った。
このとき玉置氏自身も苦しかったが、それを話す先がなかった。すべてが片付いた後、なぜあんなにつらかったのかを振り返り、あれが自分のスピリチュアルペインだったと気づいた。それが勉強を始めるきっかけになったという。結局、夫は腹水を抜くための一時的な入院はあったものの、最期まで自宅で過ごした。
体は人生をしまう準備をする
亡くなる半年ほど前から、人は外に出なくなり、世の中への関心が薄れて自分のことを考えるようになる、と玉置氏は話す。3か月ほど前からは食欲がなくなる。それは食べられないのではなく、食べたくないのだと思う、と玉置氏は言う。夫も食べられないことを苦にしていないようだった。
夫がほとんど食べなくなったとき、玉置氏は家族で食卓を囲むのをやめようと考えた。食べられない人の前で家族がバクバク食べるのはよくないと思い、夫には少しの食事を渡し、家族は別の場所で食べようとした。すると夫の方から、一緒に食べてほしいと言われた。家族が食べているのを見るのは面白いし楽しい。人が食べているのを見ると、自分も一口食べてみようかという気になる。だから気にせず目の前で食べてほしい、と。
玉置氏はこうした変化を、体が人生を「しまう準備」をしていると表現した。意識もそれに合わせて準備していると思う、という。
心は順調には枯れてくれない
ただ、体と心は同じではない、と玉置氏は続ける。体の変化はほとんどの人で同じだが、心は人それぞれで、「私たちが思うほど順調に枯れてってはくれない」。
夫も最後まで生きたかったのではないか、と玉置氏は考えている。夫の中には相反するものが同時にあった。一方では外への関心をなくし、自分の人生を振り返って語る「ライフレビュー」のようなことをよくしていた。もう一方で、同じくらいの強さで外にも開いていた。来年は車を買い替えようと言い、海外旅行に行ってみたいと話す。玉置氏は話についていくのが大変で、来年があると思っているのか、この人は何を考えているのかと、そのたびに心をかき回されるように感じた。
聞き手が、それは脳の衰えなのかと尋ねると、玉置氏は、人間はみんなこういうものを持っているのだと思うと答えた。死ぬと分かっていても、それを100%受け入れられるほど人は単純な生き物ではない、というのが玉置氏の見方だ。患者の話を聞いていても、「死ぬのはまったく怖くない」と話して達観しているように見えた人が、2日後には夜中にどうにか生き残る方法はないかと考えていたりする。周りからは錯乱したのかと思える差だが、玉置氏は、これが本当に普通なのだと言う。あちらへ行ったりこちらへ行ったりしながら、だんだん振れ幅が狭まっていく。周りが驚くのは、生きていく側の人間が生きる方向でしか物事を考えていないからで、本人にとってはまったく普通のことなのだろう、と玉置氏は推測している。
家族がスピリチュアルケアを担う難しさ
玉置氏は、家族がスピリチュアルケアをするのは難しいと言う。家族には長い歴史があり、損得や利害もある。一家の大黒柱が死ぬことは、その人がいなくなるだけでなく、子どもをどう育てるのか、どう食べていくのかという問題を生む。周りから見て、本人ももう頑張らない方がいいと思っていても、身内にとっては簡単に死なれては困ることがある。「お父さん頑張って」と言いたくなるとき、それはお父さんのためだけではなく自分のためでもある。自分のためが入ると、スピリチュアルケアは難しくなる。
玉置氏自身も、看護師の目と家族の目の間で揺れた。看護師として見れば、夫は明らかに「着地態勢」に入っていて、長くないと分かった。しかし家の中で夫と2人きりでいると家族の目になり、この介護が10年後も15年後も続くのではないかと感じた。そのことを思うと、続けたい気持ちが半分、たまらないという気持ちが半分で、自分の方が持たなくなると思った。本人の近くにいると気持ちが一緒に揺れてしまう。だからスピリチュアルケアは、一緒に揺れない第三者がやった方がいいかもしれない、と玉置氏は言う。
聞き手は、20代半ばで祖父をがんで亡くした経験を話した。時々実家に帰ると、家族に祖父を治すモチベーションがないように見え、残酷だ、殺すつもりなのかとまで感じた。今は、これ以上無理に生かしても、という気持ちだったのかもしれないと思うという。これに対し玉置氏は、離れている遠い親戚ほど「まだ何かやれるはず」と言うが、そばでじっと見ている人には、もう着地態勢に入っていて、もう一度飛び立つことはないと分かるのだと答えた。
必要だったのは、ただ聞いてくれる人
当時、そうした第三者がいたら良かったと思うかと聞かれ、玉置氏は「すっごく思った」と答えた。訪問看護師、医師、ケアマネジャー、介護職など多くの人が関わってくれて、ものすごく助けられていた。それでも「もうやってらんない」と愚痴をこぼすと、ショートステイを使いましょうか、ではこうしましょうか、と解決策の話になってしまう。玉置氏は、どこかに預けたいわけでも看病をやめたいわけでもなく、ただ愚痴を言いたかった。親に言えば「あんたがそんなこと言ってどうするの、しっかりしなさい」と言われるし、友人にはそこまでの話はできない。指導も提案もいらず、ただ「あ、そうか」と言ってもらえたら良かった、と振り返る。
休職したことについては、今誰かに助言するなら、仕事は辞めない方がいいかもしれないと言うだろうと話した。仕事は気分転換になるからだ。一方で自分を振り返ると、夫が着地していくまでの時間に24時間どっぷり一緒にいた、その隔絶された時間は人生の中でとても大事だった。仕事をしながらだったら、あのようにいられたかは分からないという。
謎の足音と、境目の分からない死
最後に言葉を交わしたのは亡くなる2日ほど前で、それも「食べる」「いらない」や頷く程度だったが、意思の疎通はできていた。1週間ほど前まで、夫はトイレに行こうとしてよろよろと歩いていた。危ないから呼んでと言っても一人で動き、何度も転んだ。
ある夜、隣の部屋で寝ていた玉置氏は、ガタッという音と足音を聞いた。疲れ果てていたので、一度転んで痛い目に遭ってもらわないと止まらないと思い、そのまま待った。ところがドサッと転ぶ音がしない。見に行くと、夫は寝かしつけたときのままの姿勢で眠っていた。翌日たまたま母と電話でこの話をすると、母は「それもう魂抜けちゃってるわよ」と言った。それから3日ほどで夫は亡くなった。玉置氏は、あのとき本当に魂が抜けたのかもしれないと話す。魂があるのかどうかは分からないが、肉体は動かなくても「彼」は動いたのではないか、という。亡くなった後も、夫の部屋だった2階から足音がしたことがあった。玉置氏は、霊感があって何かが見えるわけではないが、このときはリアルに聞こえたと述べている。
亡くなったのは夜中だった。数時間前から、死が近い人に特有の呼吸(下顎呼吸)が始まり、もう少しだと分かった。ずっとそばにいたが、眠くなり、風呂にも入りたかったので、入浴して1時間ほど仮眠して戻ると、呼吸は止まっていた。最期の瞬間にそばにいられなかったことを悔やむ人もいるが、玉置氏はそれはあまり関係ないと考えている。
玉置氏には、どこで夫が亡くなったのか、その境目が分からなかった。病院では医師が兆候を確認して「何時何分ご臨終です」と区切りをつけざるを得ない。しかし家で看ていると、生きていた人がいつの間にか遺体になっていた。事故や災害なら違うだろうが、徐々に低空飛行になり、すれすれを飛んで、そのまま着地したような感じだったという。
「美しい」と感じた死と、点滴をめぐる家族の思い
玉置氏がインタビューなどで夫の死にざまを「美しかった」と表現してきた理由も語られた。病院では最後まで点滴をして、むくんだ状態で亡くなる人が多い。夫は食べなくなり、飲まなくなって、「枯れるように死ぬ」とはこういうことかと感じた。看護師として対照的な亡くなり方をたくさん見てきたから、そう思えたのだという。
病院でも病棟によって違い、玉置氏が今いる緩和ケア病棟では考え方がそちらに寄っているので、枯れるように亡くなる人も多い。一般病棟ではどうだろうか、と玉置氏は言う。聞き手が、自分も枯れるように死にたいと思ったと言うと、玉置氏は家族の思いもあると付け加えた。家族は「せめて点滴だけでも」と望むことがある。残された家族が「あのときやれることがあったはず」と思いながら生きていくのは大変なので、本人の苦痛にならない程度に、家族のために点滴をすることもある。
シルクロードの記憶から出家へ
出家の理由は一つではなく複合的だという。一つは20歳か21歳の頃、語学留学を建前に中国へ行き、バックパッカーとしてシルクロードをカシュガルまで旅した経験である。三蔵法師が経を求めて歩いた道だ。タクラマカン砂漠を越えているとき、この景色は初めて見たものではない、前世で見ていたと感じ、自分は中国の修行僧だったに違いないと確信した。玉置氏はこれを「若気の至り」と笑う。帰国後は普通に大学に戻り、仕事をし、結婚した。
夫を看取り、納骨を済ませた後、その思いが急によみがえった。今回の人生でやることは全部済んだから戻ろう、と思ったのだという。当時子どもは小学2年生くらいだったが、玉置氏は子どもを産んだ時点で、あんな宝物をこの世に生み出したという大きな達成感があり、その後も大事にはしているが、あとは子ども自身の人生だと考えていた。もう一つの理由は、一周忌や三回忌、七回忌を自分で執り行いたいと思ったことだ。ただ、実際には身内の法要は自分ではできないと後で分かったという。
出家には面倒を見てくれる師僧が必要だが、玉置氏は縁がつながり比較的スムーズに出家できた。まず仏の教えに帰依すると宣言する「得度」があり、次に戒を受ける「受戒」、そして1年ほどの修行「四度加行」がある。剃髪したのはこの修行のときで、必須ではないという。修行中は高野山にこもるため、子どもは親に預けた。坊主頭を見せても子どもは何も言わず、ペシペシと叩いただけだった。後で聞くと、何を言ってもどうせやるから、という気持ちだったらしい。玉置氏は「申し訳ない」と振り返った。
寺を持たない僧侶として病院へ
僧侶がみな死にゆく人の心のケアをしているわけではない。ほとんどの僧侶は自分の寺と檀家を守る役割があり、玉置氏のように寺を持たない僧侶は少数派だという。玉置氏は出家と同時にスピリチュアルケアの勉強を始め、高野山にあった講座にも通った。
看護師業務には戻っていない。修行を終えた後、52〜53歳ごろに病院に再就職したが、スピリチュアルケア師として雇われている。それまでの6年ほどは生活のために訪問看護のアルバイトなどをしていたが、重点は修行と勉強に置いていたという。
病院に僧侶がいるのは普通ではなく、追い払われることもある。「あんたが来ると葬られそう」「縁起が悪い」と言う患者もいる。僧侶は死んでから出てくるという葬式仏教のイメージがあるからだろうと玉置氏は受け止めている。
患者が話したがるのは、昔話や後悔である。その後悔は大きなものではなく、家族とのやり取りで「あのときあんなふうに言ってしまったのを今も悪かったと思っている」といった、人生の何千ページのうちの1ページのさらに一部のような話だという。残していく家族への心配や、死んだらこの意識はどうなるのかという問いもある。玉置氏は法話はしない。元気なときに聞けば役に立つかもしれないが、死にゆく人の役に立つような話は自分にはできない、と話す。
余命告知は誰のためか
スピリチュアルケア師になって6年ほど。やればやるほど難しいと玉置氏は言う。死んだことがないので、その人の気持ちは想像するしかない。
その中で今、玉置氏が考えているのは、余命を本人に告げることの意味である。余命3か月と告げられた人たちからよく聞くのは、「どうせあと3か月で死ぬのに、今日痛いのを我慢する意味が分からない」という言葉だ。世の中では「今に感謝しよう」「今を大事にしよう」と言うが、今を大事にするのは、今がつながる未来があるからではないか。未来につながらない場合に、今を大事にできる考え方を私たちは持っているのだろうか、と玉置氏は問う。
玉置氏が対比として挙げたのが認知症の人である。自分が病気であることも、余命3か月であることも忘れてしまうが、とても穏やかで、毎日楽しそうにしている。それは、自分があと少しだということを知らないからだと思う、と玉置氏は言う。
余命を知らせたいのは、限られた時間にやり残しがないよう、後悔なく生きてほしいという周りの思いからだ。玉置氏は夫の例を引いた。余命3か月の人が「来年車を買い替えよう」と言うと自分がざわざわし、来年はないのだから3か月のうちに買った方がいいのでは、と思ってしまう。それは「こっちの欲望な気がする」という。
余命3か月の人にも、やり残したことをする体力はある程度あるが、世界一周はできない。よく「家に帰りたい」と言われるので、周りは車椅子やストレッチャーで家に連れて行き、家のベッドで3時間寝て戻り、「帰れてよかったね」と思う。しかし話を聞くと、本人は家に帰って庭の手入れをしたい、本棚を整理したいのであって、帰ること自体が目的ではない。体が動かないので、実際にはそれはできない。周りの「よかったね」と本人の思いには乖離がある、と玉置氏は指摘する。
死に際に正解はない
多くの人と出会い、さまざまな場面を見るたびに、玉置氏自身の考えは変わったり戻ったりするという。死に際に正解はないのかと聞かれ、玉置氏は「本当ない」と答え、さらに正解を求めてはいけないのだと思うと述べた。どこかに正解があるのではなく、その人が命をしまった、その形が正解なのだと思う、という。
最後まで信じられるもの
宗教の力を借りた方が折り合いをつけやすいのかという問いに、玉置氏は、宗教とは限らないが、最後まで信じていられるものを持っている人は強いと答えた。死にゆく過程では全部を捨てなければならない。仕事もお金も役に立たなくなり、友人もいなくなり、最後は家族とも離れる。家族と一緒に死ぬわけにはいかないからだ。ベッドの上で何もなくし、一人で白い天井を見上げたとき、それでも信じていられるものがあれば強い。
玉置氏が見てきた例では、先に亡くなった父母が必ず迎えに来てくれる、あちらで待っていてくれるという確信を持つ人は安定していた。長年飼っていた犬が先に亡くなり、あの子が待っていて、苦しくなったら助けてくれると固く信じている人もいた。自分の中にある絶対的に信じるものは、何が起こっても奪われない。意識がある限り持っていられる。
そうしたものを準備しておくべきかと聞かれ、玉置氏は、持てるかどうかは分からないと前置きしたうえで、人は生きてきた年月をかけてその準備をしているのだと思う、と答えた。玉置氏自身も62年かけて準備しているという。今は死がリアルではないので考えないが、目の前に来たとき、何十年分の蓄積が形になる、と玉置氏は「信じたい」と語った。
神仏を信じる人も安定していると玉置氏は言う。それぞれが心の中に置く神や仏は、お布施を求めるわけでも財産を差し出せと言うわけでもなく、悪いことはしないと思う、という。一方で面白い人もいた。死んだら無で何もないと言いながら、妻には七回忌までは必ずやってほしいと頼んでいた。玉置氏は、そういうものがちゃんと共存するのだと感じたという。
砂漠で枯れていきたい
臨終に立ち会うこともあるが、やはり何が変わるのか分からない、と玉置氏は言う。1秒前には息をしていて、1秒後には止まっている。体も急に死ぬわけではなく、呼吸が止まった後も体の細胞はしばらく生きていて、だから死後硬直が起こる。不思議なものだという。
自分はどう死にたいかと聞かれ、玉置氏は「砂漠で枯れていきたい」と答えた。三蔵法師が砂漠で枯れたかどうかは分からないが、誰もいない、何もないところで、風に吹かれ、満天の星空を見ながら枯れていきたい。家族からすれば失踪のようだし、遺体も見つからないのでは、と聞き手が言うと、砂にまみれて、そんな感じがいい、と玉置氏は答えた。
ありがとうございます。お時間作っていただいて。いえいえ、こちらこそ。あ、奥さんが。はい。
今回の動画は八さの提供でお送りしています。ご支援いただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
スピリチュアルケア師。はい。っていうのと、あと看護師でもある。そうです、そうです。そんなことして、要は死んでいく人に寄り添うっていうこと。うん、平たく言うとそうですね。亡くなっていく人の。
スピリチュアルケアをするっていうと、世の中ほら、ちょっと勘違いしそうじゃないですか?スピリチュアルって言葉。なんかこう数珠玉擦ったりはしそうでしょ。でもそうじゃなくて、平たく言うと話を聞いてますって感じで。余命が分かってるような方々に。平たく言ったら話を聞くってことです。そうですね。大体余命3ヶ月ぐらいかな。
その活動がすごい興味深いなと思ってオファーさせていただいたんですけど、その余命3ヶ月の人たちの心理状況、多くはどんなケースがあるんですか?
死ぬことはしょうがないって言ってる方が結構いるかな。もう死ぬことはしょうがないで、別に死ぬのが怖いわけでもない。でも死ぬまでに何が起こるのかは怖い。はあ。死ぬってことはもうしょうがないって思ってるんだろうね、きっとね。でもそれまでに痛くなったり、呼吸が苦しくなったり、色々するじゃないですか。はい。で、あとは家族との別れがあったり、心が乱れるようなこともたくさんあるでしょう、多分。そのプロセスが怖いっていうのはお聞きしますね。
自分が自分でいられなくなってくことみたいなことなんですかね。うん、それもあるかも。今ほら、自分らしいっていうの、医療とか介護もそういう言葉が大好きで、最後まで自分らしくいられるようにとか、自分らしさを大切にとか言っちゃうから、いかにも自分っていうものがあって、それをキープしていることがいいことなんだっていうか。
あ、それがトレンドなんですか?今その介護業界。割とね。へえ。最後まで自分らしくっていうのがね。でもさ、うちらの一般社会の中でも、自分らしさって何だろうとか、俺らしく私らしく生きたいとか思ってる人もいるんじゃないかな。ただ、じゃあ自分って何って話をするとね。
自分らしくって簡単に言うけど、じゃあ自分ってものが分かっていますかということじゃないですか?分かる?え、自分ですか?うん。いや、分かってるつもりなんですけど、自分って何って言われると、確かに自分としか答えられない。
そうだよね。しかも変わっていくもんじゃないですか。例えば出会いであったり、仕事の抱えてるものの変化であったり、随時変わっていくじゃないですか。で、そこをどの時点で切り取って自分として、自分らしいとするんだろうかという。
で、そうするとね、死んでいくプロセスなんて全部を捨てていくんだから。まずは健康を最初に捨てるでしょ。で、その次には人間付き合いとか仕事とかも捨てるでしょ。で、最後は家族も捨てて。で、自分っていうものがその都度どんどん変わってっちゃうわけですよ。
だから自分らしさを最後までって言うと、なんかどんどん自分じゃなくなっていくプロセスでしかないんだよね。どんどん変わっていくから。で、そうした時にものすごく辛くなっちゃうと思う。自分らしさをっていうのにこだわっちゃうと。はあ。だから自分に執着すると、どんどんその死が近づいてくることに苦しくなってくるんですね。そう。だって失うものしかないもんね。
だからむしろ自分っていうものをそんなに固定化して考えないで、都度、これが今の自分、これが今の自分っていう風に考えられた方が楽だなって思いますね。たくさんの方のお話聞いていくと。
そういうできなくなってくることを受け入れるお手伝いをするみたいな感じなんですか?ニュアンスとしては。うん。受け入れるっていうかね、その都度立っている土台を変えるみたいな。
例えばね、歩けて、自分の足で歩いて、自分で判断をして、自分で食べる。そういうことができたら、それが私らしいと思ってたとするじゃないですか。でも歩けなくなって、自分で物事がうまいこと回せなくなったという状況になった時に、かつての自分らしさに立ってると、いつまで経っても失った自分でしかいないでしょ。
だから、そこの土台を変える。食べられなくても、歩けなくても、自分で何にもできなくても、それが今の自分なんだっていうような、それが今の自分らしさだってことを、平たく言ってしまえば。はあ。
うん。なかなか難しいけどね。だからその土台の作り替えなんてそうそう簡単じゃないんですよ。結局作り替えるのは自分でしかできないから、私が作り替えてあげることなんかはできないんだけど。でも作り替えには、自分の思いとか気持ちとか話していくうちに、ちょっとずつちょっとずつ変わっていく感じなんですよね。
自分の土台を作り替える作業っていうのはものすごく大変だから、途中で諦めちゃうと変わらないじゃないですか。ずっと苦しいままで終わっちゃうから、なんとかその作業をし続けるための、周りにあるちょっとしたエネルギーみたいなイメージ。
その、そういう体のケアじゃなくて、その死んでいく人たちの心のケアをしていきましょうっていうのは、最近になってできた考え方っていう感じなんですか?
それでも昔からあるもん。いや、もちろんもっと昔からあったんだけど、スピリチュアルケア的な人との関わりっていうのは。でもちゃんと医療の業界が言ったのは、1998年にWHO、世界保健機関が緩和ケアをもっとしっかりやろうって言った時に、くっついて出てきた概念です。
痛みなんだけど、人間の痛みってそれだけじゃないよねって、体の痛みだけじゃないよねって言った時に、4つの痛みがあるってしたんですよ。えっと、体の痛み、身体的な苦痛、それから心の苦痛ね。そして3つ目が社会的苦痛、お金がないとかさ。で、4つ目がこのスピリチュアルペインだったんですよ。
医療界が、ただ体を治すとか痛みを取るだけじゃなくて、その人の存在そのものを支えるようにケアしていこうってなったんですよね。はあ。20年ちょっとかな。あ、そうなんですか。
みんなその世間話とかもしたりするんですか?もちろん、もちろん。もう全然普通の話をするんだけど、例えば今日は外暑いですよみたいな、いわゆる普通の話から、だんだんと話していくんだけど、返す先が違うのかもしれないです。
今日はいい天気だよね、子供の時の夏休みを思い出すわ、みたいに言ったとするじゃない。本当にいい天気ですよね、毎日毎日夏は暑いですしねって返すのか、子供の時の夏休みの方にフォーカスを当てていくのかっていう。表面的なところにばかり返していたら、会話ってそれ以上は深まっていかないんだけど。
相手の方がその短いセンテンスの中に込めている、階段を降りていこうとしてるところなんかを、すかさずフォーカスを当てていくっていうか。でもそうやって会話をしているうちに、だんだんだんだんその人自身の深いところまで話が及ぶっていうこともあるって感じかな。及ばなくてもいいんだけど、別に。
玉置さん、僧侶になる前の話をちょっと聞きたいんですけど。はいはいはい。ご主人ががんの治療をもうしなくてもいいよっていうところがきっかけだったりとかするんですよね。そうですね。主人を看取ってからこの勉強を始めたんですけど。
旦那さん何歳ぐらいですか?62ですかね。62歳。はい。がんができて、1回は収まった。手術して収まって、でその後再発したんですよ。だけどまあね、すごいお酒飲みでもあったのね。だから病院に入院するとお酒飲めないじゃないですか。
ああ、そんなパワフルな旦那さんだったんですか?そう。帰ってきちゃってね。結局病院からも、そういう病人さんってさ、出禁になっちゃうから、じゃあ在宅で家で見るしかないかっていう話になって家で見始めたんですけど。
だから最初はね、まだ歩き回ってたし元気だったんだよね。最初の頃は本人もまだ自分の体が思い通りになってたから、病気があるとはいえ。だからそういう風に強気で病院逃げ出してきたり、もう絶対治療しないとか、抗がん剤は絶対嫌だとかって言ってたんだけど。
症状が進んで、お腹がすごい腹水で腫れたりとか、自分がしんどくなってくると考えが変わるんだよね。もう治療しないって聞いてたから、このままでいいんだなっていう覚悟もしてたし、そういう風な理解をしてたのに、だいぶ経ってから、そろそろ病院に行って治してもらおうかとか言い出して。
一番最初に先生が出した選択肢がいつまでもあると思ってるわけ。でも時間と共に選択肢ってどんどん減ってくわけ。だから彼が、さあそろそろ病院に行って治してもらいたいなって言った時には、もうそんな道は残ってなかったんだよね。
そう言われた時、絶望したね、本当に。いや、どうすんのこれって。そんなこと言って。でもそれを結局、怒ったってしょうがないから、1つ1つ話をして、もうその選択肢はないんだよっていう話を彼としてた時に、私自身もすごく苦しくなる。で、それを話す先がなかったんですよ。
片付いてから、あ、なんであんなに辛かったかなって思って振り返ると、あ、あれが私のスピリチュアルペインだったんだなっていうのが分かって、勉強始めたって感じですかね。
そうなんですね。亡くなられたわけで、旦那さんが62で玉置さんが45とかじゃない?私16ぐらい離れてたから。16離れてるんですか。しかも当時もうすでに看護師さんなんですよね。もちろん、もちろん。
最後の介護状態の時は働いてるんですか?働いてました。ま、休職はしてた。あ、休職したんですか?うん。
やめるってなった時に、現役看護師からしたら最初どういう気持ちだったんですか?うん。一生懸命やった方がいい、治療した方がいいとはあんまり思わなかったんですよね。抗がん剤って奏効率、効くパーセンテージがあって、ものすごく効くとしても30%ぐらい。で、その時に彼に残された手段の抗がん剤をしても、1%から3%ぐらい。
だから治療ではなくて、薬を使いながらどれぐらい長くこの世にいられるかというフェーズになったんだなっていうのが分かったから。で、そん時に彼が、いや、どんな手段でも1分1秒でも長くこの世にいるってことを望んでいるんなら、治療はするべきだったと思う。
でも抗がん剤の副作用も大変だったし、そこに関わってると、大好きな晩酌もできなかったりとか、やっぱ自由の利かないことがあったからね。だからそっちの方を優先したいっていう考え方だったから、それは2人で話してて、で、彼は自由を取ったんです。残りの時間は好きにやりたいっていう、まあ、感じだったと思うんだけどね。
やめたいって決断するまでは、そのがんを結構抑え込む強めの薬を一応服用してたんですか?したり、手術をしたり。だるそうだったですね。やっぱり薬の副作用っていうのがね、個人差はあるんだけど。入院なんかしちゃうとね、当然お酒飲めないしね。彼にとってお酒飲むっていうのはものすごく大事だったから。
やめたことによって旦那さんの心はやっぱ回復してたって感覚はありますか?うん。すっごく楽しそうだったよ。満足だったと思う、途中まではね。だから、あ、これでいいんだなって私も思ってた。
でも本当にお腹が臨月みたいに腫れたりとか、いろんなことになって体の症状がどんどん出てきた時に、治してほしい、病院でって言い出した時にはもうびっくり。え、そんなこと言うの。でも彼からしたら、それまでは強気だったんでしょうね。自分でまだ大丈夫だったんでしょう。コントロールできてた自分の症状が、アンコントロールになった時に、やっぱり一緒に頼りたくなったんだろうな。
はあ。え、ちなみにそのさっき言った、もう治療続けたいってなって、後悔したとかですか?家族としては。後悔っていうか、八方塞がりになった感じがした。やっぱり治療するって言われて、よし、じゃあ行こうっていう道があるならいいけど、その時にはもうすでにない状態だったから、今更言われてどうすんのっていう感じだったかな。
でも人間ってそういうもんなんだと思うけど、十分それまでに医者から話を聞いて分かってたはずなのに、うんと治ると思っちゃうんだよね。でも当時はさ、家族だから冷静でもいられなくて私も。え、今更そんなこと言ってどうするんだみたいな感じに。もうちょっと早ければやりようもあったのにみたいなね。感じになったな。
ああ、そっか。結果どうなったんですか?また入院したんですか?旦那さん。結局入院はしなくて、お腹の水を抜く一時的な入院とかはあったけど、でもずっと家にいました。最後、じゃあ旦那さんはご自宅で亡くなったんですか?そう、そう、そう。
残り半年間、人が死んでく時どう変わってくるんですか?半年って。大体半年ぐらい前になってきたら外に出なくなる。あんまり世の中のことにそんなに興味がなくなって、自分のことを考えるようになったりするのかな。で、3ヶ月ぐらい前からは、もう多分食欲がなくなってくると思う。
それは食べられないんじゃなくて、もう全然食べたくないんだと思う。食べられないことに苦痛がなかったみたい。彼が全然食べなくなってきてから、家族全員で食卓を囲むのをやめようと思ったの。食べられない人の前で私たちはバクバク食べちゃうじゃない。なんかそれはないんじゃないかなと思って、ちょっとずつの食事は彼だけに渡して、私たちは別なところで食べようと思ったら、彼の方から一緒に食べてほしいって言われて。
でも食べられないあなたの前で私たちがバクバク食べるのはどうかなと思ってって言ったら、いや、食べてるのを見るのが面白いとか楽しいと。人が食べてるのを見ると、自分も一口食べてみようかなっていう気になったりするから、だから全然気にせず目の前で食べてほしいって言われて。ああ、なるほど。
え、それ要は、どんどん欲望が消えてくって感じなんですかね。体はしまう準備をしてるって感じなのかな。人生をしまう準備。うん。体はね。で、それと同時に意識的なものも、どんどんどんどんちゃんと準備してるんだと思う。
あ、それはその、治療とかをしないと、体と共に心も同じく準備できてくものなんですか?うん。それもまた難しいんだけど、体と心はイコールではないかも。体についてはほとんど同じ。でも心は人それぞれかな。心はそんなに私たちが思うほど順調に枯れてってはくれないよ。
え、旦那さんの場合はどうですか?やっぱり最後まで生きていきたかったんじゃないかな。相反するものが同時にあるんですよ。片方では、どんどんどんどん外の興味をなくして、ライフレビューっていうか、自分の生きてきたことをよく喋ったりするような状況も1つはあって、もう一方ではやっぱり同じぐらいのボリュームで外に開いていってるんだよね。
来年は車を買い換えようとか言って、その話についてくのが大変だったもん。え、なんか来年ってあると思ってるんだ、みたいな感じで。海外旅行行ってみたいねって話をしたりとか。もうこの人どこまでどうやって何を考えてるんだろうって、その度にこうなんかガサガサ引っかき回されるような感じで。
はあ。え、それってだからその、そういう支離滅裂さっていうのは、なんか脳の衰えなんですか?うん。人間ってみんな持ってるんだと思う。もう死ぬんだって分かっていて、その死ぬっていうことを100%受け入れられるほど、なんか単純な生き物じゃないんじゃないかな。
そんなグラデーションで欲望とか消えてくれないんですね、じゃあ。うん。だからもう相反する、これは両立しないよね、2つあると反発しちゃうよねっていうことが、もう本当に普通にある感じ。
患者さんのお話聞いててもそうだけど、1分前に、もういいんですよ、死ぬのは全く怖くないですなんて話をしてて、悟ってらっしゃるな、すごいなって。でも2分後には、どうにかして生き残れる方法はないかってことを夜考えたりするっていう。明らかに矛盾してるじゃないですか。こっちだと、なんか錯乱してるのかなとか思えるような発言の差が、本当に普通なんだと思う。あっち行ったりこっち行ったりしながらね、だんだんだんだん縮まっていくんですよ。
VGになっちゃって。あ、そんな感じ、そんな感じ。でも周りからしたらびっくりする。なんでかって言うと、私たちは生きていく人間だから、普段生きていく方向でしか物事考えてないじゃないですか。実際に本当に死ぬよみたいな壁が出てきた時に、やっとカンカン当たり始めるんだと思う。
そういう場面に行ってない私たちからしたら、いや、どうしたらいいんだこれみたいに思う状況なんだけど、本人にしたら多分全く普通なんだと思う。へえ。そう。当時なんて別にその、今みたいな活動をしてるわけじゃないから。
しかもね、やっぱり身内って非常に難しい。歴史があるでしょう、家族って。で、しかも損得があるよね。利害関係がある。家族は、一家の大黒柱のお父さんが死ぬっていうのは、ただその人の存在が消えるだけじゃなくて、じゃあこれから子供どうやって育てんのよとか、どうやってこれから食べてけばいいのよっていう利害があるじゃない。収入も含めてね。要は利害があるわけよ、家族というのは。
で、そういう利害がある間だとスピリチュアルケアってちょっと難しい。他者からすれば、もうこの患者さん頑張らない方がいいよねって、本人と他者が思ってても、身内からはそんな簡単に死なれたら困るっていうこともあるでしょ。
お父さん頑張ってって言いたくなる時って、お父さんのためだけを考えて言ってるんじゃないと思うんだよね。自分のためもあるわけよ。で、その自分のためが入っちゃうとスピリチュアルケアって難しい。へえ。だから家族でするのは難しい。
まともに会話できたのは亡くなる何ヶ月前まで?うん、そうだな。でも1週間前にもよろよろ歩ってたから、最後の会話は2日ぐらい前かな。あ、でもその時点でまだ会話はできてるんですか?うん。まともだったかと言うと、こんな会話じゃなくて、なんか食べるとかいらないとかね、頷くとか、そういうぐらいだったけど。でも意思疎通はできてた。はあ。なるほどね。
1週間ぐらい前までよろよろ歩ってたのよ。おトイレに行きたくてね。で、1人で歩くと危ないから呼んでねって言ってるのに、1人で歩く。で、転ぶ。何回もやってたもん。何回言っても1人で動いちゃうから。
その亡くなる前日ぐらい、隣の部屋で寝てたんです。そしたらガタって音がして、あ、また動いたと思って。もう転んでもらおうと思って、私も疲れ果ててたし。そう。もう1回転んで痛い目に遭ってもらわないと止まらないわと思ったら、ガタガタとか動く音がして、足音がして、でもそれっきり動く音が聞こえなくなって。どうしたんだろう。
転ぶ、どさっていう音を待ってたのに、それがないと思って見に行ったら、全然動いてないように、寝かしつけた時のまんまで寝てたの。じゃあ、あのリアルな動いてる音は何だったんだろうと思って。それで翌日、うちの母とたまたま電話してた時に、そんなことがあったんだよって言ったら、うちの母が、あんたそれもう魂抜けちゃってるわよとか言って。そっから3日後ぐらいだな、亡くなったの。だからもしかしたら本当に、あの時に魂が抜けちゃったのかもしれない。
え、でもそれ実際魂が抜けてるけど、物音がしてるっていうのは、体は起き上がってちょっと歩いて、また自分で元に戻ったってことあるんですか?じゃなくて、彼のさ、魂があるのか肉体があるのかって、またこれは分からない話だけど、何かこう、肉体は動かないけど彼は動くんじゃない?へえ、音が聞こえて。
それをさ、世の中の人は幽霊とか霊とか言うのかもしれないけど、だって亡くなった後もよく戻ってきてたよ。2階が彼の部屋だったんだけど、足音したり。あ、だからそういうのが玉置さんにも聞こえるようになってきてるんですね。でも他の人のは私わかんない、全然。霊感があるとか世の中にいるじゃない。見えるとか見えないとか。それは全然見えないけど、その時はリアルに聞こえたの。
はあ。そういうことないですか?なんか見えたり見えなかったりとか。いやあ、ないかもしんないですね、今まで。
死んだ当日どういう状況でしたか。亡くなった時はね、朝っていうか夜中だったんだけど、数時間ぐらい前から下顎呼吸っていうね、もう明らかなある呼吸の仕方があるんですよ。ええ。あ、もう死に向かう人の呼吸なんですか?そう、そう、そう、そう。そういうのが始まっていて、あ、もう少しだなとは、それは分かった。
で、ずっとそばにいたんだけど、なんか眠くなっちゃうし、お風呂にも入りたいし。で、ちょっと思ってお風呂に入って、1時間ぐらい仮眠して戻ったら、もう止まってた。だからその呼吸が止まる寸前っていうのは、そばにいることはできなかったな。
それでこう、最後の最後をそばにいられなかったって後悔する方もいらっしゃるんだけど、それはあんまり関係ないんじゃないかなって。うん、まあそうですね。その1時間前とその1時間後に何の差があるんだって言われると、ちょっと。
いや、本当にそこ、主治医に電話したり色々したんだけど、その後も何が違うのか分からなかった。さっきまで生きてて、で、今はどうやら死体になったらしいんだけど、その境目がわかんない。
病院だとものすごく明確にそこの境をつけるから。要するに医者が来て、兆候を確認して、何時何分ご臨終ですって言って、ここで終わりっていう。しっかり境目をつけざるを得ないからつけるけど、でも家で見てたら、どこでどうなったのかなんかよくわからなかった。
自然に死んでくってそういうことなんですよね。その境目がわかんないっていうか。わかんなかったな。事故とか災害とかだと違うんだろうけど、徐々に徐々に低空飛行になって、もう本当にすれすれで飛んでて、そのまま着地したみたいな感じだったから。
その介護してる時の気持ちには変化ありましたか?変化?え、なんか、僕20代半ばぐらいにおじいさんが死んだんですけど、まあ普通にがんかなんかで。で、時々帰るじゃないですか、その実家の方に。そうですね。で、なんか両親に、どうもなんかそのおじいさんを治すモチベーションがなさそうに見えて。
なんかすごいちょっと怖いと思ったんですよ。なんか残酷だなみたいな、ちょっと思ったんですけど。でもなんか今思うと、確かにこれ以上無理に生かしてもなっていう気分にもなったのかなとか、今になって察するんですけど。当時はなんか、あの、頑張ろうとしないんだ、怖いなみたいな、なんか殺すつもりなんだみたいな気持ちになっちゃって。
だから遠い親戚、離れている人ほど、まだ何かやれるだろう、もっと何かできるだろう、やりようがあるだろうって言うんだよね。でもそばでじっと見てる人は分かるんだよ。もう着地態勢に入ったんだなっていうのが。もうこれからもう1回うわって飛び立つことはないんだなっていうのがね。でも離れてるとわかんないじゃない?
それが近くにいる人からすると無責任ですよね。だからこっちのその気持ちって、その着地態勢の感じを理解してないですもんね。うん。
それで言ったら玉置さんどうだったんですか?その着地するしかないなっていう気持ちにどんどんなってくるんですか?私ね、2つだった。1つはね、看護師としての見方っていうのがあるわけじゃない?で、看護師として彼を見たら、もう間違いなく着地態勢に入ってて、もうそんなに長いことはないっていうのは分かるわけよ。やっぱりプロの目として一応。
でも家の中に入って彼とだけいるじゃない。そうすると今度は看護師じゃなくて家族として見ることになるでしょ。そうするとなんか、いや、なんか10年後も15年後もこの介護をやってるんじゃないかなっていう気持ちになったりするんだよね。看護師の目で見たらそんなに長くないと思う。でも家族の輪の中に入っちゃうとわかんなくなっちゃって。へえ。そのギャップは自分自身でもなんか戸惑ったな。
それで10年後も15年後も看病したいっていう気持ちってことなんですか?したい半分、たまんないなっていう気持ち半分だった。こっちの方がもたなくなっちゃうなっていう。はい。こっちも半分一緒になっちゃうんですよ、本人とね、近いと。だからスピリチュアルケアって、ある程度第三者がした方がいい。一緒に揺れないところにいる人がやった方がいいかもしれない。
当時そういうサービスがあって寄り添ってもらえたら良かったなと思いますか?うん、思った。すっごく思った。当時もちろん訪問看護の人も医者も、それからケアマネさんも介護の人もいっぱい入ってくれてたんですよ。だからものすごく助けてもらってたんだけど。
もうやってらんないんですよっていうような愚痴を言うと、ショートステイに入ってもらいましょうかとか、じゃあこうしましょうかっていう、そっちに行っちゃうんですよ。そうじゃなくて、別にどっかに預けたいとか、介護するのを、看病するのをやめたいって言ってるわけじゃなくて、愚痴を言いたいんですよみたいな感じ。そこの吐き出し口がなかったなとか。
親もそういう場合はダメなんだよね。親に、もう疲れちゃったよとか言うと、あんたがそんなこと言ってどうすんの、しっかりしなさいとか言われるじゃないですか。だからその親にもあんまり言えないし、友達はね、なんかそこまでの話できないしみたいな。
何かしてほしいわけじゃないけど、聞いてくれればいいっていう感じなんですかね。そう、そう。指導もいらなければ、提案もいらなければ、何もいらない。ただただ、あ、そうかって言ってくれたら良かったなっていう。何にも欲しいわけじゃなく、ただ聞いてほしい。そう、そう。
え、で、その残り半年を休職するっていう決断をされたと思うんですけど、それは働きながらやった方が良かったのか、休職してる方か、どっちだと思いますか?今誰かにもしアドバイスするとしたら、やめない方がいいかもって言うかもしれない。気分転換になるからね。あ、仕事に没頭しちゃったら、その瞬間忘れられますもんね。そう、そう、そう。だからそういう風に言うかもしれないな。
でも自分のことを振り返ると、あの時間ってものすごく大事だったかな、自分の人生の中で。24時間さ、ずっとさ、彼が着地していくまでの時間にどっぷり一緒にいたっていう隔離感。もし仕事しながらだったら、いられたかなっていう。
インタビューとか本とかだと、その死に様が美しかったみたいな表現されてました。うん。病院とかだと割と最後まで点滴したりとかね、むくんじゃったりするんですよね。で、彼の場合は、食べられなくなって、食べなくなって、飲まなくなって。本当に枯れるように死ぬっていうのはまさにこういうことなんだなっていう。
看護師として、むくんだ状態で亡くなる人をたくさん見てきてるから、だから美しいって思えてるんですね。あ、そういうこと。対比するものを見てきたからね。だから、あ、枯れるように死ぬっていうのはこういうことなんだなっていうのを、なんかしみじみ。
病院だと枯れるように死ぬことはまずないですか?病棟による。今の私のいる緩和ケア病棟だと、もう本当に考え方はそっちになってるから、枯れるように亡くなってく方もいっぱいいるけど、一般病棟とかだとどうかな。
へえ。それだけ聞くと、なんかなるべく枯れるように死んでいきたいなって思っちゃいましたけど、今。うん。でもあとは、その家族の思いもあるからね。家族から言うと、せめて先生、点滴だけでもしてくださいとかさ、気持ちがあるじゃない。だから今、家族さんのために、ご本人に苦痛にならない程度に点滴をするってこともあるよ。
家族は残って生きていく人だから、家族が、あの時に何かやれることがあったはずっていうのも、なんか大変な話じゃない?その思いを背負ってこれから一生生きてくっていうのも。だから今度はご家族のためにっていう考え方もあるからね。
へえ。え、じゃあそれで旦那さんを、40…、45とか6だったと思う。で、看取った。そこからこの出家しようっていうのは、どういう流れで。
何かこう絶対的な1つの理由があるわけじゃなくて、複合的なんだけど。1つは、二十歳とか21とか、そのぐらいの時に中国に行ったんですよ。旅行で。旅行っていうか、語学留学をしとして。でもそれは建前で、実はシルクロードをカシュガルというところまで行ったんですけど。へえ。
まあ、言うなればバックパッカーってやつ、当時の。その時に、玄奘三蔵法師がお経を求めて歩いた道ですね、シルクロードって。で、タクラマカン砂漠とかを越えてた時に、この景色は初めて見た景色じゃないっていう、若気の至りで。前世で見てた気がするんだよ。そう、そう、そう、そう、そう。それで私は絶対に中国の修行僧だったに違いないという確信を持ったわけですよ。当時ね、若かったからね。
それが終わって帰ってきて、こっちに戻ってきたら、もう全然普通に大学に復帰して、仕事して、結婚してってなったんだけど、主人を看取って、納骨を済ませた後、急にその時の思いが蘇ってきたの。あ、そういえば私、前世はお坊さんだったんじゃないかと。ね、今回の人生でやることは全部済んだから戻ろうっていう風に思ったのが1つね。
へえ、看取ったら、もう今回の人生やること全部終わったなって気持ちになった。へえ。もうなんか今回のお仕事は全部終わったみたいな感じになって。お子さんとかもう大きくなってるんですか?その時はまだ小学校2年生ぐらいだったけど、子供は産んだら終わってたから。あんな宝物みたいなものをこの世に生み出したってことで、私もものすごく達成感があって。その後も並みには大事にしてるけど、でもあとはさ、彼らの人生じゃない。
2つ目は、その後、一周忌だとか三回忌だとか七回忌だとかやっていくのを自分でやりたいなと思った。でも蓋開けてみたらできないんですけどね。身内の葬儀とかはできないので、ダメだったんだけど、そんな知識もないから、ここ自分でやったらどうだろうみたいな感じのもあったりとかして。
出家ってお坊さんになるってことですよね。え、それどうやったら。弟子入りするってことですか?あ、そうですね。面倒見てくれる師僧という方がいないと出家できないんだけど、私の場合なんかこう、ご縁ご縁で繋がって比較的スムーズに出家できちゃったんですよね。え、できちゃった。
もうじゃあ、その弟子入りした瞬間にこの坊主頭?これはね、絶対必須じゃなくて。まず得度っていうのをするんですよ。仏様の教えに自分はこう帰依します、信じて生きていきますみたいな宣言をするのが得度で。で、その後受戒っていうのがあって、戒をもらって、で、その後四度加行っていう修行があるんです。1年間ぐらい。その時に剃髪しました。でもそれでもしなくてもいい。別にしてもしなくてもいいんです。
え、修行しながら子育てしてたんでしょ?普通に。いや、できない。それはもうずっと山に、高野山にこもるから、その間は親にお願いして。置いてっちゃう、やっぱ。小学校2年生だから。2年生ぐらい。
息子さん普通に耐えられましたか?お母さんと離ればなれ。それまでも看護師やってて夜勤とかしてたからね。お母さんが坊主になってるって、結構ショッキングな映像じゃないですか?子供。そうかもしれないけど。嫌だとも言わないし、やめてとも言わないし。ノーリアクション。お山に登る前に私は剃髪したんですよ。で、ハゲ頭見せたけど、なんかペシペシ。
それこそ達観してるんじゃないけど、割と肝が据わってるんですよね、息子さん。ね。でも後で聞いたら、何言ってもどうせやるからみたいな気持ちだったみたい。へえ。申し訳ないよ。
でもお坊さんがみんな、その死に行く人の心のケアしてるわけじゃないですもんね。うん。確かにそれはみんなではない。お坊さんの中でも異色だと思う。お寺持ってるわけじゃないしね。ほとんどのお坊さんってご自坊があるじゃないですか。お寺があって、お寺を守ってかなきゃいけない。つまりお寺に檀家さんがいらっしゃれば、檀家さんを守ってかなきゃいけないっていう、そういう役割があるから、まずはそっちなんじゃない。
お坊さんになったじゃないですか。どうやってその心のケアの方にたどり着いたんですか?お坊さんになるのと同時に、このスピリチュアルケアっていうことの勉強を始めたんだけど、自分で。で、高野山にもそういうクラスがあって、そこに行ったりとかね。
え、じゃあそこから看護師とか1回も戻ってないんですか?看護業務としては戻ってないかも。病院に勤めてるけど、もうスピリチュアルケア師として雇われてるから。修行終わってからすぐ病院に就職したんですか、また。うん。再就職。そう。へえ。
え、それ何歳ですか?52とか53だと思う。6年ぐらいは一旦看護師から離れてるんですか?うん。離れ…、ま、アルバイト的なことはしてましたけどね。生活のために訪問看護のアルバイトやったりとか。でもその間は重点を置いてたのは修行と勉強だから。今もそうだけどね。ああ、そうなんですか。
え、今、病院にお坊さんがいるって普通なんですか?いや、普通じゃない。私が行って、なんか追い払われることもあるよ。え、それ患者さんからとか?うん。あんたが来ると葬られそうだって。あ、そうか。お前、俺が死ぬと思ってるんじゃないよね、みたいな。縁起が悪いって言う方もいらっしゃる。へえ。
そういう、ま、ありありな反応だと思うけど。要するに葬式仏教みたいなね。お坊さんって死んでから出てくるみたいなイメージがあるだろうからね。でもそれは本当にごく一部で、概ね話を聞いてくれそうに見えるんじゃないかなと思う。
みんなその何について話したがるんですか?様々だけど、昔話とか、昔の後悔。それが本当にちっちゃなことなんだよね。大きなことじゃなくて、普通の家族のやり取りでも、あの時にこんな風に言っちゃったのを今でも悪かったなと思ってるんだ、みたいな。
本当に人生の何千ページってあるような中の、ほんその1ページの本当の一行のお話だったり。あとは残していく家族への心配とか。あとは死んだらどうなるんだろう、本当に死んだらこの意識ってどうなるんだろう。
主にすることは話を聞くこと。法話とかするわけじゃないですもんね。法話しない。法話ってね、元気な時に聞くと役に立つかもしんないけど。ああ、なるほど。果たしてどうだろうね。死にゆく人に役に立つんだろうか。役に立つような話が私にはできないな。へえ。なるほど。
え、で、そのじゃあ、そういうスピリチュアルケア師は、今もう歴としては何年になるんですか?歴としてはもう6年ぐらい。6年やってみてどうですか?所感というか。うーん。やればやるほど難しいなって。死んだことがないからね。やったことがあることなら、説明もできればアドバイスもできる感じなんじゃない。でも死んだことがないから、本当にその人がどういう気持ちなんだろうっていうのは、イマジネーションするしかないしな。難しい。へえ。
だから今ね、その人に余命を告げることってどうなんだろうなって思ってるところ。そっか、知る必要があるのかと。うん。あと3ヶ月後に自分は死ぬってことを、納得させられて、無理やり。その方々からよく聞くのが、どうせあと3ヶ月で死ぬのに、今日痛いのを我慢する意味がわかんないって。言われると確かにって思ってしまう。
世の中的には綺麗な言葉で、でも今に感謝しましょうとか、今を大事にしましょうとか言うけど、その今が繋がる未来があるから大事にするんであって、繋がらない場合、今を大事にできる考え方を果たして持ってるんだろうかっていう風に思うと。はあ。なるほどな。
うん。認知症の方々って、自分が病気だったことも忘れちゃうし、自分があと3ヶ月だったことも忘れちゃうんだけど、ものすごく穏やかなの。ものすごく日々楽しそうなの。でもそれはなんでだろうなって思うと、自分があともうちょっとだっていうことを分からないからだと思うよね。知らないから。そう言うと確かに必要な症状なのかもしれないです、認知症って。
うん。そうした時にさ、私たちがこう、あと3ヶ月なんですよって。なんでそれを知らせたいかって言うと、時間が限られてるから、その間にやっておきたいこと、やり残したことがないように、後悔ないように生きてってほしいっていう、こっち側の思いがあるわけよ。
だからあと3ヶ月で終わるのに、来年車買い替えようとか言われると私がざわざわするわけ。来年ないじゃない?だったら、もしかしてあと3ヶ月のうちに新しい車買った方がいいんじゃないって。こっちの欲望な気がするんだよね。ちょっと待って。余命を伝えるっていうのは周りのエゴなんだ。
え、余命3ヶ月って言われるようなぐらいの体調の人っていうのは、その残りの3ヶ月でやり残したことをやれるような体力はあるんですか?結構あるけど、世界一周とかはできないね。だから範囲は限られちゃう。足腰がちょっと弱まってたりするとさ、家帰りたいったってそうはいかないでしょ。なかなかね。
で、家に帰りたいってよくみんな言うんだけど、家に帰ることが目的なんじゃないと思うんだよね。私家に帰りたいって言うと、みんなさ、じゃあ帰してあげようって言って、車椅子に乗っかってとか、ストレッチャーに乗っけて一生懸命家に帰って、家に帰って家のベッドに寝て3時間、そして帰ってきて、よかったね、家に帰れてって周りは思うんだけど。
でも話聞いてると、ご本人は家に帰って庭の手入れをしたいとか、家に帰って本棚を整理したいとか、家に帰ったことは…。でもそれはもう事実上できなかったりするわけ。体が動かなくて。だからこっち側が、良かったね、家に帰れてっていうのとは乖離してるんだよね。その辺りが、そこがなんか難しいよなって。
へえ。6年もそういうことに向き合ってるから、逆にどんどんどんどん、これが良き方法なんじゃないかみたいなのが、わかんなくなってきてるんですね。
確かにいろんな方にお目にかかるじゃない。シチュエーション見せていただくじゃない。そのために私も考え方が変わったり戻ったりするからさ。
そうか。もう死に際に正解なんてないんですね。
いや、本当ない。ていうか求めちゃいけないんだと思う、正解を。それが正解なんだよ。きっとどっかに正解があるんじゃなくて、その人が命をしまった、それが正解なんだと思う。どんな形でも。
ベストを探るみたいなことは別にする必要がないというか。
うん。そんな気がする。
死んでいくにあたって、医学的なものもそうだけど、宗教観みたいなのがやっぱあった方が、その力を借りた方が、なんか折り合いつきやすいよなみたいなのはあったりするんですか?
宗教とは限らないけど、最後の最後まで信じていられるものは持っていたら強いと思う。全部捨てなきゃいけないから。今持ってるものは多分、仕事もお金も役に立たなくなるし、友達もいなくなる。そして最後は家族もいなくなるよ。だって家族と一緒に死ぬわけにいかないから。最後はベッドの上で何にもなくして、自分1人しかいなくなると。その時に真っ白い天井を見て、それでも信じていられるものがあったら強いな。
へえ。
それは別に宗教じゃなくてもいい。
なるほどな。でもそれが何かってこと。最後の最後まで信じていられるもの。自分の中にそれが何かあるかなって。どういう人が強かったですか?ちなみにこれまで。
例えばの話、先祖なんだよね。お父さんとかお母さん、その方にしたらお父さんお母さんも亡くなってるんだけど、が必ず迎えに来てくれる。絶対にあっちで待っててくれるっていう、その絶対的な確信っていうのは安定につながる。
へえ。
あとペットって人いたよ。ずっとワンちゃん飼ってて、ワンちゃんが先に亡くなって、でもあの子が絶対に待っててくれて、苦しくなったら助けてくれるって、それをもう絶対信じてる人いた。で、その自分の中にある絶対信じるっていうそのものは、何が起こっても奪われないから。なくさないじゃない。最後まで自分に意識がある限り持ってられるんだもん。
はあ。
それは何でもいいけど、あったら強い。
そういうものを準備として持つようにしといた方がいいよってのはあるんですか?
持てるかどうかわかんないけどね。でも多分ね、その準備をしてるんだと思うよ。40年間。私は今62年間かけてその準備をしてるんだと思う。
なるほど。いや、まだできてないですね。絶対。あと5年で死にますって言われて、あ、この人に会えるんだな、だから大丈夫だって思えるかって言うと、何ともな気がしちゃいますね。
今私たちはまだ死というものがリアルじゃないから考えないのよ、あんまり。だけど準備は着々としてると思う。で、その目の前に来てリアルになった時に、それまでの蓄積した何十年間のものがヒュッと形になって。
信じたいけどな。
だからそれで言うと、本当にあの宗教みたいなものと、最近日本とかだと特に良くない方に言われちゃいがちですけど、信じながら死ねたら確かになんか楽だろうなみたいな。
確かに。だからそれを、もちろん神仏に最後の最後まで信じるものを見てる人もいて、やっぱ強いよね。強いっていうか安定してる。それぞれの方が心の中に置く神様とか仏様って、別にお布施を求めるわけでもないし、全財産差し出せとか言うわけでもないし、なんか悪いことしないと思う。
へえ。すごいっす。
でもすごく面白い人がいて、死んだら終わりだと思ってますって、その方ね。なんでもう死んだら無、何もない、なのに奥さんには7回忌までは絶対やってほしいとか言って。それどっち、どっちみたいな。すごく面白かった。死んだら無で何もないと言ってるのに7回忌まではやれという。そういうのがちゃんと共存するんだなっていう。
だから今それ面白いと思ってるけど、自分がそんな気持ちになる可能性もありますね。
うん。ね。
死ぬ瞬間にも立ち会うことあるんですか?
ありますね。でも本当に何が違うのか、流れるようだよね。だって1秒前息をしてて、1秒後には息が止まってる。何が変わるんだろうね。ただ体も急に死ぬわけじゃなくて、呼吸が止まった後でも中の細胞ってずっとまだ生きてるんだよ。
へえ。
だから死後硬直が起こったりするんで。なんか不思議なものですよ。
自分はどんな風に死んでいきたいっていう、なんかその理想ありますか?
ある。砂漠で枯れていきたい。
三蔵法師的にみたいなことですか。
そう。三蔵法師さんが砂漠で枯れたかどうかわかんないけど、そういうなんか誰もいない、何もないところで風に吹かれながら、満天の空を見ながら枯れていきたいな。
なんで家族的には、じゃあ失踪したみたいなってことです。
しかも遺体さえないというね。砂にまみれて。そんな感じがいいな。
ありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
できたら一度お送りしますよ。
はい。承知しました。
はい。では、さよなら。
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大人になれ。わかるわ。
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