闇市の名残から外国人客の店へ アメ横を朝から深夜まで歩いて聞いた商売の現在
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜上野のアメ横は、終戦直後の闇市から始まった商店街である。取材者は開店前の朝から日付が変わる直前までこの通りを歩き、79歳の衣料品店主、180年以上続く乾物屋、57年間レコード店を営む89歳の店主、スカジャン店の店長、叩き売りのチョコレート店、路上マジシャン、飲み客、ガールズバーの店員に話を聞いた。語られたのは、インバウンド客に合わせて変わる店の現状、闇市時代の記憶、コロナ禍以降に広がった路上飲食とその取り締まり、そして夜の上野で働く人々の事情である。
朝10時前に開ける店:売上の9割が外国人客
最初に話を聞いたのは、周囲の店がまだシャッターを下ろしている時間に開店準備をしていた衣料品店「アウトレットワン」の店主である。79歳で、この店を16年続けている。アメ横の店は通常10時半ごろに開くが、この店は早く開ける。店主によれば、インバウンドの客は朝早く動く。他の店が開いていない時間に開けていれば買ってもらえる、という考えだ。時給で働く人とは違い、自分の店だから時間を自由に決められるとも言う。
店主は「売上は9割が外国ですよ」と話す。日本人はお金を使えない、物価がこれだけ上がって生活が厳しいのだから、というのが店主の見方だ。コロナ後も日本人向けに商売している店は苦しんでおり、インバウンド対応をしている店はそこそこ頑張っている、と周囲を評した。
売れ筋は着物関係だ。リサイクル品を1000円から売っている。一番売れるのは、店主が自分で名付けた「着物ガウン」で、月に160枚ほど売れるという。3000円未満ならよく売れ、ここに来るインバウンド客の予算はだいたい5000円までだと店主は見ている。取材時はワールドカップの時期で、日本代表を含む各国代表のユニフォームがよく売れていた。3番目に売れるのは女の子用の甚平で、着物の生地で縫える人を探して作らせている。高くない価格帯の中で、客が欲しいものをいかに見せるかが重要だと店主は言う。
家賃の話も具体的だった。店主によると、アメ横の坪単価は20万円で、4坪なら家賃は70万円になる。だから下手なやり方をすると店の入れ替わりが早い。利益率を確保しつつ商品を回転させないと続かない。人件費も上がっており、「何でも売れる」と考えて入ってくる店はうまくいかない。外国人向けにしなければ生き残れず、日本人は「買わない。買えない」と店主は繰り返した。日本人客は通りの向こう側の飲み屋で昼の3時ごろからちびちび飲んでおり、そちら側はほとんど食べ物の店になった、とも話している。
水面下で決まる区画と、パタヤとの二拠点生活
店主は起業して60年になる。隣の二木(ニキ)とは創業当時からの知り合いだ。以前は大きなカフェなども経営していたが、人を使うのが面倒になった。大きな会社を経営していた友人が15年前に倒産したこともあり、これからは小売りがいいと考えたという。この区画が空いていることは知っていたので、トップに頼んで入れてもらった。知り合いだから相場の半額ほどで借りているそうだ。店主によれば、知り合いでなければここには入れない。空きが出ても話は水面下で決まり、飛び込みで来る人が入る余地はない。
店主はタイのパタヤに家を買ってあり、年に6回ほど通っている。来月も13日から8日間ほど行く予定だという。円安が進んだので、現地でバーツを稼ぐ仕事を始めており、ゴルフツアーのウェブサイトを作っているところだと話した。自分で事業を続ける理由は年金が非常に少なかったからだ。60歳で調べて日本では食べていけないと分かった。もっとも、22歳で上京したときから最後は海外で過ごすと決めていたという。大学を出て3年目にアメリカへ行き、帰国後に会社を興した。
現在の店舗はこの1店だけだが、それで十分食べていけると言う。世界を飛び回ってきた人脈があり、どこからでも商品を仕入れられることが16年続いた理由の一つだと本人も認めた。アメ横の良さを尋ねられると、「人を呼ばなくても来るっていうところ」と答えた。そこで誰に何を売り、利益率をどれだけ取るか。円安の今は下がったが利益率は60%あり、円が高かったころは73%あったという。安く仕入れ、人の流れを見て売る。やりたいことは90%以上やってきたので、最後にたどり着いたこの店で静かにやるのが一番いい、と店主は締めくくった。
文久2年創業の乾物屋・伊勢音が語るガード下の成り立ち
次に訪ねたのは、鰹節、だし、干し椎茸、昆布などを扱う伊勢音である。日本橋の鰹節屋として江戸末期の文久2年に創業し、180年以上続いている。4代目にあたるという。アメ横には先代が昭和22年、戦後2年目に入った。
社長によれば、それ以前この一帯は商店街ではなく、ほとんど何もない場所だった。住宅はあったが疎開させられていた。昭和20年8月16日、終戦の翌日から人々が自由に商売を始め、闇市が生まれた。ルールなどなく、商売をしたい人は空いている場所にゴザを敷いて物を売った。闇市が生まれたのは、魚屋や外国人経営の店が並ぶ通りの中ほどから向こう側で、三角ビルの脇の路地がその中心になったという。
伊勢音のあるガード下は、最初の闇市とは別の場所だと社長は説明する。ここは国鉄が買収した土地で、倉庫などとして使われていた。国鉄がここを開発しようとして、外部から力のある商売人を呼んだ。伊勢音もその一つである。伊勢音は戦前、満州鉄道などに荷物を納めていたが、敗戦で満鉄がなくなり、その債権が消えてしまった。満鉄の上層部にいた人が引き揚げてきて国鉄に就職し、伊勢音に迷惑をかけたからと、この場所を貸してくれることになった。そうして商売の権利を得たのだという。社長によれば、ガード下で最初に商売を始めたのはこうした旧国鉄の関係者だが、今も続いているのは数軒しかない。
「奉仕が先」という江戸の商売と、現地仕入れへのこだわり
多くの店が潰れる中で180年続いた理由を問われ、社長は「ちゃんとしてる商売人だから」と答えた。違いは、奉仕が先にあることだという。江戸の商売は奉仕の精神が先で、お客様を大切にする。店には初代が考えた「丸さん」という言葉が掲げられている。1つ目は社会に奉仕すること、2つ目はお客様に奉仕すること、3つ目は仕入れ先や従業員に報いること。それができれば丸く商売ができる、という意味だ。社長は、今の時代は権利の主張が先になり、起業家が少なくなってサラリーマンばかりになったため、まず先にもらうことを考えると話す。だから最初に良い場所を押さえても長続きしない、というのが社長の見方である。
商売のやり方は時代に合わせて変えている。これまでは削り節が中心だったが、2秒でだしが出るティーバッグ式の商品や、商品を粉砕して粉にしたふりかけを出した。一方で仕入れは変えていない。築地や豊洲の業者とは付き合いがなく、昆布も鰹節もすべて現地から自分たちで仕入れている。社長は、東京で一番昆布を持ってきているのはうちだと言う。かつてこの通りには鰹節屋が10数軒あったが、すべてなくなった。他の店は客に合わせて値段を下げるため、中国などから原料を入れて加工だけを日本でするようになった。その結果おいしくなくなった、と社長は話す。
社長はアメ横を「最高の場所」と評した。伊勢音はもともと日本橋に本店があったが、河岸が築地に移ってから日本橋は衰え、三越周辺や三井不動産の再開発も失敗して街がなくなってしまったと社長は語る。それに対してアメ横は、戦後ほかの地域が落ち込む中でもこれだけ人が歩いている。シャッター商店街や再開発の失敗が多い中でアメ横が残った理由について、社長は、ここで商売をする人たちがほかの地域より一生懸命やってきたからだと答え、己の懐に先にお金を入れてはいけないということを自分の店では徹底している、と付け加えた。
取材者の調べ:アメ横が「最後の闇市」として残った経緯
社長の話を受けて、取材者は闇市の成り立ちについて調べた内容を説明している。上野から御徒町にかけては戦前、住宅が密集していた。近くに国鉄の変電所があったため、空襲の被害を防ぐ目的で国が強制疎開を行い、民家が取り壊されて一帯が空き地になった。終戦と同時に、商売にちょうどいい空き地として各地から人が集まり、あらゆる物が売られるようになった。
終戦後に日本に残った朝鮮、中国、台湾の人々、当時「第三国人」と呼ばれた人々もこの辺りで商売を始めた。国の統制で自由に売買できなかった米や野菜に加え、飴や饅頭などの甘味が売られ、飴が多く闇で売られたことから「飴屋横丁」と呼ばれたのが名前の由来の一つだという。昭和23年ごろになると、駐留していた米軍のチョコレート、チューインガム、タバコなどが持ち込まれ、「アメリカ横丁」という意味でもアメ横と呼ばれるようになった。
闇市は新宿、渋谷、池袋など主要な街にもあったが、昭和26年ごろから徐々に解体された。統制が緩和されて商売が自由化されたことに加え、闇市の雰囲気を終わらせたいGHQの意向が働いたためだと取材者は説明する。ところがアメ横では、そのころには露店ではなく建物の中に店を構える人が増えていたため簡単には取り締まれず、集まっていた人々の権利の問題もあって取り締まりが難しかった。1950年代に配給制度が終わり、百貨店やメーカーの流通が整うと、闇のルートに頼る必要がなくなり、店は合法的な形に変わっていった。取材者のまとめによれば、アメ横は闇市を解体して新しい商店街を作ったのではなく、闇市の状態を残しながら合法的な商店街に変わっていった点で他と異なる。
叩き売り:1000円で袋が膨らむチョコレート
闇市由来の商売の手法として取材者が注目したのが叩き売りだ。アメ横名物のチョコレートの店・志村商店で話を聞いた。応対した志村さんは4代目で、店自体はそれより前からあるという。上に並んでいる商品がすべて入って1000円で、福袋のようなものだと説明する。客にとっては2000円出すより1000円のほうが買いやすい、というのが店側の考えだ。なぜこのスタイルになったのかは、父親が始めたことなので分からないという。
実際に1000円で買うと、「入れちゃい、入れちゃい」という掛け声とともに、おまけが次々と袋に追加された。取材者が中身を数えると11個入っていた。取材者の説明では、闇市の文化として安く仕入れて大量に売ることが重要で、パフォーマンスで客の興味を引き、大量に売って最終的に利益を出す仕組みだという。仕入れるのは賞味期限の近い商品、型落ち品、倒産した会社の在庫などで、それを安く大量に仕入れ、おまけを多くつけて客に得をしたと感じてもらう。食べてみると普通においしいチョコレートだった。
スカジャン店の店長が見た25年の変化
アメカジから和柄に特化した衣料品店では、雇われ店長の本野さんに話を聞いた。店自体は50年ほど続いており、本人はここで25年ほど働いている。一番売れているのはスカジャンで、真夏は少し落ちるものの、ほぼ一年中売れる。最近は海外の客が増え始めた。刺繍の服は海外にあまりないと外国人客が言い、とても日本っぽいと喜んで買っていく。店には虎の柄のほか、エヴァンゲリオンの柄もあった。
店長によれば、アメカジは戦後にアメリカの物を輸入して売ったところから始まったジャンルだろうという。スカジャンは特殊で、米兵が本国に帰る際に日本で刺繍をしてもらい、土産として持ち帰ったことが始まりだと説明した。
25年間の変化を尋ねると、店長は「だいぶ変わってますよ」と答えた。上野に来たころは通りに魚屋ばかりで、珍味屋や化粧品屋もあった。今は飲食店が増えた。上野や浅草には外飲みの文化があるという印象について、店長は、それはごく最近のものだと話す。コロナのころに店の前の道路を使ってよいということになってからで、それ以前は道路にテーブルを出して酒を飲ませることはなかったという。
路上営業の一斉摘発:レコード店主が語る4年間
路上飲食の問題をより強い言葉で語ったのが、レコード・CD店を営む89歳の店主である。昭和44年、32歳で開業し、57年になる。取材時は店を閉めて帰るところだった。店主によれば、この前まで道路での飲み食いが本当にひどかったという。
店主の説明では、コロナのころ台東区役所が、1年間に限り、店から1メートル以内にテーブルを出して酒とたばこを楽しむことを許可した。ところがその1メートルが5メートルになった。店の間口は小さいのにテーブルばかりが並び、誰でも座ってすぐに飲み始めるようになった。この店は通りに埋もれて見えなくなり、店の場所が分からないという客がすぐそばから携帯で電話してきたこともあった。困っている店はほかにも多かったという。
具体的な被害として店主が挙げたのは、たばこの煙が店の中に入ってくること、そして夏になると虫が湧くことだ。焼き鳥のたれなどをこぼしたまま帰り、掃除をしないため、虫が集まって店に入ってくる。商店街としてもひどすぎると声を上げ、店主自身も警察や区役所に訴えた。しかし4年間、誰も言うことを聞かなかった。警察が来るとその時だけテーブルを引っ込め、いなくなるとまた出す。警察が切符を切り始めて営業停止になりうる状況になって、ようやくみな引っ込めた、と店主は話す。取材時には通りは整然としていた。その間、客から店をやめたのかとずいぶん言われたという。それでも57年続けてきたおかげで、北海道から九州、沖縄まで客がいると店主は語った。
米兵、パンパン、警察:89歳店主の闇市の記憶
店主がこの場所で店を開いたのは、父親の縁による。父親は戦後、昭和通りのほうに自宅と店を持って商売をしていたが、上野の駅長と親しく、空いているからここで物を並べてはどうかと言われて始めたという。父親の時代はまだ闇市の時代だった。
店主によると、闇市とは米兵からチョコレート、ガム、タバコ、石鹸などを買い、適当な値段で売る商売だった。アメリカの物を横流しすることから「アメ横」になったと店主は言う。米兵が日本円を欲しがった理由について、店主は、夜になると上野駅の前に、当時「パンパン」と呼ばれた女性たちがいたと話す。店主自身「あんまりいい言葉じゃない」と前置きしている。お金に困った女性たちが米兵相手に売春をしており、米兵はその代金として日本円を必要とした。そのため軍から支給されたチョコレートやタバコを自分で消費せず、ここに持ち込んでお金に換えた。それを商売人がまた売ったのだという。
警察はしょっちゅう来た。通りの入り口の店はすぐ見つかるのでそうした商売ができず、入り口から5軒ほど後ろから御徒町駅までがそういう店だった。誰かが「警察が来たぞ」と言えば店を閉めて隠せる。反対側も入り口から7軒目あたりからそうした店だったという。細かい路地もそうした中で自然にできていったと店主は見ている。今ではそういう店は一つもない。
「値段に合ったもの以外は仕入れない」
57年間の街の変化を、店主は「あんまりいい風には感じない」と言う。例に挙げたのは魚だ。かつてアメ横の魚屋は築地の1日遅れの魚を仕入れて売っていた。今は余ったら冷凍し、翌日溶かして出す。鮭が5枚500円、10枚1000円といった値段で売られていても、しょっぱくて食べられないし、凍らせたり溶かしたりを繰り返したものは腹を壊すと店主は話す。そうなった理由は、売れれば儲かるからだろうという。ただし今はそれも売れず、魚屋は減った。
店主自身は、食べ物屋ならおいしいものを安く出すのと同じように、値段に合ったもの以外は仕入れないという。2000円のCDなら2000円の価値がある歌声と曲が入っているものを選ぶ。並べている商品はすべて店で試聴でき、聴いてもらったうえで買ってもらう。以前は500種類ほど置いていたが、今は300種類ほどに減った。メーカーが作らないからで、店主によれば来年はレコード会社が全社CDを作らないという結論が出ているという。それでも自分なりのやり方があり、死ぬまでこの店を続けると決めている、と店主は話した。
買い物客たち:外国人観光客と、月1回の買い出しに来る48歳
昼の通りでは外国人観光客にも声をかけた。日本滞在最終日だという観光客はドラッグストアでお菓子やラーメンを買っており、どれも300円ほどだったと言って「Japan is cheap」と笑った。
たこ焼き店の前では、小原さんという48歳の男性に話を聞いた。月に1回ほど、自宅用の食材を買い出しに来るという。昔はもっと安かったが、値上がりしても500円のたこ焼きは安くておいしい、と話す。奄美大島出身で、新宿二丁目のゲイバーで20年ほど働いてきたが、現在は事情があって休職中で、戻れるか分からないため新しい仕事を探しているという。できればLGBTQ関連の仕事がいいと話し、男性のパートナーと2人で暮らしている。肩、腕、脚には稲妻やハワイの図柄、奄美大島にちなんだ図柄のタトゥーを入れており、続きを彫りたいがお金がないと冗談めかした。
アメ横に来る理由は「安いから」だ。二木の菓子でいつも買うのは、50個入り1100円のだしパックで、これがあれば1ヶ月ほど持つ。味噌汁にも味付けにも使える。ここ以外で売っているのを見たことがないという。小原さんは取材者にヌテラを渡して帰っていった。
夜の路上マジシャン:会社員を辞めて手品で食べる
夜になると店の多くは閉まり、通りは飲み屋街の様相になる。その一角で、つっちーと名乗る49歳の路上マジシャンがビールやフォーク、ボールを使った手品を見せていた。フォークは手を使わずに曲がっていき、最後はバラバラになった。ボールは増え、最後は帽子の中から出てきた。
マジック歴は約20年で、地方の祭りなどに呼ばれることもある。39歳のときに思い切って会社を辞めた。それまでは半導体の機械を扱う技術職で、土日だけ路上で手品をしていた。当時も1週間の食費くらいは稼げていたという。結婚していなかったので辞められた、結婚していたら絶対にできなかった、と本人は話す。
辞めてすぐに食べていけたわけではない。大きな会場では人を集める必要があり、それまで通行人相手の流れでしかやってこなかったため、うまくできずにひどく落ち込んだという。そこで話し方や雰囲気作りを徹底的に練習し、人を集められるようになった。技術があっても人が集まらなければ誰にも見てもらえない、喋りがうまければ多少下手でも見てもらえる、というのが本人の考えだ。5分間でどれだけ相手に近づいて仲良くなれるかが一番大事だと言う。
渋谷などでも演じてきたが、アメ横でやるようになってからは、店の人たちから盛り上げてほしいと言われ、場所を使わせてもらっている。遅くまではやらず、挨拶を欠かさない。コンビニで買い物をするときには必ず袋をもらい、自分の出したゴミだけでなく周囲に落ちている缶なども拾って帰るという。場所を使わせてもらっているのだから汚れていたら迷惑になる、という理由だ。アメ横は昔からの文化を大切にしている街で、そうした姿を見て通りがかりの人がいい街だと言ってくれるから、やる価値はあると本人は話した。
飲み歩く若者たちと、終電前の酔客
20歳の男性3人組は、学生2人とホテルのレストランで働く1人で、古着好きのつながりだという。普段は渋谷で飲むが、この日は外の席で飲みたいという話になり、安く外で飲めるのは上野しかないと来た。7時ごろから居酒屋で2〜3時間飲み、パチンコにも行った。上野は渋谷よりかなり安く、飲むだけなら2000〜3000円で済むと話し、自分たちにとっては渋谷より近いのでまた来てもいいと答えた。
23時40分ごろには、テキーラを飲みすぎて座り込んでいる人がいた。アメ横は初めてで、一緒に来た人は帰ってしまったという。取材者が水を渡すと、もう少し休めば復活すると答えた。
上野のガールズバーで働く23歳:Sさんの事情
最後に話を聞いたのは、店の前で客引きをしていたSさん、23歳である。アメ横のガールズバーで働き始めてまだ間もない。きっかけは恋人との別れだった。交際は約3年、同棲は約2年。相手は11〜12歳年上で、Sさんにとっては初めての恋人だった。SNSで知り合い、当初は鹿児島と東京の遠距離だった。
最初は好印象だったが、次第に気になる点が出てきた。付き合って1年目ごろ、九州から会いに来たとき、ホテルのチェックアウトで相手にお金がないと言われ、5000円を出したことがある。初めての交際だったのでその場では疑問に思わなかったが、後で友人に相談して「やばい」と言われた。その後も金額が増え、お金を貸してと言われるようになった。相手は配達員をしていたが、稼ぎのいい仕事に就くと言って倉庫の製造系の仕事に移り、メンタルの不調で辞めた。Sさんは貯金を持って上京して同棲を始め、住まいは相手の親の名義で借りてもらい、昼間の仕事で生活費を支えていたという。
相手には何日も家に帰らない「逃亡癖」があった。何度目かに何も言わず帰ってきたとき、言いたいことがあるなら言ってほしいと伝えると、言っても解決しないし無駄だと返された。それで溜まっていたストレスが一気に出て、3年目の記念日の喧嘩で別れを告げ、家を飛び出した。今は同棲を解消し、相手は実家に戻り、Sさんは友人とルームシェアをしている。近くルームシェアも解消して一人暮らしを始める予定だ。周囲からは鹿児島に帰ればと何度も言われるが、恋人と別れて帰るのは格好悪くて言えず、意地を張っていると本人は話す。25歳くらいまでは東京にいるつもりだという。
夜の仕事を考えたとき、最初は六本木や銀座を回ったが、面接で「その顔じゃ無理だから整形しろ」と言われた。上野ではスカウトアプリ経由で声がかかり、普段はバニーガール姿で接客するガールズバーに入った。肌を見せることに抵抗はなく、上野にしては給料が高く、人間関係も良さそうだったのが決め手だった。稼ぎは六本木のほうが多いだろうと本人は見ており、「脱いだ意味あんまりない」と笑う。店にはランキングや競争がなく、派閥もギスギスした空気もなく、働く環境は「めっちゃいい」という。
この日は平日で、制服を着るイベント日だった。指名客は少しずつ来るが、制服は印象が薄いのか新規の客に声をかけてもらえない。バニーより制服のほうが恥ずかしく、早く脱ぎたいとSさんは話す。ガールズバーは若い子が多く、23歳は中間くらいだという。肌を見せる仕事なので、25歳を過ぎると自分としては抵抗が出てくると考えている。その後は地元ではなく、福岡や熊本など九州のどこかで働くつもりだが、やりたいことは特になく、資格もない。できれば昼の仕事に就きたいという。
話の途中で4人組の客がSさんの店に行くと言い、Sさんは「こっちです」と道路の向こう側へ案内していった。取材はそこで終わる。
商売する場所としてはどんな印象ですか?アメ横って。これ最高の場所だと思う。最高。人を呼ばなくても来るっていうところ。
ちょ、そばの席で飲みたくないみたいな話をして。安いから。安い。
昔からの文化大切にしてるところだから。
戦後アメ横のこの高架に来て
闇市が誕生したわけ。
適当な値段で売る闇だった。
闇市。そう、そう。これだとサツが来ても隠せるじゃない。
アメリカ軍がまだ日本に駐在してたっていうことでチョコレートとかチューイングガムとかそういうものが持ち込まれたと。
それはなんでお金、日本のお金が欲しいかと言うと、上野駅の前に夜になるとパンパンって当時呼んでたの。そのお姉さんたちがお金もなくて困るからアメリカの兵隊さんを相手に売春したわけよね。
変化感じますか?この町。だいぶ変わってますよ。
売上は9割が外国ですよ。インバウンドですよ。うちなんか。
昔はこの通りに鰹節屋さんっていうのが10軒あったんですよ。全部なくなっちゃいました。
いかに利益を取って安く、それは仕入れじゃないですか。それでその人間の流れを見て売るかと。
入れちゃい。入れちゃい。さらに入れときますからね。はい。さらにもう3つおまけです。入れちゃい。入れちゃい。いらっしゃい。
4番線の京浜東北線ドア
すいません。今ちょっとあのアメ横を取材してまして、もしよかったらお話とか聞いてもいいですか?すいません。ありがとう。え、今あれですか?あの開店準備中っていう感じですか?
あ、そうです。そうなんです。普通は大体10時半ぐらいだけど、俺は早いから。あ、そうなんですね。確かに他の店まだなんか閉まってますもんね。そうです。大体10時半ですよ。あ、そうなんです。へえ。
なんでちょっと早くからやってるんですか?私、インバウンドの客は早いんですよ、朝。あ、そうなんですね。人が開いてない時に開いてれば買ってくれるんですよ。へえ。それは面白い。それはここの考えで。あ、なるほど。
普通の人はほら時給で働いて、私はね、自分の店だから。あ、そうなんですね。そうですね。時間が限られて観光客は動くじゃないですか。結構朝早く動きますよ。インバウンドの客。なるほど。
確かに今この通り人通りこそ少ないですけど外国の方います。売上は9割が外国ですよ。インバウンドですよ。うちなんか。日本人お金ない。
このアウトレットワンさんは今何年ぐらいやられて?16年かな?16年。
やっぱりコロナ後に日本人ターゲットでしてるのは苦しんでますね。インバウンド対応でやってるところはそこそこ頑張ってますけど。売れないですよ、日本人。お金使えない。今。へえ。これだけ物価が上がって生活が厳しいと。そっか。
え、外国の方ってそのいわゆるザ・日本的なものがやっぱり受けるっていう感じなんですか?商品。そうですね。例えば着物関係が多いじゃないですか。そんな高く売ってないですけど、あのリサイクルなんですけど、1000円からずっと売ってるんですよ。
やっぱり例えば1番売れるのなんかは着物ガウンって、これが160枚ぐらい月に売ります。へえ。着物ガウン。ま、勝手に俺が名前つけて。あ、そうなんですね。あの好きでしょ?大人なの。確かに。日本もかつ派手みたいな。
できれば3000円未満だったらめちゃくちゃ売れますね。今はワールドカップがあってるから、あのユニフォームがかなり売れてますよね。あ、日本代表のユニフォームも、あ、ここら辺で扱ってるんですね。ここら辺全部から全部これワールドカップですよね。こっからは各国の代表ユニフォームみたいな。
そう、そう、そう。で、やっぱりあと売れるのはその甚平ですね。あ、女の子の。あ、女の子の甚平が売れるんですね。ナンバー3。
へえ。これ着物の切れで作ってるんですか?え、これを作らしてるんです。へえ。いとかホットイとか行ったら作ってる人がいるんですよ。そういうおばさんを探して。へえ。
ここに来るインバウンドの客は大体5000円までですよ。そんなに高くないレベル。なるほど。それでの商品で欲しいものをいかに展示してあげるかっていうことです。なるほど。
ここのアメ横のこのあれは坪単価いくらだと思います?20万円ですよ。これもう僕と同じですけど4坪、ブランドの時代来るですけど、同じ4坪ですけど70万ですよ。家賃4坪で家賃70万です。そんなとこですよ。すごい。
だから変なやり方したら全然入れ替わり早いですね。利益率があって、なおかつバンバンどんどん出ていくようにしないと。人はいますよ。確かに。と人件費も上がってるじゃないですか。だから何でも売れるみたいのって入ってこられると絶対ダメですね。
もう本当外国人向けにしないと生き残れないっていう感じになってるんです。日本人は買わない。買えない。なるほど。日本人は向こうの方に飲み屋さんがいっぱいあるじゃないですか。そこで3時ぐらいからこうちびちび飲んでる人はいっぱい。かなり向こうにはもうほとんど食べ物になっちゃったんですよ。食べ物はほらちょこちょこ食べれるから。
なるほど。今何歳ですか?79。79。なんでこのお店始めようと思ったんですか?いや、これは僕はもう起業して60年経ちますから。
あの、他でもやってたけど、二木さんが創業当時からの知り合いなんですよ。隣の二木ゴルフ、二木ね。あ、二木さんがね。
それでカフェの大きなのとかやってたけど、もう人使うのもめんどくさくなって、ある友達がやっぱり大きな会社やってたんですけど、15年前に倒産したんですよ。これからはもう小売りがいいなと。そしたらここは空いてんのは知ってたんですよ。当時から。ここのトップはもちろん知ってましたから、貸してよと。分かった。だから僕は相場より半額ぐらいで借りてますよ。
ふーん。そっか。知り合いづてだから。そうです。ないと入れない。あ、そんな結構皆さん横の繋がりで。そう。あの水面下でも全部決まります。空いてれば。で、飛び込んで来るじゃないですか。もう全部決まってますよ。空いてるとこ。へえ。
大きなビジネスよりも小売りの方がいいんじゃないかっていう。もうあのその方が楽ですよ。楽。タイにもう移住しちゃうんでもう大変に。パタヤというところにもう家買ってあるんですよ。え、誰がですか?私。あ、そう。年に6回ぐらい行ってます。また来月の13日から8日間ぐらい行きますけど。
え、じゃあ今2拠点生活みたいな感じなんすか?このアメ横とパタヤの。向こうは、ま、少しビジネスは始めていってましたよ。円があまりにも安いからバーツを稼ぐことを今やり始めてまして、ゴルフツアーとか全部今ウェブサイト作ってるとこなんです。すごいですよね。いや、すごい。生活の知恵でしょ。食っていかなきゃいけないから死ぬまで。
え、ずっとそのご自身でビジネスやられてるんですか?そうです。そうです。なんでかっていうと年金がめちゃくちゃ安かった。60で調べに行ったら、これ日本で食えないなってんで、元々就職した時から私は移住する計画が頭にあったんですよ。じゃあ20代ぐらいから考えてた。22の時にこっちに出てきた時からもう最後は海外で過ごすと、もう決めてましたから。
大学出て3年目からもうアメリカに行って帰ってきてもう会社して。すごいっすね。いやいやすごくはないです。そう思ってやってたから。へえ。今何店舗?いやいや、もう1店舗です。今ここだけですか?じゃあ。十分食べていけますから。
だから、それと全世界から僕商品どっからでも入れれますから。あ、そっか。それは今までの人脈がある。そう、そう。飛び回ってたから。そっか。だから16年間生き残れてきたって言ったらあれですけど。それはありますね。
アメ横の良さとかってありますか?アメ横の良さ。人を呼ばなくても来るっていうところ。そこで誰に何を売るか。利益率をどれだけ取るか。だからうち利益率としては今円がこれだけ安いとダメですけど、60はありますよ。前は73ありまして、円がもっと安かった、高かった時。
いかに利益を取って安く、それは仕入れじゃないですか。それでその人間の流れを見て売るか。人生ね、楽しく生きていけりゃいいじゃないですか。やりたいことは90%以上やってきたから。全世界に回って。商売的には最後にたどり着いたのがこの店なんですね。もう静かに。静かに。それが一番ベストですよ。
すいません。今このアメ横取材してまして、ちょっとお話とか聞いてもいいですか?今大丈夫です。大丈夫ですか?暇です。伊勢、伊勢、伊勢音さん。伊勢音さん。
何年ぐらいやられてるんですか?日本橋から始まって戦後アメ横のこの高架に来て180年以上です。180年。鰹節、お出汁、あとあの、干し椎茸とか昆布、出し昆布。それが元々のね、日本橋の鰹節屋さんやってただそうですよ。今何代目なんですか?4代目だそうです。4代目。180年やってるんですか?それらしいです。
創業はね、あの江戸末期の文久2年なんですよ。江戸末期。今180年、日本橋側の本店だったんですけども。これアメ横に来たのはいつですか?アメ横はね、先代がですね、昭和22年に、ま、この地に入ってきたんですけれども、昭和22年っていうのはだから戦後から2年後。
だから、あの、ここがあの、それまでは商店街ではなかったんですけれども、ここはだからもう何もない場所だったわけですよ。住宅があったぐらいだけども住宅もあの疎開させられてたんで。何もないところからどうやってこう商店街が形成されてったんですか?
あ、だからそれはもう有名な話ですけれども、昭和20年の8月16日、戦争が終わった翌日からもう自由に結局商売を始めた闇市が誕生したわけですね。その時っていうのはもう戦争の終わった寸前のあれだからルールも何もあったもんじゃないわけですよ。自分で商売やりたかったらそこどっか空いてる場所に結局ござ敷いてやってたわけだから。
へえ。そっか。それに闇市が誕生したのはこっから向こうの場所なんで。そうなんですね。真ん中の魚屋とかあの色々なあの外人のお店があるじゃないですか。あそこが全部闇市の場所だったんです。こっちから行くと左手に三角ビルがあるんですけれども、そこの空き地が結局そういうものをやる場所になってくるわけ。
それでここはそういうあれを見て外から商売人が入ってきた場所なんです。へえ。よそから力のある連中たちが入ってきたわけです。うちなんかもそうなんです。そうなんです。力のある連中っていうのは他でもこう商売をやられてて。そうです。そうです。それとか初めてやるところだとか。元々いた人たちとの関係性っていうのは。
ここはもうあの国鉄に買収された場所だからないわけですよ。基本的にこのここのところは倉庫だとかなんとかで使われたわけなんです。電車の下はね。こっちはそういう最初の闇市とは違う場所なんです。逆に言うと国鉄もこっちをじゃあ開発しようっていうような形で外部から呼ばれてるわけなんです。こっちは。へえ。
それにはね、色々と問題があって、うちの場合にはあの満州鉄道ですとかそういうところにですね、荷物を当時卸してたんですけど、戦争で結局その債権がもうなくなっちゃったんですよ。満州鉄道がなくなっちゃったから。そう。だからそういうことで日本が敗戦で負けたから。それで向こうの満鉄の上の方の人が引き揚げ者で帰ってきたわけですよね。それで結局国鉄にまた就職をされたわけですよ。満州鉄道っていうのは公社みたいなもんだったから。それで結局伊勢音に迷惑をかけたからって言ってここを賃貸契約で貸してくれるっていう状況があったわけです。
一応国鉄関係だから商売させてあげるよっていうので、ここに入れたんです。そうそうそうそう。ここに入れたっていうか権利が取れたわけ。権利が取れたんですね。
だからなんだかこのガード下の方で商売をやった人たちの最初の人たちはそういう旧国鉄等の関係者があるわけです。最初に入った人たちで今続いてるのはもう何軒しかないんですよ。ああ、それはやっぱりこう国鉄から権利もらいながらも商売的にうまくいかなくてみたいな。そういうことですね。もうやっぱ商売って大変なあれだから。
そういう潰れるお店も多い中でなんで180年続けて来れたんですか?それはやっぱりあのちゃんとしてる商売人だからです。ちゃんとしてる商売人とそうでない商売人ってどんな違いがあるんですか?
ま、早い話が奉仕が先なわけですよ。江戸の商売は奉仕の精神が先なんで、お客様ファーストじゃない。それでお客様を大切にするっていうことなわけですよ。この丸さんっていうのがそういう言葉なんですけれどもね。これここにこういう風に書いてある。これが意味があるわけです。丸さん。
ま、これは初代が考えたあれなんですけど、1つが社会に奉仕をしなさいっていう。2番目にはお客様にご奉仕。3番目にその周りの我々の仕入れ先だとか従業員だとかにしろ。それで最後それができれば丸く、ちゃんと商売ができるって。へえ。いい言葉ですね。だからそれがもう江戸時代から続く意味な。
だから今の時代は権利の主張が先になってるわけじゃないですか。だから皆さんその起業家っていうのがもう少なくなっちゃってるわけですよ。サラリーマンになったりなんかしてまず先にもらうことが。だから最初いい場所を抑えたにしても基本的に、え、長続きしなく。
高齢化も進みつつ日本人で海外の人が増えてるっていう中で商売のやり方って変わったりしました?もちろん変わりますよ。先ほど言ったものこれもしてますけれども、その枝の部分っていうのは、あの、やっぱ新しい今に合わせる商売をしていかなくちゃならない。今まではこういう削ったものだけとかそういうあれが中心なんですけど、こういうティーバッグ式のものを。すいません。2秒でも出汁が出ちゃうっていうシリーズなんですよ。ああ。そういうものだと、例えばそこにあるような振りかけで、商品を粉砕して粉にしてのを振りかけにしてるわけです。
そういう商品ですよ。ですから全部あのうちはあの築地だとか豊洲の業者とは付き合いがないんですよ。あ、そうなんですか。全部現地。あ、現地調達してる。だから東京じゃ1番いい昆布は持ってくわけです。鰹節も。そっか。もうご自身たちでこう行かれて自分たちで選んで。そうです。そうです。買ってきてるんですね。
そういうことです。昔はこの通りに鰹節屋さんっていうのが14、5軒あったんですよ。全部なくなっちゃいました。ふーん。値段をお客さんに合わせてるわけですよ。他も。だから少しでも安くするために海外産の中国からのを入れたり、そういう風にして加工だけ日本でやるとかっていうのが大体よそ様の鰹節なんですよ。そうか。でもその分ちょっと品質が落ちちゃってバレるんですね。美味しくない。美味しくない。だから今食べられた味はないわけですよ。なるほど。
商売する場所としてはどんな印象ですか?アメ横って。これ最高の場所だと思う。最高。ああ、何が最高ですか?
え、基本的にうちは日本橋もありましたけどもね、その日本橋は江戸時代はすごい栄えた場所なんだけれども、やはりあの河岸が築地に移ってから日本橋はこう下がってきちゃってるわけですね。それで日本橋の三越の再開発が失敗しちゃったり、あの三井不動産のも失敗しちゃったりなんかして街がなくなっちゃったわけですよ。それに対してここは基本的にずっと、戦後他が落ちてる中においてもこれだけの人がこう歩いてくださるっていう場所になっちゃってるっていうのは、俺はもう大きな財産の違いが出てるわけです。
いろんなこうシャッター商店街とか再開発失敗って東京でも多いじゃないですか。なんでアメ横ってこう生き残ってるというか、そのまま。だからとりあえずここに商売をやってる連中が他の地域よりもやっぱ一生懸命やってたわけですよ。へえ。残ってる数軒は。先ほど言ったように己の懐には先にお金は入れちゃいけないということは、うち自身でも徹底してやってるわけですよね。
ありがとうございます。なんか買いたいんですけど。これ、これ買ってもいいですか?はい。はい。じゃあ、じゃあこれ。はい。すいません。これお願い。はい。ありがとうございます。
さっきあの社長の話で闇市の話が出てきたと思うんですけど、まずなんでそのこの場所に闇市が形成されて商店街になってったかっていうのをちょっと調べてきたんで喋りたいと思うんですけど、ま、元々こうこの辺り、上野から御徒町にかけてのこのエリアっていうのは、ま、戦前戦中は住宅が密集してて住宅街だったわけですよ。
で、そこからこの近くに国鉄の変電所っていうのがあって、人が住んでたんだけど、そこへのその戦争中の空襲の被害を防ぐために国が強制疎開させたんですね。この場所から民家なども取り壊し、ま、この辺り一帯が空き地になったそうなんですよ。
それで戦争が終わったと同時に、ま、空き地になってるからこの場所で商売するのにはちょうどいいっていうことで、ま、もう各地からすごい人が集まってきて、で、みんなそこで何でもかんでも売るようになったっていうのが、ま、闇市の成り立ちらしいです。
さらにこう戦争が終わってからこう日本に残った、え、朝鮮、中国、台湾の人、いわゆるこう第三国人って呼ばれた人たちもこの辺りで商売を始めて、で、その人たちに対しては、ま、今まで植民地支配というか、日本に強制的に連れてこられたわけですから、だからこうそういう人たちにとっても商売がしやすかったし、当時売られていたものとしては国の統制品、自由に売り買いできなかったものが売られていて、ま、普通に米とか野菜とか食料も売られてたけど、甘味品ですね。甘いもの。飴とか饅頭とか売られてて、で、このアメヤ横丁っていうの由来は飴をたくさんこう闇で売られてたからアメヤ横丁っていう名前がついたのが1つらしいです。
こういう風にして闇市が形成されてて、昭和23年頃になってくるとアメリカ軍がまだ多く日本に駐在してたっていうことでアメリカ製品、チョコレートとかチューイングガムとかタバコとか洋服とかそういうものが持ち込まれたと。それでアメリカ横丁っていう意味で、アメ横、もう1つの意味のアメ横っていうのが成り立ったっていう。
闇市っていうのはアメ横だけじゃなくて新宿とか渋谷とか、ま、池袋とか、ま、主要な町に形成されたみたいなんですけど、昭和26年ぐらいに、ま、徐々にこう解体されていったんです。っていうのは統制品だとかの規制とかも徐々になくなってって、こう商売が自由化されてったのもあるし、それプラス、ま、ちょっとこの闇市的な雰囲気をま、終わりにしたいっていうアメリカのGHQの意向が働いて、新宿とかの、え、闇市露店は解体されてったみたいなんですけど、このアメ横に関してはもうその頃にはこう建物の中にそういった店を構える人とか、え、商売をする人とかが増えて、完全に町に組み込まれるというか、露店っていう形じゃなくて建物の中で商売を始めてた。だからもう簡単には取り締まれなかったし、朝鮮、中国、台湾の人たちが多く集まってたのでその人たちの権利的な話もあり、え、取り締まることが難しかったなと。で、そのままこの闇市の雰囲気を残していった、日本で最後に残った闇市っていうことなんです。
1950年代になるともう配給制度とか終わって、こう百貨店とかそのメーカーの流通が整備されたっていうこともあって、別に闇のルートに頼る必要もなくなったし、徐々にこう合法的な形に変わっていった。そこでやってた人たちはおそらくそのままだったんでしょうけど、表で商売をするようになったっていうことみたいですね。アメ横の闇市が他と違うのは、闇市が解体されて、また新たにこの商店街ができたわけじゃなくて、闇市の状態を残しながらそのまま合法的な商店街に変貌していったっていうのがこの町の成り立ちらしいです。
闇市の中で商売のやり方として1つあるのが叩き売りっていう手法があるみたいですね。
この辺り取材してまして、もしよかったらお話とか聞いてもいいですか?はい。はい。えっと、YouTubeの番組なんですけど。はい。あれ?え、アメ横名物のチョコレートなんです。はい。今何年ぐらいやられてるんですか?40年ぐらいです。40年?はい。志村さんは何代目ですか?僕4代目ですね。4代目?はい。先代からですか?先代で、お店自体はもっと前からです。あ、お店自体もっと前からあるしね。はい。
叩き売りっていうのはなんですか?上に並んでるのが全部入って1000円です。ああ、これでまとめて売るっていうのを叩き売りって呼ぶんですか?ま、福袋みたいな感じです。1000円のが売りやすいです。そうなんです。はい。お客さん2000円出すより精神的に買いやすくないですか?なるほど。買ってもいいですかね?1000円。はい。はい。
はい。入れますからね。今日はこれが入ります。入れちゃい。入れちゃい。さらに入れときますからね。はい。さらにもう3つおまけです。入れちゃい。入れちゃい。入れちゃい。もう1個ね、おまけで。もう1個おまけで。おまけだ。今日はもう1個おまけです。入れちゃい。入れちゃい。もう1個。ありがとうございます。これで1000。はい。もう1つおまけだ。もう1つおまけ。はい。1000円ちょうどです。
なんでこのスタイルになったんですか?ま、父が始めたのでちょっとわかんないんですけど。この量でどういう風にこう利益っていうのは。仕入れた倍です。安く仕入れてっていうことなんですか?メーカーさんから。はい。はい。
そうですね。さっき買ったチョコレートですね。ちょっと中見てみたいと思います。1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11。11個入って1000円ですね。闇市の文化として安く仕入れ大量に売るっていうのが重要だったらしくて、パフォーマンスでお客さんの興味を引いて大量に売ることで最終的には利益を上げるっていうシステムらしく、ま、安く仕入れるのはメーカーの賞味期限が近い商品だったり、型落ちした商品とか倒産した会社の在庫とかを安く大量に仕入れて、おまけをいっぱいすることでお客さんに得っていう風に感じてもらうような商売手法らしいですね。叩き売りっていうと。食べてみますね。うん。全然美味しい。普通に味ね。普通に、普通にチョコレートですね。
このあたり取材してまして、お話とか聞いてもいいですか?はい。え、ちなみにここはえっとアメカジファッションのお店っていう感じなんですか?アメカジからこう和のファッションに特化してるような感じですね。へえ。本野さんのお店なんですよね、ここ。いや、僕は雇われ店長。あ、そうなんですね。お店は50年ぐらいあると思うんすけど。50年?お店自体。
本野さん、ここで働かれて何年なんですか?ここで25年ぐらいですかね。25年。はい。和に特化してます。あ、和に特化してるんですね。スカジャン。スカジャンとかあとTシャツとか。刺繍。あ、これとかすごいっす。エヴァとか。何が一番売れてるとかあるんですか?やっぱ一応はスカジャンが調子いいですかね。なんか全体的に。あ、そうなんですね。スカジャン。
オールシーズン売れますか?スカジャンって。ちょっと真夏はちょっと落ちますけどね。大体オールシーズン売れてます。ふーん。最近だとちょっと海外のお客さんがちょっと増え始めてますね。なんかね。ああ、なんか和とかが珍しいっていうことなんですかね。刺繍の洋服があんまないってみんな外国のお客さん言いますね。なんかね。あ、海外あんま刺繍ないんですね。とても日本っぽいっていうなんかみんな喜んでくれて。へえ。こういう。はい。買ってくれてます。虎とか。あ、これとかまさに日本の。そうですね。
アメカジっていうのはアメリカの商品なんですか?これって。ま、アメカジっていうこうジャンルですよね。ファッションのね。そのアメリカで、ま、その、まあ、戦後のあれであれじゃないですかね。そのアメリカのものを輸入して売ってたり。当時多分洋服なんてそんな売ってないはずなんで。そっから始まってますよね。アメリカ風スタイルみたいな感じで日本でも作り出したみたいな。
ま、これスカジャンって特殊で、アメカジなんですけど、元々こう軍人さんがこう本国に帰る時に日本で刺繍してもらって、それをお土産で持って帰ったっていうような歴史から始まって。へえ。そっか。じゃあこの刺繍がない状態で米軍の方が来てて、ジャケットとか持ってって、ここに刺繍やってくれとお店の人にお願いしてそこでやってもらうみたいな。
25年。25年、変化感じますか?この町の。だいぶ変わってますよ。どう変わりました?ああ、まずやっぱ僕上野に来た頃はもうこの通り行っても魚屋さんばっかりやった。あ、魚屋さんばっかりだった。珍味屋さんとか化粧品屋とか。はい。今はもう逆にもう飲食店がこう増えちゃって。
なんか上野とかそういう浅草とかってその外飲みの文化あるみたいなイメージあるんですけど。ま、外飲みの文化っていうのは、こう最近ですよね。コロナの辺りでこうお店前の道路使っていいよみたいな感じでやってたぐらい。その前はもう道路でテーブル出して酒飲ましてるとかってはなかったんで。そうなんです。外飲み文化っていうのはなんかね、ほんとここ最近。最近なんすね。どうぞ。
すいません。今ちょっとアメ横を取材してまして、ちょっとお話とか聞いてもいいですか?あ、すいません。ありがとうございます。もう店閉めて帰るんだ。あ、そうなんすね。いつも何時から何時までやってるんですか?本当は7時まではいるんですけど。あまりにも、今整理ついてるけどひどかったのよ、この前まで。え、何がひどかったんですか?
道路で飲み食いさせたって、車道まで出て、店出して。大体コロナからだからね。5年だね。あ、最近あのニュースとかになってた路上営業の摘発。それ、それ。それは路上営業ね、許可したのよ。役所、台東区役所が。服部区長が、ただし1年間に限ってっていう限りなんだよ。店から1m以内、テーブル出して、酒とタバコとオッケーしたのよ。で、それ約束が1mが5mになっちゃったわけよ。
え、そうなんですか。もう気づいたらちょっと無法地帯化しちゃってたんですか?それはそうなの。ここの脇見ると分かるけどさ、思っててこれテーブル入んないんだから。あ、これ。店の中入らない。なるほど。店はちっちゃいのにテーブルばっかりここまで並べた。そこまで出てたんすか?どこもやれば誰でも座って、外人でも座ってすぐとかなんか飲み出すから。みんなそうになっちゃったね。
え、それってこのアメ横リズムさん営業する上でも結構、あれですか?弊害ありましたか?ありましたよ、全然。どんな弊害ですか?だってうちの店しかないからさ。どこへ行ったのかわかんないっていうお客さんがすぐそばにいて、携帯でここへ電話くれんだけど僕に。テーブルだの机だの出すぎてもう死角になっちゃってたみたい。いや、うちだけじゃなくても困ってる店がいっぱいあったよ。やっぱりあの我々商店街としてもね、あまりにもそれはひどすぎるじゃないかっていうことで。で、組合も僕も動かしてみたい。警察ね。区役所にもうんと言って。それが4年間言うこと聞かなかった、みんな。
僕もう57年ここでいるんだけど、演歌ばかり売る店ってんで、こう僕は好きだから。音もね、みんなの迷惑にならない時にかけてたけど、お酒を道路でやり出すと、1番困るのはまずタバコの煙がどうやかこの店の中入ってくるわけよ。へえ。あとはね、その困るやつ、虫。夏もう少しだと暑くなったらね、湧くんですよ。その掃除しないから。飲み食いしてるとこに焼き鳥のタレやなんかをこぼしたまんまで帰っちゃうから、そこへ虫とかそういうものが、ま、集まってきて。それもうちの店にどうやかこう入ってくるわけなんですよね。へえ。商売にはならなかったです。
4年間その状態だったんですか?うん。話は頼む頼むようにしてたけど、一切。警察来てもその時だけちょっとテーブル引っ込めて。ああ。あとサツが行っちゃえばまた出すから。そんなことばっかり4年間やってた。ふーん。警察出したからね、指導を取ってる。でも言うこと聞かないから。今度切符切り出したでしょ。だから今度営業停止になっちゃうもんね。ああ、そっか。だからみんな言うこと聞いて今引っ込めてるわけ。あんまり出てるとこなくなったでしょ。確かにもうなんか今整備されてますね。そうでしょ?
もう店やめたのかって随分言われましたから、お客さんに。そう。今ね、この商売あまり商売よくないから。あの、うちだけじゃなくてもね。だけどおかげ様で57年やってると北海道から九州の人まで、沖縄あたりまでのお客さんいるからね。昭和44年にここの店をオープンしたんですけど。え、その当時何歳で始めたんですか?えっとね、今89なんですよ。89?32だね。ちょうどね。
なんでこのアメ横にしたんですか?僕の父親が、大東亜戦争終わってから、うちは漬物屋だった。え、それはアメ横で?あ、いや、あのそっちの昭和通りの方での商売ですけど。うちの父親はその時上野の駅長さんと仲が良かったと見えて、それでその昭和通りの方に自宅と店はあったんだけど、空いてるからここでそういうものを並べたらどうだって言われて、それでそっから始まってん。
へえ。え、お父さんがやられてた時ってまだその闇市とかの時代ですか?そう、そう、そう、そう、そう。闇市っていうのはアメリカの兵隊さんからチョコレートだとかガムだとかタバコだとか石鹸を買って、適当な値段で売る闇だった。それでアメリカのものを横流しするっていうことでアメ横になった。駐留してる米軍から安く仕入れて。あの兵隊さんがいっぱい持ってくるわけよ。へえ。
それはなんでお金、日本のお金が欲しいかと言うと、上野駅の前に夜になると、僕らはあんまりいい言葉じゃないけど、パンパンって当時呼んでたの。パンパン。パンパンって言葉があったのよ。女の人ね。売春婦ですか?そういうことなんだ。それをパンパンって呼んだのよ。昔は言葉でね、なんか知らないけど。そのお姉さんたちがお金もなくて困るから、アメリカの兵隊さんを相手に売春したわけよね。その売春のお金が必要なんで、兵隊さんは日本円が欲しいわけよ。なるほど。
それで自分たちがあの軍から与えられたチョコレートだとかタバコだとかそういうものを吸ったり食べたりしないで、ここへ持ってくるとその時お金になった。で、さらにここの商売人たちがその米軍から手に入れたものをまたここで売るっていう。それもう警察がしょっちゅう来るから捕まえるわけですよ。だから入り口の人たちはそれできないわけよ。すぐ分かるから。で、警察が来たぞって誰かが言えば、この5軒から後ろだと全部閉まって隠せるから。5軒ぐらい後ろからこの御徒町の駅まで全部そういう店だった。そういう原始的なやり方だったんですね。
僕はここは開いて帰るもん。ここが闇市だったんですかね。ここはまだ違う。この辺から向こうだ。向こうだ。闇市。そう、そう。これだとサツが来ても隠せるじゃない。そっか。そこからその警察が来てもこっちまでだったら、来たぞって隠せるでしょ。そうか。だからリッチでそこで。ま、あの、向こうもだから入口から7軒ぐらいまでね。へえ。それでこういう細かい路地もね、なんか自然にこう路地になったんだね。へえ。今そういう店1軒もなくなったけどね。売ったらダメだっていうのはもうない。
57年間でこの街の変化とかは感じますか?うーん、あんまりいい風には感じないね、感じ方は。ああ、どうなって。だってあなた方わかんないでしょうけど、魚はね、築地の1日遅れの魚を買ってきてアメ横で売ったんですよ。残りも。今はマグロでもない。今違う。昔。今はもう買ってきたのを余ったら冷凍して、次の日また溶かして出してるから。下手すると腹壊しますよ。鮭って5枚で500円だとかさ。なんか10枚で1000円だとかって売ったって食べらんないですよ。しょっぱくて。市場からすれば、スーパーからすれば安いかもしれませんよ。だからあんな1週間も凍らしたり溶かしたり凍らしたり溶かしたりして、そんなの食ったら腹壊しますよ。
なんでそんな風になってたんすかね。儲かるからでしょ。売れれば。そっか。売れれば薄利多売で。だけど売れないすよ、今も。ああ。魚屋さん減っちゃったんだ。小さい頃から僕は見てるから。食べ物屋さんだったら美味しいものを安く提供するのは網子だよね。それと同じように僕も人のことじゃなくて、この歌だって要するに演歌の音楽でも、値段にあったもの以外は僕仕入れしないから。要するに2000円なら2000円の価値のある歌手さんの声で曲が入ってるものを全部僕試聴して、これ並んでるもの全部かけられるんですよ。全部かけて聞いてもらった上で買ってもらってるから。なるほど。このお店でね。そこはだからもう本当自信持って。そうですね。
何枚ぐらいこのCD置いてるんですか?500種類ぐらいなんだ。あ、500種類ぐらいあるんですね。だけど今もう300種類ぐらいになっちゃったかな。あの会社が作らないからね、今。へえ。そっか。もう今配信とかですもんね。ええ。だから来年はもうレコード会社全社CD作んないっていうのは結論出てんだよ。あ、そうなんすか。それでもこのお店をもう続けてく。ま、僕は僕なりのあのやり方があるから。じゃあもう死ぬまでやってこうっていう感じです。もうそれ決めてますから。
Did you shing? Yes. Where are you from? I... to last day in Japan. Last day in Japan.
え、チョコビ。チョコビ。チョコビ。これは、ラーメン。イエ、一蘭。Yesとか。Did you buy this? In ドラッグストア。Yes。あ、ドラッグストア。How much? All 300。ジャパン is チープ。
やばい、すけてるぞ。ノーノー、チープチープ、ベリベリチープ。
Why did you come to go this? Explore, explore in Japan and we going to... やばい、わかります。Thank you.
すいません。すいません。ちょっとアメ横で取材してまして、ちょっと食べてるとことか撮ってもいいですか?YouTubeなんですけど。何のYouTube?街録chっていうYouTubeなんですけど。街録、マジで。知ってますか?ありがとうございます。知ってます。知ってます。あ、ありがとうございます。
あ、え、こ、これたこ焼きですよね。はい。マヨネーズ多めです。マヨネーズ多め。見た目汚くて大丈夫です?あ、大丈夫です。大丈夫。あ、どうぞ。どうぞ。いただきます。ああ、いいっすね。ここって有名なんですか?有名よ。有名。昔はもっと安かったんですよ。昔は安かった。100円ずつ安かったんですけど。それ値上がりしたとしても500円じゃないですか。確かにめっちゃ安い。安くて美味しい。
お兄さんは何てお呼びすればいい?小原です。小原さん。はい。身かかるんですか?買い出しだけ。買い出し?はい。な、何なんですか?これ。自分の家のです。あ、普通に食材とか。へえ。どんぐらいのペースで来るんですか?月1ぐらいだったね。月1。大体どれぐらい買うんですか?冷えて食べる分ぐらいですよ。
ふーん。え、今家族はおられるんですか?家族はいないです。あ、1人だよ。ま、パートナーと2人で。パートナーさんと。え、今何歳なんですか?48です。48歳。え、お仕事何してるとか聞いてもいいですか?新宿二丁目のクラブで働いてるんですけど、今休職中で、この先どうかなるかわかんないんですよ。もうただの無職のホです。
なんでやめちゃったんですか?いや、やめてないですよ。ちょっと休職してる。でも戻れるかわかんないので。今なんか理由がなんかあるみたいで、ちょっと今休職してて、新しい仕事探さなきゃななんて思ってるんで、街録chをご覧の皆さん、是非お仕事があればお願いします。何系がいいとかあるんですか?新宿二丁目でずっと20年ぐらい働いてたんで、LGBTQ系だと嬉しいんですけど。あ、そっか。それゲイのお店。はい。はい。え、小原さんもゲイなんですか?そうです。そうなんすね。じゃあ、今男性のパートナーと一緒に暮らされてる。あ、そうです。そうです。
二丁目が好きで働いてたんで、動画を見てなんかこう貢献できるんだったらいいなと思うんですけど、ま、自分の仕事もね、生活も大事なんで、ま、お祝いが行く仕事ができればな。うー、なるほど。ていうか、でもタトゥーすごいっす、それ。そんなことないですよ。え、でも、え、腕だけですか?今。あ、肩と腕と足と。そうなんですね。これ稲妻。稲妻が好きで。あ、そうなんすか。はい。こっち何ですか?こっちはあのハワイのタトゥーと、僕奄美大島出身なんですけど、奄美大島のあの。そうだ。へえ。
海に乗って雨でやってきたみたいな続きをこう入れなきゃいけないんですよ。まだ続くんすね。続くんですけど、お金がないんで、これは街録chを見てる誰かに寄付してもらおうかと思って。よろしくお願いします。モニター何でもやります。そっか。
え、なんででもここまで買い出しに来るんですか?いつも。安いから。安い?熱いとこたこ焼きがあるから。ああ、そっか。いつも来るんすね、ここ。はい。え、今からなんか買われるんですか?二木のに行って、お出し買って、で、あとちょっと上野の肉で肉かなみたいな。
そうなんですよ。はい。じゃ、二木の、買ってきてもらって、買ったもの撮った方がいいですか?本当ですか?分かりました。持ってきます。はい、お願いします。
すごい。よし、いただきます。うん。う、めっちゃ美味しいっす。熱いけど。あ、ありがとうございます。
見てもいいですか?あの、いつも買うのは。はい。本当くだらない話ですよ。はい。これ、これ。これな、なんな、参考出しですね。参考出し、1100円です。1100円で50個入ってるんで。はい。結構これさえあれば1ヶ月ぐらいもちますよ。
あ、そうなんすか。味噌汁とかってことですか?そう、味噌汁もそうだし、なんだって、あの味付け物なんだって、みたいな。うん。
これやっぱアメ横価格だからそんな安いんです。僕ね、ここでしか売ってんの見たことなくて。へえ。多分どっかで売ってんだと思うんですけど、ここでしか売ってるの見たことないですね。
うん。そっか。やっぱ安いしめっちゃ入ってるし。めっちゃ入ってるし。お得です。これぜひお買い求めください。いい人見ろうと思うんで、よかったらこれあなたにお菓子。
え、いいんですか?え、いいんですか?これですか?どうぞ。お菓子あげます。ヌテラ。ヌテラ。ありがとうございます。ありがとうございます。いえ、とんでもないです。よかったらまた食べに来てください。僕の店じゃないけど。
お気をつけて。はい。じゃあね。またね。
夜になってお店はほとんど閉まり、飲み屋のようになってきましたね。
見てよ。さ、ありがとう。ありがとう。あ、はい。はい。なんか僕、見てたんですけど。はいはいはい。すごいことされてました。あの、何ですか?あ、えっとね、マジックやってます。マジシャン。はい。はい。
何さんですか?ツッチーです。ツッチーさん。はい。何歳ですか?今ね、49です。49。はい。今マジシャン1本で。ああ、そうっすね。暮らしてるんですか?はい。
ちょっとお金払うんで。あ、なんか見ますか?見てもいいですか?さっきのやつ見てもいいですか?なんか一通りやりましょうか?せっかくだし。あ、じゃあお兄さん特別です。ありがとうございます。ちょっと待ってね。
おお、やばいしょ、これ。おお。おお。これやばいでしょ。これ。やば。あんま見たことないし。もう1回。見たことない。もう1回行きますよ。ええ。ええ。
で、こっからは僕、今から手使わないで曲げるんで、ちょっとあの確認だけしてください、お兄さん。大丈夫か?いいよ。大丈夫。普通のフォークでしょ。
したらこれを俺、手使わないで曲げてくんで。多分テレビとかだとこうやってビュって曲げるのって見たことあると思うんですけど、今から曲げるのを俺、この状態で曲げる。え、ありえないじゃないですか、曲がってくるって。多分あんま見たことないと思うんですけど、曲がってきたら「お兄さん」とか言ってくださいよ。見えてる?行けよ、よく見てよ。
おお。やばいしょ。おお、やば、すごい。で、お兄さんが大きく言ってくれたから2倍曲げるよ。ええ。おお。形覚えといて、一瞬ね。え、ほえ。おお。戻った。で、お兄ちゃん、フィニッシュ行くよ。オッケー。フィニッシュ。
これやばいしょ。見える?こんだけバラバラに。おお。で、多分こっからが、あんまりみんなやってないやつをやります。マジすか?で、このボール使うんですけど。はい。これちょっとあの、お兄さん、ボールか確認だけしてて。できるね。よく見ててよ。お、す、やばい。
やばいでしょ。こっからは増やしてくから。お兄さん行くよ。ここ行った。おお。最後1個になっちゃう。これ。ええ。じゃあ最後、帽子見てくださいね。帽子ね。行けてよ。う、取れた。すご。
ありがとうございます。すごいっすね。ありがとうね。ありがとう。お兄さん、ありがとう。あ、すいません。こんなめっちゃ入れてく。はい。ありがとう。すごいっすね。
今何年ぐらいやられてるんですか?はい。あ、でもね、20年ぐらいやってます。20年?はい。マジック歴20年で。だからあと、なんか地方とかに呼ばれたり、あのお祭りとか呼ばれてたりして。営業とか。はい。そうっすね。
20年ぐらいは、はい。この手品だけで食えてるんですか?でも39の時に、思い切って仕事をやめて。なんかあの、前はあれだったんすよ。ずっと仕事と両立してやってるみたいな。土日だけ休みじゃないですか、普通の仕事って。それで終わったらこっち来てやってるみたいだったんだけど。うん。いろんなところ行って修行して。うん。今こうやって稼げるようになったっていうか。
すごいっすね。その時って家族とかいなかったすか?いや、別に結婚とかしてないから大丈夫だったんですけど。多分結婚してたらやれなかった。あ、ですよね。多分絶対やれない。
どんな系のサラリーマンですか?はんだごてとか使って、本当に機械の半導体とかの。ええ。あ、技術者だったんすね。そうっす。結構稼がれてたんじゃないんですか、当時って。
いやあ、どうだろう。ま、こっちでも稼いでたりしてたから。こっちでも稼げてたんす。そう、そう。ある程度、今までよりは、前よりは、昔はそんな稼げてなかったけど、ま、ある程度1週間暮らせるぐらいは、飯とか食べれるぐらいは稼げたから、だから土日だけやってみたいな。へえ。
え、でもやめてすぐ食えましたか?ああ、でも結構大変だったかな。いや、実際結構あの、こうやってパフォーマンスやる時と、こういうところでやる時と、やっぱりなんかでかいところでやる時、やり方変えないといけないから。あ、そうか。でかい会場でやる時。そう。そうすると人集めなきゃなんなくて。
それがなんか俺うまくできなくて。なんかこの流れのやつばっかりやってたから。で、そこですげえへこんで、めちゃくちゃ練習して。すげえ。1トップで集めれるようになったから。喋りとか雰囲気とかを、めちゃくちゃなんか仲良くやるとか。
なんか多分マジシャンとかって、うん、なんか習ったことじゃないけど、喋りとかがうまい人と悪い人とですごい関わってくるから。だから喋るのうまかったら、あのどんなに下手くそでも集めれればなんとかやれるじゃないですか、一応。人集めれるし。だって人集めれなくて、技術があっても、多分集まんなかったらその技術が誰にも見てもらえないから。だからそこを根本的にすごい練習して。
あ、そうか。喋りでこう、いかに人を集めるかみたいな。そう、そう、そう、そう、そう。へえ。ま、人と喋るのもこうやって好きだし、僕は。はい。だから向いてたんですね。5分間の中でどれだけこう、なんかその人に近づけて、すごい仲良くなれるかってのが一番大事。なるほど。それができればもう何でも稼げるという。
そうなんすね。ずっとこのアメ横でやられてるんですか?俺はなんかいろんなところでやってて。うん。うん。えっと、渋谷とかもやってたんですけど。はい。ここ結構ずっとやるようになってから、はい、なんかそこのお店の人とかいろんな人が、ここのお店もそうなんですけど、はい、盛り上げてよみたいな感じで言われるから。あ、そっか。この場所でやっていいよみたいな感じで言ってくれる。あ、そんな感じすね。へえ。
そんなすごい遅くまではやらないんですけど。はい。あんまり人に迷惑かかんないように、ちゃんと、なんだろう、挨拶とか色々ちゃんとして。僕ちゃんとゴミとか捨ててくるんすよ。なるほど。あの、自分がやった分じゃなくて。うん。うん。こことかで落ちてる缶とかを、とりあえず拾って入れてるんですね。あ、そうなんですか。
はい。使わしてもらってるじゃないですけど、なんか基本的に汚くなってたら迷惑じゃないですか?そうすね。絶対迷惑だから。だからなんかコンビニ行って買い物した時に、絶対袋もらって帰ってくる。わざわざこういうやつをね。はい。
おお。このアメ横って多分結構愛着あるし、昔からの文化大切にしてるところだから。うん。うん。ま、そういうのを見て、なんかいい街だなって多分歩いてる今の人たちが言ってくれたりするから、やってる価値はすごいあるなとは思って。うん。
ありがとうございました。いやいや、ありがとうございます。マジックまで見せていただいて。いやいやいや、ありがとう。気をつけてやって。
何のライブですか?YouTubeの街録チャンネルっていう。え、ちょっと、あ、いいすか?調べてみていいですか?終わりですか?はい。終わりです。終わりです。終わり。
え、何歳ですか?20歳です。20歳と。はい。学生ですか?俺は学、ここ2人学生で、こいつ就職します。就職。何の仕事されてるんですか?僕ホテルのレストランで働いてます。レストラン?何繋がりなんすか?元々。ここでなんか服好きで。はいはい。そう。それで同じ服屋さん行ってるみたいな。古着屋行っててみたいな感じなんですよ。2人だと多分相当よ。
今お酒飲んでますか?いや、7時ぐらいから居酒屋行って。はい。普通に2時間3時間飲んで。うん。パチンコ行ってみたいな。何杯ぐらい飲んでますか?え、でも、え、そんな飲んでないです。8、7、7、6、6、7、6ぐらい。7、6ぐらいです。7、6で全然大丈夫そうす。はい。まあ1回その戻したでしょ。1回戻した。こいつ。
よく来るんですか?アメ横って。いや、来ないっすね。いや、初めて見ましたね、こいつらと。いつも渋谷とかなんで。謎じゃね?いや、なんかあの、上野ってあれじゃないですか?外の席多いじゃないですか。はい。はい。そう。だからちょっと外の席で飲みたいみたいな話をして。うん。うん。安くて外で飲めるって言ったら、ま、上野しかないんじゃないかなみたいな。
上野って安いすか?いや、上野マジ安いっすね。あ、そうなんすね。全然渋谷より安い。いや、全然安いよ。ま、ま、ま、そうだね。ま、今日はちょっとご飯贅沢しちゃったからあれだけど、飲みだけだったら、まあ、2000円、3000円とかで。そうなんすか。はい。安いすね。
また繰り返し来そうですか、ここ?え、どう、どう、どう?いや、来てもいいんじゃね?え、でも近いよね。渋谷より近いよね。俺らは近い。そう。近いんすね。近い、近いんで。まあまあ結構ありかなみたいな。ええ、ま、そっか。安いし近かったら来ますよ。すいません。ありがとうございました。頑張ってください。
川崎から。いっぱい行くから大丈夫ですか?大丈夫ですか?
本当ですか?どれぐらい飲んだんですか?テキーラいっぱい飲みました。テキーラいっぱい飲んだ。1人で?残念から?帰っちゃった。わかんないです。今何時でしょうか?23時4分。もうすぐ日付が変わりますか?はい。大丈夫ですか?気持ち悪い。水もう1個いきます。ありがとうございます。
取材してまして。はい。YouTube。YouTube。はい。ちょうどなんか倒れてたんで。私は倒れてましたか?顔が映りますか?あ、ま、モザイクぐらいかけるのでいいですよ。はい。大丈夫?大丈夫ですよ。あ、ちょっとお水いただいていいですか?どう?
ここが上野ってことは分かりますか?アメ横。それは分かります。おお。もうちょっと休憩したら復活すると思いますので。ここはよく来るんですか?初めて来ます。初めてでテキーラ飲みまくったんすね。
大丈夫ですか?大丈夫ですか?いつもこんな感じになるんですか?いや、絶対。明日仕事じゃないですか?明日は特にやんなくてもいいかもしれないです、お仕事。あ、そうなんすね。ちょっとゆっくり目な日ですね。そうですね。気をつけてくださいね。まだ多分終電だと思う。もうちょっと休憩したらいけます。どうもありがとうございました。
取材してるんですよ。お、顔はちょっと。あ、そっか。じゃあ顔モザイクとか。何の取材ですか?ちなみに。YouTubeでアメ横の取材してましてみたいな。あ、この時間に。そうなんですよ。1日結構やるみたいな感じなんですけど。あ、そうなんですね。だからここで、そう、お客さん来ないかなみたいな。あ、そうです。そうです。感じでやってたんすよ。はい。
何さんとか呼べばいいですか?私、じゃあSで。あ、Sさん。はい。何歳すか?今。今23歳です。23歳?はい。何年ぐらいこのアメ横でガールズバーやられてるんですか?やってるんですけど、全然私は働いてそんな間もないですよ。あ、間もない。間もない。
へえ。え、なんでやろうと思ったんですか?普通になんか彼氏と別れたからみたいな。何年ぐらい彼氏と付き合ってたんですか?2年半とかですかね。ああ、結構長いっすね。なんか3年目の記念日に、うん、喧嘩しちゃって。ええ。え、じゃあもういいじゃん、別れよって言って家飛び出ました。私、彼氏の家で同棲してたんですけど。あ、同棲してたんすね。あ、してました。
なんで喧嘩したんですか?いや、もう普通に日々のストレスの積み重ねってあるじゃないですか、人って。うん。うん。溜め込んでたのがお互いバッて出て。ええ。最後何がそのきっかけになったんですか?え、逃亡癖があって、彼氏に。ほうほう。家になんか何日間も帰ってこないみたいなのがあったんですよ、頻繁に。それがまたあって、で、心配するじゃないですか、普通に同棲してるから。
そしたらなんかパッてまた何も言わず帰ってきて、もう心配したじゃんみたいな。ほほほ。言いたいことあるなら言ってよって、そんな逃げないでみたいな感じで言ったら、いや別に言っても解決しないだろうし、言っても無駄だと思うからって言われて、なんかブチってきて、もう今までのストレスわーって言ったら、彼氏えーんって泣いちゃって。
結構じゃあメンタル的に不安定な方なんですかね。ええ、かもしんないです。ああ、でも逃亡して何してたんすかね?え、わかんない。もうただただフラフラしてたんじゃないですか?友達の家とか行って。そっか。浮気とかされてたとこですか?え、わかんない。そこもわかんないすよね。何もわかんないんすよ。なるほど。
付き合ってだったら3年で、同棲自体は?2年ぐらいです。3年。あ、結構長い。じゃあもうちょっと結婚考えてたみたいな。いや、それはない。それはない。それはない。それはなんでないんですか?あの、相手が結構年上で、私があの、初めての彼氏だったんですよ。だから初めてで結婚はなんかなんとなく考えてなくて。そこは結構打算的なんですね。え、マジでもう成り行きで同棲しちゃったみたいな感じなんで。
え、相手何歳だったんですか?相手が12か11個ぐらい上。あ、じゃもう30前半とか。ああ、そうです。そうです。そうです。何で出会ったんですか?普通にネットです。あ、アプリ。ああ、もうなんかそんな感じですかね。あ、インスタとかそんな感じです。あ、もうそんな感じです。
へえ。最初は良かったんですか?最初の方は。最初はめっちゃ好印象でした。もちろん。もちろん。ああ。でもなんかだんだん粗が見えてきてみたいな。なんかラブホちょっと出してよとか。ラブホを割り勘してほしいってなったのはどれぐらいなんですか?付き合って。
え、付き合ってなんか1年目ぐらいで。なんかこう、遠距離だったんですよ、最初。え、どことどこですか?私が九州で、彼がこっちの人だったんですけど、それで私が遊びに来た時になんか、うん、ま、ラブホ泊まるじゃないですか。で、チェックアウトの時に、え、やば、お金ない。ごめん、ちょっと5000円だけ出してくんない?みたいな。ええ、みたいな。
確かにそれ九州から来といてそれは結構。そうなんですよ。しかも初めての彼氏だったんで、なんか何も疑問に思わなくて、その場では。あ、そうか。それもそういうのも普通なんだ。そう、そう、そう、そう、そう。そういう経験もなかったから、なんかあ、そういうもんなんだって思って出したんですけど、後から友達に相談してみたら、え、それやばいみたいな言われて、あ、やばいんだこれみたいな。
じゃ、だんだんその金額もちょっと上がってくみたいな。ああ、ですね。とか、なんならお金貸してとか言われたんで。何してる方だったんですか?最初はなんか配達員、普通の。でもそれをやめて、もうちょっと稼ぎのある仕事に就こうみたいな感じで考えてくれて、なんか倉庫のなんか、うん、製造業みたいなやつについたんですけど、それもなんかメンタルで落ちてやめちゃって。で、なんかお金足りないみたいな。へえ。そうなんすね。
じゃあ最初九州から遠距離で来てたけど、その彼氏を頼って上京したんすか?あ、ですね。もうでもちょっと自分も貯金があったんで、もうそれもちろんこう持ってくるというか、そういう感じで同棲は始めたんですけど。うん。そっか。じゃあもう飛び出した時にホームレスじゃないですか。そうなんですよ。
どうしたんですか?家は。本当にダサいんですけど、彼氏の親の名義で借りて。ほうほう。それでなんとか家はみたいな感じで。うん。でもなんかお互いにこう、何、生活費とかの稼ぎが相手はなかったから、それこそ私が昼頑張って働いてみたいな。へえ。感じで。
その彼氏の親名義で住んでたんですか?どっかに?あ、え、住んでました。住んでました。え、じゃあ別で家借りてくれたんですか?彼氏の親が。借りてくれました。やばくない?やばいっすね。え、今そこ住んでるんすか?え、知らないです。知らないです。もう彼も私ももうお互いに同棲解消して、で、お互いに別々の場所でみたいな。彼は実家に戻って、で、私は今友達とルームシェアしててみたいな。
うん。そうですね。九州に帰ろうと思わなかったんですか?で、よく言われるんですよ、めっちゃ。でもなんかダサくない?めっちゃその、何、彼氏と別れて鹿児島帰るって周りに言えないから。鹿児島なんすね、しかも。そうなんですよ。そんなダサいので帰れないから、なんか意地張っちゃって今シェアしてる。今じゃちょっとそこの意地とのこう、せめぎ合いじゃないけど、迷いもありつつみたいな。そうです。
あ、でももうすぐ出てくんですよ。ルームシェア解消して。うん。1人立ち。あ、東京で。東京で。じゃあ、まあ、一応東京にいようかなっていう感じなんですけど。あ、そうです。そうです。まだ25ぐらいまでは。あ、そうなんすか。うん。
え、なんでこの上野でガールズバーやることになったんですか?最初はこう、やっぱりその夜といえば六本木とか銀座とか、そういうの考えてたんですけど、でもなんかレベル高いし、整形しろって言われたんですよ。え、どこ行ったんすか?六本木?六本木と銀座どっちも行って、で、なんかその顔じゃ無理だから、お前整形しろみたいな感じで面接で言われた。面接でそんなこと言われました。そう、そう、そう、そう、そう。
最初六本木行って、次、あ、ちょっとだめだなってなって、もうすぐいきなり上野来たんですか?うん。上野はなんかこう、スカウト的なアプリがあったんですけど、それを通じてこうスカウトが来たんで。で、普段はうちバニーガールなんですよ。えっと、どこだよ?すぐそこのお店で、バニーガールのガールズバーなんですけど、バニーガールかって思って、別に脱ぐこと抵抗なかったんで、私。うん。じゃあここでみたいな感じで。
へえ。そっか。上野にしては給料も高いしみたいな。あ、そうです。そうです。上野のバニーと六本木キャバクラどっちが稼げるんすか?え、どっちなんだろう?でもガールズバーなんで、言うて。あ、そっか。そっか。上野の、あ、六本木ガールズバーと上野のバニー。いや、六本木の方が多分。あ、それだとやっぱ脱いでも。いや、そうなんですよ。脱いだ意味あんまりないみたいな。せっかく脱いだのに。そうなんすね。うん。
上野なら別に整形しろとも言われないし。あ、そうそうそうそう。とか、なんか人間関係も良さそうだったんで。もうそれで選びました。順位とかあるんすか?一応ガールズバー。いや、順位は今のところないですね。そうなんですね。もう多分その女の子の関係性崩れちゃうんで、それこそ。うん。あ、そういうことしたら。そう。だからなんかうちはそういうランキングとかないです。競争とかも。
働いてみてどうですか?え、めっちゃいいですよ。超いい。え、人間関係?マジで。へえ。くそいいですよ。え、優しい。みんな優しいし、なんか女の子特有のギスギス感がないです。あ、そうなんすね。派閥がないです、うちマジで。へえ。
今でもここ何時間ぐらい立たれてるんですか?まあ、1時間経ったぐらいじゃないですか?あの、今日結構平日だから、うん、暇っていう感じ。いや、暇ですね。でもイベントなんで、その女の子の指名のお客さんはちょこちょこ来るんですけど。うん。その新規のお客様がやっぱり来ないですね。制服だと多分印象が薄いというか。ああ。よくあるじゃないですか、コンセプトで制服って。だから多分あんまりこう声かけられないというか。うん。あ、ベタすぎてみたいな。ベタすぎて。そう。そう。普段はバニーなんで。
そっか。普段バニーで、今制服イベントで。そうそうそうそうそうそう。制服着てるんすね。そうそうそうそうそう。そうなんですよ。バニー着てるから、別にこういうのに恥ずかしさみたいなものないですか?いや、こっちの方が恥ずかしい。こっちの方が恥ずかしい、さすがに。嫌なんですよ。早く脱ぎたい。そうか。どうやったら戻れるんすか?お客さん連れて行けるまで立っとけみたいな。ですね。一応そんな感じです。
じゃあしばらくここ続けようかなみたいな。でもなんかガールズバーって若い子が多いイメージなんで。ああ、で23歳すよね。23歳です。って若くないんですか?夜のお店とかガールズバーで見たら、多分中間とか、よくいるねって感じだと思います。だから25より上になっちゃうと、なんかガールズバー感が自分的にない気がして。ガールズバーもうちょっと年齢低めなんすか?だと思います。とかバニーガールなんで、やっぱり。そっか。そう。肌見せる仕事なんで、ちょっと年齢的に厳しいところが出てくるかなって。
肌のコンディション的に。いや、そうなんですよ。垂れてる胸とか嫌じゃないですか、バニーで。いや、でも25歳はまだ垂れなくないですか?いや、垂れないですけど、なんか個人的にこう。あ、そっか。ちょっと気になるし。そう、そう、そう。なんかミニスカとかがそもそも、なんか25より上の人が履いてるとちょっと痛いみたいな年齢になってきちゃうから、バニーもその感じで。抵抗あるんすね。抵抗あります。
へえ。じゃあまあやるなら25ぐらいまでかなみたいな。ですかね。え、その後帰るんすか?じゃ、九州のどっかに。あ、なるほど。ちょっと地元はなんか何もないんで嫌なんで。九州のあれね、福岡とか熊本とかどっかで働こうかなみたいな。ですね。おお。え、なんかやりたいことあるんですか?え、全然ないです。マジ適当。
そっか。ま、だって彼氏をね、追ってこっち来た。え、そうなんですよ。だから何も資格もないしみたいな。ああ、その辺の不安はあるんすか?あ、もちろんありますよ。あるに決まってるじゃないですか。そっか、そっか。ありそうか。ずっと夜職ってより、普通にまあ25までこれやったとしても、昼で、ま、働けたらなみたいな。うん。いや、そうですね。できれば、うん。
お店どこなん?お店すぐそこですよ。4人。4人?あ、4人。何?えっと、ガールズバーです。あ、いいね。いいね。いいね。あ、行きます。あ、本当ですか?やった。ありがとうございます。え、めっちゃ暇です。ごめんなさい。めっちゃ暇でした。行こうかな。こっちです。こっちです。こっちです。いや、違う。こっち。こっち。道路のあっち側。じゃあ、ありがとうございます。バイバイ。バイバイ。
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