140kgと18歳の糖尿病、半年で70kg減量、そして繰り返したリバウンド。やせるくんが5年かけて見つけた「無理をしないダイエット」
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜TikTokでダイエットのウォーキング配信をしている「やせるくん」は、最大で体重140kgあり、18歳で糖尿病と診断された。その後、半年で70kgを落としたが、うつ状態とリバウンドを何度も繰り返した。インタビュー時点で25歳、もうすぐ26歳になる。身長165cmで体重は78kgだという。街録chのインタビューで語ったのは、幼少期から止まらなかった食欲、極端な減量とその反動、後に双極性障害と診断されるまでの経緯である。そして、ダイエットの目的そのものを考え直すまでにかかった時間についても話している。
現在は78kg、急がずに70kg台前半を目指す
やせるくんが165cmの適正体重として挙げたのは59kgである。当面の目標は70kg前後で、本人は「正直、73kgくらいで細マッチョになれると思う」と話している。以前は無理なダイエットで半年に70kg落とし、その後リバウンドを繰り返して体を痛めつけた。その経験があるので、今はゆっくり急がずに目標を目指しているという。筋トレと有酸素運動を並行し、筋肉をつけながら体重を落としてきた。
仕事は発信活動だけで、収入の柱はTikTokのライブ配信である。動画の収益は現状ゼロで、これから動画でも収益を得られるようにしたいと語っている。
母の再婚と、祖母のハムマヨ食パン
生まれは兵庫県三田市。幼稚園の頃に両親が離婚した。理由は実の父親の浮気で、本人も知っており配信でも話しているという。母親は、このままでは自分と2歳上の姉がしっかり育たないと考え、2人を連れてひとり親家庭で育てると決めた。
小学4年生の頃、温泉で働いていた母親が、同じく温泉で働く男性と出会って同居を始め、のちに再婚した。母親はいきなり「新しいお父さん」として紹介しなかった。最初は「仲いい人」として一緒に温泉や食事に行き、警戒心がほどけた頃に、実は付き合っていると正直に打ち明けた。そのおかげで抵抗なく父親として受け入れられたという。両親は自分たちの欲しいものを買わず、子どもたちの習い事や学費、やりたいことにお金を使ってくれた。やせるくんは2人から十分な愛情を注がれたと振り返る。
体重が増え始めたのは幼稚園の頃で、小学1年生の時点で身長130cmほど、体重は50kgあった。本人が「食の目覚め」として覚えているのは、2〜3歳の頃に祖母が作ってくれた、食パンにマヨネーズを大量にかけてハムをのせたものだ。家族はおかわりしたり残さず食べたりすると褒めてくれた。そこから太っていったという。
母親は体重を止めようとしていた。病院の医師から、扁桃腺の関係で喉が狭くなっていて、50kgを超えたら手術だと言われたこともある。やせるくんは、それが事実だったのか脅しだったのかは分からないと話す。実際には50kgを超えても手術はなく、脅しでも食欲は抑えられなかった。低学年のうちは出されたものをおかわりする程度だったが、小学校中学年になると引き出しを開けて隠れて食べるようになった。小学6年生で80kg。ただ、自覚できるような健康被害はまだなかった。
ガキ大将、愛されキャラ、そして肉割れ
体が大きく力も強かったので、小学校ではガキ大将のようなリーダー的存在だった。いじめられたことはない。ただ、他校の子に「デブ」と笑われる嫌な経験はあった。野球は10年間続け、チームでは「ぷにぷにや」といじられる愛されキャラだった。小学校では外野を守った。体の大きい子はキャッチャーを任されがちだが、防具の紐が止まらず断念した。足はとても遅かったという。
中学でも3年間野球部に入った。周りから「中学に上がったら部活で痩せるよ」と言われ、それなら食べても気にしなくていいと受け止めた。給食は何度もおかわりし、友達の分ももらった。結果、痩せないまま中1で80kg、部活をやめた中3で120kgになった。家での食事も「進化」した。休みの日は朝から冷蔵庫の肉を勝手に焼いて焼肉にし、ラーメン、菓子、アイスを食べて寝る。両親から「痩せた方がいいよ」と言われることはあったが、食べられないと不機嫌になり、仕事中の母親に電話して空腹で泣いたこともあった。家は裕福ではなかった。食費がどれほどかかるかは大人になってようやく分かり、それでも習い事を続けさせ、勝手に食べた分を補充してくれた母親に感謝していると語る。
思春期に入ると女子の目も気になった。一番気にしていたのは腹の肉割れで、太るにつれて上へ広がり、中2でへその上まで達した。プールの授業が憂うつだったという。肉割れは皮膚が伸びに耐えきれずにひび割れたもので、やせるくんは撮影中に腕や腹の跡を見せた。痩せた今も伸びた皮膚が余ってたるんでおり、一生消えないと話す。
これを周りから馬鹿にされたことはなく、友達には恵まれていた。一方で、本来は人と話すのが得意なタイプではなかったとも振り返る。静かなキャラだといじめられる可能性があるので、ガキ大将のように振る舞い、太っていることを自分からネタにして明るく見せていたのではないか。今あらためてそう思うという。
120kgの中学生活と「たぶん病気だった」食欲
120kgになると日常生活に支障が出た。しゃがむと制服の股が破れることが何度もあり、汗の臭い、冬に体から立つ湯気、足の臭いにも悩んだ。学校に冷房がなく、汗でテストの用紙が破れることもあった。
それでも食べるのをやめられなかった。やせるくんは「多分病気だと思う」と言い、過食症という言葉を使って説明する。満腹になっても、気持ち悪くなるまでとにかく詰め込んでしまう。後に20歳を過ぎて半年で70kg落とした頃からは過食嘔吐もするようになり、それが最近まで続いていたという。
高校で140kg、マヨネーズをかけ続けた日々
高校ではアルバイトを始め、自分のお金でコンビニやラーメン屋、焼肉屋に通うようになった。朝から焼きそばや唐揚げにマヨネーズをかけ、マヨネーズご飯に醤油をかけて食べた。とにかく何にでもマヨネーズをかけていたという。母親は朝のうちに弁当と夕食を作り置きしてくれていたが、それを夕方には食べてしまう。さらに外食もし、帰宅後にまた夕食を食べた。
野球部には好きだから残っていたが、100kgを超えると体が動かなかった。朝練をサボり、走るメニューにはついていけず外周を歩き、足が痛いと言って筋トレに回った。腹筋はきつかったが、ベンチプレスやダンベルなど器具を使う種目では部内で一番力が強かったという。試合にはほとんど出られず、結局高校で退部した。空いた時間でアルバイトと買い食いが加速し、120kgから140kgへ増えた。140kgに達したのは高3の頃である。
体重で物も壊れた。実家のトイレの便座は今もひびが入ったままで、ベッドの板は真っ二つに折れた。自転車のパンクは50回ほど。ただ、自転車はむしろ誰よりも速かったという。下り坂だけでなく平地や上りでも速く、本人は筋肉のおかげだろうと話す。授業中に椅子を後ろに傾けたら脚が曲がって転倒し、口を切って保健室に行ったこともある。
高校でもいじめはなく、愛されキャラだった。聞き手に「それに甘えていた面もあるか」と問われると、やせるくんはあったと思うと答えた。周りの人が良かったから太っていてもいいと思えた。もし遠ざけられたりいじめられたりしていたら、学生時代に痩せていたかもしれない、と自分で分析している。
高1で出会った好きな子とはLINEを続けていたが、好意は一切見せなかった。自分なんかとは付き合えないと思い込み、自信がないと本音を言えなくなるという。親はこの頃にはほぼ放置で、諦められていた。本人は中学で肉割れが出た頃から「やばい」と感じ、おそらく何百回もダイエットに挑戦した。しかし三日坊主どころか一日坊主で終わり、「自分に甘くて弱かった」と振り返る。
「140kgで止まる」という無敵感と、18歳の糖尿病宣告
高校卒業時にやりたいことはなく、太っていて暑いのがつらかったので、涼しくて楽そうな屋内の仕事がいいと考えた。そこでドラッグストアで薬を販売できる登録販売者の資格を取るため、専門学校に2年間通った。
体重は140kgのまま止まっていた。どれだけ食べてもそれ以上は増えず、本人はそこが自分の限界で、人間はみんなそのあたりが上限なのではないかと思っていた。知っている有名な太った人たちも140kg前後が最大だったからだ。その時の気持ちを聞かれると「無敵です」と答えている。何を食べても太らない無敵状態が来たと思い、食べては寝る生活を続けた。
18歳のとき、専門学校の健康診断の尿検査で数値がすべて真っ赤になった。太っているから仕方ないと思っていたが、すぐ病院で再検査するよう求める書類が届き、再検査で一発で糖尿病と診断された。思い返すと前兆はあった。アルバイト中に立っているだけでひどく喉が渇いて何度もトイレに行き、頭痛が毎日あり、食べるとすぐ眠くなった。高校までは片道10km、往復20kmを自転車で通学していたが、専門学校では電車通学になり、歩く距離も短かった。動かずに食べ続けたことで健康に響いたのだろうと本人は考えている。
告知は軽い調子の「糖尿病ですね」だった。しかし、若くしてなる病気ではないうえ、足が腐る、目が見えなくなるといったイメージが強く、聞いた瞬間は絶望したという。実はその少し前、たくさん食べているのに体重が10kgほど減っていた。本人はそれも「無敵状態」だと思っていた。
診断後は一度生活を変えた。味噌汁と野菜を多くし、ご飯とおかずを減らして、2か月ほどで10kg痩せた。しかし当時はまっていた二郎系ラーメンがおいしすぎて食欲に勝てず、また太った。挫折すると通院をやめ、薬も自己判断でやめた。「命どうなってもいいや」という自暴自棄の状態になり、ストレスがたまると食べた。業務用スーパーの弁当箱のような大きなアイスやケーキを次々食べたが、おいしいのは最初だけで、胃袋を満たすためだけに食べていた。そんな時期が専門学校の2年間ずっと続き、出席日数はぎりぎりで卒業した。両親はとても心配したが、痩せるかどうかは結局本人次第だった、と本人は言う。
うつ、引きこもり、そしてインク工場
卒業後は就職する予定だったが、うつ状態になった。家でゲームをして引きこもり、また食べる。やりたいことが何もなく、自分には何もできないと思っていた。ベッドから起き上がるだけで息切れし、生きていること自体がしんどかったという。
母親は家にいさせてくれ、「信じてる」と声をかけ、求人チラシに印をつけてくれた。その愛情を感じて何とか働きたいと思い、約半年のニート期間を経て、母親が見つけた近所の工場に就職した。働きながら痩せられてお金ももらえるのがいいと考えたのも理由だった。
インクを製造する工場で、防毒マスクを着けてインクを撹拌し、重いドラム缶やビーカーを運ぶ重労働だった。熱中症になり、太った人が立ち仕事をすると起きやすいという足底筋膜炎にもなった。痛みで四つんばいになり、「しんどいです」と泣いたこともある。それでも仕事を覚えるのに必死で、ダイエットどころではなかった。帰っては食べる日々で、体重は5kg減の135kg程度にとどまり、これまでと同じパターンだった。
「痩せたら付き合ってほしい」で入ったスイッチ
転機は「運命の恋」だった。相手は高1で出会い、卒業後もLINEで仲良くしてくれていた、あの好きな子である。やせるくんはその子に「痩せたら付き合ってほしい」と伝え、「いいよ」と返事をもらった。見た目をあまり気にしない子だからこそ卒業後も仲良くしてくれていたのだろうと思い、思い切って言えたという。
なぜそのタイミングで伝えたのかは、本人にも分からない。ずっと動けなかった自分に急に仕事へのやる気が湧き、ダイエットにも火がついた。ずっと痩せたいと思っていた気持ちと、大好きな子への気持ちが重なり、痩せる理由ができた。付き合ったときに彼女が太った人と歩いていると思われたくない、という思いもあった。聞き手の「自分のためだけに頑張るのは限界があるのか」という問いには本当にそう思うと答え、その子のために痩せることは自分のためでもあったと付け加えた。
半年で140kgから70kgへ、その代償
減量は最初から全開だった。食事は1日おにぎり2個、約800kcal。本人の見立てでは、当時の運動量なら2,500〜3,000kcal食べても痩せられたはずだという。朝1時間歩いてから出社し、8時間歩きっぱなしの工場勤務をこなし、帰宅後に1時間筋トレをする。この生活を半年続け、140kgから70kgになった。最も食べていた時期の摂取量は1日2万kcalほどだったと本人は推測する。一度カロリーを計算しながらドカ食いしたときに、1万kcalは余裕で超えたからだ。
最初の月は最高で16kg、翌月も10kg以上落ちた。見た目が変わっていくのが楽しかったという。一方で睡眠は1日2〜3時間しか取れなかった。空腹になると生存本能で睡眠より食べることを体が優先するからだ、と本人は説明する。食べたくなると好きな子とのLINEを見返し、無理やり眠った。
聞き手が健康面を尋ねると、やせるくんは「健康的に絶対良くない」と即答した。この時期は「ハイ」になっていたという。後に双極性障害と診断され、太っていた時期がうつ状態、一気に痩せた時期が躁状態で、その両極端を行き来していたと本人は理解している。躁状態だったので、減量中はそれほどきついと感じなかった。
ただ最後には体力が尽きて倒れた。睡眠不足のうえ、免疫が落ちていたのか、鶏刺しを食べて全身に発疹が出た。救急車を呼んだが意識があったので自力で病院へ行くよう言われ、会社に迷惑をかけたまま休職し、退職した。半年で70kg痩せたことには命の危険もあった、と本人は語る。21歳頃のことだ。
その後、同窓会に出ると、同級生から「めっちゃ痩せたな」と驚かれ、先生たちも寄ってきた。これはとても嬉しかったという。ただ、好きだった子は東京で夢を追っており、兵庫にいるやせるくんとは結局付き合わなかった。痩せたら付き合おうという約束だけで、その先のことは何も考えていなかった。恋愛経験がなく、毎日会いたいタイプの自分に遠距離は無理だと判断したという。
車の営業とパワハラ、2度目の転落
痩せて自信がついたやせるくんは、やりたかった営業職を選び、稼げるという理由で家の近くの自動車販売会社に入った。入社してすぐ、その会社の不正が大きなニュースになった。社内のパワハラもひどかった。同期は新卒2人と本人の3人で、「生きてる意味ない」「死んだ方がいいんちゃう」といった言葉を浴びせられた。本人がいた頃は手を出されることはなく、以前よりは「だいぶマシ」だったという。それ以前には、後輩を裏に連れて行って下半身を脱がせ、ホースで水をかけることもあったと聞いた。社内ではコンプライアンスを厳しくする方向に変わりつつあったが、暴言は直らなかった。
同期の2人が辞めると、残ったやせるくんが標的になった。営業成績は3人の中で最も良く、10件中2件ほどの契約のうち1件で大きな利益が出た。本人はたまたまだとしつつ、若い頃に身につけた「嫌われないように明るく振る舞う」ことが成約につながったのかもしれないと話す。それでも雑務を押しつけられ、こなしきれずに責められた。約半年でうつと診断されて退職し、ここでもリバウンドした。
再び半年ほど引きこもり、手当を受けながらゲームに没頭して過食し、死んだ方がいいと思うほど自暴自棄になった。この頃にはすでに躁うつと診断されていた。本人は流れをこう整理する。学生時代はずっと太っていて、一気に70kg痩せて躁状態になり、その勢いで働いてパワハラを受け、またうつ状態になる。その繰り返しだった。体重は70kgから100kgまで、30kg増えた。
失意の中で始めた配信が「たまたま」刺さった
手当を受けながら何かできないかと考え、やせるくんは動画投稿を始めた。YouTuberへの憧れは高校時代からあった。友達に「太ってるし面白いしダイエット系でいけるやん」と言われたこともあり、自分もYouTubeが好きでよく見ていた。当時は自信がなく人目も気になって踏み出せなかったが、大人になって友達が減り、付き合う相手が絞られてきたことで挑戦できたという。始めたときはうつ状態で元気はなく、何かしないといけないという気持ちだった。
動画は再生数100回程度で反響はなく、本人によれば今も伸び悩んでいる。ただ、ビフォーアフターのショート動画は一気に600万回ほど再生された。動画は1日1本程度しか上げられず時間が余ったので、たまたまライブ配信をしてみたところ、多くの人が見に来て「ダイエット頑張れ」「応援してるよ」と声をかけてくれた。ウォーキング配信を続けるうちに投げ銭がもらえるようになり、これで生活できると分かって本格的に移行し、手当も打ち切った。
本人の見立てでは、ダイエット動画はライバルの多いレッドオーシャンだが、TikTokでダイエットのウォーキング配信をしている人はいなかった。そこにダイエットしたい人が集まってきたのは運が良かったと話す。視聴者には「一緒に頑張っています」「やせるくんを見て痩せました」と言ってくれる温かい人が多く、その人たちに救われたという。
応援してくれる人に当たってしまった減量企画
配信を始めた頃も無茶なやり方をしていた。いかにもYouTuberがやりそうな「3か月で15kg痩せる」というチャレンジ企画を立て、実際に達成した。食事を大きく減らし、運動と筋トレを重ねた。この時も躁状態だった。終盤は何も食べずにウォーキングし、低血糖でイライラしながら配信した。リスナーが「無理しないで」と心配してくれても、「やるって言ってるから」と突っぱねてしまった。本人は「ほんまに申し訳ないことした」と振り返る。当時は痩せることが正義だと思い込んでいた。聞き手が「極端な話、1日0kcalで延々と筋トレするような状態か」と聞くと、そんな感じだったと認め、低血糖になれば飴をなめてしのいだという。
この経験から学んだのは、余裕をなくして大切な応援者に当たってしまえば人は離れていく、ということだった。痩せることより先に、家族や視聴者を大切にできなければ人として良くない。本人はそう痛感したと話す。
実際にファンは離れ、自分も過食し、視聴者も減るという悪循環に入った。配信や投稿のモチベーションが下がり、またうつ状態になって1か月で20kgほど戻り、90kgになった。2か月後には90kg以上が続いていた。聞き手は140kg、70kg、90kgと変遷する写真を見比べて驚いた。うつの期間は何もできず、動けずに食べて太った。それでも「このままじゃいけない」という抵抗もあり、もがくうちにまたダイエット企画を始めた。新しいファンがつき、配信がうまく回り始め、ダイエットも成功した。ただ躁うつはまだ治っておらず、1日20〜30km歩く配信をするなど、再び無理を重ねていた。
配信を休んで気づいたこと
この「無理をする」サイクルは約5年続いた。やせるくん自身は、治ったのは2か月ほど前で、躁うつも完全に治ったのではないかと思っていると話す。
気づいたのは次のことだった。無理して痩せても、応援してくれる人や家族に心配をかけ、がっかりさせてしまう。無理をしても誰も喜ばず、自分が達成感に浸っているだけの自己満足だった。応援してくれる人が喜ぶのは、無理に痩せることではなく、健康で幸せで精神的に安定している姿だ。
5年の間にも気づけそうな機会は何度もあった。それでも今回気づけた理由を、本人は焦りの有無で説明する。それまでは配信をやめると収益がゼロになって生きていけないと考え、精神状態がおかしくても配信を続けて生活費を稼いでいた。今回は1か月ほど配信を休み、自分が本当は何をしたいのかという声を聞いた。20〜30km歩いたり断食したりするダイエットは本当にしんどく、それを隠して笑顔で配信するのもしんどい。そう気づいて、ようやく自分を大切にしようと思えたという。
無理なダイエットをしていたこの時期、過食嘔吐もしていた。精神状態について躁うつの診断を受けたのは4か月ほど前だという。過食嘔吐について、やせるくんは「痩せれるのは痩せれる」としながら、「絶対にしたらいけない」と強調する。お腹がパンパンになるまで食べても吐けば太らない、という快感を覚えてしまったが、精神的におかしくなり、生きる意味が分からなくなった。ダイエットの目的は心と体の健康、幸せになることのはずなのに、真逆の行為をしていたと話す。
マンジャロのような薬や胃を小さくするバイパス手術も何度も考えた。しかし注射も手術も副作用も怖く、「多分結構ビビリなんやと思う」と言って試していない。
今のダイエットと、これから
現在は1日2,000〜2,500kcalをとり、ご飯などの炭水化物もしっかり食べるローファットダイエットをしている。健康を中心に据えたことで体重も食欲も安定し、本人は「今が超幸せ」と言う。何よりメンタルを最優先にし、食べたいものは食べすぎない範囲でちゃんと食べ、食欲も感情も無理に抑え込まない。ストレスのかからない生活を心がけているという。
恋人は人生で一度もいない。以前はモテたい、彼女が欲しいと思ったこともあったが、今はそうした気持ちはない。ただ、夢や目標を支えてくれるパートナー、結婚相手はいつか欲しいと話す。今の夢は、しんどい思いやつらい思いをしている人に「こうやって変われるんだよ」と希望を届けることだ。無理をしすぎず、楽しみながら細マッチョになれることを広めたいという。
目標の体型に届いたら、次はそれを維持しながら、余った腹の皮膚を切除する手術を考えている。美容系の企業からDMでモニターの依頼が来ているが、納得のいく体型を無理なく維持できるようになり、知名度も上がってから頼もうと考えているという。発信は今後も続けたいと話す。両親は「やりたいことをやり」と背中を押してくれている。やせるくんは両親に恩返しがしたいという気持ちが強く、そのためにもっと成功して家族の大黒柱になりたい、と語ってインタビューを終えた。
小学校1年生でもうすでに50kg体重が。小6で80kg、中3で120kg。朝ご飯から焼肉とか唐揚げにマヨネーズかけまくって食べたり、業務用スーパーのめっちゃでかいアイスがあるんですよ、弁当箱みたいな。それをバクバク食べたり。2万kcalぐらいは取ってたと思うんです。お腹いっぱいになっても気持ち悪くなるぐらいまでとりあえず入れ込むみたいな。
だからマックスの140になるんですか? マックス140になりましたね。140以上はもう何食べてもどれだけ食べても行かなかったです。もう無敵な状態来たなっていう感じで食べまくって寝まくって、で糖尿病になったんですよ。
アルバイト中に立ってるだけで運動してないのにめっちゃ喉乾いて何回もトイレ行くみたいな。ベッドから起き上がるだけで息切れ。だからもう生きてるのがしんどい。それでも鬱みたいな。
もう命どうなってもいいやみたいな。運命の恋をしました。痩せたら付き合ってほしいっていうのをもう伝えたら、ダイエットのスイッチが完全に入りましたね。
1ヶ月で最高16kg痩せて、で、次の月も10kg以上痩せてみたいな感じで、半年で70kg痩せました。やっぱ楽しくもなっていきましたよ。
それはそれで健康的に大丈夫なんすか? 健康的に絶対良くないす。良くないっすよね。ハイになってたんです。ああ、そっか。で、後々なんですけど、もう僕双極性障害って後々診断されて、そっから鬱なってリバウンドしたんすよ。
よろしくお願いします。こんにちは。加藤と申します。よろしくお願いします。お願いします。
やせるくんってお呼びしてもよろしいですか? はい。体重140kgの糖尿病から70kg減量して、今現在もダイエット中っていう様子をネットにアップして発信してるみたいな。そうです。はい。あ、そうなんですか。
今体重何kgなんですか? 今体重が78kgです。70kgぐらいまでは行きたいなって思ってるんですけど、ま、無理なダイエットして半年で70kg痩せたんですよ。はい。で、そっから何回もリバウンドとか繰り返して体も痛めつけてしまったっていうか、その経験があるからとりあえずゆっくり急がず70kg目指してるって感じすね。
身長は何cmですか? 身長165です。165cmの適正体重とかってあったりするんですか? 適正一応59です。うーん、なるほど。やっぱだいぶ上なんですよね。
でも今だから普通に筋肉質というかガッチリ体型ではありますよね。筋肉つけつつ体重落としつつみたいな。そうです。ああ。筋トレと有酸素運動一緒にしてたから、筋肉つけながら痩せることができましたね。
そうなんですね。今そのお仕事的にはその発信活動1本っていうことなんですか? 1本です。あ、そうなんですか。メインがTikTokの配信だけですね。収益で言うと。なんか動画では収益ゼロ? そうなんす。そうなんですよ。TikTokって動画って収益つかないんですか? つくんですけど、ま、配信メインで行こうと思って。でもこれから動画でも収益いただけるようにしたいなとは思ってるんですよ。なるほど。
へえ。言われてから順番にこの経歴を聞いてくっていう感じなんですけど。うん。今年齢は何歳ですか? 25でもうすぐ26です。26歳。はい。生まれはどこなんですか? 生まれは兵庫県の三田市ってとこです。
へえ。ご両親は何されてる方だったんですか? 再婚したんですけど、お母さんは温泉で働いてて。へえ。で、再婚したお父さんも温泉で働いてて。ま、家庭の事情で幼い時に離婚して、ほんで、小学校4年生ぐらいの時に、新しいお父さんとお母さんが温泉で出会ってそっから同棲してるして。兄弟は2歳上のお姉ちゃんが1人だけいます。
お姉ちゃんいて。離婚したのは幼稚園ぐらい? そうです。で、離婚の理由も知ってて、これも配信とかで普通に言ってるんですけど、前のお父さん、血の繋がってた人がすごい浮気したりして。あ、そうなんです。そうなんですよ。それでお母さんがこのまま育ったら僕とお姉ちゃんがしっかり育たないっていうことで、僕とお姉ちゃん連れて母子家庭で育てるって決意してくださって。
小4で新しいお父さん来てどんな心境なんですか?それは。そん時は最初新しいお父さんだよみたいな感じじゃなくて、その辺もお母さんがすごい気い使ってくれてっていうか、仲いい人だよっていう感じで温泉みんなで入りに行ったり食べに行ったりして、警戒心を緩めた状態で徐々にそのご飯行ったりっていうのを繰り返したから、いい人だなっていう感じで。実は付き合っててみたいなのを正直に話してくれたんで、それで警戒心もなく、なるほどねみたいな感じでした。
再婚するとかってなった時は普通にもうお父さんとして受け入れられたっていう感じ? 受け入れました。はい。新しいお父さんもこう愛情をちゃんとくれる方? もうすごい愛情をくれて、お母さんもお父さんもそうなんですけど、生活費とかも全て自分たちの欲しいものとか買わずに僕とお姉ちゃんの習い事とか学費とかやりたいことに全部使ってくれて、すごい愛情をお父さんもお母さんも注いでくれましたね。
体重がこう増え始めるっていうのはいつからなんですか? そのいわゆる肥満というか。体重が増え始めたのがもう幼稚園です。あ、そうなんですか。はい。小学校1年生でもうすでに50kg体重が。それは結構すごいですね。すごい、そうなんですよ。だって身長で言うとまだ130ぐらい? それぐらいすね。
なんでその増えてったんですか? 実家にいた時に僕のおばあちゃんがすごい可愛がってくれてて、食パンにマヨネーズ大量にかけてハムのせたハムマヨ食パンみたいなのを食べさせてくれて、それが2歳、3歳ぐらいの時なんですけど、めっちゃ覚えてて今でも。そこが食の目覚め。へえ。で、やっぱり家でもお代わりしたり残さず食べたらめっちゃ褒めてくれる家族で、そっから太っていきました。
なるほど。小1で50kgだから。それでもそん時はご両親とかも褒めてくれるというか食べていいよみたいなスタンス? いや、もうその時はお母さんが痩せさせないといけないっていうことで、これが事実か嘘か分からないんですけど、病院の先生に「それ以上太ったら手術」って、喉の扁桃腺が閉まってるから危ないから、若干脅しみたいな感じで食べるのを止めようとしてたんすけど、止まらなくて食べて。50kg超えたら手術って言われとったんですけど、普通に超えても手術とかなかったんで、脅しでも効かないぐらい食欲制御できてなかったです。
ああ。でもそれぐらいの幼少期の時ってまだその食生活を親がコントロールするじゃないですか。はい。隠れてたとかそんなことなんですか? ああ、そうですね。小学校の中学年ぐらいになると引き出しとか開けてバクバク食べるようになってましたね。でも小学校1年生とか幼稚園の時は与えられてたものを食べて、まぁお代わりっていう感じで太って。
へえ。小6ぐらいにはどんぐらいになってる? 小6で80kg。すごいっすね、小6。そん時ってその自分が分かるぐらいの健康被害みたいなのがまだ出てないんですか? 全くないんですよね。ああ。
小学校の時とかはどんなキャラクターだったんですか? ずっと幼稚園から体がでかかったんで力も強かったし、言ったらなんかガキ大将みたいな。あ、そうなんですね。クラスの中でみたいな感じで、リーダー的存在やったとは思います。
へえ。確かにそんな小1で50で小6で80あったら、喧嘩とか売ってきたり、別に太ってるからなんかいじめられたりとかなさそうすよね。ないんですよ。そう。だからいじめられたことがなくて、ただやっぱり太ってたから違う学校の子に「デブや」って見て笑われたりっていう嫌な経験もしていきました。
へえ。普通にじゃ、友達とかはいた感じですか? 友達はめっちゃいましたね、たくさん。野球してたんで。あ、野球やってたんすか? そうです。10年間してて、やっぱ野球でもすごいでかいみたいな感じで、ま、いじられキャラっていうか、ぷにぷにやみたいな感じで愛されキャラでもあります。
へえ。小学校の時は外野でしたね。あ、外野やってたんですか? でかいやつはキャッチャーっていうのあるんすけど、エピソードあって、キャッチャー道具が入らなくて断念した。防具の紐が入らなくて「止まらへんわ。じゃあもうやっぱ無理やな。やめよう」っていう。それで下ろされるとかあるんすね。ありましたね。はい。
足は速かったんですか? めっちゃ遅かったです。あ、そうす。でも外野って結構走りそうじゃないですか? そうですね。カバーとかも行くんでね。ま、サボりながら。あ、そうなんですね。
身長の伸び具合で言うと普通の小学生ぐらいなんですか? 小学生の後半ではやっぱ1番高いぐらい後ろだったんですけど、だんだん中学生となってきて周りが伸び出して、僕が早めに身長が伸び切っちゃったんで、もうだんだん前になっていった。へえ。
中学でも野球部? そうです。中学で3年間野球部でした。中学で何kg行くんですか? 中1の時80kgで、中3で部活やめてから120kg。あ、すごいっすね。中学上がったら部活で大体痩せるよって言われてて、だから食べるのも別に気にしなくていいんじゃないみたいな話をまぁみんなでしてて、真に受けて。食べるの大好きやから給食とかも何回もお代わりしたり友達のもらったりしてたら、むしろ痩せずに太っていってました。
ああ。家ではその相変わらずそのハムマヨトーストとか食べてたんですか? もう中学の頃進化しましたね。ほうほう。中学で休みの時とかは朝ご飯から焼肉とか、ま、自分で焼いてなんですけど食べたり、ま、ラーメンで。お菓子ももちろん、アイスとか朝から食べて、で昼もなんか家にあるお菓子とか、ま、アイスみたいなの食べて寝てみたいな生活をしてましたね。
すごい。焼肉ってその肉は自分で買ってくるんですか? 肉は冷蔵庫に入ってるやつ。勝手に使う。そっか。お母さんの献立計画も破壊しつつ。そうなんですよ。
ご両親そん時は言ってきますか? やめといた方がいいよみたいな。いや、もうやっぱ幼稚園ぐらいからずっと太ってたんで、ま、ちょっと言われるぐらいですね。痩せた方がいいよって。食べれなかったら不機嫌になるんすよ。なるほど。ご飯まだ?みたいな。お母さん仕事で頑張ってくれてるのに電話かけてお腹空いたって泣いたり。
めっちゃ大変だったんですかね?その食費とか食生活。めっちゃ大変やと思います。はい。ま、それで家もその裕福な家庭じゃなくて、そん時は裕福じゃないとか知らなかったんで、食費が大人になってからすごいかかるんやって自分でやっと気づいて。で、そんな中でも習い事とか、ま、ご飯も勝手に食べてなくなってるのを補充してくれたりしてたお母さんにもやっぱ感謝してます。
ああ。お姉ちゃんって何個離れてるんですか? お姉ちゃん2個です。ああ、じゃあ中学とかだったらちょっとかぶってたりして。かぶってましたね。食べすぎるのやめて、恥ずかしいみたいな感じじゃなかったです?お姉ちゃん的に。僕が修学の時もすごい先輩に可愛がってもらうタイプで、その2個上の先輩と一緒に遊んでたりずっとしてて、可愛がってもらってたんで恥ずかしいとかも全くなかったです。へえ。どちらかというとお姉ちゃんもちょっとぽっちゃりしてました。
ご自身的には思春期に差しかかるにつれ、こう女子の目とかも気になってくるじゃないですか。その辺どうでした? いや、気になってましたね。やっぱり周り恋愛もしてるんですけど自分はできずっていうので。1番気になっとったんがお腹の肉割れなんすよ。ああ。はい。その辺がだんだんと太っていくにつれてお腹の肉割れが上に上がっていくんですよ。おへその上ぐらいまで中学校2年生の時来とって、そこがプールの授業とかも気になるところでしたね。妊娠っていう。
肉割れってあれどういう仕組みでできてくんでしたっけ? 肉割れは皮膚が伸びて皮膚が耐え切れずひび割れていくみたいな感じなん。筋トレしてる人も筋肉がでかすぎるとこの辺にストレッチマークみたいな肉割れができるんです。こことかもこれで、こんなすごいんすよ。この辺まで全部肉割れしてて、分かりますか?これ肉割れの跡なんすよ。そうなんすよ。で、これめっちゃ腕もでも暗とかここも伸びるんですよ。
その皮が余っちゃってるってことなんですよね。その伸びた時の分が。お腹がやばくて、いいですか? はい。ちょっと閲覧注意ぐらいなんですけど、こんなお腹もすごいす。こんな感じですか? だから今痩せてもそん時伸びた分が余ってるから、ちょっとたるんだように。そうです。なってるんですね。
へそまで上がるってどういうことなんですか? この辺すね。全部こうやって上に上がってきて。へそより上がってくるってことですね。そうです。そうです。で、これがもうやっぱ一生消えない。一生消えないすね。消えないすよ。これが中学生の時の1番今でも覚えてる気になってたとこですね。
それを周りから馬鹿にされることはなかったんですか? なかったです。言われたことなくて、ほんまにいい友達ばっかりでした。でもキャラクター的にはこう男子の中では友達は多かった。その辺がちょっと難しくて、いじめられないために陽気に振る舞ってたっていうか人気者になってたっていう感じで。あんまり人と喋るのとかも根本的にそんなに得意なタイプじゃなくて、ただ静かなキャラだったらいじめられる可能性があるから、すごいガキ大将みたいな感じで振る舞ったり、明るく元気に振る舞ってたんじゃないかなって今改めて思いますね。
へえ。むしろそのちょっと太ってることをネタにしてたぐらいではあったんですか? あ、そうです。太ってることすごいネタにしてましたね。そうなんですね。だからもうそれで保ってたというか。そうです。そうです。
それでも最後120kgですか? はい。それは生活に支障出てきましたか? もうすごい支障出てきて、もうすでに中学の時に制服の股が破れるとか。しゃがんだら。おお。何回も脱いました。股も含めてで、パンツも見られるし、やっぱ汗も臭いし。冬になると湯気が出たり。蒸気で。とか足も臭いし、夏のない学校だったんで、もう汗だくで、もうテストの用紙破るとか。うお、すごいっすね、それ。そのレベルで。
それでもやっぱ食べるのをやめれないすよね。やめれないす。多分病気だと思うんすよ。過食症っていう満症、もう止まらないんですよ。お腹いっぱいなっても気持ち悪くなるぐらいまでとりあえず入れ込むみたいな。
過食嘔吐みたいなことしてたんすか? それが大人になってからダイエット始めて、それが最近まであって。だからそん時は過食で、20歳になって半年70kg痩せてから、ま、こって、過食嘔吐もしたことあって、その辺から繋がっていくんですよ、だんだん。
高校でだからマックスの140になるんですか? マックス140なりましたね。3年生ぐらいですかね。でなりました。うん。そん時はどんな生活だったですか? 高校なってからバイトとかも始めて自分でお金出してコンビニで食べたり、ま、ラーメン屋さんとか焼肉屋さんとか行くようになって。朝ご飯で言うともうさっきの水焼きそばにマヨネーズかけまくって朝から食べたり、唐揚げにマヨネーズかけまくって食べたり、マヨネーズ、ご飯、醤油みたいな。へえ。とりあえず何でもマヨネーズかけて食べてました。
マヨネーズ本当やばいっすね。マヨネーズって。やばいす。それも自分の分は、だって周りの家族別の飯食ってるんですよね。朝に弁当とか夜ご飯の分も作って置いてくれてるんですよ、朝ご飯とかまとめて。で、それを夕方ぐらいに食べちゃうとか。で、お腹空いたら自分で作って食べるみたいな。しかもその帰ってくる前に外食とかしてたりするんです? あ、そうです。そうです。外食行った後もちゃんと夜ご飯食べて。
それは1人で食ってたりしたんすか?外では。もう1人でも行きますし、部の友達とかとも外食、マ道とか定食屋さんとか行ったり、ラーメン屋さん行ったりしました。そっか。その状態で一応野球部まだ入ってるんすもんね。そうですね。入ってて。
動けるんすか?その100超えて野球って。動けないんすよ。で、練習もついていけず、朝もサボったりしたり、もうランメニューなんてついていけずに外周歩いたり、常に足とか痛かったんで痛いって言って筋トレメニューしたり。筋トレもでもきつくないですか?そのもうお腹もバーンみたいな感じで。腹筋とかはきついんですけど、なんかスクワットとかでも、なんやろ、ベンチプレスとかダンベル、器具使う系やったらやっぱ1番パワーが強かったし良かったですね。
そっか。で、野球好きやから野球部には入ってるって感じなんですか? あ、そうです。野球好きやったんで野球部入ってるって感じですし。試合とかってさせてもらいましたか? いや、朝練とか遅れていくとやっぱ出れないんで、全然出てなかったすね。しかもサボってるんで高であのやめました。あ、やめた。そうです。で、バイトして買い食いとか。そっか。やめてからがさらに時間できたから加速してったんすね。そう。120から140。うわあ、すごいな、それ。
140kgとかってなんか物壊しちゃうとかなかったんですか? あったんですよね。実家のトイレの便座今でもひび割れてて、ベッドに寝転んでたらドンってなってベッドの板が真っ二つに折れとったり。で自転車パンク回数は50回ぐらいしてると思います。焼酎。
自転車とかもあんま進まなくなってくるんじゃないですか? 逆にめっちゃ速いんすよ。めっちゃ速いんですよ。なんで速くなる? 坂道の下りとかやったら誰よりもプーンってめっちゃ速くて。あ、そっか。下りはすごそうすね。下りす。でも上りとか普通の道でも、筋肉すごかったんですかね。もう誰よりも速かったですね。
へえ。筋肉質ではあったんですか? めっちゃ筋肉質ですね。やっぱガキ大将でずっと続いてて、足は遅いけどパワーめっちゃ強い。4本足の普通の学校の椅子あるじゃないですか。で、こうやって後ろにもたれる時に後ろの2本で支えてぐらってよく学生あると思うんですけど、それをした時に1本の足がグイって曲がって、ドンって授業中こけて、口切れて歯で出血して、授業中に保健室行ったり、頭打って。恥ずかしかったです。
それ高校では別に周りから何も言われなかったです? 高校でもいじめられたりそういうことなくて、愛されキャラみたいな感じで、高校でもいい人に巡り会えたと思う。ええ、なんか人に恵まれてんすね。でもそれによってそれに甘んじてたみたいなとこもあるんですか?このキャラやからいいかみたいな。あったと思いますね。周りに人が良かったから太っててもいいんだみたいなのがあって。もし周りにデブやからって言って遠ざけられたりいじめられたりしてたら、もしかしたら学生時代痩せとったかもしれないでしょう。確かにそこも要因としてあるんかなとか思ってる。はい。あると思いますね。
彼女とかってできましたか? 彼女できてなくて、でも好きやった子はいたんですよね。好きやった子いたんすね。LINEとかはしてたんですけど、好きっていう感情を出したりは一切、もうゼロでしたね。ま、そこも自分に自信がなくて、やっぱ自分なんか付き合えないとか、自信がないと思いとか本音を言えなくなるんすよ。だから何も伝えれてなかったんです。へえ。
親からはなんか言われてたんですか?その時って。放置状態でしたね。諦められてます。はい。結構病的ですよね。そういうやっぱ自信ないとかいうとこがありつつ、やっぱやめれないっす。どっかでやばいなとかは思ってないですか? 肉割れできてきた段階からもうやばいなって思って、そん時にめっちゃ痩せたいと思ってやったんですけどできなくて。それは中学ぐらい。中学ぐらいで。で、もうその間にも多分何百回もダイエットして、3日坊主、1日坊主みたいな感じで無理やった。
一応心にはいたんすよね、そういう。もう小学校の時からというかずっとですね。抑えよう抑えよう、でもやっぱ食べよう食べよう。自分に対しても甘くて弱かったと思うんです。
高校出てからどんな進路行くんですか? 高校卒業してからもうやりたいことがなくて、楽で涼しいとこがいいって思った時に、ドラッグストア涼しいし楽そうやなみたいな、もう軽い考えで。そん時やっぱ太ってるから暑いんすね。そうです。暑いんです。絶対室内がいいってことで、登録販売者っていうドラッグストアとか薬局で働く、薬を売れる資格みたいなのがあって。へえ。それの専門学校に行ってましたね。
それ何年行くんですか? 2年行きましたね。2年行って。はい。で、そん時は140キープ。140キープでずっと行ってて、で、そこでついに尿検査引っかかったっていう感じなんですよね。うん。で、もう140がやせるくんのこう、太るポテンシャルとしての頂点やったってことなんです? あ、そうです。ほんまその通りで、140以上はもう何食べてもどれだけ食べても行かなかったです。もうそこが僕の限界で、なんか人間全員そこなんかなって思って。周りの結構有名な太ってる人も140マックスの人おって、130とか。
140以上行かないってなった時はどんな気持ちなんすか? じゃあもう食ってもいいやんってなるんですか? 無敵です。何食べても太らない。もう無敵な状態来たなっていう感じで食べまくって寝まくって、で糖尿病になったんですよ。そっか。
なんで尿検査を受けることになるんですか? 学校の健康診断で尿検査した途端、全部の数値真っ赤で、ま、太いからしゃあないと思ったんですけど、1個重要な書類みたいな来て、今すぐ病院に行って再検査してくださいみたいな感じで、尿糖値が高い、やばいってなりまして。でもなんか兆候出てたんすよね。アルバイト中に立ってるだけで運動してないのにめっちゃ喉乾いて何回もトイレ行くみたいな。あと毎日ずつとか、食べたらすぐ寝るとか。その辺からやっぱ糖尿病になってたんだなって思います。
それが何歳の時ですか? 18。あ、18歳。高校の時大丈夫っておっしゃってたじゃないですか。その18歳で何がどうだったんですか? この時は運動してたからかもしれないです、今思い返したら。自転車通学で片道10kmで往復20kmの自転車こいでたんですよ、高校の時も。専門行った瞬間電車通学で歩く距離もめっちゃ短かったんで、動かずその食べまくってたら健康に支障が来たんだと思います。
再検査して、ま、一発糖尿病で絶望しました。なんて告げられるんすか? 軽く「あ、糖尿病ですね」みたいな感じで。糖尿病って怖い病気っていうのも知っとったし、若くしてなる病気じゃないんで、糖尿病イコールやっぱ足が腐っちゃうとか、目が見えなくなっちゃうみたいなイメージが強くて、ま、聞いた瞬間は絶望でした。
へえ。逆に痩せてくるみたいに言うじゃないですか。糖尿病になったらなんか体の脂肪とか使ってでもエネルギーとして使いたいみたいなんで。そこまでは行ってなかったんすか?まだ。いや、行ってたんすよ。あ、行ってたんすか? なんかめっちゃ食べてるのに10kgぐらい減って、これもう無敵やと思って食べてる。もうこれ無敵状態来た。
糖尿病言われて生活は変わるんですか? 生活は1回変わったんですよ。味噌汁、野菜をいっぱい食べて、ご飯もちょっとだけにしておかずちょっとにするみたいで、ま、10kgぐらい減ったんですよ。でも止まらなかったですね。痩せたっていうので嬉しかったんですけど、二郎系にはまっててそん時。もうそれが美味しすぎて食欲に勝てなかったです。痩せたのにまた太ったっていうので挫折して、通院もやめて薬も勝手にやめて、また体重も太って、もう命どうなってもいいやみたいな感じになって行きましたね。
それ10kg痩せたのはどれぐらいで痩せれたんですか? 10kgもう2ヶ月ぐらい。ああ。リバウンド1回目しちゃったのもまだその在学中ですか? 在学中です。ただほんまに学校もギリギリ、出席日数もうほんまギリギリでした。だらけて怠けて、もう食べて寝て、朝もだるくて起きれなくて、でも卒業しないといけない。ギリギリの出席数を計算して。
糖尿って言われてからはそのご両親何も言ってこなかったんですか? いや、もうめっちゃ心配して、早く痩せてっていう感じで、心配かけました。ああ、結局本人すもんね。そうなんです。本人なんですよね、痩せるか痩せないか。
それ失敗してからもう死んでもいいかなみたいなぐらいになっちゃうんですか? なって、もうどうなってもいいやって、もう自暴自棄になりましたね。そこのストレスをまたその食うことで埋め合わせるみたいな。そうです。もうストレス溜まると食べちゃうんすよ。そん時はまっとったんが業務用スーパーのめっちゃでかいアイスがあるんですよ、弁当箱みたいな。それをバクバク食べたり、ケーキ食べたり。そこでストレス解消してました。
もうあんま美味しいとも思ってないじゃないですか。食うために食ってるみたいな。その通りで、美味しいはやっぱり最初だけなんすよ。胃袋を満たすより美味しいって感じなんすけど、箸止まらない。その期間が2年間ずっとでしたね。で、卒業って感じですね。
そっからどうするんですか? こっからもう色々あって、もうその自暴自棄になってた時期で、ほんまは就職するんですけど、鬱となったんすよ。で、鬱なって家におったら、ゲームして引きこもってまた食べて、暗い日々を過ごしてましたね。
鬱っていうのはどんな気持ちでその鬱状態なんですか? やりたいことが全くなくて、自分なんか何もできないと思ってましたし、起き上がるだけで息切れしちゃうんすよね。マジっすか?寝てる状態からこう体勢起き上がらすのに、ハアハアなるみたいな。そうです。そうです。もうだからもう生きてるのがしんどい。動くのがしんどいから、もうそれでも鬱。
へえ。家にはいさしてくれたんですか?そんな。もうずっといさしてくれて、お母さんも優しくて、信じてるって言って、職場とかもここあるよってチラシとかマークしてくれて。その愛を感じたから、なんとかしないといけない、なんとか働きたいって思って、やっと就職したって感じです。
そのニート期間ってどれぐらいだったんですか? ニートは半年ぐらいです。お母さんがチラシで見つけてくれた近くの工場。工場行く理由が痩せたいのがあったんで、ダイエットしながらお金もいただけるのいいなっていうことで工場に就職したっていう感じですね。
工場って痩せるんすか? もうすごい重労働で。あ、そうなんですか。どんな工場なんすか? インク作ってるとこで。防毒マスクみたいなして、インクを確とか混ぜたり、重いもの持って運んだり、ドラム缶、ビーカーとか使って作るっていう、汗だくになりまくりながら働いてました。
耐えれたんですか? もうね、泣いてました。いや、泣きますよね。はい。もうしんどすぎて熱中症にもなりましたし、足の裏の足底筋膜炎っていう、太りすぎな人が立ち仕事してたら土がめっちゃ痛くなるんですよ。もうそれがきつすぎて四つん這いになって「しんどいです」って泣いたりしてました。
それは続けるんですか? 続けて、もうそこで運命が激変して。普通にそん時は働きながらちょっとだけ痩せたっていう。5kgぐらい、135ぐらい。でもしんどくて、仕事覚えるのにやっぱ最初必死なんで、ダイエットもしたいけどそれどころじゃないな、帰って食べてみたいな繰り返して、あんま痩せなかったです。それ結構今までのパターンに近い感じですよね。全く一緒で。
え、そっから。そこから運命の恋をしました。あ、ほうほう。そこが繋がって、月冬前に、それが高校1年生で出会った好きな子。あ、さっきおっしゃってた好きな子。そうです。その子と、ま、LINEとか続けて、常に仲良くしてくれとったんで。その人に「痩せたら付き合ってほしい」っていうのをもうなんか言ったんですよね。恋の力がすごくて。
その人いいよと。いいよって言ってくれて。やっぱ見た目とかあんま気にしない子やから卒業しても仲良くしてくれとったんかなと思って、で思い切って伝えたら「いいよ」って言ってくれたんで、もうダイエットのスイッチが完全に入りましたね。そうなんすね。そっからでした。
え、なんででもそのタイミングで伝えようって思ったんですか?その「痩せたら付き合って」みたいな。なんでなんですかね。恋の力はほんまに分からなくて、もう急に、鬱で動けなかった自分が仕事のめっちゃなんかやる気が出てきて、ダイエットももうやる気で。なんでなんすかね。急に爆発したんすかね。そっか。
ずっと痩せたいと思い続けてた自分もいるし、それがやっぱほんまに大好きな女の子への気持ちと重なって、痩せる理由を自分で作ったっていうのと、恋の。その子ともし付き合った時に太い人が横におったら、その子太いやつと一緒に歩いてるとか思われたくないっていう、それがマッチしたと。
へえ。やっぱ、ま、自分のためだけに頑張るのってなんか限界あるってことなんですかね。いや、ほんまにそう思います。でもその子のために痩せるのは自分のためでもあるから、やっぱ繋がってきましたね。
そっからじゃあうまくいくんですか? めっちゃうまくいって、半年で70kg痩せました。ああ、そっか。それが。そっか。140から70kgです。
何から始めたんすか?まず。まずいきなり飛ばしまくって、1日おにぎり2個。ま、800kcalぐらい。僕のそん時のカロリーが多分2500、ま、3000kcalぐらい食べても痩せれるぐらいの運動量やったんすけど、めっちゃ食事減らして。で、朝起きたら1時間歩いてから会社行って、8時間ずっと歩きっぱなしの肉体労働の工場勤務した後、帰ってから1時間筋トレっていう。基本的にその生活を半年間続けて、半年で70kg。すごいっすね、本当に。もうこれはやばいっす。
すご。ちなみにマックスカロリー取ってた時の1日のカロリーっていくらだったすか? 多分ね、2万kcalぐらいは取ってたと思うんです。1回食べまくった時にカロリー計算してたんですけど、1万kcal余裕で超えてて。全盛期の2万から800kcalにしたんすね。はい。1ヶ月で最高16kg痩せて。ええ。
やっぱ楽しくもなっていきましたよ。で、やっぱめっちゃ落ちやすいんですよ、最初。ゴールデンタイムで、ダイエット初月で16kgで、次の月も10kg以上痩せてみたいな感じで、だんだんと見た目も途中で変わっていくんです。そっか。で、そこでも楽しくなって。
めっちゃしんどいんすけど、睡眠時間も1日2時間、3時間ぐらい。寝れないんですよ。ダイエット中って飢餓状態で、人間の機能でお腹空いたら何か食べないと死んでしまうっていう生存本能が働いて、睡眠より先になんか食べてっていう感じで寝れなくなるんです。そっか。もうそれのたるものが発動したんすね。そうです。危機が。そっか。でも食べたい時でも女の子とのLINEを見返して、無理やり寝るみたいなのやってましたね。
そっか。だから2時間睡眠とかなるんですか? 2、3時間。すごいっすね。寝れなかったですね。それはそれで健康的に大丈夫なんすか? 健康的に絶対良くないすね。良くないっすよね。ハイになってたんですよ。ああ、そっか。
で、後々なんですけど、もう僕双極性障害って後々診断されて。だからめっちゃ太ってた時が鬱状態で、そこから一気に痩せてめっちゃ元気になってハイになってっていう、この両極端な2つで、鬱になっていくっていうのがあったんですよ。そう。半年70kgは躁状態っていうのもあるから、そんなにめっちゃきつかったなってこともないですか? そうなんすよね。
もちろん最後の方は体力的に動けず倒れたりしたんですよ、最後。そっか。寝てないから。もう寝てなくて、で、なおかつ鳥刺し食べて全身蕁麻疹出て。多分免疫がめっちゃ下がってるんで、ダイエットで。生の鳥の抵抗がなくて。救急車も電話したんですけど意識あったんで、ま、そのまま病院来てくださいって感じで行って。でそっから、ほんまに会社にも迷惑かけちゃったんですけど、仕事を休職してやめるっていう流れになっていったんですけど。
へえ、そっか。じゃマジ結構普通に危ないこと。めっちゃ危ないです。命の危険はやっぱ半年70kg痩せたらありましたね。そん時が21ぐらいでしたね。で、やめて。そっからはどうするんですか?
で、僕がそん時にやめて、で同窓会行ったんですよ。その好きな、恋をした子がいたんすけど、その子東京で夢を追いかけて、僕が兵庫県やったんで結局付き合わなかったんすよ。あ、そうなんですか。一応俺痩せたから付き合尚親みたいな感じでは行ったんですか? いや、言ってなくて。もうその間にも連絡もいっぱい取ってたんですけど、痩せたら付き合おうだけで、何も後は先考えてなくて、そん時はハイやったと思うんすけど。
だからその子と遠距離恋愛になるっていうとこまで全く考えてなくて。毎日会いたいって思うタイプ。恋愛経験ないし、そのタイプやから東京と遠距離無理やなってことで付き合わなかったんですよ。へえ。体調的にはちょっと回復して、同窓会で会ったけど好意は実らず。そうです。そうなんです。
同窓会でもめっちゃ嬉しかったんがやっぱみんなの反応がもうすごかったっすね。お前めっちゃ痩せたなみたいな。学校の先生もめっちゃ寄ってきてくれて。すげえ。
仕事はどうするんですか? 痩せてからやっぱ楽しくなってるんで、やりたかった営業に行ったんです。めっちゃ自信ついてます。そうです。自信ついて、車販売する営業で。そこでも色々あって。稼げるから行ったんですけど、家の近いとこに。パワハラがやばかったんですよ。そうなんですか。そうです。そこからまた第2のターニングポイントというか。でそこで初めて鬱を診断されたんですよね。あ、パワハラで鬱みたい。
そうですね。僕と同じタイミングに入った新卒2人と僕、3人いたんですけど、もうみんなすごい、生きてる意味ないとか、死んだ方がいいんちゃうみたいな。もうとんでもないコンプライアンス違反のパワハラで、ま、そういう会社やったんで上も。で、僕と同じ同期の2人がやめて、で、僕残り1人になったら、やっぱ標的にされて鬱なってやめる。そうなんすよ。あ、そうなんです。
で、それが2024年の7月に入社したんですけど、入った瞬間大ニュース。へえ。不正があったみたいな。で、パワハラも内部やばかった。そうなんですか。僕がいた時はだいぶマシやった。その死んだ方がいいとか。手は出されなかったんすけど、聞いた話だと、後輩を裏に連れてって下半身脱がせて、ちんちんを出した状態でホースでピシャーってやったり。
やせるくんがじゃ主にこの言葉のパワハラ。そうです。言葉で。やっぱ社内もコンプラは厳しくしていきましょうっていう感じで変わっていっとったんで、ま、でもやっぱ口では治らない。へえ。
営業自体はできたんですか? ラッキーで運よく、その他の3人よりは稼げたんですよ。たまたまなんですけど、だから営業は全く問題なかったですね。そういう運欲パターンがあるんですね。粉欲パターンが多分若い時に培った、嫌われないように明るく振る舞うっていうのが、たまたま成約に繋がった。
でもそういう結果出しててもパワハラされるんですか? されるんですよ。そうなんですか。雑務を全部押し付けられるんで、その雑務ができなくて。ま、契約もたまたま取れたんですけど、そんな10件中、ま、2件のうち1件が利益めっちゃ出たみたいな感じやったんで、もうやっぱすごい雑務も押し付けられるって感じでした。
そこはどれぐらい続けたんすか? 半年ぐらいですね。そっから鬱なってリバウンドしたんすよ。ああ。またじゃあちょっと引きこもりみたい。あ、そうです。引きこもりニートになって、また半年ニート。失業手当をもらって、で、もうゲームに没頭して、ま、鬱なってたんで、また過食して。そん時もう自暴自棄になって死んだ方がいいなみたいな。そん時すでに双極って診断されたんすよ。
で、これが戻って、学生時代からずっと太かった過去で、一気に半年70kg痩せて躁状態になった、ハイ状態になって、ハイのうちに働いてパワハラを受けて鬱なったことで、また鬱状態。だから時系列的に繰り返してるんですよ。へえ。でそこで100kgまで食べすぎて、70から30kg超えるんすね。リバウンドしてって感じですね。
その鬱状態どれくらい続くんですか? 鬱はまた半年すね。半年。で、そこもほんまに運命が変わるっていうか、失業手当も頂いとったんですよ。パワハラでやめて、傷病手当かみたいな、頂いてて。いただきながらなんかできないかなって。で、そこでSNS、YouTuberになりたいって思ってたんで、太ったしダイエット動画でも投稿するかっていう形から動画投稿。配信したら、あ、めっちゃダイエットで見に来てくださる人が増えて、投げ銭いただけるようになって、そっからシフトチェンジ。傷病手当も解除してっていう感じで繋げたって感じす。
YouTuber、なんでそれYouTuberやりたい? これも高校時代とかにYouTubeがめっちゃ流行り出して、ダイエット系で、太いしおもろいしいけるやんみたいな友達に言ってもらったりして。で僕自身もYouTube好きでめっちゃ見とったんすよ。で、いいなって、楽しそうでやりたいって思ってるけど、自分自信がなくて周りの目線も気になるしできなかったのが、大人なってからやっぱ友達も減っていって厳選されていくんで、今やったらできるかなっていう感じで挑戦できました。
そのタイミングでも最初鬱状態で始まってるか。あ、そうですね。鬱状態であんま元気なくて、最初の投稿はなんかしないといけない。へえ。多分ダイエットするタイミングで気合は入れとった。
結構最初からすぐこう反響あったというか。あ、動画は全然反響なかったんですよ。再生数も100回とかで、ま、今も伸び悩んでるんですけど動画は。ま、でもビフォーアフターを載せるともう一気に600万再生ぐらいショート動画行ったりして、めっちゃ伸びたんですよ。
やっぱ楽しいってなって、ま、動画あげる時間も限られてるし、1日1本ぐらいやとしたら時間余るなと思って配信をたまたまつけたら、めっちゃ見に来てくださって。へえ。ダイエット頑張れっていう感じで、応援してるよっていうことで。ちょっとずつ普通にウォーキング配信をしてたら投げ銭をいただけるようになって、あ、これで生活させていただけるんだと思ってから、そっちの方向に本格的に行きました。
ダイエット系の人ってなんか他にもいそうじゃないですか。言ってもそれはやっぱ配信してる人が少なくて差別化できたみたいな感じ? ほんまにその通りで、ダイエット動画投稿はめっちゃ。うん。
(ライブ配信は)やたらレッドオーシャンっていうか、ライバルがたくさんいるんですけど、ほんまたまたま自分のしたい配信がダイエット配信で、TikTokなんですけど誰もしてなくて。
へえ。
ダイエットウォーキング配信みたいな。だからダイエットしたい人がめっちゃ集まってくれたっていう。そこでも運良かったのかなって思います。
うん。
視聴者さんも「一緒にダイエット頑張ってます」とか、「ダイエット応援してます」とか、「やせるくん見て痩せました」とか、ポジティブな人、温かい人が多くて、その人たちに救われましたね。
ダイエットのやり方で言うと、無茶なやり方してたっていうのはその時ですか?
もうそん時もしちゃってましたね。15kg痩せみたいな。
ザ・YouTuberがやりそうなチャレンジ企画。
みたいな感じでやって、実際成功もしたんですよ。これが配信スタートの時。
うんうんうん。
で、これでスタートして3、4ヶ月後これになったんですよね。
へえ、顔もめっちゃ変わりますね。
そうですよ。
え、こん時何したんすか?
もう食事めっちゃ減らして、で運動しまくって、筋トレも。それでもハです。
なるほど。
そういう状態。最後の方はもう食べずにウォーキングして、低血糖になりながらイライラしながら配信して、リスナーさんが「無理しないで」って心配してくれてるのに、「もうやるって言ってるから」みたいな感じで、ほんまに申し訳ないことしました。
そっか。やっぱもうやりすぎて短気になっちゃうんすね。
短気になるんですよ。
ああ。
やっぱストレスが一番良くないって今は色々経験して分かるんですけど、当時は痩せることが正義って思い込んでて。
え、じゃあ極端な話、1日0食で永遠に筋トレしてるみたいな。
そうです。もうそんな感じですね。で、低血糖になったら低血糖の飴を舐める。ただやっぱりこの辺でもめっちゃ勉強になったんですけど、大切な応援してくださってる人に対してそういう対応をしちゃう。余裕がなくなってしまう自分がすごい悪くて、あとその応援してくださった人がやっぱ見に来なくなるっていう。
まあね、確かに。結局人柄とか込みで絶対見てくれてるし。
そうです。ほんまにそうで。だからやっぱり痩せるよりも先に、家族とか応援してくださってる視聴者さんとか、その人たちを大切にできないと人間として良くないっていうのも、マジで勉強させてもらいました。
そっか。それでもまあ3ヶ月で一応15kg痩せて。
はい。
そっから、でも結果、またリバウンドしちゃうんですか?
そうなんですよ。そっからまたうつになるんですよ。
ああ、繰り返し。
そうです。ほんとメンタルと一緒に体型が全く変わって。で、そこでうつになった理由が、怒りながらダイエットしたじゃないですか。
はい。
で、ファンが離れるんですよ。
うん。
で、自分も食欲して、視聴者も減ってるみたいな負のループに入って。
へえ。
配信のモチベとか動画投稿のモチベーションも下がって、リバウンドしちゃう。
ああ、明らかにアンチコメントみたいのも増えてきて、「あ、マジ? これただその場を見たいだけの人しかおらんな」っていうので落ち込んでいくみたいな。
そうです。ほんまにその通りです。1ヶ月で20kgぐらい。
また90だ。
90になって、2ヶ月後にはもう90kg以上をキープしてっていうか。
ええ、せっかく痩せて細マッチョになったのに。その写真もあって、140、70、90みたいな。
そうですね。もうやばいですね。
すごいっすね。そのうつ期間ってまた何もできないじゃないですか。
うつの期間がマジでできなくて、動けなくて、食べて太るみたいなのを繰り返し。でもそこでは、どうにかしないといけない、このままじゃいけないっていう抗いもあるんですよ。もっと成功したいとか痩せたいとか、もがいてるうちに、またダイエット企画を始める。
それどんな企画やった?
もう色々やったんですけど、その辺からダイエットしてるうちにまた新しいファンがついてくださって、で配信がうまいこと行くようになって、楽しくなっていって、ダイエットも成功してっていう感じになっていきました。でもそん時もやっぱり極端で。その時にまだ躁が治ってなくて、1日20km、30km歩く配信をして、また無理して。食べるのもまあちょっと増やして、みたいな。また無理する系をしてましたね。
その無理する系って今ももしかして続いてるんですか?
今はもうやっと治りました。
あ、それ治ったんですか?
治ったんがほんまにここ数ヶ月ですね。
そうなんすか?
2ヶ月前ぐらい。
そうなんすね。
もうやっとこれで躁うつも完全に治ったんじゃないかなって思ってるんですよ。
何年ぐらいそれを繰り返してたんすか?
5年ぐらい。
そうなんすね。
はい。
それなんで治ったんすか? 最近。
自分で痛みを知って気づいたんですけど、無理して痩せても応援してくれる人に心配かけて、家族にも心配かけて、やっぱりみんなをがっかりさせてしまう。だから自分が無理しても誰も喜ばない。自分がただ達成感に浸ってるだけで、自己満足なんだなっていうことに気づいて。無理に痩せることが視聴者さんが喜んでくれることじゃなく、健康で幸せで精神状態も安定してる状態が、応援してくれる人が喜んでくれることなんだなっていうのに気づいてから治りました。
へえ。それまでもやっぱ5年間の間で視聴者さん離れてってみたいなとこで、なんかそういうの気づけそうなタイミングありそうじゃないですか?
何回もありました。
この2ヶ月前のはなんか違ったんですか? なんでそこで気づけたのかって。
今までは正直焦ってたんですよね。配信をここでやめてしまうと、収益もゼロになって生きていけないっていう。だから精神状態がおかしくても配信をつけて、無理やり生活費を稼ぐみたいな感じで無理をしてたんですけど、配信を休んだんですよ。1ヶ月ぐらい。で、そっから自分の声を聞くっていうか、ほんまは自分は何したいのかとか。無理なダイエットはしたくないな、で、しんどいのに20km、30km歩いたり断食したりしながらするダイエット、ほんましんどいけど、無理に笑顔で配信するのってしんどいよなみたいなのに気づいて、そこでやっと自分を大切にしようと。
過食嘔吐もそん時してたんですよ。その無理なことやる時は。で、そん時も精神科で躁うつって診断されたんで、それが4ヶ月前ぐらいです。
うん。へえ。え、過食嘔吐はやっぱ一応痩せれるには痩せるんすか?
まあ痩せれるのは痩せれますね。
ああ。
ただ絶対にしたらいけないですね。うつになって、ほんまに生きてる意味が分からなくなるっていうか。
うん。結局メンタルいかれるんすね。
そうです。何のために痩せるかって考えた時、やっぱ心と体の健康、幸せになるためなのに、真逆な行為をしちゃってて。パンパンになるまで食べても戻すと太らないっていうのに快感を覚えてしまって、でもやっぱ精神的にはおかしくなっていってしんどいんで、あれは良くないです。
ああ、うん。それこそマンジャロとか考えたことあります?
マンジャロもいいなと思ったり、胃袋を切ったりみたいな、小さくする胃バイパス手術みたいなのがあって、そういうのも何回も考えたことあるんですけど、多分結構ビビリなんやと思うんですよ。注射打ったら怖いなとか、手術怖いなとか、薬飲んだら異常ないかなみたいな。だからやってないです。
へえ。じゃあ今で言うとどんなダイエットなんですか?
今は2000kcalから2500kcalを摂って、炭水化物、ご飯もしっかり食べて、ローファットダイエットっていう、健康中心のダイエットしてます。
へえ。
だから体重も安定してきて、食欲も安定して、今が超幸せっていう感じです。
でも躁うつも完治はあんまないとか聞いたこともあるんですけど、今メンタル的にもめっちゃ安定してるんですか?
メンタルめっちゃ安定してます。何よりもメンタルを最優先して。
確かに。
だから食べたい時も、食べすぎないけどちゃんと食べたいものを食べるっていう感じで、食欲も無理に抑えない。自分の感情を抑え込まないようにして、ストレスのかからない生活を日々心がけてます。
へえ。
やっと5年で気づいた。
あ、彼女とかできましたか?
できてないんですよ。人生で1回もできてないんです。
あ、まだできてないですか。
まだできてないですよ。モテたいとか彼女欲しいって思ってたことはあるんですけど、もう今は全く。
あ、そこはないですか?
モテたいとかなくて、ただパートナーがいたら、夢とか目標を支えてくれる結婚相手は欲しいなとか思うんですけど、まだ恋愛とかも経験全然ないんで。
へえ。
今は夢があって、やせるくんとして、しんどい思いとか辛い思いしてる人にやっぱ元気を与えたいっていうか、こうやって変われるんだよっていう希望を発信していきたいなと思って、それに向かって頑張れてます。
へえ。今もうその途中ってことですか。
そうです。途中で、しっかり細マッチョ体型も、無理しすぎず楽しみながら細マッチョになって、無理しなくても楽しみながらできるよっていうのを広めていきたいと。
うん。今70何kgですか?
今78.8で、目標が70ぐらい。体重、まあ正直70kgって言ってるんですけど、73kgぐらいで細マッチョになれると思うんで、70kg台前半ですかね。
なるほど。そこまで達成したら次どんなフェーズに行くんですか?
次はそれをやっぱり維持して、お腹の皮を切るっていう。
ああ、そっか。この余ってるやつを。え、それはそういう手術ってことですか?
そうです。手術で、一応美容の方からDMいただいて、企業さんから。
へえ。
日本1アスクで「モニターお願いできないですか?」っていただいてるんですけど、やっぱ自分の納得いく体型になって、しっかり無理なく維持できるようになってから、もっと知名度も上がってからお願いしようかなって、その辺まで考えてます。
へえ。こういう発信でずっとやっていきたいってのはあるんですか?
あります。
はい。ご両親とかは、この感じの人生どんな風に見てくれてるってか。
やりたいことやりっていう、背中を押してくれてますね。
そうですか。いいですね。
お母さんお父さんにも恩返ししたいっていう気持ちもすごい強くて、だから自分はもっと成功したいっていう思いもやっぱありますね。家族のために大黒柱になりたいって思ってます。
うん。ありがとうございました。また連絡します。
ありがとうございました。
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