30分で「戦争そのもの」を描いた回 岡田斗司夫が読む『機動戦士ガンダム』第25話「オデッサの激戦」

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概要

岡田斗司夫の「機動戦士ガンダム完全講座」は、テレビシリーズを1話ずつ解説する企画である。今回は第73回と第74回をまとめ、第25話「オデッサの激戦」を扱う。岡田がこの回で注目するのは話の密度だ。サブタイトルに戦場の名前が付く回はたいてい内容が濃くテンポも速いが、この回はシリーズの中でも特に高密度で進むという。岡田はその密度を、場面ごとの演出、セリフ、作画、玩具展開の事情から読み解いていく。そのうえで、レビル将軍は冷酷な人物であり、悪役と見られがちなマクベのほうに人間性がある、という独自の解釈も示している。

25分で読めます

一話に詰め込まれた出来事

岡田はまず、第25話で起きることを順に挙げる。前回「迫撃!トリプル・ドム」で死んだ仲間を、ホワイトベース側はマチルダ、ジオン側は黒い三連星のマッシュとして、それぞれがどう受け止めているかが描かれる。次に、以前から伏線のあった「連邦軍内部のスパイ」が発見から拘束までアムロの視点で描かれる。さらに、復讐に燃える黒い三連星のガイアとオルテガを、ガンダムに乗ったアムロが激しい戦闘の末に倒す。

岡田によれば、ここまでで一話分として十分な内容である。レビル将軍に「よくやってくれた」と言われて終わってもいい。ところがこの回はその先へ進む。マクベが最後の手段として核ミサイルを発射し、ガンダムがそれを空中で真っ二つにする。その合間に、前々回から登場したGメカの宣伝もこなしており、この回だけで3パターンに変形する。最後はオデッサ作戦が成功し、アムロとレビル将軍が握手する場面を、ナレーターが歴史の1ページのような調子で語って締めくくる。

岡田はこれを「内容がパンクしている」と表現する。それでも画面はいつものロボットアニメと同じスピード感で進むため、普通に見ていると何がすごいのか分からない。だから細かく見ていく、というのが今回の講座の趣旨である。

4:20

「オデッサ・デイ」と、30分で戦争を描くという野心

冒頭には、岡田いわく「絵が下手な」進撃図が出て、地球連邦軍の反撃作戦「オデッサ・デイ」が始まったことが示される。岡田はこれを、第二次世界大戦で連合軍の大反撃となったノルマンディー上陸作戦が「D-デイ」と呼ばれたことになぞらえた命名だと説明する。それまで地球上では連邦とジオンの戦いは膠着状態にあり、決着がついていなかった。オデッサで一気にひっくり返り、以後ジオンは負けに向かう。オデッサはそうした転換点の回だと位置づけている。

岡田はさらに、それまでのガンダムの戦闘が「ホワイトベースが襲撃され、それに反撃する」形しか描いてこなかった点を指摘する。この回は初めて戦争そのものを描く。しかも30分アニメの実質的な尺は23分に満たず、Aパートが約10分50秒、Bパートが約10分40秒で、それぞれ11分あるかないかだという。その尺で戦争をまるごと描こうとしたことを、岡田は「野心的な回」と評している。

6:09

冒頭の出撃、崩れる作画と打ち切りの事情

冒頭はホワイトベースのハンガーである。アムロは整備を急がせて荒れており、整備員は「マチルダさんが死んだからだよ」とこぼす。岡田によれば、この場面は前回マチルダが死んだ場面の10分後か15分後にあたる。マチルダが死んでホワイトベースが助かったとき、レビル将軍は午前6時からオデッサ作戦を発動していた。そのためマチルダの死から30分も経たないうちに、アムロたちは出撃しなければならない。前回と今回は時間的にぴったりつながっているのだという。アムロはマチルダを思い出してセイラに注意され、心配そうなフラウを振り切って出撃する。

ここで発進するGアーマーを、岡田は「相変わらずかっこ悪い」と言い、描きにくいメカだとも話す。この回ですでに作画が崩れており、発進時はまともでも、カットが変わって飛んでくる場面では上半身の箱の部分が妙な形になっているという。

岡田によれば、この玩具はクリスマス商品として実はよく売れた。驚いたスポンサーは慌てて打ち切りを撤回しようとした。しかし放送局はすでに次の枠を決めていた。現場も打ち切りの予定に合わせて制作を進めており、スタッフは疲れ切り、作画監督の安彦良和は入院していた。そのため延長は無理だとして、結局打ち切りになったと岡田は説明する。当初52話の予定が、放送開始前後の早い段階で46話に短縮され、さらに43話になった。岡田は、ここからの回では描きにくいメカが出ると作画がガタガタしてくると見ている。

8:16

黒い三連星の弔砲と「名もなき兵士の墓」

場面が変わり、マクベの陸上戦艦の近くでドムがマッシュの葬儀を行う。カメラが下から舐め上げていくと、ドムがバズーカを空に向けて撃っている。仲間の死を悼む弔砲である。岡田はこれを、この回で好きな場面のひとつに挙げる。

前回のマチルダの葬儀は、地面に穴が開いているだけで皆が敬礼するという残酷な場面だったが、それでもマチルダの死は皆に悼まれていた。岡田によれば、黒い三連星はジオンの中でも嫌われ者である。三人の態度にも原因はあるが、何より大きいのは彼らの仲間意識の強さだという。岡田はこれを、身内しか信じないコルシカ島の人々にたとえる。仲間が唯一のよりどころなので、マクベに呆れられ、戦争はもう始まっていると言われても、仲間の葬儀だけはきちんとやる。

岡田が注目するのは墓の形だ。地面に銃を刺し、その上にヘルメットを載せる。岡田はこれを、おそらくアメリカの南北戦争から始まった「名もなき兵士の墓」だと説明する。墓標に名前は書かれておらず、後で誰かが見ても誰の墓かは分からない。兵士が死んだことだけが分かり、一緒に戦った戦友だけが誰なのかを知っている。

ガイアの弔辞は「マッシュの魂よ、宇宙に飛んで永遠に喜びの中に漂いたまえ」というものだ。岡田は、ここで「ジオンに帰り安らぎを得よ」と言わない点に注目する。普通の宗教ならそう言うはずだという。三人は遺体や遺品をジオンに持ち帰ろうともしない。岡田はその理由を、三人にはお互い以外の家族も仲間もいないからだと読む。神を信じず自分たちだけを信じているので、従軍神父も呼ばない。名前を刻んだ石を置くことも、認識票をかけることもできたはずなのに、銃とヘルメットの墓を選んだ。そこに三人のこれまでの人生が強く表れていて、岡田は「泣ける」と語る。

11:55

マクベとガイアのすれ違い、ランバ・ラルとの対比

一方のマクベには、こうした兵士の気持ちが分からない。岡田は、それもマクベの良いところだと笑いながら言う。マクベにしてみれば、ジオンの勝敗がかかったオデッサの戦闘が始まっているのに、あの二人は仲間の葬式をしている。仲間の死を悼むのは百歩譲って分かるが、それは戦争の後にやってくれ、というわけだ。岡田は、マクベの言い分も分かるはずだと言う。

しかし岡田によれば、ガイアとオルテガにとってジオンはどうでもいい。彼らはマッシュの敵討ちのために戦う。「敵討ちではない、戦争だ」と怒るマクベと、祖国など関係ないというガイアが怒鳴り合う。岡田はこの場面を、短いながら胸に迫る「いいすれ違い」と評する。たった三人の家族を失ったから、その悲しみを儀式にしたかった。そうしなければマッシュは何のために死んだのか分からない。対してマクベは、その前に大義があるだろう、お前たちは戦士だろう、と考えている。

岡田はここでランバ・ラルと比べる。岡田によれば、ガイアとランバ・ラルは同じ大尉である。ランバ・ラルは部隊を率い、愛人を戦場にまで連れてきて、いわば「ランバ・ラル・ファミリー」を作った。部下が本国に残した家族に仕送りできるように出世したいと考えており、そのつながりは外へ広がっていた。ガイアは大尉まで昇進しても直属の部下を持たず、恋人もおらず、遺品を届ける相手もいない。岡田はこの三人を純粋な戦闘民族と見て、「ガンダムの中に出てくるサイヤ人」と呼んでいる。

上手・下手で示す「未来」と「過去」

岡田は、この言い争いの画面構成にも触れる。マクベは画面の左に向かって怒鳴り、ガイアは右に向かって答える。無線機があるのだから本来は前を向いて話せばいい。それをわざわざ体をひねって向き合わせることで、二人が会話していることを強調しているという。

さらに岡田は、話が進む方向である上手に向かって叫ぶマクベは「未来のために戦え」と言っていると読む。一方のガイアは下手を向いており、マッシュの死という過去にこだわっている。岡田によれば、富野由悠季は演出の基本を書いた自著で、この上手・下手の関係がとても大事だと何度も強調している。『機動戦士ガンダム』はこうした小さな会話シーンでもそれをきちんと守っている、と岡田は指摘する。

16:39

スパイ発見と「軍の公式データ内蔵のカメラ」

ドムはマッシュの敵討ちのため、ホワイトベースへ向かう。ホワイトベースのブリッジには、レビル将軍から「6時半に敵の背後より攻め込め」という暗号通信が届く。ブライトは、慣熟飛行でセイラが訓練に出していたGアーマーを呼び戻そうとする。

そのころアムロは、空からマクベの陸上戦艦を偶然見つけ、そこから連邦のプロペラ機が飛び立つのを目撃する。なぜ連邦の機体がジオンの戦艦から出てくるのか。セイラは帰還命令を受けながらも、追跡しようと提案する。マチルダが言っていたスパイの話が気にかかっていたからだ。一方ホワイトベースは、地面すれすれを飛んで見つからないはずのコースを取っていたのに、ドムに発見される。ブライトは、位置も作戦参加の時刻も事前に敵に漏れていると判断し、アムロたちに調査の続行を命じる。

プロペラ機は、将軍クラスが乗る巨大な陸上戦艦ビッグ・トレーに着陸する。アムロもその横にGアーマーを降ろして「偉い人に会わせてください」と訴え、警備兵に囲まれる。応対したのが、実は裏切り者のエルラン将軍だった。アムロはそれに気づかず、この中にスパイがいると訴え、人払いを頼む。エルランの部下で、マクベとの間を取り持っていたジュダックは「話次第ではお前にも聞くことがある」として拘束される。岡田は、アムロの話がまったく信じてもらえないわけではない点に触れている。

アムロは証拠写真を出し、「軍の公式データ内蔵のカメラで撮ったものです。証拠になるはずです」と言う。岡田はこのセリフを考え抜かれたものだと評価する。普通のカメラではなく、コピーや修正が入っていないこと、何回ダビングされたかが分かることを示す言い方で、要するに画像がフェイクではないという意味だという。40年以上前のテレビアニメのセリフとは思えない、と岡田は語る。

「拡大すればパイロットの顔が確認できるはず」と言われて、エルランは正体を現し、アムロを殺そうとする。しかし外で様子をうかがっていた警備兵に撃たれ、ジュダックも逮捕される。アムロはホワイトベースが戦闘状態らしいと告げられ、急いで戻る。岡田は、主人公の活躍で戦争に勝ったという流れにすると富野演出としては失敗だと見る。アムロの役割はあくまで戦争の一部にすぎないが、この戦局には計り知れない影響を与えた。その程度に収めたこの場面はうまくできている、というのが岡田の評価である。

ここでようやくAパートが終わる。オデッサ作戦開始からまだ30分も経っておらず、両軍は進撃中でぶつかってもいない。残りわずか10分ほどで本当に戦争が始まり終わるのか、と岡田は問いかける。

22:45

Bパート:ナレーションなしの激突とドムのメガ粒子砲

Bパートは10分44秒しかない。冒頭、ナレーションなしで効果音だけの戦闘場面が示される。ジオンの陸上戦艦が砲撃し、連邦の陸上戦艦もぎりぎりまで近づいて撃ち返す。戦車が至近距離で撃ち合い、両軍の残骸が地平線まで続く。その後に「オデッサの戦いが始まった。マクベ軍もレビル軍も持てる物量を最大限に投入しての激突であった」というナレーションが入り、ようやくカメラがホワイトベースに移る。

ガンキャノンとガンタンクはドムの攻撃をなんとかしのいでいるが、ガンタンクはキャタピラを、カイのガンキャノンは足をやられる。そこへスパイ事件から戻ったGアーマーが到着して分離し、ガンダムが出てきて、敵討ちに燃えるオルテガとガイアのドム2機との戦いが始まる。

岡田が細かく指摘するのは、ここでドムの胸のメガ粒子砲が、前回までの目くらましのサーチライトではなく、ビームとして発射され、ガンダムが盾で受ける場面があることだ。岡田は、オデッサ・デイに合わせてドムの整備が完了したという意味だと読む。新兵器が出てきても、整備が済んでいないうちは目くらまし程度の効果しかないということだ。岡田によれば、攻撃に使っているのはおそらくこのBパートだけである。Wikipediaなどでは目くらましの効果として書かれているが「攻撃力あるよ」と岡田は言う。セリフによる説明がまったくないので分かりにくいのだともいう。

Gスカイ・イージーと玩具メーカーへの配慮

その間にセイラのGファイターは頭部を被弾し、ホワイトベースに着陸して消火を受けている。被弾した部分を外し、前にハヤトのコア・ファイターを付けて「Gスカイ・イージー」になる。後ろにはガンタンクが上下に分かれ、コア・ファイターが外された状態で見えている。

岡田はこれを玩具メーカーへの配慮と見る。まずGアーマーを見せ、次の戦闘のためにガンダムを出し、Gファイターが被弾したのでGスカイ・イージーを見せる。打ち切りが決まっているのにスポンサーに気を使っているのは偉い、と岡田は言う。打ち切り番組なら普通はつい手を抜いてしまうのに、頑張っているという評価である。

27:12

午前中で決着――ノルマンディーではなく関ヶ原

続いて、これも「下手な絵」の全体状況図が出る。ナレーションによれば、マクベ軍はエルラン将軍の裏切りを当てにして守りを薄くしていたところを突破された。さらにドム2機がガンダムに手間取って前線に参加しなかったため、連邦軍の足を止める大きな力を失っていた。

岡田によれば、オデッサの戦いは戦闘開始から1〜2時間ほど、つまり午前中で決着がついている。岡田はオデッサ・デイという名前から、ずっとノルマンディー上陸作戦のもじりだと思っていた。しかし実際に描かれたのは関ヶ原の戦いだったという。本格的な大戦争だから時間がかかるという思い込みを否定し、天下分け目の決戦をロボットアニメで堂々とやったのが面白い、と岡田は語る。

ただし岡田は、ナレーションが挙げる二つの敗因は表面的なものにすぎず、根本は物量不足の一点に尽きると主張する。エルランの裏切りも、すべての前線で連邦と戦えないから守りを薄くする場所を作るための策だった。ドム2機が抜けただけで戦力は大きく下がらない。ドムと慣れたパイロットを100機ほど前線に投入していれば問題なかったはずだ、と岡田は言う。ジャブロー攻撃作戦ではジオン参謀本部が直接指揮して何百機ものモビルスーツが参加しており、ジオンにはそれだけの物量があった。岡田は、参謀本部がマクベとその仕事を過小評価して補給を惜しんだため、マクベは物量で負けたと見ている。だからキシリアはあれほど怒っていたのだ、とも言う。

30:24

マクベの全軍放送と「水素爆弾」という言葉

劣勢のなか、マクベはあくまで策略で切り抜けようとする。岡田はここも関ヶ原的だと言う。マクベは敵のレビル将軍に直接話しかける。反響音から分かるように、巨大スピーカーで味方にも聞こえる形で話し、さらに暗号スクランブルをかけない平文の無線で呼びかけた。岡田は、韓国が北朝鮮に向けてスピーカーで放送し北朝鮮が激怒した件を例に挙げている。ブライトが「ジオンが核兵器を使うぞ」と知ったのも暗号ではなかったからで、マクベは敵味方全員に聞こえる放送をした。岡田はこれをマクベの一世一代の勝負と見る。

マクベは「オデッサ作戦の総司令官レビル将軍、聞こえるか。私はマクベだ」と名乗り、手を引かなければ水素爆弾を使うと告げる。岡田によれば、「水素爆弾」という聞き慣れない言葉を使ったのは、子ども向け番組のフィルムをテレビ局がチェックするからだ。「水爆」や「核兵器」と言えば最初のチェックで止められる。だから先に「水素爆弾」と言っておけば、スポンサーやテレビ局は気づかずに通してしまうだろう。その後で水爆と言っても気づかれないはずだ。岡田はそうした富野の工夫だと推測している。

続けてマクベは、南極条約に違反はするが負けたくはない、と言う。岡田は、マクベがこうした策を取ったのは人間を信じているからだと読む。核兵器を使うと言えばレビルは困るので交渉に応じるはずで、交渉さえ始まれば、どれほど不利な条件でも自分の戦略や交渉でなんとかできる。連邦兵も放送を聞けば核で死ぬのを恐れて戦線から逃げ出すだろう。ジオン兵も逃げるだろうが、それ以上に連邦兵が逃げる。人間は恐怖や合理的判断で動く、とこのときのマクベは「不幸なことに」信じていた、と岡田は言う。

33:33

レビルの沈黙に見る冷酷さ

ところが状況はマクベの予想をはるかに超えて「狂って」いた。ナレーションは、レビル将軍は一言も語らず、ただ前進を示すために手を振っただけだった、と伝説のように語る。

岡田はこれを当たり前だと言う。敵が核兵器を使うと言っている以上、本来は交渉に応じるべきで、それでも戦えと命じれば後で軍法会議にかけられる。だからレビルは言葉では命令せず、手を振るだけにして、後で何とでも言える状況を作った。ガンダムの働きを期待したわけでもない、そもそもそんなことは知らないからだ、と岡田は言う。

岡田によれば、このときのレビルは死ぬことより負けることを恐れている。岡田はこれを日露戦争の203高地における乃木希典と同じ「無能な軍人がやること」だとし、兵がどれだけ死のうと前進させ続ければなんとかなるという神頼みの作戦だと批判する。『機動戦士ガンダム』は、大人やプロが愚かな決断をして子どもたちがフォローするのが基本構造で、ここも同じだという。レビルはガンダムの作品世界でもファンの間でも扱いが良いが、マチルダの扱いやホワイトベースの配置のさせ方をよく見ると、かなり冷酷な人物だと岡田は考えている。

Bパート後半に入る前の休憩で、岡田はこの見方をずっと言いたかったと明かしている。最初に見たときはレビルをいい人だと思っていた。しかし大人になって見直し、特に講座のために見返すと、頭がおかしいと言われるマクベのほうに人間性があって合理的な判断をしている。一方のレビルは、負けるくらいなら死んだほうがいいとしか考えていなかったと分かってきた、という。

35:33

ブライトの独断と、闇に葬られた功績

その裏で、Gスカイ・イージーに乗ったガンダムはまずオルテガのドムを斬って倒す。そこへブライトから、マクベが水爆を使うつもりだ、発射まで30秒あるから破壊してくれ、と通信が入る。

岡田は、これはレビルの命令ではなくブライトの独断だと強調する。これまでレビルを気にしていたブライトが、オデッサではレビルを頼るような場面がまったくない。レビルの性格がそろそろ分かってきたからだ、と岡田は読む。ガンダムとアムロの可能性を一番よく知っているのもブライトだった。

岡田によれば、オデッサを乗り切れたのはブライトの判断とアムロの実行のおかげなのに、その後の話数ではまったく評価されていない。ベルファストでの昇進の場面でも、ジャブローに行ってからもそうだ。岡田はその理由を、作中の歴史ではマクベの核ミサイルが「なかったこと」にされたからだと推測する。核ミサイルの存在が知られれば、対抗手段なしに前進させたレビルの責任問題になる。そのためすべてが闇に葬られ、ブライトの働きも消されたのだろう。そうでなければ、昇進が遅いことも含め、テレビシリーズでのブライトの扱いは辻褄が合わないという。『Ζガンダム』の時代あたりになって、その闇が戦後に暴かれた可能性もあるかもしれないが、少なくとも戦争中は封印されたままだったと岡田は考えている。

38:14

「点線のところで叩き切れ」――ミサイルの断面図

ブライトからは、ミサイルの断面図が送られてくる。赤いところが水爆を起爆させる部分で、点線のところで叩き切ればいい、という。岡田は、球体部分が水素爆弾の本体で、赤い部分は起爆装置、つまり中性子の発生源だろうと解釈する。そのうえで、小学生の工作のような指示に思わず笑ってしまったと話す。

アムロが「こんないい加減な断面図が役に立つんですか」と聞くと、ブライトは、南極条約のときに互いに出した資料に基づいているから信頼できる、と答える。岡田は冒頭で、この短いやり取りがあるからこそ巡航ミサイルの破壊がリアルに見えると述べていた。そのリアルさが、ガンダムというロボットが存在する世界という嘘を本当らしく見せる、という不思議な作用をしていると指摘している。

アムロが向かおうとしたところへ、ガイアのドムが「ドムとてこういう攻撃はできるのだ」とロケットを噴かして空中から襲いかかる。この時点でBパートの8分20秒を使っており、残りは2分20秒しかない。

41:05

現用兵器そっくりのミサイルと三方向の構図

岡田によれば、レビルが交渉に応じないと聞いたマクベは驚く。人間は合理的判断をするはずなのに、レビルは狂っている。狂った相手に勝つにはこちらも狂うしかない、とマクベは考えて発射を指示する。

発射台から現れたミサイルは翼を伸ばし、ロケット噴射を始める。岡田は放送当時20歳ぐらいで、このデザインに驚いたという。色も翼も、当時評判になっていたアメリカ軍の最新兵器である巡航ミサイルとそっくりで、赤い胴体からせり出す翼まで同じだった。ここだけは未来メカのデザインをやめ、湾岸戦争が起きる前の現用兵器をそのまま出した。そのメッセージ性に強く感動した、と岡田は語る。

続くカットでは、Gスカイから落とされたガンダムに向かってドムが飛びかかり、向こうではミサイルが上昇し、自分を落としたGスカイは遠ざかっていく。岡田はこれを、追うべき対象、迫る脅威、遠ざかる味方という三方向の動きをひとつの構図にまとめた名シーンと評する。頼れるのは自分しかいない、という状況が一枚で分かる。パースが狂っていて(視聴者の指摘として)ユニコーンにしか見えない部分もあるが、この構図でやろうとしていることはすごい、と岡田は言う。

ガンダムはドムを貫き、再びGスカイに飛び乗ってミサイルを追う。岡田によれば、発射直後のミサイルはまだ時速400〜500km程度しか出ていない。一方Gメカは時速600km以上でないと失速するような欠陥メカで、速度だけはやたらと速い。この回で初めて、その速すぎる速度が役に立ったわけだ。岡田は、富野としては玩具メーカーに言われた無茶なメカにこれだけの大舞台を与えたのだからいいだろう、という思いだったのだろうと推測する。ただ、玩具メーカーが求めていたのはおそらくこれではなかった。どちらの気持ちも分かる、と岡田は語る。

ガンダムは言われたとおり点線で斬り、弾頭を起爆装置から切り離す。ビームサーベルを振り切って頭部も落とす。ミサイルが地面に落ちて爆発するのと同時に、ガイアのドムも爆発する。

45:08

ガイアの最期と「数週間前のアムロ」

ガイアは最期に「マッシュ、オルテガ、すまん」と言う。岡田は、仲間のためだけに戦ったガイアの姿が、作中時間でほんの数週間前、ランバ・ラルと戦う前あたりのアムロと同じだと指摘する。当時のアムロは、ホワイトベースの仲間を守るために仕方なく戦っている、戦争をしているのではない、という立場だった。しかし今のアムロは、戦争に勝つために核兵器を斬っている。ガイアはかつてのアムロのまま大人になった人物であり、だから行動が子どもっぽいのだと岡田は読む。

その後、マクベの鉱山基地が次々と破壊される。ホワイトベースの砲撃で、ジオン兵が入ったままの監視塔が倒れて大爆発する場面もある。岡田は、ホワイトベースが直接人を殺している描写だと指摘する。

47:16

壺を弾くマクベと「あと10年は戦える」

ナレーションは、オデッサの戦いが連邦軍の勝利に終わったこと、しかしマクベは黒い三連星を運んできた戦艦ザンジバルでいち早く脱出していたことを告げる。岡田は、タイムボカンシリーズや『ガッチャマン』のようなこれまでのアニメなら、味方を見捨てて一人逃げた悪役として描くところだが、富野演出はそうではないと言う。

カメラがザンジバルの中に入ると、マクベは地球から脱出するときにこれだけを持ってきた青磁の壺を指で弾き、音を聞いている。そして「戦いはこの一戦で終わりではない。我々が送り届けた鉱物資源の量を考えてみろ。ジオンはあと10年は戦える」という有名なセリフを言う。

岡田は、このセリフと映像では意味が違うと指摘する。セリフの上では、マクベは「ジオンは勝てる」とは言っていない。オデッサを失い、もう資源も送れないのだから、マクベにも負けは見えていた。それでも大量の資源を送ったから、あと10年は負けない状況が作れる。それだけあればキシリアがなんとかしてくれるだろうし、有利な和平にも持ち込めるだろう。これがセリフの意味だと岡田は読む。

映像の上では、壺を弾く動作に別の意味が込められているという。自分はジオンに尽くし、核兵器を使う汚名も引き受け、膨大な資源も送った。作戦ではベストを尽くし、負けたのは補給が足りなかったからだ。それでも誰も自分を評価しないだろうが、気にしない。この壺があるからだ。褒美はこの壺一つで十分だ。だから指でチーンと弾き、ジオンはあと10年戦えると自分に言い聞かせている。岡田は、これを悪役の負け惜しみとしてではなく、マクベの立場を思いやって見ると「男のドラマ」の見どころになり、生き様がかっこいいと語る。後にマクベが死ぬ際の、キシリアに壺を届けてくれというセリフが泣けるのもそのためだという。

さらに岡田は、ザンジバルが去る場面にも注目する。普通なら戦艦が空に消えていけばいい。ところがザンジバルは真っ黒な雲に隠れ、その後は黒い雲だけの空が映る。岡田はこれを、ジオンとマクベの暗い未来を暗示する、明らかに演出的な意図のある優れたカットだと評している。

52:01

握手で終わるラストと、三人の兵士の心

最後は、カメラが流れてレビル将軍とアムロが握手する場面で、「ホワイトベースの少年たちは、ここに親しくレビル将軍と会見した」とナレーションが入って終わる。岡田は、ここまで描いておきながら、次の回以降レビルがホワイトベースのクルーに何か良いことをするわけではない、と付け加える。第25話は作品の一旦の区切りで、次は「復活のシャア」からエピソードの性格がまるきり変わるという。

岡田は、この回の尺の使い方のうまさをこうまとめる。前半では、アムロが偶然スパイを見つけて暴き、戦争を有利に運ぶという個人的な動きを描く。さらにガイアという兵士が何のために戦っているのかを描き、次にマクベが何をしたかったのか、何を心のよりどころにしていたのかを描く。この三人の兵士の心の動きに焦点を当てて丁寧に描いたからこそ、30分で戦争を描けたのだと岡田は結論づけている。

補足:乃木希典の評価について

動画の最後に、岡田はレビルを乃木希典と同じ「無能な軍人」と呼んだことを補足する。乃木を無能とする見方は昭和の時代に広く支持されていた。昭和33年生まれの岡田もその見方にどっぷり浸かって当時ガンダムを見ていたが、21世紀、特に2010年代以降は疑問視され、見方が変わってきたようだという。

岡田は、乃木の評価が悪かった理由を四つ挙げる。一つ目は突撃による多大な犠牲である。ただ、バルチック艦隊が来るまでに旅順要塞を落とさなければ、はるかに多くの兵が死んでいたはずだ。だから突撃は仕方がなかったし、犠牲を出しつつも勝ったのだから評価すべきだ、という見方が出てきた。二つ目は、日清戦争の大勝利に国民も軍部もマスコミも浮かれていたことだ。弱腰の内閣は総辞職しろというデモが起きるほど好戦的な空気の中で、要塞の設備もろくに調べないまま見切り発車した。日清戦争のように楽勝だと思っていたら、機関銃が配備されクロスファイアが待っていた。第一次大戦で明らかになる戦争の恐ろしさを、当時はまだ分かっていなかった。三つ目は、その熱狂の責任を誰かに押し付けたい国民感情と新聞の扇動である。戦時中は英雄として祭り上げられ、岡田自身も子どもの頃、家にあった軍歌のレコードで乃木とステッセルが互いを称える「水師営の会見」を口ずさみながら学校に通っていたという。しかし戦後は評価が大きく下がり、犠牲を出すくらいなら戦わないほうがよかったという反戦思想も混ざって、悪評に拍車がかかった。四つ目は司馬遼太郎の『坂の上の雲』である。参謀の児玉源太郎を引き立てるために、乃木の失敗が実際の歴史より盛って描かれ、乃木無能説が大きく広まった。岡田自身もそれを信じてしまったという。

岡田は、江川達也の漫画『日露戦争物語』がおそらく割と正確だと見ている。司馬遼太郎の見方をひっくり返そうとして始まったはずだが、掲載誌の『スピリッツ』側の熱が下がったのか、最後は走り抜けたような終わり方になったのが残念だという。一人の天才を引き立てるために普通の人をあえて愚かに描くのはライトノベル作家がやることで、司馬遼太郎も案外ラノベ作家だったのではないか、と岡田は冗談めかして話す。

岡田個人の評価では、乃木は特別有能でも無能でもない。日清戦争の勝利に浮かれて侵略戦争に夢中になった人々全員の責任を背負わされ、長く悪者にされた不幸な人物だという。大炎上のなかで自分をかばってくれた明治天皇が崩御した後に自殺した最期まで含めて、時代に翻弄された人だと岡田は語り、次回の「復活のシャア」の予告で締めくくっている。