岸和田からドバイへ:antiqua創業者・原京子氏が無借金で40億円のモールを建て、社長をパートの元社員に託すまで

YouTubeで開く ↗
概要

大阪・岸和田に本社を置くアパレルEC「antiqua(アンティカ)」を、M&A BANKの島袋直樹氏が1泊2日で訪ねた。案内役は創業者の原京子氏と、夫の原俊之氏である。antiquaは2008年の創業から18年間、ほとんど表に出ずに利益を積み上げてきた。その資金で滞在型モール「WHATAWON(ワタワン)」をほぼ自己資金で建てている。取材では、本社でのAI活用とTikTokライブ、パートから社長に抜擢された現社長の話、WHATAWONの施設、ドバイへ移った理由が順に語られた。

13分で読めます

「大阪の南の果て」で表に出なかった会社

今回のツアーは、大阪で内装系のオリジナル品などをB2B・B2Cで扱うEC事業者の大脇氏の紹介で実現した。原京子氏は普段ドバイにいて、ちょうど帰国していたため、この機会しかないということで日程が組まれた。

大脇氏と原夫妻は、楽天の「ショップ・オブ・ザ・イヤー」受賞店舗が参加する海外研修で知り合った。ロサンゼルスでの会食で偶然同じテーブルになったのがきっかけだという。大脇氏自身も大阪で16年事業を続けているが、antiquaとはそれまで一度も接点がなかった。大脇氏はその理由を、この会社が表に出てこなかったからだと説明する。IPOやスタートアップの文脈ではなく、大阪の南の端から大きな利益を生み、市内にすら出てこなかった会社だという評価だ。antiquaは楽天の「ベスト・ショップ・アワード2025」レディースファッション部門で1位を取っている。

WHATAWONの建設費は約40億円で、話者たちは「ほぼ自己資金」「完全な無借金」と表現した。土地の購入からゼネコンとの交渉、テナントのリーシングまで、すべて自分たちで行ったという。

本社:昭和の工場をほぼ塗装だけでリノベーション

本社は昭和40年代の建物をリノベーションしたものだ。エントランスには前の所有者の持ち物がそのまま置かれている。原俊之氏によれば、元は地元で名の知れたニット会社のオフィスと工場だった。国内のニット産業が海外に押されて売却を考えた売り主は、敷地内の日本家屋を壊さないこと、マンションにしないことを条件に付けた。建物を残しながら活かしてくれる会社に引き継ぎたかったのだという。そのため価格は抑えられていた。

敷地はおよそ2000坪で、駅から徒歩15分ほど。2億円程度で、坪単価は約10万円になる。まだ市場に出ていない段階で直接買えたそうだ。大脇氏は、都内なら町田でも坪10万円では買えないと比べ、運と引きの強さ、決断力を挙げた。リノベーションについても「塗ってるだけ」で費用はほとんどかかっていないと話している。

撮影部隊がほぼゼロに:AIモデルで作る商品ページ

本社の撮影スペースでは、現在ほぼ物撮りしか行っていない。antiquaは「ModaAI」というAIモデル事業を手がけている。商品を物撮りすれば、AIが生成したモデルに服を着せた画像を作り、そのまま商品ページにできる仕組みだ。

原氏らによれば、antiquaのホームページの約90%はすでにAIモデルの画像になっている。それでも商品はしっかり売れ、ランキングにも入っている。人間のモデルに戻す理由はもうないという判断だ。以前は撮影グループが4つあったが、昨年12月から今年1月にかけてほぼゼロになった。デザインが分かりにくい商品のときだけ、たまにモデルに来てもらう。ハーフのモデルを探すのはこれまで大変だったが、AIならイメージに合うモデルを作れ、「もう少しこういう顔で」といった調整もできる。この仕組みを他のアパレル店舗にも提供しているという。

TikTokライブのライバーが語る「正直に言うと売れる」

撮影がなくなったフロアは、TikTokライブの会場になっている。配信は毎日朝と晩の2回、各2時間。始めてまだ半年ほどだが、「めっちゃ売れました」という。

担当のライバーは、売れる理由を「正直さ」だと説明した。ECが主力のantiquaでは、サイズ感や色味が伝わりにくい。服は誰にでも合うわけではない。だから「この体型ならこっちの方がいい」「これは正直長すぎるかも」と伝える。ときにはマイナス面も言うことで、「この人が言うなら信頼して買う」という客が増えていった。何でも「いいよ」と勧めるほど売れない、とも話す。「私も低身長だからその気持ちが分かる」と共感を示す方が売れる、というのが実際にやってみての感触だという。

売れる時間帯は朝6時から9時が一番だとされる。TikTokライブの視聴者もantiquaの顧客も主婦層が中心だ。子どもが起きる前、夫が出勤する前の自分の時間に見ている人が多い。次に売れるのは夜8時から10時ごろだという。antiquaは服以外の商品も扱っている。ECでは売れにくかったものもライブなら売れるかもしれない、という可能性を広げられる点をライバーは挙げた。島袋氏は打ち合わせなしでここまで説明できることに驚き、「何でも売れそう」と評した。

子連れ出勤とメリハリ:女性が多い職場の運営

休憩室は明るく、社員はここで昼食をとる。赤ちゃんを連れてきてもよく、面倒を見る人もいる。実際に連れてくる社員は多い。現社長も、自分がパートだったころは子どもを連れて来ていたという。

島袋氏は、会社は売上を上げるために頑張るものだと思いがちだが、ここは柔らかい空気なのに業績がすごい、そのギャップが不思議だと述べた。社内でも「無理してない」「かっこつけないスタイル」という言葉が出た一方で、スピード第一で、上げるところはギアを上げるという。女性を多くマネジメントする極意を聞かれると、原氏は「女性は優秀」「勝てない」と答えた。女性はマルチタスクで、子どもがいるスタッフは帰る時間が決まっている分、その間にしっかり仕事をして帰る。そのメリハリがいいという。

2週間で開業したカレー店と民泊

敷地内の日本家屋では、カレー店と民泊を運営している。カレーは神戸の有名店「マンドリルカレー」の社長と親しい縁で、カレーを卸してもらえることになった。「じゃあやるわ」と決めて、2週間でオープンさせた。内装はほとんど改装せず、家具だけで雰囲気を変えたという。

客席からは庭が見える。社員も昼に食べに来る。WHATAWONでカニを扱っている関係でカニのメニューもあり、一番人気はマンドリルカレー、次いで合いがけだという。店内にはantiquaの新作だけを少し置き、定期的に入れ替えている。カレー目当てに来た客が「アパレルもあるんだ」と気づき、オーダーを待つ間に見て買っていく流れができている。

食事の席で告げられた社長就任

現社長はパートからキャリアを始め、原京子氏から社長を引き継いだ。引き継ぎ期間はほとんどなかった。「話があるから」と呼ばれ、食事中に「ドバイに行くことにしたから社長をやってくれる?」と言われたという。雰囲気が違うとは感じていたが、まず驚きがあり、次に喜びが来た。プレッシャーは後から来たと振り返る。

現社長によれば、原氏はantiquaを深く愛しているので、ドバイ行きを決めたとき会社をどうするか考えたはずだ。そのときに自分の顔が浮かんだことが嬉しくて舞い上がったという。「旦那に相談します」と答えることもなく、すぐに引き受けた。ドバイから世界に挑戦することも応援したい気持ちだった。

幹部が他にもいる中でなぜこの人だったのか。原氏は「信頼」だと答えた。自分の言ったことを疑わず、信じて動いてくれていたことが決め手だという。この説明を聞くのは初めてだと現社長は言い、少し緊張したと話した。現社長から見ると、原氏は常識の範囲を超えるアイデアを次々に出すが、それがことごとく実現してきた。ゴールが成功だと分かっているから、どうやって実現するかを考えるのが楽しい。「そんなのできない」と思ったことはなく、どうすれば実現できるかをみんなと考えてきた感覚があるという。

現社長が語る、嬉しかったことと辛かったこと

一番嬉しかったこととして、現社長はWHATAWONの開業を挙げた。ずっとファッションECでやってきた会社にとって、行政手続きも、現場スタッフのトレーニングも、オペレーションの組み立ても、すべて初めてだった。イベントなら1日で終わるが、施設は毎日続いていく。自分たちの仕事がこれからの人たちに引き継がれていく現実感を知ったとき、グッと来たという。パート時代はカスタマーサポートを担当しており、EC事業の中で唯一客と直接触れる場所にいた。その意味で、客との触れ合いが多いWHATAWONは似ているのかもしれないと話す。

辛かった出来事は倉庫のトラブルだ。商品がよく売れて仕入れを増やした結果、当時の倉庫がキャパシティを超えて溢れた。在庫がどこにあるかも分からない状態になり、発送が大きく遅れて、客からのお叱りも多く届いた。ECのスタッフも倉庫に出向いて発送作業を手伝った。このとき助けてくれた別の倉庫会社と、その後正式に契約した。今の飛躍はその出会いがあったからだと思う、と現社長は言う。トラブルは次につながると実感した出来事だった。

企業理念とリーダーシップ:「ついてこい」ではなく土台づくり

antiquaの一番の企業理念は「思いやりと信頼関係」だという。客に対しても、一緒に働くスタッフに対しても同じだ。現社長は教育に携わっていたころ、迷ったら相手を思いやる気持ちで決断すればいいと伝えてきた。ルールに従うことがすべてではない。相手の気持ちになって、ルールを変える必要があるなら変える。そうした臨機応変なスタイルが入社当時からあるという。

リーダーシップについて、現社長は自分は「ついてこい」型ではないと言う。一人ひとりのスキルを120%、130%出せるようにするには、「やってもいいんだよ」と思える安心できる土台が必要だと考えている。社長になる前は本部長として管理部を仕切り、バックオフィスの基盤を固めてきた。その上で自由に発想できるのがantiquaの特徴だという。引っ張るというより底上げのリーダーシップを意識している。仕事はスキルベースで強みを活かして任せるのが理想だとしつつ、それが実際にできているかどうかは「これから分かっていく」と留保した。

夫・原俊之氏の役割と「大阪らしい会社」

原俊之氏は、ドバイ行きを言い出したのは「もちろん妻」だと話す。突拍子もないことを言う人だが、自分は疑わずに二つ返事で従った。夫婦のバランスについては、意見は言うが最終的には妻の言うことを聞く、と笑いながら答えた。

大脇氏は、antiquaを「大阪らしい会社」と評した。コストを最初に抑え、安く買って高く売る原則を突き詰めている。販路は日本全国なので、東京や大阪市内に本社を置く必要はない。センスと情報収集はInstagramで十分で、人と会って得る情報はいらないという見方だ。島袋氏は、東京で創業することがむしろビハインドになるのかもしれないと応じた。

業績について大脇氏は、利益は日本のアパレルでトップクラスだと語った。円安の今も利益が出ており、円高だった2012〜2014年ごろはもっとすごかったという。大脇氏が証券会社に紹介したところ、すぐにでも手がけたい、2年で上場させられると言われたそうだ。女性経営者で地方の大阪という話題性があり、利益水準は10億円近い。控えめに見ても純利益5億円は出るので、100億円、200億円という数字になるという見立てを大脇氏は語った。ただ、結局原氏はドバイから世界へ向かう道を選んだ。ドバイでは現地に行ってその場で住まいを決めてきたといい、大脇氏は「そういう人です」と評した。

WHATAWON:犬と家族が遊び、食べ、泊まる施設

敷地は8740坪で、甲子園球場のグラウンド2つ分にあたる。食事、サウナ、風呂、宿泊まで揃い、一行もここに泊まった。

物販エリアにはantiquaの服を中心に、ここにしかないグッズが集められている。犬連れの客が多く、犬用のプリクラも置かれている。スタッフはおそらく日本初だと話した。ファミリー向けには縁日やスマートボールがあり、店内には川が流れている。犬用のアイスも人気の土産だという。

施設全体には「量子水」が引かれており、蛇口をひねっても量子水が出る。スタッフによれば、土日には犬が400匹ほど来るが臭いがしないのは量子水のおかげだという。この水の代理店も行っている。ほかに、伝統工芸や作家とのコラボでオリジナル照明を作るものづくりの店や、名前入りの犬の刺繍グッズを作る店、撮影スタジオ、ドッグラン、ライブスペースがある。取材中には、同行メンバーがメンズコーナーの服を着て「誰が着てもすぐおしゃれになる」と盛り上がる場面もあった。

「メイン会場」は裏口のような扉の奥にある隠し部屋で、カラオケと喫煙ができる。原俊之氏は帰国時にここでマスターを務める。乾杯の音頭は「ドバイやばい、乾杯」だ。

新ブランド「nuuuii」と中東情勢

原俊之氏によれば、夫妻は昨年8月にドバイへ移住し、新ブランド「nuuuii(ヌーイ)」を立ち上げた。本来はUAEを中心に中東でEC販売する計画だった。しかし中東情勢の影響で、インドで生産した商品がドバイに届かなくなった。置いておいても仕方がないため日本で売ることにし、現在はWHATAWONでだけ販売している。

主力はレディースだが、男性向けも手がける。原俊之氏が想定するのは40代、50代の男性だ。おしゃれはしたいが何を着ればいいか分からず、ファストファッションだけでは質感で見栄えがバレる。そうした層が「これを買っておけば間違いない」と思える、サイズ感、質、価格のバランスを目指して自ら仕込んでいるという。

ドバイ移住の一番の理由は子どもの教育

移住の一番の理由は教育だと原京子氏は語った。ドバイでは放課後の活動が充実していて、毎日違うクラブに入れる。原家の子どもはボルダリング、美術・アート、パルクール、ファッションデザインのクラブに通っている。受験戦争に巻き込まれずに感性を磨ける教育だという。

原氏によれば、ドバイは住民の約90%が移民で、小学校も同様に多国籍だ。ロシアとウクライナ、イランとイラクのように国家間の関係に関係なく子どもたちが同じ場にいる。その年代に多様な文化の中で教育を受けることが将来を変えると信じている、と語った。島袋氏が住むシンガポールは中華圏の人が多いが、ドバイでは中華圏は少なく、日本人は0.2%、数千人程度だという。

子どもは移住後に一度転校している。最初はイギリス系の学校だったが合わず、今はアメリカ系の学校に通っている。原氏はイギリス系を、1+1の答えにも定規を使えと言われるような堅さだと表現し、自分たち家族には「絶対合わない」と判断した。制服も買い入学金も払っていたが、1か月で転校させた。アメリカ系に移ってから子どもはずいぶん明るくなったという。子どもの性格が変わったかと聞かれると、原氏は「そのままかな」と笑った。移住がどう影響したかは、本人に聞いてみないと分からないという答えだった。