「ブームはやらない、行列は危険」――ちひろ菓子店・田島慎也氏が東京初の単独店で示した焼き菓子ビジネスの考え方

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概要

北海道発のチョコレートブランド「CACAOCAT」や焼き菓子ブランド「ちひろ菓子店」を展開するDADACA代表の田島慎也氏を、M&A BANKの島袋直樹氏が訪ねた回である。前半は田島氏の自宅で、仕事観と「ブームを追わない」経営方針を聞く。後半は、オープンから約1週間のちひろ菓子店・尾山台店を訪れ、家賃、想定売上、原価率、投資額、出店戦略を現場で確認した。同行した高さんも、店舗ビジネスを見てきた立場から立地や収益性についてコメントしている。田島氏の立場は一貫している。一時的に行列ができる店ではなく、10年、20年続けられる業態を作りたいというものだ。

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幸せを感じるのは「挑戦しているとき」

島袋氏はまず「田島さんの幸福論」を尋ねた。田島氏は、目標に挑戦しているときの方が楽しいと答えた。1回目の起業で何もなかった頃の方が幸福だった気もするという。40代になって落ち着いてはきたが、基本的に事業が好きで、事業に一生懸命取り組んでいるときが一番幸せかもしれないと話した。

島袋氏はさらに、事業のどの局面が楽しいのかを聞いた。仕掛けた企画がヒットしたときなのか、開店後に損益計算書で黒字を確認したときなのか、規模が拡大していくときなのか。田島氏の答えは「物作りが好き」というものだった。同じ業態でも、この店舗ではこういう商品を出そう、こういう店作りにしようと、1店舗ごとに少しずつ変化を入れる。そうすると進化している感じがするという。同じ店をいくつも作ることにはあまりワクワクしないし、お客さんもおそらくそうだろうと田島氏は見ている。

島袋氏は、2〜3年前に田島氏から出資を受けたときのエピソードも紹介した。業績報告がテキストばかりではワクワクしない、と言われたという。島袋氏はこれを、顧客に対してもワクワクする見せ方や商品を考えている、ということだと受け止めた。田島氏はこれを認めたうえで、より大事なのは長く愛される商品や店を作ることであり、定番商品を磨き続けることを常に意識していると付け加えた。

定番商品を磨き、あえて効率の悪いこともやる

売れている定番商品をなぜ変えるのか、と島袋氏は尋ねた。田島氏の答えは原料だった。規模が大きくなると、より良い原料を使えるようになる。原価と手間をしっかりかけたものは基本的においしい、というのが田島氏の考えである。

店舗が増えると、どうしても工業的になっていく。だからこそ、職人っぽい、効率の悪いことをあえてやっていると田島氏は言う。効率だけを求めるなら、フィナンシェだけを売り続けるのが一番いい。それでも、手間のかかる焼き菓子もラインナップに混ぜている。理由は競合にある。ちひろ菓子店が競う相手は、街の有名なパティスリーだと田島氏は考えている。そうした店に劣らない品質の商品を作り、職人を育てていきたいという。

ちひろ菓子店は、全店が基本的に厨房を持つ。そこでお菓子職人を育て、フィナンシェを中心に焼き菓子を展開するというコンセプトだ。田島氏自身はメニューの方向性や試食を主に担い、現場での教育は製造のマネージャーがOJTで行っている。

感情的に怒ることはあるかと聞かれると、田島氏は「あまりない」と答えた。ただ、グランドオープンに準備が間に合わないなど段取りが悪いときは、現場に入るとスイッチが入ることがあるという。もともと職人なので、現場には厳しい方かもしれないと自己分析した。

京都のカフェでも抹茶を「一番前には出さない」

次に狙う業態を問われた田島氏は、最近M&Aで取得した京都のカフェを挙げた。ちひろ菓子店とのシナジーを出しながら、少しずつ伸ばしていく考えだ。

島袋氏は、京都のカフェといえば抹茶で、抹茶はいまブームではないかと指摘した。田島氏によれば、このカフェでは抹茶メニューが人気商品の一つになっている。売上の50%以上は外国人客だという。現在は、ちひろ菓子店のノウハウを入れて焼き菓子を強化したカフェへとリニューアルを進めている。ドリンクや焼き菓子のメニューを少しずつ増やし、その中で抹茶の焼き菓子やドリンクも展開していく方針だ。島袋氏はこれを「抹茶で行きそうなところを、抹茶を一番前には出さない」やり方だとまとめ、田島氏も同意した。

なぜブームを追わないのか

理由を問われた田島氏は、以前の会社で何度もブーム型の商品に取り組んだが、続かなかったと振り返った。お菓子業界では、特に単品商品について「スタートは良くても後でどんどん下がっていく」という傾向がずっと続いていると田島氏は見ている。

とはいえ、ブームを完全に無視するわけにはいかない。どう取り入れるのかという問いに、田島氏は抹茶を例に答えた。抹茶を中心としつつも総合的なカフェであれば、売上は落ちないと思う。一方で、抹茶ドリンクだけに絞ったテイクアウト店を作るのはかなり危険ではないか、というのが田島氏の見方だ。一つの軸を持つのはいい。ちひろ菓子店ならフィナンシェが軸である。ただし、総合的なお菓子屋としての構えがあることが、20年続けられる業態につながると田島氏は考えている。

「行列ができる店は気をつけた方がいい」

田島氏はさらに、行列ができる店には気をつけた方がいいと話した。行列ができることを前提に損益が成り立っているモデルが少なくないと見ているからだ。田島氏がより強いと考えるのは、行列がなくても事業が成り立ち、堅実に収益が上がるモデルである。

実は、ちひろ菓子店の既存店もそれほど行列ができていないという。時間帯によって混み具合に差はあるが、客単価が高く、安定して収益が上がり続けている。田島氏は、こうしたモデルの方が好きだと言い、そういうブランドをいくつも作っていきたいと語った。

尾山台店:駅から5〜10分、駐車場なしのロードサイド

一行は車ですぐの尾山台店へ移動した。東京で初の単独店となる直営店で、訪問時点でオープンから約1週間だった。到着時には、すでに客が次々と入っていた。

島袋氏は、ロードサイドの立地でうまくいくのかが分からないと率直に述べた。田島氏によれば、駅から5分から10分以内で、富裕層がいるエリアを出店先に選んでいる。

高さんは、通り自体はとても良いと思ったという。ただ、ロードサイドなのに駐車場がない点を見て、一瞬大丈夫かと考えた。調べてみると、この地域の平均所得は700万円近くある。そのため固定客でかなり成り立つのではないか、というのが高さんの見立てだ。

田島氏によると、現時点で駐車場のある店舗は1店舗もないが、今後はロードサイドにも出していく。田島氏自身はロードサイドの方が得意で、駐車場付きの方がおそらく売れるだろうと述べた。現在の出店先は、路面店のほかは大丸などの百貨店が中心である。

店内:スクラッチ製造と、赤に変えたブランドカラー

店内には焼き菓子の香りが漂っていた。田島氏によると、全店で基本的に職人がスクラッチで製造している。高さんは、フランチャイズでは通常そこがネックになるのに、田島氏はあえてそこを狙っていると指摘した。田島氏は、自分も元々もっと大変なベーカリーの職人だったので、むしろ職人臭いものが好きだと応じた。

品質のブレについて問われると、田島氏は、多少は出るが出ないように努め続けていると答えた。そのうえで、ちひろ菓子店はやることを絞っているので、そもそもブレが出にくいと説明した。

内装は大阪の店舗とはまったく違う。尾山台店のコンセプトは、ラグジュアリーと手作り感の両立だ。ブランドカラーは、もともと落ち着いた色だったものを赤に変えた。焼きたてのイメージを強くし、商業施設でも目立ちやすくするためだという。店舗は20坪で、厨房をあえて客から見えるように配置している。本来はもう少しカフェスペースを付けたかったが、柱の位置が悪く断念したと田島氏は話した。

家賃50万円、想定年商1.5億円、原価率35%

数字については、次のようなやり取りがあった。家賃は約50万円である。想定売上を聞かれた田島氏は、年間1億5000万円ぐらいいけたらいいと答えた。月にすると1200万〜1300万円程度になる。

高さんは、それなら非常に儲かると反応した。原価率は約35%で、年商1.5億円に届けば利益率は3割ほど残ると田島氏は説明した。島袋氏は4500万円程度になると計算している。高さんは、1.5億円ではなく1億円でも相当の利益が残るとみて、今後が楽しみだと述べた。

投資額は、田島氏によれば今回はかけすぎてしまって約4000万円。保証金なども含めた金額である。通常は3000万円程度に収まるという。高さんは、厨房設備の規模が分からないので何とも言えないとしつつ、この坪数で4000万円は結構かけていると評した。ただ、スケルトンからの工事なら、そのくらいになるかもしれないとも話した。

最高級の原料と、焼きたての提供

一行は実際に商品を購入した。尾山台店ではジェラートも扱っており、これはこの店だけの商品で、北海道の工場で作って送っているという。

店では客に毎回焼きたての商品を提供している。これはオープン記念として配っているわけではないと田島氏は説明した。高さんは、フィナンシェはバターなどを抑えれば原価をコントロールしやすい商品だと述べた。そのうえで、食べた瞬間に感じるバターの量で原価率35%に抑えているのは、よくコントロールしていると評価した。

これに対し田島氏は、バターだけでなくアーモンドプードルも最高級品を使っていると説明した。すべての食材に最高級のものしか使わないのがコンセプトで、原価は非常に高い。そのぶん、他のパティスリーと比べても味で圧倒的に勝てると考えているという。特にフィナンシェはどこにも負けない品質で、しかも焼きたてで提供している。それでいて手が出ない価格ではない、と島袋氏も補足した。

関西の知名度と、2年かけた東京進出

高さんは関西出身で、ちひろ菓子店は関西ではほとんどの人が知っているブランドだと話した。問題は、その知名度が関東や九州でどこまで通用するかである。

田島氏が東京で単独店をずっと出さなかったのは、知名度がないことへの不安があったからだという。そこでまず、白金台などにあるCACAOCATの既存店舗の一角で、サテライトショップを展開した。2年が経ち、その既存店がきちんと伸びていることを確認した。そのうえで、今回の単独店による関東進出に踏み切った。尾山台店に客が入り続けているのを見て、知名度のないエリアでもうまくいくことが確認できた、と田島氏は述べた。全国展開がよりやりやすくなったという認識だ。

ショッピングセンターについては、基本的にまだやらない方針である。マーケットは大きいと思うので、どこかのタイミングで別業態として検討する可能性はあるが、しばらくはないという。ブランドとして、まずは百貨店と富裕層エリアの路面店を基本にしているためだ。駅ビルや百貨店からの問い合わせも多いが、ブランドイメージに合うところを選んでいると田島氏は話した。

店内では、年配の女性客がギフト用にまとめ買いしていた。田島氏によれば、客数はパン屋ほど多くないが、客単価は非常に高い。企業から一度に100万円単位の注文が入ることもあり、そうした大口注文が年に何回かあるという。

FC展開:少数のオーナーと、立地の広さ

東京でもFCをやるのかと聞かれた田島氏は、相談しながら進めると答えた。オーナー数は少なめの方がよく、複数店舗を一緒に長く運営してくれる相手と組みたいという。

FC展開のポイントを問われた高さんは、立地さえ間違わなければ利益は確実に取れると答えた。尾山台店は角地で視認性は取れているが、車は止められない。そのため客は車の客ではなく、地域の住民や駅から目的をもって訪れる人になる。それを考えると、高さんは当初この物件に「えっ」と感じたという。それでも、田島氏の示す収益構造なら、想定を下回る売上でもしっかり利益が取れる。そうであれば選べる物件の幅はかなり広がり、FC出店のスピードも上げられるのではないか、と高さんは述べた。

フィナンシェはブームなのか

島袋氏は、抹茶やドーナツのように、フィナンシェもブームなのではないかと問いかけた。高さんは、フィナンシェがいま来ていると言われてはいるものの、関西出身の自分から見れば、ちひろ菓子店のフィナンシェはすでに根付いた存在だと答えた。ちひろ菓子店はフィナンシェブームの仕掛け人でもない。安定した売上に、今のブームが乗っているのかいないのか分からない程度であり、一時的なブーム業態とは見ていないと高さんは話した。

田島氏は、10年、20年続けられる業態しかやらないと決めていると改めて述べた。そのため、投資回収を早期に進めることはそれほど意識していないという。この業態の強みは、2年目、3年目、4年目と既存店の売上が伸び続ける傾向にある点だと田島氏は説明した。スタートの勢いよりも、いい店を作り、いい商品を出し続けることの方が大事だという考えである。

そのために、フィナンシェ以外にもシュークリームやパイなどの商品を徐々に増やしている。尾山台店は20坪なので最低限のラインナップにしたが、広い物件なら焼き菓子コーナーやカフェコーナーを広げる。どの坪数の物件にも対応できるモデルを考えているという。これは前の業態でもやっていたことだと田島氏は話した。

「バカ売れする」立地とは

最後に島袋氏は、出せばきっと大きく売れるだろうと思うのはどんなロケーションかと尋ねた。田島氏の答えは、ベーカリーにも共通するという「新興エリア」だった。マンションがどんどん建っているのに、まだ店がない場所である。お菓子屋だけでなく飲食店自体があまりないのに、需要はどんどん増えている。そういう場所が一番いいという。

田島氏は、30〜40年前に人気を集めたある街もおそらくそうした状態だったと例に挙げた。その後の年月で店が増えすぎた結果、良いイメージはそのまま残っているが、マーケットとしては実は弱くなっている、というのが田島氏の見方である。