賢さとは知性をオンオフする力である──岡田斗司夫が答えた5つの人生相談

YouTubeで開く ↗
概要

岡田斗司夫が視聴者の相談に答える「サイコパスの人生相談」の過去回(2023年9月10日配信の第502回)を再編集した回である。取り上げた相談は5つある。世間で絶賛されている作品を楽しめない、京都アニメーションを応援するには何をすればいいか、ナンパではなく大好きな人と付き合いたい、過去動画をどうやって選んでいるか、賢い女性は生きづらいのか、というものだ。岡田は冒頭で、このチャンネルには頭を良くする方法や賢さとは何かという相談が意外に多いと述べており、最後の相談では「知性」と「賢さ」を分けて考える見方を示している。

19分で読めます
1:46

世間の絶賛についていけないという悩み

最初の相談者は10代の男性である。映画や漫画、アニメで世間が大絶賛している作品を、自分はまったく面白く感じないことが多い。大衆映画やジャンプ漫画で楽しめるものもたくさんあるが、自分の考え方が歪んでいて、年を取るほど楽しめる作品が減っていくのではないかと心配している。最近つまらなかった作品には『トランスフォーマー/ビースト覚醒』を挙げ、『マリオ』も大絶賛されるほどではないと感じた一方、『スパイダーバース』は大絶賛だという。

岡田はまず、そもそも「世間」とは何かを問う。岡田は最近は新聞をあまり読まず、毎日スマートニュースばかり見ていると明かす。そこでは、グラビアの人やスポーツ選手が水着や露出の多い衣装の写真を出すと、「天使降臨」「美しさに涙」といった声がネットで殺到したと書かれる。だが岡田は、そんな声が殺到しているのを実際に見たことがなく、アクセス数目当てにアルバイトのライターが1文字5円や10円で書く「こたつ記事」ではないかと推測する。そうした声はいくらでも作れるし、編集部がライターに本当にあったのかと確認することもないだろう、というのが岡田の見立てだ。世間の声にはそういう面があるとしつつも、大ヒットしているアニメや映画に大絶賛の声があるのは確かだと認めている。そのうえで、岡田自身も自分の評価と世間の評価のずれをよく感じると言い、最近の例を2つ挙げた。

4:35

Netflix版『ONE PIECE』と「原作愛がありすぎる」問題

1つ目はNetflixの実写版『ONE PIECE』である。岡田は2話まで見て、面白くなかったという。ただし、出来が悪いという意味ではない。キャラクターは原作にそっくりで、セットや小道具は非常によくでき、ロケ地も背景CGの合成も自然だと評価している。それでも面白くない理由を考えて、岡田は「原作愛がありすぎる」からではないかという結論に至った。原作愛がないからつまらないと言われる作品はよくあるが、逆に原作愛がありすぎても面白くならない場合が多い、というのが岡田の考えである。

その顕著な例として岡田が挙げたのが、鳥山明の漫画をきわめて忠実にアニメ化した『SAND LAND』だ。岡田によれば、鳥山明はこの作品を絶賛している。原作者から見れば自分の漫画の通りに作ってあるのだから面白いのは当然だが、映像のリズムは漫画のリズムではない。漫画に出てくる名台詞を声優がたっぷりと間をとって話すので、映像としては間延びしてしまう。岡田は、鳥山明は昔ハリウッドでひどい『ドラゴンボール』を作られた記憶があるから今回は思い通りの映像化だと感じているのだろうと推測し、漫画家としては天才でも映像作家としては素人同然なので、この間延びが面白いと思えてしまうのではないかと、かなり辛辣に語った。『ONE PIECE』についても、尾田栄一郎は納得できるものができたと思っているのだろうが、自分には間延びして見づらい、という印象だという。

岡田はお笑い芸人の東野幸治が、キャラクターが自分の思っている通りではなかったと述べたうえで「学芸会」という言葉を使ったことにも触れ、その表現にはおおむね同意すると述べる。演技が下手という意味ではなく、段取り通りに進む芝居の連続で、漫画を読んでいるときのワクワク感やリズムが失われている、という意味で受け取っている。

7:01

配信作品を途中でやめることについて

この『ONE PIECE』について、岡田が以前「最初の15分で見るのをやめた」と話したところ、コメント欄が小さく炎上したという。岡田はこれについて、配信という手段を選んだ時点で、途中でやめる視聴者がいることは受け入れなければならないと主張する。劇場公開であれば劇場に来ない人がいることを諦めるのと同じで、テレビのように無料で全員に見せるのではない以上、途中でやめられることも前提にすべきだという立場だ。だから15分でやめたことにやましさはないという。

それでも「バギーが登場するところまで見てくれ」というコメントがあったので、岡田は1話を最後まで見て、2話も見た。しかし感想は変わらず、やはりそれほど面白くはなかった。これは個人の感想であり、また炎上しても引っ込めるつもりはないとしたうえで、絶賛している人とは映画に求めるものが違うだけだ、と整理している。世間の評価と自分の評価が違うのは当たり前のことだというのが岡田の基本的な答えである。

8:21

映画『福田村事件』への違和感

2つ目の例は、劇場公開中だった映画『福田村事件』である。岡田はこれにも炎上の心配を口にしながら語った。大正時代の関東大震災の際、朝鮮人が井戸に毒を入れた、暴動が起きて日本人が次々に殺されているといったデマが流れた。岡田は、単に流れたのではなく内務省の通達などで意図的に流されたのではないかという疑惑もあると付け加え、詳しくは資料が多く出ているので見てほしいと述べている。このデマによって日本各地で自警団が組織され、数千人が殺された。犠牲者の大部分は朝鮮半島出身の人々だったが、社会主義者や被差別部落の人々も含まれていた。岡田はこれを日本の歴史の暗部と呼ぶ。映画は、この実際の事件をドキュメンタリー監督の森達也が撮った劇映画である。

映画.comのレビュー欄は絶賛一色だったが、岡田の感想は「それなり」だった。テーマは素晴らしく、当時の風景やセット、小道具は見事で、俳優陣の演技もよく、特に田中麗奈にとっては代表作になったのではないかと評価する。しかしクライマックスのアクションシーンが非常に下手だという。竹槍で人を突いたり日本刀で人を斬ったりする場面にまったく力が入っておらず、そんな突き方では刺さらないと感じるほどで、昔のテレビ時代劇の殺陣のほうがずっとましだと岡田は言う。

岡田がより強く引っかかったのは配役である。デマに踊らされる愚かな村人たちと、デマに流されない、あるいは被害者になる善い人たちが出てくるが、善い人たちは全員が美男美女で、見た瞬間にこの人は殺される側だとわかるほどだった。逆に、容姿のよくない人たちが悪役に配置されている。岡田は、この映画のテーマは生まれによる理不尽な差別の悲劇であり、そういう人を悪いと思ってはいけないという話のはずなのに、生まれつきの容姿で悪役を振り分けるのはテーマに反していると指摘する。ある差別を糾弾するためなら別の差別をしても構わないという考え方は、目的のためには手段が正当化されるというテロリストの論理でできている、と岡田は批判した。

さらに岡田は、空気に流されて自分の意見を持てないことの怖さもこの映画のテーマであり、森監督もインタビューでそう語っているのに、映画.comのレビューがどれも同じような絶賛であることを皮肉として挙げる。これは制作者の責任ではないと断ったうえで、岡田はこの映画がプロパガンダ映画、あるいは感動ポルノである証拠だと考えている。自分の頭で考えろと言いながら、同じ感想しか持ちようのない映画を作ってしまっている、という見方だ。ただし岡田は、映画としては本当にショッキングで一瞬も眠くならず、最後までずっと面白かったとも述べている。面白いが、突っ込みどころが多すぎて熱くなれなかった、というのが岡田の評価である。

13:14

世間とずれたまま生きていく

岡田は、今述べたような感想は『福田村事件』のレビューにはおそらく出てこないだろうと言い、自分はそれくらい世間とずれていると認める。相談者が心配する「年を取ると楽しめる作品がもっと減る」という可能性についても否定せず、『ONE PIECE』や『福田村事件』に世間の人のように感動できればよかったと思いつつ、もう人生は引き返せないのでこのまま行く、と笑いながら答えを締めくくった。

13:50

京アニを応援するなら公式通販で買う

2つ目の相談は30代男性からで、『響け!ユーフォニアム』の新作映画を見て、この作品をリアルタイムで見られることへの感謝が生まれ、京都アニメーションに貢献したいという思いが強まったという。アニメ制作会社に最も貢献できる活動やお金の使い方は何か。京アニが困窮して作品が見られなくなったり、品質が下がったりすることを心配している。

岡田はまず、事件のあと国内外から33億円以上の寄付が集まったらしいと触れつつ、相談者の関心はそうした不幸への支援ではなく、素晴らしいアニメを作る制作会社として純粋に応援したいということだろうと受け止める。そのうえで勧めたのが、京都アニメーションの公式サイトにある、制作会社自身が運営する通販ショップで買うことだ。

根拠として岡田が語ったのは、自身がかつて大阪で経営していた店「ゼネラルプロダクツ」での経験である。Tシャツやガレージキットなどのオリジナル商品を作り、売れるようになると全国のアニメショップや模型店に卸すようになった。メーカーとして卸してみてわかったのは、原価1000円のものを1500円で売っても儲からない、むしろ損をするということだった。岡田によれば、一般のグッズショップが定価の30〜35%ほどを取り、中間の卸業者が20%ほどを取るので、メーカーに残るのは良くて5割になる。本の場合は書店の取り分が2割ほどしかなく、だから書店は倒産しやすいとも付け加えている。

この計算でいくと、2000円の商品を京アニの公式通販で買えば京アニに2000円が入るが、近所のアニメショップや公式でない店で買えば京アニには1000円しか入らない。だからお金の面では、直営の通販サイトで買うのが最も良い支え方だと岡田は言う。これはスタジオジブリでもスタジオカラーでも海洋堂でも同じだとし、一般の人は気づかなくても、アニメファンやオタクだけでもそれくらいは気を使ったほうがいいと勧めている。岡田自身も海洋堂の「太陽の塔」をAmazonではなく海洋堂の公式サイトで買ったという。

17:35

SNSで具体的に褒め、否定的な意見には反論しない

お金以外の応援として岡田が挙げたのは、放送のたび、金曜ロードショーで放送されるたび、劇場公開のたびに、SNSに必ず感想を書くことである。理由は、プロデューサーも監督もアニメーターも声優も、会社の若手スタッフも、皆が徹底的にエゴサーチしているからだという。俳優やミュージシャンは実際に人と会う機会が多いが、アニメ関係者は声優も含めてインドアな人たちばかりで、エゴサーチをしない人のほうが珍しい、と岡田は言う。エゴサーチをやめているクリエイターやしないようにしているクリエイターもいるが、基本的にはしていると思っておいたほうがいい。そして彼らは作品を作るモチベーションを基本的にSNSからもらっている、というのが岡田の見方である。

感想を書くと、必ず細かいことにけちをつける人が現れる。岡田は「僕みたいに」と自嘲しつつ、そういう人には反論せず放っておくよう勧める。相手にすると、その人を中心とした騒ぎが大きくなるだけだからだ。面白ければ面白いと書き、今回はいまひとつだと思ったら「次回も期待しています」とだけ書けばいい。いまひとつだったとわざわざ書く必要もないという。

クリエイターは批判にも耳を傾けるべきだという意見について、岡田はそれを、読者の感想が作者への手紙くらいしかなかった時代の話だと位置づける。現在のSNSでは、たった1人の否定的な意見が毒のように作者の口元まで届く。書いた本人は大したことがないと思っていても、心が弱っているクリエイターの中に入ると、複合作用や生体濃縮のようなことが起きて立ち上がれなくなることがよくある、と岡田は言う。だからといって、否定的なことを書く人をみんなで止めたり注意したりしてもいけない。あくまで放置し、自分のペースで淡々と「見ました、すごかった、面白かった」と伝えればいい。

その際はできるだけ具体的に、感動した箇所や台詞、作画など、良かったところを挙げて褒める。岡田によれば、アニメスタッフには年に何度か、もうアニメをやめようかと思う瞬間が正直あり、そうした感想はそれを止める力になるという。

21:33

「彼女が欲しい」と「大好きな人と付き合いたい」は別の問題

3つ目は10代の男子高校生からの相談である。彼女ができたことがなく、彼女が2人いる友人に相談したところ、インスタで女子にDMを送りまくり、返事が来た子と仲良くなってデートに行けばいいと言われた。それはそうなのだが何か違う、自分は大好きな人と付き合いたいのだ、と感じた。しかし高校の間に誰とも付き合えずに終わるのも嫌だ。DMを送りまくるべきか、大好きな人が自分を好きになってくれることに賭けるべきか。なお、その大好きな人には彼氏がいるという。

岡田は、これはどちらに賭けるかという問題ではないとしたうえで、大学選びにたとえて説明した。「彼女が欲しい」というのは、早く大学生になってキャンパスライフを楽しみたいという願いに近い。どの大学に行くかで多少の違いはあっても、キャンパスライフを楽しむこと自体は自分の意思でできる。同じように、相手を問わなければ彼女を作って恋愛することはある程度可能だ。一方、「大好きな人と付き合いたい」は、どうしても東大に行きたい、京大に行きたいと特定の大学にこだわるのと同じで、その学力や能力があるのかが問われる。しかも相談者の好きな人には彼氏がいるので、「新規入学を許可していない、入学試験もしていない」状態だと岡田は言う。

岡田のまとめはこうだ。彼女が欲しいなら、自分の偏差値に合った大学を選ぶように、自分の「恋愛偏差値」に合った相手を探すべきで、友人の言うインスタのDM作戦はまさにそのための方法である。DMを受け取った女の子は相談者のインスタを見る。そこには相談者の恋愛偏差値が表示されているようなものなので、この人なら一度話してもいいと思った子からだけ返事が来る。つまり自動的に自分の偏差値に見合った相手と出会える仕組みだという。

一方、どうしても大好きな人にこだわるなら、片思いという恋愛を楽しむつもりになったほうがいいと岡田は勧める。60歳を超えた自分から見ると、自分さえしっかりしていれば相手は誰でもいいという感覚になり、この人でなければ恋ができないというのは若い頃特有の思い込みのように思える、と岡田は言う。それを青春と呼び、自分は二度と青春は嫌だが、青春は辛く苦しいことばかりなので、早く青春を終わらせるために苦しい片思いをするのもいい、と答えた。

25:17

過去動画の選び方

4つ目は30代女性からの、500回を超える配信の中から過去動画をどう選んでいるのか、いつどんな話をしたかを覚えているのか、という質問である。

岡田によれば、アーカイブがあり、年ごとのリストと各回の文字起こしがすべて揃っている。基本的には同じ時期の回から選んでおり、たとえば9月であれば2022年、2021年、2020年、2019年と2013年まで遡って9月頃の回を選ぶ。加えて、切り抜き動画で盛り上がっている回も選んでおり、切り抜きをしている人たちの戦略を参考にしているという。リクエストにもできるだけ応えるので、見たい過去回があれば、お便り投稿フォームでなくコメント欄に書いてくれれば十分だと述べた。

26:47

賢い女性は生きづらいのか

最後の相談者は中学3年生の女子である。自分は賢いほうだと思うが、本当に賢い女性は賢さを見せない人だと思う。岡田やひろゆき、堀江貴文のように世間を驚かせる知識を持つ女性がいても、学校でそれを話せば「可愛げのない変な女」になる。男性でも変な人という印象は持たれるが、女性の場合は「可愛げがない」がついてくるので死活問題だ。知識のある女性になりたいが、それを表に出す女性は求められていない気がする。どう振る舞うのが正解か、という相談である。

岡田はまず、賢い女性が生きづらいのはその通りだと認め、否定しない。ただし、それは相談者が中学生で、公立中学に通っているからだと考える。偏差値の高い私立に行けば、頭が良く成績の良い女の子はモテるらしい、と岡田は言う。そうした環境では成績が悪いことのほうが負けだからだ。公立では勉強ばかりしている子はクラスの中心的な価値観のグループから外れがちになり、それだけ「頭のいい女=可愛げがない」となりやすいが、偏差値の高い学校ではそれがかなり緩和される、という見方である。岡田は、林先生が女の子はできるだけ私立に行ったほうがいいと発言して炎上していることにも触れ、あれは頭のいい男子は公立でも案外大丈夫だが、頭のいい女子は私立のほうが人生で辛いことが少なくて済む、という親切心からの助言だろうと解釈している。

とはいえ岡田は、頭の良さによる生きづらさは男女を問わないとも言う。自分も中学の頃は生きづらかったし、堀江貴文もひろゆきも学生時代はきっと生きづらかったはずだという。岡田の考えでは、幸せは平均的な人に優しい。顔も能力も個性も感性も平均的な人、より正確には平均よりちょっと顔が良く、ちょっと足が速く、ちょっとセンスがいいくらいの人が最も幸せになりやすい。

そして頭のいい女性は、生きづらさから逃れようとすると知識で武装したがる、と岡田は指摘する。相談者は知識をつけたいと書いているが、知識は武装である。岡田が必要だと考えるのは武装ではなく「仮面」だ。

29:51

弘中綾香アナの「表情」に見る知性のオンオフ

仮面の例として岡田が持ち出したのが、テレビ朝日のアナウンサー弘中綾香である。岡田は、東大教授の上野千鶴子と弘中綾香を比べたら頭の良さはおそらく同程度だが、より完成度が高いのは弘中のほうだと言う。

具体例は、9月8日に放送されたテレビ朝日の深夜番組『しくじり先生』である。ゲストのアンガールズ田中が、モテなかった頃の女性観を延々と、本気で語った。見た目で「キモい」と言われ、モテなかったという話を続け、「お前らこんな目にあったことないだろう」と叫んだところ、セーラー服姿で最前列の生徒役として座っていた弘中が、自分にも同じ経験があると言い出した。昔、ディスコのVIPルームに5人ほどの女性が呼ばれたとき、誰もが知る有名な社長が弘中を指さして「君は帰っていいよ」と言った。その人のことは一生覚えています、と弘中は語り、その表情が番組でテロップ付きで映し出された。

岡田が評価するのはこの表情である。アンガールズ田中は芸人でありながら表情のバリエーションがあまりないが、弘中は、ここで過剰に盛るか、すかすか、ずらすかというパターンをたくさん持っていて、少し顎を傾けて役割を演じている、と岡田は言う。自分くらい可愛くても見た目による差別は当たり前にある、それくらいで恨み言を言うな、という役割をきちんと演じることで、単に見た目が可愛い女子アナという枠から外れた発言をし、存在感を出している、という読み方だ。

ところが15分後、考えを改めた田中が、女性を恨むのをやめた結果ちゃんと彼女ができたと語ったとき、弘中は「良かった」という顔で小さく拍手をした。岡田はこの小さな拍手を絶賛し、相談者に今すぐこの「良かった」を練習してマスターしてほしいと言う。ただし、あざとくなれ、可愛い子ぶれという意味ではないと念を押している。

32:37

知性は能力、賢さは幸福のためにそれを使う力

岡田の結論は、相談者は知性と賢さを混同している、というものだ。知性は単なる能力であり、その能力を幸せのために使うのが賢さだと岡田は考える。弘中は正しいタイミングで知性を出し(「一生忘れません」の顔)、正しいタイミングで小さな拍手によって知性を隠している(「良かった」の顔)。つまり知性をオンオフできている。知性を年がら年中出していると、それは東大教授の上野千鶴子になってしまう、と岡田は言い、オンオフこそが賢くありながら楽しく生き抜く方法だと答えた。

岡田は、こういう場面をテレビで見つけてニヤニヤしている自分は確実に性格が悪いと自嘲し、次からは誰かに感謝されたら小さく拍手をし、褒められたら小さく首を振って謙遜しようと思う、と冗談めかして締めくくった。

再編集版の最後に付け加えられたコメントで、岡田はこの話を改めて補足している。知性は能力、賢さはその能力を使って幸福になる力であり、これは女性に限らず老若男女に共通する法則だと思うという。自分の知性や、他人から頭がいいと思われることにこだわりすぎると、賢いことを証明するために余計なことを言ったり、他人のやっていることに口出ししたりして嫌われ、孤立して幸せから遠ざかることが多い。嫌われること自体は構わないが、それで幸せでなくなったらどうするのか、と岡田は問い、知性ではなく、知性を使って幸福になる賢さを目指したほうがいいと述べた。

35:43

応援のコメントは必ず届いている

補足コメントでは、京アニの相談で話した「SNSに好意的な感想を書くのが一番手っ取り早い応援」という点も、本当にそうだと強調している。YouTubeの配信者を応援したいなら、治安が悪くなっているXに投稿しなくても、動画のコメント欄に「面白かった」「応援しています」と書くだけでまったく違い、やる気が出るという。これは岡田自身が長くYouTubeを続けてきての実感である。

岡田によれば、多くのYouTuberが調子を崩すのは、コメント欄の中で自分を応援してくれる人の比率が崩れたときで、それがインフルエンザのように染みてくるのだという。コメントが面倒なら高評価ボタンを押すだけでもいい。自分は60代でメンタルは割と健康なので大丈夫だと思うが、10代から30代のYouTuberはメンタルを崩しやすいのだろう、と岡田は推測する。だから応援している30歳以下くらいのYouTuberがいれば、面白いと思ったときにはたまに「良かったです」とコメントしてあげてほしい。同じようなコメントが4000件ついていても、彼らは4001番目のコメントまで必ず読んでいるから、と岡田は呼びかけている。