家出したアムロと「灼熱のアッザム・リーダー」を岡田斗司夫が読み解く

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概要

岡田斗司夫は、『機動戦士ガンダム』TVシリーズを1話ずつ解説する連続講座で、第18話「灼熱のアッザム・リーダー」を2回に分けて取り上げた。前話「アムロ脱走」でガンダムごとホワイトベースを飛び出したアムロ・レイが、近くの廃墟にこもって拗ねている。この回の筋はそれだけの地味なものだ。それでも岡田は、アムロやホワイトベースの面々の細かな心理と、連邦とジオンの戦争の転換点が描かれた見どころの多い回だと位置づける。一方で、後半の戦闘シーンについては「ガンダムで一番間抜けなシーン」と笑い、苦しい理屈で弁護を試みたうえで、最後には無理があると認めている。

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劇場版では省かれた「地味な回」

岡田によれば、第18話はドラマ的には見逃せないが、ストーリー上はなくても成り立つ回である。そのため劇場版ではこのあたりが省かれている。ただ、ここを省くと、アムロが脱走した直後にランバ・ラルと出会う流れになり、見通しが良すぎて「すべてのものの距離が近すぎる」印象になる。だから自分はこの回が好きだと岡田は言う。

見るべきポイントとして岡田は二つ挙げる。一つは、逃げたアムロと、追いかけてくる幼なじみのフラウ・ボゥのやり取りだ。フラウは結果的にアムロとホワイトベースの間に挟まれ、つらい思いをする。もう一つは、この回あたりからジオンの新兵器が少しずつ登場し始めることである。

台詞のないキシリアの初登場と「ザビ家のシャア」説

物語はアムロではなく、月のジオン前線基地グラナダから戦艦グワジンが発進する場面から始まる。ナレーションは、ザビ家の長女でジオン軍突撃機動軍司令のキシリア・ザビが、資源の発掘にあたるマ・クベのもとを訪れようとしていると説明する。岡田はこのナレーションを「日本語がむちゃくちゃ」と評する。「最も重要である資源の発掘に当たっている」という長い修飾語がマ・クベにかかっているのに、そのタイミングでキシリアの顔がアップになるため、発掘をしているのがキシリアに見えてしまうからだ。

岡田が注目するのは、キシリアの初登場に台詞がないことである。デギン、ギレン、ガルマ、ドズルは、初登場時に必ず人物像がわかる台詞があった。キシリアだけは、フラッシュのような登場と顔のアップだけで済まされている。岡田は、この時点ではまだキシリアのキャラクターがあまり固まっていなかったのではないかと推測する。

そのうえで岡田は、キシリアを「ザビ家のシャア」と見ている。シャアは目だけを隠す仮面をかぶり、キシリアは目だけを出す仮面をかぶる。シャアが殺された父(と母)のために復讐を誓い、妹を思う「家族のために復讐する」人物だとすれば、キシリアは父を殺されたがゆえに実の兄ギレンを殺す宿命を負う「仮面をかぶって家族を殺す」人物だという。シャアが妹を強く愛するのに対し、キシリアはガルマが死んでも大してショックを受けず、むしろショックを受けた父を心配する。最後まで「お父さん大好き」なキャラクターとして描かれ、ギレンを撃つときも父の仇と言って撃つ。後の回(岡田は41話あたりと記憶をたどる)でシャアとキシリアが互いに仮面を外して本音を語り合う場面がスリリングなのも、この対称性があるからだと岡田は述べる。

廃墟のアムロと、夜空を横切るアッザム

サブタイトルの後、アムロは砂漠のゴーストタウンに身を隠している。ただしガンダムで歩いてきたので、町には巨大な足跡が残っている。ガンダムには布をかぶせ、空から見ればカムフラージュになっている程度だ。岡田は、何の用意もなく私物だけ持って飛び出したのに、よくこれだけの布があったものだと笑う。

アムロは持ってきた缶詰を食べ、物音がするたびに右手に置いた銃を構え、しばらくするとまた食べ始める。宇宙に出てからまともに眠れなかったと不満を言っていたホワイトベースより、一人の生活のほうがはるかに眠れず辛い。アムロはそれを思い知らされている最中だと岡田は読む。

物音の多くはネズミや風だったが、あるとき明らかに違う轟音がする。見上げると黒い影が通り過ぎる。これがジオンの新兵器アッザムだ。4本の脚がついた移動砲台で、岡田は戦車に近いものだと見る。監督の趣味からすれば本当はこうした兵器のほうが実用的だと考えていたのかもしれない、ただしあまりかっこよく描くわけにもいかなかったのだろう、と推測する。そして、この段階でアッザムを出しておいたことがシリーズ後半へのいい伏線になるとも指摘する。

カメラはアッザムの窓に寄り、アムロの視点で、中でキシリアとマ・クベが話している姿が見える。ここまで台詞はほとんどない。ナレーション、砂漠の町、足跡、隠したガンダム、怯えながら缶詰を食べるアムロ、そしてアムロには意味のわからない丸い物体と「偉そうなやつ」。岡田は、この時点ではアムロ自身もこれをどう解釈していいかわからない状態として描かれていると説明する。

ホワイトベースの怒り――「ゾンビに囲まれたスーパーマーケット」

場面は別のゴーストタウンに着陸したホワイトベースに移る。会話はフラウが説得されている途中から始まる。岡田は、アムロの居場所はもう全員が見当をつけており、話題は「誰が連れ戻すか」になっていると読む。

ハヤトが「アムロが帰ってきたらどうするんです」と聞くと、カイは「脱走者は死刑に決まってる」と言う。ブライトは軍規ではそうなっていると言い、セイラは「必要ならばそうするってことよ」と突き放す。岡田は、前々回に自分こそえげつない命令違反をしたセイラがこの回は徹底して冷たいと笑う。ミライが「およしなさい、セイラ」と止め、リュウが「俺たちは正規軍じゃないんだから、そんなことはしない」となだめても、セイラは「アムロのわがままを通させるわけにはいかない」と重ねる。フラウは「アムロが出ていったわけがわかったわ」と怒り、説得は場面の中でほぼ失敗している。

岡田は、昔はなぜ彼らがここまで怒るのかわからず、アムロ寄りに見ていたと振り返る。年を取って見返すと、ホワイトベース側の気持ちがわかるようになった。ポイントは「脱走」ではなく「ガンダムを盗んだ」ことだという。周囲は敵だらけで、ガンダム、ガンキャノン、ガンタンクがあるから生き延びてきた。岡田はこれを、ゾンビに囲まれたスーパーマーケットに100人ほどが立てこもっている状況にたとえる。3丁しかない銃の1丁を持ち逃げされたら、誰でも怒る。「百歩譲って逃げるのは仕方ないとしても、ガンダムは置いていけ」というのが皆の本音だろうと岡田は言う。

フラウの追跡と、銃を向けるアムロ

フラウはバギーでアムロを迎えに行く。岡田はまず、画面が斜めに傾いた構図に注目する。これがフラウの不安を表しているという。この回は14〜15歳の少年少女の冒険譚でもあると岡田は捉えている。第1話ではアムロが運転するエレカの助手席に座っていたフラウが、今は一人でバギーを飛ばし、後の回ではギアを切り替えてホバークラフトに変形させて飛んでいく。フラウがどんどんたくましくなっていく流れが見えるという。

運転中のフラウは、ミライの「みんなにバカな真似はさせないわ、私が責任を持つから」、リュウの「俺も保証する」という言葉を思い出す。岡田は、味方と言えるのはこの二人ぐらいで、その精一杯の約束も「悪いようにはしない」程度なのだと指摘する。

探す手間はない。砂漠にはガンダムの足跡がくっきり残り、町には昨日開けたばかりの空き缶が落ちている。角を曲がればいきなりガンダムの顔がある。岡田はここから、ホワイトベース側も実は面子を保ったまま平和に戻ってきてほしいと考えていたと読み取る。軍法違反だ死刑だと口では言うが、それはゾンビの群れの中で銃を持ち逃げされた不安をアムロにぶつけているだけだ。本当は「シャンシャン」で終わりたいからこそ、一番頼りにならない女の子一人に車を1台与えて「呼んできて」と頼んだ。この時点ではまだ「サークルの仲間割れ」に近かったと岡田は見る。

フラウが見つけたとき、アムロは携帯ストーブの前で毛布をかぶり、座ったまま眠っていた。気配で飛び起き、壁際で銃を構える。昨日の空耳ではなく足音だと確信し、完全に殺すつもりで待っている。一方のフラウは、毛布や缶詰の跡を見て「やっぱりここにいた」と安心して入ってくる。岡田はこの対比をうまいシーンだと評する。銃を向けられて怯えた顔をしたとき、フラウは初めて、アムロがどれほど追い詰められているかを知るのだという。

「許してくれる」の一言と、歩いて去るガンダム

フラウはできるだけ気軽に「みんな心配してるわよ」と話しかける。アムロはガンダムを指して「みんなが心配してるのはこいつだろう」と返す。フラウが「今帰れば許してくれる」と言ってしまうと、アムロは「許す? 何の話だい」と引っかかる。岡田によれば、アムロには許されない悪いことをしたという自覚があまりない。皆がどれほど怒っているかという発想もなく、視野が狭くなっている。だから「許してくれる」と言われて腹が立つ。一方で、「必要なのはガンダムで俺じゃない」というアムロの見方自体は、前回のラストで語られた通り当たっているかもしれない、とも岡田は認める。

アムロは「僕の気持ちがわかるもんか」と言ってコクピットのハッチを閉める。岡田は中二病っぽいとしながらも、このプロセスはシリーズの中で一度は絶対に必要だったと言う。アムロは戦いを望んで始めたわけではないが、最終的には戦争に積極的に関わる人間になる。そのためには、母とのことやククルス・ドアンの回などを経たうえで、この最もしんどい感情の場面を通らなければならなかった。以前のアムロなら「ガンダムを降りろ」と言われても「それでもいいですよ」と言えたはずだ。いつの間にか「ガンダムで認められているのが嫌だ」という気持ちになっていた。それがはっきりしたのが前回であり、今回の「僕の気持ちがわかるもんか」の中身は台詞としては語られない、と岡田は整理する。

ここでガンダムは飛び去るのではなく、歩いて去る。フラウはバギーでその後を追う。岡田は、ロボットアニメらしくない間抜けさがありつつ、この回は久しぶりに作画が良いと言う。特に好きだというのが、バギーが逆向きに停まっていたため、フラウがバックしながら頭をガンダムの方に向けて走り去るカットである。現場は面倒でやりたくなかっただろうが、絵コンテにあるから描いたのだろう。こうした細かい「手間場のリアリティ」の積み重ねが面白さを作っていると評価する。

ソリウム鉱山と「戦後の支配」

拗ねて歩くうちに、アムロはジオンの採掘場を見つけてしまう。身を隠したガンダムは頭部から集音アンテナを出し、キシリアとマ・クベの会話を傍受する。マ・クベは「1トンあたり2グラム、予想通り良質のソリウム鉱床です。あと五つもこの程度の鉱床を掘り当てれば」と言う。キシリアは、ソリウムに限らず連邦に貴重な資源を1グラムたりとも渡してはならない、それがこの戦いを勝利に導き、ひいてはその後の支配の確立にもつながる、と応じる。

岡田は、ここでキシリアが気を許した部下の前でだけマスクを外していることと、「戦後の支配」を考えている点に注目する。戦争に勝っても反乱が続けば、勝った意味がなくなる。岡田はナチス・ドイツ占領下のパリを例に挙げる。反乱軍に武装させないため、そして貿易権などの経済的利益をザビ家だけが握るため、キシリアは戦争に勝つためだけでなく、地球の資源が一切連邦側に渡らない仕組みを作れとマ・クベに命じている、と岡田は解釈する。

覗き込むアムロのもとにフラウが近づく。隠そうとするガンダムの指の間に割り込んで「わあ、すごい」と言う。三角形の隙間の手前にフラウの顔、奥にコクピットを開けたアムロを配した構図を、岡田は説明的だが絵として決まっていると評する。フラウは発見の重要性に気づいてホワイトベースへ知らせに戻り、アムロは偵察に残る。

ガンダムを整備していた子供たち

その頃、ホワイトベースでは苛立ちが頂点に達している。これまで出てこなかった整備員たちが急に登場する。溶接作業をしながら「こいつがジオンに寝返るってことはないだろう」と話し、年少の少年が「ありうるぜ、ガンダムを土産に持っていきゃ英雄扱いだ」と言う。ジョブ・ジョンが諫めるかと思えば「何しろ脱走した奴だからな」と乗り、「冗談じゃないぜ、まったく」と言いながら作業を続ける。

岡田によれば、この少年たちは制服を着ているが、どう見ても小学校高学年ぐらいだ。これは作画ミスではない。ホワイトベースに元々いた大人の兵士は戦死するか、ルナツーで負傷兵として降ろされた。残っているのはサイド7から逃げてきた子供と老人で、老人もほとんど降りた。本当に子供しかいないのだ。気が利いて年長の者はブリッジ周りにいて、よく出てくる少年でも11歳ぐらいである。

岡田が強調するのは、この子供たちこそ、アムロが寝ている間も寝ずにガンダムを修理し、次の出撃の準備をしてきた者たちだという点だ。アムロは「自分だけが兵隊でもないのに戦わされている」と言うが、整備する側もまた正規兵ではないサイド7の難民である。彼らにとってアムロは、ついこの間まで同じ学校にいて自分たちをこき使っていた年上の兄ちゃんでもある。だからこそ脱走が余計に許せないのだと岡田は読む。

なお、配信中のコメントで、この頭の大きな少年に「カル」という名前があると知らされた岡田は、自分も知らなかったと言う。そのうえで、当時アニメ雑誌の記者が毎週のように富野由悠季に張り付いて名前を尋ね、富野がその場でひねり出して答えることが半年ほど続いたと聞いている、その結果かもしれない、と付け加えた。

余談:軍艦のブリッジは空にできない

第2回の冒頭で、岡田は軍艦のブリッジについて短く補足した。岡田が以前読んだ資料では、軍艦のブリッジには24時間、責任者となるかなり階級の高い士官、操舵担当、連絡要員など最低3人がいなければならないという。ホワイトベースも停泊・整備中であっても、ブリッジに鍵をかけて無人にすることはあり得ない。だからミライやブライトやその代理が常に詰めることになり、慢性的な人手不足になる。

岡田はイギリス海軍の例も挙げる。艦長が死ぬなどしてブリッジ要員がいなくなった場合、最古参の士官が艦長代理となり、乗組員だけでなく乗り合わせた民間人や報道関係者からも志願者を募って当直ローテーションに入れる。追い詰められれば艦長が指名して強制的に徴用できる。軍艦の艦長は裁判官も兼ねるほど強い権限を持っている、と岡田は説明する。

「ここを潰せばオデッサ作戦はいらない」というアムロの勘違い

偵察を続けるアムロは、基地にザクが一機も置かれていないことに気づく。岡田によれば、アムロにとってオデッサ作戦は「連邦軍が今目の前の基地を潰すこと」に見えてしまった。オデッサの場所も、マ・クベの鉱山の全体規模も知らない。そこに地平まで続く鉱山基地があり、明らかにありえないほど偉い人物がいる。実際、鉱山基地のトップであるマ・クベがたまたまいた。アムロは「これならできる。ガンダムでここを潰せば連邦軍が動かなくて済む。もうブライトさんにもミライさんにも口を出させるもんか」と、味方してくれたミライまで敵に見えている。岡田は、悪意ではなく「自分が今一生懸命働けば全部解決する」という突破口を見つけた気持ちだったと読む。

アムロは気づかれてもいない基地にいきなりビームライフルで先制攻撃を仕掛け、反撃が始まったところでCMに入る。

「お前がやってみせよ」――キシリアの怒りを理屈で補う

CM明け、長い廊下をエレカで移動するマ・クベは、同乗するキシリアから「モビルスーツを前もって発見できなかった失敗、許しがたい」と叱責され、消え入るような声で「キシリア様」と答える。キシリアは「アッザムの性能テストには良い機会です。お前がやってみせよ」「直接連邦軍のモビルスーツを見るのも今後の作戦には役立とう」と命じる。

岡田は、基地の最高責任者である大佐が自ら新兵器に乗るのは無茶で、マ・クベが戦下手なのはキシリアも知っているはずだと言う。そのうえで「SFレスキュー隊」として、合理的に説明しうる理由を三つ考えてみせた。

第一は、苦手なことを避ける根性への怒りである。マ・クベが事務方で軍人向きでないことはわかっているが、敵との戦闘はランバ・ラルに「外注」したつもりで油断していた。もうすぐオデッサで戦うのはお前自身だ、補給と情報だけ出していればいいわけではない、というわけだ。キシリア自身はマスクをつけて宇宙から地球に降りるという不得意なことをしているのに、マ・クベは苦手なことを避けて壺を集めている。さらに、ランバ・ラル隊はドズルの配下であり、自分の拠点が襲われればドズルに対するキシリアの面目にも関わる、という事情もあったかもしれない。

第二は、マ・クベに軍人としての箔をつけさせたいという期待である。マ・クベはキシリアの腹心だが、すでに大佐で、これ以上引き上げるには戦功が必要になる。ガルマですら手柄なしに昇進しても国民は納得しないと言っていた。しかも鉱山事業はジオン本国でも規模を隠しているため、マ・クベの大きな貢献は軍内ですら知られていない。「ひいき」と言われずに引き上げるには、連邦の新兵器を自ら落とすのが一番だった、と岡田は考える。

第三は、連邦のモビルスーツを直接見ておく必要である。この時点でシャアはすでにキシリアの配下に入っており、後のニュータイプ部隊につながる動きが始まっている。岡田によれば、ギレンもドズルも見逃しているニュータイプを使った戦争が、モビルスーツ登場時のように戦局を変えるかもしれない。キシリアはそれに半信半疑ながら賭けつつ、新型機も開発していた。アッザムでどこまでできるか試させたかったのではないか、というのが岡田の推測だ。本人も「理屈で考えるとこれぐらいしか思いつかない」と前置きしている。

モビルアーマーとニュータイプ、キシリアの二つの路線

岡田はさらに後半の展開を踏まえ、キシリアの人事の意図を読む。ソロモン攻防戦でドズルが敗れた後、マ・クベはグラナダから残存艦隊を率いて救援に向かうが、間に合わない。「急いで来たのにもう戦争は終わったじゃないか」と他人事のように言い、さっさと帰ろうとして、部下から、逃げてくる味方を助けてくれると信じられるから自分たちは命令一つで死ぬかもしれない戦いに行けるのだ、と諫められる。するとマ・クベは「なるほど」と救助を始める。岡田はそうエピソードを語り、マ・クベとはそういう人物だとまとめる。ジオンは地球連邦の腐敗を正すと掲げる「進行国家」であり、ナチス・ドイツのように思想を背負った軍隊である。指揮官は部下より優れた姿を見せなければならない。それはスペースノイドが地球人類より偉大であることの見本になるからだ。キシリアはマ・クベの人望のなさを知っていて、まず前に出て戦ってみせろと性根を入れ替えさせようとしたのかもしれない、と岡田は言う。

もう一つの読みはモビルアーマーの位置づけだ。岡田の説明では、モビルスーツは人間の宇宙服・作業服を18メートル程度まで大きくしたもので、モビルアーマーは宇宙戦艦を2人乗り程度まで小さくしたもの、まったく別のアプローチの兵器である。キシリアは連邦に勝つために、反応速度の速い「人間を超える人間」を乗せるニュータイプ路線をシャアに、ニュータイプ抜きでも「ダメな人間でも勝てるスーパー兵器」の路線をマ・クベに任せていたのではないか。そう考えると、エルメスのような例外はあるにしても、シャアの部隊にモビルアーマーが少ない理由も辻褄が合う、と岡田は述べる。

喋るガンダムと、横並びで操縦する二人

戦闘はまず戦車隊、次に地下から現れる格納式トーチカとの撃ち合いになる。岡田によれば、トーチカのビーム砲は地下の膨大なエネルギー源から供給を受けているため、ガンダムのビームライフルよりはるかに強力だ。ガンダムはライフルも盾も吹き飛ばされるが、ほぼすべての砲台を沈黙させる。油断した瞬間、あの夜に見た黒い物体が頭上を通過して着陸し、ようやく全体の形が見える。

コクピットには、マ・クベの隣にキシリアが並んで座っている。岡田は、教習所の教官席のようで、ブレーキがついているのではないかと思うほどの距離だと言い、これを『機動戦士ガンダム』で一番間抜けなシーンだと笑った。命令するなら後方にいればいい。アッザムが圧倒的に優位なら中にいるのが一番安全だという理屈は立つが、それにしても二人横並びでキシリアが「なんとかせよ」と逐一命じる構図は、タイムボカンシリーズのようだという。

アッザムは真上を取り、金属の粉を撒く。ガンダムは何も考えずにそれを撃ち落とし、粉が周囲に降る。続いて「アッザム・リーダー発射」の号令で、プロペラで飛ぶ装置がガンダムの周りにワイヤーを張り、電磁波を出す。岡田はこれを、金属粉を加熱する電子レンジのような仕組みだと説明する。表面温度は4000度に達し、ここでガンダムが初めて喋る。「パイロットおよび回路保護のため、全エネルギーの98%を放出中」。岡田は初放送当時、これを『ベルトクイズQ&Q』のコンピューターのようだと思ったという。機体内にエネルギーが残っていると誘爆するため放出しているのだが、アムロは「98%、それじゃ動けない」とうろたえる。

やがて電磁波が弱まり、ガンダムが「攻撃エネルギー低下」と二度目の発話をする。アムロは動けるようになり、アッザム・リーダーを撃ち落とす。ガルマ戦以来のビームジャベリンを手にアッザムに飛び乗り、砲台を一つずつ潰していく。キシリアは「早く振り落としなさい」と命じ、アムロは「落とされてたまるか」と叫ぶ。上に乗られたら誰でも振り落とそうとするのに、それをわざわざ命じるキシリアは、もはや冷静なキシリアではないと岡田は突っ込む。

基地爆破の命令と「第102採掘基地」

劣勢になると、キシリアは「これまでのようです。機密保護のため基地を爆破しなさい」と命じる。マ・クベが「しかし、あそこにはまだ兵士どもがおりますが」とためらうと、キシリアは「構いません。何よりも国家機密が優先します」と言い切る。岡田は、ファンの間で部下を見捨てる冷たい人物と言われがちなマ・クベですら兵士を気にかけているのに、キシリアはそうではないと指摘する。キシリアにとって鉱山は連邦に渡してはならず、しかも味方にも知られてはならないものだ。だから敵に渡るくらいなら爆破する。岡田は、このやり口に「すごくシャアの匂いがする」と言う。

爆発でガンダムは吹き飛ばされ、アッザムは悠々と去る。キシリアは「連邦軍のモビルスーツ、噂以上の性能と見た。我らもテスト中の各モビルスーツの実戦配備を急がねばならない」と語り、後半の新型ラッシュへつなぐ。それでも岡田は、この回のキシリアの登場は明らかに失敗だったと断じる。ザビ家、その下の将軍、実際に出てくる部下という上下関係に気を遣って作ってきたのに、二人が運転席と助手席で戦ってしまったことで、「覚えておれ」と捨て台詞を吐くヤッターマンのドロンジョのようになってしまったという。

アムロは基地を落としたと素直に喜び、地下に入る。情報回路はほとんど破壊されていたが、見つけた命令書には「第102採掘基地」とある。自分が潰したのは百も二百もある採掘基地の一つにすぎなかった。戦争を終わらせたつもりになっていたアムロは、紙を投げ捨てて後悔する。

死にかけたジオン兵の「まさか」と「命がいくつあっても足らんぜ」

外に出ると、ジオン兵が倒れている。死者の半分以上は実は自爆によるものだろうが、アムロにとっては自分が手を下したことだと岡田は言う。兵士は母親の写真を取り落としている。アムロは水道の水を手ですくって飲ませる。砂漠の秘密基地に少年が現れたことに驚いて「君は」と聞く兵士に、アムロは「通りかかった者です。もうすぐ連邦軍かジオンの救助隊が来るでしょう」と不自然に答える。

岡田が好きだというのは、そのときの兵士の「まさか」という苦笑だ。ここは秘密基地であり、ジオンにとってすら存在しないことになっている。死んでも戦死報告が本国に届くかわからない。そんな任務に就かされていたのだから、救助が来ると言われても笑うしかない、と岡田は読む。

アムロは発煙筒を渡し、「希望はいつも持ってなくちゃ」と言って去ろうとする。兵士は呼び止め、「もしお前さんがあのモビルスーツのパイロットなら、信じられんがね、敵に甘すぎる。命がいくつあっても足らんぜ」と言う。アムロは怯えた顔で「ありがとう」と答える。

岡田は、昔はこれを粋な忠告と感謝のいい台詞のやり取りだと思っていた。今見直すと、兵士はこのとき殺意を持っていると読む。自分たちをこんな地の果てで、家族にも知られず死ぬ目に遭わせたのはこいつだと気づいた。しかしもう銃を持つ力はない。だから「命がいくつあっても足らん」とは「お前はいつか殺される」という意味であり、放送後の補足で岡田はこれを「俺が殺せなくても、俺の仲間がいつかお前を殺す」という呪いの言葉だと言い換えた。アムロの「ありがとう」は忠告への感謝ではない。少し良いことをしたつもりの相手から殺意を向けられたと初めて知り、怯えながらそう言うしかなかったのだ、と岡田は解釈する。

すれ違う双方と、フラウの「人の気も知らないで」

アムロの出番はここで終わる。フラウの知らせで駆けつけたホワイトベースは破壊の跡と発煙筒の煙を見つけ、確認に向かう。岡田は、おそらくあのジオン兵は助かるのだろうと見ている。ミライは「ここはメインベースではないわね」、セイラは「でなければガンダム一機に潰されはしないわ」と冷静に言い、ブライトは、ガンダムのせいで敵はガードを固めてしまったと判断すべきだと困惑する。セイラは「アムロ、今ごろ英雄気取りでしょうね」と言い、岡田は、この回のセイラはどこまでも嫌な女だと笑う。

岡田のまとめでは、双方に歩み寄りの気持ちはあった。アムロは手柄を立てて帰れば丸く収まると思い、ホワイトベースは仲の良いフラウを送って機嫌を直してもらおうとした。だが、アムロはやらなくてもいい戦いで虚しさを味わい、助けたつもりの相手から敵意を向けられた。ホワイトベース側は、余計なことをしたうえに英雄気取りだろうと反感を募らせた。姿が見えないアムロについてカイが「逃げたんだよ」と言うと、フラウはいたたまれずにブリッジを飛び出す。今度は誰にも頼まれていないのに、夕暮れの砂漠でバギーを走らせながら「何をやってるのよ、アムロったら。人の気も知らないで」とつぶやく。双方の気持ちがわかるフラウが、その間に挟まれたところでドラマは終わる。

岡田は、アムロが勝手に戦いを仕掛けたのは、頭を下げてではなく「お前がいなきゃダメだ」と言われる形で帰りたかったからだと見る。そして、その戦いが虚しかったと無言で思い知らされる場面を『宇宙戦艦ヤマト2』と比べる。ヤマトは26話かけて最後に「俺たちがやったのはガミラスを滅ぼしただけではないか」とやったが、ガンダムはそれを前半でさらりと、主人公に絶叫させず無言で見せる。そこに富野演出の凄さがある、と岡田は評する。

視聴者だけが全体を知る構成

放送後、視聴者から質問が寄せられた。マ・クベがわざわざキシリアを連れて視察に来たのだから、アムロが攻撃した鉱山は重要だったのではないか、というものだ。岡田はSFレスキュー隊としての想像だと断ったうえで、キシリアほどの重要人物の動きは隠しても諜報に引っかかるし、工場で作るアッザムの存在も秘密にはできない、と答えた。公式にはアッザムを届けてテストを見に来ただけで、秘密なのは鉱山の数と全体の埋蔵量だ。だから個別の鉱山の重要度は問題ではなかったのではないか、というのが岡田の見立てである。

岡田はさらに、ホワイトベースの面々が「ガンダム一機にやられる程度の鉱山」と言うのは、キシリアの命令で自爆させられたことを知らないからだと指摘する。ジオン兵の恨みも本来はキシリアに向かうべきなのに、兵士もホワイトベースもそれを知らない。フラウが泣きながらアムロを探していることもアムロは知らない。マ・クベもキシリアもアムロもシャアも、みな一部の事情しか知らないまま判断している。全体像を知っているのは視聴者だけだ。第1〜2話では視聴者は台詞から状況を推理するしかなかったが、このあたりから視聴者の視点が登場人物より上に上がるよう組み立てられている。岡田はこれを、本能寺の変が起きることを知っている視聴者が大河ドラマを見ながら先回りして心配するような、歴史劇に近い作り方だと説明する。

次回の「ランバ・ラル特攻!」について、岡田は今回ラストでフラウが飛び出したのも、砂漠の町でアムロとランバ・ラル隊が出会い、そこにフラウが偶然入ってくる次回の動きにつなげるためだと述べる。捨てる場面がないので4回に分けて解説すると予告した。

メタ視点での弁護:スポンサーの要請と、マ・クベの戦い方の誤り

最後の追加解説で岡田は、キシリアとマ・クベが並んでアッザムに乗る理由をいくつか絞り出したものの、見直すとやはり厳しい、無理だと認める。「お前がやってみせよ」は絵を作るための仕方のない台詞だという。

作品の外に視点を広げれば、スポンサーである玩具会社の要請が関係していると岡田は考える。当時の子供向けロボットアニメでは敵幹部が自らロボットを操縦するのが当たり前で、富野の初期メモではギレンまで専用モビルスーツに乗ってガンダムと戦う構想だったという。初回放送のガンダムは中高生以上には注目されたが、スポンサーが玩具を売りたかった小学校低学年には受けなかった。そこで、12話以降、毎回新型モビルスーツを出す、ランバ・ラルのように小学生男子が憧れる男らしいキャラクターや、それをいじめる不気味で冷たいマ・クベを出す、ガンダムの合体・空中換装シーンを本編に紛れ込ませる、さらにGファイターを登場させる、といったテコ入れが入った。富野はスポンサーの要請をできるだけ組み入れたうえで自分のやりたいことをやる方針だった、と岡田は説明する。

普段ならそれらしい理屈やドラマをつけたはずだが、18話はアムロとホワイトベースの対立という重いテーマを抱えている。これは最終話「脱出」でアムロが「僕には帰れるところがあるんだ」と言う場面を際立たせるための、正反対の状態を描く回だ。アッザム戦は「おまけ」であり、二人が乗り込む理由を描く尺もアイデアもなかったのだろう、と岡田は推測する。

戦い方そのものも間違っていると岡田は言う。アッザムの強みはガンダムのビームライフルよりはるかに強力なメガ粒子砲であり、ライフルが届かない遠方、たとえば成層圏あたりから一方的に撃つのが最善だった。それなのにマ・クベは「上を取りましたぞ、キシリア様」といちいち報告しながら近づき、真下を攻撃する武器もないのに上を取り、結局ガンダムに乗られてしまった。アッザム・リーダーも、本来は敵の動きを止めて援護のモビルスーツにとどめを刺させるための補助兵器である。長距離武器しか持たないアッザムが単独で使っても意味が薄い。アッザムは一騎打ち用ではなく、戦隊単位で運用する移動要塞だというのが岡田の見方だ。

ではなぜマ・クベはそんな戦い方をしたのか。岡田の答えは、隣にキシリアが乗っていたからだ。後に素顔や人間味を見せるキシリアではなく、ジオンの将官を平手打ちで殴るほど怖いキシリアが隣にいて、平常心で操縦できなかった。昭和の接待ゴルフで、平社員が運転する車の助手席に部長が乗ってあれこれ言うようなものだ、と岡田は笑って講座を締めくくった。