岡田斗司夫が答える「死刑になりたくて殺す人」「無課金勢」「宗教2世」の相談
岡田斗司夫2022年8月28日に配信された「岡田斗司夫ゼミ」第453回から、人生相談5本を扱った回である。無差別殺人犯の「死刑になりたかった」という動機、岡田ファンであることを公言できない悩み、岡田自身の経歴、有料会員にならない視聴者へのPR依頼、天理教2世の宗教観が取り上げられた。岡田は「自分は死刑になりたいと思ったことも人を殺したいと思ったこともないので、知るかと答えるしかない」と前置きしながらも、それぞれの問いに自分なりの解釈を示している。動画の後には、洗脳と犯罪者心理について補足した追加パートが付いている。
「死刑になりたいから無関係な人を殺す」のはなぜか
最初の相談者は女性で、自分について「死にたいけれど死ぬ気がないゆえに、なんとなく生きている人間」だと書いている。そのうえで、死刑になりたいという理由で無関係な人を殺す犯人に憤りを覚えると訴えた。自分を追い込んだ人への復讐なら理解できるが、無関係な人を巻き込む発想はどこから生まれるのか、という質問である。
岡田はまず、そうした犯人に取材して動機の中身を掘り下げたルポルタージュを読んだことがないと断っている。この分野は割と追いかけているつもりだが、ちゃんとしたものは見たことがない、ということだ。
そのうえで持ち出したのが、朝日新聞で5年ほど人生相談を担当した経験である。岡田によれば、自分がなぜそれをしたのかをうまく言語化できない人はかなり多い。理由を正確に言葉にできた時点で、問題はたいてい解決している。だから犯罪者が語る「実はこういう理由だった」という説明には、別の可能性があると岡田は考える。供述や取り調べで検察に誘導された言葉かもしれないし、過去の犯罪報道で誰かが口にした理由をテンプレートのように借りてきて、自分もそうではないかと思い込んでいる「現代特有の動機付け」かもしれない。岡田は、その言葉の意味を探ること自体にはあまり意味を感じていないと述べた。
万能感と「割安な罰」という岡田の見立て
それでも岡田は、自分なりの推測を語った。ルポなどを読む限り、無差別殺人をする人は「人を殺してもいいんだ」と思った瞬間に、大きな興奮と万能感を得るらしい。その代償として受ける罰を、「高が死刑」と見積もっているのではないか、というのが岡田の見方である。
岡田は、この罰が犯人には割安に感じられている可能性を指摘した。死刑判決が出ても執行されない場合があり、執行までには何年もかかる。現実には刑務所での「引きこもり生活」が始まるわけだ。現実に引きこもっている人は、親から「そろそろ」と言われて家に居づらくなっても行き場所がない。そういう人にとって、刑務所生活は自分に都合のいい「エンディング」に見えてしまうのではないか、と岡田は考える。順番としては、まず「人を殺してもいい」「どうやって、誰を」と考えるときの恐ろしい万能感がある。そして、それに対する罰が割と安く感じられる、という構図だ。
反撃されない相手を選ぶこと、開き直りの決め台詞
この見立てから、岡田は犯人が弱そうな相手を探す理由を説明した。相談者が理解できると書いた復讐殺人では、相手に逆襲されるおそれがある。一方、「死刑になりたかった」と語る無差別殺人犯は、反撃されない相手を選ぶ。車で子どもの列に突っ込む場合も、自分が絶対に傷つかない方法をとる。そのうえで、刃物で刺す、車でひくといった「殺している手応え」のある方法を選んでいるのではないか、と岡田は推測する。
「死刑になりたかった」という言い草についても、岡田は解釈を示した。これは「私は悪い人間です。無差別に殺しました。だからさっさと裁いて死刑にすればいい」という開き直りのセリフだという。岡田は、ひろゆきの「それってあなたの感想ですよね」と同じように、本人はかっこいい決め台詞のつもりで言っているのではないか、という気もちらっとすると付け加えた。
岡田のまとめは次のとおりである。死刑になりたいから無関係な人を巻き込むのではない。逆襲されるリスクが小さい状態で、人を殺す実感がほしい。知り合いを殺すとウェットな気持ちになるので、もっとドライな興奮がほしい。そしてそのターンが終われば、人生は淡々とエンディングに向かう刑務所暮らしになる。岡田は、そういう心理ではないかと答えた。
岡田ファンを公言できない悩み
2本目は、岡田の人柄や考え方が好きで本も買ったが、よほど仲のいい人以外にはファンだと言えない、変わった人だと思われるのが心配だ、という女性からの相談である。
岡田の答えは「人に言わない方がいい、本当にその通りだと思う」だった。理由として挙げたのは、ネット、とくにTwitterに岡田のアンチが多いことだ。岡田はアンチの発言も見ているが、そのほとんどは言葉が汚いという。岡田の言葉でいえば「ホワイト社会に気づいていない負け組の人」であり、それが悪いという意味ではないとも断っている。ただ、そういう人に絡まれると損をするのは相談者のほうである。
岡田によれば、問題は「変わった人と思われる」ことではない。「岡田を好きだというこいつの間違いを俺が正さねば」という、彼らの妙な正義感に火をつけてしまうことだ。岡田は、現代でいちばん危険なのは危ない人の正義感をたきつけることだと述べる。最初は「指導」程度でも、少しでも反論すると岡田と同じように憎まれかねない。だから、こっそり楽しんでほしいと岡田は答えた。
「岡田斗司夫は何をした人か」への自己評価
3本目は10代男性からの質問である。ググれば5分でわかることではなく、社会的に成功したと言われる本人が自分の過去をどう見て、どう語るのかを知りたい、という内容だった。
岡田はまず、社会的に成功したかどうかはわからないと答えた。そしてこの質問を受けて、自分が本当に過去に興味がないのがよくわかったとも言う。そのうえで、あえて考えてみたとして語ったのが、現在の感覚は「老後を楽しんでいる」だということだ。そう思えるようになったのは、だいぶ前に「岡田斗司夫という人間は、社会的な責任はすでに果たし終わった」と考えたからだという。ここでいう社会的な責任とは、世間に対して良い仕事ぐらいしないと死にきれない、という感覚のことである。
岡田が「良い仕事」として挙げたのは次のようなものだ。1981年と1983年に、DAICON III・DAICON IVという「すごく面白いSF大会」を2つ開いた。20代前半にはアマチュアで特撮やアニメを作った。これはとても楽しく、やりがいも社会的意味もあったという。アニメ会社を作り、映画では『王立宇宙軍 オネアミスの翼』、ビデオでは『トップをねらえ!』、テレビシリーズでは『ふしぎの海のナディア』を手がけた。当時はプロデューサーとクリエイターの区別がなく、作りたい作品をこの3種類で作れたので気が済んだ、と岡田は振り返る。
ほかにも、よく考えるとすごく面白い本を10冊ぐらい、すごく役に立つ本を3、4冊書いた。若いころは犯罪者扱いだったオタクの地位を、割とましにしたという自覚もある。さらに、10年近く前に作った「オタキングex」という仕組みを、ゼロから考えて実験したことを社会的に意味のある仕事に数えた。いまはオンラインサロンという形にまとまっているが、岡田の中ではオンラインサロンが初代マッキントッシュにあたり、オタキングexはその前のパロアルト研究所のシステムにあたる。革新的な部分はだいたいあそこでやったのではないか、と岡田は述べた。
現在の活動について岡田はこう語る。60歳を過ぎた「顔の良くないおっさん」が1人で喋るだけの、編集もテロップもない生配信を毎週やっていて、それがビジネスとして成り立っている。このことを実証しているのは、同世代の人たちにとって意味があるのではないか。
岡田は、いま挙げたものは社会的な成功ではないと強調した。自分にとってもっと大事な指標であり、人間これぐらいやっておけば死ぬときに「俺の人生に意味はあったのか」とあまり悩まずに済む、というものだ。それをクリアしたので、ここから先は「ご褒美モード」の老後であり、その趣味としてゼミを週1回配信している、と説明した。
無課金勢への答え:クーポンを使わない理由
4本目は20代男性からの相談である。スマホのソーシャルゲームなど基本無料のコンテンツにはいっさいお金をかけない「無課金勢」で、岡田のチャンネルも無料で十分楽しめているので、有料会員になるつもりは微塵もない。それでもガンダムやジブリの話は面白いので、チャンネル登録すらしていない自分でもお金を払いたくなるようなPRをしてほしい、という内容だった。
岡田の答えは「課金しない方がいいと思う」だった。そこから岡田は、自分はマクドナルドのクーポンを使わない人間だという話を始める。クーポンは、それを好む人や、使った方が生きやすい人が使うべきものだと岡田は考える。使わなくてもいい立場の人まで使うと、社会のシステムが崩れるというのだ。クーポンを大量に配っても、使うのが2割ほどで、7〜8割は使わない。だからハンバーガーはいまの価格で済んでいる。全員が使えば実質的な値下げになり、店はやっていけなくなって値上げせざるを得ない。そうなると、本当にクーポンを使いたい人が困る。
イギリスのパブとサルーン
同じ考え方の例として、岡田はイギリスのパブとサルーンの話をした。岡田の説明によれば、1軒の店に入口が2つあり、片方がパブ、もう片方がサルーンになっている。中央にカウンターがあり、どちらでも同じビールを出す。ただしパブでは1杯300〜400円ほど、サルーンでは1500〜2000円ほどになる。入口で身分証を確認されるわけではないので、どちらから入ってもいい。パブではサッカーやギャンブルの話をし、サルーンではちょっとした政治の話や、ポロ、ドッグレース、競馬の話をしている。両方で共通して盛り上がっている話題はイギリス王室の悪口だ、と岡田は笑った。
イギリスは階級社会なので、ジェントリー階級はサルーン、労働者階級はパブという区分けはある。しかし岡田は、事実上は自覚の問題だと言う。サルーンで高いビールを飲む人がいるから、パブのビールが安くなっている。パブが混んでいるからとサルーンに行く人もたまにいるが、自分のクラス以外の人と飲んでもあまり楽しくないので、結局いつもの側に戻るそうだ。日本でいえば秋葉原と渋谷のような街ごとの区分け、あるいはスナックとキャバクラの雰囲気の違いに近い、と岡田はたとえた。日本では文化ごとのクラスタが行動様式を分けているが、イギリスでは階級社会が色濃く残っているのでこういう形になる、という説明である。
非合理なスタイルと、相談の裏にあるもの
岡田は、自分はこの場合サルーンに行く人間だと言う。これは合理的に解釈すれば損であり、ひろゆきなら「金持ちぶって高いものを食べて、バカじゃないですか」と言うだろう。岡田はそれを十分承知したうえで、これが自分のスタイルだと述べた。図書館で本を借りないのも同じ理由で、出版界が回らなくなるからだという。お金に困っている人、無課金が好きな人、図書館で借りる行為が好きな人、「払わなくていいものに払ったら負けた気がする」人は図書館を使うべきだ、とも言う。一方で岡田自身も、気になる単行本でも著者が嫌いな場合は本屋の立ち読みで済ませることがよくあると認め、スタイルを崩すときもあると述べた。
岡田の見方では、相談者にはこうしたスタイルがない。基本無料のゲームやコンテンツと書いているので、ゲームが好きなのではなく時間つぶしが好きなのだろう。これだけ見ているのにチャンネル登録すらしていないのは、登録したら負け、課金したら負けと感じているからではないか。勝ち負けでコンプレックスが刺激される人は、絶対に自分に課金しない方が幸せだと岡田は言う。パチンコや飲み会など、自分にとってもっと意味のあることにお金を使った方がいい、という助言だった。
さらに岡田は、本当に無課金で楽しんでいる人ならこういう相談は書かない、と指摘した。投稿フォームに届くそうした人の文面にはパターンがあり、「無課金ですみません、でもすごく面白いです、応援しています」という書き方になる。相談者は胸の内にモヤモヤがあって、「無課金の俺にイライラするだろう、払わせてみろ」とかまってほしがっているように見える。だから「かまってあげました」と岡田は言い、登録もしていない相談者にステッカーまで送ると笑って締めくくった。
天理教2世「これは洗脳なのか」
無料枠の最後は、天理教2世の10代男性からの相談である。最近は新興宗教が悪というイメージが強まっているが、自分は何度考えてもそう思えない。これは洗脳されているのだろうか、という問いだ。相談者は、信仰とは神を信じることでもお祈りすることでもなく、心に1つ芯を通すことだと考えている。信仰によって人を助けることを正当化したり、理不尽なことの受け止め方を変えたりできる。全員が信仰した方がいいとは思わないが、宗教のない世界よりある世界の方がいい。中世ヨーロッパのような宗教絶対の世界は怖いが、宗教に寛容な世界の方が弱者に優しく生きやすいと思う、と書いていた。
岡田は「洗脳されていると思う」と答えつつ、世間の人も洗脳されている、僕らはみんな洗脳されていると続けた。人は何かのドグマや思想に洗脳されないと生きていけないし、世界を認識できない。世界の成り立ちや仕組みを「こういうことなんだろう」と理解すること自体が、すべて洗脳だというのが岡田の考えである。
江川達也との議論と「魂の自由」
ここで岡田は、漫画家の江川達也とのやりとりを紹介した。江川は当時から「洗脳」という言葉をよく使い、世の中にはいろいろな洗脳があるから、そこから自由にならなければならないと主張していた。江川のスタジオに遊びに行くたびに、2人はこの点で議論になったという。岡田の立場は、洗脳から自由になるという発想の出発点がすでに間違っている、というものだった。親に教わる世の中の仕組み、電車の切符の買い方、学校では勉強するものだ(あるいは勉強しなくていい)という言葉は、すべて洗脳である。英語や日本語といった言語の範囲内でものを考えることも洗脳だ。だから「洗脳から自由になる」という発想そのものが、ある種の新興宗教に思えた、と岡田は語る。この意見の対立は最後まで続いたそうだ。
岡田の考える「魂の自由」は、洗脳から解放されることではない。いろいろな洗脳思想を取り入れ、いまの自分に合うのはどれかを常に選び続ける。そのうえで、選んだものの中でしか考えられないという有限性を自覚し、不安と戦いながら生きることだという。
自由と幸福は両立しない
ただし岡田は、そのようなストレスのある状態は人を幸せにしないと続けた。幸福な人間は自由ではなく、自由な人間は幸福ではない、というのが岡田の考えである。だから宗教のある世界とない世界を比べても、どちらも生きづらい。宗教を持つ人と持たない人が混在してしょっちゅう喧嘩している今の状態が、割といいのではないか、と岡田は述べた。
岡田によれば、幸せとは何かに洗脳されて不安が少ない状態のことだ。洗脳の対象は世間でも、民主主義でも、リベラルでも、SDGsでもいい。SDGsに洗脳されていれば、悩みは「現実はこんなに悪い、本当はこうでなければいけないのに」という程度のストレスに収まる。民主主義に洗脳されていれば、「本当の民主主義はこうあるべきなのに、日本の政治はこうだ」という外への怒りに落ち着く。どちらも人生のストレスが最小になった状態だという。だから幸せになりたい人は何らかの「宗教」を持つべきだと岡田は言う。そして、自分には宗教がない、洗脳されていないと思っている人は、自分が何に洗脳されていて、それに無自覚なのかを自問すべきだと述べた。
自分が何に洗脳されているかがわかると、自由だが常に不安と戦う状態がやってくる。岡田はこれを「しんどいけど面白い」と表現し、10代で体力があるのだからやってみればいい、と相談者に勧めた。
追加パート①:ネアンデルタール人と「洗脳社会」
動画の後の追加パートで、岡田は洗脳の話を補足した。本人が「これは僕の考え」と前置きしたうえで語った内容である。人間は洗脳を受けている状態が当たり前で、ネアンデルタール人と現生人類ホモ・サピエンスの違いは、他人が語った妄想のような話に徐々にその気になれるかどうかにある。みんながその気になり、国がその気になり、北半球のみんながエコだと言えばエコロジーの時代になる。あらゆる洗脳から解放されるのは不可能で、それを目指すなら言葉を話せない状態になるか、ネアンデルタール人のように嘘という概念のない生き物になるしかない、と岡田は述べた。
岡田は、この話は30年以上前に朝日新聞社から出した最初の本『ぼくたちの洗脳社会』で丁寧に書いており、考えはずっと変わっていない持論だと言う。本当にあらゆる洗脳から解放された人がいたら、その人は正気を失っているように見え、何も話の通じないでたらめな人に見えるはずだ、とも語った。
追加パート②:犯罪者の自己正当化
最後に岡田は、冒頭の犯罪者心理の話に戻った。岡田の考えでは、自分が悪いことをしていると思いながら犯罪ができる人はほとんどいない。多くの犯罪者は、人から見れば犯罪かもしれないが実は正当な理由がある、と心の中で自己正当化しているらしい。とくに多いのは、生まれや顔、貧乏な家、勉強ができないといった自分ではどうしようもない理由で差別され、社会からいじめられ、いろいろなものを奪われてきたから、力ずくで取り返すのは悪いことではない、という理屈だという。
岡田は、「死刑になりたかった」という言葉もこうした自己正当化のスタイルの1つではないかと見る。さすがに「俺は悪くない」とは言えないので、「死刑になりたかった」という形で正当化しているのではないか。だからそういう人の言い分を本気で聞いて本気で考察しても、あまり意味がないと思ってしまう、と岡田は述べて話を終えた。
最近はですね、ジブリとかですね、攻殻機動隊とかが始まっちゃったんで、あと無職転生ですね、アニメの特徴とかアニメの話、漫画の話とかが多くて、人生相談ファンの皆さんにはですね、大変申し訳なく思ってます。今日はですね、久しぶりにサイコパスの人生相談のアップグレード動画です。おはようございます。岡田です。
その死刑になるために犯罪をする人が許せないっていう相談なんですけども、相談というかですね、演説というか意思表明みたいなお便りなんですけど、ニュースを見てるとですね、そういう人たまになんかこう死刑になりたかったからというすごい勝手な理由で無差別殺人をする人が逮捕されたり、それが報道されたりしてますよね。で、そういう人の気持ちが理解できません。彼らはなぜそんなことをするんですかと聞かれたわけで、正直ですね、これまでの人生でですね、僕死刑になりたいとか誰かを殺したいと思ったこともないので、もう知るかっていう答える他ないんですけど、聞かれたからには、なんでだろうねって考えてみるっていうのはちょっと僕的になんかありかなと思ったんでですね。これってどういうことなんだろうと一生懸命考えて、答えてみました。
他にもですね、私は岡田斗司夫さんのファンであることを公言できません。人前で言えませんとかですね。あと私、宗教2世、いわゆる親が熱心に信心してる、それの子供なんだけど割と幸せですよっていうですね、そういったお便りも読んでます。この動画ですね、2022年8月28日に配信した岡田斗司夫ゼミ第453回を編集したものです。動画が終わった後もですね、追加のアップグレード情報あるので楽しみにしてください。それではこっから無料動画スタートです。
じゃあですね、今日のですね、無料枠の相談ラインナップですね。死刑になりたいから殺す。あと岡田好きを公言できない。岡田は何をした人なのか?チャンネルに課金しません。天理教の2世ですね。この5つで答えてみようと思います。じゃあ1つ目いきましょうか。
イルカさん、女性代。なぜ死刑になりたいから無関係な人を殺そうという考えになり、それが実行できてしまう人がいるのですか?私は死にたいけれど死ぬ気がない故になんとなく生きてる人間なので、人様に迷惑かけて罰として誰かに殺してもらいたいという一種のわがままのようなそれに、わずかに憤りを覚えてしまいます。ひどいのは承知ですが、死にたいなら勝手に死ねよと思ってしまいます。自分を追い込んだ人に復讐するためであるなら分かるのですが、岡田先生はこのように死刑になりたいから無関係な人を巻き込もうという考えはどこから生まれるものだと思いますか?
ふーんふんふんふんふんふん。なるほどね。これね、まあまあこの件に関して、例えばそれを発言した犯人なりなんなりにちゃんと取材して、どういう動機の言葉なのか、どういう意味なのかっていうのが出てるルポって僕読んだことないんですけど、あるのかな?あったらすいませんけど、僕割とそういうことちゃんと追いかけてるつもりなんですけどもですね。ちゃんとしたそういうのって読んだことないんですね。
で、ただ基本的にですね、朝日新聞の人生相談5年ぐらいやった僕の経験から言ってですね、自分がなぜこれをしたという理由について、動機に関して、その言語化が下手な人間っていうのはいるんですね。ていうか、まあまあかなりの人がうまく説明できないんですよ。で、自分がなんでこれをしたのかという理由を正確に言葉にできれば、その問題は大体解決してることが多いんでですね。逆に言えば、なんか犯罪を犯した人が実はこうこうこういう理由だったっていうのは、ある種供述の時とか取り調べの時のですね、検察の誘導の言葉かもわかんないし、あとはテンプレみたいに、前にそれを言った人がいるから自分もとりあえずそうじゃないかなと思って、犯人自体も自分の理由を過去の犯罪の報道から選んで持ってきて言っている、いわゆる現代特有の動機付けじゃないかなとか、ちょっとね思ってるんで、あんまりねそれがどういう風な意味なのかっていうのを探るのには意味感じてないんですけども。
僕が思うにですね、無差別殺人をする人って、人を殺そうとか、殺してもいいんだって思うと、なんか無限の興奮ですね。興奮とあと全能感が出るみたいなんですね。なんかルポルタージュとか読んでると。で、そういう全能感が出てやりたくなると。でその代償、自分がそれをやってしまったことにより受ける罰が、たかが死刑だっていう風に考えたり、あと死刑っていう判決が出ても、現実にはですね、実際刑が執行されない場合もあるし、執行まで何年もかかるので、現実的にはですね、刑務所での引きこもり生活が始まると。なので割安に感じるんじゃないかなと思うんですよ。
特に現実で引きこもり生活をしてる人にとっては、引きこもりやってると親からそろそろとか言われたりして、どんどんどんどん家にいることがうざくなってしまって、でも行き場所がない。それに比べてっていう風に考えると、あれこれって結構なんだろうな、割安に感じると言い方なんですけど、自分にとって都合がいいエンディングじゃないのかなっていう風に考えちゃうかなと思うんですよ。
だからまずは人を殺してもいいんだ。どうやって殺そう?誰をっていう風に考える時のこの全能感とか快感っていう、恐ろしいものがまずあって、でそれに対する罰っていうのが割と安く感じるんですよね。だから犯人たちはみんな弱そうな相手を探すんですよ。逆襲されない相手ですね。つまり、復讐で殺す。このイルカさんが書いてるように自分を苦しめた人を復讐で殺すって言ったら、そいつに逆襲されるかもわかんないのでですね。死刑になりたいから殺したっていう無差別殺人の人ってすごい殺しやすいというか、逆襲されない人、反撃されない人を探すんですね。例えば車で子供の列に突っ込むにしてもですね、絶対になんか自分が傷つかない方法を取るわけじゃないですか。だから刃物で刺すとかですね、あと車で轢くとか、そういう手応えのある、殺してるという手応えのある方法で実行しようとしてるんじゃないかなと思います。
あと、死刑になりたいから無関係な人を殺そうっていう言い方、言い草なんですけども、私は悪い人間ですよと。人も無差別に殺しました。悪い人間ですからさっさと裁いて殺せばいいじゃないですか。死刑。えい、それでいいですよっていうですね、なんか開き直りのセリフだと思うんですね。「それってあなたの感想ですよね」と同じく、割とね、かっこいいキメゼリフのつもりで言ってるんじゃないかなっていう気もちらっとしてます。
まとめるとですね、死刑になりたいから無関係な人を巻き込むんじゃないんですよね。逆襲されるリスク少なめで人を殺す実感が欲しいとかですね。あと自分の知り合いを殺すとウェットな感じになっちゃう、自分の気持ちが。じゃなくて、もっとドライで乾いた興奮として、興奮を感じたいとかですね。あと、終わったら、人を殺すというターンが終わったら、もう自分の人生っていうのはそっから先はエンディングに向けてあるので、割と淡々と、もう興奮もしないように、刑務所で引きこもり生活を送りたいというですね、そんな感じじゃないかなという風に僕は思いますね。はい。
で、じゃ、岡田に関してですね、なんかちょっと同じような質問が続いたんで1つ目です。朝ご飯はバナナ鹿さんですね。女性代。こんにちは。いつも無料で楽しませていただいてます。私、岡田先生の人柄や考え方が大好きです。ファンです。本買いました。ありがとうございます。しかしそれをよほど仲のいい人以外には公言できないという小さな悩みがあります。理由は、ちょっと変わってると人から思われるのではないかと考えてるからです。岡田先生はどうお考えでしょうか?
人に言わない方がいいと思います。僕も本当にその通りだと思います。特にね、ネット界隈ですね、具体的に言うんではなくて、ネット界隈とか、ネットでもTwitterとかではですね、アンチの人が多いんですよね、岡田って。で、冷静に見ると、僕はアンチの人の発言を見るんですけども、アンチ発言してる人ってほとんど言葉が汚いんですよね。言葉が汚い。つまり僕にしてみればホワイト社会に気づいてない負け組の人なのでですね。だから悪いとかそういうことじゃないですよ。で、そういう人に絡まれたらですね、損するんですよね。あなたがですね。損するんでですね。
パ長さんが、だから岡田が好きとネットで、特にTwitterで公言すると、言葉の汚い下品な人に絡まれて損するからやめた方がいいと思います。ちょっと変わってる人と思われるんじゃなくて、こいつの間違い、岡田を好きっていうこいつの間違いは俺が正さねばっていうですね、彼らの変な正義感を焚きつけてしまうので。で、現代において1番危険なのは、ちょっと危ない人の正義感を焚きつけて、なんかこの彼らから、なんだろうな、最初は指導程度なんですけど、それに少しでも反論するとなんかこう僕と同じように憎まれてしまう可能性があるのでですね、こっそり楽しんでくれたらと思います。
2つ目。2つ目というか3番目の質問ですね。ラデさん、男性10代。岡田は何をなされた方なのでしょうか?ググれば5分で知れることですが、自分が知りたいのはそんなことじゃないです。岡田という人間本人が、社会的に成功と言われてる自分の過去をどのように見て、どのように語るのかに興味があるのですと。社会的に成功。ああ。はいはいはい。社会的に成功かどうかは、わかんないな。
これ聞かれて、本当に僕自分の過去に興味ないなっていうのが自分でもよくよく分かったんですけども、あえて考えてみたんですね。今現在の僕の感覚は老後を楽しんでるなんですよ。正直な話。老後を楽しんでるんです。で、老後を楽しめる気持ちになったのは何かって言うと、だいぶ前に、なんか岡田斗司夫という人間は社会的な責任は、すでに果たし終わったなっていう風に考えたからですね。社会的な責任っていうのは、良い仕事をする、世間に対して良い仕事ぐらいしないと死にきれないよなぐらいのことはずっと思ってたんですけど、それはもう終わったなという風に思ったんですよ。
で、その良い仕事っていうのは自分なりに、今回聞かれたのでまとめて考えるとですね、すごい面白いSF大会を2つやったと。1981年と83年にそれぞれDAICON 3、DAICON 4ですごい面白いSF大会2つやった。あとアマチュアで特撮とアニメ作ったと。で、これは20代の前半のうちにやっといて、すげえ楽しくて、やりがいがあったし、社会的な意味もあったなと思います。あとアニメ会社作って、映画で『オネアミスの翼』、ビデオで『トップをねらえ!』、テレビシリーズで『ふしぎの海のナディア』っていうですね、なんかこれだけやったら大体、プロデューサーとしてというかですね。本当に昔はプロデューサーとかクリエイターの区別がなかったので、自分が作りたい作品作りってことは、この3種類やったらもう気が済んだなと思ったんで、これやった。
で、あと、すごい面白い本を、よく考えてみれば10冊ぐらい書いてると。で、すごい役に立つ本も3冊か4冊ぐらい書いてると。で、あと、僕が若い頃は犯罪者扱いだったオタクの地位を割とね、マシにしたっていう風な自覚があります。で、あとですね、オタキングexっていう仕組みをですね、10年近く前に作ったんですけども、あれをゼロから考えて実験したっていうのが、僕は社会的に意味があることをしたなっていう風に思ってるんですけど、そのシステム作ったと。で、今はオンラインサロンっていうですね、なんかこうまとまりになってんですけども、僕の中ではオンラインサロンっていうのは、初代マッキントッシュみたいなもんで、その前のパロアルト研究所でですね、作られていたシステムっていうのが、オタキングexみたいなもんで、大体革新的な部分ってあそこでやったんじゃないかなと思います。
今やってるですね、老後とはいえですね、60過ぎた顔の良くないおっさんがですね、1人で喋ってるだけで、編集もしてないし、テロップも入れてない動画の生配信を毎週やってて、これがちゃんとビジネスとして成立してると、これを実証してるっていうことが、割と実は同じ世代の人たちにとって意味があるんじゃないかなという風に思ってます。
で、今話したことはですね、社会的な成功じゃないんですね。社会的な成功じゃなくてですね、僕にとってもっと大事な指標でですね、人間これぐらいやっとけば死ぬ時に、俺の人生って意味あったんじゃないかとか、あんまり悩むことがないので、よし、こっから先は老後モードっていう風に考えられたんですね。で、これクリアしたんだから、現在はご褒美モードというやつでですね、老後の趣味としてですね、ゼミを毎週1回配信するとこをやってるわけです。10代の君に伝わったでしょうか?
じゃあですね、4つ目、Bビさん、男性20代。岡田斗司夫さん、初めまして、こんにちは。毎日毎日楽しく無料で拝見しております。はい。はいはいはい。無料でのところ括弧でくくってるな。私はスマホ向けのソシャゲや基本プレイ無料のゲームなどのコンテンツは、基本的にお金を一切かけない、よく目にする無課金勢です。はあ。無課金勢って言うんですね。はいはいはい。よく目にする無課金勢。いや、僕の視界の中に入ってこないんでですね。よくわかんないです。
なので岡田さんのチャンネルに関しても、無料でも十分に楽しめているので、有料版に登録するつもりは今のところは微塵もないです。はいはいはい。しかしガンダムやジブリ作品は基本的に網羅していて、趣味嗜好はマッチしており、こんな裏設定があったのかなど面白いお話に興味が尽きません。そこで、そもそもチャンネル登録すらしていない私でも、お金を払ってでも続きが見たくなるようなチャンネルのPRを是非よろしくお願いします。
ああ、課金しない方がいいと思うんですけどね。うん。なんで課金しない方がいいのかというと、僕、よくマックとかでクーポンってあるじゃないですか。ああいうの使わない人間なんですよ。もちろん、クーポンっていうのが安いし配ってるし、スマホでも使えますから、そういう風なクーポン使うと、マクドナルドでハンバーガーなりドリンクなり頼むと、お得じゃないですか。で、そういうことをしない人間なんですね。
で、なんでかって言うと、あれはそういうことを、なんだろうな、好きな人とか、あとそういう風にした方が生きやすい人が使うべきものであってですね、それをしなくてもいい立場の人までがやっちゃうとシステムが崩れると思うからですね。社会のシステムが崩れると思うからなんですよ。つまりクーポンを、無料でいっぱい配ってて、皆さんこうやると安いですよ、使ってくださいっていうのは、7割か8割ぐらいの人が使わなくて、2割の人が使うことによって、何でしょうね、マクドナルドのハンバーガーなりなんなりは、あの価格で済んでるわけじゃないですか。じゃ、全員がクーポンを使うとどういう風になるのかって言うと、その分マクドナルドのハンバーガー実質的に値下げをしたことになってしまって、で、そうするとこの値段ではもうやっていけませんよという風なことになって、ハンバーガー値上げせざるを得なくなって、結局は本当にクーポン使いたい人が困るわけですよね。なのでクーポン使わなくてもいい立場の人はクーポン使うべきじゃないというかですね。使わない方がいいというのが、僕の考えなんですよ。
で、イギリスにですね、パブとかサルーンっていうのがあってですね。で、パブとかサルーンっていうのは、こう店があったらですね、入り口2箇所あるんですね。真ん中になんかこう看板みたいなのが、ドアが2つあって、で、こちらがパブで、こちらがサルーンなんですよ。で、カウンターが中央にこういう風にあってですね。で、パブとサルーンで同じビール出すんですね。ただパブの方でビールは1杯300円か400円ぐらいで、で、サルーンの方へ行くと、ビールが1杯1500円か2000円ぐらいするんですよ。で、どっちから入ってもいいんですよね。別に入り口でですね、身分証明書とかそういうのがあるんじゃなくて、で、ここにですね、中央部に仕切りがある場合もあるし、なんというかない場合すらあるんですね。
で、パブの方はパブの方で、こっち行くとサッカーの話したりですね、あとなんだろう、ギャンブルの話したりすると。で、サルーンの方行くと、まあ、なんだ、ちょっと政治の話したりですね。あとポロとかですね、ドッグレースとか競馬の話とかをしているという感じなんです。で、もう自覚なんですよ。自分はパブに行くような人間なのか、サルーンに行くような人間なのかと。もちろんイギリスは階級社会ですから、そういう風な意味ではジェントルマン階級、ジェントリー階級はサルーンに行って、労働者階級はパブに行くって区分けあるんですけども、事実上自覚の問題になってるんですよ。で、この真ん中辺りでどっちも同じ話題やってんのがイギリス王室の悪口っていうやつですね。イギリス王室の悪口だけはこうどっちもやってるんですけどもですね。
これもですね、サルーンに行く人、サロンですね。サルーンに行く人たちがビールを1000円とか1500円で飲むことによって、パブに行く人たちのビールを300円か400円にしてるわけですね。その意味ではなんかその、なんだろう、これはすごいうまい面白いシステムだなと思ってるんですけども、で結構なんだかんだ言って、いやパブの方が混んじゃってるから、じゃあもうサルーンに行こうという人もたまにいるそうなんですけども、やっぱり自分の所属してるクラス以外の人たちとお酒飲んでもあんまり楽しくないから、結局はパブにいつも行く人はパブ、サルーンに行く人はサルーンですね。
日本で言うと、秋葉原とか渋谷とかの街ごとの区分けに近いですし、街の中でもやっぱ店でも、スナックとキャバクラだったら同じ酒飲むところでもやっぱ雰囲気違うじゃないですか。ああいう風な、日本ではその文化においてのクラスタがあって、それぞれの文化集団があって、それごとの行動様式があるんですけど、イギリスではですね、階級社会っていうのがまだ残ってる、色濃く残ってるんで、こういう風なことになるんだと思います。
で、でですね、僕はこういう場合、サルーンに行くような人間なわけですね。さっきのクーポンの話で分かる通りなんで。これって非合理的なんすよ。非合理的というかですね、合理的解釈から言うと損するわけですね。ひろゆきから言うとですね、損してますよとかですね。いや、そんな安い方がお得じゃないすかって。なんかそこで自分が金持ちぶって、なんか貴族ぶって高いもの食って、それあんたバカじゃないですかという風にひろゆきには言われてしまうの。それはもう十分承知なんですけども、それがもう自分のスタイルだと思うんですね。
で、Bビさんって、この相談をしてくれたBビさんはそういうスタイルがない人だと思うんですよね。合理的でお得なことを追求して。もっと自分の好きなことにお金使うべきだと思うんですよね。別に、スマホ向けのソシャゲ、基本プレイ無料のゲームだのコンテンツっていう風に書いてるので、ゲーム好きかというとそうではなくて、時間を潰すのが好きだと思うんですね。で、そもそもチャンネル登録すらしていないって書いてるんですけども、そんなに見てるのにチャンネル登録してないってことは、チャンネル登録したら負けだって感じてるんだと思うんですよ。で、課金したら負けだと。そういうなんか何かに関して勝ち負けで自分のコンプレックスが刺激される人は、絶対に僕に課金しない方がいいと思うんです。その方が幸せだと思うんです。もっとパチンコとか飲み会とかですね、そういう自分にとってもっと意味あることに大事なお金を使った方がいいと思います。
僕は同じような理由で図書館で本を借りないんですけども、本を借りない理由はやっぱりもう同じです。出版界が回らなくなるからですね。もちろんお金に困ってる人とか、あと無課金が大好きな人とか、あと図書館で借りるっていう行為が好きな人は、それはもう図書館使った方がいいと思いました。あとなんか払わなくてもいいものがただで手に入るんだから、お金を払って本を買ったら負けた気がするという人は、やっぱ図書館を使うべきだと思います。僕も気になる単行本でも、この著者嫌いだなっていう場合は本屋で立ち読みで済ます場合がよくあるんですよね。だから自分のスタイルを崩す時もあるんですけどもですね。ただ本を買える立場の人が本を買わないと、やっぱ出版界はダメになっちゃうと思うんですね。
で、最初に説明した、これは非合理的なスタイルなんですよ。で、こういうスタイルがある人の方が僕は、会って話しても楽しいし、そういうスタイルは人生は楽しくなると思うんです。非合理的で損なんですけども。で、合理的でお得な生き方って損しないんですけども、あんまり楽しそうに聞こえないんですね、僕は。
そもそもですね、無課金で楽しんでるって心の底から思ってたらですね、こういう相談を書くはずがないんですよね。本当に無課金で楽しんでる人ってパターンあるんですよ。本当に、なんか投稿フォームで書いてくれるんですけどパターンがあって、その人たちは、無課金ですいません、でもすごい面白いです、応援してるから頑張ってくださいっていう風にです。大体そういう風に書くんですよね。なので、Bビさんはですね、なんか多分自分の中にモヤモヤしたものがあるから、ほら俺みたいな無課金な人間にイライラするでしょ、なんかほら払わせてみろよ、かまってかまってって言ってる気がするんで、はい。かまってあげました。もうね、無課金で登録もしていない君にステッカーまで送ってあげますんでですね。もうちょっと幸せになってください。
じゃあ無料最後の質問ですね。七さん、男性10代。あ、10代だ。私は新興宗教天理教の2世です。ふんふんふん。つまり、親が天理教で、まあまあ2世の人なんですね。最近ますます新興宗教イコール悪のようなイメージが強くなっています。しかし私は何度考えてもそういう風に思いません。これは洗脳されてるのでしょうか?私の中で信仰とは、神を信じることでもお祈りをすることでもなく、心に1つ芯を通すことだと思っています。信仰することで人を助けることを正当化したり、理不尽なことに対する受け止め方を変えることができます。全員が信仰した方がいいとは思いませんが、宗教がない世界よりある世界の方がいいと考えてしまいます。ふんふん。中世ヨーロッパのように宗教絶対のような世界も怖いですが、宗教に寛容的な世界であった方が、弱者にも優しく生きやすい世の中になると思います。岡田さんの宗教観について改めて教えてくれると幸いです。
あ、男性ですね。うん。うん。ふんふん。これは洗脳でしょうかっていう言葉に関しては、いや、別に世間、Bビさんも洗脳されてると、あ、違う七さんだ。七さんは洗脳されてると思うんですけど、世間の人も洗脳されてると思うんでですね。どっちも洗脳されてるとか、僕らみんな洗脳されてると思うんですけどね。人は何かのドグマなり思想なりに洗脳されないと生きていけないというかですね。世界を認識できないんですね。
僕ら人間が世界を、理不尽を、この世界の成り立ちというか仕組みたいなものを、これはこういうことなんだろうなっていうのって、大体僕は全て洗脳だと思うので。昔江川達也さんが漫画描いた時に、その時から江川さんも洗脳という言葉をよく使ってたんですけども、だから、世の中っていうのはいろんな洗脳がある。だから、そういう風な洗脳から自由にならなきゃダメなんだっていう風にこう江川さんは言うんですね。
で、僕はその江川さんと、江川さんのスタジオ遊びに行った時によく話し合いになったのが、洗脳から自由になるという発想点がもうすでに間違っていて、そうじゃなくて人間は何かに洗脳、親からこういう風に世の中の仕組みこうなんだよとか、電車の切符はこういう風に買うんだよとか、学校行ったら勉強するんだよとか、逆に勉強しなくていいんだよとかと言われる言葉って全て洗脳だし、あとそれぞれの英語とか日本語っていう言語の範囲内で物を考えるっていうのも洗脳だしっていう風に僕は思っちゃうんで、洗脳から自由になるという発想自体が、うーん、なんかね、ある種の新興宗教だという風に思っちゃったんですね。で、そこの意見は最後まで対立してたんですけども。
だから多種多重な洗脳思想を、いろんな洗脳思想取り入れて、常にね、どれが本物なんだろうとか、この場合今の自分に合っている回答はどれが、どの洗脳が本当なんだろうという風にですね、常にこの不安と戦いながら生きることが僕は魂の自由だと思うんですよ。洗脳から解放されることではなくて、いっぱいある洗脳の中から常に、これかな、これかなって最善のものをチョイスして、その中でしか物を考えられないという有限性っていうのを、不自由を自覚して生きることが僕は魂の自由だと思ってるんでですね。
そういうストレスがある状態っていうのは、人間を幸せにしないんですよ。幸福と自由は矛盾してるんですね。幸福な人間は自由じゃないし、自由な人間は幸福じゃないと僕は思ってるんでですね。だから、ここで七さんが聞いてる、宗教がある世界とない世界を比較したらですね、別にどっちも生きづらいと思うんですよね。宗教がある人とない人が混在していて、しょっちゅう喧嘩している今みたいな状態が、割と僕はいい、なんか状況じゃないかなと思ってるんですけどね。
本来基本、幸せとは何かに洗脳されて不安が少ない状態だと思うんです。それが成立条件だと思うんで、別に世間に洗脳されてもいいし、民主主義に洗脳されてもいいし、リベラルに洗脳されてもいいし、SDGsに洗脳されてもいいんですよ。で、それに洗脳されてる最中は、SDGsに洗脳されてる時は、自分の悩みが、現実がこんな風に悪い、本当はこうじゃなきゃいけないのにっていう程度のストレスに収まるじゃないですか。で、なんだ、民主主義に洗脳されてる状態って、本当の民主主義というのはこうじゃなきゃいけないのに、でも日本の政治はこうだっていう、外に対する怒りという状態に落ち着くから、これもなんかこう人生のストレスがミニマムになってる状態だと思うんですね。それが、不安が少ない、割と幸福に近い状態だと思うんですけども。
だから幸せになりたい人は、SDGsでも民主主義でもですね、自由主義でも、宗教を持つべきだと思うし、今宗教を信じてない、自分は宗教がないと思ってる人、自分が洗脳されてないと思ってる人は、じゃあ私は一体何に洗脳されてるが故にそれに無自覚なのか、自分で自覚してないのかと自問すべきだという風に僕は考えてるんですよね。ただね、自分は何に洗脳されてるんだなって、要するっていうのを分かっちゃうと、やっぱりさっき話した不安な自由、自由なんだけどもいつも心が不安で戦ってる状態がやってくるんですけども、これしんどいけど面白いのでですね、10代で体力があるのでですね、七さんちょっとやってみればいいんじゃないかなと思います。はい、お疲れ様でした。今日の無料動画ここまでです。
最後のですね、洗脳についての話なんですけども、人間というのは、これ僕の考えですよ。僕の考えなんですけど、人間っていうのはそもそも洗脳を受けてる状態が当たり前で、何らかの思想とかですね、ドグマと言うんでしょうかね。そういうの、洗礼というかですね、洗脳を受けてる状態がノーマルであって。だから、ネアンデルタール人と僕ら現生人類ホモ・サピエンスの違いというのは、他人が話した妄想みたいな話に徐々に徐々にその気になって、みんながその気になって、国がその気になって、で例えば北半球のみんながエコだという風な時にはエコロジーだという風になるし、で今だったらですね、じゃなくてもっと現実主義だとこういう風になってるか、この状態が当たり前であってですね、あらゆる洗脳から解放されるなんていうのは不可能だと。だったらもう言葉話せない状態になるか、ネアンデルタール人みたいに嘘という概念がない生き物になるのかとか。
そういう話はですね、もう30年以上前に書いた、僕たちの洗脳社会っていうですね、最初の本を朝日新聞社から出したんですけど、その本の中で割とですね、丁寧に語ってます。で、ずっとこの考え変わってないので持論みたいなもんだと思います。で、多分ね、変な言い方ですけど、本当にあらゆる洗脳から解放された人がいたら、多分その人はですね、僕らの目から見たらですね、正気を失っているというかですね、何にも話が通じない出鱈目な人みたいに見えるはずだと思います。
あと犯罪者の心理について、自分が悪いことしてると思っていながら犯罪ができる人って、ほとんどいないと僕は思ってるんですよ。大体の犯罪者はですね、心の中で自己正当化というのをしてて、多分、俺がこれからやるのは人から見たら犯罪かもしれないけど、実はこんな正当な理由があるんだっていう風にですね、みんな信じてるらしいですね。だからその中でも多いのがですね、俺はこれまで、例えば生まれが悪いとか顔が悪いとかですね、なんかこう家が貧乏だとか、勉強ができない、頭が悪いとかですね、不細工だとか、そういうなんか自分ではどうしようもできないような理由で差別されてきた、社会からいじめられてきたと。だからいろんなものを奪われてきたと。そんな自分が力づくで奪われたものを取り返すのは何も悪いことではないっていうですね。正当化ですね。
大体捕まった人ってこんなことを言い出すんですけどもですね、死刑になりたかったからっていう人もですね、そういう自己正当化のスタイルの1つというかですね、さすがに俺は悪くないとは言えないので、そういう、死刑になりたかったって正当化してるんじゃないかなと僕は思ってるんですね。なので、あんまりそういう人らの言い分を本気で聞いて、本気で考察しても、僕はあんまり意味がないことって思っちゃってるんですけどね。
さて、今日見てもらったですね、動画の続きはですね、有料会員の方のみの配信になってるんですけど、どんな話してるのかというと、引き続き人生相談なんですね。後半はですね、美容整形についての相談多いです。他にもですね、SF小説書きたいんですけども、宇宙人が地球にやってくる合理的な理由を教えてくださいというですね、ちょっと変わり種の相談もありました。続き見たい人はYouTubeのメンバーシップ、ドワンゴのブロマガチャンネルどちらかにですね、登録して見てください。それではまた次の動画でお会いしましょう。じゃあまた、バイバイ。
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