『タイタニック』は「浮かぶ階級社会」をどう描いたか 岡田斗司夫が読み解く前編の見どころ

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概要

金曜ロードショーで『タイタニック』が2週連続、前後編に分けて放映されるのに合わせて、岡田斗司夫ゼミ第393回(2021年5月2日配信)を再編集した解説である。岡田は、この映画を青春映画や恋愛映画として楽しむだけでなく、船そのものが抱えていた階級社会の構造を知ると、画面の隅々にまでその描写が仕込まれていることが分かると語る。1/50スケールの切断模型や船の平面図を使いながら、実際のタイタニック号沈没事件と映画の場面を突き合わせていくのがこの回の中心だ。

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岡田はこの映画を、映画史上最大のヒットを記録した1990年代を象徴する大作と位置づける。ジェームズ・キャメロンは人気があり作品も当たるが、社会的な評価や権威とは無縁だと思われていた監督で、その人物がアカデミー賞を大量に獲得した作品だという紹介から話は始まる。本人はこの2、3週間で「すごいタイタニックオタクになってしまった」と語っており、説明しすぎないよう短くすると言いながら、細部の解説が続く。

「浮かぶ宮殿」と呼ばれた船のもう一つのあだ名

タイタニック号は全長約270mの船で、同型船にオリンピック号とブリタニック号があった。岡田によれば、タイタニック号は沈没し、ブリタニック号も第一次大戦で沈み、オリンピック号は事故ばかりでまともに動かず、最終的に3隻を保有していたホワイト・スター・ライン社を倒産させてしまったという。3隻とも役に立たなかったというのが岡田の要約である。

公式には「浮かぶ宮殿(フローティング・キャッスル)」「沈まない船」と呼ばれていたが、もう一つ、ささやかれていたあだ名が「浮かぶ階級社会」だったと岡田は紹介する。1等客室は非常に豪華で、そこにはアメリカで成功した成金、いわば「にわか貴族」たちが乗っていた。当時、彼らの間では、移民してくる前の故郷ヨーロッパに里帰りしてステータスを上げ、アメリカに戻って「ヨーロッパに帰ってきた」とアピールするのが流行っていた。だからアメリカとヨーロッパを高速で結ぶ客船が強く求められていたのだという。

模型で示された配置では、Bデッキの大きな窓のある部分が特に大きな客室で、グッゲンハイム美術館で知られるグッゲンハイム家の当主のような富裕層が乗っていた。彼らは「地上で自分たちが住んでいる以上の贅沢をしませんか」という宣伝文句に惹かれて乗船した。一方、船の最も低い窓のあたりには、アメリカン・ドリームを夢見る移民たちがいた。ヨーロッパで仕事もなく、生まれつきの身分制度で差別されてきた人々が、なんとか払える運賃でアメリカを目指したのである。

巨大さが生んだ二つの現象

岡田は、タイタニック号の巨大さが二つの現象を同時に生んだと説明する。1等の客には、プール、サウナ、スポーツジムなど何でもそろった豪華な設備を用意できた。一方、3等では、その広さゆえに大量の人を乗せることができた。3等の客室は4人部屋や6人部屋ばかりでぎゅうぎゅうに押し込まれていたが、人数が多いぶん1人あたりの料金は比較的安くなった。現在のファーストクラスとエコノミークラスのような差が一つの船の中に生まれ、アメリカへ移民しようとする最下層の人々と最上流階級の人々が同時に乗る「不思議な世界」になった。これが「浮かぶ階級社会」と呼ばれた理由だという。

格差は乗客だけでなく乗組員にもあった。Aデッキ前方は船長や1等から5等までの航海士といった士官の専用区画で、スーツにネクタイ姿の人々が働いていた。一方、船首や船尾のクレーンがある危険な場所や甲板磨きは、ホワイト・スター・ラインの正社員ではなく、派遣会社に登録した水夫たちが担っていた。Dデッキの1等食堂で演奏する楽団員たちは、船乗りが集まる町リバプールのカフェで登録し、腕の良さそうな者が指名されて乗船したという。

さらに船底では、もっと低い身分の人々が働いていた。当時のイギリスには失業者があふれており、彼らはホワイト・スター・ライン系列の石炭会社などに、仕事があるたびに事務所の行列に並んで臨時雇いの職を得た。イギリス中から馬車や徒歩でアイルランドのベルファストまでやってきて、船の一番底で釜焚きをする。汗まみれで石炭をくべ、6基の巨大なボイラーを200度から300度ほどの高温高圧の状態に保っていたと岡田は語る。まさに階級社会の天国と地獄だという。

乗船者数が正確に分からない理由

乗船者は「2200人以上」とされるが、岡田によれば正確な人数は分かっていない。途中のフランス・シェルブールで乗船した貴族たちは使用人を連れていたが、その使用人の名簿がないからだ。アメリカ人は使用人まで名簿に載せていたのに対し、フランスなど本場の貴族は使用人を人間と思っていないので名前を載せなかった、と岡田は説明する。その結果、何人乗っていたのか分からないままになっているという。

なぜ日本でヒットするか不安だったのか

岡田は、ジェームズ・キャメロンが『豪快映画学』という本(参考資料が多いため詳しい紹介は翌週に回すとしている)に収められた公開前のインタビューで、『タイタニック』が日本でヒットするか正直不安だと語っていたことを紹介する。アメリカ、ヨーロッパ、カナダではタイタニック号の沈没は単なる事故ではなく、象徴的な事件になっている。大規模で悲惨な事故、多数の死者が出た事故なら世界にいくらでもあるが、タイタニックはある種のシンボルとして特別な意味を持つ。それが日本の人には伝わらないのではないか、というのがキャメロンの懸念だった。キャメロン自身は、この事件を「古き良き世界が終わってしまった」ものとして語っているという。

1997年公開のこの映画は3時間14分ある。岡田によれば、この長さが必要だったのは、氷山に衝突してから沈むまでの約2時間40分をまるごと観客に体験させるためだった。冒頭の約20分は現代の潜水艇がタイタニックを映す映像で、ラストの14分も現代に戻り、クレジットも長い。それらを除いた過去のドラマ部分はぴったり2時間40分になっている。キャメロンは、事故が発生してから古き良き世界がどう終わったのかを、実際の時間どおりに映画の中に収めようとしたのだと岡田は言い、「すごい変なこだわりを持った映画」と評している。

乗船シーンに仕込まれた階級描写

ここから岡田は、映画開始から約20分後、1912年4月10日水曜日の乗船シーンを場面ごとに解説する。ホワイト・スター・ライン社の建物が見え、斜めにかかった橋を渡るのが1等の乗客、その下でごちゃごちゃしているのが3等の乗客、はるか向こうに1等・2等用の入り口の橋が見える。身分制度が強調された乗船橋の配置になっている。

1等客はDデッキの専用入り口から乗船し、エレベーターや名物の大階段を使って自分の客室へ案内される。荷物は別の入り口から貨物室へ直接運ばれる。一方、下の桟橋に集まっている人々はみな労働者階級特有のハンチング帽をかぶっている。当時のイギリスの階級社会では服を見ただけで身分が分かったので、欧米の観客はこのシーンを見ただけで階級がピンとくるらしいが、日本人にはそこが分かりにくいと岡田は指摘する。後にジャックとローズがデートする自動車の積み込みシーンについては、実際にこのタイプの自動車が積み込まれる記録写真が残っており、同じ車を探し出して撮影したそうだと紹介している。

船が出航する場面では、1等客ばかりのベランダをカメラが通り過ぎると、いきなり3等客が見えてくる。このワンカットのパンで階級社会を見せているのだと岡田は言う。家のテレビではそれほど感じないが、劇場で観たときは、服も色味もまったく違う人々が全員仲良く手を振って「行ってきます」と言っている光景に「うわっ」と衝撃を受けたという。本来は劇場で観るべき映画であり、それはキャメロンの映画全般に言えることだとも付け加えている。

「モーリタニア号と同じじゃない」というマニアックな台詞

3等客は2時間前に来るよう言われ、1等客は1時間前でよいとされていたため、ローズたちは出発直前に到着する。17歳のローズの初登場の台詞は、婚約者キャルに「タイタニックだ、素晴らしいだろう」と言われて返す「モーリタニア号と同じじゃない」というものだ。

岡田によれば、モーリタニア号は民間の最速船に与えられるブルーリボン賞を獲得し、23.7ノットの記録を持っていた船で、タイタニックは何としてもその記録を破らなければならないという使命を負っていた。さらに、前年1911年のクリスマスにモーリタニア号で渡航する予定だったが故障で運航できなくなったとして、岡田は、ローズたち一行はモーリタニア号をキャンセルし、4か月後の、より大きく豪華で世界最速とされたタイタニック号を選んだという設定になっているのではないかと推測している。

モーリタニア号は「海の貴婦人」と呼ばれ、4本の煙突が特徴だった。岡田によれば、それがあまりにかっこよかったため、タイタニック号も本来3本で足りる煙突に、バランスのために4本目のダミーを付け加えたというエピソードがあるほどだという(ダミーとはいえ機関室の排気を出す役割はあったと補足している)。だからローズの台詞はタイタニックマニアの間では「よくぞ言ってくれた」と手を打つギャグなのだが、「分かるかって話ですよね」と岡田は笑う。キャメロンはこの映画で、高畑勲のように「これぐらい分かって当然でしょ」というシーンをどんどん入れてくる悪い癖が出ている、というのが岡田の評価である。

手袋越しに手をつなぐ二人と、3部屋続きのスイート

3等客が早く来て並ばなければならないのは、虫歯やシラミのチェックがあったからだ。髭まで櫛でとかされ、シラミがいないか調べられた。家族連れと女性は前方、男性は主に後方に乗せられた。当時のイギリスは身分差だけでなく、男女が不用意に接触することを非常に嫌ったためだという。ジャックは3等客ではあるが、シラミをチェックされる移民とは扱いが違う、と岡田は区別している。

ローズたちが1等専用の長いブリッジを渡るショットは、1等用、荷物用、はるか向こうの3等用の細い橋まで、すべての入り口が見渡せる「ベストショット」だという。ほかの1等客は手ぶらで乗り込み、荷物はクレーンなどで別の入り口から入れるのに対し、キャルたちはメイドとボーイに荷物を持たせて入ってくる。スイートを予約した特別待遇であり、彼らが特権階級だと分かる演出だと岡田は読む。

キャルが身につけている山高帽、必要もないのに持つ木のステッキ、革の手袋は、晴れた日の乗船には不要なもので、上流階級のシンボルだ。ローズとは手をつないでいるが、互いに手袋をした状態で、特にキャルは革の手袋越しである。これは実は心が通じていないという距離感を示すための演出だと岡田は解釈している。

キャルたちの部屋はBデッキ52・54・56のスイートルームとされる。岡田によれば、タイタニックは調査が進んでいるため架空の人物を乗せる余地がなく、マニアのキャメロンは嘘をつきたくなかった。最上級のスイートは左右に一つずつしかないが、そのうち一方は偶然空いていた。船のオーナーであるイズメイが営業のため3部屋を借りて展示会やパーティールームにする予定だったところ、上位のオーナー会社のモーガンが「俺が乗る」と言い出し、イズメイが譲った。ところがモーガンは直前に理由不明のままキャンセルし、これが後に陰謀論を呼ぶ原因にもなった。この空き部屋を見つけたキャメロンが大喜びで主人公の部屋に設定したのだという。平面図では、大階段を上がってすぐの場所にあり、専用のプロムナード(ベランダ)から直接入れるうえ、廊下へ出る出口もある。映画の中盤、ヌードスケッチの後に追われたローズが「こっちからも出られるのよ」とジャックの手を引いて逃げるルートがそれで、実際にセットを組んだキャメロンが「このドアが使える」と発見してドラマに取り入れたシーンだと岡田は説明する。

ジャックの部屋と、港の限界

19歳のジャックは出航直前にギャンブルで3等のチケットを手に入れる。3等の入り口は船の下の方にある穴のようなもので、シラミ検査を受けたかと怒られ、移民ではなくアメリカ人だとアピールする場面がある。Eデッキから入ってGデッキまで下り、独身男性がほとんどの区画へ向かう。岡田は図面とジャックの歩くルートを確認し、船尾近くの4人部屋、G60がジャックの部屋だと推定している。

ここで岡田は、男女の区別に厳しい階級社会の名残として、昔の日本のデパートで男女のトイレが別のフロアにあったことに触れる。男性がトイレに入るところを女性に見られてはならない、その逆もありえないという考え方で、デパートはもともと階級社会の象徴のような場所だったと語り、古い店にはまだその名残があるという。

出航時、スクリューが回転すると海底の泥が巻き上がるシーンがある。岡田によれば、停泊していたサウサンプトンの港でもタイタニックはサイズの限界ぎりぎりで、船底が海底をこすりそうだったからだ。こんな巨大な船が作られるとは思われておらず、タイタニックが停泊できる港はほとんどなかった。港湾設備が追いついていなかったのであり、逆に言えば、この規模の鉄の船を誰も作ったことがなかったからこそ悲劇が起きた、と岡田は語る。船はその日のうちにシェルブールへ寄り、翌4月11日木曜日の昼ごろ、改めて大西洋へ向けて出航する。沈没まであと3日である。

「アイム・キング・オブ・ザ・ワールド」とアカデミー賞の失敗

大西洋に出たところで、ジャックが船首に立ち「アイム・キング・オブ・ザ・ワールド」と叫ぶ有名な場面がある。岡田は4月11日の午後2時ごろと見ている。ジャックにとってタイタニックは、自由の国に憧れて向かう船ではなく、故郷アメリカへ「帰る」ための希望の船だった。19歳の彼は2年ほどヨーロッパを放浪したが画家にはなれなかった。岡田はこれを、2年浪人した末にようやく大学に入って東京へ向かう19歳の「痛い男の子」にたとえている。

この台詞について岡田は、キャメロンがアカデミー賞で監督賞を受けたとき、受けを狙ってスピーチで同じ台詞を叫んだエピソードを紹介する。普通は感謝やスタッフへの賛辞を述べるところで「待ってただろう」とばかりに言った結果、会場はドン引きで、そのときのキャメロンの表情が非常に面白いという。その後、作品賞を受けに再び登壇したときは下を向いてしんなりした様子で、タイタニックで亡くなったすべての人に黙祷を捧げたいと言ってバランスを取ろうとした。キャメロン自身も『豪快映画学』のインタビューで、あれは大滑りでパニックになった、本当にへこんだと話しているという。

17歳のローズにとっての「奴隷船」

一方、17歳のローズもアメリカ人だが、落ちぶれた名家の娘である。ヨーロッパで箔をつけ、そこでアメリカ人の婚約者キャルができたが、彼は成金で教養がない。財産目当ての結婚をさせられるため、ローズはこの船を「奴隷船」と呼ぶ。ヨーロッパで得た社交界や教養はすべて無駄になる。岡田はこれを、居心地のいいハイセンスな全寮制の女子校に入って青春が始まったと思ったら、2年生の夏休みに学校をやめさせられ、田舎の乱暴で教養のない男のところへ嫁に行けと言われるようなものだとたとえる。張り切る浪人明けの青年と、落ち込む少女が出会う話なのだという。

4月11日の夕暮れ、船尾の3等甲板で前ばかり見ていたジャックがふと振り返ると、1等のベランダの端で去っていくヨーロッパを見つめる少女がいる。過去だけを見ている悲しげな少女に一目惚れする場面だ。模型で見ると、2等甲板はごく狭く、ベランダのほとんどは1等で、ローズはその角に立っている。3等からちょうど見える、一目惚れするのに最適なビューポイントに二人がいるのだと岡田は言う。

こうしたショットが可能だったのは、キャメロンが映画を作る前に7.5mの模型をスタッフに作らせ、ビデオカメラでいろいろな角度から撮って検討したからだと岡田は説明する。いわゆるプレビズであり、庵野秀明が『シン・エヴァンゲリオン』でやったことの元ネタは、1995年にキャメロンがやったことだと岡田は主張する。メイキング映像やその後の樋口真嗣の映像などを見るとつながるとして、証拠の話は翌週に回すとしている。

タバコが結ぶ出会いの偶然

ローズは毎日、くだらない会話と表面だけのおしゃべり、退屈なのにマウントばかり取ってくるキャルに絶望していた。1等食堂で船のオーナーや設計者と食事をする場面で、ローズはタバコを吸う。岡田によれば、パリの社交界やイギリスの上流階級の婦人はタバコを吸うのが普通だった。ところがアメリカは、腐敗したヨーロッパ文化から逃れたピューリタンたちが作った国なので、金持ちは増えても文化的には保守的だった。母親は「アメリカに帰るのにタバコなんか吸っていたら男の人に嫌われる」と叱る。

絶望したローズは発作的に階段を下り、3等甲板を通って船尾から身を投げようとする。後ろへ向かうのは、ヨーロッパに帰りたいという思いの表れだと岡田は読む。ところが船尾は3等客の喫煙場所だった。船内は基本的に禁煙で、1等客だけが船内で吸うことを許されていた。だから1等食堂でローズが吸えるのも階級を見せる描写であり、叱られるのはアメリカの保守性の説明であり、船尾に走るとそこが3等の喫煙所で、屋外のベンチでタバコを吸っていたジャックと出会う。岡田はこれを、タバコという伏線を重ねた偶然の構成だと解説しつつ、「タイタニック号の船尾が3等の喫煙場所なのはみんな知ってるだろう」とキャメロンは観客をマニアだと思いすぎている、と笑う。

碧洋のハートとルイ16世

自殺未遂が表沙汰にならないよう、足を滑らせて落ちかけたローズをジャックが助けたという嘘がつかれる。キャルは怒るが、周囲から紳士としての振る舞いを求められ、ジャックを翌日のディナーに招かざるをえなくなる。マナーも知らず、ろくな服もないだろうから恥をかかせてやろうという思惑である。

キャルは、自分の妻になる女に恥をかかせるのかと言いたいのをこらえて、ローズにハート型の巨大なブルーダイヤモンド「碧洋のハート」を贈る。ルイ16世もつけたダイヤだと言うが、ギロチンで処刑された王の持ち物で縁起がいいはずがない、というのがローズの微妙な表情の意味だと岡田は読む。それでもあまりに大きく美しいダイヤに、下品なキャルを嫌っているローズも息をのみ、態度が少し変わる。まだ一度もベッドを共にしていないキャルは、これで落としたと安心する。揺れる女心を見せる場面だという。

服装が示すもの、スケッチブックが示すもの

4月13日土曜日の朝、ジャックはローズに招かれて1等のプロムナードデッキを一緒に散歩するが、前夜のダイヤで自分の気持ちが分からなくなったローズは苛立ち、二人は口論になる。ここでのジャックの浮きぶりについて、岡田は服装から説明する。サスペンダーやシャツは本来下着で、上流階級にとって下着も肌も人に見せるものではない。キャルが乗船時に帽子と手袋を身につけていたのも、できるだけ皮膚を見せないのが上流の振る舞いだからだ。

では、なぜ上流の女性は胸の開いたドレスを着るのか。岡田によれば、それは「こんなドレスを見ても自分は興奮しない、理性的だ」という男性側のアピールのためだった。男性は宇宙服のように肌を隠し、女性は舞踏会などで挑発的な格好をしても、男性は動物のように振る舞わない。ハリウッドのパーティーで女性が肌を大きく見せるのも本来はその文脈だが、テレビで中継するから話がおかしくなる、と岡田は語る。

口論の中でローズはジャックのスケッチブックを取り上げ、才能に驚く。印象派やキュビズムを理解せず、ローズの買ったピカソなどの絵をクズ呼ばわりする婚約者(岡田は、キャルに分かるのはノーマン・ロックウェル止まりだと言う)より、この貧乏な青年のほうがいいのではないか。ジャックの株が上がった瞬間だという。

「宝石の女」にならないための3時間

スケッチの中に、パリのカフェにいた老婆の絵がある。ありったけの宝石で着飾り、帰らぬ恋人をずっと待っているという。ローズは「あなたには人を見抜く才能があるのね」と言う。岡田はこれを映画全体の伏線であり鍵だと位置づける。最終的に世界一のダイヤを持ち、海で死んだジャックをいつか帰ってくるかもしれないと待ち続け、自分のせいだと嘆き続ける——ローズはこの「宝石の女」になっていたかもしれない。3時間を超える映画の尺は、ローズがそんな女にならないためのものなのだ、というのが岡田の解釈である。

ジャックは「君もだ」と返し、君は自殺するような女じゃない、たとえば馬にまたがって乗るような女だと言う。ローズは女が馬にまたがるなんて考えられないと驚く。次のカットでは、母親が友人に「女にとって大学は結婚相手を探す場所よ」と話している。岡田は、ローズは母に逆らっているようでいて価値観は母親譲りだと指摘する。後に母親が泣き出す場面があり、岡田はそこで、母親もかつては新しい価値観を持ち、女だって何でもできると思っていたのを抑えてきたこと、それを娘に強いるのがどれほどつらいか分かっていても、女の生き方はこれしかないと言うのだと読み、この場面はその伏線になっているとする。

しかし映画の最後でローズの人生は変わっている。100歳を超えたローズが眠るラストで、カメラが周囲の写真を一枚ずつ映していく。そこには大学の卒業帽をかぶった写真があり、母の呪いから解き放たれたことを示す。さらに飛行機に乗り、アフリカ探検に行き、最後に映るのは馬にまたがって笑うローズの写真だ。岡田は、「結局はジャックを見捨てて一人生き残った女の話だ」というシニカルな見方を否定し、ローズはジャックが「君は本当はこういう人だ」と言ったとおりの人生を生き、それをすべて成し遂げたのであり、それがジャックとの誓いだったと語る。母の呪いや古い世界から抜け出すのは当時非常に難しいことだったが、やりがいのある人生だったというのがこの映画の語るところだという。

キャメロンは20世紀フォックスへの企画説明で、予算も手間もかかるので反対されると考え、「タイタニック号という海の上の階級社会で、ロミオとジュリエットが出会う」と言って通したとされる。岡田は、その枠組みだけなら大味だが、キャメロンはそれを単なるヒロイックな悲恋で終わらせず、その後のローズの人生を写真で見せることで、何のための物語かを語っているのだと評価する。

裏で進む速度記録への執着

こうした場面の裏で、オーナーのイズメイは船長に、故障している最後のボイラーも焚けと命じる。岡田によれば、ホワイト・スター・ライン社も倒産寸前で、最速で大西洋を横断すれば4月17日水曜日の午前中にニューヨークに着く予定だった。ニューヨークの印刷所にはすでに「タイタニック、ブルーリボン賞獲得、世界最速」という新聞記事の印刷を発注していたという。

岡田は、ボイラーの「故障」は正確には火災だったと補足する。試験航海の段階で一つのボイラー周辺が火事になり、その火が石炭庫の石炭に移ってまだ消えていない状態だった。本来は閉鎖すべきところを、最高速度を出すために動かせと命じたのだという。スミス船長は微妙な表情をしながらもOKを出してしまう。岡田はスミス船長を、この船長が乗るなら乗るという「太客」を多く抱えたナンバーワンホストのようなカリスマだったと説明し、これが最後の航海で、引退記念に世界最大の船で最高速度を出したいという、シャンパンタワーの新記録を作りたいホストのような誘惑に勝てなかったのだと語る。目指すはモーリタニア号の23.7ノット超えである。

前編の無料部分は、4月13日の夜、美しい夕焼けの中を進むタイタニック号の場面で終わる。キャメロンは、船がいかに素晴らしく美しいかを見せてから悲劇を語りたかったのだと岡田は言う。

西洋人にとってタイタニックが特別な七つの理由

動画の最後で岡田は、西洋人にとってタイタニックがなぜ特別なのかを改めて整理する。この事件で世界が変わったわけでも、歴史の転換点になったわけでもなく、大きな影響を与えたわけでもないのに重要な事件として扱われる。その理由を岡田は、さまざまな切り口で語れる便利な題材だからだとし、七つ挙げる。

  1. 当時最先端の造船技術で作られた大型船が短時間で無残に沈んだという、船の事故としての特異さ
  2. 誰が悪かったのかというサスペンス的な切り口があり、設計者を含む関係者の多くが死んだのに、原因が案外分かってしまっている面白さ
  3. 当時の階級社会の縮図であったこと
  4. 世界最大の客船として、部屋割りを見るだけでも楽しい乗り物としての面白さ
  5. 成金がヨーロッパへ帰るブームと、アメリカへ渡ろうとする貧しい移民の両方が乗っていたという、船の動き自体が当時の社会の動きを表していること
  6. 紳士たちが女性と子供を優先して逃がし、自らは死を受け入れたという、嘘っぽいが本当の美談があること
  7. これらの切り口で散々語られてきたために、誰もが知っている題材になったこと

岡田は、日本でこれに近いものとして昭和の時代の「忠臣蔵」を挙げる。赤穂浪士の討ち入りで日本の歴史が変わったわけではないが、ドラマとしても犯罪としても面白く、主君への忠義のために切腹を覚悟で行動した侍の時代の終わりとしても描かれてきた。ただ今の若い人は忠臣蔵を知らないだろうとして、時代を代表していろいろなことを語れる題材は、世界全体なら9.11、日本ならコロナ騒動や3.11の東日本大震災になるのではないかと述べる。そして、欧米でもタイタニックを知らない人がどんどん増えているそうだと付け加え、「いかんことです」と話を締めくくっている。