草を噛んだマンホールの蓋はなぜトグサの侵入を知らせたのか 岡田斗司夫が読む『攻殻機動隊』第2話「スーパースパルタン」後半

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概要

岡田斗司夫が漫画版『攻殻機動隊』を1コマずつ読み解くシリーズの、第2話「スーパースパルタン」後半の回である。2019年6月16日配信の岡田斗司夫ゼミ第286回の再配信で、冒頭では、サイエンスSARU制作の新しいテレビアニメ版について、第3話あたりから独自の解釈や表現が出てきて「スタッフが本気になってきた」と楽しんでいると話している。前回はブリーフィング会議の場面までを扱った。今回はフチコマを使った突入からアクションシーンの決着までを追い、最後にアニメ版との比較を「アップグレード情報」として加えている。

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35年後という「中未来」の書きにくさ

本編に入る前に、岡田はこの作品の舞台設定の難しさを指摘する。士郎正宗は1989年に2029年の世界を描いた。岡田はこれを約35年後の予想だと言い、その世界ではフチコマのようなロボットが実用化され、人がその背中に乗り込んで活躍していると整理する。

岡田によれば、30年ほど先の未来は予想が難しい。5年後、10年後なら、たとえば『パトレイバー』のように「作業用のレイバーと呼ばれる人型の工作機械が実用化され、生活に入ってきた」という一つのアイデアで世界を作れる。100年後、200年後なら「人類は超光速航行を開発して宇宙に進出した」と言い切ってもよい。ところが30年後でリアリティを出そうとすると、大国の対立のような現実の社会背景を入れなければならない。200年後ならドルや円やユーロが消えていてもおかしくないが、35年後の世界でそれらが消えているとは思えない。そのため非常に書きにくい、と岡田は言う。

岡田の見立てでは、30年後くらいを舞台にしたSFで典型的なのは『北斗の拳』のように一度世界が壊滅して作り直された世界くらいである。文明社会を覚えているのは老人だけで、若者は生まれたときから核戦争の後、という設定なら書きやすい。現在の世界とつながったまま進んでいく未来は、近未来と遠未来の間の「中未来」と呼ぶべきもので、珍しいと岡田は述べる。

「プシュシュシュ」はアーマーを膨らませる音

前回の終わりは、洗脳装置が顔を出したところで全員が突入を決める場面だった。岡田はまず、そこに描かれた「プシュシュシュ」という擬音に注目する。これはプロテクターを体に合わせて調整している音だと岡田は読む。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で主人公が履いた靴や、着ると自動的にサイズが合う未来の服のような装置を想像すればよいという。

狭い車内ではレオタードのように体に密着していたスーツが、この場面では肩の厚みが明らかに増している。岡田は、スイッチを入れると中にゲルのような半液体か空気が入って膨らみ、防弾性能を持つのだろうと推測する。飛行機の中では救命胴衣を膨らませてはいけないのと同じで、狭い車内では膨らませず、外に出る段階で膨らませるわけだ。こうした連想が働く読者なら「いよいよアーマーを膨らませて突入準備だ」と分かるが、SFを読み慣れていない人には分かりにくい場面だと岡田は言う。

警備員の「!」は何に気づいたのか

続いて、今回のタイトルになっている場面に入る。前回、トグサが仕掛けを施した子供は、政府の洗脳組織から逃げ出したところを警備員に捕まっていた。その横で、一人の警備員だけが何かに気づいて「!」という表情を見せる。

岡田はここを『攻殻機動隊』を読むコツの一つとして説明する。登場人物が驚いた表情を見せたら、何に驚いたのかをよく観察しないと、そこから先を読んでも分からない。この場面では、マンホールの蓋に草が巻き込まれている。警備員はそこから、誰かがマンホールから出てきて子供に何かを仕掛け、また戻って蓋を閉めたと読み取った。侵入者はうまく隠したつもりだったが、蓋を閉めるときに草を巻き込んだことに気づいていなかった。警備員はそれを見抜いたのである。

気づかれたことを受けて、「トグサ緊急脱出、敵は同業のプロだ」という指示が出る。この程度の痕跡で気づかれたことから、相手がただのガードマンではないと分かる。前回の描写から、相手が自衛隊などが使う最新の装備を持っていることにトグサはすでに疑いを持っていたが、ここで同業のプロだと確定した、と岡田は整理する。通信はより厳重な暗号化モードに切り替えられ、バトーはトグサを連れ出し、石川が援護に回る。

有線接続と攻性防壁の初登場

警備員は、子供の中に監視プログラムが仕込まれたことに気づいている。そのため、それを逆探知する仕掛けらしきものを子供の首の後ろから有線で引き出して接続する。岡田によれば、実質的な第1話にあたるこの時点では、まだ有線接続が使われている。単行本2巻以降ではこうした描写はまったくなくなるが、この段階では首の後ろからラインを引いて繋ぐことが「一番安全な回路」を示す記号になっている。

ここで「何してる、敵の攻性防壁にやられるぞ」というセリフとともに、目を開いたまま倒れる人物が描かれる。死亡を示す描写である。ただし、その後の「スピーカーだ。公安部が修理する」「ゴーストがないお人形は悲しいね」というやりとりで、これが人工知能のロボットだったことが分かる。死んだのではなく壊れただけであり、機械にすぎないのだから感情を動かすな、と仲間に言っているのだと岡田は解説する。

岡田はこの場面を、以後何度も出てくる「攻性防壁」が初めて使われたシーンとして重視する。読者はこの時点では、それが何なのかまったく分からない。「防壁」は守るための壁なのに「攻性」、つまり攻撃性を持つという矛盾した言葉だからだ。その意味がここで初めて示される。こちらが相手を探っていると、相手がそれを遡って入り込み、探っている側を殺してしまうのである。

岡田はこれをスマホのたとえで説明する。よくあるハッキングのイメージでは、パソコンを操作してスマホに侵入し、そのカメラで相手を盗撮する。しかし『攻殻機動隊』の世界では、スマホの側が操作すれば、逆にハッカーのパソコンをフリーズさせたり、パソコンのカメラからハッカーを見張ったりできる。互いにハッキングし合える世界なのである。作品はそれを当たり前のこととして描いているので、非常に複雑になっている。発表当時はスマホもなかった。脳がネットにリンクし、ハッキングが当たり前になり、それが相互に行われる。岡田は、一つの技術だけでなく、複数の技術が当たり前になったときにその上に何が積み重なるかを予想している点がすごいと述べ、攻性防壁に「やられる」ことを絵でどう見せたかという意味で、このページは覚えておいてほしいと言う。

気づいていないトグサの失敗

一方、相手の警備員も「ゴーストを焼いたときの抵抗感がなかった」「敵は遊び半分のハッカーじゃない、プロだ」と言い、双方が互いをプロだと認識する。逃げるトグサのフチコマは、排水路の出口が大きな金属製のロックで塞がれていることに気づかず、そこに激突して壊れる。素子が呼びかけても、冒頭で出てきた聴覚素子の不良のせいでトグサの声がよく聞こえない。

岡田がこのページで注目するのはトグサの判断である。この事態は実はトグサ自身のミスが原因で、後で彼は反省を強いられる。子供の首の後ろに機械を仕込んだとき、マンホールからそっと出て、そっと戻った。そのとき蓋で草を3か所巻き込むことをしなければ、警備員は気づかなかった。気づかれなければ、相手に逆に侵入されてチーム全体を危機に陥れることもなかった。

しかしトグサは自分のミスにまったく気づいていない。「なんで排水路だと分かったんだよ」「情報漏れか、やっぱり罠か」と言い、チーム内の裏切り者か、自分たちを公安に引き入れたい荒巻部長の罠かと、他人を疑っている。岡田は、トグサが徐々に成長していくことが漫画版の裏テーマになっていると言う。トグサはかつて刑事で、おそらくそれなりに優秀だった。引き抜かれてきたので、自分はまだできるつもりでいる。だからこそ勝手な判断をしてしまうのだと岡田は読む。

4発の弾痕が示す「いつでも殺せる」

排水口での激突音を聞いて、警備員のグループが駆けつける。フチコマは足先で木の枝をつかみ、猿のように登って銃を構える。「ドカドカドカドカ」という銃撃が起き、警備員の一人は逃げ、もう一人は立ち尽くす。

岡田はここで弾痕の描き方に注目する。着弾の順番は穴の大きさで分かる。今当たった瞬間のものはまだ穴が小さいからだ。弾は順番に並んで当たっていて、つまりこれは「お前をいつでも殺せるが、あえて外した」というデモンストレーションである。それを目の前で見せられた坊主頭の警備員は、怯えたというより、プロとして「ここから先は仕事の範囲外だ」と判断した。だから「俺はもう行けねえ、後は頼む」と言う。

岡田はこの二人の違いを細かく読む。素早く逃げた髭面の方は戦場慣れしていて、軍人としての能力が高い。立ち尽くした坊主頭は軍人としてのスキルは低いが、判断力は髭面より高い。それが次のページで分かる。坊主頭は「命を粗末にするな」「大戦はもう終わったんだ、これ以上殺すのは嫌だ」と言う。ガードマンとして雇われたのであって、戦争を生き残ったプロの傭兵同士が命を取り合っても意味がない、というメッセージだと岡田は説明する。一方の髭面は、弾を避けるスキルがあるばかりに判断を誤る。「俺はそんな腰抜けじゃねえぜ」と言った瞬間、すでに狙いをつけていたおそらく石川のフチコマに撃たれて死ぬ。

この撃ち方について、岡田は確実に殺すための順番だと解説する。本来は頭を撃てばよいが、外すかもしれないので、まず人体で一番動きにくい腰を撃って動きを止め、次に胸を撃って心臓を止め、最後に頭を撃つ。そして、撃たれて倒れるまでのわずかな間に、一番腕の立つ警備員が真後ろに忍び寄っている。先に腕の部分だけが描かれていて、岡田はおそらく左腕がワイヤーのように伸びるのだろうと推測する。撃たれて穴が開き、倒れるまでの間に別の場所で起きたドラマを並行して描いており、アクションシーンとしてすべてが流れるように進んでいると岡田は評価する。

ハッキングを絵で見せた最初の場面

気絶したトグサを回収しようとしているところに、突然銃撃が来る。撃ってきたのは石川のフチコマだった。狙撃していた石川の横に警備員がついていて、石川が操られて仲間を撃っていることが分かる。警備員は石川を通してフチコマを操っているが、なかなか当たらないので「なんで相手の照準装置を使ってやがる」と腹を立てている。

岡田は、この場面を「ハッキングしている場面を絵で分かりやすくした、おそらく世界最初のシーン」だと言う。警備員が石川の脳に入って通信している様子が、フラッシュのような流れとして描かれる。ここで岡田は漫画の読み方を解説する。日本の漫画は右から左に読むので、原因が右や上にあり、結果が左や下にある流れになることが多い。また、登場人物が進行方向を向いているときは何かを前進させようとしているとき、逆を向いているときは何かの力を止めようとしているときだと覚えておくと、歌舞伎の上手・下手のように話が受け取りやすくなるという。侵入経路には英語のような文字ではなくバーコードのような図形だけが描かれていて、それがデジタル通信であることを表現している。

侵入は石川を通り越してフチコマに及び、さらに素子の脳に入ろうとする。素子は回線を切って閉鎖モードにしようとするが、すでに警備員が入り込んでいる。岡田は、これが攻性防壁の仕組みだと説明する。自分の中に入られないために築いたはずの壁が、相手が入ってくるための鍵にもなってしまうのである。素子は左手のスイッチを押そうとするが、すでに操作されているので押せない。

素子の反撃と「身代わり装置」

素子がどうやって侵入を跳ねのけたのか。岡田の読みでは、素子はスイッチを入れるのではなく、フチコマのユニット全体から装置を引き抜き、フチコマから飛び出すことで強制的にラインを切った。それまでの人物はフチコマの中にいたまま対応しようとしたが、素子は機体から飛び降りることで潜入を防いだのである。そのうえで素子は、相手が作ったゴースト侵入鍵を複製して逆流させ、アクセスしてきたら攻性防壁を突っ込んでやれ、と同じことをやり返すようフチコマに指示する。

反撃はさきほどと逆の順序で、フチコマから石川を経て警備員のところへ向かう。ここでもフチコマが原因で警備員が結果という、右が原因で左が結果の流れになっていると岡田は指摘する。警備員は肩に付けていた装置のおかげで侵入を免れる。岡田はこれを、無理やり侵入されたときに飛ぶヒューズのようなものだと説明する。家庭で電気を使いすぎるとヒューズが飛ぶのと同じである。侵入が外れた石川たちは、警備員のいる場所に向かって銃撃する。

警備員は「危ねえ、身代わり装置をつけといてよかった」と言う。岡田は、この頃の士郎正宗はまだ読者に親切で、何かをした後で必ず理由を言ってくれると述べる。2巻になるとこうしたフォローを一切しなくなり、一般読者を置いてけぼりにする。1巻は分かるが2巻が分かりにくいと言われるのはそのためだという。ただし、本来は絵だけで分かりそうなところに説明のセリフを入れるのは、少しダサくなってしまうとも岡田は付け加える。

光学迷彩の最初の形

素子はあちこちに地雷を仕掛けたうえで、漫画で初めて光学迷彩の服を着る。単行本の冒頭には、部長がサイボーグを見るなか素子がすっと消えていくオールカラーの話があり、映画などでもよく使われる場面なので、そちらを初登場だと思っている人が多いかもしれない。しかし岡田によれば、その話は全話を描き終えた後に単行本収録のために描かれたもので、光学迷彩というアイデアが最初に出てくるのはこの場面である。

ここでの素子は全身を専用の服で覆い、顔もフードで隠している。岡田はこの光学迷彩を、布状になった液晶モニターのようなものだと説明する。折り曲げられる液晶モニターの先にある、柔らかいモニターでできた生地を着て、真後ろの風景を映すことで姿を消す。この時点の光学迷彩は、そういう原始的なものとして描かれている。

警備員は素子を追い詰めたつもりだったが、そこにあったのは「ダミー」と書かれた地雷だった。そして目に見えない相手から撃たれ、「姿も音も熱もない、噂の隠れ蓑か」と驚く。この「隠れ蓑」が光学迷彩のことである。

プロ同士の降参と交渉

警備員はすぐに「分かった、降参する。脳は焼かないでくれ。お互いプロだ、仕事でやってるんだ」と言う。素子は洗脳装置とゴースト侵入鍵を渡せと要求し、警備員は「別に大事なものじゃない」と応じる。

岡田は、この警備員の素早い降参も優秀さの表れだと読む。この時点では勝てるかどうか分からず、実力は五分五分、ひょっとすると自分の方が上だとさえ思っているかもしれない。しかし相手は明らかに想定外の装備を持っている。彼自身も軍の最新装備を持っているが、相手が持っているのはおそらく実験段階のものだ。それを見て、かなうはずがないとプロとして判断した。プロは実力差や装備差があれば、戦うのをやめて交渉を始めるのだと岡田は言う。

素子が「5時間ほど前にハッカーを焼いたか」と問うと、警備員は知らない、焼いたとしても通常の対応だと答え、「あんたら一体何なんだ」と尋ねる。素子は大規模なゴーストハック、電脳倫理違反の現行犯で逮捕すると告げる。政府の組織にガードマンとして雇われていた彼にとって、自分たちが襲われることはまったくの想定外だった。ここでアクションシーンはほぼ終わる。

岡田が面白いと感じたのは、「姿も音も熱もない」という少し説明的なセリフである。プロとしてまず相手を目で見ようとし、音を探り、どう身を隠しても赤外線くらいは出るはずだと熱を探る。その熱まで遮断されていることで、完全な隠れ蓑だと分かって降参する。この流れが面白く、欄外に脚注を入れてくれるところも含めて、この頃の士郎正宗は親切だと岡田は述べる。

アップグレード:アニメ版と「マンホール問題」

再配信にあたって追加された後半では、サイエンスSARU版アニメと原作の比較が語られる。岡田が避けて通れないと言うのが「マンホール問題」である。

原作では、トグサがマンホールの蓋を雑に閉めて草を巻き込み、警備員のリーダーがその痕跡を目ざとく見つけた。そこから、少年が倒れたのは何かが接触したからで、侵入者はマンホールを通じて地下の排水路にいると見抜かれ、警備体制が即座に切り替わって素子たちは大ピンチに陥る。岡田は、素子がフチコマから飛び降りて強引に接続を切らなければ、石川から斎藤、斎藤から素子の順にハッキングされ、公安9課は設立前に壊滅していたことになっただろうと言う。

作戦後の反省会で、石川はこのミスをトグサに指摘する。ただし言葉ではなく、丸印をつけた写真を見せるだけである。岡田はこれを、説教せずに事実だけを突きつけたものであり、「トグサ君、君がこの蓋を雑に閉めてくれたおかげで僕たち全員死にかけたんだよ、ありがとね」というような態度だと表現する。それを見た斎藤は「やだやだ、じじいは陰険で」と言う。

岡田は、もしここで石川が先輩風を吹かせて「バカモン」と怒鳴れば、トグサは「すみませんでした」と謝り、先輩後輩のロールプレイが成立して、体育会的な流れで組織に自然と入り込めただろうと言う。しかし石川は、それをすると人は腑抜けると考えている。プロフェッショナルの世界は、先輩が怒って後輩が反省するような世界ではないということだ。岡田はここに士郎正宗の職業論が見えると言い、作品の元になったイギリスの特殊部隊もののテレビドラマにもこうした、直接言わない陰険なやりとりの描写が多く、それが出ているところが面白いと述べる。

アニメ版で草が巻き込まれていない理由

では、この重要なマンホールの場面はアニメ版でどうなっていたか。岡田は「よくわからない」と前置きする。放送当初から多くの人が指摘しているように、アニメ版では草が巻き込まれていない。

岡田は、サイエンスSARUのスタッフが漫画の草の巻き込みを見落とすはずはないので、おそらく演出上の理由だろうと推測する。アニメ版のこの回は、「機密」と大きく書かれた画面で終わる。この画面が後々どういう意味を持つのかは最終話あたりにならないと分からないだろうが、作りとして重要な画面だと岡田は見ている。原作通りに作れば、丸印のついた写真を見せる絵を入れなければならず、そうすると「機密」の画面を見せられなくなる、というのが岡田の読みである。

アニメ版では、石川が「説教したら泣いて帰りやがった」と言っている。原作の写真を見せるだけの対応が、説教という直接的な行動に変わっているのだ。岡田はここに引っかかりを覚える。説教されるような失敗とは何だったのか。下水道でシャッターに激突して気絶したのははっきり事故で、トグサには予見不可能だった。責められる謂れはないと思う、と岡田は言う。そのため今のところ、アニメ版の石川の行動は理不尽な説教だと解釈しているが、自分にもまだ分からないので、アニメ版のこの場面を解説するときに改めて考えたいと留保している。

二人の石川、そして弾痕の描き方

原作の石川は説教すらせず写真を見せただけだった。そのためトグサは打ちのめされて一人で家に帰り、妻に隠れて泣きながら就職情報誌を読む羽目になる。岡田は、これは怒られて悔しいのではなく、冷静に自分の無能さを痛感し、同僚に迷惑をかけたことで泣いているのであり、なかなか職業意識の高い男だと評する。アニメ版と原作の石川にはそれぞれタイプの違う厳しさがあるが、自分の上司にするなら説教してくれるアニメ版の石川の方がいい、イギリス人っぽいのはちょっと嫌だと岡田は笑う。

岡田がマンホール以上に気になっていると言うのは、フチコマによる威嚇射撃の場面である。原作では弾が一直線に当たっていき、最後の1発だけわざとずらして外したことがはっきり分かるように描かれている。アニメ版では弾がどんどんと着弾し、後ろで煙が上がっているので、わざと外したことはなんとなく分かるものの、漫画ほどはっきりしていない。漫画通りでは画面として華がないので変えたのだろうと岡田は推測しつつ、自分は漫画版の方が好みだと述べて、この回を締めくくっている。