「ドパガキ」から死の瞬間の脳波まで:慶應の脳科学研究者deribaが語る、やる気と学習の限界

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概要

慶應義塾大学の博士課程に在籍しながら会社を経営し、YouTubeで脳科学を発信しているderibaさんは、約10年にわたって記憶と学習を研究してきた。インタビューの問いは、なぜ現代人はやる気を出しにくいのか、脳を変えることで集中力や学習能力を高められるのか、の2点である。deribaさんは、やる気や集中力の差を「脳の違い」とみなしている。そのうえで、遺伝で決まっている部分があっても、それを変える方法を見つけるのが脳科学だという立場をとる。話は、ショート動画とドーパミン、シータ波の新しい測定法、ニューロフィードバック、死の瞬間の脳波、そして本人の挫折経験と将来像にまで及んだ。

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大学院生、経営者、発信者としての10年

deribaさんは収録時点で32歳になる週だった。本人の説明では、肩書きは分かりにくいという。慶應の大学院では博士課程の3年目にあたるが、「研究者と名乗るには若干弱い」と自ら言う。並行して自分の会社を経営しており、脳科学系の受託業務や実験データの解析代行などを請け負っている。さらにYouTubeでの発信も続けている。どれも脳に関わる仕事で、脳に携わってからおよそ10年になる。

メインの研究テーマは一貫して記憶と学習だ。きっかけは、自分の勉強がなぜこれほどうまくいかないのかという疑問だった。勉強に集中できない、記憶できないといった問題の原因を突き詰めた結果、脳に原因があるのだろうと考えるようになった。そこから、記憶や学習の能力を脳科学的に高める方法を探っている。

YouTubeでは、やる気の出し方を扱った動画が約90万回再生された。「10年脳科学をやった人がどんな結論を出すのか」はテーマとして分かりやすく、伸びるとは予想していたが、実際の反響は想像をはるかに超えたという。

「ドパガキ」はなぜ生まれるのか:即時フィードバックと遅い報酬

聞き手は、今の人はやる気を出すのが大変になっているのかと尋ねた。deribaさんの答えは「それはあるんじゃないか」である。YouTubeショートやゲームのように面白いコンテンツがあふれているため、読書や勉強のような「やらなければいけないこと」が相対的につまらなくなっている、という見方だ。

いわゆる「ドパガキ」については、ドーパミンは専門ではないと断ったうえで次のように説明した。ショート動画は、見るとすぐに報酬が得られる。ここでいう報酬は「楽しい」という感覚で、ドーパミンが出ることに相当すると考えられる。加えて、すぐに結果が出る「即時フィードバック」があるとドーパミンが出やすい。ショート動画はスライドするたびに新しい動画が出てくるので、その繰り返しは「絶対楽しい」。一方、勉強の成果が出るのは1か月後や1年後で、フィードバックが非常に遅い。だから勉強が楽しいはずがない、とderibaさんは言う。この差が「ドパガキ」と呼ばれる状態につながっているのではないか、という見立てである。

聞き手は、本来は何らかの努力を払ってドーパミンという報酬を得ていたのではないかと問いかけた。deribaさんはおおむね同意し、最近は頑張らなくてもドーパミンが得られる世界になっているのだろうと述べた。

ドーパミンは報酬であり燃料でもある

ドーパミンは報酬であると同時に、行動を起こすための燃料のようなものでもあるのではないか。聞き手のこの問いに、deribaさんは「まさにそう」と答えた。ドーパミンがあるからこそ、人は頑張って勉強しよう、成功しようと思う。逆にドーパミンがなくなるとどうなるかについては、パーキンソン病にドーパミンの枯渇が関係しているという話が確かあった、と記憶を頼りに触れた。当然必要なものだが、それが「ハックされてしまった」のが現代社会だという感覚があるという。

ショート動画で出たドーパミンを勉強に振り向けられないのかという質問も出た。deribaさんの考えでは、ショート動画を見て出たやる気は、おそらく「ショート動画を見るためのやる気」である。それを勉強に振り向けるのは難しいだろうし、止められなくなってしまっている、という。

記憶とシータ波:「パソコン1台」で海馬の特徴を推定する

deribaさん自身の研究の中心は、記憶に関わる神経活動、とくに脳波である。脳波にはアルファ波やベータ波などいくつかの種類があり、そのうちシータ波が記憶において重要だといわれている。シータ波の出方は人によって違い、強い人もいれば弱い人もいる。その特徴が分かれば、たとえばその人が認知症になりそうかどうかが分かるのではないかといわれている。

問題は測定の難しさだ。記憶に関わる海馬のシータ波は、何億円もする装置を使わなければ測れないとされてきた。これに対してderibaさんは、偶然の発見だとしたうえで、パソコン1台でそれが分かるという内容を最近の論文にまとめた。

方法の説明として、deribaさんは聞き手に「Appleの日本語訳は?」と尋ね、「りんご」と答えさせた。思い出すのにかかったのは1秒ほどである。こうした想起を300回ほど繰り返すと、所要時間は1秒、0.8秒、1.1秒とばらつく。何百回分も集めると分布が描け、その分布の特徴を統計的に分析するとシータ波の特徴が現れる。この現象を報告したのだという。

これから取り組もうとしている応用は、スマホ1台でその人のシータ波を知り、ひいては認知症になりやすいかどうかを推定することだ。deribaさんは「もしかしたら分かる」という言い方をしており、まだ構想段階の話である。

やる気に即効薬はない:脳そのものを変えるという発想

やる気が出ないときにどうすればよいか。deribaさんが出した動画の結論は「即効性のある方法はない」だった。やる気や集中力は脳の違いによるもので、集中しやすい脳を持つ人はずっと集中でき、そうでない人はできない、とderibaさんは考えている。だから「今日これをしたからやる気が出る」という一時的な方法ではなく、脳を根本的に変えることが必要だという。

エビデンスのある方法としては、睡眠と有酸素運動を挙げた。ただ聞き手が指摘したとおり、有酸素運動をするにもやる気が要る。deribaさんも「そこが難しい」と認め、もともとやる気がない人には、自分も含めてなかなか難しいと話した。

そのうえで、多くの人がまだやっていない方法として勧めたのが瞑想である。やり方は、目を閉じて呼吸をじっと観察し続け、雑念が浮かんだら気づいた時点で呼吸に戻す。それを繰り返すだけだ。数千年前にブッダが行い、現在まで受け継がれてきたこの修行が、脳の構造も変え、次第に本当に集中できるようになっていくらしい。そのことがここ数十年の研究で示されているという。スピリチュアルなイメージがあるという聞き手に対し、deribaさんは論文の数でいえば数千本は出ているのではないかと述べた。脳の研究者の間では「瞑想は本当にすごい」という認識をみんな持っているのではないか、とも語った。

遺伝で決まる勤勉性と、それを変えるためのニューロフィードバック

心理学では性格を「ビッグファイブ」で測定する。そのうちやる気に関わるのは勤勉性で、双子研究からほぼ遺伝で決まることが分かってきている、とderibaさんは説明する。しかしderibaさんは、遺伝で決まっているから変えられない、とは考えていない。決まっているものを変える方法を見つけるのが脳科学だ、というのがderibaさんの立場である。

いま注目しているのがニューロフィードバックだ。deribaさんのプロジェクトでは、簡単に脳波を測れるコンパクトなデバイスを開発している。1分ほど装着すれば測定できるという。収録ではその場で実演した。本体を首にかけ、耳に挟み、額にセンサーをつけると、前頭葉の脳波がアプリに表示される。瞬きをすると波形が大きく揺れる。

生の波形を見てもよく分からないので、アプリではこれを映像に変換する。画面には重なり合った複数の円のような図形が現れ、それが脳波の乱れ具合を表している。脳が集中しやすい状態になるほど、この図形はまとまって一つの円に近づく。deribaさんが目を閉じて集中すると、確かに図形はまとまった。人前なのでなかなか難しい、とも付け加えていた。

これを続けると、意識をこのあたりに向けると図形がまとまる、という感覚が次第に学習と結びついていく。やがて「常にここに意識を置けば集中できる」という癖がつき、自然と集中しやすくなったり、やる気が出やすくなったりする効果がある、とderibaさんは説明した。ニューロフィードバックの研究自体は1960年代ごろからあり、当初は発達障害の治療として進められてきたという。deribaさんのチームは、使いたい人が日常的に使えるようにすることで、多くの人の集中力や仕事の生産性、勉強の力を上げられるのではないかと考えている。

集中の仕方は人によって違うらしいが、共通点もある。ゆっくり呼吸に意識を向けることや、姿勢を良くしたほうがうまくいくことだ。学校で「姿勢を良くしろ」と言われてきたのは正しかったのかもしれない、とderibaさんは感想を述べた。デバイスは12月ごろから、つまり半年以上前から作り始めた。本人はほぼ毎日使っており、筋トレを毎日やれば筋肉が大きくなるように脳波も変わってきたという。「脳そのものを鍛えている感覚に近い」というのが本人の体験談である。

メンタルは脳の一部か

やる気が出ないのはメンタルのせいなのか。そもそもメンタルと脳はどういう関係なのか。この問いに対して、deribaさんは明快に、メンタルの不調は全部脳そのものの問題だと考えていると答えた。自分がメンタルを病んだときも「脳の調子が悪いんだな」と思う。目の前の人がメンタルを病んでいたり悪口を言ってきたりしたときも、普通はイラつくところを、「今この人の脳の調子が悪いのかな」「セロトニンがどうなっているのか」と考えてしまうという。

肉体と精神を分けて考える心身二元論のような捉え方は、あまり理解できないという。占いは好きだが、楽しいからやっているだけで信じているわけではない。脳が死ねばすべて終わると思っている、と述べた。ただしそれは「99%ぐらい」の確信だ。残りの1%については、分からないことのほうが多いのだから魂やお化けが存在してもいいとは思っている、と留保をつけた。

死の瞬間の脳波:ガンマ波のバーストは走馬灯か

deribaさんは、死の瞬間の脳波を解析した動画も公開している。元になったのは公開データである。昏睡状態などで意識はないが心臓は動いている患者について、脳波を測りながら人工呼吸器を外し、亡くなるまでを記録したものだ。誰でもアクセスできる状態だったので解析してみたところ、「まあまあ面白い」結果が出たという。

deribaさんの記憶では、呼吸器を外してから5分後か数分後に、ガンマ波のバーストのようなものが出た。ガンマ波は平たく言えば脳活動の高まりと考えられるもので、それが数秒から10秒ほどの間、急激に上がったという。普通に生きているときにはめったにそこまで出ない。ただし出る・出ないは0か1かではない、とも補足した。生きている人で出る例としては、何十年も瞑想を続けてきた熟達者でガンマ波が出るというデータがあるという。瞑想が深い段階に入ると意識状態も変わるといわれており、死の直前の状態もそれに近く、いわゆる走馬灯を見ている可能性はありそうだ、とderibaさんは述べた。ただしこれは仮説であり、確かめようはないとはっきり断っている。

応用の可能性として、deribaさんはまず倫理的な側面を挙げた。それが本当に走馬灯なら、まだ意識が戻る可能性があることになる。そうであれば、安楽死や人工呼吸器を外す判断を簡単にすべきではないという議論や、脳死とされていたが戻る可能性があるのではないかという議論につながりそうだという。死んだと思われていた人を復活させる方法があるのではないか、という話にも触れた。ただ、まだ分からないことが多すぎるとも付け加えた。

「死にたい」という気持ちと理性

生存本能を脳が司っているのなら、死にたいという気持ちは脳のエラーなのか。聞き手の問いに、deribaさんは自分も死にたいと思うことはあると明かしたうえで答えた。進化的には、死にたいと思ってはいけないはずだ。本能だけで生きているなら死にたいとは思わないだろうし、動物は基本的に自殺しないと思う。人間は理性が本能を超越してしまった生き物だ、という見方である。節食や特攻のように進化的には説明がつかない行動も、理性が発達しすぎた結果なのだろうという。

ここでいう理性は、主に前頭葉が司る働きである。deribaさんによれば、理性はもともとプログラムされた行動から外れるときに必要になるものだ。空腹だから食べるのは本能にプログラムされた行動だが、ダイエットのために食べるのをやめるのはそこから外れる行動である。そのときに働くのが前頭葉の活動、いわゆる実行機能で、それが理性なのだろうと話した。

神童からの転落と東大浪人

deribaさんは東京・町田の出身だ。父親は工業高校を出てメーカーの営業一筋、母親はパートをしていた。小学生の頃はかなり勉強ができ、クラスのテストではだいたい1番だった。塾の全国ランキングで10番ほどに入ることもあったという。将来の夢は特になかったが、文集には一応サッカー選手と書いた。恐竜が好きで、科学もゆるく好きだった。両親から勉強について何か言われたことはなく、自分から楽しんで勉強していた。

受験をせずに公立中学へ進むと、同じようにやっているつもりでも全国ランキングに載らなくなっていった。10人ほどの塾のクラスでも下のほうになり、当時はそれがとても悔しかった。理由は今も分からない。振り返れば単に発達が早かっただけかもしれない、とderibaさんは言う。ただ、「あんなにできたはずなのに、なぜ」という思いは、おそらく今の研究につながっているという。

高校は青山学院に進んだ。成績は良くなく、赤点も取っていた。目指すならいちばん上だと東大を志望し、高校の早い時期から受験勉強を始めたが、現役でも一浪でも合格できなかった。青学ではほとんどの生徒が内部進学するので、外部受験をする人自体が少なかった。学びたいことがあったわけではなく、「試したかった」という不純な動機だったと本人は振り返る。もっと勉強できるようになりたい、1番になりたいというコンプレックスに近いものであり、今思えばくだらないとも思う、と語った。

1日4時間の壁と、根性論をあきらめた経験

やる気や集中力の問題に直面したのは、まさにこの高校時代だった。受験勉強では1日10時間やれと言われ、実際にそれだけ勉強する人も多い。それなのに自分は1日4時間できれば良いほうだった。8時間できれば倍になるのにと思いながら、それ以上やると机に向かうことさえできなくなった。体が弱かったこともあるかもしれない、とderibaさんは言う。当時出ていた心理学系の本も読んだが、時間を計ると集中できるといった程度の内容しかなく、試しても何も変わらなかった。そこで小さな無力感を覚えたという。

気合が足りないのかと考え、1日15時間無理やり勉強する「キャンペーン」を試したこともある。1日目はなんとか13〜14時間できた。2日目は8時間ほどで力尽き、3日目からは2週間ほどうつ状態になって、1時間も勉強できない日が続いた。そこで自分に根性論は無理だと気づき、あきらめた。脳の個人差なのだという結論に至り、「無理なものは無理」と思ったのはそこが最初かもしれない、と話している。

当時から、原因は脳か体にあると考えていた。病気ではないかと調べたり、整体に通ったりもした。一方で精神科には行かなかった。深刻な病気の人が行く場所というイメージがあり、自分はそこまでではないと思っていたからで、今も行っていない。高校時代は実際には、うつに近い、不安障害のような状態だったという。ストレスや睡眠不足が重なっていたのか、人に見られることに過度に緊張し、人前でペットボトルの水を飲もうとすると手が震えてできない時期があった。母親はそれを察していて、サプリを勧めたり、こういう病気ではないかと声をかけたりと、よく支えてくれたという。ただ、当時は根本的には良くならなかった。

浪人すると生活が変わった。高校時代は毎朝30分ほど満員電車に乗るのもストレスだった。浪人中は駿台予備校まで毎朝自転車で通うことになり、日差しを浴びながら強制的に運動する生活になった。それが良かったのか、メンタルはかなり落ち着き、現役時代よりは勉強もできた。行動で脳の状態が変わると思った最初のきっかけかもしれない、とderibaさんは言う。

最近になって知ったこととして、「ニード・フォー・コグニション」という概念も紹介した。考えることが好きか、何もなくても考え事にふけりがちかを測る尺度で、テストを受けたところ上位1%ほどだったという。インタビュー中にも「こんな話を聞いて視聴者は面白いのか」と考えてしまうし、人間関係でも考えなくていいことまで考えてしまう。だから疲れやすいのだろう、と最近は思っている。ずっと直すべき欠点だと思ってきたが、考え事をするからこそ研究につながっているので、長所の裏返しなのかもしれない、とも話した。

SFCで出会った脳波の「ロマン」

東大には届かず、deribaさんは慶應の理工学部に入学した。その後、SFCに転部する。SFCでは音楽に関する研究も、デザイナーを目指す勉強も、ビジネスも学べ、その選択肢の一つに神経科学・脳科学があった。何にでも興味があったのでいろいろな授業を取ったが、脳の授業がいちばん刺さったらしい。20歳ごろのことで、気づいたら脳科学の研究室に入って10年が経っていた、と本人は言う。

何が刺さったのかと聞かれて挙げたのは、実習で自分の脳波を測り、分析した経験だった。自分の脳の波形がデータとして出てくる。この瞬間に何が起きているのだろう、これが自分の意識そのものを示しているのだと考えると、ロマンを感じた。星空を眺めて綺麗だと思うように、脳波を眺めている時間に幸せを感じられたという。10年続けられたのは、観察することの楽しさが大きかったからだろうとderibaさんは言う。

脳波は人によってまったく違い、共通の法則性があるとはまったく思えないという。10年やってきても、こうだと思った仮説は必ず裏切られる。つかみどころがなく理解が難しい対象だからこそ、考えることが好きなderibaさんにとっては格好の研究対象で、簡単に理解できてしまうとつまらなく感じてしまうのだという。

同じ理由で、冒頭のドーパミンの話にも留保をつけた。ドーパミンが出るからやる気が出る、こうだからドパガキになる、といった説明は仮説としてはあるが、おそらくほとんど間違っている。実際の姿はもっと複雑なので、脳科学は分かりやすく人に伝えるのが実はものすごく難しい学問だ、とderibaさんは語る。暫定的に言えることも少なすぎるという。例として挙げたのが意識である。手のひらに意識を向けるという意味での意識、意識があるかないかという意味での意識、コンピュータに意識があるかという問題、自分が見ている赤が他人にも同じ赤として感じられているかというクオリアの問題。どれも「意識」と呼ばれるが、それぞれが脳内でどんなメカニズムによるのかはほとんど分かっていない。仮説はあっても検証できないので、日常の意識一つとっても何も分かっていないのが現在地だ、とderibaさんは述べた。

記憶と学習を選んだ理由:塾講師の6年と、将棋・AIの「限界」

記憶と学習をテーマに選んだ理由は二つある。一つは、自分の受験勉強がうまくいかなかったという感覚。もう一つは、塾のチューターとして6年ほど勉強を教えた経験だ。最初は、自分がきちんと教え、生徒がきちんと勉強すれば誰でも良い大学に受かると思っていた。しかし実際には、自分も頑張って教え、生徒も頑張ったのに、思ったような結果にならず「浪人することにしました」と言われることがあった。それを6年繰り返すうちに、そんなに単純ではないと思うようになり、原因を突き詰めるなら脳を研究するしかないと考えたという。

deribaさんは、人によって限界があると考えている。例に挙げたのが将棋だ。プロ棋士はおそらく皆、同じように膨大な時間を費やしている。それでも七段までしか行けない人もいれば九段まで行く人もいて、藤井聡太のような圧倒的な棋士もいる。それは人によってある程度の限界値があるということだ、とderibaさんは見る。さらにAIは藤井聡太よりはるかに強く、プロ棋士が100回戦ってもおそらく勝てないレベルにある。人間はどれだけ時間を費やしてもここまでしか行けないが、AIはもっと上にいる。deribaさんが知りたいのは、その限界を超える方法だ。1万時間を費やしてもここまでしか行けないところを、気づいたらAIを超えているような学習方法を知りたい。それも研究の動機の一つだという。

間違えたときの脳の反応が、学習の限界を決めている可能性

その足がかりになる実験として、deribaさんは新しいパズルのような課題を作り、被験者に学習させた。将棋よりはもちろん単純な課題だ。うまい人は1時間ほどでかなり上達するが、苦手な人は1時間かけてもほとんど学習できない。東大生にやらせると皆うまいという。つまり、学習が得意な人と苦手な人を切り分けられる課題である。

この課題中の脳波を測ったところ、学習がうまい人は脳活動がやはり少し違っていた。サンプルは30人ほどで、deribaさんはまだ不十分だと断っている。違いが出たのは、間違えたときに脳がどう反応するかという指標だった。さまざまな指標の中で、それだけが明らかに学習の上手さと相関したという。deribaさんはこれを、間違えたときにちゃんと悔しがり、そこから学べる能力そのものが学習の限界を決めている可能性がある、と解釈している。そこを意識で変えるのか、ニューロフィードバックで変えるのかはまだ分からない。ただ、その方法が見つかれば自分はもっと賢くなれるかもしれないし、人間がAIに勝てるかもしれない、という。

間違えることそのものが悪いのではなく、間違いから学べないことが悪い。間違いから100%学べれば、圧倒的に学習が得意になれるだろう、とderibaさんは考えている。聞き手が「間違いを恐れないことも大事なのか」と尋ねると、deribaさんはむしろ間違いは恐れてもいいと答えた。間違えるのが怖いからこそ、次は間違えないようにしようと思う。間違えてもどうでもいいと思っていたら学習できない、という理屈だ。

例に挙げたのが藤井聡太の負けず嫌いである。5、6歳の頃にプロ棋士に負けたとき、プロに負けるのは当たり前なのに、悔しくて将棋盤に泣きついて離れなかったというエピソードがあるらしい、と紹介した。失敗するのが嫌で仕方ないからこそあそこまで行けたのだと思う、とderibaさんは言い、間違いを嫌がる気持ちはむしろあったほうがいいと述べた。そのうえで「全部仮説なので、これは間違っているかもしれない」と自ら付け加えている。

ニューラルネットワークで見えた「学習率」の問題

AIがどのように学習しているかを解析し、人間に応用できないのか。聞き手のこの問いに、deribaさんは試しにやったことがあると答えた。AIと呼ぶほど大げさなものではなく、「AIの小さい版」のような簡単なニューラルネットワークを作り、人間に解かせたのと同じ課題を学習させたという。

パラメーターを変えると、人間よりはるかに速く学習が進むこともあれば、人間より全然学習できないこともあった。つまりパラメーター次第で学習が得意なAIを作れることが分かった。注目したのは「学習率」、あるいは「更新率」と呼ばれる値で、1回の刺激でどれだけ変化するかの程度を表す。これが大きすぎると学習がうまく進まない。1回の学習から影響を受けすぎるとうまく学べず、逆に1回で学ぶ量をほんのわずかにとどめると、むしろ限界値が上がっていく。deribaさんは、これはまだ内部データであり、きちんと検証しなければならないと断っている。

これを人間に当てはめると、1回の学習で変化する量が大きすぎると過去の情報が失われ、学習しているつもりで全部忘れていくことになる。大事なのは、学習したときに過去の情報を失わない能力なのではないか。これはAIから着想を得た、いま考えている段階の仮説だという。聞き手が「定着する前にさらにインプットするのは良くないということか」と確認すると、deribaさんは「そうかもしれない」と答えた。人間は一つの学習が定着するまでに時間がかかり、すぐ次に進むと忘れてしまう。AIにはその制約がないので、1秒に1回のペースで無限に学習できる。だから当然、人間より将棋が強くなる、という説明だった。

研究とビジネスのあいだ

大学にはすでに10年ほど在籍している。deribaさんはこれを「情けない話」と言う。研究に時間がかかりすぎているということだからだ。転部で1年遅れ、さらに博士課程が長引いている。日本の博士課程は3年で修了できるが、すでに6年目だという。

収入は年によって変わる。現在は自分の会社の収入に加え、ベンチャー企業に籍を置いて在宅で働いている。また、deribaさんの説明では経産省のプログラムである「未踏アドバンスト」に前年に採択されており、9月まで続くその予算で、先ほどの脳波デバイスとアプリを開発している。いちばん実現したいのは、これをビジネスとして成立させることだという。

目的は生活のためだけではない。たとえば1000人が脳波計を持っている状況になれば、「脳波計アルバイト募集」を流すだけで皆が自宅で実験に参加できる。これまで数十人規模で論文が出ていた研究を、1000人、1万人のデータで行えるようになる。deribaさんは研究の構造そのものを変えたいと考えており、ビジネスとして成り立ち、かつ研究にもつながる状況を作ることを目標にしている。当面はこの形になりそうだが、どうなるかはまだ分からない。ビジネスが成功した後にアカデミアに戻る可能性も大いにある、と話した。

聞き手が「32歳の研究者として高く評価されているのでは」と言うと、deribaさんは即座に否定した。研究者は論文の数や重要性で評価されるが、その枠で見れば自分は下っ端で、「研究者偏差値は40ぐらい」だという。ビジネスや発信を総合して評価してもらっている、というのが本人の認識である。

研究でお金を稼ぐことを嫌う清貧主義的な空気は、多くの研究者にあるという。それは良いことでもあるが、やりづらさにもなっている。胡散臭いことを言い始めれば研究仲間から嫌われるし、ビジネスには誇張がつきまといやすい。「ニューロフィードバックをやれば集中力が上がります、記憶力が上がります」と断言すればもっと売れるだろうが、断言できるほどのエビデンスはまだ溜まっていない。誠実にやろうとすればビジネスのスピードは落ちる。ビジネス側の人からは「もっと大胆にやれ」と言われるので、バランスを取りながら進めているという。

脳科学の先にあるのは理想郷か、ディストピアか

最終的な目標を問われると、deribaさんは「意外とない」「明確じゃない」と答えた。考えすぎる性格ゆえに、脳科学が進みすぎた未来はディストピアになりかねないとも思っている。脳波を測っただけでその人の限界が分かってしまう。結婚相手として向いていないことが分かってしまう。突き詰めればそうした世界もありうる。その未来を目指すべきなのか、何が良いのか分からなくなるという。聞き手が国家が国民の脳波を管理する怖さに触れると、deribaさんも同意した。AIの進歩によるセキュリティ上の問題や、いつ核戦争が起きてもおかしくない状況も、科学が進んだからこそ生まれたリスクであり、どうせそういうことは起きる。だからこそ、そうならない側に何とか貢献したい、と話した。

それでも、「脳科学で学習に革命を起こしたい」と言い続けてきた以上、それは達成したいと思っている。そして脳科学そのものが面白いので、それを続けられること、その面白さを伝えられることができれば一旦はいい、という。ビジネスも含め、すべての起点は目の前の好奇心にある。

高校時代に根性論をあきらめたことは、今の研究の出発点になった。一方で、疲れやすい性質の裏にはずっと考え続けられるという長所もあるのだろうし、そんなに単純な話ではないのだろう、とderibaさんは述べてインタビューを終えた。