韓国の学歴競争を離れて日本へ、九州大学から東大大学院に進んだパクさんが語る日韓
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜韓国・ソウル出身のパクさんは29歳である。高校卒業後に来日して九州大学の学部に留学し、その後東京大学大学院で修士号と博士号を取得した。この9月から日本で社会人として働く予定で、9月23日で来日からちょうど10年になる。日本と韓国を紹介するYouTubeチャンネルも運営している。インタビューでは、韓国の受験社会で勉強から逃げていた少年がなぜ日本を選んだのか、日本で暮らすうちに何が変わったのか、そして日韓関係や韓国の若者が巻き込まれる犯罪をどう見ているのかを、本人の経験に沿って語った。
ソウルの下町から受験激戦地へ
パクさんが生まれたのはソウルの西大門区で、本人は東京でいえば葛飾区のような下町だと説明する。小学6年生まで西大門区で暮らし、中学と高校は受験の激戦地として知られる地域で過ごした。
父親は当初軍人だった。父親の実家の事情が良くなく、日本の自衛隊のような組織に入れば奨学金が出てお金もかからないという理由で、そのまま軍人になったという。母親は大学在学中に結婚して専業主婦になった。パクさんが6歳ごろ、父親は軍を辞めて独立し、両親で小さな旅行会社を始めた。辞めた理由は二つあった。父親は野心のある人で、軍人では昇進に上限がある。もう一つは子どもの教育で、軍の官舎ではなく、自分で稼いで教育環境の良い場所で子どもを学ばせたかった。
家庭は裕福とまではいかなかったが、教育には惜しみなくお金を出せた。日本でいえば中学受験をさせたり、良い大学に入るためなら塾代は全部出したりできる程度の余裕だったという。パクさんには姉が一人いる。旅行会社の経営が軌道に乗って余裕ができたことから、一家は小学6年生のときに受験激戦地へ引っ越した。
科目ごとに塾がある環境と、勉強から逃げた日々
パクさんによれば、韓国ではある程度お金のある家庭なら幼いころから教育に力を入れる。幼稚園でさえ英語で教える「英語幼稚園」があり、パクさんが住んだ激戦地では科目ごとに塾があった。数学、物理、化学、生物、英語があり、英語の中でも文法など分野別に塾が分かれていたという。
本人は当時を「かなり不幸だった」と振り返る。それまでも塾には通っていたが成績は普通で、勉強へのモチベーションもなかった。一方、親はどうしても勉強させたく、そこで衝突した。学校が終わるとすぐ塾に行き、韓国では塾が夜10時までしか開けないため、10時に帰ってから宿題をする。この繰り返しが合わず、塾をさぼってネットカフェに行ったり、親のお金を盗んだりしていたという。
親からは幼いころから、韓国の最難関大学を目指せ、弁護士やファンドマネージャーや博士になれと言われていた。塾に通っていた下地があったので成績は激戦地の中で真ん中あたりには入れたが、モチベーションも集中力も低く、上位には届かなかった。韓国では中学や高校の受験はそれほど重くなく大学受験一本という意識が強いため、親も高校段階で1位を求めたわけではない。ただ、勉強をさせられること自体は止まらなかった。年齢が上がっても周囲の意識は変わらず、自分や自分の周りの中位層は「させられてやっている」人が多かったとパクさんは言う。
財閥企業に入れるかどうかで人生が分かれる
日本も学歴社会と言われるが、韓国はどう違うのか。パクさんは、韓国の方が厳しいと思いつつも、全員が必ず勉強しなければならないというより、勉強して良い大学に入れば必ず見返りがあるから、できる人はどんどん上を目指す、という空気だと説明する。
その見返りの大きさを左右するのが、サムスンやSKといった財閥系大企業である。パクさんは韓国を「大企業か否か」の社会だと表現する。そこに入れば初任給が1000万円、ボーナスが数千万円といった水準になりうるが、入れなければ収入は2分の1や3分の1ほどになる。この差が競争を激しくしているのかもしれない、というのがパクさんの見方だ。
ただ、子どもの側はそうした現実を理解していなかったという。親はよく分かっているので、1年でも早く始めないと遅れると焦って勉強させる。しかし子どもは現実を目にする機会がなく、モチベーションを持てない人の方が多いのではないか。これはあくまで自分や周囲の環境での話だと、パクさんは断っている。
野球をきっかけに日本へ
日本に目を向けたきっかけは野球だった。野球が好きで、日本は野球道具や甲子園などの野球文化で有名だったため、自分の目で見てみたいと思った。高校2年のとき、一人で大阪、京都、東京を旅行し、その年に計3回日本を訪れた。
面白かった点の一つは、自分は学校で勉強だけしているのに、日本の高校生は野球に人生をかけていることだった。パクさんによると、韓国ではプロ野球選手を目指す道と勉強して大学に行く道がはっきり分かれている。プロになる人は小学生のころから10年ほど野球に人生をかけてきた人たちで、部活動やサークルのような中間的な場もあまりない。「野球をする時間があったら勉強しろ」という雰囲気が当時は強かったという(今は変わったと聞いている、とも付け加えた)。日本はその間にグラデーションがあるが、韓国は二択だというのがパクさんの表現である。
もう一つは、日韓は似ていると思っていたのに、細かく見るとまったく違うと気づいたことだ。全体の雰囲気は近くても、日本は細部にこだわり、一つずつ丁寧に進める。韓国はその真逆だと感じ、この国で学び、暮らしてみたいと思うようになった。
3回目の旅行から戻ったころはワーキングホリデーででも来たいと考えていた。ちょうど同じクラスに日本留学を準備している生徒がいて、話を聞くと良いプログラムだと思えたため、親を説得して準備を始めた。
「逃避留学」と呼ばれる進路
日本への留学は、韓国の学歴のレールから外れることを意味した。ネットの掲示板には「逃避留学」という言葉まであったという。パクさんが大まかに説明する韓国での序列では、アメリカの大学が最上位にあり、次に韓国のトップ大学、日本のトップ大学、その後に韓国のそれ以外の大学が続く。日本に特別な思いや学びたいことがない限り、韓国にいた方がいいという空気があるという。
両親も最初は反対した。ただしそれは「なぜいきなり日本なのか」「なぜ韓国に住まないのか」という反対だった。パクさんは二つの点で説得した。一つはプログラムの条件が良く、学費面の支援や奨学金があったこと。もう一つは、自分が行きたくて行き、勉強を頑張ってみせるという意志があったことだ。それまで一度も勉強へのモチベーションを持ったことがなかったので、自分から勉強しようとする姿に親が共感してくれたのではないか、とパクさんは考えている。
このプログラムは日韓両政府が共同で実施していたもので、留学試験の成績順に日本の国立大学へ上から振り分けられる。パクさんの成績で当たったのが九州大学だった。期間は学部の4年で、いつかは韓国に戻るのだろうという雰囲気だった。専攻は化学で、夢は特になく、化学を学ぶのだから研究員になるだろう、くらいに考えていたという。
日本の教育をどう受けたか:「反日」は何を指すのか
インタビューでは、パクさんの世代が韓国で日本についてどう教わったかも聞かれた。パクさんは、日本に関する内容を二つに分けて考える。一つは領土・政治・歴史・外交で、これは韓国政府の立場のとおりに学んだ。もう一つは日本人や日本文化そのものについてで、「日本人は悪い人たちだ」「日本人は出ていくべきだ」といった内容は、自分や周囲に限っては教わらなかったという。
いわゆる「反日教育」があったかと問われると、パクさんは論点を分けて答えた。日本人への憎しみとして学んだのかと問われれば答えはノーであり、日本政府の主張と異なる内容を学んだのかと問われればイエスだという。そのうえで、これは自分の経験であり、教師や地域によって雰囲気は違うので差が出ることはありうる、と留保している。
来日直後の孤立と言葉の壁
来日前の日本語学習は、韓国で6か月、日本で6か月だった。教科書の日本語は分かっても、話し言葉は難しかった。大学1年の飲み会では、周囲の話す速さに理解も発話も追いつかず、2時間ほど一言も話せず「透明人間」のようになったこともあるという。
最初の2〜3年は正直しんどかったとパクさんは言う。日本語ができないので心から通じ合う友人関係を作れず、韓国人同士でいる時間が増える。すると「日本まで行ってなぜ日本人と付き合わずに韓国人とつるんでいるのか」という、逃避留学を揶揄する人たちの決まり文句が頭に浮かび、それもつらかった。
文化の違いもあった。韓国では初対面でもどんどん距離を詰め、すぐに食事に行くようなイメージがあるが、日本の人間関係はもっと丁寧だ。韓国にいたときのように受け身でいると誰からも声をかけられず、自分が何か間違っているのかと分からずに困った時期があったという。
一方、当時は交際相手がいて、毎日一緒に話すことで日本語を使う量が増え、日本語力が伸びた。パクさんは昨年結婚している。基本的な会話は大学1年でもできたが、飲み会で大人数が一斉に話すのをすぐ理解して返せるようになるには、少なくとも3〜4年、今の水準になるまでには4〜5年かかったと振り返る。
刺激を求めて東大大学院へ
韓国に戻る可能性もあったのに、なぜ東大の大学院に進んだのか。理由は「刺激が欲しかった」ことだという。一つは研究面で、世界と戦える水準の研究室があり、その最前線でみんながどうやっているのかを見たかった。もう一つは個人的なもので、福岡や九州はもう遊び尽くした感覚があり、東京ならバイクで出かけるなど、新しいこともできそうだと考えた。
東大の大学院は難しいのではと問われると、パクさんは、やるべきことをやれば行けると答えた。学部入試はある程度の才能が求められ、自分は今でも受からないと思う。だが大学院入試は、学部4年間で学ぶ専攻科目をきちんとできているかを問うもので、大学生は遊ぶので完璧な人はそう多くない。確実に合格したかったので、1年ほどかけて英語と化学を勉強し「取り返した」という。研究テーマは、分子という非常に小さいものがどんな形をしているかを分かるようにする技術で、さまざまな物質の構造を見たり解明したりする研究だった。修士2年、博士3年の計5年を東大で過ごし、今年3月に修了した。
東京に住み続けようと思った理由
日本にずっと住もうという気持ちは、修士1〜2年から博士の前半にかけて強まっていった。一つは、東京が自分に合っていたこと。どこに行ってもすぐ遊べ、ソウルと似ている部分も多かった。
もう一つは野球である。パクさんは社会人の草野球をしている。東京には野球場が600ほどあると聞いたが、韓国は野球人気こそ高いものの、ソウル市内には野球場が少ない。プレーするには、東京から千葉まで車で行くような移動が必要になるという。これほど野球を楽しめる場所は世界のどこにもないと感じ、ここならずっと生きていけると思った。
両親に日本に住み続けると伝えたときの反応は、意外なほどあっさりしていた。パクさんは、自分も両親も韓国と日本を「他国」というより「別の地域」くらいに捉えているのだと思う、と話す。日本でいえば東京の人が大阪で就職すると言ったくらいの温度感だという。両親は日本に悪い印象はなく、むしろ好きで、距離も食文化も世界的に見れば近い。最近パクさんは、自分を産み育ててくれた韓国を「母の国」、成人して多くの価値観を学び大人になった日本を「父の国」と考えるようになり、両方を自分の国として愛していると語った。
一人で楽しめるようになった:同調圧力の二つの型
日本で変わったことの代表として、パクさんは一人でもいろいろ楽しめるようになった点を挙げる。学部1年のころは友達ができず、ネット掲示板で言われる「負け犬」や「逃避留学」にはまっているのではと思った時期もあった。だが過ごしてみると悪いことは何も起きなかった。バイクの免許を取り、九州や北海道を一人で回ったが、誰も何も言ってこない。他人に迷惑さえかけなければいい、という自由な雰囲気を感じたという。韓国では歴史的・文化的に、食事も旅行もみんなで楽しむことが主流で、日本に来てそれが当たり前ではないと学んだ。
日本は同調圧力が強いと言われるが、韓国はそれ以上なのかという質問に、パクさんは「タイプが違う」と答えた。日本の軸は迷惑をかけているかどうかで、電車にコスプレをした人が乗っていても自分に何か言ってこなければいい、という感覚がある。韓国は、一緒に上を目指すチームの味方かどうか、という軸がある。「みんなでご飯に行かないの? 私たちが嫌なの?」という見られ方をすることがあるという。韓国でも電車のコスプレを直接とがめることはないかもしれないが、「なぜそんなことをしているのか」という感覚はうっすらあるとパクさんは見ている。
自分自身も、他人に迷惑をかけていないか、自分がこうしたら相手はどう思うか、と考える感覚がかなり増したと感じている。
YouTubeで伝えたかった「グラデーション」
YouTubeは昨年3月ごろに始めた。ネット上では極端な意見が目立ち、韓国人が日本の悪口を言っているような情報が見えやすい。だが実際に自分の周りの100人を並べてみればグラデーションがあり、一部の人が目立っているだけだとパクさんは考える。日本文化や日本人が好きな韓国人もいること、韓国人がどんな考え方で行動しているのかを、少しでも伝えたかったという。韓国に日本嫌いの人がいないと言うつもりはないが、日本を好きな人は目に見えにくいので、その一人として発信してみたかった。
10年間日本に住んで、差別を受けた経験はないという。際どい例として、部屋の契約時に外国人であることを理由に問い合わせの段階で断られたことが一度あった。ただ、言葉の壁を心配して条件を設けるオーナーの気持ちはよく分かる、とも話した。
発信してみて感じたのは、年代による反応の差である。自分と同世代の日本人は、J-POPや野球のように文化から入ることが多い。一方、上の世代には日韓が歴史や外交で激しく対立していた時期の記憶があり、反応が違う。パクさんは当初、なぜ日本に韓国を嫌う人がいるのか理解できなかったが、コメント欄などを通じてその感覚が少し分かるようになったという。たとえば韓国は1998年ごろまで日本文化の輸入を禁じていた。1997年生まれのパクさんはそうした時代を知らずに育ったため、見えていなかった面があり、自分に見えているものがすべてではないと思うようになった。
現在の日韓関係については、首脳同士の雰囲気は良い方で、個人的には今が日韓史上で最も雰囲気の良い時期ではないかと考えている。大統領が変われば変わる部分はあり、歴史や外交を表に出して争う局面はこれからもあるだろう。それでも、今回のインタビューのような1対1の接触、旅行や文化の往来は増えていくので、互いの理解や交流が深まり、その面の見通しは明るいとパクさんは見ている。
一発逆転を夢見る若者とカンボジアの拉致監禁
韓国で競争から脱落した人はどうなるのか。パクさんによれば、心が折れる人が最も多いのは中学・高校から大学受験の時期である。やる理由が分からないまま、親や社会の競争に押されて勉強しているからだ。その分、別の道で取り返そうとする人も多い。韓国は日本より自営業の割合が高く、飲食店やカフェを開いてフランチャイズ化して大儲けする、最近なら株で稼ぐ、といった道を目指す人もいるという。
パクさんは、誰でも一発逆転できそうなイメージがあり、それがある程度よしとされているのが韓国の特徴かもしれないと話す。大学、良い企業、株、ビットコインなど、一発当てれば金持ちになれるルート自体が多い。もちろんそれで身を持ち崩す人もいる。
日本の「闇バイト」のような犯罪組織はあるのかと問われ、パクさんは「あると思う」と答えたうえで、最近韓国でよくある事例を挙げた。カンボジアに高額バイトがあると誘われて現地に行くと、拉致されて監禁される。高額バイトやリモートワークのバイトなどの名目で呼ばれ、旅行気分で行った空港で連れ去られることもあり、日本人も一部含まれていたと思うという。監禁施設ではパソコンの前に座らされ、韓国人に電話して韓国語で金を振り込ませる詐欺をさせられる。逃げようとすると殴られるなどの拷問を受け、出られなくなる。昨年これが大きなニュースになり、数百人が拉致されたと報じられた。今もどこかで続いているだろう、とパクさんは話す。
動機について、パクさんは日韓の違いをこう見ている。日本の闇バイトは、Xなどで募集を見て、なんとなくグレーだと分かりつつ行ってしまうケースが多い印象がある。これに対し韓国では、本当に高額の良い案件だと信じ、ここで人生を逆転したいという気持ちが強いのではないか。ネット掲示板に「月収100万」といった募集があって飛びついてしまう。株でも「この銘柄を買えば金持ちになれる」と言われたが、裏で売り抜ける人がいてカモにされる。リスクを取ってでもとにかく走る、ある種アグレッシブな傾向があると感じているという。
自分の中の「韓国的なアグレッシブさ」
パクさん自身もその気持ちは強い方だと認める。東大大学院に行きたかったのは研究のためでもあったが、正直「東大」という場所に行ってみたかった。YouTubeでも1年目に登録者1万人を目指したし、就職活動でも行くなら一番良い企業に行ってみたいと考えた。こうしたアグレッシブさは自分の体に残っているという。
そのうえで、日本の事情にどう合わせるかを大事にしている。他人に迷惑をかけないことなどは日本に合わせつつ、韓国のやり方も積極的に使う。パクさんは、日本の他人への配慮は良し悪しは別として世界で一番高いと考えている。ただそれは、たとえばアメリカで周囲が積極的に自己アピールして昇進していく中、良いことを言えずに損をする場面にもつながりうる。韓国には、みんなも大事だが自分も一人の個人であり、欲求を追求するのは悪いことではない、という考えが根底にあるという。配慮の度合いを並べれば日本が一番高いところにいて、韓国はそこから離れた位置にある、というのがパクさんのイメージだ。良い悪いではなく、その場で何を合わせるべきか、現地では何が使われているかが見えるようになったことが良かったと話している。
「中途半端な人間」という悩みと帰化の問題
今後5年、10年は日本にいるつもりだという。就職に加え、妻と暮らしていることも大きい。
ただ最近の悩みとして、中途半端な人間になっている気がすると打ち明けた。日本語は日本人レベルとまでは言えない。一方で韓国語は日常的に使わないので少しずつ衰えている。韓国文化について発信していても10年前の情報が多く、ネットで追ってはいるが遅れていると感じる。日本ではまだ外国人でもある。子どもが生まれたら日本語と韓国語のどちらで教育するかという問題もある。どちらかに振り切るべきなのか、と考えることがあるという。
今のところは日本に傾いている。妻、仕事、趣味が合っているという個人的な事情からで、長く住むことが確実になれば、子どもも普通に日本の学校に通わせることになりそうだという。帰化については、アイデンティティや帰化の意味を真剣に考えている途中だと答えた。今は外国人として日本に住んでいるので、韓国から帰ってこいと言われれば帰るしかなく、日本から出て行けと言われれば出て行くしかない。それに不満があるわけではないが、日本に永住するなら帰化も考えなければならないのかもしれない、という程度の懸念を持っているという。
ビジネスで日韓をつなぎたい
将来については、日本も韓国も良い国になってほしい、両国を愛しているのでプラスの方向に持っていきたいと語る。その一環がYouTubeで、これからはビジネスでそれをやりたいという。日本には良い企業が多く、たとえばインドネシアにはイオンがあるが、韓国にはまだ入っていない企業もある。日本企業が韓国に進出したいときにそばでサポートしたい。逆に韓国には250円ほどでアイスアメリカーノをたっぷり飲めるカフェもあり、そうした良い企業が日本に入ってくれば嬉しいと話す。両国が良い会社に恵まれ、生活の質が上がっていく活動を支えたい。働き始めて10年後にはこの市場はもっと大きくなっているはずで、そのときに自分が第一人者のような存在になっていれば嬉しい、というのがパクさんの描く夢である。
最後にパクさんは、自分は幸せだと思っていると述べた。韓国での学生時代は苦しいことばかりだったが、そのとき競争心で燃えていたことが今の気迫になっている。日本では妻や環境に恵まれ、丁寧に物事を進める方法を学んだ。韓国で学んだものと日本で学んだものが共存して今うまくいっていると感じており、受け取ったものを、自分のやりたいことをしながら少しずつ恩返ししていければいい、と話を締めくくった。
すいません。ああ、初めまして。お願いします。初めまして。パクと申します。よろしくお願いします。
韓国出身で、YouTubeとかもやられてて、で、東大の大学院って言われてるんですか?
そうです。一応肩書き的なところで言うと、韓国人です。で、高校卒業して、九州大学に学部留学しました。で、その後東京大学大学院で、修士と博士号を修了して、9月からは社会人として働く予定をしています。
そうなんです。今何歳なんですか?
今29歳になりました。今年。
29歳。来日して何年になるんですか?
9月の23日にちょうど10年経った時点になります。
なるほど。日本語めっちゃうまくないですか?
いやいや。
学んでから来たんですか?日本語の学習ってのは?
そうですね。韓国で6ヶ月、そして日本に来てから6ヶ月学んで、学部入学した感じですね。
そうなんですね。
最初はやはりそのテキスト上の日本語は分かってても話すような日本語が難しくて、大学1年生の時に飲み会に行ったんですけれども、みんな喋ってるスピードと、理解するスピード、そして話すスピードが追いついてなくて、2時間ぐらい一言も喋れずに透明人間みたいになってたこともありました。
そうなんですね。大体生まれてから順番に経歴を聞かせていただくっていうのが趣旨なんですけども、生まれたのは韓国のどこなんですか?
韓国のソウルというところの、西大門区っていう、日本で言うと東京の葛飾区とか、そのようなイメージですね。
ああ、じゃ都会の下町みたいな。
そうです。で、小学6年生の頃までそこにいて、その後は大峙洞っていう、その受験激戦地みたいなところで中高校に通いました。
へえ。ご両親はどんな仕事されてたんですか?
最初はあの軍人、軍隊にいまして、その後独立して、小さな旅行会社を自営業としてやってた感じです。
韓国って兵役あるじゃないですか。その流れで軍隊に残ったみたいなことなんですか?
あ、いえ、近くて、お父さんの家庭の事情がよろしくなくて、当時、日本で言う自衛隊みたいなところに行けば奨学金出るし、お金もかからないからみたいな感じで、そのまま軍人になったみたいな形です。
そうなんです。
お母さんは大学生で、その後結婚してすぐ専業主婦としていました。で、その後独立してからは一緒に旅行会社を運営されてました。
なるほど。
6歳ぐらいまで軍人の家庭で、その後独立して旅行会社を運営されて、それをずっと続けられてみたいな形です。
そうなんです。で、なんでその軍人やめちゃったんですか?お父さん。
ああ、父さんが結構野望のある方で、軍人だと上限があるのがまず1つと、あと2つ目は子供に教育をさせたいんですが、軍人だとやはりその軍隊の寮みたいなところ。それじゃなくて、自分で稼いで、その教育環境のいいところで教育もさせようみたいな形で独立しましたね。
へえ。兄弟はいるんですか?
お姉さんが1人。
お姉さん1人。じゃあ結構もう6歳以降っていうのは裕福な家庭だったんですか?
ああ、裕福と言われたらそこまでではないんですが、めっちゃいいところで教育させるぐらいにお金があった感じでして、日本で言うと中学受験させたりとか、なんかダ校に行かせたいだったりとか、いい大学に行かせたい、そのためならその塾代は全部出せるぐらいの、本当にそれぐらいの裕福さです。
韓国ってでもめちゃくちゃ学歴社会なんでしたっけ?
そうですね。
お金がある程度ある家庭だったら、どこの家庭でももうかなり幼少期から教育に力入れてるって感じなんですか?子供の。
そうですね。例えば幼稚園でさえ英語幼稚園って言って、小さい頃から英語を教育させるだったりとか、僕がいた受験激戦地みたいなところで言うと、もう本当に科目ごとに塾があるレベルで、数学、物理、化学、生物、英語、英語の中でも文法だったりとか、そういった環境は韓国で探せばいくらでもあるようなイメージです。
あ、そうなんです。その受験激戦地に行ったのはいつですか?
小学校6年生の頃です。
6年なんすね。じゃあその1年から5年の間はちょっと下町っぽいところに暮らしてて、そこでは勉強はできる方だったんですか?
そこまででもなくて、頭は良い方ではないので、塾はちょこちょこ行ってたんですけれども本当に普通ぐらいでいて、その後、自営業してた会社もちょっとうまくいってて、お金に余裕が出てきたから、そういった激戦地に行ってみようってなって引っ越した感じです。
なるほど。それご自身的にはどうだったんですか?そっちに行くの。
僕はかなり不幸だったと思います。
でしたか?
そうです。勉強ってモチベーションがある人とない人で差があるじゃないですか。僕はない方で、でも親としてはどうしても勉強させたいってなって、これで衝突しました。例えばその激戦地に行ってからは、もう学校終わったらその後すぐ塾行って、塾って10時までしかできないんですよ。韓国では。
夜の。
そうです。で、10時に終わったらまた宿題してみたいな生活が繰り返されていて、それが僕としては合わなかったので、そこサボってネットカフェみたいなところに行ったりして、お母さんお父さんのお金もちょっと盗んだりとかしていましたね。
どうなんですか?中学は公立ですか?
中学は一応公立ではあります。
そうなんですね。日本もある程度学歴社会って言われるじゃないですか。そのレベルではないってぐらいなんですか?
ああ、いや、難しいところですが、韓国の方が厳しいとは思いつつも、みんなしなくちゃダメみたいなレベルまでではなくて、勉強していい大学に行ったらその見返りが必ず来るから、できる人はもうガンガン行こうぜみたいな。
へえ。学歴によってその後の人生マップが立つっていうレベルではない。
ああ、そのレベルではあるかなと思いますね。日本とどれぐらい違うかっていうのは難しいところなんですけど、韓国は財閥系企業と呼ばれる大企業の力が結構強くて、もう大企業か否かみたいな感じなんです。
SamsungとかSKとか。
で、そこに乗っかれたら初任給1000万だとか、今年ボーナスが数千万円とかにはなれるんですけども、もしそこに行けなかったとしたら、だいぶ、その1/2とか1/3とかになるような差分があるからこそ、ちょっと激化しているかもしれないですね。
そうなんですね。そういうのも一応子供ながら理解はしてるんですか?
いや、僕の場合は理解してなかったです。で、他の人もしてない人の方が多いんじゃないですかね。親としてはそれをとてもよく分かってるので、1年でも早くスタートしなければどんどん遅れちゃうみたいなことがあって、親の方は焦ってやらせる、でも子供の方はモチベーションない人の方が多いんじゃないかなっていうのは個人的には思っています。
なるほど。親からは言われるけど、本当にそういう現実とかを目の当たりにする機会がないっていうこと。
そうですね。僕や僕の周りはそのような環境でした。
じゃ、中学入ったらその時は一応親には韓国の東大みたいなところを目指せとは言われてるんですか?
そうですね。東大目指せとか、弁護士になろうとか、ファンドマネージャーになろうとか、博士になろうぜとか、そういったことは小さい頃からよく聞いてました。
結局でもそれで嫌ってなってサボっちゃうから成績は下がってくんですか?
そうですね。先ほど塾に行かせたって話だったんですけども、それがあったからベースとして真ん中ぐらいには行けたんですが、やはり自分としてのモチベーションと集中力が低かったので、受験激戦地の中で上位に行くことはできなかったです。
それはご両親的にはどんな反応なんですか?高校に行くのは。
1位に行かないといけないっていうまではなかったんですが、させられるのは止まらないという。韓国は中学とか高校受験はそこまでなくて、大学1本のイメージが強いので、大学受験までに勉強頑張ってなんとかした方がいいんじゃないみたいな。
へえ。それは年齢が上がるにつれて周りの空気感もちょっと変わってくるんですか?意識は上がってくんですか?だんだん社会のこともちょっとずつ分かってくるじゃないですか。大人になってくると。
意識としては変わらない気はしますね。激戦地にいた中の真ん中ぐらいの僕や僕の周りを見ると、させられてやってる人の方が多いイメージですね。
ああ、なるほど。それで高校の時に日本に行きたいと思うんですか?
そうですね。きっかけは、僕野球が好きでして、かつ日本は野球道具だったりとか野球文化、甲子園だったりとかが有名じゃないですか。だからこの国に1回行って自分の目で見たいっていうのがありました。で、高校2年の頃に1人で大阪と京都、そして東京旅行に行きました。
この国面白いなって思ったのがいくつかありまして、1つ目はさっき言ったその野球の環境、甲子園だったり、高校生が、僕は学校で勉強だけしてるのにこの人たちは野球に人生をかけるんだみたいな、そういった点も面白かったですし、あと韓国と日本って僕はちょっと似てるかなって思ったんですけども、細かいところを見れば全く違ってたってことが分かったんですね。
全体的な雰囲気としては変わらないかもですが、考え方、例えば日本は細部にこだわるだったりとか、1つずつ丁寧にやるだったりとか、これが韓国と真逆なんだなみたいなところが面白くて、この国で学んでみたい、生活してみたいってなりましたね。
へえ。韓国で高校生でプロ野球選手とか、それこそ芸能人とか、そういうの目指す人でも、とりあえずいい学歴取るっていうのがあるんですか?
ああ、これは完全に分かれてます。韓国はプロ野球選手になる道を選ぶか、勉強頑張って大学に行く道を選ぶか、この2択なんですけども、韓国のプロ野球選手っていうのは、小学生から野球に人生かけますみたいな形で野球を10年ぐらいやった人たちがプロ野球に行く。日本だと部活やってて、勉強してもいいし、勉強が大事なところさえあるしみたいな形だと思うんですけども、韓国はまずそういった部活、サークルみたいなのがないところもありますし、そういう野球する時間あったら勉強やりなよみたいな雰囲気も、今は変わったと聞きましたが、その頃はだいぶありました。
ああ、野球やるならもう本当に野球のみみたいな。
そうです。日本はグラデーションあると思うんですけど、韓国はもうこれかこれかみたいな。
高2年生の頃に日本旅行に3回行ってました。で、最後の旅行で、この国いつかワーキングホリデーでも1回来てみたいなってなって、教室に帰ったんですけども、ちょうど教室に日本留学を準備してる子がいて、その子の話を聞いてみたら、この留学プログラムいいなってなって、それで親を説得して、留学準備を始めたというきっかけでした。
日本に留学行くってことは、韓国の学歴のレールから外れるって感じになるんですか?
そうです。外れることになりますし、ネットの掲示板では逃避留学みたいな言葉まで使っていた人もいましたね。韓国はやはり留学としてアメリカ留学が主流であるだったりとか、そういったことはありました。
そもそも留学でも行くならアメリカだろみたいな。
そうです。韓国でいう大学の序列みたいなところ、適当に言うと、アメリカの大学が1番上にあって、その後韓国のトップ大学、日本の中でもトップ大学で、その後は韓国の大学が優位になるというパターンが一般的です。日本に行く人たちは、日本に何か特別な思いだったり、これを学びたいじゃなければ、韓国にいた方がいいよねみたいな風潮あります。
なるほど。そもそもそのパクさん世代は、日本についてどんな風に教育受けてたんですか?
ああ、日本に対する内容って2つあるかなと思っていて、1つ目はいわゆる領土とか政治とか歴史みたいな内容、2つ目は日本人そのものに対する、日本文化だったりとかの内容だと思うんですが、歴史、政治、外交はもう韓国政府が話してる内容その通りに学んでいます。一方、日本人や日本文化に対して、日本人は悪い人たちだったりとか、日本人は韓国から出ていくべきだみたいな内容は、僕や僕の周りに限ってはありませんでした。
うーん。歴史とか政治の面で言うと、典型的に反日教育みたいなことって言われたりするじゃないですか。そういうのは客観的にあったと思いますか?
僕としてはなかったかなと思います。そもそも反日とは何かっていう話が焦点だと思うんですけれども、それは日本人に対する憎しみとして学んだのかって言われたら、僕はノーだと思ってます。で、日本の政府が主張する内容と異なってるものを学んでるかって言われたら、それは僕はイエスだと言います。
で、これは僕の経験であって、韓国の教師とか地域によってもいろんな雰囲気があるので、その中で差が出てくるっていうのもあり得る話だと思っています。僕の場合はありませんでした。
なるほど。でもレールを外れちゃうって感じのは、ご両親はやっぱ反対だったんですか?
最初反対はありました。でもそれは、なんでいきなり日本留学なの?みたいな形での反対だったんです。なんで韓国に住まないの?みたいな。で、そこで僕は説得をしまして、まずこの留学プログラムが結構条件が良かったのがあって、例えば学費だったりとか、奨学金がちょっと出てるようなものだったので、それで1つ説得したのと、2つ目は日本留学は自分が行きたくて、その勉強を頑張って見せるんだっていう意志、モチベーションがあったので、それが受け取られたのではないかなと思います。特に勉強のモチベーションは、僕はその頃まで1回も持ったことがなかったので、自分から勉強するっていう姿に共感してもらったんじゃないかなと思います。
その時の計画で言うと、また戻ってこようかなって感じだったんですか?
いつかは戻ってくるんだろうな的な雰囲気ありました。
その留学っていうのは年数は決まってたんですか?
そうですね。4年で決まってました。学部留学ですね。
それで九州大学に行くんですか?
そうです。
九州大学にそういう枠があるんですね。
これは政府の枠で、日本と韓国が共同でやってた留学プログラムみたいなものがありまして、そこから留学試験みたいなのがあって、いわば成績順に国立大学の上から下まで振り分けるみたいなものがありまして、僕の成績が九州大学に当たるようなものだったって言えば多分理解しやすいと思います。
九大で何を学ぶんですか?
化学、「ばけがく」を専攻していました。
へえ。
特にその時は夢がなくて、化学を勉強してるんだから研究員になるだろうなぐらいの気持ちでいましたね。
うーん。実際生活してみてどうでしたか?
ちょっとしんどかったです。正直なところ。最初の2、3年間が。1つ目は日本語ができなかったっていうのもありますし、2つ目は日本語ができないから、心まで繋がる友人的な人間関係も作れなくて、そうすると韓国人同士で一緒にいる機会が多くなるんですけれども、それこそ逃避留学って言ってる人たちがよく言ってたのが、日本まで行ってなんで日本人とも付き合わずに韓国人たちとなのみたいな、そういったフレーズがちょっと連想されて、人間関係も苦しかったなっていうのと。
留学してる人からのちょっと煽りみたいな感じです。
あ、そうです。そうです。日本に留学までしてなんで韓国人といるのみたいな。
なるほどな。そっか。それだけやっぱ語学が辛かったなっていう。
そうですね。あとそこには文化の違いもあると思います。韓国は結構初対面でもグイグイ行って、なんか個人起きたり、すぐご飯行ったりするようなイメージなんですが、日本だとちょっと丁寧じゃないですか、人間関係が。だから僕が韓国にいた時のように受け身のままでいたら誰にも声かけられず、あれ、なんか間違ったことしてるんだっけみたいな。それが最初分からなくて困っていた時期もありましたね。
じゃあもう恋愛とかもやっぱ結構難しいですか?
恋愛は幸いなことに、当時付き合ってる人はいました。
大学入って割とすぐいる?
そうですね。そうなんですよ。
結構うまくいってるんじゃないですかね。やっぱその彼女から、外国行ってその国の言語が上達するみたいなパターン結構多いって聞くんですけど。
それはありますね。やはり毎日一緒に話したりすると、その分日本語使うわけなので、日本語能力が増えたっていうのはあります。
付き合ってて、今別の人と付き合って結婚してるような状態。
今も結婚してるんです。
あ、そうです。去年結婚しました。
なるほど。今の感じぐらいになるにはどれぐらいかかった?
4、5年ぐらいかかったと思います。コミュニケーション自体は大学1年生の頃にもできましたが、例えば飲み会に行って多人数が一気に喋ってて、それをすぐ理解して自分で返せるぐらいってなると、3、4年ぐらいは少なくともかかるんじゃないかと思いますね。
大学院で東大に行くんですよね。
そうです。
韓国に帰ろうって思ってた面も多少あるみたいな感じだったじゃないですか。なんでその大学院で、しかも東大に行こうってなるんですか?
1つ目は刺激が欲しかったなっていうところがありまして、刺激というのは、行きたかった研究室があって、この研究室は世界で戦えるぐらいの、この第一線に行ってみて、どうやってみんなやってるのか見てみたいっていうのがまず1つ目、ありました。
で、2つ目は、ちょっと個人的なことなんですけれども、これも刺激なところで、福岡と九州はもう遊び切ったっていう感覚があって、例えば東京に行くんだったら、それこそバイク好きなんですけれども、バイク乗ってどっか行ったりとか、そういうこともできそうだなと思って、東京かつ東大院に行きたいと思いました。
東大でも大学院ってだいぶ難しいんじゃないですか?
でもやることをやってさえすればいけるような感覚はあります。学部の入試はある程度、天才っていうのは求められていて、今でも東大の学部入試は絶対受からないと思うんですけども、大学院入試というのは大学生の時に学んだ専攻の科目を、4年分全部ちゃんとできてますか?みたいなところで、でも大学生って遊んだりするから、完璧な人はそこまで多くはないと思います。で、僕は取り返した的な感じです。
じゃあ大学時代、勉強は結構頑張ってたんすか。
そうです。僕は確実に行きたかったっていうのがあって、100%の確率で。1年間ぐらいかけて、それこそ英語だったりとか化学の勉強を頑張っていました。
分子っていう1番ちっちゃいものがあって、それがどういう形をしてるのってことを分かるようにする技術っていうのがあって、いろんな物質について、その構造を見たりとか、解明したりとか、そういった研究をやってみたいと思いました。修士で2年、博士で3年して、合計5年間東大にいました。
その時にはもう日本にずっといようかなっていう気持ちになってるんですか?
修士1、2年、そして博士の前半の方でどんどんそのような感じになりました。1つ目は、東京が自分に合っていたなってことが分かりました。どこ行ってもすぐ遊べるだったりとか、ソウルと似てる部分が結構あったんですね。それで楽しかったっていうのがまず1つ目と、あと2つ目は、日本に来て、趣味で僕野球やってるんですけども、社会人の草野球みたいな。
で、日本の東京って野球場が多分600個ぐらいあるって聞いたんですけども、韓国も野球自体は大人気ですが、やる方は難しくて、というのはですね、皆さんが街中で見てる野球場っていうのが、ソウルの中には少ないんです。例えば野球したければ、日本で言う東京から千葉まで車運転して野球場に行かないといけないだとか、そういった環境的な制約がある。世界のどこを見ても、こんなに野球をたくさん楽しめるところはないみたいな。そういった部分でも僕と東京は合ってて、ここならずっと生きていけると思ったんですね。
東大の大学院はいつまで?
僕は今年の3月までいました。
あ、そうなんです。そもそも日本にずっといるっていうのは、ご両親はOKしてくれたんですか?
そうですね。本当に意外なところに、そこまで揉めることもなく、あ、そうなの的なイメージでして。僕も僕の両親もそうなんですけれども、別に韓国や日本を他国とか国というよりかは、別の地域ぐらいの感覚なんだと思いますね。
だから日本の皆さんだとしたら、東京の人が大阪に行って就職しますみたいなことを言われたぐらいの、本当にそれぐらいのテンションじゃないかなと思います。日本に対して特にそこまで悪い印象はないと思いますし、むしろ日本のことを好きでいてくれてますし。あと距離的にも近いし、食べ物とかそういった文化も世界で見たら近い方ではあるって考えると、別の地域に住んでるぐらいの感覚で見てるかもしれないです。
へえ。
で、最近思い始めたのは、韓国は僕を産んで教育してくれた母国だと思っていて、日本に来てからは成人になっていろんな価値観だったりとか、勉強もそうなんですけど、学んで大人になったので、日本は父の国っていう風に思うようになって、日本と韓国、両方ともいわば自分の国みたいな、両方とも愛国なんだなって思ってます。
日本に来て変わった部分とかあるんですか?
ありますね。代表的なのは、1人でもいろんなこと楽しめるようになったなっていうのはあります。大学の学部1年生の頃あんまり友達が作れなくて、それこそ韓国人とも一緒にいたから、いわゆるネット掲示板の負け犬だったりとか、逃避留学にはまってんじゃないのって思った時期もあったんですけれども、でも過ごしてみたら別に何も悪いことは起きてなかったんですね。
で、それから1人で行動する時間を増やして、例えばバイクの免許を取って九州とか北海道を回ったりとかしてたんですけれども、誰も何にも言ってこないですし、自由で、他人に迷惑さえかけてなければ別にいいよねみたいな雰囲気を感じました。
で、韓国では、歴史的、文化的にそうなんですけど、みんなで何かを楽しむってことが1つメジャーとしてなってて、例えばご飯もみんなで行くだったりとか、旅行もみんなで行くみたいな。日本に来てそういうのが変わって、今まで自分が持ってたその価値観っていうのが常に当たり前ではないってことを学んで、行動するようになった例だと思います。
へえ。結構日本は同調圧力が強いみたいなこと言われがちじゃないですか。韓国って、それ以上っていう感じなんですか?
ああ、これはタイプが違うような気がしていて、日本だとその軸が、迷惑をかけてるかかけてないかのように感じています。電車にコスプレした人が乗ってても、自分になんか言ってこなければいいよねみたいな。
なるほど、なるほど。
感覚にはなると思います。で、韓国は、チームで一緒に上を目指して上がっていくチームか否かみたいな、味方かそうではないかみたいな感覚があって、あれ、ご飯みんなで行かないの?あなたはなんか私たちを一室感だったりとか、自分たちのことが嫌なのみたいな形で見られたりとかしていて、その味方か否かみたいな感覚の違いがあるような気がします。
へえ。例えば電車にコスプレしてる人が乗ってたら、別に自分に迷惑かけてこないにしろ、なんなの的なことを思いがち?
うっすらあるとは思いますね。そのコスプレをしていること自体が自分と同じではないんだろうなだったりとか。で、そうなると、なんでそんなことしてるのみたいなことを、目を向けるっていうことはないかもしんないですけども、たまに先数に上がったりとか、そういうのがうっすらあるような感覚。
でもこれに関してはじゃあもう結構パクさんは日本に馴染んでるというか、もう日本的な感覚が強くなってるなっていう感じですか。
そうですね。あはだったりとか、他人と同向きだったりとか、そういったことも変わっているような気がします。代表的なものは、他人に迷惑かけてないかなと思ったりとか、自分がこれをしたら相手はどう思うんだろうかなとか、そういった感覚はかなり増した気がします。
なるほど。そういう相手への気遣いみたいな部分。
あ、そうです。
YouTubeはいつ始めるんですか?
YouTubeは去年の3月頃に始めました。
ほお。
日本に韓国のことを伝えたりだったりとか、日本文化のことについて語りたかったっていうのがあります。ネット上を見てるとやはり極端な人の意見が目に見えて、韓国人が日本の悪口言ってるみたいな、そういうの見えてくるじゃないですか。でも実際に僕の周りとか、100人を並べてみると、それはグラデーションで、でもその一部の人が目立つんだと思うんですね。
いや、僕はそうではなくて、日本文化だったりとか、日本人のこと好きな人がいますよみたいなことを喋ってみたかったりだったりとか、日本の皆さんも韓国人のこと理解できない時あると思うんですけども、韓国人はおそらくこういった考え方があって、こう行動してるんじゃないですかねみたいなことを、ちょっとでも理解させてみたかったっていうのはありました。
本当にネットの意見って特にメディアのあれとかって目立ちますけど、例えば日本にいて日本の人から差別的なこと言われたこととか、逆もあったりしますか?
僕は10年間日本に住んで差別経験はないです。際どいところで言うと、部屋の契約の時に、外国人だから問い合わせ以前にダメだったみたいな。それがちょっと際どいところで1つあるぐらいで、それ以外のところでは僕は別に何もありませんでした。
それはオーナーさんによっては、その言葉の壁ってのでそういう条件にしちゃってる人はいるかもしんないです。
あ、そういう気持ちはとても分かります。
なるほど。
韓国に日本のこと嫌いな人がいないですよってことを言うつもりはないんですけれども、グラデーションですよ的なところで、グラデーションで日本のこと好きな人だったりとかはあんまり目に見えてこない。だからこそ、その1人になってちょっと伝えてみたかったなっていうのがありました。
実際やってみて何か感じたこととか、印象に残ってる反応とかってありますか?
やはり年代ごとの差がすごいあるなっていう風には思います。韓国も日本も、本当に適当に傾向で言えば、上の年代と下の年代があるとしたら、この2つの反応が全然違うんだなっていう風には思います。
で、僕と同じ年の日本人を見るとやっぱり文化から入る場合が多いんですね。僕は例えばJ-POPとか野球文化だったりとか、そういったことから始めてたとしたら、でも上の年代だとやはり昔、歴史的だったり外交的にすごく戦っていた時期があるし、それが記憶に残ってるから、なかなか反応が違うんだなっていうのがすごく分かってきたことの1つですね。一律的ではないんですけれども。
ただし僕が言いたかったのは、最初は僕も、なぜ日本で韓国のことを嫌いな人がいるんだろうって思って、それが理解できてなかったんですけれども、YouTubeをしているうちに、その感覚もちょっと分かるようにはなったっていう、その韓国だみたいな感覚が分かるようにはなったぐらいのことはあります。
それはどういうことで分かるんですか?
コメント欄が多いんです。例えば韓国は1998年ぐらいまで日本の文化を輸入することを禁止していたぐらい、日本のことをあんまり受け入れてなかった時代もあったりとか。でも僕は1997年に生まれたんですけども、そういうのを分からないまま育ってきたから、それがまだ見えてこなかった面もあったりとかしてて、自分に見えてるものが全部ではないのかなっていう風には思いました。
今現在の国の雰囲気で言うと、主張は変わってないけど、一般の国民の人たちは人それぞれだよねっていうところはあるんですか?
それはすごく感じますね。政府同士のトップとの雰囲気で言えば良い方ではあると思います。高市さんがなんか叩いてたりとかして、良い雰囲気ではあると思います。
うんうん。
僕個人的には、今が日韓史上で1番雰囲気いい時かなと思ってるんですね。
それはやっぱ大統領で変わりますか?でもまた。
変わる部分はあると思います。それはトップとの関係性であったり、その歴史だったり外交をいかに表に出して戦うかっていう頻度的には、ずっとこれからもあるとは思うんですけれども、それじゃなくて、こうやって今ディレクターさんと1対1でやってるようなコンタクト自体は、韓国旅行も日本旅行もどんどん自由で、文化もどんどん入ってくるから、そういった部分での理解だったりとか、お互いの交流は増えていって、その辺の雰囲気自体は僕は右肩上がりするんじゃないかなと思ってますね。
どっかから韓国で大企業とかに入れないってなって、途中で折れちゃったり、潰れちゃったりして、そこから落ちてっちゃう人とかも中にはいるんですか?
ああ、いるにはいるとは思いますね。でも心が折れちゃうパターンは、中高の大学受験の時に一番多いと思っていて、それこそ先ほどのモチベーションの話で、そのやる理由が分かってないままでも、親からしたらやらないといけないからさせている、社会としても競争しないといけないような状況があったりとかしてて、なかなか難しい問題としてあります。
なので、その分他のことをやって取り返そうって方も多くおられるかなと思っております。韓国は自営業の割合が日本に比べて高いんですけれども、例えば自分の飲食店だったりカフェをやって、それをフランチャイズ化させて大儲けしたりだったりとか、最近は株が流行ってるんですけど、そういった形で何かできればみたいな人も多い気がしますね。
大学行かなくても成功し得るっていうパターンもいるにはいる。
そうです。これは韓国の特徴かもしれないんですけども、一発逆転って結構誰でも行けそうなイメージはあります。で、それがちょっとよしとされてることがあるのかもしれないですね。大学とかいい企業とか、株とかビットコインだったりとか、そういったことで一発当てれば、いわゆるお金持ちになれるっていうルート自体は多いような気がしています。
でももちろんそれをやってて壊れる方もいたりとか。
落ちこぼれたから、今日本だったら闇バイトとかあるじゃないですか。そんな感じになっちゃうとか、ちょっと反社とか半グレになっちゃうとかですか?というか、一応そういう組織とかってあったりするんですか?
あると思います。その人が頭が良いかどうか分からないんですけども、韓国で最近よくあるものは、例えばカンボジアで高額バイトがあるから1回来なよみたいな。で、そっち行ったら拉致して監禁させてみたいなことがあったりとか。
どうなんですか。それは言ったらその人たちが被害者になっちゃうみたいな。
そうです。で、去年それで大ニュースになってました。数バイトとかリモートワークバイトとかで現地に呼ばれて拉致されて、日本人も一部はいたと思います。旅行みたいな感覚で行って、その空港で拉致されるみたいな。で、監禁施設みたいなところがあって、そこでパソコンで、例えば韓国人に電話して韓国語でお金振り込めみたいな詐欺をする。で、そっから逃げようとすると拷問される。
殴られたりとか。
そうなんです。
もう出られなくなるみたいな。去年一時期それが大きくニュースになって、数百人ぐらいが拉致されたみたいなニュースになったりとか。今もどっかにはあるとは思いますね。
そういうのが流行ってるのは、やっぱり若者はお金ないとか言うじゃないですか。日本だと。韓国も結構同じ感じなんですかね。
韓国はどうでしょうね。先ほど言った、一発当てたいような感覚の方が強いかもしれないです。動機としては、もしここに行って自分の人生逆転できたらもう最高だよねみたいな。
ああ、日本の闇バイトだったりしたら、なんとなくXとかで募集してるのを見て、なんとなくこれグレーなのは感覚として分かるけど行っちゃってるみたいなのが多いような感覚なんすけど、韓国はそこ純粋にマジで高額のいい案件で、ここで一発人生逆転したいなみたいな。
かもしれない。僕の感覚としては。だからネットの掲示板とか見てると、そういう募集のものがあって、ここに行ったら月収100万とか書いてあるから、それでおってなって行っちゃってみたいなパターンとか、最近だとちょっと株が流行ってるから、株のこの銘柄を買ったらお金持ちになるよみたいなこと言われたけど、実はその裏でそれを全部充する人がいて、そのカモになったりとか。でもそういった感覚、なんか大きなことやりたいよねと。
用意方向なんでしょうね。ちょっとアグレッシブと言いますかね。リスク取ってでもとりあえず走るみたいなことは僕はあると感じてます。
酔いか終わるか。パクさんはそういう気持ち強い方ですか?
僕は強い方だと思います。だからこそ、東大院に来たのは、研究もそうだったんですけども、正直に言って東大っていうところに行ってみたいってところありましたし、YouTubeやってても1年目に1万人行きたいだったりとか、そういった気持ちもありますし、就活する時にも、行くとしたら1番いい企業に行ってみたいよねみたいな形で考えたりとか、そういうアグレッシブなところは僕の体にも残っています。
あとそれをいかに日本に合わせるか、日本の事情に合わせるかっていうところで、それこそ他人に迷惑かけないだったりとか、そういうことを合わせながら、韓国の方法はどんどん使っちゃうようなことを大事にしています。
へえ。
日本の他人のことを考える配慮っていうのは、僕は世界で一番だと思っています。これは良し悪しを別として世界で1番高いと思っています。でも逆に日本の方が海外に行った時に、例えばアメリカに行った時に、実はこれがいいのにそれを言えずに、でも他のアメリカ人みたいな人がどんどん自己アピールして、どんどん昇進したりとか、そういった時の損も出てくるかなとは思うんですね。
っていう前提で、韓国の方は、もちろんみんなも大事だけど、自分も個人として生まれてるし、みんなに欲求っていうのはあるから、それを追求するってことは悪いことではないよねみたいなことが、裏にはあると思いますね。これも要はグラデーションだと思うんですけども、日本は他人のことをよく考えるのに1番高いところに立っている。で、それ以降グラデーションがどう立てるかって見た時に、韓国は日本よりか離れてるようなイメージで僕は思ってます。
僕個人としては、良い悪いというよりかは、何を合わせるべきかだったりとか、その現地では何を使ってるかとか、そういうことを見るようにしていて、それがちょっと見えるようになったから、そういった点でとても良かったと思ってますね。
うーん。この先はずっといようかなっていう感じなんですか?
はい。5年、10年以降はずっといるような気がします。特に就職だけじゃなくて、今結婚してて、妻と一緒に暮らしてる状況でもあるので、それを踏まえると、5年、10年ぐらいはいそうな気がします。
で、最近の悩みとしては、ちょっと中途半端な人間になってるような気もしてて、今日本語って日本人レベルかって言われたら、日本人レベルまでではないと思ってます、僕は。
うん。うん。
で、逆に韓国語はあまり使ってないからちょっとずつ落ちたりしますし、今韓国の文化のこと喋ってるんですけども、10年前の情報が多かったりとかしてて。
なるほど。
もちろんネットで韓国の方を見てたりするんですけども、どんどんちょっと遅れてるなって感じるようになってて、でも日本ではまだ外国人だったりとかしていて、今妻と結婚して、多分例えば子供を産んだら、教育を日本語でするか韓国語でするかっていうその葛藤もありますし。
っていう中でなんだろうなっていう風に思う時は、へえ、どっちに振り切ったらいいのかなみたいな。
そう、そうです。そうです。はい。
今のところだと、日本かなっていう風に思っていて、それは妻とか仕事とか趣味が合ってる的な、個人的な事情ですね。子供の教育も、僕がもっと長い目線で確立になってくれば、もう普通に日本人学校に通わせたりとかなりそうな気がします。
帰化しようとか思ったことはありますか?
帰化は、うん、分からないところですね。正直自分の中でも、そのアイデンティティだったりとか、帰化の意味だったりとかっていうのは、真剣に考えてる途中ではあります。
ただ懸念ぐらいとして持っているのは、僕は今外国人として日本に住んでいる。で、その状況で韓国から帰ってきてって言われたら行くしかないですし、逆に日本から出ていってって言われたら出ていくしかないっていうのは状況としてあって、それに不満があるわけではなくて、仮に日本で永遠に住むことになるとしたら、帰化も考えないといけないのかなと思ったりするぐらいの懸念はあります。
先々どんな風になっていきたいとかあるんですか?
そうですね。僕は日本も韓国もいい国になってほしいなっていうのがあります。両国とも愛している。で、それをプラスの方向に持っていきたいと思ってます。で、その一環でやってたのがYouTubeでした。で、これからはビジネスの方でそれをやっていきたいなと思っていて、日本の企業と韓国の企業をお手伝いしたい、手伝いできるようになりたいと思っています。
例えば、日本のいい企業たくさんあるんですけども、例えばマレーシアに行けばラポートがありますし、インドネシアに行けばイオンとかあるんですよ。
うん。
そんないい企業が今韓国にはまだ入ってないっていう風に考えると、もし日本の企業が韓国に進出したいってなった時に、その隣でサポートできるようになりたい。
え、その逆、例えば韓国には250円でアイスアメリカーノがこれぐらい飲めるようなカフェもあったりするんですけども、そういういい企業が日本に入ってこれれば嬉しいなって思ったりとかしていて、どんどんお互いの国が良い会社に恵まれて、どんどん生活の質も上がっていけるような活動をサポートできるようになると。
まあ、今から僕が仕事始めて、10年後ぐらいになると、この市場っていうのはもっと大きくなってるはずだと思ってるので、その時に僕がそこの第一人者みたいな形になってると嬉しいなっていう夢を見てました。はい。
へえ。本当に両方の国が好きなんすね。
ああ、いや、そうなんですよ。自分は幸せだなって思ってるんですけれども、韓国で学んだものと日本で学んだもの、両方が共存してるんだなっていう風に思っております。
韓国での学生時代は苦しいことばかりでしたが、今はその時に競争心で燃えていたことが今の起爆剤になったりとか、日本に来てからは妻だったりとか環境も提供してくださってるし、日本に来て学んだ丁寧にやる方法だったりとか、そういったことが合わせて今いい感じになってるかなって僕は思ってるので、僕はそういった受け取ったものを、自分のやりたいこともやりながら少しずつ恩返しできればいいかなと。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
じゃあ、また連絡します。
はい。ありがとうございます。お疲れ様です。街録チャンネル見習いディレクター募集中です。面白い映像を作りたいという若者のご応募お待ちしております。グッズ・スポンサー券、BASEにて販売中です。応援よろしくお願いいたします。
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