なべやかんが語る45年のコレクションと「明大替え玉事件」の内幕
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜タレントのなべやかんは、特撮を中心とする膨大なコレクションを手放すかどうか悩んでいるという記事をきっかけに、街録chの取材を受けた。前半は自宅のコレクションルームの案内で、希少品の由来や、コレクターならではの悩みが語られる。後半は生い立ちから、1991年の明治大学替え玉受験事件に話が移る。この事件について、なべやかんは「自分個人の不正ではなく、大学の慣行と理事同士の利権争いがあり、さらに別の有力者の息子を守るために自分に報道が集中させられた」という見方を示している。以下、動画で語られた順に整理する。
部屋を埋め尽くすソフビと「箱の中にも同じ量」
案内されたコレクションルームには、ゴジラやウルトラマン系の怪獣のソフトビニール人形が並ぶ。なべやかんによると、同じような部屋は家の上の階にも下の階にもあり、展示していない分も段ボールに入っている。その量は、出ている分とほぼ同じだという。
いちばん古いゴジラのソフビは1966年頃に発売されたもので、およそ60年前の品が良い状態で保存されている。現在は100万円ほどの値がつくものだとなべやかんは説明する。棚は東宝作品と円谷プロ作品で分かれていて、バルタン星人なども並ぶ。
同じ人形が3つ、4つ並んでいるように見える棚について、なべやかんは色が微妙に違うのだと説明した。コレクターにとっては色違いをそろえることが大事で、公害怪獣ヘドラの一角は「色違いの塊」になっている。オリジナルは黄色い体に赤い顔のもので、ほかにはインディーズメーカーが版権を取って作ったものもある。一方、無許可のパチモノもたまに出回るという。なべやかんが見せたある品は、本物の原型から中国で勝手に型を抜いて売られたもので、そのぶん出来が良く、見分けにくいのだと話した。
造形師の仕事としてのコレクション
なべやかんは一つひとつの品を、誰が作ったかという観点から説明していく。大きなゴジラの頭部は、映画『キングダム』や『デスノート』などの撮影用プロップを手がける特殊造型の藤原カクセイが、映画で使われたゴジラをスキャンして作ったもので、300体限定のシリアルナンバー入りのグッズである。昭和のゴジラについては、東宝美術の利光貞三を「神」と呼び、この人がいなければ今の着ぐるみ文化はどうなっていたかわからない、と評価した。
ほかにも、円谷プロ造型部のトップである品田冬樹が作った市販品のゴジラや、当時ウルトラマンのマスクを作った佐々木明が、着ぐるみ制作時の型を自ら再現したものがある。モスラ対ゴジラに登場するゴジラは通称「モスゴジ」と呼ばれ、目つきが独特だが「可愛い」のだという。大魔神や妖怪映画のマスクも並んでいる。
こうした品の入手方法は、ほとんどがコレクター同士の交換だとなべやかんは言う。金銭ではなく「物々交換」で、手元にある他の映画の小道具などを組み合わせて差し出す。
マイケル・ジャクソンの顔型とハリウッドの工房
変わった品として紹介されたのが、マイケル・ジャクソンの顔型である。なべやかんの説明では、アカデミー賞を7回受賞しているハリウッドの特殊メイクアーティスト、リック・ベイカーの工房がマイケルを担当していた。『スリラー』などで特殊メイクをするときはこの工房で行われていた。この顔型はリック・ベイカーのオリジナルの型から抜かれたもので、型を取り直した「孫」「ひ孫」のようなものが出回ることもあるが、これは直接の一発目なので毛穴やシワまで残っているという。100万円ほどのソフビと交換したそうだ。
アメコミ系では対照的な例が2つ挙げられた。一つはアイアンマンである。なべやかんは映画の特殊造形の工房を見学した際、市販品の原型を見てその格好良さに感激し、発売されたら必ず買うと決めて購入した。ところが中国で量産されて届いたものは、ボコボコでエッジ(モールド)も甘く、工房で見た原型とは「月とすっぽん」だった。もう一つのデアデビルは、実際に制作した人から工房で直接譲ってもらったもので、作りがまるで違うという。
ホラー映画のプロップと高騰する初代ゴジラ関連品
ホラー関係の品も多い。『ハロウィン』のブギーマンのマスクは、本来は市販のハロウィン用マスクだが、映画用マスクを担当したアカデミー賞受賞の造形家が自ら加工・塗装し直したものだという。ほかに『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスのマスク、『必殺仕事人』で三田村邦彦が使った小道具(関係者から譲り受けたもの)、西村映造の造形物、ティム・バートン版『猿の惑星』のゴリラやチンパンジーのヘルメットが並ぶ。
『ジュラシック・パーク』でハモンドが持っていた杖は、オークションがまだそれほど盛んでない時代に出てきたものだという。同じものは何本か作られていて、そのうちの1本が最近のオークションで600万円ほどになったと話した。
部屋でいちばん高いものを聞かれて、なべやかんは初代ゴジラのパンフレットや、当時の漫画を示した。その漫画は、少し前まで2万円程度だったものが海外のオークションで1200万円になったという。なべやかんはこれを「バカでしょ、アメリカ人」と笑い、ゴジラ人気に加えて、海外の買い手が本来の価値を知らずに競り合っている、と見ている。さらに珍しいのが初代ゴジラの「絵物語」という小冊子で、なべやかんはこれ以外に1冊しか見たことがない。1200万円出すなら漫画よりこちらに出したほうがいい、というほどの希少品だとした。
『エクソシスト』のリンダ・ブレアが撮影時の特殊メイクのために取った歯型と舌の型もある。写真やネガとセットで50万円ほどで購入したもので、エクソシストのプロップはほとんど市場に出てこないため、今売れば相当な値になるだろうと述べた。リンダ・ブレア本人にサインをもらった際、「これは何?」と聞かれて「僕のコレクションです」と答えると、「あんたは頭がおかしいわよ」と言われたというエピソードも紹介された。
部屋全体の価値について問われると、なべやかんは、この部屋だけでは無理だが、他の部屋や保管中のものを合わせれば億に届くのではないかと見積もった。
「コレクターという病」と終活の悩み
コレクションは45年続いている。取材のきっかけになった記事では、自分の死後に妻に売ってもらうかどうかを考えていると語っていた。ただ、生きているうちに少しずつ売っても量が多すぎて間に合わないのではないか、という思いもあるという。
展示イベントへの貸し出し依頼もあるが、なべやかんは「帰ってこなきゃいいのに」と冗談めかして話す。棚から品を貸し出すとスペースが空く。それがたまらなく嫌で、別のものを買って埋めてしまう。すると貸したものが戻ってきたときに置き場所がない。これを本人は「コレクターという病」と表現した。
家族にはコレクションに興味を持つ人がおらず、価値もわからない。そこが悩みだという。例えばブギーマンのマスクは、見た目は市販品でも、映画の担当者が作り直したという経緯を説明できる人がいなければ価値が伝わらない。
手放すのはすぐではなく、今55歳なので、65歳くらいまではまだ楽しみたいという。個人で博物館を作る案については、「大体個人でやると破産する」と否定的だった。北原さんですら負け越している、閉じてはまた始めることの繰り返しだ、と話した。
部屋にはほかにアイドルの立て看板や江頭2:50のサインもある。江頭とはスポーツジムが一緒だった時期がある。『スーパージョッキー』の「ガンバルマン」では、格闘技やボクシングへの挑戦を本当にやらされたため、このままでは死んでしまうとジムに通い始めたのだという。入るときにたけしから「うちは刑務所よりひどいからな」と言われ、『あしたのジョー』の世界が本当にあるのだと思ったそうだ。
成城学園という環境と、スターではなかった父
後半はなべやかんの生い立ちに移る。父はコメディアンのなべおさみ。幼稚園は渋谷の幼稚園で、先生が麻生太郎の家族にあたる人だった縁で、運動会が麻生家の庭で行われた。かけっこや綱引き、大玉転がしができるほど広かったという。
小学校からは成城学園に通った。同級生や周囲の生徒にも芸能人の子どもが多く、特別扱いされる雰囲気はなかった。運動会や文化祭には芸能人の親が大勢来る。名前が挙がったのは司葉子、「うっかり八兵衛」の高橋元太郎、下の学年の親として武田鉄矢や田村正和などである。
子どもの頃の夢は動物園の飼育係だった。『キングコング』が好きで、ゴリラに餌をたくさんあげれば大きくなると信じていたという。中学生になるとヒーローものが好きでジャパンアクションクラブ(JAC)に入りたいと思った。
父は『ルックルック』などでほぼ毎日テレビに出ていたが、なべやかんにとっては当たり前のことだった。同じクラスには、東宝の俳優でゴジラ映画や『マタンゴ』などで主役を務めた久保明の息子がいた。なべやかんにとってスターとは怪獣映画の主役を張る俳優で、そうした作品に1本も出ていない父は「全然スターじゃない」存在だったという。
反抗期は「反抗している暇がなかった」。中学生ですでにコレクターとしてアンティークショップやイベントに出入りし、付き合う相手は大学生や大人ばかりだった。部活は『スクール・ウォーズ』の時代のラグビー部で、周りは怖い人ばかりだった。学校には三田佳子の息子もおり、世間を騒がせた件の際には、たけしが「たけし軍団に入れよう」「三田サイダーという芸名をつける」などと冗談で言っていた時期もあったと振り返った。
成績は中学の頃から綱渡りで、担任からは「君は落ちこぼれなんだから」とはっきり言われた。なべやかんの周囲の話では、親が多額の寄付金を出しても、成城学園では成績の扱いは左右されないという。
千代の富士との縁とベンチプレス日本一
高校時代、なべやかんはラグビーで左肩を脱臼し、それが癖になった。そんな時期に横綱・千代の富士と出会う。優勝祝賀会の場で、父を通じて初めて会ったという。三角巾をしていたなべやかんに、脱臼を克服して横綱になった千代の富士は「宿題」として腕立て伏せを課した。1日200回を毎日やって報告すると次は300回、それができると500回と増えていった。
その後、なべやかんは東京場所の時期になると午前中は学校に行かず、部屋へ稽古を見に通った。ちゃんこを食べてから学校へ行き、部活に出ていたという。なべやかんは、このときの鍛錬のおかげで後にベンチプレスが強くなったと考えている。パワーリフティングで日本記録を取ったときには千代の富士に報告し、「ある意味弟子みたいなもんですね」と言うと「そうだな」と返されたそうだ。
千代の富士への傾倒ぶりを示す話として、オウム真理教の勧誘の話も出た。下北沢で「今どのくらい幸福ですか」と聞かれ、「90%」と答えると、そんな人は初めてだと驚かれた。理由を聞かれて、千代の富士が勝っているからだと答えた。施設でビデオを見ようとしつこく誘われたが、相撲の取り組みを見る、録画もしている、と言って断ったという。当時の下北沢周辺にはリヤカーで回る豆腐売りやお弁当屋、ヨガ教室などオウム関係の商売があり、なべやかんはそれらが家庭の情報収集や勧誘の入り口になっていたと語った。
大学に進めず、芸の道に惹かれる
部活と千代の富士と趣味に明け暮れ、高校では単位が足りず、成城大学へは進めなかった。卒業はできたが、内部進学の条件を満たせなかった。もう一度3年生をやり直して成績次第で進学できる制度があったので挑戦したが、今度は2年生と3年生の成績を合算する必要があった。2年生の成績があまりに悪く、これまで取ったことのない点数を取っても追いつかなかった。なべやかんは、勉強すれば点が取れるのだと初めて知ったと振り返る。家族は皆落胆したという。
その頃、父が出演した新宿コマ劇場の舞台で座長の由利徹を見て、喜劇に強く惹かれた。浪人して渋谷ゼミナールに通ったものの勉強する気は起きず、教科書に隠して由利徹やたけしなど喜劇人の本を読んでいた。やがて由利徹のもとに押しかけて付き人をさせてもらうようになり、大学にはまったく行きたくなかったと話す。
しかし父は「大学ぐらい出ろ」という考えで、なべやかんは家での父を「独裁者」「プーチンみたいなもの」と表現する。逆らえなかったという。
試験を受けずに届いた合格通知
父が持ってきたのは、「スポーツ推薦枠がある」という話と書類だった。なべやかんはスポーツで実績も記録も残しておらず、何だろうと思いながら願書を書いて渡した。すると1月か2月に明治大学合格の通知が届いた。試験は一度も受けていない。
入学式の5日ほど前、大学から「写真が変だ」と電話があった。会議室のような部屋で、教授や大学関係者が並ぶ前に椅子が一つ置かれ、なべやかんはそこに座らされた。見せられた願書と受験票のうち、一方は自分の写真だったが、もう一方にはまったく知らない人の写真が貼られていた。その場で初めて、替え玉だったのだと知ったという。
なべやかんが語る明大の「伝統的な手口」
なべやかんが後から知ったという仕組みは次のようなものだ。明治大学では昔から、裏口入学の際に頭の良い学生をアルバイトで雇い、替え玉として試験を受けさせていた。使うのはスポーツ推薦の枠である。例えば野球部、サッカー部、柔道部にそれぞれ5人ずつの推薦枠があっても、優秀な選手が2人しかいなければ3枠が余る。その余りが裏口入学に回される。なべやかんの説明では、この枠はもともと一般受験者に回されるものではないため、自分が受かったことで誰かが落ちたわけではない。自分は相撲部の枠で合格したことになっていて、替え玉の人物が相撲経験者として筆記試験を受けていた。
わざわざ替え玉に受験させるのは、事情を知っているのが上層部だけで、一般の事務方などには気づかれないようにするためだという。なべやかんは、裏口入学の手口は大学ごとに異なるとも話した。大学名は伏せたうえで、試験の時に裏口入学者だけを集める教室がある大学や、白紙で答案を出させる大学があると語っている。
芸能界に入ってから、なべやかんは「やかん君に会いたかったんだよ、俺も同じやり方で入ったんだよ」と言う人に何人も会ったという。その人たちの属性は「まちまち」だった。後輩で同じ経緯の人にはまだ会っていないが、たぶんいるだろうとしつつ、確定はできないと留保した。
発覚の背景は理事同士の利権争い、とする見方
なぜ発覚したのかについて、なべやかんは理事の利権争いが原因だと説明する。当時、明治大学は新校舎の建設業者を決め、一部の理事がキックバックを受ける形になった。そこから漏れた理事たちが反発し、学生を誘導して「プチ学生運動」のような状況が起きた。90年代初めの明治大学の周辺には、理事の汚職を非難する立て看板や張り紙があふれていたという。対立の中で、相手側の理事が推薦入学と裏口入学の利権を握っていることが突かれ、リークされた。大学全体としては隠したほうがよい話が、潰し合いのために表に出た、というのがなべやかんの見立てである。
「なべのせいにしろ」という指示
なべやかんがもっとも強調したのは、1991年の同じ年に、名前が出てはならない替え玉入学者がいたという話だ。なべやかんによれば、その人物を隠すために、ある財界の大物から政治家の大物へ、さらに警察官僚に強い政治家へとつながるルートで、「この件はなべのせいにしろ、なべに被せろ、そこに集中させろ」という指示が出た。関係者の中にはメディアに非常に強い人物もいて、報道はその流れになったという。
聞き手が自民党系の有力者の息子かと尋ねると、なべやかんは「まあね」と応じた。ただしすぐに「自民党系の息子じゃない」と訂正し、どういうつながりかはわからないとも述べている。当初は建設会社の社長の息子などが2〜3人、社名も出ない形でちらりと報じられたが、そこから一気に何も出なくなったという。なべやかん自身、同じ方法で入った受験者がどんな人で何人いたのかはわかっていない。
報道の過熱と取り調べ
最初にニュースを見たのはスーパーの休憩室のテレビだった。明治大学で替え玉受験が行われたと報じられ、翌日には「著名人の息子もいるようだ」と範囲が絞られていった。「なべの息子」と特定されるまでは3〜4日ほどだった。そのとき、なべやかんは友人と熱海に旅行中で、ヘヴィメタルに心酔していた小林君に「このニュース、俺だよ」と告げて驚かせたという。
当時は19〜20歳ほどの一般人だったため、顔は報道されなかった。ただ、父とテレビや雑誌に出たことがあるので、知り合いには誰のことかすぐにわかった。直前に世間を騒がせた失踪事件が一段落してマスコミのネタが途切れていた時期で、ワイドショーも週刊誌も「お祭り騒ぎ」になったと振り返る。
なべやかんは有印私文書偽造で訴えられ、警察の取り調べも受けた。個人の犯行と見られていたが、調べが進むうちに明治大学の組織の問題だとわかり、大学が慌てて訴えを取り下げたという。取り調べでは、書類にサインしただけであることや、成績が悪かった理由、相撲に明け暮れていたことなどを話し、それが調書に書かれた。
父への感情と閉ざされた先行き
聞き手は、望まない進学のせいでマスコミの標的にされたことについて父を恨まなかったかと尋ねた。なべやかんの答えは、怒りはまったくなく、申し訳なかったという気持ちが一番強かった、というものだった。自分が勉強して成城大学に進めていれば、こんなことにはならなかったからだ。
事件後、父のテレビの仕事は一度全滅したという。生放送で真相を話されては困るという理由で、特に生放送には出すなという箝口令が出たとなべやかんは聞いている。『ルックルック』などとんでもない、という状況だった。父の仕事を奪ったことへの申し訳なさに加え、由利徹に憧れて芸能界を目指していた自分も、華やかな世界に入る前に傷がついてしまい、先が真っ暗に感じられたという。
父とは事件について話さず、交わしたのは天気や食事の話くらいだった。なべやかんは今でも父には敬語で話す。父に命じられたわけではなく、怖かったからその癖が抜けないのだという。事件で父が弱くなったかと聞かれると、「人間そんなに変わらない」と答えた。父は反省の言葉も口にしていたが、自分が正しいと思って生きている人なので3日も経てば忘れる、とも話す。なべやかんは、自分のステータスや人脈でこういうことができると誇示したい気持ちがあったのだろう、それが父にとっての常識になっていたのだろう、と推し量った。聞き手の「別に明治大学に行かなくても、浪人させておけばよかったのでは」という言葉にも同意している。
動画はここで、事件の後にどのような経緯で芸人になったのかという問いに入るところで終わっている。芸人としての歩みは、この回では語られていない。
あ、こっちです。すいません。そうです。あ、これお邪魔します。よろしくお願いします。はい、よろしくお願いします。これ、玄関に靴ここに。
街録チャンネル、見習いディレクター募集中です。面白い映像を作りたいという若者、ご応募お待ちしております。
すいません。ありがとうございます。やかんさんがコレクションを手放すかどうかみたいな話で悩んでるみたいな記事を読みまして。すごい、良かったら見させてもらえないかも含めてちょっとオファーしちゃったんですけど。どうぞ、こっちです。わ、すごいですね。
これコレクションルームですか?コレクションルームの、こういう部屋が他にもあるんですよ。何部屋あるんですか?こういう部屋が。こういう部屋がね、まだ下にもあるし、上にもあるし。あと、まだ出してないものも。あ、そうなんですか。そうなんですよ。こういうね、ソフトビニール人形とかいっぱいあるんですけど、これも同じぐらいの量が箱に入ってますね。なるほど。ここに出てる分と同じぐらいの量のダンボールがあるんですか?ダンボールありますね。すげえ。そうなんですよ。
マニアからしたらたまらないんじゃないですか?この量とこのレアさって。そうですね。結構レアなのもいっぱいありますし。なんかちょっと時代を感じるというか、このゴジラの顔とか。その辺はね、比較的新しいやつなんですよ。あ、新しいのか。この辺のが古いやつで。一番古いゴジラってどれですか?これですよね。ソフトビニール人形では。これ何年のものなんですか?1966年とかそのぐらいに発売されたやつですね。1966年のがこの綺麗さで保管されてるんですね。60年前。すご。60年経ってるんですね。これってとんでもないプレミア価格になったりするんですか?これは高いですね。100万とかそのぐらいは今はついちゃいます。すごいですね。
このゴジラのでかいもの、これは何ですか?これはね、藤原カクセイさんっていう、特殊造形をやってる人がいるんですね。例えばキングダムとか、デスノートとか、ああいうの撮影用のプロップ作ってるんですけど、その藤原カクセイさんが作ったゴジラの頭。何か映画とかに使われたものではなく?これは映画では使ってないですね。これは映画で使ったゴジラをスキャニングして作ったゴジラ。スキャニングして作ったゴジラ。それがグッズとして売られてるもの?これはグッズとして売ったやつですね。だからこれ、300分の。あ、シリアルナンバー。シリアルナンバー。300体しかこの世にないんですね。ないんです。へえ、すご。
当時の昭和のゴジラの撮影用ですね。え、じゃあ実際にゴジラの映画で使ったやつ?使ったやつ。生き物みたいですもんね、この肌触り感というか、触ってないですけど。何十年も前にこのクオリティのものを作ってたんですよね。利光貞三さんっていう、東宝の美術の人が作られたんですけど、まあ神ですね。初代ゴジラとかも作ってるんですけど、やっぱりあの人がいなかったら今のそういう着ぐるみ文化がどうなってたかっていう感じですよね。
こういうのってどうやって手に入れられるんですか?こういうのはね、もうコレクターの執念でね、コレクター同士の間の交換なんですよ。それは、これと同じ相当のものを渡さなきゃいけないってこと?そう、そうですね。やかんさん、これどんなレア物を渡してこれを手に入れたんですか?他の映画の小道具とかを織り交ぜて。
ここにあるものは何年代の作品のものが多いんですか?えっと、こっちが大体東宝。東宝映画ので、こっちが円谷プロとかですね。あ、ウルトラマン系。ウルトラマン系の。バルタン星人とかいます。へえ。これって何年間集めてるんですか?もうね、45年になるんですよね。45年。45年ですよ。
FLASHの記事だと、その奥さんに、ご自身が亡くなった後に売ってそれで換金してもらうかどうかみたいな感じのことをおっしゃってましたよね。そうなんですけど、今から僕も少しずつ売ったとして、生きてるうちに間に合うのかなっていうのはね。要はこれだけの量じゃないんで。あと、今展示イベントで回ってるのもありますね。貸し出しで。あ、やっぱ貸してくださいみたいなオファーもあるんですか?そうですね。帰ってこなきゃいいのにと思ってるんですよね。だってだいぶ高価なものじゃないですか。いや、めちゃくちゃ高価なもんなんですけど、帰ってくると置き場所がなくて。
例えばね、こういうものがあるじゃないですか。仮にこれとこれを貸し出すとしましょう。と、ここにスペースが開くじゃないですか。これがね、たまらなく嫌なんですよ。だからここになんか置かなきゃっつって、なんか違うものを買ったりなんかして置くじゃないですか。そうすると貸してるものが戻ってきたら置く場所がないんですよ。それがね、やっぱコレクターという病っていうかね。病ですね。いや、病なんすよ。
え、だってこれって同じのが3つ、4つあるように見えるんですけど。これやっぱね、色が違うしね。そう、若干違うんです。こういう色違いがね、必要なんです。大事なんですね。そうか、色違いで揃えるってのがコレクターとしてのロマン。そうですね。例えばあっちのヘドラ、一番分かりやすいヘドラってのがあるんですけど。ヘドラ。ああ、こいつらですか。あれはもう色違いの塊ですよね。
このヘドラはゴジラの敵ですか?ゴジラの敵です。公害怪獣ですね。公害怪獣。あ、でもこのヘドラめっちゃ綺麗ですね。それもね、綺麗ですよね。どのヘドラが一番レアなんですか?その向こうの黄色いやつがやっぱオリジナルなんで。黄色で顔が赤いやつですね。あ、これオリジナルなんですね。
これは個人の方が趣味で作ってたりするのもあったりするんですか?あ、そうですよ。インディーズのメーカーとかいっぱいありますから。そっか、じゃあそれをモチーフにしてインディーズメーカーさんが作ったのもある。で、ちゃんと版権取ってね。じゃあ無許可とかではやってないですね。無許可のパチモンはたまに出てきますよ。例えばこれなんか。これパチモンなんすか?パチモンすよ。パチモンって言われたらパチモンっぽいかなとか思ったりもしますけど、言われなかったら、昔だからこんなもんかと思っちゃうかも。でもこれはね、本当のオリジナルの方から勝手に型を抜いて勝手に売ったんですよ、中国で。なるほど。じゃあこれはかなり精巧にできるパチモンなんですね。そうなんすよ。そういう厄介なもんもね、いっぱいあるんですよね。へえ、面白。
すごいな、これ。このゴジラ、ちょっと目おかしくないですか?これはね、こういうもんなんですよ。モスゴジっていうのは。モスゴジ?モスラ対ゴジラに出てくるゴジラを通称モスゴジって言うんですけど、可愛いんですよ。あ、モスゴジ結構可愛いんですね。
このウエストショットのこのゴジラは?これは市販されたもんですけど、作ったのは品田冬樹さんって言って、今円谷プロの造形部の一番トップの人ですよ。その人もゴジラの着ぐるみを撮影用に作ったり、あと戦隊シリーズの敵の怪獣とか怪人とか色々作った人ですね。
この後ろにあるのは?これはね、雛型。ウルトラマンの雛型。当時その着ぐるみを作る時に雛型を作ったんですよ。それを再現したもんなんですけど、この雛型を作った人は佐々木明さんっていって、当時ウルトラマンのマスクを作った人なんですよ。本物の着ぐるみを作った人が再現したってやつですね。そうです。これもなんとかして手に入れたってことなんですか?これはね、何体か抜かれて商品として売ったんですね。
こっちにあるこういうのはゴジラとか関係ないですか?この辺はね、妖怪映画の頭ですね。妖怪映画。これだけ大魔神ですけど、あとは妖怪。
この下のやつとか、なんか渋いというか。これね、マイケル・ジャクソン。あ、これマイケル・ジャクソンなんですか?マイケル・ジャクソンの顔型。どんな背景でこれ生まれたんですか?これはね、リック・ベイカーってハリウッドの特殊メイクアーティストがいるんですよ。アカデミー賞7回とか取ってる方なんですけど、そこの工房がマイケル・ジャクソンを大体担当してるんですね。だからスリラーとかいろんな他の映画とかでも特殊メイクやる時はこのリック・ベイカーのとこでやるんですけど、リック・ベイカーさんのオリジナルの型から抜かれたマイケルの顔なんですよ。
よくこれを型取りして孫、ひ孫みたいのがたまに出てくるんですけど、全然こっちの方が。直でマイケルの顔から作った1発目みたいなことですね。そう、そう。だからね、近くで撮ってもらうと分かるんすけど、毛穴とかね、すっごくしっかりしてんすよ。確かに。肌のゴツゴツした感じとかもリアルに残ってますね。残ってるんすよ、シワとかね。
譲る、譲れないのところで言うと、どういう交渉なんですか?金銭なのか、もしくは向こうが欲しいものをやかんさんが所有してて。もうブツブツ交換すよ。このマイケルは何で手に入れたんですか?これはね、こういうソフトビニールの人形と交換したのかな、確か。今だとどのぐらいするんだろう、100万円とかするようなやつと交換しましたね。
だって記事だと億とかはくだらないんですよね。全部足したら、この部屋だけだと無理ですけど、他の部屋のもんも足せば行くんじゃないかなと思うんですけどね。あと倉庫に置いてあるやつとか入れれば。
いわゆる特撮系以外にも、こういう宮沢りえさんですか、これ。これ昔からありますね。なんかもらってきたやつをずっとかけて。なぜかありますね。別にめちゃくちゃファンってことでもないんですか?なんかアイドルの立て看板とかあったじゃないですか、お店の前とか。そういうのとか結構持ってて、そういうの中にこれもあった。で、ずっとかけっぱですね。
あと江頭さんの。あ、江頭サイン付きですよ。これサイン付きですか?江頭さんとかとは一時スポーツジムが一緒の頃もありまして。この『クソ芸』っていう本にも書いてますけど、スーパージョッキーのガンバルマンっていうコーナーがありまして、そこで挑戦させられるんですよ。例えば格闘技に挑戦だとか、プロレスに挑戦だとか、ボクシングに挑戦で、それがいきなり本当にやらされるから、これ死んじゃうなっていうことでスポーツジムに通い出したっていうのが。
そこにたけし軍団の芸人さんとか、スーパージョッキーに出てらっしゃるような当時は若手だった方々が、自分で鍛えて真面目に頑張ったってことですね。そうなんですよ。いや、まあ、兄さんたちはね、あんまり鍛えてないですけど。いや、もう本当に辛かったですからね。あの時はね、たけしさんに、うちは刑務所よりひどいからなって入る時に言われて、本当に『あしたのジョー』の少年院だと思いました。あの感じが、あ、本当だ、本当にあるんだと思って。すごかったすね。
これってマーベルのアイアンマン?マーベル。これはね、実際にアイアンマンを作っている映画会社の工房に行ったんですよ。特殊造形で作ってるとこ行って、本物のアイアンマンを見てきたんですよ。そしたらこれが置いてあって。これは市販されたもんなんですけどね、これの原型が置いてあったんですよ。で、原型めちゃくちゃかっこよくて、これすごいいいですねって。いや、これはアイアンマンのデータから作って、ちゃんとアイアンマンの担当が作ったやつだからって。これが市販されるんだったら、もう絶対買いますって、で、買ったんですよ。
で、中国で量産するんですけど、見てる人分かるかどうか分かんないですけどね、本物に比べると非常に残念なものが送られてきたんですね。あ、そうなんすか。ちょっと雑?雑。雑だし、ボコボコだし、あとエッジとかね、モールドって言うんですけど、こういうのも甘いし。もう全然、実際の工房で見たのと月とスッポン。
こっちはどうですか?こっちのが良くできてますよね。こっちの方が作りがいいんですね。これはね、デアデビルなんですけど、本物の工房から譲ってもらったやつで。じゃあさっきのマイケルの話じゃないけど、第1号的な。だから実際に作ってる工房で、その作った人から譲ってもらったやつなんです。
家族で他に興味ある人いるんですか?これに。いないすね。価値も分からないですね。そっか、終活っていう意味も分かりますね、これ。自分以外に価値が分からない。分からないから困っちゃうんですよね。売ろうにも知識ないとちょっと厳しいですもんね。そうなんです。
例えば、マニアックな話で言いますと、ハロウィンっていう作品のブギーマンのマスクなんですけど、このマスクは市販されてるマスクなんですよ。ハロウィン用のマスクなんですけど、それを本当に担当した人、要は映画用に作った人が、ちゃんと加工して塗装して作り直してくれたんですよ。その人もアカデミー賞を取ってる、特殊造形とか特殊メイクで取ってる人なんですけど、それが自らやってくれたんですよ。だからすごく出来は良くなっちゃって。この価値を伝えるには今の説明ができる必要がありますね。そう。そういう人がいないとダメなんですよ。分かんないですよね。それは確かに。
終活って、じゃあ始めるとか考えたりするんですか?ちょっとずつ手放していくみたいな。あ、もう10年は楽しみたいなと思いますけどね。でもそんな長生きもしたくないんで。今55ですけどね、65まではこれをちょっと楽しんでっていう感じですかね。増やしつつ。
博物館みたいにしたいなとかはないんですか?美術館みたいな。いやね、大体個人でやると破産するんで。あ、やっぱそうなんですか。それやっぱあるあるなんですか?コレクターが博物館を構えると破産する。北原さんですら負け越してるわけですから。だからダメになると閉じて、また新しく始めてとかね。
結構ね、こういうとこ細かく色々あるんすよ。これね、必殺仕事人の三田村邦彦さんがこうやってブスってやる。これを譲ってもらったんですか?これ譲ってもらったんすね。関係者ですね。関係者から譲ってもらわないと手に入れられないですか?手に入れられないですね。
グローブでできてるんですか?このマスクは。これはグローブでできてるんじゃなくて、レザーフェイスっていって、『悪魔のいけにえ』っていう映画があるんですけど、それのマスクですね。人の顔の皮を剥がして、で、縫いつけてマスクを作ってるっていう殺人鬼ですよ。殺人鬼のマスクで。すご。
このウルトラマンの人たちなんて、本当はこんな低いところにあるようなものじゃないじゃないですか。高いすね。絶対高いですよね、これ。これだけで数百万しそうな。全部だと行きますね、今だとね。
このやつも怖いっすね。それね、西村映造っていうとこの作品で、この間ちょっと西村さん亡くなってしまったんですけど、そういう造形会社のやつですね。で、上のがティム・バートンが作った猿の惑星。プラネット・オブ・ジ・エイプスの時のゴリラのヘルメットと、上がチンパンジーとね。
これとかいいですね。これ、ジュラシック・パークのね、ジュラシック・パーク作ったおじいさんがいるじゃないですか。ハモンドっていう。あれがこう持ってる、こういう杖ですね。すごい。まだオークションとかがそんなに流行ってる頃じゃない時代に出てきたやつなんですよね。ハリウッド映画って同じものを何本か作るんですけど、この間やっぱりそのうちの1本がオークションにかかって、その時は600万ぐらいしました。600万するんですか?
この部屋の中で一番高いものは何すか?えっと、どれだっけな。これかな?これ初代ゴジラのパンフレット。初代ゴジラのパンフレットとかね、色々あるんですけど、これ当時の漫画ですよ。これがね、海外のオークションで1200万。え、これ1200万?この漫画?初代ゴジラの漫画。そう。もうバカでしょ、アメリカ人。これちょっと前まで本当2万円ぐらいだったんですよ。あ、そうなんですか。それが1200万ですよ、今。
なんで2万円が1200万に高騰してるんですか?ゴジラ人気っていうのもあるし、海外の人がやっぱ初代ゴジラのもんはいいなと思って入れてきて、そこまで価値っていうのが分かってないんですね。じゃあ2万円で昔買えてたってことを知らずに1200万円で落札してるみたいな。もちろん競り合ったんですけど、そんな値段になってましたよ。すげえ。
これよりも本当はもっと珍しいのがあるんですよ。珍しさで言ったらもっと上のものがあるんですか?もっと上のものがあるんすよ。これ。なんだ、ちっちゃ。初代ゴジラの絵物語でこういうのがあるんですけど。あ、小説なんですね。絵物語って言いましてね。こっちの方が全然珍しいです。もうほとんど見たことない。僕はこれの他に1個しか見たことない。じゃあこれこそ本当に1200万円以上の価値があるかなって感じですか?これに1200万出すんだったら、こっちに1200万出した方がいいぐらい珍しい。これめちゃくちゃ珍しい。
これとかね。これすごいですか?ベロと歯型。口と。だいぶベロですね。ベロなんですよ。これはね、何かって言うと、エクソシスト。エクソシストのリンダ・ブレアっていう女優さんがやったんですけど、その撮影の時に特殊メイクするじゃないですか。その時に取った歯とベロ。女優の歯とベロ。
その女優さんって美女系の女優さんですか?そうですね。リンダ・ブレアは当時これですよね。子役当時はね。それを時を経て50年のち、やかんさんが持ってらっしゃるっていうのが。こういうことですよ。この写真もセットで売ってるってことですか?写真と、これポジっていうかネガなんですけど、こういうのも全部込みで購入しましたね。50万ぐらいしたのかな、全部で。いや、エクソシストのものってね、本当出てこないですよ、プロップが。今これちゃんと売ったら結構いい値段行くと思いますよ。
映画の時は結局エクソシストってこんな風になっちゃうんですよね。こういう風にするための歯型なんですか?そうですよ。ここまで行く過程が色々あるわけですけど、最終形態ですよね、この2つ。で、これリンダ・ブレアさんにサインしてもらって。これは何?って言うから、僕のコレクションですって言ったら、あんたは頭がおかしいわよって言われて。
ちょっとやかんさんのこれまでの人生みたいな話を聞かせていただければ。今55歳?55で、8月で56になりますね。だから言ったら、やかんさんはもう超芸能サラブレッドってことですよね。まあ親がそうでしたからね。2世っていうことですけど。
生まれた時から親が有名なのが当たり前って環境ですもんね。まあそうでしたけど、学校が僕、成城学園ってとこだったんですよ。なんで同級生とかにも芸能人の子供がいっぱいいるんですよ。学校で、あいつ誰々の息子だぜとか娘だぜとかって、やっかみがあったりとか、ちやほやとかがあるかもしれないんですけど、うちの学校はそんなのだらけだったんで。普通なんですね。普通に。だから運動会とか芸能人いっぱい来ますよね。運動会とか文化祭とか、子供のために親が来るじゃないですか。で、それが芸能人だから。
じゃあなべさんの他にどんなラインナップですか?運動会とかで。例えば同級生だったら、東宝の大女優の司葉子さんっていうのがいらっしゃったりとかですね。うっかり八兵衛をやってた高橋元太郎さんとか、下は武田鉄矢さん、田村正和さんとかね。そういう方もいらっしゃいましたし、色々。すごいですね。
やかんさんはお父さんが俳優さんというか喜劇役者さん、コメディアン。まあコメディアンですね。で、関係ないとこでパワーリフティングのベンチプレスとかで日本一とかになってらっしゃるじゃないですか。なんで運動神経いいんですか?そんなに。いや、たまたま運動神経っていうかあったんでしょうね。パワーリフティングって競技に僕が向いてただけでしょうね。お父さんお母さんどっちか運動神経良かったりするんですか?いや、そんなことはない。母はそうでもないですし、父親も別に、学生時代ラグビーやってたとか。まあ普通にスポーツはやってたけどねぐらいの感じ。そう。まあ街で喧嘩してたとかそんなぐらいですよね。学生時代。
子供の頃とかは何になると思って生きてたんですか?将来。将来ですか?小さい頃は動物園の飼育係さん。動物好きな子供だった?キングコング好きだったんで。映画の。で、ゴリラに餌をたくさんあげればでかくなるんじゃないかって、それを信じてたんですね。でもゴリラって肉食じゃないし、あんなでかくなんないですよね。
やっぱりお父さんが俳優をやってるから、映画もめちゃくちゃ見てる?あ、見てます、見てます。家にシアタールームみたいなのがある感じですか?なかった。テレビとかビデオは早かったですよ。ビデオとかも出始めてすぐあったし、テレビも家に2台とか3台ありましたから。だからチャンネル争いになるとどっか部屋を移動するみたいな。兄弟は何人いるんですか?姉がいるんです。2人と。
成城学園にはもう小学校から入ってるんですか?小学校からです。幼稚園はね、小頭幼稚園っていう。あ、渋谷の。渋谷の、今その幼稚園の跡地は三谷さんの家になっちゃってますけど。その頃ね、すごかったですよ。幼稚園の先生がね、麻生太郎さんの子供の嫁かなんかだったんですね。だからね、幼稚園の運動会を麻生太郎さんの家の庭でやったんですよ。すご。麻生太郎さんの家の庭は幼稚園生が運動会できるぐらい広い。広かった。すごかったですよ。そこでかけっことかされたんですか?かけっことか綱引きとか、なんか大玉転がしみたいなとかね。あとなんか玉入れとか、そういうのやったりとか。すごい、豪快なエピソードですね。昭和っぽいというか。
ちなみにやかんさんは、芸能界とかって子供の頃から、さっき言った飼育係さんになりたいから、別にそんな興味ない感じですか?あ、でもね、中学ぐらいになってね、JACに入りたいと思いましたね。千葉真一さんの。そう、ジャパンアクションクラブ。やっぱヒーローものが好きなんで。
中学生ぐらいってお父さんは。ルックルックとかやってました。毎日出てる。そうですね、ほぼ出てましたね。なんかドラマとか映画とか。そこに関してどう見てたんですか?もう当たり前って感じですか?親の仕事をテレビで見ることって普通の人ないじゃないですか。まあないですね。でもそれが当たり前だったんで、別に。出てるわぐらい。
だからね、僕の同じクラスに久保明さんっていう俳優の息子さんがいたんですよ。で、久保明さんっていうのは東宝の俳優さんで、ゴジラ映画の主役をいっぱいやってるんですよ。で、東宝のマタンゴの主役とかね、僕にとっては憧れの作品の主役をやってるから、そういう人はスターなんですよ、僕の中では。で、うちの父親はそういうのに1本も出てないから全然スターじゃないんですよ、僕の中では。昼の帯番組を回してるとか、中学生にとってはあんま憧れじゃないですもんね。全然全然。それより怪獣映画の主役やってる方がもうスターなんですよ。なるほどな。
じゃあ反抗期とかあるんですか?反抗期、反抗してる暇がなかったんすよね。え?忙しかった?どこで忙しかったんですか?いや、こういう趣味の世界に入っちゃってるんで。アンティークショップもあったりとか、イベントもあったりとか。そうか、もうコレクターとしては中学生でコレクター人生が始まってる。始まってるんで。で、付き合うのが大体大人なんですよ。大学生とか大人の人と付き合うんで。コレクターはそういう人ばっかりなんで、グレてる暇がないっていうか。
それと部活もあったんで。何部?ラグビー部だったんですよ。その当時はあれですよ、スクール・ウォーズの時代ですから。見事なほどのハラスメントの世界ですよね。だからグレてる暇っていうか、おっかない人たちばっかだったんで。
成城学園にはグレてる人っていたんですか?いや、それこそ三田佳子さんの息子さんとかいましたよね。三田さんの息子さんも、ちょっと世を賑わすようなことがありまして。一瞬ね、その時たけしさんがね、たけし軍団に入れようとか言ってたことがあったんですよ。犯罪者を集めようみたいな、そういう時があったんですよ。あ、そういう時期があったんですか?そう。事件を起こしたやつを集めてとか言って。自分たちも起こしてるし。そう、そう。で、三田サイダーっていう芸名をつけるとか。そっか。じゃあ一応グレる人はいたんですね、成城にも。いました、いました。
一応部活やってコレクションやってで忙しいんですよ。成績的にはどうなんですか?成城学園ってまあ学力結構ある。まああって、成績ありますよね。中学の時とかもう本当に綱渡りですよね。私立だから中学で留年とかもあるんですか?中学で留年してる人いましたよ。出席足りないとか成績足りないとか。成績足りないとか。それは一応さすがに免れたんですか?免れました。ただ担任の先生にはもう全学期呼ばれて、もう君は落ちこぼれなんだから、ちゃんとやんないとダメだよっていう。今なんか落ちこぼれなんて言葉使えないじゃないですか。ガンガン、もうお前は落ちこぼれなんだからって。
そこはあんま別に有名人の息子だからとかっていうことで手心加えられることはない。なく。親がいくら寄付金を、私立だから寄付金とか出すじゃないですか。それに左右されなかったですね。あ、寄付金めっちゃ出してたんですか?まあ周りに聞いてもね。今の例えば同級生とか後輩とかがやっぱり子供を入れてるんですよ。で、息子のためにもう寄付金をいっぱい払ってるんですよとかってみんな言ってるんですけど、あんまりその辺は左右されないみたいですよね。ワイロは効かないみたいなんですよね。成城学園ぐらい名門になると、普通の学費以外にもみんな結構当たり前のように寄付金を払うんですね。やっぱ政治家の息子さんとかね、いたみたいですから。
高校時代は?同じく部活とコレクター生活と。その時は僕、部活ですごい肩を脱臼したんですよ。左肩を。それが癖になっちゃって、どうにもなんないなっていう時に千代の富士さんに会うんですよ。横綱の千代の富士さんに。千代の富士さんっていうのは、肩を脱臼してそこから克服して横綱になった方で、ちょうど会った時に僕、三角巾してたんですね。で、どうしたんだよって言うから、いや、肩の脱臼癖でって言ったら、いや、俺は脱臼を克服して横綱になったんだと。だからお前に宿題を渡すからそれをやれって言われて。それが腕立て伏せを、その時1日200回だったのかな。それを毎日やれって言われて、毎日やって千代の富士さんにやってますって言ったら今度300回やれって言われて、で、300回できましたって言ったら今度500回だとか言って。それやってるから勉強どころじゃなかったですね。
横綱と定期的に会うような環境なんですね。あのね、東京場所の時に学校、僕午前中行かなくて、ここの部屋に稽古見に行って。え、なんでですか?いや、やっぱり千代の富士さん好きだったんで。ファンとして稽古見に行って、で、終わって、ちゃんこ食べてけって言われてちゃんこ食べて、それから学校行って部活やるみたいな。
それはお父さんが仲良かったからそういう風にできてるって感じですか?1回会わせてもらって、そこからあと勝手に見に行っていいですかって。1回、好きだから会いたいって頼んだんですか?いや、会いたいっていうか、たまたま怪我してるっていうのもあって千代の富士さんに会わしてもらったのかな。えっとね、10回目だか何回目かな、なんかの優勝の時に部屋に行ったんですよ。部屋で優勝の祝賀会やってるじゃないですか。そこにちょっと行って初めて。父親もいたかな。そこから付き合いが始まったんですか?そこから行くようになりました、千代の富士さんとこ。
僕は世代じゃないんで分かんないですけど、若貴ぐらい人気あった感じですか?いや、すごかったですよ、千代の富士さんはもう。じゃあ1人で若貴分ぐらい人気だった。そう、そう。ウルフフィーバーで国民栄誉賞まで行くわけですからね。そのスーパースターに気軽に会いに行ってる感じなんですね。そう、見学行ってましたね。そのおかげでベンチプレスが多分強くなったんだと思うんですよね。それによっての日本一なんですね。そう、そう。横綱が師匠みたいな。千代の富士さんにお会いした時に日本記録取れましたよとかっていうこと報告して、ある意味弟子みたいなもんですよねって言ったら、うん、そうだなって言ってましたけど。時を経てそこにたどり着いてるんですね。たどり着いてるんすよ。あれがあったから。
でも別に全く芸人には憧れてないんですよ、その時は。その時はまだなかったすね。その時は本当千代の富士さん命で、お正月とか初詣に行くじゃないですか。そこでお参りするのは、千代の富士さんが1回でも多く優勝しますように、負けませんようにっていう。そんな祈願して。
で、そういう時にちょうど下北沢でオウム真理教に勧誘されたんですよ。オウムがね、勧誘やってる頃で、あなたはどのくらい今幸福ですかって言われて、あ、90%ですねって言ったら、なんか驚いちゃって。普通そんな風に言わないんですって。幸福度が30%です、じゃあ70%は不幸なわけですから、幸福になるためにうちの施設に来てっていうのがオウムのやり方なんですよ。で、90%ですって言ったら、そんな人初めて見ました、なんで何がそんなに幸福なんですかって言うから、いや、千代の富士さんが今勝ってるから非常に幸福なんですっていう話で。
でね、それでも来いって言うんですよ、オウムが。来いって、ありがたいビデオを見せるとか言って、やだって。なんで嫌なんですかって言うから、これから相撲の取り組みが始まるからテレビ見なきゃいけないからダメなんだって。そういうやり取りをずっと。うちの教団で見ればいいじゃないかって。ダメだ、俺ビデオ撮ってんだからって、取り組みを。だから本当に好きなものがある人は、オウムにはまらなかった。はまんないですよ。オウムに屈しないですよ。そんなしつこく囲まれて色々言われましたけど。それぐらい結構強く勧誘してきてたんですね。すごかったですよ。
で、あとね、この辺だとね、お豆腐屋さんでリヤカー引いて回ってる人たちがいたんですよ。それがオウムだった。豆腐売りながら家庭環境を調べるとかね。あとちょっと先にはお弁当屋さんもありましたから、オウムの。結構ビジネスやってたんですか?やってました。庶民的な主婦が入ってきそうなものを入り口に。入り口にして色々情報を収集したりとか、あとヨガ教室とかやって、ヨガですよ、こうやるともっと良くなりますよとか。で、どんどんはめていって、修行をどんどん尽くしてっていう、そういうのになりましたね。
成城学園にいたら、大学はそのまま入れるんじゃないですか?そう。そこでね、やっぱり高校で勉強しなさすぎたんですよ。部活と千代の富士さんと趣味で、勉強全くしなかったんで単位が足りなかったんですよね。それで大学は行けなかったっていう。それはもう普通に、君は進学できません。進学できません。落ちこぼれて。
進学できなかったことは、なべ家ではどんな風に受け止められてたんですか?いや、やっぱりみんな落胆してますよね、それはね。だって小中からエスカレーターで入れてた。そう、そう。だから親も大学まで行けるところに入れたわけですよ。高いお金払ってね。で、それでも行けなかったっていうのは、どうしようもないなっていう。
そこからやかんさんは当時何を目指してたんですか?その時ね、ちょうど高2か高3ぐらい、高2かな、父親がコマ劇場に出演したんですよ。新宿の。新宿の、今ゴジラビルになってますよね、上にゴジラの頭がある。あそこがコマ劇場だったんですけど、そこでお芝居に出たんすよ。
で、座長が由利徹さんっていうね、喜劇の大御所の方がいたんですけど、その方の舞台を見て、あ、喜劇っていいな、こういう風になりたいっていう風に思ったんですよね。
ああ。で、そこでちょっとそういう芸人みたいな道にちょっと憧れが芽生えてきてるんです。はい。
そしたらそのストレートに芸人の道行こうってなりそうじゃないですか?
そう。僕はだからそういう風になりたかったんですよ。だけど父親がですね、絶対君主なんで、この家ではもう本当に独裁者なんで。はい。だめだと。大学、せめて大学出てないとダメだと。大学ぐらい出ろと。
なべおさみさん自体は大学出てるんですか?
明治大学出てたんです。
あ、そっか。
はい。そういうことを言うんで、別にそれでも僕は行きたくなかったんですけど、そしたらなんか大学に入れるからっつってなんかおかしな書類を持ってきて、それ書いたらああいう事件になったっていうね。
え。それって、えっと、浪人1年目にそういう提案をされてるんですか?
2年目ですね。あ、違うな。正確に言うと、成城学園卒業できませんでした。あ、違う。卒業はできた。卒業しました。だけど大学行けませんでした。
ただ聴講生っていう制度があるんですね。で、どういうことかって言うと、ボーナストラックみたいなもんで、3年生をもう1回やれますよと。卒業は同級生と同じだけど、もう1回だけアドバンテージとして聴講生でもう1回3年生やって、そこで成績が良ければ行けますよと。
あ、2年生の時と3年生、その聴講生の時を足して、ある程度の成績があれば行けますよっていうのがあったんですよ。で、それでやるんですよ、もう1回。
あ、でもやってる最中にその明治大学のこと言われるんですか?
それでやってダメで。
あ、聴講生が。
聴講生ダメだったんですよ。
それなんでダメだったんですか?
それはね、2年生の成績があまりにもひどくて、3年生で結構いい成績取ったんですけど、もうね、追いつかなかったんですよ。
あ、そう。めちゃくちゃ厳しいんですね、成城学園。
そう、そう。だから普通の卒業の時っていうのは3年生だけの成績でいいんですよ。で、3年生の成績が足りなかったから、卒業はできたけど行けなかったんですよ。で、今度は聴講生の時は2年生と今回の3年生分を足さなきゃいけなくて、2年生のがめちゃくちゃ悪かったから。
そうか。1年で2年分取らなきゃいけないみたいな状況なんですね。
そう、そうなんですよ。
それって普通に卒業するよりなんかはるかに難しそうですね。
難しさ。これきつかったすね。
だからできず。
そうだ。結構ね、本当今まで取ったことないような点数の成績を取ってたんですよ。それでもダメでしたね。あ、勉強すればちゃんと点取れるんだと思ったんですよ、初めて。3年の時に、その聴講生の時に。楽勝、楽勝なんだと思った。
え、でもそれもダメだったらもう実質二浪してるわけですもんね。
そう、そう、そう。
あ、二浪か。
ああ。それでだから浪人生活入るんですよ。で、浪人生活が、そん時渋谷ゼミナールってとこに通ったりしてたんですけど、予備校に行っても勉強する気あんまり起きなかったんで、ずっと教科書に隠して喜劇人の本読んだりしてたんですよ。
はあ。
由利徹さんの本とかね、宮子長さんの本とか、昔の喜劇人の本読んだり、たけさんの本読んだりとか、ずっとして過ごしてたみたいな。
その時のタイミングで、そのお父さんから明治大学の書類を持ちかけられると。
そう、そう、そう。でもね、こん時はね、もうあれなんすよ。もう大学なんかどうでも良かったんで、その由利徹さんのとこに自宅に行って、弟子やらしてくれっつってやらしてもらったりしてたんですよ。
あ、そうなんですか。じゃ、本当に自分としても大学行きたくなかった。
行きたくなかった。全く行きたくなかった。
そこで行きたくなくて、でも、お父さんはちょっと強い権力持ってて。
そう、そう。もう独裁者ですから。もうプーチンみたいなもんですから。金正恩みたいなもんですからね、うちでは。もう従わざるを得なかったっていうね。
へえ。それで具体的にはもう直接その替え玉の方法をレクチャーされたんですか?それとも何も聞かされずに書類を書いただけですか?
書類を。そうですね。書類書いただけですね。言い方としてはね、スポーツ推薦枠があるからみたいなことを言うわけですよ。スポーツ推薦枠って言われても、別にスポーツで実績残してるわけでもないし、記録残してるわけでもないんで、何なんだろうなと思いながら願書とか書いて、で、渡したって感じですね。
で、その時に願書書いて提出したら、もう合格って何かあるんですか?その段階が。
願書書いて提出するじゃないですか。そしたらね、1月だか2月に書類が届いて、明治大学合格しましたっつって。
はい。じゃ、1回も試験も受けずに。
受けてないですよ。はい。
それってあの替え玉事件ってタイトルじゃないですか、事件が。何の替え玉なんですか?
それで結局、あら本当に受かったんだってなるじゃないですか。でね、入学式の5日ぐらい前ですかね、電話かかってきて、ちょっと写真が変だとか言われて、で、明治大学行くんですよ。教室なのかな、会議室だかなんかに行って、テーブルがあって、そこに教授とか大学関係者が並んでて、ちょっと前ぐらいに椅子が1個置かれて、そこ腰かけてくれと。今日はね、君に聞きたいことがあるんです。で、これ見てもらいたいっつって、その願書と試験票の写真が違うんだって言われるわけですよ。ほんで、これ出されたら、1個は僕の写真で、1個は全く知らない人の写真が貼ってあるわけですよ。で、そこで、ああ、替え玉だったのと。
あ、じゃあ、えっと、その全く知らない人の成績を利用して、やかんさんが明治大学に合格したってことなんですか?
そう。
だから知らない人が受験テストを受けたんですね。そのテストっていうのは、その人は筆記なんすか?
筆記。
はあ。えってことは、その人はやかんさんのせいで落ちちゃってる可能性あるっていうことではなくて、もうそもそも替え玉要員として受けて。
そう、そう、そう。替え玉用に。結局、後々分かるんですけど、明治大学っていうのは昔から裏口入学時に替え玉を使うっていう、頭のいい学生とかをバイトで雇って試験を受けさして通過させるっていうやり方なんですよ。
で、その枠っていうのは本当にスポーツ推薦の枠なんです。というのがですね、例えば野球部があるとか、柔道部があるとか、テニス部とかあるじゃないですか。で、ここで優秀な人は推薦で入るじゃないですか。で、それこそ野球部なんて星野仙一さんとかが昔は入ってたわけですけど、そういうのが入ってくるわけですよ。ところが、じゃあ野球部は5人枠があります。サッカー部5人枠あります。柔道部5人枠あります。でも優秀なのが2人しかいなかったら、3、3、3って余るわけですよ、枠が。そこが裏口入学の枠なんですよ。
ああ。じゃ、今年どこどこ部があんまり思ったようないい選手がいないから3枠空いてるぞ。本来なら一般受験の子で優秀な子がいたらそこに回すはずが、それを替え玉枠に。
いや、一般には回さないですよ。それはそれ、これはこれなんです。僕が受かったおかげでこっちが落ちるってことはないんですよ。全く一線引かれてるんですよ。
で、そこにさっき言った替え玉の人がスポーツ推薦として筆記を受けてると。
受けるんです。そうです。だから僕は相撲部で受かってるんです。
え、じゃあさっき言った替え玉の写真の人は、相撲経験者として筆記を受けてるんですか?
そう。そういうことで受けてる。
え、それってなんで受けさす必要があるんですか?
それはね、だから明治の伝統なんですよね。
要は上位のちょっと幹部クラスしか知らないから、そういうちょっとまどろっこしいことしてるってこと。
そうなんです。
はあ。そっか。一般の事務さんとかには分からない。騙すためのシステムになってる。
へえ。
だから、これがね、各大学そういう伝統があって、大学名は言わないですけど、某大学はそういう人たちだけ集められる教室がある、テストの時に。裏口入学枠で。で、某大学は白紙で出す、何も書かずに出すとか色々あるんです。大学によっての伝統が。裏口入学の手口が大学によって違うんですよ。
で、これは後々になって全部分かることなんですけど、結局これがじゃあ僕の時だけだったのかなと思ったら、この世界に入って今いろんなとこ行くじゃないですか。そうすると、やかん君に会いたかったんだよねって言われる人が何人かいて、なんで会いたかったんですかって、俺も同じやり方で入ったんだよっていう人に何人も会ってるんですよ。何人も。
そういう人たちはやっぱり著名人だったり、なんか有力者のお子さんなんすか?
いや、まちまちですね。
え、有名具合。1番すごい人で、どういうタイプの職業の人のお子さん。
だから僕ん時にもそういう人はいたんですよ。で、これってね、まずなぜバレたかって言うと、理事の利権なんですよね。要はその理事が6人だか9人の中で、この人たちの利権があって、各利権があるわけですよ。大学の中で理事のね。そん時に明治大学って今すごい綺麗な校舎建ってるじゃないですか。あれを建てるのに、某建築会社に決めたわけですよ。で、何人かの理事で決めて、キックバックをもらう感じになったんですね。
ところがそれに漏れた理事たちが、なんであいつらだけ儲けやがってっつって、俺ら仲間外れだっつって、これが起こって、当時本慎郎先生とかなんですけど、そういうのを使って学生を誘導して、プチ学生運動みたいなのが起きるんですよ。
で、90年代最初ぐらいの時って明治大学の周りって立て看板とか張り紙とかすごかったんですよ。あの理事は汚職で汚いとか、汚染されてるとか、この学校は汚れてるとか、いろんなことが書かれてたわけですよ。そういう風になっちゃったから、あの理事をなんとかしなきゃいけねえなって。あいつらの利権なんだっつったら、推薦入学と裏口入学の利権持ってますっつって、じゃあリークしちゃえっつってリークしたんです。
大学全体で考えたらそんなのリークしない方がいいけど、もうさっき言ったデモみたいなの起きちゃったから。
そう、潰し合いしなきゃいけないんで。
そっか。じゃ、それを止めるために暴露されたんですよ、その年に。
そう。たまたま。だから業界で会う人たちで、同じやり方で入ったんだよっていう人は何人も会ってるし。
へえ。え、それって基本全部やかんさんの先輩に当たる方なんですか?
先輩に当たる方。
後輩はいないですか?同じ。
多分いる。まだいると思います。
あ、でもその後輩で僕あの後にっていう人は会ったことないですか?
まだ会ったことないです。でも多分あると思います。
あ、それ消えてないですか?
うん。と思います。確定はできないですけどね。会ってないから。
え、さっき言ってたそのやかんさんが、要はなべさんのご子息だからその方法にたどり着いたわけじゃないですか。さっき、まちまちですねって言ったじゃないですか、その経験者。
そう。だから僕の同じ時、91年なんですけど、91年にはやっぱりそういう名前が出ちゃいけない人がいたみたいなんですよ。それをなんとか隠さなきゃいけないっていうことになって、ある経済界の大御所から政治家の大御所。それで、警察官僚に強い政治家、ここのルートで、この事件に関してはなべおさみのせいにしろと、なべおさみに被せろと、そこに集中させろっていうのが出たわけですよ。
うわあ。
で、ここにいる人たちの中にはメディアにすごい強い人もいたんで、そういう流れになるんですよ。その当時で言えば、麻生太郎さんなんかよりも全然強い人ですから。
へえ。その当時ね。だから今の自民党系ってこと。
まあね。まあね。そういうことですよ。
そうか。だから自民党系のすごい有力者の息子で、かつ。
あ、自民党系の息子じゃないです。だから、その辺が要はまた違うところの何かあるんじゃないですか。わかんないけど。有力者のルート。どういう繋がりかわかんないですけど、これを出したくないと。
だからやかんさんよりももっと守られてる存在の替え玉受験者がいたと。
いたってことですよ。そういうことなんですよ。
そっか。しかもさっき言ったその明治大学の方法で言えば、やかんさんは自分と同じような受験者がどんな顔して、どんな人間で、何人いるかって分かってないわけ?
分かってないです。だから、その当時、僕の名前が出る前に、なんか建築会社の社長の息子さんがとか、そういうのは2人か3人ぐらいちょろっとニュースで出たのはあったんですよ。でも、どこどこの建築会社とかそういうのも出ないですけど、そういうのは出たんですけど、そっから一気に何も出なくなりました。
そう、ちょっとずつニュースになってる時の、そのやかんさんの心境ってどんな感じなんですか?
いや、もう本当にどうしたもんだろうって感じですよね。もう将来も真っ暗でしたよね。だから最初テレビのニュースを見て。スーパーで見てたんですよ。スーパーに休憩室みたいのがあって、一般のお客さんとか、おじいちゃんおばあちゃんが座ってたりするとこにテレビがあって、したらニュース入りましたっつって、明治大学で替え玉受験が行われたようでとか言って、はあ、うわっと思って、あれだと思った。次の日にその中には著名人の息子さんもいるようですみたいになって、こう徐々に絞られてきてっていう感じでしたね。
実際それがなべの息子だってなったのが、その報道からどれぐらいなんですか?
いや、早かったですよ。3日、4日とかそんなもんじゃないですか?
はあ。え、やかんさんはそれ世の中に出ちゃったってどこで知ったんですか?
僕はね、熱海にいたんですよ。
熱海?
熱海。友達と熱海に行ってて。
え、それ逃げるために行ってたんですか?それとも普通にシンプルに。
普通に熱海行ってたんです。シンプルな旅行です。友達の小林君っていう、当時ヘビメタを志してた男の子と一緒にいたんですよ。このニュースさ、俺だよって言ったら、えっつって、そいつも驚いちゃって。
そう。
え、でもそれって私立大学じゃないですか。誰入れようが勝手じゃないかっていう気もちょっとできそうだな。
いや、ほんとそうですよ。ただやっぱりそれが理事の争いだったんで、利権争いだったからリークされちゃったっていうことですよね。
ああ、でもそれで一応、大学の中にもそれは許さないぞっていうスタンスもあるの。
スタンスになってたんですよ。でもそれは理事の、要は大学の運営とかって理事だから上ですよ。この上の人たちのことでやってることで、こっちの教授連中とか分かんないはずですよ。学長とかもよく分かってなくて、で、僕は有印私文書偽造ってことで訴えられるわけですよ。要は個人でやったと思われて訴えられて、だけど取り調べが進んでくうちに、あれこれ個人の問題じゃなくて明治大学の問題だぞってなって、で、やばいって明治がなって、訴えを取り下げますって。
はあ。じゃ警察とかに取り調べとか受けてる?
受けました。受けました。
それでも本当にそこで答えることとしては、父が持ってきた書類にサインしましたとか、あとから行っただけですみたいな。
もうそういうことを言う、ずっと。だから今のインタビューみたいな感じで、なんでじゃあその成績悪かったんだって話をずっとして、相撲に明け暮れてたとか、そういうことを話して、それ調書に書かれて。
え、それってそん時に、バレた時とかのお父さんとの関係とかどんな感じですか?だってその入りたくもない大学に勝手に入学させられて、なんかそのマスコミのおもちゃみたいになってるわけじゃないですか。
いや、あのね、ちょうどね、僕の事件の前って、皆さん覚えてるかわかんないですけど、若明さんっていうね方がいまして、あの人が熱海の方の海で失踪した事件があったんですよ。釣りかなんかやってて海に落ちて、そっからいなくなっちゃって、で、あと舞鶴かなんかから出てくるっていうね。
あ、はい。はい。はい。
で、なんか北朝鮮にさらわれたんじゃないかとか、ヤクザにさらわれたんじゃないかって憶測があった。そういう事件があって、で、それが終わって何にもなかったんですよ、マスコミ的に。で、そこにそれが出てきちゃったもんだから、まあ、ワイドショーにしろ何にしろお祭り騒ぎですよ。週刊誌も。
当時って未成年すか?
19とか20ぐらいですよ。
え、それって顔は一応隠してくれてたんですか、報道とかって。それとも顔出ちゃってるんですか?
顔は出なかったですね。
あ、そこはちょっと隠してくれた。
はいはいはい。そう。一般人だし。
一般人だから。はあ。あ、そっか。とはいえ知り合いには全員知られちゃう感じですよね。
うん。分かりますよね。だって過去に父親とテレビ出たりとか雑誌出たりしてるわけですから、家族でね。もう分かりますよね、誰だか。
はあ。それってどんな感情なんすか、当時。
当時はね。だから、申し訳なかったなっていう気持ちの方が強かったですね。
あ、そっちの方が強いんですか?
強かったですね。だって自分が勉強できてればそんなことになんなかったわけですよ。
あ、そっか。成城大学に入れてりゃよかったわけですよ。ストレートに行けてたらこんなことになってないわけですよ。
だから申し訳なかったなっていうのが、それが1番。
そっか。じゃ、それは別にお父さんに、なんでこんなのを用意したんだよっていう風な怒りにはならないんですか。
全くなかったですね。本当に逆に仕事も奪っちゃったし、申し訳ないなっていう気持ちの方が。
そっか。その事件が起きたら、やっぱなべさん自体は。
そっからテレビレギュラーが全滅するんですよ。1回全滅です。で、先ほど言いましたけど、そういうメディアの力とか政治の力とかあるんで、生放送で言われちゃいけないんで。言われたら終わりじゃないですか、実はこうなんですよっつって。生放送には特に出すなっていう箝口令が出たらしいんですよ。『ルックルック』になんてもうとんでもないと。とんでもない話で。
はあ。
はい。だから、そういうことがあったりして、申し訳ないなって気持ちと、やっぱり由利さん、由利先生に憧れてそういう世界に入りたい、芸能界に入りたいと思ってたんで、あ、もう真っ暗だと思ったんですよね。芸能界って華やかな世界じゃないですか。だからこう華やかにわっと行く世界で、いきなりミソをつけられたっていうか。
ちょっと傷物みたいな。
もう美品なんてもんじゃないじゃないですか。それで、ああどうしようかな、どうしたらいいのかなっていう。先は見えなかったですよね。
え、じゃ、それが発覚してお父さんとかとなんか会話しましたか、ちなみに。
会話は別にしなかったですね。
ああ、何て声かけていいかわかんないですもんね、お互いに。
うん。お互いに何て声かけていいかもわかんないし。まあ、だから本当に、今日は雨ですねとか、晴れてますねとか、そのぐらいですよね。これ美味しいねとか。
ちなみにお父さんには敬語なんですか?
敬語なんすよ。
ずっと。
ずっと。今も。
それなんでずっと敬語なんですか?
なんでですかね?だから怖かったから。もうその癖がついてるっていうか。
別にお父さんにそうしろって言われたわけじゃないですか?
ないですね。
だから独裁国家かっていうぐらいだから相当強かった父親だったけど、その事件でちょっと弱くなった感じはあるんですか?
まあでも弱くなったっていうか、変わんないですよね、人間。
あ、そうですか。
そんな変わんないですよね。
あ、そこそうなんですか。
うん。もう自分が正しいと思って生きてますから。一応、なんであん時はこうでとか、親離れしなきゃいけなかったとか、いろんな反省しなきゃいけないとこあったとか、いろんなこと言ってますけど、そんなもんね、もう3日も経てば忘れますよ。
まあ、そっか。だから帯番組やれるぐらい一時代を築いてる人だから、ちょっと普通の人と感覚は違いますよね、きっとね。
はあ。
だから、自分のステータスとか人脈とかでこういうことができるんだっていうのを誇示したかったっていうか、見せたかったっていうか、そういうとこもあったんでしょうね、多分ね。
そっか。じゃ、そのちょっとした選民意識みたいなものがちょっとエスカレートしちゃったってことなのかもね。
まあ、そうですね。その加減っていうか、それが常識になっちゃってたっていうかね。
だって別に明治大学行かなくてもいいですもんね、息子がね。
そう、行かなくたっていいんですよ、別に。
浪人させときゃいいんですもんね。
そうそうそう。
受かんなくて失敗しようが別に人生ですね、その息子の。
そっからその事件を経て、芸人になるってどういう段取りで、すぐなるんですか?
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かけれたかけれたかけれ殺すこと好き、我がままならば、心で殺
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