灘から東大4連敗、20年目で「呪縛」を降りた ナツミートが語る英才教育と浪人の実態
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜ナツミート氏は灘中学・高校を卒業後、東京大学を4回受験して4回とも落ちた。3浪目の終わりに、東大を目指す理由そのものが急に消える瞬間があったという。その後は東京都立大学を受け、4浪で入学した。取材時は27歳の学部3年生で、4浪に加えて2年生を3回やっている。インタビューでは、0歳から始まったと本人が言う英才教育、灘での転落、浪人中に陥った完璧主義、東大を諦めた瞬間、そして都立大での生活を順にたどった。本人の結論は、受験に20年縛られてようやく自分が受験に向いていないと気づいた、というものである。
資産家の母と、6浪して医師になった父
ナツミート氏は大阪市の生まれで、一人っ子だ。母は大阪で約90年続く呉服屋の娘で、本人によれば母方の祖父は最盛期に100億円の資産があったという。母の実家には3億円ほどの着物があり、塀の中に3階建ての城のような建物があったと話す。
父は医学部を目指して6浪し、神戸大学医学部に入った。父と母は6歳差で、父が浪人を重ねたため2人は同じ時期に大学生だった。別々の大学に通っていたが、母が父の大学の学園祭に来たことで親しくなり、大学2年で学生結婚した。父は精神的に不安定だった母のケアをするうちに1年留年し、呉服屋に婿入りしている。
父は開業医になり、保険適用外の自由診療として腰椎椎間板ヘルニアのレーザー治療を身につけた。本来なら切開手術が必要なところを、レーザーを当てるだけで15分で終わる治療だという。父が発明したものではなく、当時ごく少数の施設でしか行われていなかった治療で、名古屋の専門施設に大阪から通って習得し、大阪で開業した。この治療でタレントのやしきたかじん氏のヘルニアを治し、「たかじんのそこまで言って委員会」で取り上げられて父自身もタレントのようになった。そこで橋下徹氏と出会い、維新の会から出馬して衆議院議員になった。ナツミート氏は自分の家を「資産家と成金のハーフ」と表現する。
父が描いたロードマップ
教育熱心だったのは主に父のほうで、母は短大卒で、それほど教育に関心はなかったと本人は見ている。父は中学受験で兵庫県の男子校で3番手ほどの六甲に落ち、高校受験では2番手ほどの甲陽に補欠で落ちた。父はその原因を、親が教育に投資してくれなかったことだと考えていたらしい。だから息子には最初から完璧な教育投資をすると決めていた。
1994年、ナツミート氏が生まれる5年前に希学園という塾ができた。小学4年生から通う塾だが、父は「子どもができたら絶対にこの塾に入れる」と考えていたようで、本人は生まれた時点でロードマップができていたようだと話す。ナツミート氏が物心ついた頃、父は「成功者になりつつある」段階だった。父の開業はおそらく2006年、本人が7歳ぐらいの頃で、その直前の小学校受験用の塾代は母方の実家が出したという。
意外なのは、父の目標がそれほど高くなかった点だ。父は自分の受験経験から、お金をかければ入れる世界ではないと知っていた。大阪で一番の進学校である大阪星光に入れば十分だと考えていたらしい。灘の前に、本番の緊張に慣れるため四国で最も難しいとされる愛光中学を受けて合格した時点で、父は「中学受験の大失敗は避けられた」と思ったという。大学については、おそらく医者になると思っていたのだろうと本人は推測している。
2歳からの塾通いと「常に2つ前から始める」教育
本人は「塾で生まれたと言っても過言ではない」と言う。最初の塾は2歳頃だった。幼稚園は仏教系のパドマ幼稚園で、2歳半から入る「最年少」クラスを含めて4年間通った。受験して入ったかどうかは覚えていない。最初の記憶は、肉が一切出ない精進料理の給食を食べ終えられず、担任に怒られている場面だという。パドマ幼稚園には付属の小学校はないが、ナツミート氏の同期だけでもパドマ出身者が6人、灘に進んだ。
習い事は10個ほどやっていた。楽器のほか、今はなくなったという「裸教育」もあった。男女とも幼稚園では裸になり、砂の運動場で逆上がりなどのトレーニングを曲に合わせて何周もこなす。肌を強くするためと説明され、紫外線が強くなる午後の前に終わった。年長のとき、誕生日の週に将来の夢を言う朝礼で「総理大臣になりたい」と言った。週刊こどもニュースを見ていた影響だという。
小学校は受験して追手門学院小学校に入った。私立小学校の中では2番手くらいで、同期からも灘に6人が進んでいる。ただ受験自体が難しいわけではなく、学力とお行儀の2軸で見られる試験だと本人は説明する。蝶結びができるか、箸で豆を左から右に移せるかといった内容で、親の面接もあり、その対策まで塾がやってくれた。
特徴的なのは、常に2段階先を学んでいた点だ。小学校受験の対策をしながら、同じ塾で「幼児算国」として中学受験向けの算数と国語をやっていた。小学1年で小学3年程度の内容をやっていたので、小学校の勉強で分からないことは一度もなかった。本人はこれを「人生において良くなかった」と振り返る。先取りして逃げ切る勝ち方しか知らず、逆境にとても弱くなったからだ。
教育虐待にならなかった理由
小学校の6年間、勉強へのモチベーションは下がらず、むしろ上がり続けた。できることがモチベーションにつながったのだろうと本人は言う。家ではゲームが禁止で、やしきたかじん氏にもらったPSPは母が見えないところに隠した。クリスマスにDSを頼んだときも、知育系のソフトしかもらえなかった。それでも苦痛ではなかったという。父は「質の高いお笑いは小さい頃から摂取すべきだ」という考えで、M-1やすべらない話は見せた。ほかの番組はほとんど見られなかったため、ダウンタウンの松本人志氏は知っているのに浜田雅功氏は知らなかった。クレヨンしんちゃんのような下品なものも禁止ではなかった。
聞き手は、こうした教育が虐待になるケースとの違いを尋ねた。本人の答えは、自分がタフで、容量が大きく、素直だったからだというものだ。ただ中学生の頃、母がママ友に「洗脳するねん」と話しているのを見てとても嫌な気持ちになったといい、ある程度は洗脳もあったのかもしれないとも言う。周りの友だちはゲームをしていて、多少の疎外感はあった。それでも5歳ぐらいから、人と遊ぶより本で情報を得るほうが有意義だと考えていたので、教育方針と合っていたのだろうと本人は見ている。今は人と関わるのが好きなので、当時の自分は本来の自分ではなかったようだとも語った。
小学校には算数と国語の習熟度別クラスがあり、上位クラスは高い志望校を目指す子、その下は内部進学より少し上を狙う子というふうに分かれていた。外部の中学を目指す子は半分ほどで、灘志望は10人ぐらいだった。当時は学歴主義のような考えはなく、「足が速ければモテる」と普通に思っていた小学生だったという。学内でトップだったわけでもない。灘には最低点で合格した。国語はよくできたが算数はかなり苦手で、本番の算数が簡単で差がつかなかったのが幸いした。
灘入学後の転落
灘に入った本人は調子に乗り、次は東大理三だと考えた。父はそこまで考えていなかっただろうという。一方で、入試が終わるまで禁止だったインターネットが解禁され、スマホを買ってもらった。LINEや動画、テンプルランのような軽いゲームに加え、「笑っていいとも!」にはまって芸能人の名前を覚えたくなり、1日5時間ほどテレビを見るようになった。
東大受験向けの鉄緑会に通い始めたが、親が管理をやめた途端に宿題が終わらなくなった。そのうえ灘の授業と宿題は極端に難しかった。本人は先取りの逃げ切りで勝ってきたので、新しいことを学ぶのが得意ではなく、授業もあまり聞いていなかった。小学校時代は個別指導で宿題の分からない部分だけを聞いてしのいでいたが、それをやめると授業についていけなくなった。神戸大学の学生が教える個別指導塾を試したところ、灘の中学の数学を神戸大の理系学生が解けなかったという。鉄緑会と学校の両立は無理だと判断して早々にやめ、学校の勉強に絞ろうとして個別指導もいくつか試したが、教える側が太刀打ちできず、どれもやめることになった。
親が管理をやめたのは、灘に入れたことで父が自分の役目は終わったと思ったからではないかと本人は言う。ただ中学生にもなって親に勉強を管理されるのは気持ち悪く、自立はどこかで必要だとも話す。
親の管理を離れて落ちていく灘生は「めちゃめちゃ多い」という。ただ多くは高3の初め頃まで遊んでいても、地頭か要領の良さで現役合格するか、1浪で東大理一ぐらいには受かる。ナツミート氏が以前受けた知能検査のIQは111で、東大生の平均は120と言われ、灘はそれより高いだろうと本人は推測する。自分は灘の中ではかなり低いうえ、受験に役立つ情報だけを取捨選択する要領の良さもなかった。成績は学年約180人のうち、中学で150位前後、高校で170位前後。数学はほぼ最下位だった。
灘の進路観と「理三信仰」
灘から東大に進むのは、浪人を含めて90〜100人ほどだと本人は言う。東大と同じくらい難しい医学部に行く人もいるので、120位くらいでも「1浪すれば行ける」という感覚がある。現役で理三に行くのは多い年で25人、少なくても10人ほどだ。そういう集団にいると、自分の地頭も保証されていると思い込んでしまう。話していてIQが20も違うとは感じないからだ。本人は、灘生は単に賢いというより「受験戦士」であり、受験戦士でない時期があっても受験戦士になれる根性や当たり前の水準の高さがあると見る。脳が疲れにくく、集中力を持続させられるのではないかとも話した。
灘では1浪までは当然とされ、東大に届かなければ浪人するのが普通の流れだ。本人の知人で、現役で一橋大学に進んだ人がいるが、それはかなり珍しい。「もったいない」と見る人もいれば、浪人して京大や早稲田に流れるリスクを避けた損切りの潔さとして尊敬する人もいるという。早稲田政経には灘に推薦枠が1つあり、成績がかなり悪い生徒でも条件を満たすと言われたほど緩いが、誰も使わない。早稲田政経より上に行かなければ受験勉強をしたことにならない空気があるからだ。
本人によれば、灘生全員が納得する基準は「京大の医学部以外の学部より上」かどうかである。京大の非医学部は「ギリアウト」、つまり「ちょっと届いた」程度の扱いになる。立派な進路で職業にも困らないが、高校卒業時点の学歴としてはそう見られる。一方で理三は別格で、何浪しても全員が尊敬する。本人の同期にも、何年か浪人して理三に受かった人がいた。定員が100人ほどしかない学部だからだ。教師が浪人を勧めることはないが、東大英語の第1問に合わせた要約演習が続くなど、授業には東大寄りの傾向があったという。
東大志望の本当の理由と、スクールカースト
ナツミート氏が東大を目指した本当の理由は、中1の終わり頃からテレビタレントになりたいと思うようになったことだった。笑っていいとも!を見ていて、東大はテレビ受けがいいと考えた。在学中にNSCに入って芸人を目指そうとも思っていた。歴史が好きで世界史も日本史も二次試験で使えることから、理三をやめて文系に切り替え、文科三類を目指した。
この夢は親に言えなかった。今YouTubeをやっていることは父も応援しているし、父自身も昔はドリフターズになりたかった人で、医師として吉本芸人と共演もしている。応援されることは分かっていたが、それまでの教育投資の重みがあって言い出せなかったという。
学校での立ち位置は最初、最下層だった。からかわれることへの耐性がなく、すぐ泣いたり怒ったり物を投げたりする子どもで、太ってもいた。本人はインドのカースト制度にたとえ、バラモンやシュードラのさらに下にいたと言う。そこから陸上部に入って少しずつ馴染み、痩せ、からかわれる耐性もついていった。母のおかしさを学校で話すうちにそれがネタとして受けるようになり、高3では文化祭の漫才大会で優勝した。最後はクシャトリヤぐらいまで上がったと本人は言う。
ただし、上がった理由は勉強ではない。灘では勉強ができることは「人権のベーシックインカム」のようなもので、全員が持っている前提だ。面白くない生徒がとても勉強ができることで一目置かれることはあっても、評価そのものが上がることはない。評価されるのは面白さやプログラミングの強さといった個性だという。
母の状態と、東京での浪人
現役時の東大は100点ほど足りなかった。浪人を決めたが、家庭の状況が問題だった。母は高校の頃から様子がおかしくなっていたという。有名店のスープは開業時から継ぎ足していると聞いてそれを真に受け、ずっと鍋で何かを煮ていた。冬場は冷蔵庫に入りきらない鍋をベランダに置いていた。家事が苦手で、皿洗いも洗濯もほとんどせず、洗濯しても2週間干さないこともある。3週間に1回来るダスキンの業者に家事を全部任せていた。躁の時期と鬱の時期があり、躁の時期は飲み会から朝4時に帰り、10時にはパチンコ屋の行列に並ぶ。鬱の時期は1日16時間ほどドラマを見続け、毎日1クール分を見終えていた。当時は双極性障害のような診断だったが、実際は違ったという。
この家では浪人は無理だと見かねた父が、東京に移ることを提案した。父は息子がいずれ東大に行くと思っていたし、自分も東京に仕事がある。しかも父は本人が東大に落ちる数か月前の衆院選で落選し、議員宿舎を失っていた。東京に拠点ができるという点で利害が一致し、東京で浪人することになった。東大に受かってもいないのになぜ上京しているのかと言われるのが怖く、周囲には強く隠していた。1浪目は駿台お茶の水校に通い、成績は25点ほど伸びたが、それでも80点ほど足りなかった。
2浪目の工夫と失敗
2浪目は「地頭はあるはずなのに勉強時間が取れていない」という問題の解決に取り組んだ。駿台では授業を受け、ノートをまとめ、さらに覚えるという段階を踏むが、自習にあたるのは最後の段階だけだ。授業はメモを取るのに精一杯で定着まで行かないので、参考書で自習するほうがいいと考えた。ペースメーカーとして、通信添削で知られるZ会の東大進学教室に週1コマ・2時間だけ通い、駿台はやめた。
さらに、スマホにスクリーンタイム制限をかけて親にパスワードを設定してもらい、1日3時間しか使えないようにした。ところが制限は毎日0時にリセットされる。0時になった瞬間に3時間ぶん使い切ってしまい、風呂にも入れず変な時間に起き、何も勉強しない生活になった。センター試験は1浪目も2浪目も674点で、二次試験は179点から180点へ1点上がっただけだった。
本人は浪人をおすすめしないと言う。浪人に必要なのは意志よりも「メンタリティ」で、自己啓発のようなことが必要になる。時間が無限にあると思うと、完璧主義に陥るからだ。東大では漢字が6点分出るが、それを完璧にしようと最初は漢字の書き取りまでやっていた。すぐやめたものの、要領よくやるのではなく完璧にしようという気持ちは残った。本人の考えでは、簡単な問題を解けるようになるうちに本質が分かっていくのが順序であり、最初から本質を理解しようとすると膨大な時間がかかる。ある程度解けるようになってから考えればいいことを、最初から隅々まで塗りつぶそうとしてしまう。しないでおこうと思ってもしてしまうのだという。
3浪目、生活を立て直しても成績は下がった
モチベーションのピークは3浪目だった。きっかけはダイエットの決意だ。陸上部出身で太るのが怖く、中学の頃から3浪目まで2日に1回は走っていた。ただ走りに行くのは面倒で、空腹でないと走れないと感じていた。そのため、帰宅後に「走らなければ」と思いながら空腹で元気のない状態でスマホをいじる時間が多かった。そこで11月までに痩せきり、そこからランニングの誘惑を断とうと考えた。
Z会の経験から、家では勉強できず、外に出ることが大事だと分かった。そこで予備校に戻った。駿台は午前に地歴などの科目、午後に数学がある。自分は地歴が得意なので、午後に地歴の授業がある河合塾を選び、午後を自習に充てる形にした。朝に走り、シャワーを浴びて河合塾に行き、授業と自習をこなし、ジムに行って20〜21時にスマホを触る。走れる時間が朝しかないので必ず起きられ、夜も早く寝るようになった。1日1時間程度だった勉強時間が6時間ほどになった。6時間は長くないが、6倍になったのだから今までとは違うだろうと思っていた。
結果は下がった。センターは700点前後で前年と大きく変わらず、二次は本人の記憶で167点ほどだったという。
2月、自転車の上で「全部意味ない」と気づく
この年の2月、センター試験が終わって東大に出願も済ませ、私立大学には一切出願していない時期に転機が来た。本人はすでに、ここまでやってきたがダメだと感じ始めていた。河合塾から自転車で帰る途中、都庁の前あたりで、東大に入ってタレントになりたいという夢について考えていた。なぜ自分はこんなに欲張りなのか、完璧主義なのか。欲張りだから完璧主義なのか、完璧主義だから欲張りなのか。それをぐるぐる考えていたとき、急に「これ全部意味ない」と思ったという。
後がない状態で、受からないだろうと思いながら完璧主義について考え尽くした結果、ずっと前提にしてきたことが崩れた。「灘を出た人間は、最低でも文系なら東大に行かないと勉強したことにならない。これだけ受験勉強をしてきたのだから、それが欠けると人生に欠陥があることになる」。そういう感覚があったが、そんなことはないという当たり前のことに気づいたのだと本人は言う。2歳から受験をしてきた人がそこで解放されたことを、周囲は「よく気づけた」と褒めてくれた。その年の東大は出願済みだったので淡々と受け、淡々と落ちた。
すぐに吹っ切れたわけではない。周りは来年も東大を受けるものと思っていたし、同級生と電話するうちに、いっそ大学に行かなくてもいいのではないかという気持ちにもなった。小説家として稼ぐ方法を書いた本を買ったりもした。入試後に六本木のつるとんたんで会食した際、相手は「来年は赤本から固めたほうがいいのでは」と優しく助言してくれたが、「東大は諦める」とはっきり伝えると受け入れてくれた。大学に行く気がなくなりかけていたところ、高校時代の漫才の相方に「どこかには入って卒業するべきだ」と言われた。
都立大を選んだ理由と「学歴厨」をやめること
受けてきたセンター試験の結果を使えて効率がいいことから、一橋大学か都立大学が候補になった。都立大にはTwitterで知り合った甲陽出身の親しい友人がいた。この段階になると「知り合いの誰の後輩になるか」で選ぶことになり、後輩になってもいいと思えるのがその友人だった。4浪目で都立大を目指すことは灘の友人にも話した。普通なら東大に受かるまで続け、そのまま引きこもりのニートになることもある中で、スパッとやめたことが評価されたという。3浪目に「ナツミート」の名前でYouTubeを始めており、「雷獣」チャンネルで4浪期間を振り返った動画は100万回ほど再生されている。そのタイトルが「4浪の後輩が東大を諦められた話」という趣旨で、それ自体が灘にとって東大、あるいは「賢くあること」が呪縛であることを表している、と本人は言う。
学歴厨の定義を問われると、本人はそれが層ごとにあると答えた。理三の人はMARCHの序列を知らず、法政も同じようなものだと思っているだろう。高い水準ではものすごい学歴厨だが、同じ構図がさまざまな層にある。自分はそこからドロップアウトして勝負を降りたので楽になった。京大より下だと同窓会に行きにくいという話もある中で、都立大でも明るく同窓会に行けているのは幸せだという。都立大に行くと決めた瞬間が学歴厨をやめた瞬間で、嬉しい一方で、灘の世界から降りた寂しさもある。
本人は、東大に入っても不幸な人は多いだろうと見ている。東大と京大の差より、東大の最下位と最上位の差のほうが大きい。勉強以外に取り柄がなければ劣等感だらけになる。東大生が「一応東大です」と言うのは嫌みな謙遜ではなく、自分は東大生と言えるような存在ではないと本気で思っている可能性が高い、とも話す。勉強では理三首席に絶対勝てない以上、何らかのコンプレックスは残り続ける。だから得意なことをやったほうがいい、というのが本人の考えだ。
都立大での生活:チアリーディングとミスターコン
都立大の合格は余裕ではなかった。共通テストは合格者平均より低く、個別試験の対策は共通テストの後に始めた。4浪目は河合塾に緩く通っていた。合格したときは、やっと身分がつき普通の生活に戻れるとほっとした。
大学の勉強は楽しくなかった。社会学者の宮台真司氏の授業だけは全部出て全部メモを取ったが、ほかに楽しい授業は数えるほどしかなかった。大学を続けられたのは男子チアリーディングのおかげだという。男子チアは応援する対象がなくても演技を披露するもので、ナツミート氏自身が、人を両手のひらに乗せて持ち上げ、最後は片手で支える技ができる。全員初心者から始めて3年でここまで行けることに魅力を感じた。瓶に最初に大きな石を入れ、その後に砂や水を入れるたとえを引き、最初に入れるべき石はこれだと思ったと話す。都立大に入らなければこれをやれなかったとも言う。
単位では危機があった。3年目に進むには30単位が必要だったが、1回目の2年生の前期までに14単位しか取っていなかった。それまでに取った以上の16単位を取らないと即放校のような状況になり、過去にないほど頑張って21単位を取って回避した。
その嬉しさと、フォロワーがいることから、2回目の2年生のときに都立大のミスターコンに出た。本人はミスコンを「数字」の勝負だと確信していた。SNSの数字を持っている人が勝つということだ。それでも油断せず、ほかの候補者がしない毎日投稿をInstagramとXで続けた。本人の説明では配点は3つに分かれる。約40%は学外の人も参加できる毎日の投票で、本人のリスナーが投票してくれた。女子のミスコンはファンの中年男性の投票数で決まっているのではないか、とも話す。約30%は当日会場で見た人の投票によるパフォーマンス。残る約30%は配信アプリ「ミクチャ」でのランキングで、視聴者がアイテムを課金して贈るほど順位が上がる。どれだけイケメンでも配信の上手さは別物で、本人は「このアイテムが来たら坊主にする」といった企画をやった。配信とツイートは大得意なので、グランプリを獲った。登録者1万人以上のYouTuberならミスターコンに勝てるだろうと本人は言う。
今の大学生活と、20年の振り返り
取材時点では1回目の3年生で、単位が足りず留年が続いている。留年していいとは思っていないが、大学への情熱はない。ギリギリにならないと動けないし、自分の能力を生かせている場所は大学ではないと感じている。ただ、なるべく早く卒業したいという。卒業後のことはまだ決めていない。一度は就職してみたいが、YouTuberに限らず、自分自身の人間性に依存した稼ぎ方をしたいと話す。そう言えるのは実家が裕福だからで、感謝しているとも付け加えた。
聞き手が「どこかでこうしていれば東大に入れた道はあったか」と尋ねると、本人は「気づくのに20年かかった」と答えた。自分はかなり受験に向いていない。むしろもっと早く、どんなアウトプットなら自分の得意なことになるかを磨くべきだった。宿題を写していた時間は無駄だった。勉強できていない閉塞感がずっとあり、それでも勉強はしたいという状態が続いていた。そんな時間を注ぎ込むくらいならスパッと諦めるべきだったが、その勇気がなかった。親にテレビスターになりたいとも言えない人間だったからだ。
早すぎる受験がマイナスになったのではないかという問いには、難しいと答えた。自分は能力以上の力で灘に入った面があるが、灘に入ってよかったとは思っている。灘よりいい学校はないと断言する。ただ理想は、賢すぎて手に負えないから灘に入るというように、無理をせず入るべくして入ることだ。どうしても入れたいなら年長から始めたほうがいいが、入るべくして入る学校に入るという考え方なら、小5からの塾で十分だと本人は言う。小6からは入試問題の演習になるので、それより遅いと才能があっても厳しい。本当は小4がいいという。
テレビスターになりたいと言えなかったのは、早くから受験に触れすぎて頭が受験戦士モードになり、抜けられなくなったからでもある。灘に入れば親に対して責任を果たしたことになる、という感覚もあった。本人によれば親族はほとんど医者で、誰も就職活動をしておらず、就職しろと言われたこともない。東大に入ってサラリーマンになることも本来おかしな選択だったはずだという。
灘というコミュニティについて
それでも灘のよさははっきりしていると本人は言う。最初はスクールカーストの最下層に置かれた自分を、変わっていく過程も含めて見守り、精神的に成長すれば受け入れてくれた。グレたり不登校になったりしてもおかしくない時期に、そこまで行かずに伸び伸びと育ててくれたコミュニティだったという。カーストが全くなかったとは言わないが、人間関係の煩わしさはないに近い。人に無関心でありながら、人のすごさは認められる。お笑いの面でも面白い人が多く、ハイコンテクストな話が通じる。
最後に、勉強してきたことについて改めて問われると、本人は「灘に入ってからもう諦めたらよかった」と答えた。灘という場所は肯定しながらも、その後の東大を目指した年月は手放すべきだった、というのが取材を通じた本人の結論である。
ご応募。あ、そう。応募なんですよね。え、ナツミートさん、灘の中高出て、4浪して東大目指してたけど、4回東大に落ちて。3浪終わりで東大を諦める決心というか。まあ、なんか転機のようなものがあって、なんで東大目指してたんだろうっていう、この呪縛みたいなものから急に解放されて。ほう。まあ大学行こうってことで、都立大を受験して、4浪で都立大ですね。
え、今都立大ですか?今都立大学生です。27歳、学部3年ですね。あ、そうなんですか。27歳学部3年生。え、最年長とか、もっと上っていますか?まあ、院生とかやといますけど、僕がその9のダイナンスを、4浪、2留、3年なんで9ですね。あ、4浪して2留してるんですか?あ、そうなんですか。何年生何回やってるんですか?2年生を3回ですね。2年生3回やって、で、最近3年生になったっていう感じです。
このある3年生だったんですか?はい。今何年?通って5年目ですけど。5年目。でも8年までしかいられないんで、あと2回しか留年できない。ま、そんなこと言うべきじゃないんですけど。そうですね。
生まれてから順番に過去を追っていきたいんですけど。そっか。生まれはどこですか?大阪府大阪市ですね。え、どんな家庭に生まれるんですか?裕福な?ま、その、どっちの要素もあるっていうか。母親が、え、大阪で90年ぐらい続く呉服屋の娘でして。へえ。母親の父、ま、祖父が、なんか最盛期は資産が100億あったとか。マジっすか?マジで。で、もうなんか、その母方の実家とか行くと、なんか3億ぐらいの着物があったりみたいなものがあったり。城、城みたいな、天守閣みたいな、その3階建ての城みたいなんがあったりとか。実家に?そう、ていうか実家が城。ま、実家がまず、なんか城壁みたいになってて、その中にそのお屋敷と、なんやろ、城みたいなの。
父はま、医学部を目指して6浪していた人で、僕は結構裕福で4浪してたんですけど、逆で。その階級上昇じゃないけど、貧乏家庭から一発逆転のための医師免許って感じのですか?ま、ちなみに6浪もしてるんですけど、その母親と父が6個差で。だから父親が大学生の時、母親が大学生なんですよ。浪人してるから。なるほどね。ま、違う大学なんですけど、父親の大学の学祭に来たとかで仲良くなって、なんか学生結婚してますね。大学2年で結婚してて。へえ。で、母親のケアとかしてたら1留したって感じなんですけど。母親のケアって?そう、精神的な。精神的な、ああ。
で、父はまだ医者目指してて、その婿入りなんですね。あ、その呉服屋に婿入りしたんですね。婿養子で。で、最初は医者の卵と、ま、資産家の娘やったんすけど、父もそのまま、なんだろう、免許を取って、で、開業医としてどんどんやっていくうちに、保険適用外の椎間板ヘルニアのレーザー治療っていうやつをですね極めて。自由診療。はい。本来切開手術じゃないとあかんのが、なんかレーザーをピュって当てるだけで15分で終わる手術を習得して。え、それお父さんが発明したんですか?いや、数か所しかやってなかったやつを、ま、名古屋にあったんですけど、その専門が。大阪から通って修行して、習得して、大阪で開業して。で、あの、タレントのやしきたかじんっていう人がいたんですけど、この人のヘルニアを治して。あの、たかじんのそこまで言って委員会っていう番組で特集されて、タレントみたいになって。そこでその橋下徹って人と出会って、あの、大阪維新の会から出馬して、ま、衆議院議員をやってる。だから完全にその、元々資産家と成金のハーフですね。
なるほど。え、兄弟いるんですか?兄弟いないです。一人っ子です。あ、一人っ子なんですね。だからもう全ての教育を僕にって感じですね。え、両親ともそういう教育熱心みたいな感じだった?母親は多分そんなことないんですけど、父親がその結構苦労してきたというか。ま、6浪で神戸大医学部なんですけど、中学受験一応してて、六甲っていう中学に落ちて。これはその兵庫県の男子校で3番手ぐらいのところで。で、高校受験で甲陽ってところに補欠で落ちて。ま、これは兵庫県の中で2番目ぐらいなんですけど。で、やっぱそれはその親が教育に投資してくれなかったからやと思ってて。だから息子はもう最初から完璧な教育の投資をするぞっていう。
1994年に希学園って塾ができるんですね。僕が生まれる5年前ですけど、父親はあ、子は絶対この塾に入れようって。もう小4からの塾なんですけど、ぐらいの感じで、もうロードマップは僕が生まれた時点であったっぽいですね。へえ。え、お母さん大学ですか?え、もう短大ですよ。あ、どこなんですか?母親はあんまり学はなくて。
ナツミートさん物心ついた時点でもうお父さんって成功者でしたか?あ、父親はですね、成功者になりゆくって感じでした。でもそう、実家自体はその母親が太いんで。あ、そっか。例えば象徴的なエピソードとしては、ま、父は2006年に多分開業してて、僕は7歳ぐらいの時ですね。その直前ですね。その小学校受験のための塾みたいなのがあるんですよ。ま、小学校受験してるんですけど。で、その小学校受験のための塾代は、確か母親の実家が負担しました。へえ。あり得ないほど塾に行ってますからね。塾で生まれたと言っても過言ではない。
え、初塾いつですか?え、2歳とかじゃない?2歳とかだ。2歳?え、それって小学校受験向けの?はい、幼稚園受験向けでもあり。これもややこしいです。そのなんか常にその前の前のターンからスタートするんです。え、幼稚園って何すか?幼稚園って本当僕も記憶なくて、多分2歳半なんすよね。その僕4年間、4年通ってて、別にこれは留年してるからじゃなくて、最年少っていうのがあって。最年少、年少、年中、年長なんすけど、最年少が2歳半とかで、もう記憶もしないですよね。記憶は3歳からあるって言うじゃないですか。これも明確にあって。幼稚園がその仏教系で、肉系が一切出なくて、結構その子供には辛い給食なんですけど。辛いっすね。これがその食べ終わらないと立てないっていうところで、その給食食べられずに担任に怒られてるっていうのが最初の記憶ですね。
へえ。で、その後で聞いたら、そこは受験して入ったんですか?そう。それはほんまに覚えてないんですよ。小学校一貫とかになってんですか?いや、ま、パドマって幼稚園なんですけど、そこは内部進学はないですね。え、でもそのパドマに入れたい人は何のために入れたいんですか?何のために入れたいか、やっぱ定量的な話をすると、パドマから灘に3人入ってます。え、同期です。同期のパドマから、その小学校違うところ行くけど。相当英才教育というか。もうその時点で始まってんすね。え、なんか習い事10個とかやってましたよ。え、パドマで?うん。だったり、ま、楽器だったり。あとなんだろう、裸教育ってのがあって。え、なんすかそれ?いや、今なくなってるんですけど、ま、男女問わずその幼稚園に入った瞬間に裸になるんです。で、その砂の運動場を、その肌の状態で、まず雲梯とかして、馬跳びとかして、逆上がりとかしてっていうトレーニングみたいなのを何周か曲に合わせてするっていうのが。
え、それである意味はなんて説明されてんですか?肌を強くするっていうか、その乾布摩擦とかもすごく推奨されてて。でも午後は紫外線が強くなるからという理由で午前で終わるんですけど、まずその肉体パートやって、そっからは公文とかやる。公文とかやって、みたいな。へえ。結構な英才。そうなんですね。
お父さんは、えっと、ナツミートさんのことを、えっと、どこに入れたいと思ってたんでしたっけ?これがね、こんなんやってる親は絶対灘とか入れたがってると思うじゃないですか。でもやっぱ父はその受験での苦労が多いから、金をかけたからと言って入れる世界ではないと知ってて。その大阪星光っていう大阪で一番賢い高校があるんですけど、大阪星光に入れたら御の字だと思ってたらしくて。先の話になりますけど、灘の前受け。子供って初めて本番の受験やったら緊張するじゃないですか。だから本命じゃない学校の入試を受けたりするんですけど、四国で1番賢いとされてる愛光ってところに受かったんですよ。父親は、あ、もうこれで、あの、僕の中学受験はとりあえず大失敗は避けられたと思ったらしいです。へえ。ぐらいだから。そっか。意外とじゃ見積もり低かったんですね。低いですよ。その後の大学とかはまだ、まだか。でも多分医者になると思ってたんでしょうね。そうか。ま、そうか。
だから僕の夢は結構コロコロ変わるんですけど、その幼稚園とかは年長さんになると、なんか朝礼があるんですけど、幼稚園で意味わからないですね。登壇してその週誕生日の人は将来の夢を言わないといけないんですけど、僕は総理大臣になりたいと思いますって言いましたね。え、それ何の影響なんですか?いや、週刊こどもニュースを見ていた。池上彰の。そう、池上彰と言われてるが、ちょうど池上彰から切り替わったぐらいのタイミングなんです。切り替わったぐらいのタイミングなんですか。
で、小学校受験で入るんですか?もちろんです。え、何小ですか?追手門学院小学校って言うんですけど。へえ。それは私立小学校界隈で言うとどんぐらいのランクなんすか?多分2番手ぐらいかな。あ、2番手。灘にも6人入ってますね。相当賢いです。え、賢いというか、賢い子がいます。ふーん。もちろんピンキリというか、別にその受験自体がむずいわけじゃないんで。座学とそのお行儀みたいな2つの軸があるんで。あ、そうなんすか。やっぱその蝶々結びできますかとか。あ、そういう試験なんすね。そう。お箸でその左から右に移せますかとか。ああ、ま、当然親の面接もあるみたいな。なるほど。なんなら親の面接対策も塾でやってくれるみたいな。親の面接対策もあるんすね。
小学校それ入ったらもう灘目指してるんですか?はい。なんならこれもうほんまに意味わからん話で、だから2個前のことをやるから。そうか。その小学校受験の対策をしながら、小学校受験対策の塾で、あの、中学受験の、これ意味わかんないですけど、幼児算国って言って、幼児に算数、国語で算国って言って、ま、足し算とか掛け算とかそのレベルやと思いますけど、をその小学校受験の対策をしながらやってました。そっか。じゃ、もう2個前やから、もうその時点で小学校の勉強やってんすね。幼稚園時代。
そう。なんか常に、これでも本当に人生において良くなくて。その僕、逆境にすごく弱くて。あ、そうなんすか。常にその先取りして、小学校の勉強が分かんなかったことなんてないんでね。小3ぐらいでやるようなことを小1でやってるからみたいな感じでやってきたから、その先行逃げ切りでしか知らないんですよね、勝ち方を。へえ。なるほど。貯金でね。そう。ていう感じで。ほんまにそうですね。
そっか。で、だんだんそのなんですか、こうモチベーションみたいなの下がってくるんですか?6年間で。いや、上がっていきます。あ、そこは上がってくるんですか。どんどん上がっていきます。下がったことがないですね。あ、そうなんですか。できるっていうのはすごいモチベーションに繋がるんかなっていう。
え、あんまりその、普通にゲーム禁止家庭だったし、それこそタレントのやしきたかじんさんがPSPをくれたのに、そのなんか母親が見えないところに隠してしまったりしたんですけど。書物とかいっぱい買ってもらったりとか。1回そのクリスマスプレゼントでDSをリクエストしたことがあったんですけど、それもなんか知育パズルみたいな、知育系のDSしかもらえなかったんすけど、苦ではなかったんですよ。全然。あ、それじゃないんすね。苦じゃなかったし、ま、今でこそむっちゃテレビとか好きですけど、テレビというか、その父親がその高級なお笑いはちっちゃい頃から摂取すべきだという思想のもと、なんかM-1とかすべらない話とか見させられたんですよ。で、それ以外全然見いひんから、ダウンタウンの浜田さんを知らないけど松本さんを知ってるとか。なるほど。すごい自由を制限されてたわけじゃなくて、受験勉強というか、で、成果を出すのが楽しかったんですね。ああ、結果出るから楽しいし。で、なんかなんならもう与えられたものの面白さを自分で見出せてたみたいな。
そういう、でもなんか教育虐待になっちゃったりする場合とかあるじゃないですか。すごいのびのびして。それどういう違いがあると思いますか?いや、シンプルに僕がタフだったんですよね。今日言ってない習い事とかあるんですよ。今までもキリがないんですけど、子供からキャパオーバーするんじゃないかって意見があるんですけど、よくなんかそういうのなかったなと思って。なんでなかったと思いますか?キャパと、あと素直だったぐらいですね。子供のその性質みたいなので左右されるんですかね。いやでもなんか中高ぐらいの時に母親が、なんかその洗脳すんねんって、なんかママ友とかに語ってるの見てすごく嫌な気持ちになりましたけど。それは嫌っすね。ある程度洗脳もあったのかなっていうとこで。ああ、そっか。で、それがあんま悪い方向に働かず。ダウンタウンは見てるしね。そっか。ダウンタウン見れてますから。なんかあとなんか下品なものとかすごい問題なかったんで、クレヨンしんちゃんとかも見てましたし。
あ、そっか。周り、追手門学院の友達もそんな感じなんですか?家庭で。そんなことないですよ。みんなゲームやってましたか?ゲームもやってるし。友達と遊びに行くとかあんまなくて。そっか。多少ね、疎外感は感じましたけど、なんか根本的に、なんか本とか読んでその情報を得た方が、なんやろ、人と遊ぶより時間の使い方として有意義だみたいな思考をもう5歳ぐらいから持ってて。だからすごくマッチしたんでしょうね。へえ。むしろ今、人好きなんで、今。本来の自分じゃないようですね。あ、そうなんすね。
その学校って基本みんなとりあえず灘目指してるみたいな感じなんですか?いや、そんなことはないです。多分灘目指してたのは10人ぐらいで。でもこれも変なシステムなんですけど、小学校のくせに算数と国語だけはカリキュラムか、志望別特訓みたいなのがあって。算数の時間になったら、なんか星組みたいな感じで、その並べられて、1組目のクラスはある程度その目指す学校が高い人みたいな。で、その下ぐらいのクラスの人たちで、中学内部進学するよりちょっとだけ上の人たちで、内部進学する組みたいな感じで別れたりするぐらいだから。だからある程度の中学目指してる子は半分ぐらいいたって感じですね。
なるほど。もう学歴至上主義、市場主義思想みたいなのは芽生えてくるんですか?ないです。ないです。足速いとモテるって言ってました。あ、そこ普通に小学生なんすね。いや、だからモテへんなと思って。
え、ナツミートさんそこではもうトップそうだったんですか?小学校、勉強もちょっとできますけど、でも灘に入る子が6人もいるってことは、僕灘最低点で通ってるんで、だから1位ではないですね。地元じゃ負け知らずみたいな感覚は味わったことがなくて。じゃ、灘受けた時は受かったかどうやろなみたいな感じでしょうか。いや、でもあんまりね、本番が簡単で。算数がね、国語がむっちゃできて算数がむっちゃできないんですけど、算数がむっちゃ簡単であんま差つかんくて。だから受かったなと思ったらやっぱり受かって、蓋開けたら最低点やったって感じ。へえ。そっか。
え、その辺まで行ったら、もうお父さんのこういう風にしたいみたいなのとかも理解してるんですか?いや、自分はしてないですね。あ、そうなんすね。希学園と灘に入ったらもっと調子乗って、やっぱり次は理三、東大理三だぐらいに思ってるんで。父は多分そうは思ってないと思うんで。うーん。そう、入った当時は理三目指してたんすか?はい。理三かなと思ってました。じゃ、めっちゃモチベーション高いな。
インターネットにアクセスしないことにしていたんで、受験終わるまでは。でもスマホ買ってもらったから、スマホでひたすら人とLINEとか、動画も見られるし、ゲームしたり。あ、ゲームしないって言いましたけど、その雑魚ゲームはするんですよ。そのスマホのテンプルランとか。あとやっぱりテレビですね。それまでバラエティタレントに全く興味がなかったのが、笑っていいともにはまるんですよね。もう芸能人の名前を知りたくて知りたくて、そっから色々バラエティを見るようになって。1日5時間ぐらいテレビは見てるし、めっちゃLINEとかでLINEしてるしみたいな感じで。これほんま勉強する時間が。
え、でも塾とかも行ってんすか?塾行ってましたね、最初。鉄緑会っていう東大受験向けです。東大受験向け塾行ったんすけど、ま、その親が、ま、ガチガチに管理していたから中学受験が成功したわけですけど、親が管理するのをやめた途端、宿題が終わらないという。で、あと学校がむずいんですね、灘ってシンプルに。学校がむずい。学校の勉強が死ぬほどむずいんですよ。へえ。授業がむずいんですか?授業とか宿題が。僕思えばね、その希学園とかにしても、なんかすごい先行逃げ切りだから、新しいこと学ぶのそんな得意じゃなくて、あんま授業とかも聞いてなかったんですよ、算数とか。で、結構個別指導入れてもらったんで、宿題の問題だけ個別指導で聞くみたいなことやったんですけど、ま、そういうのやめたら学校の授業にまずついていけないと。
で、びっくりしたのは、その研伸館っていう塾もあるんですけど、大学生が個別指導で勉強してくれるみたいなのがあって、神戸大学生とかがやってるんですけど、中1の灘の数学が神戸大学の理系の学生が分からないっていう、レベルが高すぎるんです。そっか、もう宿題むずすぎるんすかね。学校の勉強がむずすぎて、鉄緑と並行なんてまず無理だし、鉄緑は早々やめて。だってま、灘なんて別に学校の勉強やってたら東大理一ぐらいには通ると言われてる学校ですから、学校の勉強しっかりやろうと思って、ま、色々な個別試すも、太刀打ちできないとその教える側が分かって、っていうところでいろんな個別指導をやめさせられましたね。あ、そっか。むずすぎるつって教えきれへんて。
で、ご両親なんで管理やめたんすか?中学入って。父親がやっぱり灘に放り込んだらもう自分の役目終わったと思ったんじゃないですか。なるほど。でもね、自制はどっかでつけないといけないと思うんで、自分の力で。どこで解放するかですよね。ああ。いや、でもやっぱその中学にもなって親に勉強の管理されたらキモいじゃないですか。
え、結構その灘生の中でナツミートさんみたいに親から解き放たれて、こう落ちてっちゃうみたいなパターンって多いんですか?めちゃめちゃ多いです。むっちゃ多いし、高3の最初ぐらいまで全然勉強しないけど、ま、地頭がいいか要領がいいかで挽回して、もしくは1浪ぐらいして東大理一ぐらいは通るっていうパターンも多いです。あ、そういう感じなんすね。地頭がすごいと思います。そっか。
親がやってる管理もそんなに要領タイプじゃなくて量で押し切った部分があるんで、あんま通用しなかったか、その時のノウハウが。自分の地頭は、僕IQ検査したら111だったんで。ま、東大生の平均が120と言われており、多分灘はそれより高いんで、ま、灘にしてはだいぶ低いんですけど。っていうのがまずありますし、その上でやっぱ要領っていうのは、冷酷に受験勉強に役立つ情報だけをやることだと思うんですけど、そういうのをやったことがなくて。
その6年間って成績の具合で言うとどんな変遷なんですか?中学、180人いるんですけど、150位ぐらい。中学時代は。高校がやっぱ170位ぐらいですかね。数学は確実に最下位でしたね。あ、そうなんすか。え、大体灘って上位何人ぐらいが東大行くんですか?90人。90人は行くんすね。でも現役はわかんないですけど、浪人も含めると90から100やと思います。だから半分以上にいるってのは。結構半分以下でも、別に東大以外でも東大理一ぐらい難しい医学部とか行く人もいるし。だから、も120位ぐらいとかでも1浪したらいけるやろみたいな感覚はありますよね。
現役で理三行くの何人ぐらいでしたか?えっと、多い時で25人ぐらい、少なくても10人ぐらいいますね。あ、そうなんすね。すごいっすよね。すごいっすよね。ま、だからそういう地頭の集団にいると、自分の地頭もなんだろう保証されてると思ってしまうんですね、やっぱり。なんだかんだ自分もあるんじゃないかみたいな。そんなその喋っててその、IQが20離れてるように思わないんで。単に賢いというより、やっぱり受験戦士ですね。受験戦士じゃない期間があったとしても、受験戦士になれる根性だとか。いや、根性とか近いですね。結構当たり前のレベルが高いとか、その性質はむっちゃあると思います。へえ、そもそもそういう素質があるんすか?受験戦士になる。賢いというよりは、脳が疲れないってことなんですよ。なるほど。集中力なんても6時間だと思うんですけど、それを拡張することができてるんかなと思います。
ええ、灘の進路としては東大じゃなかったらもう基本浪人するみたいな流れなんですか?そうですね。例えばうちの街録チャンネルで壁部さんという人が現役で一橋に行ってるんですけど。めっちゃ珍しい。え、それやっぱ馬鹿にされますか?馬鹿にされるというか、もったいないと考えるか。1浪ぐらいまでは浪人はありとされてるんで。1浪して東大に行ける可能性がみんなありそうなんだから、1浪ぐらいするだろうみたいな。理三はちょっと別なんですけどね。
そもそも、早稲田政経っていう私立文系で1番賢いのがあると思うんですけど、早稲田政経に推薦があるんですよ。1人枠だけ。すごい成績の悪い人が相談に行ったら、なんか出席日数があかんけど成績的にオッケーだって言われてて。あの人で成績的にオッケーなら誰でもいけるだろうみたいな感じなんで。で、しかも誰も使わないです、その推薦を。早稲田政経より上のところに行かないと、その受験勉強したことにならない部分があるっていう非常に苦しい。
そっか。だから一橋とか現役で目指すってだったら、珍しい、もったいないっていう感じなんですね。すごい思い切りがすごいってのもあります。思い切りがすごいってなるんですね。もし浪人して東大落ちて早稲田行ってしまう人も別に中にはいるんですよ。そういうリスクを減らして、損切りがすごいってなりますね。逆にそれで尊敬されてる部分もあります。なるほど。
これね、やっぱその灘生以外に言うと、何しょうもないコミュニティやってなるんですけど、灘生は全員納得する意見として、医学部以外の京大あるじゃないですか?京大文系より上であるっていうのが1つの勉強したことになる基準ですね。医学部以外の京大だとギリアウトみたいな。ギリアウトなんすか?ギリギリ、ちょっと、あ、ちょっと触ったかみたいな。全然悪くないですよ。悪くないし立派な多分職業につくと思うんですけど、高校卒業時点の学歴としては、あ、ちょっと触ったかみたいな感じで。そうなんすね。そうですね。
え、東大、ま、理三はやっぱ。理三は別、全員尊敬します。そっか。全員です。え、4浪して理三入るか、現役で理一やったら、4浪で理三。何浪までなら?理三は何浪しても偉い。何しても偉い。現に僕の同期で運動して理三通った方いましたし。そうなんですね。いやいや、理三は偉い。理三は別にもう何浪だろうが。え、8浪とかも?理三はすごすぎる。だって日本で100人しか入れないんすよ。
そっか。先生とかもう東大じゃなかったら浪人しようねみたいな。そんなこと言わない。ただ、ま、ちょっと東大寄りの、これも本当に先生によるし、そもそもあんまり学校の勉強を全員が専念してるわけでもないから、あんまり重いのを課すと迷惑ってのもあるんですよ。塾の宿題やりたいのにみたいな。けど、その上で学校の演習とかは、その東大の第1問が英語の要約なんですけど、要約をずっとやってたりとか、東大志望以外からしたらちょっと迷惑な授業みたいな感じだったりしても、そういうことは言わないですね。うーん。
ナツミートさん理三入りたいって言って灘に入ってったじゃないですか。最初は。どんな風にこう志望が変わって。だから、そのテレビタレントになりたいなっていう気持ちがすごく強くなって。笑っていいとも見てて。だから東大っていうのは結構テレビ受けがいいと考えて、入れるなら入るべきだと。で、東大に入って、在学中にNSCに入って、お笑い芸人になろうとか思ってましたね。あ、そうなんですか。で、じゃあ東大に入りやすいの何かって考えた時に、僕むっちゃ歴史が好きなんですね。1番強いのは地歴とかなんですね。ま、世界史も日本史も使える2次でって考えて、東大文三を志望してましたね、ずっと。あ、それ何年生のうちで?中1の終わりぐらいから。だから医者じゃなくて、テレビスターの方がいいなと思ってからですね。
え、それご両親に伝えるんですか?いや、もう本当は、別に今YouTubeやってるの父親はむっちゃ応援してますし。そもそも父親は将来の夢がドリフだった人ですよ。あ、ドリフターズ。だし、タレント医師として、なんか芸人とかとみたいなことやってるわけですから、応援してくれるに決まってるんですけど、教育の重課金があるから、なかなか言えなくって。
キャラクター的にはそういうこうお笑い的なキャラだったんですか?はい。なんか最初はね、なんか煽り耐性とかなくて、結構すぐ泣いて怒ってしまう子供だったんすよ。投げちゃったりとか。で、あとなんか太ってて、もしバラモン教で言うと、インドのカースト制度で言うとバラモンとかシュードラですけど、その1個下の不可触民ぐらいだったんですけど、最初。1番下やったすね、スクールカーストで。1番下やったんですけど、なんかちょっとずつ痩せたり、陸上部入ったりして、陸上部ではちょっとずつ馴染み始めたりとか。へえ。あの痩せたりとか、あとなんか普通に煽り耐性がついてきたりとかで。
あとなんかこういう話すんもあれなんですけど、母親がね、やっぱおかしかったんで。どうおかしいんですか?いや、毎日に意図がないですね。ああ。ま、とにかくそれはちょっと後でがっつり触れられるんですけど、おかしい母親から、ちょっとずつなんか距離を置けるようになって。で、母親がこうひどかったみたいな話を学校でしていくうちに、なんかちょっとずつそのまともになっていったというか。へえ。いう感じで、例えば高3の時に文化祭の漫才の大会で優勝したりしてますし、ちょっとずつそのカースト上がっていって、最後はね、クシャトリヤぐらいにはなったんじゃないかなと。え、バラモンの次ですか?バラモン、クシャトリヤぐらいに。おお、いいっすね。ま、みんなから知られてるみたいな。ま、だいぶ回復しましたね。
そっか。いや、やっぱそこ勉強じゃないですか?勉強じゃないですね。面白いとか、そう、魅力とか。勉強ができるってのは、学年において1つのベーシックインカム、つまり人権のベーシックインカム。だからそんな面白くない子とかでも、勉強がむっちゃできるっていうので一目置かれることがあっても、勉強がむっちゃできるからと言ってその人の評価が上がるってことは絶対ないですね。ないすね。全員入ってる時点で頭いいの確定してるから、面白いこととか、何かプログラミング強いとか、そういう方が個性として。
結局現役の時は何点足りなかったんですか?いや、100点ぐらい足りなかったです。え、じゃあ、ま、とりあえず浪人するかみたいな。はい。浪人しますと。じゃ、浪人1年目は普通に、え、塾通うんですか?じゃあ。もちろんです。
いや、でもそもそも母親がね、やっぱりそのやばい人で。やばくなかったんですけど、やっぱ高校ぐらいから、なんかね、有名店のスープって全部開業当時から継ぎ足しとか言うじゃないですか。それを真に受けすぎてずっとなんか煮てるんですよ、もう。で、濾したりするからそれいいもんだって、食べ物で遊んでるんですよね。ええ。で、しかもそのなんかある程度できたらタッパーに詰めて、冬場とかやと冷蔵庫が収まりきらんくなったらベランダで保存してるんですね。ちょ、ありえないじゃないですか。家事がすごく苦手で、その洗い物とか洗濯全くしないんですよね。で、洗濯物しても2週間ぐらい干さんかったりするんですね。で、時々ダスキンっていう掃除業者が3週間に1回来るんで、その時に全部家事やってもらったり。躁の時期と鬱の時期があって、躁の時期は朝4時ぐらいに帰ってくるんです、飲み会から。で、朝10時になるとパチンコ屋の行列並ぶんですよね。で、もう帰ってこないみたいな。で、あと鬱の時期やと、1日ね、16時間ぐらいドラマ見てるんすよ。へえ。だから毎日、毎日ドラマをワンクール終わるみたいなことやってるんですね。
え、双極性障害の診断受けてるんですか?いや、なんか違ったんすけどね、実際は。その時は双極性みたいな感じだったんですけど。こんな状態の家では浪人できない。そうすよね。というところで、あの、父親が見かねて。で、父親も僕がいずれ東大には行く運命になると思ってたんで、で、父もその東京で仕事あるし。でもちなみに父は僕が東大落ちる数ヶ月前に、あの衆議院選で落選してるんですけど、親子とも浪人なんですけど。ま、父は議員宿舎を奪われたから、僕がその東京で住んでた家は、なんかゲストルームみたいなのがあるマンションで、あ、拠点できたみたいな感じで。そういう、ま、利害も一致して、あの、同居で引っ越しして、東京で浪人することにした。へえ。なんでお前東大も受かってないのに上京できてるんってみんなに言われるのが怖くて、むっちゃ秘密にしてました。駿台のお茶の水ってとこに通いました。
え、その、じゃあ1年目で伸びましたか?成績。25点ぐらい伸びたんかな。いや、でも80点ぐらい足りないんじゃないですか。また浪人。二浪ですね。二浪、また浪人生活。そうです。本当に苦しいです。いや、苦しいていうか、その贅沢な悩みですけど。
二浪は、だからどんどん、ま、地頭はあるはずなのに勉強時間が取れてないっていうことをどう解決するかってことを考えるわけですね。ま、で、駿台って授業を受けて授業ノートを1回まとめてさらに覚えるみたいなことが必要なわけですけど、その自習してる時間って3段階目だけじゃないですか。で、これはでも授業ほんまに聞くのに精一杯、ノート取るのに精一杯なんで、定着まで行かんなと思って、それ参考書で自習した方がいいなと。ただなんかペースメーカーっていうか、どっか通うところ欲しいなっていうところで、Z会の東大進学教室っていう、ま、Z会って本来通信の添削やと思うんですけど、週に1コマ2時間のなんか授業をやってるんですよ。これに通うことにしまして。へえ。そしたら残り自習できるじゃないですか。じゃあ駿台は?やめます。やめて。そう。で、自習時間むっちゃあるかなと思って。
あとスクリーンタイム制限って言って、そのスマホを勝手にいじれないようにしたんですよ。決まった時間しか、ちゃんとパスワード親に設定してもらって、決まった時間しかスマホ触れないようにしたんですよ。行けそうじゃないですか。でもね、毎日ね、このリセットが0時にあるんですよ。で、3時間とかにしたんですけど、0時に変わった瞬間に、もうしたいこと3時間ぐわーって調べて。なるほど。で、もうお風呂も入れないですよ。ずっとスマホで、そっからお風呂入って、で、変な時間に起きて何も勉強しないっていう。なんか完全に間違ってるじゃん。確かに間違ってますね。いきなり全部使うんすね、リセットした瞬間。本当に毒すぎて。そうか。それによってもなんか生活のリズムがおかしくなるんですね。
Z会浪人もあんまりうまくいかず。モチベーションはこう、4浪でしたっけ?それでこう徐々に落ちてってはない?落ちてはないです。3浪がピークです。あ、3浪目がピークなんですか。ピーク絶頂的に、諦めたっていう感じ。あ、そうなんすね。
さっきのセンターの点数から言うと、1浪が674やったんですけど、2浪が674でしたね。一緒やったんすね。そう、一緒やったんです。2次は1浪が179やったんですけど、2浪で180ってなったんですね。そう。その1年ですね。ああ、でもやっぱその浪人生のリアルってそんな感じなんすかね。意志、多分意志だけでも結構そんなできないと思いますね。浪人しない方がいいと思います、あんまり。1浪で止めた方がいいと思います、普通に。ああ。え、やっぱ何がダメなんすかね?浪人。メンタリティ。メンタリティ。でも生き方。自己啓発的なことしないといけない、むしろ。
え、どんなメンタリティに支配されてんですか?浪人中って。え、だから無限に時間があるから、完璧主義にしないといけないと。東大って一応漢字がね、6点分出るんですよね。これを完璧にしようと、最初漢字とかやってましたからね。そうなんすか。そう。え、でも、ま、すぐやめたんですけど、ま、でもそういう気持ちがちょっとあるわけです。その、ほんまにその無限に時間があるから、要領よくやるんじゃなくて完璧にしてやろうと。そっか。でもこれ間違ってて、本質と基本は違うというか、簡単な問題を解けるようになっていくうちに本質が分かっていくっていうか。本質を先に理解しようとすると膨大な時間かかるんですよね。そういうのはなんかある程度解けるようになってから考えることでいいのに、最初からその塗り絵をギチギチ端っこから塗ろうとしてしまうのが。ああ。もうそういうのをしないでおこう、しないでおこうとしても、してしまうんで。へえ。
そっか。でもその3浪目で気持ち的にピークに行くじゃないですか。なんでそうなるんですか?やっぱりそう、なんかダイエットを決意するんですね。え、浪人中に。そう。で、僕はそれまで陸上部で、あ、太ることがすごい怖かったから、なんか中学ぐらいから3浪ぐらいまで、なんか2日に1回はずっと走ってたんですよ。で、でも走りに行くって結構だるいじゃないですか。だから、で、あと空腹じゃないと走れないっていう気持ちがあって、1回家帰って、走らなあかんねんけどなと思いながら、でも空腹のなんか元気のない状態でスマホいじってるとかむっちゃあったんすよ。で、直前期こういうのなくそうと思って、その11月までに痩せ切って、そっからランニングの誘惑を断とうと思ったんですよ。
ちなみにZ会を経験して、やっぱ予備校の方がまだいいと思ったんですよ。まず、家から出ることが大事と。家で勉強できないだから。ま、朝走る時間を決めて。駿台は午前中に地歴とか副科目があって、午後に英数なんですね。で、僕地歴むっちゃできるんで。そう。午後からですね、駿台って。でも河合塾は午後に地歴で、午前中英数だから、その午前中英数のために河合塾に通って、午後自習っていうのが。朝走って、そのままシャワー浴びてドライヤーとかして、河合塾行って授業受けて、自習して、なんかジムとか行った後、20時ぐらいから21時にスマホ触ると。走れる時間が朝にしかないっていうスケジュールにしてるから、朝必ず起きれるんですよ。で、寝る努力ができるんですよ。ま、むっちゃ長いわけじゃなくて、1日6時間ぐらい勉強できるようになりました。へえ。いや、もちろん6時間って別に長くないですけど、それまで1日1時間勉強してないぐらいだったんで、6倍になったら、今までの感じではないでしょうと思ったんすよ。
ああ、なるほど。え、で結果どうだったんすか?結果はね、下がったんすよ。あ、そうなんすね。センターは、現役が703だったんですけど、704ぐらいでしたね。ちょっと、ま、無理したぐらいですけど、2次が、だから167しかなかったんかな。13足らんかったんか。
ま、その前から、別にこんな風にやってきたけどあかんなと思って。河合塾から帰る、チャリに乗りながら、その時まだ未だにその東大を出て芸人になって、それになりたいという夢があったから、なんでこんな欲張りなんやろうとか、完璧主義やなと思って。欲張りなんかな、欲張りで完璧主義なんかなとか、なんか完璧主義やから欲張りなんか、いや、欲張りやから完璧主義なんかみたいなことをぐるぐるぐるぐるね。え、それどの時期ですか?時期で言うと。2月の、ほんまに出願直前ですね。センターも終わって、出願直前ぐらい、もう出願もしてるみたいな。で、私立大学一切その併願していないみたいな状態で、都庁の前あたりをチャリこぎながらぐるぐる考えてたら、あっと、これ全部意味ない、意味ないってなったんですよ。
なんでそのタイミングでそんなこと思ったんですか?
だからそのピーク、その今まで気づいてたことになんかもう後が泣いてる状態で。でも受からんよなと思ってる状態で。
完璧主義について考え尽くした結果、自分が完璧主義であることに気づいてなかった。やっぱその灘を出た人間は最低でも文系なら東大行かないと勉強したことにならない、受験勉強をこんだけしてきたんだから、それが欠けるとなんか自分の人生に傷があるみたいな感覚だったけど、そんなことはないっていう当たり前なことに気づいたんですよね。
でもよく気づけましたね。2歳からやってるわけじゃないですか、受験というものを。そこで一気によく解放されましたね。
だからみんな褒めてくれました。すごいって。その年は東大を惰性で出してたんで、淡々と受けて、で淡々と落ちたって感じです。
あ、そうなんすね。そっか。で、そういう気持ちになった時、普通にすぐに諦めがつきましたか?
いや、なんかね、しばらく余韻はあってていうか、なんかみんなは来年もまた東大受けるもんやと思ってるから、どうしようこの気持ちについて。けどなんかね、同級生とかと電話して、いっそ諦めるぐらい面白いと、もう大学行かなくていいんじゃないかみたいなぐらいの気持ちになってきて。なんか小説家になって億稼ぐって本買いましたね。
それ、入試終わってから?
そうですね。入試終わって初めて会う日が六本木のつるとんたんやったんですけど、来年はやっぱり意外と青チャートから固めた方がいいんちゃうかみたいな話をなんか優しくしてくれるんですけど、東大諦めんねんけどな、諦めるって言いたいなとか思ったんですけど、いや東大諦めるわってちゃんと言えて、そうかみたいな。それはそれで受け入れてくれて。
あ、それを受け入れてくれたんすね。
でももうほんま大学行かんでいいなと思ったんすけど、高校時代の漫才の相方と喋ったら、いや、どこかしら入るべきやと、卒業するべきやと言われて。で、志望校選びが始まるんですけど、まあ一応共通テストっていうかセンターをやってきたから、一応それも使う方が効率がいいなっていうので、まあ一橋か都立大かと。すごい仲いい友人が都立大にいて。
灘なんですか?
いや、甲陽なんですけど、Twitterで仲良くなった。これぐらいになってくると、知り合いの誰の後輩になるかになってくるわけです。都立大の友人が一番その自分が後輩になってもいいと思えるやつだったんで。
そうか。友達の中で後輩になるならこいつはみたいな。
そう。で、かつ自分が目指せるっていう。
それって灘の友達とかに、俺4浪目都立大にするわとかって言えるもんですか?
いや、だからすごい偉いと思われるから言ってましたよ。もう当時YouTubeも始めてましたし。普通やったら東大受かるまでって意固地になって、もう次第に引きこもりニートになっていってってなることもある中で、ちゃんとスパッてやめたのが評価されてます。
あ、それ評価されるんすね。
でもこれは僕がYouTubeやってたりとか色々あると思うんですけど、3浪の時だったかな、3浪ナツミートって名前でYouTube始めたんで。僕の4浪期間の、雪を来週っていうチャンネルでやってる動画が100万回ぐらい回ってるんですけど、そのタイトルが「4浪の後輩が東大を諦められた話」っていう、そういう感覚なんです。
もう本当なんか呪縛なんすね、灘生にとって東大って。
そうです。まあ東大ぐらいっていうか、賢くあることが。
学歴厨っていうこともあるじゃないですか。あれってどういう定義だと思いますか?
学歴厨は、だからしたらそのほんまに理三の人とかって、MARCHの序列とか知らんのですよ。法政と一緒やと思ってると思うんですよ、別に。だから高いレベルでは相当な学歴厨ですけど、そういうものがいろんな層であるわけですよね。でも結局、まあ僕はそっからドロップアウトすることで勝負を降りてしまったわけだけど、楽ですよね。灘だって別に京大より下やと同窓会行きにくいって話もあるわけですけど、僕はやっぱ都立大でも明るく同窓会に行けてますから、そういう意味では幸せですよね。
都立大に行こうって思った瞬間が、いわゆる学歴厨をやめた瞬間みたいな。
そうです。学歴厨じゃなくなったというか。
それやめれて嬉しいってなるんですか?
嬉しいけど、まあ寂しくもあります。寂しいというか、まあ上の世界から降りたっていうか。
ああ、そっか。降りた。
いや、でもそっちの方がいいと思いますね。なんか僕より不幸せな東大生いっぱいいると思いますからね、多分。
東大に行ってもなお。
東大行ったら、だって東大と京大の差より、東大の一番下と東大の一番上の差の方がでかいんだから。やっぱり劣等感だらけで、しかも勉強以外にあまり取り柄がなかったら、割と東大にいるのが辛いと思いますよ。
東大にゴールしても。
だから東大生って「一応東大です」って言うけど、「一応」っていうのは嫌みっぽい謙遜じゃなくて本気で言ってるんです、あの人は。
本気で謙遜してるんですか?
自分はその東大の中では東大生と言えないような存在だみたいな気持ちで言ってる可能性が高い、ほんまに。いや、それはでも本当降りれてよかったっすよ。本当にね、楽になりますよね。もうラフだし、なんかやっぱ好きなことやった方がいいですよ。好きっていうか、その得意なことやった方がいいです。どうせその理三首席には勉強で勝てないわけじゃないですか、絶対に。何かしらそのコンプレックスは残り続けるわけですから。
そっか。理三首席でさえ何か持ってるかもしれない。
都立大は結構余裕で受かるんすか?
これね、余裕って言いたいところなんですけど、あんま言わないようにしてるんですけど、合格者の平均点よりは低かったです、共通テストは。終わってから対策しましたね。
一応塾通ってたんですか?最後の4浪目。
いや、一応だから河合塾でゆるゆる授業受けてました。ゆるゆると。
そっか。まあじゃあ、4浪目で受かった時どんな気持ちなんですか?
いや、ほっとしたというか、なんかやっと終われるというか、ようやく身分がつくな、普通の生活に戻るなというか。
ああ、どうでしたか?入ってみて都立大って。
まあ、あの、勉強は楽しくなくて。宮台真司っていう社会学者がいて、この人大好きで、この人の授業だけは全部出て全部メモってましたけど、それ以外の授業は数えるほどしか楽しくもなく。結局その男子チアリーディングってのやってたんですけど、それがなかったらね、こんな大学を続けていたかも怪しいって感じです。
あ、そうなんですね。それが結構はまったんですね。
なんか僕らね、芸人さんの営業みたいな感じで、誰か応援する対象がなくても演技を披露するんですね。一番感動してすごいなと思ったのは、僕できるんですけど、ここに男の人を乗せるんですよ。
あ、手のひらに?
すごくないですか?できないでしょ。
おお。こうやって乗せるんすね。手のひらに足が乗ってんですか?
そう、これ僕なんすけど。
あ、この乗せてる人がナツミートさんですね。すご。
で最後片手でこう。
魔法みたいだな、これは。
で、全員初心者で3年間やったらここまで行けるっていうのにすごく魅力を感じたんですよね。空の瓶に最初でかい石を入れて、その後砂を入れて水入れるみたいなのあるじゃないですか。で、最初に入れるべき石はこれやと思ったんすよ。都立大ではそれに入れなかったと思って。
3年間やったってのがまずあれと、1回目の2年生終わりで、在学2年目から3年目で30単位取ってないといけなかったんですけど、その1回目の2年生の前期までに14単位しか取ってなかったんです。だから今まで取った以上の16単位を取らないと、退学命令みたいな、留年もしてないのに即放校みたいな状況になったんですけど、その時はまあ今までないぐらい頑張って21単位取って回避したんですね。
で、2回目の2年生の時に、その回避したの嬉しくて、フォロワーもいるからということで都立大ミスターコンに出ます。
へえ。あ、ミスコン出てるんすね。
ミスコンは数字だと確信したんですね。もう数持ってるSNSが強い人が優勝すると。
あ、もう今ってそんな感じなんすね。
はい。一切なめなかったですけど。勝てると思いながらも、まあ他の人は毎日投稿しないんですけど、毎日Instagram、Xに新しいネタを投稿したんですけど、だから勝てる戦をさらに勝つみたいな、抜け目なくみたいな感じでやって。で、ミスターコンっていうのは、40%が毎日投票っていう。学生以外も、だから僕のリスナーがみんな押してくれてました。
誰でもできるんですか?
誰でもできます。女子のミスコンなんてミスコンおじさんが押してる数で決まってると思います。
ああ、なんかちょっとしたアイドルのファンのおじさんみたいな。
そうです。で、30%が多分当日のパフォーマンス。これは多分当日見に行かないと投票できないやつ。だから僕らもうおじさんにアピールする必要があるんですけど。この30%がミクチャっていう配信アプリで、まあYouTubeライブみたいなもんだけど、とにかく課金してアイテムを投げてもらうとランキングが上がっていくと。どんだけイケメンでも、その配信がうまいとかって違うじゃないですか。僕はなんかこのアイテム来たら爆笑しますとか、ここ10からでウパして食べますとか、とんでもないことをやってたんで。
じゃあもう本当、まあパフォーマンスも一応あるけど、ほぼ70%ぐらいはそのネット上での立ち回りとか。
そうですね。配信とツイートだから大得意なわけです。多分登録者数が1万人以上いるYouTuberがミスコン勝てますよ。
2回目の2年生の時にグランプリなんですか?
はい。
今が?
えっと1回目の3年生ですね。
単位が取り切れてないから留年しちゃってるみたいな。
そうです。
留年してもいいやみたいな感じは?
ないんですけどね。いや、でも情熱はないですね。
あ、情熱ないですか?
情熱はないけど。いや、ていうかやっぱギリギリにならないと、切羽詰まらないとできないですね。なんかそもそも自分の能力を生かせてるのって絶対大学とかではないんでね。ただましたと思ってるし。まあなるべく早くと思ってますけど。
卒業後はどうするとか考えてるんですか?
まあ考えてないですけど、1回は就職してみたいですけど、YouTuberとしてじゃなくても、やっぱり自分自身の人間性に依存した他の稼ぎ方をしたいですね。でもこれはもう当然実家が太いから言ってられる話で、感謝してますけど。
でも20年ぐらいこの受験っていうものに縛られてきた人生であるじゃないですか。タラレバですけど、ここでこうしとけば東大に入れた道とかってあるんすか?それかどっかで、これって自分でどんだけやっても東大って無理やなっていうのに気づく20年でしたか?
気づくのに20年ですね。あんまり向いてない、ほんまに。かなり向いてないと思う。そうね、向いてないすね。いや、むしろもっと早く、受験じゃない、自分のなんだろうね、能力の、どういうアウトプットをすれば自分の得意なことになるかっていうのを磨くことを。ほんまにあの宿題とか写してる時間無駄だったなと。どうせ勉強ができてないことに対する閉塞感みたいなのがもやっとしてたんですよ。もやっとあって、でも勉強したいんですよみたいな感じだったんですけど、そんな時間を費やすぐらいだったらもうスパッと諦めて。なんか勇気がなかったですよ。それでもやっぱり親とかに、その、テレビスターとか言えないような人間だったんで。で、そういうのをスパッと諦めるべきでしたね。
むしろ最初は多分ご両親から入れられたっていうか、受験始まってるじゃないですか。例えば親側の目線として見た時に、受験に触れさせるの早すぎることがマイナスになってる面はないですか?
それ難しいんですよ。だからその僕が結構その自分の能力以上のパワーで灘に受かったとこがあって。でもやっぱ灘に入ってよかったっていうのは1個あるんで。灘よりいい学校ないんで、絶対。多分その無理せずに入るタイプで入るべきだなと思うんですよ。そういう意味では自然と、1番いいのは、なんか賢すぎて手に負えないから灘に入るみたいなのがいいと思いますね。だから絶対にもし入れたいなら、それはね、年長さんぐらいからやった方がいいでしょうけど、入るべくして入る学校に入るって考えたら、まあ中学受験対策は小5ぐらい、小5で始めて塾でいいと思います。
あ、そうですか。なんで小5なんすか?
やっぱ小6からはもう入試問題演習なんで、さすがに才能があってもきついと思う。
そうなんですね。そこのラインってあるんすね。
本当は小4がいいんですけど。有子の人は小からでも言ってます。
そっか。だからテレビスターとかになりたいっていうの言えなかったのは、もう早すぎちゃったがゆえに、もう脳が受験戦士モードになりすぎて。
もう抜けれなくなったし。1回灘に入れないと、灘まで入ったら、まあ親に対して1個ね、責任果たしたことになるじゃないですか。そのほんまにあのあれなんですけど、僕の親族って誰も就活してなくて、ほとんど医者ってだけですし、東大には行くつもりだけど、就活っていうのもあんま分かってないんです。なんか就活しろって言われたこともないし。だからよく考えたら、その東大入ってサラリーマンになる方がおかしいはずだったんですよ。
でも結果として灘に、まあ自分の力以上出して入った。行ってよかったって思えたのはいいですよね。いい学校なんですね。どんなとこが良さですか?
良さはやっぱり、僕という人間を最初はカースト最下位にしながらも、変わった頃の僕も知ってるのに、のびのびと僕の成長をコミュニティ内で見守るじゃないけど、精神的に成長したら受け入れてくれると。グレたり不登校になってもおかしくない頃を、そこまで行かず、なんだろう、のびのびと僕を高3の状態まで育ててくれたコミュニティであるってことですね。人間関係の煩わしさとかがないんでね。カーストは僕はあったと思ってるけど、全くないとは僕は言わないんですけど、まあ限りなくないに近い。し、まあやっぱり人に無関心っていうのがいいですね。人に無関心で、人のすごさを認められるっていうのがいいですね。あとやっぱりシンプルに面白い人が多い。笑い的な面でも、ハイコンテクストが伝わるというか。
じゃあ別に勉強してきたことが全然。
だからそうですね。灘入ってからもう諦めればよかったんです。
すいません、ありがとうございます。ありがとうございました。また連絡します。
ありがとうございます。お願いします。失礼します。
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