登録者60万人の自転車YouTuberはなぜ一度すべてを止めたのか 高倉正善が語るロードレース、うつ病、安全対策
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜「まさ」の名前で自転車のYouTubeチャンネルを運営する高倉正善は、28歳。大学時代にロードレースに打ち込み、在学中に始めたショート動画で100万回再生を連発した。チャンネル登録者は約60万人に達したが、再生数に追われて心身を崩し、うつ病と診断されて約1年活動を休止した。インタビューでは、ロードバイクという機材の話から、選手としての経歴、YouTubeでの成功と消耗、休止中の生活、復帰後の考え方、そして自転車競技の安全対策への不満までが語られた。高倉は自転車を「続けたいとは思っていないが、続けてしまうだろう」ものとして語っている。
「プロ」とは言えない選手だった
高倉は元プロのロードレーサーと紹介されることがあるが、本人はこれを否定する。所属していたのは企業がスポンサーになっている地域密着型のチームで、母体は企業ではない。大学生として学業と並行してレースに出ていた立場だった。
高倉によれば、そもそも自転車競技では「何をもってプロとするか」という論争があり、定義が難しい。競技だけで生計を立てている人もいるにはいて、個人にスポンサーがつく場合や、企業が持つチームに所属して給料を受け取る場合がある。高倉自身は「全然食えていなかったタイプ」だという。日本で競技だけで食べている選手は20人ほどではないかと高倉は見積もる。国別ではヨーロッパが一貫して強く、歴史も最も長いと考えられ、ツール・ド・フランスがあるのもあってヨーロッパに強い選手が集まっていると説明した。
現在は選手活動はしておらず、YouTubeに専念して5年ほどになる。
150万円のロードバイクは何が違うのか
撮影に持ち込まれたのは、フランスのメーカーの「S1 ネオ」と紹介されたロードバイクだ。素材は航空機やレーシングカーにも使われるカーボンファイバーで、重さは約8.3kg。ママチャリが20kg弱なのに比べて大幅に軽い。
ペダルは小さく、ビンディングシューズの裏に付いた金具をはめて靴と固定する。引き上げても足が離れないため効率よく踏めるが、転倒するときは自転車ごと倒れ、腕や肩から落ちることになる。タイヤは細い。細いほど軽く、太すぎると抵抗が大きくなる一方、細くしすぎても抵抗が増えるため、抵抗が最も少なくグリップ力もある幅が今のサイズだと言われているという。サドルは硬くて面積も小さい。柔らかいと強く踏み込んだときに力が逃げる感覚があるため、痛くても硬い方が速い。「あとはもうケツは慣れさす」と高倉は笑う。ハンドルを含め、全体がとにかく硬く、軽さが最も重要だという。
変速は後ろ12段、前2枚の組み合わせで24段。このギアだと時速65km程度が限界だという。河川敷で軽く走ってみせた際の速度は時速40km前後で、原付と同じくらいの速さだと高倉は説明した。
価格は約150万円。フレームだけで70万円近く(高倉は正確な額は忘れたと言う)、ホイールだけで約25万円する。18歳で初めて買ったロードバイクがちょうど25万円だったので、当時の自分の自転車が「車輪だけで持っていかれてますね」と振り返る。ただし、値段に対する性能の上がり幅は小さくなっていく。最高級は250万円ほどだが、250万円と100万円のロードバイクでスピードはほとんど変わらないと高倉は言う。その差は高級寿司店どうしの違いのようなもので、どちらもうまいが好みや見た目の問題になるという。
卓球少年が自転車に向いていると思い込むまで
高倉は大阪府出身で、両親は会社員。スポーツ一家ではなく、幼少期から競技用自転車に触れていたわけでもない。大阪はママチャリの保有台数が日本で一番多いと思う、と高倉は言う。
10歳ごろ、小学校の部活で卓球を始めた。中学時代は、電車では行きにくい練習場まで往復約20kmをママチャリで通っていた。片道でもかなりの時間がかかり、往復で1時間半から2時間弱。これから体を動かすというのに、その前に2時間近く自転車をこいでいたことになる。
卓球は強豪高校からスポーツ推薦の話が来るほど真剣に取り組んでいた。だが推薦を受けるかどうか悩んだ末に断る。当時、自分では手も足も出ない全国レベルの選手がいて、その選手たちを水谷隼や張本智和のような選手は軽く倒していく。卓球で食べていくならそういう人たちと競り合わなければならない。自分が「ゼウス」だと思っている相手をさらに簡単に倒す存在がいるなら、自分はゼウスにもなれない。10年練習してもあのレベルには行けないと考え、公立高校に進んだ。
高校1〜2年のころ、父親に約4万円のクロスバイクを買ってもらう。本人が欲しがったものだ。ママチャリで練習場に通っていたころから、なぜか楽に速くこげている感覚があった。友達とママチャリでレースをすると、自分だけが速かった。スポーツ推薦を諦め、卓球にも本腰が入らなくなった時期に、「自転車の方が向いてるんじゃないか」と勝手に思い始めたという。ただし今振り返ると、才能などなかったと思う、と高倉は言う。学校の友達の中でちょっと速い程度の人はどこにでもいる、というのが現在の見方だ。
高校時代から自転車店でアルバイトを始めた。ロードバイクを買う資金を貯めるためで、どうせなら自転車の知識も得られる店を選んだ。大学進学前後の18歳のとき、約2年働いてほぼ全額貯めた約25万円で1台目のロードバイクを買う。クロスバイクで走るうちに自信がついて、まだレースに出たこともないのに「俺レース出ても行けちゃうんちゃうか」と思っていたという。
部のない大学から学生レースへ
進学先の近畿大学には自転車競技部がなかった。自転車にも大学生しか出られないレースがあるが、出場には部としての登録が必要になる。高倉は有志で集まって学連登録だけを行い、学生レースに出場した。部を作ろうとも考えたが、数年でできるものではないと相手にされなかった。できるころには自分は卒業している、という状況だった。
エントリー費も遠征費も自費で、会場は群馬の山奥、長野の田んぼ、滋賀の琵琶湖の近くなど、人のいない場所ばかりだった。
目標は大学日本一を決める「インカレ」への出場だった。学生レースはクラス3、2、1の3段階に分かれ、上位入賞で上のクラスに上がれる。当時はクラス2以上でないとインカレに出られなかった。クラス2以上の選手は200人ちょっとだと高倉は言う。
エースとアシスト、集団走行の理屈
ロードレースは1位になった選手が優勝する個人競技だが、チーム戦の要素もある。チームで出る場合はエースを1人決め、エースが最終的な着順を取る。他の選手は、エースをどれだけ良い順位でゴールさせられるかが役割で、自分の順位はどうでもよく、風よけになって走る。記録に名前が残るのはエースだけだ。
インカレの出場人数は、学校に強い選手が何人いるかで決まる。強い大学は7〜8人送り込めるのでエースとアシストを決められるが、近畿大学からは高倉ともう1人の2人しか出られず、役割分担はなかった。両方が生き残れるところまで生き残る、ほぼ個人戦の走り方だった。
1人で勝ち切ってしまう選手もいるのかと聞かれると、高倉は「本当に強い人」はいて、登りも平地も下りも位置取りも全部できる、と答える。ただし自転車は空気抵抗が大きく、集団の中なら1人で走るときの半分ほどの力で済む。トップ選手と自分でも力が2倍違うことはほとんどないので、どんなに強くても1人で走り切るのは基本的に不可能だという。強い選手は、集団のどこにいれば落車に巻き込まれないか、次の展開がどこで生まれやすいかを感覚的に分かっていて、無駄に脚を使わないのだろう、と高倉は推測する。
量で補った練習と、ペダルの回転数
正しい練習法を知らないまま、高倉は量で補った。毎日100km、1か月で3000kmという単純な目標を立て、勉強は一切せず4〜5時間走っては帰って寝るだけの生活だった。脚質は平坦が得意なタイプだという。
ペダルの回転数は、ママチャリで1分間に60〜70回転程度。高倉は本気を出せば200回転ほどまで回せるが、レース中にそこまで使うことはなく、基本は90〜120回転だという。回しすぎるとかえって体力を使うだけになる。高倉はこれをランニングのストライドとピッチの関係にたとえた。自転車の場合、ストライドにあたるのは踏む力(トルク)で、60回転でも強く踏めば、100回転で弱く踏む人と同じ速度が出せる。ただ強くゆっくり踏みすぎても効率が悪く、人間の生理的な適正は90〜100回転程度と今は言われている、と説明した。量をこなした次の段階では、自分に合った回転数や練習メニューを作っていくことになるという。
58kgまで絞って挑んだインカレ
インカレに出場したのは大学3年のとき。登りのあるコースで、登りについていけなければ終わりだと考え、極端な減量をした。身長179cmで現在の体重は73kgだが、当時は58kgまで落とした。毎日カロリーゼロの食品ばかり食べ、立っているだけで立ちくらみがした。体力が落ちるのは分かっていたが、自転車が8kgなら、自分の体重を8kg落とせば自転車に乗っていないのと同じだ、という発想だったという。
しかしレース距離は180kmあり、6時間以上かかる。体にエネルギーを蓄えた状態で走る必要があるのに、中身は空っぽだった。回復もせず、「体の弱い一般人」になっていた。当時の学生レースでは先頭集団から30秒ほど遅れると赤旗を振られて降ろされ、最後までゴールできるのは10〜20人程度、残りの100人以上は完走させてもらえない。高倉は1時間ほど走ったところで30秒遅れ、レースを終えた。本人の表現では「ボコボコにされた」。
実業団と、「日本一」を取れる場所の選択
21歳ごろ、高倉は地域密着型の実業団チームから声がかかり、2〜3年所属した。並行してYouTubeを始め、そちらがうまくいき始めると、どちらで日本一を取れる可能性があるかを考えるようになった。
選手としてどれだけ頑張っても自分は「雑魚みたいな走り」しかできない。それより、自転車を知らない女子高生のような人たちに「自転車はもっと面白い」と動画で広める方が、自転車業界という大きな目で見たときに自分の存在価値がある。それで自転車を始める人が増えれば、自転車への恩返しにもなる、と考えたという。
高倉はここで構造的な問題も指摘する。誰も見ていないレースで優勝しても、知っているのは現場にいた多くても数百人だけで、インカレの優勝者を街で聞いても誰も答えられないだろう。そこで実業団をやめ、自分でチームを立ち上げた。発信力の強いメンバーを集め、一緒にレースに出て、その様子をYouTubeなどで発信し、「お茶の間」にできるだけ届けることを目指した。
洗車のショート動画で100万回再生
YouTubeを始めたのは大学3年ごろ、2021年あたりだった。実は中学時代にも友達と「体を張る系」の動画をYouTubeに上げていたが、高校で皆がばらばらになって自然に終わっていた。大学で自転車を始め、それを発信したくなったのがきっかけだ。当時も自転車チャンネルはたくさんあり、YouTubeとしても後発だと本人は認識していた。バズらせようとは思っておらず、動画作りも自転車も好きだったから始めた。
動画を上げ始めて2〜3か月で、再生数が100万回に届くようになった。最初にバズったのはロードバイクを洗車するショート動画だ。洗車中の手順を説明しつつ、「男はこの3点と記念日だけは忘れたらあかん」といったボケを挟み、クリーナーについては「多分人生の汚点以外はほとんど落とせる」と語る。高倉は、ネタと解説が半々の内容だったと言う。
その後もツール・ド・フランスを題材にした動画や、初心者・中級者・上級者の比較、メルカリで3000円で買った自転車で100km走る、ママチャリで100km走る、ママチャリとロードバイクでバトルする、といったショート動画をひたすら作り、ほとんどが100万回以上再生されたという。インタビュアーが、自転車を知らない人向けの自転車動画は少なかったのではと指摘すると、高倉は「確かになかったかもしれない」と認める。ただし、なかったから狙ったという意識はなく、「謎の裸一貫」でやっていたと振り返った。
在学中に、YouTubeだけで食べていけると感じた。周りが就活する中で、バズる保証もないショート動画を作り続けるのは、今思えば「頭おかしい」と高倉は言う。収入は普通の学生アルバイトより多かったはずだという。一番実感したのは駐車場の話だ。それまで家の車で大学に行くときは、遠くても1日最大400円の駐車場に停めていたが、YouTubeを始めてからは大学のすぐ近くの1日最大600円の駐車場に停めるようになった。「これ俺来たなと思いました」。それが今までのどんな買い物より嬉しかったかもしれないという。
両親は放任主義で、進路について何も言われず、YouTubeで食べていくと伝えることもなかった。ただ「家は早く出ていけ」とは言われていた。就職しろという意味ではなく、経済的に独り立ちしてほしいという意味だったという。卒業後はそのまま家を出てYouTube一本になった。最初は三脚を立てて1人で撮り、妹や友達にカメラを持ってもらうこともあった。
大量消費される動画と、終わりのない数字
うつ病になったのは約1年前だ。予兆は徐々にあった。活動を始めて2〜3年のころから、すでにかなりきついと感じていたという。再生数が落ちるのが怖くなり、追われるようになった。
高倉が挙げる理由の一つは、ショート動画の性質だ。ほとんどの人はスクロールしたら、さっき何を見ていたかを忘れている。「昨日ショート動画見て時間無駄にした」という人も多く、時間つぶしとして扱われる。そこで毎日戦い続けるのはしんどかった。高倉は1本に魂を込めて動画を作るのが好きだが、ショート動画は毎日のように出さなければならなかった。
最も忙しかった時期は四六時中企画を考え、思いついたらメモして台本を書き、撮影日を決めて撮る、というサイクルだった。寝ている間も頭の中で企画が浮かび、夜中に良い企画を思いついたと書き留めて寝ても、朝見ると全然面白くない、ということもあった。
そして目標に終わりがなかった。100万回再生を達成すれば次は1000万回、10万人に届けば次は20万人。年収1億円になっても次は5億円を目指すだろう。そう考えて、満足のボーダーラインは無限にあると気づき、「こんな無限を相手に戦っててもしゃあない」と思ったという。数字の達成で気持ちが完全に満たされることはない、と早々に感じていた。
だから、登録者が増えないでくれと思いながら動画を作っていた。有名になりたくて始めたわけではなく、有名になれば私生活が生きづらくなるだけで、お金もモチベーションにならない。そうなると、やる理由が何もなくなる。コメントで褒められても、「次も面白い動画を作らなければ」というプレッシャーになる。けなされるのも当然嫌で、褒められるとかえってきつい悪循環に陥り、「残された手段はもうやめるしかない」という状態になった。高倉は、以前は良いコメントは嬉しいに決まっていると思っていたが、YouTubeを始めてからそう感じるようになったという。再生数を追いかけるうちに、それを自分で義務にしてしまったのではないか、と振り返った。
気力が消え、刺激に耐えられなくなる
症状としては、まず気力がなくなった。食べたいという根源的な欲求まで失われていった。体調を崩す機会が増え、特に重要なレースの前に崩すことが多くなった。少しきついことをするとダメージの幅が大きくなり、1日でこんなに疲れるのかと感じるようにもなった。
周囲から何か言われることはなかった。表に出さないように目いっぱい取り繕っていたからだ。家では、AIが作った画像を背景にジャズピアノが流れる4時間耐久の動画をYouTubeで聴くようになった。刺激的な映像が見られなくなり、見るとしてもNHKのような刺激の少ない映像だけになった。
妹や友達に相談もできなかった。自分がやると言い出して手伝ってもらっている以上、自分が「やる気ないわ」と言えば皆の士気を下げてしまう。嘘でも元気でいなければと考えていた。動画ごとに関わる人やスポンサーも増えていた。
休止を決めた経緯について、高倉は率直だ。カメラマンや妹には自分が給料を払っていて、自分の気分ひとつで休むとは言えない。なぜ休むのかと聞かれそうでもある。それで一度病院に行き、うつ病と診断されたとき、「あ、じゃあ一応根拠にはなるか」と思ったという。そのときはその後のことは何も考えておらず、とにかく今の活動を全部やめるとだけ決めていた。周囲は納得してくれたが、病気の人に無理に働けとは言えないだろうから、ある意味では納得させてしまったのかもしれない、とも話している。
妹が出演するチャンネルと「俺おらなくても良かった」
休止中、チャンネルは妹が出演する形で続いた。妹は以前から動画に出たいと言っていた。それまで妹が主役の動画はほとんどなかったので、視聴者の反応を心配したが、妹単独のファンも増え、再生数が激減したわけでもなかった。高倉は次第に「逆に俺いらんのちゃうか」と思うようになる。
それは休んでいる身としては楽な気持ちだったという。自分がいなくても良かったのだと分かり、できるだけ妹に注目してもらって、自分のことは皆に忘れてほしかった。皆が忘れてくれたら嬉しい、という感情だった。いつ復帰するかも全く考えていなかった。
休止中の1年と、自転車による回復
休止したのは昨年7月ごろ。最初の3か月ほどは自転車に全く乗れず、体調もひどかった。1週間に1回ほど熱を出し、記憶もあいまいで、1か月前に何をしていたかが分からなかった。死がよぎることもあったが、死ぬのも怖い。ただ生きているだけの状態で、不快感が出たら動く生活だった。ずっと風呂に入らず不快になったら入る、トイレを我慢できなくなったら行く、空腹に耐えられなくなったら食べる。それだけに従って暮らすとボロボロの生活になる、と高倉は言う。
一人暮らしで、実家に帰ることも考えたが、特に帰りたいとも思わなかった。たまに来るLINEにも返信できない。一方で、好きな友達には連絡できた。傍から見れば都合のいい人間だが、病気のときは本当にそうなる、と高倉は説明する。好きなものしか食べられず、好きな友達とは連絡できても、興味のないことは全くできない。自転車に乗りたいという気持ちも全くなかった。「どこでもドアみたいなやつがあって、ガチャって開いてそこ行ったら天国ですみたいな扉があったら入ってたと思いますね」と当時を振り返った。
転機は休止から4か月目ごろ、友達に誘われて自転車に乗ったことだった。意外と楽しく、理由は分からないが、乗り始めると気持ちが少し回復してきた。友達や知り合いと走る予定があると、生活も少し整う。欲が全くなくなっていたところに、自転車に乗ると「もっと速く走りたい」という欲が出てきて、速くなるために食生活もきちんとし始めた。このまま回復していくのではないかと思えるようになり、「おもろいスポーツやな」と感じたという。
リハビリとしての撮影と8月の復帰
今年の年明けごろ、休止から1年という区切りで戻るのもいいかもしれないとうっすら考え始めた。4月に試しに動画を撮影してみた。以前はきちんと喋ったあとに大きなダメージを受けていたため、撮影や1日仕事をしたあとにどれだけダメージが残るかを試しながら、動画を撮りためていった。問題がなさそうだったので、予定通り8月に活動を再開できると判断し、そこに合わせて仕事を本格的に再開した。
ただ、インタビューの時点では、公開を始めたことで新しい負担も出ていた。4月からは水面下で仕事をしていただけで、公開して周囲にとやかく言われる期間はまだ試したことがなかった。それが少し嫌になりかけている、と高倉は話している。
理想は東出昌大、だがまだ欲がある
現在のモチベーションについて、高倉は「あんまりない」と言いつつ、投げやりではなく、やりたいからやっている状態に近いと説明する。最初にYouTubeを始めたときのように、動画作りが面白いから、この企画をやってみたいから作る。ただ、再び数字を追いすぎれば追われるようになるかもしれない、とも自覚している。8〜9月はペースを上げてもいいが、それ以降は無理に収入や再生数を稼ごうとは思わない。登録者もできるだけ増えないでほしい。もっとも、面白い動画を作ればそうはいかないので、そこは「永遠の矛盾」だという。
理想として挙げたのは東出昌大だ。芸能界の中心には行かず、外野から発信して少し人気が出る。スローライフと両立しているのがかっこいい、と高倉は言う。ただ自分が東出と一番違うのは、まだ欲があることだ。引いて見れば東出が理想だと思えても、動画を作る以上は面白くしたいし、細かく見れば再生数も稼ぎたい。そのために頑張ってしまう。ミクロな視点でも東出のようになれたら「覚醒した」と思う、と話した。
高倉はペース配分を考えるのがダサいとも感じている。自転車でも淡々とペースを刻むタイプではなく、残り100mを全力で駆け抜けるタイプで、動画も同じだという。今やりたいから、どれだけ疲れてもメンタルに来ても関係なくやる、後のことは知らない、今出せる最大のものを届けたい、と思ってしまう。それは引いて見れば東出から遠ざかっている。あり得る形として高倉が挙げたのは、大々的に「活動休止」とは言わず、2〜3か月の休みを勝手に何度も取ることだ。最近見ないと思ったらまた出てきた、を繰り返す方が人間味があって面白いかもしれない、という。計画や分析が行き届きすぎたチャンネルはあまり好きではなく、子どもが自転車に全力で乗っているようなものを届けるチャンネルが好きなので、そのスタンスでやっていきたいと語った。
自転車競技の安全対策が変わらない理由
一方で、自転車には良くない部分がたくさんあると高倉は言う。まず怪我が多すぎる。本人の調べでは、大怪我をする確率はどのスポーツより高いと思うという。試合中も練習中も起こり、亡くなるケースもある。高倉自身はまだ一度も骨折したことがないが、自転車をやっている人としては珍しいそうだ。
モータースポーツでは、アイルトン・セナの死亡事故などを経て安全対策が大きく強化されてきた歴史がある、と高倉は指摘する。それに比べて自転車は、人が亡くなっても安全対策がなぜか強化されない。自転車用のエアバッグも開発されているが、今のウェアにはプロテクターが一切なく、顎も守られていない。車やバイクのレースでは炎に包まれても耐えられるスーツを着ているのに、というわけだ。高倉が今のヘルメットをかぶっているのも、周りの選手がかぶっていて、そうしないと速くないからだ。全員がエアバッグを着けるルールになれば同じ条件になるので、そうした規則が普及してほしいという。
なぜ普及しないのかについて、高倉は自分の予想として語る。ツール・ド・フランスのような世界の大きなレースで導入されれば下の世代にも一気に広まるはずだが、そうしたレースを運営しているのは「レジェンドおじさん」のような人たちで、伝統ややり方を変えたがらない。自転車で転倒するのは当たり前、血を流すのは当たり前と考える人が多く、レース中に誰かが骨折してもレースは止まらない。サッカーなら1人が骨折すれば試合を止めて処置するのに、というのが高倉の比較だ。
そのため、自分がYouTubeでいくら安全対策を訴えても、プロのレースがやっていないのにと言われれば変わらない。ここはYouTubeで尽力できない部分だとも考えている。過去にレースを主催した経験があり、今後機会があれば自分のレースではプロテクター必須にするなど対策を増やしたいが、それで周り全体が変わるほどの影響力はないだろう、とも話した。
それでも自転車に乗り続ける理由
好きなところを問われると、高倉は「地球を楽しんでる感じ」を挙げた。フィールドは競技場ではなく、山や海といった地球そのもので、そこに自分の力だけで行けることにロマンがある。人力で最もエネルギー効率の高い乗り物は多分ロードバイクで、燃料を使わずに遠くへ行ける、と高倉は考えている。車でも山には登れるが、車で見た景色と自分の脚で登って見た景色は、同じ場所でも違う。それは言葉や映像にはできない面白さだという。もう一つは、うまく体重をかけられたときのペダルのこぎ心地で、他の競技にはない気持ちよさがあると語った。
自転車歴は12年ほど。続けたいとは思っていないが、続けてしまうだろう、と高倉は言う。うつ病のときは自転車なんてやりたくないと思っていたのに、結局また乗り始めている。人生の労力や時間をかけすぎて、やめられなくなっている。固執しているのだと思う、と高倉は認める。
そういう自分が好きか嫌いかと聞かれ、「まあ、好きかもしれないですね」と答えた。自転車に固執していなければ、別のものに固執していたか、何にも固執していなかったかは分からない。酒やタバコやギャンブルに固執していた可能性もあり、それらも否定されることではないが、それならフィットネスになって健康的な自転車の方がいい。やめればアイデンティティもなくなる。12〜13年分を全部自転車に注ぎ込んできたので、今から他のことをやっても自分には何も残っていない、と高倉は話を締めくくった。
これ1番速い状態で言うと、何キロぐらい出るんですか?スピード。大体、ま…が限界ですね。このギアだと。
ロードレースのルールっていうのは。はい。チームで出る場合は1人エースっていうのを決めて、そいつが最終的な着順を取る係というか。で、それ以外の選手はこの1人をどれだけいい順位でゴールさせられるかっていう役目というか、個人競技でもあり、チーム競技でもありみたいな。
まささんは実業団に入ってたっていう感じなんです。はい。それでだんだん自転車を発信していきたいなみたいな風になってきて。
3000円のメルカリで買ったやつで100km走るとか、ママチャリで100km走るとか、ママチャリとロードバイクでバトルとか。はい、載せて2、3ヶ月したらもうバズったというか、100万回とか行くようになりましたね。これ俺来たなと思いました。
だんだんあってなってきましたね。その、もう活動自体が大量消費すぎるじゃないですか、ショート動画って。出した動画、ほとんどの人はこうスクロールしたら、もうさっき何見てたか忘れてるんですよ。だから、ショート動画見て昨日時間無駄にしたわっていう人がいっぱいいるじゃないですか。無駄な時間を潰すものとして扱われてるんで。
全部の気力がもうなくなるんですよ。もうそれはもう自転車に乗りたいみたいな気持ちも全くなかったですね。うつ病ですって言われて、そうなるとほんまにこう、なんか死がよぎってくるんですけど、どこでもドアみたいなやつがあって、ガチャって開いてそこ行ったら天国ですみたいな扉があったら入ってたと思いますね。そんな簡単にそういう風に死ねたら。
すいません。よろしくお願いします。カトウと申します。よろしくお願いします。
今回の動画は安さんの提供でお送りしています。ご支援いただきありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
まささん、だから元々プロのロードレーサーやられてて、で、YouTubeで自転車について発信とか今されてるっていう感じなんです。
そうです。ま、プロではないんですよ、元々。はい。素人に毛が生えたレベルの実業団にいたみたいな。あ、ま、そうですね。はい。頑張ってはいたんですけど。日本の中では。
そもそも、ま、自転車のプロって何なんだみたいな論争があるんで、自転車のプロっていうのがちょっと難しいんですよ。定義的に、何をもってプロとするかみたいなところが結構あって。そうなんですか。はい。
でも自転車だけで食えてる人もいるにはいるんです。いるにはいるんですけど、僕は全然食えてなかったタイプの人で。食えてる人で言うと、個人にスポンサーがついてるみたいな感じなんですか?あ、それもありますね。あ、そうなんですか。企業が持ってるチームに所属してて、そのチームからお給料みたいな感じであるか。
はい。今日、だから普段使われてるロードバイク。あ、そうです。はい。これはなんていう名前のロードバイク?これはあのS1ネオっていうフランスのメーカーの自転車ですね。
何製なんですか?素材はあのカーボンファイバーっていう、航空機とかレーシングカーとかに使われるような、軽くて硬い素材が使われてますね。
これは重さは?でもまあ8.3kgぐらいだと思います。8.3。はい。普通のママチャリって何キロぐらい?ママチャリはまあ20kg弱ぐらいですかね。
ペダルってこんなちっちゃいんですか?あ、そうですね。これはあの靴とひっつくんですよ。靴が、あのこういうビンディングシューズって言われるような、この金具が付いてるんですよ、下に。はいはいはい。でこれをこうそのままパチッとはめるんですよ。そうなんすか。はい。で、はめると、こう上に上げてもくっついてくるというか。
ママチャリはこう引き上げて漕げないじゃないですか。これもうくっついてるんで、どんだけ漕いでも離れないっていう。だからこう、こういう感じですね。おお、すご。じゃあこける時とかはもう一緒にバンみたいな、これ。あ、そうですね。腕とか肩から行っちゃいますね。
ええ、タイヤもですけど、めちゃくちゃ細い。そうですね。細い方が速いっていうのもある。軽いから?軽いからってこと?そうですね。軽いっていうのもありますし、太すぎるとやっぱり抵抗が大きいんで。ただ細くしすぎるとまたそれはそれで抵抗が大きくなるっていう、ちょっと難しいんですけど。で、ちょうど1番抵抗が少なくて、あとはグリップ力もあるっていうのが大体これぐらいの幅って言われてますね。はい。そうなんです。
サドルもこう硬そうじゃないですか?硬くて薄いし。あ、そうですね。ママチャリとかのサドルよりはだいぶ硬いですね、これは。で、面積もちっちゃいじゃないですか。あ、そうです。はい。え、これはどういう効果があるんですか?とにかく、ま、軽いっていう。そうか。やっぱ軽さがなんだかんだ1番大事なんですか。あ、そうですね。軽さはとにかく重要ですね。
これでも硬いから、お尻痛くないですか?痛いです。痛いです。これは完全に。これ柔らかいと、強く踏み込んだ時にこう力が逃げる感じがあるんですよ。なるほど。痛くても絶対硬い方が速いから硬くしようっていう。そう。あとはもうケツは慣れさすっていう。なんかカチカチです、基本的に。あのハンドルとかも。そうなんです。ゴムみたいな素材になってて。あ、確かに硬いっすね。
ギアっていうのは何変速なんですか?えっと、24段ありますね。組み合わせで言うと、後ろが12段あります。これは12段変速なんですね。はい。で、前が2枚なんですね。こことここで2枚なんですよ。で、それ組み合わせなんで24段になるっていう。そっか。12×2で24段。はい。
これ1番速い状態で言うと、それ何キロぐらい出るんですか?スピードは。大体、ま、65kmぐらいが限界ですね。このギアだと。
この河川敷で、直線でトップスピードって出せたりするんですか?はい。そうですね。出せますけど。一旦ちょっと軽く走ってみますね。はい。
来た。う、すご。
今のが大体40kmぐらいですね。今の40kmぐらいですか?はい。ま、走ってる時、大体原付ぐらいで走ってると思います。
まささんは1番こうプレイヤーとしてやってた時は、企業の実業団に入ってたっていう感じなんですか?はい。それは企業がスポンサーとかをしている地域密着型のチームなので、ま、母体としては企業ではないですね。その時、だから大学生だったんで、学生やりながらレースも出てみたいな感じでしたね。
で、日本人で言うと、競技だけで食えてる人で言うと何人ぐらいいるんですか?本当に競技だけだと、20人ぐらいじゃないですかね?20人。はい。
国で言うと、どこが強いとかあるんですか?国はヨーロッパが基本強いですね、ずっと。歴史もヨーロッパが1番多分長いんですよ。で、そのツール・ド・フランスとか言われるレース、もう名前の通りフランスのレースなんで、やっぱヨーロッパに強い選手が集まってますね。へえ。
まささんは、えっと、今YouTubeのチャンネルも持たれてて、他はなんかやられてるんですかね?いや、僕はもう基本、今専念でYouTubeをやってますね。はい。その状態になって、今何年経つんですかね?5年ぐらいじゃないですかね、大体。はい。
このチャンネルですね、生まれてから順番に経歴を聞かせていただくっていうのが流れなんですけど、今年齢何歳ですか?28です。28。はい。生まれはどこなんですか?大阪の岸和田っていう場所ですね。あの、だんじりの町です。そうなんですか。はい。
ご両親とか何されてる方ですか?はい。もうただの会社員というか、スポーツとか何かしてるわけではないですね。そうなんですか。競技用の自転車っていうんですか?それに幼少期から触れてたってことでもないんですか?あ、ではないですね。はい。
でも大阪って結構チャリンコ文化というか、自転車文化じゃないですか?そうですね。ママチャリの保有台数が多分1番多いと思いますね、日本で。あ、そうなんですか。はい。ま、僕大阪なんですけど、電車乗ってもいけるけど、できればチャリンコ使って行けるとこまで行きたいみたいな気持ちがあったんですけど、そんな感じでしたか?
あ、そうですね。僕も確かにママチャリでいっぱいいろんなとこ走ってみたいな。昔卓球ってやってたんですよ。卓球やられてた。はい。で、その卓球の練習場行くまでに結構距離あって、そこをこうママチャリでずっと行ってたみたいな感じですね。
それ中学と小学校?あ、中学ですね。卓球は小学校から始めたんですけど。そうなんですか。はい。練習場まで往復20kmぐらいですね。1時間半とか2時間弱ぐらいやったと思いますね、ま、ママチャリだと。なんか電車で行きにくい場所やったんですよ。あ、そうなん。はい。で、今から体動かすっていうのに、なぜかその体動かす前に2時間ぐらい自転車漕いで行ってましたね。
おお。え、卓球は何歳からやるんですか?10歳ぐらいですかね。の時に始めて。小学校の部活にあったんですよ、卓球が。で、やったら楽しくて。で、中学でそこから高校なんですけど、卓球ずっとやってましたね。へえ。卓球が強い高校からスポーツ推薦を受けるぐらい、結構ちゃんとやってました、本当に。はい。
スポーツ推薦で行くかどうかちょっと悩んだんですよ。ただちゃんと考えたらね、卓球強い選手、あのね、今は引退されましたけど水谷選手とか、今だとあの張本君とか、あのレベルってすごいんですよ。当たり前なんですけど。はい。でも卓球で飯食うんだったら、ああいう人たちと競り合っていかないといけないって思ったら、今の俺、自信あるけどさすがにあのレベルには10年練習しても行かへんと思って。
周りにね、そのすごい全国レベルの人たちっていうのがいらっしゃって、その人たちと対戦すると、もう手も足も出ないんですよ。当たり前なんですけど。ただその人たちを軽く倒していくのがその張本君とか水谷選手と考えたら、僕がだからゼウスだと思ってる人をさらに子ども扱いにする、よくわからない存在がいるって思ったら、そんな俺ゼウスにもなられへんやろと思ってたんで。へえ。
結局断って、普通に、じゃあ高校は公立行くんですか?あ、そうです。はい。高校1年生か2年生ぐらいの時に、お父さんにあのクロスバイクっていう、ちょっとママチャリに毛が生えたようなスポーツ自転車みたいなのを買ってもらったんですよ。ま、4万円ぐらいです。あの値段で言うと。
え、それ自分で欲しいって言ったんですか?あ、そうですね。え、なんで欲しかったんですか?その時。多分もう自転車が好きだったんだと思いますね。なんかこう速く走れるんじゃないかと思ってて。卓球の練習場に行くその道のりが。あ、そっか、そっか。はい。結構僕の中では楽に速く漕げてたんですよ。ママチャリやのになぜか。
で、もうスポーツ推薦も諦めて、卓球もあんまりこう本腰入れてやってない時期に、なんかこれ自転車の方向いてんじゃないかみたいな風に勝手に思ってきたんですよ。へえ。あ、ママチャリの時点で自転車向いてんじゃないかと思ったんですけど。はい。
それあの学校の友達とかと、あのママチャリでレースしたりするじゃないですか、男の子って。ママチャリでレースとかすると、なんか僕だけ速かったんですよ。あ、そうなんですか。はい。今だと、ま、そもそも別に才能なんてなかったと思いますね。あ、そうなんですか。はい。ただ周りの学校の友達ぐらいでちょっと速いっていうレベルの人は、どこでもおるなと思って。今なら。
高校出てからどうするんですか?進路は。あの、大学に進学するんですけど、ここで途中に自転車屋さんでバイト始めるんですよ。へえ。はい。で、それはあのロードバイクを買うためのお金を貯めようと思って。あ、そうなん。はい。で、お金貯めるだけやったらあれやから、やっぱバイトも自転車の知識手に入るし、自転車屋さんでバイトするかと思って。
大学に進学するかしないかギリギリの時期ぐらいに、お金貯めてロードバイクを買いましたね。1台目の。へえ。18歳の時ですね、それが。もっと速く走りたいってのがあって。そうですね。クロスバイクでいっぱい走ってると、もっと自信ついてくるんですよ。ああ。で、レースは出てないですけど、まだ1回も。俺レース出ても行けちゃうかみたいな。
そっか。え、最初買ったロードバイクっていくらぐらい?それが、えっと25万円ぐらいですね。すごいっす。え、いや、18歳で25万円。本当にやばかったですね。覚悟決まりましたね。本当に高校の時2年ぐらい働いた分、多分ほぼ貯金してた全額ぐらいですね、それが。まるまる。はい。
今乗られてるやつはいくらすか?これは150万円ぐらいですね。はい。だいぶ出世しましたね、僕も。
え、どの部分が値段高いんですか?ま、まずフレームですね。さっき言ったカーボンで作られてる部分ですね。フレームでこれ60、70万円ぐらいやったと思います。ちょっと値段忘れたんですけど。フレームで、じゃあ約半分弱ぐらいして。はい。で、この車輪ですね。ホイール自体がもう25万円ぐらいですね。だから当時の僕のロードバイクが車輪だけで持っていかれてますね。150。
ただ、でも性能の上がり幅はもうすごく遅いですよ。そうです。はい。鈍化していきます。その性能のスピードは。そうなんですか。マックスで言うと、どれぐらいなんですか?値段って。大体今ので250万円ぐらいが本当に高いロードバイクっていう感じだと思いますね。250万円と100万円のロードバイクも、もう全く変わらないと思います。スピードで言うと。
そう。じゃあその差って何なんすか?そこはもうね、好みの違いなんですよね。はい。あそこの高級寿司屋とここの高級寿司屋は何が違うねんと言われても、どっちもうまいのはうまいんですけど、その感じでもう一緒ですね。150万円と250万円の自転車はほとんど。そう、もうなんか好みもあるし。あ、そうです。これかっこいい、とか。あ、そういうところもありますし。はい。
大学ってどこの大学行ったんですか?あの、近畿大学っていう。あ、近大行くんすね。近大ってその自転車競技部あるんですか?ないですね。ただ大学生のいろんな競技、聞くじゃないですか、インカレとか。ああいう大学生しか出れないレースっていうのがあるんですね、自転車でも。で、それに出るためには、自転車部に所属してない人はやっぱ出れないんですよ。
だからそういう大学生の学連登録っていうのだけを有志で集まってすれば、学生のレースには出れるみたいな、ちょっと複雑なんですけど。へえ。登録だけして、レースだけ学生のレースにも出たりしてましたね。
そうなんですか。作ろうとかは思わなかったですか?その部を。あ、思いましたね。ただもう相手にしてくれなかったですね。あ、そうなん。はい。もうそんな数年ではできないよみたいな。できる頃には俺はもう卒業してるかみたいな。いわゆる門前払いされてる、その口実がそれっていうことじゃないですかね、多分。はい。
基本は個人でそういうのにエントリーして出るみたいな。そうですね。はい。え、それってお金かかるんですか?出るのに。お金かかります。で、遠征費ももちろん自腹なんで。それまた大変すね。そうですね。もう本当に群馬の山奥とか、長野の田んぼとか、滋賀県の琵琶湖の近くとか、なんか人いないだろみたいな場所で走ってましたね。へえ。
成績的にはどうだったんですか?大学時代、その。インカレっていう、ま、いわゆる大学生の日本一を決めるみたいなレースがあるんですけど、そこに出るっていうのが目標であって。で、そこに出るために、こうなんか3段階に分かれてるんですよ。はい。クラス1、クラス2、クラス3っていうのがあって、クラス3みたいなところで、ま、優勝とか上位に入るとクラス2に上がれて、でクラス2でまた上位に入るとクラス1に上がるみたいな、ま、Jリーグみたいな感じなんですかね、いわゆる。
クラス2以上にならないとインカレに出れないみたいな当時ルールがあったんで、とにかくクラス2に上がって、なんとかでインカレに出て、で、ボコボコにされたみたいな感じですね。なるほど。え、そっか。クラス2以上で何人ぐらいいるんですか?大体200ちょっととかじゃないですかね。ああ。
まずあのロードレースのルールっていうのは、1位になった人が優勝みたいな感じですよね。ただチーム戦の要素もあるんでしたっけ?あれ。はい。あ、そうですね。チームで出る場合は1人エースっていうのを決めて、そいつが最終的な着順を取る係というか。で、それ以外の選手はこの1人をどれだけいい順位でゴールさせられるかっていう役目というか。
だから、ま、5人で出てるとしたら、他の4人は別に自分の順位はどうでもいいというか、基本的に。エースが優勝すればそれでいいみたいな感じで、風よけになって走るとか。個人競技でもあり、チーム競技でもありみたいな。ですよね。勝ったとしても名前が残るのはエースだけっていうことなんですね。そうですね。
だから、まささんは、えっとそのインカレっていうのも一応そういう団体で出るものですか?そうですね。学校によって強い選手が何人いるかでインカレに何人出れるかが決まるんで、近畿大学からはもう僕ともう1人しか出てなかったんですね、当時。2人しかいなくて。そうなるともう、どっちがアシストでどっちがエースとかはなかったですね。あ、なるほど。もう両方生き残れるまで生き残るっていう走り方ですね。ほぼ個人戦みたいな。
そう。ただ強い大学になると、やっぱりそこに7、8人送り込めるんで。そうなるとやっぱエース決めて、でアシスト作ってみたいなの。
中には1人でぶっちぎって勝つみたいな人いるんですか?あ、いますね。本当に強い人。はい。そうなんですか。そういう人って何がすごいんですか?もう全部すごいです。全部すごい。神ですね。あ、そっか。そっか。もう登りも行けるし。あ、そう。平地もいけるし、下りもうまいし、もう全部できるみたいな。
基本自転車は集団でずっと走り続けるんですね。空気抵抗がもう大きすぎて、1人で走ると。集団だと力で言うと本当に半分ぐらいで済むんですよ。で、そうなると、どんだけ実力があっても、トップの選手と僕が2倍力の差があるってことはほとんどないんですね。だからどんなに強くても、1人で全部走り切るっていうのは基本不可能なんですね。
だからその集団の中でどこの場所にいたら自分が落車に巻き込まれないかとか、次の展開どこで生まれやすいかとかを感覚的に分かる人がたまにいるんですよね。多分こう無駄足を使ってないんだと思いますね。あ。足、体力の使い方が多分すごいうまいんだと思います。
まささんも別にそういう練習環境とかない中で、インカレに出るそのクラス2でしたっけ?はい。そこまで行けたのは何が良かったとかあるんですか?正しい練習法は知らなかったんですけど、量で。量で。はい。ゴリ押ししたところはあると思いますね。
毎日100km走るとか、そういうなんか単純な目標で。だからちょうど3000km走るみたいな、1ヶ月。勉強一切せずに4、5時間走って、家帰ったらぶっ倒れて寝るだけみたいな。へえ。
スプリンターでしたっけ?その平地が得意な人と、クライマー、登りが得意な人でざっくり分けられるんですよね。あ、そうですね。僕は平坦が好きですね。
お、回転数って言うんですか?あの1分間の。はい。ペダルの回転数。ママチャリで60回転か70回転なんでしょ?それぐらいだと思いますね。普通それ普通に超える。まささんはそのマックスで言うとどうなんですか?本気で言うたら200とかいきますね。200。はい。多分200とかをレース中に使うことはないですね。あ、使うことはない。はい。基本は90から120回転ぐらいですね。1分間に。
200とかやっちゃうと、そう逆に。あ、逆にあの体力使うだけになっちゃいますね。ランニングのストライドとピッチの関係と全く一緒で、ストライドを広げるかピッチを増やすかじゃないですか、速く走るとしたら。で、ピッチを早くしすぎると多分ストライド稼げないじゃないですか。じゃあストライドを捨ててまでピッチを稼いだ方がいいのか、それともピッチを捨ててストライドを稼いだ方がいいのか。多分これ、いいところが多分あるんじゃないですか、どこかに。
それと一緒で、ま、自転車の場合トルクなんですけど、それが。なるほど。どれだけ強く漕ぐか。だから結局60回転とか50回転の遅い回転でも強く漕いでれば、それは100回転で弱く漕いでる人と同じぐらいの速度が出せるんで。ああ、なるほど。自転車でいうところのストライドはこの強さですね。そうです。はい。
ただ強くゆっくり漕ぎすぎてもまた効率が悪いんで、それの人間の生理的な適正っていうのが大体90とか100ぐらいって言われてますね、今は。はい。
とりあえず量をこなすからより上の練習っていうのは、そういう自分に1番最適な回転数を見つけてくとか、そういうとこに。あ、そうですね。自分にフィットする練習、なんて言うんですかね。練習メニューっていうのを作っていく段階になると思いますね。はい。
そのインカレ出る、それが何年生の時なんですか?はい。大学3年生だったと思いますね。その時は、じゃあさっき言ってたボコボコにされたんですか?あ、そうです。まず減量めっちゃしたんですよ。登りのあるレースやったんで、登りついていけないと終わりだなと思って。
今僕は体重73kgぐらいなんですけど、当時58kgまで落としたんですよ。で、毎日なんかゼロカロリーの物ばっかり食べて、立ってるだけでなんか立ちくらみするんですよ、毎日。え、何センチですか?179ですね。179で58kg。はい。体力落ちるのはもちろん分かってるんですけど、それよりももっと速くなるんじゃないかっていう。
自転車が8kgぐらいなんで、自分の体重8kg落とせば、もう自転車乗ってないみたいな話じゃないですか。言わば、それってとんでもないことなんですよ。そういう思考なんすね。
でもそうなると、なんか回復もしないですし、ただ体の弱い一般人になってしまって。その距離が180kmもあるんですよ。あの、当時出たインカレっていうのが。で、180kmっていうと6時間以上かかるんで、体の中にこうエネルギーを蓄えてる状態で走らないとダメなんですけど、それがもう空の状態なんで、走れて1時間ぐらいというか。へえ。はい。そのまま出て、え、ボコボコにされて帰ってくるっていう。
ああ。え、ゴールできないんでしたっけ。大学生のレースは、先頭集団から当時多分30秒後ろに離れたら、もう赤旗振られて、はい、レースから出てくださいって言われるんですよ。そうなんですか。はい。10人か20人ぐらいだと思います、最後までゴールできるのは。それ以外の100何十人は、もうレース全部走らせてくれないんですよ。なるほど。
だから僕はもうカラカラの状態で1時間ぐらいだけ走って、30秒遅れて死んだっていう。でもその58kgの状態で一応1時間持ったんすよ。ギリギリで。
大学卒業したらどうなるんですか?大学出る前にYouTubeを始めたんですね。大学中に。はい。大学3年ぐらいやったと思いますね。それ、なんでやろうってなったんですか?中学生の時YouTubeやってたんですね。あ、そうなん。はい。もう本当、YouTube黎明期の、あの体を張る系の動画を撮ったりとか。中学の友達でやってたんで、高校でみんなバラバラになると、結局なくなっちゃったというか。
で、また大学で自転車始めて、で、だんだん自転車を発信していきたいなみたいな風になってきて。結構。え、それ、あんまり自転車のこと発信してる人って、その時って全然いなかったですか?いや、たくさんいましたね。いたんすね。2021年ぐらいですかね。ま、YouTube時代がもう…だと思いますけど、自転車自体もチャンネルとしてはいっぱい、いろんな人がやってましたね。
ふえ。バズらせようみたいな風には別に思ってなかったですね。あと動画作るっていうこと自体も、その中学からやってたのがあって、面白くて好きで。両方好きなことというか。動画載せて2、3ヶ月したらもうバズったというか。100万回とかですか。行くようになりましたね。
まず1番最初、どんな動画でバズったんですか?ロード洗車する動画、ショート動画なんですけど。「5分で洗車。水は何ぼ使っても減らん。そう信じたらぶっかけてくれ。で、洗う時はチェーン以外にもスプロケ、プーリー、チェーンリングを忘れず。男はこの3点と記念日だけは忘れたらあかん。で、これが最強チェーンクリーナー。多分人生の汚点以外はほとんど落とせる。少なくとも自転車の汚れは落ちる。汚点は諦めろ」。アフレコ、ただ入れて動画出しただけなんですけど。半分半分ですね。ネタっぽく、ただちゃんと解説もしてるみたいな。はい。
その後出していく動画もいっぱいみんな見てくれて、安定して数字とって。はい。で、登録者でも60万人ぐらいいるじゃないですか。はい。そこまで行けたのはなんでなんですか?なんで勝てたというか。ショート動画をひたすら作ってたんですね。なぜかわからないですけど、出すたびにめっちゃ見てくれて。ほとんどの動画が100万回以上見てくれるような感じで、なぜか。
これってあのツール・ド・フランスでしたっけ?みたいな動画の、ああいうのが結構めっちゃ伸びた。あ、そうですね。それとかあの初心者、中級者、上級者みたいなやつとか、あるあるみたいな動画ばっかりあげてましたね。
逆に自転車系で面白いみたいな人があんまいなかった。あ、それは確かにいなかったかもしれないですね。自転車知らない方向けの自転車動画っていうのはなかったかもしれないですね。3000円のメルカリで買ったやつで100km走るとか、ママチャリで、はい、あの100km走るとか、ママチャリとロードバイクでバトルとか。あんなんがあんまりなさそうっすよね、なんか。そうですね。今考えると、だからないからやったっていう意識もないですね。謎のノリだけでやってましたね。
大学在学中に、これYouTubeだけで食ってけるなみたいな感じに。あ、そうですね。思いましたね。それはなんか途中からちょっとずつ。多分結構危機感持つ大学生が多いと思います。僕と同じことしてたら、多分周りのみんなはもう就活してるし。その中でショート動画作り続けるって、バズる保証があればそれでやると思いますけど、それがない状態でそれやり続けるって、今思うと頭おかしいというか。何の自信を持ってそんなお金稼げるって思ってんねんっていうか。そうか。はい。
え、その時って、でも普通に大学生がバイトするよりはるかに高いぐらいの金額は入ってたということですか。そうだったと思いますね、多分。たまに大学に家の車で行く時もあったんですよ。で、その時は元々もうとにかく安く止めたいんで、めっちゃ遠い1日400円最大料金のパーキングがあったんですけど、そこに止めてたんですよ、車を。でもYouTube始めてから、大学にめっちゃ近い1日最大600円の駐車場に止めるようになり出した時に、これ俺来たなと思いました。これ俺金持ったなと思いました。
大学生でそんなね、近さを取れるっていうのが。はい。それが僕は多分1番嬉しかったんじゃないですかね。今までしたどんな買い物とかよりも。
ええ。ご両親的にオッケーだったんですか?僕の両親はね、もうあの放任主義なんですよ、すごく。あの、進路とか別にお前の進路どうでもいいと。なんなら勉強しろとも言われないですし、本当ですね、そこも。あ、そっか。一応伝えはするんですか?俺YouTubeで行くわみたいな。いや、何にも伝えてなかったですね。でも就職どうするのとも言われてなかったです、別に。そうなんですか。
で、卒業して。え、YouTubeやってることは知ってるんですか?知ってはいますね。ただ家は早く出ていけと。あ、それはある。はい。だからそれは別に就職しろとかそういう意味ではなく、経済的に独り立ちをしてねみたいな。
卒業して、そのまま家出て、YouTubeの発信だけで。あ、そうですね。はい。その時何人でやってたんですか?その大学出ても。最初は1人で三脚立ててやってて、で、自分には妹がいたんですけど、妹にちょっと撮ってくれへんって言って撮ってもらったりとか、友達にちょっとカメラ持ってくれへんって言って持ってもらったりとか、最初はしてもらってましたね。そうなんですか。はい。
実業団のチームっていう、そこに入るのはどのタイミングなんですか?21歳ぐらいですかね。え、それは声がかかったんですか?あ、そうですね。言ったら、ま、じゃあ使うよみたいな。ま、そうです。拾ってくれてただけやと思うんですけど。
はい。それで練習やりつつ、YouTubeもちょっと始めつつみたいな感じでやってて、だんだんYouTubeがうまいこといくんで、どっちで日本一取れるかって考えた時に、自転車のYouTubeの方がまだ可能性あるぞみたいな。へえ。そっちをやる方が、なんか自転車業界という大きな目で見た時に、そっちの方が俺は存在価値があるんじゃないかみたいに思ってきて。
僕がどんだけ頑張っても、なんか雑魚みたいなね、走りしかできへんから。僕がね、自転車もっと面白いですよって、自転車知らない女子高生とかに広める方が、動画を通して価値があるんじゃないかっていう風に思ってきて。それでね、自転車を始めてくれる人とか増えたら、自転車への恩返しみたいな気分にもなっていいなと思って。
実業団は結局どれぐらいやってたんですか?2、3年ぐらいだったと思いますね。で、YouTubeを同時に始めて、自分の競技を上げるだけじゃなくて、もっと自転車を普及させるみたいな方向のチームみたいなのを自分で作られへんかって考え出して、で、そのチームを作って、で、その実業団をやめてって感じですね。
誰も見てないレースでただ優勝しても、結局それを知ってるのはその現場にいた、多くても数百人だけじゃないですか。結局レースに出て、じゃあそれを実際にもっと発信したりとかができる人たちを集めないと普及はしないなと思って。だから結局、僕が出てたそのインカレとかも、その当時の優勝者誰ですかって町の人に聞いても、多分誰1人分からないじゃないですか。
これちょっと構造的な問題があるなと思ったんで、自分で立ち上げて、で、自分がレースに出るその模様をYouTubeとかにアップして。だからチームメンバーも結構その発信が強い人たちを呼ばせていただいて、はい。で、一緒にレース出て発信してっていうのをやってましたね。できるだけお茶の間に届けようみたいな感じですね。
だから動画でも話されてた、あの、1年前に鬱になっちゃうんですよね。はい。それは、えっとじわじわそういう予兆があったんですか?だんだんあってなってきましたね。その活動自体が、始めてもう2、3年ぐらいからもだいぶきついなと思ってましたね。で、だんだん再生数落ちるのが怖くなってくるというか、なんかこう追われるというか。
それが嫌になってきたところもあって。あと大量消費すぎるじゃないですか、ショート動画って。出した動画、ほとんどの人はこうスクロールしたら、もうさっき何見てたか忘れてるんですよ。うん。だから、ショート動画見て昨日時間無駄にしたわっていう人がいっぱいいるじゃないですか。無駄な時間を潰すものとして扱われてるんで、それに毎日こう戦っていくっていうのは結構しんどいなみたいになってきて。僕、結構1本に魂込めて作るのが好きなんで、動画を。ショート動画やと、それ毎日のようにやっぱ出していかないとダメなんで。
どんな生活サイクルだったんですか?1番働いてた時っていうか。四六時中企画のことを考えてましたね。ああ。どんな次の動画出したらおもろいやろっていうので、思いついたらそれメモして、台本書いて、で撮影の日時決めて撮影してみたいなサイクルですね。
妹もやってくれたりとか、結構分担はしてたんですけど、とにかくもう企画を考えすぎて、寝てる時とかも頭に浮かぶんですよね、なんかその企画が。ほんで寝てる時に思いつくんですよ、すごいいいひらめきというか企画が。で、書いてまた寝るんですけど、朝起きて見たらめっちゃおもろない企画ができてるとか。
なんか目標があったらいいんですけど、これ終わりないなと思ってきて。ふーん。で、100万回再生行ったら次、1000万回再生行きたいし、10万人行ったら次20万人行きたいしみたいな。お金もね、稼いだらもっと稼ぎたいなっていうのがあると思うんですけど、これじゃどこに俺の満足のボーダーラインあるんやと思ったら、これ無限やぞと思って。結局僕がね、じゃあ年収1億円になりましたっつっても、次じゃあ5億目指すやろみたいな。こんな無限を相手に戦っててもしゃあないなと思って。なるほど。はい。
しかも、ま、そういう数字系の達成みたいなことで、なんかあんま完全に気持ち満たされることはないなっていう感じだったんですか。あ、そうですね。それもう早々に思いましたね。そうすか。だから登録者とかも増えないでくれって思いながら動画作ってましたね。というのは?終わりないし、デメリットしかないなと。そうなったら。デメリット?逆に。ただただ有名になると、なんかこうデメリットしかないじゃないですか。私生活生きづらいし。そうか、そうか。はい。僕が有名になりたいと思ってやってないんで。
で、お金とかも、特に億万長者になりたいみたいなのがないんで、モチベーションにならないんですよ、あんまりお金っていうのが。てなると何もないんですよね、もうやるモチベーションが。あ、なるほど。だんだんもう何も言われたくなくなってくるんですよ。いいことも言われたくない。コメントでこう褒められてもそんなに。いや、そう褒められると、またそうプレッシャーかけられてるというか。これ面白いって言われたら、あ、じゃあ俺次の動画、面白い動画じゃないと作られへんなみたいに思ってくるんですよ。はい。
悪循環ですよね。そうなると、褒められると余計にきついし。いや、だってね、けなされたらそれはそれで嫌やからなと思ったら、残された手段はもうやめるしかないというかね。
まささんは元々そういう、褒められるプレッシャーをより感じるタイプだったのか、このYouTube始めてからそうなったのか。あ、始めてからですね。そんなことがあり得るとは思ってなかったですね。いいコメントなんていいに決まってるやろみたいに思ってたんですけど。追いかけるようになってしまったんじゃないですかね、多分。その再生数とか、俺が義務化してしまったというか。
どんな感じで症状に出てくるんですか?まずはやっぱ気力みたいなのがなくなってくるんですね。全部の気力がもうなくなるんですよ。もうそれはもう飯食いたいとかみたいな根源的なやつもなくなっていきますし、あとは体調崩す機会がめっちゃ増えて。重要なレースとかの前にめっちゃ体調崩したりするなとかが増えたりとか、なんか体の不調みたいなのが増えたりとかして。あとちょっときついことをやると、ダメージ受ける幅がめっちゃでかくなるみたいな。1日だけでこんな疲れてるやんみたいな。いろんな感じでだんだん増えていきました、そういうのが。
周りからなんか言われるぐらいの感じでした?はい。特に何か言われるとかはなくですね。ただもうそれを表に出さないように目いっぱいやってるというか。はい。
で、家でもYouTubeで、あのなんかAIが作った画像を背景にジャズピアノが流れてる4時間耐久とかの音楽を聞き出すんですよ。なんかもうね、刺激的な映像見れなくなってくるんですよ、だんだん。もうなんかの映像を見るとしてもNHKみたいな、できるだけ刺激的じゃない映像しか見れなくなってきたりとかしてましたね。
もう誰かに相談できる感じでもなかったんですか?妹さんとか。そうですね。ま、僕がやるぞって言って、で妹にも手伝ってもらったりとか、友達にも手伝ってもらってたんで、なんか俺がちょっとやる気ないわって言ったらそれ違うなと思って。みんなの士気をね、下げる感じがしたんで、俺は嘘でも元気でないとなみたいに思ってて。
そっか。もうその時で言うと、チームで言うと結構な人数いたんですか?そうですね。明確にこの人とこの人がいるっていうわけではないですけど、結構その動画によって関わってくれる人が結構増えてきて、で、スポンサーの方々とか、いろんな関わる方が増えて。
でもそっから休止するってなるじゃないですか。はい。まず病院行こうってなるんですか?あ、そうですね。休止するってなると、なんで休止するのって妹にも言われそうやし。ま、僕が給料払ってるんで、カメラマンとか妹にも。なんか俺の気分1つでこんなこと言われへんかと思って。じゃ、1回ちょっと病院行くかと思って行って、で、うつ病ですって言われて、あ、じゃあ一応根拠にはなるかみたいな。
それが、その時はもうやめようと思ってたんですか。いや、何も考えてなかったですね。とにかく今の活動全部やめるとは思ってましたね。あ、そういう風に、じゃあ伝えるんですか?あ、そうですね。一旦もう全部やめるっていうので。周りは一応納得してくれるっていう形ですか。そうですね。ま、納得せざるを得ないですよね。逆の立場としても、そんな病気の人に無理やり働けよって言えないというか。だからそれはもうね、同情させたみたいなところがあるかもしれないですけど。
でもそっから一応チャンネル、その妹さんが出演するっていう形でやってたじゃないですか。あ、そうですね。はい。それはその妹さん側からの提案なんですか?そうですね。妹が結構動画に出たいって言ってくれてたんで。ただその当時はあんまり妹が出る動画っていうのはなかったんで、あくまで僕の動画にたまに妹が出てくるっていう形で。いきなり視聴者の人が、妹だけ出てきたらどうなんかなと思ったんですけど、ま、妹だけのファンみたいなのも結構増えてきて、ま、それはそれでいいことかと思って。
確かに。しかも再生回数も別にそんな激減したとかじゃないすもんね、見てたらね。そうです。だから、だんだん逆に俺いらんのちゃうんみたいな風に思って。ああ。妹だけ伸びるしみたいな。俺じゃなくても良かったのか、このチャンネルって。
え、それってでも、そう休んでる状態からすると、楽な気持ちになるんですか?それか。
あ、楽ですね。気持ちとしては。逆に。あ、俺おらなくても良かったんやっていう。できるだけ妹に注目してもらって、俺のことは全員忘れて欲しかったですね、もう。みんな忘れてくれたら、もうそれは嬉しいっていう感情でしたね。で、特にだからどのタイミングで復帰とかも全く考えてなかったですね。
この1年間はどんな風に過ごしてるんですか?
最初の多分3ヶ月ぐらいはもう自転車にも全く乗れなくて、体調めっちゃ崩してたんですよ。もう1週間に1回ぐらいなんか熱出たりとかしてて、あとはなんかこう記憶も結構なくなってたんですよ。1ヶ月前何してたか全く分からないんですよ。気力も特にないんで。そうなるとほんまにこう、なんかがよぎってくるんですけど、でも死ぬのもまだ怖いじゃないですか。
でもなんか生きてるだけみたいな感じ。不快感があったらやるみたいな。お風呂ずっと入ってなかったら不快感出てくるじゃないですか。そうなったらお風呂入るみたいな。
あ、そうか。
トイレ我慢できんから行くみたいな。とか、もうお腹空いてしゃあないから食うみたいな。でもそれだけに従って生きると、もうボロボロな生活になるんで。ボロボロな生活を送ってましたね。
その時は1人で住まれてたんですか?
そうですね。実家に帰ることも考えたんですけど、特に帰りたいとも思わずですね。
ふーん。帰ってこいとも言われず。
まあ、なんかたまにLINE来るんですけど、LINEも返せないんですよ、なんか。
ですよね。
はい。自分が好きな友達とかには連絡できたりするんですよ。それをね、こう傍から見たら、なんか都合のいいやつなんですよ、すごく。でもほんまに病気の時ってそんな感じなんですよね。ほんまに自分の好きなもんしか食われへんし、好きな友達とは連絡できるけど、興味のないことは全くできへんみたいな。だから自転車に乗りたいみたいな気持ちも全くなかったですね。
そうなんですか。
はい。どこでもドアみたいなやつがあって、ガチャって開いて、そこ行ったら天国ですみたいな扉があったら入ってたと思いますね。そんな簡単にそういう風に死ねたら。
最近この経ちましたみたいな、忘れてたじゃないですか。この1年間で一応こう回復はしていったっていうことなんですか?
そうだと思いますね。あの、うん。それで休止してから4ヶ月目ぐらいに自転車に乗る機会があって、その友達から誘ってもらったんですね。で、それで乗ったら意外と楽しくて、で、なぜか分からないですけど、自転車にちょっと乗り出したら、なんかこうちょっと回復してきたというか、気持ち的にも。で、自転車に乗ると結局、友達とか知り合いと走るってなると、生活もちょっと整ってくるんですよ、自転車。ポンと、だからそれでこう回復してきて、俺このまま回復していくんちゃうかなみたいな風に思ってきましたね。4ヶ月目ぐらいで、おもろいスポーツやなっていう風に思って。
いい意味で、だから欲みたいなのが全くなかったんで。自転車に乗るともっと速く走りたい欲みたいなのが出てきて、もっと走りたい欲を出すと、食生活とかもきちんとした方がより速くなれるんで、それでちょっときちんとしてきたみたいな感じですね。
ええ、最近動画にまた出られたじゃないですか。それはこのタイミングっていうのはどういうタイミングだった?
去年のちょうど7月ぐらいに休止したんですけど、7月になるとちょうど1年なんで、1年ぐらいのタイミングがある意味休止期間としては切りがいいかなみたいな風にうっすら思い始めてきたんですね。それはもう今年の年明けぐらいなんですけど。今年の4月ぐらいにまず1番最初に動画ちょっと撮ってみるかで撮ってみたりとかして、徐々にこうリハビリ生活を。
ああ、なるほど。
はい。ちゃんと喋って、その後にめっちゃダメージ受けてたんですよ、今までは。撮影とか1日仕事というものをしてみては、その後にどれぐらいダメージ残るだろうなみたいな。
ああ、なるほどなるほど。
はい。試して試して、で、いろんな動画もいっぱい撮り溜めしてきて。じゃあ予定通り8月ちょうど活動再開できるかもしれへんなと思って、そこに合わせて色々と仕事をちゃんとやり出したっていう感じですね。
ほお。今んとこ問題なくっていう感じなんですか?
そうですね、と思ってたんですけど、動画を公開し出したらちょっと。8月からは周りにとやかく言われるという、まだ試したことがない期間が今やってきてるとか含め。
あ、そうです。4月からはまだ水面下で仕事してるだけなんで。8月から誰かにとやかく言われるんで、こうそれがちょっと嫌になりかけてるんですけど。
なるほど。今はこれどんなモチベーションでやってるんですか?
今はだからもうモチベーションあんまりなくて。でもなんかそれは投げやりになってるわけでもなくて、なんかこう結構やりたいからやってるに近いですね、今は。それこそ1番最初にYouTube始めた時みたいに、なんかわからんけどこの動画作り面白いからやるみたいなとか、企画ちょっとやりたいからやってみるとかですね、今は。でもそれがまた、あの、追いすぎたら追われるようになってくるかもしれないですけど。まあ、ちょっと8月、9月とかはちょっとペース上げてやってもいいかなと思うんですけど、それ以降はそう、無理にね、なんか頑張ってお金を稼ごうとか再生数稼ごうみたいなのはないですね。だから登録者とかも、えっと、このままできるだけ増えない。
ていうか、やっぱ面白い…まあ、そこがほんと永遠の矛盾というか。外野でたまに動画出すぐらいが多分ちょうどいいっす。まあ、都合のいいこと言ってるんで、そんなことは不可能なんですけど。東出昌大みたいな、芸能界の中心には行かないみたいな、けど外野からこう発信はして、ちょっと人気出るみたいな。
あれ多分行き着くんじゃないですか、東出。
はい。行き着く、その形なんす。その形なんですよ。あのスローライフとね、両立してる感じがかっこいいなと思いますね。
一応現実的に可能ではあるかなっていうとこはあるんですか?
はい。可能だと思うんですけど、やっぱり僕は東出と1番違うのは、やっぱりまだ欲があるんですよ、多分。こうは言ってても、やっぱ動画作る以上面白い動画にしたいですし、再生数は稼ぎたいんですよ、ミクロな視点で見たら。
うんうん。なるほど。
そこがやっぱりまだあるんで。はい。頑張っちゃうは頑張っちゃうと思いますね、そのために。でも一旦引きで見たら、やっぱ東出が理想やとはなるんですけど。そのミクロでも東出になりきれたら、もう僕はまた覚醒したなと思います。
あんまりペース配分を考えるのがダサいなと思ってるんですよ。僕、自転車もそうなんですけど、あんまペース配分淡々と刻めるタイプじゃなくて、あのゴール残り100mとかをもう全力で駆け抜けるみたいなタイプなんですけど、結構それに近くて、動画も今すごいやりたいから、どんだけ疲れるとかどんだけメンタルに来るとか関係なく、いっぱいやりたいからやる。後のことは知らんみたいな。
今出せるマックスをお届けしようみたいな風には思っちゃってるんですけど、それ引きで見たらね、東出から遠ざかってるんで。
確かにまだ全然アクセルを踏んではいますもんね、それで言うと。
あ、そうです。で、あるとしたら、大々的に活動休止とは言わない2、3ヶ月の活動休止を勝手にしまくるっていう形があると思いますね。あいつ最近見なくなったら、あ、また出てきたな、また見なくなったなみたいなのを繰り返すみたいな。そっちがまあ、人間味があって面白いかみたいな。
あんまりこう計画のありすぎる、分析しすぎてるチャンネルの投稿って、あんまり僕は好きじゃないんで。ガキが自転車で全力で乗ってるみたいなのをお届けするチャンネルが僕は結構好きなんで。まあ、そういうチャンネルっすもん。そのスタンスでやろうかなとは思ってますね。
でも自転車自体は、もうずっと続けていきたいなっていう。
そうですね。自転車ってでも良くない部分がもうたくさんあるんですよ。まず、あの、怪我が多すぎるっていうのがあって。僕調べだと、どのスポーツより1番大怪我する確率は高いと思う。
それってやっぱ試合中ですか?練習中。
あ、どっちもですね。
最悪亡くなっちゃうとかですか?
あ、そうですね。それもありますね。僕はまだ多分骨折とか1回もしてなくて。
へえ。
それは珍しいですね、あの、自転車やってる人だと。そういうところがちょっと僕は嫌いなんで、あの、もうちょっとこう安全対策をね、普及できたらなとは思ってますね。車のレースとかだと、昔だとね、やっぱアイルトン・セナとかが亡くなったりして、で、そういうのでこう安全対策がむっちゃ強化されてきた歴史がね、まあ、他のスポーツもあると思うんですけど、自転車は結構人が亡くなっても安全対策がなぜか強化されないんですよ。そういうことがちょっと多すぎるんで。もっとこう自転車用のエアバッグとかも開発はされてるんで。
今これプロテクターとか全くないんですよ、何も。でもね、あの、車とかバイクのレースって、もっとすごいレーシングスーツ着て、ね、炎に包まれても大丈夫なスーツを着てるじゃないですか。ああいうものがやっぱ絶対必要なんで、自転車も。これがもう顎も守られてないし。でもじゃあなんで俺がこんなんか被ってるねんって言ったら、やっぱ周りの選手が被ってるんで、やっぱこっち被ってないと速くないんですよね。みんなが同じ条件でエアバッグしようってなれば同条件なんで。そういうこうルールとか規則をもっと普及できたらいいのになとは思ってますね。
へえ。なんでその自転車競技って、なんかそういうの普及してないんですか?
僕の予想では、あの、世界のすごい大きなレースがあるんですよ。ツール・ド・フランスとか。そういうレースで導入されたら、もう下も一気に広まると思うんですけど、そういうレースを作ったりしてる人たちがもうレジェンドおじみたいな人たちばっかりで、あんま変えたくないんですよね。伝統だとか、ツール・ド・フランスはこれ我々こういう風なやり方でやってきてるみたいな。
頭の硬い人たちが多くて、自転車で骨折するの当たり前だろうと思ってるんですよ。自転車で血を流すの当たり前だろうって思ってる人たちがいっぱいいるんで、別に自転車のレース中に誰か骨折してもレース止まらないんですよ、別に。でも普通にサッカーのね、試合で誰か1人骨折してたら、試合全体止めてね、処置するところを、もうそんな当たり前だからっていうので何もないんですよ。そういうレースがちょっとね、あの、変わってくれないと何ともならないんだろうなと思ってますね。僕がいくらYouTubeで安全対策って言っても、プロのレースはそんなのやってないじゃないかってなると、ちょっと変わらないんで。ここはあんまりYouTubeでは僕は尽力できない部分だなとも思ってますね。
あ、業界的には変わらないと。
そうですね。はい。昔、あの、僕は自転車のレースを主催した経験もあるんですけど、そういう機会がもし今後もあれば、俺のレースだけはもうプロテクター必須ですとか、そういうちょっと安全対策を増やしたりとかしたいなと思うんですけど、でもそれをしたところで周り全部が変わるほどの影響力はないんだろうなとも思ってますね。
好きな部分はどんなとこなんですか?
好きな部分は、なんか地球を楽しんでる感じが面白いですね、僕は結構。なんかこうフィールドが競技場とかじゃないんで、もう地球じゃないですか。山とかね、海とか。それをこう自分の力だけで行けるっていうのはロマンが結構あって。多分人力で最もエネルギー効率が高い乗り物って、多分ロードバイクやと思うんですね。燃料使わずにね、遠いところ行けるんで。そういうところが僕結構好きですね。
車も僕はよく乗るんですけど、車で山登ることも可能ですけど、その時に見た景色と自分の足で登った景色はやっぱり違うんですよね、同じ場所でも。それはこう言葉とか映像にはできない、まだなんかこうおもろさみたいなのがあって、それがちょっと好きですね。
あとはやっぱ単純にペダルの漕ぎ心地ですね。これは他の競技にはない気持ちよさがありますね。うまくこう体重かけれた時の、これも言葉でも映像でも説明できないんですけど、あって、それが面白いですね。
今何年やられてるんでしょう?
12年ぐらいですかね、自転車。はい。続けて行きたいとは思ってないんですけど、行ってしまうんだろうなっていう感じです。
そういう感じなんですね。
だから僕が、そのうつ病になってしまっても、なんかやり始めちゃってるんで、結局。もう僕の気持ちとしては自転車なんてやりたくねえと思ってたんですよ、その病気の時は。でもやり始めちゃってるんで、やってしまうんだろうなと思ってますね。それはもうやめれなくなってしまってるんですよ。もうかけすぎて、人生の労力とか時間を。固執してるんだと思います。
そうか。その固執してる自分は好きですか?嫌いですか?
あ、まあ、好きかもしれないですね。なんか結局自転車に固執してなかったとしたら、じゃあなんか違うものに、まあ固執してるか、もしくは何も固執してないと思うんですけど。分からないですけど、その酒とかタバコに固執してるよりは。
確かにそうか。
ギャンブルに固執してる可能性もありますし、どれも別に否定されることではないですけど、まあそれやったら自転車みたいな結構フィットネスで健康的やし、やめたら、あの、もうアイデンティティもなくなってしまいますし。もう12、3年分を全部自転車に突っ込んでるんで、今から他のことやっても何も残ってないというか、僕に。
ありがとうございました。
はい、ありがとうございました。連絡します。ありがとうございました。
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