『機動戦士ガンダム』第24話「迫撃!トリプル・ドム」を読む:キシリアの苛立ち、ドムの発明、戦争に巻き込まれていくホワイトベース

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概要

岡田斗司夫ゼミの「機動戦士ガンダム完全講座」から、第24話「迫撃!トリプル・ドム」を扱った回(第71回・第72回)をまとめる。この話では、ジオンの新型モビルスーツであるドムが初めて登場し、マチルダが戦死する。後半の鍵になるニュータイプという概念も少しずつ見えてくる。岡田は冒頭のキシリアの会議シーンからジオン内部の政治状況を読み解き、ドムの演出上の狙いを説明し、ホワイトベースの面々がいつの間にか戦争の当事者になっていく過程がこの回で表面化すると論じた。最後には、キシリアとセイラについての追加解説もある。

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1:53

冒頭のキシリア:なぜ将軍たちを怒鳴りつけたのか

第24話は、キシリアが書類を放り投げて「おふざけでない」と将軍たちを怒鳴りつける場面から始まる。場所はおそらく月のグラナダ基地だと岡田は見ている。キシリアは「全く問題にならぬプランです」「地球連邦の包囲の中からマ・クベがどれだけ貴重な資源を送り届けてくれたか、お忘れか」と言い、モビルアーマーの実用化にも触れる。これに将軍の一人が「恐れながら、それでは軍の権威が」と返す。

岡田によれば、キシリアが怒っているのは、有能なはずのジオンの将軍たちがマ・クベの重要性をまったく理解していないからだ。「貴重な資源」とは戦争を維持するための鉱物資源であり、マ・クベは敵の包囲の中からそれをずっと宇宙へ送り続けてきた。モビルアーマーの実用化に触れていることにも意味があると岡田は言う。モビルアーマーはモビルスーツより高性能で、そのぶんレアメタルなどの貴重な資源を多く使う。つまりモビルアーマーの開発も、マ・クベが確保した資源があってこそ成り立つ、という意味の台詞だという。

岡田はこの背景として戦争全体の流れを説明する。ジオンはモビルスーツを投入して戦争を始め、すぐに勝てるはずだった。ところが連邦もモビルスーツを開発し、モビルスーツ同士の格闘戦になった。そこでジオンは、戦車の時代に航空機が現れたように、モビルスーツそのものを古い兵器にしてしまうモビルアーマーを配備しようとしていた。戦争があと1年以上続いていたら、モビルスーツはプロペラ機や地上の戦車のように時代遅れになり、いわばジェット機の時代に入っていたかもしれない、と岡田は推測する。

4:12

マ・クベはなぜ軽んじられるのか

それでも将軍たちがマ・クベを軽んじる理由について、岡田は二つの点を挙げる。一つは、軍人は目の前の戦闘に勝つことばかり考えがちで、戦わずに戦争を勝利に導くタイプの軍人は軽く見られてしまうこと。もう一つは、マ・クベの階級が「大佐」にとどまっていることだ。

キシリアがマ・クベの階級を上げられないのにも事情がある、と岡田は見る。地球連邦軍にマ・クベの重要性を知られたくないし、ジオン内部でもギレンやドズルにマ・クベがどれほど重要なポジションにいるかを知られたくない。だから大佐程度にしておいた。ところがこの配慮が裏目に出て、今回の戦力補給がうまくいかない原因になった、というのが岡田の解釈である。

根拠として岡田は、オデッサの戦いが始まると現場の兵士たちが「もう1隻回せないのか」「地上戦艦が足りない」と不足を嘆いていることを挙げる。ジオンの地球攻略本部である北米のキャリフォルニアベースには、地上戦艦や航空機、モビルスーツが大量にあったはずだ。それでも動かせなかったのは、将軍たちにとってオデッサは「たかが大佐が守っている鉱物資源のための戦い」であり、キャリフォルニアの防衛や攻撃のほうが大事だったからだ、と岡田は説明する。キシリアの苛立ちは、そうした将軍たちの権威やメンツへのこだわりに向けられている。

続くナレーションも、キシリアの苦しさを示していると岡田は指摘する。月を占領するキシリアは各地の戦いが不安定になるため自ら地球へ出撃できず、できることは「ジオンの三連星」と呼ばれる直属の勇士たちをマ・クベのもとへ送ることぐらいだった、という内容である。キシリアでさえ何でも好きにできる立場ではない、と岡田は読む。

シャアの昇進と「地球での白兵戦用モビルスーツ」

キシリアはさらに「男子のメンツ、軍の権威、それが傷つけられてもジオンが勝利すればいい。その上であなたのメンツも立ててあげましょう」と言い、「地球での白兵戦用のモビルスーツはシャア中佐に回す手立てをつけなさい」と命じる。

岡田はここで二つの点に注目する。一つ目はシャアの階級だ。シャアはガルマの戦死の責任を取らされていったん処分されたが、キシリアのもとで逆に中佐に出世している。マ・クベの件で、階級を低いままにしておくと舐められて補給も満足に受けられないとキシリアは学んだ。だからシャアは実際の配属時、つまり「復活のシャア」の時点では大佐にまで昇進している、と岡田は解説する。

二つ目は「地球での」という限定である。この言い方から、モビルスーツ同士の戦闘に特化した機体が、地球上で運用するものと宇宙で運用するものという複数の系統ですでに開発・配備されていることが読み取れる、と岡田は言う。キシリアは続けて、将軍が「今すぐというわけには」と渋ると、シャアがマッドアングラーに降りるまでに間に合えばよい、各部隊に配属中の機体の中にも地球の戦闘に耐えるものがあるはずだから回すことも考えるべきだ、と答える。岡田によれば、これは配備済みの機体にも地球で戦えるものと戦えないもの(宇宙専用機)があるという意味になる。また、宇宙に住むジオンの人間が「降りる」と言うのは地球への降下を指すので、この会話の時点でシャアはまだ宇宙にいることも分かるという。

今回初めて出てくる「重モビルスーツ」という言葉について、岡田は、ガンダム級の機体と戦うためにメガ粒子砲を本体に内蔵するような大型モビルスーツを指すと説明する。ただし最初の機体であるドムには、メガ粒子砲はまだ間に合っていない。胸のあたりにはザンジバルと同じような目くらまし用のライトしか装備できておらず、本格的に武装した重モビルスーツは次の世代のゴッグから登場する、というのが岡田の解説だ。放送開始から1分ほどのキシリアの台詞だけで戦争の状況がこれだけ読み取れるところが、ガンダムの面白さだと岡田は述べる。

11:20

黒い三連星と「撃墜数で測る英雄」

ドムはマ・クベ隊のもとへ配備される。ザク、グフ、ドムと続いた2音の名前の機体はドムが最後で、以後はゴッグ、ズゴック、ゾック、アッガイといった名前のパターンに変わる、と岡田は補足する。パイロットはガイア、マッシュ、オルテガの3人で、「ジオンの三連星」「黒い三連星」と呼ばれるエースパイロットチームだ。

エースパイロットという存在について、岡田は歴史的な話を加える。戦闘機パイロットを英雄として報道し国民の士気を上げるやり方は、第一次・第二次大戦のころから日本・ドイツ・アメリカなどで行われるようになったもので、それ以前にはあまり見られなかったという。近代以前の戦争で英雄とされたのは「何人倒したか」ではなく「どんな理由で戦ったか」「どんな逆境でも負けなかったか」だった。岡田は、新撰組や忠臣蔵、主君への忠誠で戦った楠木正成、部下を守る心で英雄になった日露戦争の広瀬中佐を例に挙げる。撃墜数という分かりやすい戦果で英雄を測るようになったのは第一次大戦以後であり、黒い三連星も、レビル将軍を捕虜にした、ルウム戦役でこんな働きをした、という戦果で英雄になっている、と岡田は位置づける。

ガイアはマ・クベの肩に手をかけ、なれなれしく話す。ガイアの階級は大尉で、軍隊では1階級違うだけでも大きな差があるのに、大佐のマ・クベにため口をきいている。ここからもマ・クベがジオン軍内部で舐められていることが分かり、富野由悠季がかなり細かく描き分けている、と岡田は評価する。ガイアのなれなれしさは次回のラストで描かれる3人の生き方にも関わってくるので、配信などで確認してほしいと岡田は勧めている。

14:16

ドムという「コロンブスの卵」

ドムは足の裏、スカートの下、背中から噴射してホバーで浮き、インラインスケートのように滑らかに動く。巨体なのに軽々と動くこの表現には、いくつかの狙いがあったと岡田は説明する。

一つは新しい見せ方だ。ロボットがドシンドシンと走り回って剣や槍を振り回す「ダサいけれどかっこいい」戦い方は、ザクとグフでやり尽くしている。グフには日本刀のようなものまで持たせてガンダムとチャンバラをさせたので、この先同じことをしても当時の『最強ロボ ダイオージャ』のような他のロボットアニメと同じになってしまう。それを避けるため、地面を水平に滑る動きを描きたかったのだという。

もう一つは作画上の理由である。人間でもロボットでも四つ足の動物でも、歩きの作画は難しく、うまい人が描いても地面の上で滑っているように見えてしまう。それなら最初から滑るモビルスーツを出せばいい。作画枚数の節約にもなり、あまりうまくないアニメーターでもかっこよく動かせる。岡田はこれを「コロンブスの卵」的な発想と呼ぶ。

岡田自身はドムがいちばん好きなモビルスーツだという。モノアイの光る部分が大きく、顔全体が目のように見えてキャラクターとして成功しているし、ドイツの戦車のような凄みを感じるという。実際に操縦したり所有して整備したりするなら、ワイヤーがむき出しで手作り感のあるザクのほうが面白いと思うが、アニメの絵面としてはシルエットの違い、滑る動き、上下左右に動くモノアイを含めてドムがいちばん面白い、というのが岡田の評価である。

ミライの予感とニュータイプ表現の変遷

Bパートでは、ホワイトベースの機関部が故障の原因をつかめず、この回を通して艦が飛び立てずに苦労する。ブリッジでミライが「間に合わないかもしれない」とはっとし、すぐに「心配性なんです」と自分で打ち消す場面がある。マチルダは左の眉をひそめる演技をしていて、ミライの表情が理解できない様子だ。

岡田は、この場面はミライがマチルダの死を予感していることを示していると読む。ニュータイプの素質はミライにもあるから入れた場面だ、という解釈である。ただしこの時期には、ニュータイプの表現方法がまだ固まっていなかった。後の額から稲妻が走るような表現ではなく、この回のアムロも目から光が出る描写になっている。

岡田はこれを『スター・ウォーズ』のフォースの描き方と比べる。『新たなる希望』の段階ではフォースは目に見えないものとして描かれ、オビ=ワン・ケノービが死んだ後も姿を現さず、ルークの耳に「フォースを使え」と聞こえるだけだった。これがジョージ・ルーカスが目指した描き方だった、と岡田は言う。しかし子どもの観客が増えるとフォースが何なのか分かりにくくなり、『帝国の逆襲』では手を伸ばすとライトセーバーが飛んでくるような因果関係が描かれ、『ジェダイの帰還』では皇帝が手から電撃を出すようになった。富野も最初は絵的な表現をせずに「なんとなく分かってしまう」ものとしてニュータイプを描こうとしたが、視聴者だけでなくスタッフからも分からないと言われ、額から稲妻が出るような表現を使うようになっていった、と岡田は説明する。

この場面には皮肉もある、と岡田は指摘する。マチルダはレビル将軍から、連邦軍ではまだ知る人の少ないニュータイプという概念を聞かされている人物だ。アムロと話すときも、ジオンでは研究が進んでいるニュータイプかもしれない少年、つまり「サンプル」と話している面がある。ところが目の前にはもう一人のニュータイプがいて、自分の死を予感していることにマチルダは気づいていない。その話の皮肉がうまく描かれている、と岡田は評価する。

速すぎて役に立たないGメカ

戦闘が始まると、カイのガンキャノンは以前より明らかにうまくなっているし、ハヤトもうまくなっている。それでも新型ドムの速さには通用しない。ドムは攻撃をすり抜けて、飛べないホワイトベースに少しずつ近づいていく。岡田はこれを将棋にたとえ、王将に寄られたら負けだから、とにかくドムを近づけないようにしている状況だと説明する。

今回も岡田が「おもちゃ会社のごり押しメカ」と呼ぶGメカが登場する。アムロの乗ったガンダムを丸ごと収めたGアーマーの形態で、セイラがパイロットとして出撃する。発進時、技術者から「時速600km以下なら失速するから気をつけてくれ」と言われる。岡田は、時速600kmはマッハ0.5を超える速度で、音速の半分以上で飛ばないと失速するのはもう飛行機ではない、と笑う。戦場には早く着けても、敵に会って旋回しようとすると旋回半径が大きくなりすぎ、格闘戦には向かない。

実際、アムロがドムを見つけた瞬間にはもう通り過ぎてしまい、セイラに旋回を頼むと二人ともGで苦しむ。ようやく旋回を終えたときにはドムはもう見えない。一方のドムも自分の移動速度が速すぎて照準が合わない。敵も味方もいらいらしている間に、ドムはホワイトベースに近づいていく。岡田は、プラモデル的な知識をいったん捨てて、戦争もの・ミステリーとして見るとよく積み上げられた展開だと述べる。

結局アムロはGアーマーから分離し、ガンダムとしてホワイトベースの救援に向かう。ホワイトベースはやっとエンジン不調の原因が分かった段階で、「あと2、3分」「2分でなんとかしろ」というやりとりがあるうちにドムの攻撃が迫る。

25:47

ガンダムと互角のモビルスーツ

空中から襲いかかるガンダムに、ドムは大きなバズーカで応戦するが、ガンダムは飛んでくる弾を避けてしまい、ガイアは驚く。一方、ガンダムの頭部バルカンはドムにまったく効かない。岡田によれば、バルカンは場面によって効いたり効かなかったりする、演出の都合に合わせやすい武器だが、それでもザクに近距離で撃って全く効果がなかったことはなかった。ドムのバズーカもガンダムの盾で防がれ、両者は完全に互角になる。

これまでジオンにガンダムと互角のモビルスーツは出てこなかった、と岡田は強調する。ザクは明らかにレベルが違い、グフはランバ・ラルが操ったからこそ互角以上に戦えたが、性能ではガンダムが完全に勝っていた。今回初めて、性能でガンダムと互角の機体が登場したことになる。

アムロはホワイトベースにいるマチルダのことが気になって仕方がない。マチルダは、エンジンを修理できなかった責任感もあってか、2分を待てずにミデアへ走り、ドムをホワイトベースに近づけまいとして発進する。しかしガイア以外の2機も到着し、3機のドムがそろって防衛戦になる。

27:43

ジェットストリームアタックとマチルダの死

ガイアは「ジェットストリームアタックをかけるぞ」と宣言する。3機が縦に並び、前の機体が後ろを隠して目くらましをする攻撃である。岡田は説明のために考えてみたが、要するに縦に並んで前が目くらましをする三位一体攻撃のようなもので、『サスケ』の忍者のような技だと言う。ガンダムで技名を叫ぶのは珍しく、歴戦の勇士が得意技として使うので視聴者もかっこいいものとして見てしまうが、やっていることは単純だ、というのが岡田の見方である。

アムロはここで初めて目が光り、目から火花が出る。岡田はこれをニュータイプとしての目覚めの場面と位置づける。アムロは3機に囲まれても互角に戦い、ジェットストリームアタックは失敗する。オルテガは避けられるとは思わなかったと言って2回目を仕掛けるが、これも失敗する。ガイアのドムを踏み台にして次の機体に襲いかかる、有名な「俺を踏み台にした」の場面で、マッシュがやられる。

怒り狂ったオルテガのドムの前に、マチルダの乗るミデアが突っ込んでくる。オルテガのドムは両手を組んで振り下ろし、ミデアのコクピットを叩きつぶして、ミデアは大爆発する。アムロはマッシュのドムを脳天から真っ二つに切り、残る2機は撤退する。

岡田は時間の演出にも注目する。夜間の攻撃から始まった戦闘の最後に東の空が明るくなり、ミデアが爆発する。次の追悼の場面では空がかなり明るくなっている。『機動戦士ガンダム』らしい、時間の経過を見せる演出だという。

31:41

部下の死より勝利を喜ぶレビル

爆発の後、一度レビル将軍に場面が切り替わる。レビルは大喜びしている。部下のマチルダが死んだことよりも、ホワイトベースが戦いを切り抜けたことを喜び、エルランに「いい知らせだ」「彼らの実力は本物だ」と言う。そして「本日午前6時をもってオデッサ作戦を開始する」と告げる。

岡田は、このときがすでに夜明けであることを指摘する。夜明けに「本日午前6時をもって」と言うのは、今すぐ始めるということだ。オデッサ作戦は開始時刻を伏せたまま準備されていたが、レビルはホワイトベースの勝利という好機を利用して即座に開始を決めた、という流れだと岡田は読む。

32:27

地面の穴への敬礼と、タムラの白衣

ホワイトベースのクルーは外に並び、夜明けの空の下でマチルダに黙祷と敬礼を捧げる。岡田はこの場面で、一人だけ布を持っている人物がいることに今回初めて気づいたという。それはコックのタムラで、普段は白いコックコートと帽子を身につけているが、今回は正装の軍服で並び、自分の身分を表すコックコートだけを手に持っている。細かい芸だと岡田は感心する。

アムロは心の中で「マチルダさん」と叫ぶ。しかしクルーが敬礼している対象は、地面に開いた穴でしかない。死を悼む対象が爆発の跡の穴だというドライな描き方を、岡田は高畑勲的な演出だと評し、富野が高畑演出から学んだところだろうと述べる。冷たい演出法だが、すごいと思うという。

34:24

ポイント1:敵も味方も新兵器の戦いへ

岡田はこの回のポイントを二つにまとめる。一つ目は、戦いが新兵器の投入合戦になってきたことだ。前回の第23話「マチルダ救出作戦」では、新型のグフをドダイYSに乗せて戦う新戦法が出たが、Gメカの登場で単なるやられメカになった。ガンキャノンやガンタンクも普通にグフに勝てるようになっていた。そこで今回、ガンキャノンやガンタンクでは勝てないドムが出てくる。対抗するGメカは、マチルダを通じてレビル将軍から新兵器として支給されたものだ。敵も味方も次々に新兵器を持ち出す戦いになった、と岡田は整理する。

35:16

ポイント2:「生き残るための戦い」からのずれ

二つ目のポイントとして、岡田は作品全体の状況の変化を長く語った。

岡田によれば、『機動戦士ガンダム』は第1話から少なくとも第12話「ジオンの脅威」までは、敵に襲われた少年たちが生き残るために仕方なく抵抗する話だった。戦う話ではなく、殺されそうになって抵抗する話である。第13話「再会、母よ…」では、生き残るために戦うことは正しいのかが問われ、それは正しいという価値観を再確認する。何が何でも戦うなという古い世代の絶対平和主義者のような母親を出したことを、岡田は当時の日本の思想に対して過激にノーを言ったものだと評価する。岡田によれば、今は日本が再び武装するかどうかは賛否両論になっているが、1970年代には賛否両論ですらなく、戦争は絶対悪で、敵が攻めてきたら抵抗せずに逃げればいいという意見が朝日新聞をはじめどこでも主流だった。その時代に、母親にその立場を取らせ、アムロに「これは戦争なんだよ」と言わせたのは、日本の思想においても重要なポイントだったという。

第14話「時間よ、とまれ」では、敵の兵士にも人生や夢があり、お互いに戦う事情があるわけではないことが描かれる。ホワイトベースはジオン兵を恨んでいるわけでも敵意を持っているわけでもなく、ジオン兵もホワイトベースの人々が憎いわけではない。それでも戦うしかない。岡田はここが普通のアニメとの最大の差だと言う。『進撃の巨人』も『鬼滅の刃』も、今のエンターテインメントのアニメや漫画はまだ「襲われたから死なないために戦う」段階にとどまっているが、『機動戦士ガンダム』は手柄を立てられそうだから戦ってみる、という描写まで行き着いている、というのが岡田の評価である。

第15話「ククルス・ドアンの島」では、アムロがもう平和だけを望む少年ではなくなっていることを確認する。平和だけを望むなら、あの島にそのまま留まってもよかったはずだからだ。第16話「セイラ出撃」、第17話「アムロ脱走」から第20話までは、ランバ・ラルやハモンといった敵の男女と直接出会い、戦争とは負けた者が死ぬことだという運命を再確認する。第21話「激闘は憎しみ深く」でリュウが戦死すると、仲間の死は悲しむものの、なぜ死ななければならなかったのかという疑問を誰も持たなくなっていく。

そして第22話「マ・クベ包囲網を破れ」、第23話「マチルダ救出作戦」で補給と修理を受けたあたりから、ホワイトベースは生き延びるためではなく、オデッサ作戦に参加するために戦うようになる。ジャブローに逃げ込むため、生き残るためという第1話以来の建前が崩れ、敵を裏側から突けと命じられた時点で、アムロたちは初めて戦争に関与する側になった、と岡田は言う。これが嫌でカイはベルファストで艦を降りることになる。岡田は、ガンダムはテーマを立ててそれを守り抜くのではなく、守ろうとするうちに矛盾が生じ、それに苦しんで次のテーマへ進んでいく構図を持っていると述べる。

第24話では、守りたかったマチルダが死ぬ。その背後で、部下の死よりホワイトベースの勝利を喜ぶレビルが描かれる。レビルの薄情で非人間的な面はあまり語られないが、今回と次回で検証すると岡田は予告し、「レビル将軍って大概のタマ」だと言う。そのレビルから、ホワイトベースはついに戦争への参加を命じられる。アムロも、かつて戦うことを肯定するのはアムロじゃないと言っていたフラウも、積極的に戦争に参加することに疑問を持たなくなっている。

ただし第27話「女スパイ潜入!」で、カイ・シデンだけが実は嫌で仕方なかったことがはっきりする、と岡田は言う。第24話の段階ではまだその差は見えない。むしろマチルダの死で自分たちの戦力不足を嘆き、次回でもカイは「なんで俺はもっとうまく戦えないんだ」と嘆く。それがベルファストでそれぞれ昇進し階級をもらったときに「これでよかったんだっけ」という問題に直面する。カイの内面の台詞がないまま離艦の場面が描かれるので分かりにくいが、この辺りから内部のきしみが始まっている、と岡田は見る。なぜ戦うのか、戦うという選択は本当に正しかったのかを悩み、答えを探すドラマが最終回まで続くことが、ガンダムが今も色あせない点だと岡田は評価する。

43:05

追加解説1:ドムの話題とキシリアの孤独

講座の後の追加の話で、岡田はまずドムについて、他のYouTubeチャンネル「メカ部」のドム特集がよくまとまっていて足せるところがないと紹介した。また、ある漫画家がかつて、ドムの足は3本のほうが宇宙で扱いやすく機動性も上がるはずだと主張していたところ、近年のガンダム作品で本当に3本足のドムが登場し、「俺のアイデアがパクられた」と喜んでいたという話にも触れている。

続いて冒頭の会議シーンに戻る。岡田が重要だと考えるのは、キシリアの部下である将校たちがキシリアに正面から反論している点だ。会議は「全く問題にならぬプランです」という一言から始まる。つまりその前に、キシリアの作戦立案があり、部下がそれを否定したはずだ。キシリアはそれに対し、私のプランに何の問題もないと言い返したことになる。

マ・クベが他の将校から舐められている話はこれまでもしてきたが、このシーンを見ると、キシリア自身も部下を思いどおりに動かせているわけではない、と岡田は言う。マ・クベほど舐められてはおらず怖がられてもいるだろうが、その怖がられ方も、総帥の娘だから、女だからヒステリーを起こしやすい、という昭和のおじさんが娘を見るような目線だろうと岡田は推測する。将校たちは俯き加減で上目遣いにキシリアを見ていて、心から信頼している関係ではない。キシリアは設定上24歳で、下の将校から見れば、大学を出たばかりの社長の娘が権力を笠に着て勝手なことを言っている、というある企業のお家騒動のような構図になっている、と岡田はたとえる。

キシリアは安彦良和の『THE ORIGIN』などでも、策略で何でも思い通りにする切れ者で怖い女性として描かれ、ファンの間でもそのイメージが強い。しかしこの場面を見ると、キシリアにも苦労がある。ナレーションが示すとおり、会議で部下にプランを潰され、マ・クベへの大規模な援助ができなかった。そのためマ・クベはオデッサで敗れて地球の鉱山を放棄することになり、それが長期的にジオンを弱体化させた、と岡田は見る。その意味でジオンの敗北には自業自得の面もあるという。キシリアがいつもマスクをしているのも、表情を読ませず弱い自分を隠すためだと見ると、違う解釈ができると岡田は言う。ちなみに富野はかつて、キシリアがマスクをしている理由を聞かれて「お肌の乾燥を防ぐため」と答えたそうで、岡田は宇宙船の中は乾燥しがちだろうから、それも悪くないかもしれないと笑う。

47:43

追加解説2:セイラの涙と、戦争に取り込まれる人々

最後に岡田が取り上げたのは、ラストの追悼場面でのセイラの涙である。横殴りの風で涙が真横に飛ばされる中、セイラは「私が不慣れなばかりに」とマチルダに謝る。岡田は、マチルダが死んだ原因のかなりの部分がセイラにあるからだと説明する。

今回の戦闘は、歴戦のパイロットが操る3機の新型モビルスーツ、それも戦闘力ではおそらくガンダムを超えつつあるドムに、アムロのガンダム1機が一斉に攻撃される戦いだった。1対1ならアムロが勝つと岡田は考えるが、3対1ではさすがに分が悪い。実際、ガイアを踏み台にしてマッシュのドムをビームサーベルで仕留めたところで手詰まりになり、本来ならその後に控えていたオルテガの攻撃でアムロはやられていたはずだと岡田は見る。それを救ったのが、強引にガンダムとオルテガの間に割り込み、自らを盾にしたマチルダのミデアだった。

本来ガンダムを援護するべきだったのは、ガンダムより一世代新しいGファイターに乗ったセイラである。セイラが1機でも別の戦場に引き離していれば、ガンダムは黒い三連星を1機ずつ倒せただろう、と岡田は言う。つまりモビルスーツ戦に向かない輸送機に乗ったマチルダが、役に立たなかったセイラの代わりを務めた。命がけで届けた新型メカを使いこなせないセイラと、それを補って死んだマチルダ、という構図になっている、というのが岡田の読みである。周囲は、戦闘に慣れていない人だから、以前ガンダムを無理やり持ち出してすぐ負けた人だから、それでもパイロットが絶対的に足りないから育てるしかない、と考えてセイラを責めない。責められないからこそセイラは余計につらくなっている、と岡田は言う。

セイラはもともとジオン・ダイクンの娘という微妙な立場にあり、連邦でも今のジオンでもない場所にいた。自分は戦争に参加しないという立場だったのが、次第に「私も戦わなければならない、義務を果たさなければならない」と積極的に参加するようになる。ホワイトベースのクルー全員が、最初は戦うこと自体に疑問や嫌悪感を持っていたのに、積極的に索敵し、作戦に参加し、少しでも敵を倒して勝とうとするようになった。岡田は、その理由としてリュウの死、艦が動けず生きるか死ぬかの状況で冷静に考えられなかったこと、命がけで補給してくれたマチルダへの恩、連邦軍にまだ実力を見せられていないという気持ちなどがあったのかもしれないと推測する。ただ、あれほど冷静で戦争から距離を取ろうとしていたセイラさえ、当たり前のように戦争に取り込まれ、「私がちゃんと戦えなかったばかりに」と泣くようになった。

その中で唯一、自分自身のあり方を保ち、みんなが戦争を当たり前と感じる状況に違和感を持っていたのがカイ・シデンだと岡田は言う。しかしガンダムを応援し、モビルスーツ戦を楽しんで見ている視聴者の目には、自分の軸を持ち続けるカイがかえって違和感のある存在に映り、ニヒルで嫌なやつ、煮え切らないやつ、勇気のないやつに見えてしまう。岡田はそれこそが戦争の恐ろしさだと述べる。カイについては「女スパイ潜入!」のあたりで詳しく話すと予告し、次回の第25話「オデッサの激戦」については、核兵器の登場、ガンダムの活躍、マ・クベの見せ場までを1話に収めてシャアの復活につなげる脚本と絵コンテがすごいので、解説にも熱が入るだろうと述べて講座を締めくくった。