総額2000万円の整形を重ねた妻と美容歯科医の夫 夫婦が語る施術の代償、DVの過去、「整形卒業」の理由

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概要

インフルエンサーのうんともさん(27歳)と、美容歯科医のじゅんりさん(34歳)は、患者と担当医として出会い、結婚した夫婦である。うんともさんは約7年間で整形に2000万円ほどを使ったと話し、じゅんりさんも500万〜700万円ほどを自身の施術にかけてきたという。インタビューでは、二人がどんな施術を受けてきたのか、なぜ整形を始めたのか、どんな副作用や事故を経験したのかが語られた。うんともさんは、出産を経て「次の整形で終わりにする」と決めたことも明かしている。

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二人の仕事と、うんともさんの整形遍歴

うんともさんは主にSNSで活動するインフルエンサーで、少し前までは『小悪魔ageha』のモデルも務めていた(現在はやめている)。じゅんりさんは銀座の美容クリニックに勤める歯科医で、審美を目的にしているため保険診療は一切行わず、自費診療のみを扱う。本人は、いま流行している美容整形の歯科版というイメージだと説明する。

うんともさんは目元、鼻、口のすべてに手を入れている。元は奥二重で、埋没法を2回、全切開を1回受けた。全切開は二重をより深くする施術だが、少し取れてしまったため、その後にもう一度埋没をした。埋没は取れたらやり直すものだという。鼻は、耳の軟骨を鼻先に入れたうえで小鼻縮小を2回行い、鼻をすっきりさせた。いわゆるアップノーズである。口は口角挙上を受けた。表情が柔らかくなる効果があるのかと聞かれると、「可愛いからやる」と答えている。

体は脂肪吸引と豊胸をしている。元はDカップで、今はおそらくGカップ。翌月にもう一度手術を受けてJカップにする予定で、合わせて6カップのアップになる。一度に大きくしないのは、体に合わないうえに皮膚が伸びていないので、段階的に進めないとリスクがあるからだと説明している。中身はシリコンで、理由は胸が大きいほうがスタイルがよく見えるから。Jより上を目指すかと聞かれると、「もうちょっといいかな」と笑って否定した。骨切りはしたことがないという。

セラミック治療と「35種類の白」

歯については、最初は歯を削らないラミネートベニアで治療し、その後セラミックにした。セラミックは歯の周りを一周削って被せる治療である。じゅんりさんによると、希望として一番多いのは歯の色を白くしたいというもので、自然な透明感を求める人も多い。矯正をした人でも歯の形が気になる場合は、よりきれいな形にできる。これが最大の利点だろうと話す。

白にも種類があり、じゅんりさんのクリニックには35色ほどあるという。うんともさんの歯は「EW0」という色で、最も白い色の一つ下にあたる。一番白い色にしなかった理由について、じゅんりさんは「一番白いと新庄さんのように真っ白になってしまう」と説明する。少し艶と青みがある色のほうが勧めやすいのだという。

治療は一度完了しているが、うんともさんは色を変えたいと考えているほか、最近出てきた「ダイヤモンドカット」も希望している。ブリリアントカットのように歯のセラミックをさまざまな角度から削り、キラキラ光るようにする方法で、着け外しができる。費用は19万円だという。

じゅんりさんの施術と、男性美容の現在

じゅんりさんも目と鼻に施術を受けている。目元は、埋没法に加えて眉下切開を受けた。眉毛と目の間を切って縫い合わせ、目元をよりはっきりさせる施術である。鼻は全体的にプロテーゼを入れるなどして整え、糸リフトは3回ほど受けた。体には手を入れていない。ただ、自分の脂肪を使って腹筋の形を作る施術には少し興味があるという。

じゅんりさんによれば、男性が豊胸の手法で胸筋を作ったり、シリコンを入れたりする時代になっている。性器にヒアルロン酸やシリコンを入れる施術についても、同業の医師の話を聞く限り「若干流行りつつある気がする」と話した。

費用はうんともさんが約2000万円、じゅんりさんが500万〜700万円ほど。うんともさんは体の施術も受けている分、金額が上がっているという。

患者と歯科医として出会うまで

二人が出会ったのは約4年前。うんともさんは歯並びと色味が気になっていて、友人の紹介でじゅんりさんのクリニックを訪れた。初診の時点で「かっこいい」と一目惚れし、SNSでつながっていたことから、DMで予約を取ったり連絡をしたりしたという。美容外科や美容歯科では医師が個人アカウントで発信していることが多く、DMで直接予約するパターンは珍しくないとじゅんりさんは補足する。うんともさんは連絡した動機を「下心」と笑って認めている。それまで医師を好きになったことはなかったが、医師側から誘われることは結構あった、とも話した。

じゅんりさん側は当初、恋愛のつもりはなかった。治療後に食事に誘われても、仕事上の相談か、治療を終えた労いの会食だと受け取っていたという。実はこのころ、じゅんりさんは既婚者だった。夫婦関係はほとんど終わっていたものの、SNSで独身とは言っていない一方、結婚していることも公にしていなかった。2回目に会ったとき、「実は結婚していて、もうバツがつく」と打ち明けた。うんともさんは驚いたが、じゅんりさんがひどく落ち込み、ずっと泣いていたので、まずは話を聞こうと思ったという。

その後2、3回デートを重ねるうちに、じゅんりさんはうんともさんを、いろいろ話を聞いて支えてくれる素晴らしい女性だと感じるようになった。そして自分から交際を申し込んだ。付き合って約1年で結婚し、入籍から約1年、取材時点で子どもは生後3か月である。

「遊ばない人」だと思えた理由

患者と医師が結婚まで進むケースは、ほとんどないのではないかとうんともさんは言う。言い方は難しいがと前置きしたうえで、遊んでいる医師が多いとも話した。じゅんりさんについては、遊ぶ人はいろいろな人に同じことを言っているが、この人は自分にだけ言っていると会話の中で分かったこと、そして絶対に嘘をつかない人であることを挙げている。

じゅんりさん自身も、噂のある医師や、不倫がニュースになる医師がいるため、美容医療の医師は良い目で見られないことがあると認める。浮気や遊びを続けると最終的に一人になってしまい、それで幸せになった人を見たことがない、と二人は口をそろえた。

交際を最初からオープンにしていたので、同業の医師たちからは「良かったね」という反応だったという。じゅんりさんの家族は、離婚歴があることから慎重な面もあったが、うんともさんがしっかりしていたので「いい人と出会ったね」と言ってくれた。うんともさんの家族も、これまでの交際相手がDVをするなど良くない人ばかりだったため、同じように喜んだという。

鹿児島での子ども時代と、容姿を否定する交際相手

うんともさんは鹿児島市の出身で、父は20年ほど建設業の会社を営み、母はパートをしていた。小さいころから美容が好きで、年上の女性が化粧をしている姿に憧れ、小学生で化粧を、中学生でカラーコンタクトを始めた。化粧品はお小遣いで買うか、母親から借りていた。周りの友人と比べてもませていたと思う、と振り返る。

中学生のころから整形をしたいと思っていたが、当時は整形が悪とされる時代で、周囲の目も気になり実行できなかった。整形への思いは、もっと可愛くなりたいという自分の気持ちから来ていた。ただ、容姿について言われた経験もある。交際相手から「ブス」「足が太いからスカートを履くな」と言われたことがあり、今ならモラハラにあたるような言葉だったという。

これまでの交際相手はみな最初は優しかったが、後になって暴力を振るったり、束縛が激しくなったりした。目の前で携帯を全部見られ、男性と関わらないよう求められたこともある。じゅんりさんと出会う直前に付き合っていた相手は、暴力で逮捕された。うんともさんはひどく殴られ、携帯を取り上げられていたため、もう一台の小さな携帯で友人に警察への連絡を頼んだ。パトカーが4台ほど来る騒ぎになったという。中学時代からのこうした経験で、容姿へのコンプレックスはかなり大きくなっていた。

上京、SNSでのバズ、ライブ配信での成功

高校は美容系の専門学校のような学校に進み、卒業後は鹿児島で美容系の仕事に就いた。親からお金を借りずに上京資金を貯めるため、昼の仕事に加えて夜はキャバクラで働き、1〜2年ほど続けた。20歳で上京した。

東京ではアパレルで働いていたが、TikTokで鹿児島弁を話す動画がバズった。鹿児島の先輩の「コーヒー牛乳」のイントネーションが面白かったという内容である。これでSNS禁止の会社に発信が知られ、会社をやめるかSNSをやめるかを迫られた。当時は収益もなく、家賃3万円の部屋に住んでいたが、うんともさんは会社をやめる道を選んだ。SNSはこれからもっと大きくなり、自分も伸びると思ったからだという。

実際にはすぐにはうまくいかず、一度鹿児島に帰った。しかし家族に「東京に行くと言ったのは自分でしょう、頑張りなさい」と言われて東京に戻った。その後、話題になっていたライブ配信アプリ「Pococha」で配信を始めると、アパレル時代よりはるかに稼げるようになり、普通に生活できる水準になった。成功の理由として本人が挙げるのは、ファンがついてくれたこと、配信の悪いところを反省会のように振り返ったこと、長時間配信すると決めてコツコツ続けたことである。

3万円のはずが40万円 初めての整形と医療ローン

初めての整形は上京後の20歳、アパレル時代の埋没法だった。3万円でできるという広告を見て行ったが、カウンセリングで麻酔や飲み薬などが次々に加算され、合計で40万円と言われた。当時の手取りは10万円ほどで、とても払えない額だった。それでも、東京の人は押しが強く、鹿児島出身の自分は断ると申し訳ない気がして断れなかったという。勧められた医療ローンを組み、その後に仕事もやめた。ローンは7年ほどかけて、つい最近ようやく完済した。

じゅんりさんは、こうしたケースの多さはクリニックによるとしつつ、最近問題になっていると話す。悪質なところでは契約するまで帰さないこともあるという。うんともさん自身は当時「東京ってこんなものなのかな」と思っていた。今振り返ると「チャレンジャーだった」と笑う。

当時はまだ美容整形は浸透していなかったが、広告が多く出始めていて、うんともさんは美容もSNSも今後流行ると考えていた。初めての整形では、顔は変わるものなのだと不思議な感覚を覚えた。また、それまでずっとアイプチをしていたので、朝の化粧がとても楽になったという。その後、配信とSNSが伸びるにつれて美容整形の「案件」が来るようになり、施術を重ねた。現在もそうした依頼が多いという。

モデルになったのも配信がきっかけだった。Pocochaで投げ銭によって順位が決まるイベントがあり、上位に入ると面接を受けられた。最終日は16時間、風呂にも入らずに配信を続け、数百万円単位の投げ銭が集まった。約30人の参加者の中で2位か3位に入り、面接に進んだ3人のうち1人として合格した。22歳のときである。現在はPR案件や夫婦での案件も増え、収入はアパレル時代の10倍ほどになっている。

20回の手術と副作用、ダウンタイムの落ち込み

手術の回数は、韓国で受けたものも含めて約20回にのぼる。副作用としてうんともさんが挙げたのは脂肪吸引の後遺症だ。チアリーディングをしていたが、脂肪吸引の後は体が硬くなった。さらに腕のしびれと感覚の鈍さが3年ほど続いており、取材時点でも治っていない。

じゅんりさんは、神経に近いところを触って傷つけると、親知らずの抜歯で麻痺が起きるのと同じようなことが起こり得ると説明する。神経の回復には個人差が大きく、1か月で治る人もいれば10年、20年そのままの人もいるため、どうなるかは分からないという。うんともさん本人は、今のところ大きな支障はないので後悔はないと話した。

精神面では、ダウンタイムにかなり落ち込むという。痛みもあるが、鼻の整形をすると腫れて見た目が悪くなり、「何をやっているんだろう」という気持ちになる。豊胸の後は胸が石のようにカチカチになり、一生このままなのではと思ったが、時間とともに柔らかくなった。

歯科医の家系から「異端」の美容歯科へ

じゅんりさんは東京生まれで、祖父の代からの歯科医の家系である。父は池袋で歯科医院を開業している。子どものころはアナウンサーなどいろいろな夢を持ったが、小学生のころには医療系の仕事もいいと思うようになった。昭和大学の付属高校から指定校推薦で昭和大学歯学部に進み、ストレートで歯科医になった。

当初は一般歯科で働くつもりだった。しかし、テレビ番組『ビューティーコロシアム』で美容整形のビフォーアフターを見て、美容の道に進もうと決めた。当時、歯学部から美容に進む人は「ほぼゼロ」で、大学からは「そんなところに行くものじゃない」と言われ、軽蔑されるほどだったという。美容は金儲けのための仕事で、セラミックを多用する歯科医は悪だという汚いイメージが強かったからだ。じゅんりさんはその道で頑張りたい気持ちに加えて、正直に言えばしっかり稼ぎたかったことも理由だと認めている。父は反対せず、「いいじゃん」と後押しした。

収入の差について、じゅんりさんは勤務医1年目で年収1000万円だったのに対し、一般の歯科医として勤めれば300万〜500万円ほどだと話す。一方で「虫歯も治したことがないのに」という批判も受けた。その批判はもっともだと考え、できるだけ長く上の先生について学び、誰よりも早く来て誰よりも遅く帰り、削る練習などを重ねて技術を身につけたという。

発信のための整形と、夫婦で乗り越えるダウンタイム

じゅんりさんの初めての整形は29歳と遅い。大手美容クリニックに勤めていたころ、先輩医師がインスタライブをするためのモデルを探しており、それに応じて埋没を受けた。その後はしばらく施術をしていなかったが、現在のクリニックに移ったころにメンズ美容が流行り始めていた。注目を集めるための発信として整形を始め、施術を受ける自分をSNSで見せると見てもらえるようになったので、定期的に受けるようになったという。眉下切開で大きく腫れたときには、うんともさんが励ましてくれた。

韓国で一緒に施術を受け、ダウンタイムが重なったこともある。そのときは励まし合うというより、早く治すために食べるものに気をつけたという。回復のためにビタミンやタンパク質、アミノ酸系をできるだけ取るよう情報を共有した。落ち込むより早く治そうとする境地にいる、と二人は笑う。

肺に穴が開いた医療事故

じゅんりさんは同業の職場で月1回のペースで施術を受ける人を多く見てきたので、うんともさんの施術回数を極端だとは感じていなかった。ただ、うんともさんの父親からは、心配だから止めてほしいと頼まれたことがある。

その心配が強まったきっかけは、東京での施術中の事故だった。肺に穴が開き、緊急搬送された。医師の単純なミスだったといい、搬送先の病院からは、もう少し遅ければ肺が潰れていたかもしれないと言われた。執刀したのは、自分で探して初めて担当してもらった医師だった。

じゅんりさんは、整形自体は本当に安全だとしつつ、中にはSNSでバズることだけを考えている医師がいるのも事実だと話す。美容医療は技術職であり、しっかりした医師選びが大切だというのが二人の結論である。

出産と体重、マンジャロについて

うんともさんは次の豊胸手術で整形を終えるつもりだという。30歳が近いので、今後は整形よりアンチエイジングに切り替える予定だ。理想の顔を目指したというより、自分の悩みを一つずつ解消してきたので、その悩みがなくなってきた、と説明する。やめられない人との違いを聞かれると、整形より育児などやることがたくさんあること、子どもがいるとダウンタイムが難しいことを挙げた。また、30歳までに達成したいという目標があったことも理由の一つだという。

整形を公表する人が増えたことについては、こうした時代が来ると予想していたと話す。ただ、隠したい人もいるので、自分たちのように無理に発信する必要はないとも言う。

体型への考え方も変わった。『小悪魔ageha』のYouTubeで最近「デブに価値なし」といったニュアンスの動画が上がっていたことに触れ、自分もずっとそう思っていたと明かす。モデル時代は「太っているのにモデルなの」と言われ、体に無理のあるダイエットをしては、これで本当に正しいのかと疑問を感じていた。しかし妊娠で体重が14kg増えても、じゅんりさんはずっと「可愛い」「この体型も好き」と言い続けた。一番身近な人にそう言われるうちに、痩せていなければという考えに縛られなくなり、一緒にご飯を食べるのが楽しくなったという。周りにいる人によって考え方は変わる、というのがうんともさんの実感である。

話題になっているマンジャロについては、「体を壊してまで痩せる必要があるのか」と疑問を口にした。整形に最も熱中していた時期にはまだなかったが、当時あれば使いたいと思っていたはずで、その気持ちはよく分かると言う。それでも子どもが生まれてからは、痩せることより長生きしたい気持ちが強くなった。無理なダイエットをすると栄養失調のようになり、記憶力も覇気もなくなった経験から、無理なダイエットはやめたほうがいいと感じている。マンジャロを10年打ち続けるより、健康的な食事制限と運動を10年続けたほうが、40代、50代になっても健康でいられると最近は思うという。

一方で、SNSで発信しながら整形やダイエットで戦う人たちについては、すごいと思う反面、心身ともに削られているのではとも感じる。それでも最終的には個人の自由で、誰かに言われてやめるものではないと話す。自分としては50代で大きな手術をするほうが怖いので、若いうちに全部済ませておきたかった、というのが「卒業」の考え方である。

夫婦のこれから

じゅんりさんは、美容歯科の業界では勤務医だけで続けるのは難しいと見ている。長く勤務を続ける医師もいるが、ニーズが変わり、新しい医師が次々に出てくるので、座っているだけで患者が来ることはない。そのうえ体が資本の仕事で、50代、60代まで同じように働けるかは正直難しいという。今後の道としては、開業するほか、業態を変えて発信する、学術的な教育者として「先生の先生」になるといったパターンがあると話した。

うんともさんは資格の勉強をしている。じゅんりさんが開業するときに一緒に働き、SNSでの広報も担うためだ。インフルエンサーとして生き残り続けるのは難しいので、SNSは続けつつも副業に位置づけ、軸を移したいと考えている。子どもが生まれてから、じゅんりさんの人生を支えたい、生活を安定させたいという思いが強くなったという。

DVの記憶と「4年かかった」確信

終盤、うんともさんは過去のDVについて改めて語った。DVをする相手と付き合ったのは2人。最もつらかったのは21〜22歳のころで、相手は30歳を超えたインフルエンサーだった。SNSで知り合った人である。階段から突き落とされて指を骨折し、頭から何かをかけられて泣きながら帰ったこともある。意見を言うと激しく怒り、何でも力で解決しようとする人だった。当時は愛されているからだと思っていたが、別れてから、それは洗脳のようなもので、愛情があれば暴力は振るわないと気づいたという。暴力の後に泣いて謝り、翌日はケーキを買ってきて優しくする。その繰り返しが依存を生んでいた。

そのため、じゅんりさんと出会った当初も、この人は本当に暴力を振るわないのかが分からず怖かった。長く付き合ってから急に暴力が始まった経験もあり、最初はみんな優しいので、この優しさが本物かどうか疑っていた。どんなに喧嘩しても絶対に暴力を振るわないと確信できたのは、出会って4年たった「今かもしれない」とうんともさんは話す。

じゅんりさんは、うんともさんのつらい過去を知っていた。そのうえで、喧嘩になっても自分はむしろ悲しむほうで、基本的に泣いている、と笑って答えた。