床が見えなかった家のリビングを1日で変える:娘の婚約者を迎えられる家にするための「寄せる」片付け

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概要

整理収納アドバイザーの古堅純子さんによる「週末ビフォーアフター」の、一軒家に3人家族で暮らすお宅の続編である。前回の時点で、この家は家中の床が物で埋まっていた。今回の作業日には、娘の結婚という目標が加わる。婚約者をまだ家に連れて来られない状態を、1日の作業でどこまで変えられるか。古堅さんの答えは、物を減らすことより先に、視界に入る物を別の場所に寄せて「景色」を変えることだった。

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作業の前提:娘の結婚と、腰を痛めた古堅さん

作業日の朝、母親は娘を「自慢の娘」として紹介した。古堅さんは前日に娘が結婚すると聞いており、「このままじゃびっくりされちゃう」ので、この散らかりは「なかったことにしましょう」と冗談まじりに持ちかけ、母娘も同意した。娘によると、未来の夫には家が「散らかっている」としか伝えていない。古堅さんは散らかった家を訪ねることが多いが、この家は程度が大きすぎると感じている。

古堅さん自身は最近ぎっくり腰になり、治りかけたところでこの家に来て、まっすぐ歩けない室内でまた痛めてしまったという。自分は体を使えないため、スタッフを多めに投入し、自分は指示に徹する。そのうえで、今日1日で結果を出したいと話した。

母と娘は何を望んだか

古堅さんは作業の前に、この先この家でどう暮らしたいかを母親に改めて尋ねた。前日は母親が笑うばかりで話がつかめなかったが、この日は「くつろぎたい」という言葉が出た。古堅さんは、いい加減落ち着こう、いい年になったのだから、とこの希望を受け止めた。一方で、一度片付けても状態を保てなければ意味がないので、物を寄せるだけでなく本人の意識も変える必要があると念を押した。母親には元気に働き続けたいという気持ちもあり、それができる環境にすることも目標に加わった。

娘は親の状況をこう見ている。物が多いうえに、母親は仕事と介護で忙しい。片付ける仕組みができていないので、散らかったままでも気にならなくなっている。今回その仕組みのアイデアをもらえれば、家の状況も良くなっていくのではないか。古堅さんは娘がしっかりしていて良かったと言い、一度状況をがらりと変えて、頑張らなくても片付いた状態が保てるようにすると方針を示した。

娘は一度一人暮らしをしたあと、コロナの時期に実家へ戻っている。家は昔からこの状態だったが、戻ってみると物の場所がまったく変わっていて、さらにひどくなっていたという。母親は片付けていると時々口にしていたが、娘には変わったように見えなかった。

家具配置の迷いと、父親の定位置

母親はそのうちニトリで収納を買うつもりだったと話し、その理由に「そろそろ7回(忌)を過ぎたので」と触れた。夫を亡くして7年ほどたっていることが、この会話からうかがえる。

古堅さんがリビングの物を動かして棚の上にまとめる案を出すと、母親は乗り気でなかった。理由は夫にある。夫はいつもこの場所のこの椅子に座っていたので、そこはそのままにしておきたい。この要望が、後で家具配置全体を決める条件になった。

分類のルール:布はすべて衣装部屋へ、紙は和室へ

古堅さんはリビングにある物のうち、大事な物は何かを確認した。母親はまだ見切れていないと答え、物の整理は後回しになると話した。娘は、いったん2階に上げてしまえば上げたまま動かなくなるだろうと見ている。

そこで古堅さんは作業のルールを決めた。洋服やバッグなど布製の物は、本人に確認せず2階の衣装部屋へ上げる。廊下のポールハンガーも2つ上げる。そのために衣装部屋に空間を作っておく。紙類はいったん和室に集める。

和室の使い道も決めた。母親は当初、和室に客を通したいと言っていたが、古堅さんはソファーを和室からリビング側へ移し、和室はなるべく何もない状態にして、客が来たときに布団を敷いて寝られる部屋にすることにした。そのため押入れには布団を何組か残す。娘は今自分が寝ている部屋にベッドを2台置き、母親と2人で寝たいと希望しており、母親も了承した。

処分したい物は、スタッフの車を停めている外のスペースに寄せることにした。母親によると、そこは普段から捨てる物を置いている場所だという。古堅さんは、後で必ず処分すると約束させた。以前、外に出した物を片付けたら連絡すると言いながら、そのまま置きっぱなしにした人がいて、それ以来誰のことも信用しなくなった、という自身の体験も添えている。

景色を壊すトップ2は紙と服

古堅さんは、景色を壊すナンバーワンは紙、次が服だと説明した。この家にはその両方が大量にあり、これを視界から消すことで景色が変わるという。

古堅さんは「後で見る」という習慣も問題にした。後で見ると言って置いた紙が積み重なり、見ることすら忘れてしまう。この家では「後」が長すぎるので、すぐ見る癖をつけなければいけないと話した。娘も、その「後」は来ないと同意している。

押入れについては、上段を衣類の置き場にするつもりだったが、中を見ると引っ越しのときに運んでもらったまま動いていない物があった。古堅さんは、1人分の寝具以外は衣装部屋に上げるよう指示した。この家は寝室が2階にあるのに、2階のストックが1階に下りてきているように見える。見切れていない物はこの場で見直し、扉の中に隠したいという。娘には「あなたはこうなっちゃだめよ」と言い、物を溜めずに幸せな家庭を築くように、今日はそのための練習だと思って耐えなさいと声をかけた。

着物と人形の扱い

作業の途中で、大量の着物が出てきた。古堅さんが尋ねると、母親は着る物もあるが、それ以外も捨てずにしまっておきたいと答えた。将来的には直したり、別の物に作り替えたりすることを考えているという。古堅さんは、あてがあれば寄付する方法もあること、古着を寄付する仕組みの着物版があるらしいこと、着物を別の物に作り替えるサービスもあるらしいことを伝え、相談してみるよう勧めた。まずは分類してスペースを作らないと、人に譲ることもできないと指摘している。

五月人形などの人形類は、棚の後ろにボックスを置き、その陰に隠すことにした。2階へ上げるにも限界があり、上に上げられる量は知れているためである。

片付けが苦手なら、物を持たない

古堅さんはこの場面で、「片付けが苦手なんだから物を持たないこと」とはっきり伝えた。母親は片付けが嫌いだと認めた。古堅さんも自分も片付けは嫌いだと言う。面倒で疲れるからだ。だから、片付けを楽にしたいなら物を増やさないことだと説いた。

母親自身も、1人だと判断ができず、そのままになってしまうことが多いと認めた。古堅さんは判断力が極めて低いと率直に返し、だからこそ1人でやってはいけない、娘に小遣いを渡してでも時々来てもらうようにと勧めた。

2階から下ろした娘の机

作業では、2階の寝室にあった娘の机をリビングに下ろした。娘はその部屋にベッドまで置きたいと言っていたので、机を動かす必要があった。下ろしてみると机は思った以上に大きく、ダイニングテーブルより大きいのではないかと話題になった。それでも、この机が上からなくなれば景色が相当変わると古堅さんは見ている。

6時間半の作業後のリビング・ダイニング

作業は朝9時から約6時間半続き、リビングとダイニングの仕上がりが披露された。娘は「よその家に来たみたい」と驚き、母親は「嬉しい」「嘘みたい」と喜んだ。古堅さんは、最初に来たときは立つスペースすらなかったと振り返る。テレビが斜めに置かれ、その前に食卓があり、父親の場所と食卓が離れていた。その状態を思い出せないほど景色が変わったという。

娘は、こんなに床が見えたのは生まれて初めてかもしれないと話した。まもなく30歳になる娘が、自分の家の床をほぼ初めて見たことになる。

寝室の奥にあった娘の机はリビングに移され、仕事のスペースになった。ダイニングテーブルより大きいワークスペースを、古堅さんは「大統領のような執務室」と表現した。これまで働いてばかりだった母親が「くつろぎたい」と言っていたことから、隣の和室の奥にあったソファーをテレビの前に移した。母親はソファーに座ってテレビを見られるようになった。

父親の場所に食卓を合わせた理由

古堅さんは、家具の配置が当初考えていたものとまったく違うものになったと説明した。理由は父親の存在である。母親は、夫がいつも座っていて思い出が多いその場所を変えたくないと言った。そこで古堅さんは、父親の場所を動かすのではなく、食卓を父親の場所に合わせて持ってきた。

これまでは、父親の場所と食卓が背中合わせで、ご飯のときも「あっちとこっち」に分かれていた。場所を変えられないなら、そこで家族が食卓を囲めばいい。古堅さんは、ここに父親を座らせたかったから食卓を持ってきたと母親に伝えた。母親は、そこが一番気になっていたと答えた。

古堅さんはさらに言葉をかけた。辛い7年間だったと思うが、父親はずっと近くにいる。辛いことがあれば父親に話しかければいい。母親の介護も大変だろうが、1人ではない。娘も近くにいるし、家族も増える。もっとたくさんの家族が帰ってこられるように、このリビング・ダイニングを大切にしてほしい。

親子で片付ける姿と、娘の気づき

古堅さんは、スタッフが2階に移ったあと、母娘2人が一生懸命作業する姿を見ていた。それが本来あるべき親子の姿で、家族みんなでやってほしいというのが自分の希望だったという。娘がいれば安心だとも話した。

娘は片付けを通して、物がとにかく多かったと気づいた。片付けても片付けても終わらず、時間内に終わるか心配になったほどだという。古堅さんは、母娘が朝からずっと取り組んでいても、親子でできるのは引き出しの中だけだと指摘した。少し物が減った程度では景色は1ミリも変わらない。いずれ寄せた物は片付けなければならないが、ひとまずこの空間ができていれば生活に支障はなく、やりたいことができるようになる、というのが古堅さんの考えである。

古堅さんは、前日の段階では母親とうまく話せず、父親も心配しているように感じていたと振り返った。この日1日で母親といろいろ話すことができ、父親も安心しているのではないかと言う。母親は1人で頑張りすぎていたので、スペースができれば心にゆとりが生まれる。2階には母親の大好きな物もたくさんあるので、希望を持って第2の人生を生きてほしいと語った。

和室と押入れ:「寄せる」方式の現実

続いて、母親が最初に一番片付けてほしいと言っていた和室が披露された。以前は、娘が一人暮らしをしていたときの物が山のように残り、ソファーが申し訳程度に置かれていた。古堅さんは、なぜかここに客を通したいという要望だったと振り返る。和室は人が来たときに寝られる部屋としてデザインされた。

ただし押入れの中身は片付いていない。泊まり客用の布団は入っているが、上段は売る物など、これから整理しなければならない物で満杯である。古堅さんはこれを「これが古堅方式の現実」と説明し、見直しはこれからだと認めた。それでも、リフォームしたときの畳がようやく見えるようになった。物を置いていたせいで変色している部分もある。母親の寝室にあった物は、寝室にベッドを置くと入らなくなるため、この和室に下ろした。

この家に住んで約30年になる。娘はここで生まれ育ち、床も畳もこの日初めて見たことになる。古堅さんは娘に、これなら婚約者を連れてきても恥ずかしくない、物は寄せてあるが普通の家より少し綺麗なくらいに思ってもらえるだろうと言い、ぜひ連れてくるよう勧めた。母親は人が来ないとだらけるが、人に頼られると頑張る人なので、たくさん会いに来てほしいという。

祖母とのコミュニケーション

古堅さんは、母親の家族にも話を広げた。この家には介護が必要なおばあちゃんがいる。古堅さんは自分の母親も年を取っているが、孫が会う方が元気になると話し、娘にたくさん会いに来てコミュニケーションを取ってほしいと伝えた。これまでの家では、おばあちゃんに対して「危ない」としか言えなかった。危なくなくなれば、いろいろな話ができるようになるという。

残された課題は2階

パブリックスペースである1階のリビング・ダイニングと和室は、ここで完成となった。ただ、物が多すぎてなかなか景色が変わらず、衣類や布製品、人形などを大量に寄せた2階はまだ手つかずである。寄せた物をどうするかは、次回に持ち越された。