『機動戦士ガンダム』第21話「激闘は憎しみ深く」を読む――ハモンは何のために戦ったのか

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概要

岡田斗司夫がテレビ版『機動戦士ガンダム』を1話ずつ解説する「ガンダム完全講座」の第21話編は、全4回・約2時間にわたる。全43話のちょうど中間にあたるこの回について、岡田はランバ・ラルの内縁の妻ハモンの描き方を中心に読み解く。

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岡田の問題意識はこうだ。多くのファンはハモンをランバ・ラルの「おまけ」とみなし、この回を「惚れた男の敵討ちをするだけの話」と考えている。だが、死んだ男のために女が復讐する話なら、第11話「イセリナ、恋のあと」ですでに描かれている。無駄のない構成のテレビ版ガンダムで、富野喜幸が同じことを2回やるはずがない。では、イセリナとハモンの違いはどこにあるのか。岡田は、ハモンの目的は敵討ちではなく、自分の死に場所を求めることだったと解釈する。

同じ構造の繰り返しに見えて、別の話になっている

前回の第20話「死闘!ホワイトベース」で、ランバ・ラルと副官クランプが戦死した。第12話「ジオンの脅威」から続いてきたガルマの敵討ち部隊の話は、本来ならそこで終わるはずだった。しかしこの回では、残されたハモンが復讐に立つ。ガルマが死んでイセリナが復讐した展開と同じ繰り返しに見えるが、岡田は「ちょっと意味が変わってきている」と見る。

この回ではアムロがなかなか登場しない。Aパートの中盤を過ぎてようやく出てくるほどで、焦点は敵側のハモンに当たっている。もう一人の重要人物はリュウ・ホセイだ。リュウはこの回で死ぬが、その存在はブライトの中にある矛盾を照らし出す役割も担っている、と岡田は指摘する。

冒頭の夕日:音楽を入れない状況描写

岡田は各場面を実写映画のシーンに見立てて解説していく。シーン1は、砂漠の大きな夕日から始まる。砂嵐の中の夕焼けなのでギラギラと光り、風で太陽が揺らいでいる。カメラが切り替わると、ギャロップ(前回ガンダムに爆破されたランバ・ラル隊の陸上戦艦)が牽引していたホバー式の巨大な倉庫「カーゴ」の周りに、補給物資が集まっている。その前でハモンとタチ中尉が話している。

岡田によれば、冒頭に夕日を置くことでドラマに厚みが出る。戦闘の前日の夕方から夜を描き、夜が明けて復讐が始まるという構成なので、情景のカットを一枚挟むことで時間の経過を感じさせ、新しい一日への準備をさせる。これは漫画の手法で、虫プロ出身で手塚治虫に傾倒していた富野がごく自然に取り入れている。岡田はここで皮肉な逸話を紹介する。手塚治虫は東映動画から『西遊記』の監督を頼まれて喜んで引き受け、連載の合間を縫って絵コンテを描いたが、東映のアニメーターたちに「これではアニメが作れない」とボツにされたという。映画的手法を漫画に落とし込んだ人でありながら、映像的なコンテは切れなかった。その手塚の手法を、富野はアニメの中でさらりと使っている。

夕日の表現についても、岡田は技法を説明する。揺らぐ太陽は手前に波ガラスを置いて左右に動かすことで表現し、ギラギラした光はエアブラシで描いた2枚のセルを交互に見せている。現実の風景をアニメでどう再現するかを落とし込んで描いているわけだ。

さらに、この場面には音楽が一切入らない。セリフのない絵には音楽を載せたくなるものだが、夕日、補給の俯瞰、そしてハモンとタチの会話まで無音で通すことで、ドキュメンタリーのように補給の乏しさの寂しさや苦さが伝わる、と岡田は評価する。会話の内容は、使い古したザク1機とマゼラ・アタックの砲塔4門しか届かないことへの嘆きと、マ・クベ大佐が協力的でないこと、それでもタチたちの士気は高いことの説明である。岡田はこの場面を、状況説明のための屋外ロケシーンと位置づける。

ハモンの居室とホワイトベースの「隙」

続く室内シーンでは、カーゴ最前部の曲線天井の部屋で、バスタオルに身を包んだハモンがバスルームから出てくる。個室にバスルームがあることから、ここは指揮官用の部屋、つまりランバ・ラルとハモンが二人で暮らしていた思い出の場所だと岡田は読む。窓の外では、マゼラ・アタックの砲塔部分であるマゼラ・トップがウインチで引き上げられている。ハモンはそれを髪を拭きながら無言で見つめる。セリフがないため、視聴者はシャワーの意味を自分で考えるしかない。

そこへタチ中尉が偵察結果を報告に来る。「木馬は山を背にしております」「それにつけ入る隙があるな」。岡田の説明では、山を背にしていれば後方を警戒しなくてよいので一見有利だが、修理中で着陸しているホワイトベースは、襲われるとエンジン出力が徐々にしか上がらず前方にしか逃げられない。行き場が一方に塞がれている点を、ハモンとタチは突こうとしている。

夜のホワイトベース:パンダウンとパンアップ

夜のホワイトベースの場面について、岡田はカメラワークを細かく分析する。最初のカットは夜空からホワイトベースのブリッジの下部をなめ、岩山、そしてガンキャノンの腕に乗ったガンタンクが溶接作業をしているところまでパンダウンする。空から下へ降りるカメラは状況を客観的に見せ、足元から上がるカメラは主観的に見せる。これが映像文法の基本だと岡田は言う。次のカットはその逆で、ガンタンクの位置から斜め上へパンアップし、ガンキャノンに乗ったカイが溶接している様子を見せる。このパンアップがあるから、カイの「かなりひでえな」というぼやきが視聴者に主観的に入ってくる。

ガンタンクのハヤトが部品や弾薬の不足を訴えると、ブライトは無線越しに「知恵と工夫で切り抜けてくれ」と応じる。ハヤトが「それよりアムロ」と言いかけると、ブライトは「それを言うな」と遮る。カットはコクピットのハヤトだけで、ブライトの声はオフゼリフとして聞こえる。岡田は、ハヤトが気にしているのは全体の状況よりアムロの処遇で、ブライトから何らかの確約を引き出したいのだろうと推測する。

病室では、傷ついたリュウをフラウ・ボゥが見舞う。包帯を巻いて汗をかいた姿は、アニメのお約束で言えば「死亡フラグ」だと岡田は言う。リュウは「俺は順調だってみんなに言っといてくれ」と言い、フラウは「ええ」と答える。岡田はここにフラウの冷たさを見る。アムロが同じ状態なら「寝てなきゃダメ」と止めるはずで、好きな男以外はどうでもいいという残酷さが出ている。岡田はそういうフラウが好きだとも付け加える。さらに、フラウはアムロがまだ独房にいることを直接言わず、リュウに尋ねられて答える形でさりげなく伝えている。リュウはそこから、問題はアムロではなくブライトにあると察する。前回の件でアムロは人間的に成長しているのに、追い詰められたブライトはそれを見ていない、というのが岡田の読みである。

ハモンの演説:感謝、損得、大義

翌朝、ハモンが部下の前に立つ。カメラは下から斜めにパンアップする。一人の人物を下からパンアップで見せるのは、その人を凛々しく見せたい時だけであり、今回の主役がハモンであることがはっきりする。空には朝焼けの雲が、真鍮色の中に青が混じる不思議な色で描かれている。前夜の砂嵐、星空、翌朝の朝焼けといった気象の変化まで作り込んでいる点が、ガンダムを見る楽しみだと岡田は言う。

タチ中尉は、カーゴにマゼラ・トップを装備してギャロップの予備エンジンで高速移動できること、ザクにはマゼラ・トップの砲を持たせること、フライングボートのサムソン2機を用意したことを報告し、「兵は16名、すべてランバ・ラル様の息のかかった者」と言う。腕を伸ばす動作がそのまま次のカットにつながるアクションカットで、次はハモンの背後から、整列した部下と乏しい全兵力を見せる。

岡田が「名演説」と評するのがここからだ。岡田はギレン・ザビの演説を、銀河万丈の演技で雰囲気はあるが中身がない空疎な演説と見ている。それに対してハモンの演説は、感謝、損得感情、大義、そして自分の気持ちを語り尽くしている、と対比する。

まずハモンは「よく準備をしてくれました」と感謝から入る。岡田は、戦争ものの映画でも並んだ兵隊にこう言う指揮官はあまりいないと指摘する。次に「ガルマ様の敵討ち部隊として地球に降り立ったものの、我々はまだ任務を終わっておりません」と語る。状況説明に見えて、これは損得の話だと岡田は言う。ランバ・ラルが死んだ以上、兵の心には「もう国へ帰ろう」という思いが必ずある。ハモンはその退路をゆっくり塞いでいく。手ぶらで帰れば左遷か軍法会議かもしれない。そもそもランバ・ラルがザビ家の私怨の戦いを買って出たのは、勝てばドズル・ザビに取り立ててもらえるからだった。ここでやらなければシャアのように軍を追われて何も残らない、という損得を語っているのだ。

続く「一見小さな作戦ではありますが、敵は連邦軍の新鋭戦艦とモビルスーツです」は大義にあたる。これは私怨の敵討ちにとどまらず、戦争全体に関わる戦いだという意味である。さらに「ジオンの国民は我々の戦果に期待しております」と言って、損得感情をプラスの方向に言い換え、勝てば明るい未来があるとやりがいを与える。岡田は、ハモンがキシリアの部下だったら一軍の将になっていただろうと言い、この人には「将器」があると評する。

演説の途中で、ハモンの内面の声が回想に重なる。「ランバ・ラルは私にはもったいないくらいの実直な男性だった」「あんなに心を寄せてくれた人のために、ヨーツンヘイムの砂漠で散るのも後悔はない」。岡田の解釈では、砂漠で出会ったアムロのような少年に心を奪われかけた自分に比べて、ランバ・ラルはなんと一途だったかを思い出している。ハモンは生きて帰るつもりが微塵もないが、それを部下に語るほど愚かではない。ランバ・ラルなら「俺と一緒に死んでくれ」と言って最前線で戦う現場監督の器だが、ハモンは将軍の器だ、と岡田は両者を区別する。

演説の締めは「この作戦に不服のある者は参加しなくともランバ・ラルは怒りはしません。私もです」。岡田によれば、第17話「アムロ脱走」でハモン自身がランバ・ラルに対して、この戦いは所詮ザビ家の私怨ではないかと批判していた。そのハモンがいま、同じことを部下にやらせようとしている。だからせめて強制はしたくないのだ。タチ中尉は「全員覚悟の上であります」と答えるが、岡田は「いい人なんだけど、この辺のハモンの気持ちは分からない」と評する。ハモンは一人ひとりに声をかけて握手していく。

ブライトの眉とリュウの説得

ブリッジでブライトとミライが通信機を修理していると、立っているのがやっとのリュウが入ってくる。リュウはアムロを独房から出すよう求めるが、ブライトは「俺たちが期待する態度を見せれば、あいつはまだまだうぬぼれる」「野生の虎でも檻に入れておけば、自分の立場が分かってくる」と譲らない。リュウに「言い逃れに聞こえる」と言われ、ブライトは「俺の言い逃れ?なぜだ」と返す。

岡田が好きだというのはこの時の眉の演技である。2秒半から3秒ほどのカットで、右の眉だけがわずかに吊り上がる。本音を突かれて動揺していることを表しており、セリフの意味は「なぜ分かった」になってしまう、と岡田は説明する。リュウは「人間には言葉があるんだ。俺の元気なうちに」と言い、アムロとゆっくり話し合ったことがないだろうとブライトを諭して退場する。

カーゴの進撃とビニールテントの修理

岡田は自作のフリップで編成を説明する。カーゴは両側にジェットエンジンを備えたホバー式の倉庫で、上にマゼラ・トップを3基載せている。その周りをザクが走り、サムソン2機が伴走する。カーゴ上のマゼラ・トップに乗ったハモンがうっすら笑い、その上にアムロの回想が重なって、「あの坊やが邪魔をするようなことがありましたら、あなた、守ってくださいましね」とランバ・ラルに語りかける。岡田は、この笑いはアムロを思い出したことによるものだと読む。

ホワイトベースでは、猛烈な砂嵐の中、エンジン全体にビニールのテントをかぶせて修理している。カバーを開けると砂が入って精密機械が狂うからだ。岡田は他のアニメでこういう場面を見たことがないと言い、発想の元は『ブラック・ジャック』の、ビニールテントを張って手術する場面ではないかと推測する。当時の手塚治虫は『ブラック・ジャック』で復活し、再び漫画界のトップへ向かっていた時期で、富野は師匠の仕事を見ていたのだろう、というのが岡田の見立てだ。

独房のアムロ:マチルダの夢とリュウとの別れ

ようやく登場したアムロは、独房で寝ながらうなされている。夢の中では第14話「時間よ、止まれ」の場面が回想され、ブライトが「寝るのも仕事のうちだ」と叱り、マチルダは口だけが動いて声が聞こえない。実際のマチルダのセリフは「ブライトさんの言う通り、寝るのもパイロットの仕事のうちですよ」である。岡田は、声が聞こえないのはアムロがそれを思い出そうとしているからであり、この場面はアムロがスランプを自力で解決した印だと読む。「寝るのも仕事だ」も独房入りも理不尽だが、今のアムロにはそれを一度受け入れる心の準備ができている、という成長の描写だという。

ノックの音に外を見ても誰もいない。リュウがドアの外に倒れ込んでいるからで、カメラはアムロの顔からリュウへパンダウンする。アムロは「ブライトさんの処置は分かります。怒ってなんかいません」と答え、リュウは「ブライトはお前を野生の虎だって怖がってるんだ」と伝える。「アムロ、期待してるぞ」と言ったリュウは、「大丈夫ですか」と問われて「なに、大丈夫」と答え、顔を見せないまま去っていく。

岡田はこれがアムロとリュウの最後の会話であり、あえて顔を見せないのが重要だと言う。リュウがどんな顔で自分を励ましに来たのかを最後まで見られなかったからこそ、回の終わりにアムロは号泣する。後で思い出した時に何倍も切なくなるよう、Aパートにこの場面を置いた富野を岡田は高く評価する。

ハモンの微笑みと「無理心中」という解釈

進撃中のハモンは、タチ中尉の作戦説明を思い出している。「第一波の攻撃を敵の最も弱いと思われるところにかけます」「我々の生還は不確実でありますが、間違いなく木馬を撃破できます」。生還は不確実とは、ほとんど生き残れないという意味だ。それを思い出すハモンは、眉が少し下がり、口元から歯がのぞいている。本人も意識していない微笑みだと岡田は言う。

ここで岡田はイセリナと比較する。イセリナは自分と一緒に死んでくれる男にも一切笑顔を見せず、決意の表情のまま死んでいった。敵討ちをする女の顔はすでに第11話で描かれている。富野がこの回で描きたかったのはそれとは違う女の顔だ、というのが岡田の主張である。ハモンが微笑むのは、やがて訪れる自分の死が待ち遠しいからだ。ハモンが求めているのは敵討ちではなく、自分と、自分を愛したランバ・ラルと、心惹かれたアムロとの「無理心中」だと岡田は解釈する。

岡田はここで、富野が『逆襲のシャア』の作画打ち合わせで「こんなクェス・パラヤは濡れてない」と言ったという話を紹介する。岡田は当時これをガイナックスのスタッフとして愚痴で聞き、「無理だよ、富野さんはエロいよな」と笑っていた。しかしこの回を見て考えが変わったという。このシーンのハモンは明らかに「濡れている女」を描こうとしている。イセリナのように純粋な女として敵を討つこともできず、ランバ・ラルを忘れて国へ帰ることもできない。女神でも哀れな女でもない一人の女として、アムロと無理心中し、ランバ・ラルの一途な思いも受け止める。そのために部下全員を死地に追いやろうとする女のエゴが出ている、と岡田は言う。岡田にとってこの微笑みは今回で最も艶っぽい場面であり、次に来るのがラストの「本当に好きだったよ、坊や」である。

戦闘開始:背後からの奇襲とガンタンクの限界

タチのザクが岩山の背後から現れ、ホワイトベース右舷中腹の弱点を狙う。前方だけを警戒していたカイは「しまった、後ろからか」と慌て、ブリッジもパニックに陥る。サムソンも襲ってきて、カイのガンキャノンは窮地に立たされる。有利な位置を求めて岩山を登ったハヤトのガンタンクは、途中でシャフトが折れて動けなくなる。

岡田はこの場面を説明するために約9000円のガンタンクのおもちゃを買ったと笑いながら、コクピットの位置の話をする。ガンダムのモビルスーツは、走っても動きが少なく装甲も厚い腹部にコクピットを置く。マジンガーZ以来、頭部コクピットが当たり前だった中で、これをきちんとやったのはガンダムがほぼ初めてだと岡田は言う。ところがガンタンクは長距離援護用の兵器なので、見晴らしを優先して頭部にガラス張りのコクピットがある。だから、青空を背景にガラス越しのハヤトの演技を見せることができる。

岡田はここから第17話の話に戻る。基地を叩けと命じられたアムロがガンダムでなくガンタンクで出たのは、遠くから砲撃するという点で戦術的に正しかった。格闘戦用のグフが出てきたのが不幸な読み違いだった、とアムロの判断を擁護する。動けないガンタンクの正面にタチのザクが現れ、ハヤトが叫んだところで場面が切り替わる。

階段の場面とセイラの「私も責任を取る」

ホワイトベースの階段で、リュウはセイラに「アムロを独房から出すんだ。責任は俺が取る」と頼む。岡田によれば、廊下ではなく階段を舞台にしたことで上下差が生まれ、セイラの心配顔は下からのあおり、リュウの苦しげな顔は上からの俯瞰で撮れる。セイラは振り返らずに駆け下り、リュウも振り返れずに「分かってる」と答える。

セイラは通信機でブライトにアムロの独房のナンバーを尋ねる。窓の外では爆発が続いているのに、ブライトは意固地になっている。セイラが「私も責任を取るわ」と言ったのが決定打だった。岡田の読みでは、ブライトは前回あたりからせめてブリッジの中で人望を固めようとしていた。リュウが嫌だったのは、ミライもセイラもブライトも、閉じ込める時以外は一度もアムロに会いに行っていないこと、艦内にいつの間にかカースト制度のようなものができていたことだ。その数少ない支持者のセイラにまで逆らわれ、ブライトの自信とプライドが崩れ、ドアナンバーを吐き捨てるように教える。

アムロを出したセイラは「リュウが開けてくれたのよ。リュウの分も頑張ってね」と言う。岡田は、ミライなら「ブライトが開けてくれた」と言ってアムロのやる気を引き出すはずだと述べ、感情で動くお嬢様育ちのセイラを辛辣に評する。そしてカーゴが姿を現し、機関銃の照り返しの中でハモンがにやりと笑ったところでAパートが終わる。

Bパート:原因が結果を生み、結果が次の原因になる

Bパートは、右エンジンが4基中1基しか点火していないホワイトベースを、ブライトが無理やり離陸させる場面から始まる。ガンダムは整備中で分解されており、アムロはコア・ファイターで出撃する。セイラが確認すると、ブライトは「止めてもやるんだろう」「ガンダムがいなければ立ち向かえんというのに」と苛立ちを隠さない。ホワイトベースは前方の岩山に引っかかって飛べなくなる。リュウはフラウに右の機銃座へ行くよう指示し、自分は通信機でブリッジの混乱を聞いたあと、止める乗員に「ホワイトベースがやられちまえば病気だけが」と言い捨てて、ガンタンクを動かすためにバギーで出ていく。ホワイトベースが岩山に引っかかっているおかげで、ハッチからそのまま外へ出られる。

岡田はこうした説明ゼリフが過剰であることを認めつつ、後半の畳みかけるドラマで矛盾を起こさないために必要だと言う。そして流れを9項目に整理する。ランバ・ラルの攻撃で修理中だったこと、白兵戦で死傷者が出て修理が進まないこと、ハモンの攻撃が不調の右エンジンに集中したこと、ガンタンクの故障(ここまでAパート)。右エンジン不調のままの離陸、岩山に引っかかって飛べないこと、だからリュウがバギーで出られたこと、リュウがガンタンクに乗り込み、コア・ファイターで悲劇に突入すること(Bパート)。原因が結果を生み、その結果が次の原因になる「数珠つなぎ」の構造で、無駄がないと岡田は評価する。

ガンダムを追い詰める将棋のような戦術

アムロはコア・ファイターでサムソンを1機撃墜し、弾を撃ち尽くしたところでパーツと空中合体してガンダムになる。ビーム・ライフルで2機目のサムソンを落とすが、ザクには逃げられる。ザクはホワイトベースの右エンジンの方向へ逃げるので、後ろから撃てばホワイトベースに当たってしまう。格闘戦に持ち込むしかないと走り出したところで、背後からカーゴが迫る。アムロは狙撃しかけるが、特攻ならば中は爆薬でいっぱいのはずだと気づき、手で押し返すしかなくなる。ハモンは「小癪な」と言う。

ここからの展開を、岡田は「チェスや将棋のように、相手がそれしかできない手に一手ずつ追い込んでいく」と表現する。ガンダムが頭部バルカンで反撃すると、画面の中でマゼラ・トップがいつの間にか上昇して消えている。岡田自身、リアルタイムで見た時は気づかなかったという。ハモンは「ガンダム1機で止められるものか。木馬にぶつかればその中の爆薬が」とほくそ笑み、タチに「ガンダムを後ろから倒しておしまい」と命じる。コクピットの脇に吹き出しのようにインサートされるタチの顔は、富野が確立した演出だと岡田は説明する。

ザクのヒート・ホークがガンダムの腰に食い込み、上からはマゼラ・トップが迫る。ガンダムはザクを下からすくい上げて盾にし、放り投げてマゼラ・トップと空中で衝突させ、2機を同時に倒す。岡田は、ガンダムシリーズでガンダムが最もピンチだったのはこの時ではないかと言い、これほど布陣を固めた戦術的な攻撃を受けたことはない、と述べる。すぐに打つ手がなくなると全員で切り込むランバ・ラルと比べて、ハモンは相手を自分に有利な形へ追い込む名参謀・名指揮官でもある、というのが岡田の評価だ。

2機を失ったハモンは青ざめながらも笑い、「2人のパイロットを同時に討ち取るとは、さすが私が見込んだ坊やだけのことはある」と言う。岡田が注目するのは、握手までしたタチの名を呼ばないことだ。イセリナは同行したダロタ中尉の死に取り乱して名を呼んだ。ランバ・ラルにとって部下は家族だったが、ハモンにとっては掌握も操縦もうまいものの、所詮は部下にすぎない、と岡田は対比する。

マゼラ・トップはガンダムの真後ろに回り込む。カーゴを押さえるのが精一杯のガンダムには打つ手がない。機銃座のフラウが「撃ちましょうか」と言うが、駆けつけたブライトは「マゼラ・トップだけを狙えるわけがないだろう」と止める。岡田は、もしブライトが本当にアムロを邪魔に思っていたら撃たせただろう、と読む。アムロを殺したくないから非情な決断ができないのだ。

マゼラ・トップは「ジオンのコア・ファイター」

第4回の冒頭で岡田は、この回のマゼラ・トップが非常にかっこよく描かれていると言い、コア・ファイターとの関係を長く語る。作中の設定では、コア・ファイターはパイロットの生還率を高めるためのものだ。ジオンは短期決戦のつもりで熟練パイロットを使い捨てのように投入したが、戦争が長期化すると、モビルスーツは量産できてもパイロットの養成には数年かかる。だから脱出カプセルに翼と武装をつけた、という説明である。

しかし岡田によれば、現実の事情はおもちゃ会社の要求への苦肉の策だった。スポンサーは『ゲッターロボ』のような3機合体を望んだが、おもちゃ的なロボットアニメを嫌った富野が「これでも3機合体だからいいでしょう」と押し通したのがコア・ファイターだという。ところが、せめてものサービスとして作った設定が次々とドラマを生んだ。第2話級のコア・ファイターの弾道飛行、アムロが母に会いに行く回、空中換装の訓練シーン、そして今回の「整備中だからコア・ファイターで出て、弾が尽きて合体し、機動性を失ってザクを追えない」という状況である。一方、やられメカだったマゼラ・トップは、カーゴから飛び立ってガンダムの背後を取る、ジオン側のコア・ファイターのような役割を果たしている。大砲が飛べば反動で後ろに飛んでしまうから、兵器としてのリアリティはゼロだと岡田は笑う。そのうえで、ガンダムのリアリティはデザインではなく使い方で出すものだ、とまとめる。

岡田はハモンの計画の変化も整理する。当初は、カーゴをホワイトベースにぶつけ、マゼラ・トップで撃って誘爆させる計画だった。ガンダムに止められたので、ザクでガンダムを破壊する計画に変える。ザクとマゼラ・トップを同時に失うと、自分の手でガンダムを破壊すると決める。そうなれば、ガンダムとカーゴの爆発でホワイトベースを吹き飛ばせるが、その間にいる自分も死ぬ。ハモンはそれを計算に入れている、と岡田は言う。

「本当に好きだったよ、坊や」とイマジナリーライン

「いくら装甲の厚いガンダムとは言っても、これだけ近ければ落ちやすい。そしてガンダムとカーゴの爆発力は木馬も」。振り返ったアムロは「ハモンさんか」と気づく。ハモンは「本当に好きだったよ、坊や」と言う。岡田は、敵を討つ瞬間にイセリナは「ガルマ様の仇」と叫んだが、ハモンはランバ・ラルの名を出さない点を強調し、ここにハモンの無理心中が表れていると言う。

ここで岡田は映像上の禁じ手を指摘する。ガンダムと背後のマゼラ・トップの右側にあったカメラが、次の外側からのカットでは左側に移っている。イマジナリーラインを越えると普通は画面が分かりにくくなるが、直前にアムロが振り回される方向をあえて逆にすることで、アムロを先にラインの反対側へ越えさせ、違和感を消している。なぜそこまでしたのか。次のカットで、ランドセルを破壊されたガンダムから右へパンして原因となったハモンを映し、そのまま顔のアップへつなげるためだ。舞台演出でいう「仕手」(上手側、原因)と「受け手」(下手側、結果)の配置を守りつつ、ドラマの密度を落とさずにハモン側へ主観を移す工夫だと岡田は説明する。

「これでおしまい」と勝利を確信したハモンの窓に、コア・ファイターが迫る。冷や汗をかきながら微笑むハモンと、冷や汗をかき目を見開くリュウ。岡田は、善悪の描き分けを避けるガンダムには珍しく、ここでは悪と正義がはっきり対比されていると言う。相手を殺そうとして微笑むのは悪役で、死を覚悟して目を見開くのは主役の扱いだ。体当たりの描写では目を閉じさせることが多いが、確実に当てるために目を開けさせるところに富野のリアリティがある、と岡田は述べる。

6人のリアクションと、それぞれの涙

スローモーション的な映像でコア・ファイターがマゼラ・トップに激突し、両者が爆発する。直後に6人のリアクションが連続する。見ていたのはフラウ、ブライト、ハヤトの3人だ。フラウとブライトは声を上げるが、ハヤトだけは口の形だけで「リュウさん」と言う。コア・ファイターを譲ったハヤトだけが、突っ込んだのがリュウだと知っているからだ。見ていなかったのはセイラ、ミライ、カイの3人である。通信でリュウとつながっていたセイラは「リュウ」と叫び、ミライは何が起きたか分からず呆然とし、カイは格納庫で弾の補給を急がせている。戦場の一瞬に各人が何をしていたかを切り取っている、と岡田は評価する。

アムロは、まだそれがリュウだとは気づいていない。カーゴがホバークラフトであることに気づき、もう一機のマゼラ・トップの攻撃を頭を下げてかわしてから、片側のエンジンだけを撃ち抜く。回り始めたカーゴを蹴り飛ばしてホワイトベースから離し、狙撃して爆破する。戦いは終わった。セイラに「コア・ファイターに乗ってたの誰だったんです」と尋ねたアムロは、「驚かないでね、リュウよ」と告げられ、信じられずに「嫌だな、セイラさん」と少し笑ってしまう。

次のカットは長いセルの横パンで、ミライ、カイ、ブライト、アムロ、ひざまずくジョブ・ジョン、セイラ、墜落したコア・ファイターとマゼラ・トップまで、関わった全員を一画面に並べ、背景には子どもたちの泣き声が繰り返される。ジョブ・ジョンは、自分がリュウと代わらなければと嘆く。回想で、リュウがジョブ・ジョンを押しのけてコア・ファイターに乗り込んだ経緯が示される。ハヤト、ブライト、セイラにもそれぞれの回想が入り、ミライは回想なしでひたすら泣きじゃくる。アムロが思い出すのは、顔を見られなかった独房での最後の会話だ。「僕だってそうです。ハヤトもそうかもしれない。みんなが、みんなが」と泣くアムロに続き、強気を保っていたブライトもついに手をついて「勘弁してくれ、リュウ。俺たちこれからどうすりゃいいんだ」と泣き崩れる。

「それしかないんですよ」――救いのないセリフ

涙をこらえたセイラが「ジオンを倒すしかない、戦争が終わるしか」と言う。岡田はこのセリフを切ないと見る。セイラにとってジオンは故郷であり、それを倒すしかないと自分の口で言ったことで、それまで戦争と距離を置き、どこか無責任に振る舞ってきたセイラの生き方が変わる。この回と次の回あたりから、セイラが責任感を持って動き出す伏線になっている、と岡田は言う。

アムロは「そうさ、そうですよ。それしかないんですよ」と夕焼けに向かって絶叫する。燃える機体と立ち尽くす人々、不調のエンジンを映したホワイトベース後方からの構図に、その声がこだまする。岡田は、これは真実ではないと言う。本当は戦争をやめて逃げるのが正しい。しかし「君は生き延びることができるか」というテーマのもと、この状況に置かれた者には戦って勝つ以外に脱出方法がないことを見せている。普通のロボットアニメなら敵を憎く描くところだが、ランバ・ラルを殺された側のハモンが出てきて、互いに意味もなく憎しみ合い殺し合う回を見せた後では、もう敵を憎むことはできない。そこで「それしかない」と語らせる救いのなさが、ガンダムのドラマのクライマックスだと岡田は述べる。

次回にはマ・クベという「視聴者が嫌っても大丈夫なキャラクター」が登場し、新兵器も出てくるので、いくらでも憎める展開になる、と岡田は言う。この回は劇場版三部作で取り上げられず軽く見られがちだが、テレビシリーズの流れの中ではかなり重要な回だと考えて、4回かけて解説した、と締めくくる。

追加解説:ハモンの能力値と、更新される解釈

動画末尾の追加解説で、岡田はハモンの部下たちに改めて触れる。ランバ・ラル隊の生き残りとはいえ、白兵戦で多くが死んだ後にあれだけの人数が命がけの作戦に残ったのは、ハモンのために死ぬ覚悟を決めた男たちだからだ、と岡田は見る。ハモンはまず礼を言い、次に成功すれば英雄として帰れるという具体的な利益とゴールを示し、一人ひとりの名を呼んで目を見て握手する。岡田はこれを、アイドルの握手会ならセンターの振る舞いだと表現する。

ハモンの正体は最後まで明かされない。後に安彦良和の漫画『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で酒場の歌手という設定が足されたが、アニメでは立場の見えない不思議な人物であり、だからこそ色っぽい、と岡田は言う。第22話の解説で予定しているライバルキャラの格付け(作戦立案、指揮、戦闘、調略、カリスマの5項目を5段階で評価)をハモンに当てはめると、作戦5(タチの立案だとしても即座に理解して采配した)、指揮5、戦闘4(シャアやランバ・ラルには及ばないが、飛行性能の悪そうなマゼラ・トップでガンダムのランドセルだけを破壊しようとした)、調略5(ランバ・ラルすら本心を知らず、マ・クベとも渡り合えたはず)、カリスマ5になる、と岡田は採点する。多くの男性ライバルキャラより欠点がなく、ランバ・ラルのおまけどころか、ランバ・ラルがハモンのおまけかもしれない。「できる男にはできる嫁がついている典型例」だという。

そのうえで岡田は、アムロはハモンが次に尽くすべき男になりうる存在だったと述べ、この見立ては従来のファンのイメージとはかけ離れているだろうと認める。現時点(話者は2026年8月時点と言う)での岡田の解釈は、ハモンの作戦は、アムロに心惹かれた自分がランバ・ラルと添い遂げる、つまり心中するために立てたものだ、というものである。数年前の考察をこうしてアップグレードしていくのも楽しい作業だと岡田は語り、次回の第22話「マ・クベ包囲網を破れ!」へとつないでいる。