「お金は大人の通信簿か」:島袋直樹と阿部俊介が語る、年収・欲・幸福の関係

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概要

M&A BANKのラジオ回で、阿部俊介が島袋直樹に投げかけたのは「お金は大人の通信簿なのか」という問いだった。X上で知人が発した言葉をきっかけに賛否が分かれ、やや炎上気味になっていた話題である。前回は島袋がM&Aの売却額別に完全な主観で語る回だったが、今回はM&Aに限らず、お金と満足感、欲、幸福の関係に話を広げている。二人とも「お金はたくさん稼げればいい」と考えていた時期を経て今に至っている、という前提で、島袋自身の実感と、年長の経営者から聞いた話が語られた。

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阿部の見方:ある金額までは通信簿である

まず阿部が自分の考えを述べる。お金は「ある程度の金額までは」通信簿だと阿部は考えている。一定の額を超えるとそうではなくなる地点が来るはずで、逆に言えば、若いうちはお金を通信簿として原動力にし、頑張る必要がある。その意味で、通信簿という言い方にはある程度正しさがあると阿部は見る。

一方で、その一定額を超えた先の景色を阿部自身はまだ見たことがない。ただ、付き合いのある人や話をした人の中には、そこを超えて「お金は通信簿ではない」という趣旨のことを語る人が多いという。そのため阿部は、金額や年齢によってお金の意味が変わる節目があるのではないかと考えている。

島袋の見方:評価を必要としない価値観もある

島袋は「通信簿」という言葉を、第三者に評価してもらうための分かりやすい表だと捉える。稼いだ金額や積み上げた実績は分かりやすいので、そういう側面はあるかもしれない。しかし、そもそも評価されることを必要としていない人もいる。社会的に必要な仕事をしている人、好きで仕事をしている人など、価値観はさまざまだ。お金を通信簿と考えて働くこと自体は決して悪くないが、世の中にはいろいろな価値観の人がいる、というのが島袋の整理である。

20代の年収と「一番幸せだった時期」

では島袋自身はどう感じてきたのか。島袋は「年齢による」と答え、社会人になったころの話をする。当時は毎週日曜日に一人でノートに将来の計算を書いていた。23歳で年収280万円、24歳で320万円。このペースで30歳までに1000万円に届くか計算すると700万円程度にしかならない。数字をいじって900万円にしてみても「これ、俺にできるのかな」と思っていた、と振り返る。

答え合わせをすると、20代前半は280万円程度でかなり低く、24〜25歳ごろまではほとんど変わらず、300万〜400万円の間だった。起業して最初の社長としての年収は432万円ほど、次に600万円ほどに上がった。200万円も上がることに驚き、島袋は「その時が一番幸せだったかもしれない」と語る。川崎の焼肉屋で「全部特上カルビで」と言いたかった、という思い出を挙げ、その時に幸福感を感じたという。

阿部はこれを受けて、島袋が自分で書いて目指す姿をイメージしていたからこそ、20代後半から給料がぐっと上がる形になったのではないかと指摘する。

大量注文ランチの真相

ここで阿部が、二人が出会ったころのエピソードを持ち出す。当時の阿部は会社員で、30歳の時に島袋の担当になった。同い年である。初めての担当として昼食に行ったのは、島袋の会社が当時オフィスを構えていた渋谷・道玄坂の東京プラザにある店だった。平日の昼12時ごろで、阿部自身は緊張していてそれほど食べられる状況ではなかった。

ところが島袋は、阿部の言葉で「皆さんが想像する1.5倍か2倍ぐらい」の量を注文した。30歳ならラーメンにチャーハン、餃子くらいまでは分かるが、そこからエビチリや春巻き、餃子などを次々に頼み、最終的にはチャーハン2つとラーメン2つまで並び、テーブルがいっぱいになった。普通なら「ランチセットA」くらいで済ませる場面で、単品をこれだけ頼む姿に、阿部は素直に「やっぱり社長は違う」と感じた。同い年であることも、島袋の会社が伸びていることも聞いていたので、なおさら差を感じたという。

これに対して島袋は、あれは作戦だったと明かす。阿部の前の担当者たちの時期、島袋の会社は立ち上げたばかりで軽く見られていた。電話をしても折り返しが来ないこともあった。その時に島袋は、ベンチャーはこちらから投げたボールを強引に取りに行かなければならないこと、そして「変なやつ」「ややこしいやつ」「変わっているやつ」と思わせないと大勢の中に埋もれてしまうことに気づいた。そこで印象に残る変わった人物を極力演じていたのだという。もちろん毎回あれほど食べるわけではない。

阿部は15年経って初めてその狙いを知ったと驚きつつ、当時の自分について振り返る。自分はこんなに頼めないのに、この人はこんなに頼める。そこに差を感じたのは、何を買えるかという尺度、つまり通信簿のような物差しで人を見ていたからだろう、と阿部は改めて思ったという。島袋は、それは単に自分の作戦に引っかかっただけだと笑う。

満足度は年齢とともに逓減するのか

阿部は次に、島袋が美元などの事業を通じてある程度の金額を実際に手にした結果、その先の満足度は逓減していくのかと尋ねる。

島袋はやはり年齢によると答える。若い時は経験がないので、お金で経験ができることがとても嬉しく、強く感じられる。しかし「35歳までに人生の7〜8割のことは経験する」と言われる、と島袋は述べる。これに阿部は異を唱え、自分は35歳から島袋と仕事を始めたので、35歳以降の方が経験が多いと返している。

「欲は贅沢」

ここで島袋が出したのが「欲は贅沢」という言葉である。物欲、食欲、あるいは性欲もそうかもしれないが、欲は非常に贅沢なものだと島袋は言う。今の島袋には昔のような物欲がなく、むしろ欲がある人がうらやましい。フェラーリやランボルギーニ、BMWに乗りたいと思おうとしても思えない。多くの人が最終的にプリウスやレクサスに落ち着く理由も分かるという。阿部も、見た目やブランドではなく、乗りやすく快適でちゃんとしたものに収斂していくのだと補足する。

島袋は、40歳を過ぎてもブランド品を欲しがり、集め続けている人は「才能」であり「アスリート」「天才」だと表現する。だからこそ、若いうちの欲は本当に大事にした方がいいし、無理をしてでも、借金をしてでも欲を満たすために使った方がいいのではないか、と島袋は考えている。阿部が「そういうタイプだもんね」と言うと、島袋は認める。

島袋の場合、お金は右肩上がりに増えていくのではなく、上がっては大きく下がることを繰り返す、株式市場のような動きだという。本人はこれを「マイナスのJカーブを掘っているのかもしれない」と表現している。

お金を通信簿と思えること自体が才能

阿部が年長の経営者や成功した会社員から聞いたエピソードを求めると、島袋はその前に一つ付け加える。お金を通信簿だと自分で思えるマインド自体が、経営者やお金を稼ぐ人としてはすごいことで、それは才能だという。

それをSNSで発信すれば社会的にどうかという議論はもちろんある。しかし自分の中でそう思うことは別の話だ。そう思い、実際に実現して稼いでいる。さらに年齢が上がり、金額が大きくなっても、それを原動力にし続けられる。島袋はそれを一つの才能だと評価する。

ワイン会で聞いた「3つの幸福」

そのうえで島袋が紹介したのが、最近参加したワイン会の話だ。仕事で世話になっている芸能関係の人に初めて呼ばれた会で、ワインバーのカウンター10席ほどに錚々たる顔ぶれが並び、ソムリエとシニアソムリエがいる場だった。島袋は事前情報をあまり聞いておらず、隣にいた人物が超大手企業の元社長・会長で、名前を聞けば分かる有名人だとは知らずに、気楽に話していた。後で調べると非常にすごい人だったという。

会では一人ずつ、自己紹介と今やっていることを話す場面があった。島袋はそこで次のような話をした。M&A BANKの活動を通じてお金を持っている人たちと関わる機会が増え、お金と幸福が金額に比例してリンクしない人もいると感じている。最近行き着いているのは、お金ではなく「幸福とは何か」という問いだ。幸福を追求するために、会社経営や周囲のステークホルダー、社会に自分たちがどう関与できるのかに興味がある。それが仕事というアプローチなのか、別のアプローチなのかはまだ分からない。お金を稼ぐことはもちろん前提として大事だが、今は幸福論の方に関心がある、と。

するとその元経営者から「お前はいいところに気づき始めている」と言われた。島袋によれば60歳前後の人物で、島袋はそれが嬉しかったという。

その人物は、幸福には3つある、というより人間には3つのタイプがあると語った。1つ目は島袋たちのような起業家で、事業を興して上場などをする人。2つ目は、お金はないが名誉はある人で、大企業の社長がこれにあたる。3つ目は、何もない普通の会社員。それぞれに幸せがあるが、意外にも3つ目の人たちは、自分のサイズの中で挑戦したりしていて実はとても幸せなのだという。そして世の中にはこの3つ目の人が多い。

島袋はこれに納得したと話す。自分自身、年収が400万円から600万円くらいになった時期が一番「お金すごい」と感じ、幸せだったからだ。そういう幸せがあるのだと思っている、と島袋は言い、その先のまとめを阿部に振る。

阿部による整理:指標の重みは人によって違う

阿部は、社長には創業社長と、会社員として入社し出世して社長になるパターンがあり、難易度で言えば明らかに後者の方が難しいと述べる。それにもかかわらず、起業家の方が優れていて、組織の中で上がる方はどうか、というような考え方がどうしても出てきてしまう。リスクを取ることが素晴らしい、という見方である。

しかし、会社員として社長にまで上り詰めた人が俯瞰して見た時、9割を占める会社員の中で、自分のライフスタイル、やりたい仕事、お金がうまく噛み合っている人の人生を「幸せだ」と感じた。阿部は島袋の話をそう解釈する。お金、名誉、仕事の内容、趣味、家族、友人といった要素が噛み合った結果であり、それぞれの指標の重みは人によって違う。島袋もその整理に同意した。

島袋のお金観と「Jカーブを掘り続ける人生」

最後に阿部は、島袋はお金に頓着がないのではないかと尋ねる。島袋は「ゼロではない」と否定しつつ、独特の見方を語る。自分の口座に貯金がなくても、どこかの口座には誰かが持っている。広く言えば、自分の貯金も本当に自分のものとは限らない。銀行が潰れたり、国に何かがあったりすればどうなるか分からない。事業も自分で貯めたお金で行うのは大事だが、人が貯めたお金を使うこともできるし、きちんと借り入れをすることもできる、というのが島袋の考えだ。そのうえで、小さくやるよりも大きくやっていこうとする。

だから自分は「常にJカーブを掘り続けている人生」だと島袋は言う。上がったらまた掘る、の繰り返しで、掘るためのスコップにお金がかかっていると冗談めかす。阿部は、10年一緒にやってきた立場からこの話はまた別に掘り下げたいとし、次回のテーマとして「Jカーブを掘る才能」を挙げた。今回の議論は、「欲は贅沢だから大事にしてほしい」という島袋の言葉を確認して締めくくられ、Jカーブを掘り続ける島袋の生き方については次回に持ち越された。