41歳で友達ゼロ、復讐心、死の苦しみ:岡田斗司夫「サイコパスの人生相談」第499回

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概要

「岡田斗司夫ゼミ」では月に1回、視聴者の悩みに答える「サイコパスの人生相談」を配信している。今回の再配信は2023年8月13日配信の第499回で、7つの相談を扱う。岡田氏によると、10代から70代以上まで幅広い層の視聴者から相談が届くが、どの年齢層からも共通して来るテーマが「友達」だという。今回の目玉も、41歳男性の「友達が一人もいない」という相談である。

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冒頭で岡田氏は、この回は500回目を目前にして躁と鬱でいえば躁の状態、つまり気分が上がっていたのだろうと振り返り、テンションが高いと表現が強くなり、口が悪くなっていると断っている。「サイコパス」という番組名は、かつて奥さんから「サイコパスだよね」と言われて本人がとても納得したことに由来する自称で、優しい答えにはならないことを了解したうえで相談してほしいという立場だ。

後から湧く復讐心は「趣味」である

最初の相談者は30代の女性会社員で、離婚歴がある。親しいと思っていた友人に頼んでもいない悪口の告げ口をされたり、陰で悪口を言われたり、元夫のモラハラに5年耐えたりと、裏切られたり舐められたりしても、その場では気づかず後から悔しくなる経験を重ねてきた。『半沢直樹』のようにやり返したいと思っても手立てがなく、いつか仕返しできるよう考えても、ふと「人生にはもっと楽しいことがあるのに」と虚しくなる。岡田氏ならどうするか、という相談である。

岡田氏は、友人や元夫の件はすでに起きたことなので今回は関係ないとし、問題を「虚しいとわかっているのに、なぜ言い返し方や復讐を考え続けてしまうのか」の一点に絞る。コメント欄には「考えなければいい」という意見も流れたが、岡田氏は、考えてしまうのがこの人の性格なので答えにならないと退ける。

岡田氏の分析では、これは相談者の人格の根幹をなす「趣味」、つまり「いつかチャンスが来たら仕返ししてやろう」と妄想する趣味だという。岡田氏は不適切かもしれないと断ったうえで、男性が胸の大きい女性を見て「いつか触ってやろう」と延々妄想するのと同じだとたとえる。岡田氏によれば、そうした妄想は男性の10人に1人ほどが持つ「普通の病的な妄想」であり、同じように、言い返せない気の弱い人の10人に1人ほどが復讐妄想を持つのも当たり前だという。

さらに岡田氏はこれを自慰行為になぞらえる。終わった後に虚しくなるのは「賢者タイム」と同じで、「虚しいからやめた」という人の話は聞いたことがない。本人にとっては興奮してどれだけでも考えたい楽しい妄想であり、快感に対して事後の虚しさが小さすぎるのだから、やめられるはずがない。岡田氏の結論は、実際に行動に移さず心の中にとどめている限り社会的には問題ないので、「これも性癖なんだな」と思って安心して続ければいい、というものだった。

友達がいないのは「40代男性のデフォルト」

2つ目は41歳の男性、高井さんからの相談だ。仕事はしているが休日は一人で、一人が好きで、誰かといるより圧倒的に楽だ。職場でも話しかけられるのが嫌で早く帰りたい。それでも年に何回か寂しいと感じる瞬間があり、年を取るにつれ寂しい時間が増えるのではないかと怖い。誰かといる煩わしさにも、誰もいない寂しさにも耐えられない自分はどうすればいいか、という内容である。

岡田氏は相談文に「わかるな」と相槌を打ちながら、これは40代男性のデフォルトだと答える。岡田氏の見方では、友人という状態は10代から20代前半までに与えられる「ボーナス」であり、同時に「罰ゲーム」とも言える。20代半ばあたりで男性の半数以上は友達がいなくなり、性格的に男っぽい女性もどんどん友達がいなくなるだろうと岡田氏は見る。そして一人が当たり前になり、ぼんやり寂しいが気楽で、年に何回か「このままではいけない」という発作が来る。まずはこれが自分だけでなく、半分くらいの人がそうなのだと認識するところから始めればいい、というのが岡田氏の提案だ。

相談者は、自分が人間嫌いですぐ帰る性格だからこうなったという「レアケース」だと思っているのだろう、と岡田氏は推測し、そうではないと言う。孤独なのは過半数だと岡田氏は考えるが、裏返せば半数近くの人には家族や友人が身近にいる。そういう人たちは休日に家でゴロゴロできず、呼び出されて街に出る。だから街に出ると誰かと一緒に外出するタイプの人ばかりが目につき、それを世間だと思い込んでしまう。岡田氏はこれを、野球場の観客席に座れば周りは野球ファンばかりで「世間はみんな野球好きだ」と思うのと同じだと説明する。

具体策として岡田氏は、面倒くさい孤独感を持つ独身男性や中年男性の集まりを相談者自身が主催すれば人は集まるだろうと言う。日時と場所を自分で決め、告知のリスクを自分で取るなら、次回の人生相談で1回だけ告知してもいいと申し出た。ただし次回の人生相談は9月10日頃になる見込みなので、開催日はそれ以降にすること、岡田氏自身は暑いし間違っても行かないと笑いながら付け加えている。そのうえで、年に何回か寂しい発作が来るだけなら、それは発作だと思っておけばいいのではないか、とも述べた。

「バカは大学院に行くべきでないか」の本当の意味

3つ目は大学3年の女性からで、大学院に進んで研究職に就くつもりだったが、友人に「あなたは勉強が得意ではないから就職したほうがいい」「研究職は男社会で男女差別やセクハラが当たり前だから耐えられない」と、会うたびに言われている。記念受験のつもりで受けた国立大学に進学し、周りについていけないことは自覚している。やはりバカは大学院に行くべきではないのか、研究職が無理なら転職すればいいという考えは甘いのか、という相談だ。

岡田氏はまず、本当に真剣に悩んでいる人は「バカは大学院に行くべきではないか」という問いを最初に立てないと指摘する。これは質問ではなく、相手に「そんなことないよ」と言わせるための極端な言い方だというのだ。そこへ岡田氏は「ズカズカと踏み込んで」答える。友人が言いたいのは「バカだから行くな」ではなく、「あなた、就活してないよね」ということだ。まぐれで入った大学で成績も上がらず、勉強や研究が好きなわけでもないのに大学院に行こうとするのは、就職をどうするかという問題を先延ばししているだけであり、友人はそれを指摘してくれている、と岡田氏は読む。

それを理解したうえでなら大学院に行ってもいい、と岡田氏は言う。ただし、大学院に行って無駄に年を取っても将来いいことはなく、そこから就職しようとすれば今より不利な条件で就職活動をすることになる、というのが岡田氏の見立てだ。本音が「働きたくない」「どこも雇ってくれない」「人に評価されない」なのであれば、その考えを中心に置いたうえで、お金がかからず将来に有利になる方向を考えるのがいいと提案した。

さらに、この動画をまず友人に見せて「相談したらこう言われた」と聞いてみればいい、と勧める。友人はおそらく「そんなつもりで言ったんじゃない」と言いながら、見透かされたと思ってフォローしてくれるだろう、と岡田氏は予想する。コメント欄の視聴者には、大学院に行くべきか否か、自分の経験に基づく具体例を書いてほしいと呼びかけた。

死ぬときの苦しみを広めてほしい、という依頼を断る

4つ目は30代男性、メタニョさんからの「変な質問」だ。多くの人は死ぬときの苦しみを甘く見積もり、事故で亡くなった人について「一瞬で気を失ったから苦しまなかったはず」などと楽観的に解釈しがちだ。世の中の大多数が死の苦痛を軽んじていると、緩和ケアなどの終末医療すら万全にならない。だから「死ぬ時は苦しすぎてやばい」というマインドを、岡田氏の影響力で多くの人に植え付けてほしい、という依頼である。

岡田氏ははっきり「嫌です」と答える。どちらも経験していない以上、ニュートラルな立場が普通であり、死ぬときが苦しすぎるという証拠はどこにもない。相談者は死ぬのが怖すぎてそう思い込んでいるのではないか、と岡田氏は見る。「これを軽んじると万全にならない」という論法についても、万全な状態など世の中にほとんどないのだから理屈のための理屈で、あまり好きではないと述べた。

岡田氏は、死にかけた体を無理やり延命するのが苦しいという話は多くの人が経験談として語っており、「もうチューブを外してほしい」と思う人が多いのはよく言われると認める。しかし死ぬこと自体については、常識的に考えて全身の感覚が失われていくもので、死にかけた人の話でも「だんだん体が冷たくなって」と言うくらいだから、どちらかといえば楽になるのではないか、というのが岡田氏の考えだ。

自分の死のイメージをよく表している作品として、岡田氏は士郎正宗の漫画『仙術超攻殻オリオン』を挙げ、96ページあたりの場面を紹介した。僧侶が暗黒神スサノオをこの世に呼び出すと、周囲が破壊され、多くの人が死にビルも崩れる。子どもを抱えた女性が「人に奉仕するのがお坊さんの務めでしょう、何とかして」と訴え、僧侶も「困っている人を捨て置けない」と言うと、神は「俺を舐めているのか」と女性を殺してしまう。すると女性は「やった、自由よ」と言ってふわりと消えていく。泣き叫ぶ子どもがうるさいと神がその子も殺すと、今度は子どもの魂が「自由だ」と愕然とする僧侶の上を飛んでいく。

岡田氏はこれが自分の死のイメージだと言う。死ねば心配事も、それまで抱えていた責任もなくなり、清々する。目的意識や使命感、「自分は何者にもなれなかった」「これをやるまでは死ねない」「この人生でいいのか」といった思いはすべて何かへの執着であり、子を心配する母親の愛も執着だとわかって「自由だ」となる場面に強いインパクトがあった、と岡田氏は語る。復讐心や愛情といった自分を縛るものがなくなって成仏するのであり、今の人生はその境地に至るまでの苦行だから、せいぜい楽しめばいい。そう考えている以上、「死ぬのは苦しいぞ」と発信することはできず、「死ぬことは必ずしも不幸なことではないと僕は思う」と言うことしかできない、と結んだ。

欠点を「数回目のデート」で打ち明ける理由

5つ目は26歳の男性会社員もやしさんの恋愛相談だ。大卒、身長173cm、体重60kg、年収600万円で、性格がネガティブ、声が小さいと言われ、これまで付き合った女性は3、4人。マッチングアプリや結婚相談所で婚活中で、数回目のデートで自分のマイナスポイントを伝えている。内容は、両親が離婚していること(暴力などはなく、離婚したという事実のみ)と、仕事があまりできず会社で評価されていないこと。相談所の相談員からは「言うのが早い」と言われたが、後出しは不誠実な気がして従えずにいる。

岡田氏は、専門家である相談員に止められても従えない面倒くささこそ、ネガティブと言われる原因だろうと言う。ポイントは「数回目のデート」というタイミングだと岡田氏は指摘する。本当に誠実なら、初回のデートか会う前に伝えているはずだ。そうしないのは、相手と仲良くなりたいからである。そして数回目で伝えるのは、振られたときに自分のせいだと思いたくないから、「俺はちゃんと言った、それでも付き合うと言ったお前が悪い」と後で言うための防衛線だ、と岡田氏は読む。つまりネガティブなのではなく、自分勝手で戦略的で、しかもその戦略が浅くて見破られている、という厳しい評価である。

ただし岡田氏は、そんな根性の男と付き合う女性のほうが災難なのだから、もやしさんは今の戦略のままでいいと言う。スペック的には問題なく、むしろ「いい物件」なので、根性が悪く自分勝手でも「この男でもいいか」と結婚してくれる女性がきっと拾ってくれるだろう。そのうえで世の女性に向けては、誠実なつもりでネガティブな情報を、それも最初ではなく何回目かのデートで出してくるような男には気をつけたほうがいい、と注意を促した。

作曲家になりたい高校生への「勝ち筋」

6つ目は高校3年の男子で、作曲家になると決めているが親は当然反対し、行きたくもない大学への進学を勧められている。スマホで音楽制作をしてきたが無料アプリに限界が来て、パソコンがあれば無限の可能性があるのに金がない。「夢は追いかけてはいけない」という壁を17歳で目の当たりにしてしまった、と書く。親に理解してもらい、高卒でも作曲に打ち込みたいが、失敗した後のことを考えろと言われても成功しか見えていない。岡田氏が自分の立場ならどう親を理解させ安心させるか、という相談である。

岡田氏は文面を「ポエミー」と評し、こういう相談は山田先生にすれば理解を示してくれるだろうと笑う。だが「自分の立場ならどうするか」という問いなら自分で大丈夫だとして答えた。自分なら絶対に親の言う通り大学に行く。親の監視が届かない遠い地方の大学に進み、学費と生活費を出してもらい、授業で必要だと言ってパソコンを買ってもらい、あとは大学に行かず部屋でひたすら作曲すればいい。「もう勝ち筋見えてるじゃないですか」と岡田氏は言う。

岡田氏の見方では、相談者の問題は目的がはっきりしていないことにある。作曲家になるのが第一目標なら、そこだけを一点突破すればいいのに、親に理解してもらう、安心させるといった本来の目的ではない条件まで満たそうとしている。相談者が見ているのは「夢を追いかけてはいけない壁」ではなく「バカの壁」だ、と岡田氏は言い切る。

さらに岡田氏は、相談者は自分の才能や夢を本気で信じていないのではないかと疑う。パソコンが欲しいだけなら、スマホで作った曲を公開し、「スマホではここまでが限界だが自分にはこれだけの才能がある、使わなくなったパソコンを譲ってほしい」と動画で世界中に呼びかければいい。それをしないのは、スマホで作曲している他の人にすら勝てないと思っているからではないか、と岡田氏は推測する。親の金で大学に行ってこっそり作曲し、才能を確かめるか、伸ばすか、諦めるか、どれでもいいからやればいい。自分には壁ではなく楽勝しか見えない、目を覚まして顔を洗って出直せ、というのが結論だった。

「性格が悪くなった」と悩む美大浪人生と「単なる善人」

最後は19歳の美大浪人生の女性だ。最近、自分の性格や口が悪くなったと感じる。美容外科医2人が未成年を誘拐したというニュースを両親と見ていて「被害者にも非があるのでは」と言ってしまい、親に軽く怒られた。後で気づいて反省しており、成人した年齢でこんなことをする自分が恥ずかしい。性格は改善できるのか、どう考え行動すればいいのか、という相談である。

岡田氏はまず、性格が悪い人は自分のことに気づかず、性格がいい人ほど自分の性格が悪いのではと心配するものだと述べる。そのニュースを知らないので無責任な立場からだと断ったうえで、それは被害者叩きではなく、報道をそのまま信じず自分で考えて思ったことを親に話しただけだ、と岡田氏は言う。疑問を持って口にしただけで性格が悪いと言われるなら、教祖の言葉に疑問を持つことも「サタンに取り憑かれている」ことになってしまう、とたとえた。

岡田氏によれば、両親は報道を鵜呑みにする「単なる善人」であり、どちらが悪いという問題ではない。善人は報道を信じ、世の流行にそのまま乗ることしかできないので、こうした議論には向いていない。そこで岡田氏は、予備校でも美大でもいいので疑問を話し合える友達を作ること、そして両親の前では本音を言わないことを勧めた。善人に本音をぶつけても関係を悪くし、普通に善人として生きている人の足元を崩すだけで、いいことはないからだ。

岡田氏は動画内で「単なる善人と書いてバカと読む」とまで言ったが、同時に善人という生き方を、世の中を最も抵抗なく生きるための「流線形」のようなものだとも説明している。人間関係があり、安定した職業と立場があるなら、単なる善人でいることは波風立てずに生きるコツである。両親はその立場に安住しているが、相談者は美大に進むために浪人しているのだから「アブノーマル人生」に進んでいるのであり、この先親と話が合うはずがない、と岡田氏は述べた。なお再配信の後説で、岡田氏は「単なる善人と書いてバカと読む」は言いすぎだったと謝罪している。

後説:友達が少ない人は「友達の定義」が狭い

再配信の最後に、岡田氏は41歳男性の相談を補足した。ある年齢以上の男性に友達がいないのは普通だと動画内で述べたが、もう一つの持論として、友達が少ない人は友達の定義自体が狭いという。友達が多い人の話をよく聞くと、少し話したことがある、一度ご飯に行った、何人かで話したことがあるだけの人も平気で友達に数える。逆に友達が少ない人は、同じ趣味でたまに意見交換する相手も「本当の友達とは違う」「自分を本当にわかってくれているわけではない」と言い、週に1回会話を交わすほど仲が良くても友達と認めない。定義が違う以上、自己申告の友達の数で悩むのは少し違う、と岡田氏は言う。

岡田氏によれば、日本人は世界の他の人々に比べて友達の定義がさらに狭いらしく、アメリカなどでは広い定義のほうが普通で、狭める人はかなり少数派だという。日本人は10代の頃、あるいはもっと幼い頃から一緒にさまざまな経験をしてきた同年代の仲間を友達と呼ぶ傾向があるそうで、この定義を採れば、40歳を過ぎて友達が多いのは地元を離れないマイルドヤンキー的な生き方をしている人くらいになってしまう。だから40過ぎの男性の友達がゼロというのはスタンダードではないか、と岡田氏は改めて述べた。

一人が好きだが時々寂しくなるという悩みについて、岡田氏は動画内での「同じような人を集めてオフ会を」という提案に加え、YouTubeメンバー向けに無料で提供している公式Discordにも触れた。これは一人が好きだが、たまに話し相手が欲しくなる人に合わせて設計した場所で、趣味を書き込んだり絵文字でリアクションしたりするのが目的だという。オフ会やイベントを企画すれば盛り上がり参加者も増えるだろうが、それは狙っておらず、同じゼミを見ている人が他にもいると実感できる場として作った、と岡田氏は説明している。