Googleはなぜ買収ではなく「引き抜き」を選んだのか:中島聡が語るWindsurf争奪戦とAI開発ツール市場

YouTubeで開く ↗
概要

Googleが、AIコーディングツールを手がけるWindsurfからCEOと主要エンジニアを引き抜いた。その直後、残った会社をCognitionが買収した。この一連の出来事を、元Microsoftのソフトウェアエンジニアで現在は起業家の中島聡が、ChatGPTのインタビューに答える形で解説している。中島の関心は、個別の買収劇そのものよりも、その背景にある構造に向いている。ソフトウェア開発という分野で、AIによる働き方の変化がほかの業界より何年も早く進んでいる、という見方である。

11分で読めます
1:18

インタビューの形式とニュースの概要

動画は、中島がChatGPTにインタビュアー役を頼む形で進む。ChatGPTはまずニュースを紹介する。GoogleがWindsurfからCEOを含むキーパーソンを引き抜き、その直後にCognitionという別の企業がWindsurfの残りの資産を買収した。ChatGPTはこれを「かなりドラマチックな展開」と呼び、AI開発業界の激しい競争を示す出来事だとまとめた。そのうえで、中島にこのニュースをどう受け止めたかを尋ねる。

2:40

買収ではなく「引き抜き」を選んだGoogle

中島がいちばん面白いと感じたのは、Googleが会社をまるごと買収しなかった点である。中島の見立てでは、Googleは本来Windsurfを完全に買収したかった。しかし実際に買収しようとすると、独占禁止法の審査に時間がかかるうえ、かなりの確率で認められない可能性がある。そこでGoogleは、CEOと技術、主要なエンジニアだけを引き抜き、その代わりに24億ドル(中島の換算では約3400億円)を支払った。中島はこれを、独禁法を避けるためだけに取った「ちょっと特殊な」やり方だと表現する。

このやり方で、Googleは欲しいものを手に入れた。さらに、買収と見られないように、技術はライセンス契約として扱い、しかも非独占的(ノンエクスクルーシブ)にした。このためWindsurf自身も他社も、その技術を引き続き使える形が残った。中島はこの点を後の展開につながる要素として挙げている。

3:42

残った会社に売上があったという特殊事情

中島によると、独禁法の問題で買収できないため、技術とエンジニアだけを引き抜いて金を渡す、という形の取引では、残った会社はそのまま消えていくケースが多い。ところがWindsurfの場合、残った会社にかなりの売上があった。中島は「どこかで見た」数字として年間売上80ミリオンドル以上、日本円で100何十億円という規模を挙げ、そのまま放置するにはあまりにももったいない会社だったと話す。

技術がライセンスとして残り、売上もある会社が手つかずで残った。そこにうまく合致したのがCognitionで、同社が残りを買収した。中島はこの流れを、独禁法があるから買収できないという今の時代特有の事情が「ちょっとしたツイスト」を生み、その結果として面白いことが起きたケース、と整理している。

4:46

なぜソフトウェア開発で変化が先に起きているのか

ChatGPTは次に、今回の動きがAI開発ツール業界全体にどう影響するのか、ほかの企業も同じような買収や提携を探るようになるのかを尋ねる。中島は、この一件だけで何かが大きく変わるとは思わないと答え、まず一歩引いた視点から話を始めた。

人間より賢いAIが登場したことで、人々の働き方は大きく変わると言われている。職を失う人がいる一方、AIツールを上手に使いこなす人は生産性が大きく上がる。ただ、世の中はそう簡単には変わらない。中島はそうした大きな変化には10年、15年かかると見ている。それでも、ソフトウェアエンジニアリング、とくにプログラミングに関しては、変化がものすごいスピードで起きているという。

中島はその理由をいくつか挙げる。第一に、ソフトウェアエンジニア自身がまさにソフトを使いこなす立場にいる。第二に、イノベーションの中心にある大規模言語モデル(LLM)は、もともと人間の自然言語を解釈・生成するために作られたものだが、プログラムを読む、バグを見つける、機能を追加する、ゼロから書くといった作業がLLMの設計とよく合っていた。第三に、OpenAI、Google、Anthropicといった最先端のモデル開発企業が、プログラミングを得意にするようモデルを育ててきた。GitHubなどインターネット上に学習データが大量にあることも、それを後押しした。第四に、エンジニアは新しい技術を取り入れることにあまり抵抗がない。

こうした事情が重なった結果、ほかの業界で今後10年、20年かけて起きるであろう働き方の変化が、ソフトウェア業界ではここ数カ月で一気に起きている、と中島は述べる。WindsurfのほかCursorやReplitなど、AIのコーディング能力を使った開発環境、ノーコード環境、いわゆるバイブコーディング環境がものすごい勢いで伸びているのはこのためだという。

7:42

月額20〜30ドルが「安い」と感じられる理由

中島がさらに面白い点として挙げるのは、こうしたツールがエンジニアの生産性を大きく引き上げているだけでなく、きちんと売上につながっていることだ。始まったばかりの会社が年間80ミリオンドルの売上を上げるのはすごいことだと中島は言う。ただ、エンジニアの立場から見れば不思議ではないともいう。自分の生産性が2倍、3倍になるのなら、月20ドルや30ドルを払うことは大したことではない。エンジニアを1人雇うことを考えれば、はるかに安い。

中島自身も、Cursor、Claude Code、それに時々OpenAIのCodexを使っていると話す。こうした理由から、エンジニアたちは喜んで月額課金を払う。市場が立ち上がったばかりにもかかわらず、しっかり売上が上がる良いビジネスモデルがすでにできている、というのが中島の評価である。ほかの分野でもAIが活躍する将来は見えているが、なかなか応用できていない。その中で、ソフトウェアエンジニアの領域だけはものすごい勢いで進歩している。今回の出来事はその表れだと中島は位置づけている。

9:08

買収合戦は続くと中島が見る理由

今後について、中島は「買収合戦は起こるんじゃないか」と予想する。ただし、WindsurfやCursor、Replitなどの創業者が必ずしも会社を売りたがっているわけではない、とも付け加える。良いものを作れば価値が生まれ、その先で買収なり上場なりのしっかりしたエグジットができればいい、と考えている。だから慌てて売ろうとしているとは思わない、という。

一方で、この市場が伸びることは確実で、開発者を支援する環境を持っておきたい企業は数多くある。中島は、今回技術とエンジニアを引き抜いたGoogleはもちろん、Microsoft、Oracle、Salesforce、それに「Amazonもそうかな」と名前を挙げる。これらの企業はAIを使ったエンジニア向け開発環境を自社でも作るし、MicrosoftはCopilotを作っている。しかし中島は、最新のものをきちんと作ることに関しては、小回りの利くベンチャー企業のほうが上手だと見る。フォーカスがはっきりしているからだ。

アメリカには、面白いアイデアがあると大企業から人が飛び出して外でやる傾向がある。そのためAIコーディングのベンチャーがいくつも立ち上がり、ものすごい盛り上がりになっている。今回の件で値段がついたこともあり、中島は「すでに買収交渉はガンガン起こってるんじゃないか」と推測する。例としてCursorを挙げ、買いたい会社もいれば、投資したい投資家もいるだろうと述べた。

11:29

投資家マネーとエグジットへの圧力

買収が進むと見るもう一つの理由として、中島は投資家の存在を挙げる。創業者の考え方はさまざまで、できるだけ会社を大きくして良いものを提供することだけを考える人もいれば、お金持ちになりたくてやっている人もいる。最終的に売るかどうかは本当に創業者の意思次第だという。

ただ、これだけ注目されると、まず投資家がどんどん資金を入れたがる。未上場なので正式な株価はないが、評価額(バリュエーション)が上がっていく。高くなった評価額でさらに投資家が入ってくると、投資額も大きくなる。すると創業者は、その投資家たちに報いなければならない状況に追い込まれる。その過程は大変だが、上場を目指すか、どこか大きな会社に買ってもらうかのどちらかで、エグジットへのプレッシャーが今とても高まっている、と中島は見る。会社を欲しがる側もいるので、いろいろな買収が起きるだろう、というのが中島の結論である。

12:36

エンジニアに求められるスキルは上流へ

ChatGPTは話を深め、AIコーディングツールの普及でソフトウェアエンジニアの役割やスキルセットがどう変わるかを尋ねた。中島は、すでに変わり始めていると答え、ソフトウェア開発にはいくつかのレイヤーがあると説明する。

いちばん上には、どんな価値を、どんなユーザーに提供したいのかという製品の設計やビジョンがある。その次に、その価値を提供するためにどんなアーキテクチャーで作るかという判断がある。クライアント側だけで作るのか、クライアント・サーバー構成にするのか、分散型にするのか。さらにどの言語で開発するのか、セキュリティをどうするのか。中島は、こうした大きな意味での製品設計やソフトウェアアーキテクチャーの部分は、「今の時点だけどね」と断りつつ、まだ人間の役割が重要で、AIには任せられないと述べる。

一方、実装の段階では事情が違う。中島のやり方では、アーキテクチャーを決めたらモジュールに分け、それぞれの役割とインターフェースを決める。その中を実装する作業は細かな手間はかかるが、それほど頭の良さを必要としない単純作業が多い。そうした仕事がAIに振られるようになっている。中島自身も、現在開発中のソフト「マルモキャスト」で、こうした「つまらない作業」はもう本当にAIにやってもらっているという。

中島は具体例も挙げている。ファイルシステムの中から特定の拡張子で終わるファイルだけを抜き出し、名前を変える、別の場所に移す、それぞれに何か処理をする、といったコードだ。プログラムを書く人なら誰でも5分、10分で書ける。しかし、バグがないようにし、ファイルが1つも見つからなかったときにもちゃんと動くようにするといった細かいところまで詰めると、意外と手間がかかる。今は条件を伝えて「こういうコードを書いて」と頼めばAIがさらっと書いてくれる。その意味でとても便利になった、と中島は言う。結果として、エンジニアに求められるスキルのレベルは少し上がり、アーキテクチャーや製品設計のほうへ移っている、というのが中島の見方である。

16:05

ジュニアエンジニアの仕事がなくなるという懸念

ただし中島には心配していることがある。これまで大学を出たばかりのエントリーレベルのエンジニア、いわゆるジュニアエンジニアに任されていた仕事がAIに移り、彼らの仕事がなくなりつつあるのは事実だという。中島は「つい先日もMicrosoftが9000人かな」と、人員削減のニュースにも触れた。

中島自身の開発でも、生産性は大きく上がっている。マルモキャストはかなり大きなソフトだが、ひと昔前なら20〜30人で作っていたような規模のものを、今は2〜3人で作れているという。その分、人は雇わない。とくにジュニアエンジニアが不要になっていることについて、中島は業界全体の問題として受け止めている。エンジニアをどう育てるのか、エンジニアがどう育っていくのか。そのキャリアパスの作り方が、ソフトウェアエンジニアの世界では厳しくなるのではないか、と懸念を示した。この問いに対する答えは、動画の中では示されていない。

17:12

バイブコーディングの使いどころ

最後に中島は、話題になっている「バイブコーディング」に触れた。これは中島自身のやり方とは違うという。「こんなのが欲しい」とAIに言ってコードを書かせ、そのコードをほとんど読まずに採用する。こんな機能が欲しい、あんな機能が欲しいと頼み、動けばそれで採用する。コードの品質にはあまりこだわらず、ある意味使い捨てくらいの気持ちでプログラムを書くスタイルで、面白いからみんながやっている、と中島は説明する。

中島は、この方法は最終製品を作るのには向いていないと言う。一方で、プロトタイプ作りにはとても良く、ユーザーにとってどんなUIやUXが良いのかを設計するのにも非常に役立つと評価する。先ほど話した、ゴリゴリとコードを書く部分よりも上のレベル、つまりどんな価値を提供するのかという最上位の設計を鍛えるには面白いツールだという。思いついたアイデアを素早くプロトタイプにし、実際に使ってもらえるかを試す。そうした製品設計のいちばん上の部分のトレーニングとして、学生がバイブコーディングに取り組むのは悪くないのではないか、と中島は考えている。

ChatGPTはこれを受けて、最終的な製品化の段階では高い品質と安定性が求められ、別のアプローチが必要になるかもしれないと補足した。そのうえで、まず自由な発想でどんどん試す姿勢がこれからの時代に重要になりそうだと応じ、インタビューを締めくくった。