岡田斗司夫が語る『無職転生』ザノバ編 フィギュア談義の名場面と、原作屈指のビターな物語

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概要

『無職転生』で岡田斗司夫が一番好きなキャラクターは、主人公のルーデウスでもエリスでもなく、シーロン王国の第三王子ザノバ・シーロンだという。この動画は、2021年2月7日配信のゼミ会員限定部分の一部を無料公開したものと、その後に加えた「アップグレード」解説でできている。前半ではザノバが人形の魅力を熱弁する場面を紹介する。後半では、原作第19巻にあたる「ザノバ編」をシリーズの最高傑作と考える理由を、一部ネタバレを含めて語っている。

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ザノバが好きすぎてロキシーのフィギュアを買った

岡田によれば、ザノバは背だけがやたらと高く、顔立ちも「脇役丸出し」のキャラクターだ。それでもエピソードが好きすぎて、普段なら絶対に買わない美少女フィギュアを買ってしまったという。それがロキシーのフィギュアである。

ただし、ロキシーが好きで買ったわけではないと岡田は強調する。本人の言い方では、これは「ザノバ推しグッズ」だ。作中でザノバがこの人形を手に入れて熱く語る場面に「その通りだ」と共感したので、小説に登場する「ザノバが憧れたフィギュア」を再現した商品を買った。岡田は、ザノバの憧れはロキシーという人物に向いているのではなく、このフィギュアそのものに向いていると指摘する。

「首取り王子」という異様な出自

ザノバは別名「首取り王子」と呼ばれる。生まれつき呪いによる怪力を持っているためだ。子どもの頃、生まれたばかりの末の弟の首を引き抜いて殺してしまった。のちに他国の王女を妻に迎えたときも、初夜に首を引き抜いてしまい、ベッドは血まみれになった。

それでもザノバ本人に悪気はまったくない、と岡田は説明する。自分が悪いと考えるより、「なぜ周りのものはこんなに簡単に壊れるのか」と驚いているだけなのだという。岡田は、このザノバが話を追うごとにどんどん面白いキャラクターになっていくと語る。そしてこの王子は、とんでもないフィギュアファンでもある。

ルーデウスの土魔法フィギュアが金貨1枚で売れるまで

この世界にも人形はあるが、フィギュアと呼べるものではない。ルーデウスは前世でコトブキヤのフィギュアが大好きだった。岡田は、作中にそうは書かれていないが明らかにそうだと見ている。ルーデウスはその種のフィギュアを土魔法で作ろうとする。魔法でおおよその形を作り、型で模様を入れ、さらに魔法で精密に仕上げる。こうして家庭教師だったロキシーの人形を完成させる。

出来があまりに良かったので、この世界でも通用するか試しに売りに行ったところ、金貨1枚で買い取られた。岡田はこれを「10万円ぐらい」の大金と換算している。ルーデウスはまた作れるからと喜んで手放したが、その人形が巡り巡ってザノバの手に渡り、ザノバはこれに夢中になる。

「このフィギュアはマントが外れるのだ」

やがてルーデウスは、捕虜となっていた頃のザノバに会いに行く。ザノバはルーデウスの出身地を聞き、この人形を作った人物を知らないかと尋ねて人形を見せる。驚くルーデウスに、ザノバは「分かるか、お前にもこの素晴らしさが」と、延々とフィギュアの魅力を語り始める。

岡田はその中身を詳しく紹介する。ロキシーの人形は魔法の杖を持ち、長いマントのようなローブを羽織って、左手を後ろに引き、右手を前に突き出したポーズをとっている。ところがザノバは「見てみろ、このフィギュアはマントが外れるのだ」と言う。コトブキヤ風のフィギュアなので、マントを外すとパンツだけを履いた姿になり、左手で胸を隠している。

ザノバの熱弁はさらに続く。マントを着けているときは後ろに引いた左手が見えている。それなのに、なぜ外すと左手が胸の前にあるのか。驚いたことにこのフィギュアには左手が2本あるのだ、とザノバは言う。マントを着けた状態では、フィギュアは戦っている姿に見え、顔は勇気に満ちて力強く見える。マントを外すと、外側の左腕はマントと一緒に外れ、内側には胸を隠す精巧な腕だけが残る。だから同じ顔が恥じらっているように見えるのではないか。ザノバはこう熱く語り続ける。岡田は読んでいる間ずっと笑っていて、「面白ぇ」と思ったという。

「ほくろ」をめぐる師弟関係の成立

ルーデウスは思わず「あなたはまだまだだ」と口にする。ザノバは手の近くにあったほくろを、邪魔だと思って削り取ってしまっていた。ルーデウスは、なぜそんな場所にほくろを描かなければならなかったか分かるか、と問いかける。

ここで岡田は、ルーデウスが頭の中で考えていたことを説明する。この世界にはまだR指定も青少年健全育成条例もない。裸でもかまわないのに、あえて胸を隠す。そして隠しきれなかった位置にほくろを見せることで、その下に乳首があると想像させる。そうすることでエロさがかえって強まる、という理屈だ。これを聞いたザノバは、自分はまだまだ愚かだったと言い、五体投地のような土下座をして弟子入りを願い出る。岡田はこの場面を「本当にくだらない」と言いながら、めちゃくちゃ面白いと評価している。

フィギュアの魅力を言語化した場面として

岡田がこの場面を高く評価するのは、なぜ自分たちがフィギュアを面白いと思うのか、「これはいい」と感じるのはなぜかを、きちんと言語化しているからだ。アニメでもここまでやってほしいと岡田は述べる。アニメ版では第8話あたりでルーデウスがロキシー人形を作っていて、その人形が例のポーズをとっている。シーロン王国へ渡ったような描写もあるので、後で出てくるだろうと岡田は見ている。

岡田はさらに、フィギュアを作ってこの世界にその魅力を広めるという話は、一見すると横道に見えるが、アニメ第8話・第9話に登場するルイジェルドとの約束の伏線にもなっていると指摘する。そのうえで、ザノバが自分の国へ帰る回、つまりザノバ編が今のところ最高傑作だと述べ、会員限定部分の無料公開はここで終わる。

第19巻「ザノバ編」 オタクの戯画に別の光を当てる

アップグレード部分では、岡田がザノバ編を最高傑作と考える理由をさらに詳しく語る。ザノバ編は原作小説の単行本第19巻を丸ごと1冊使ったエピソードである。

ザノバは人形を愛し、人形の良さを理解してくれる仲間や、一緒に人形を作ってくれる師匠をものすごく大事にする。一方で、それ以外には何の興味も示さない極端な性格の持ち主だ。岡田はこれを、自分たちのようなオタクという人種をカリカチュアしたキャラクターだと見ている。そのオタク気質と正反対なのが、呪いによる並外れた腕力である。このアンバランスさが特徴で、ザノバはルーデウスの愉快な仲間の一人として描かれてきた。

ザノバ編ではこれが一転する。愉快なフィギュア馬鹿に見えたザノバの負の一面、悲しい一面が語られる。王族の一人として生きなければならなかったこと、自分が呪われた存在であることなどだ。馬鹿みたいに明るいキャラクターの暗く悲しい側面を描き、一人の人物にいろいろな方向からライトを当てる。岡田はそこにザノバ編の魅力があると語る。この部分はネタバレを避けて話している、と本人も断っている。

なろう連載の中で「対象年齢が上」の話ができた理由

岡田がザノバ編を最高傑作とする理由はほかにもある。他のエピソードと比べて明らかに対象年齢が上で、全体的にかなりビターな話になっている点だ。

岡田の説明では、「小説家になろう」では、少しでも鬱展開になったり、主人公の気分が落ち込んだり、面白くない展開が続いたりすると、あっという間にランキングが落ちて読まれなくなる。どれほどの人気作でも、話がだるくなれば読者はどんどん離れていく。作者も本当はそれを望んでいたわけではないだろう、と岡田は推測する。『無職転生』は実際に人気最高のまま最終回まで走り切った作品だ。岡田は、その人気の頂点にあった物語の中盤だったからこそ、このエピソードを書けたのだろうと見ている。そして、大人向けの小説でもなかなかやらないことをやっていると評価する。

「努力が報われる話」から「マイナスで終わる話」へ

岡田によれば、それまでの『無職転生』の各エピソードは、基本的にビルドゥングスロマン、つまり青少年向けの教養小説だった。努力が報われる話である。犠牲や取り返しのつかない失敗もあったが、それはその後の大きな成功のための前振りだった。プラスもマイナスもあるが、まとめればプラスになる。これまでのエピソードはそういう構造だったという。

ザノバ編はマイナスで終わるエピソードだと岡田は言う。ここから岡田はネタバレを予告して内容に踏み込む。ルーデウスは親友ザノバを助けるため、ザノバの故郷シーロン王国へ応援に駆けつけ、めちゃくちゃ頑張る。ここまではいつもの『無職転生』と同じだ。ところがその努力はすべて徒労に終わる。しかも戦いに負けたから無駄になるのではない。戦いにはきちんと勝ち、勝ったうえで努力が無駄になる。そこがきついと岡田は語る。

魔法があるから戦争は20世紀型になる

シーロン王国でルーデウスが関わるのは、それまでのような一対一の戦いではない。正々堂々か卑怯かという違いはあっても、個人の戦闘とはまったく違う、戦争である。

岡田は、この世界には攻撃魔法があるので、戦争のやり方は第一次世界大戦以降の現代の戦場とあまり変わらないと説明する。第一次大戦で大量破壊兵器・大量殺人兵器が登場する前は、英雄が武勇を誇り、負けた側は負けを認めてぞろぞろ引き上げる、という戦いだった。それ以後は違う。負傷者、生涯残る傷を負った者、死者、戦場のトラウマを抱えた者を何万、何十万と出しながら、互いに戦争をやめられない。岡田はこれを20世紀の戦争と呼び、ザノバ編の戦争はそれと同じだという。空から榴弾や迫撃砲がいつ降ってくるか分からない地獄のような戦場が、魔法によって展開されるのである。

ルーデウスは戦友ザノバを救うため、シーロン王国の人々を助けようと、正義のためにその戦場へ向かう。その結果、圧倒的な魔法の力で殺戮、大量殺人に加担してしまう。周りは勝利を喜ぶ。ルーデウス自身も理性では、やるべきことをやっただけだ、自分がやらなくても誰かがやった、自分がやらなければ逆にシーロンの多くの人が殺されていたはずだ、と考えようとする。それでも、敵兵とはいえ多くの人を殺したことで、少しずつ心のバランスを失っていく。岡田はこの展開を「ベトナム戦争もの」のようだと表現している。

誤解による死と、苦い教訓だけが残る

岡田はもう一つの筋にも触れる。ルーデウスが一方的な思い込みから、ある人物を悪人だと誤解してしまう話だ。その誤解が原因で、その人物は命を落とす。その死と引き換えにルーデウスが得たものは苦い教訓だけで、救いのない話でもあると岡田は語る。ネタバレはここまでだと断ったうえで、鬱展開とまでは言わないが、かなりビターな話だと改めてまとめている。

「無職転生らしくない」という声と、それでも最高傑作とする理由

岡田は、この話は作者にとってもかなりの挑戦だったはずだと見ている。いつもの『無職転生』のような、楽しく爽快でためになるライトノベルとは少し違うエピソードになっているからだ。そのため、ザノバ編は無職転生らしくないからいまいちだという読者もいる。

それでも岡田は、ザノバ編の完成度はシリーズ全体の中で頭一つ抜けていると評価する。さらに、このエピソードがあるからこそ『無職転生』という作品全体のバランスが取れている、というのが岡田の考えだ。ザノバ編のアニメ化にも期待しているが、実現は「2029年ぐらい」、つまり3年後ぐらいになるのではないかと岡田は見積もっている。