準備なしで答えた「サイコパスの人生相談」:浮気しない男、年の差婚の減少、友達のつくり方

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概要

岡田斗司夫が月に1回、視聴者の相談に答える「サイコパスの人生相談」の過去回である。この回(2021年9月12日配信の岡田斗司夫ゼミ第410回)は普段と作り方が違う。岡田は答える相談を選んだあとは内容を忘れるようにし、何の準備もしないまま生配信中に相談文を初めて読み、その場で思いついたことだけで答えた。本人は冒頭で、これは「割としんどかった」ので、それ以降この方式はやっていないと振り返っている。

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扱われた相談は、ハッピーエンドの作品ばかり見るのは幼稚か、59歳の再婚、男性の浮気、女性お笑い芸人との交際、人工的な幸福、正解のない問い、友達づくり、アニメ業界の内定辞退、人と交流せずに漫画が描けるか、の9本である。即興だからこそ、岡田が普段どういう考え方で物事を判断しているかがよく表れている。

ハッピーエンドばかり見るのは悪いことか

最初の相談者は20代男性で、アニメを見て心がしんどくなるのが嫌なのでハッピーエンドの作品ばかり選んでしまうという。友人にバッドエンドの名作を勧められても食指が動かない。それは悪いことか、バッドエンド作品とどう向き合えばいいかという質問だった。

岡田はまず、人間はハッピーエンドを見るほうが楽しいに決まっていると答える。バッドエンドを好むのは好みと時期の問題だという。いわゆる中二病的な時期には、バッドエンドのほうが世の中の真実を描いていると思い込むことがある。岡田によれば、この「概念としての中二」は24歳ぐらいまで続く人もいる。ドキュメンタリーでも暗いもののほうが本物だと感じる人がいるが、実際にはそんなことはなく、どちらが面白くなるかの問題にすぎないという。

作り手の立場からは、ハッピーエンドのほうが実は難しいと岡田は言う。よく「泣かせるより笑わせるほうが難しい」と言われる。泣ける感動作はスタッフを適当に集め、ありものの脚本でもなんとか成り立つ。しかし笑わせることはプロの芸人でも滑るほど難しい。同じように、ハッピーエンドで面白い作品を作るのは難しいというのが岡田の見方である。

そのうえで岡田は、相談者はバッドエンドを見たい時期をもう卒業したのだろうと推測する。友人はまだその時期の真っ最中なので面白くて仕方がないのだ、と。もう一つの可能性として、心が「ドM」でバッドエンドが楽しくてしょうがない人もいるという好みの問題を挙げる。岡田自身はどちらでも楽しめると言う。いったん「ハッピーエンドのほうがもう一度見たくなる」と言いかけたが、すぐに「どっちも面白ければどっちでもいい」と言い直している。

例として挙がったのが映画『嫌われ松子の一生』である。孤独な女性が老いて、最後は行きずりの中学生のような子供たちに殺されてしまう話で、見る人によってはバッドエンドだ。それでも見終えた人が最後に得るささやかなハッピー感はなかなかのものだと岡田は評価する。大人になると、バッドエンドでありながらハッピーエンドでもあるような作品の良さが分かるようになる、というのがこの相談への結論だった。

59歳の婚活と「年の差婚」の激減

2本目は59歳男性からの相談である。低身長、肥満、薄毛、バツ3で、成人した子供が5人いて、現在は一人暮らしだという。持病はなく、零細の工場経営で借金はない。不動産資産は約1億円あるが、現金や金融資産は決済用しかない。再婚を望んでいるがコロナ禍で出会いがなく、出会い系アプリやパパ活アプリで累計200人ほどと会った。数人とは結婚を前向きに考えるところまで進んだものの話は決まらず、交際に500万円ほど使ってしまった。40代までは相手が見つかりやすかったのに、「アラカン」(還暦前後)になるとこうも相手にされないのかと実感している。それでも婚活を続けてよいのか、という内容だった。

岡田がこの相談を選んだのは、ほぼ同じ話をこの1週間以内に知人から聞いたからだという。本人から「絶対にバレないように」と念を押されたうえで語られたその知人は、40歳前後の非常に優秀な会社員である。数年ぶりに偶然会ってLINEを交換したところ、後日「パパ活などにはまっていて」と打ち明けられた。2年間で1000万円を使い、貯金がすっかりなくなったのでやめたという。5年ほど前に会ったときは新婚旅行の写真を見せてくれて幸せそうだったが、今は妻と離婚寸前だという。財産分与の話し合いで、いつの間にか現金1000万円が消えていることが妻にバレるのが怖くて仕方がないのだそうだ。岡田はここで「余談がずれた」と話を戻している。

本題として岡田が紹介したのは、社会学者の荒川さん(岡田は対談したことがあるがフルネームは思い出せないと言っている)がダイヤモンド・オンラインのような媒体に書いていたという記事の内容である。1970年代から現在までの結婚データを比べると、同い年同士の結婚はあまり減っていない。劇的に減ったのは年上の男性と年下の女性の結婚で、それがこの30年ほどの大きな変化だという。

岡田はこれを読んで、今の40〜60代の男性の思い込みについて考えたという。この世代の男性はマスコミや芸能人の年の差婚を見て「ほらやっぱりあるじゃないか」と思いたがる。親の世代では10歳や12歳離れた夫婦が当たり前だったという記憶を掘り起こして、今のニュースに当てはめてしまう。しかし荒川さんによれば、そういう例はどんどん少なくなっている。結婚が減ったと言われる原因の何割かは、一回り下や二回り下の妻をもらう結婚が激減したことにある。今の男女は同世代で同じような環境にいる仲間しか配偶相手として見えなくなっている、というのが記事の趣旨だと岡田は説明する。

そのため岡田は、59歳という年齢や外見の条件が悪いというより、社会の趨勢として50代男性が思い描く年の差婚が成り立たなくなっているのだと答えた。3回結婚しているのだから結婚すること自体に問題はないはずで、出会い系アプリやパパ活アプリはやめて結婚相談所に行き、同世代の相手を探してほしいと勧めた。

「浮気しない男」はどんな男か

3本目は30代女性からの相談である。2年ほど前、恋人の浮気が決定打で別れたが、相手の心理や状況、理由を聞かず、事実だけで一方的に別れを告げたことを後悔しているという。いじめる側にも理由があり、本来ケアやカウンセリングが必要なのはいじめた側だと思っているのに、浮気に関してはその段階を踏む発想すら浮かばなかった。男性の浮気をどう考えるか、浮気をしないと自分を保てない状況は存在するのか、という質問だった。

岡田は「俺に聞くか」と笑い、相談者の優しさはよく分かったと言いながらも、少し言葉に詰まってから持論を語った。岡田は昔から「浮気しない男は存在する」と言っている。ただしその理由は「浮気できないから」だという。浮気しやすい状況に置かれると、大抵の男性は流される。どこで踏ん張るかが人によって違うだけで、女性の厳しい目でチェックすれば全員浮気するという見方になってしまうだろう、と岡田は言う。

それでも、男の味方として言えば、どんなに誘惑の多い環境でも浮気しない男性はいて、岡田はその特徴がはっきり分かっているという。それは人間が嫌いなことだ。人間嫌いの男性は、周りから誘惑されても人間関係が増えること自体が苦痛で、いつも知っている人間とだけ固まって安心していたい。岡田はそういうタイプが世の中に4分の1ぐらいいると見ている。彼らは浮気しないというより、そんな面倒なことをしたくないのである。

問題は、女性が普通に「いいな」と思うキラキラした魅力的な男性が、この人間嫌いのタイプであることはまずないという点だ。女性に「浮気しない男はいないのか」と聞かれて、先ほどの59歳の男性のような人を挙げると「そういう意味じゃない」と言われる。しかしそれは男性にとって失礼な話だと岡田は言う。その質問は「かっこよくて浮気しない男はいないのか」という意味だからだ。それを求めるなら、本当に人間嫌いの男性を見つけてくるほうがいい、というのが岡田の答えだった。

岡田はこの答え方について、商売としての配信なら本当は良くないと自分で認めている。「浮気しない真っ当な男もたくさんいる」と言っておくほうが商売としては正しい。それを言わない理由として岡田が持ち出したのが「夢には利子がつく」という考え方である。アイドルになりたい、漫画家になりたい、アイドルと付き合いたいといった夢を見るのはタダで、素晴らしいことでもある。しかし夢には利子がつき、5年、10年たったころに利子が膨らんで支払いを求められる。30歳や35歳になって「うわっ」となる時が来るが、その利子は目に見えにくい。だから自分の配信では無責任な夢を出さないようにしている、と岡田は説明した。

女性お笑い芸人と付き合うには

4本目は岐阜に住む20代男性からで、ある女性お笑い芸人が本気で好きだが、お金がなく東京までライブを見に行けない、真剣に付き合うにはどうしたらいいか、という相談である。

答える前に岡田はコメント欄の指摘に触れた。相談者が若くなっているという指摘はその通りだという。チャンネル登録者はその年の3〜4月ごろまで25万人ほどだったのが50万人を超え、10代・20代からの相談、特に無料枠の相談がやたら増えた。一応バランスを取って答えているという。

本題について岡田は、相談者が「アイドルや声優と付き合うのは無理だろうが、女性お笑い芸人なら」とどこかで思っているのではないかと指摘する。だからこういう書き方になるのだ、と。しかし実際にはその差はないという。岐阜に住む相談者が名前を知っているなら、その芸人はテレビにかなり出ているはずだ。一方、女性アイドルや声優は相当有名でない限り、お笑い芸人ほどテレビに出ていない。アイドルグループの一人の名前は知らないのが普通だが、女性お笑い芸人は案外ピンで名前を知られている。その意味で、芸能人としては下手なアイドルより格が上で、難易度はむしろ高い案件だと岡田は言う。

さらに岡田は、女性お笑い芸人についてはよく知らないと断ったうえで、お笑い番組のトークやYouTubeを見る限り、ひねくれていて面倒な人が多いという印象を述べた。そのうえでの助言は、ライブに行く必要はないというものだった。自分の仕事をきちんとして成功し、30歳近くになってから、その芸人がいつも行く飲み屋に時々通う。そして「芸人さんなんだ。ごめん、仕事が忙しくてお笑い番組は昔好きだったけど最近見られてないんだ」と言って近づくのがいちばんいいという。相手は価値の高い人なので釣り合うのは簡単ではないが、女性から見て価値が高いと思われる男性になれ、というのが結論である。

脳に幸福物質を流し続ければいいのか

5本目は中学2年の女子からで、相談文の中で自分の中二病的な思考には年齢相応の欠陥があるだろうから指摘してほしいと断っている。岡田は、見ている人は全員中二であり、40歳の中二、50歳の中二、60歳の中二がいるだけだから大人ぶらなくていいと応じた。

相談の内容はこうである。幸せでいることが人生の目的なら、脳に幸せを感じさせるホルモンを無限に流し続けられればいい。麻痺して物足りなくなったら量を増やせばいい。しかしこの考えはどこかおかしい気がする。自分は幸せになると同時に正しくありたいのだと思う。これまでは、正しくあることは幸せになるための手段だと思っていた、という。

岡田は、ホルモンと呼ぶのが正しいのか快楽物質と呼ぶべきなのか専門家ではないので分からないと断りつつ、幸せを感じるためにそうした物質を脳や神経系に流すのは「全然オッケー」だと答える。中毒性や体への害が問題なら、電気的に流す方法も最近見つかっているので、それでもいいという。

相談者が「何かおかしい」と感じるのは、天然ものの幸せは貴重で、人工の幸せは偽物だと考えているからだろうと岡田は見る。相談者の中では、「幸せは人生の目的である」という考えよりも上位に「人として正しいか」という考えがあり、この二つが合致しないのは当然だという。幸せはいくらでも自堕落になれる。家でずっとカップラーメンを食べながらYouTubeを見るのが幸せということはありうるが、それを社会的に正しいと言い張るのは難しい。

そういうとき人間は、「社会はどうか知らないが俺はこれでいい」と開き直るか、「こういう俺を社会は認めろ」とテロに走るか、そうでない人々の悪口を匿名でSNSに書くか、さまざまなことをする。岡田は、それらはすべて基本的にその人の生存戦略上は正しいと考えている。そうしなければその人が壊れてしまうからだ。岡田はこれを「カルネアデスの板」、つまり生存のためなら多少の道徳的逸脱は許されるという考え方になぞらえた。

ただ、人間はそう簡単に開き直れない。この相談者のように「これで正しいのか」と問うてしまう時がある。そういう時こそ自分の生き方のポジションを変える転機になる、と岡田は言う。そのうえで、相談者には「幸せになること」をはっきり諦めてはどうかと提案した。幸せはコンビニでプリンを買えば成立するぐらいどこにでも転がっている。しかし正しさは毎日磨き続けないと成立しないもので見つけにくく、一生追求できる。相談者にはそちらのほうが向いていると思う、というのが岡田の答えである。

運だけ・努力だけの社会はどちらがましか

6本目は高校2年の女子からである。サンデル教授の『実力も運のうち』を読んで深く感銘を受けると同時にモヤモヤが残ったという。最近の大学入試は知識量より思考力や創造力、経験を重視する方向にある。AIが進化する中で求められるのは運のいい人ではないか。しかし運で成功が決まる世の中になれば、人々は努力をやめて決められたレールの上を生きる身分制社会のようになるだろう。逆に努力だけで決まる世の中は、サンデルの言う能力主義的な差別がひどくなるだけだ。どちらも今よりひどい社会に思えるが、こういう正解のない問いにどう向き合えば自分なりの答えを出せるのか、という質問だった。

岡田は最近の10代の賢さに「ビビる」と言いながら答えた。運だけの社会を、生まれた身分で一生が決まる身分制社会だと仮定する。人類の歴史を1000年単位、あるいは100年単位で見れば、身分制度は当たり前に存在してきた。しかしそれはいつまでも維持できない。インドには厳格なカースト制度があるが、そこから抜け出したい人は海外に行って自分の能力を発揮する。中世ヨーロッパの厳格な身分社会も、いつまでも維持はできなかった。能力主義社会もおそらくいつまでも維持できないだろうと岡田は言う。

岡田の結論は、この問いの立て方自体が間違っているというものだった。運だけの社会も、努力だけが報われる社会も、人類史上存在したことがない。存在しないものを比べてどちらが正しいかを考えても、分からないに決まっている。

正解のない問いにどう向き合うかについては、考え続けるしかないと岡田は答えた。ちょうどいい趣味が見つかったと思って20年ぐらい考えれば、かなりいい答えが出てくるだろうという。それが間違っていても、人に通用しなくても、本人独自の答えであれば構わない。世の中には正解のない問いのほうが多いので大事にしたほうがいい。そういうものは「問題意識」や「作家性」と呼ばれるもので、ものを作る方向に進むならいいチャンスだ、と岡田は述べた。

高校で友達ができない

7本目は高校1年の女子からである。中高一貫校で中学の友達は高校で別のクラスに分かれ、入学から5か月たってもクラスに友達ができない。友達は必ずしもいなければならないものではないが、自分は欲しい、どうすればできるか、という相談だった。

岡田は自分の高校時代を語った。中学3年は人生でいちばん調子が良かったが、高校の3年間はいい思い出が一つもないという。岡田は落第ギリギリまで学校をサボっていた。高校3年の頃、提出物や宿題の連絡を先生が「誰か岡田に教えてやってくれ」と言ったあと、呆れて「岡田に教えるやつなんかいないよな」と言ったそうだ。岡田自身はそれを知らなかったが、沼田さんというクラスの女子が「先生がこんなことを言っていた。あまりに腹が立ったから電話した」と電話をかけてきた。岡田は沼田さんに感謝を述べつつ、それで友達になったわけではないと付け加えている。

岡田自身は、友達がいなくてもSF小説を読んでいればいいと思える性格だった。修学旅行もずっと単独行動だった。ただ、平気だったとは言わない、単独行動はやはりすごくへこむと話す。自分の人生はこういうものだと仕方なく受け入れたが、相談者がそれを受け入れる必要はないだろうという。

岡田の助言は、自分と同じように友達がいない人を探して声をかけることだった。自分がしんどい、不幸だと感じる状況にいるなら、クラスで目立たないだけで同じ気持ちの人が何人かいるはずだと考え、その人たちにアプローチする。これはマーケティングの原則と同じだと岡田は言う。大人には「自分が嫌だと思うことは何万人もが嫌だと思っている。その人たちにどうアプローチすれば商売になるか」と説明するが、高校生にも同じことが言える。

そういう人が見えないのは、相談者が「みんなはキラキラしていて友達がいる」と思っているからだと岡田は指摘する。実際には、その友達関係は相手の機嫌を取ったり毎日気を遣ったりする努力で辛うじて成り立っていて、「私は友達ゼロではない」と薄い氷の上で踏ん張っている人がたくさんいるはずだという。そういう人たちを見つけて勇気を持って声をかけても損することはないし、相手もそのほうが楽だろう、というのが岡田の答えだった。

アニメスタジオの内定を辞退した後悔

8本目は大学4年の男性からである。アニメが好きで、企画書を持ってインターンに参加し、アニメスタジオから内定をもらった。しかしインターンを通して、自分は岡田の言う「強いオタク」ではないと感じ(岡田は「そんなこと言ったっけ」と首をかしげている)、厳しい労働条件と強いオタクの中で努力する自信がなく内定を辞退した。そして新卒でないと入れない会社に就職を決めた。石橋を叩く性格で、将来性を重視した普通の人生を歩みたい気持ちが強かったが、今になって夢に挑戦したほうがよかったのかと考え、映画やアニメを見るたびにモヤモヤが噴き出すという。

岡田は、後悔や反省は多くの場合、何かをしてしまった自分に言い訳したいときに生まれるものだと答えた。そして「マリッジブルー」を例に出す。結婚の1〜2か月前に落ち込むのは、将来が決まったことで自分の可能性が狭まったように感じ、狭まった分を損したように感じるからだという。相談者の状態もいわば「就活ブルー」で、何かが決まったことで他の可能性を損した気がしているだけではないか。「挑戦すればよかった」という後悔は、安定した職に就いてほっとしていることの反動だと思うので、あまり気にしなくていい、と岡田は言う。

ただし岡田は、12行ほどの相談文を読んでパッと答えているだけなので違うかもしれないと留保をつけた。そうでない場合でも、安定した職に就き、30歳ぐらいで貯金ができてから、あるいは社会経験を積んでからアニメ業界に行ってもいいという。アニメはなくならないし逃げない。何が何でも新卒で入らなければならない業界ではない。大学4年で企画書を持ってインターンに行き内定をもらうというルートは特殊すぎて岡田にもよく分からないが、アニメ業界は本当に好きで入ってくる人や、他業種からなぜか入ってくる人が多いところだという。今のモヤモヤは可能性が一気に狭まった気がしている一時的な気の迷いだと思う、納得できなければまた相談してほしい、と締めくくった。

人と交流せずに面白い漫画は描けるか

最後の相談は20代の無職の男性からである。高校卒業と同時に人間不信になり、大学どころか人の集まる場所に長くいられなくなった。今は実家に引きこもって出版社に漫画を投稿しているが結果が出ず、スランプ気味だという。プロットはぼんやり考えられるのに、いざ描こうとすると手が止まる。以前は友人との思い出から着想を得ることが多かったが、人間不信になってから他人とろくに会っていない。スランプの原因は他人と交流しないことだと考えている。「言い訳するな、1日1ページでも描け」という意見は承知のうえで、他人と交流せず外出もしない人間に面白い漫画が描けるか、という質問だった。

岡田の答えは「描けない」だった。理由は、面白い漫画は必ず分量を必要とするからだという。切れ味のいい4コマ漫画を描き、広告代理店とつながって短い漫画やイラストで食べていくような人でない限り、面白い漫画を描くには大量のアシスタントが必要で、編集者と激しい打ち合わせを重ねる必要がある。岡田は、それ自体が人間関係なのだと強調する。週刊連載や月刊連載をこなし、単行本を5〜6冊出すような人は、人間関係が嫌いでもそれを言い訳にしない。言い訳に使っている時点で、人気漫画家にはあまり向いていないと岡田は言う。

そのうえで選択肢は二つだという。人気漫画家を目指して無理やり外に出るか、人間嫌いのまま作品数は少なくても切れ味で勝負する「カリスマ漫画家」のようなポジションを目指すかである。ただ、投稿してもなかなか結果が出ていない以上、漫画がずば抜けてうまいわけではない。ずば抜けてうまく、しかも人付き合いもできる人が上で戦っている業界に入っていくのだから、はっきり言ってきついと岡田は見る。

それでも挑戦を止めることはしないという。20代無職でどうやって漫画を描いているのか岡田にはよく分からないが、「親のすねはかじれるだけかじれ」というのが自分の持論だと言う。そして、実際に業界に入って有名な漫画家たちと話すようになると、「自分も本当に人間嫌いだったが、いつの間にか図太くなってアシスタントにバンバン指示を出している」という話を山のように聞くことになるだろう、と岡田は語る。その話を聞いたときが相談者にとっての「卒業式」であり、それを何歳で迎えるかは分からないが頑張ってほしい、と答えてこの回の無料部分は終わった。

この回の続きはメンバー限定で配信されている。そこでは、アニオタの定義は美少女アニメしか見ない人のことか、アイドル声優が嫌い、罪を償った悪人とずっと無害な人はどちらが偉いか、いじめる側だった過去とどう向き合うか、といった相談に、同じく準備なしで答えたと紹介されている。