現金がなくても人をもてなす国フィジーで、谷口浩はなぜ学校を経営するのか
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜YouTubeチャンネル「街録ch」のディレクター三谷三四郎は、同行スタッフの河東とフィジーを訪れ、現地で日本人向けの英語学校と国立高校を経営する谷口浩に話を聞いた。谷口はフィジーを「日本から直行便が飛んでいる国の中でいちばん発展途上の国」と表現する。そのうえで、見知らぬ人を自然にもてなす文化に惹かれて移住し、日本で不登校だった生徒の受け皿となる学校を運営してきた。
インタビューで語られたのは、フィジーの優しさがどこから来るのか、その裏側にどんな問題があるのか、という問いである。谷口自身の経歴も詳しく語られた。スピード違反をきっかけにフィジーへ来たこと、日本国籍を失ったこと、末期がんの宣告を受けたことが含まれる。この記事は、前半の旅の様子と谷口へのインタビューを、動画内の発言に沿ってまとめたものである。
撮影2日目の夜にカメラを紛失
動画は、三谷が撮影機材を失ったことを報告する場面から始まる。取材には4台のカメラを持ち込んでいたが、そのうち最も小型で、日常の様子を気軽に撮るのに向いたオズモポケットを2日目の夜になくした。
三谷によれば、この小型カメラで多くの場面を撮っていた。初日の空港や機内では、河東の隣の席に日本人旅行者の「ナンシーさん」が座っており、三谷は「独身の河東と恋に発展するのでは」という雰囲気も撮れていたと話す。ヒッチハイクで車をつかまえる瞬間や、ホストファミリーの家での様子も同じカメラで撮影していた。これらの映像が失われたため、冒頭で事情を説明してから、ヒッチハイクで乗せてもらった家族の車の荷台にいる場面へ話をつなぐ構成にしたという。
ヒッチハイクで乗せてくれた家族の昼食
朝5時に到着した二人は、午後2時の約束まで時間があったため、ヒッチハイクやタクシーで街を回った。その途中で拾ってくれた家族が「時間はあるか」と尋ね、そのまま家に招いて昼食をごちそうしてくれた。
家にはスクールスポーツのトロフィーが並び、子どもは「ビッグ・リー」「スモール・リー」と呼ばれていた。壁には「ドラッグ、酒、大麻はダメ」といった学校の標語が貼られていた。食卓には、キャッサバ、魚、カレー、タロイモの葉を使った料理、餃子などが並んだ。三谷は、誰かの誕生日かと思うほど6〜7品のおかずが出てきたと振り返る。一家は来る途中でスイカやファンタも買ってくれていた。
三谷が「なぜこんなに親切なのか」と尋ねると、父親は神の縁だと答え、母親は「シンプルな生活をしているから」と言ったという。三谷はお礼の品を送ると申し出たが、「神の縁だからいい」と断られた。三谷は、日本人の感覚では「騙されるのでは」と身構えてしまうが、そういう気配はまったくなかったと語る。シンプルな生活をしていれば余計なストレスを抱えず、人に優しくできる、という母親の言葉が印象に残ったという。
河東のホームステイ先と日本語を学ぶ少女
河東は滞在中、インド系の家族の家にホームステイした。家族の顔出しはNGだったため、河東が一人で室内を紹介した。家は広く、ソファも豪華で、河東には東京の自宅より大きなベッドのある個室が用意されていた。棚には日本語の本も置かれていた。
谷口のもとへ向かうタクシーのなかでは、11歳の少女が日本語で自己紹介をした。スマートフォンを使い、独学で日本語を学んでいるという。
経営難の国立高校を無報酬で引き受ける
谷口は、日本人が英語を学ぶための語学学校を経営している。その経営手腕が評価され、2010年にフィジー政府から国立高校の理事長を依頼された。理事長としての報酬はない。谷口はこれを道楽のように始めたと言うが、現在は事業として成り立っている。
谷口の説明によると、この高校の経営が行き詰まったのは、フィジーの子どもたちが年間約9,000円の授業料を払えなかったためである。フィジーはまだ現金社会ではなく、物々交換というより「ある人が出し、ある人がもてなす」社会だという。授業料が集まらず、窓ガラスは割れたまま、しまいには窓枠までなくなった。谷口が引き受けた当時は水道が1カ所も出ず、トイレは1カ所も流れず、すべての屋根が雨漏りしていた。谷口はその状態を「廃墟のよう」と表現する。語学学校の利益を回して、少しずつペンキを塗り、窓ガラスを入れ、教科書を揃えてきた。
谷口は、フィジーの人々はお金がなくても客を家に招き、お茶1杯、茶葉がなければ水1杯でももてなすと話す。日本の「おもてなし」は堅苦しい枠のなかのものだと感じるが、フィジーでは何も持たない人でも同じようにもてなすという。
スピード違反から始まったフィジーとの縁
谷口が初めてフィジーに来たきっかけは、日本でのスピード違反だった。違反を重ね、放っておけば免許取り消しになる状況だった。当時できたばかりの住民基本台帳を海外に移し、海外で運転免許を取って帰国すれば運転できる、という「裏技」に気づいたという。
ところが、アメリカやイギリスなどでは、納税していないと免許が取れなかった。各国の大使館に「1〜2週間で免許が取れないか」と電話で問い合わせ、60カ国目くらいでフィジー大使館から「すぐ取れる」と返事があった。
フィジーでは知り合いが一人もいなかった。それでも運転免許センターの職員に「今日うちにご飯を食べにおいで」と誘われ、その家に来ていた別の男性からは夜の食事に招かれた。こうした誘いが途切れず、1週間の滞在中に自分でお金を払って食事したのは2回だけだったという。当時世話になった人の連絡先は、今もメモに残っている。谷口はフィジーの人々を「気持ち悪いぐらい優しい」と表現する。
帰りの飛行機で、谷口は顔が筋肉痛になっていることに気づいた。毎日笑っていたからだという。当時の谷口は日本と中国を行き来しながらコンサルティング業をしており、毎日怒った顔で過ごしていたと振り返る。そこで自分の人生が間違っていたと感じたことが、移住を考えるきっかけになった。
民族構成と治安
谷口によると、フィジーでは今もキリスト教徒が50%以上を占める。民族別ではフィジー系が約60%、インド系が約40%で、インド系はヒンドゥー教徒とイスラム教徒に分かれる。白人と中国系もそれぞれ5%ほどいて、中国系は最近増えているという。
治安について谷口は、日本が良すぎるだけで、日本と比べても大きくは変わらず、「大阪ぐらい」だと話す。学生がひったくりに遭うことはあるが、欧米や東南アジアのような状況ではないという。
おおらかさの裏側と「世界一幸せな国」
谷口は、フィジー人のいちばん良いところをおおらかさだとする一方、それは短所でもあると話す。旅行者や留学生の立場なら得るものが多い。しかし現地で働き始めると、谷口たちがお金を持っていると分かり、それを目当てに近づく人も出てくる。仕事を頼むと「はい」と返事はするが、99%はやらないという。谷口の会社には約100人の社員がいるが、要所は日本人で固めないと回らないと話す。
叱ればその日から来なくなるので、説教はできない。プライドが高く、変化に弱いと谷口は見る。資本主義社会で成長しなければという感覚はなく、この50年ほど変わらず、この先も同じではないかという。
それでも谷口は、「世界一幸せな国」と言われることについて、幸福感は人それぞれだと断ったうえで、忙しく働く自分から見てもこちらの生活の仕方は「理想は理想」で、楽しそうだと話す。毎日笑って生きているからだという。
三谷がラグビーの強さに触れると、谷口はそれ以上に英語が公用語であることに驚くと答えた。途上国で国民全員が英語を話す国は珍しく、テレビ放送も英語だけだという。これは良い影響でもあるが、数年後にはフィジー人の多くが国外に働きに出るようになるのではないか、と谷口は予測する。大学を出た人は、村に帰って家族と笑いながら芋を掘る生活に何かを感じるのではないか、とも言う。実際に、ニュージーランドやオーストラリアはフィジー向けの就労ビザを非常に簡単に出しており、大学を出ても仕事がない若者がそちらへ移っているという。
教師の失業と空き教室から生まれた語学学校
谷口によると、フィジーの人口は増えておらず、少子化が深刻である。公式には90万人とされるが、国外に住むフィジー人が多く、実際に国内に住んでいるのは65万人ほどではないかと谷口は見ている。
移住を考え始めた頃、谷口は食事の席で、教師をしていた女性が12月末で解雇されたという話を聞いた。子どもが減り、教員資格を取っても地元で職がないという。谷口が「それなら学校に空き部屋があるのでは」と尋ねると、空き部屋どころか校舎1棟が丸ごと空き、蜘蛛の巣が張っているという答えだった。教育省に行けば借りられるかもしれないという話にもなった。
空き教室は借りられる。職を失ってホテルでベッドメイキングをしている教師たちを雇える。宿はホームステイでいくらでも確保できる。こう考えた谷口は、英語を学びたい日本人がフィジーに来れば安く学べる環境が作れると判断し、2004年に英語学校を始めた。当時、日本から1年間留学すると400万円ほどかかったが、フィジーなら100万円もかからなかったという。
谷口は、フィジーでは人が優しく、いくらでも英語で話し相手になってくれ、暇な人も多いと話す。三谷を待つ間、谷口は近くにいた見知らぬ人からパンをもらって食べていたが、それもこうした国柄の例として挙げた。自分が体験して気持ちよかったことを日本の若者にも経験してほしい、それで自分がフィジーに住むための収入が得られればいい、と考えたという。学校はすぐに定員が足りなくなり、2校目を作って規模を広げた。リーマンショックなどで苦労もしたが、その運営ぶりを政府が見ていて、2010年の国立高校の依頼につながった。
福井から中国、香港、バンコクを経て金沢で起業
谷口は現在54歳で、フィジーに来たのは32歳のときだった。出身は福井県小浜市である。高校卒業後、中国政府の奨学金で中国の大学に進み、物理学を学んだ。入学前は英語で授業があると聞いていたが、実際には99%が中国語で、中国語を一から学ぶことになったという。
留学を選んだのは、親のお金で学校に行くのがかっこ悪いと思っていたからだという。谷口はこれを「遅れてきた中二病」と笑う。大学4年目に入ると、今度は「卒業したらかっこ悪い」と思い、中退した。
その後、香港でイギリス系の不動産会社に勤め、次にバンコクの建設会社で働いた。そこでアジア通貨危機に遭い、手持ちの資金の価値が大きく下がり、物価は倍になったという。日本に帰る資金もなく、親に帰国費用を送ってもらった。その条件は父親が社長を務める建設会社に入ることで、谷口は2年弱、CADオペレーターとして設計部門で働いた。
長男である谷口に会社を継ぐ話が出たが、親から受け継ぐ2代目より創業者の方がかっこいいと考え、父親と喧嘩して27歳で家を出た。家出するならバイクがかっこいいと考え、小浜から高速道路で北へ向かった。ガソリンが尽きかけた金沢西インターで高速を降り、そのまま金沢で会社を作ったという。金沢は2代目の社長が多く起業文化がない分、競争が少なく、かえって起業しやすかったと谷口は話す。
中国ビジネスで学んだことと3,000万円の損失
金沢で立ち上げた会社では、日本と中国の間に入るコンサルティングを手がけた。いちばん大きかったのは、中国からの外国人研修生を受け入れたい日本企業と、日本で働きたい中国人の間を仲介し、日本語教育を行う事業だった。ほかにも、中国の工業団地への進出支援や、日本より安い中国での制服の調達などを請け負った。谷口は、足りないものを見つけてつなぐのが好きで、事業で大きな失敗はあまりしていないという。
谷口は中国語と英語のほか、タイ語やフランス語も少しでき、自らを「マルチリンガル」と呼ぶ。相手の中に入って同じように考えられれば、中国でもフィジーでもストレスは感じないという。日本人的な心、中国人的な心、フィジー人的な心を切り替えて考えている、と谷口は説明する。フィジーの教師は谷口の言うことを聞かないが、「神が、学生を笑顔にするようにと言っている」と伝えると動いてくれるという。
中国では、接待の席で前回谷口が「おいしい」と言った料理が出てくることに気づいた。相手が喜んだものを記録している人がいるのだという。日本人は出したいものを出すが、中国のもてなしは細やかで、戦略的だと谷口は感じた。
一方で、中国で仕事をしていた頃の自分は、しかめ面の「殺人犯のような顔」をしていたと振り返る。どこかで常に相手を疑っていたからだという。実際に裏切られたこともあり、ある地方政府の行政関係の仕事で約3,000万円をかぶった。最終的に「その部門はなくなった」とされたという。上海の日本総領事館に相談し、車で行ける距離の現地に乗り込もうとしたが、「絶対にやめてください」と止められた。同じようなケースで監禁されることもあったと谷口は語る。フィジーに来たのは、こうした日々を送っていた時期だった。
国会議員を目指して日本国籍を失う
谷口は現在フィジー国籍で、日本国籍はない。妻は日本人である。フィジーでは以前から国会議員になってほしいと頼まれており、そのためには他国の国籍を持っていてはいけなかった。
谷口がフィジー国籍を申請するとすぐに認められ、政党の公認も受けた。しかし選挙管理事務所から、滞在期間が足りないため立候補できないと告げられた。フィジーでは、選挙の公示から過去2年を振り返って18カ月以上国内に住んでいなければならないという。
その後、谷口は日本の外務省から依頼を受けて東京で講演し、「フィジー国籍を取ったが滞在期間が短くて選挙に出られなかった。次は頑張りたい。日本とフィジーの架け橋になりたい」と話した。すると直後に電話があり、二重国籍になっている、日本は二重国籍を認めていない、と指摘された。知り合いの国会議員に相談したが、「1人2人が聞いた話ならなんとかできたかもしれないが、会場には400人いた。その口に戸は立てられないので諦めてください」と言われたという。自主的に放棄すれば問題にはしない、という扱いだった。谷口は日本を離れた時点で日本国籍を失い、現在は30日のビザを取って日本に通っている。
三谷が覚悟のうえで国籍を変えたのかと尋ねると、谷口は、申請したらもらえたので何も考えていなかったと答え、自分は「くそ甘かった」と振り返った。本当は日本国籍も持っていたかったという。
それでも議員になる意思はある。谷口によれば、毎回有力候補として名前が挙がり、出れば必ず当選するという。取材当日の昼食の席でも、何人もが「次の選挙に出てくれ」と声をかけてきたという。
谷口が見るフィジーの「ダークサイド」
何を変えることを期待されているのかと問われ、谷口はまず教育制度を挙げた。そのうえで、この国はあらゆるものを変えなければいけないほど「グダグダ」だと話す。フィジーの法律はイギリス領時代にイギリスが作ったもので、そのルールの中で暮らしているのに、誰も読んだことがないほど知られていない。谷口は、法治国家ではないのではと思うことばかりだという。
公務員の採用も問題にする。日本なら学歴要件や試験があるが、フィジーでは中学校しか出ていなくても、試験を受けずに公務員になれることがあり、偉い人の縁故で決まるという。大学入試もペーパー試験が半分で、残り半分は内申点である。教師は親戚ならいくらでも良い評価を書くため、谷口によれば、親戚かどうかで社会が振り分けられている。被害に遭っても警察や裁判所が動かないので、人々は司法に期待していない。谷口はこれを「フィジーのダークサイド」と呼ぶ。こうした部分を変えなければ、皆が英語を話せる分、人はいくらでもオーストラリアへ出て行ってしまうと懸念している。
国外に出たフィジー人については、体が大きいため肉体労働で重宝されていると谷口は言う。自分たちが1メートル穴を掘る間に5メートル掘る勢いだと例える。ラグビーはオリンピックで実施されたリオデジャネイロ、東京、パリの3大会すべてでメダルを獲っており、人口80万〜90万人の国が団体競技で金と銀を獲るのはおかしい、と谷口は話す。谷口の学校のラグビー部はほとんど練習せず、監督は試合の1週間前には怪我をしないよう「休め」と命じるという。
農業すらしない暮らしと優しさの理由
失業率について谷口は、大学を出ても仕事がなく、産業は観光業くらいだと話す。三谷が農業や漁業について尋ねると、谷口は「元々やっていない」と答えた。ベトナムやタイのような途上国には農業があるが、フィジーではそれも始まっておらず、狩猟採集に近いという。庭に生えているものや山で集めたものを食べ、植えることすらしない。魚もいくらでも簡単に獲れる。
谷口は、働かなくても自然環境だけで食べていける安心感があるから優しいのだ、と説明する。ごちそうとして出されるものも、そのあたりで集めてきたものだという。
不登校だった生徒の9割以上が通学できるようになる
谷口が理事長を務める高校には現在約800人の生徒がいて、そのうち約60人が日本人である。日本人生徒が授業料を払い、フィジー人生徒は授業料の代わりに日本人生徒の面倒を見る、という仕組みで運営している。日本人の中には英語や友達づくりが苦手な子、もともと不登校気味だった子もいるためだという。フィジー人による日本人へのいじめはあまりなく、子どもなので時々喧嘩がある程度だと谷口は話す。むしろ日本人同士の方が人間関係の問題が生じやすいが、小さいうちに解決しているという。
谷口によれば、この学校に来た日本人高校生は、どれほど深刻な不登校だった子でも9割以上が学校に通えるようになっている。たとえば日本の高校1年で不登校になった生徒が、フィジーで高1からやり直し、1〜3年在籍するうちに普通に登校するようになり、英語も話せるようになる。
谷口はその理由を次のように考えている。日本語で考え日本語で行動していた生徒が、英語の環境に置かれると、3〜4カ月で英語で考え英語で行動するようになる。英語の「OS」で動く人格は日本語の人格とは違い、行動パターンや性格まで前向きになるのではないか、という。道を歩けば見知らぬ人に話しかけられ、会話ができる。その経験を重ねるうちに自己肯定感が持てるようになる、と谷口は話す。
これまでで最も長く不登校だった例として、谷口は小学5年生から学校に行っていなかった生徒を挙げた。4〜5年のブランクを経て高校1年で入学し、普通に卒業して帰国したという。
進学面でも利点があると谷口は説明する。フィジーの国立高校を卒業すれば、日本で高卒認定を受けずに直接大学を受験できる。海外の高校に1年半以上在籍して卒業すれば帰国子女入試などの特別入試を受けられ、偏差値で5〜10上の大学を目指せるという。谷口は、偏差値55程度の生徒が難関大学に進んだ例もあるとし、これを「テクニカルだが逆手に取った」方法だと話す。
費用は開校当初より上がっている。現在は語学学校で1年間学ぶと130万〜140万円ほど、高校は各キャンパスに日本人のスクールカウンセラーを置くなど手厚い体制にしているため、生活費込みで年間200万円ほどかかる。日本の私立大学付属校に通うくらいのイメージだと谷口は言う。この高校の日本人枠はほぼいっぱいで、ほかに提携している国立高校が2校あり、現在そこに20人ずつ受け入れ、今後さらに枠を広げる予定だという。他の国立高校からも日本人を受け入れてほしいと頼まれている。日本人が払う授業料で施設を改修できるほか、ホームステイの受け入れはフィジーの家庭にとっても収入になり、何より外から人が来ることを喜ぶと谷口は話す。
ステージ4のがんと向き合う
谷口はステージ4のがんの診断を受けた。本人の説明では、体の特定の場所ではなく全身に関わる血液とリンパ系のがんで、治療を受けて寛解はしている。ただし、5年経てば寛解と言われても、自分の場合は20年待たないと分からないと考えており、まだ10年経っていないので何とも言えないという。年に1回は必ず検査を受け、体調が悪いときには日本に戻って診てもらっている。フィジーには良い病院が少ないため、日本での受診が多い。このことも、フィジーでの滞在日数の要件を満たすのを難しくしている。
治療では放射線治療と化学療法を受け、髪も眉毛もまつ毛もすべて抜けたという。診断を受けたとき、谷口は10段階評価の4だと思っていたが、実際は4段階中の4、最終段階だったと語る。
それでも谷口は、残りの時間は誰にとっても有限だと話す。自分の残りが5年か10年か、三谷の残りが50年かの違いはあっても、何かを成し遂げたいと思うなら同じことだ。自分は体の事情で他の人より時間が短いが、そのぶん充実したものにしたい、と谷口は語った。
日本の若者とシニアに勧めたいこと
日本で教育事業を広げたいかと問われると、谷口は事業はもういいと答えた。それよりも、不登校の子が不登校でなくなれば嬉しいという。日本の若者は海外に出なくなり、留学する人も減っていると谷口は感じている。アメリカより安いフィジーへの留学をきっかけに、海外に出ることへの抵抗をなくしてほしいと話す。
留学に年齢は関係ないとも言う。これまでの最高齢は87歳の女性で、語学学校には常に60歳前後の人がいる。ホームステイをすれば年齢を重ねてからでも英語は身につくといい、谷口は、定年後に行けば日本でただ暮らすより安いと話す。3カ月18万円のコースに通いながら、Zoomなどでオンラインの仕事をこなす人もいて、収入の方が多いケースもあるという。言語の壁を越えたい、たとえば将来YouTuberを目指すような若者がいれば、受け入れを提供したいとも話した。
生活上の注意として、谷口はトイレットペーパーを持ち歩くよう勧めた。学校もどこもトイレットペーパーは持参制だという。フィジーで人気の芸能人について問われると、インド系の人はボリウッド俳優に憧れるかもしれないが、フィジー系の人にはそういう関心はほとんどないのではないか、と谷口は答える。誰かに憧れて上を目指す発想がない。三谷はそれを、SNSを見て整形したくなるようなことがないと好意的に受け取った。一方で谷口は、悪い意味で言えばフィジー人は努力しない、と付け加えた。
ホストファミリーの夕食
この日の最後、河東はホームステイ先のインド系家族の夕食をいただいた。豆のスープ、野菜料理、ライスに目玉焼きをのせたものなどが並び、スプーンの大きさにまず驚いた。料理にはニンニクが効いており、唐辛子をそのまま食べると辛いが、混ぜて食べるとちょうどよいという。
日本人が優しくなるには
インタビューの終盤、三谷は、日本人が優しくなるにはどうすればよいのかと尋ねた。フィジーにいれば優しくいられても、日本の環境に戻れば難しいのではないか、という疑問である。
谷口は、人に何かをあげたときと、もてなされたときのどちらに幸福を感じるかと考えると、どちらもだと答えた。もてなされれば自分を認めてもらえた気がする。もてなして相手が「ありがとう」と一言言ってくれれば、それも認めてもらえたように感じる。そのときに人は人とつながっていると感じる。谷口は、それを高校生にも語学学校の学生にも感じてほしいと話した。フィジーの優しさを日本でどう続けるかという三谷の問いに、それ以上の答えは示されていない。
いいね。綺麗ね。行っちゃうか。バスよ。ベアバスト。
朝時間ないんじゃない?はい。14時ってね。ホストファミリーの…7時間ぐらいありますが。7時間あるから、バステミニってまた当たんない。はい。
タトゥーでもタトゥーシールでもないマジックタトゥーさんの提供でお送りします。今なら街録チャンネルを見た方に無料サンプルプレゼント中です。
You have to go all the way to the … on the side.
あ、そう。違うらしい。あと、あ、行く。
あ、ハ、レブハ、あ、ハ、あ、だから30分おきに来るってこと。ハプワ。あ、うわ、なんて、なんて言ってました?いや、わかんない。
もう、もう来た。山かスロスば、あ、ハーフア。だから30分おきに来るってこと。ハプワタ。聞いてみるか。これじゃ、せっかくだからこのボクシーに乗るか。
I go to か。55。うん。タミタミタミタも。1回じゃ。オッケー。
あ、じゃ、奥いいんじゃない?あ、お、すご。あ、綺麗だな。なんかチみたいす。チみ。いや、雰囲気で真似してんだよ。こっちが本家だろ。でもヤ抜き取ってません?いや、ま、そう、輸入してんね。やばいよ。てか右ハンドルですね。
ああ、本当日本と一緒。はい。ということで、オズモポケット4をなくしました。はい。
で、ちょっとややこしいのが、なくしたのが撮影の初日じゃないんですよ。2日目の夜なんですよ。で、これじゃどういうことが起きたかって言うと、初日空港で、なんかこれから行きます、換禁しますとか、飛行機に乗り込んだらですね、僕の隣に河東で、その河東の隣に日本人の謎の旅行者ナンシーさんという方が乗っていて、なんかすごい運命的な出会いで、河東君独身ですから、これもしかしたら恋に発展するんじゃないのかなっていうような雰囲気も撮れたりとかしていて。でプラスですね、この後ヒッチハイクとかしていて、そのヒッチハイクで捕まえる様子とかも含めて撮れてたりとかするんですけど、だからまさか撮ってる時はオズモポケットをなくすと思ってないから、オズモポケットでかなり撮ってたんですよ。そういうヒッチハイクでの様子とか、僕がフィジー滞在中に泊めていただくホストファミリーの家での様子とかって、ちっちゃいカメラなんで結構気軽に撮れるから、結構ポンポンパシパシ撮ってたんですけど、それがないっていうことで。
なので、カメラ4台持ってってたんですけど、4台中1台、しかもかなりコンパクトで、なんとなくこの日常みたいなの撮るのに最適なタイプのものがなくなってしまって、色々ちょっと困ってるっていう。
そう。だからそのアクシデント発生ってのを冒頭に編集で入れてるのが、要はないんですよ。そのナンシーさんとの様子も、ヒッチで捕まえる瞬間もっていう説明をしたくて、こういう風に動画を撮ってます。なんで次のシーンはもういきなりヒッチハイクで僕らを乗せてくれたご家族のハイエース的な車の後ろに乗ってるっていう画角になってます。はい。ということで続きをどうぞ。
Help me, help me. おお。ドクドク。すごい。センキュー。センキュー。センキュー。オ、あ、エントリー。オ、センキュー。フリーいいよ。ファミリー。フリー。オ、センキュー。センキュー。
お邪魔します。あ、普通に普通。こういうお家なんだ。へえ。素敵。カラフロック。カーペット。あ、カーペット。トロフィー。スクールスポーツ。
え、ナンバーワン。ええ。ナンバーワン、フ、ドクター。ドクター。ドクター。おお、ええ、すごい広いな。ええ、あ、リビング。リビング、キッチン。キッチン。キッチン、お、キッチン。すごい面白いな。Interesting。ココナッツか。ええ、ココナッツ。
あれ、お子さん何くんだっけ?What's his name?リー。ボーイ、リー。リー。あ、ボーイ。リー。あれ?あれ?あ、はズバディ。リスモーリー。あ、え、リリー。イ。あ、スモールリー。イア。スモールリーズ。ビッグリー。ビ、スモールリーとビッグリーな。
街録。街録チャンネルステッカー。え、え。ない。え、ビューティフルスペース。
ボイボイ、ボイ。ボイ。ボーイ、ボイボイボイボーイ、お。ボイボイボーイ。ボーイネ、ボイ。ボイ。ボイ、あ、すご、ええ、すごい、いいね、楽しそう。ナイスナイス。
すご、やっぱめっちゃ揺れるね。大人が乗ると。エンター。オッケー。イエス。あ、センキュー。うん。うーん。カーテン可愛い。岩シャーツ。ん、スクール、スクールシャツ。うん。可愛い。
壁…中国製の壁なの、これなんか。へえ。中国。うん。リースマートスタート。ドラッグダメ。お酒ダメ。大麻ダメよ。えー、すご。それ習うんだな。
ゲットされ。プリティシ。タサバ。キャッサバ。フィッシュ。ウー。Good smell。フィジーフード。フィジーフード、え、フード。What is this?This。はい。ダ。ダロンリー。ダリー。ダリーダリー。ダロリー。へえ、なあ。ラメイ、ラコメイ。ラメイ。エなピ。すごい役、ええ、すごい、センキュー。
吹き替えしてくれてるってことですか?ネシナリつって。そう。これでもこんな風にできるんだ。なんか英語で吹き替えで。あ、餃子。餃子。餃子。ベリベリーゴージャス。
Thank you. アーメン、アーメン、アーメン。I like カリカ. I like カリカ and カリ and…
しい。うん。あ、美味しい。おしゃれると、ジャけで、こんな一撃で引き当てましたよ。確かに、なんかなんていうかローカルな。はい。本当にフィジー・ザ・フィジーって家にね、入ると嬉しいわ、なんか。
あ、ジャパニーズスナック。センキュー、センキュー。中どな。Green tea and strawberry and chocolate. ベリー。うん。うん。チャクリー。シャレビク。チョコレートク。うん。
あ、良かった。よかった。嬉しい。喜んでもらえて。嬉しい。うん。オオオ。うん。あ、センキュー。センキュー。オオオ。
Why are you… ベリベリ、カ、kind. ス。ジー。いや、ス。え。ジーザス。へえ。Jesus come and you me… へえ。神様が。センキュー。ジーザス、センキュー。リーさん、ミスターリー、センキュー。
ゴーゴーゴーゴー。ピチベリー。インタスティブ。インスティブ。素晴らしい、ワンダフル、ワンダフルカントリー。シンプル、シンプルライフスタイル。シンプルライフスタイル。確かにシンプルライフスタイル。ね、すっごい、船がない。大丈夫。
バヌバヌアバラミ。あ、バヌ、バヌアバラブユビレジ。へえ、いいね。
あ、ゲ。ゲート。あ、ゲートキー。うん。This ゲートキー。This is ゲートキー。オ、オ、オッケー。
僕が泊めていただくのは一応インド系のご家族っていうことになるんですかね。この家での顔出しでの出演はNGっていうことなので、自分1人だけで、ここでの生活の様子を伝えていけたらなっていう風に思います。
普通になんかめちゃくちゃでかいですね。家広いし、なんか結構豪華そうなソファー。こっちはここがリビングっていう感じなんですかね。ご飯食べたりとか、こっちにもソファーがあってテレビがあってみたいな。僕の部屋がここですね。めっちゃしっかりした1人部屋、個室を与えてもらいました。ちゃんと結構大きめのベッドがあって。はい。普通に東京の家のベッドよりでかいっすね。
で、なんか本とかもある。食堂つもり。普通に日本の本とか置いてるな。ふーん。あ、センキュー。あ、これジュース。オレンジ。あ、オレンジジュース。お、センキュー。いただきます。うん。お、ベリーデリシャス。センキュー。オレンジ、マンゴー。おお。
タクシーで5分ぐらいなんで、タクシーで向かいたいと思います。
from… あ、ジャパン。こんにちは。こんにちは。Japanese. ジャパン。あ、How old?あ、私は11です。あ、11歳。あ、エレメンタリースクールスチューデント。あ、はい。ああ、ビデオ。オ、センキュー。
あ、こんにちは。私の名前はシです。初めまして。よろしくお願いします。お名前は何ですか?え、河東宏樹です。あ、宏樹さん、こんにちは。あ、めっちゃうまいっすね。ありがとうございます。Very good Japanese. あ、あります。そんなことない。How to study Japanese language?I learn by myself. I learn on the phone. あ、オンライン、スマートフォン。Yes. へえ。すご。私は、あ。オ、センキュー、センキュー。あ、アイゴ。オッケー。さよなら。ありがとう。
あ、ありがとうございます。はい。谷口です。谷口さん、よろしくお願いします。こちらこそよろしくお願いします。すいません。よろしくお願いします。はい、お願いします。ありがとうございます。ちょっとフィジーに呼んでいただいてというか。はい。ありがとうございます。嬉しいです。来たことなかったんで。はい。
なかなか来る機会ないと思いますけど、おそらく日本から直行便が飛んでる国の中で1番発展途上国じゃないですかね。そうなんですね。はい。
え、だから谷口さんこの国で学校を経営してる。そうです。学校を経営してって、日本人が英語を勉強するための学校を経営してて、その経営が上手だからっていうことで、2010年かな、フィジーの政府の方から、ここ国立の高校になるんですけど、この国立高校がちょっと経済的に立ち行かないんで、理事長してくれって言って。ま、無償ですけどね。あ、無償なんですか?無償です。無償です。道楽みたいな感じで経営はしてますけど、でもその道楽みたいなので始めたのが一応ビジネスに変わってはいます。ああ、要は日本人の子たちが留学する高校でもあるからってことですか?
はい。ここの学校が元々経営が立ち行かなくなったのは、フィジーの子たちが1年間たった9000円なんですけど、授業料を持ってくれば成り立つんですね。それが持ってこれないんですよ。フィジーの子たちはやっぱりもうバーターで、現金社会ではないんで、まだ。うん。で、だんだんもう経営が立ち行かなくなって、もう窓ガラスなんて割れたまま、割れたままどころかもう窓枠もなくなったっていうような状態だったんですね。へえ。で、それを僕がここの理事長を引き受けてからは、全部その語学校の本業の方で出てきた利益を回して、徐々によくしていって、ペンキ塗って、窓ガラス、教科書っていう。
はえ。てか、まずフィジーって現金社会じゃないんですか?え、物々交換とかですか?じゃあ。物々交換というよりは、ある人が出す、ある人がもてなす、っていうそんな社会ですね。へえ。もう究極のスローライフだと思います。
あ、そう。さっき、この午前中5時についてここの待ち合わせが2時だったから、ま、午前中時間あるなってことで、ヒッチハイクしてみたりとか、タクシーしてみたりとか色々してた中で、そのヒッチハイクで乗せてくれたご家族が、なんか時間あんのとか言って、時間あったから、そしたら昼飯をご馳走するよとかって言って、そしたらもう本当なんか誰かの誕生日なんじゃないかってぐらい、おかずを6品、7品ぐらい作ってくれて。カレーだの魚だの。ああ、だから嬉しかったんですよ、それが。よその人が来てくれたのが。
へえ、なんですか。そう、それでなんて優しい国なんだなと思うけどね。最初、日本人だとなんか騙されるのかなとか思っちゃうじゃないですか。そんな気配全くなく。そうですか。そう。はい。それに驚きましたね。だからそうか。それはあれですか?その人たちが特別?結構フィジーだと普通って感じですか?あるあるって感じですか?そうですね。もうフィジーだったら当たり前ですね。
僕らにご馳走をしてくれた人たちがある程度お金持ってたからってことなんですか?それとも… じゃあお金持ってなくっても家に呼んで、例えそれがお茶1杯、お茶っ葉もなかったら水になるかもしれませんけど、水1杯でももてなします。へえ。おもてなしの文化なんすね。
そうですね。よく日本ってなんかおもてなしとかって言うけど、それってなんかすごい堅苦しい中のおもてなしだと思うんですけど、ここはそんな何にも持ってない人ですらそういうもてなしになって。わざわざ僕ら、じゃあお昼来るんだったらってことで、家までの途中の車の道中で、スイカ買ってくれたりとか、ファンタ買ってくれたりとかしましたよね。だから嬉しかったんですよ。へえ、そうなんだ。そうだから、お礼の品なんか送りますって言ったら、いいや、神の縁だからいいんだ、みたいな。ああ。え、ちょっとじゃあこっち側に座ってもらって。じゃ、はい。はい。
そもそも僕がフィジーに初めて来た時のきっかけっていうと、スピード違反がきっかけで日本からこっち来たんですよ。日本でスピード違反繰り返しまして、15点みんな持ってるけど、そこから最初の違反で9点取られて、2回目でもうマイナス9点取られて、ほっといたらもう免許取り消しだったんですね。うん。うん。で、どうにかならないかなって調べたところ、住民基本台帳、当時できたばっかりだったんですけど、それを海外に移して、その状態で海外で運転免許証取って帰ってくると運転できるっていうちょっと裏技に気がつきまして。はあ。そう、旅行がてらそういうことができるぞみたいな。
で、ところがですね、それ旅行ではうまくいかなくって、アメリカとかイギリスとか軒並み、納税してなかったら運転免許証がそもそも取れなかったんですよ。うん。で、国の大使館に電話かけて、あなたの国でこういう風なので1週間、2週間で運転免許証取れませんかっていうことを確認したところ、60カ国目ぐらいにフィジーの大使館に連絡したら、フィジーすぐ取れますよっていう話で。へえ。で、初めてフィジーに来て。
で、それこそ三谷さんと同じで、こっちに来て何のツテもなかったんですけど、運転免許センターに行ったら、運転免許センターにいた人が、うち今日ご飯食べにおいでよってなって。へえ。で、そこ行ってご飯食べるじゃないですか。うん。そうすると、そこにまた来てたおじさんとかが、夜は空いてるよねっていう話になって、で、夜空いてますって言ったら、ちょっとうちそこの先だから、うちにご飯食べにおいでっていう。へえ。あ、確かに、今日のそれこそ夜何してるんだみたいなこと?そう。だからずっとそれ続きますよ。へえ。
だからご飯を食べて、あっち行ってまた誘われて、また食べてっていうので。僕、運転免許証取るだけが目的で来たんですね。何のツテもなかったですから。ほ。なんですけど、結局そこで1週間いたうちに自分でお金出して食べたのは2回だけ。へえ。だから他はもうその辺の人に、もう本当に名前ももう知りませんけど、ま、その時書き溜めたメモがあるんで、今もう連絡しようと思えばいけますけど。へえ。そんな感じでいろんな方にお世話になって。そういう国なんですね。そうですね。ちょっと気持ち悪いぐらいに優しいですね。
はあ。お礼を言ったら、いや、ま、この縁は神に関してだ、って感じで、なんかそれ宗教的な価値観なのかなとか思ったんですけど、でもあれなんですよね。フィジーはキリスト教の方が…そうです。キリスト教もヒンズー教徒もイスラムもいますね。ああ。え、割合で言うと、えっと、キリスト教徒が今でも50%以上ですね。ああ。うん。
人種で言うと、フィジー人が今60%ぐらいにはなったと思います。あ、で他は。で他は40%ぐらいがインド系、そのインド系もまたヒンズー系と、イスラム教系と分かれるし。ああ。白人も結構いて、白人も5%ぐらい、中国人も最近多くなって、人口に占める割合が相当、5%ぐらいいますね。そうなんですか。うん。
そう、基本治安はやっぱいいんですか?日本が治安が良すぎるんですけど、日本と比べてもそんなに変わらないかなぐらいの、大阪ぐらいの治安じゃないですかね。ああ、はあ。はい。時々、うちの学生でももちろんですけど、ひったくりもちろんありますから。うん。ただそんなヨーロッパとかアメリカみたいな、東南アジアとかみたいな状態ではないですね。そうなんです。うん。へえ。
で、それで僕最初に運転免許証取りに来て、いろんな人にご飯誘ってもらって、それがやっぱ楽しかったんだと思いますけど、帰りの飛行機で、顔が筋肉痛で痛いことに気がつきまして。うん。なんでかって言うと、やっぱ毎日笑ってたからなんですよね。へえ。はい。当時僕、中国と行き来しながらコンサルのビジネスしてたんですけど、おそらく毎日怒った顔で生きてたと思うんですけど、なかなか笑ってなかったと思うんですけど、それが自分の中ですごいなんかこう、自分の人生ってちょっと間違ってたなっていう風に思いまして。毎日こっち来て1週間笑ってたから顔が痛いんですよ。へえ。うん。
フィジーの… だからいいとこで言ったらもうおおらかみたいなところなんですよ。うん。うん。さっきちょっとカメラ回す前に言ったのは、そのおおらかってのがいいとこであれ、逆に良くないとこでもあるみたいな。おおらかすぎて。うん。旅行者とかうちの留学生の立場でこっちにいると色々得るものの方が多いけど、働き出してってすると、やっぱり僕らが今度お金持ってるのが分かるから、欲しい人が今度近づいてきたりとかっていうのももちろんあるし、フィジー人で悪いところで言うと、これやっといてって言って、はいっていう返事をするんですけど、99%やらないんですね。だから。
そうですね、会社も今全部で100人近く社員おりますけど、もう要所要所は日本人で固めないとフィジー人じゃ回らない。へえ。うん。そっか。だから別に仕事は人生において重要なものじゃないって感じなんですかね。感覚として。もう全然。もう今日叱られたら今日からもう来ませんから。へえ。うん。すぐにもう、なんか日本でいうアルバイトがばっくれるみたいなあるじゃないですか。もうあんな感じ。あ、結構じゃそのすぐやめるんですか?そこは。うん。だから説教ダメ。へえ。あ、すごいプライドも高いし。ああ、そうなんですか。うん。へえ。そこはちょっと僕らもう困ってますね。あ、そうなんですか。うん。いい人たちですけど変化に弱いと思います。
いわゆるなんすか、資本主義社会的に成長しなきゃいけないとかそんな感覚が全くないってことですか?ないです。へえ。もう多分ここ50年ぐらい一緒だし、経ってもこんな感じなのかなっていう気はします。
え、世界一幸せな国みたいなことも言われてたんですか?はい。なってます。ま、だからそれって仕事で成果を上げて成長しなきゃいけないとかっていうプレッシャーに… まあね、人それぞれ幸福感違うから一律にこれが幸福ですって言えないと思うんですけど、その忙しく働く僕ですら、こっちの働き方っていうか生活の仕方とかって言ったら、理想は理想かな、楽しそうだなと思います。ああ。毎日笑って生きてますから。ほん。
なんでこんな親切なんですかみたいなことは、その午前中にご馳走してくれた人に聞いて。うん。うん。そのお父さんは神のご縁だよみたいなこと言ってて。うん。で、なんかの拍子にお母さんの方が、いや、なんかシンプルライフだからだよみたいな。うん。誰かにありがとうって言ってもらったりとか、ごちそうさまでしたって言ってもらえたら、やっぱ嬉しいんだと思いますよ。うん。そう、そう。シンプルな生活してるからなんじゃないかなみたいなこと言ってた時には、なんかすごい言葉だなと思って。確かにシンプルな生活してたら余計なストレスかかんなくて人に優しくできるって、なんかめっちゃいいなと思いましたよね。うん。シンプルですね。
はあ。すごい。え、でもそんなような雰囲気だけど、ラグビーとかめっちゃ強いですよね。ラグビー強いです。ラグビー強いし。あと何よりびっくりするのが、英語が公用語だっていうのがすごいです。ですよね。ああ。英語を公用語にしてる途上国って珍しいじゃないですか。あ、そうなんですか。世界のあれ、常識知らないですけど。はい。途上国でフィジーほど英語が、もう国民全員が喋るとかっていうのはなかなか難しいし珍しいとは思います。はあ。うん。フィジーって基本的にテレビの放送とかも英語しかやってないんで。うん。うん。はあ。
それもあって、いい影響ではあるけど、多分これ何年後かにはフィジーの人たちみんな外出て働くようになるんじゃないかなとは思いますけどね。あ、そうなんですか。うん。え、その外出てってのは、そんな仕事にプレッシャー与えられずに暮らしてきた人ちょっと多いんじゃないですか?でもなんだかんだみんな外に行くんですか?大学出たような人たちは、じゃあ大学は出たものの…って考えた時に、村に帰って家族と笑いながら芋とか掘ってっていう生活にはちょっと何か感じるんじゃないですかね。あ、だから結構な数、今もフィジーの人は、ニュージーランドとオーストラリアがフィジーからの就労ビザっていうめちゃくちゃ簡単なんですけど、今。うんうん。それでせっかくフィジーで大学出ても仕事がないから、オーストラリア、ニュージーランドに行ってますね。へえ。ええ。
え。じゃ、人口減ってってるってことなんですか?人口は今増えてはないですね。へえ。少子化って感じでもないですか?少子化はすごいです。少子化がすごくて、何より少子化がすごくて。あ、そう。
子供の数が減ってて。さっき、僕毎日こっちで笑ってたっていう話しましたけど、それがきっかけでフィジーに住もうって思い出したんですね。毎日その中国と日本とのやり取りしながら毎日怒って生活するよりは、うん。フィジーで笑って生活したいなっていうのがあって、こっちで何かしようって思った時に、たまたまですけど、ご飯食べに行った時に前に座った人の奥さんがフィジーの学校の先生だったんですよ。うん。うん。で、その奥さんが12月の末で自分が学校の先生を首になったっていう話をされて、どうしたのっていう話を聞いたら、うん。フィジーの人口がすごく減っていって、子供の数が減って、せっかく学校の先生の資格取っても地元の学校で先生もできないと。うーん。
で、て思った時にひらめいたのが、じゃあその学校、人口減ってって影響があって、学校に空き部屋ありますよねって言ったら、空き部屋どころかもう空き校舎、要は1棟まるまるもう蜘蛛の巣が張ってると。うん。うん。それって借りれませんかって言ったら、教育省まで行けば借りれるかもしれないっていう話になって。うん。で、空き部屋は借りれるでしょう。で、学校の先生みんな首になったりとか、仕事にありつけなくってベッドメイキングとかでホテルで働いてるような状態でしたから、その先生たち雇えるでしょ。うん。うん。うん。で、その学生たちの家はとかって言ったら、ホームステイとかいくらでもこっちさせてもらえるので。て考えたら、日本で英語勉強したい人たちがフィジーに来れば格安でそういう環境が整えられるんじゃないかと。はあ。いう風に思って、英語の学校を2004年に始めまして。でも20年やってるんですか?20年です。すごい。
でもその学校はうまくいって、もう1つの学校じゃ全然キャパシティも足りないっていう風になって。うん。うん。で、すぐにもう1つ学校作って大きくして、っていうので大きくなって、それをフィジーの政府が見てくれてて。はあ。で、谷口さんの学校の管理すごくうまいから、じゃあ高校やりませんかって言われて、ここの学校の理事長を2010年に引き受けましたね。ああ、すご。はい。もう今でこそね、窓ガラスとかドアもついてますけど、これ全部なかったですからね。吹きさらしで、もう廃墟みたいなとこでしたから。水道が1箇所も出ないし、トイレも1か所も流れないし、もう全ての屋根が雨漏りしてっていう状態でした。本当に発展途上国、ま、今もなんですけど、当時はもっとってことなんですか?
もっと凄まじいです。え、わからんですけど、フィジーはオーストラリア、ニュージーランドと比べてもだいぶ発展途上… だいぶどころか。オーストラリア、ニュージーランドは一応先進国じゃないですか。フィジーはもう相当離れてフィジーですから。へえ。人口… 100万人いないぐらいなんですよ。はい。90万人行ったって言ってるけど、実際にはフィジーじゃないところに住んでるフィジー人がたくさんいるから。あ、そう。はい。住んでる人の人口で言うと、多分65万人ぐらいになってると思います。なるほどな。うん。だからまあね、学校に空き部屋があったり、学校の先生が失業してたりとかっていう風な状態だと思いますね。
え、今谷口さん何歳なんでしょ?今54になりました。54。はい。ここ来た時僕32かな?32。はい。え、それまではどんな来歴… 出身はどこですか?
えっと、僕、福井県の小浜市っていうとこ出身で、高校出てから、たまたまですけど、中国の政府がお金を出してくれるっていう、スカラシップというんですかね。奨学金ですね。はい。があって、そこからお金をいただいて中国の大学に物理学を勉強しに行きました。あ、え、中国で物理学。はい。それもちょっと困ったことに、入る時には英語でレッスンがあるって聞いてたんですよ。うん。でもいざ行ってみたら、もう99%中国語で、もう中国語1からやるしかないんで、また中国語をやって、ちょっと寄り道とかっていうのはしましたけど。
はあ、え、中国語って… 中国の大学に行ったのは、もう僕はずっと尖ってるんですけど、なんか親のお金で学校行くのがかっこ悪いみたいな感じの時期がありまして。ええ。もう遅れてきた中二病みたいな感じですけど。あ、それが中二病が高3だったってことなんですか?もう高3からもずっと中二病で。はい。大学も3年終わって4年目始まるじゃないですか。ほっといたらもうあと1年足らずで卒業できるじゃないですか。そん時にまた発病しまして、卒業したらかっこ悪いって思い出しまして。ほう。大卒かっこ悪い、中退かっこいいみたいなのが。え、じゃ、わざわざ中国で物理を頑張って勉強してたのに中退するんですか?はい。
え、で、さっき言った中退した後にコンサルの仕事したんですか?中国で。中退した後は、僕は香港で不動産業の、イギリスの会社でしたけど、そこで働いて、その後タイのバンコクの建設会社でしばらく働いて、その時にアジア通貨危機っていうのがありまして、持ってたお金が半分になって、物価は倍になってっていうのをバンコクで経験… 1997年の3月ですね。経験しまして、で、もう日本に帰るお金も持ってなかったんで、親に連絡して、かっこ悪いですけどもね、もう家に帰るためのお金送ってくださいってなりまして。はあ。で、家に帰る条件が父上の会社に入ることだったんで。お父さん社長さんだったんですか?はい。建設会社の社長で。へえ。
で、ま、仕方ない。帰って建設会社のCADオペレーターという設計ですね。うん。の部門に一応つきまして。で、そこで2年弱かな、いた時に、僕も長男なんですけど、うん。会社継ぐとか継がないとかっていう話になりまして。で、じゃあ会社の社長やれとかっていうのがそん時に話で出た時に、なんか親からもらった会社をとかっていうので言うと、なんかそれもまたかっこ悪いと思い出しまして。かっこ悪くないですか。2代目よりも1代目の方がかっこいいじゃないですか。はい。それで、うん。また喧嘩して、その時に家出をしまして。うん。うん。それ何歳ですか?家出。家出27歳です。はあ。27でも続いて。はい。ずっと今もそんな感じですか?
え、谷口さん27の時にもう中国も行ってるし、英語もできてさ。英語も中国語もできたし、タイにしばらくいたからちょっとタイ語ができたり、フランスにいてちょっとフランス語ができたりとかって、結構能力が高いですよ。すごいですね。言語覚えるのもめっちゃ得意なんですね。うん。自分で言うのもなんですけど、マルチリンガルですね。へえ。すご。はあ。
で、それで、父親からも出てけって言われたし、僕も出てくっていうので、どんな家出がかっこいいのかなって考え出しまして。うん。家出といえばやっぱりね、バイクで家出した方がかっこいいじゃないですか。いや、それは… 27とは思うんですけど、27とかあんまりかっこよくない。元々僕バイク乗ってたんで、バイクで家出をしまして。うん。バイクのガソリンが尽きたのが、福井の小浜市っていうところから高速乗って北の方に移動して、うん。うん。金沢西インターっていうところでガソリンが尽きそうだったんですね。こうちょぽって言うぐらいになったんです。で、降りて、うん。うん。そこで会社を作りました。へえ。金沢です。はい。
ま、でも金沢って起業するには北陸の中ではなんか1番良さそうですけど。そうですね。競争があんまりないんでね。ま、良かった。もいるし。うん。金沢はもう圧倒的に社長さんなんかも2代目が多いですから。そうなんです。うん。だから起業とかっていう文化がむしろない分、起業はしやすかったですね。うん。
で、そこで中国と日本を行き来しながらコンサルティングをする会社ができて。すぐだからわかんないけど、めっちゃビジネスとか仕事とか得意なんですね。そうですね。そう、なんかこう何が足らないとかって言ってくっつけるの好きですね。あんまりなんか失敗してなさそうですよね、事業とかで。うん。あんまりしてませんね。
さっき言ったそのピークの忙しかった時は、どんな働き方してたんですか?中国の人で日本で働きたいとかっていうのもあって、うん。で、日本で中国からの外国人研修生って言うんですかね、を入れたいとかっていうのがあったので、そこのコンサルティングっていうとこで間に入って日本語教育をしたり。うん。っていうのが多分1番メインで大きかったんじゃないですかね。それ以外にも、日本企業で中国に進出するのに工業団地に入りたいけどどうとか、そういうのもありましたし。うん。うん。細かいところで言うと、制服が日本で調達するよりも中国の方が安いんで、それを調達してくれとか、色々ないろんなのありましたよ。へえ。
え、どうなんですか?中国人相手にビジネスの、なんか一筋縄に行かないみたいなこと言う人もいるじゃないですか。そんなあんま関係ないですか?ま、中国もですし、フィジーもですけど、中に入って彼らと同じように考えることができたら、別にそこはなんかこう感じないかな。もちろん僕も心の中に日本人的な心も持ってるし、フィジー人的なのもあるし、中国人的なのもあるけど、それぞれ切り替えて考えたら何でもそんなにストレスに感じずにうまくできるかもしれません。
例えば今もフィジーで、うちの学校の先生とかに何かあれやれこれやれとかっていう時に、僕の言うことは聞かないの知ってるから、すごい彼らキリスト教の神のことよく言うじゃないですか。うん。なので、神がこうやって言ってるって言ったら、ちゃんと言うこと聞いてくれたりとか。あ、ジーザス。そうです。うん。へえ。神があなたをこういう風にして、うちの学生に笑顔になってほしいっていうことを言ってると思って働いてくれとかね。へえ。
うん。中国で色々学びましたよ。例えば接待の時に、ご飯とかの時に、前回僕が美味しいって言ったご飯を出してくるんですよ。気づいたんですけど。へえ。うん。で、それって日本人って出したいものを出してるじゃないですか。うん。うん。うん。接待って。うん。うん。その人が本当に喜んでっていうのを日記につけて、僕が美味しいって言ったものをつけてる人間がいるわけですよ。だからそこら辺細やかだなとかって思ったりとか。あ、細やかなんですね。うん。意外というか。うん。戦略ですよね。もう本当ね。へえ。ただ中国でビジネスしてた時には、しかめっ面で殺人犯みたいな顔をしてたと思いますね。あんまり笑ってはなかった。それ、なんでそうなっちゃったんですか?
いや、どっかでこう疑いみたいなところは自分の中で持ち続けてるから。うん。はあ。裏切られるかもなって。裏切られもしましたよ。裏切りとかだったら本当3000万円ぐらいかぶったこともありますから。中国人のビジネスパートナーに裏切られちゃった?ビジネスパートナーというか、もうそれ国でしたけど、国というか市政府でしたけど。行政?あ、行政の仕事で3000万円裏切られるとかあるんですか?でもそこはもうその部門が最終的になかったですとかで。で、当時日本の領事館、上海にあった領事館に相談して、これどう思いますって言って、で、僕そこに乗り込もうと思ったら、そこの場所もね、自分で車運転してでも行けるところにあるんですけど、とかって言ったら、もう絶対やめてくださいとかって言われて。うんうん。なんかそういうケースでもう監禁されてとかっていうのももちろんありますから。ま、当時の中国はそんな状態でしたね。
あ、じゃあちょうどそんなこんなしてる時に、スピード違反して。うん。うん。それがきっかけでフィジーに来て。で、日本に帰って。帰りの飛行機の中で、毎日笑ってたので。うん。うん。まあ、フィジーみたいなところに住みたいなって思い出して、で、ちょうどさっき言った、先生はたくさん失業してて、学校はいくらでももう校舎ごと借りれてっていうぐらい空きがあって、で、ホームステイをお願いしたらっていうところと。うん。うん。あと日本人が留学しようと思った時に、ザクっとですけど1年留学すると当時400万円ぐらいかかったんですよ。うん。うん。で、2004年くらいでしたら、フィジーに1年間留学しても100万円もかかりませんでしたから。う。もう何分の1の値段で留学できて。
はあ。で、かつこっちって、今日もヒッチハイクできたそうですけど、とにかく人と人が優しくて、コミュニケーションいくらでも英語で取ってくれるので。うん。うん。暇な人も多いですから。うん。うん。さっきも僕、そこで三谷さん待ってた時、なんかパン近くの人からもらって食べてたじゃないですか。あんな感じで。あ、あの人別に友達… 全然知らない人ですよ。知ら、知らない人です。
うん。だからそういうのが、僕が経験して体験して気持ちいいって思うんで、日本の子たちも、大学生とかも含めてですけど経験してくれたらいいし、それで僕がこっちに住むためのお金が稼げればいいなっていう風に思ったので、学校、語学校、英語の学校をまず始めて。うん。うん。で、その学校がうまくポンポンと大きくなっての最中に、リーマンショックがあったりとか、色々苦労はしましたけど。うん。真逆の世界観の国にやってきて、でもそこでもう笑えてんのいいなってなってるから、旅行中いいなってだけじゃなくて、住みたいなってなって住み続けてるってのがすごいですよね。うん。うん。なんかその、良かったけど、とはいえ、別にね、移住までする人少ないじゃないですか。
はい。もう僕、日本国籍失ってますから。あ、そうなんですか。フィジー国籍?今フィジー国籍です。え、奥さんがフィジーの方とかですか?いや、家内は日本人ですけど、フィジーでもずっとですけど、国会議員になってほしいって言われて、で、国会議員になるためには他の国籍持ってちゃだめなんですよ。うん。なので日本の国籍捨ててフィジーの国籍を取って、そこから選挙に出よう、出ようって思いつつ、まだ1回も出れてないんですけど、でも毎回有力候補で僕の名前が出ます。出たら通ります。間違いなく通ります。あ、そうですか。はい。今日も昼ご飯食べてた時に、もう何人か寄ってきて、次選挙出てくれ、出てくれって言われてましたから。へえ。
ところがね、僕のこのビジネスの都合で日本に帰ったりもするじゃないですか。フィジーの選挙って、選挙の公示から過去2年振り返って18ヶ月以上フィジーに住んでないとダメなんですよ。だからそこがなかなか厳しくって。ああ、なるほど。ま、次の選挙がいつされてとかになりますけど、出れたら出るし。あ、でも出たい気持ちはあるんです。うん。何を変えて欲しいって期待されてるんですか?ちなみに。
まずもう教育制度からでしょうね。教育制度もですし、もう本当この国ってもうあらゆるものを変えないとダメですよっていうぐらい、もうグダグダです。ですか。グダグダなんですね。グダグダです。少なくともフィジーの法律って、昔イギリス領だったんでイギリスが作ったものなんですよ。うん。で、そのイギリスが作ったルールの中で生きてるんですけど、誰もそれを読んだことがないぐらい何にも知らないので、法治国家かって言ったら、なんか法治国家じゃないんじゃないかなって思うことばっかりです。そう、のんきなんですね、めっちゃね。うん。そこをまずなんとかしないとっていう、本当根本のところですね。
あとは、もうメインのところばっかりですけど、公務員の先生、公務員になるのに、日本だったら公務員になるのに大学卒以上とかっていうなんか資格があって、で、その後その人も一応試験受けるじゃないですか。こっち別に中学校しか出てなくても、テストも受けなくても、なれたりするんですよ。なれたりする。みたいなこと。いや、偉い人の… とにかくもうここは縁故主義ですね。うん。要は本当はもう公務員試験っていう制度ができたり、大学試験っていうのができればいいわけじゃないですか。大学の試験すらもう、要はペーパー試験の成果が半分で、もう半分は内申点なんですよ。で、内申点って先生、もう親戚だったらいくらでもいいこと書くんです。だから親戚か親戚じゃないかでこの国が選り分けられてるので。新参者にはちょっと優しくない国になってるんですね。そうですね。はあ。
それって、その嫌な犯罪も結構、表立ってないけど結構あるって感じなんですか?うん。ま、おそらく現地の人たちも、被害にあったとしても、もう警察に行こうが裁判所に行こうが動かないから。うん。もう泣き寝入りというよりは、もう司法とかそういう警察に期待してないみたいなところがあるんで、それはフィジーのちょっとダークサイドかもしれませんね。そっか。
だから世界一幸せとかって何の出典かわかんないけど言われてたりとかするけど。うん。そういうダークサイドがあるんですね。うん。はあ。
だから、その辺りは本当に変えないと、この国はもう何年後かにはもうね、下手にみんな英語を喋るんで、多分ここからオーストラリアに出ていこうと思ったら、いくらでも人は出ていけてしまいますから。うん。
どうなんです?そのフィジーから行った人たちはオーストラリアとかで通用してるんですか?それは意外と。
一応なんか肉体労働とかっていうとこでは、フィジアンってもうすごいでっかいし。うん。僕らがね、1m穴掘る間に5mぐらい掘るぐらいの勢いで、ブルドーザーですよ。うちのラグビー部とかもうすごいもん。はあ。筋肉の塊ですよ。そっか。
その運動能力っていうことに関して言うと、飛び抜けたものがあるんですか。飛び抜けてます。
だって過去ね、3回オリンピックがリオデジャネイロ、東京、パリ、3大会だけラグビーがあったんですね。うん。うん。まあ、次もありますけど、その3大会で金銀ですよ。人口80万人、90万人の国で金銀で団体競技っておかしいでしょ。個人競技ならわからんでもないんですけど。
ああ、そう。天才が生まれちゃったみたいな。そのさっき言った凄まじい身体能力と、他にさっき言ったそのとてつもなく…みたいな、その民族性。
あ、そのうちのラグビーチームなんかでもなんですけど、全然練習しないんです。え、全然練習しない。練習しなくて世界的に強いんですか?うん。能力が高いから、練習せんでもできるからしないって、確かにそれもそうですよね。うん。
それで、監督なんてもう、試合の1週間前なんてもう休めっていうのが命令ですから。怪我しないように。はい。
ここの学校は、フィジアンの子たちが授業料を持ってこれなくなって、で、日本人の子たちを入れて、日本人の子たちは授業料を払うと。うん。うん。うん。
で、日本人の子たちは英語も得意ではないし、友達を作るのも得意じゃないし、ましてや中には、うちの学校の日本人の子たちなんかは元々不登校気味だった子とかもいるんですね。うん。うん。うん。
うん。そういう子たちが日本から来るんで、その子らの面倒をあなたらが見るんだよっていうことで、面倒見るならもうバーターで授業料はいらないっていう風にして、それで回ってます。
そうか。優しくすることが条件なんですね。そうです。それじゃ仮にフィジー人の人が留学生をいじめるみたいなことがあったら、じゃあその…うん。
あ、あんまりそれはないですね。時々喧嘩とかありますけど子供なんで。まだ日本人同士の方があるかも。あ、うん。
なんかこの学校に今800人いて、60人ぐらいが日本の子なんですけど、それでも日本人の子たちだけの中で、なんかそういう人間関係みたいなのはやり出しますね。あ、ちょっとした陰湿な…みたいな。うん。まあ、出てきたらすぐ、ちっちゃな問題のうちに解決してますけど。うん。
どうなんですか?その不登校だった子とかがこうやって留学することって、なんか効果あるんですか?
あ、少なくともこっちの学校に来た日本人の高校生たちは、今までどんな深刻な不登校だった子たちも、9割以上はもう治ってますね。うん。うん。治ってるって。うん。学校来るようになってます。日本の学校に行けるようになるってことですか?
えっと、日本で例えば高校1年で不登校になった子とかがこっちに来て、こっちでまた高1からやり直したりとか、まあ出席状況によって高2から始められたりするんですけど、1年、2年、3年こっちにいてとかってすると、本来だったら日本でもう不登校で学校行かなかったような子たちが普通に学校行けるようになって、で、かつ英語ができるようになるでしょう。うん。うん。うん。
で、おそらくね、ここが僕ポイントだと思うのは、うん。うん。僕らって何か考える時、日本語で考えて日本語で発言してるじゃないですか。うん。うん。ところが、高校生たちも日本語で考えて日本語で行動してた子たちが、フィジーに来てこういう英語の環境にいることによって、もう英語で考えてっていう風になってくるんですね。徐々にですけど。うん。うん。
で、まあ3ヶ月、4ヶ月ぐらいの間に、その英語のOSで考えて英語で行動を取るとかっていうのができて、その人格と日本語で考えてた人格がちょっと違うんだと思います。うん。OS自体が、言語が変わることによって、もう行動パターンも生活も性格も、すごいポジティブな自分になってっていうのが影響してると思います。
ああ、そっか。じゃ、その留学によって違うOSを手に入れたことによって、日本でもそのOSを使って。うん。
まあ、引き込まれないように、ほとんどの子はこの学校で卒業しますから。この学校を卒業して、大学に進学のタイミングで日本に帰ったり。
そっか。じゃ、その頃にはちょっと、不登校だったっていうその自己否定というよりは、なんかちょっと自信がついてるような状態。そう。そう。自己肯定感ありますよね。
はい。で、その辺道歩いてても普通に人が声かけてきて、会話もできるじゃないですか。そこで自己肯定感がだんだん持てるようになって、学校も毎日来て、でましてフィジーの国立高校を卒業したら、日本で大検受けなくていいんですよ。うん。うん。うん。日本で直接大学受けれるし。
で、1年半以上海外の高校に、まあ国立高校に所属して卒業すると、英語特別入試とか帰国子女特別入試とか、はあ、ああいう特別な試験が受けれるので、偏差値で言うと5から10上の学校に行けますから。へえ。
そっか。だって国立高校って確かに日本で言ったらとんでもないエリートですもんね。珍しいんですよね。うん。だからそこがちょっと逆手に、テクニカルですけどね。へえ。
ここの学校卒業してとすると、偏差値55ぐらいの子でもなんか…とか、へえ。ありますから。だから親もお金が出しやすいですよね。
確かに。それこそさっき言ってた、年間100万かからないぐらいだったら。
いや、もうね、僕らが始めた20年前はそうでしたけど、今はえっと語学で1年間留学しようと思うと130万円、140万円かかるし、高校だと、僕ら各キャンパスに日本人のスクールカウンセラー置いたりとかで、もう至れり尽くせりの環境を整えてるので、200万円ぐらいかかりますね。あ、年間。そっか。
まあ、だから、いい私立に行かせてる感じですよね。でも生活費合わせてですから。生活費合わせて。そっかそっか。はい。生活費合わせてなんで、日本でなんとか大学付属みたいなところに行ってるぐらいのイメージじゃないですかね。うん。なるほどな。
へえ。すごいな。学校自体はもうパンパンだから、別にこれ以上日本に宣伝したいっていうことでもないんじゃないですか。どうなんです?
この学校は今もう、800人に対して60人入れてますから、もうかれこれいっぱいかなと思って、で、あと提携校が2つありまして、そこに今20人、20人入れて、今度そこの枠をまた50、60人に増やして。はあ、なるほど。
で、フィジーの国立高校から頼まれてるのが、うちも日本人入れて、まあ授業料を僕らが寄付してとかっていう形にしてますから、それがあるとそのお金を元に、学校の施設をちょっとアップグレードしてとかできるので、ああ、いいことばっかりだと思います。
で、まあフィジーってそんなに仕事がたくさんあるような国ではないんですけど、ホームステイっていう形で何か提供できれば彼らも嬉しいですし、うん。うん。で、ましてや、お金云々の話じゃなくって、よそから誰か来てくれるのがやっぱこの人たち嬉しいんじゃないですか。今日、さっきご飯食べたそうですけど。うん。
なかなか日本で知らない人からご飯食べさせてもらうのってないじゃないですか。いや、ありえないです。確かに。テレ東の某番組ぐらいじゃないですか。まあ、あれだから本当に某番組だからってのもありますね。うん。普通に。
タイミング見て本当に国会議員になるんすか?フィジーで。という風に考えてます。まあね、こっちに滞在する時間によりますから。ああ。うん。
別に日本で教育事業やりたいとかは特にないんですか?
もうなんか事業とかっていうのでもうあんまりいいかなって。むしろその不登校の子たちとかが不登校じゃなくなったら嬉しいし、うんうん。まあ今、安定してるっていうのもあると思いますけど。
日本って今、外に出ないじゃないですか、若い子たち。うん。で、留学しようなんていう人口ももうすごく減ってきてると思うんですけど、アメリカに留学するのにこんなに高いけど、フィジーならこんなに安いからっていうんで出てきてくれて、で、それがきっかけで、その海外に出るのも抵抗に感じなくなってほしいですね。
おそらく日本から直行便が飛んでる国の中で1番原始的。
確かに、そのさっきのお伺いとかも、別に汚いってことは別に思わないんですけども、確かにちょっと原始的とまでは言わないけど。まあ、ここらも全部ね、もうトタン屋根でしかないですから。
えっと、なんか末期がんとか、今は…そうです。今はもうどう、え、治ってってことですか?
えっと、寛解は一応もらってるんですけど、僕の場合、まあ白血病とリンパ腫っていう、その血液がんって言うんですけど、体のどこにあるじゃなくって、どこもかしこもなんで、寛解はもらってるけど、まあ5年経って寛解って言っても、20年待たないとダメかなと思うので、まだ10年経ってませんから、ちょっと何とも言えませんね。
はあ。え、定期的に検査してるってことですか。はい。1年に1回必ず検査して、で、ちょっと体の調子が悪いと、もう必ず日本帰ってチェックしてます。うん。うん。
そっか。それで、日本に帰ってチェックしたいから国会議員になれないみたいなこともあるんですか。
そうです。そうです。健康診断のタイミングが、まあフィジーにね、あんまりいい病院がないんで、よく日本で病院行ってってするし、時間がかかったりとかってしますから、さすがに(フィジーに)3/4の時間を費やすとかっていうのは、ちょっと体の調子で。末期がんですからね。ステージ4で。僕10段階だと思ってたら、10段階じゃなくて4段階中の4って、もうラストですから。
それよく…診断されて、ここまで持ち直しました。
持ち直しましたね。本当にね。まあね、もちろん化学療法とか全部やって、髪の毛も全部、もう眉毛もまつ毛も全部抜けましたから。うん。
まあ、自分でもね、これから何年生きれるかとかっていうのはありますし、でもそれって普通の人も一緒で、うん。みんな何年かの人生じゃないですか。うん。僕が持ってるのがあと10年なのか5年なのかっていうのと、例えば三谷さんがあと50年なのかって言っても、でもそれってたった50年じゃないですか。50年の中で何か成し遂げたいとかっていう風に思うから。うん。うん。
まあ、たまたま僕の場合ね、体がそういう状態なんで、他の人よりも時間は短いけど、その分なんか充実したものにはしたいですね。うん。
え、そのフィジー国籍取る時とかって、別に抵抗なかったんですか。抵抗っていうか、日本の国籍じゃなくなることに別に何の抵抗もなかったんですか?
いや、その時は何にも考えてなくって、フィジー国籍申請したらもらえたんですね。で、それで国会議員に出ようって思ったんですよ。で、手上げて、実際政党から公認も受けたんですよ、すぐに。
で、出ようと思ったら、選挙管理事務所の方から、谷口さん、あなた3/4以上こっちにいなかったからダメって言われたんですね。で、あ、そうか、じゃあ次回かなって思ってたら、まあ次に選挙出るつもりだったんですけど、しばらく経って、日本の外務省から講演頼まれて、うん。うん。
東京で講演をしたんですよ。そん時に、僕選挙に出ようと思ってこれ取ったけど、結局選挙出れなくって、滞在時間が短かったから。うん。で、次回頑張ろうと思います、僕は日本とフィジーの架け橋になろうと思ってますっていう話を講演したんですね。
そしたらすぐに電話がかかってきて、いや、谷口さん、あれはまずいですよと。二重国籍じゃないですかって言われて、あ、いい。あ、で、二重国籍は日本の場合認めてないから。うん。うん。隠そうって思っても、谷口さんあの時全員に言いましたよねってなって。
で、ちょっと僕も知り合いの衆議院議員してる人に泣きついて、これなんとかならへんっていう話をしたんですけど、谷口さん、なんとかなるのは1人2人のとこだったら僕もなんとかできたかもしれないと。でもあそこの会場400人いたそうですね。400人の口に戸を立てるのはもうさすがに難しいから、もう諦めてくださいって言われて。
で、すぐ僕日本離れて、離れたタイミングで日本国籍なくなって、次のタイミングはもうビザ取って日本に行きましたから。未だに僕、日本に30日のビザ取って通ってますから。
なんでだ、1回二重国籍の罪で逮捕されて国外逃亡した、逮捕もないんで。ですけど、自主的にそれ放棄してもらえるんであれば別に問題ありませんっていう。へえ。で、それで失いました。
へえ。なるほど。本来は日本国籍も持ってたいし、持ってた方が良かったなって思います。あ、そう。
いや、そっか。別に覚悟を持って日本国籍を捨ててフィジー国籍にしたっていう感じでもないんですね、本当に。はい。くそ甘かったです。
へえ。まあまあ、でもそれこそ、もう逆にね、もう絞れるっていうか、もうなるしかないから。うん。失業率が高い感じなんですか。
ここは、まあさっきも言いましたけど、すごい大学出ても仕事がなかなかないので。産業というと、ほとんど農業もね、ほとんど死んでますし、漁業も死んでますし、観光業ぐらい。
農業と漁業死んでるんですか?やる人がいないってことなんですか?元々やってないです。
元々、普通こういうところだと、例えばベトナム行ってもタイ行っても、途上国って農業ぐらいしかないじゃないですか。農業も始まってません。はい。狩猟採集です。だから、この人たちって、自分の庭に何か植えてあって、それを食べてるだけです。それすらもしませんね。
なんかもう、その山に生えてるものを集めてきて食べてる。それがめっちゃ栄養がいいってことなんですね。栄養が高いっていうか。
その、魚取りに行っても簡単にこんな魚いくらでも捕まえられますから。あくせく働かなくても、自然環境だけで自分の衣食を満たせますから。だから優しいんですよ。なるほど。うん。
そうだから、普通にお金持ってなくても余裕で暮らしていけるっていう安心感があるから、優しくできるんですね。うん。
あ、で、まあ、どのみちね、ご馳走で出してるものも、どっかその辺で集めてきたものですから。うん。うちの学生なんかも本当にもう味に感じてると思いますよ。へえ。
じゃ、日本人が優しくなるためにはどうすればいいんですかね?
優しくなるためには、こっち来て、なんかフィジーの人たち見て見習った方がいいかなっていう気はする。
でもフィジーにいれば優しく居続けられるかもしれないですけど、結局環境的に日本に戻ったら無理ってことじゃないですか。
いや、でも、深く考えると、自分の幸福感ってなんだろうとかって言ったら、人に何かあげた時と、人にもてなされた時と、どっちが幸福に感じるかなって言うと、どっちもじゃないですか。もてなされた時もなんか自分を承認してくれた感じがするし、もてなした時も相手を承認して、相手がありがとうの一言でも言ってくれた時に、なんか承認してくれたような感じするじゃないですか。
そん時に、人と人って繋がってるなっていう風に感じると思うので、うん。うん。なんかそれを、まあ高校生にもですし、うちの学生にも感じて欲しいですね。はあ、なるほどな。
最高齢で今までうちの語学学校に留学したおばあちゃんって87歳ですから。へえ。うん。年齢で、なんか今からもう40だからとかって言わなくても、もう本当にいつでも何歳になっても留学はできるし。え。僕らの語学学校に常に60歳の人とかいますからね。
いや、60から覚えて、そういう暮らしをするってのもできるんですね。うん。え、覚えれますか?それで。覚えれる。覚える。特にホームステイなんかしたら。へえ。
還暦、仕事リタイアしたら行ってみてもいいかもしれないです。それだったらね。うん。日本で息してるだけよりも安いですよね。うん。うん。うん。へえ。面白。
中には、今だとデジタルノマドワークってできるじゃないですか。うん。うん。Zoomで話しながら仕事するとかで、3ヶ月18万円で、実際は学校にちょっと早く来て、オンラインでちょろちょろっと仕事されてる方とかもいますし、そうすると3ヶ月18万円よりも実入りの方が多いですよね。うん。
うん。なんか本当応援したいのがね、三谷さんとこのチャンネルもですけど、はい。はい。他の方でも、もし本当に希望があれば、うち全然なんか提供させてもらえるとは思うので。
あ、それね、だからでも、将来的にYouTuberになりたいとか。ああ、そっか。そのね、語学の、言語の壁を超えたい人がやってきてみたいな。あ、それ確かにいいかもな。うん。うん。
言葉で喋れね。そういうのがなんかこう日本の若い子たちに刺激を与えればいいなっていうのは思いますね。それは確かに、そんなのできたらめっちゃいいかもしんないですね。うん。
それこそガチ不登校だった子で、何年ぐらいの子がいるんですか?
今まで来た子で言うと、小学校の5年生まで行ってたっていう子が高一のところで来たんで、4年間、5年間。はあ、すごい。普通に卒業して帰りましたからね。うん。うん。うん。うん。
へえ。それだから、それいいかもしれないですね。それ4年間、そんな長い期間、日本で引きこもりっていう、なんていうか、自己肯定感下がるような雰囲気にいさせられるよりは、うん。確かに会話がいっぱいあるんだ。へえ。
時間も結構ルーズな。トイレットペーパーも買っておいた方がいいと思うんです。そうですか。はい。学校もどこもマイトイレットペーパー制ですから。あ、そうなんですね。今ティッシュロール持ち歩いてる。ロールを持ち歩いて。こんな感じで。あ、本当だ。すごい。
フィジーで人気の芸能人とかいるんですか?フィジーの歌手とか。
いやあ、この人たちは、まあインド系の人たちがね、そのボリウッドとかって言うてインド映画の俳優さんがとかっていうのはあるでしょうけど、はい。フィジー系はそんなんもうどうでもいいんじゃないですか。もうそんな芸能とかも。ええ、自分が歌ってるから。
すごい面白い。いや、でもやっぱそれいいですね。だからやっぱInstagramとか見て誰かに憧れとか、そういうのないってことですよね、きっとね。ないと思います。いいですね。それのせいで整形しようみたいな気持ちになんないってことね。
誰かに憧れて自分がそういう風になるとかっていうのを、夢にも思わないんじゃないか。ええ、いいです、それ。
憧れてって、僕らにとってこう自分よりも上に行くイメージですけど、うん。悪い意味で言うと、フィジー人努力しませんから。ほうほうほう。あいつ全然働かなくていいよねみたいなこと。じゃあ憧れるとしたら。は、面白。
あ、28。セーブセブセ。おお。ベリーゴージャスね。
インディアンミソスープ。あ、なるほどなるほど。へえ。
チリ、ベジタブル、ベジ、ライス、ライスにこのフライドエッグ乗せて。そっか、包んで。サンキュー。いただきます。
うん。うん。うん。できた。うん。うま。この汁食べようかな。スプーンがでかい。スプーンがまずでかい。スプーンめっちゃでかい。これもでも卵とか入ってんのかな?
うん。ライス。うん。ライス。ちょっとニンニクっぽい味がする。イン、ガーリック。Is this in garlic?ガーリック。ガーリック。いい。ああ、ガーリック。やっぱニンニク入ってますね。
これチリ、辛いってことか。あ、これ辛い。ちょっと、じゃ、ちょっと食べようか。ああ、結構来ますね。ホットホット。すご。唐辛子。
結構ミックスで。あ、ミックスね。ミックスなんだ。ああ、なるほどなるほど。単体で行ったらめっちゃ辛い。
あ、美味しかったです。いつでも…できるよ。生きていればいい。
街録チャンネル、見習いディレクター募集中です。面白い映像を作りたいという若者のご応募お待ちしております。グッズ、スポンサー券、BASEにて販売中です。応援よろしくお願いいたします。
分かり合えない世界は…嘘しても耐えたい。
記事公開
