梅宮アンナが語る、5年の恋愛と最初の結婚、父・梅宮辰夫の最期、そして交際0日婚
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜梅宮アンナは、20代のほとんどを費やした恋愛、その反動のように選んだ最初の結婚、シングルマザーとしての子育て、父・梅宮辰夫の闘病と死、自身のがん治療を経て出会った現在の夫との「交際0日婚」について語った。話の中心にあるのは、人を信じられなくなった経験と、それでも「そろそろ人を信じてみよう」と考えるようになった変化である。親の最期を見届けたことで、長生きと生き方についても自分なりの考えを持つようになったと話している。
21歳から26歳までの5年間の恋愛
話は、21歳から26歳まで5年続いた恋愛から始まる。相手の名前はこの場では出ていない。聞き手はこの相手を取材したことがあり、立場はさておき、とても人の話をよく聞く人で、女性が好きになる理由は分かると話した。アンナは「すごい一生懸命な人でしたよ」と応じ、ただ遊ぶだけの関係なら5年も続かないとも述べた。
相手には借金があった。アンナは一生懸命返そうとする姿を見て自分も助けたいと思い、保証人にもなった。聞き手が、父・梅宮辰夫も保証人になってしまうタイプだったことに触れると、アンナは、父は優しい人で困っている人がいると手を差し伸べてしまう、自分も似ているところがあると認めた。
その背景としてアンナが挙げたのは、愛情についての考え方だ。誰かからきちんと愛情をもらって育った人は愛情を持っているので、それを人に注ぐことができる。もらわずに育てば、人にあげることはできない。お金も同じで、賛否はあるだろうと断ったうえで、自分が人を助けられるなら「貸すっていうか、もうあげる感覚」だったという。交際の中でのことなので、借用書のようなものは存在しなかった。
突然訪れた「今日だ」という別れ
5年のあいだには説明しきれないほど多くのことがあった。最後は、ある日突然「今日別れるのだ」という声が聞こえるような感覚があり、本当の別れを伝えたという。当時は20代前半から半ばで、結婚という言葉を口にしたことは一度もなかった。それでも、この人と結婚して純粋にいろいろなことを思えるかと考えたとき、そうではないと感じた。関係に慣れきってしまい、「もうこれ以上私のやることはない」と思ったところで終わりにしたと振り返る。
交際中に二人で出した写真集は、恋愛がいちばん盛り上がっていた時期のものだった。当時は「借金を返すために脱いだのか」とも言われたが、アンナはそれを否定する。撮影を担当した写真家とはもともと少し知り合いで、ただその人に写真を撮ってもらいたかっただけだという。付き合っていれば普通に写真を撮るが、その「豪華版」のような感覚だった。相手には返済に役立てたいという計算があったのかもしれないとアンナは認める。ただ、始めたのは自分であり、相手がアンナを利用しようと計画したものではないと考えている。撮ってもらえた時点で「もうお腹いっぱい」だったという。
聞き手が、この交際について梅宮辰夫が残した言葉も有名だと触れると、アンナは、人間は何をしても生理的に嫌いなものは嫌いであり、理由もいろいろあったが、父は結局その相手が生理的に好きではなかったのだと思うと話した。
疲れ切った末の最初の結婚
別れたあと、アンナは「体に針を刺しても分からない」ほど疲れていたという。次に出会う人は、まず借金がないこと、あまり喋らないこと、つまり前の相手とは正反対の人がいいと考えていた。別れの報道が出たあとには仕事が一気に増え、今度は働きすぎで疲れた。少し休みたいと思っていたころに出会った男性とすぐに交際が始まり、結婚に至った。
アンナは、自分の結婚相手の選び方は一般的ではないと言う。稼ぎがいいか、どこかの社長か、といったことには興味がない。この相手の決め手も顔ではなく「なんとなくフィーリング」で、喋らない雰囲気が当時は良かった。調子のいいことを滑らかに話す人は、もう遠慮したかったのだという。聞き手も、以前の交際相手を取材した際、言葉が次々と流れるように出てくることに驚いたと話し、アンナは生まれ持った才能なのだろうと応じた。
ところが、おとなしい人を選ぶと、今度は何も主張がないため、相手が怒っているのか喜んでいるのか、美味しいと思っているのかどうかも分からなかった。アンナは、本当に考えて結婚したわけではなかったと振り返る。何かに疲れていて、仕事を休みたかったこと、子どもを考える年齢に差しかかっていたことが重なっていた。
「借金ありますか」と聞くようになった人間不信
こうした経験から、アンナは出会う人ごとに「借金ありますか」と聞くようになった。まともな人にも必ず裏があると考えるようになり、それで苦しんだことも事実だという。相手が結婚していないと言っても信じられず、戸籍を見せてほしいと頼んだこともあった。この警戒心は今も残っていると話す。
ただ、現在の結婚は、最初の離婚から25年後のことだ。病気をしたこともあり、そろそろ人をちゃんと信じてみようと思って結婚したという。一方で、ふわふわと相手を良い方に良い方に考えるのは危険でしかなく、世の中には普通に人を騙す人が本当にいる、という考えも変わっていない。
恋愛に破れるたびに「地球の外に弾き飛ばされる勢い」で、別れの際には必ず泣く。いま振り返ると、なぜあの人のためにあんなに泣いたのだろうと思うことも多いが、そのときはやはり大変だったという。
恋愛が大切なのかと聞かれ、アンナは「人のことを好きになってる自分が好き」と答えた。好かれるのも嫌ではないが、自分から好きになっているときのワクワクが好きで、男性を追いかけているときは、相手よりも追いかけている自分の方が好きだという。その気持ちは今もある。喧嘩でも自分からわっと言ってしまい、言い返されると泣いてしまう。自分が言わなければこうはならなかったのに、と思うことはよくある。この性格は父にも母にも似ていないと話した。
両親の結婚から見た「夫婦愛」
アンナは両親を「本当にベストカップル」と呼ぶ。どちらかといえば父が母を大好きで、男性が女性を想う度合いの方が大きい方がうまくいく、女性の方が大きいと「地獄を見る」というのがアンナの考えだ。ただし一方的では成り立たない、とも付け加えている。
聞き手は、アンナの本によれば父が家事や育児、アンナのおむつ替えまで担っていたとし、あの世代の俳優なら亭主関白を理想としそうだと尋ねた。アンナによれば、父も母も再婚同士だった。父がそれまで交際・結婚してきたのは、夜の仕事をしている人や女優など一般人ではない女性がほとんどで、「私が一番」というタイプばかりだった。華やかで綺麗だが、うまくいかなかった。母はそういう振る舞いをしなかったという。
梅宮家はもともと医院を営んでおり、祖父は医師だった。長男の辰夫は跡を継ぐはずだったが、勉強も医者も嫌で俳優の道を選んだ。祖母は病院の娘などとの見合いを何度も持ってきて、父はそれを断り続けていた。しかし母と交際していた時期に、どうしても断れない見合いが来た。父が母に謝ると、母は「2号さんでもいいから私を忘れないで」と言った。その言葉が父の心に刺さったという。
アンナは大人になってから父にこの話を聞き、母に「すごくない?私は言えないな」と伝えた。すると母は「2号さんの方が楽じゃない」と答えた。父はそういう意味で言われたとは思っていなかったわけで、アンナはこの食い違いを面白がる。後にすべて明かされ、今は笑い話になっているという。
父は母に、食事も掃除も何もしなくていい、ただ笑っていてくれと言った。「私が一番」という女性といると、不機嫌だったり笑っていなかったりすることが多かったのだろう、とアンナは推測する。男性の多くが女性に最も望むのはにこにこ笑っていることではないか、とアンナは話す。一方で女性は察してもらえないと不機嫌になり、自分もどちらかといえばそういうタイプだと認める。結婚して笑っていなければと思っても、笑えないと思うことはたくさんあるという。
「俺とパパ、どっちが大事なの」
竜巻のような恋愛の直後に穏やかな人と結婚し、すぐに離婚したことについて、アンナは、当時は「好き」という何かにかかっていたような状態で、結婚とは何か、一緒にいて安心か、といったことはどうでもよかったと振り返る。自分で仕事をしていて、誰かに食べさせてもらうという発想がもともとない。それが相手の劣等感に変わっていったという。夫は芸能人ではない一般の人で、どうしても「梅宮アンナ」という名前が先に立った。
ある日、表参道の交差点で夫から「俺とパパ、どっちが大事なの」と聞かれた。アンナは「分かった。じゃあはっきり言うね。あなたの代わりはいくらでもいるけど、パパの代わりはいない」と答えた。そこまで言わせるほど相手を追い込んでしまったのだろうとアンナは振り返っている。
アンナにとって父は、正直に言えば憧れの人ではなかった。細かいところが嫌だと思うこともあった。それでも父の大きな愛情の中で育ったため、それがどうしても表に出てしまう。「パパはこういうときこうしない」といった言葉はNGだと分かっていたが、態度などで伝わっていたのだろうという。相手はどんどん敏感になり、嫉妬のような形になっていった。それが一番の離婚理由だとアンナは話す。
この言い争いは妊娠中に起きていた。はっきり別れを決めたのは、娘を産んだその日だった。普通ならこれから家族で頑張っていくはずなのに、産んだ瞬間に「この人じゃない。別れなきゃ」と思ったという。離婚が成立したのは娘が1歳のときである。
養育費ゼロの離婚と、17年後の再会
娘のももかは、実の父親に一度も会ったことがない。アンナは、小中学生の頃に父親のことを聞かれるだろうと思っていたが、今の子どもはウィキペディアなども見てしまう。そのためごまかさず、合わなくて別れたこと、仲が悪くて別れたのだと言葉にして伝えてきた。会いたければ言っていいが、自分は会わない、とも話していた。結局、ももかから会いたいと言ってきたことはない。
離婚の際、アンナは慰謝料も養育費も生活費も一切いらないことを条件にした。そのため揉めることはなく、1年ほどかかったものの、離婚はシンプルに進んだ。
その後、アンナは基本的にシングルで子育てをしてきたが、足りないときは父に補填してもらうこともあった。転機はももかが17歳のときだ。インターナショナルスクールに通っていた娘は、アメリカの大学に進むことになっていた。アンナは、娘の将来のために、大学の費用を実の父親と半分ずつ出す形にしたいと考えた。「大学のお金は、別れたお父さんが半分出してくれた」と娘が言えるようにしたかった、というのがアンナの説明だ。
十数年会っていなかったが、知り合いを通じて連絡を取り、4年間の学費を折半したいと伝えた。答えは「離婚のとき一切いらないって言ったよね」というもので、あっさり断られた。自分がお金を欲しいのではなく、ももかに関するお金だと説明しても変わらなかった。帰宅してその経緯を話すと、ももかは「ダメだね」という反応で、離婚は正しかったのではないかと言ったという。
聞き手が、辰夫が父親代わり以上の愛情を注いでいたのではないかと言うと、アンナは同意した。父は幼稚園の送り迎えをいつもしてくれ、青山の紀ノ国屋に孫といつもデートのように出かけていた。離婚せずに収まるのが一番良かったとしつつも、離婚したことで父は孫と好きなときに会えた。それはとても幸せそうだった、とアンナは話す。
父・梅宮辰夫の闘病と透析
梅宮辰夫は2019年12月12日に亡くなった。仕事としては、2018年のNHKのドラマが最後だったとアンナは記憶している。2017年に十二指腸を全摘してから体重が急激に落ち、その後は戻らなかった。さらに腎臓にもがんが見つかった。
亡くなる1年ほど前、夫妻は東京の家を売却し、真鶴の家に一本化して、犬と一緒に暮らしていた。そこで腎臓のがんが見つかり、腎臓を摘出した。腎臓は一つ残っていれば生活できるが、辰夫の場合は元気な方の腎臓にがんができ、残った方は生まれつき小さく機能しなかった。そのため透析が必要になった。
透析は月・水・金の朝8時半から小田原の病院で受けていた。準備から帰宅までで5時間ほどかかり、翌日は休むものの、体力も気持ちもくたくたでどこにも行けない。透析で体の水分を抜かれ、カラカラになって疲れ切っていたという。
アンナはこの時期の父について「精神が破壊されるような感じ」だったと語る。いつも怒鳴るようになり、生存確認のために真鶴の家を訪ねても「アンナ来たか」ではなく「何しに来たんだよ」と言われた。元気な人を見ることに腹が立っていたようだという。テレビを見ても文句ばかりで、それまでそんな様子になったことはなかった。あれほど優しかったのに、病気で人はこうなってしまうのかとショックを受けたと話す。
「安楽死したい」という父の言葉と、長生きへの考え
アンナは、この状態の父を「生かされている」と表現していた。生きたいのではなく、生かされてしまっている、と。父は何度か、自分の最後は自分で終わりたい、透析をやめたいと口にした。透析をやめるとだいたい10日で亡くなるという。アンナは「いいよ、パパの好きにしていいよ」と答えた。しかし翌日になると、父はやはり行くと言って透析に向かった。
その時期に選挙があり、アンナが誰に入れるのか尋ねると、父は安楽死制度を作ろうと訴える政治家に入れると答えたという。
アンナは父とよく、あまり長生きはしたくないと話していた。元気でお金がたくさんあれば問題ないが、100歳まで生きても自分の足で好きなところに行けないなら生きている意味がないだろう、と父はいつも言い、アンナもそうだと思った。今は何でもIDとパスワードで、自分でも戸惑うことが多い。20年後、70歳になったときに、今とは違うツールが出てきても20代の人と並んでついていけるなら長生きしてもいい。しかし親を見てきたからこそ、長生きは問題だと考えている、とアンナは話す。父は最後まで施設に入る必要がなかったが、排泄が自分でできなくなることもある。母は現在83歳で、認知症になったら施設に入れるのか、といった現実的なことを考えると「生きるって大変」だという。
父が亡くなったときに感じたこと
亡くなったと聞いたときの感情を尋ねられ、アンナは正直に、まず「これでもう怒鳴られない」と思ったと答えた。82歳で、ここが最期だったのは正しかったと感じたという。父も家族もみんな大変だったので、「良かった」とは思わないが、ほっとした。「もう十分だよね」という気持ちだった。亡くなったのはコロナ禍が始まる直前で、生きていても、病院通いをしていた以上コロナで亡くなっていたのではないかとアンナは考えている。
がん治療を経て出会った夫と「交際0日婚」
聞き手は、昨年の結婚に父の最期が影響したのかと尋ねた。アンナは、父の死についてはすでに気持ちが落ち着いており、むしろ2024年に自分のがんが見つかり、自分の体と向き合った2年間の影響の方が大きいと答えた。父のように最後にがんが腎臓にできて、自分も透析で同じ思いをするのか、あと何年生きるのか、と考えずにはいられなかったという。
治療が終わってほっとしていた頃に、夫となる「よっちゃん」と出会う。アンナによれば、そのときの自分はこれまでにないほど綺麗な状態だった。抗がん剤を一度やると皮膚が脱皮するようにぽろぽろ落ちて再生し、肌がとても綺麗になる。心も同じように生まれ変わった感じだったという。
ただ、アンナ自身には交際するつもりすらなかった。胸がなく、当時は髪の毛もなかったため、「そんなんでどうやって人と付き合うの」と考えていた。もう一生男性と手をつなぐこともない、一人で生きていこうと思っていたという。母をはじめ周囲は再婚を勧めたが、一緒にいてもつまらない人もいる、一人の方がいいのではと返していた。最初の結婚で良い思いをしていないため、結婚に憧れもなかった。
それでも、結婚しませんかと言われたときは、その言葉がとても嬉しかった。相手は結婚したい気持ちを全開にしていて、男性が強く結婚を望むスタンスだったことが、結婚できた一番の理由だとアンナは見ている。結婚は、どれだけ長く付き合っても、してみなければ分からない。結婚してからゼロから始まるのだから、結婚しながら付き合っていくのもいい、とアンナは考えた。こうしたケースは多くないが、それもいいと思ったという。
「結婚してるでしょ」と疑い続けた3日目
経緯には、アンナの人間不信が色濃く出ている。知り合ってから毎日のように連絡を取り合っていたが、3日目に夫からLINEで、今日どうしても言わなければならないことがあると連絡が来た。アンナはその時点で「はい、結婚してるのね」と思ったという。既婚者と付き合ってもうまくいかないから、話を聞いたら断るつもりで会った。すると告げられたのは「結婚を前提に付き合ってください」という言葉だった。
それでもアンナは「そう言ってるけど結婚してるでしょ」と返した。本当に信じられず、自分が結婚するその時まで、相手は既婚者か結婚詐欺師ではないかと疑っていたという。周囲は否定したが、犯罪をしようと思えば婚姻届を出すことくらいできる、というのがアンナの感覚だった。
アンナが一つだけ確認したのは、自分と一緒にいると週刊誌に書かれ、ほぼ筒抜けになるが大丈夫か、ということだった。相手は「じゃあなおさら結婚しよう」と答え、交際が決まった。翌日の食事で改めて、付き合うと写真を撮られたり記事になったりすると伝えると、相手は、結婚すれば変なことは書かれないと言い、結婚することになった。出会いは5月14日。次の大安が5月23日だったため、その日に入籍した。
聞き手が52歳での交際0日婚を「さすが梅宮アンナ」と言うと、周囲からも「アンナっぽいかもね」と言われたと応じた。
「真面目な人が好きなのに、真面目はつまらない」
聞き手に、有名な元交際相手以外にも悪そうな男性と付き合った経験があるのかと問われると、アンナは、交際まではしないが、付き合うかと思ったら悪そうだからやめたことはあると答えた。環境のせいか「三井住友銀行の人」と出会うことはなかったと笑う。真面目な人が好きなのに、真面目な人はつまらない。話して楽しい人や少し影のある人に魅力を感じてしまう。それは矛盾していて、自分で招いていることであり、誰のせいでもないと話す。
父は、娘がまともな人を好きにならないことに困っていたという。アンナは父に、パパもママも普通じゃないのだから、それは無理でしょ、しょうがないでしょと言っていた。
結婚して約1年3か月が経った。結婚しなければよかったと思うことはあるかと問われると、アンナは「あります。お互い」と答えた。大きな喧嘩になり、こんなに喧嘩するなら合わないかもしれない、とお互いに感じることがある。ただ、夫に借金はなく、他に女性がいるわけでもない。夫はとても真面目で、この人と決めたら他の人とはあまり話したくないタイプだという。アンナにとって、女性関係が派手な人は絶対に嫌だった。借金と女癖の悪さのどちらかなら借金がある方がいいと思うほどだったが、夫はどちらでもないと話した。
がんサバイバーとしてのこれから
今後の活動について、アンナはがん経験を伝える仕事を続けたいと語った。自身が受けた標準治療を最高の治療だと考えており、薬が効いて手術もでき、社会復帰できたという。現在は保険会社、病院の医師、抗がん剤を扱う会社などから依頼を受け、全国で登壇する仕事が中心になっている。
アンナのインスタグラムには、がんが見つかった人から毎日のようにダイレクトメッセージが届く。アンナがつけているウィッグが良いので同じ店に行きたい、といった内容だ。アンナは、治療を受けながら生活をより豊かにする方法を伝えていると自分の仕事を説明する。病院の治療だけでは乗り越えられない、というのがアンナの実感だ。医師は抗がん剤で髪が抜けると説明し、終われば生えてくると言う。しかし患者にとっては髪がない日が一日でも嫌なので、それは何の慰めにもならない。それよりも、髪を失う悲しみの中にいる人に、こういう素敵なウィッグがある、自分の名前を出してもいいのでみんなこういうものを使っている、と医師にも広めてほしいとアンナは話す。そうしたサポートの仕事に就けたらいいと考えている。
AIの広がりについても触れた。モデルの仕事は今やAIでできてしまい、人も不要になりつつある。一方で、自分が体験したことを話す仕事はAIにはできないだろうから、この仕事をずっと続けたいという。
目標の一つとして、アンナはTEDのスピーチに出たいと語った。18分間のプレゼンで、テーマは自由、応募や推薦で出られる仕組みだと説明する。現在は全国で、司会者とのやり取りではなく、スライドを使って1時間を一人で話すことが多く、それが良い練習になっているという。将来はそのプレゼンをやりたいと話し、ほかにもいくつも目標がある、と語って締めくくった。
そうそう。なんて言ってもあの恋愛って長くなかったですか?5年でした。5年。21から26だったかな?26で終わりました。
いや、でも僕、取材したことあるんですよ、あの方。そうですか。
横浜鶴見で女性が笑顔になるための安全安心な医療を提供し続ける朝川産婦人科、朝川さんの提供でお送りします。
取材したことあるんですけど、その面でどうかは別として、女性が好きになっちゃうってのは分かりますけどね。これ男性とか女性に限らずですけども、すごく人の話を聞くんですよね。そういうスタンスがあって。だから女性なんかは特にやっぱり話を聞いてもらいたいんでね、女性って。だからそういうとこで単純に嬉しいってなるんですよね。
いや、あとなんか魅力が詰まってる気がしますね。なんていうか。いや、わかんない。わかりましるから色々思うくなるでしょ。そう、そう。でもなんかすごい一生懸命な人でしたよ。
確かにただ遊ぶだけだったら5年も付き合いはしないですもんね。
どうしてもね、その借金というものを一生懸命返して、私も頑張、私も返してあげたいなっていう思いがあって、もうそれこそ本当に保証人とかなったりとか。
そこお父さんの血継いでるんですね。保証人になっちゃうっていうの。
やっぱり優しいんですよね、父はね。困ってる人がいたらやっぱり手を差し伸べちゃうんで。そういう感じでした。私もね。
そういうリなところはちょっと似てるとこあるんですね。アンナさんも。
単純にさ、本当にシンプルな話で、困ってる人がいたら、例えば愛情もそうなんですけど、愛情って、もらってたら、誰かにちゃんと愛情もらっていたらもう持ってるわけだから、愛情というもので、それを人に注いであげることはできるんですけど、愛情もらってないでもし育ったら、あげられないですよね。
お金もそうなんですけど、私はいろんな賛否両論があるかもしれないけど、自分が人を助けられるんだったら、貸すっていうか、もうあげる感覚。で、もちろん、お付き合いの中のことだったので、借用書とかさ、そういうものは存在しないわけ。
で、5年間という時間、いろんなことがあって、最後私が今日別れるのみたいになって、本当のお別れを伝えたんですけど、ただ今日別れるのって突然パッと、なんかね、天から声が、天の声が聞こえるというか、もうアンナさん今日ですよみたいな感じだったんですよね。
それでその前、やっぱちょっともうどうしようかなっていろんなことがやっぱありましたよ。それはもう5年だから色々なことがあったし、もうそれはもう説明したらキリがないんだけど、ただ色々なものを見て経験して感じて、あ、この人といても、例えばその時私21とか25なんで、結婚とかなかったんでね、全然。だから結婚っていう言葉は全く出したことはないけども、その人と結婚しても純粋にいろんなこと思えるのかなって思ったら、そういう風じゃない。もう慣れちゃって慣れちゃって、もうこれ以上私のやることはないなっていうところで終わりにしたんですよね。
あの2人で写真集出す時ってのはもう1番恋愛的に盛り上がってる時だ。
私はね、色々言われたんですけど、借金を返すために脱いだのかみたいなことを言われたんだけど、全然そんなことなくて。ただ単に私、篠山さんに写真撮ってもらいたかっただけなのね。普通にほら付き合って普通に写真撮るじゃない。それのちょっと豪華版みたいな。
豪華版。豪華版に、向こうはね、相手の人はやっぱあったと思いますよ。あ、なるほどな。返したい。その計算があったと思うんですけど、ただ私が全部最初から、私が篠山さんとちょっと知り合いだったのもあって、私から始めたことなんで。
ああ、そっか。向こうは別にラッキーぐらいは思ってるかもしんないけど、別にじゃあアンナさんをそれに利用して借金でとかって向こうが計画したことじゃないと思う。自分が考えたことだったし、もらったらもうお腹いっぱいなわけ私は。はい。終わりみたいな。
でもすごいすよ。だからお2人のことって梅宮辰夫さんの名言とかも有名じゃないですか?稀代の悪かっていうみたいな。
ね。だから私はあれだなと思いますけど、人間って何やってもほら生理的に嫌いなものは嫌いじゃないですか?だからそこには色々理由もあったけど、ただ本当に生理的に好きじゃなかったんですよ。
それで言うと、その1回目の結婚っていうのは、結婚願望ないみたいな気持ちでほらもうやっぱすごい疲れきっちゃって、もう疲れてた。もう体に針を刺してもわかんないぐらいの感じだったんですよ。25歳、私26歳の時。それでやっぱり、じゃあ次に出会う人はこういう人がいいよねって、まず借金がないこと、あんま喋んない人みたいなね。全く真逆の感じの人に出会って、それでちょうどお別れをした報道が出た後にものすごい仕事がいっぱい決まっちゃったのね。
それでなんか疲れちゃって、今度また仕事のしすぎで。で、それで結局ちょっと休みたいなって思った時に男性と出会って、すぐに付き合いが始まって、それで結婚したんですけど、やっぱりその普通に女性が男性と出会って結婚する時に、どういう人がいいかっていうのは、ちょっと私の場合一般的じゃないんだと思うんですね。稼ぎがいいからとか、そういうの興味ないんです。だからどっかの社長さんとか興味なくて。
じゃ、そん時で言うと、どういうとこが1番ドンピシャにはまって。
いや、これって別に顔でもないし、なんとなくフィーリングですよね。その喋んない感じが当時は良かったんですよね。
そうか。前の人のようなちょっと軽快なトークだったり派手な雰囲気もないし。
なんかこうすごいヒルヒルとこう調子いいことを言うのはやっぱり敬遠しちゃいますよね。やっぱりね。
いや、本当に、僕取材した時に思ったのが、単純に天才なのかっていうぐらい言葉が滑らかに。
そうですね。多分それを持って生まれた天性だから、表情とついてくるじゃない。だから本当に言葉がシュルシュルと色々出てくるんだけど、私はもうそういうのはいいなと思って。
すごく穏やかな人と結婚したんですね。大人しい。大人しかったですね。
それでも何があって、すぐ。で、今度は大人しい人を選ぶとですね、本当に今度何も主張がないから、え、怒ってんの?嬉しいの?美味しいの?臭いの?どうなの?いい匂いなの?わかんなかった。
そうか。ちょっと物でるみたいになっちゃうんですか?
なっちゃった。だから本当に考えてね、結婚してなかったわけ。何かに疲れてて仕事休みたいとかで、子供をちょっとみたいな年齢にも差しかかってたし。ちょっとここでは、この人でいいのかなっていう。人間ってさ、やっぱり貧すれば鈍するんです。だからそういうところを私はちょっと学んだんです。だから本当にあの後毎回聞くんです。借金ありますかって。
そう、そう。大体会う人、会う人に借金ありますか?って。人のことが信じられなくなって、普通にまともな人も絶対なんか裏があるとかって思うようになったのは事実です。それで苦しかったのも事実だし、例えば結婚してますかって言ったら結婚してないよって言うじゃない。それも信じられない感じになってて。じゃあ戸籍謄本持ってきてくださいって。
戸籍見せてくださいっていうこともあったんですか。そう。それぐらい警戒しちゃった方が。すっごい、もう本当にそれは今でもあります。
今でもあったんですけど、今回自分がほら結婚したじゃないですか。離婚から25年後なんですけど、でもそろそろそういうことも、ちゃんと信じようかなって。病気をしたのもあったから、ちょっとそろそろ人を信じてみようかなと思って。それで結婚したんですよ。
へえ。いい話です。20代でさっきの警戒みたいなのを、ある意味持てて良かったですよね。
いや、だから本当にふわふわとただ相手をポジティブにいい風にいい風に考えると、もう危険しかなくて。本当に悪い人っていっぱいいるんですよ、世の中。本当に普通に人を騙す人っています。だからふわふわしてたらダメだ。
じゃあ、怒涛の恋愛からの結婚、離婚っていうのはだいぶ自分を強くしてくれたと思うんですか?
いや、毎回毎回こう恋愛に破れるたびに、もう地球の外に弾き飛ばされる勢いで、泣くことも、必ず泣きます。私はね。私はお別れする時もすごい泣くんだけど、あんなに泣いてたのにねっていうことがいっぱいですよね。あん時はすごい泣いてたんだけど、今、え、なんであの人のために泣いてたんだろうって今は思ってるから。でもそん時はやっぱり大変ですよね。何でも。
結構恋愛大切なんですか?そういうこと。
なんかね、人のことを好きになってる自分が好きです。好きになられるのももちろん嫌じゃないけど、好きになると、自分がこうワクワクが、どっちかっていうと自分の方が、なんていうの、好きになってる自分が大好きなんですよ。
ああ、それはじゃあ好きな男性を追いかけてるみたいな時があると。
そういう時に追いかけてる自分の方がその男性より好きっていう気持ちなんです。
あ、なんか私を捨てないでみたいな。
私を捨てないで、気持ちがなんか私を捨てないで。別に他に男の人はいっぱいいるみたいな風に思ってないですよね。全然。
私を捨てないでって気持ちになってる時は自分がちょっと好きなんですか?
そっちの方がいいや、今でもです。今でもあります。喧嘩してさ、私も結構わーって言っちゃうんですよ。わーって言っちゃったにもかかわらず、向こうに今度言い返されたりすると泣いて、自分が言わなきゃこんなことになんなかったのになって思うことはいっぱいあります。
それってどっちに似てるんですか?お父さんとか?いや、両方似てないです。両方似てない。両方似てないです。両方違います。あ、独特のもの。
そう。うちの両親は本当にベストカップルなんですよ。こんなにぴったりな人たちいないよねっていうぐらいぴったりだったと思います。どっちかって言うとパパがママを大好きな、そういう男性が女性を好きな度合が多い方がうまくいくし、女の方がその度合が大きいとちょっと悲しい、結構地獄を見るというか。絶対男の人の方が多い方がいいと私は思います。
尽くして愛するっていうところを見ちゃったんですね、お父さんに。
そうなのかな。わかんないけど。でももちろん一方的はダメですよ。成り立たないから。
だって本とかで、お父さんが基本的に家事とか、アンナさんのおむつ替えたりとか。そうです。育児とか家事とか全部やってたとかじゃないですか。そうです。わかんないんですけど、あの世代のああいう俳優さんって亭主関白みたいなものを理想としそうじゃないですか?
うち、父も母も再婚なんでね。再婚同士なんで。父、その今まで自分が付き合った女性、結婚した女性も含めてですけど、普通の素人さんがいなくて、例えば夜のお仕事をしてる人だったり、女優さんだったり、ほとんどがやっぱり私が1番、私が1番っていう女の人と付き合ってきたんですって。で、うちの母に出会った時に、私が1番っていう風にしなかったんですって。やっぱ私が1番、私が1番っていう人はもう本当キラキラしてて綺麗でっていう、やっぱそれうまくいかなくて。
で、母に会って、ちょうどうちの梅宮っていうのは梅宮医院っていうね、おじいちゃんはお医者さんなんで、梅宮医院を継がなきゃいけない人だったんです。うちの父って長男だったし。でもやっぱり勉強も嫌で、お医者さんなんか嫌で、俳優になりたいって言って俳優の道に行ったうちの父なんですけど、やっぱりお見合いをおばあちゃんがたくさん持ってきて、どこどこの病院の娘さんみたいな人と結婚させたくて。いっぱいいっぱい断ったんですって、お見合いを。でもちょうど母と付き合ってる頃で、これは逃げれないっていうお見合いがあったんですよ。そん時に母にごめんって。どうしても今回ばかりはもう断れなくってごめんなって言ったら、母が、2号さんでもいいから私を忘れないでって言ったんですって。
そしたら、あ、2号さんでもいいからって。昔の表現ですけど、なんかそこが心に刺さったらしいんですよね。それを私が、ある程度大人になった時にそういう話を父からされて、ママとのその結婚する時の話を聞かされたんで、私が今度母に言いに行ったんですよ。ねえねえって、2号さんでもいいから私を忘れないでって言ったのすごくないって。私も多分言えないなって言ったら、母が、え、2号さんのが楽じゃないって言ったの。そこか。
すごい考え方す。なるほど。そう。パパはそれをそういう考えで言われてると思ってなくて。それで、え、だって2号さんのが楽じゃないと。すごいっす。そのすごい食い違いがあるんですよ。面白い。で、まあね、後にそれは全部カミングアウトして笑い話になってますけど、でもまあそういうちょっとエピソードがあって。
私が1番、私が1番って、で結婚する時もやっぱり、私が1番、私が1番っていう人といるとね、どっちかって言うとやっぱり不機嫌だったりとか笑ってなかったりっていうのが多分多かったんだと思うんですよね。だから母にはもう何にもやんなくていいと。もう食事も掃除も何もやんなくていい。ただ笑っててくれっていうのは、すごくなるほどなと思った。
すご。だって多分世の中の男性ほとんどそれ望んでると思うんですよね。女性に笑っててって。ニコニコ笑っててっていうのは多分男性が1番望むことだと思うんですよ。え、なんで急に機嫌悪いのとか。嫌ですよね。ね、女の人ってほら、察してくれないと不機嫌になっちゃうから。私もどっちかっていうとそういう人なんですけど。でもやっぱり男の人ってほら察することができないから、鈍感だしさ。そういうので、なるほどなって。私も結婚して、笑ってなきゃいけないなあって、でも笑えないなって思うことはいっぱいあります。
さっき言った竜巻みたいな恋愛の後に、穏やかな人と結婚したと思ったらすぐ離婚しちゃってみたいな、とんでもない展開じゃないですか?はい。あ、そうです。それってお父さんとかめっちゃ怒ったんじゃないですか。
なんか全てはもちろん理由があってのことなんですけど、先ほどの、自分が振り返るとですけど、好きっていう、なんて言うのかな、的な何かにかかってたのかなっていう風にすごい思ってて。本当にじゃあ結婚とはとか、人と一緒にいて安心かとか、そういうことどうでも良かったんですよね、私は。普通女の人はそういうとこ考えて結婚するんだけど、私は自分が仕事してたし、誰かに食べさせてもらおうっていうものが元々ないから、そこは男の人が今度劣等感に変わっていくんですよ。
ああ、なるほど。男の人ってさ、やっぱり自分よりもこうなんか長けてるとさ、面白くないんだよね。そうだね。一般男性と同じ。そう、そう、そう。
一般の、別に芸能人でも何でもなかったんで、普通の人なんですけど結婚しまして、で、そうするとやっぱりほら梅宮アンナっていう名前が先に立っちゃうし、当時結婚してた時に言われたんだけども、お前ねって、俺とパパどっちが大事なのって言われたんですよ、ある日。
へえ。そこを言わせて、死ぬほど多分追い込んじゃったと思うんだけど、どっちが大事なのって言うから、忘れもしませんよ、本当に。表参道の交差点で言われて、どっちが大事かって。分かった。じゃあはっきり言うね。あなたの代わりはいくらでもいるけど、パパの代わりはいないって。
はあ、きつい言葉ですね。はい。
それで離婚確定みたいになって。やっぱり私はその父親をね、憧れの人でも正直なくて、どっちかって言うと、もうA型だし、大型だし、結構細かいからやだなって思ってても、結局はパパの大きな大きな愛情の中で育ってるから、やっぱどうしても出ちゃうんです。言ってなかったと思うんですよ、自分では。パパはこういう時、パパはこうしないとか、絶対言っちゃいけないNGワードがあるのは分かってるんだけど、でもやっぱり言ってたんでしょうね、態度とか。で、そうするとどんどんどんどん劣等感になっちゃって、それが焼きもちっていうか色々な風になってたのが1番原因でお別れしました。
まずやっぱりその、それって実は妊娠期間中に起きてたことで、10ヶ月間お腹大きいですよね。そのお腹が大きい中にそういう言い争いというかがあって、それで俺と父さんどっちが大事なんだみたいなことを言われて、いや、お父さんですみたいになって。それで、それはもう本当に本当にごめんなさいだけども、現実そうだったんで別れることになってっちゃったけども、1番その、はい、今日別れだって言ったのはもう、うちの娘を産んだその日です。
ああ。あ、別れよと。普通は子供できてさあ、これから家族で頑張ってこうなはずなのに、産んだ瞬間に、あ、この人じゃない、別れなきゃって思って。でも百々果が1歳の時に離婚が成立したんですけど。
え、娘さんとその娘さんのお父さんは。1回も会ったことないです。1回も会ったことないです。1回も会ったことがないです。赤ちゃんの時におむつとか替えた時期はあったけども、でもまあ1歳の時に離婚が成立したので、百々果は1度も会ったことがなくて。もちろん言ってくるだろうなって、小学校、中学校の頃とか、パパはって言われるだろうなと思ったんだけど、今の子供ってもうウィキペディアとか見ちゃうから。私もはっきりちゃんと百々果に、娘に言ってたのね。本当合わなくて別れちゃってるから。だからもし今後会いたかったりしたら言ってきていいけど、私は会わないよって。仲が悪いから別れたんだよっていう風に、はっきりと言葉にして言ってたので、ごまかさないでね、やってきたのね。でも結局百々果は言ってこなかったですね。
で、今も会ってないですか?会ってないです。会ったことなくて。30近くになった時に、百々果さんが会いたいってなったら会える状態あるんですか?
ああ、でも1回だけ、その百々果が17歳の時だったんですけど、ずっとインター入れてたんで、すごいお金がかかるわけ、インターって。すごいお金かかるんですね。で、私はやっぱりシングルでずっとやってきたけども、もちろんちょっと足りないなっていう時はちょっと父親に補填してもらったりとかして、協力しながらやってきたんですよ、ずっと。で、17歳の時に百々果が大学アメリカに、そのインターだから自動的に皆さんアメリカだから海外行くんで、そん時にちょっと考えたんです。私離婚する時に慰謝料を1銭も1円ももらってなくて、もういりませんって言った離婚だったんで、すごい離婚はシンプルで早かったんですね。養育費もいりません。何もいりませんっていう、生活費も一切いらないっていうのが条件で離婚してくださいっていう風に私が言ったので、それでも1年ぐらいかかりましたけど、全然揉めずに離婚ができてるのね。で、その離婚した時に一切今後一生お金はいりませんと言って離婚をしてるんだけども、人生っていうか変わってくじゃないですか、状況も色々と。
ちょうど百々果が17歳ぐらいの時に、私考えて、これはちょっと百々果のためを思っても、本当のお父さんのところに行って、大学のお金を私半分、お父さん半分で出す方が、ゆくゆく将来的に百々果がですよ、あ、私大学のお金はね、別れちゃったお父さんが半分出してくれたんだよっていうようなお話に持っていきたかったんですよ、私は。百々果のためにね。それ言いに行った。
もう10何年も会ってないけど、連絡は、知り合いは知り合いだから、連絡して呼んでその話をしたら、今後4年間ずっと折半でやっていきたいんですけどって言ったら、あっさりと、離婚の時一切いらないって言ったよねって。断られちゃったわけ。で、別に私がお金欲しいって言ってるんじゃなくって、百々果のこと。百々果に関するお金なんだけどって言ったら、完全に断られまして。で、それでその話でお父さんに会うっていうのも言ってたから、帰ってきて、どうだった、どうだったって言うから、いや、なんかあっさりと、え、だって離婚する時にいらないって言ったじゃんって言われたっていうことも言ったね、百々果に。そしたら、ダメだねっていう感じで。離婚するのは正しかったんじゃないのっていう風に言われて。
はあ。辰夫さんがお父さん代わり以上の愛情注いでそうですもんね。わかんないけど。
ね。だから本当に離婚してからは、うちの父が本当に娘みたいにね、ずっと幼稚園なんかも本当にいつも送り迎えしてくれてたし、いっつも青山の紀ノ国屋スーパー一緒にいっつもデートしてたし。本当にね、離婚をしないでそのままちゃんと収まれば1番良かったんですけど、でも離婚したことによって、うちの父が孫を好きなように、好きな時間に会えて。それはすごい幸せそうでしたよ。
で、その辰夫さんの最後の方って、テレビっていつぐらいから出なくなったんですか?活躍してたから、すごいいた気がするんですよ。
2019年の12月12日に亡くなったんですね。で、その1年ぐらい前に、2018年に最後NHKの確かドラマに出てます。それが最後だったかな、お仕事としては。もうね、2017年に十二指腸を全摘してからはもうすごい勢いで体重が落ちてっちゃって、もう太んなくなっちゃったのね。で、それからですよね、あっちこっち、ちょっと下というか。で、十二指腸を取ったら今度腎臓にも癌が見つかったり、あっちこっち色々手術しちゃったんですけどね。
また本の話になると、安楽死を支持する政治家をしたいみたいなこと。
そうですね。当時、2019年ですけども、その1年ほど前に真鶴のうちを売却して、その前に2018年ぐらいかな、ショ頭のうちを売却したんですけど、で、1本にして真鶴に母と父はワンちゃんを連れて、そこから生活してたんですけど、速攻で結局腎臓に癌ができて、腎臓を取りました。腎臓って2つあるから、1個なくてももう1個の腎臓が機能してれば生きていけるんですね。ただうちはですね、元気な方の腎臓に癌ができて、元々生まれつき小さかったみたいなんですよ、腎臓が。で、こっちが機能しなかった。残念ながら。で、透析になっちゃったんですよ。
だから透析によって体がどんどんどんどんやっぱり衰弱してたし、精神が破壊されるような感じだったんですよ、最後。いつも怒鳴ってたし、私が生存確認のために真鶴のおうちに行っても、何しに来たんだよとかね。お、アンナ来たかじゃなくて、何しに来たんだよみたいな。もう元気な人を見るのがすごく頭に来ちゃってたみたいで。今までそんなモードになったことは。ない、ない、ない、ない。もうすごいいつも優しい父親だったんだけど、やっぱり病気でこう変わってしまいますよね。
病気自体は、結構何年も何回もがんやって、やっぱ最後透析が。そう、それがやっぱ透析が1番身動き取れないわけだから。月曜、水曜、金曜で朝8時半に小田原の病院で透析を受けてたんだけど、大体なんだかんだ行って5時間ぐらい取られちゃうから、行って帰ってきて、朝起きて用意して、帰ってきたら5時間ぐらいかかるって。で、次の日休むんだけど、もうクタクタでどこにも行けないんだよね。気持ちも体力も。透析って体の水分を持ってくから、もうカラッカラになっちゃうし、本当に疲れきっちゃったんですよね。透析で。
その頃もちょっと穏やかな感じがない。テレビ見てても文句しか言わないし、もう何でもかんでももう文句になってたよね、最後。でもすごいショックで、あんなに優しかったのに病気でこうなっちゃうんだ、人間って思った。だから私は、父がその中で生かされてるっていう言葉を使ってたんですけど、これ生かされてるよね。生きたいんじゃないんだよ。生かされちゃってるよねって言って。もう自分の最後は自分で終わりたいって何回か言われたんだけども。透析やめたいって。で、透析やめると人間は大体10日で亡くなっちゃうんですよ。もうやりたくないんだけど。私はいいよって言ったの。パパの好きにしていいよって。そうすると次の日になるとやっぱり行くわってなるんだけど。で、そん中に選挙があって、パパ誰に入れんのって言って、安楽死制度を作ろうっていう政治家がいて、その人に俺は入れるんだって言ってました。
だから私はよくこれ父と一緒に言ってたことだけど、あまり長生きをしたくないって。元気でいっぱいお金があったら問題ないけど、そういう中で何歳まで、100歳まで生きるのはいいけど、でも体が自分の足で好きなとこに行けないんだったら生きていても意味がないだろうアンナってよく言われて、私もそれはそうだよねって。だから私も考えちゃうわけ。自分の何歳ぐらいがいいかなって。やっぱ今何でもかんでもIDパスワードじゃないですか。私でも結構戸惑うこといっぱいあって、で、じゃあこれ20年後自分が70歳になった時についていけないよなと思ってる。世の中の。そん時に今のようなツールじゃなくてもっともっと違うものができてたとしても、今だってタクシーだってスマートフォンじゃないですか。で、そういうのもちゃんと74歳の時にちゃんと世の中と、20歳の子と一緒に並んでついていけるんだったら長生きしてもいいけど、親を見てたからこそだけど、あんまり長生きも問題だよねとは思ってます、私は。だって現実大変ですもん。本当うちの父はね、最後ホームとかに入らなかったし、入る必要がなかったので入らなかったけど、いや、本当にちゃんとおしりができないこともあるじゃないですか。うちの母今83歳なんですけど、どうしようボケちゃったらとかね、ホームとか入れんのかなとかって、そういう現実的なことを思うとやっぱり大変ですよ。生きるって。
実際さ、亡くなられた時ってどういう感情なんですか?うーん。いや、あ、私がですか?
亡くなったって聞いた時に、あ、これでもう怒鳴られないなと思った。正直。1番私も思ったのは、これで良かったなって思った。父が82歳で、ここが最後に亡くなったのは、これが正しいんだなと私は思ったんですよ。パパも大変だった。家族も大変だった。みんな大変だったから、正直やっぱりほっとする。良かったとは思わないんだけど、でもほっとしたんですよ、これは。やっぱりすごい大変だったからね。本当にもう十分だよねってパパも。で、ちょうどコロナが始まる直前に亡くなってるから、多分生きてても多分コロナで亡くなっちゃったんじゃないかなと思って。病院通いをしてるわけだから。
去年の結婚は、お父さんの最期みたいなのを見たこととか影響してたりするんですか?
うーん。正直もうお父さんの死からはもう全然落ち着いたところにいて、自分のが2024年に発見されて、その自分の本当に自分の体と向き合った2年間だったんで、そっちの方が強くて。あと何年生きるんだろう私って。パパみたいに最後で癌が腎臓にできて腎臓取んなきゃいけなくって、私も透析でそういう思いすんのかなとか、やっぱ色々考えちゃうわけで。その時に、治療が終わってほっとしていたところに、結婚したよっちゃんと会うんですけど、そん時に今まで見ないぐらい自分がこう綺麗な状態になってたんですよ。心もね、全部、体も。1回抗がん剤やるとね、皮膚が全部生まれ変わるんですよ。
へえ。全部再生されるのね。だから肌すごい綺麗になるんですけど。そう、そういうことがあるんです。もうなんかこう皮がポロポロ落ちて脱皮するみたいな感じなんですよ。で、多分心もそういう感じになっていて、で、会った時に、相手はすごい結婚したいモード全開だったんだよね。男性がやっぱり結婚したいって思わなかったら多分結婚ですけど、男性がすごい結婚したいぞっていうスタンスの人だと、それが1番大きかったかな。結婚できた理由っていうのが。
じゃあ、アンナさんは結婚するんじゃなくて、別に付き合うぐらいでもいいかなって感じだったんですか?
何も思わなかった。付き合うなんておこがましいと思ったの。なぜならばもう胸がないから。髪の毛も当時なくて、そんなんでどうやって人と付き合うのっていう。もう一生私は男性と手をつなぐこともないんだなって思ってたから、これでもう私は終わりみたいな。1人で生きていこうって。異性がいなくったって、ずっと異性がいなくて生きてきてるから、このままずっと1人で生きていくんだなって。でも周りはさ、みんな言うの。母を筆頭に、結婚しなさいよ、再婚しなさいよって。絶対それがいいからって。1人なんてつまんないでしょって言うけど、いやいやいや、一緒にいてもつまんないなって思う人いるんだよ、ママって言って。だって1人のがいいんじゃないっていう風に、私そういう風に思ってきたから。だから1回自分が結婚して、結婚って大変っていうか、結婚はあんまいい思いしてないからさ。だからあんまり結婚に憧れなかったし。だから結婚しませんかって言ってくれた時に、嬉しいんだなその言葉と思って。すごい嬉しかったんですよ。
はあ。え、だって会って3日目ですよみたいな。あ、そうでも。そうです。そうです。付き合ってない状態で、交際ゼロ日的なことです。そうです。そうです。へえ。
そうです。それで結婚だから、結婚って言葉が出てるから、あ、これはなんかありがたいなと思って。で、断る理由がなかったんですよね。いいんですか私でみたいな。いや、あなたがいいんですみたいな。
もうそこから知ってくみたいな感じじゃないですか。そうです。そっから知ってくんですよ。そういうのもいいかなと思って、人生で。あんまりね、こういうケースって決して多くはないからいいかなと思って。で、結婚って私が思うには、結婚しないとわかんない。どんなに長く付き合っても、結婚してから始まる。そっからゼロから始まるから。だから私は、結婚しながら付き合っていくのって、それでもいいかなと思って。それでOKして、じゃあいつ結婚しようってなって、大安は次いつなんだと思ったら5月23日だったんで。だから5月14日に初めましてしてるんですよ。で、次の大安日が5月23日だったんで、5月23日にじゃあもう入れましょうかってなって。そういう感じです。
ああ、で、今1年ぐらい経って。1年、あれ、5、6、7、8で3ヶ月、1年3ヶ月が経ちましたね。すご。はい。52歳で交際0日婚することがあるんだったら、すごい、さすが梅宮アンナだなって。いや、なんか言われたんですよ。あ、アンナっぽいかもねって言われて。
その結局3日目、知り合って3日目で、こういうお話があったんですけど、まず連絡が来てね、毎日のように連絡を取り合うんだけども、よっちゃんとですけど、今日どうしても言わなきゃいけないことがあると最初言われて。3日目にどうしてもこれを言わないとダメなんだっていう連絡がLINEで来て、もうそん時思いましたよね。あ、はい。結婚してんのねって。あ、ああ、なるほど。本当は。はい。この人なしだって。もう絶対結婚してる人と付き合ったってうまくいかないから。だから、はい、分かりましたって言って。なんだろう、それ言われるんだろうなと思って会ったら、結婚前提に付き合ってくださいって言われたんですよ。
え、それ言わなきゃいけないって言ったら、はいって言われて、でもさ、そう言ってるけど結婚してるでしょって言ったの、私。もう信じられないわけ。本当に。数々の経験が。もう本当に信じられなくて、もう最後の最後まで、自分が結婚する時も結婚してると思ってた。結婚詐欺師みたいな。アーディクター剣。結婚詐欺師だ。絶対結婚詐欺師だぐらい思ってたから。いやあ。そう。周りはもうそんなことないって言ってくれるんだけど。え、だってさ、犯罪しようと思って、結婚してても結婚しちゃう人っているじゃん。確かに。ね。なんか婚姻届持ってきてさ、いくらでもできるもん。
アンナさんは1番有名な人以外にも、そういうちょっと悪っぽい人とお付き合いした経験って結構あるんですか?
いや、別に付き合いまではないけど、付き合うかなって思ったら結構悪そうだからやめたりとか。やめたり。でもなんか環境なんでしょうかね。三井住友銀行の人と会うことはなかった。あ、そういう。なんかちゃんとこう、これ多分女の人も男の人も言えると思うけど、真面目な人ってつまんないじゃないですか。これすごい矛盾するんだけど、真面目な人が好きなんだけど真面目はつまんないんですよね。どっちかって言うと話してて楽しいとか、ちょっと影があったりとかすると、少しそこに魅力を感じたりとかしちゃって。だから自分で招いてますよね、そうやって。あ、確かに。だから別に誰のせいでもないから。だからそこはうちの父がやっぱり困ってたとこではありますよね。自分の娘がそういうまともな人を好きにならないというか。それなんか言ってましたよ。でも、しょうがないよね。だってうち自体もパパもママも普通じゃないんだから。ああ、確かに。そもそもね。そもそも普通じゃないですよ。パパもね。しょうがないでしょって。それはいつもパパに言ってたの。それはパパ無理でしょって。自分だってそうじゃんって。
だからもうしょうがないっていうのはね、そういうのよく話してましたけどね。でもそうやってよっちゃんが結婚しようってなった時に、あ、じゃあ分かりましたみたいな。
で、私がただ1つ言ったのが、本当に大丈夫ですかって。私と一緒にいると、色々書かれたりとか、ほぼほぼスケルトンになっちゃうんだけど、それ大丈夫ですかって言ったら、じゃあなおさら結婚しようって言われて。結婚前提に付き合ってくださいって言われて、あ、はいって言って、やった、やったって言って喜んでて、で、次の日ですよね。今日ちょっとのテーマですけど、ご飯食べながらね、昨日付き合おうってなってますよね、ただ付き合うと色々写真撮られたり記事になったりするから大丈夫ですかって私が聞いたら、なるほど、じゃあ結婚したら変なこと書かれないね。え、まあそうですね。じゃあ結婚しようってなった。
はあ。じゃ、今のとこ、この1年で、あ、やっぱ結婚しなきゃよかったっていうことは起きてないですか?あります。あ、あります。あ、あります。お互い、お互い。あ、それ、その喧嘩ぐらい。そう、喧嘩で。喧嘩でっていうか、こんなに喧嘩しちゃったらちょっと合わないかもねみたいな感じで、お互いその中でありますよ。喧嘩。大きい喧嘩になっちゃって。
ああ。で、別に借金はないし。あ、それはないんです。で、よっちゃんはすごい真面目なんです。別に他に女性がいるとかもしない。なんかないんです。本当にそういう浮気とかさ。わかんないよ。それはわかんないけど、病的な人いるじゃないですか。あ、そういうんじゃないから。ああ。基本決めたら、この人以外とあんま喋るの好きじゃないみたいです。そうです。そうなんです。だからそこが良かったなと思って。やっぱりなんか女好きって辛いからさ。ああ、そう。私はやっぱり男性を選ぶ時に、こういう人がいいっていうのは、やっぱり女性関係が派手な人はもう絶対嫌だったから。借金と女癖悪いのどっちっつったら、借金ある人でいいですってなっちゃうぐらいやだ。私はそっちの方が。でも両方やだけどね。そうすね。両方すごい。やですけど。でもやっぱり、よっちゃんは真面目でした。そう。どっちも、借金もしてないし、女癖も悪くないし。
今で言うと、今後どんな風に活動していきたいとかってあるんですか?え、私がってことですか?
私が、この自分が病気になって、癌っていうものを色々知ることができて、最前線の治療がどういうものなのか、この標準治療で、私は自分がやったこの標準治療が最高の治療だと思っていて、おかげ様で薬も効いて手術もできて、で、このように、ちゃんと社会復
もちゃんと今できていて、本当に総合的に色々と、今も登壇をね、全国で保険会社さんとか病院の先生とか抗がん剤の会社とか、そういうお仕事を今主にやってるんですよ。そのお仕事をずっとやっていきたいです。
の人たちを、サバイバーの人たちを支えたり、その人たちに光を与えたり、こういう生き方があるんだよって。例えばウィッグ1つにしてもそうなんですけど、毎日のように私のインスタとかに連絡が来るんですね、ダイレクトで。がんが見つかりました、アンナさんのそのつけてるウィッグがすごくいいので、是非アンナさんの行ったとこに行こうと思いますとか。そういう風に私は、治療をしながら生活がより豊かになるような方法を教えている状態なんですよ、今ね。
やっぱりお医者さんの治療、病院が出す治療だけでも乗り越えていけないのね。例えばお医者さんの説明っていうのは、抗がん剤をやります、抗がん剤は体中の体毛がなくなります。で、みんな悲しむ。そこで、これは今私が思うんですけど、お医者さんに必要なことっていうのは、抗がん剤が終わったら髪の毛生えてくるからっていう説明は、何の嬉しくも何ともないのね。だって1日足りとも嫌なんですもん、髪の毛ないの。
そうじゃなくて、髪の毛がなくなっちゃってる悲しみに暮れてる人に、こういう素敵なウィッグをね、例えば私の名前を出してもらっていいんだけど、みなさんもこういうウィッグをやってますよっていうのを、お医者さんも広めてほしいと思って。そういう言い方でね。抗がん剤終わったら生えてきます、じゃなくて。そういう、私はちょっとサポートをしていくお仕事につけたらいいなっていう風に思ってます。
そう、経験値しかできないですよね。もう自分のこの経験を話していくのが仕事なので。
この間も自分で思ったんですけど、やっぱり今まであった仕事がどんどんAIでなくなっていくじゃないですか。モデルさんもね、正直もう今AIでできちゃうし、モデルさんいらなくなってるじゃないですか。本当にそういう意味では、じゃあ私の仕事はこれからAIができていくかって言ったら、この経験は多分AIにはできなくて、体験したことを話すわけだから。だからずっとこの仕事やっていきたいなと思ってます。
あとやっぱりTEDスピーチに出たいね。
へえ。あの、プレゼンするやつ。
プレゼン、18分間で。
あれって別に何でもいいんでしたっけ?トークテーマって。
いいんです、何でもいいんです。自分で応募したり推薦とかがあったりするんですけど、自分は今色々全国で、1時間全部自分でフルで話すんですね、1人で。スライドやってるんで、それも練習としてすごくいいトレーニングになってるし、司会者がいてのやり取りじゃなくて、ソロで全部喋ってるのが多いんですね。だから、そういうのも将来、プレゼンやりたいなと思って。いっぱい目標あって。
ありがとうございます。
ありがとうございました。すいません。今日もあっちからサウってしま、取らなくてオッケーです。
良かったです。いや、皆様ありがとうございました。
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誰が君を殺した?分かり合えない世界はする。
嘘どして
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