インクス元CTO・安部新一が語る無給電センサー構想と、技術で勝ってビジネスで負ける日本の製造業

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概要

ものづくり太郎チャンネルのこの回では、電源を供給しなくても温度や振動を取得できるセンサーが紹介される。対談相手は、伝説の金型メーカーと呼ばれたインクスでCTOを務めた安部新一氏である。ものづくり太郎は、この仕組みが日本初どころか世界にも例のないソリューションだと強調し、工作機械、プラントの配管、モーターなどからのデータ取得を「全て給電なしで」行えると紹介する。

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対談は、安部氏がインクス時代に何を作ってきたかという話から始まる。そこから、日本が金型技術で世界の先端にいながら価値を守れなかったこと、IoTやソフトウェアで世界の標準を取るにはどう動くべきかという議論に移り、最後に無給電センサーの構想にたどり着く。ものづくり太郎は全体を通して、日本企業は技術を持っているのに商売のやり方で負けているという問題意識を繰り返し示している。

インクスという会社と「2週間の金型」

ものづくり太郎の紹介によれば、インクスは日本の金型黄金時代を支えた会社である。いわゆるガラケーの金型の半分はインクスで作られていた、トヨタの工場やフォックスコンの金型もインクスの技術で作られている、と彼は述べる。オフィスは新宿の高層ビルを経て東京駅前の新丸ビルに移り、3フロアほどを借りていたと安部氏は振り返る。当時は東京駅地下の広告がすべてインクスの広告だったという。ものづくり太郎は、金型メーカーが丸の内に3フロアも借りるのは考えられないことだと驚いている。

インクスの特徴は圧倒的な短納期にあった。大手メーカーやトヨタグループが6カ月かけていた金型を、2週間ほどで作ったとものづくり太郎は話す。ガラケーの金型を全自動で24時間作り続け、安部氏によればロボットも自分たちで作り、市販の産業用ロボットは使っていなかった。工作機械も数十種類を自ら設計したという。

1992年の2万回転から18万回転スピンドルへ

安部氏が高速加工に取り組み始めたのは1992年である。当時は主軸を1000〜2000回転で回して削るのが普通だった。そこに2万回転で削ると言い出したところ、「バカじゃないの」と言われたと安部氏は振り返る。

安部氏はインクスに入る前、金型の研究をしており、3次元CADで金型を設計する世界初のプロジェクトを任されていた。その仕事を手伝ったのがインクスで、実力を見込まれていつの間にかインクスで働くことになったという。前職での開発では、同じ人員で出力を3倍、コストを3分の1にしたと話し、ものづくり太郎はこれを「9倍の能率」と言い換えている。

インクスでは、従来と同じやり方を教えてほしいと求められた。しかし安部氏は、それではつまらない、もっと速いやり方があるので研究させてほしいと申し出た。国の研究費に応募して採択され、5億円ほどを得て新しい研究に取り組んだ。回転数は2万回転から徐々に上がり、最終的には18万回転に達した。安部氏は18万回転のスピンドルを自ら設計し、メーカーに直接交渉して製作してもらった。細かい加工をするには高速化が避けられない一方、荒い部分は低速で削ればよいので、幅広い回転域の機械が必要だったと説明している。

最も難しかったのは工具だった。細くて長い専用工具が必要になり、安部氏が設計した図面をもとに日進工具が半年ほどかけて作ってくれたという。安部氏は、当時の会長が一生懸命取り組んでくれたと振り返る。

下からスピンドルを当てた理由と、自分で組み上げる意味

インクスの工作機械には、スピンドルが下から削る構造のものがあった。その理由を安部氏は次のように説明する。当時は高価だった高速度カメラを何とか購入し、5万回転での切りくずの出方を撮影した。すると、切りくずが挟まって工具が破損していることが分かった。そこで、切りくずが下に落ちるようスピンドルを下から当てる構造にした。切りくずがどう出ているかを見なければ、どの刃物が最適かは判断できない。理論通りに工具を作ってもうまくいかない、というのが安部氏の考えである。

安部氏は図面を描くだけでなく、最終的には自分で組み上げるという。自分の設計が間違っているかもしれず、組みにくさから次の形や新しいやり方を思いつくこともあるからだ。ものづくり太郎が「最後には神が宿る」と言うと、安部氏はそうではないと否定した。今のやり方はベストではなく、もっと良いやり方が必ずあるので、次にどうするかを考え続けるのだという。

ものづくり太郎は、今のエンジニアは設計と組み立てが分かれ、設計の中でもスピンドル、ベッド、コラムと分業が細かくなっていると指摘する。安部氏も、1人ですべてをやるのは厳しいと認める。そのうえで、どこにもないものを作ろうとすると、要所は自分でやらなければ次に進めないと語る。さらに、興味がなければ次に進めないこと、あれこれ手を出しすぎて困ることもあるが最後にはつながってくることが多いので、どれも無駄ではないと考えていることを付け加えた。

月40万本のNCデータと48時間の金型

メカ、エレキ、ソフトを統合し、全自動のCAMから切削まで一貫した仕組みを立ち上げたことで、当時は他社の10倍ほどの速度で加工していたと安部氏は見ている。携帯電話メーカー各社から毎月20型分ほどがまとめて依頼され、主要なメーカーすべての仕事を受けていたため、社内は非常に混み合っていた。最短では48時間で金型を仕上げた。設計は10分ほどで終わり、1時間後には切削が始まっていたという。

精密な形状のためNCデータの作成は非常に難しかったが、自動計算システムを独自に開発し、月に40万本のNCデータを生成していた。安部氏は、おそらく世界一の量だったと話している。

金型技術の流出と「タイムイズマネー」を理解しない経営

ここでものづくり太郎は強い調子で問題を提起する。30年前、日本は世界最先端の短納期金型技術を持っていた。それなのに、その価値を見出したのは海外で、技術はフォックスコンに移ってしまった。ものづくり太郎は、東大の中川教授が台湾側から25億円を受け取ってインクスの技術を台湾に移させたと自分の見方を述べ、これは日本の敗北だと考えている。さらに、30年経った今も日本の多くの金型製作は平成中期のやり方のままだと嘆く。一方で、協和工業のようにインクスのやり方を見て「自分たちにもできる」と改革に取り組んだ企業もあると付け加えた。

ものづくり太郎の批判は日本の経営者に向く。25億円以上をインクスに出していればこの技術を手に入れられたのに、そこに価値を見出さず、つぶしてしまった。その結果、金型の仕事は東南アジアや中国へ流れた。彼はこれを、タイムイズマネーを理解しない経営だと評している。

安部氏の受け止め方はもっと落ち着いている。大きく見れば一過性の話かもしれない、自分はもうあの技術は古いと考えており、日本は新しいやり方をこれから進めればよいと思うようになった、と語る。悔しくなかったかと問われると、「まあ、そうですね」と認めた。大手企業に支えられて仕事を続けてきたものの、世の中の流れとして技術の流出は止められなかったという。ものづくり太郎は当時がEMS全盛期だったことにも触れ、自分が怒っているのは愛情があるからで、諦めたら終わりだと話す。

政府が助けてくれるものではなく、各企業の経営判断の問題だというのが、ものづくり太郎の考えである。安部氏は、損得に関係なく突き詰める人たちが中小企業には多くいて、自分の友人もそういう人ばかりだと話す。ものづくり太郎は、そうした人たちを引き上げるのが経営者の役割だと応じた。安部氏によれば、新しい挑戦はいつも「本当にできるのか」と疑われるところから始まる。やってみなければ分からないが、できると思うからやるのだという。ものづくり太郎は、この30年間、日本ではリスクを取らないことが染みついてしまい、何をするにも前例や実例を求められると述べる。円安とインフレで環境が大きく変わった今、リスクを多く取って可能性を突き詰めた企業しか勝てない、というのが彼の見立てである。

IoTは技能をデジタルで残す手段

話題はIoTに移る。安部氏は、日本は人の感覚に頼るものづくりで価値を生んできた面もあるが、時代の流れのなかでデジタルで技術を伝えなければ、その技術はなくなってしまうと話す。一子相伝が成り立った時代はあったが、今はもう無理であり、会社の資産として残すなら情報をデジタル化するしかない、というのが安部氏の考えである。

安部氏が例に挙げたのは藍染めである。かつては職人が舌で酸っぱさを感じ取り、pHを判断していた。これを測定できるようになれば、誰でも失敗せずに良い藍染めができる。安部氏は、あらゆる生産手段にセンシングが必要だと結論づける。

ESP32はなぜ世界の標準になったか

安部氏は、世界中で使われている中国製IoTチップのESP32(字幕では「EMS32」)を取り上げる。中身を見ると、マイコンや通信チップなど、ライセンスで買ってきた設計を寄せ集めたもので、インターポーザーのような形でまとめて1つのSoCとしてパッケージにしている。オリジナルのチップのように見えて、実際は「寄せ集めチップ」だという。安部氏は、おそらく世界で100万個以上売れたと推測している。

安部氏は、同じようなチップを自分たちも当時すでに考え、提案もしていたと話す。ただし開発には費用がかかり、中国でもおそらく数十億円を投じたと安部氏は見ている。費用の大半はソフトウェアの開発だった。ハードウェアは集めてくれば何とかなるが、それらを連携させ、あらゆるIoT製品に使えるよう手を加えるにはソフトウェアが必要だからだ。

安部氏によれば、ESP32が広く使われるようになったのはGitHubで公開し、主要な開発者に無償で配ったからである。今では小学生が小遣いで買っていじれるほど普及した。ものづくり太郎は、世界のデファクトスタンダードは最初は必ず無料で配るものであり、日本はそこが分かっていないと指摘する。安部氏も、日本は最初から高い値段をつけると応じた。

三菱電機への批判と、FusionとClaudeの連携

ものづくり太郎は、応援しているからこそとして三菱電機を例に挙げる。三菱電機はロボットのティーチングレス技術を持つ企業と組み、95%をティーチングレスで生成できるソリューションを出した。ものづくり太郎は当初さすがだと思ったが、このソリューションはMELSOFT Geminiという独自のデジタルツインプラットフォーム上でしか動かず、そのプラットフォームの購入に500万円かかるという。安部氏は「それでは普及しませんね」と応じ、ものづくり太郎は、技術はあるのにビジネスセンスがない、だから「技術で勝ってビジネスで負ける」と言われるのだと批判する。

対照的な例として、ものづくり太郎は1週間ほど前に発表されたAutodesk FusionとClaudeの連携を挙げる。椅子のデザインをプロンプトで作れるようになったという。安部氏も自分で試しており、プロンプトの指示だけでかなりのソリッドデータができると評価した。まだ不十分な点はあるが、時期に良くなるとの見方である。ものづくり太郎は、将来は荷重を前提にしたフィーチャーを作るようプロンプトで指示できるようになると期待を示す。このように無料で試してもらい、クラウドの従量課金で稼ぐのが今のやり方であり、ソフトウェアに500万円を払う人はいないと強い言葉で批判した。

インクスの「アリーナシステム」とFOCAS

安部氏はインクス時代、IoTという言葉がまだなかった頃に、社内で「アリーナシステム」と呼ぶ仕組みを作っていた。各工作機械の情報をすべて吸い上げ、スピンドルの負荷や電力などを見える化するものである。当時のファナックは工作機械の通信にまだ取り組んでいなかったが、FOCAS1、FOCAS2という通信インターフェースの中身をインクスに公開してくれた。安部氏は、CNCの情報をこうして取得したのはおそらく世界で初めてだったと話している。

この仕組みにより、どの機械がどのメーカーのどの部品を加工しているかが常に分かった。次の仕事をどの機械に振り分けるかも自動で決めていた。ものづくり太郎は、今でいうAPS(先進的計画・スケジューリングシステム)、たとえばAsprovaのようなことを当時すでに社内でやっていたと評している。

当時の技術者は優秀で、ミスミのmeviyを開発した柳沢氏も安部氏の元部下だという。由紀精密の社長もインクス出身者だと話題に上る。安部氏は、インクスで開発に参加した経験が彼らの力になっていると考えている。成功しやすいパターン、あるいは必ず成功するパターンをそこで身につけたのだろうという。

BTシャンクの限界とドイツのHSK戦略

もう1つの事例は、ドイツ発のHSKである。1992年に2万回転での加工を始めたころ、加工面にどうしてもガタガタが出た。刃物の振れをゼロにしても消えなかった。原因を調べていくと、JIS規格で決まったテーパーシャンクであるBTシャンクを受けるスピンドル側の穴が、遠心力で広がっていることが分かった。安部氏は、ガタガタの面から換算するとおそらく10〜20ミクロンほど広がっていたと見積もる。

BTシャンクは頭のプルボルトを引っ張ってクランプする方式で、ここが遠心力で開いて緩む。ドイツでも高速に耐えられるシャンクを作らなければならないという議論があり、その後に登場したのがHSKだと安部氏は説明する。HSKは内側からクランプする方式で、遠心力がかかるほどクランプ力が強まる。そのため高速になっても精度が落ちず、むしろきれいに削れるという。

ものづくり太郎が開発費は100億円ほどかと尋ねると、安部氏は相当かけたと思うと答えた。そのうえで、ドイツは国家戦略として複数の研究に資金を出し、良いものを集めて最終的な方式を決めたと説明する。HSKのクランプシステムはライセンスとして世界に販売されている。ものづくり太郎によれば、ツールホルダーは工作機械1台につき1000万〜2000万円分使うこともあり、マシニングセンタ本体と同じくらいになる場合もある。パレットチェンジャーがいくつも付けば200本ほど使う。日本の工作機械メーカーは高精度な機械を作っていると言うが、中心にあるツールホルダーとクランプシステムはドイツのライセンスだ、とものづくり太郎は指摘する。気づかれない形でお金を吸い上げる仕組みだという。

安部氏は、どう儲けるかという視点を持つべきであり、ヨーロッパはそこが非常にうまく、常に研究していると話す。ものづくり太郎は、三菱電機が同じ失敗を繰り返すのかと改めて問い、オープン戦略が必要だと主張する。一方で安部氏は、首相が代わって国家戦略が示され、17の重点分野も良い内容だとして、ドイツのようにはなかなかいかないが、着実に良い方向に向かっていると評価した。

ロボット同士が話すR2Rと、センサー側で動くAI

安部氏が今考えていることを問われて挙がったのが、ロボット同士が通信する「R2R(ロボット・トゥ・ロボット)」である。ものづくり太郎は、日本ではあまり話題になっていないが、AI同士が通信する窓口となるMCPが重要だと説明する。ロボット同士がMCPでやり取りする構想だという。

安部氏は、大規模言語モデルも小型PCに載る時代になると見ている。AIは現場側で動くようになり、センサーの中にAIが入る時代が来るという。安部氏はもともと「フォグセンサー」というセンサーを開発していた。クラウド(雲)に対するフォグ(霧)という意味で、情報を上位に上げていると処理が遅れるので、センサー側で処理してしまおうという考え方である。そうすれば判断が速くなり、クラウドの負荷も減る。AIも同じようにどんどん現場側に移っていくと安部氏は考えており、その研究も始めているという。

電源のいらないセンサー

対談の最後に、ものづくり太郎と安部氏が一緒に展開しようとしている無給電センサーが紹介される。安部氏によれば、基本的にはどんなセンサーでも対応させる方針で、現在は温度、振動、磁気、圧力(実際にはひずみセンサー)に取り組んでいる。どこにでもワンタッチで取り付けられるようにしているが、詳細には一部まだ明かせない部分があるという。

安部氏が想定する用途はプラントである。既存の計器をカメラで読み取る方法もあるが、計器が汚れていて読めないことが多い。石油プラント、化学プラント、食品プラントでは、圧力、温度、振動の3つが「三種の神器」だと安部氏は言う。石油プラントでは温度センサーだけで数百カ所あり、ものづくり太郎は、プラントでは2000カ所ほどを今も人が歩いて目視で確認し、記録していると話す。

後付けでセンサーを付けようとしても、今のセンサーは簡単には取り付けられず、電気をどう供給するかも問題になる。バッテリー駆動にすれば電池交換が必要になり、1000カ所もあれば現実的ではない。このセンサーは電源を必要としない点でその問題を解決する、と2人は説明する。

通信距離について、ものづくり太郎は最大20メートルほど飛ばせると話し、安部氏はそこは状況に合わせて対応するつもりだと答えた。仕組みについて安部氏は、説明はまだ少ないと断ったうえで、こちらから「今どういう状況か」と問い合わせると値を返す形で、IDタグと同じような機能を持つセンサーシステムだと説明する。ものづくり太郎は、金属面にも対応すると付け加えた。

ものづくり太郎は運用の姿も描いてみせる。2000カ所の点検箇所にこのセンサーを取り付け、ドローンやAGVで巡回すればデータを一気に集められ、目視点検をリモートで済ませられるという。安部氏は、取り付けたその日からデータが取れるようにする必要があり、コストも下げなければならないと話す。量産すればコストは大幅に下がるとの見通しも示した。

2人によれば、共同開発や自社での試用、工場の工作機械すべてへの搭載といった問い合わせがすでに多く来ている。ものづくり太郎は、1000〜2000台の機械を持つあるメーカーが3交代で稼働しながら、点検記録をいまだに紙でつけている例を挙げ、そうしたことはもうやめようと呼びかける。しかも点検しているのは正社員であり、センサーに置き換えればその仕事はなくせると話す。

ソフトウェアも付属させるとして、安部氏は三菱電機のようなことはしないと述べる。ものづくり太郎は、三菱電機は技術を持っているのに商売が下手なのだと改めて評し、安部氏も三菱電機は好きだと応じた。ものづくり太郎は安部氏との対談を今後も続けたいと述べて、この回を締めくくっている。