フィジーで学ぶ日本の若者たちと、リゾートの外側にある暮らし:谷口浩氏と歩く「世界一幸せな国」【後編】

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概要

街録chのフィジー旅後編では、現地で日本人向けの英語学校を経営する谷口浩氏の案内で、国立高校に通う日本人留学生、元留学生のインターン、ローカルマーケット、高級リゾート地デナラウを訪ねる。「世界一幸せな国」とも言われるフィジーで、日本では居場所を見つけにくかった若者たちは何を感じているのか。その一方で、超富裕層が集まるリゾートにはどんな事情があるのか。取材班の問いに対し、谷口氏と若者たちは、お金と心の余裕を分けて考える視点を繰り返し語っている。

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無給の理事長として引き受けた国立高校

谷口氏はフィジーで、日本人が英語を学ぶための学校を経営している。その経営手腕を買われ、2010年ごろにフィジー政府から、経営が立ち行かなくなった国立高校の理事長を頼まれたという。谷口氏によれば無給で、「道楽みたいな感じ」で始めたものが、結果的にはビジネスにもなっている。

この高校が経営難に陥った理由について、谷口氏は授業料の問題を挙げる。フィジー人の生徒の授業料は年間9,000円ほどで、それを払えば学校は成り立つが、多くの生徒が払えなかった。一方、谷口氏の学校には、日本で不登校気味だった生徒も含む日本人の若者が留学してくる。そこで「日本から来る子たちの面倒をあなたたちが見るなら、授業料はいらない」という形にし、フィジー人生徒の授業料を免除する代わりに日本人留学生のサポートを担ってもらう。谷口氏はこれを「バーター」と表現し、この仕組みで学校が回っていると説明した。

取材班が訪れた教室には34人の生徒がいた。英作文を書いて先生に添削してもらい、レベルが上がればローカルの生徒たちと同じクラスに混ざっていくという。ただ、取材中の授業では先生が授業をせずに採点をしていたようで、日本人の生徒は「さっきの3時間目もテストは返されていないし、ノートも書いていないとローカルの子が言っていた」と話す。生徒たちは笑いながら「これがフィジーです」と受け止めていた。

中3で不登校になった学生が「変わるしかない」と決めた理由

最初に話を聞いた男子生徒は、中学3年生のころに一時期不登校になっていた。理由を尋ねられると、勉強ができなさすぎて「もういいや」となり、ゲームに逃げたと振り返る。両親にはひどく怒られたが、本人は「反抗期だったんじゃないですかね」と語る。

海外に行けば何かが変わると聞き、都会より自然が好きだったこともあって留学を考えた。最初に行きたかったのはインドネシアで、自給自足に近い生活に憧れていたという。しかし両親から「安全だからフィジーがいい」と勧められ、この学校に来た。

来てから1年半ほどで、日常会話やコミュニケーションの力はかなり伸びたと本人は感じている。英語ができないと現地の人と話せない。自分の言葉で気持ちを表したいと思ったことが、勉強する動機になったという。留学には相当なお金がかかっており、親への感謝も口にした。「変わるチャンスをくれたんで、もう変わるしかない」という言葉に、本人の覚悟が表れている。

将来は日本の大学に進みたいと考えている。フィジーに来て「スポーツディレクター」という夢ができ、チームの分析のような仕事に関心を持っているという。昼食はホストファミリーが作ってくれた弁当で、インド系の家庭らしく、ロティのような料理が毎日出ると話していた。

同じ教室には、進学校のプレッシャーに弱く、学校に行けなくなってフィジーに来た生徒もいた。この生徒はフィジーの学校について、「ここはプレッシャーを感じるほど頭が良くない」と冗談めかし、ノープレッシャーで過ごせていると語った。

ラグビーでフィジーに残りたい生徒

別の生徒は、卒業後もフィジーに残りたいと話した。ビザの関係でフィジーの大学に入っておけば滞在できる。その間に地域や大人のチームに入り、上を目指したいという。取り組んでいるのはラグビーのセブンズで、周囲の生徒によれば、すでにレギュラーとしてプレーしている。日本の大学へ進むと話した生徒とは対照的に、フィジーを自分の舞台として選ぼうとしている。

高校を2度辞めた17歳と、16歳で母になった母親

「ゆせ」と呼ばれる17歳の生徒は、日本で高校を2度辞めた後、フィジーの高校1年生として通っている。

家庭の事情は複雑だ。母親は16歳でこの生徒を産み、現在34歳になる。出産当時は中卒だったが、その後に高卒認定を取り、投資で成功した。その資金は、母親が以前交際していた経済的に余裕のある男性と別れる際に、養育費として受け取った数千万円だったと本人は聞いている。それを増やしたが、一度うまくいかなくなって半分ほどに減り、安定した職に就きたいと考えるようになった。今は6年制の学部に通い、今年卒業する予定だという。この生徒のフィジー留学の費用も自分の学費もすべて母親が払っており、本人は「まあまあ尊敬はしてます」と照れながら話した。

父親はギャンブルをしていて、この生徒が小さいころに蒸発した。父方の実家は宗教関係の活動をしていて関わりたくないといい、連絡も途絶えている。生きているかどうかもわからないそうだ。

高校を辞めた経緯についても本人が説明した。中学は市に1つしかない名門の私立に通った。最初の高校は寮生活で、寮の先生とけんかになり、学校へ行くのが嫌になって退学した。もう一度高校に行きたいと思って再入学したものの、周囲より1つ年上だったため打ち解けられず、静かにしていたところをいじめられた。やり返したことが問題になり、双方が処分を受けるしかないと言われ、この学校で3年間やっていくのは無理だと感じて辞めた。その後アルバイトをしていたところ、母親からフィジーを紹介されたという。

母親は「高校を2回辞めているから、たぶん日本ではうまくいかない。海外に行った方がいい」と勧めた。アメリカなどは費用面で厳しく、母親自身もかつてフィジーへの短期留学を考えていたことから、この国を選んだ。

フィジーについては「結構適当な感じ」で、むかつく部分もあるが、日本にはない文化を経験でき、他の国の人たちと関われることは将来のためになると本人は考えている。一方で、フィジーに長く残るつもりはない。あと2年で卒業したら、日本で専門学校か大学に進み、何らかの国家資格を取って働くつもりだという。

日本語を話すとイエローカード

この学校には、日本人同士でも日本語を使ってはいけないという「EOP(English Only Policy)」のルールがある。日本語を話しているのが先生に見つかるとイエローカードが出され、3〜4枚たまると処分の対象になると生徒は説明した。ルールは「ガチっぽい」とのことで、取材班は英語への意識が高くなりそうだと感想を述べていた。

ローカルマーケットと南国仕様のディレクター

取材班はローカルマーケットも歩いた。スイカ、キュウリ、ココナッツ、パイナップルなどが並ぶなか、見慣れない果実を塩をかけて食べてみたが、味が薄く、何ともリアクションを取りづらいものだった。海ぶどうは好評だった。赤いパイナップルにスパイスの粉をかけたものは酸味があり、スモモのような味だと感想が出ていた。取材班は、スイカに塩をかけるように別の刺激を加えて味を面白くする食べ方なのではないかと推測していた。

ディレクターのカトウDは、フィジーの巻きスカート風の衣装を身につけ、以前から取材の足元が気になっていたサンダルも現地のものに買い替えて「南国仕様」になった。市場の近くにはATMもあり、取材班は想像していたより街が発達していることに驚いていた。

ナンディのオフィスと元留学生のインターン

谷口氏の会社の本社は空港に近い街にある。谷口氏によれば、南太平洋で発展した国はほぼフィジーだけで、ここからトンガやツバルへも行き来するため、この一帯がハブとして栄えている。なお谷口氏は、オーストラリアやニュージーランドはオセアニアには入るが、南太平洋には含まれないという見方を示した。

昼食のカレーは1皿6ドル、日本円で450円ほどだった。谷口氏は、アメリカなら昼に3,000円は使わないと食事ができないと比較した。

食事に同席したのは19歳のインターンで、谷口氏の学校の元留学生だ。15歳で高校1年生として渡航し、3年間フィジーで学んで昨年卒業した。一度日本に戻ったが、1年ほどでフィジーが恋しくなって戻り、今はインターンとして働いている。

中学3年生でフィジー行きを決めた理由は、海が好きだったことと、小学生のころに無人島で脱出を目指すテレビ番組を見てサバイバル生活に憧れていたことだった。海外にも行ってみたく、調べるうちにフィジーを見つけたという。フィジーの好きなところを聞かれると「雰囲気」と答え、日本は良くも悪くも「しっかりしている」が、フィジーは良くも悪くもしっかりしていない、そのゆるさが好きで心がゆっくりすると話した。

修学旅行では村の生活を体験するため島へ行った。シャワーはなく、水道は午前中で止まる。午前中にバケツへ水をためて、夜にそれを浴びる。そんな生活が楽しかったという。谷口氏は笑いながら、あまりそういう話をしすぎると学生がいなくなると付け加えた。

出身は東京で、小学校は東京、中学校は千葉で過ごし、中学卒業後に家族は大阪へ移った。双子の弟と小学生の弟がいる。事業を営む両親は寂しがるより応援してくれており、家族全員が一度フィジーを訪れて、すっかりはまったという。日本にいたころは服を買ったりネットショッピングをしたりしていたが、フィジーでは買い物をしなくなり、今は食べ物にしかお金を使っていないと話した。

デナラウ:リゾートと現地の生活の格差

一行は高級リゾート地のデナラウへ向かった。谷口氏は、フィジーが観光地として知られるようになったのはデナラウのおかげと言っていいほどだと説明する。一流ホテルが5つ以上あり、新しいホテルの建設も続いている。別荘地として開発され、富裕層の外国人が多く住む。周辺はほとんどがプール付きの家で、暑さのためゴルフは夕方4時ごろからでないとできないという。

谷口氏は、現地の人々の暮らしとの経済格差を強調した。一般的な物価は日本の3分の1ほどだが、デナラウでは日本以上になる。トム・クルーズが軍艦のようなヨットで年に1回ほど訪れ、マドンナも毎年来ていると谷口氏は話した。

世界中のリゾートのなかでフィジーが選ばれる理由として、谷口氏は海の透明度を挙げる。バリ島も美しいが、人口が多いため生活排水が出る。フィジーは人口が少ないうえ、セレブが好むのは本島ではなく、10分で一周できるような小さな離島だ。そうした島は、所有者の許可がなければ一般の人がボートを借りても立ち入れない。島の価格は1つ数億円にもなるという。

島の土地は多くの場合、フィジーの村が所有している。売買で村に入ったお金で、村長が村人の面倒を見る仕組みになっており、そのためフィジーの人たちは働かないと谷口氏は言う。そのうえで、「この実情を本当に知ったら、日本がフィジーを助けるというのは、それはそれで間違っている気がする」とも述べ、国際支援は不要ではないかと思ってしまうと自身の感覚を明かした。

また谷口氏によれば、フィジー政府がデナラウで家を買えば所得税をゼロにするという期間を設けたことがあり、その時期は非常に買いやすかったはずだという。案内された別荘は土地だけで約2億円、ほかに2億5,000万円、4億円といった物件もあった。

一方のインターンは、ここは自分の好きなフィジーではない、ゴミだらけでジャングルのような場所の方が好きだと言い、取材班を笑わせていた。

100億円のヨットと「公海」という仕組み

マリーナには巨大なヨットが停泊していた。谷口氏によれば、並んでいるものは100億円を超え、最大級のものは250億円ほどになる。ほぼ個人所有で、持ち主はIT長者かハリウッドスター、基本的にはアメリカ人だという。中国人はそういう無駄なお金の使い方はしないだろう、とも谷口氏は付け加えた。

谷口氏が説明したのは税金の話だ。こうした富裕層は、1年365日のうち185日を、フィジーでもアメリカでも日本でもない公海で過ごす。そうすれば税金がかからないのだという。谷口氏は「おそらくAmazonの社長もGoogleの社長もそうしていると思います」と推測を交えて語った。デナラウを拠点にすれば、公海にすぐ出られる。200億円のヨットを買う代わりに、何百億円もの税金を節約できている、というのが谷口氏の見立てだ。取材班は、そうでなければ200億円も使って一体何をするのかと思うが、と驚いていた。

「ケレケレ」と、貯金できない恋人

離島へ渡るボートについて、インターンは「ケレケレ」という言葉を持ち出した。分け与え合うことを意味するフィジーの習慣で、この言葉を使って交渉し、150ドルを130ドルに下げてもらったという。

このインターンにはフィジー人の恋人がいる。学校で知り合い、付き合って1年ほどになる。恋人は働いていて一応給料もあるらしいが、入るとすぐに使ってしまうという。なぜお金を貯められないのかと聞くと、友人たちが「ケレケレ」と言ってお金を求めに来て、優しい気持ちから渡してしまうため、すぐなくなるのだと答えたそうだ。恋人の家族は母親の妹やその家族、さらにその夫の家族まで一緒で、誰が家族なのか正直わからないとインターンは話す。15人を超える大家族のようだ。

厳格な恋愛観と「寂しがり屋のうさぎちゃん」

フィジーの恋愛事情について、インターンは、結婚前の同棲はほぼ許されないと説明した。谷口氏は、すぐ結婚してすぐ離婚することもよくあると付け加える。インターン自身はまだプロポーズされていない。恋人の父親から21歳まで恋人を作ってはいけないと言われているが、関係を隠しているわけではなく、先日は家族にも会った。これは家庭や、通っている教会の牧師の考え方にもよるという。それでも日本のチャラチャラした若者と比べると、フィジーの方が硬派なのは間違いないと本人は言う。

噂がすぐに広まるため、遊んでいると「悪い人間」と見なされる。とはいえ、インターンのローカルの友人には、男女ともに遊んだり遊ばれたりしている人もいる。親にばれれば必ず説教されるし、浮気をすると相手の兄弟が家に殴り込みに来ることがあるので、それが怖くてみんな浮気をしないのだという。

体格の良いフィジー人なら格闘技で世界と戦えるのではないかという取材班の問いに、谷口氏は否定的だった。そこまでの向上心がなく、我慢もできない。推薦で日本へ行けるなら相撲部屋に頼むこともできるが、何日かで泣いて帰ってくるだろうという。親元を離れるだけで泣く子もいるほどで、体はごついが気持ちは弱い、「寂しがり屋のうさぎちゃん」だと谷口氏は表現した。

乗馬をめぐる値引き交渉

浜辺では、馬に乗せて写真を撮りお金を取る人たちがいた。提示額は当初の30ドルから、交渉のなかで50ドル、70ドルとめまぐるしく変わった。インターンは以前ここで無料で乗ったことがあり、50ドルは「悔しい金額」だという。交渉は混乱し、最終的に払った60ドルを馬の持ち主たちがどう分けるかで揉める場面もあった。インターンの説明では、そのお金はバーベキューに使われるらしい。取材班は夕日のなかで馬に乗り、この騒動を楽しんでいた。

お金より心の余裕

旅の終盤、取材班は、一度来ただけだがフィジーにはこのままでいてほしいと話し、谷口氏も同じ気持ちだと応じた。取材班が、日本人の方が余裕がない、金銭的というより時間的な余裕がないと言うと、インターンは「お金は絶対日本人の方が持っているけど、心の余裕がない。フィジアンの方が優しいと感じる」と答えた。

日本人と恋愛することはもうなさそうかと聞かれると、インターンは「もうないです」ときっぱり答え、いい人を紹介するという冗談も断った。週末は恋人の家に遊びに行き、恋人がとってきた魚を一緒に食べる。デートも派手なことはせず、海沿いでピクニックをしたり、一緒に散歩したり、料理をしたりする程度だという。「幸せです」と本人は言う。

谷口氏はこの話を受け、フィジーの人たちは裏庭でとってきたものを煮炊きしてでも客をもてなそうとすると語った。日本なら「こんなものではお客さんをもてなせない」と考えてしまうところだ。谷口氏は妻ともよくこの話をするという。日本人はなかなか人を家に呼ばない。谷口氏自身も、東京の社員が自宅に来たのは以前の家で数人程度で、「家に来てご飯を食べろよ」とはあまり言ってこなかった。自分にとっても反省になり、そうした機会がもっとあればいいと思うと述べた。

最後は中華料理で乾杯

旅の締めくくりは中華料理店だった。甘辛いタレをかけた茹で豚のスライス、牛タン炒め、チャーハンなどが並んだ。谷口氏は、留学していると中華料理が一番恋しくなるほどで、ここのチャーハンは大げさではなくとても美味しいと勧める。フィジーだからではなく日本で食べても美味しい、というのが谷口氏の評価で、取材班も絶賛していた。

日本で行き場を見失いかけた若者たちが、ゆるい学校や大家族、ケレケレの文化のなかで自分の進路を探している。その同じ国のすぐそばで、数百億円のヨットが税金を避けるために停泊している。この後編は二つの光景を並べたうえで、豊かさとは何かという問いに明確な答えを出してはいない。示されたのは、お金は日本人の方が持っているが心の余裕はフィジーの方がある、という若者たちの実感と、人を家に招かない日本の習慣を振り返る谷口氏の言葉だった。