トー横で16歳の娘を亡くした父親が、歌舞伎町に通い続ける理由
街録ch〜あなたの人生、教えて下さい〜2023年3月27日、16歳の長女あき子さんが、交際相手の男性とともに横浜のホテルから飛び降りて亡くなった。父親の浩三さんは、娘がトー横に通っていたことを、亡くなるまで知らなかった。遺体と対面したとき、なぜこうなったのかを必ず突き止めると決め、それから約3年、仕事を終えた後に歌舞伎町へ通い続けている。
この動画は、新宿・歌舞伎町の現地で浩三さんに話を聞いたものだ。娘がどう変わっていったのか、家族や行政は何を試みたのか、死の直前に何があったのか、そしてトー横で何を見てきたのか。浩三さん自身も「何が正解だったのか、答えはまだ出していない」と繰り返している。
警備強化で居場所を移すトー横の子どもたち
撮影当日、かつて子どもたちが集まっていた広場ではキッチンカーのイベントが開かれていた。浩三さんによると、この場所に子どもたちが集まることはもうほとんどない。理由は警察の警備態勢の強化である。1時間ほどすると警察が来るといい、刑事5人ほど、制服警官5人ほど、合わせて10〜12人ほどが警備に入るという。
追いやられた子どもたちは、ハイジアという建物の広場か、ホテル街の方に移っている。浩三さんは、居場所は今「ハイジアか、ホテル街か、歌舞伎町から離れてしまうか」の3択になっていると説明する。実際、取材中に移動した先の階段付近では、若者たちが集まっていて、浩三さんは親しげに声をかけていた。
いま通っている目的は、支援活動と情報収集だという。困っている子がいないか、何かに巻き込まれそうな子がいないかという話は、ちょくちょく耳に入る。最近の出来事を尋ねられると、4月には自殺が多く、4人ほどが亡くなったと答えた。なぜ亡くなったのかも、ある程度調べているという。オーバードーズ(OD)やそれに伴う飛び降りといった状況は以前から変わっておらず、ODをしすぎて意識がないまま嘔吐物が気管に入り、誤嚥性肺炎で亡くなるような事故もあると話す。
単独で通うようになって約3年。キッチンカーイベントの運営者や警備の人たちにも顔を覚えてもらい、信頼関係ができてきたという。本業はシステムエンジニアで、仕事の後にここへ来て声かけをしている。
「どこにでもいる普通の家庭」と、笑顔が減っていった長女
浩三さんの家族は5人で、娘が3人いる。あき子さんは長女で、下の2人は現在中学3年生と2年生だ。妻も働いており、浩三さんは「特別貧乏だとかいうことはない、どこにでもいる普通の一般家庭」だったと強調する。
幼い頃のあき子さんは、よく笑う女の子だった。変化のきっかけとして浩三さんが挙げるのは、浩三さんの父親、つまりあき子さんの祖父が事故で亡くなったことだ。小学2年生か3年生の頃である。当時、浩三さんも妻も忙しく、特に浩三さんはほとんど構ってあげられず、横浜の実家に預けっぱなしにすることが多かった。あき子さんは本当に「おじいちゃん子」で、祖父の死のあと、だんだん笑顔が減っていったという。ただ、なぜそこまで変わってしまったのかは今もわからないと浩三さんは言う。小学校にはなんとか通えていた。
中学生になると、起立性調節障害で朝起きるのがつらくなった。症状が悪化すると怠けているように見えるが、実際は障害なのだと浩三さんは説明する。しかし当時の浩三さんは、朝起きられないなら頑張って行けと言ってしまい、親子の仲が悪くなっていったと振り返る。中学1年の夏を過ぎた頃から不登校になり、同じ頃、妻の実家を継ぐ形で東京に引っ越した。転校先には週に1〜2回しか通えなかった。
接し方がわからなくなった両親
浩三さんは、なんとかコミュニケーションを取ろうとしていたという。映画に行ったり、妹たちも連れて遊びに出かけたり、車でドライブしたりすることはよくあった。そうした場では楽しんでいるときもあれば無表情のときもあったが、ときどき笑顔を見せることがあったので、連れ出すことを続けていた。ただ、学校に行きたくないという姿勢は一貫していた。「行きたくないのか、行けないのか、今となってはよくわからない」と浩三さんは言う。
母親との関係もそれほど悪くはなかったが、両親とも、厳しく接するべきか優しく接するべきかがわからなくなっていた。夜遅くまでゲームをして寝不足になるので、夜は寝て朝は学校に行く努力をしようと言っていたが、娘はどんどん塞ぎ込んでいった。放置するわけにもいかない。しかし厳しくしても優しくしても反応がほとんど返ってこず、「どうすればいいのか本当にわからなくなってしまった」という。
浩三さん自身の働き方も、家庭から距離を生んでいた。当時は朝6時まで働いて、また9時に出社するようなサイクルや、終電まで働く日々が続き、帰宅すると子どもたちは寝ており、子どもたちが起きる頃には家を出ていたという。
学校の先生からは、特に変わった様子はなく、いじめの話も聞かないと言われていた。友達はあき子さんを慕っていたが、あき子さんの方が拒絶しているように見えた。以前は近所の子と遊ぶこともあったが、それもなくなった。相手に意地悪をされたという話も聞いておらず、むしろ普通のいい子たちに見えたため、なぜそこまで拒むのか、両親にはまったくわからなかった。
行政・学校と連携しても届かなかった支援
家族は学校以外にも相談していた。東京に移ってからは児童相談所も関わり、学校、浩三さん、行政の三者で、どう接していくかを話し合っていた。何かあれば民生委員に相談してよいといった助言を受け、学校からは日々の様子を報告してもらう形になっていた。転校先は、そうした事情を抱える子を受け入れる学校で、先生たちもしっかり見て支援してくれたと浩三さんは話す。
それでも、中学3年になると登校は週に1回程度にまで減った。家ではSwitchやiPadで過ごす時間がほとんどだったが、浩三さんは忙しくてあまり見られていなかったという。
強行された一人暮らしと、連絡の途絶えた半年間
高校は、名前を書けば誰でも受かるような学校に進んだ。あき子さんは一人暮らしをしたいと言ったが、両親にはその資金がなく、せめて高校を卒業するまでは家から通ってほしいと伝えた。しかしあき子さんは、浩三さんの母(祖母)と浩三さんの兄を頼ってマンションを借り、一人暮らしを強行した。理由を尋ねても「わからない」とだけ言い、とにかく一人暮らしがしたいという様子だったという。
これまでの生活ぶりからして無理だろうと浩三さんは思っていたが、実際に生活は成り立たず、祖母が毎週のように通って1週間分の家事をまとめてこなしていたらしい。高校にはおよそ1か月通った後、行かなくなった。浩三さんによれば、トー横に来る前は毎日学校に行っていたといい、何が原因だったのか今も考え続けているが、何ひとつわからないと話す。下の子たちは問題なく学校に通っており、同じように育てたはずなのに、という思いがある。
後に単位不足が判明し、12月に、編入試験に受かれば高校2年生として受け入れる学校が見つかった。2023年4月1日から通う予定だった。
この時期、浩三さんは娘とほとんど連絡を取っていなかった。家を出る前に持たせていた携帯電話は、あき子さんが使わないというので解約し、祖母が持たせた携帯電話だけになった。連絡先を教えてほしいと頼んでも、教えたくないという反応だった。浩三さんは説得を諦め、2022年のおよそ4月から12月にかけての約半年間、連絡を取らない状態が続いた。連絡は祖母を通すしかなく、その祖母も、娘がどこで何をしているのかをまったく把握していなかった。家に引きこもっているのだろう、というのが家族の認識だった。実際には、2022年5月中旬から、あき子さんはトー横に通い始めていた。
再会と仲直り、そして交際相手からの暴力
2023年1月、あき子さんの方から祖母を通じて連絡があり、会いたいと言ってきた。会ってみると髪は金髪になっていて、印象はがらりと変わっていた。何があったのかと聞いても「なんとなく」と言うだけで、詳しいことは話さなかった。それでも、仲良くしていきたいと言ってくれたので、浩三さんも同じ気持ちで応じた。LINEを交換し、週に1回ほど、パソコンの使い方を教えてほしいといった他愛のない会話をするようになった。少しずつ昔に戻っていけるかもしれない。そう思っていた矢先の出来事だったという。
1月に会った時点で、あき子さんは彼氏がいると話しており、浩三さんはLINEのビデオ通話でその男性と話したこともあった。当時あき子さんは16歳、相手は付き合い始めた頃18歳で、亡くなる直前に19歳になった。建築系の仕事をしていて月20万円ほど稼いでいると言い、あき子さんは「ちょっとチャラチャラした男」だと話していた。トー横で出会ったことは知らされていなかった。浩三さんが後に聞いたところでは、実際には暴力団が関わる違法寄りの作業をしていたという。
それから約1か月後、あき子さんが交際相手から暴力を受け、新宿警察署に保護された。浩三さんは警察署に呼ばれた。あき子さんは痣ができるほど殴られていたが、本人は「ちょっと喧嘩しただけ」と言い、浩三さんにはわけがわからなかった。一人暮らしの部屋には戻れなくなったため、横浜の祖母の家に避難することになった。警察は診断書などの証拠をそろえて傷害事件として動いており、浩三さんによれば、相手の逮捕は時間の問題だった。ところが二人は、その後もDiscordで連絡を取り合っていた。
3月26日から27日にかけての足取り
浩三さんが後にたどった経緯によると、3月26日、交際相手から「死なないか」という誘いがあり、あき子さんがそれに応じるやり取りがあった。交際相手は六本木からタクシーで横浜へ移動し、あき子さんは祖母の家から横浜駅へ向かった。祖母はその日、展覧会のために外出していて、帰宅する前にあき子さんは家を出ており、顔を合わせていない。
二人は横浜駅近くのビジネスホテル「リブマックス」に宿泊で入った。浩三さんによると、当時のトー横の子どもたちの間ではリブマックスの利用が一般的だったという。二人は写真を撮るなどした後、非常階段から屋上に上がった。その様子は、実況のようにXに投稿されていたといい、当時の投稿のスクリーンショットは今も残っている。
翌朝7時から7時半頃、通勤途中だった浩三さんのもとに、母親から「あき子が大変なことになった」と電話があった。死亡したことと警察署に来てほしいということだけを伝えられ、浩三さんは仕事を休んで横浜の警察署へ向かった。
遺体との対面と「お互いを殺した」という扱い
警察の説明を受けて身元を確認した。飛び降りた際に足から落ちたため、膝から下が砕けていた。シートの下は普通の形をしておらず、浩三さんはシートの下を見る勇気が持てなかった。妻が見ようとしたが、見たら後悔するのではないかと思い、止めたという。顔は、安らかなのかどうかはわからないが、本当に眠っているようだった。
遺体検案書では薬物などの残留物は確認されず、死因は外傷性ショックとされた。浩三さんは警察にも確認したうえで、ODはしておらず、二人は素面のまま飛んだのだと話す。そして、二人が同時に飛び降りたことから、あき子さんが彼氏を殺し、彼氏があき子さんを殺したという扱いになった。お互いが被疑者であり、被害者でもある形で人生を終えたことになる。
浩三さんは、「トー横に娘が殺された」という表現を使っている。結局はそこで殺されてしまったのだという思いが悔しく、なぜ16歳の女の子がこんなひどい死に方をしなければならないのか、しかも被疑者として終わるなんてこんな人生があるのか、と語る。遺体を見たその場で、原因と事件の真相を必ず解明すると決めたという。
交際相手の両親とも対面し、連絡先を交換した。先方からは謝罪の言葉があり、息子がなぜトー横に行ったのかわからないと話していた。浩三さんは、相手の両親も自分たちと同じ普通の家族なのだとわかり、怒る気持ちも馬鹿馬鹿しくなってしまったと振り返る。二人とも亡くなってしまった以上、悲しみを通り越してどうすればいいのかわからない状態だったという。
壊れた携帯電話から真相をたどる
この時点で、浩三さんも警察も、あき子さんがトー横に通っていたことを把握していなかった。わかっていたのは、交際相手と一緒に亡くなったという事実だけで、どちらが誘ったのかもわからなかった。携帯電話は落下の衝撃で曲がり、データを見ることができなかった。
浩三さんによると、システムエンジニアの知識を使ってクローン携帯を作り、あき子さんの携帯電話の暗証番号を突き止め、バックアップから亡くなる前日までのデータを復旧させたという。その中から、交際相手の方から誘ったやり取りが見つかった。浩三さんは、ここは警察もたどり着けなかった部分で、自分が突き止めて警察に提示したと話している。
トー横との関わりを知ったのは、遺体と対面した後だった。あき子さんが以前、泊まっていると教えていた知人の家があり、夫婦でそこを訪ねた。応対した男の子に、警察から教えられていたあき子さんのSNS上の名前を知っているか尋ねたところ、トー横の関係だと聞かされた。浩三さんは、まさか自分の娘がトー横に行っているとは夢にも思っていなかったという。
身元を伏せた聞き込みでわかったこと
4月から、浩三さんはトー横に通い、ひたすら聞き込みを続けた。ただし、あき子さんが亡くなったことは伏せ、行方不明になったので探していると言って回った。あき子さんを探している暴力団関係者のような人物がいると聞いており、誰がどこと繋がっているのかわからなかったからだ。
わかってきたのは、あき子さんがさまざまなトラブルに巻き込まれていたことだった。ひとつは「詰め事」、つまり恐喝の被害である。仲の良かったメンズコンカフェの男の子が何かをやらかし、「仲がいいならお前が責任を取れ」と、30万円ほどを請求された。払えないなら「売り」をやってこい、という話になるが、このときは別のキッズが「この子は関係ないから払う必要はない」と間に入り、支払いを免れたという。浩三さんは、こうしたことはこの界隈では「あるある」だと話す。
違法薬物の転売にも関わろうとした形跡があった。販売用とみられるXのアカウントを作っていたが、客とのやり取りは一切見つからず、浩三さんは「やっているふり」だったと見ている。大麻などの違法薬物も使っていなかったが、市販薬のODはしていたという。また、レイプのような被害や暴行に巻き込まれたことも、ときどきあったと浩三さんは語る。
2022年5月中旬にトー横に来た時点で、すでに後に一緒に亡くなる交際相手もいた。6月から8月の3か月間は、リブマックスの最上階あたりにある、「徳さん」と呼ばれていた男の部屋を溜まり場にして、そこでODを繰り返していた。
一方で、浩三さんを驚かせたこともあった。あき子さんがトー横でちゃんと人間関係を作れていたことだ。会う子たちは口々に「あの子はすごく優しいのに、なぜトー横に来たのかわからない」と言ったという。浩三さんは、その優しさゆえに事件に巻き込まれやすかったのではないかと見ている。
「普通の10代」が犯罪に巻き込まれる構図
通ううちに浩三さんが気づいたのは、トー横にいるのは、そのへんにいる10代、20代の男の子や女の子と何も変わらないということだった。報道では「ODを繰り返す危険な子たち」という話が多いが、実際には、普通の子どもたちが薬物絡みの犯罪に巻き込まれていく構図がある。そして、その原因は子どもたちを搾取する大人の存在だと浩三さんは言う。
その典型として挙げたのが「徳さん」だ。浩三さんによれば、暴力団にいたことがあり、半グレに近い40代の男で、ホテルに300連泊以上していた。子どもたちに薬物を売らせて上前をはねていたと聞いたという。男が逮捕されたのは、薬物を転売させていた男の子が売上金を持ち逃げしたことに怒って誘拐し、その母親に20万円を請求し、母親が支払って解放されたことで発覚したためで、現在は服役中だという。あき子さんはこの事件の場にはいなかったが、そのホテルの部屋には出入りしていた。
では、なぜあき子さんは亡くなったのか。浩三さんは、交際相手に誘われたことに加え、もともと希死念慮が強かったことがわかったと話す。その理由はわからない。ただ、当時のキッズの間には「20歳まで生きればいい」という言葉があり、20歳まで一気に輝いて、そこでぱたんと終わる、という感覚が共有されていたという。
家庭に問題があるとは限らない
トー横の子どもは家庭に問題を抱えているという印象が強いのでは、と聞かれると、浩三さんは、家庭に問題があって来る子もいれば、そうでない子もいて、さまざまな家庭があると答えた。浩三さんは現在、何人かのキッズの親と連絡を取っている。娘を大切にしている普通の親たちだが、トー横に通う娘をどうすればいいのかわからず困っている。行くのをやめてと言えば娘が取り乱してしまうため、妥協して「この時間には帰ってきてね」と約束させるなど、苦労している家庭が多いという。
どうすれば防げたのかという問いに、浩三さんは、子どもとの対話はもちろん大事だとしつつ、何が正解だったのか答えはまだ出ていないと話す。ただ、少なくとも言えるのは、子どもを搾取する大人たちがいなくなれば安全にはなる、ということだという。
働き方を知らないことも大きいと浩三さんは見る。薬を1シート8000円で転売するような違法な稼ぎに手を出すのは、働くということがわからず、お金が必要だからだ。働き方を覚えれば、そうしたことは減るのではないかと考えている。
親の関わり方については、「難しい」と答えた。家に帰れる子はまだましで、家に帰れない子、親と連絡を取っていない子、そもそも親がいない子もいる。全員に当てはまるわけではないとしたうえで、浩三さんは、無理に親元に帰すのではなく、国や行政が預かって成人まで育てるしかないのではないかと話す。できれば自分も娘と一緒に暮らしたかったが、それが難しいなら、そうした場所を頼るしかない。
児童相談所と親権という壁
しかし、現状で行政の受け皿といえるのは児童相談所くらいで、児相は家に帰すことを前提にした施設だと浩三さんは指摘する。問題のある家庭でも、最終的には家に戻されてしまう。また親権が強く、児相以外では親権停止が認められていないため、新たな受け皿を作っても、親が拒めば強制的に戻されてしまう。合理的な理由で一時的に親から引き離すことは、児相でも難しい場面があるという。浩三さんは、今の日本の制度ではそれが限界であり、法律を変えることも視野に入れなければならないと話す。
そのうえで、いま取り組もうとしていることは次のような流れだという。まず犯罪に子どもを巻き込む人たちに退場してもらい、トー横を安全な場所にする。そのうえで、特に18歳以上の子には働き口を紹介できる制度を作る。18歳未満をどうするかは、まだ見えていないと浩三さんは認めている。
真相究明から自殺防止へ
最初は娘の死の経緯と理由を知るために通い始めた。今は、未成年の自殺を防ぎたいという思いで通っていると浩三さんは話す。ここでは未成年の自殺が多く、その理由を聞くと「そんなことで死ぬのはもったいなさすぎる、もっと楽しいことがあるじゃないか」と思うのだという。
具体的には、行政に働きかけ、キッズと行政が直接対話して子どもたちの声を聞いてもらい、行政側でできる支援を考えてもらう場を作っている。また、東京都管轄の支援拠点と新宿区の間で管轄が分かれているため、両者をつなぎ、就労支援などの幅が広がるようにしたいとも話す。さらに、撮影当日に開かれていたキッチンカーパークの運営委員会と協力して、キッズが働ける形を作れないかも模索している。
浩三さんは、仕事がないことが大きいと繰り返す。仕事がないからお金がなく、お金がないから違法な仕事に走る。この悪循環を断つには、働くことを覚えてもらうしかない。本来、学生なら働く必要はないはずで、大人と同じように働いて生活費を稼ごうとすること自体がおかしい。しかもコンビニのアルバイトでは最低賃金にしかならないが、違法な「案件」では、1日のバイト代よりずっと多い金額が短時間で手に入ってしまう。そうなると金銭感覚がおかしくなっていく。子どもたちが集まる様子は外からは華やかに見えるかもしれないが、実態は「ものすごい地獄」だと浩三さんは言う。
目標として挙げたのは、詰め事などのトラブルや犯罪をなくすこと、ODの危険性をきちんと認識してやめる方向に持っていくこと、そのうえで就労支援を通じて働き方を覚えてもらうことだ。
「私がいなくても動く体制」を作りたい
ここに通うのが終わる日は来るかと問われ、浩三さんは「わからない、ずっと来ると思う」と答えた。頻繁に来なければ情報はすぐ古くなり、1〜2週間で状況が変わってしまうことはざらにあるからだ。
ゴールはないと思っているとしながら、強いて言えば「体制」を作りたいと浩三さんは話す。こういう子がいたら、この手順を踏めば助けられる、という仕組みがあれば、自分がいなくても動く。今はその体制が何もなく、誰も実現できていない。だから自分が作りたいのだという。
根底にあるのは、娘の喪主のような思いを二度としたくない、誰にもさせたくないという気持ちだと浩三さんは語る。なぜ自分はこんなことをしているのかと思うと、とても悲しい。人が死ぬのは寂しいことで、ここで次々と人がいなくなっていく状況を変えたいという。
完全になくすことは無理だろうと浩三さんは認める。トー横は、行き場がなく、どうしようもなくなって限界を迎えた子たちが来る「最後の場所」だからだ。だからこそ、そこを最低限安全な場所として残しておき、最後に行政が手を差し伸べられれば、子どもたちは生き延びられるのではないか。浩三さんはそう考えている。
すごいよく笑う女の子だったんですけど、まさか娘がトー横に行ってた事実は、亡くなるまで知らなかったというのは。なんでこんな惨い死に方しないといけないのっていうのが、見て思いました。
小学校2年生か3年生ぐらいだったかな。そこからだんだん少しずつおかしくなって、中学1年の夏を過ぎた頃から不登校になって、そっからどんどん仲が悪くなってしまったんですね。
高校1年生の5月の中旬から結局トー横に来始めて。その時はもう髪の毛金髪だったりしたんで、なんかすごい変わってしまったんですよね。トー横の中でもいろんなトラブルに巻き込まれてたっていうことが分かってきて、薬物の転売とか恐喝の被害を受けてたって感じですね。
払えないから、払えないならどうするかって、じゃあ売りやってこいとかっていう風になっちゃうんですけど。レイプみたいなのに巻き込まれたとか、暴行に巻き込まれたとかっていうのも多々ありましたけど。
ホテルの一室に集団で暮らしてたんです。後ろにヤクザがいた、ちょっと半グレに近い男だった。ホテルの一室を300連泊以上借りてたんですよ。薬物の売買をさせてその手業をしみたとか。そういう男と女の子たちが、そうやって薬物の犯罪に巻き込まれていくっていう構図があるんだなっていうのは分かったんですよ。
3月26日に彼氏の方から死なないかっていう、今会ってっていう感じのやり取りをして。あき子さんらしき者が遺体で発見されましたっていうのを聞いて。この膝下、この膝から下がない状態です。人の形してなかったんですよ。こっから先が。
16歳の女の子がなんでこんなね、ひどい死に方しないといけないのか。惨いっていうかね、こんな人生あるかっていうところですね。そっからもう遺体を見て、絶対、なんでこうなった原因を、事件の真相解明を絶対にするって決めたんです。
よろしくお願いします。よろしくお願いします。
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浩三さんは16歳の娘さんがトー横キッズとして歌舞伎町に通ってたけども、そういった中でホテルから飛び降りて自ら命を絶ってしまったっていう。そうですね。おおまかにはそれで合っております。
ホテルはここ新宿で?横浜になります。そうなんですね。横浜で。はい。当時交際相手の男性の方と一緒に飛び降りてしまったっていうのが発端になります。2023年の3月27日になります。今からもう3年ぐらい前。3年ぐらい前。はい。
浩三さん自身は、トー横の存在っていうのを知ったのはいつなんですか?
トー横の存在は、テレビ局さんとかで放送されてたんで、亡くなる前から知ってましたけど、まさか娘がトー横に行ってた事実は、亡くなるまで知らなかったというのは。
そうなんですね。今現在も定期的にトー横に通われてると言ったらあれですけど。そうです。通ってる、そういう言い方合ってると思います。
ちょっと今警備厳しくなってしまったんですけど、トー横の広場が今警備がきつくなって、今場所を移動して、そこの横だったりとか、あとは今ハイジアとかホテル、ホテル界隈の方に今移動してしまってるんですね。ほうほう。で、今その子たちがどこにいるのかっていうのを探しながら、昨日も声がけとかしてっていう感じです。
主な目的としては、どういう目的でここに来られてるんですか?今は。今は支援活動というのと、あとは情報収集っていうのがメインになってきますね。困ってる子がいないかとか、なんか巻き込まれそうとか、そういった話をちょくちょく聞くことはあるんで。
実際今、最近で言うとどんな事件とかがあるんですか?4月とかだと、ちょっと2ヶ月前になっちゃいますけど、4月とかだと自殺者数がすごい多くてですね。大体4名ぐらい亡くなってしまって。その子たちがなんで亡くなってしまったかっていうのを、ある程度調べたりとかはしてます。
何回かトー横の子とかで僕も取材したことあるんですけど、ODだとか、それこそそれに伴って飛び降りだとかっていうのは聞いたことあるんですけど。そこは変わってないですよ。オーバードーズしすぎて事故で亡くなってしまったりとか。例えばオーバードーズやりすぎてしまって、自分で吐いてしまって、その吐いたものが肺に入ってしまったんですよ。で、誤嚥性肺炎を引き起こして亡くなってしまったりとかいうのはあります。
浩三さんが単独で通われるようになってからは、今どれぐらいですか?それも大体で3年ぐらいですね。3年ぐらい。今結構信頼関係とかいただいて、例えばそこのキッチンカーとかイベントの主催者さんとか、あとここの警備の方々とかにも顔覚えていただいて。そうなんです。
今日なんかはこの広場で、こうやって今イベントやってますね。イベントやってる。はい。今日なのか、あんまり人がいないですね。
見ての通り、集まってたのがここなんですけど、今ここではもう集まることほぼなくなってしまったんです。そうなんですね。理由としては、このイベントもそうなんですけど、警察の警備体制ですね。今ものすごい厳しくて、多分あと1時間ぐらいしたら警察が来ると思うんですけど、警察官が大体10名ほど、刑事さん5人、制服警官5名の計12人ほど警備に来るんです。
そこでそういう子たちはいられなくなってしまって、追いやられてしまったって感じですよ。で、今はその病院側に、ハイジアっていう建物の広場のところにいますんで、ハイジアかホテルか、あとはもうここから離れてしまうかっていう、今3択で。
娘さんのあき子さんは、当時亡くなられたのが16歳で。そうです。16歳ですね。家族構成で言うと、何人家族だったんですか?5人家族になります。5人家族で、長女になります。全員女の子で3姉妹なんです。今下の子たちは中学校3年生と中学校2年生の女の子たちになります。
そう、集まってたこの階段とか。いますね。こっちにいるんですね、今。そうですね。
お疲れ。お疲れ様です。今日みんなこっちでしょ。おお、可愛いじゃん。今こんな感じで集まってて。これで集まっています。こっち側に今。YouTubeの方ですけど。
浩三さんはお仕事は何をされてるんですか?今、システムエンジニアの仕事をやってます。そうなんですね。その仕事が終わった後にここに来て、見回りやったりとかっていう感じですね。
奥様は仕事されてるんですか?そうですね。どこにでもいる普通の家庭ですよ、本当に。家が特別貧乏だからどうとかっていうのはなくて、本当にどこにでもいる普通の一般家庭ですね。
浩三さんから見て、あき子さんは幼少期はどんなお子さんだったんですか?いや、すごいよく笑う女の子だったんですけど、私の親父がちょっと事故で亡くなって、すごいおじいちゃんが大好きだったので、そっからちょっと変わってしまったっていうのがありますね。
そうなんですね。おじいちゃん子っていう感じだったんですか?本当おじいちゃん子ですね。当時私も妻もちょっと忙しくて、私も特に忙しくて全然構ってあげられなくて、実家に預けっぱなしとか。当時私も横浜に住んでたんですけど、横浜に住んでた時にずっと預けっぱなしになってしまったりとかっていうのは、ありましたね。
ご家族は横浜に住まれてたんですか?そうです。あき子さんが何歳の時におじいさん亡くなっちゃうんですか?小学校2年生か3年生くらいだったかなと。そうなんですね。
で、そこからだんだん少しずつおかしくなって、中学生の頃に起立性調節障害、朝起きるのが辛くなってしまうっていうんでしょうかね。血行が頭に行かなくなって起きにくくなっちゃう。症状が悪化すると本当になんか怠けてるように見えてしまうっていうのはあって、実際は本当に障害なんですよね。学校にちょっと行きづらくなってしまってっていうのはありましたね。
当時私はそこら辺、朝起きれないなら頑張って行けっていう風に言って、だんだん仲が悪くなってしまってたなっていうのはあります。
その小学校2年生で亡くなっておかしくなってくっていうのは、どんな風に?まずだんだん笑顔がなくなってしまったなっていう感じですね。おじいちゃん子の子供は普通にいると思うんですけど、それだけおかしくなってしまうっていうのは、何か特別な思い入れがあったっていうことなんですかね。まあそうなんでしょうけど、どこまで思い…相当すごい懐いてたんで本当に。
笑顔が少なくなってはいるけど、その小学校時代はまだ普通に登校されてた。登校はなんとかできてました。なんでだんだんそういうふうになってしまったのか、ちょっともうわからないんですけどね。小学校はできてたのに、なんで中学校になったらそうなってしまったのかってのは、ちょっとっていうのはありますけど。
それでだんだん不登校気味になってしまって、中学1年の夏を過ぎた頃から不登校になって、そっからどんどん仲が悪くなってしまったんですね。で、そっから妻の実家を継ぐ形で東京に引っ越して、今東京なんですが。
そうなんですね。おかしくなっていくっていう過程で、何かしらこちらからコミュニケーション取ったりとかありましたか?そうですね、コミュニケーションはなんとか取るようにはしてたんですけど、でもやっぱりなんか行けないっていう感じで。それでも夜は早く寝てんのかっていうと、そうでもないし。結局Switchを当時与えてたんで、ゲームとかやってたんで。
奥様とあき子さん、お母さんと娘さんとの関係はどうでしたか?そんなに悪くはなかったですね。でもどう接すればいいのかがちょっとわかんなくなってしまったってのはあります。厳しく接していいのか、優しく接した方がいいのか、それがちょっとよくわかんなくなってしまってっていうのはあります。
コミュニケーションどうしていいかわかんないっていうのは、こっちから言葉かけても向こうがあんまり話したくないっていう感じだったんですか?反応が薄いっていう感じだったんで。一緒に出かけることも結構多かったんですよね。映画を見に行ったりとか、下の子たちを連れてどっか遊び行ったりとか、車でドライブ行ったりとかはよくやってたんです。
家族で出かけてる時などは、ちょっと楽しんでるっていう様子だった?楽しんでたり無表情だったりっていう感じですけど、時たま笑顔を見せてくることがあったんで、それで連れてったりとかっていうのをやってたんですよね。
ただ、学校には行きたくないっていうのは一貫してるっていう。まあそうです。行きたくないのか行けないのか、どっちかっていうとよくわかんないですけどね、今となっては。で、横浜から東京の方に引っ越して、東京の方の学校も結局週に1回か2回ぐらいのペースでしか行けてないんで。
引っ越したのは何年生ですか?中1くらいですね。それは学校の先生から、どんな様子かとかいうお話とかって聞いたりしました?当時聞いたんですけど、学校の方で特段変わった様子はない、いじめられてるとかそういった話も何も聞かない、なんだろうねっていう話ですね。
行ってる時は、じゃあ普通に過ごして。過ごしてたみたいです。友達関係が、相手の友達はあき子のことを、あき子ちゃんあき子ちゃんっていう感じなんですけど、あき子の方がなんか拒絶しちゃってる感じで。なんでそこまで拒絶するのかわかんなくてっていうのはありましたね。同じ年頃の子と遊んでとか昔はあったんですけど、それも結局なくなってしまったんですよね。あき子の方が全部拒絶しちゃったんで。
なんでそんなに拒絶するのかわからなかったんですね。こちらとしても、特にその友達がなんか意地悪するとか悪さするとかっていうのも特段聞いてないし、むしろ普通のいい子かなっていう感じだったんで。だからなおさら、あき子の様子がなんでそんな風になってしまったのか、全然わからなくなってしまったんで。
学校と家庭以外で、その状態を誰かだとか行政などに相談とかしました?もちろんしてましたね。最終的に児童相談所も絡んでたんで、最後の方。今、東京の方でですね。児相の方とも相談しながら、どうやって接していこうかとかっていうのを、学校側と自分と行政さんで話し合いながらっていう感じで。
それはどんなアドバイスを受けてたんですか?何かあったら民生委員の方とかに頼ってもいいですよとか。あと、学校で何かあったら逐一報告いただけるような形だったんですけど、その新しい学校においても、そんな変なこと起きてないか、先生がすごいしっかり見てくださってるんで。そういう子たちが行きたい学校だったんですけど、そういう子を集める学校なんですけど、そこで先生たちもちゃんと支援をしてくださったんです。
完全に不登校状態になっちゃうっていうのはいつだったんですか?中3ぐらいになってからですね。完全不登校というよりかは、週に1回ぐらいのペースで学校は行ってるって感じで。
それ以外はどんな風にして過ごされてたんですか?もうずっと家で過ごしてる。ゲームをやったりとか、SwitchとかiPadやってるのがほぼほぼ大半だったんで。あんまりそこ、私忙しくてあんまり見てなかったのもあるんで。
ちょっと厳しく接してたことがあったっておっしゃってたじゃないですか。そうですね。どんなタイミングだったんですか?やっぱり夜ゲームやって寝不足になったりとかっていうのはあるんで、そういうことだったらもう夜は早く寝て、朝学校行くようになんとか努力しようとかっていう風には言ってはいたんですけど、どんどん塞ぎ込んでしまったかなっていう感じはするんですけど。
とはいえ放置するわけにもいかないし、接するにしてもどう接すればいいのか私もわかんなくなってしまったんですね。厳しくしても優しくしても、何をしても反応があんまり返ってこないんで、もうどうすればいいのか本当分かんなくなってしまったって感じですね。
当時本当、朝9時から朝6時とかのそういった仕事だったんで。朝9時から朝6時まで働いてた?そうです。会社で?そうです。それで終わって、また9時出社してっていうような感じのサイクルやったりとか、あとは朝9時から終電とか、そういう感じのサイクルだったんで、ずっと。本当に家に帰ってきても、寝てる時に帰ってきて、子供たちが起きる頃にもう家出るとか、そんな感じだったんですよね。なるほど。
で、そんな中、後から分かったと思うんですけど、あき子さんはいつからトー横に通ってたんですか?調べた限りでは、高校1年生の5月中旬あたりから、2022年の5月ですね。その時にはもうあの子は1人暮らししてしまってたんで、私の手元から離れてしまってたんです。
その時は、名前書けば誰でも受かるような学校っていうのがあるんで、その学校に行ったんです。家から通ってくれって言ったんですけど、1人暮らししたいって言って。でもそんな資金、妻も私もなかったんで、それは無理だからせめて高校卒業してからにしてくれって言ったんですけど、私の親の実家、あき子からするとおばあちゃんなんですけど、おばあちゃんとあと私の兄を頼って、マンションを借りてしまったんですよ。
なんで1人暮らししたいんですか?いや、わかんないです。とにもかくにも1人暮らししたいって言ってて。今までの生活サイクル見て、それはちょっと無理でしょうと思ったんですけど、結局1人暮らしを強行してやってしまったんですよね。
でも実際それって家事とか生活成り立ってたんですか?いや全然成り立ってないんで、毎週のように私の母が行って、1週間分まとめてやってっていうことを繰り返してたらしいんです。でも結局あの子はそれやらずに、その5月の中旬から結局トー横に来て。トー横に来る前はちゃんと学校毎日行ってたんですよ。
だから何が原因だったのか本当に今もずっと調べてるんですけど、何1つわかんなくて。結局家で何か問題だったのかっていうと、なんかあったっけっていう感じで。今下の子たちは普通に問題なく学校行ってますし、同じように育ててるはずなんで、この子だけっていうのはなっていう感じなんですよね。
高校入ったけどすぐ行かなくなった。大体1ヶ月ぐらいですね。1ヶ月ぐらい。で、単位が足りないっていうことが分かって、その12月かな、分かって、学校は転校して、編入して試験を受かったら高校2年生でいいですよっていう学校があったんで、そこに2023年の4月1日から行く予定だったんですよ。
でも行かなくなってトー横に行ってるっていうことは、その時点では知らない。知らないんですね。全くもって知らなかったんですよ、本当に。単純に家に引きこもってるのかなっていう認識だった。そうそう。てか当時私あんまり連絡取ってなくて、私の母しか連絡取ってなかったんで、私の母も全くもって把握してなかったんですね、その辺が。その行動とか全く把握してなかったんで。
奥さんももう把握してなかった?いや、もうだって私たちの手元から勝手に離れてしまったんで、連絡もしてなかったんで。そん時LINEとかも?当時も連絡取ってないんで、だから私の母を通すしか連絡手段がなかったんですよ。当時本当に、6ヶ月間ぐらい、2022年の4月から12月前ぐらい、本当に連絡取ってない状態です。
でも家を出るまでは携帯電話とか持ってた?持たせてましたね。その連絡は繋がった?いや、もうそこは解約して、私の母が持たせた携帯電話になってしまったんで。それを解約は誰がしたんですか?解約はもう私の方で泣く泣くするしかなくなったって感じです。もう向こうは使わないっていう感じだったんで、持たす意味がないんで。
でもお母さんから連絡先教えてもらうとかもなかったんですか?そういうのも教えたくないっていう感じだったんで。それでもう、なんだそりゃって感じで、もう私は接するのも諦めたんです。そうなってしまったら、もうどうしようもないっていうか。それでずっとトー横に来て、ずっと入り浸ってしまったっていう感じだったんですよね、結局は。じゃあ、あき子さんとの最後の会話とかって覚えてますか?
覚えてます。2023年1月に、あき子の方がうちの母経由で連絡してきて、会いたいっていう話があって、そこで会って仲直りして、連絡先を改めて交換して連絡するようになったんですよ。そこで1回仲を回復して、少しずつ、じゃあこれでまた昔に戻れるかなっていう風に、少しずつ戻していこうとしてた矢先に、あの子亡くなってしまったんですよ。
それは仲直りしようっていうのは向こうから言ってきたんですか?そうですね。向こうから言ってきた。どんな言い分ですか?言い分も何も、単純に会いたいっていう話だったんで。それで会って話をしたんですけど、その時はもう髪の毛金髪だったりとかしたんで、なんかすごい変わってしまったんですよね。イメージが全然ガラっと変わってしまって、何があったっていう感じだったんですよね。
なんでこうなっちゃったのっていう。いや、なんとなくっていう感じで、特に理由とかは教えてはくれなかったんですけど、連絡取ってくれたから、まあいいかって感じだったんで、こちらとしても。仲直りの時っていうのは、詳細に自分はこういう気持ちだったみたいなことを話されてたんですか?
そこまで詳細な気持ちの話じゃないんですけど、仲良くしていきたいっていうようなことを言ってたんで、それやったら自分の方もじゃあ仲良くしていこうかっていう感じで。1週間に1回とか、LINE交換して他愛ない会話をしてっていうことをやったんですよね。パソコンの使い方わかんないから教えてとか、本当に他愛もない会話をしてたんです、ずっと。
1月に会って、そっから1ヶ月後にちょっと、あき子の方で事件があってしまって、そこで会って。その後だから、亡くなるちょっと前ぐらいに会ってたような感じだったんですね。
その事件っていうのはどんな?彼氏の方から暴力を受けたっていうのがあって、それで新宿警察署で保護されたっていうのがあったんですよ。で、それでちょっと私も、なんで彼氏が暴力振るうんだって。1月に会った時に彼氏がいるって話になってて、その時にLINE通話で話をしたんですよ、あいつと。で、一応母の方はその子と会ったことあるっていうことだったんで、ちょっとチャラチャラした男だよっていうようなことを言ってたんですよ。
当時あき子さん16歳。16歳ですね。彼氏の方は何歳?付き合った当時は18歳で、亡くなった時に19歳になったって感じですね。ちょうど30日前で。なるほど。
その彼氏の方は何をされてた方?結局トー横で何してたっていう、当時建築系の仕事をやってたっていうような。仕事はしてた。仕事はしてたんですけど、違法系の仕事っていうんでしょうか。当時私が聞いたのは、薬物意をする仕事。タンクローリーっぽい中に入って、なんかハンマーかなんか持ってヤザ剥がすとか、なんかそんな感じのをやってたっていうのは。
それはヤクザが人夫出ししてるうちの作業員の1人みたいな。そうそう。
その情報は、そのビデオ通話した時はどこまで知ってたんですか?いや、その時は何も知らなかったんですよ、本当に。じゃあ彼氏がいるってことだけをその場で知って。そうですね。少し会話したわけ。そうそう。で、あとは仕事やってるっていうのと、20万ぐらいは稼いでますっていうことを言ってたんで。トー横で出会ったっていうことはその時点では?何も知らされてないです。知らないですね、本当に。
で、その事件っていうのは新宿警察署に呼ばれる?呼ばれたんですね。娘さん保護してるので来てくださいって。そこそこ青あざができるぐらいには殴られていたんですけど、結局あの子たち、その後も連絡をすぐ取ってたんですよね。
その状況で一緒に帰るんですか?そのまま一緒に帰ったんですよ。一緒に帰って、一旦実家の方に1回避難をするっていう形で。1人暮らししてたところはもうできなくなってしまったんで、一旦横浜の方で避難するっていう形になったんですよ。
その事件に関してはどんな風に喋ってましたか?ちょっと喧嘩しちゃったみたいなことを言ってたんで。青あざができるぐらいだし、なんでそこまでっていう感じだったんで、私の方としては全くもってわけわかんねって感じだったんで。相手はもう傷害でっていう風に動いてて、あの子が亡くなる前にもう警察の方で傷害で動いていて、逮捕も時間の問題だったんですよ。証拠全部、診断書出して。
それで、逮捕も時間の問題だって時に相手が亡くなってしまって、なんで亡くなったって思ったら、彼氏と一緒に飛び降りしたっていう知らせが来たっていうことを聞かされて、なんでそうなったっていう。
連絡すぐ取ってたっておっしゃってた。そうですね。それはどんな手段で取ってたんですか?Discordですね。Discord。Discordっていう通話アプリ、会話アプリのようなものですけど、そこでメッセージとか通話とかやり取りできるんで、そこで連絡ですね。
当日はどんなやり取りだったんですか?当日は、前日から行動してたんですけど、3月26日に彼氏の方から死なないかっていう、今会ってそうって感じのやり取りをして。それで彼氏の方が東京の六本木から横浜までタクシーで移動して、あの子の方は横浜の祖母の家から横浜へ移動して、横浜駅でホテルリブマックスの方に移動してたっていう感じですね。
その日はあき子さんはおばあさんの家にいたんですか?いたんですね。おばあさんにはなんて言って出かけていったんですか?当時祖母は家にいなかったんですよ。ちょっと展覧会とかやってたんで、その展覧会で祖母が外出して、帰ってくるタイミングを見て出てたんで、顔を合わせてないんですよ。なるほど。
そのホテルリブマックスっていうのはビジネスホテルですか?ビジネスホテル。もうすぐそこにも多分ありますけど、リブマックスって結構有名なんで、当時の子たちの間ではリブマックスを利用するのが結構手段だったんで。宿泊で一応?そうです。宿泊で取ってましたね。
で、そっから入って。入って、そこから写真とか撮って、非常階段で屋上に行って、屋上から飛び降りて亡くなったっていうような感じですね。その時、Xの方で実況じゃないけど、当時のやつがまだ残ってるんですけど、スクリーンショットみたいな感じですよね。
で、浩三さんには。そうですね、翌日ですね。何時に連絡?朝7時頃かな?7時か7時半か。ちょうど私は通勤途中で、何なんだと思ったら、あき子が大変なことになったって言って。当時その死亡したっていうことは言わずに、とにかく警察署に行けっていう風にしか言わなくて。それは誰に言われ?うちの母ですね。
もうその日は仕事は休んで。もちろん休んで。警察に行って、横浜の。そうそう。警察官から事情を説明いただいて、あき子さんらしき者が遺体で発見されましたっていうのを聞いて、それで身元確認に行って、あき子であること間違いないってことを確認してっていう感じです。あき子さんはどういう状態になってたんですか?
状態としては、この膝下、この膝下がない状態ですよね。飛び降りる時に足から行ってしまったみたいなんで、この膝から下が砕け散ってるっていう状態ですよね。体の大体にシートあるんですけど、ここはもうペタンってなってたんですよ。普通の形してなかったんですよ。こっから先が。
もう私もそのシートの下を見る勇気がなかったし、なんか人じゃないものを見る感じだったんで。妻が見ようとしたんですけど、妻をそこで止めて、あえて見ないで終わらせたんです。なんか見たら後悔するんじゃないかと思って。
表情はどんな表情?表情は、安らかなのかどうかわかんないけど、本当に眠ってるっていう感じでしたね。
状況で言うと、なんかオーバードーズして飛び降りた感じですか?オーバードーズはしてなかったんですよ。遺体の検案書っていうのがあるんですけど、そこで見た時に残留薬物とか全部ないことが確認されていて、外傷性ショックっていうんでしょうかね。一応警察の方にも確認したんですけど、本当にオーバードーズしてないんですよ。ということはシラフのまま飛んでるんです、あの子たち。
それは彼氏と同時に飛び降りたんですか?彼氏と同時ですね。同時で、結局最後、殺人事件の加害者として人生を終えてしまったんですよ。お互いがお互いを殺したって扱いになっちまって。それはそういう扱いになるんですね。状況的にそうなってしまったっていう感じですよね。あき子が彼氏を殺した、彼氏があき子を殺したという扱いですね。お互いが加害者でもあり、被害者でもある。
私はトー横に娘が殺されたって表現してると思うんですけど、それは要は結局殺されてしまったっていうような扱いになってると思って、それが悔しくてつけた題名っていうんでしょうかね。なんでこんな惨い死に方しないといけないのっていうのは、見て思った。16歳の女の子がなんでこんなね、ひどい死に方しないといけないのか。惨いっていうかね。
しかも殺人事件の加害者として終わるって、こんな人生あるかっていうところですね。そっからもう遺体を見て、絶対、なんでこうなった原因を、事件の真相解明を絶対にするっていう風に決めたんです。
彼氏側の親御さんとは対面したんですか?一応対面して、連絡先交換はしてありますね。連絡取ろうと思えば取れる感じですね。それはお互いどんな風に言葉があるんですか?一応話した時なんですけど、今回は申し訳ないっていう謝罪の言葉と、あとは息子さんがなんでトー横に来てしまったのかってのも、先方の方もなんでトー横に行ってしまったのかわからないっていう感じだったんですよね。
すぐ受け入れられて?受け入れるも何もね、もう2人とも亡くなってしまって、どうすればいいのかって感じで。悲しみを全部通り越してしまって。向こうのお父さんもお母さんも、うちと同じ普通の家族なんだなっていうのが分かって、そしたらもうなんか怒るのもバカバカしくなっちゃったんですよ。
警察署に呼ばれていってご遺体を見た時点で、トー横に行ってたっていうことはその時点で知ってた?いや、知らないです。それは知らない。わかんないです。トー横に行ってたって事実も警察も把握してないです。なるほど。
死の経緯が分からなくて、彼氏と一緒に死んだっていう事実しかわかんなかったんですよ。どっちが誘ったとか。当時携帯電話がもうバキバキに壊れて見えなかったんですよ。飛び降りた衝撃で携帯電話がくの字に曲がってしまって、データを見ることができなかったんですよ。
でも、データを見ることができないって言っておいて、じゃあなんでデータを復旧させることができたって話があると思うんですけど、それはクローン携帯を作ったんですよ。クローン携帯。私のシステムエンジニアの知識を悪用して、あの子の携帯電話をハッキングして暗証番号を突き止めて、そっから復旧したんですよ、データを。へえ。当時のバックアップだけ取ってたんですよ。なるほど。
なんで、亡くなった日の前日のデータを戻すことができたんですよ。そのクローン携帯を作って、そこから復旧したら、そういったのが見つかって、彼氏の方から誘われたんだっていうことがようやくそこで分かったんですよ。ここは警察でもたどり着けなかった。私の方でたどり着いて、警察の方に証拠として提示はしてますけど。
16歳で亡くされて、割とすぐそういう死因を突き止めようっていう気持ちにもすぐなれたんですか?いや、もう遺体と対面した時ですね。もうなんでこうなったのかっていう、もう絶対に解明してやるっていうのしかもうなかったんですよね、その時は。ただその時すら、まだ本当にトー横に行ってたってことを知らなかったんですよ。
ご夫婦で何か言葉を交わされました?そのご遺体に対面した後なのか。対面した後に、同じこと思ったのが、当時あき子が前にここに居候してたって教えてくれた場所があったんですよ。とある子の家なんですけど、その子の家に行ってみようっていう話になって。へえ。もしその子だったら何か知ってるかもしんないと思ったんですよ。
一応そのまま、そこに行くんですか?もうそこに行ったんですよね。行って、男の子が出てきて、あき子のハンドルネームが「やぬ」っていう名前なんですけど、「にゃぬ」って名前知ってるって言ったら知ってるって言って、この子の父親なんだけど、なんか事情知ってるかっていうことを聞いたら、トー横の関係だよっていうことを初めて聞かされて、そこでようやく娘がトー横に行ってたってことを初めて知ったんですね。
アカウントは把握してたんですか?このアカウントを警察官の方から教えていただいたんですよ。それもその場で?最初この情報でしか知らなかったんですよ。やぬって名前、やぬって名前何っていう。まさかうちの子がトー横に行ってるとは夢にも思ってなかったっていう。そこですよね。
で、そっからじゃあ知りたいってなって、さっき言ったように携帯を、クローン携帯っていうんですかを作って、そういう流れで自殺に至ってたっていうことを知るんですか?そうですね。結構やっぱり、トー横の中でもいろいろ巻き込まれてたっていうことが分かってきて。で、その彼氏のA君に関しても、やっぱりそういう違法に近い仕事をして、精神的にどんどん追い詰められていたっていうことが分かって。追い詰められていたって分かったのは、つい最近分かったことなんですけど。
そっからもうトー横だって分かったんで、もうトー横に通ったんですよ。4月から。そこで、じゃあ要はトー横キッズの子たちに聞き込みするっていう。もうずっと聞き込みですよ。延々と。何を聞いてたんですか?まず、やぬっていう名前の子知ってるかっていうのを聞いて。ただ当時は事実を隠して捜査してたんですよ。
あき子のことを探してる、なんかヤクザの人がいるっていうのを聞いてたんで、どこの人間かもよくわかんなかったんで、誰がどこと繋がってるかわかんないんで、あき子が死んだっていう事実を隠して調べた。ちょっと行方不明になっちゃって探してんだけど見たことないって感じで。
どんなトラブルに巻き込まれたんですか?色々あるんですけど、詰め事とか、あと薬物の転売とか。詰め事ってなんですか?要は一般的に言うと恐喝ですよね。早い話が。恐喝してたんすか?いや、されて、恐喝の被害を受けてたって感じですね。同じトー横界隈の子に?そうそう。この界隈でよくある、あるあるなんです、そういうのって。
例えば、あき子と仲良かったメンコン、メンズコンカフェの男の子が何かやらかしたんですけど、そのやらかした責任を取れっていうような、お前仲いいでしょって。仲いいんだったらお前が責任取れっていう感じでお金を請求されたんですよ。当時、30万だったか確か。
払えないから、払えないならどうするかって、じゃあ売りやってこいとかっていう風になっちゃうんですけど、ただ別のトー横キッズの子が、いやいや関係ないからこの子払う必要ないでしょって言って、たまたまそれは払うのは免れたんですけど。
で、あとは薬物の転売。転売ですね。大麻かな?違法薬物、なんか野菜、隠語で野菜とかあるじゃないですか。野菜って指すっていうの。売ろうとしたんですけど、結局やってるふりだったんですよね。やってるふりで、結局やってなかったっていう。
Xのアカウントを作っていたんだけど、お客さんとやり取りしたやり取りは一切見つからなかったんで、やってない、結局やってるふりなんだろうなって。あの子は薬がすごい嫌いだっていうことは、キッズたちの間で有名だったみたいなんで。で、本人もやってないし、そういう売り買いもしてない。してないです。
オーバードーズは、いや、食ってましたけど、大麻とかそういった違法薬物は本当にやってないです。
月中旬あたりからトー横に来始めて、亡くなった彼氏と一緒にいたっていう、亡くなった彼と一緒にもうトー横には来てたそうです。で、6月、7月、8月の3ヶ月間は、ホテル、そこのリブマックスにいて、ホテルの、なんていうでしょうね、最上階の方で、みんなに徳さんて呼ばれてた男がいるんですけど、その徳さんの部屋に見立てたっていう、そこでオーバードーズやりまくってたっていう感じですね。
分かってくるにつれて、どんな気持ちになってくるというか。
いや、まあ、なんとかここで社会、コミュニティを作れ、あの子に作れていたんだなっていうのは驚いたところもあったんですよね。そういう印象もあったんですよ。
そうなんですよね。みんな口々に、あの子すごい優しいから、なんでトー横に来るのかわからないっていうのは、やっぱ口々に聞くんですよね。で、あとやっぱり事件に巻き込まれやすい体質っていうんでしょうかね。あの子は本当すごい優しいんですよ。本当にやっぱり優しいっていうのはあったみたいで、あとはやっぱり事件とかもあったんですよ。レイプみたいな、レイプに巻き込まれたとか、暴行事件に巻き込まれたとかっていうのも多々ありましたけど、そういう被害者にもなってましたね。
その辺、界隈系の中でっていう感じですけど、そういうのは所定あるから、もう覚えてはないですけどね。でも、そんなことが分かっていって、トー横に対してはどんな印象になっていくんですか?
まあ噂を聞く、噂と変わりはないけど、ただ違うのは、ここにいる男の子と女の子たちって、どこにでもいる10代、10代の男の子と女の子たちだなっていうのは分かったっていうとこですね。
10代。
もう10代、20代、普通にその辺にいる男の子と同じことが、本当に変わんないっていうのが分かったんですよ。なんで、報道発表されてる内容と、なんかこれ情報違くねっていうのに気がついてきて。オーバードーズしまくって危険だっていう話があると思うんですけど、実際は普通のどこにでもいる男の子と女の子たちが薬物の犯罪に巻き込まれていくっていう構図があるんだなっていうのは分かったんですよ。で、その巻き込む原因っていうのは、それをする大人たちがいる。子供たちに手を出す大人がいる。その存在でどんどん子供たちが巻き込まれていくっていうのは分かったんですよ。
そのホテルの一室に集団で暮らしてたんですね。
当時はそうですね。
その徳さんて呼ばれていた男なんですけど、本名は徳中新太郎と言って、ヤクザにいた、ちょっと半グレに近い男だったんですよ。40、今40代かな。で、彼は今もう刑務所に行ってしまってるんで。ホテルの自分の部屋を300連泊以上借りてたんですよ、彼は。その時聞いてたのが、薬物の売買をさせて、その手数料を占めてたとか。
そうそうそう。で、彼が捕まった原因っていうのは、薬物を転売させた男の子がその売上金を持ち逃げして、それに怒って誘拐しに行ったっていう。誘拐して、身代金を20万お母さんに請求して、お母さんが20万払って解放されたので発覚したという。その場に娘さんもいた? あ、そこにはいないんですけど。
あ、そのホテルの場所に。
ああ、ホテルの場所にはいましたね。
結局、娘さんは現時点ではなんで亡くなったっていう風に推測できるんですか?
まず彼氏から誘われてしまったっていうのと、あとあの子は元々希死念慮、死にたい気持ちが強かったっていうのは分かったんですよね。それ、なんで強かった?
いや、そこはわかんないですよ。もうなんか生きててもつまんないからとか。ただ当時のキッズたちの間で、生きるのは20歳まででいいっていうような言葉があったんですよ。もう20歳まで生きればいいっていうような感覚で、そこでもう一気にバーッと輝いて、そこでパタンと終わるっていう、そういう感じだったんですよね。
結構他にいろんな動画で取り上げられてるじゃないですか、トー横キッズ。そうですね。なんかご家庭に何かしら問題があるっていう人が多いっていう印象なんですよ。その辺りってなんか考えたりもしましたか?
もちろんそれは考えてますけど、ご家庭に問題があって来る子たちと、それとはまた別の子たちもいるとか、いろんな家庭があるっていうのは何とか見てきたんですよね。
今私の方も、キッズたちの親御さんで連絡取れてる親御さんがいるんですよ。全然親御さんも普通っていうか、本当に娘さんとかをちゃんと大切にしてるお母さんだったりとかするんですけど、どうしてもトー横に行ってしまう我が娘をどうすればいいのかわかんなくて困ってしまっているっていう。で、かと言ってトー横に行くのやめてって言っても、やめさせようとすると発狂してしまってとか。それで妥協して、行くけど、ちゃんとこの時間に帰ってきてねっていう感じでやったりとか。すごい苦労されてる。もう親御さんたちもどうしたらいいのかわからないっていう感じの家庭が結構多かったかなっていう感じはしますね。
どうすれば防げたかなとかはありますか? 例えば今、同じような状況に陥ってる親御さんとかに向けて言えることと言いますか。
そうですね。まずは子供たちと対話することはもちろんなんですけど、ただ私は、何が正解だったのかっていう答えを結局まだ出してないんですよ、正直。ただ少なくとも1つ言えるのは、ここにいる、なんかそういう変な搾取をする大人たちがいなくなれば安全にはなるかなってのは、なんとなく見てきたんですよ。例えば薬をワンシート8000円で売るとか、なんでそんな転売みたいなことをやってるのかって言うと、働き方を知らないんですよ。働くっていうのが分かんなくて、結局違法の仕事をやらざるを得なくなっちゃうんですよ。お金がないから。で、それで結局、働き方とかを覚えてくれば、そういったのはなくなってくるじゃないですか。親子間で、こうすれば良かったなっていうこととかありますか?
そこはもう難しいですね。なんて言うんでしょう。家に帰れる子たちはまだマシなんですけど、やっぱ家にも帰れない子たちとか、あと親とは連絡取ってないとか、あと親がそもそもいなかったりとかっていう子たちもいるんですよね。なんで、全員が全員当てはまるわけじゃないんで、そういうとこはもう無理に親御さんの元に返すんじゃなくて、都とか国とか行政で預かって成人までに育てるっていうしか、もう方法ないんじゃないかと思いますね、もう。
なかなか、じゃあもうご自身の手では難しかったんじゃないかなっていうのが、今の考えなんですよね。
そうですね。難しいと思いますね。なんで、そこについては、できれば私はね、一緒に暮らしてどうこうやりたかったんですけど、それが難しいのでは、そういったところを借りるしかないんですけど、結局今、行政でできるのも児相、児相ぐらいしかないんですよね。児相は本来、扱うと言っても家に返すことを前提の施設なんで、家に返すことが前提になってしまうんですよ。だから問題があるご家庭だったとしても、最終的に家に戻されてしまうんですよね、態度とかに問題がなければ。
なんで、今私がやろうとしてるのは、まず犯罪を持ち込む人たちにはもう一旦退場いただいて、安全な場所にした上で、働き場所、特に18歳以上になった子に関しては、働き口を紹介できるような制度を作ろうとしてるっていうようなところがありますね。
ただ18歳未満をどうするのかっていうと、ちょっと今そこをどうすればいいのかが見えてないんですよ、正直。やっぱりどうしても親権っていうのが強いんですよ、親御さんの。なんで、児相以外でその親権停止は認められてないんで、作ったところで親御さんの元に戻されちゃうんですよ、強制的に。
それはもう親が絶対なんで、それを合理的理由を持って一旦引き離して預けるとかっていうのも、なかなか、それは児相でもなかなか難しいところもあるんですよ。なんで、ちょっとそういった問題を何とかできないかってのはあるんですけど、今の日本の制度がそれが限界っていうのはありますね。なんで、そういった法律を変えるとかっていうのも視野に入れていかないといけないです。
最初は娘さんが、なんで亡くなるに至ったかっていう経緯とその理由みたいなところを、で、ここに通い始められたわけじゃないですか。はい。そうですね。今現在は、はい、どんな思いで今やってるんですか?
やっぱり未成年とかの自死者が多いんですよ。多くて、なんで、自殺の理由を聞いても、なんかそんなことで死ぬ、理由がもったいなさすぎるっていうか、もっと楽しいことあるじゃんと思うんですよ、本当。
なんで今その自殺防止をしたいっていう、そこ多分、未成年者の自殺防止をしたいっていう。具体的にはどんな感じで働きかけてるんですか?
そうですね。今行政に働きかけて、例えばですけど、キッズたちと行政と対談して、キッズたちの話を行政に聞いてもらって、行政の方で何か支援できることはないかとか考えてもらったりとかっていうのはありますね。あとは自分の方としては、君さんとかあるんですけど、そこと行政、その新宿をつないで、就労支援とかを、上に幅が広がるように繋ぎたいとか。君さんは東京都の管轄なんですよ。で、ここは新宿区の管轄なんですよ。管轄が違うんですよ。君さんと新宿をつなげたいとかいうのをやったりとか。
あとは今ちょうどここでイベントやってるじゃないですか。キッチンカーパークがあるんですけど、そのキッチンカーパークの運営委員会の方と協力して、キッズを働かせることができないかとか、そういったこともやってます。やっぱ仕事してないっていうのもかなり大きいです。
大きいんですね。仕事がないからお金がない。お金がないから違法系に走ってしまう。で、この悪循環を断たないといけないですよ。そうすると働くってのを覚えてもらうしかないんですよ。もうこれは社会に出て言うては、もう仕方ない、仕方がないことなんですよ。ほんで、まだ学生とかは働く必要がないはずなんですよ。だからそこを無理に働こうとして、大人と同じように働いて生活費を得ようとするのがおかしいことなんですよ。だからやっぱ給料って安いじゃないですか。で、コンビニのアルバイトを見てもやっぱ最低賃金になっちゃうわけじゃないですか。だから、違法系の案件とかをやってしまうと、1日のバイトより多い金額が、もうすごい短い時間に稼げちゃうわけなんですよ。そうすると、だんだん感覚がおかしくなってしまうんですよ。こうやって、昔ここに子たちが集まってるのを見て、下とかすごい煌びやかに見えると思うんですよ。
すごいなんか楽しく見えるんですけど、実態はものすごい地獄なんですよ。目標としてはまず、そうですね、そういうもめ事とか問題とか犯罪はもうなくしたいですね。
あとオーバードーズも、最終的にはオーバードーズは危ないっていうのをちゃんと認識してもらって、もうやらないっていう方向に。なんて言うんでしょう? これはまずいっていうのを認識してもらえたらっていうので、その上で就労支援をやって、働き方を覚えてほしいっていうところです。それを本格的にちょっと今やってるような感じですね。
浩三さんがここに通うのが終わる日っていうのは来ると思いますか?
それは分からないですね、全くもって。ずっと来ると思いますよ。どっちにしても、やっぱり頻繁に来ないと情報がどんどんどんどん書き換わってしまうんですよ。本当に、ついた情報が1泊、1週間、2週間経ったら、もう全然古くなってしまったりとかってのは結構ざらにあるんですよ。だから、そういった変化にも反応して、そういったことを考えながらここに。それはやっぱりゴールはない感じなんですけど、ずっと関わっていこうかなと思います。
そうですね。ゴールではないかなと思ってるんですけど、しいて言えば体制を作りたいんだと思うんですよね。私がいなくても、こういう子がいたら、なんて言うんでしょう、この手順を踏んでいけば助けられる体制を作る方が先決かと思って。それが作れれば私がいなくても動くじゃないですか、体制があれば。今その体制は何もないんですよ。誰も実現できてないんです。だから、そこを私は作りたいんですよ。1番思うのは、自分の娘の、娘の喪主をやりたくないんですよ。なんで自分がね、娘をそうしてやってる、なんで私は喪主やってんだっけって、すごい悲しいんですよね。そんなね、悲しい思いをね、したくないし、させたくないし、他の子たちもいなくなって、やっぱ寂しいじゃないですか。そんな、人が死ぬっていうのは本当に。で、ここは本当にどんどん人がいなくなってしまうっていうのを、もう変えたいんですよね。
根本的に何もかも全て、完全な解決は無理だと思うんですけど、やっぱり最後の砦だと思うんですよ、トー横って。やっぱ行き場がなくて、本当にどうしようもなくて、限界を迎えた子たちが来る場所っていうのは分かってはいるんで、だから最低限、安全な場所に残しておけば、最後に行政の方で手を付けられれば、なんだろう、この子たちが生き延びられるんじゃないかと思うんですよね。
ありがとうございました。はい、どうもありがとうございました。はい、失礼いたします。
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