『ナウシカ』から『もののけ姫』まで、宮崎駿作品はどう変わったか:岡田斗司夫が振り返るジブリの興行と作家性

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概要

金曜ロードショーの「3週連続ジブリ祭り」で『風の谷のナウシカ』が放送される夜に合わせ、岡田斗司夫は2016年8月28日配信の第141回を再編集して公開した。岡田は普段、1本の作品を2〜3時間かけて解説している。今回は『On Your Mark』を除き、『ナウシカ』から『崖の上のポニョ』までの宮崎駿の長編を一気にたどり、宮崎作品の歴史の流れを見渡せるようにするという。無料公開部分は『もののけ姫』までである。岡田は各作品の見どころに加えて、どの問題が解決されずに次の作品へ持ち越されたかという「限界」にも触れていく。

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ジブリ総選挙の中間結果という入り口

話のきっかけは、当時行われていた「ジブリ総選挙」である。これは新作『レッドタートル ある島の物語』の宣伝を兼ねた企画で、『風の谷のナウシカ』から『思い出のマーニー』までのジブリ長編21作品を対象に、ファン投票でベスト5を決めるものだった。1位の作品は札幌、東京、名古屋、大阪、博多(岡田は「かな」と留保している)の5カ所の劇場で再上映される予定だった。

中間発表で上位5作品に入ったのは、『ナウシカ』『ラピュタ』『魔女の宅急便』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』である。岡田にとってこれは意外な結果だった。『ハウルの動く城』が入っていないうえ、『紅の豚』もランク入りすると思っていたのに入っていない。コメント欄に挙がった『耳をすませば』については「かすりもしないんじゃないのか」と答えている。岡田はこの上位5作品を中心に据え、なぜ入らない作品があるのかも含めて宮崎作品を総覧するという方針を示した。

なお『ルパン三世 カリオストロの城』はジブリ作品ではない。一方『ナウシカ』はトップクラフトが事実上解散する形で作られ、そのスタジオがジブリになったため、ジブリ作品として扱われていると岡田は説明する。『火垂るの墓』ももちろんジブリ作品である。

「初期綺麗ごと4部作」という分類

岡田は『ナウシカ』『ラピュタ』『トトロ』『魔女の宅急便』の4本を「初期綺麗ごと4部作」と呼ぶ。コメントで「言い方があるだろう」と突っ込まれると、散々考えたうえでの呼び名だと返している。主人公が正しく、楽しく、きちんと「漫画映画」になっている4作品という意味である。

この4作品は作家性よりも職人性が前に出ていると岡田は言う。宮崎が自分の内面をさらけ出すのではなく、腕で作った作品群だということだ。ここでいう「内面」の例として、岡田は『シン・ゴジラ』に庵野秀明の内面が表れていることを挙げる。同じ意味で、岡田は細田守のアニメにあまりピンとこない。細田作品には内面性が見えず、「ぶっちゃけた話をしてくれないアニメ」だと感じるからである。細田は作家性より職人性の強い人なのかもしれないと推測しつつ、『時をかける少女』から『バケモノの子』までの細田作品は自分の琴線に触れないと語っている。

『風の谷のナウシカ』:地味な絵作りと91万人

1984年の『ナウシカ』について、宮崎は当時「もう二度とこんなアニメは作らせてもらえないだろう」と考えていたと岡田は言う。宮崎には興行的に失敗する、あまり売れないというイメージがついていた。だから最初で最後のオリジナル長編のつもりで、ハイファンタジーに挑んだというのが岡田の説明である。

岡田によれば、ファンタジー業界ではハイファンタジーとローファンタジーを区別する。ローファンタジーは『ハリー・ポッター』のように、現実のロンドンから魔法の世界へ行く形で現実とのつながりがある作品を指す。ハイファンタジーは完全に架空の世界を描く作品を指す。ハイ・ローは高級かどうかではない。現実と地続きで感情移入しやすいか、架空世界を一から描くぶん処理が高度になるか、という程度の差だという。『ナウシカ』は「産業文明崩壊から1000年後」とはいうものの、現実世界はまったく出てこないのでハイファンタジーにあたる。

岡田は今回見直してみて、面白いことは面白いが「絵作りが地味」だと感じたという。同じ1984年には『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』と劇場版『超時空要塞マクロス』が公開されていた。どちらも絵面が派手な作品で、その中に内容は濃いが地味な『ナウシカ』が登場した。観客動員は91万人で、これはジブリ作品としてかなり低い数字である。『ナウシカ』は大ヒット作という印象が強いが、それは翌年のテレビ放送で人気が上がったからであり、劇場公開時はヒットとは呼べなかったと岡田は指摘する。

内容面では、宮崎が漫画を連載している途中で劇場化が決まった事情があった。そのため結末は、『さらば宇宙戦艦ヤマト』の特攻と同じような形になったと岡田は見る。ナウシカが王蟲の前で手を広げて止めに入り、死んで生き返る展開のことである。宮崎は後々まで、あそこで妥協して宗教的になってしまったことを後悔しているという。岡田はジブリ第1作としての出来は高く評価し、アイデアも豊富だとしたうえで、やはり地味だと繰り返した。

説明用に岡田はジブリ美術館のショップで買った4000円ほどの金属製の王蟲フィギュアを持参していた。口の触手や全身が動き、触るとイボが痛いほど尖っているところが「子供向けでなくていい」と気に入っている。

『天空の城ラピュタ』:最も当たらなかった王道作品

1986年の『ラピュタ』はベスト5に入る人気作だが、動員は77万人でジブリ作品の中で最もヒットしなかった。毎年テレビで放送されている印象からすると意外だと岡田は言う。内容は起承転結がきれいに並び、主人公の動機がはっきりしている。ヒーローは正義に燃えて力強く、ヒロインはけなげに頑張るという王道の作りである。その代わり、宮崎作品の中で最も説教臭い作品でもあると岡田は評している。

岡田が最大の見どころとして挙げるのは構図で、宮崎を「構図の鬼」と呼んでいる。例に出したのは、スラッグ渓谷の軽便鉄道でシータとパズーが逃げる場面である。岡田はボードに図を描きながら説明した。列車は画面の奥へ向かって走っている。機関車はやや右を向いたパースで描かれ、後ろのオープン式客車はほぼ正面より少しだけ角度がついている。シータが「後ろから来るわ」と言い、パズーが振り返る。このとき背景を左側へゆっくり引き、機関車と客車のパースをずらすことで、列車が急な右カーブを切っていることを表現している。背景の引き速度とパースの差だけでカーブを見せる手腕が「めちゃくちゃうまい」と岡田は言う。

岡田は、『ラピュタ』では『ナウシカ』のときより制作体制に余裕があったのだろうと推測する。『ナウシカ』も構図は優れているが、ここまで凝ってはいない。一方、以降の作品では背景にCGが使えるようになったため、構図だけで勝負する必要がなくなった。そのため、アニメの技術論として最も研究しやすいのは『ラピュタ』あたりだと岡田は考えている。岡田自身、『ラピュタ』ならカットごとに何をやっているか、どこが見どころかを説明できるという。

手描きに残る「可愛さ」と、それを失った後期作品

『ラピュタ』の楽しさを説明するために、岡田は特撮映画とCG映画を比べた。マーベル作品のようなCG全開の映画では、監督が思ったとおりの自由な絵が作れる。特撮はミニチュアや合成を使うため、制限された構図の中で工夫しなければならない。その分、どんなに壮大な画面にも手作り感や可愛さが出る。例として岡田が挙げたのは、ジェームズ・キャメロンの『エイリアン2』に出てくる縦横1km規模の巨大プラントと、『ブレードランナー』の巨大ビルである。どちらもミニチュアで作られているので、どれほど壮大でも可愛さが出る。フルCGでは限界を超えて細かく作れてしまうため、可愛さや愛嬌が乗らないという。

『ラピュタ』はすべて人の手で描かなければならないため、難しいことをやっていてもどこかに可愛さが残る。岡田は、『千と千尋』以降の宮崎アニメはこの可愛さを少し失っており、それが魅力の面で弱いところではないかと述べた。

もうひとつの「見どころ」として岡田が半ば冗談めかして挙げたのは、シータの体形の変化である。10歳ほどのシータは冒頭では胸がまったくないのに、物語が進むにつれて大きくなり、ラピュタ到着後に抱き合う場面でははっきり胸があるように描かれているという。気づく人と気づかない人がいるので、DVDを持っている人はシータの胸だけ続けて見てほしい、宮崎はエッジが効いている、と岡田は笑った。『ラピュタ』のフィギュアとしては、ポムじいさんと、ドーラの息子たちの「バカ3人」を買ったそうだ。

『となりのトトロ』と、二度宮崎を振った庵野秀明

1988年の『トトロ』は中間発表のベスト5に入っておらず、岡田は「案外不人気」と見る。理由として、長編としては尺が短いことを挙げた。岡田はほとんどの宮崎作品のDVDを持っているが、『トトロ』は持っていない数少ない作品だという。

この時期のエピソードとして、岡田は庵野秀明の話を詳しく語った。宮崎は『ナウシカ』で庵野を大抜擢し、巨神兵のシーンをまるごと任せて「こいつは使える」と判断した。『ラピュタ』でも見せ場を用意していたが、庵野は大学時代の友人である岡田たちに誘われて『王立宇宙軍 オネアミスの翼』に移ってしまった。悔しがった宮崎は一時期、夜中にガイナックスへ通って引き抜きを試みたという。岡田はこれを業界の掟破りとしながらも、自分たちも他社のスタジオに夜行ってアニメーターを勧誘していたので「フェア」だと付け加えている。庵野は『ラピュタ』に行きたくてたまらなかったが、自分はメカニック作画監督だからとこらえた。ただし前田真宏は引き抜かれ、『ラピュタ』で城の底が抜ける場面を担当したという。

『トトロ』でも宮崎は庵野にオープニングを用意した。本編は全編リアルな描写なので庵野の出番はほとんどない。しかしオープニングにはゲジゲジや蜘蛛などの変な生き物が出てくるので、それはお前にしか描けない、全部やれと誘ったという。ところが高畑勲が旧日本海軍の軍艦を描かせてやると声をかけ、庵野はそちらに行ってしまった。こうして宮崎は庵野に二度続けて振られ、庵野が次に宮崎作品に登場するのは『風立ちぬ』の声優まで待たなければならなかった、と岡田は語る。しかも高畑は庵野に描かせた非常に細かい原画を真夜中の場面にしたため、画面にはほとんど映らなかった。それでも庵野はあまり文句を言わなかったという。

トトロの都市伝説と、幻の「3段ズーム」コンテ

『トトロ』の動員は、『火垂るの墓』との2本立てで80万人だった。岡田はこの数字から、ジブリが動員記録を次々に塗り替えたのは『もののけ姫』以後の話だと指摘する。宮崎が本当に好きに作った初期の作品は、実は案外ヒットしなかったというのである。

サツキとメイはすでに死んでいて、トトロが死の世界を案内しているという都市伝説について、岡田はジブリが公式に否定していると述べる。そのうえで、自分が最も納得した話として未発表の絵コンテを紹介した。メイが行方不明になり、サツキがトトロのところへ行く。トトロはサツキを担いで木の上に登り、遠くを見る。するとトトロの目が大きく開いて前へ突き出し、3段ズームで「ゴンゴンゴン」と伸びて遠くのメイを見つけ、それから猫バスを呼ぶ、という内容である。

このシーンがカットされたのは、2本立てのため尺を1分も延ばせなかったからだと岡田は説明する。加えて、ここでメイが見つかってしまうと、猫バスで空を飛びながら見つかるかどうかハラハラする楽しさがなくなり、クライマックスが成立しなくなる。岡田はコメントに促されてボードにコンテの構図を描き、実際に作画したらもっと極端な表現になっただろうと話した。

興行面では失敗に近い結果となり、次の『魔女の宅急便』を最後に東映が配給を降りることになった。当時の鈴木敏夫はまだプロデューサーではなかったが、宮崎と高畑の2人を軸にアニメを作ろうとしていたジブリがこのまま倒産するかもしれないという危機感を持ったのがこの時期だろう、と岡田は推測している。

『魔女の宅急便』:1年で作った作品がジブリを変えた

1989年の『魔女の宅急便』は、それまでの2年おきのペースを崩し、前作からわずか1年で公開された。もともとは別の監督で進んでいた企画だったが、スポンサーの要望などにより(岡田は「実際のことは分かりませんけども」と留保している)宮崎が監督になった。宮崎は監督、脚本、プロデューサー、絵コンテの4役を担当した。4役を兼ねたのも、前作から1年しか間がなかったのも、宮崎作品ではこの1回きりだという。久石譲も自身のアルバム制作と重なり、打ち合わせの時間がほとんど取れなかった。

岡田によれば、これは宮崎にとってトラウマになっている。後に『モデルグラフィックス』で連載した漫画版『風立ちぬ』には、堀越二郎が日本の敗戦を振り返り「やってはいけないこと、間違ったことをいくつもやった」と語る場面がある。そのたとえとして「新作アニメを毎年1本作るとか」と言わせるほど、宮崎は後悔しているという。一方で岡田は、『紅の豚』と『魔女の宅急便』を手描きアニメーションのほぼ頂点に位置づけている。年に1本のペースで作らせても宮崎はすごいものを作れる、ということを示した作品でもあると評価する。

『魔女の宅急便』でジブリは初めて黒字になり、その年の興行トップを取った。動員は264万人で、『ラピュタ』77万人、『トトロ』80万人と比べて一気に4倍ほどになった。これを受けてジブリはアニメーターを正社員にした。それまでは作品ごとの契約だったため、トップクラフト時代の庵野や『ラピュタ』の前田も1作ごとに手放さざるを得なかった。アニメーターがきちんと働き、評価され、安心できる環境を作るという、宮崎が最初から望んでいたことがここで動き出した。

ただし岡田は、これが同時に宮崎を「やめられない」立場にしたと見る。宮崎は東映時代に組合運動の中心にいた人物で、雇った人を仕事がないからといって解雇してはいけないと考える責任感のある大人である。社長は頑なに引き受けなかったものの、ほぼトップとして社員を雇った以上、自分が辞めるわけにはいかなくなった。1年で作れることを証明し、会社の上層部が責任を持つべきだと言い続けてきた本人が上層部になり、教育もしなければならなくなった。岡田は、『風立ちぬ』での完全引退につながる伏線がはっきり引かれたのはこの作品だと考えている。

観客層の変化も大きかった。『トトロ』にもファミリー層は来ていたが、『トトロ』や『ラピュタ』のシナリオは大人も楽しめるものではあっても、大人に向けて書かれたものではなかった。『魔女の宅急便』では、子どもが飽きずに見られる一方で、大人は「ファンタジーの形を借りて、女性が一人で社会の中で生きていくことを描いている」と自分の目線で受け取れる構造になっている。ファミリー層を狙ったと言いつつ、大人と子どもという2つの客層に同時に届く作り方を生み出したことが、この作品の功績だと岡田は言う。

「好きに作るぜ3部作」と『紅の豚』

続く『紅の豚』『On Your Mark』『もののけ姫』を、岡田は「好きに作るぜ3部作」と呼ぶ。宮崎がある程度好きに作った結果、さまざまな実験ができた作品群である。『On Your Mark』は短編なので今回の総選挙の対象外だ(コメントに出た『平成狸合戦ぽんぽこ』は高畑作品だと岡田は訂正している)。フィギュアは指人形シリーズで、カーチスの機体、ポルコの赤い飛行艇、マンマユート団の巨大飛行艇を買ったという。

1992年の『紅の豚』は、2年続けて作らされた後の3年の休みを挟んで作られた。中間発表のベスト5には入っていないが、動員は304万人で『魔女の宅急便』を上回っている。岡田によれば、この頃からジブリ作品は常に前作を超える興行記録を出すようになった。理由は、鈴木敏夫が本格的にプロデュースを担い、糸井重里らプロを積極的に起用してキャッチコピーを作り、宣伝に力を入れ始めたことにあるという。

宮崎自身はこの作品を「疲れて脳みそが豆腐になった中年男のためのアニメ」と呼んでいた。子ども向け、家族向け、若い女性も見られる作品と作ってきた後、今いちばん癒されるべきなのは疲れている父親たち、つまり自分たちだとして、中年男性に向けて作った。それが大ヒットしたと岡田は説明する。

舞台は1929年、世界恐慌が起きた頃のイタリアである。岡田によれば、イタリアは第一次世界大戦の戦勝国でありながら「栄光なき勝利」と言われるほど景気が悪く、失業率も高かった。そのため世界恐慌の影響をあまり受けず、田舎では恐慌が起きたことを知らない人もいたほどだという。この状況がバブル崩壊後の1992年の日本とうまく重なっていた、と岡田は見る。

空賊の設定についても岡田は背景を補足した。1920年代のヨーロッパで飛行機に乗っていたのは、ほぼ全員が自分で飛行機を手作りする冒険飛行家だった。彼らは第一次大戦で軍に大量に雇われ、プロのパイロットやエースになった。しかし大戦が「世界最後の戦争」と言われたため、戦後は各国が一斉にパイロットを解雇した。航空産業が花開くのはその5〜10年後である。そのため、アドリア海で腕利きの元パイロットが空賊になっているという設定は、嘘ではあるがリアリティがあると岡田は言う。ポルコの友人フェラーリンは貴族出身のエリートなので空軍に残っているが、そうした一握り以外は非合法な稼業に就くしかなかった。そんな中で空賊を狩る賞金稼ぎのポルコは、腕は認められても仲間から裏切り者と見なされる。宮崎は中年男性ならこのニュアンスが分かるだろうと考えて作ったが、観客には分かりにくく、難しい作品になったと岡田は分析する。

岡田にとって『紅の豚』は宮崎作品でいちばん好きな作品である。一方で、最後に空戦をやめて殴り合いで決着をつけるあたりから、宮崎はシナリオの整合性やストーリーの破綻を気にしなくなったと岡田は見る。『ラピュタ』『トトロ』『魔女の宅急便』はシナリオがきちんとできていたが、『紅の豚』のラストに出始めた「グダグダ感」は後の『ポニョ』にまで通じているという。

鈴木敏夫の介入と『もののけ姫』の制作規模

「ジブリは『もののけ姫』から変わった」とよく言われると岡田は紹介する。セル枚数は『紅の豚』までは5万〜7万枚程度だったが、『もののけ姫』では14万枚以上と倍以上になった。デジタルも導入され、予算も大きく増え、キャッチコピーも激しくなっていった。岡田はこれを、宮崎の意向を抑えて鈴木プロデューサーが宮崎に作品を作らせるようになった変化だと捉えている。「好きに作るぜ」の時期も宮崎が好きに作ってはいたが、鈴木が入ってきて、ジブリの中で2人のおじさんが主導権を争いながら作っている状態だったと表現した。

1997年の『もののけ姫』は、『紅の豚』から5年ぶりの宮崎長編で、セルで作られた最後の作品である。岡田は、すべてのパーツがうまくはまった「奇跡の作品」だと評価する。

海外で評価が低い理由と、1420万人の大ヒット

ただし暴力表現が強く、ストーリーも大人向けすぎるため、海外での評価は比較的低いと岡田は言う。アシタカが矢を射て腕や首が吹き飛ぶ場面がある。アニメもアートであり大人が見るものだと理性では分かっているアメリカ人でも、心情的には「アニメなのにこんなことを」と抵抗を感じるらしい。しかも宮崎は描くとなったら徹底的に描き、野武士の両腕が切れる場面では断面の肉の中心に骨があるところまで描いている。実写や特撮なら断面は複雑でぐちゃっとして見えるが、絵で描くと肉と骨がはっきり分かってしまう。そのためクールな残酷さが際立つ、と岡田は説明する。

国内ではベスト5に入る人気作で、興行成績は1420万人に達した。それまでの最高だった『紅の豚』の304万人から5倍近くに伸び、予算もジブリ史上最大の21億円だった。岡田によれば、それまで15年間日本の興行記録を保持していた『E.T.』をアニメが抜いたことが大きなニュースになった。スピルバーグは自分の映画が日本で抜かれるとは思っておらず驚いたという。岡田は、現在ジブリ美術館向けに宮崎が作っている短編CGアニメのプロデューサーがスピルバーグだと聞いていると述べ、すごい組み合わせだと語っている。

宮崎が「これが最後の作品」と言い出したのもこの作品からである。完成後の打ち上げで引退を口にし、1年半近く言い続けた後に撤回した。コメントの「閉店詐欺」に岡田は「その通りだと思います」と応じている。

『もののけ姫』は『ナウシカ』の事実上の続編である

内容について岡田は、『もののけ姫』を宮崎による『ゲド戦記』、つまり「ファンタジーはこうやって作るんだ」という宮崎の公式のような作品だと位置づける。さらに持論として、『もののけ姫』は『ナウシカ』の事実上の続編であり、むしろリメイクだと主張した。

アニメ版『ナウシカ』は漫画の連載途中に作られた。しかも当時は子ども向けにヒットさせなければならず、けなげな女の子を主人公にする必要があった。ところが宮崎は漫画を描いている頃から、クシャナやクロトワといった大人のキャラクターに感情移入していた。そこで思い切ってナウシカではなくクシャナ側に焦点を当てたのが『もののけ姫』であり、特に原作後半でユパとクシャナが共に巨神兵の謎に迫るあたりのテイストが流れ込んでいる、と岡田は見る。

岡田の対応づけでは、ナウシカにあたるのがサン、ペジテのアスベルにあたるのがアシタカである。意外なことにユパはジコ坊になっており、これは白でも黒でもない「灰色のガンダルフ」のような、善悪どちらともつかない中間的な存在だという。クシャナの代わりにエボシが、巨神兵の代わりにシシ神が出てくる。そう読めば、アスベルに相当するアシタカは呪いを受け、王蟲のような森の神々との交流に夢中でこちらを向いてくれない少女サンと出会う。一方、クシャナの分身であるエボシは正しく強いが政治家でもあり、心から賛成することはできない。アシタカの心の居場所は人間社会と森や神々の世界の中間にしかない。岡田は、宮崎がなぜ『ナウシカ』の続編を作らないのかという問いへの答えがここにあるとする。自分の作品の中でこういうリメイクが可能だとは思ってもみなかったことをやってしまったのが『もののけ姫』であり、これが宮崎が好きに作った最後の作品だというのが岡田の見立てである。

本編はここで時間切れとなった。後半では『千と千尋の神隠し』が実は『地獄の黙示録』なのではないかという話から、宮崎の「自分の精神分析3部作」へと進むと予告して、無料部分は終わる。

2026年のアップグレード:10年後の総選挙はどうなるか

再配信にあたり、岡田は後日談を付け加えた。2016年の総選挙の最終結果は中間発表と変わらなかった。1位は『千と千尋の神隠し』で、2〜5位は順位こそ公表されなかったものの『ナウシカ』『ラピュタ』『魔女の宅急便』『もののけ姫』だったという。

では10年後の2026年に同じ企画をやったらどうなるか。岡田は世代によって結果が分かれるだろうと見る。30代以上なら1位はおそらく今も『千と千尋』だが、20代以下では『借りぐらしのアリエッティ』が1位になるらしいと聞いているという。10代から20代前半のアニメ好きには、ジブリを映画館で見たことがない人がかなりいる。そもそもテレビを見ないので金曜ロードショーにも触れない層が、この10年で決定的に増えた。そうした人たちが興味を持つのは、きれいな絵で美男美女が出てきて切ない恋物語を描く、細田守や新海誠っぽい作品としての『アリエッティ』だというのである。岡田たちの世代はジブリっぽい作品から抜け出してきたのが細田守だと感じているので、発想が逆になっていると岡田は「大ショック」を口にした。

いずれにしても『風立ちぬ』や『君たちはどう生きるか』はランク入りしないだろうと岡田は予想する。ジブリ作品そのものがおじさん・おばさんの趣味になりつつあるのかもしれず、ちゃんと見たことがないから投票できないという層も増えている可能性があるという。その背景として、ジブリがサブスクに入っていないため若い世代の目に触れにくいことを挙げた。だからこそ金曜ロードショーが定期的に再放送してくれるのはありがたく、できればNHKも放送枠を取ってほしい、と岡田は締めくくった。