テック大富豪は何から逃げようとしているのか 岡田斗司夫が読む『デジタル生存競争』

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概要

岡田斗司夫ゼミの読書特集回(2024年9月8日配信の第542回を再編集したもの)で、岡田はダグラス・ラシュコフの『デジタル生存競争:誰が生き残るのか』を取り上げた。岡田によれば、この本は世界の超富裕層から実際に相談を受けた学者が、その中身を内部告発に近い形で書いたものだ。富裕層は今、世界の終わりに備えて何を考えているのか。岡田は、世界を危険にしているのはプーチンや習近平ではなく、デジタル経済で富を得た新しい支配者たちではないかという本の主張を紹介する。そのうえで、この発想は自分たちにも無縁ではないとも語る。

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著者ダグラス・ラシュコフという人物

本の定価は税込2200円。岡田は、冒頭の「はじめに」だけでも衝撃的なので、気になる人は書店で立ち読みしてほしいと勧める。

著者のラシュコフは、自らを「マルクス主義者のメディア研究家」と称している。岡田の説明では、シリコンバレーの知識人、いわば頭脳と呼ばれた人物で、デジタル経済学の第一人者だった。1980〜90年代にはシリコンバレーとIT産業を強く肯定し、これが人類を救う、これが未来だと熱心に説いていた。その人物が今は正反対のことを言っているので、アメリカで評判になっている。岡田はラシュコフを「グルのような立ち位置の人」と表現する。

この本の発表と同時に、ラシュコフはデジタル革命の推進者という立場から退いた。現在はニューヨークの大学で教えており、演劇などさまざまな分野を混ぜた授業を持っているという。

砂漠のリゾートへの招待

本の「はじめに」は、ラシュコフが5〜6年前に砂漠の真ん中の超豪華リゾートへ講演に招かれた話から始まる。金持ちからの依頼はどうせ、どの暗号資産を買うべきか、どの技術に投資すべきかといった、年中聞かれている退屈な相談だろうと考え、断るつもりだった。ところが報酬が年収の3分の1だった。アメリカの大学教授の年収の3分の1はかなりの額で、しかもビジネスクラスの航空券も用意されていたので、行くことにした。

岡田は、序盤の書きぶりが浮かれた調子であることを面白がる。ラシュコフは、ビジネスクラスではおつまみのナッツまで温かい、温かいナッツを食べたことがあるか、と書いているという。空港にはリムジンが迎えに来ており、砂漠を夕焼けまで3時間走り続けた。こんな不便な場所にリゾートを作って誰が来るのかと思っていると、横にプライベートジェットが着陸してくる。そこには専用の飛行場があった。このクラスの金持ちはビジネスクラスどころかファーストクラスにも乗らないのだ、自分が馬鹿だった、とラシュコフは思ったという。

本にはドバイのリゾートの写真が載っているが、「ここだとは限らない」と断り書きがある。岡田は、契約で場所を明かせないのだろうと推測する。誰も来ない砂漠に高い塀が巡らされ、チェックインのときも係員以外に人がいない。後で分かるのだが、巨大なリゾート全体が依頼主の貸し切りだった。部屋には専用の露天風呂があり、翌朝にはパタゴニアのフリースを着た二人組がゴルフカートで迎えに来た。

聴衆はたった5人の大富豪だった

講演会場として通されたのは、控室のような部屋だった。コーヒーを飲んで待っていると、一目で「こいつらだ」と分かるオーラをまとった、ラフな服装の男が5人入ってきた。客はこの5人だけで、講演というより1対1のQ&Aだった。

岡田は資産規模をこう説明する。かつての「ミリオネア」は資産100万ドル、日本円で1.5億円ほどで、日本にも割といる。そのためアメリカではもうミリオネアという言い方をせず、資産10億ドル以上の「ビリオネア」と呼ぶ。元ZOZOTOWNの前澤友作が1000億円ほどでビリオネアに少し足りないくらいなので、5人はそのあたりのクラスだろうと岡田は見る。さらに上には資産1兆ドル以上の「トリリオネア」があるが、まだ到達した人はいない。ただしここ数年のうちに何人か出てくると言われている。5人は全員男性で、IT投資やヘッジファンドの上層部の人間だった。

質問は「事件」の後の生き残り方へ

最初は予想どおり、暗号資産やどの技術に投資すべきかといった話だった。ラシュコフはやはり金にしか興味がないのかと思いつつ誠実に答えていたが、どうも自分が試されている気がしてきた。知識を測られているのではない。良心があるのか、善悪をどう考える人間なのか、どれほど慎重なのかを見られている。約2時間の面談のうち、最初の1時間はこのテストだったという。

1時間ほど経つと質問の方向が変わる。温暖化で移住するならニュージーランドかアラスカか。コロナのようなパンデミックが起きたら、どの土地がいちばん安全か。悪意ある国が病原体をばらまく細菌戦争と核戦争では、どちらのリスクが高いか。つまり核保有国と生物兵器を培養できる国の、どちらを警戒すべきか。シェルターを作るなら空気の供給システムはどうすべきか、地下水が汚染される可能性はあるか。ラシュコフは何でも知っているので、聞かれれば答えてしまう。

そして最後の本題に入る。「事件」が起きた後、どうすれば自分の警備隊への支配権を確立できるか、警備隊の忠誠をどう保てばいいか、という質問だった。岡田によれば「事件」とは、ラシュコフがこの後会う人々も繰り返し使う婉曲表現だ。環境破壊で地球に住めなくなる、核爆発が起こる、アメリカなどで大規模な内戦が起こる、第三次世界大戦が起こる、太陽嵐で地球上の通信が途絶えてデジタルデータがすべて消える、ウイルスが漏れ出してバイオハザードが起こる、世界規模のネットワークが崩壊する。そういった事態をまとめて指している。5人はこれを真剣に心配し、リゾートを貸し切って、世界でいちばん知恵の回る人物を呼び寄せたのだ。

首輪、食料庫のロック、警備ロボット

一人はこう言った。すでに海軍の特殊部隊と契約していて、事件が起きれば一定の人数が自分のシェルターに来ることになっている。しかし事件の後に暗号資産の価値がなくなり、報酬が信用されなくなったら、どうやって彼らの忠誠を保てばいいのか。彼らが想定しているのは、攻めてくる一般市民からシェルターを守ることだった。

富裕層はすでに自分たちで検討した案も持っていた。警備員に電子的な首輪をつけ、スイッチ一つで電流を流せるようにしたら、どれだけ忠誠を保てるか。自分しか開け方を知らない特殊なロックを食料庫にかけておけば、自分を殺しても食料が手に入らないので、警備員は忠実でいるだろうか。いっそ人間を排して警備ロボットを開発すべきか。

岡田は、ラシュコフと富裕層の世界の見え方の違いを説明する。ラシュコフにとって世界は、不安定でだんだん住みにくくなってはいるが、皆で守っていくものだ。一方、ある段階を越えた大富豪にとって、世界は終わりかけている。何がきっかけかは分からないが、終わることはほぼ確実で、そのとき自分たちだけがどう生き延びるかを真剣に考えている。本はここで、イーロン・マスクがなぜ火星を目指すのかという話につなげ、超エリートや支配者と呼ばれる人々は終末の日の救命ボートを欲しがっている、と書いているという。そしてこの5人は特別な存在ではなかった。講演の後、ラシュコフのもとには「あの人たちに呼ばれたのなら、うちの話も聞いてほしい」という企業や団体からの連絡が来るようになった。

デジタル経済は「そこそこ幸せな世界」を壊す

こうした人間を生み出すのは巨大資本主義であり、デジタル経済によって人はより非人間的になり、道徳性を失う。ラシュコフはそう書いている。岡田はこれを、ゼミで何度も扱ってきた例で説明する。

町に商店街があるところへ、ウォルマートのような巨大スーパーが来る。最初は便利だと歓迎されるが、巨大スーパーは安売りと価格競争で商店街を潰す。商店街がシャッター街になったところで徐々に値上げし、雇っていたアルバイトやパートの時給を下げていく。これは搾取的で悪いビジネスだが、それでも雇用は生まれ、人は働き、地方経済は存続できる。ところが、ウォルマートより品揃えのいいAmazonが現れて誰もがそこでしか買わなくなると、人々は販売員ですらなく、配達の下請けとして生きていくしかなくなる。より非人間的な仕事しか残らない。

商店街からウォルマートへ、ウォルマートからAmazonへ乗り換える理由はどちらも同じで、便利だからだ。その結果、仕事は自動化され、非正規雇用しかなくなり、地元のジャーナリズムや商店街が消えていく。人々はこの問題に気づいているが、便利で使いやすく、実際に自分たちも使っているので抵抗できない。

岡田は、Uberやタクシーアプリの「GO」のようなサービスを運営する人々について、人間らしさを修正すべきバグと見ている、という本の見方も紹介する。道を知らない運転手や態度の悪い運転手には、アプリ上で徐々に配車が回らなくなる。利用者にとっては外れを引かずに済むので便利だ。しかしそれは運転手を再教育するのではなく、仕事を回さず、破産に追い込むことを意味する。デジタルの力で便利で快適なものを届ける一方で、ついてこられない人を見殺しにし、さらに破滅させていく世界になっていく。

岡田はデジタル経済を、完璧でも十分に幸せでもないが、そこそこ満足で過ごしやすい世界を壊しながら進むゲームだと要約する。販売が通信販売だけになる、タクシーが配車アプリだけになる、店がネット予約者しか入れなくなる、ディズニーランドのように高い追加料金を払った人だけが楽しめるようになる。そうなると社会環境はどんどん壊れ、スラム化していくのは明らかだと岡田は言う。タクシー運転手から誇りを奪い、宅配ドライバーから仕事の生きがいを奪って一つでも多く速く運ぶよう強い、地元の商店街をすべてシャッター街にする。そんな社会では、ごく一部を除いて誰も得をしない。大金持ちにとってさえ住みにくい世界になる、と岡田は述べる。

21世紀型の支配者と「マインドセット」

本は、21世紀型の支配者と20世紀型の支配者を区別している。20世紀型は、政治家、財閥のトップ、大企業の社長など、私たちが思い浮かべる権力者だ。21世紀型は、IT企業の経営者やヘッジファンドのオーナーたちで、両者は価値観が根本的に違う。ラシュコフはその違いを無意識の思考パターン、つまり「マインドセット」と呼び、その説明に丸々一章を使っている。

エジプトのファラオやアレクサンダー大王は、土地を征服して支配しても、人が住めない世界になることは望んでいなかった。支配地がそれなりに繁栄してくれなければ困るからだ。一方、現代の征服者たちは、自分たちの行動の影響で世界が人の住めない場所になりつつあることを分かっている。IT系の巨大企業同士が競争しており、その競争は軍拡競争のように、世界を住みにくくしながら自分たちが巨大な利益を得るものになっている。人類がかつて経験したことのない段階の競争に、もう20〜30年前から入っている、と岡田は説明する。私たちはそれが見えず、いまだに世界の支配者を20世紀型だと思っている。しかしこのゲームは世界を住みにくくし続け、いずれ大金持ちにとっても住めなくなって終わる。それが先に述べた「事件」であり、生き残れるのはわずかなので逃げ出さなければならない。これが超富裕層の発想だという。

自分たちの中にもある「逃げる」感覚

岡田は、これは金持ちだけを批判する話ではないと強調する。自分たちを批判的に見れば、同じ感覚に覚えがあるはずだという。日本は夜でもコンビニに行けるし、子どもが一人で塾に行っても不安を感じない。だから移民を入れるべきではないと考える人は多く、近所に外国人が増えると不安になる。おいしい店はすぐ行列ができて入りにくくなるし、マナーを知らない観光客が押し寄せれば店は滅びると考える。ディズニーランドは客が増えると不快だから、自分は金があるのでもっと値上げしてもかまわないと思う人もいるだろう。今の幸せは続かないのだから、もっと金持ちになるか、いっそこのシステムが終わってしまえばいい。そう考える人は割と多い、と岡田は言う。「日本はオワコンだから海外に逃げよう」という考えも、そのバリエーションの一つだ。

億万長者も、日本は安全だがどんどん危なくなっている、ではどう逃げるか、という私たちと同じ発想をしているにすぎない。違うのは、自分は絶対に生き残れる、絶対に勝つと思っている点だ。マーベルのスーパーヒーローのつもりでいるが、ラシュコフに言わせれば実際にやっていることは悪役、ヴィランのほうだという。

「誰も信じない破滅」に賭ける人々

岡田は、IT企業やヘッジファンドのトップに共通する特徴を挙げる。彼らは皆、誰も信じなかった可能性に賭けて勝った人たちだ。PayPalのようなものは無理だ、ネットでの動画配信など無理だ、140文字しかやり取りできないSNSに意味があるのか。周囲がダメだと言うなかで夢に賭けて成功した。だから、世間が無理だ、起こりえないと言うことに非常に敏感だ。かつて誰も信じない成功に賭けた人々が、成功した後は不安だけが残り、今度は誰もまだ信じていない破滅に金を賭け始めている、と岡田は解釈する。

岡田はここで笑ってしまったことを詫び、彼らを愚かだと思っているわけでも肯定しているわけでもないと断る。そう考えるのは当然だろうと思ううえで、人間というもののやるせなさがおかしくて笑ってしまうのだという。彼らは自分たちの富の蓄積が世界を毀損し、破滅させつつあることを自覚している。そこがファラオやアレクサンダー大王との違いであり、だからこそ自分たちが作り出す世界の終末から逃れる方法を必死に模索している、と岡田は述べる。

世界を滅ぼすのはプーチンや習近平ではない

ここで岡田は序章の内容をまとめる。多くの人は、プーチンや習近平、イスラエルをめぐる戦争などが世界を危機に陥れると思っている。しかし今、世界を破滅させようとしているのは大金持ちたちだという。

その理由として岡田が挙げるのは社会性の違いだ。政治家、財閥のトップ、独裁者は、国民を所有している感覚、つまり多くの国民への責任感や所有感を持っている。ロックフェラーやモルガンのようなかつての財閥にも一族、つまり身内がいた。20世紀の支配者の周りには大勢の身内、仲間、関係者が群がっている。支配者は自分をトップに立ててくれた人や後を継いでほしい人との関係を調整しながら生きていた。

これに対して、国家や財閥を超える21世紀型の本物の支配者たちは、独身だったり、子どもがいても認知しているだけだったりする人ばかりだと岡田は言う。例に挙げたのは堀江貴文(ホリエモン)、前澤友作、ひろゆきで、結婚していても家族の規模が非常に小さく、巨大な一族がいない。だから一度決めれば、気を遣うべき家族も一族も同僚もほとんどいない。インドネシアやシンガポール、フランスのほうが得だと思えば移住するし、家を持たずホテル暮らしのほうがいいと思えばノマド生活もいくらでもできる。

私たちから見ればそれは自由で憧れの対象だ。しかし、一族や社会との結びつきをあまり持たない人が巨大な権力を持つとどうなるかは、人類の歴史で一度も試されたことのない社会実験であり、私たちはその時代に生きている、と岡田は語る。岡田は自分自身も、中田君なども含めて「自由に見える人」は同じだと認める。そのうえで自分がその中にあまり入らないのは、巨大な富に憧れがなく、それを手にする理由も予定もないからだと冗談めかして付け加えた。

終末ビジネスの実態:ミサイルサイロと12番目の惑星

第1章に入ると、ラシュコフは講演後に連絡してきた人々と会っていく。そこで彼は、講演のときには妄想に見えたものに対して、不動産業者などのサービスが意外なほど多く存在することに気づく。

岡田が画面で紹介したのは、シェルター会社ヴィヴォスのサイトだ。「人類のためのバックアップ計画」を掲げ、かつて核戦争用に作られたミサイルサイロを大量に買い取って、富裕層向けの住居に最適だと宣伝している。会員登録欄の下には、対応できる事態のアイコンが並ぶ。核戦争、バイオテロ、無政府状態、電磁パルス攻撃、太陽フレアによる世界中のデジタル機器の故障、ポールシフト(地球の自転軸が変わる事態)、隕石落下、世界的な大津波、そして太陽系に第12番惑星が現れた場合まであり、すべてに対策があるとしている。

岡田はここまで来ると面白いと笑う。私たちはそうなったらどうせ生きていけないと思っているので、無責任に、つまり冷静に考えられる。ポールシフトや12番目の惑星のことなど考えなくて済む。しかし大金持ちになるとそこまで考えなければならず、富裕層の集まりではこうしたことが陰謀論としてではなく真面目に語られているのだという。ゾンビが襲ってくる世界を描く海外ドラマがやたらと多いのも、向こうの人にとってはかなりリアルな話だからだったのだろう、と岡田は推測する。

コロナ騒動の後、プライベートアイランドの不動産業者には問い合わせが殺到した。ヘリポートがあり農業ができる島は世界にいくつあるのか、その争奪戦になっているという。ただしラシュコフに言わせれば、こうした相談をしてくるのは資産10億ドル程度の「低レベルの億万長者」だ。巨大シェルターや宇宙移民を本気で目指せるのは、資産1兆ドルを超えるトリリオネアだという。イーロン・マスクの宇宙移民の第1期メンバーになるために巨大な資産を築こうと考える人もいる、と岡田は説明する。

農園付きシェルターの経営者が恐れるもの

ラシュコフが会った人の中に、富裕層向けの農園付きシェルターを経営する人物がいた。岡田によれば、大金持ちが最初に買うのは何年分もの備蓄食料だが、それは持続可能ではない。持続可能なシェルターが欲しいとなると、ある程度の広さの土地で農場や牧場を経営することになる。世の中が終わり、パニックに陥った群衆による略奪の時代が来て、ガソリンもなくなり人類が原始時代に戻る。そこまでの100年か200年をやり過ごしてからシェルターの扉を開け、もう一度支配権を確立する。富裕層はそれを真面目に考えている、と岡田は言う。島一つが丸ごと農園になっているものもあれば、地下施設で太陽光なしに人工照明で農業ができると売り込むものもある。

この経営者のサービスには変わった仕組みがあった。平時のシェルターには警備員はあまり必要ない。しかし事件の後には、機関銃を持って外に立ち、食料を求めて押し寄せる暴徒を撃つ警備員が何百人も要る。常時雇えば費用がかさむ。そこでこの経営者は、近所の警官や軍人に「毎週日曜に遊びに来ませんか」「何かあったらここに逃げ込んでいい」と声をかけ、逃げ込んだ場合は警備をするという契約書を書かせたうえで、毎週農作業を体験してもらっている。岡田はこれを、頭がいいというか、えげつない発想だと評する。

ところが、ラシュコフと話したとき、この経営者の顔は浮かなかった。いちばん恐れているのは銃を持った暴徒ではなく、飢えた赤ん坊を抱いた女性が一人で門の外に立つことだという。そのとき自分は警備員に撃てとは言えないし、開けろとも言ってはいけない。そんな道徳的な問題に立ち会いたくない。雇う警備員も同じで、100人いれば30〜40人は撃ってしまえと言うだろうが、20〜30人は一人くらい入れてやれと言うに違いない。そうなれば規律は保てないし、自分はどちらの立場にも立ちたくない。経営者はそう正直に語った。

完全に隔離された安全なシェルターを作るより、そんな事態が来ない世界を作るほうがよほど現実的だ。シェルターを作っている当人が、リアルに考え抜いた末にそういう結論に達している。しかし誰も賛同してくれず、金持ちはそんなヒューマニズム的な答えには納得しない。だから浮かない顔でビジネスを続けている。岡田はそこが面白かったと語る。

海上都市と「ナノ国家」

さらに岡田は、シーステディング研究所の計画を紹介する。岡田はこれを「フランスにある」団体と説明している。海上に人工都市を作る構想で、フランス領ポリネシアで法整備が進められている。キャッチコピーは「人類は農業革命、産業革命を経験した。次は統治革命だ」。岡田によれば、その意味は、法律をどこまで無力化できるかを海上都市で実験することだ。

彼らが「ナノ国家」と呼ぶ構想では、共同体のルールを強制せず、家族ごとにルールがあり、それがその家の法律になる。ある家では近親相姦が違法ではなく、ある家では同性愛が違法ではなく、逆に別の家では同性愛が絶対に違法で、さらに別の家では人肉食すら違法ではない。家ごとにすべて違う小さな国家の集合体が、互いに敵対せずに統治し合う形を探るという。そういう段階にまで来ている、と岡田は述べる。

トリリオネア候補とバイオスフィアの失敗

岡田はこの本を読んで、今の世界には支配者が生まれつつあり、世界は彼らが儲かる形にまとめられつつあると感じたという。そしてその儲かる形とは、デッドエンドが見えている、終わりのあるゲームだ。ラシュコフは、破滅から逃れるには破滅させない仕組みを作るしかないと言う。しかし岡田は、それはあまり信じられないと留保をつける。

岡田は、5年以内にトリリオネアになると言われる7人を挙げる。テスラとスペースXのイーロン・マスク、Amazonのジェフ・ベゾス、投資家のウォーレン・バフェット、ルイ・ヴィトンの会長ベルナール・アルノー、インドのムケシュ・アンバニ、アダニ・グループのゴータム・アダニ会長、TikTokを運営するバイトダンスの創業者チャン・イーミンだ。現時点ではまだ1兆ドルに届いていないが、もうすぐ届くと言われているという。

こうした人々の計画を考えるうえで、岡田はバイオスフィアの例を出す。岡田の説明では、1970〜80年代に真剣に計画され、アメリカの砂漠の真ん中に完全な生態環境を作り、食物や生物を含む循環システムの中で、宇宙船内のような環境で人間が生きていけるかを試した実験だった。そして失敗に終わった。これを見れば人工環境は人間には無理だと考えそうなものだが、超富裕層は諦めない。皆が信じない未来に賭けて勝ち残った人たちなので、もっと投資して実験し、自分たちの賢いデジタルの仕組みを作ればまだいけるのではないかと思っている。岡田はこれを「金持ちの無理ゲー」と呼び、自分も無理だと思うが、その無理ゲーに付き合わされて世界が破滅するのだと述べる。

富裕層が本当に守りたいもの

近所の人を招いて農業に参加させる農園シェルターについて、岡田はそれは『フォールアウト』の世界だと言う。能力が高い人、家電を持つ人、軍人や警察官など、限られた人だけが生き残れるシェルターを作り、人類の良い部分を残そうとする。それはアメリカのディストピア物語の世界であり、あまり機能しないのではないかと岡田は考える。しかし支配者はそういう答えを望んでいない。『えんとつ町のプペル』で言えば、皆が信じない夢を信じ続けることが大事だと思っている人たちばかりだという。

それでも岡田は、彼らが最終的に望んでいることは意外にも私たちと同じだと指摘する。飢えた大衆や、自分たちが破壊した社会や、赤ん坊を抱えた母親を見ずに済ませたい。世界の終わりを作りながら、自分の娘にはその惨状を見せたくない。自分の中の綺麗なもの、それは自分自身の良心かもしれないし子どもかもしれないが、それを守るためならどんな手段でも使うと決意している。シェルター計画を進めながらも、妻や子どもにはそれを知られないようにし、嫌な部分を父親として、男として自分が引き受けようとする。岡田は、こうしたことに手を出すのが男性の金持ちばかりだと言われている点に、奇妙なマッチョイズム、男性性が表れていると述べた。

付記:ギズモードの記事と中国ショートドラマの「連鎖」

本編の後、岡田は関連する話題を二つ加えた。一つはウェブメディア「ギズモード」の8月14日付の記事「テック大富豪たち、第三次世界大戦に備えて避難所を爆買い中」だ。記事では、ある大富豪が、第三次世界大戦は中国・ロシア・イラン・北朝鮮の連合とそれ以外との間ですでに始まっていると語っている。また、中国が台湾を取りロシアがバルト海を取ったら、翌日には牧場に移ると妻と話がついている、というインタビューも載っている。岡田は、今日の話の実例のようだと紹介した。

もう一つは、同年6月26日に配信した「中国の縦型ショートドラマの闇」の回だ。ショートドラマの制作会社の社長は、俳優やスタッフをとにかく安く使い倒す。そうして低予算で大量に納品しなければ、バイトダンスなど発注元のテック企業からすぐに契約を切られるからだ。発注側の担当者が儲け主義の悪役に見えるが、その担当者も冷徹にコストカットを重ねて社内で上位に食い込まなければ切られる。さらにその上司や社長も、部下を監視して成績の悪い者をすぐ交代させ、業績を上げなければ株主や親会社から突き上げられる。

岡田は、情報社会の基本は勝者総取りであり、一握りの勝ち組に入らなければ全員が負け組になるので、少しも手を抜けないのだと説明する。この連鎖が業界を破滅に近づけ、同じ考え方が世界全体にも広がっていく。岡田はこれを冷戦期の米ソの核開発競争になぞらえる。少しでも開発や配備を遅らせれば相手に先を越され、攻撃されるのではないかという恐れが、核兵器を捨てられない原因だった。同じように、世界が破滅に近づいても、大金持ちたちは情報化のなかでどう生き抜くか、自分の行き場所をどう確保するかというチキンレースを始めているようだ、と岡田は語る。

最後に岡田は、自分は「サイコパス」なので、世界中の金持ちが競ってバンカー(要塞、地下壕、隠れ家)を作り合っていると聞くと面白いと感じると述べた。金持ちになって、たとえばハワイの島を丸ごと買って地下要塞を作ったから安心かといえばそうではない。常に逃げる準備をしているだけであり、そこが人間の面白いところだという感想で、無料部分の話は締めくくられた。