小田切ヒロとミン・キムが語るJ-BeautyとK-Beauty、スタイルを持つということ

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概要

ヘア&メイクアップアーティストの小田切ヒロが、自身のチャンネルにミン・キムを迎えた対談である。ミン・キムは韓国のメイクアップサバイバル番組『ジャスト・メイクアップ』の初代優勝者で、パリを拠点にVOGUEなどハイファッションのバックステージで長く活動してきた。二人はAmazonプライムの番組『ビューティバトルロワイヤル』で共演して親しくなった。対談では、異国で自分のスタイルを築くまでの経緯、メイクと人生の関係、日本と韓国の美の価値観の違い、夢の持ち方、撮影の裏側が語られた。小田切は日本語で、ミン・キムは韓国語で話している。なお、字幕のうち韓国語部分は途切れや乱れが多く、以下ではその部分の内容を読み取れる範囲に限って記述する。

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共演で意気投合した理由

ミン・キムは、韓国のメイク番組で優勝した経験をもって今回の番組に参加し、撮影をとても楽しんだと話す。小田切は、以前から『ジャスト・メイクアップ』を見ていて「パリの黄金の手」を持つミン・キムのファンになっていたという。メイクのスタイルやクリエイティブの面で心を揺さぶられたところに、ちょうど共演の機会が来た。

ただ、共演して何より良かったのはメイクの腕以上に人柄だったと小田切は言う。話していてマインドが「まるで一緒」で、エナジーも同じだと感じた。小田切は番組作りや仕事で、常に自分が前に立って情熱や熱量を伝える役回りだと自認している。ところが今回はミン・キムの熱量が自分と同じか、むしろ上回っていた。そのおかげで自分のエネルギーも大きく引き出され、もっと頑張ろうという気持ちになったと振り返る。

裏方から表舞台へ、40代での転機

ミン・キムは、20代の頃からバックステージで活躍するアーティストになることを強く望んでいたと語る。その後メイクで良い機会を得て、自分の声や意見が人に好まれ、求められるようになった。そうした活動が楽しく、放送の仕事にも入ってきたのだという。

小田切も長年メイクアップアーティストとして裏方の仕事を続けてきた。40歳を超えた頃、メイクの素晴らしさを伝えて美容業界を盛り上げるために、美容に興味がない人や迷っている人に「美容やメイクは楽しい」と伝える役目があると感じ、YouTubeなどの活動を始めた。二人は同い年で、この点にも小田切は共感したという。裏方として一流でありながら、人に伝える力やエンターテインメント性に優れ、人を楽しませられる。その点に同じマインドを感じ、「自分と似た人を初めて見つけた」と述べている。

会話の中では、互いの発信を見ていることにも触れられた。ミン・キムは小田切のコンテンツをよく見ていると伝え、小田切はミン・キムのリップのチュートリアルなどを参考にしていると話す。尊敬する人がそうした発信をしていると自分も引き込まれて同じものが欲しくなり、ファンもこういう気持ちなのだとミン・キムのSNSを見て実感したという。

顔で伝える力は異国で鍛えられた

小田切がミン・キムの素晴らしい点として挙げたのが、表情の豊かさである。言葉が分からなくても、顔を見ているだけで何を伝えたいのかが分かるという。異国の地でメイクアップアーティストとして働く以上、モデルやエディターなど違う国の人とのコミュニケーションは言葉だけでは通じない。顔やジェスチャーで伝える力は、そうした経験の中で鍛えられたものだろうと小田切は感じたという。

ミン・キムはこれに対し、全体の感情をモーションや表情で伝えることが自分にとって修行や練習になり、今ではそれが自分自身になったと答えた。それだけ困難があったからこそだ、という趣旨である。小田切も、自立して今の位置を確立するまでには試行錯誤があったと話す。クリエイティブなビジュアル作りは大切だが、それを良いものだと理解してもらうには、言葉やジェスチャー、表情も使って伝える必要がある。その点で、同じように揉まれてきた人だと感じたという。

「ヒロ子」は無理をして作ったキャラクターではない

ミン・キムは、小田切の番組で見たキャラクター「ヒロ子」に触れ、とても面白いので見続けてしまい、感情移入もしやすく、心の声がよく聞こえると語った。

小田切はこれに対して、人には二面性や多面性があるものだと説明する。「ヒロ子」も「ヒロ」も「ヒロト」も自分である。大抵の人は自分の中の一つの面しか表現しないが、自分は内側に住んでいる「ヒロ子」をそのまま表現しただけで、それがたまたま今の時代に合い、受け入れられた。だから決して無理をしているわけではない、という立場だ。

パリで道を切り開いた経緯

ミン・キムは自身のキャリアについて、韓国の番組で優勝した直後の経験は約10日ほどだったが非常に大きなものだったと話す。その後およそ2年ほどかけて準備し、フランスに渡って懸命に働いたという。フランス版VOGUEの仕事に約5年ほど関わったとも語っている(この部分の字幕は乱れており、正確な年数や順序は読み取りにくい)。

小田切の補足によれば、ミン・キムは世界的に知られるトップメイクアップアーティストのアシスタントを務めていた(字幕では「リダカテロ」と聞き取れる人物)。そこから数年を経て、アルマーニのショーの仕事につながった。ミン・キムの話では、シーズンごとにメイクアップアーティストの数が増えて人手が足りなくなり、「今晩来られるか」と打診された。すぐに行けると答え、1時間待つよう言われて待ったのち、現場へ向かった。その3日後、別のアルマーニの仕事を終えて帰ろうとしていたところに電話がかかってきたという。その電話が次の機会につながったと語られている。

小田切はこの話を受けて、本気で挑むことは周りに伝わり、だからこそチャンスを掴めるのだと言う。「チャンスはただでやってこない」。ミン・キムも、自分が最善を尽くしたことを分かってくれる誰かがいたのが本当にうれしかったと話し、そうした経験が一つひとつ積み重なって自信になったと語った。

完璧を目指さなくていい

経験の積み重ねが自信になるという話から、小田切は「完璧になろうとしなくていい」と述べる。メイクでも人生でも、何かに挑戦するときはどうしても完璧を目指してしまう。そのせいで途中でやる気を失ったり、疲れたり、無理かもしれないと思ったりする。そうではなく、その時々の自分のベストを出せればそれでいい。それが自信となり、人として確立していく。自分もそうだったし、ミン・キムの話を聞いても同じだと感じたという。

メイクは人生をコントロールする手段

小田切は普段から「メイクと人生はつながっている」と言っている。メイクは難しいが、それを簡単にできるスキルをYouTubeで伝えている。できたという感動を積み重ねると、メイクがきれいになるだけでなく人生のレベルも上がっていく。挑戦して「できた」という自分への自信があるからこそ、メイクと人生はつながるのだという。

ミン・キムは、メイクの特徴を変化の速さに見る。メイクは多くの変化を可能にし(小田切のキャラクターもそうだと例に挙げている)、すぐに元に戻すこともできる。メイク製品やアーティストの技術を簡単に試せる。運動なら結果が出るまで時間がかかるが、メイクは1分で、すぐに目に見える。だから楽しいのだと語った。

小田切はさらに、若いうちは人頼みでもいいが、大人になれば自分の楽しさや幸せの管理は自分でするべきだと述べる。その手段としてメイクはなりたい自分に簡単になれるものであり、「メイクは人生であり生き方」だと考えている。人は第一印象で相手の雰囲気を強く受け取る。そこでどう見せたいかを決めるメイクは、人生をコントロールする手段だという。

プロの経験を日常に届ける

ミン・キムは、メイクアップアーティストが今後もっとやるべきことは、一般の人が簡単に早くアクセスできるデイリーなコンテンツを作ることだと考えている。小田切はすでにそれをしているが、自分もファッションの仕事が中心でありながら、メイクをもっと分かりやすく伝えたいと話した。

小田切は、ミン・キムが海外のバックステージで国ごとの肌質や肌色を学び、それぞれの良さや個性を引き出してきた点を評価する。周囲と調和しながらも、その中の細かな個性を日常に落とし込めるようにアドバイスする力に長けているという。ミン・キムも、小田切は20年、自分も現場で仕事をしてきて経験が積み重なったので、今度はそれを伝える段階だと応じた。小田切は、現役でバックステージの仕事をしながら表に出てエンターテイナーとして表現することを両立するのは難しいが、柔軟に新しい挑戦をしているミン・キムを応援したいし協力したいと語った。

K-Beautyは「美しくあることがエチケット」、J-Beautyは「自然さ」

日韓の美容の違いについて、ミン・キムはもともと日本のビューティが好きだったと話す。大学時代に有名だった日本の製品があり、日本のメイクアップアーティストの友人も多い。マスカラなど日本の製品はとても良く、日本に来るたびにコスメを買っていたという。

小田切は、日本と韓国では美の価値観が違い、そこから全く違うコスメが生まれると分析する。K-Beautyの良さは美が文化に根付いていることで、美しくあることが当たり前であり、エチケットでもある。自分はそこに共感し、その文化が大好きだという。一方で日本では、美は人生において一歩、二歩後ろにあり、一番に来ない。この感覚の差から、韓国の製品は確実にきれいに、明るくなるメイクアップ効果の高いものになり、日本のコスメはヘルシーでナチュラルに肌色や質感を生かすものになる、というのが小田切の見方である。どちらが良い悪いではないとしつつも、自分の美しさをアップデートすることが進化だと考えるので、韓国の美容はいつも良いと思うと述べた。ミン・キムも、日本のメイクに触れたときの印象として、何かを作り出すより、その人をそのまま自然に表現するものだと感じたと話している。

ニューヨークで感じた「繊細さは通用しない」

ただ小田切は、その自然さがJ-Beautyの課題でもあると言う。ナチュラルで心地よく、繊細であることが日本の良さだが、初対面の相手に「日本のビューティとは何か」を表現しようとすると非常に伝えにくい。

小田切がこれを課題と考えるきっかけは、前年にニューヨークのバックステージに入った経験だった。日本のメイクとはどういうものかと問われて表現してみせたとき、非常に弱かった。その繊細さはアメリカでは通用しなかったという。メイクや美の表現が強い国に対して日本の良さをどう伝えればいいのか、今も答えは出ておらず課題だと認めている。そのうえで、課題で終わらせず、日本の素晴らしさを世界に発信できるスタイルを確立したいと語った。

一方で小田切は、ミン・キムについて、韓国人としての文化的な強みはありつつも、K-Beautyで仕上がった人ではないと評する。グローバルで勝負してきたことでミックスされた唯一無二の感性があり、番組でもそれがクリエイティブにはっきり出ていたという。また、メイクは格好いい、かわいいといったスタイルだけでなく、発信する側としてユーザーの悩みに寄り添うことも仕事だと付け加えた。市場をリサーチし、悩みに寄り添ったものを提案し、納得してもらい、使ってもらう。その循環が大切だという。

番組での作品:涙袋と全体のバランス

番組での作品について、ミン・キムは、それまで涙袋(エギョサル)を作るメイクをしたことがなかったと明かす。そこで事前にYouTubeを大量に調べ、劇的すぎず自然で、「この人は本当に涙袋があるんだ、しかもきれい」と感じさせる仕上がりを目指した。鼻のシェーディングなども含め、韓国で流行しているものを調べたうえで、それらをどう調和させて自然に表現するかを深く考えたという。小田切はそれを「バランス」とまとめた。

小田切は、この作品に感心した理由を具体的に説明している。スモーキーアイは目元をポイントにするので、ほかはレスにするのがモードのスタイルであり、スタイリッシュに見える秘訣だ。ところがミン・キムのメイクは全体にきちんとメイクが施され、ラグジュアリーにはまり、衣装にもフィットしていた。モードで格好いいのに、韓国人らしさもしっかり出ていた。本来は抑えるはずのところに色々と仕込まれていたからこそ、韓国らしさとラグジュアリーが両立していたという評価である。

ミン・キムは、テーマが与えられた瞬間からずっと考え続け、頭の後ろで常に考えているような状態を保つと話す。それを失わないために、少し距離を置いて見ることもあるという。小田切はこれを、自分と向き合うことが何かを創り上げるうえで大切だという話だとまとめた。

夢を持つ秘訣は自分を楽しませること

夢を叶えるためのアドバイスを問われ、小田切はまず夢を持つことだと答えた。ただ生きるのではなく、なりたいもの、やりたいことを明確にする。その夢に対してどうすればいいかを考え、やるべきことを見つけ、順番を整理する。漠然とではなく、はっきり夢を持つことが最初に大切だという。

さらに小田切は、夢を持つ秘訣は自分を楽しませることだと言う。夢を持てと言われても何も思い浮かばないことはある。だが今の自分を楽しんでいれば、やりたいことや目的は見つかる。そのために自分を着飾る。メイクをして「きれい、私いいかも」と思ったり、新しいリップをつけて違う自分に出会ったりすると、新しい発想が生まれ、自然とやりたいことが見つかる。メイクは自分を着飾り、楽しませるものであり、夢を見つけるものでもあるという。

ミン・キムは、思い描いているからこそその道に進めるし、それが行動にも表れると考えている。だから夢はたくさん持ってほしいし、いくつもあっていい。たくさんやってみないと分からないからだ。一方で、この質問は自分にとっても難しいと認め、夢とは心の中から湧き上がる感情、何かをしたいという感情だと語った。小田切も、夢は一つでなくていいと同意した。

「私らしいスタイルを見つけた」という言葉

小田切は、自信は経験だけでなく、スタイルを持つことからも生まれると話す。そのきっかけとして挙げたのが、ミン・キムとの会話である。ミン・キムは眉をレスにしている。それが素敵だと伝えたところ、「私らしいスタイルを見つけた」と返された。この言葉が心に響き、小田切はその日ずっと、自分らしいスタイルとは何かを考えたという。人と同じこともその人のスタイルにはなりうるが、自分だけのスタイルを持つことは自信につながる。自信のある人は輝いているので人が寄ってくる。人が寄ってくれば提案や誘いが生まれ、それがまた夢につながる、というのが小田切の考えだ。

ミン・キムもスタイルを見つけるまでには試行錯誤があったと語る。以前は少し体重もあり、服も今のように華やかなものではなく、どこか不自然に感じていた。運動して体重を落とし、体つきも変わっていくうちに、自分が目指していた方向に近づいた。それで今もこのスタイルを続けているという。また、夢は具体的であることが大切で、形にならないまま残る夢もあると述べた。

縦型動画の時代に合わせて自分を変えた

小田切は、スタイルを確立する手段は何でもいいと強調し、自分の例を話した。かつては髭を生やした「ゴリッとした」風貌だったが、YouTubeが縦型の時代になり、縦型の画面に収まるようフィットする自分になろうと考えた。そこで体を絞り、顔もシュッとタイトにしたという。夢は何でもいいが、小田切は次の時代を作る人になりたいと考えた。その時代を象徴するものが縦型動画であり、そこにはまる自分にならなければ需要がないと判断して、今のスタイルを確立した。時代と自分の感性、ビジョンがたまたま今フィットしている、と説明している。

ただ生きるのではなく、目的とスタイルを持って生きることが自分らしさにつながる。スタイルは人の真似から始まってもいいが、自分の中で腑に落ちる「やりたい」を目指すからこそ確立される。なりたいスタイルが仕上がったときには夢も一つ叶っており、人生はその繰り返しだと小田切は語った。

今回の番組についても、様々なアーティストが様々なメイクをしたことで、視聴者がメイクの概念や価値観の多様さを知る機会になったと小田切は話す。自身も新しい発見があり、新しい感性を学んだ。メイクは無限大であり、番組はメイクの夢や可能性を知ってもらう良い機会になったという。ミン・キムも同じ思いだと応じた。

休憩中も続いた議論

ミン・キムは番組中、小田切に目つきから誠意が伝わるという趣旨のことを繰り返し伝えていたという。小田切は、自分の思いが伝わっていると分かってうれしかったと話す。人生でも番組でもすべてに本気で挑んでいるので、本気を感じてくれる人には本気で返したい。その循環をしたいからこそ、ミン・キムを視聴者にも知ってほしくて今回の共演を実現した。瞬間的に情熱的になることはできても、ずっと情熱的に生きるのは難しい。自分はそれを決して諦めずにここまで来た。ミン・キムも同じで、諦めないからこそ今の人生がある、と小田切は語った。

撮影の裏話として小田切が明かしたのは、『ビューティバトルロワイヤル』の撮影が早朝集合から深夜0時過ぎまで続く長丁場で、休憩がわずかしかなかったことだ。議論を重ねる番組だったが、ミン・キムは「議論が足りない」と小田切の休憩場所までやって来て、肩をトントンと叩き、もう少し話せないかと言ってきた。休憩中も議論が続き、小田切は「化け物じゃないか」と思ったという。自分以上のポテンシャル、情熱、本気度を感じ、負けそうだと思った瞬間だった。逆に気合を入れてもらったと振り返り、あの瞬間は一生忘れないと語った。

ミン・キムの側から見ると、ここに来た以上、相手のためにも自分のためにも正直に話し尽くさなければならないと考えていた。会話の中で意見が少し食い違ったため、相手を説得したかったし、同時に自分自身も納得できる必要があった、という趣旨である。小田切はそれを受け止めなければと思い、昼食も中断して議論を続けたという。

日韓のビューティが一緒に作る次の時代

締めくくりに小田切は、J-BeautyとK-Beauty、そして自分とミン・キムの感性から、これからの時代に新しい何かが生まれると語った。二人は今も現場の第一線でプロとして仕事をしており、その感性とともに新しい時代の入り口に立っている。そのホットな感性をどういう形で届け、美容業界を盛り上げるのか。韓国ビューティと日本ビューティが別物ではなく、一緒になって新しいものを作っていく時代に入ったというのが小田切の見立てである。自分一人ではなく、ミン・キムやほかの皆とその循環を作っていくことが新しい時代だと述べた。ニューヨークで突きつけられた「日本の繊細さをどう伝えるか」という課題への答えはまだ示されておらず、その具体的な形は今後の取り組みに委ねられている。